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2009年11月11日 (水)

労働者は、企業に対して公正であることを求める権利を有しています

勝間某さんのイケイケトークから始まった「「35過ぎて独身でいること」の限界とはなにか」という大変多くのブックマークが付いたyellowbellさんの「背後からハミング」というブログのエントリ自体については、特に今更何かをコメントするつもりもないのですが、

http://d.hatena.ne.jp/yellowbell/20091106

そのエントリへの反応に対するyellowbellさんの返答のエントリに、上述の文脈から離れて、それ自体として大変味わい深い文章がありましたので、わたくしのブックマークとしてここにいくつか引用しておきたいと思います。

http://d.hatena.ne.jp/yellowbell/20091108理想と現実、評価と偏見

>「綺麗事を言っても、現実の労働環境はそうじゃないじゃないか、だったらそれをわかってなお理想論をぶつのはそれは愚痴にすぎないよ」というご意見は、労働組合にとっては真正面から向き合わないといけないことです。

いち労働者として、上司がそんな高潔ではありえない、会社がそんなに公正であるはずがないという諦観は、やむを得ないことでもあり、ある意味、持っておくべきことでもあるというのはよくわかります。

 しかし、人事考課や給与体系など、こと企業のシステムに対して意見をするときは、いち労働者の諦観をベースにしてお話をしたのでは、労働環境はどんどんと後退しかねません。

職場や企業の環境によっては、いち労働者として上司とつきあうときと、労働組合として企業と渡り合うときで、許容すべき前提が異なることになってしまうのかもしれません。それでも、労働を支えるシステムを語る時に最初から「どうせできっこないんだから」と投げ出しては、今後、どんなことだって手にすることはできなくなるでしょう。

 上司は偏見から自由ではありえない。私がそうであるように。会社は万事公正でありえない。労働組合がそうであるように。

おっしゃるとおり、そこから目をそらして、理想論だけに逃げ込んではいけません。労働問題を語る者は竹林の七賢であってはなりません。

だからといって、あるべき姿という意味においての理想から目をそらすことも、これはしてはいけません。

あるべき姿と、とりあえず実現できる姿、このふたつを、だんだんとあるべき姿側に近づけていくのが、労働問題を語る者の忘れてはいけない使命感だと思っています。絶対に、現実を「現実だから」という理由で肯定することだけは避けなくてはいけません。

>労働者は、企業に対して公正であることを求める権利を有しています。あるいはそれすらも理想郷に見えるような、とても絶望的な職場もあるのでしょうが、そこをあきらめてしまったのではご自分の権利を守る人がいなくなってしまいます。

労働者の権利は理想ではありませんし、あってはなりません。権利は現実です。それ以外の現実は、非難されるべき現実なのです

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