松下プラズマディスプレイ事件最高裁判決
昨日出された松下PDP事件の最高裁判決が、早速アップされています。
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20091218155652.pdf
新聞でも報道されているところですが、原審(大阪高裁)の判断を破棄しております。その理由は次の通りです。
>(1) 請負契約においては,請負人は注文者に対して仕事完成義務を負うが,請負人に雇用されている労働者に対する具体的な作業の指揮命令は専ら請負人にゆだねられている。よって,請負人による労働者に対する指揮命令がなく,注文者がその場屋内において労働者に直接具体的な指揮命令をして作業を行わせているような場合には,たとい請負人と注文者との間において請負契約という法形式が採られていたとしても,これを請負契約と評価することはできない。そして,上記の場合において,注文者と労働者との間に雇用契約が締結されていないのであれば,上記3者間の関係は,労働者派遣法2条1号にいう労働者派遣に該当すると解すべきである。そして,このような労働者派遣も,それが労働者派遣である以上は,職業安定法4条6項にいう労働者供給に該当する余地はないものというべきである。
しかるところ,前記事実関係等によれば,被上告人は,平成16年1月20日から同17年7月20日までの間,Cと雇用契約を締結し,これを前提としてCから本件工場に派遣され,上告人の従業員から具体的な指揮命令を受けて封着工程における作業に従事していたというのであるから,Cによって上告人に派遣されていた派遣労働者の地位にあったということができる。そして,上告人は,上記派遣が労働者派遣として適法であることを何ら具体的に主張立証しないというのであるから,これは労働者派遣法の規定に違反していたといわざるを得ない。しかしながら,労働者派遣法の趣旨及びその取締法規としての性質,さらには派遣労働者を保護する必要性等にかんがみれば,仮に労働者派遣法に違反する労働者派遣が行われた場合においても,特段の事情のない限り,そのことだけによっては派遣労働者と派遣元との間の雇用契約が無効になることはないと解すべきである。そして,被上告人とCとの間の雇用契約を無効と解すべき特段の事情はうかがわれないから,上記の間,両者間の雇用契約は有効に存在していたものと解すべきである。
この点が、実は原審の論理のもっとも脆いところであることはわたくしの判例評釈やそれを引いた中山慈夫さんの論文でも指摘されていたところです。
わたくしの原審評釈では、この点をさらに詳しく
http://homepage3.nifty.com/hamachan/nblhyoushaku.html
>職業安定法における「労働者供給」の定義と、労働者派遣法における「労働者派遣」の定義は、判旨1(1)の冒頭部分にあるとおりであるが、この定義をもって直ちにそれに続く議論を展開することは実はできない。なぜならば、職業安定法が原則禁止しているのは「労働者供給」という行為ではなく「労働者供給事業」という事業形態であり、労働者派遣法が規制をしているのは「労働者派遣」という行為ではなく「労働者派遣事業」という事業形態だからである。職業安定法上「労働者供給事業」の定義規定はないが、労働者派遣法上は「労働者派遣」の定義規定とは別に「労働者派遣事業」の定義規定がある。「労働者派遣事業」とは「労働者派遣を業として行うこと」をいう(2条3号)のであるから、業として行うのではない労働者派遣は労働者派遣法上原則として規制されていないことになる。
もっとも、さらに厳密にいうと、労働者派遣法上「派遣元事業主」や「派遣先」を対象とする規定は労働者派遣事業のみに関わるものであるが、「労働者派遣をする事業主」や「労働者派遣の役務の提供を受ける者」を対象とする規定は業として行うのではない労働者派遣にも適用される。労働者派遣法上、この二つの概念は明確に区別されており、混同することは許されない。
職業安定法上、「労働者供給事業」ではない「労働者供給」を明示的に対象とした規定は存在しないが、44条で原則として禁止され、45条で労働組合のみに認められているのは「労働者供給事業」であって「労働者供給」ではない。これを前提として、出向は「労働者供給」に該当するが「労働者供給事業」には該当しないので規制の対象とはならないという行政解釈がされており、一般に受け入れられている。
以上を前提とすると、職業安定法4条6号と労働者派遣法2条1号の規定によって相互補完的に定義されているのは「労働者供給」と「労働者派遣」であって、「労働者供給事業」と「労働者派遣事業」ではない。経緯的には従来の「労働者供給」概念の中から「労働者派遣」概念を取り出し、それ以外の部分を改めて「労働者供給」と定義したという形なので、その限りでは「労働者派遣」でなければ「労働者供給」に当たるといえるが、ここでいう「労働者派遣」「労働者供給」はあくまでも価値中立的な行為概念であり、それ自体に合法違法を論ずる余地はない。「違法な労働者派遣」という概念はあり得ない。あり得るのは「違法な労働者派遣事業」だけである。そして、「労働者派遣事業」は「労働者派遣」の部分集合であるから、「違法な労働者派遣事業」も「労働者派遣」であることに変わりはない。
本判決は、「労働者派遣法に適合する労働者派遣であることを何ら具体的に主張立証するものでない」ゆえに「労働者供給契約というべき」と論じているが、ここには概念の混乱がある。労働者派遣法による労働者派遣事業の規制に適合しない労働者派遣事業であっても、それが「労働者派遣」の上述の2条1号の定義に該当すれば当然「労働者派遣」なのであり、したがって両概念の補完性からして「労働者供給」ではあり得ない。「労働者供給事業」は「労働者供給」の部分集合であるから、「違法な労働者派遣事業」が「労働者供給事業」になることはあり得ない。
と述べておりました。
次ぎに、偽装請負会社と労働者との関係はそれとして、派遣先の松下PDPと労働者の関係ですが、
>(2) 次に,上告人と被上告人との法律関係についてみると,前記事実関係等によれば,上告人はCによる被上告人の採用に関与していたとは認められないというのであり,被上告人がCから支給を受けていた給与等の額を上告人が事実上決定していたといえるような事情もうかがわれず,かえって,Cは,被上告人に本件工場のデバイス部門から他の部門に移るよう打診するなど,配置を含む被上告人の具体的な就業態様を一定の限度で決定し得る地位にあったものと認められるのであって,前記事実関係等に現れたその他の事情を総合しても,平成17年7月20日までの間に上告人と被上告人との間において雇用契約関係が黙示的に成立していたものと評価することはできない。
したがって,上告人と被上告人との間の雇用契約は,本件契約書が取り交わされた同年8月19日以降に成立したものと認めるほかはない。
ここでいう「前記事実関係」とは、具体的には
>なお,上告人とCとの間に資本関係や人的関係があるとか,Cの取引先が上告人に限られているとか,Cによる被上告人の採用面接に上告人の従業員が立ち会ったなどの事情は認められない。
というものです。
この点も、わたくしの評釈において、
>そこで、本件において仮に就労開始前にXがYの事前面接を受け、YがXの「利用」を決定していたというような事実関係があれば、二重雇用契約が成立したと判断される可能性が高くなると考えられる。しかしながら、本判決においてはそのような事実は認定されておらず、二重雇用契約の成立を認めるのは困難と思われる。
と述べていたところです。ここは事実認定の問題なのですが、ひっくり返すような事実がでてこなかったということでしょう。ただ、これは本件ではそうであったということであって、現実に事前面接が広く一般的に行われていることを考えれば、派遣先との黙示の雇用関係が成立する事例は結構たくさんありそうです。
次は、反復更新法理による救済は出来ないという話。ここも、原審のロジックはきわめてアクロバティックなものでしたから、はじめから1回きりで切るつもりで実際にも1回きりで切った本件に反復更新法理を適用するのは無理筋というのは素直なところです。
>(3) 前記事実関係等によれば,上記雇用契約の契約期間は原則として平成18年1月31日をもって満了するとの合意が成立していたものと認められる。しかるところ,期間の定めのある雇用契約があたかも期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態で存在している場合,又は,労働者においてその期間満了後も雇用関係が継続されるものと期待することに合理性が認められる場合には,当該雇用契約の雇止めは,客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当であると認められないときには許されない(最高裁昭和45年(オ)第1175号同49年7月22日第一小法廷判決・民集28巻5号927頁,最高裁昭和56年(オ)第225号同61年12月4日第一小法廷判決・裁判集民事149号209頁参照)。
しかしながら,前記事実関係等によれば,上告人と被上告人との間の雇用契約は一度も更新されていない上,上記契約の更新を拒絶する旨の上告人の意図はその締結前から被上告人及び本件組合に対しても客観的に明らかにされていたということができる。そうすると,上記契約はあたかも期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態で存在していたとはいえないことはもとより,被上告人においてその期間満了後も雇用関係が継続されるものと期待することに合理性が認められる場合にも当たらないものというべきである。
したがって,上告人による雇止めが許されないと解することはできず,上告人と被上告人との間の雇用契約は,平成18年1月31日をもって終了したものといわざるを得ない。
なお、原審を評釈したわたくしにとって、一見地味ですが大変興味深いのは、原審の判断を維持した部分の論理構成です。
第一審以来認めているリペア作業の不法行為性はそのまま維持されていますが、それに加えて、
>これに加えて,前記事実関係等に照らすと,被上告人の雇止めに至る上告人の行為も,上記申告以降の事態の推移を全体としてみれば上記申告に起因する不利益な取扱いと評価せざるを得ないから,上記行為が被上告人に対する不法行為に当たるとした原審の判断も,結論において是認することができる。
と述べています。この点に関して、今井功裁判官の補足意見では、次のように論じています。
>本件契約書による上告人と被上告人との間の雇用契約は,白紙の状態で締結されたものではなく,上記のような事実関係の中で締結されたことを考慮すべきである。そうすると,この雇用契約は,大阪労働局の上記の是正指導を実現するための措置として行われたものと解するのが相当である。そして,原審の認定するところによれば,リペア作業は,平成14年3月以降は行われていなかった作業であり,ほとんど必要のない作業であるということができるのであって,被上告人が退職した後は,事実上は行われていない作業であった上,被上告人は,他の従業員から隔離された状態でリペア作業に従事させられていたというのである。被上告人が上告人に直接雇用の要求をし,また,大阪労働局に偽装請負であるとの申告をしてから,本件契約書を作成するに至る事実関係からすると,上告人は,被上告人が,大阪労働局に偽装請負であるとの申告をしたことに対する報復として,被上告人を直接雇用することを認める代わりに,業務上必要のないリペア作業を他の従業員とは隔離した状態で行わせる旨の雇用契約を締結したと見るのが相当である。このことは,労働者派遣法49条の3の趣旨に反する不利益取扱いであるといわざるを得ない。被上告人は,本件組合や弁護士と相談の上,その自由意思に基づき本件契約書に署名したとはいうものの,Cとの契約を解消して収入のない状態であり,上告人においても被上告人が収入がなく困窮していた事実を知っていたと認められるのであり,これらの事情を総合すると,上告人が被上告人をリペア作業に従事させたことは,大阪労働局への申告に対する不利益取扱いとして,不法行為を構成するということができる。平成18年1月31日の雇止めについても,これに至る事実関係を全体として見れば,やはり上記申告に対する不利益取扱いといわざるを得ない。
この部分は、わたくしの評釈の最後のところで、
>原審は素直にそれを認めた上で、リペア作業を命じた点についてのみ不法行為の成立を認めた。しかしながら、これは本件の全体構造からするといかにも局部的な問題に過ぎず、隔靴掻痒の感を与えるであろう。
一つの解決の方向として、Xが労働者派遣法違反を訴えたことを実質的な理由として最終的に雇止めに至る雇用関係上の行為をとったことを全体として不法行為ととらえ、損害賠償を認める可能性があるのではないか。
と述べたことに対して適確に応答していただいたようにも感じられます。
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