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経済学部の職業的レリバンス

たまたま、今から11年前の平成10年4月に当時の経済企画庁経済研究所が出した『教育経済研究会報告書』というのを見つけました。本体自体もなかなか面白い報告書なんですが、興味を惹かれたのが、40ページから42ページにかけて掲載されている「経済学部のあり方」というコラムです。筆者は小椋正立さん。本ブログでも以前何回か議論したことのある経済学部の職業的レリバンスの問題が、正面から取り上げられているのです。エコノミストの本丸中の本丸である経企庁経済研がどういうことを言っていたか、大変興味深いですので、引用しましょう。

>勉強をしないわが国の文科系学生の中でも、特にその傾向が強いと言われるグループの一つが経済学部の学生である。学生側の「言い分」として経済学部に特徴的なものとしては、「経済学は役に立たない(から勉強しても意味がない)」、「数学を駆使するので、文科系の学生には難しすぎる」などがある。・・・

>経済学の有用性については、確かに、エコノミストではなく営業、財務、労務などの諸分野で働くビジネスマンを目指す多くの学生にとって、企業に入社して直接役立つことは少ないと言えよう。しかし、ビジネスマンとしてそれぞれの職務を遂行していく上での基礎学力としては有用であると考えられる。実際、現代社会の特徴として、経済分野の専門用語が日常的に用いられるが、これは経済学を学んだ者の活躍があればこそ可能となっている。・・・

>・・・ところが、経済学の有用性への疑問や数学使用に伴う問題は、以上のような関係者の努力だけでは解決しない可能性がある。根本的には、経済学部の望ましい規模(全学生数に占める経済学部生の比率)についての検討を避けて通るわけにはいかない。

>経済学が基礎学力として有用であるとしても、実社会に出て直接役に立つ分野を含め、他の専攻分野もそれぞれの意味で有用である。その中で経済学が現在のようなシェアを正当化できるほど有用なのであろうか。基礎学力という意味では数学や物理学もそうであるが、これらの学科の規模は極めて小さい。・・・

>大学入学後に専攻を決めるのが一般的なアメリカでは、経済学の授業をいくつかとる学生は多いが専攻にする学生は少ない。もちろん、「望ましい規模」は各国の市場が決めるべきである。歴史的に決まってきた現在の規模が、市場の洗礼を受けたときにどう判断されるのか。そのときに備えて、関係者が経済学部を魅力ある存在にしていくことが期待される。

ほとんど付け加えるべきことはありません。「大学で学んできたことは全部忘れろ、一から企業が教えてやる」的な雇用システムを全面的に前提にしていたからこそ、「忘れていい」いやそれどころか「勉強してこなくてもいい」経済学を教えるという名目で大量の経済学者の雇用機会が人為的に創出されていたというこの皮肉な構造を、エコノミスト自身がみごとに摘出したエッセイです。

何かにつけて人様に市場の洗礼を受けることを強要する経済学者自身が、市場の洗礼をまともに受けたら真っ先にイチコロであるというこの構造ほど皮肉なものがあるでしょうか。これに比べたら、哲学や文学のような別に役に立たなくてもやりたいからやるんだという職業レリバンスゼロの虚学系の方が、それなりの需要が見込めるように思います。

ちなみに、最後の一文はエコノミストとしての情がにじみ出ていますが、本当に経済学部が市場の洗礼を受けたときに、経済学部を魅力ある存在にしうる分野は、エコノミスト養成用の経済学ではないように思われます。

(参考)

経済学の職業的レリバンスについては:

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/04/post_bf04.html(職業レリバンス再論)

その前のエントリが:

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/04/post_c7cd.html(哲学・文学の職業レリバンス)

その後のエントリが:

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/04/post_722a.html(なおも職業レリバンス)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/04/post_c586.html(専門高校のレリバンス)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/05/post_8cb0.html(大学教育の職業レリバンス)

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コメント

本田先生がちくま?から新刊をおだしになったようですね。

投稿: 匿名希望 | 2009年12月 9日 (水) 00時18分

このブログは時々読ませていただいております。今日はひとつお願いがあってコメントを書いております。このブログにRSSフィードを付けていただけないでしょうか。RSSフィードについてご存じなければ、http://support.cocolog-nifty.com/howto/2006/03/rss_0139.html をご覧ください。可能であればよろしくお願いいたします。

投稿: kei | 2009年12月12日 (土) 22時17分

http://anond.hatelabo.jp/20100528011613
はてな匿名ダイアリーに当事者が
いらっしゃったので

投稿: anonymous | 2010年5月28日 (金) 17時54分

http://b.hatena.ne.jp/entry/agora-web.jp/archives/1241078.html

いかにもアゴラらしいエントリ(に対するブックマーク)です。
ハーシュマン的な意味でのexit(自発的)でなく追い出せ的な。

井上氏は医師国家試験も参加自由にして医学部なんざ止めてしまえという過激派(?)なのでそれはいいとして、コメントが面白いですね。

このブログの愛読者なら大学での職業教育(のあり方とは)という方面に行くのが普通でしょうが

・「国主催で英数国の「就職センター試験」でもやって足切りした方がよほど合理的。」これはジョブカード的な発想と通じるでしょうか


投稿: 匿名希望 | 2011年2月17日 (木) 11時08分

http://www.chikumashobo.co.jp/new_chikuma/keizaigaku/22_5.html
[栗原 さっきのAさんは、経済学の人たちの議論を聞いていると、基礎科学や、自分の専門である経済学など一部の社会科学の外部性については正であることを自明としているのに、それ以外の文学や哲学、歴史学みたいないわゆる人文系は頭から負と決めつけているみたいで納得がいかない、と言うんですよ。むかつく、と(笑)。]

http://www.chikumashobo.co.jp/new_chikuma/keizaigaku/22_4.html

[若田部 うちの大学にもいるけれど、有名人著名人を客員教授に招くというのもそうした潮流のひとつだろうね。
栗原 基礎教養が抜けてエンタメばっかりになっちゃいませんか?
若田部 (笑)。本気で「クリエイターを育てる」というのならば、それは専門職業人養成、というやつだ。でもそうなると逆に職業訓練学校と同じになるから、教養教育とは違うよね。そのへんは大学につきまとう実務信仰もちょっと関係しているかな。]

投稿: 匿名希望 | 2012年5月16日 (水) 13時25分

【フォーブス誌】専攻すべきではない学部ワースト10発表!!最も就職に役立たない学士号は果たして…??

http://irorio.jp/asteroid-b-612/20121012/31586/

投稿: ちこ | 2012年10月16日 (火) 07時52分


A大学のA君はなぜ大学を退学したのかhttp://d.hatena.ne.jp/QZM03354/20140201/1391237946

>
たとえばA君という大学2年の9月で退学した学生の様子を見てみましょう。A君は地元からA大学の経済学部に通っています。親は共働きの自営業ですが、不況が続き家計は大変苦しいです。大学に行く余裕はなかったのですが、商業高校を卒業しただけでは、今の時代には就職先はないのです。担任の先生は「A君は成績もいいから、どうせ進学するのなら大学がいいよ」とアドバイスしてくれ、奨学金制度があるから大丈夫とも言われました。こうして、A君は地元の県立商業高校から推薦入試で地元の大学に進学しました。国公立はちょっと無理だったので、地元の中堅の私大に進学したのです。
(略)

ところで、A君の退学はなにが原因なのでしょう? 家庭の経済力の問題なのか、高卒職がないという日本経済の構造的問題なのか。本人がアルバイトに没頭してしまったという自己責任か、アルバイトに依存している外食産業の問題なのか。大学のカリキュラムが悪いのか、パーソナル支援が足りなかったのか、本人とのミスマッチの問題なのか。

退学者問題というのは、多面的に考えるとなかなか難しいのが実態です。ただ、大学側にいる人間としては、「教育改善によって退学者問題を解決する」という考え方をとる以外の選択肢はありえません。それが、前回の記事で伝えたかったことなのです。


投稿: ST | 2014年2月 3日 (月) 09時21分

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