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2009年10月24日 (土)

日本型新自由主義(狂童日報さん)

例によって、ブックマーク代わりに、

狂童日報さんの「日本型新自由主義」というエントリから、

http://d.hatena.ne.jp/qushanxin/20091024

>90年代以降の自民党が奇妙だったのは、新自由主義型の政治家と、理念的に完全に対決する利益分配型の政治家とが、緩やかに共存してきたことである。実のところ、自民党の支持基盤で新自由主義勢力はごく一部であり(ただテレビでは目立っていた)、公共事業による分配と「日本的経営」の雇用保障に利害関心を持つ人たちが圧倒的多数だった。

新自由主義者は、「セーフティネット」の重要性についても口にしてはいたが、自民党の中でほとんど政治的なテーマとして掲げられてこなかったのは、ここに理由がある。つまり公共事業による再分配と日本的経営による「企業福祉」が、「セーフティネット」の代替物になっていたので、再分配政策を増税による公的なセーフティネットの強化ではなく、公共事業や企業の体力強化という方法を選好したわけである。

新自由主義勢力も、そもそも再分配それ自体にあまり関心がないので、こうした「旧体制」に暗黙のうちに乗っかっていた(表面上は批判していたのだが)。実際は、彼らは「旧体制」の日本型福祉の強固さを最大限強調し、日本があたかも「大きな政府」であるかのようなイメージを喧伝することによって、セーフティネットの構築や増税論議を先送りできることを正当化してきたのである。彼らはつい最近まで、日本に貧困問題があるということ自体に否定的であったが、そこには「旧体制」のセーフティネットの強さに対する奇妙な幻想があったように思う。

今日本で起こっている問題は、ほとんどこの新自由主義と「旧体制」との野合・癒着の帰結によるものであると言っていい。今から振り返ると、2005年の郵政解散選挙は、日本の新自由主義化の極点というよりも、この野合を解体した(それによって自民党の強みが失われた)という点に意義が求められるべきかもしれない。

きわめて的確な分析。

マクロ社会的にいえば、日本型ネオリベと日本型生活保障体制が野合しているのと対比的に、日本型リベサヨが社会民主主義と野合・・・というよりも、ほとんど社会民主主義を乗っ取ってしまい、国家による生活保障に対して嫌悪感を抱くようになってしまったことが、日本型ネオリベによる日本型生活保障体制に対する攻撃を容易にしてしまったという構図の中で論じられるべきではありますが。

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コメント

>日本型新自由主義

新自由主義とは厳密な「主義」(理論)だと考えていた俺には、「和製」があるらしいという事実は、理論だと思っていたものが理論ではなかったということで勉強になりました。

根本問題は、教育腐敗です。
国家衰退、貧困拡大の原因は、これまでのデタラメな教育政策です。
知識時代に、受験競争で時代遅れの知識を詰め込まされ、世界最低となった大学に進学すれば、生活に困窮し自殺者が出るのは当然です。
各地の母親やPTAが「『おバカ教育』の構造」(阿吽正望 日新報道)を読む活動を始めたのは、教育の危険に気付いたからです。
すべての子供に、不登校、引きこもり、ニートとなり、犯罪や暴力に巻き込まれたりする危険があります。すべての親にとって、子供が低所得者となり、結婚できず、ホームレス、ネットカフェ難民になることが、現実の問題となり始めています。
そのため、子供を守り、家庭を守り、生活を守るために、教育システムを根本改革しなければならないと気付いたのです。
教育の改革を求める親や若者の行動は、全国に拡大していきます。
なぜなら、質の高い教育を受けることが、生存に必要な時代となったからです。必要が、発明も革命も生み出します。

今でもわからないのは
保守的な志向が伝統を唱えることが
どうしても国家社会主義的になるわけですが
これと新自由主義が親和性があるとは
とうてい思えないのに併存していた(る)ということです。
もちろん本質的な意味で伝統というのは明治以降の伝統でしかないごまかしではありますが、そういった歴史的な話はさておき仮に文化というレベルにとどまることがないくらい大きな政治力があるのはどういうことでしょうか。
外交でいえば、基本的に親米っぽさを演じて、最終的には反米的な感じと似ているのかな。(そういう姿勢は戦争で負けたルサンチマンでしかないんでしょうけど)

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