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2009年12月25日 (金)

『生活経済政策』1月号の座談会

Img_month 『生活経済政策』の2010年1月号が送られてきました。特集は「社会保障制度の再建」です。

明日への視角

  • ケインズ革命を超えて—社会的・連帯経済体制の構築/粕谷信次

特集 社会保障制度の再建

  • 座談会 社会保障制度の再建
    —民主党の社会保障政策をどう評価するか/駒村康平、大沢真理、宮本太郎、小塩隆士
  • 「子ども手当」は社会手当か、公的扶助か/阿部彩
  • 政権交代と幼保問題の行方/吉田正幸
  • 総合医制度の定着に向けて/一圓光彌

連載 人間性の回復[10]

  • 有効に機能する財政を/神野直彦

連載 ピノッキオの眼[10]

  • チャタレー夫人の恋人/村上信一郎

新刊案内

  • 『鳩山政権への提言』/生活経済政策研究所編

このうちやはり興味深いのは駒村、大沢、宮本、小塩の4先生による座談会でしょう。

このなかのたとえばベーシック・インカムについてのやりとりも極めて本質を突いています。たとえば、

>宮本 気になるのは、今のベーシック・インカムの議論の潮流です。原理的には大沢先生が言うとおりなのですが、新自由主義者の側からベーシック・インカムが主張され始め、ホリエモンまでベーシック・インカムと言っている状況があります。心配なのはベーシック・インカムの水準はいつでも引き下げられるという点なんです。民主党の内部にはいろんな潮流があって、ベーシック・インカムが社民派と新自由主義的潮流とのある種の”手打ち”として突出していった場合、大丈夫かなと思うところがあります。

 ユニバーサルといった場合でも、北欧を見ていると、ユニバーサル給付の基本は所得比例なんです。就労との連携をつけた上で行う。児童手当は所得との連携はなく、どちらかというと補完的なポジションになるわけです。ですから、所得との連携を欠いたユニバーサル給付が突出するのは心配な面もあります。

>駒村 子ども手当については、今のベーシック・インカム議論の危うさも含めて考えないといけないということですね。

>大沢 私は勤労層、労働年齢人口についてはベーシック・インカムは反対です。子ども、障害者、高齢者限定です。

>駒村 勤労層についてはベーシック・インカムは避けた方がいいということですね。

>小塩 新自由主義者と社会民主主義者との”手打ち”、落としどころという意味はあるかも知れませんが、そこには貧困から抜け出すインセンティブがない。「とにかく最低限のことを国が保障します。あとは皆さんでどうぞ」という風に突き放してしまって、貧困層が就労インセンティブを持って入ってこられるのか、排除されないで普通の勤労生活を送れるのか、なかなかそうはならないと思うんです。

このアクティベーションの「魂」が抜けているという問題は、年金の議論についても同様です。宮本先生の言葉から。

>宮本 ・・・問題は、年金だけスウェーデン型を持ってきても成り立つわけがないということです。スウェーデンモデルでは、生活保障のシステム全体がアクティベーション型になっている中に、社会契約としての年金が埋め込まれているのです。ですから、社会全体の成長を一つの関数として、概念上の拠出建て立てがきちっと就労に見合った見返りとなって提供される明確なルールがある。それに対して、自公案はスウェーデンモデルから拠出建てを引っ張ってきたものの、結局、給付水準が従前所得に対して50%を切るか切らないかということばかりが問題になる。それはスウェーデンモデルにおける年金制度の魂ではないわけです。民主党案も、結果的に、税による最低保障年金だけをクローズアップしてしまっている。

先ほど小塩先生が言われたこととも重なりますが、現状として年金の保険料を払えない人がこれだけいるという事実があるわけです。これを税制に変えたって何も変わらないわけですよね。そこがあいまいにされたまま、マジックのように、税財源に転換すれば年金がよみがえるかのような議論になっていて、ここもアクティベーションの魂が入っていない。

まさしく、今日の雇用・社会保障の議論の混迷の根本は、この「アクティベーションの魂」が欠如したまま、小手先の議論ばかりがはびこることにあるのでしょう。

そのほかにも、ステークホルダー民主主義(という言葉は宮本先生は使いませんが)の観点から、(先日紹介したのと同様)こういう発言をしていますが、

>宮本 ・・・ただ、先ほどの民主党の民意集約の回路と関わっていえば、医師会であれ労働組合であれ、中間団体は全部バイアスがかかっているからと切り捨ててしまっていいのだろうか。デモクラシーの基本はアソシエーションです。根本に私的利害があるとしても、人々が自分たちの利益を反省し、公的に主張できる形に練り上げる場があることで、デモクラシーがそれなりの公共空間になっていく。そこを全部排除してしまって、巨大なマスが右に左に動くというデモクラシーにしてしまうのはいかがなものかという気がしています

この座談会で興味深いのは、雇用戦略会議がその担い手になりうるのではないかという希望をちらりと示している点です。

>宮本 ・・・また、雇用戦略会議が、産業全体が競争力を維持しつつ雇用を安定させていく労使協調体制の場として機能していくならば、ばらばらになっている様々な政策ツールがアクティベーションをベースにうまくつながっていくことも可能になるかも知れません。この雇用政策の展開を基盤に、労働と社会保障と税がベストミックスし、そこにアクティベーション型の年金政策がつながっていく形が切り開かれていけば、参加型社会のビジョンとして輪郭が明確になっていくと思います。

さて、どうでしょうか。

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