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2009年12月14日 (月)

本田由紀『教育の職業的意義』謹呈御礼

9784480065230 本ブログで既に2度にわたって紹介しましたが、本田由紀先生より近著『教育の職業的意義』(ちくま新書)をお送りいただきました。ありがとうございます。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-4576.html(本田由紀『教育の職業的意義』(ちくま新書))

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-e7c7.html(「無能さ」を基盤原理とする教育理念)

あらためて、本田先生の一番いいたかった(と思われる)ことを、第5章末尾の文章を引いてここに写しておきます。

>現在の日本社会では、教育を受けるには個人や家庭が多大な費用を負担しなければならず、かつ受けた教育がその後の生活のたつきを築く上でいかなる意味があるのか不明である場合が多く、それにもかかわらず教育が欠如していることは様々な不利を個人にもたらす。しかも、教育から外の社会や労働市場に出れば、ある程度安定した収入や働き方をどうすれば獲得できるかの方途も不明であり、一度不安定なルートに踏み込めば、その後の挽回の機会は著しく制約される。度を超して過重な仕事、あまりに賃金の低い仕事にはまりこむ危険の高さは、まるでおびただしく地雷の埋まった野原を素足で歩いていかなければならない状態と似ている。

>今の日本社会が若者に用意しているのはこのような現実だ。それを作ってきたのも、それに手を拱いているのも、多くは若者より上の世代の人間たちである。このままでは、教育も仕事も、若者たちにとっては壮大な詐欺でしかない。私はこのような状態を放置している恥に耐えられない。

>「教育の職業的意義」を高めるという私の主張は、自分よりも後から世の中に歩み入ってくる若者たちに対して、彼らが自らの生の展望を抱きうるような社会を残しておきたいという思いから立ち上がってきたものである。すでに述べたように、それは社会というパズル全体の中であくまで一つの、しかし欠くことのできない重要なピースである。本書で述べてきた筆者の認識や提案を世に問うことで、閉塞した現状が少しでも動き出してくれればと願う。

本書全体からそういう思いが立ち上ってくるような本です。

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