山口一男『ワークライフバランス』
山口一男さんの『ワークライフバランス-実証と政策提言』(日本経済新聞出版社)をお送りいただきました。ありがとうございます。
本書は、
>少子化問題はお金だけで解決しない!働き過ぎ、男女不平等、少子化…日本で依然際立つワークライフアンバランスの真因を最新の手法で鮮やかに分析、実効性のある改革案を提言する。
ということで、次のような内容からなっています。
第1章 本書の目的とその社会的背景
第2章 少子化の決定要因と対策について―夫の役割、職場の役割、政府の役割、社会の役割
第3章 女性の労働力参加率と出生率の真の関係について―OECD諸国の分析
第4章 夫婦関係満足度とワークライフバランス
第5章 男女の賃金格差解消への道筋―実証的根拠と理論的根拠
第6章 過剰就業(オーバー・エンプロイメント)―非自発的な働きすぎの構造、要因と対策
第7章 政策提言―日本再生への理念と道筋
このうち、第6章の「過剰就業」という論文については、経済産業研究所のHPに載ったときに、本ブログで取り上げたことがあります。
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/post-5d65.html(過剰就業(オーバー・エンプロイメント)―非自発的な働きすぎ)
日本の雇用システムの在り方に対する認識はかなりの程度わたくしと共通するものがありますし、そこを強調してもよいのですが、ここでは最後の政策提言のところを取り上げておきましょう。おおむね賛成なのですが、なかにはいささか疑問のあるところもあります。
7.3.1教育政策
7.3.1.1政府の財政支援
>政府の教育に対する財政支援では、高等教育(大学および大学院)に関して授業料負担軽減を充実させるべき
賛成なのですが、拙著でも述べたように、政府が財政負担をしてまで援助すべき高等教育は消費財ではなく社会的投資でなければならないでしょう。
7.3.1.2「育児と社会」教育
>高等学校教育を通じて「社会のなかにおける育児」という観点からの基礎知識を与える
これはユニークな提言です。
7.3.2少子化対策政策
7.3.2.1未婚者の結婚機会の増大を目的とする政策
>雇用制度改革政策と、ソーシャライゼーションの過程における時間の質が重要
7.3.2.2両立支援策あるいは結婚や出産・育児の機会費用を減じる政策
>育児休業期間を、現在の有給の育児休業期間だけではなく、無給で期間延長できる形を、フランスやスペインのように最大3年などと定める
これはいろいろと意見のあるところでしょう。
7.3.2.3出産・育児の「家計予算制約」を緩和する政策
>子ども関係の費用にのみ用いることのできるバウチャーの政府発行が考えられる
子ども手当は子ども以外の目的に使われる恐れがあるので、バウチャーにすべきだということですね。まあ、確かに親も信用しかねるところはありますから。
7.3.2.4出産・育児について個人が持つ社会的障害を取り除く政策
>不妊症治療費についての政府援助
7.3.2.5出産・育児の心理的負担を緩和し、育児の喜びを促進する政策
>北欧型のプレイセンターの公的サポート
7.3.2.6「少子税」の導入批判
7.3.2.7婚外出産支援批判
>この論は出生率さえ上がればよいという無原則な論
うーーん、まあここは哲学思想の問題でしょうねえ・・・。
7.3.3雇用制度改革政策・時間政策
本ブログ的には中心的なところ。
7.3.3.1最大就業時間規制
>EUのように残業時間を含む最大就業時間を48時間とするなど
>過剰就業を緩和し、人々のタイムプア状況を変えるという目的
>わが国でこれ以上過労死者を出さず、「健康で豊かな生活のための時間が確保できる社会」の達成の一手段
拙著でも強調したところです。当面はとりあえず休息時間規制なりとも。
7.3.3.2就業時間選択
>短時間勤務選択の権利
>同時にこうして同一事業主へのパートタイム就業を選択したものがフルタイム就業に戻れる権利
オランダモデルですね。
7.3.3.3柔軟な就業
7.3.3.4超過勤務手当・年給
>過剰就業を緩和するには、時間外勤務の要求が企業にとってアメリカ並みにコスト高になるよう法改正の必要
私は、労働時間の話を残業代の話にするのは賛成ではないのですが(マスコミをはじめとしてゼニカネ論ばかりになってしまう)・・・。
>未使用の有給休暇は、企業は1年に1度給与に代替して支払う義務
いやだから、時間をゼニカネに変えてしまうのを奨励するのはいかがなものかと・・・。
有給の問題については、かつて本ブログで取り上げたように、
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/01/post_3ccd.html(年次有給休暇の法構造)
まず使用者が労働者に年休取得時期を聞かなければならないという労基法制定当時の在り方に戻すことが大事だと思いますよ。
7.3.3.5ホワイトカラーエグゼンプション
>企業は雇用者の就業時間を最適に選択できるので、その最適値が変わらない以上、ホワイトカラーエグゼンプションは就業時間を変えず、ただ超過勤務手当が支払われなくなるだけ
>自らがペナルティを受けずに就業時間を選択する権利を同時に法制化する必要がある。
それは「自由で自律的な働き方」という空虚な宣伝文句に引きずられている感が・・・。
むしろ、ホワエグはゼニカネ話と割り切って、どれくらい高給なら残業代ゼロでもいいのかという正直ベースの議論にした方が生産的だと私は思います。
7.3.3.6ワークシェアリング
7.3.3.7女性の間接差別の法的禁止とポジティブアクション
>・・・拘束の緩和(たとえば残業を強要しない、海外・地方への赴任をさせない)など時間当たりの生産性とは無関係の条件に対し、低い年功賃金プレミアムや昇進機会の剥奪を制度化している・・・このような制度を女性への間接差別として法的に禁止する
まさにそうなんですが、そういう時間無制限、場所無制限の働き方をしないことへの差別的取り扱いを女性への間接差別という形でいうのか。
7.3.3.8正規雇用と非正規雇用の待遇格差の縮小
>契約更新がデフォルトである有期雇用者は職務や労働の質が同等なら・・・賃金と福利厚生の待遇を公平にすることを企業の義務とし
モノサシ論の難しさを別にすれば、ここでの問題は、そもそも雇い止めがデフォルトの有期契約と契約更新がデフォルトの有期契約をどうやって区別するのか?という問題でしょう。そんなの、期間が過ぎてみないと確認できるはずがないので、事前に区別できるとは思えないし、それにさらなる難問は、事前に更新がデフォルトと明確にいえるのなら、なんでその先に就労が予定されるのにその前の段階で期間満了としなければならないのかという説明がつかなくなること。
このあたりは、実は現行法制度も事前の問題と事後の問題がごっちゃになって混乱を極めているところなんですがね。
7.3.3.9フルタイム・パートタイムの均等待遇
7.3.3.10身体障害者雇用の質の向上
7.3.4市民社会推進政策
このあたりはちょっと考えてみます。
« 雇用政策研究会に宮本太郎先生らが参加! | トップページ | 本田由紀『教育の職業的意義』(ちくま新書) »
どこにコメントしようかと悩みましたが、WLBについて面白い話がありました。
ご紹介までに。
http://togetter.com/li/36193
投稿: 酢昆布 | 2010年7月19日 (月) 10時43分