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2009年10月

ハローワークのワンストップはいいけれど・・・

例のお金をかけない緊急雇用対策の目玉のハローワークのワンストップサービスの続報です。

http://mainichi.jp/life/job/news/20091031ddm012040181000c.html

>失業者などへの年末対策を進めている政府の「貧困・困窮者支援チーム」(事務局長・湯浅誠内閣府参与)は30日、ハローワークの一つの窓口で職探しとともに住宅確保や生活保護申請、小口融資の申し込みなどに対応するワンストップ・サービスを、11月30日に東京や大阪、愛知など大都市圏を中心に実施することを決めた。長妻昭厚生労働相と原口一博総務相は記者会見し「地方自治体の協力が欠かせない」と自治体の協力を呼び掛けた。

 ワンストップ・サービスは、ハローワーク職員だけでは対応できず、福祉行政担当の自治体職員の派遣や民間団体の協力が必要となる。原口総務相は、職員派遣や住宅確保などに必要となる自治体の経費には特別交付税を充てることを表明。両大臣は、08年末の派遣村で実質的にワンストップ・サービスが実施されたことを例に挙げ「雇用情勢が依然厳しい中、どこへ行けば命をつなぐことができるのかがはっきりと分かることは非常に重要だ」と話した。

 同チームは30日付で各自治体に協力要請を出した。11月30日の実施結果を踏まえ、年末年始の実施体制や継続的に運営するかどうかなどを検討する。【東海林智】

雇用創出の方にはちゃんとたっぷりお金をかけるんでしょうね、というのはとりあえずおいといて、ハローワークでワンストップサービスという湯浅誠風味の政策自体は、私は評価しています。

自治体にも総務省から交付金が流れるということなので、そちらは何とか動くことになるのでしょう。

私がずっと気になっているのは、まことに形而下的なレベルが低いといわれれば低い話なんですが、ワンストップサービスでやってくる自治体の福祉や住宅担当の人たちのはいる場所があるんだろうか、というまあなんちゅうか庶務課的な心配なんですが。

上の記事からすると、1ヶ月後に試行するのは東京、大阪、愛知などの大都市圏ということですが、そういうところのハローワークにいってご覧になるとわかりますが、ただでさえ狭苦しい庁舎の中に求職者が山のように列をなしていて、昔はあった空き部屋のたぐいも潰して相談室にしたりして、なかなか新たな相談コーナーの入る余地がないのが実態ではないかと思うのです。

ワンストップといっても、要するにハローワークの窓口に自治体から来たそれぞれの担当職員が居て対応するということですから、間違いなく庁舎内の職員数が大きく増えるわけで、いまの庁舎事情で大丈夫なのだろうかと、正直心配して居るんですが。

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消防職員に団結権付与

これは、その筋の玄人には大変大きなニュースなんですが、新聞ではベタ記事でした。

しかも、ネット上に記事を載せているのは産経だけ。朝日も読売も関心があんまりないようです。

http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/091029/stt0910291908008-n1.htm

>原口一博総務相が労働三権(団結権、団体交渉権、スト権)が認められていない消防職員に対し、団結権を付与する方針を固めたことが29日、分かった。原口氏が28日、自治労の徳永秀昭委員長ら労組幹部と行った会談で明らかにした。

 会談では、自治労側が「消防職員の団結権問題を解決してほしい」と要請。これに対し、原口氏は「団結権のあり方は国民の理解の下、前へ進めていく」と述べ、付与の方向で検討を指示したことを明かした。

 総務省では今後、省内に検討会を設置して、消防職員の団結権のあり方を検討する。消防職員は、警察官や刑務所職員と同様に労働基本権が制限されているが、民主党は衆院選のマニフェスト(政権公約)で公務員の労働基本権の回復を掲げている。

労働基本権問題はいろいろな問題が交錯して難しいのですが、実は消防職員問題は理屈自体は全然難しくありません。

ILO条約では、団結権を禁止できるのは軍隊と警察だけだと明記されていて、それ以外の公務員については、団結権以外は制限できるけれども、団結権、つまり自分たちの労働組合を結成する(だけの)権利は制限できないということになっています。

交渉もできないのに組合作ってどうするんだという話はまさにいまの非現業公務員がそうなわけですが、交渉はできないけれどもお願いはできるということで、実質的にはお願いという名の交渉に近いものになっていたりすることもあって、そこが現在の公務員制度改革の一つの論点のもとなわけですが、それはともかく、

ILO条約では軍隊と警察だけに禁止できるはずの団結権を、日本の公務員法では、消防職員についても禁止しているのは何なんだ、というところから、過去数十年にわたって、ILOから繰り返し指摘され続けたという故事来歴があるのです。

日本政府がずっと言い続けている言い訳は、日本の消防組織は警察と同じだから、警察と同じように団結権を禁止して居るんだというものですが、いうまでもなく、消防庁は旧自治省、現総務省の外局であって、警察庁の外局ではありませんし、警察の指揮命令下にあるわけでもありません。

実のところ、消防職員に団結権を認めてこなかった最大の理由は、消防団との関係で、消防団の大親分の故笹川良一氏が、俺たち消防団がボランティアで一生懸命やっているのに、給料もらっている消防職員が労働組合作るとは何事だ!と怒ったから、という説を聞いたことがありますが、真偽のほどは定かではありません。

まあ、そういうわけで、国際的には到底通用しないようなへりくつで、消防職員の団結権を禁止したままいまに至ったわけですが、なぜか一般の公務員労働法制にはかなり抜本的な提案(労働協約締結権の付与)をした公務員制度改革でも、それより遥かにわかりやすく明快なはずの消防職員の団結権問題についてはふにゃふにゃとわけのわからないことしかいわなかったことは、本ブログでも紹介したとおりです。

その問題に、あっさりと結論の方向を示してしまったのですから、こういう面における政治主導は確かに歓迎すべきかも知れません。

(参照条文)

地方公務員法

第52条 

  警察職員及び消防職員は、職員の勤務条件の維持改善を図ることを目的とし、かつ、地方公共団体の当局と交渉する団体を結成し、又はこれに加入してはならない。

ILO結社の自由と団結権条約

Article 9

1. The extent to which the guarantees provided for in this Convention shall apply to the armed forces and the police shall be determined by national laws or regulations.

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パターナリズムについて

先月(9月30日)のエントリで紹介した、『大原社会問題研究所雑誌』9/10月号の特集「パターナリズムの国際比較」が、PDFファイルとしてアップされました。

http://oohara.mt.tama.hosei.ac.jp/oz/611-612/index.html

この時間差がねえ。

前回も書いたように、「一見パターナリズムとは正反対の国のように見えるスウェーデンにおいて、パターナリズムこそが市民的公共性の形成に重要な役割を果たしたこと」を歴史分析から示しているクリステル・エリクソン&ジョン・ボリビィの「スウェーデンにおけるパターナリズムと市民的公共性」が、やはり読まれるべきでしょう。

http://oohara.mt.tama.hosei.ac.jp/oz/611-612/611-01.pdf

前回は訳者解題を書き写すので精一杯でしたが、今回はコピペできるので、この論文の最後の「総括」というところを丸写しにします。それだけの値打ちのある文章だと思うので、じっくり読んでくださいね。

>スウェーデンの市民的公共性の形成は,1830年代に始まった。19世紀末葉まで,この公共性においては,男性かつ上層の中間層の家父長が中心的な役割を果たした。家父長とそれに従う者との関係は,殆どの場合,対面的な関係であり,従属者がその関係を受け入れ,きちんと仕事をする限りその安泰を当てにできる,父親に対するような社会的・経済的信頼性に基づいていた。19世紀末,市民的公共性は変化し始めた。今や上層中間層の女性も,象徴的な消費者やフィランスロピーの担い手,ネットワーク的関係を強固にする存在としてますます中心的な役割を演じるようになった。

労働運動の台頭は,市民的公共性の変化を促した。権威主義的な家父長は,勃興する労働運動の公共性からの挑戦を容認しなかった。同時に,大企業の勃興は,工業企業家個人が従業員と対面的な関係を取り結ぶことを困難にした。資本主義的な市場関係が,部分的には家父長的な関係に代替することとなる。状況はまた,世紀転換期の民主化の進展や1918年から21年の民主主義の勃興[スウェーデンでは1909年に下院にあたる第二院について男子普通選挙権が導入された。第一次世界大戦末期よりの社会不安の中で,1919年にはすべての選挙での男女平等普通選挙権・被選挙権が議決された。最終的に21年には選挙権規定をめぐり憲法も改正され,女性も参加した初の総選挙が行われた。──訳者注]によっても変わった。このような経済的,社会的そして政治的な過程が,市民的公共性と労働者公共性の間の新たな交渉を強制し,先見の明のある中間層の家父長が従業員との間にパターナルな契約を書き改めることにつながった。子を従属させ,善良であるが罰を与える父親は,労働者を教育し,企業及び企業がある地域との連帯や協働の下に階級対立を克服しようとする,新しい中間層の家父長によって取って代わられた。労働と資本の関係は,製鉄所間の一つの競争条件となった。権威主義的な家父長は労働運動を認めることを拒否した。それにより,一連の破壊的な対立を引き起こした。〔このような〕教育する家父長のやり方は,首尾よくいけば,こうした類の対立を回避した。対立の代わりに,彼らは,階級を超えた交渉と協力の概念を作り出した。これが「ブルク精神」と呼ばれているのだが,ブルジョワジーのヘゲモニー的地位という脈絡において理解されるべきである。

市民的公共性の第三の転換は,労働運動の公共性が選挙勝利によって国家装置を動かす権力を獲得し,福祉国家を建設し始めた1930年代に起こった。当時,教育する家父長の政策は,上層中間層の保守主義的な部分を覆っていた。市民的公共性と労働運動の公共性は,合理化や経済成長の概念をめぐって協力し始め,それが,社会的・政治的福祉諸改革の前提となった。クリスティアン・フォン・シュードウは,1950年代に,さらに労使協力政策を発展させ,その他の家父長は,ブルジョワジーのヘゲモニーの観点に従って解釈した産業民主主義を提唱することにより,ブルクの労使協力の概念に再び息を吹き込んだのである。

日本におけるパターナリズムを考える上でも、大変参考になる枠組みだと思います。

同じ号に、榎一江さんの「近代日本の経営パターナリズム」も載っていて、これもいままでの研究史を手際よくまとめるとともに、国際比較の中でいろいろと考察されており、脳みそを刺激します。

http://oohara.mt.tama.hosei.ac.jp/oz/611-612/611-03.pdf

これまた最後の「おわりに」をコピペ。

>日本の経営史研究では,温情主義と経営家族主義とを重ね合わせて,それを日本的経営の特質としてきた。日本的経営の源流を探るという観点は,近代日本の特殊性に注目し,それを固有の文化や伝統の問題に帰し,国際比較の視野を閉ざしてきたように思われる。しかしながら,温情主義が特殊日本的現象ではなく欧米にも見られることは指摘されており,第二次大戦前の日本で温情主義の名のもとに設けられた慈恵的・福利増進施設の内容は,例えばアメリカのウェルフェアの内容と特に異なるものものではないという(58)。「日本的なるもの」を追求してきた研究史は,家イデオロギーを前面に出す言説レベルの分析に傾倒しすぎたきらいがある。それらは,経営の実態に迫る実証的な歴史研究によって,再考を迫られている。

本稿は,「温情主義」という言葉が普及した大正期に,パターナリズムが再編される過程に焦点をあてた。もちろん,それ以前に同様の施策がなかったわけではない。製糸業,とりわけ郡是製糸の例がそうであったように,労働者に対して法的な義務以外に何らかの施策をとることは広汎に見られた現象であった。しかし,それらは,「主義」としてではなく,個別経営による試行錯誤の中で様々な形態をとって実施されていた。その形態は,産業,企業によっても,あるいは,地域によっても異なっていたのであり,それぞれに合理性を有していた。そうした多様なあり方が「主義」として再編されていく過程において重要な役割を演じたのは,紡績業を中心とする繊維産業の経営者たちであり,そのことが日本の経営パターナリズムを特徴づけることになったのである。

近代日本のパターナリズムは第一次大戦期を経て大企業を中心とする経営者の言説において強化されていった。もちろん,言説と実際の経営における施策の間にはなおかい離があったし,こうした理念が労働者にどう受け取られたかはまた別の問題である。しかしながら,労働問題が経営問題となった以上,パターナリズムのあり方は経営の内実に即して分析される必要がある。その意味での実証研究は,始まったばかりである。

(追記)

ちなみに、上記論文を読んだあとで、池田信夫氏の次の文章を読むと、大変愉快な気分になれます。

http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/88e388648e53401a39d8651525f79743濱口桂一郎氏の家父長主義

>hamachan、パターナリズムってわかる? これ、ほめてるんじゃないよ。日本語では「家父長主義」と訳し、君のように「かわいそうな貧乏人を助けてあげよう」という善意で規制を強化して、結果的には日本経済をだめにすることをいうんだよ。旧労働省は、農水省と並んで、昔から「いらない官庁」の筆頭にあげられてきた。雇用規制の強さと失業率に有意な相関があることは、経済学の常識だ。労使紛争の調停は、裁判所で十分だ。最善の労働政策は、旧労働省を解体することなんだよ。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/post-6bab.html(池田信夫氏の熱烈ファンによる3法則の実証 スウェーデンの解雇法制編)

>いいやアメリカのシステムじゃないんですよ。それは。例えばね、これは僕の言っているのに一番似ているのはスウェーデンなんですよ。スウェーデンてのは基本的に解雇自由なんです。ね、いつでも首切れるんです、正社員が。

ちなみに、それがほんとのことかどうかについては、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/02/post-9ff0.html(北欧諸国は解雇自由ではない)

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第7回有期労働契約研究会資料

先週金曜日(23日)に開かれた有期労働契約研究会の資料がアップされています。

http://www.mhlw.go.jp/shingi/2009/10/s1023-5.html

まず実態調査に基づく有期労働者の類型論ですが、

http://www.mhlw.go.jp/shingi/2009/10/dl/s1023-5b.pdf

この絵にあるように、一番多いのが右下の長方形の「軽易職務型」で事業所の54,4%、個人の39%、そのうち異動・転勤あり、昇進ありというのがそれぞれ1割強あります。

次ぎに多いのが「同等職務型・別職務同水準型」で、それぞれ28.3%+13.1%、36.4%+17%です。こちらは異動・転勤あり、昇進ありの割合はかなり高いです。

ごく少ないのが「高度技能活用型」で事業所の1.0%、個人の4.4%にすぎません。

論点ペーパーが大変注目に値します。

http://www.mhlw.go.jp/shingi/2009/10/dl/s1023-5c.pdf

「有期労働契約の範囲、勤続年数等の上限」について、

>わが国の法制においては、有期労働契約の締結事由や勤続年数・更新回数の上限に係る規制はないが、今回のヒアリング・実態調査等も踏まえて、どのように考えるべきか。

とまず大きく問いを立て、

>諸外国の法制においては、EU有期労働契約指令のように有期労働契約または有期労働関係の反復継続した利用から生ずる濫用を防止するための措置を講じているものがあるが、わが国の雇用システムの特徴や労使のニーズに照らして、どのように評価すべきか。

>このような濫用防止措置として、有期労働契約の締結事由をフランスのように合理的なものに限定すべきという考え方があるが、わが国の雇用システムの特徴等に照らして、どのように評価すべきか。

>一方、別の措置として、諸外国の中には、英国や韓国のように、締結事由は限定しないが、勤続年数の上限を定めている法制があるほか、フランスでは締結理由と共に勤続年数の上限と更新回数の上限とを定めているが、このような勤続年数と更新回数の上限を定めることについて、わが国の雇用システムの特徴等に照らして、どのように評価すべきか。

といったかなり踏み込んだ論点を提示しています。

また1回の契約期間の上限についても議論を提起しています。

この問題、実は派遣事業規制ばかりがまるでいじめっ子のようにフレームアップされるいささか異常な日本の労働議論の中で、派遣労働に弊害があるとすればその原因の相当部分は有期労働と共通するわけですから、こちらでしっかりとした議論を積み重ねる必要があります。

昨日の朝日新聞のコラム「政策ウォッチ」で、林恒樹記者が「有期雇用 派遣規制と温度差 積極論議を」と書いていましたが、確かに、

>同じ非正社員でも、派遣労働の規制に向けては白熱した審議が続いており、落差が気になる。

>派遣だけを規制しても不安定な働き方はなくならない。

のであって、マスコミも政治家も、もう少しバランスのとれた労働政策観を確立してほしいものだと思います。

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相対的貧困率は出発点にすぎない

さる10月20日のエントリで紹介したOECD方式の相対的貧困率ですが、ここでは、相対的貧困率だけで何か政策を論じられるなんて思ってはいけないよ、という話を。

もう7年以上も前になりますが、すでに廃刊になった『総合社会保障』という雑誌に「ニュー・ヨーロッパへの新展開--変貌するヨーロッパの雇用・社会政策」という連載をしていたことがありますが、そのときに、EUでは貧困から社会的排除に問題意識が変わりつつあると言うことを紹介し、その一環で、「貧困と社会的排除の指標」の開発にむけていろいろと取り組みがされていることも紹介しました。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/shahoshinpo6.html

このときに紹介したアトキンスン報告では、つぎのような包括的な指標によって、人々がどれだけ社会に統合されているかを測ろうとしていました。

(1)経済的貧困:世帯所得で算出

◎所得の中央値の50%ないし60%(貧困線)以下の所得の者の比率(低所得者比率)
○所得中央値の40%及び70%以下の所得の者の比率、及び特定時点における所得中央値の絶対額の60%以下の者の比率
○単身世帯と標準世帯(2親2子)における貧困線の実質価値(購買力)
○過去3年のうち少なくとも2年貧困線以下にあった低所得者の比率(持続的貧困比率)、及び、過去3年間ずっと貧困線以下にあった低所得者の比率(慢性的貧困比率)
○貧困線との貧困格差の平均値と中央値
◎所得五分位階級で最下層に対する最上層の所得の比率(S80/S20)
○所得十分位階級で最下層に対する最上層の所得の比率(S90/S10)及びジニ係数
●非貨幣的な価値剥奪の指標

(2)教育水準

◎18歳~24歳層のうち中学校教育だけでそれ以上の教育訓練を受けていない者の比率
○18歳~64歳層のうち中学校以下の教育しか受けていない者の比率
●親の教育水準や教育費用に焦点を当てて教育へのアクセスの格差の指標

(3)雇用労働

◎失業率及び長期失業率(1年以上)
◎失業世帯人口の比率
○就職意欲喪失者の比率及び18歳~59歳(64歳)層のうち非就業者の比率(フルタイム教育を受けている者を除く)
○貧困線以下にある失業世帯人口の比率
○昨年今年と労働者であって貧困線以下にある者の比率(ワーキング・プア)及び時間当たり賃金が中央値の3分の2以下である者の比率(低賃金労働者)

(4)保健医療

◎65歳に達しないで死亡した者の比率、又は、自分の健康状態を悪い又は大変悪いとする15歳以上の者の所得五分位階級の最下層及び最上層における比率
○経済的理由又は待機のため過去12ヶ月間に医療を受けられなかった者の比率

(5)住居

◎特定の住居アメニティがないか、特定の住居欠陥がある世帯の者の比率
○過密状態の住居に居住する者の比率
○過去12ヶ月中に家賃又はローンの支払いが遅滞している世帯の者の比率
●環境の悪い住居に住んでいる者の指標
●ホームレスや不安定住居の定義と指標(欧州委員会は緊急に取り組むこと)

(6)その他

○緊急時にまとまった金を用意できない世帯の者の比率
●労働市場で必要な技能を反映した読み書き能力と計数能力の指標
●公私の不可欠なサービスへのアクセスの指標
●インターネットへのアクセスを含む社会参加の指標

貧困というのはお金があるかないかというだけの話ではないということを、このように具体的な指標の形で示そうとする意欲が、日本の政策構想の中にあるかどうかが、実のところは問題なんだと思うわけです。

私がこの紹介論文を書いたのは7年以上前ですが、日本はようやく、そのときに『それだけじゃダメだ』というレベルに到達したわけですから、なかなか先は長いというべきかも知れません。

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『マスコミ市民』11月号所載の講演録

去る9月24日に、現代社会民主主義研究会でお話しした時の講演録が、『マスコミ市民』という雑誌の11月号に掲載されています。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/mascom0911.html

ちなみに、この集まりには、民主党の山花郁夫議員も来られ、とりわけ最後の部分について、若干のコメントを残していかれました。

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『労働経済情報』秋号の拙論

畑中労働経済研究所が発行している『労働経済情報』2009年秋号(25号)に、拙論「EUにおける非典型労働者への法政策」が掲載されています。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/euatypical.html

この論文自体は、EUの非典型労働法政策を概観したもので、それほど面白いものではありません。

むしろ、この雑誌に載っているほかの記事の一覧をご覧になると、そのラインナップの凄まじさに、思わず「うーん」と呻るのではないかと思います。

これが秋号の目次です。

雇用政策の目指すべき道・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・西村理

非正規雇用危機と『均等待遇』戦略・・・・・・・・・・・・・・・小林良暢

派遣法-罪深き若者の使い捨て・・・・・・・・・・・・・・・・・東海林智

EUにおける非典型労働者への法政策・・・・・・・・・・・・濱口桂一郎

戦後わが国労働法の特質(上)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・片岡昇

アジア経済圏における日本のパラダイムシフト・・・・・・板東慧

グリーン・ニューディールと緑の雇用を考える・・・・・・・・松下和夫

改正労働基準法と企業の対応・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・安西愈

ディーセント・ワークの実現へ向けて・・・・・・西村健一郎・山本陽大

新たな労働時間法制へ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・田中清定

労働法における「労働者性」と「使用者性」が今、問われている・・・・水谷研次

労働審判事件の現場・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・夏見陽介

労働災害防止におけるリスクアセスメント・・・・・・・・・・・・金原清之

メンタルヘルス対策の留意点・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・谷口恒夫

メンタルヘルスケアの実情と目指す姿・・・・・・・・・・・・・・寺村紀子

大阪労働局の送検事例を見る・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・本誌編集部

国際金融危機下-広東企業の労使関係・・・・・・・・・・・・孔祥鴻

この業界的には結構なビッグネームが名前を連ねています。

小林良暢さんのはいつもの小林さんの調子ですし、東海林さんのはやはり東海林さんらしい文章です。

ここで特に挙げておくべきは、水谷研次さんの論文でしょう。東京都労委の労働者委員として、労働委員会が労働者性を認めた事案を、裁判所が片っ端から「労働者じゃねえ」と切って捨てている現状に対する怒りに満ちています。

水谷さんのブログはこちらですので、参考までに。日々読んで糧になる内容です。

http://53317837.at.webry.info/

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東京大学ジェロントロジー講義キャンセルのお詫び

去る10月28日、東京大学学部横断型ジェロントロジー教育プログラムの一環として、わたくしが「年齢に基づく雇用システムと高齢者雇用」という講義を行う予定でありましたが、

http://www.gerontology.jp/edu/core2.html

その前日の10月27日早朝、38.8度の発熱があり、医者に行って検査したところ、新型インフルのウィルスは検出されないものの、その疑いが濃いということで、数日間の行動停止を命じられ、その結果、上記講義を急遽ドタキャンしてしまう結果となってしまいました。

わたくしの講義を楽しみにしておられた学生の皆様には心からお詫び申し上げるとともに、残念ながら今年はもう補講をする時間的余裕はないということなので、昨年の講義の映像をリンクしておきたいと思います。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/post-b643.html?no_prefetch=1(東大のオープンコースウェア)

http://ocw.u-tokyo.ac.jp/courselist/609.html?teachcat=2(ビデオ・講義ノート)

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『生産性新聞』「ワークアイ」寄稿エッセイ

日本生産性本部の機関紙『生産性新聞』の10月25日号の「ワークアイ」というエッセイ欄に、わたくしの「賃金と社会保障のベストミックスを」という小論が載っています。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/workeye1025.html

今週発売された『POSSE』第5号の論説のダイジェスト版みたいなものです。『POSSE』の方は一般に市販されている雑誌なので、次号が発行されるまでわたくしのHPには掲載しません。他にも興味深い論考が満載ですから、是非お買い求めくださるようお願い申し上げます。そのうちに、同誌第5号の内容についての論評記事を書きます。

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日本経団連タイムスの記事

『日本経団連タイムス』10月29日号に、わたくしが去る10月9日に日本経団連の社会保障委員会企画部会に呼ばれて行った講演の概要記事が載っています。

http://www.keidanren.or.jp/japanese/journal/times/2009/1029/06.html

>日本経団連の社会保障委員会企画部会(渡邉光一郎部会長)は9日、東京・大手町の経団連会館で会合を開き、労働政策研究・研修機構の濱口桂一郎統括研究員から、EUの雇用政策と生活保障制度の動向について説明を聞いた後、意見交換を行った。

■ 濱口研究員説明

1990年代以降、EUの社会保障政策は雇用政策と表裏一体で議論が展開している。政策展開の大きな方向性としては、従来の所得移転型・資源再分配型から、機会配分型・社会参加型のシステムへの転換が志向されている。つまり、これまでの福祉国家像では、弱者救済・労働者保護が中心にあったが、市民権的な観点のもと、仕事を通じた社会参加型の新たな福祉国家を目指す方向である。

EUの雇用戦略の最大の眼目は、就業率の向上にある。さらに、福祉を削減し労働市場に追い立てる政策手法は取らず、「仕事の質」を横断的目標とし、やりがいのある良い仕事を提示していくことを重視している。仕事の質の向上により失業や非就業への流出を減らし、流入を増やして就業率を引き上げるという、仕事の量と質の両立を目指すものである。

また、EUで同時期に打ち出した社会保護戦略においては、福祉による金銭給付のみでは貧困問題は解決せず、「社会的排除」の解消に向け、社会の二極化、分断化にこそ取り組むべきとの考え方が有力になった。その際の対応のカギは、質の高い雇用にあり、社会の主流(労働市場)から排除された人々を統合するべく、所得保障と職業訓練とをリンクする仕組みづくりが検討され、各国で対応が進んでいる。また、社会の二極化の解消には、雇用問題を超えて住宅、医療、文化、家族といった広い政策分野への対応が必要であるとも指摘されている。

EUでは、従来から若年失業者が雇用問題の中心にあり、手厚い所得保障があるものの、いったん福祉の世界に安住すると抜け出せない「福祉の罠」という問題がある。これに対し、日本では、90年代初めから若者が非正規労働者として就労するなかで矛盾が生じてきた。

EUは働かない人をいかに働かせるかが問題であり、日本は働いていても、その働き方およびセーフティーネットが不適切なことが問題である。検討の際には、EUと日本の社会背景や雇用環境の違いをよく踏まえる必要がある。今後、日本においては、将来のキャリア展望を見せつつ、非正規就労からスキル向上を前提として高技能・高賃金の世界へ移行させるための施策が必要であり、雇用および社会保障の一体的な施策展開が期待される。

■ 意見交換

引き続いて行われた意見交換では、「派遣という働き方をどのように評価するか」との質問に対し、「本来は、キャリア形成につなげる手段にもなり得るシステムであり、冷静な議論が必要。ただし、低い労働条件を生み出すもととなるなら、改善策を検討すべき」との回答があった。

如上の通りであります。

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連合北海道講演の記事

091022kousi6659 さる10月21日に、連合北海道主催で行われた講演会の記事が、自治労北海道のHPに掲載されています。

http://www.jichiro-hokkaido.gr.jp/2009/10/1021.html

>10月21日、札幌市・自治労会館で、連合北海道が主催して「2009ディーセント・ワーク講演会」が開かれ約60人が参加した。

はじめに、開会にあたり荒又重雄会長(社団法人北海道雇用経済研究機構)あいさつの後、講演「非正規労働と産業民主主義」と題して、濱口桂一郎さん(労働政策研究・研修機構統括研究員)が、これからの日本の労働社会のあり方などについて話した。

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スウェーデンの職場の個人情報保護法案

スウェーデン政府が職場の個人情報保護法案を提出したというニュースがEIROに載っています。

http://www.eurofound.europa.eu/eiro/2009/09/articles/se0909019i.htm(Proposed law to protect personal privacy at work)

>The Swedish government has made a new legislative proposal on the protection of personal privacy in working life, with the help of a special commission set up to evaluate the current legislation. The proposal sets out mainly five stricter regulations on surveillance or control measures used by employers. The trade unions have in general reacted positively to the proposal, but the employer organisations are very critical of the content of the proposal.

具体的な内容は、次の通りだと言うことです。

•three changes in the Personal Data Act 1998:204; the act is based on Council Directive 95/46/EC which aims to prevent the violation of personal integrity in the processing of personal data and on the free movement of such data;

•prohibiting employers from obtaining certain data extracts on employees from criminal records, the National Social Insurance Agency (Försäkringskassan), the Swedish Enforcement Authority (Kronofogdemyndigheten) or credit reporting bureaus;

•stricter regulation of employers’ ability to request employees to undergo a medical examination;

•prohibiting privacy-invading measures such as conducting surveillance or background checks that constitutes a manifest infringement on an employee’s personal privacy (such as IQ tests, wiretapping telephone calls, searching lockers, analogue camera surveillance in toilet areas), unless the measure was taken for an authorised purpose;

•a mandatory provision obliging the employer to negotiate in advance with the trade unions in the manners prescribed by the Co-Determination Act (Medbestämmandelagen, MBL 1976:580), when planning to introduce surveillance or control measures. The commission also proposes to ask the Data Inspection Board (Datainspektionen, a public authority which aims to protect the individual’s privacy in the information society) for an opinion regarding the employers’ handling of personal data.

使用者が犯罪記録、社会保険記録、債務記録などから労働者に関する情報を入手しようとすることの禁止、労働者に健康診断を強制することへの制限、労働者に対するIQテスト、盗聴電話、監視カメラなどの原則禁止、労働者の個人情報に関わるような措置を執ろうとする際に共同決定法に基づいて労働組合と交渉しなければならないことなど、が規定されているようです。

スウェーデンは、労働者代表システムに関しては、労働組合の一元主義ですので、労働組合との交渉の義務づけという形になるのですね。

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池田信夫氏の熱烈ファンによるわたくしへの糾弾全記録

ここ数日、本ブログを騒がせてきた池田信夫氏の熱烈ファンとおぼしき「読者」氏によるわたくしへの糾弾ですが、その主たる書き込みがコメント欄になされたため、必ずしも「読者」氏の期待するような形で広く一般に公開されていないという印象を与えているようであり、また、コメントがなされた対象エントリが不適切なため、他のエントリのコメント欄に移動したことをもって「俺の昨日送信したコメントは予告もなく削除しましたね。」という風に誤解されたこともあり、「読者」氏の意向を全面的に受け入れて、ここに「読者」氏によるわたくしへの糾弾文書のすべてと、それに対するわたくしの反論文書を、何の手も加えずに、そのままの姿で、再度公開したいと思います。

わざわざいくつかのエントリのコメント欄を見に行かなくても、「読者」氏がわたくしを糾弾していた理由がどこまで的確であるか、わたくしの対応がどこまで不誠実なものであったかが、読まれる方々に一目瞭然となりましょう。

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「池田信夫氏の「書評」」へのコメント欄:

濱口桂一郎氏に質問です。なぜ濱口氏は10月初旬に出版された池田信夫氏の新刊『希望を捨てる勇気』の書評をブログにお書きにならないのですか?俺には不思議です。

濱口氏はたぶんこうおっしゃるでしょう。「池田氏が勝手に私の本を書評したからといって、私が彼の新刊を書評せねばならない義務はない」。

しかし本当にそうでしょうか?濱口氏は池田氏を挑発していた。

>投稿: hamachan | 2009年8月25日 (火) 23時14分
>それと、ほんとは「読んではいけない」で罵倒したい気持ちがこうして吹き出たとか(笑)。 さすがに、ひと様に「読んではいけない」という理由が、「修士号もないこっぱ役人上がりのくせに。 俺様は博士だぞ」だけでは恥ずかしいのでしょうが、 それ以外に罵倒する理由が見つからないのですかね。

そしてご自分が池田氏を挑発したことも暗に認めている。

>捏造を批判されて逆上したのか、急いで拙著の「書評」をアップしたようですね

ユニークで自分の5~6倍以上の集客力があるブロガーが自著を取り上げてくれたらそれだけでも感謝をするべきです。池田氏に対して感謝の一言もないのはどうしてですか?感謝どころか、池田氏の書評をさらして業界の知識が少ないことを小馬鹿にしていた。労働法がご専門の濱口氏と、経済学者である池田氏では、雇用・労働問題に関して、知識の絶対量に差があって当然です。濱口氏のやっている事は礼儀を欠き、池田氏への批判は間違っています。

>もう少し、「こいつのこういう政策論はこのように間違っている」といった正々堂々たる 正面攻撃があるかと思っていたのですが、拍子抜けというところです。
>まあ、この「読んではいけない」のどこにも、わたくしの具体的な政策論のどこがどのように けしからんのか、片言隻句の記述もない

実のところ俺は、この濱口氏の書評の批判が出た後でも、池田氏の新刊が出たら、濱口氏はその新刊をブログで書評するだろうと疑っていませんでした。しかし濱口氏が『希望を捨てる勇気』の書評を出す気配はありません。

些細なことだし、池田氏には「余計なおせっかいだ!」と逆に俺が怒られるかもしれませんが、俺は今回はじめて濱口氏がどういう人間かよく分かった気がします。

濱口氏は池田氏の本を批判して経済音痴であることが露呈するのが怖いのですか?それとも最初っからご自分は池田氏の本の書評など書く気がないのに、池田氏の書評はさらして彼を小馬鹿にし、アクセス数を稼いだだけですか?

もしそうならあなたがやっていることは卑怯だ!

ぜひ濱口桂一郎氏に『希望を捨てる勇気』の書評をしていただいて、「池田氏のこういう経済政策はこのように間違っている」と正々堂々たる 正面攻撃をしていただきたいと思います。

投稿: 読者 | 2009年10月23日 (金) 01時29分

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「読者」さんは何か勘違いをしておられるようですが、そもそも本エントリのタイトルにおいて、私が「池田信夫氏の『書評」』とカギ括弧付きにしてあるのは、上の記述に明らかなように、いかなる意味においてもそれが書評の名に値するような代物ではないと考えるからです。

「読者」さんは、

>濱口氏はたぶんこうおっしゃるでしょう。「池田氏が勝手に私の本を書評したからといって、私が彼の新刊を書評せねばならない義務はない」。

と言われるのですが、池田氏がわたくしの政策論について、それこそホワエグ論でも休息期間規制でも、請負と派遣の話でも偽装有期の規制でも、教育費や住宅費の問題でも、集団的労使関係の話でも、どれか一つでも取り上げて辛口でも何でも批評をされたのであれば、わたくしもまったく同一の知的倫理的水準水準において、池田氏の本を論評することができるでしょう。

しかしながら、もし出版元と現所属先と出身組織に対する単なる悪罵のみからなる文章を「書評」と呼ぶというのであれば、私はそのような下品な文章を書けと言われても断固拒否します。「読者」さんは、わたしがダイヤモンド社と上武大学とNHKへの悪罵を繰り広げ、ついでに「池田氏の言っていることは、私も前に書いていたぞ」とでも付け加えれば満足されるのかも知れませんが、私はそのようなご要望にお応えするつもりは毛頭ありません。近々ダイヤモンド誌編集部の方のインタビューを受ける予定ですし、NHKには「何回も出演させていただいているし、上武大学に対しても箱根駅伝おめでとうと素直な祝意を表する以外に何もないのです。

本ブログにも時々、単なる悪罵のみを目的としたコメントが寄せられることがありますが、具体的な内容がなく単なる悪罵のみのものは削除しています。悪罵の対象が池田信夫氏であるものも数十件書き込まれましたが、すべて削除されています。お心当たりの方は反省していただきたいと思います。池田信夫氏と対立している人間のブログだから、その悪罵を書けば公開してくれるだろうなどという低劣な心性の人間を認めるつもりはありません。

いずれにしろ、わたしは人の愚劣な「書評」がまともな意味における書評になっていないことを指摘することはしても、同じ倫理水準の「書評」と称する誹謗中傷文書をわざわざ作成するつもりはありません。「読者」氏が池田信夫氏の「書評」を前提にしてそれに対応するものをなぜ書かないのかといわれる以上、そんな下劣なものを書くつもりは毛頭ないというのが唯一の答えです。

もし、これはあくまで現実に反する仮想ですが、池田信夫氏の書評が拙著の具体的な政策提言に関わるような誠実なものであったとしたら、と問われれば、そのような誠実な書評者に対しては、自ずから誠実な対応をすることになるでしょう、と答えることになりましょう。残念ながら、これは現実に反する仮想ですから、なぜそうしないのかという問いはそもそも根拠を有さないことになりますが。

投稿: hamachan | 2009年10月23日 (金) 08時08分

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ご丁寧なご回答どうもありがとうございます。反論します。俺は必死で書いているので「単なる悪罵のみを目的としたコメント」などと濱口氏に一方的なレッテル貼りをされて削除されたくありません。絶対に削除しないでください。

>そもそも本エントリのタイトルにおいて、私が「池田信夫氏の『書評」』とカギ括弧付きにしてあるのは、上の記述に明らかなように、いかなる意味においてもそれが書評の名に値するような代物ではないと考えるからです。

俺の目には「書評」に見えます。「書評の名に値するような代物ではない」は濱口氏の一方的な私見です。お金をとって本を書いて売るプロは、気にくわない書評は「こんなものは書評(批評)ではない」といって書評子を貶める行為は絶対にやってはいけません。濱口さんが書いたのは新書であり、商品なのです。プロなら自由な批判を受けるのは当然であり、自分が理解できない書評スタイルもその中に含まれることも覚悟せねばなりません。

>池田氏がわたくしの政策論について、それこそホワエグ論でも休息期間規制でも、請負と派遣の話でも偽装有期の規制でも、教育費や住宅費の問題でも、集団的労使関係の話でも、どれか一つでも取り上げて辛口でも何でも批評をされたのであれば、

それならば逆に伺います。

濱口氏は公に多数回に渡り池田氏を批判してこられましたが、実のところ「経済学者としての池田信夫」を批判しているのですか?それとも「表現者としての池田信夫」を批判しているのですか?どちらですか?

これまで濱口氏がお書きになった池田氏をあてこすった表現の中には「経済学者らしからぬ」とか「トンデモ経済学者」とか「経済学者もどき」etcとあるので、「経済学者としての池田信夫」を批判されてこられたのかな?と思いますが・・

しかし濱口氏が「経済学者としての池田信夫」を批判してきたのだと仮定すれば、「池田氏が経済学者として失格であるという証明」を濱口氏が出す必要があります。しかし濱口氏は、池田氏が経済学者としての能力の欠陥を証明したと呼ぶのに足るエントリをお書きになったことは一度もありません。

つまり事実として、濱口氏は経済学リテラシーは池田氏よりずっと低いわけですから、「経済学者としての池田信夫」を批判することは不可能です。だから濱口氏は「表現者としての池田信夫」を批判してきたことになります。池田氏は経済学者であり、プロの表現者です。日本におけるプロのブロガーの草分け的な存在ですから、専門である経済学を離れて、社会一般の多様な題材を取り上げて文筆活動されています。労働法・雇用関連の記載もその一部です。

濱口氏が「表現者としての池田信夫」を批判してきたのだとしたら、その批判が正当であると言い張るためには次の2点のいずれかは証明する必要があります。

(1)プロの表現者として池田氏よりも濱口氏のほうが才能・実績・実力がある。
(2)プロの表現者として見ても池田氏には批判に値する何かがある。

どうでしょうか?(1)に関してはもはや何も言うべきことはないと思います。(2)についてですが、池田氏が個人で書いているブログの中に、プロの労働法学者からみて「いいかげんだ」と思われるような記載があったと仮定しても、それは濱口氏が繰り返してきたような侮辱に値するものなのかどうか。「日本労働法学会では問題視されても、ブロゴスフィアでは問題視されない程度である」と俺は思いますし、学会がブロゴスフィアより上であるという価値観は俺にはありません。

>しかしながら、もし出版元と現所属先と出身組織に対する単なる悪罵のみからなる文章を「書評」と呼ぶというのであれば、私はそのような下品な文章を書けと言われても断固拒否します。

俺は濱口氏に「池田氏の本を書評してほしい」という読者リクエストは出しました。しかし「下品な文章を書け」とリクエストしたことは一度もありません。

俺はむしろ「恨みに対して恩を持って報いよ」(老子)ではないけれど、書評のみならず普段から法曹として誰よりも高い人格を濱口氏には示してほしい。「学問的誠実に満ちた一流の書評」を今からお書きになったらどうでしょうか?

そして『希望を捨てる勇気』にしても『なぜ世界は不況に陥ったのか』にしても、まともに内容を批評しようと思えば相当なレベルの経済学リテラシーが必須であり、そのような高度な経済学リテラシーを持ち合わせていない濱口氏には経済学者が読むに値する書評を出すのは不可能だと考えています。書評すら出せない濱口氏に池田氏のことを「インチキ経済学者」呼わばりする資格はありません。

>「読者」さんは、わたしがダイヤモンド社と上武大学とNHKへの悪罵を繰り広げ、ついでに「池田氏の言っていることは、私も前に書いていたぞ」とでも付け加えれば満足されるのかも知れませんが、

俺がいつ「相手のレベルに合わせた書評を書いてください」というお願いを出したのでしょうか?

>池田信夫氏と対立している人間のブログだから、その悪罵を書けば公開してくれるだろうなどという低劣な心性の人間を認めるつもりはありません。

濱口氏がコメント削除していたとは初耳です。正直に少し驚きました。俺が書いた池田氏の悪口は100%掲載なので、コメント管理されていたとは知りませんでした。

>いずれにしろ、わたしは人の愚劣な「書評」がまともな意味における書評になっていないことを指摘することはしても、同じ倫理水準の「書評」と称する誹謗中傷文書をわざわざ作成するつもりはありません。

それならは俺の考えに反論する形で構いませんので「まともな意味における書評」を定義していただけませんか?俺の目から見ると池田氏の書いていることは書評になっているのです。

投稿: 読者 | 2009年10月24日 (土) 13時14分

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>俺の目には「書評」に見えます。「書評の名に値するような代物ではない」は濱口氏の一方的な私見です。お金をとって本を書いて売るプロは、気にくわない書評は「こんなものは書評(批評)ではない」といって書評子を貶める行為は絶対にやってはいけません。

池田信夫氏の当該文章が「書評」の名に値するかどうかを、あなたと議論するつもりはありません。
ここに、その全文を引用しますから、それを読んだ自称「読者」さん以外のまっとうな読者のみなさんが、それをどう評価するか、です。

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厚生労働省の家父長主義を解説したパンフレット
濱口桂一郎『新しい労働社会』 岩波新書

岩波書店といえば、この反書評の常連だ。かつては日本の文化を担っていた出版社が、1970年あたりで時計が止まり、社民党御用達の泡沫出版社になってしまったのは、日本の文化のためにも惜しむべきことだ。本書も、規制によって労働者を「保護」する厚生労働省の家父長的な労働行政を厚労省の官僚に解説させたもので、本というより役所のパンフレットに近い。

著者は日本の雇用関係が「メンバーシップ」にもとづいているという大発見を最近したそうだが、そういう議論は経済学では昔からある。日本では少なくとも私が1997年に書いた本の第5章で、Hart-Mooreに代表される所有権(ownership)によるガバナンスに対して、Krepsなどの評判によるガバナンスを会員権(membership)という言葉で紹介し、第6章「メンバーシップの構造」でそのインセンティブ構造を論じている。

著者はこのメンバーシップ(長期的関係)がなぜ成立したかというメカニズムを説明していないが、これはゲーム理論でおなじみのフォーク定理で説明できる。彼が「日本の雇用の特殊性」として論じている問題は、気の毒だが、20年以上前に経済学の「日本型企業システム」についての研究で論じ尽くされたことなのだ。先行研究があるときは、それを引用するのが学問の世界のルールだ。新書はかまわないが、今後、著者が「メンバーシップ」について言及するときは、拙著を必ず参照していただきたい。

また著者は、このメンバーシップが「日本の労使関係の特質」だとして、それを前提に議論を進めているが、いま日本で起こっている問題の本質は、このようなメンバーシップを支えてきた成長によるレントの維持が困難になってきたという変化だ。それがなぜ生じたかは、日本で長期的関係が発達したメカニズムを分析しないと理解できないが、スミスもケインズも読んだことがない著者にそれが理解できないのはやむをえない。

他は欧州の労働市場などの紹介で、特に独創的な見解が書かれているわけでもないが、「ネオリベ」に対する敵意だけはよくわかる。結論は「ステークホルダーの合意が大事だ」ということだそうだが、これは「みんな仲よくしよう」といっているだけで、何も内容がない。企業の所有権をもたない労働組合が強いステークホルダーになって効率的な意思決定を阻害し、欧州企業の競争力を弱めている、というのが最近の経済学の実証研究の結論だ。

著者は厚労省から政策研究大学院大学に派遣されて「なんちゃって教授」をしばらくやっていたが、最近は「労働政策研究・研修機構」という独法に戻ったようだ。そこに勤務していた若林亜紀氏の『公務員の異常な世界』によれば、研究員が足りないと事務員を「昇格」させて埋め、彼女がまじめに研究して本省に都合の悪い結論を出したら、報告書を握りつぶす所だそうだ。無駄な組織には、無駄な人物が棲息しているわけだ。この独法は、行革で何度も廃止の対象にあげられながら労組の反対で生き延びてきたが、「聖域なき無駄の削減」をとなえる民主党政権はどうするのだろうか。

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この中でかろうじて「書評」の名に値するのは、「メンバーシップ」論に対する「俺も10年前に博士論文に書いていたんだぞ」というところだけであり、実はその点については、池田氏に限らず、労使関係論の世界では昔から言われていることですね、と上のエントリの本文で述べています。

ほかのどの論点でも過去の先行研究を挙げるなどということはしていない一般向けの新書版ですから、いささか難癖の嫌いはあるといえ、その点については池田氏の指摘を私は認めています。しかし、「書評」の名に値するのはそこまでです。

それ以上に、「岩波書店といえば、この反書評の常連だ。かつては日本の文化を担っていた出版社が、1970年あたりで時計が止まり、社民党御用達の泡沫出版社になってしまった」だの「規制によって労働者を「保護」する厚生労働省の家父長的な労働行政を厚労省の官僚に解説させたもので、本というより役所のパンフレットに近い」だの「著者は厚労省から政策研究大学院大学に派遣されて「なんちゃって教授」をしばらくやっていたが、最近は「労働政策研究・研修機構」という独法に戻ったようだ」だの「無駄な組織には、無駄な人物が棲息しているわけだ。この独法は、行革で何度も廃止の対象にあげられながら労組の反対で生き延びてきたが、「聖域なき無駄の削減」をとなえる民主党政権はどうするのだろうか」といった単なる悪罵の連続に対してまともに対応する必要はないというのが私の判断であり、
同次元の「書評」を書く気にはなれないというのが正直なところです。

それから、「読者」さんであるかどうかは知りませんが、私は単なる悪罵のみからなるコメントは削除しています。実例としては「池田信夫って馬鹿ですねwww」というようなのがあります。それに対して、池田信夫氏がなぜどのように間違っているかについて書かれたコメントはそのまま掲載しています。その原則に何の変わりもありません。

(追記)

それにしても、上記のような「書評」を擁護しながら、平然と

>「恨みに対して恩を持って報いよ」

などとうそぶくことのできる「読者」さんの倫理水準は、(もしそれが自らの水準を人に求めているのであれば)人間としてはあり得ないほど高潔であるのか、それとも(自分にはできないことを人に求めているのであれば)人間として信じがたいほどその反対であるのかいずれかであるように見えます。
そのいずれであるかは、必ずしもここで明らかにされることではありませんが、池田信夫氏に対しても同様のことを言う用意があるかどうかはその適切な示準となるであろうとは思われます。

なんにせよ、「読者」さんは、上記のような池田氏の「書評」を「俺の目から見ると池田氏の書いていることは書評になっている」といいながら、一方で私に対しては、「俺は濱口氏に「池田氏の本を書評してほしい」という読者リクエストは出しました。しかし「下品な文章を書け」とリクエストしたことは一度もありません」とか「俺がいつ「相手のレベルに合わせた書評を書いてください」というお願いを出したのでしょうか」などと、何の気後れもなく平然と言い放つことができる素晴らしい正義感をお持ちのようですから、何を申し上げても倫理観に訴えるなどということは絶望的かも知れませんが。

上のお答えにも書いたように、池田氏の「書評」なるものは、拙著の政策提言の何一つとして一言一句たりともコメントしていません。ホワエグ論でも休息期間規制でも、請負と派遣の話でも偽装有期の規制でも、教育費や住宅費の問題でも、集団的労使関係の話でも、何一つとして論じようとはしていません。それが歴然たる事実です。

つまり、書評に書評でお返しするという前提そのものが成り立っていないのです、「読者」さんの高邁なる「恨みに対して恩を持って報いよ」の境地に達するのでない限りは。

私は残念ながら修行が足りないので、そこまでの境地には達していないのですが、少なくとも上記「書評」を書いた池田信夫氏に比べれば、同レベルの誹謗中傷文書を書かないという点において、若干の倫理的優位性を主張させていただいてもよろしいのではないかと考えています。それ以上の優位性を主張するつもりは毛頭ありません。

投稿: hamachan | 2009年10月24日 (土) 17時12分

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「池田信夫氏の3法則」へのコメント欄:

(もともと「湯浅誠風味のお金のつかない緊急雇用対策」へのコメントとして「読者」氏によって投稿されたが、コメント対象としてあまりにも不適切であるため、より適切なエントリのコメント欄に移動したもの。削除したわけではない。)

最近、本ブログに出没している「読者」と名乗る人が、いささか難癖を付けるようなコメントを連発し、それが付けられたエントリに無関係であることから、一般読者に迷惑がかかるため、こちらに隔離することにしました。

以下にそのやりとりを再現して、公開性を維持した上で、当該エントリからは削除いたします。

=======================

あれ?まさかそんなことは無いと思いますが、もしかして濱口先生、俺が送ったトラックバックを削除されましたか?
うろ覚えですが「コメントやトラックバックは削除しない」と公言しておられたようですので少し気になりまして、確認のためコメントさせていただきました。

投稿: 読者 | 2009年10月24日 (土) 11時34分

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

原則通りです。
削除するコメントやトラバは、エントリの内容に全く関係のないものおよび方向はどちらであれ単なる悪罵のみを目的とするものです。(たとえば実例で言うと「池田信夫って馬鹿ですねw」といったもの。これが結構多い。)
そうでない限り、すべて公開しています。

投稿: hamachan | 2009年10月24日 (土) 16時55分

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ということは1時間かけて書いた俺のトラックバックを削除したわけですね。

それならばこのブログに載っているコメントやトラックバックは一つ残らずエントリに関連があって、悪罵を目的としたものではないのですね?

それならば一つでも俺が「エントリの内容に全く関係のないものおよび方向はどちらであれ単なる悪罵のみを目的とするもの」を見つけたら、濱口氏の私情による例外もありうるということですよね?

>原則通りです。削除するコメントやトラバは、エントリの内容に全く関係のないものおよび方向はどちらであれ単なる悪罵のみを目的とするものです。

すみませんが、その「原則」をアナウンスされたのは何時なのですか?俺は熱心にこのブログを読んでいる方だと思いますが、その原則の存在を知りませんでした。

お手数をおかけするようで大変恐縮ですが、その原則をアナウンスされたエントリを指摘していただけませんか?

俺が記憶しているのは、濱口氏が

「投稿はわたしの考えに真っ向から反対するものであってもすべて公開しています。わたしには理解できなくても、他の読者の皆さんの役に立つかもしれないですからね」

と他のコメント投稿者に対して、注意をしていた時だけです(うろ覚えですので一句一句は間違っているかもしれません)。

投稿: 読者 | 2009年10月24日 (土) 19時37分

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

本当に日本語の読めない奴だなあ。

あなたのトラバはきていません。もしきていれば、上の基準に従い、公開しています。

時々、トラバを削除されたと苦情を言う人がいますが、一方的な思いこみであれこれ書くのはやめていただきたい。

ここまでは許容範囲ですが、これ以上、偏執的に書くのであれば、それなりの対応はします。

ついでながら、上の基準はまっとうなブログであれば当然のもので、「池田信夫は馬鹿www」というようなコメントを公開するかしないかをあらかじめ明らかにしておく必要はないはずです。

最近も山のように奇怪なコメントが付けられ続けていて、それを削除するのに忙しいのですが、どんなものが来ているのか、一つ例示のために時限的に公開しておきましょうか。
森本生馬なる名前で毎日のようにコメントをつけてくる人のものです。

投稿: hamachan | 2009年10月24日 (土) 20時10分

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

>本当に日本語の読めない奴だなあ。

これはひどい。

だって濱口氏は俺のトラックバックを読んでいないわけでしょう?

それで上の濱口氏のコメントなのだから、「濱口氏は読んで、エントリに関連がないと判断して、削除した」と俺が受け取ったとしても無理はないと思いますね。

日本語にあいまいな部分をもたせるのは濱口氏のスタイルでは。

投稿: 読者 | 2009年10月24日 (土) 20時15分

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

改めて通告しておきますが、このブログは題名の通り労働問題に関するブログであり、労働問題に関心を持つ人々のためのサロン的性格は持たせるつもりはありますが、労働問題には何の関心もないくせに、池田信夫氏に対する愛情表現の発露の場としてわたくしに対する見当はずれの非難を続ける人のコメントを無制限に許容するかしないかは、最終的には私の判断によります。

どこぞのブログと違うのは、そのいきさつをきちんと労働問題に関心を持つ一般読者の前に明らかにして、その評価にゆだねることです。

自分の行動が労働問題に関心を持つ本ブログの読者の目にどのように映っているかを、そろそろ反省される時期でしょう。

投稿: hamachan | 2009年10月24日 (土) 20時18分

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

次の自称「読者」氏のコメントによって、判断します。

このいきさつは、一般読者の目の前に明らかですから、闇から闇に葬られたなどと嘘偽りを喚かないようにしてください。

投稿: hamachan | 2009年10月24日 (土) 20時21分

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

本エントリは、題名の通り、湯浅氏と緊急雇用対策に関するものです。
コメント公開の原則に従ってこれまで「読者」氏のコメントを公開してきましたが、せっかく本エントリを訪れられた方々に対してお目汚しのコメントが並ぶことになるので、大変遺憾です。

このようなことになる場合の対応の仕方については、現在検討中です。

投稿: hamachan | 2009年10月24日 (土) 20時24分

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

濱口氏は相手の意見に何かお気に召さないところがあると、内省するより先に、相手に対して激昂してしまうんですね。<お前の言うことなんか正しいわけがない!>と決めつけて、俺に返事しておられませんか?

普通の人は誰かから批判されると「もしかしたら自分にも(相手の言うような)悪い部分があるのかもしれない・・」と悩むものですが、濱口氏の場合、まず全部、相手の(つまり俺の)言っていることがおかしい、俺がやっていることが悪い、俺の言い方が悪い、お前が全部悪い、と「決めつけて」、自分の立場をあくまで保持した上で、相手の反論をシャットアウトしてしまう。どうしてですか?(濱口氏が間違っている可能性は本当にゼロなんですか?)。

確かに俺はこの数日、何通かメッセージ出しました。いいかげんな気持ちで出したものは無い、と断言できます。お書きになっている内容に一部、事実誤認があるようなので訂正させていただきます。

>労働問題には何の関心もないくせに、

事実誤認です。濱口氏がそう判断されたソースを提示してください。

>池田信夫氏に対する愛情表現の発露の場として

(あの・・支離滅裂になってきていませんか?)。俺がコメントを送っている動機は残念ながら池田氏に対する愛情ではなく、誰かに対する別の感情なのです。

>わたくしに対する見当はずれの非難を続ける人

「自著に対する自由な批判はプロなら甘受すべきだ」と諫言したら「見当外れの批難」ですか?

>どこぞのブログと違うのは、そのいきさつをきちんと労働問題に関心を持つ一般読者の前に明らかにして、その評価にゆだねることです。

この点に関しては同意で、「諫言だけなら直メールの方がいいのかな」と思うようになりました。どうですか?俺はどちらでも全く構いません。

>次の自称「読者」氏のコメントによって、判断します。このいきさつは、一般読者の目の前に明らかですから、闇から闇に葬られたなどと嘘偽りを喚かないようにしてください。

この部分は何度読んでも意味が分かりません。どういう意味ですか?

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先日はお忙しい中俺の質問にお返事くださりどうもありがとうございました。まだ分からない部分があるので、質問の追加になります。ご回答いただければ大変うれしいです。

【俺からの質問は次の三つです;】
(1)これから先も池田信夫に粘着して不当に侮辱し続けるおつもりですか?
(2)プロ経済学者足るのに労働法リテラシーは不可欠なのですか?
(3)いったい濱口氏は池田信夫の何をそんなに見下しているのですか?

(1) これから先も池田信夫に粘着して不当に侮辱し続けるおつもりですか?

俺は池田信夫は貴方のやっていることを本気で嫌がっていると思う。なぜなら貴方は、「労働法リテラシー」に即して「プロの作家で大学教授」としての池田信夫を侮辱するので、(経済学者であって労働法学者ではない)池田信夫にしてみればしっかり言い返せないで当然だからです。田中秀臣は違う。池田信夫に対して経済学リテラシーに即して批判している。だから池田信夫も経済学リテラシーに即して長々反論している。

「池田信夫blog2」に行って「濱口桂一郎」で検索しても2件しかヒットしない。濱口氏のブログに行って「池田信夫」で検索すると600件以上ヒットする。

濱口さんは「プロの作家としての池田信夫」「表現者としての池田信夫」以外を全くご存じないわけですよね?過去にトラブルがあったのは「表現者としての池田信夫」ですよね。それならば原則的に、濱口氏が批判することができるのは「プロの作家・表現者としての池田信夫」だけで、「一介の職業経済学者」ではないはずです。池田信夫は二足のわらじなんですよね。

それなのに数百回に渡る濱口氏の批判(不当な侮辱)は、その全てが「一介の職業経済学者」としての資質を批難する内容であり、相手がプロの作家であるという公然の事実は巧妙に隠されていて触れられていない。

「プロの作家であり大学教授」という人は日本にもたくさんいます。「歴史文学を書いて出版している数学科の教授」が、自分が書いた小説の中で、歴史認識に事実誤認があったとしても、彼の「数学科の教授としての学問的資質や誠実」を問題視することはできません。(いったい誰が何の権利があって?)

(2)プロ経済学者足るのに必要なのは「経済学リテラシー」であって、「労働法リテラシー」ではないと思いますが・・。

今の濱口氏にとって池田信夫はカモネギ化している。池田信夫を叩けば、ご自分のブログのアクセス数が増える。しかもいくら池田信夫を批判しても、「労働法リテラシー」からのみ攻撃していれば、絶対に池田信夫からは対等に反論出来ない。誰かのことを叩きたい放題叩くことができて、しかも自分はその責任を一切、とらなくていい、なんて、これを「カモネギ」と呼ばないで何をカモネギと呼ぶべきでしょうか?

濱口氏にとって何より大切なのはおのれの「無謬性」なんですよね。だから濱口さんはこれから先も池田信夫を侮辱し続けるだろうけど、濱口さんは(田中秀臣や小倉秀夫や山形浩生と違って)絶対に「経済学リテラシー」という観点からは池田信夫を攻撃しない。

俺はそういう濱口氏の「戦術」は卑怯きわまりないと思う。「表現者としての池田信夫」しか知らないのに、彼の「学問的誠実」を問題視するやり方とか、池田信夫は経済学者なのに、つねに労働法リテラシーからのみ彼を攻撃するとか。

経済学者に労働法リテラシーは不可欠であるとは言えない。少なくとも濱口氏が問題にしているような高度な労働法リテラシーをもっていない、から、誰かが経済学者として「トンデモ」であり「うそつき」であるなんてとても言えない。

プロの作家が英文を訳し間違えたら「捏造」とは何事ですか。ブログ記事を見て批判するのなら事実誤認の指摘のみにとどめるべきだ。「一介の職業学者」としての社会的信用を落とすような記載は一切するべきではない。「経済学者」としての池田信夫を批判したいのなら、田中秀臣のように『なぜ世界は不況に陥ったのか』の書評を書いて出すべきだ。ご自分の「無謬性」は完璧にキープしておきながら、「指摘」と称して、池田信夫を侮辱し続け、アクセス数を稼ぐ・・という行為はやはり対等で公平な学者間のやり取りとは呼べないと思う。

(2) いったい濱口氏は池田信夫の何をそんなに見下しているのですか?

これが一番(第三者には)理解不能です。だって濱口さんは「プロの作家としての池田信夫」以外をご存じないでしょう。プロの作家として風上におけないところがある!という文脈でしか池田信夫に怒りをぶつけることができないはずでは?

濱口さんは池田信夫をはけ口にしていますね。

そういう人間が濱口さんには必要なんです。殴るだけ殴っても、自分はその責任をとらなくって済むような相手が。濱口さんの中には本気で残忍な部分がありますね。でもご自分がやっていることに正当性を持たせるために、あくまで池田信夫の「学問的誠実」に問題があると見せかけて、彼をなじりつづける・・というやり方は、今後は止めたほうがいいと思いますよ。ブロゴスフィアは濱口さんの本当の姿に気づき始めている。俺は濱口さんは次へ行くべきだと思うね。

※プロの表現者に対して「学問的誠実」を問題視する批判の妥当性について問うているので、このコメントは濱口氏が池田信夫の学問的誠実をなじっているエントリに投稿します。エントリに無関係ではありませんのでそこのところはご注意ください。

投稿: hamachan | 2009年10月24日 (土) 20時32分

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コメント

 現在の社会について自由に論じる、議論の場から飛び立って離れていく過程がすごいですね。そろそろ月までもいくでしょう。執拗に池田氏の書評を書けという議論になってしまった。社会を2分法で見るのはやめましょうよとだけ言いたいですよ。議論する自由はありますが、自分の言うとおりにならないと怒るのはいけません。と思います。

投稿: tack | 2009年10月29日 (木) 23時13分

濱口桂一郎様

こうした内容を送信すれば送信した時点で、また俺が「ストーカー」と罵られるのかもしれませんが、一応こちらからの希望を言わせていただきます。お願いですから、これ以上「ストーカー」扱いをしないでください。「ストーカー」行為は犯罪ですし、俺にはまだ前科などありません。長い意見を書いて出したことを「ストーカー」と言われるのは、俺にしてみれば、心外だしものすごく苦痛です。俺のトラブルの件に関して、新たなエントリを立てたりするのを止めてください。それが無理であれば、「池田信夫の」というフレーズを付けてエントリを立てるのを止めてください。先に送信したメールの本文に書いたとおり、本当はその人のことは関係ないのです。可能であれば「池田信夫イナゴ氏のストーカー行為」「池田信夫氏の熱烈ファンによるわたくしへの糾弾全記録」の二つのエントリも削除してほしいです。濱口氏がなさっているこうした行為はいまの俺にとって大変な精神的苦痛になっています。どうかよろしくお願いします。なおこのコメントはなるべく削除しないで反映してください。

投稿: 読者 | 2009年10月30日 (金) 01時31分

>濱口氏がなさっているこうした行為はいまの俺にとって大変な精神的苦痛になっています。

あなたが書かれた山のようなコメントも、わたくしにとっては「大変な精神的苦痛」であったのかも知れないと、これっぽっちでもお感じになったことはありますか?

見も知らない人間から「蛇男」と罵られて、平気でいられるほどの人間だと相手を見なしておいて、自分は傷つきやすい人間を演じるわけですか?

なんにせよ、あなたのコメントを削除することはありません。ご希望通り反映します。

ただし、あなたがその内容について未だ何ら否定していない(すなわち未だにわたくしを上述の通り罵り続けている)その状況下にあって、その証拠物件を削除すべき筋合いはありません。

あなたが上述の自らによる記述のどこがどのように間違っていたのか、わたくしに対する誹謗中傷のどこをどのように自己批判されるのか、それらがそのすべてにわたって明らかにならない限り、あなたがわたくしに対してなしたところの悪口雑言罵詈讒謗は、池田信夫氏に心酔したある方によるその論敵に対する誹謗中傷のこよなき実例として、永遠にブロゴスフィアにとどめられることでしょう。

投稿: hamachan | 2009年10月30日 (金) 07時59分

こんにちは
私は池田氏の文章に苦痛を覚える一人です。特にヒト・人間・
大人がしないような批判的な文章を何度も見ていて非常に
苦痛を覚えます。
>濱口氏がなさっているこうした行為はいまの俺にとって大変な>精神的苦痛になっています。どうかよろしくお願いします。
>なおこのコメントはなるべく削除しないで反映してください。
濱口先生に行なっていることに対して私は非常に苦痛を感じます。

 人間にはやっていいことと悪いことがあると思います。他人
が嫌がることをしてはいけない。それを濱口先生にはじめに
やったのは池田氏です。それもなんどもなんどもなんども。
 池田氏の発言は濱口先生だけではないでしょう。さまざまな
方に対し同じようなことを繰り返し、派遣労働者を蔑んだのは
だれでしょうか?

 池田氏のブログに疑問を投げて幾度も消されました。特に
いまは労働問題に足を突っ込んでいますが元は理系で情報
工学を学び自分は情報系で生活していました。あきらかに
技術的・科学的知見から誤っている事を指摘しても削除され
ました。

 自分が知らないことには素直に勉強するひつようがあるで
しょう。それを池田氏はしないのです。しないで他人を侮辱
する。
 明らかに池田氏のやっていることはひどいと思います。

投稿: 地方に住む人 | 2009年10月30日 (金) 19時53分

「読者」氏とのやりとり、大変だなあと思いつつも、興味深く拝見していました。

ネット上の情報発信は平等というものの、それは機会の平等を意味し、その結果、圧倒的な実力の不平等を非情に暴露するものです。

hamachan氏のようなその道の一流の研究者で、かつ、表現者としても芸に恵まれた方に、実績も訓練もない一個人(私もそうです)がからんでも鎧袖一触は目に見えているのに、変な錯覚を抱かせるネットの魔力をつくづく感じました。

hamachan氏には怒られるかもしれませんが、「読者」氏への一抹の同情を禁じ得ません。

投稿: 迷跡 | 2009年10月30日 (金) 21時42分

>人間にはやっていいことと悪いことがあると思います。他人が嫌がることをしてはいけない。それを濱口先生にはじめにやったのは池田氏です。それもなんどもなんどもなんども。池田氏の発言は濱口先生だけではないでしょう。さまざまな方に対し同じようなことを繰り返し、派遣労働者を蔑んだのはだれでしょうか?

反論しませんが、俺はこのごろずっとかの有名ブロガーの文章を読んでいないし、今後もかのブログにアクセスするかどうかは不明です。俺のことを「信者」だとか「熱烈なファン」というのは完全な事実誤認です。ですから「池田信夫氏の熱烈ファンによるわたくしへの糾弾全記録」などというキャッチーなタイトルを俺に対する報復目的でつけるのは止めていただきたい。「池田信夫氏の」とエントリのタイトルにつけるのは絶対に止めてくれと申し上げているのです。そうしたほうがアクセスは上がるでしょうが。

それにしても今回、濱口桂一郎氏の怖さを思い知りました。俺の想像をはるかに超えていました。やはり貴方はおそろしい人だ。「このブログは読者のみなさんとインタラクティブな対話の場にしたいと思っています」などというアナウンスを信じて、俺がずっとこのブログを読んでいて、本心から思ったことをそのまま言ったら、濱口桂一郎氏の逆鱗を買い、俺は人格否定され、欠席裁判にかけられ、上から目線の投稿者にボコボコに言われ、濱口氏に「私刑に処された」。もう十分でしょう。勝ち誇ったような濱口氏を見ていると、おそろしさに全身の力が抜けてきました。俺は貴方みたいな人間はやはり信じられない。どんなおそろしい酷い手を使っても自分が正しく、勝ったことにしたいんでしょうね。必死で意見を言った人間を絶対に許さず、見せしめにこんな酷い目に遭わせて、内心自分が「勝った」と喜んでいるなんて、この国のエリートが全員信じられなくなりそうだ。

今の俺にはかの学者のほうがはるかに人間くさいように思う。

投稿: 読者 | 2009年10月30日 (金) 21時49分

濱口桂一郎氏へ

あなたのような人間は最低です。

投稿: 読者 | 2009年10月30日 (金) 21時52分

>ネット上の情報発信は平等というものの、それは機会の平等を意味し、その結果、圧倒的な実力の不平等を非情に暴露するものです。hamachan氏のようなその道の一流の研究者で、かつ、表現者としても芸に恵まれた方に、実績も訓練もない一個人(私もそうです)がからんでも鎧袖一触は目に見えているのに、変な錯覚を抱かせるネットの魔力をつくづく感じました。

余計なお世話です。少なくとも俺は言いたいことは言った。俺に言われたことに激昂し、俺を人格否定して、欠席裁判にかけて、私刑に処した濱口桂一郎氏のファンにそんな「上から目線」で偉そうに意見されたくありません。ブログの読者が本音から思っていることを必死で言ったら「許せなかった」のは濱口桂一郎氏の問題であって・・俺の問題ではありません。その程度の器なのでしょう。かの経済学者はそうではない。

いや、世間ってなかなか本音を言う人いないですけどね。今回みたいな酷い目に遭うぐらいなら、今後、誰もこのブログではマンセーコメント以外しなくなるでしょう。このブログは力と恐怖によって支配され続けるのでしょう。エリートはそれでもいいのでしょうが、俺はもっと人間くさい情緒論で生きている庶民なのです。

>hamachan氏には怒られるかもしれませんが、「読者」氏への一抹の同情を禁じ得ません。

実のところ俺は貴方のような人間の同情には値しないのです。

投稿: 読者 | 2009年10月30日 (金) 22時13分

遂に最後も最後まで、お詫びの一言も聞くことはできませんでしたか。

まあ、そんなところだろうなあ、とは思っていました。

それ以上、特に申し上げることはありません。

ただ、念のため、上に引用したあなたの山のような文言を最初から一つ一つ読んでいけば、池田信夫氏の近著をなぜ書評しないのか、から始まって、ありとあらゆることが池田信夫氏に関わって書かれていることだけは明白です。

挙げ句の果てに、「蛇男」ブログをわざわざ池田信夫blogにトラバして、ちゃんと公開してもらっていましたしね。

従って、いまさら「俺はこのごろずっとかの有名ブロガーの文章を読んでいないし、今後もかのブログにアクセスするかどうかは不明です。」という言い訳が世間に通用するなどとは思わない方がよろしい。

そういう言い方が通用するのは、はじめから池田信夫云々などということを一切言わずに、もっぱらわたくしの議論の中身について異論をふっかけて来た場合に限られましょう。もっとも、もし始めからそうであったならば、わたくしのあなたに対する態度は、いかにあなたの文章が辛口であったとしても、まさしく「恨みに報いるに恩をもってする」ものとなっていたでしょうね。わたくしは正面から自分に挑んでくる人にはとても寛大なのですよ。

この1週間の間、あなたは私の労働関係のいろんな講演録や論文や、とにかく普通このブログに来る人なら何らか関心を持つであろうことには、一片の好奇心すら示そうとはしませんでしたね。あなたの頭の中にあるのは、ただ一つだけ、大好きな池田信夫氏を馬鹿にしたあのhamachanなる大悪人を征伐したやりたいという倒錯した欲望だけだったわけです。

もう一度、上のあなた自身の文章をよく読んで、そこで何回「池田信夫」が登場するかを勘定した上で、最後の遁辞としては、いささか説得力に欠けるものになったなあ、とこれっぽっちでも反省するよすがにしていただければ、今後の人生なにがしか役に立つかも知れませんね。

投稿: hamachan | 2009年10月30日 (金) 22時35分

私にも書き込みにもなんか反応があったので。
>反論しませんが、俺はこのごろずっとかの有名ブロガーの
>文章を読んでいないし、
>今後もかのブログにアクセスするかどうかは不明です。
すみません。違うのではないですか?
2ちゃんねるに散々書き込みしているのもあなたでしょう。
(濱口先生のスレッドが2ちゃんねるに突如たちました。)

>「このブログは読者のみなさんとインタラクティブな対話の場
>にしたいと思っています」などというアナウンスを信じて、俺
>がずっとこのブログを読んで>いて、本心から思った
>ことをそのまま言ったら、濱口桂一郎氏の逆鱗を買い、俺は人>格否定され、欠席裁判にかけられ、上から目線の投稿者に
>ボコボコに言われ、濱口氏>に「私刑に処された」。
すみません。あなたはやってはいけないことをやっているのではないですか?

>必死で意見を言った人間を絶対に許さず、
すみません。意見ではないですよ。
労働問題について意見があればいいのだと思います。
けど、あなたのばあい違うでしょう。池田氏が最初に濱口先生
の悪口を書いたのですよ。その事実はどうするのですか?それ
も濱口先生の否定の仕方がひどすぎた。

正直いいまして、私自信、濱口先生とは意見の相違するところ
はあります。人間ですからそれなりの考えがあって相違するの
は当然だと思います。けど、池田氏の場合、次元が違いますよ。
あきらかに問題あるでしょ。濱口先生とは別な先生の本の書評
では途中で捨てたとか書いたこともあります。
信じられませんよ。普通、そんなこと書きますか?さまざまな人間がいて意見の相違はあったにしろ、相手に敬意を持って接
するのは当然でしょう。それを池田氏はしているのですか?

もう来ないのでしょうからいってもしかたがないでしょうか?

私が池田氏に頭にきているのは濱口先生のことだけでは
ありません。あまりにひどすぎるのです。他人を蔑んでいる
としか思えない。地方を馬鹿にしている。他にも沢山
あって書ききれません。

投稿: 地方に住む人 | 2009年10月31日 (土) 00時03分

先のメッセージはこちらが常連投稿者の文章を読んで感情的になっていたために礼を欠きました。
俺の言葉が足らない(あるいは文章力が足らない)ために起きている誤解に関してのみ訂正します。信用していただけるかどうか分かりませんが、なるべく反映していただきたいと思います。

>遂に最後も最後まで、お詫びの一言も聞くことはできませんでしたか。

あの、お詫びならもうこれまで何度か書いています(長文すぎてすみませんでした、とか)。いろいろ消耗させてしまったことに関しましては申し訳ないと思います。こちらの思いこみとこだわりが強いために一方的な決めつけ(例えば「アクセスを稼ぐために」とか)が多かったこともそうです。しかし、自分が意見した部分はその通りであり、濱口氏がおっしゃることもその通りなのだろうなと言うことです。

>従って、いまさら「俺はこのごろずっとかの有名ブロガーの文章を読んでいないし、今後もかのブログにアクセスするかどうかは不明です。」という言い訳が世間に通用するなどとは思わない方がよろしい。

「ずっと」は正味4日ぐらいです。これでも俺には長期間でして以前なら考えられないぐらいです。

>大好きな池田信夫氏

事実誤認です。意見は甚だ食い違うしこのごろは精神衛生のためあまり読んでいない。

個人名は妹の旧姓です。妹は外国にいますが、今でも郵便物がそちらで来るために(両親の家宛てに)、迷惑がかかる可能性があり、なんとか削除をしていただけないかと濱口氏に何度となくお願いしましたが、聞き入れてもらえませんでした。その個人名はネットだけで知り合った人専用に使っている名前なのです。

投稿: 読者@最後 | 2009年10月31日 (土) 01時55分

なるほど、気がつきませんでした。

「長文すぎてすみませんでした」が「お詫び」のつもりだったんですね。人を”蛇男”扱いしたことの。気がつかないのは私の気配りが足らないからなんでしょうね、おそらく。そうか、「蛇は長すぎる」から、これで「お詫び」になっていたんですね。

という具合の突っ込みは、もういい加減やめておきましょう。

ただ一点。

わたしがいまだ38度台の熱を出して自宅で病床に伏せっているところへ、いきなり携帯電話を鳴らして、突然「公開するな、削除しろ」と居丈高に要求してきたのには驚きましたよ。
何しろ、その直前に「削除するな、公開しろ」と言われていたところだし、あそこまで罵り、踏みつけ、足蹴にした相手に、平然とかけてくる神経には。

残念ながら、わたくしにはあなたから日常言語で通常解釈される意味において「何度となくお願い」された記憶がないのです。

投稿: hamachan | 2009年10月31日 (土) 08時03分

>個人名は妹の旧姓です。妹は外国にいますが、今でも郵便物がそちらで来るために(両親の家宛てに)、迷惑がかかる可能性があり、なんとか削除をしていただけないかと濱口氏に何度となくお願いしましたが、聞き入れてもらえませんでした。その個人名はネットだけで知り合った人専用に使っている名前なのです。

随分と虫のいい話ですね。

他人の名前を使って「ぜひ公開して下さい」と啖呵切っておいて、
公開されたら当の本人に迷惑がかかるから削除してくださいってか。

自分は傷ついていると言いながら、他人の迷惑には何の配慮も見せないんですね。

「@最後」と書いてあるので私にレスは不要ですよ。
ただ、素人ながらも労働問題の情報収集のためにこのブログを覗いている人間としては、あなたのレスは余りにも甘ったれで独善的で本質的ではなくて鬱陶しい代物でした。

投稿: RIP | 2009年10月31日 (土) 08時31分

※先の投稿に「読者@最後」と書きましたが、俺の目から見て事実認識に食い違いがあるので、訂正ではないけど、こちらの言い分を投稿します。反映してくださいますようお願いします。

>残念ながら、わたくしにはあなたから日常言語で通常解釈される意味において「何度となくお願い」された記憶がないのです。

俺はいきなり濱口氏に電話をかけたわけではありませんよ。二度ほどメールで削除依頼を出しています。下がその1通。読みやすくするのに訂正・改行入れてますがほとんどママです。

件名:Re: Re: 濱口桂一郎様  日時:2009年10月28日 12:51:58  濱口桂一郎様 昨日、ブログ上での喧嘩が原因で下記のブログに個人名と「ストーカー」「異常人格」と管理者に書き込まれました。管理者に削除を要請しましたが対応してもらえません。現在NIFTYに問い合わせ中です。アクセス数の高いブログなので(しかも法学者が書いている)個人名を出されてストーカーよわばりされることは現実に非常に迷惑します。先のやり取りで、確かにメールを公開してよいと書きましたが、「ストーカー」がわたしであるという書き方は刑が確定したわけでもないのに大迷惑です。すぐに個人名部分だけでも、削除してください。

・・こういうメールを出し、NIFTYのサポートに連絡しました。

>いきなり携帯電話を鳴らして、突然「公開するな、削除しろ」と居丈高に要求してきたのには驚きましたよ。何しろ、その直前に「削除するな、公開しろ」と言われていたところだし、あそこまで罵り、踏みつけ、足蹴にした相手に、平然とかけてくる神経には。

いきなり濱口氏に電話をかけたわけではないし、先にメールで削除依頼を出しています。俺は警察に相談しました。警察の相談員に、「管理者の連絡先は分からないんですか?その携帯電話にかけてみてください」と言われて、一度断念しましたが(携帯の番号はメールの返事の署名欄に書いてあったもの)、警察から帰って来て、老親に電話して相談して、濱口氏に電話をかけて、電話中、謝りました。

俺には「居丈高」は思い当たる節ないですね。なにしろ謝罪&嘆願の最後の手段だから。しかしそのとき濱口氏に「だめだ!今さら遅い!こういうことになったのは全部、君の責任だ!君がやったことだ!なにもかも君が悪いんだ!」「こちらには削除に応じる用意がある。まず俺に謝れ。それから池田に謝れ。それからあちこちのブログにそういう謝罪の意思を記したTBを飛ばせ」と勝ち誇ったような声で言われ、耐えきれずに受話器を置きました。

投稿: 読者 | 2009年10月31日 (土) 09時32分

Re:投稿: RIP | 2009年10月31日 (土) 08時31分
>「@最後」と書いてあるので私にレスは不要ですよ。

こう書かれていますが、いちおうメッセージをいただいているのでお返事を。

>他人の名前を使って「ぜひ公開して下さい」と啖呵切っておいて、公開されたら当の本人に迷惑がかかるから削除してくださいってか

「他人の名前」でも、半分は昔の本名ですからね。<妹の旧姓。
実際に妹は外国で結婚したのですが、籍を入れていないんじゃないかと思うので;(未確認)。かの個人名が流布すると、もしかしたら何かあるかなと、一時困り果てましたね。

>ただ、素人ながらも労働問題の情報収集のためにこのブログを覗いている人間としては、あなたのレスは余りにも甘ったれで独善的で本質的ではなくて鬱陶しい代物でした。

その点に関しては「すみません」と申し上げるしかないのです。エントリ題名に「池田信夫の・・・」というフレーズを入れる必要があったのかどうか?、そういうフレーズを入れることで、「労働問題の情報収集のためにこのブログを覗いている」方々にはうんざりするような応酬の連続になってしまったことは反省します。

投稿: 読者 | 2009年10月31日 (土) 09時44分

おわりにしようとおもっていましたが
先生の下記の書き込みをみてびっくりしました。

>わたしがいまだ38度台の熱を出して自宅で病床に伏せって
>いるところへ、いきなり携帯電話を鳴らして、突然「公開する
>な、削除しろ」と居丈高に要求してきたのには驚きましたよ。
>何しろ、その直前に「削除するな、公開しろ」と言われていたと>ころだし、あそこまで罵り、踏みつけ、足蹴にした相手に、平然>とかけてくる神経には。
先生、こんなことがあったんですか、、、、、。
あまりにもひどすぎます。
いくらいろんなことをいってもあまりにひどくないですか。

読者氏さん。
あなたはあまりにも人としてひどいことをしていると思います。

投稿: 地方に住む人 | 2009年10月31日 (土) 12時00分

>俺はいきなり濱口氏に電話をかけたわけではありませんよ。

やはり基本的な社会常識が欠落しておられるようです。

そもそも、「蛇男」と罵った相手に対して、いきなりメールを出すこと自体、わたくしには礼儀としていささかどうかと思うところがありますが、まあそれはいいとしましょう。

それにしても、私の返信メールにたまたまわたしの携帯番号が書かれていたからといって、自分が繰り返し「蛇男」と罵り、唾を吐きかけ、足蹴にし、踏みにじってきたその相手に対して、平然とその番号に携帯をかけるという神経は、わたくしにはまっとうなものとは思われません。

しかも、なんですか、いや笑い出しましたよ、あなたのロジックはいつもこうだ。

>俺はいきなり濱口氏に電話をかけたわけではありませんよ。

いきなりかけたわけではない・・・・・「NIFTYのサポートに連絡しました」「俺は警察に相談しました」。

これを読んで唖然としない日本人は一人もいないのではないでしょうか。

NIFTYや警察に相談すべきはどっちですか、まったく。

人を「蛇男」呼ばわりし、「俺のコメントを削除しましたね」と、おどろおどろしい書きぶりで人を脅迫した側の人間が、侮辱され脅迫された側の人間を「警察に相談する」・・・。

これを読んで絶句しない地球人が一人でもいるでしょうか。

そして、その侮辱者脅迫者の側が警察に「相談」していたから、「いきなりかけたわけではない」・・・。

38度の熱に浮かされて病床にあったわたくしにとっては、あなたが(なんとかの猛々しく)警察に相談していようがいまいが、突然携帯が鳴り出したわけですよ。耳元で。

そして、ほっとくと、勝手にこういう嘘をまき散らす。

http://blog.livedoor.jp/striver2009/archives/589604.html

>何度となく濱口氏に謝罪をし、削除をお願いしたのですが、聞きいれてもらえませんでした。

あれだけ踏みにじられ、糞尿をぶちまけられながら「蛇が長すぎてごめん」という人間の心のかけらもない謝罪を嬉々として受け入れる奇特な御仁がいたら是非連れてきていただきたいものです。

自分の書いた山のような侮辱の数々を読み直す勇気がないのなら、もう一度あなたの書いた文章を総集編でエントリに立ててあげてもいいんですよ。

まあ、直接唾を吐きかけた相手よりも、まっさきに池田信夫氏に謝ってみせるところが、わたくしのエントリの題名の適切さを如実に示しているのでしょうね。

投稿: hamachan | 2009年10月31日 (土) 20時41分

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デンマーク型フレクシキュリティの落とし穴

HALTANさん経由で、

http://d.hatena.ne.jp/HALTAN/20091027/p1

ル・モンド・ディプロマティーク日本版の「デンマーク福祉国家の動揺」と題する興味深い記事を見つけました。

http://www.diplo.jp/articles09/0910.html

ちなみに、在欧当時は仏語版の同紙に目を通したりしていたものですが、最近は丸ドメの傾向が強く、ほとんど手に取らなくなってしまいましたなあ。それはともかく、

HALTANさんは最後の方の移民関係の記述に注目しておられ、これは本ブログでも何回か取り上げてきたネーションに立脚した福祉国家と移民問題の矛盾という大きなテーマですが、ここで取り上げたいのはそれとは別の話。デンマークが誇る「フレクシキュリティ」の柱の一つである寛大な失業給付についてです。

>国立雇用局によれば、24歳未満の若者の失業者数は8カ月で4倍に膨れ上がった。それも、約30ある組合系の失業保険金庫のどれかに加入していたおかげで、失業手当を受けている若者だけの数だ。

 デンマークではスウェーデンと同様、自発式のゲント制(3)という旧方式をいまだに採っており、失業保険への加入は任意とされている。そのため、2000年代の好況期には、完全雇用がほぼ実現されていたため、多くの若者は失業保険への加入など不要だと考えた。2009年第1四半期末の時点で、保険未加入の若年失業者は1万6000人に上る。保険加入者の3倍に相当する数だ。彼らは、フランスの最低所得保障と同じような、非常に貧弱な公的扶助に甘んじるしかない。

(3) 労働者運動の黎明期にベルギーのゲントで生まれたゲント制は、第1に任意の加入、第2に組合による保険金庫の運営、第3に複数の保険金庫の併存を基本原則とする。就労者か非就労者か、国民か移民か、といった区別なく、全市民に同一のサービスが提供される皆保険と対置される制度である。デンマークでは、失業保険だけに残っている。

ネオリベ系の論者がデンマークモデルを持ち上げるときに、必ずねぐって知らんぷりするのが、デンマークが労働関係のほとんどすべての規制を国会制定法ではなく中央労使団体間の労働協約で決めて実施しているウルトラ・コーポラティズム国家であるという点ですが、そして、本ブログでも何回か取り上げてきたように、そのことが個別企業レベルにおける解雇規制の緩やかさを担保しているわけですが、その「組合員であることがすべて!」という超労働組合万能国家であるがゆえに、自分から労働組合に入ろうとしない人間は、セーフティネットから自動的に排除されてしまうわけですね。

このあたりのパラドックスを真剣に考えるとなかなか難しくて、やっぱりデンマークみたいに労働組合に入らなくちゃ何も守られない社会じゃなくて、国家がちゃんとセーフティネットをかけてあげる社会でなくてはいけないと考える人もいるでしょうし、日本の非正規労働者みたいに入りたくても入れないのではなく、自分で勝手に入らなかった連中なんだから、どうなっても自分の責任じゃないか、という考え方もあるでしょう。

いずれにしても、地球上のどこかに完全無欠な理想郷が存在するなどということはありうるはずもないわけです。

もっとも、このもとの記事は、そもそもワークフェアやアクティベーションに対してかなり批判的な見解をもっているようですが、

>経済危機という状況下で、更に厳格化を進めようという趨勢は強い。公的扶助の受給者全員に課せられる「アクティベーション」は気楽なものではない。アナセン教授によれば、「平均的には、失業者はアクティベーション期間が来る前に、再就職先を見つけます」。この制度を最初に推進した社会民主党の発想は、労働者を失業状態に置かず、ただちにスキルアップを実施することにあったのだが、現実にはむしろ、有無を言わせず一刻も早く再就職させるための手段と化している。3カ月が無為に過ぎ、アクティベーションに突入するという展開だけは避けたいと、失業者に思わせる仕組みができあがっているのだ。つまり、新たな仕事、雇用主、ひいては勤務地を選ぶのは、以前より困難になっている。それが厭なら、失業手当を断たれることになる。明日のデンマーク型社会保障モデルでは、ワークフェアがウェルフェアに取って代わることになるのだろうか。

国家財政が無尽蔵でない以上、働けるのに働かない人に働いてもらうように努力するのは当然でしょう。

少なくとも、最近日本で奇妙に支持者が増えているように見えるベーシックインカム論などがまかり通る状況ではないと思います。

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労働法は契約ではなく実態で判断するのが原則

小さなNPO法人をやっている「lessorの日記」さんのところに、気になる記事があったので、

http://d.hatena.ne.jp/lessor/20091027/1256665695([障害者支援]これって何かおかしくない? )

>>■生産ライン請け負いで成果

 一方で、福祉ベンチャーパートナーズ代表取締役の大塚由紀子さんは「売り上げを伸ばしても工賃の上げ幅は小幅にとどまるが、工賃を一気に増やす方法がある」という。

 作業所では物作りを行い、できた品々を外で販売するケースが主流だが、そうではなく、作業所の外に出ることだという。高収益を出している企業はあり、生産ラインを丸ごと請け負えば時給を数百円アップできるという。

 三重県伊賀市の作業所「びいはいぶ」では、地元の美容室向けにヘアケア用品を作るメーカーの製造ラインの一部を請け負っている。作業はシール張りや検品などだ。

 施設長の奥西利江さんによると、交通費込みで時給500円。毎日6時間働き、月給は6万円に上る。収入が増えたことでグループホームに入り、自立できた利用者もいるという。

 奥西さんは「企業が負担する人件費も低くなり、障害者の給与も増え、双方にメリットがあった。こうしたやり方が全国に広がれば障害者の自立につながるはずだ」と話している。

>この場合、最低賃金とかって、どうなるのか。どなたか教えてほしい(自分がこのあたりの事情を正確に理解していない可能性は十分にある)。作業所との請負契約で個々人と雇用契約を結んでいるわけでないから、その作業所から「利用者」にどう払われるのかは別に関係なし、ってこと? そうすると、これからあちこちの企業があちこちの通所施設に「請負でぜひ」ってもちかけて、最低賃金以下でも働かせられるからラッキーって話になるの?(むろん既にほとんどの作業所で下請け等の仕事をして最低賃金なんて払えてないという例ばっかりなんだから同じことじゃないかっていう意見はあるだろうけれども、この場合は「生産ライン」って言っているのだから、最低賃金を守られた「健常者」と同じ工場内での就労だったりするんだろう?)

 労働の問題については素人に近い者の印象としては、安い人件費を求めて発展途上国に工場移転していくのと、全く同じ構図なんじゃないのだろうか。その様々な功罪を含めて。いや生産性の違いはあるから、同じではないか。なんだかイヤな感じ。あああ。

いや、最低賃金がどうこうという以前の問題として、工場の生産ラインを丸ごと請け負っていながら、「雇用」じゃない「請負」だなんて馬鹿げたいいわけができると思っている人々の存在が空恐ろしい。

これはマスコミもそうなんだけど、世間で言う「偽装請負」とは働いている人はれっきとした労働者であって、単に事業者間の契約が「派遣」か「請負」かというだけの話(それゆえ働いている人に労働法が適用されることは当然)なのですが、それとは全く別次元の、働いている人の契約自体を「雇用」じゃなく「請負」と偽装するのは、労働法の適用を丸ごと排除してしまうので大きな問題なのです。

こういう「偽装請負」が、マスコミの糾弾を受けることもなく横行しているとしたら、その方が百万倍大問題なんですがね。

とにかく、労働法は契約形式ではなく、就労の実態で判断するというのが大前提であり、「請負だもん!」といえば、労働法はひとりでにあっちに逃げてくれるというものではないということを、障害者福祉に携わる人々も含めて、世間の人々がもう少しよく認識していただきたいところです。

最低賃金について言えば、最低賃金法に障害者についての特例措置が規定されているので、対応の手段はあるのですよ。

(追記)

あまりにもふざけたはてぶがあったので、一言鉄槌を下しておきます。

apj_yamagata , この場合は、そもそも「事業者」と「働いている人」が別物なんであって。事業主として働いている場合と、話をごっちゃにするなよ 2009/10/28

だから、この工場の生産ラインで働いている障害者たちが、労働者として扱われているのかどうかが問題なんだろうが、この馬鹿者が。それとも、ラインに並んでいる障害者たちがみんな一人一人事業主かね?

人にいちゃもんつけるのを唯一の趣味にして生きることまで文句を言うつもりはないが、愚劣なだけのはてぶは、じぶんの愚かさを世間に公言しているだけだから、もう少し物事を考えてから書いた方がいいよ。

(再追記)

障害者雇用就労問題の悩ましさがこれっぽちでも判っている人なら絶対にやらかさないような愚かな台詞をえんえんとはてぶで繰り広げているようですが、

apj_yamagata 1:障害者のAさんは、「業務を請け負っている事業者Bさん」に雇われて働いています。事業主Bさんは「請負がなんちゃらかんちゃら」と何だか意味不明なことを言っていますwww。 (続く) 2009/10/28

本件で障害者たちは雇われていない(ということに法形式上なっている)から問題なんだということが判らないんだねえ。

障害者の小規模作業所というのは、雇用関係ではないという形で個々の障害者との労務供給関係を説明している。それは、小さな共同体内部の事実上の共同作業であるがゆえに、障害者の就労場所の拡大という政策的意図もあって認めてきているわけだが、同じ工場の中のこっちのラインが雇用労働者であって、あっちのラインが障害者であるがゆえに全く同じ作業を同じようにしていながら雇用関係ではない(ゆえに労働法が一切適用されない)という事態になることが認められるかという問題なのだよ。上の引用した文章を良く読み給え。問題をまったく理解しないまま自分の貧弱な認識だけであれこれコメントしたがる神経が一番いけない。

いちゃもんをつけたがるのは判るし、付けるのは好きにすればいいが、問題の本質を100%まったく理解していないくせに、わかったような捨て台詞を付け続けるのは、まっとうな読者諸氏にとっても不愉快極まるから、せめて池田信夫関連のエントリに立場の違いからなるほどと言ってくれる人もいるようなぶくまをつけるようにした方が身のためだよ。

といっても、言うことを聞く御仁ではないだろうがね、「ふま」さんよ。稲葉先生が遥か以前に一喝した気持ちが分からないでもないな。

(再々追記)

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shinichiroinaba ふまうぜえ 2009/10/28

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shinichiroinaba ふまでしょこいつ 2009/10/28

御意。

このわたくしへの粘着ぶりは、池田信夫いのちの「由紀」氏と双璧ですな。

どうもそのむかし、稲葉先生が「ふま」に毅然とした態度を取られたときに、わたくしが曖昧な姿勢に終始したことが、今日のこの醜悪きわまる事態を招いているようであります。ぶった切るべき時には有無を言わさずぶった切るという姿勢が必要であることを今更ながらに学んでおりますよ。

(さらに追記)

ついにhamachan先生が言及してしまったか。頭が可哀相な子に。しかしまあ、私も最近目に余るからignoreリストに入れた子だからのう…。まあ有名なブログ主って大変だなあと

御意。

いや、ホント大変です。

(まっとうな追記)

引用元のlessorさんに本エントリについて追記され、またいつも本ブログで言及することの多い黒川滋さんに本エントリが取り上げられました。

http://d.hatena.ne.jp/lessor/20091027/1256665695

http://kurokawashigeru.air-nifty.com/blog/2009/10/1028-e679.html

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公開講演会「貧困にどう立ち向かうか-一橋エコノミストの提言-」

来る12月2日、一橋大学で標記のような講演会・パネルディスカッションが開催されます。

http://gcoe.ier.hit-u.ac.jp/information/schedule/conference/combating_poverty.html

>最低賃金の引き上げを含めた貧困対策をマニフェストに掲げた民主党が政権に就き、本格的な貧困対策の実施が重要な政策課題として浮上しています。しかしながら

  • 最低賃金の引き上げは有効な貧困対策なのか?
  • 既存の生活保護制度の拡充に問題はないのか?
  • 税制を通じた望ましい貧困対策にはどのようなものがあるのか?

といった数々の疑問があるのも事実です。

この講演会では、これらの問題を専門的に研究してきた一橋大学の経済学者5名が講演に加えディスカッションを行い、貧困対策にまつわる諸問題を解説するとともに、一般参加者の方々と望ましい貧困対策の方向性を考えます。一般の方も参加していただけます。入場無料です。事前申込みの必要もありませんのでご自由にご参加ください。

というわけで、プログラムは次の通りです。

14:00-14:05 開会挨拶 山内 進(一橋大学 理事・副学長)
14:05-14:15 問題提起 北村 行伸(一橋大学経済研究所 教授)
14:15-15:45 講演
14:15-14:35 「最低賃金と賃金格差」 神林 龍(一橋大学経済研究所 准教授)
14:35-15:05 「最低賃金の貧困対策としての有効性」 川口 大司(一橋大学経済学研究科 准教授)
15:05-15:25 「生活保護の現状と課題」 林 正義(一橋大学経済学研究科 准教授)
15:25-15:45 「給付つき税額控除の日本への導入」田近 栄治(一橋大学経済学研究科 教授)
15:45-16:05 休憩
16:05-16:35 ディスカッション
コーディネーター 北村 行伸
参加者 神林 龍・川口 大司・林 正義・田近 栄治
16:35-16:40 閉会挨拶 北村 行伸

今日の政策関心からすると、大変興味深い領域に切り込んでいるように思われます。

是非、多くのみなさんがご出席されるよう呼びかけるものです。

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朋あり遠方より来る、また楽しからずや

昨日のエントリに対して、芦田さんが、さっそく言及されています。

http://www.ashida.info/blog/2009/10/post_385.html(岩波新書『新しい労働社会』の著者・濱口桂一郞さんが、彼への私の言及にコメントをくれました ― こんなことってあるんですよね(朋あり遠方より来る、また楽しからずや)。)

>私が書いたキャリア教育についての論文の中で触れた濱口桂一郞さんの著書『新しい労働社会』(岩波社会)。この著作は書評誌でも話題を呼んでいる著作だが、その労働問題の専門家である濱口さんが自身のブログで、私の言及にコメントをしてくれている。私の孤独な作業にも、労働問題の専門家の読者がいたことに謝意を表して、こちらからも彼のブログを紹介したい

決して「孤独な作業」ではないと思いますよ。

本ブログでも時々紹介しているように、現在日本学術会議で、まさにこのあたりのことについて議論をしているところです。

http://www.scj.go.jp/ja/info/iinkai/daigaku/syoku.html(大学教育の分野別質保証の在り方検討委員会 大学と職業との接続検討分科会)

また、OECDの「若者と雇用」日本編の翻訳も年内には出る予定です。

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権丈善一先生再起動

いやなに、「勿凝学問」シリーズが続けざまに連投されたというだけのことですが。

http://news.fbc.keio.ac.jp/~kenjoh/work/korunakare253.pdf(血祭りやだまし討ちにかかわるのは僕の仕事ではないんだよ それが僕と政治学者の違いかな)

>今後起こることは、政治センス(?)に充ち満ちた政治家たちのリーダーシップのもとで、万が一巧く展開するとなれば、冬の時代を生きる官僚をはじめとした人たちを血祭りに上げて国民の溜飲を下げてあげたり、血祭りをみて歓喜する国民をだまし討ちにすることくらいかな――巧くいけばそういうことになるだろう。でも、血祭りやだまし討ちに協力することは僕の仕事ではないというだけの話である。僕と違って、政治学者ってのは、そういう血祭りやだまし討ちを嬉々として議論しては盛り上がっているように見えるのは昔からのことだけど、いいんじゃないかな、政治学者、そしてメディアの中の政治部ってのは、そういうのも仕事みたいだから。僕の仕事は、政策技術学として使える学問をできる限り総動員して、あるべき社会保障、あるべき税・財政の制度設計、あるべき社会経済制度の設計を行うことであり、政策技術屋としての僕は彼らとは根本的に仕事の質が違う。

http://news.fbc.keio.ac.jp/~kenjoh/work/korunakare254.pdf(貧困の減らし方)

>国民負担率をあげないことを至上命題としている現政権の厚生労働大臣は、貧困率を下げるなにか手品でもみせてくれるのかな。就任早々、わざわざ貧困率を算出するように「ご指示」を出されるのだから、きっと秘策があるんだろう。国民負担率を上げないで社会保障給付を増やすというのは、あるあると大衆に信じ込ませたムダの削減で浮く財源を用いる以外は禁じ手だから、そこんとこよろしく。

http://news.fbc.keio.ac.jp/~kenjoh/work/korunakare255.pdf(2つの国民 日本人の少数派と多数派)

>2つの国民とは、日本の財政事情などをよく知っており、かつ日本の社会保障に絶えず強い抑制圧力がかかるのも、はなっから国民負担率が低く、しかもその上財政支出に占める国債費というものが脳腫瘍のように肥大化していく中で、他の脳細胞を圧迫しているのに似た力学が働いていることを知っている日本人と、それを知らない日本人のことである。

http://news.fbc.keio.ac.jp/~kenjoh/work/korunakare256.pdf(経済成長と医療政策のあり方)

>どうも僕の積極的社会保障政策のマネをする人たちのマネが下手なので、日医の医療政策会議に、会長が諮問した「経済成長と医療政策のあり方」について、僕が10月16日に出した草稿をアップしておく。医療の雇用創出効果が高いなんてのは諸刃の剣だから、素人さんやにわかケインジアンさん達は、そうした刃物を振り回すと「小児が利刀を弄するが如き」危うさがあるのでやめたがいい。

いずれも、権丈節全開です。とくに、253の政治学者批判のところは思わずうなってしまいますね。

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『ダイヤモンド』誌の取材

本日、『ダイヤモンド』誌の取材を受けました。派遣規制をはじめとする新政権の労働政策の話が中心で、それはいずれ記事になると思いますが、1時間半ほど話をして最後に、記者の方が「そういえば・・・」とある人の名前を出して「どう思いますか?」ご意見を求められましたがな。

こっちがどう思うよりも、向こう様がどう思ってるか、なんですけどね。たぶん、個々の政策論では(いろいろと学習して)わたしの考えに近づいてきた面もないわけではないだけに、ますます各論ではなくわたしの人格を否定しなければならなくなるという事態になっているように思いますが。書評に各論が全く姿を見せないのは、そういう苦衷が現れているようにも見えます。まあ、どっちでもいいことですが。

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OECD『日本の大学改革』からいくつかの引用

9784750330839 昨日紹介したOECDの『日本大学改革』ですが、あまり引用しすぎると明石書店さんに対する営業妨害になるので、そうならない程度にいくつか興味深い記述を引用しておきたいと思います。

>しかし、過去40年にわたって、日本と、北米及びヨーロッパにおいて、教員あるいは学生として、大学の当事者としての経験のある人々が口をそろえるのは、日本の高等教育は、平均的に言って、教員も学生も教室内の教育と学習や教室外での学習指導を比較的軽視していると言うことである。

>多くの大学教員は、主として専門家集団に属する研究者としての業績をもとに自分自身を評価しており、学部で学生に勉強を教える人としての側面は軽視されている。さらに、大学と職業社会の間の人材の交流の度合いは、国際水準から見ると低く、そのため高等教育、特に大学教育は職業生活から切り離されてしまっている。このような、大学教員とは研究者であるという文化が、短期大学の講師も含むほぼすべての大学の教員に共有されているという傾向は、他の国の高等教育には見られないことである。

>学生の多くが、授業への出席率が低かったり課外活動にばかり熱心だったりと、教室での学習に対する意欲が低いことは、二つの意味で当然のことともいえる。まず企業が、大学で何を学んだかではなく入学試験の成績がどれだけだったかということを基準に学生を採用するからであり、そして授業の内容が職業生活に役立つような能力や理解力を伸ばすものではなく、教員が研究している内容に基づくものになっているからである。

なかなか辛辣ですな。

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芦田宏直さんのキャリア教育・職業教育論

芦田宏直さんの「芦田の毎日」というブログで、中教審「キャリア教育・職業教育特別部会」の「今後の学校におけるキャリア教育・職業教育の在り方について」についての論評記事が5回にわたって掲載されており、その中で拙著『新しい労働社会』のメンバーシップ論・ジョブ論が何回か引用されております。

ひとまとめにしたPDFファイルは

http://dl.getdropbox.com/u/1047853/ver04%E3%80%8C%E9%AB%98%E7%AD%89%E6%95%99%E8%82%B2%E3%80%8D%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E3%80%8C%E6%96%B0%E3%81%97%E3%81%84%E3%80%8D%E5%AD%A6%E6%A0%A1%E7%A8%AE%E3%81%A8%E3%81%AF%E4%BD%95%E3%81%8B.pdf(「高等教育」における「新しい」学校種とは何か ― 中教審「今後の学校におけるキャリア教育・職業教育の在り方について」を読む)

ブログに分載されたものは

http://www.ashida.info/blog/2009/09/post_378.html(「今後の学校におけるキャリア教育・職業教育の在り方について」(中教審「キャリア教育・職業教育特別部会」)には何が書かれているのか(何が書かれていないのか)? ― 【その1】 )

http://www.ashida.info/blog/2009/09/post_379.html( 【その2】)

http://www.ashida.info/blog/2009/10/post_380.html(【その3】)

http://www.ashida.info/blog/2009/10/post_382.html(【その4】)

http://www.ashida.info/blog/2009/10/post_383.html( 【その5】)

大変鋭く突っ込んだ分析をしておられます。私がつまみ食い的に引用するよりも、是非上のリンク先に飛んで、じっくり読んでいただきたいと思います。

特に、そうですね、拙著に対して極めてブリリアントな批評をいただいたcharisさんには、是非同じ哲学ベースでものを考えている知識人として、芦田さんの見解に対する率直なご意見を伺ってみたいものだと思います。

(いくつかの鮮烈な記述から)

48)従来の終身雇用型の「入口」接続(8)には二つの意味がある。

49)一つは、一括採用、一括解雇(定年制)、職務ローテーション制、年功賃金=年功序列制、企業内組合を前提とした「メンバーシップ型採用」に呼応した、従来の大学の教養主義的な人材育成という意味での「入口」接続。つまり素養(基礎)は学校で作ったからあとは企業で教育して下さいという意味での「入口」接続。これを私は大学型「入口」接続ととりあえず呼んでおく。※ここで言う「メンバーシップ」というタームを、私はとりあえず濱口桂一郞(『新しい労働社会』岩波新書)から借りている)

50)もう一つは「キャリア教育」と区別された意味での「職業教育」的な「入口」接続。これは従来もっぱら専門学校も含めた専修学校や短大が担ってきた。つまり極度に単純化した言い方をすれば、会社の「一般職」「専門職」(いずれも「総合職」に対立する意味での、つまりメンバーシップを担わない)接続としての「入口」接続。

51)この後者の「入口」接続は、「即戦力」人材と言われてきたものである。

とか、

78)20歳そこそこの若い学生で「即戦力」の専門学校生を喜んで受け入れる企業があるとすれば、それはその企業の人材水準(あるいは仕事水準)が低いだけのことで、褒められたことではない、と小方は言いたいのである。

79)極端に言えば、高校生をマクドナルドが「即戦力」として採用するのと似ている。そのような「マニュアル職」に毛の生えたような「即戦力」論が専門学校の「職業教育」だったのではないか?

80)さらに極端な単純化を恐れないとすれば別の言い方もできる。専門学校の技能業職種は、もともとは大学生が相手にもしない業職種。技能主義的な教育が「手足」教育だとすれば、「頭」となる大学生の「手足」に留まるものだったと言えるかもしれない。

81)この「頭」と「手足」との区別は、結局は「メンバーシップ型雇用」と「ジョブ型雇用」との区別にも繋がっている。

82)「ジョブ型雇用」は、日本的な企業内と企業外の中間地帯を形成しており、非正規雇用やアウトソーシング部門の拡大・縮小、企業内における「スペシャリスト」の位置づけ等に深く関わっている。

83)専門学校の「スペシャリスト」的な「実力」主義論が空回りするのは、「スペシャリスト」というものが企業の本来の「メンバー」ではないからだ。ついでに言っておけば、「ジョブ型」人材の究極のモデルは、「大学教授」である。だから「大学教授」は人の言うことを聞かない(苦笑)。東大の教員以外は大学に対する忠誠心もない(更に苦笑)。

84)専門学校の「就職率」「100%」を誰も本気で褒めないのは、メンバーシップ雇用の周辺における「就職率」だったからである。専門学校は「職業教育」一般を担ってきたのではなくて、ある特定の(階層化された)職業教育を担ってきたに過ぎない。

とか、

75)この「生涯」型接続の従来のモデルは、「職業教育」と対比されている以上、大学卒の社会接続である。

76)それを企業の採用側から言えば、「メンバーシップ」型採用ということになる。

77)「メンバーシップ」型採用は、スペシャリスト(パーツ型人材)を必要としない。テーマ主義的な「職能」よりは、パーソナリティ重視の採用になる。

78)一括採用、一括解雇(定年制)、職務ローテーション制、年功賃金=年功序列制、企業内組合などの「メンバーシップ」型徴表が描く日本企業型人材像のモデルは何か。

79)その人材モデルは教養主義に他ならない。

とか、

91)では、“勉強ができない”とは何を意味するのか? それは「基礎」教育とか、「教養」教育のような、具体的な目標のない教育(ある意味で「抽象的な」教育)に耐えられない無能力のことを言う。

92)そういった学習の極限のモデルは、日本では「受験勉強」。「受験勉強」が「大学生」の「大学生」としてのパーソナリティーを形成してきたが、このパーソナリティーが大学の教養主義教育(基礎教養教育-専門教養教育)の基盤だった。

93)またそれはどんな具体的な色にも染まらないという意味で、メンバーシップ型雇用の基盤にもなっていた。

94)リベラルアーツ型の教養主義が、日本的な雇用制度と親和的な関係を結んでいたのである。

とか、

104)日本の大学には天野の言う「ジェネラルエデュケーション」と対立する意味での「職業教育」(=「専門教育・職業教育」)などかつて一度も存在したことはない。

105)その意味で、「教養教育」の衰退は従来の大学教育全体の衰退でもあった。

106)それは進学率が上がれば上がるほど衰退の度合いが上がっていくような衰退だったのである。

107)そもそも戦後の「新制大学」において「学ぶ」ことと「働くこと(就職)」とが直接に結びついた教育など医学部か法学部のごく一部くらいしか存在していないだろう。

108)それ以外には、大学院進学だけが大学にとっての本来の「職業教育」であって、2009年の現在においても「就職(率)が大学の命」などと考えている大学教授など存在しない。3年生、4年生のゼミ教授さえ考えもしないことだろう。「一流」大学であればあるほどそうだ。

109)だから従来の1、2年課程と対比される専門課程の「専門教育」も「働くこと(就職)」と結びつかない限りは、「専門教養」でしかなかったわけだ。

とか、

134)しかし児美川と本田には共通の前提がある。偏差値分類(偏差値ヒエラルキー)を前提とした進路指導が通用しなくなっているという事態だ。

135)かつては、勉強嫌いな子には専門学校による「就職」教育(狭い意味での「ジョブ型」「職業教育」)が社会「接続」にふさわしいものとして階層化されていたが、大学全入時代の賭場口に立った90年代では、生徒たちの「個性」が優先する進学の窓口が広がり始めた。

136)この生徒たちの「個性重視」による進学指導(進学無指導)は、児美川が期待する意味での「キャリア教育」にそのまま繋がるものではなく、無原則な大学進学を生む素地になったのである。

137)91年以降(「就職」の専門学校は進学率20%前後で停滞しているが)、大学進学率(入学者数も含めて)がうなぎ登りに上昇していくのは、80年代後半に始まり90年代に実質化する「個性重視」主義が大学全入による偏差値ヒエラルキーの解体と符合したことが大きな理由の一つだ。

といった、切れ味鋭い分析が次々と繰り出される様は壮観です。

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『POSSE』第5号発売

Hyoshi05 ということで、ようやく『POSSE』第5号が発売されたようです。

http://www.npoposse.jp/magazine/new.html

前にもコピーしましたが、内容は以下の通りです。

■特集 どう変わる?ニッポンのセーフティネット

●本誌編集部 5分でわかる!セーフティネット論入門

濱口桂一郎(労働政策研究・研修機構統括研究員)
  日本型システムにおける労働とセーフティネット
  日本型セーフティネットからの転換を提言


白川一郎(追手門学院大学教授)
  企業にこびた「即戦力」教育より英米型の職業訓練を

  各国の職業訓練制度を紹介!正社員化ではなく、セーフティネットを

●本誌編集部
 
就職できない職業訓練
  ―訓練学校民営化の罠―

  訓練学校が派遣労働を勧める?
  日本の職業訓練制度の矛盾に迫る

川村遼平(NPO法人POSSE理事)
  失業者を助けられない雇用保険
  ―POSSEハローワーク前調査報告―

  企業の横暴で雇用保険が使えない!
  500人の声が明らかにした制度的欠陥

●本誌編集部
 
生活保護行政がつくるハウジングプア
  ~無料低額宿泊所という「あきらめ」の牢獄~

  貧困ビジネスと行政が連携する理由を
  POSSEボランティアスタッフが取材

山森亮(同志社大学准教授)
  ベーシックインカムが生活保護よりも現実的な理由

  ベーシックインカムの意義と歴史的背景とは
  そして日本での実現可能性は?

岩田正美(日本女子大学教授)
  日本型雇用が生んだ若者の「社会的排除」とは

  社会保険で格差は是正されない―
  若者のが「排除」される社会に必要な福祉政策とは

斎藤幸平(東京大学先端科学技術研究センター交流研究員)
  『コモンウェルス』におけるベーシックインカムの位置づけ
  アントニオ・ネグリ/マイケル・ハート著「コモンウェルス」書評

  『帝国』『マルチチュード』のアントニオ・ネグリ/マイケル・ハートの新刊『コモンウェルス』がついに刊行! 3部作完結編が示した転換とは?

●本誌編集部
  セーフティネット論がわかるブックガイド10
  職業訓練、住宅問題から日本型雇用、ワークフェア、そしてベーシックインカムまで


■Jポップは格差社会と闘えるのか?

阿部真大(甲南大学講師)×坂倉昇平(本誌編集部)
  企業主義vsJポップの30年

  実はJポップは労働問題を歌っていた!
  尾崎豊からミスチル、GReeeeNまで一気に検証!

烏賀陽弘道(ジャーナリスト)
  音楽産業と消費文化がJポップを束縛する

  渋谷文化、バンドブーム、カラオケ……
  Jポップを生んだ産業構造と消費文化とは?
  そしてインターネットと格差社会の影響は?

毛利嘉孝(東京藝術大学准教授)
  パンクは新自由主義に敗北したのか

  パンクは市場や国家から「自由」になれるのか?
  福祉国家が弱体化し、新自由主義が拡大する中、
  オルタナティヴな音楽はどこへ向かうのか

●本誌編集部
  ゼロ年代の「労働歌」50選
  歌謡曲、アイドルから、ロック、HIPHOPまで……
  多彩なジャンルからピックアップした50曲
  そこで労働はどのように歌われていたのか?



渋谷望(千葉大学准教授)
  連載:労働と思想⑤快適な職場と不機嫌な家庭 ―感情労働論以降のホックシールド

  感情労働論で知られるA・ホックシールドが注目したワーク・ライフ・バランスの影とは

●本誌編集部
  検証 民主党マニフェスト ――労働政策の新しさと矛盾点――
  非正規雇用対策、派遣法、セーフティネット……
  どこが画一的で、どこが危ういのか?

新連載 ユニ×クリ
  五十嵐泰正(筑波大学講師)
  季節はずれのヒーローたち ドラマ『官僚たちの夏』


川村遼平
  連載 労働相談ダイアリー FILE.1究極の選択!?

錦織史朗(大学院生)
  書評 『若者と貧困』

まだわたくしの手元に来ていませんので、来たらいくつかの論文等にコメントしてみたいと思います。

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国立国会図書館『レファレンス』10月号の「労働者派遣法改正問題」

国立国会図書館は毎月『レファレンス』という雑誌を刊行し、現下の重要課題について冷静な議論の素材を提供しています。

その10月号に、岡村美保子さんの「労働者派遣法改正問題」が掲載されておりまして、この問題を考える上で大変有用です。

http://www.ndl.go.jp/jp/data/publication/refer/200910_705/070506.pdf

わたくしの論考もいくつも引用されているのですが、それに限らず、歴史的にも国際的にもよく目配りされたいい論文です。

と、岡村さんを褒めるのももちろんですが、実はこれを読んでいて、目を疑う記述に出くわしました。

派遣法制定過程についての記述のところですが(124ページ)、

>高梨教授は、ビルメンテナンスとファイリングという2つの「不熟練労働」を入れてしまったところからポジティブリストの論理破綻が始まったと述懐している(27) 。

高梨昌「派遣法立法時の原点からの乖離―現行法でも活用の余地はある」『都市問題』Vol.100. No.3, 2009.3,pp.25-26.

今更それはないんじゃないんでしょうか。

ファイリングという虚構の『業務』の名の下にそれまで圧倒的に多くの「事務処理請負業」がやってきた一般事務女性の派遣事業を認めるというのが、その時の暗黙の了解だったのではないですか。もしそうでなければ、当初の常用型限定ではなく登録型を認めるという方針の実質的意義が失われてしまったはずだと思いますが。

マンパワーやテンポラリーやその他たくさんの一般事務派遣業者を救うために常用型限定ではなく登録型を認めたのに、ファイリングという名目で一般事務を容認しなければ、結局彼らは救われなくなってしまうわけですから。

少なくとも、「専門技術的業務」の敷居の高さを、女性事務職については常識レベルよりもかなり下げないことには、そのころの派遣業者の多くが廃業に追い込まれていたのではないかと思います。そこまで「専門職」という概念に殉じるつもりがあったとは思えないのですが。

いま手元にその『都市問題』という雑誌がないので、どういう文脈で高梨先生が言われているのかよく分からないのですが、上の引用を正面から受け取るとすると、そもそもポジティブリスト方式は、事務派遣を対象にしようとしていた一番当初の時点から「論理破綻」していたといわざるを得ないように思われます。

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“リアル”な政策を作れ!

情報産業労働組合連合会(情報労連)の機関誌『情報労連REPORT』10月号に載っている私のインタビュー記事が、PDFファイルでアップされていますので、リンクしておきます。

http://www.joho.or.jp/report/report/2009/0910report/p07-15.pdf

中身は最近あちこちで書いたりしゃべったりしていることですが、対話形式で話が進んでいますので、読みやすいとは思います。でかい写真がどんと載っているのは、人によって好き嫌いがあるでしょうが。

同じファイルの後ろの方には、山田昌弘氏のインタビューや現場の声、中村圭介先生のインタビューなどもありますので、ぜひリンク先をご覧下さい。

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日本経団連の「安心で信頼できる社会保障制度の確立に向けて」の一番重要なところ

日本経団連が10月20日付で「安心で信頼できる社会保障制度の確立に向けて」という文書を公表しています。

http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/2009/083.html

冒頭の

>少子化対策、医療・介護、年金などの社会保障分野は、生活の日々の安心と安全を支える国民の最大の関心事項であり、経済社会の安定を果たす最も重要な社会基盤である。持続可能な社会保障制度の構築は、将来不安の解消、内需の安定化を通じ、持続的な経済成長に寄与するものと考えられる。一方、明確な成長戦略の下、経済活動のフロンティアを拡大し、成長のパイを増やしていくことは、社会保障制度の持続可能性の向上につながる。こうした好循環の確立こそ、国民が求める経済社会の姿である

という認識は、認識としては全く異論の余地のない正しいものですね。

以下、「社会保障制度改革に関わる基本スタンスとともに、医療・介護、年金、少子化対策を中心に経団連の考え方を明らかにし」たうえで、最後の「おわりに」のところで、ようやくこういう認識を示します。

>社会保障の目的は、第一に国民の生活保障にあり、安心社会の実現に向け、包含する分野は非常に幅広く多岐にわたっている。また、少子高齢化の進展のみならず、産業構造や労働市場が大きく変化するとともに、個々人の働き方・生き方や家族形態も様変わりをしていく。このように急速に経済・社会が変化していくなか、従来の社会保障制度の枠組みの狭間に落ちる生活困窮者や低所得者が、今般の景気後退による雇用情勢の悪化を受け、改めて問題として浮き彫りになっている。行政には、その実態を把握し、モニタリングを行いつつ、きめ細かに対策を講じることを望む。経団連としても、今後、中福祉・中負担国家の具体像に関する考察を深めるとともに、労働市場の構造変化を踏まえたセーフティネットの在り方など、幅広く検討を進めたうえで、改めて提言を行いたい。

それこそが、今日社会保障制度の在り方を考える上で最も重要な点の一つであるわけですが、そこは「幅広く検討を進めた上で、改めて提言」ということです。

実は、わたくしも、先日まさに日本経団連に呼ばれて、そのあたりの話をしてきたわけですが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/post-3d64.html(日本経団連社会保障委員会企画部会で)

>本日のお話の概要が、「日本経団連タイムス」にも載るそうなので、その時にまたアップします。

今日社会保障制度の在り方を考える上で最も重要な点は、じつはここに書かれたような医療・介護や年金制度の問題もさることながら、これまで日本では社会保障の問題だとは全然思われていなかったような領域の問題、つまり子どもの養育や教育、住宅問題さらには仕事から多重債務問題まで含まれる社会的排除問題にあるというのが、もっとも強調すべきことであると思われます。

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日本型新自由主義(狂童日報さん)

例によって、ブックマーク代わりに、

狂童日報さんの「日本型新自由主義」というエントリから、

http://d.hatena.ne.jp/qushanxin/20091024

>90年代以降の自民党が奇妙だったのは、新自由主義型の政治家と、理念的に完全に対決する利益分配型の政治家とが、緩やかに共存してきたことである。実のところ、自民党の支持基盤で新自由主義勢力はごく一部であり(ただテレビでは目立っていた)、公共事業による分配と「日本的経営」の雇用保障に利害関心を持つ人たちが圧倒的多数だった。

新自由主義者は、「セーフティネット」の重要性についても口にしてはいたが、自民党の中でほとんど政治的なテーマとして掲げられてこなかったのは、ここに理由がある。つまり公共事業による再分配と日本的経営による「企業福祉」が、「セーフティネット」の代替物になっていたので、再分配政策を増税による公的なセーフティネットの強化ではなく、公共事業や企業の体力強化という方法を選好したわけである。

新自由主義勢力も、そもそも再分配それ自体にあまり関心がないので、こうした「旧体制」に暗黙のうちに乗っかっていた(表面上は批判していたのだが)。実際は、彼らは「旧体制」の日本型福祉の強固さを最大限強調し、日本があたかも「大きな政府」であるかのようなイメージを喧伝することによって、セーフティネットの構築や増税論議を先送りできることを正当化してきたのである。彼らはつい最近まで、日本に貧困問題があるということ自体に否定的であったが、そこには「旧体制」のセーフティネットの強さに対する奇妙な幻想があったように思う。

今日本で起こっている問題は、ほとんどこの新自由主義と「旧体制」との野合・癒着の帰結によるものであると言っていい。今から振り返ると、2005年の郵政解散選挙は、日本の新自由主義化の極点というよりも、この野合を解体した(それによって自民党の強みが失われた)という点に意義が求められるべきかもしれない。

きわめて的確な分析。

マクロ社会的にいえば、日本型ネオリベと日本型生活保障体制が野合しているのと対比的に、日本型リベサヨが社会民主主義と野合・・・というよりも、ほとんど社会民主主義を乗っ取ってしまい、国家による生活保障に対して嫌悪感を抱くようになってしまったことが、日本型ネオリベによる日本型生活保障体制に対する攻撃を容易にしてしまったという構図の中で論じられるべきではありますが。

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OECD『日本の大学改革』明石書店

9784750330839 明石書店さんから。新刊の『日本の大学改革 OECD高等教育政策レビュー:日本』をお送りいただきました。

ありがとうございます。

『日本の若者と仕事』の監訳作業は着々と進めておりますので、ご安心を。

さて、本書ですが、

http://www.hanmoto.com/bd/isbn978-4-7503-3083-9.html

>国立大学の法人化以降、日本の高等教育は様々な社会的圧力により常に改革を迫られてきた。自律性の向上にむけた日本の高等教育の現状と課題について、財政、管理運営、労働市場、格差是正、質保証、国際化、研究開発など広範な分野をカバーし包括的に評価する。

過去10年間,多くのOECD加盟諸国で高等教育が急激な拡大を果たした。経済発展を支える枢軸としての役割が大きくなるにつれ,高等教育には経済と労働市場の国際化が生む圧力に耐え,それを超える力をつけることが求められている。高等教育に期待されていることは多い。政策の後押しを得ながらも,高等教育機関は独立して,あるいはたがいに手を携えて多様な使命を果たさなければならない。成長の目標を高く掲げ,持てる力を最大に活用しながら,社会との対話を続けること,それが使命を果たすために必要なことである。
 この事態を前にして,OECDは大規模な高等教育の国別調査を開始した。この計画には24か国の参加が得られた。それぞれの国が社会的目標と経済的目標を達成するためには,高等教育の組織,運営,方法を理解することが必要である。OECDの調査は,その理解を促進することを目的として行われた。参加24か国のうち,日本を含む14か国が訪問調査チームを受け入れて,高等教育政策に関する詳細な現地調査を受けた。
 本報告書では次のような課題についての調査結果を報告している。
・日本の高等教育システムの概観
・日本の高等教育の改革傾向と展開への評価
・日本の高等教育の実績と課題の分析
・将来の政策展開への提言
 本報告書はOECDが2004年から2006年にかけて行った「高等教育テーマ別調査」の一部をなすものである。

ということで、大変包括的に分析されており、とりわけ、第5章の「高等教育と機会均等」、第6章の「高等教育と労働市場」は、わたくしの問題関心分野とももろに重なるもので、大変興味深く、興奮しながら読みました。

第1章 緒言
 第1節 OECD調査報告書の目的
 第2節 日本の参画
 第3節 報告書の構成

第2章 日本の高等教育政策の背景と成り立ち
 第1節 日本の高等教育の構造と変化
 第2節 結論
 第3節 提言

第3章 高等教育の全体像と機関ガバナンス
 第1節 日本の高等教育システムの構造――長所と課題
 第2節 高等教育機関のガバナンス
 第3節 提言

第4章 高等教育財政
 第1節 日本の高等教育財政の利点
 第2節 日本の高等教育における資金調達の課題
 第3節 統合
 第4節 資金配分の方法
 第5節 国公立大学の授業料構造
 第6節 国公立大学と私立大学の財源の多様化
 第7節 効率性を目指した経営慣行
 第8節 提言
 第9節 さらなる統合の模索
 第10節 成果に基づく予算配分
 第11節 授業料の多様化
 第12節 財源の多様化

第5章 高等教育と機会均等
 第1節 日本の高等教育の機会均等
 第2節 日本の高等教育の機会均等に関する課題
 第3節 提言

第6章 高等教育と労働市場
 第1節 はじめに
 第2節 高等教育と労働市場の関連
 第3節 提言

第7章 高等教育における研究と革新
 第1節 はじめに
 第2節 国の政策枠組みと高等教育システム――実績
 第3節 国の政策枠組みと高等教育システム――課題
 第4節 提言

第8章 高等教育の国際化
 第1節 はじめに
 第2節 実績
 第3節 課題
 第4節 提言

第9章 高等教育の質の保証と向上
 第1節 はじめに
 第2節 実績と課題
 第3節 提言

第10章 結論

 原注
 訳注
 参考文献

 付録1 OECD訪問調査チーム
 付録2 日本側コーディネータ,日本側諮問委員会,国別基本情報レポート執筆者
 付録3 訪問調査日程
 付録4 日本の高等教育の現状――OECD諸国における位置

 解説――教育政策レビューを,どう受け止めるか?(米澤彰純)
 訳者あとがき
 訳者・解説者紹介

第6章の「はじめに」から、

>日本の高等教育は、卒業したら一つの会社に定年まで勤めるという労働市場の慣行に完全に順応しきってきたということは過去40年間にわたって言われ続けてきたことである。終身雇用の慣行がここまで確立されているために、企業は卒業生を採用する際に、自社の業務内容への適性にはあまり関心を払わず、就職後にどれほど仕事を覚えられるかといった頭の良さや、将来の成長の可能性を重視するとされている。このような状況にあって、企業が高等教育機関に期待する機能は、学生に対して、企業に就職するために必要な専門的な能力を身につけさせること、(つまり「使える人材」の提供)ではなく、単に頭の良さについてのラベル貼り(シグナリング)をすることにすぎない。このラベルに盛り込まれる情報のうち最も重要なのは「どこの高等教育機関に入ったか」という情報である

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湯浅誠風味のお金のつかない緊急雇用対策

昨日とりまとめられた「緊急雇用対策」が官邸HPにアップされています。

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kinkyukoyou/koyou/honbun.pdf

一言で言うと、国家戦略会議に入った湯浅誠さんの意見が相当に入れられたとおぼしき記述がかなり見える一方、「調子にのりやがって。お金なんかつけてやらないぞ」という財務省方面の強固な意志が筋金に入っているという意味で、鳩山政権の性格をよく示している対策になっているようであります。

湯浅誠風味は次のような記述によく現れています。

>(2)「貧困・困窮者、新卒者への支援」を最優先する
-最優先課題として、最も困っている人を全力で支援する

・ 経済雇用情勢の悪化の影響は、経済的・社会的に弱い立場にある人々にしわ寄せされる形で最も大きく現れる。具体的には、貧困・困窮状態にある求職中の離職者や非正規労働者、女性であり、さらには来春以降厳しい求人情勢が見込まれる新卒予定の学生・生徒である。こうした求職中の貧困・困窮者や新卒者への支援は緊急を要しており、雇用維持努力への支援や中小企業支援とあわせて、最優先課題として全力で取り組む。

>(1)緊急支援アクションプラン
<貧困・困窮者支援>
(目標) 今年の年末年始に、求職中の貧困・困窮者が、再び「派遣村」を必要とすることなく、安心して生活が送れるようにする。

派遣村を再現させないことが目標だというのはまさに湯浅さんの言葉がそのまま政府文書に入ったという感じです。

で、その具体策なんですが、

(アクションプランの内容)
①平成21年後半(6月~12月)に雇用保険受給期間が切れる受 給者数(推計を含む)の把握

②利用者の視点に立った情報提供・広報の展開
・「緊急人材育成支援事業」、「住宅手当」等各種支援策の分かりやすい広報

③実効ある「ワンストップ・サービス」など支援態勢の強化
※ワンストップ・サービス ; 国、地方自治体等の関係機関の協力の下、利用者が、一つの窓口で必要な各種支援サービス (雇用・住居・生活支援)の相談・手続ができるようにする。

(ア)「ワンストップ・サービス・デイ」の開催
・11月下旬に東京、大阪、愛知等において試行実施した後、定期開催・年末年始の開催を検討

(イ)ハローワークの雇用支援機能の強化

(ウ)「求職者総合支援センター」とハローワークの連携

(エ)年末年始の生活総合相談

・年末年始の生活や居住場所の確保等の支援
・ハローワーク職員による出張相談等の検討

(オ)ハローワークにおける公的賃貸住宅情報の提供
・地方自治体等の協力を得て、離職者が利用可能な公的賃貸住宅情報を提供

④「きめ細かな支援策」の展開

(ア)「緊急人材育成支援事業」の訓練メニュー・実施者の新規開拓
・教育訓練機関に加え、地域の企業、社会福祉法人、NPO等の参加により、情報処理技術、介護・福祉・医療等の分野を中心に年内に約5万人分の確保
・地域のニーズに応じた訓練コースの設定

(イ) 「住まい対策」など派遣契約の中途解除等に伴い住居を失った貧困・困窮者支援施策の強化
・「住宅手当」「つなぎ特別融資」「総合支援貸付」の適正な運用の徹底
・住宅の確保
・「就職安定資金融資」「住宅手当」の円滑な実施のための宅地建物取引業者による民間賃貸住宅のあっせん、地域住宅交付金を活用した民間賃貸住宅への家賃助成等の取組の推進

(ウ)関連施策の展開
・住宅ローンの借入者に対する金融の円滑化を通じた生活の安定化を図るための施策の策定・推進(臨時国会に法案提出)
・社宅や寮に入居している派遣労働者について、離職後も引き続き一定期間の入居が可能となるよう、企業に対して要請
・日本司法支援センターにおける民事法律扶助事業の利用の促進
・ハローワークの協力を得て開設する相談窓口における地域自殺対策緊急強化基金等を活用した求職者等に対する心の健康相談、生活支援相談等の実施

(エ)生活保護制度の運用改善

⑤その他、求職者の貧困・困窮者が安心して生活が送れるようするために必要な施策を引き続き検討

既存の予算の範囲内で動け、という財務省の強烈な意志がよく伝わってくるような、なかなかしぶちんな緊急雇用対策です。いやもちろん、ここに挙げられたような施策は重要ですが。

年末年始に向けて、ハローワーク関係者のみなさんは地方自治体としっかり連携しておく必要がありますよ。本省の指示を待ってるんじゃなく、今から積極的に働きかけておかないと、いざとなって慌てることになりますからね。ワンストップサービスですからね。

お金がどれだけ付いてくるかは、最後の「その他、求職者の貧困・困窮者が安心して生活が送れるようするために必要な施策を引き続き検討」という一節をめぐってこれから綱引きになるわけですが、まあ政治主導の手腕が問われるところでしょう。

もひとつの柱が新卒者支援で、こっちもキャッチフレーズは「第二の「ロスト・ジェネレーション」をつくらない」。

<新卒者支援>
(目標) 来春以降の新卒者の就職を支援し、第二の「ロスト・ジェネレーション」をつくらないようにする。

(アクションプランの内容)
①新卒者の就職支援態勢の強化
(ア)「高卒・大卒就職ジョブサポーター」の緊急配備
・支援態勢強化のため、就職支援の専門職をハローワークに緊急配備

(イ)大学等の就職支援の充実
・就職相談窓口の充実(キャリアカウンセラーの配置など)、女子学生等を対象にした「ライフプランニング支援」の推進、大学における職業指導(キャリアガイダンス)の制度化

②求人開拓と「雇用ミスマッチ」の解消
-「就活支援キャンペーン(仮称)」の展開-
(ア)求人・求職、内定関連情報の収集・提供
(イ)学生を対象とした合同就職説明会等の実施
(ウ)企業に対する求人拡大への要請
(エ)採用意欲のある中小企業等の掘り起こし
・「雇用創出企業」をとりまとめ、公表(年明け予定)

③「4月就職以外の道」の選択の支援
(ア)企業に対する中途採用・通年採用の拡大への要請
(イ)学生・生徒の学校での学び直しや地域活動参加への支援
新卒無業者への第2セーフティネットの活用

(アクションプランの進め方)
①国の取組
・国に設置した「緊急支援アクションチーム(後述)」が、アクションプランの具体的展開、地域における取組の円滑な実施に向けた関係機関等の調整を行う。

②地域における取組
・関係地方自治体・関係団体の協力を得て、地域の学校・ハローワーク・産業界が一体となって具体的な取組を推進する。

第2のロストジェネレーションを作るか作らないかは究極的には労働需要側の問題なんですが、まあとりあえず既存の諸施策を総動員してやるほかはないわけです。

このあと連合が強硬に主張して盛り込まれた雇用調整助成金の要件緩和とか、いろいろ書かれていますが、本緊急雇用対策の性格をよく表しているもう一つの軸が「緊急雇用創造プログラム」というものです。

.「緊急雇用創造プログラム」の推進

(1)3つの重点分野におけるプログラムの推進
―成長分野における雇用促進のため、「働きながら職業能力を高める」雇用プログラムの推進等に取り組む

<介護雇用創造>
①「働きながら資格をとる」介護雇用プログラム
・求人ニーズが高い介護分野で、働きながら資格取得(介護福祉士、ホームヘルパー2級)ができるよう支援するプログラムを創設
・資格取得のための研修費用の手当及び1年又は2年の実践的な雇用経験の付与等を可能にするため、「緊急雇用創出事業」の要件を緩和
・実習免除等の働きながら資格を取ることを容易にするための措置の導入等
・地方自治体に対して、①重点事業としての事業採択と事業の前倒し執行、②介護サービス施設、事業者への積極的な周知を要請

②介護人材確保施策の推進
・全国地域包括ケア推進会議の設置、介護職員処遇改善交付金の周知を通じた介護職員の処遇改善
・「福祉人材コーナー」をはじめとして全国のハローワークで介護分野の求人開拓を重点実施、助成金や職業訓練を活用した介護分野の人材確保・定着

③介護サービス整備の加速化等
・「介護基盤の緊急整備特別対策事業」による介護基盤整備の推進
・大都市部の自治体の意向を踏まえた認知症対応型グループホームのユニット数の拡大による整備の促進(2ユニットから3ユニットへ)

<グリーン(農林、環境・エネルギー、観光)雇用創造>
①「働きながら職業能力を高める」グリーン雇用プログラム
(農林水産分野)
・農林水産分野での雇用創出・就業促進の積極的展開、農山漁村の6次産業化―直売所の設置や地域ブランドの立上げ等の取組、農商工連携の担い手たる人材育成のための研修強化(「緊急雇用創出事業」、「ふるさと雇用再生特別基金事業」、「緊急人材育成支援事業」等の活用)
(環境・エネルギー分野)
・住宅用太陽光発電システム施工の無料講習会の拡充による施工人材の育成及び施工ガイドラインの策定
・企業等における省エネ・CO2排出削減を担う人材の育成
・グリーンワーカー事業の対象拡大(生態系保全や外来種対策を事業対象に追加する等)
(観光分野)
・観光産業の人材ニーズの情報提供
・観光人材の育成(「緊急人材育成支援事業」の活用による教育訓練の実施)
・外客誘致促進等の観光立国の実現に向けた施策展開の加速化

②森林・林業再生の推進
(ア)緊急的な取組みー「森林整備加速化・林業再生事業」の運用改善等
・「森林整備加速化・林業再生事業」の運用改善(人材養成の重視、施業の集約化の推進等)
・集約化施業・路網整備の推進に向けた森林情報の整備・人材育成等や公共建築物等における木材利用の拡大の推進、地域材の地産地消等による地域における雇用創出(「緊急雇用創出事業」、「ふるさと雇用再生特別基金事業」、「緊急人材育成支援事業」の活用) 等

(イ)「森林・林業再生プラン(仮称)」の作成―森林・林業再生に向けた政策の構築
森林・林業の再生に向けた中長期的な政策の方向を明示し、森林・林業を基軸とした雇用の拡大を図るため、「森林・林業再生プラン(仮称)」を、年内を目途に作成し、関連施策を推進する。
関連施策の推進
・建設企業の成長分野展開支援
・住宅リフォーム市場の活性化、木造住宅の振興
・地域のICT利活用促進

<地域社会雇用創造>
○雇用支援分野での「社会的企業」の活用
・新たな雇用の場として、NPOや社会起業家などが参加する「社会的企業」主導の「地域社会雇用創造」を推進する。特に、若者など困難に直面する人々を雇用に結びつける雇用支援分野での活用を目指す(「緊急人材育成支援事業」、「ふるさと雇用再生特別基金事業」及び「緊急雇用創出事業」の活用)。
※社会的企業 ; 社会的課題の解決を目的とした収益事業に取り組むもの。雇用支援分野ではイタリアの社会的協同組合B型やイギリスのグラウンドワークなどがある。
・NPO法人等の社会的企業が保育所との連携の下に行う家庭的保育事業の試行的実施(離職者等を雇用して家庭的保育者研修を実施した上で利用者との契約により自宅で乳幼児を保育、安心こども基金を活用して実施)

いっぱい美しい文字が並んでいる割に、そこで働く人々にどれだけお金が行くのかよく分からないという進歩派と財務省の連立政権という性格をよく示す政策文書ですね。

この点については自治労の黒川滋さんの批評が的確。

http://kurokawashigeru.air-nifty.com/blog/2009/10/1021-7642.html(結局政治家の考える雇用対策なんて)

最後の「対策の推進体制」のところが、またもや連合の強い主張による政労使三者構成原則を繰り返し強調しています。

(1)対策の推進体制
○緊急雇用対策の推進にあたっては、労働界・産業界をはじめとする国民各層との対話を積極的に進めるとともに、地域において関係者が一体となって取り組めるよう十分配慮する。

①「雇用戦略対話(仮称)」の設置
○「緊急雇用対策」を推進する観点から、雇用戦略に関する重要事項について、内閣総理大臣の主導の下で、労働界・産業界をはじめ各界のリーダーや有識者が参加し、意見交換と合意形成を図ることを目的として設置する。

②「地域雇用戦略会議(仮称)」の設置
○地域における緊急雇用対策の推進母体として、関係自治体、関係機関、労働界、産業界、教育界、NPOなどが参加して設置する(当面、意欲のある地域で先行して設置)。

ここのところは、まさにわたくしも繰り返し強調してきたところですから、大いに賛同したいのですが、問題は経営側の意識です。

今や政府全体で「役人の隠れ蓑」の審議会がほぼことごとく心肺停止状態に陥っている中で、三者構成の労働政策審議会のみが政策決定機構として脈々と動いているわけですが、そこのところの意義、重要性を、経営側諸氏におかれてはしかと認識され、的確なる対応に努めていただきたいと切望するところです。

要するに、あんたらが政策決定機構から排除されていないのは連合がかけずりまわって三者構成原則の重要性を説いてくれたからなんだぞ、ってことですが。

漏れ聞くところによると、この期に及んで、労組の組織率が2割にもならないのに労働者の代表といえるのか云々と審議会の席上のたもうた方がおられるそうですが、ご自分のお立場がどこまでおわかりになっておられるのか、いささか懸念されるところです。

こういうことを言っちゃうから「連合のイデオローグ(謎)」とか言われるんだなあ。

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「ナマケモノになりたくて」さんの短評(予告)

「ナマケモノになりたくて」さんのブログで、ちょびっとコメントされています。

http://lovesloth.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/post-b1e8.html(鼻がダウンしました。)

>濱口先生の本は、あと少しで読み終わる。「そうそう、そうなのよ!」と共感する部分が多くて、今後、わたしには役に立つことが多いだろうと思う。彼は緻密に研究して冷静に意見を述べ、わたしは直観を情緒的にものを言うので、おそらく他者には類似点が分からないだろう。結論が異なることも少なくないのだけど、でも、考える道理がところどころ全く同じになる。新書なので、すぐに読み終わると思っていたのだけど、なかなか症状が安定せず、思っていたよりもゆっくりとつきあっている。たぶん、読み終わったら、感想とかを書くと思う

いやもちろん、緻密に研究してその結果こういうことが分かったみたいにものを言うのですが、実は結論は最初に直感的にあることが結構多いのです。むしろ、それに導かれていろいろ資料を渉猟していると、それを実証するようなブツが発見されるのを待っていたような顔で現れる、ということが。たぶん、同じことはいろんな分野であると思います。

いずれにせよ、読み終えられたら、是非感想をよろしくお願いします。

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ブックマーク代わりに

なんだかんだといろいろ仕事を引き受けてしまうので、マルチタスクに耐えられない貧弱な頭が悲鳴をあげてます。

いまは、年内刊行を目指すOECDの『若者と雇用』報告書の日本編の監訳作業で頭の半分が英語漬けのまま、派遣請負関係の依頼が続けざまに飛び込んできたところへ、集団的労使関係の話も突如吹き上がってきて、うーん、オレの脳みそ、もっとメモリ増やしてくれ!!!という感じ。

それはともかく、お気に入りサイトに「そうだよなあ!」というエントリがいくつか上がったので、いちいち論じませんが、ブックマーク代わりに。

まず本ブログでもよく引用する黒川滋さんの「きょうも歩く」から、

http://kurokawashigeru.air-nifty.com/blog/2009/10/1021-7642.html(結局政治家の考える雇用対策なんて)

>とにかく内容が、念力主義というか、観念的というか、自公政権のまま陳腐で、ため息しか出てこない。緊急雇用対策なら、ちゃんとお金使わないと。介護なら介護報酬を自活できる水準に上げること。グリーンなら、林業、農業従事者の所得問題を解決すること。社会的起業の前に、自治体などが地域で目詰まりしている社会サービスを提供し、そこに臨時・非常勤職員からでいいから雇い入れ、そこに補助金や交付金を払うこと。
公共事業でないかたちで雇用を創るってそういうことではないのか。コンクリートから人へと言うことってそういうことではないのか。

雇用ってなんだろうか、生活にとって働くって何だろうか、雇用がなくなるってどういうことだろうか、もうちょっと考えてもらいたいものだ。一億総豊臣秀吉みたいな社会を求めるのはよろしくない。

次にkechackさんの「Munchener Brucke」から、

http://d.hatena.ne.jp/kechack/20091022/p1年功序列を批判しながら、子育て支援も批判する悪魔

>終身雇用・年功序列を批判しながら、子ども手当てや高校の授業料の無償化をも批判している人たちは、この国をいったいどうしようと考えているのか? 日本人を殺して絶滅させようと考えていると穿ってしまう。

 今後、賃金のフラット化は避けられないであろう。特に熟練度が求められる職業を除き、年功的要素はなくなり、能力や職種による付加価値に応じた賃金になってゆくのは避けられない。連合なども同一賃金同一労働を基本とするとしているが、これを認めることは同じ仕事をしていれば年齢に関係なく同一賃金となることを認めることでもある。

 そのような環境でも我々が生きていけるようにするには、子育てに関する社会コストの低減は絶対条件である。私は年功序列賃金を批判するのは許されるが、子育てに関して社会コストを低減させるあらゆる施策を社会主義だと批判する人たちは相当質悪だと考える。

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「目障りな負け犬はとっとと失せろ」でいいのか?

いうまでもなく、ステークホルダー民主主義を称する以上、わたくしも全面的にkihamuさんに同意します。

http://d.hatena.ne.jp/kihamu/20091020/p1(政治的敗者は政策過程から退出すべきか――山口二郎論説に寄せて)

>>政権交代によって一つの政策主張が退けられたら、それを支えてきた学者、専門家も敗北したことを認めるべきである。言論に携わる者は、自らの主張が人々に受け入られらない場合、すべからく「時に利あらず」という感覚を持たなければならない。

>敗北を認めることと、退出すべきか否かは、全く異なる問題である。むしろ、国民代表の職責において与党と何ら変わることの無い野党議員が、与党の政策には十分反映されていない部分の国民の意思や利害を議会に持ち込むという重大な任務を持つのと同様に、学識者も退出などすべきではない。

山口の議論が発している最大のメッセージは、要するに「目障りな負け犬はとっとと失せろ」ということであり、同論説は「勝者」(を自認する者)のおごりを堂々と打ち出した文書となっている。

山口二郎氏の議論はまさにウィナー・テイク・オールの勝者独裁論に見えます。まさにそれを実践したのが(今回の民主党のように)300議席という圧倒的な国民の支持を得た小泉政権であり、そのもとで異論を無視して改革を断行してきたわけですから、山口氏はそれを(少なくとも政治学的には)褒め称えるべきであったように思われます。

逆に山口氏の論では、小泉政権が300議席獲得した以上、労働者の権利などという寝言をほざく愚かな研究者は「時に利あらず」とあきらめ、すべからく退出して沈黙を守るべきであったことになりますが、それはいかがなものでしょうかね。

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真正リバタリアン氏の拙著書評つづき

昨日は連合北海道主催の講演会(「非正規労働と産業民主主義」という題で)のため札幌に飛び、一泊して今日は羽田から大手町に直行して日本経団連に向かい、労働法制委員会企画部会の皆様の前でEUの有期労働法制と日本の話をしてきました。

http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20090925日記

>ほほぉ。これはなんとか都合をつけて行かねばなりますまい。

というわけで、居並ぶ有名企業の人事担当者の中にひときわ巨大な労務屋さんの姿が・・・。

質疑の時間になって、座長から労務屋さんに水を向けられ、おもむろに労務屋さんが述べられた中身については、そのうち「吐息の日々」で語られるかも知れません。

閑話休題。その間に、真正リバタリアン氏が拙著を読み終えて、新たなエントリを書かれていました。

http://libertarian.seesaa.net/article/130869374.html(Contract,Membership,Private property)

まずやや些細なことですが、真正リバタリアン氏の勘違いについて。

拙著の序章をお読みいただければ判るように、日本の民法(明治時代に作られた)は西欧風の考え方でできていますから、雇用契約をメンバーシップなどとは全く捉えていません。

法制上は今でも、日本の労働者はたとえ正社員と世間的に呼ばれていても、会社のメンバーではありません。会社のメンバー(社員)は会社への出資者のみであり、株式会社であれば株主のみです。

ところがその法制上はメンバーでない「正社員」という名の労働者が社会慣習法上は会社のメンバーになっているというのが話の出発点で、拙著ではそういうしちめんどくさい話は省略していますが、岩波から出る『自由への問い』での拙論ではそのあたりについても論じています。

ですから、

>このような日本の雇用契約は、法律的に民法623条で定義されていて、単なる慣行ではない。

というのは単純に勘違いだと思います。日本の民法の規定ぶりは西欧諸国とほぼ同じで、(個々の具体的な)労務提供と(それに対応する)報酬支払いの交換契約という以上の意味は含まれていません。

より実質的なのはプロパティ・ライトに関する議論でしょう。ここは本当はもっときっちりと議論した方がいいのですが、とりあえずごく簡単に言うと、私はジョブ型契約もメンバーシップ型契約も、どちらもプロパティ・ライトのあり得る類型の一つと捉えることができると思っています。

ジョブ型の場合、特定の職種の特定の技能が社会的に承認された資格という形でプロパティ・ライトとなり、それがたまたまある会社との雇用契約によって現実化されて一定の報酬に帰結するわけですが、労働者が保有しているプロパティ・ライトはあくまでも彼の職種技能であるわけです。

それに対してメンバーシップ型の場合、ある会社の「社員権」としてプロパティ・ライトが存在し、それがたまたまある職務に従事することで現実化されて一定の報酬に帰結するわけです。

どちらも社会的に構成された観念的財産権としてのプロパティ・ライトであるという意味では同じレベルのものであると思います。この辺をより社会学風に社会的構築理論とかなんとかと論じることもできるはずですが、昨日からの疲れがまだ残っていることもあり、ここら辺で。

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真正リバタリアン氏の拙著書評(の予告?)

本ブログでも何回か取り上げた真正リバタリアン氏が拙著に対してコメントをされています。

http://libertarian.seesaa.net/article/130796525.html(Contract of membership)

>今、バタリアンことhamachanの著書「新しい労働社会」を読んでいる。
そもそも
バタリアン(=Labourtarian)であるhamachanが何を言っているのか知らないのでちょっと興味があったわけだ。もとより私は労働法そのものにはあまり興味がないが、労働問題は少し関心を持っている。

この本は、日本型雇用システムにおける雇用とは、職務ではなくメンバーシップであるという観点から、今の労働法制の問題点をオーバービューしている本である。

ざっと2章まで読んだので約半分ほど読んだわけだが、法律に素養がある(*)バタリアンの本だけあって、労働法の実態を知る上でなかなかためになる本であるようだ。

真正リバタリアン氏の言うところの「サイバーなんちゃってリバタリアン」こと池田信夫氏とは違って、出版元と現在の所属先と出身組織に対する悪罵などには関心はなく、もっぱら中身(労働問題)に対する関心から読まれたようで、さすが真正リバタリアン氏というところです。

もっとも、「労働者の権利」という発想には我慢がならないようで、

>だから労働問題は何を目的として何を解決しようとするものかははっきりとしておいたほうがいい。

>しかし明らかに問題とならないのは、労働者の権利を目的とする考えだ。ここでいう労働者の権利とはなにがしかの憲法上の理念を実現する手段として制定された法律の文言にすぎない。それは手段にすぎないから、目的とすべき神聖ななにかではありえない。むしろ特権は権利の平等の原則に反しているといえる。

私が考えるのは、経済発展や労働者の権利をこの問題の本質とするのは間違いで、この問題においても”自由”に焦点をあてるべきだということだ。これが、レバタリアンともサイバーなんちゃってリバタリアンとも違う点なのである。

と持論を述べ立てられています。

まあ、そこは根本思想の違いですかね。わたくしの場合、労働者の権利のためと思いこんで作った法制度がかえって労働者の権利拡大のためにならないというメカニズムを説明する上で経済学的理屈立てはかなり役立つものがあると思っていますし、別段「法律が先か経済が先かという議論」に意味があるとも思っていませんが(法律制度も所詮手段にすぎない)、「労働者の権利」に意味がなくて「自由」が目的だというのも、現実レベルで何ほどの違いがあるのかを考えればほとんどナンセンスに等しいきわめて観念的な言辞のように思われます。

いずれにしても、

>最後まで読んだら、またこの問題について少し書いてみるかもしれない。

ということなので、期待して待ちたいと思います。

(参考)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/post-8b44.html(真正リバタリアン氏と私との唯一の大きな違い)

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2009ディーセントワーク講演会

ということで、明日15時から、連合北海道の主催するディーセントワーク講演会で、わたくしが「非正規労働と産業民主主義」という講演をいたします。場所は北海道自治労会館です。

http://www.jichiro-hokkaido.gr.jp/data/091015tirasi1.pdf

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相対的貧困率

本日、厚生労働省がOECD方式による相対的貧困率を発表しました。

http://www.mhlw.go.jp/houdou/2009/10/h1020-3.html

厚生労働大臣のご指示により、OECDが発表しているものと同様の計算方法で、我が国の相対的貧困率及び子どもの相対的貧困率を算出しました。

最新の相対的貧困率は、2007年の調査で15.7%、子どもの相対的貧困率は14.2%。

資料はこちらです。3ページだけですが。

http://www.mhlw.go.jp/houdou/2009/10/dl/h1020-3a.pdf

とりあえず、貧困率という出発点に来たわけですが、ここからむしろ社会的排除の指標という話が始まるわけで、そこのところを理解していただく必要があるわけです。

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権丈節ノンストップ

というわけで(どういうわけ?)、昨晩は両権丈先生、すなわち善一先生と英子先生ご夫妻を囲んで、談論風発痛飲の一晩を過ごさせていただきました。

最近「元気がないわけではなく、本来の脱力系にもどっただけ」とうそぶいておられる先生ですが、何を何を、昨晩は手当たり次第並み居る経済学者(や経済学者みたいなもの)、政治学者、もろもろのマスコミ、もろもろの政党のもろもろの政治家たち、さらには神聖にして侵すべからざる国民様に至るまで、ばっさばっさとなで切り状態でありました。権丈節はもう止まらない・・・。

そこで挙げられた具体的な固有名詞等につきましては、もろもろの諸事情等も勘案し、ここで明らかにすることは致しませんが、とにかく、こんなに楽しい饗宴はなかなかないというくらいの一晩でございました。

実を申しますと、わたくしは、善一先生とお会いするのは昨晩が初めてだったのですね。ネット上でご覧の方には信じがたいかも知れませんが、今までお会いする機会がなかったのです。英子先生とは先日友愛会館でお会いしていたのですが。

15980 さらに、先生直々に、最近出された『年金改革と積極的社会保障政策 再分配の政治経済学Ⅱ[第2版]』をいただきました。ありがとうございます。

http://www.keio-up.co.jp/np/detail_contents.do?goods_id=1666

第2版には、初版以後の舌鋒鋭い「勿凝学問」がいくつも収録されています。

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厚生労働省3分割再び

今朝の日経に仙谷行政刷新相の厚労省3分割案が載ってましたが、

http://www.nikkei.co.jp/news/main/20091019AT3S1800W18102009.html

>仙谷由人行政刷新担当相は18日、厚生労働省について、文部科学省と併せて「子ども家庭省」「教育雇用省」「社会保険省」に3分割する再編案を検討する考えを明らかにした。実施時期は明言しなかった。民主党は衆院選マニフェスト(政権公約)に省庁再編を明記していたが、具体像は示していなかった。

 行刷相は同日のテレビ朝日番組で、厚労省について「こんなに範囲が広く日常的に問題が起こる役所はない。事業数も多すぎる」と指摘した。

平野官房長官は火消しに回っているようです。

http://www.nikkei.co.jp/news/seiji/20091019AT3S1900U19102009.html

>平野博文官房長官は19日午前の記者会見で、仙谷由人行政刷新担当相が18日に明らかにした厚生労働省の再編案について「行刷相の思いを述べられており、政府としてそうあるべき考え方に今あるかというとそうではない。分割という考えは現時点で持っていない」と述べた。

舛添前大臣や渡邉恒雄氏の議論にしても、大臣のキャパ問題と業務自体の仕分け問題がややごっちゃになっているきらいがありましたが、大きくいえば、業界と官庁が一対一対応する形で業所管官庁ベースで作られたこれまでの省庁編成を、子どもから老人までヒトとサービス所管官庁ベースに再編するという発想があってもいいように思います。厚労大臣がこれだけ忙しくなったこと自体、行政の機能が業界支援から生活支援にシフトしてきていることをあらわしているわけですし。

新政権も業界を通じてではなく直接国民に給付するというのだから、その方が筋が通るでしょう。単に厚労省と文科省を再編するというだけでなく、諸々の業所管官庁が今のままでいいのかという議論もこの際やってみたらいいのではないでしょうか。

具体論としてはいささか生煮えの感はありますが、仙谷大臣の提起は検討される必要があると思います。

(参考)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/09/post_44c7.html(厚労省3分割必要?)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/05/post-1bb5.html(厚生労働省分割!)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/05/post-51e3.html(厚労省を分割すべき正当な理由)

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本日の読売社説

本日の読売社説が「連合新体制 労使協調で課題に対処せよ」と述べています。

http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20091018-OYT1T00982.htm

別にいわれなくてもそうしてますが、むしろ興味深いのは、

>政府に同調するだけの労働団体では、存在意義がない。労働現場の声を吸い上げ、批判すべきは厳しく批判する姿勢が不可欠だ。

これは、マニフェストに書いてあることでも、労使協調で反対せよという趣旨なんでしょうね。

また、本ブログでの議論と深く関わるのは、

>連合は先月、労働政策を検討する際は労使の代表が参加する審議会での議論を踏まえるよう鳩山首相に要請した。労使協調路線に変更はないとの表明でもある。

 最低賃金のように、「審議会の意見を聴いて決定」することと法律で明記しているものもある。

 企業の労使に直接かかわるテーマについては、政府もこのルールを尊重し、労使の理解を得つつ進める必要があるだろう。

これは三者構成の審議会だからこそなのであって、そうじゃない「隠れ蓑」審議会と一緒にしないでね、ということについては、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/post-6f2d.html(政府の審議会、「休眠」相次ぐ 「政治主導」で金縛り ただし労働関係は別よ)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/post-9a03.html(だから、三者構成審議会とただの審議会は違うんだって)

ただ、これを労働政策審議会が三者構成だから結構というだけにはならないのは、経済財政諮問会議が廃止される一方で国家戦略局(今は「室」)が雇用政策を担うということになりそうな雲行きだからで、もちろん、雇用政策が厚生労働大臣のキャパシティその他の理由から国家戦略担当大臣の方に行くこと自体は政治的判断ですが、それならそれで、国家戦略局方面にもちゃんと三者構成原則が貫かれないと、またぞろ経済財政諮問会議や規制改革会議の二の舞ということになりかねません。

ここは大事なところだと思います。

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「労働基準広報」での権丈英子×渥美由喜対談

Purch_mag_labstand_pho 『労働基準広報』という雑誌は、ほとんど人事労務屋さんしか読まないような雑誌ですが、そのサークル内だけにとどめておくにはちょっともったいないような記事も時々載ります。

9月1日号から4回にわたって連載された「働き方未来図」という対談は、権丈英子先生に渥美由喜さんがいろいろと聞くという企画で、図書館か人事部かで目を通しておかれるといいと思います。

第1回目は「派遣会社はもっと職業訓練に取り組み正社員はさらなる業務改善を進めるべき」と題して、まずEUのフレクシキュリティの説明から入り、「日本はもっとセキュリティを高めるべき」と述べ、派遣会社の役割としての職業訓練に及びます。渥美さんの「ヒラメ社員タイプの管理職による業務のムダ」なんて話もあります。

第2回目は「女性の世代間の不公平感をなくしイキイキ社員を適正に評価すべき」と題して、渥美さんの「バリバリ社員」「イキイキ社員」「ダラダラ社員」「ヌクヌク社員」の4類型とか「偽装バリバリ」とか、このへんは全開ですね。

第3回目は「共働きを前提とする社会への移行が世帯収入を確保するための条件に」と題して、オランダモデルから生活残業せずにコンスタントに働ける環境をと訴えて、第4回目の「明るい未来には強いリーダーが必要長期的視野を持った雇用・労働政策を」とつながり、最後近くで、権丈先生が

>男性が「所得を得る責任」を一手に背負い長時間労働になってしまう問題を解決しながら、同時に、働きたいと希望していてもその機会を持てないでいる人々がその能力を活用できる社会にしていくべきです。

>制度は、特定のグループだけをターゲットにするのではなく、できるだけ多くの人がベネフィットを得ることができる普遍的なものになるように工夫すべきです。

等と述べておられます。

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山田久さんの短評@『東洋経済』経済書Best20

http://d.hatena.ne.jp/tanakahidetomi/20091014#p3

>なんかhamachanこと濱口桂一郎氏が「わたしは経済学者でもエコノミストでもない」のに総点検の対象にされていると書いている。

その後、ある方から、『東洋経済』もお前の本を経済書に入れているぞ、と指摘され、あわてて9月26日号を確認してみると、確かに「2009年上期経済書Best20」の中に入っていましたな。

第16位ということで、山田久さんが次のような短評を書かれています。

>我が国雇用のあり方の特徴・限界を、歴史的及びEUとの比較の視点から浮き彫りにし、今後の方向性を示す。名ばかり管理職、派遣規制見直しなどのホットなテーマも取り上げ、短絡的・表層的ではない、冷静で本質的な議論を展開している。

拙著の趣旨を的確に捉えていただき、ありがとうございます。

しかし、自分の本が経済書だとは思ってなかったので、チェックしてませんでした。うかつでしたな。

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コールセンターのスーパーバイザーの「養壷」さんの拙著書評

コールセンターのスーパーバイザーの「養壷」さんが拙著を詳しく書評されています。

http://yanghu.blog23.fc2.com/blog-entry-78.html現在の労働社会を理解できて、途方に暮れる 『新しい労働社会』

>本書では、そんな僕のようなビギナーへ、現在の労働社会がどのように形作られたのか、その問題点、その解決策を説明してくれる。初めて読むにはちょっと難しく感じたのだけれど、とてもわかりやすい素敵な本だった。

・・・
しかし、その知識を学んでも、僕の悩みを解消させてはくれなかった
「直接的な糸口とはならない」という意味において。

>「現代の労働社会を知る」という目的においては、本書はとても素敵な本だった(僕は他の本を読み比べているわけではないけれど)。バイアスのない淡々とした事実の描写は今回の目的に沿っているし、僕のような無知な学習者にとっても大切な本だ。

***

当初の目的は間違いなく達成された。
労働社会の今を知り、どのような解決策があるのかのヒントも得られた。


しかし、僕の悩みを取り除くことにはならなかった

>まったく、社会というものはなんて複雑なんだろう。
勉強することで理解は深まるけれど、解決はどんどん遠く離れていくような感じだ

わたくしには人の悩みを取り除くなんてことはできませんし、できるというつもりもありません。

でも、何事も理解するところから始まるのだと思うのです。悩み解消の糸口にはならなくても、理解することの糸口になれば、それがやがて問題解決につながる可能性もあるのだと思います。

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日本労働法学会第118回大会

本日、専修大学で標記大会が開催され、わたくしも出席してきました。前回の神戸大会が幻となったため、実質的には1年ぶりの大会です。

http://wwwsoc.nii.ac.jp/jlla/contents-taikai/118taikai.html

早朝からの個別報告は

◦第一会場
■8:30~9:15
テーマ:ニュージーランドにおける解雇法制の展開
報告者:田中 達也(岩手女子高校)
司会 :川田 琢之(筑波大学)
■9:20~10:05
テーマ:精神障害者に対する雇用保障-アメリカ法における『合理的配慮義務』の考察を中心に-
報告者:所 浩代(北海道大学院)
司会 :道幸 哲也(北海道大学)

を聞き、そののち、

大シンポジウム(10:10~12:10 第1~第3報告)
◦統一テーマ「労働契約法の意義と課題」
司会:
西谷 敏(近畿大学)、 和田 肇(名古屋大学)
報告内容:
土田 道夫(同志社大学) 「労働契約法の意義と課題-合意原則を中心に-」
唐津 博(南山大学) 「労働条件の決定・変更の法システムと労働契約法-労働契約法における契約法理(合意原則)と就業規則法理の相克-」
石田 信平(駿河台大学) 「労働契約法の解釈をめぐる諸問題-労働契約の成立・終了および基本的な権利・義務関係について-」
山本 敬三(京都大学) 「民法の現代化と労働契約法」
大内 伸哉(神戸大学) 「総括コメント」

これは質疑がいっぱい出て面白いシンポジウムでした。わたくしも1件質問をしましたが、最後に司会の西谷先生のまとめで言及していただきうれしく感じました。

懇親会ではいろいろな方々から、拙著にお褒めの言葉をいただき、大変恐縮いたしました。ありがとうございます。

あ、そうだ、上の大シンポには民法の内田貴先生も会場にいらしていて、コメントをされていました。今は法務省で民法改正に専従されておられるのですね。

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松尾智晶さんの拙著短評

松尾智晶さんのブログで拙著『新しい労働社会』へのこんな短評をいただきました。

http://chiakimatsuo.blog.so-net.ne.jp/2009-10-17

>この本を読んでいると、下線で真っ赤になってしまいました。それくらい示唆に富む良書。
労働法制と社会制度の整備を、昔の状況ではなく現状に即した内容に、すぐ転換しなければ!と、
キャリア教育に携わる方なら、きっと焦燥感にかられる一冊です。

ありがとうございます。

縦書きの本なので、正確には「下線」じゃなくて「右線」ですけど、真っ赤に線を引きながら読んでいただけるというのは著者冥利に尽きます。

>個人はひとりで生きているのではない。組織や社会、法律に網羅された日々を生きている。

そこのところを発展させると、雇用関係が使用者と労働者の二人だけで成り立っているのではなくて、さまざまな社会的制度の上に成り立っているのだ、という話につながっていきます。

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国際貧困撲滅デー

本日10月17日は何の日でしょうか。

わたくし濱口桂一郎の誕生日などというのはどうでもいいことですが、世界的には国際貧困撲滅デーということになっております。

欧州委員会の労働社会政策担当のシュピドラ委員(=EUの厚労相)のメッセージがアップされているので、ご紹介。

http://ec.europa.eu/social/main.jsp?langId=en&catId=89&newsId=615&furtherNews=yes

>Ahead of the International Day for the Eradication of Poverty on 17 October, I would like to reiterate the European Commission's commitment to tackling poverty and social exclusion across the European Union and beyond.

We have the good fortune to live in one of the world's most prosperous regions, yet poverty remains a daily reality for nearly 80 million Europeans. Our social protection systems have helped mitigate the worst social impacts of the current recession, but it is often the vulnerable who are hit hardest in situations of crisis: aside from job losses, many face difficulties meeting financial commitments, having decent housing and accessing credit.

我々は幸いにも世界でもっとも豊かな地域に住んでいるが、貧困はなお8千万人にとって日々の現実である。我らの社会保障制度は今時不況の影響を緩和するのに役立ったが、危機に最も打撃を受けたのは弱い立場の人々だ。失業はいうまでもなく、多くの人々が住宅や金融で困難に直面している。

In the short term, it is vital to prevent a vicious circle of long-term unemployment leading to social exclusion. At the same time, we must continue to make our social models sustainable in the long term so that future generations can benefit from them too. Solidarity is a fundamental value of the EU with all members of society sharing the benefits in times of prosperity and the burden in times of difficulty.

短期的には長期失業が社会的排除につながる悪循環を防ぐことが重要だ。同時に、将来世代のために我らの社会モデルが長期的に持続可能であり続けられるようにしなければならない。社会の全メンバーが繁栄の時期には利益を共に享受し困難の時期には負担を共に分かち合うという連帯がEUの基本的価値である。

We need to work together at all levels to promote 'active inclusion' through integrated policies that combine and balance measures aimed at inclusive labour markets, access to quality services and adequate minimum income. This is the focus of our 8 th annual Roundtable on poverty and social exclusion, taking place in Stockholm today and tomorrow. The event, jointly organised with the Swedish EU Presidency, brings together national and European decision-makers, NGOs, trade unions and those experiencing poverty. It brings an opportunity to exchange solutions among the 27 member states and learn from one another's experiences in fighting poverty.

統合的な労働市場、上質の社会サービスへのアクセス、十分な最低所得保障を結合した「活力あるインクルージョン」めざして、本日ストックホルムで政府、NGO、労働組合、貧困を経験している人々を集めて、貧困と社会的排除に関する円卓会議が開かれる。

In three months from now, the EU will launch the 2010 European Year against poverty and social exclusion. This year-long campaign will better acknowledge the right of people living in poverty to play a full part in society and reinforce partnerships between actors working to fight poverty and social exclusion. The general goal is to generate new impetus in the struggle against poverty and social exclusion in order to build together a society for all.

あと3ヶ月で、EUは2010年欧州貧困と社会的排除と戦う年を開始する。この年間キャンペーンは貧困にある人々が社会で十分に役割を果たす権利を知らしめることにある。

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米ジョージア州港湾局極東代表部現地職員解雇事件最高裁判決

昨日(10月16日)に出された、労働国際私法という分野にとってきわめて重要な判決。

http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20091016114317.pdf

ジョージア州港湾局の極東代表部に雇われていた労働者がクビになって、解雇無効、雇用上の地位確認および解雇後の賃金支払いを求めた事案です。

原審は、

>(1) 本件雇用関係は,私人間の雇用関係と特段異なるとは認められない私法的ないし業務管理的な性質のものである。しかし,外国国家は,その私法的ないし業務管理的な行為であっても,我が国による民事裁判権の行使が当該外国国家の主権を侵害するおそれがあるなど特段の事情があれば,我が国の民事裁判権から免除されると解される。被上告人は,米国の州であるが,その独立性や権能において国家に比肩し得る地位を有しているから,民事裁判権免除の享有主体となり得る。

(2) 国及びその財産の裁判権からの免除に関する国際連合条約(まだ発効していないが,我が国は署名している。以下「免除条約」という。)のうち雇用契約について定めた11条の規定に関する議論をみると,個人と外国国家との雇用契約から生ずる訴訟については一般的には裁判権免除の対象とならないが,被用者の「採用,雇用の更新,復職」が訴訟の主題となる場合は,国家の主権的権能にかかわるものとして裁判権免除の対象となるとの立場がほぼ一貫して採用され,同条2(c)にその旨が明記されたことが認められ,上記の見解が国際慣習としてほぼ定着しているか,少なくとも国際連合加盟国の間で共通の認識になっていると解するのが相当である。被解雇者が雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認し,使用者に対し解雇後の賃金の支払を命ずるという我が国の法制下での解雇に対する救済も,上記の復職に当たると解するほかない。

加えて,本件解雇は,州港湾局の我が国における事務所の閉鎖に伴う解雇であり,その効力を判断するためには解雇の正当事由の有無が主要な審理の対象となる。この審理においては,上記事務所を閉鎖する必要性,更には被上告人が採用する外国における産業振興等の事業政策やその財政状況等を明らかにしなければならないが,これらは外国国家の主権的権能にかかわることであり,上告人の請求を認容することは,我が国の裁判所が外国国家の主権的権能にかかわる裁量権に介入することにほかならず,その主権を侵害するおそれがある。

以上によれば,上告人が被上告人に対し雇用契約上の権利を有する地位にあるか否かを訴訟の主題としている本件においては,我が国の裁判所の訴訟判断によって主権的権能を不当に干渉されないという被上告人の利益の保護が優先されるべきであるから,上記(1)にいう特段の事情が認められ,被上告人は我が国の民事裁判権からの免除を主張し得る。

と述べて、訴えを却下したのですが、最高裁はこれをひっくり返し、高裁に差し戻しました。

>(1) 外国国家は,その主権的行為については,我が国の民事裁判権から免除され得るところ,被上告人は,連邦国家である米国の州であって,主権的な権能を行使する権限を有するということができるから,外国国家と同様に,その主権的行為については我が国の民事裁判権から免除され得る。しかし,その私法的ないし業務管理的な行為については,我が国による民事裁判権の行使がその主権的な権能を侵害するおそれがあるなど特段の事情がない限り,我が国の民事裁判権から免除されないと解するのが相当である(最高裁平成15年(受)第1231号同18年7月21日第二小法廷判決・民集60巻6号2542頁参照)。

(2) 前記事実関係によれば,上告人は,極東代表部の代表者との間で口頭でのやり取りのみに基づき現地職員として被上告人に雇用されたものであり,勤務を継続することにより州港湾局の企業年金の受給資格を得ることが可能であるのみでなく,極東代表部には我が国の厚生年金保険,健康保険,雇用保険及び労働者災害補償保険が適用されていたというのであるから,本件雇用関係は,被上告人の公権力的な公務員法制の対象ではなく,私法的な契約関係に当たると認めるのが相当である。極東代表部の業務内容も,我が国において被上告人の港湾施設を宣伝し,その利用の促進を図ることであって,被上告人による主権的な権能の行使と関係するものとはいえない。以上の事情を総合的に考慮すると,本件雇用関係は,私人間の雇用契約と異なる性質を持つものということはできず,私法的ないし業務管理的なものというべきである。

そして,本件解雇は,極東代表部を財政上の理由により閉鎖することに伴い,上記のような雇用契約上の地位にあった上告人を解雇するというものであり,私人間の雇用契約における経済的な理由による解雇と異なるところはなく,私法的ないし業務管理的な行為に当たるものというほかはない。

(3) 原審は,免除条約のうち雇用契約に関する11条の規定についての議論の過程では,個人と外国国家との雇用契約から生ずる訴訟については一般的には裁判権免除の対象とならないが,被用者の「採用,雇用の更新,復職」が訴訟の主題となる場合は,裁判権免除の対象となるとの立場がほぼ一貫して採用されてきており,国際慣習としてほぼ定着しているか,少なくとも国際連合加盟各国で共通の認識となっているものと解するのが相当であるとした上,上告人が雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認及び解雇後の賃金の支払を求める本件請求も,同条2(c)の「復職」を主題とする訴訟に当たると解するほかはないと判示する。しかしながら,免除条約が平成16年12月に国際連合総会において採択されるまでに各国代表者の間で行われた議論においては,労働者が使用者である外国国家に対して金銭的救済を求めた場合に,外国国家は原則として裁判権から免除されないことが共通の認識となっていたところである(当裁判所に顕著な事実であり,その後成立した外国等に対する我が国の民事裁判権に関する法律9条1項,2項3号,4号もこのことを前提としている。)。原審の指摘する免除条約11条2(c)は,雇用関係を開始する場合に関する規定であり,そこにいう「裁判手続の対象となる事項が個人の復職に係るものである」とは,文字どおり個人をその職務に復帰させることに関するものであって,現実の就労を法的に強制するものではない上告人の本件請求をこれに当たるものとみることはできない。解雇が無効であることを理由に,雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認及び解雇後の賃金の支払を求める本件請求は,同条2(d)にいう「裁判手続の対象となる事項が個人の解雇又は雇用契約の終了に係るもの」に当たると解すべきであり,この場合は,「雇用主である国の元首,政府の長」等が,「当該裁判手続が当該国の安全保障上の利益を害し得るものであると認める場合」に限り裁判権の免除が認められているところである。

さらに,原審は,本件解雇の「正当事由」の有無について判断するため州港湾局の事務所閉鎖の必要性や被上告人の事業政策,財政状況等について審理することは主権の侵害に当たると判示するが,免除条約においては,上記のとおり,解雇の場合は,政府の長等によって安全保障上の利益を害するおそれがあるものとされた場合に限って免除の対象とされるなど,裁判権免除を認めるに当たり厳格な要件が求められていることに徴しても,原審の指摘するような事情が主権を侵害する事由に当たるものとは認められない。

(4) 前記のとおり,本件解雇は私法的ないし業務管理的な行為に当たるところ,原審が指摘するところは,我が国が民事裁判権を行使することが被上告人による主権的な権能の行使を侵害するおそれがある特段の事情とはいえないから,被上告人が我が国の民事裁判権から免除されるとした原審の前記判断は,外国国家に対する民事裁判権免除に関する判断を誤った違法なものといわざるを得ない。

ジョージア州政府に雇われていても日本の労働法に基づく雇用契約なんだから、それに従えというのは大変まっとうな判断だと思います。

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政府委員会、労働基本権付与の素案報告

いまのところ産経だけが報じているようですが、

http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/091016/plc0910162115021-n1.htm

>政府の「労使関係制度検討委員会」のワーキンググループは16日、国家公務員給与をめぐる検討状況(素案)を同委員会に報告した。国家公務員に労働基本権の一部である団体協約締結権を付与して中央、各府省、地方の3段階で労使交渉を進める-との内容で、年内に報告書をまとめる。

 素案では、交渉方法について(1)国家公務員全体の勤務条件を扱う中央交渉(2)各府省ごとに勤務条件を協議する府省交渉(3)地方の出先機関単位で決める地方交渉-に分類。人事院勧告制度廃止を求める意見があったことも明記した。

この労使関係制度検討委員会の動向は本ブログでも何回か取り上げてきたところですが、一段階動いたようです。

いまのところ、国家公務員制度改革推進本部労使関係制度検討委員会の開催状況のところにも、

http://www.gyoukaku.go.jp/koumuin/kentou/kaisai.html

ワーキンググループのところにも、

http://www.gyoukaku.go.jp/koumuin/kentou/working/index.html

16日の会議の資料等はアップされていないようですが、まあじきにアップされるでしょう。

この委員会が検討しているのは国家公務員だけですが、いうまでもなく地方公務員の労働基本権もこれに連動して動くことになるはずですから、全国の都道府県市町村の職員の労働条件決定システムが大きく変わっていくことになるわけです。

ちなみに、新政権の仙谷大臣は、すでにILOの中の人に対して実施すると言明しています。連合のHPから、

http://www.jtuc-rengo.or.jp/news/rengonews/2009/20091007_1254877175.html

>連合の定期大会に出席するために来日中のILO(国際労働機関)結社の自由委員会のウルフ・エドストローム労働側スポークスパーソンが、10月6日午後、仙谷由人行政刷新担当大臣と会談した(連合:山本副事務局長、生澤総合国際局長、公務労協:吉澤事務局長同席)。

 この会談の中で仙谷大臣は、新政府が民主党のマニフェストに沿って公務員の労働基本権を回復することを言明。その時期については、行政刷新会議の立ち上げを軌道にのせた後「切れ目無く着手し、年明けから本格的にこの問題を動かして実行に移していく」と述べた。

 公務員の労働基本権の制約がILO条約違反と指摘されている問題で、ILO結社の自由委員会は、日本政府に是正の勧告を出している。エドストローム氏が「大臣のご発言を心強く受け止めた。できるだけ速やかに、(基本権を回復するという)新しい政府の方針を結社の自由委員会に報告頂きたい」と要請すると、大臣は、「(報告の時期と内容について)各省庁と調整しながら考えたい」と応じた。さらに、「40年以上にわたりグローバルスタンダードから外れ続けてきたという引け目を感じている。是非この遅れを取り戻したい」と発言した。


(参考)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/01/post_2bfb.html(公務員の労働基本権)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_2bfb.html(公務員の労働基本権)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/10/post_df5a.html(公務員に「労働協約権」付与)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/post_8093.html(国家公務員制度改革基本法案の修正)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/post-930d.html(民営化・外部委託と労働基本権)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/post-4a78.html(人事院総裁が拒否するのは当然)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/post-75b7.html(給与改定は人勧を受け労使交渉で決める仕組みに)

わたくしは、この問題については

>公務員に労働協約締結権が認められれば、人事院などという組織が独立の機関として存在する根拠は消滅します。

>人事院勧告以外の残りの人事院の機能は、独立機関である必要はありませんから、内閣人事局という使用者たる政府の機関に移管して全然問題はありません。

>労働協約締結権を認めるなら人事院勧告は要らないのだし、人事院勧告を残すのであれば労働協約締結権を認めることにはならないのであって、どっちを取るか二つに一つだと思うのですがね。

と至極単純に考えています。

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大学院生の労働者性と安全配慮義務

さきほど朝日にアップされた記事ですが、

http://www.asahi.com/national/update/1016/OSK200910160088.html

院生の交通事故死は過労原因 鳥取大に2千万円賠償命令

>鳥取大付属病院(鳥取県米子市)で医療行為にあたっていた鳥取大大学院生が交通事故で死亡したのは病院での過重労働が原因として、両親が約1億5千万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が16日、鳥取地裁であった。朝日貴浩裁判長は事故と過労の因果関係を認め、安全配慮義務違反があったとして鳥取大に約2千万円の支払いを命じた。

 亡くなったのは前田伴幸さん(当時33)。判決によると、前田さんは99年に医学部の大学院に入り、授業の一環として付属病院での医療業務に無給で従事。03年3月、徹夜の手術後、乗用車でアルバイト先に向かう途中、トラックと正面衝突し死亡した。直前1カ月間に約200時間の時間外労働をしていた。

 大学は「雇用関係がなく、安全配慮義務はない」と争ったが、判決は「病院で業務しており、義務が生じるのは明らか」と判断。事故原因は「睡眠不足と過労による居眠り運転」と認定したうえで、「病院業務やアルバイトは前田さんの意思に基づくもの」として賠償額を算定した。

 原告側代理人の松丸正弁護士は「大学院生や研修医らの過酷な労働環境に歯止めをかける判決だ」と評価した。文部科学省は08年、各地の大学に通知を出し、医療行為にあたる大学院生とは雇用契約を結ぶよう求めている。(倉富竜太)

もちろんいま判決文はないので、この記事から判る範囲だけで確認しておきます。

大学院生が授業の一環として無給で従事していた医療業務について、安全配慮義務を肯定したということですね。労働者性を認めたという趣旨では必ずしもなさそうですが、少なくとも「雇用関係がないから安全配慮義務もない」という大学側の言い分は明確に否定したと言うことですね。

大学院生といっても学部によってさまざまであって一概には言えないのが実情でしょうが、少なくとも本事例に見られるような医学部の大学院生というのは事実上労働者そのものといってよいように思われます。

教えられている身分なんだから労働者なんかじゃない、という間違った考え方が世にはびこっているのはまことに困ったことですが、もう5年も前に『ジュリスト』に書いた判例評釈で、「研修生」の労働者性の問題について論じたことがありますが、その後あんまりこのテーマは深められてきているとは言えないようです。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/europiano.html(「研修生」契約は労働契約に該当するか? --ユーロピアノ事件 )

>Ⅰ 本件の主たる争点は、本件「研修生」契約が労働契約に該当するか否かであり、その余は事実認定の問題であるので、以下この問題に絞って論ずる。

Ⅱ 1 本件判決は、「労働契約か否かは、契約書の個々の文言に捕らわれることなく、その実質により決せられるべき」と労働者性に関する実質判断原則を引きながら、その「実質」の内容を「賃金についての合意はない」ことにのみ求めている。通常、労働者性の判断基準としては、指揮監督下の労働という労務提供の形態と報酬の労務に対する対償性が挙げられる(昭和60年12月19日労働基準法研究会報告『労働基準法の「労働者」の判断基準について』)が、これらについて検討された跡はない。
2 しかしながら、本件の場合、むしろ「賃金についての合意がない」との認定に問題がある。本件契約書では「給与は・・・原則無給」とされており、「原則0円」という「賃金についての合意」があると認定すべきであったと思われる。仮に契約書に「給与は6ヶ月間で1円とする」と書いてあったとすれば、(法違反の問題は格別)労働契約でないとの認定はあり得まい。それが「0円」であれば自動的に労働契約ではなくなると考えるのは著しく不均衡である。しかも、0円というのは「原則」であって、「アルバイト料を支給することはある」のであるし、6か月後は時給に移行することが予定され、これらを含めて「給与は・・・」と規定しているのであるから、これは0円であることを含め金額不確定の「賃金についての合意」があると認定すべきであった。
3 さらに、労働基準法及び民法においては、金額が完全に0円であっても「賃金」ないし「報酬」に該当しないわけではない。労働基準法及び民法の立法者意思を確認すると、労働基準法9条について「ある種の接客業に従事する女子の如く、唯単に客より報酬を受けるに過ぎない者」であっても、「客より報酬を受けうる利益」も賃金に含まれるとされ(寺本広作『労働基準法解説』)、また「労働の対償として一定の営業設備の使用が認められておれば、それもまた賃金」としており(『日本立法資料全集労働基準法(第53巻)』)、0円の賃金合意は想定している。また民法623条については、穂積陳重が「此報酬ハ金銭ニハ限リマセヌコトハ勿論言フヲ俟チマセヌ前ニ申シマシタ習業者ニ対スル世話ト云フヤウナコトデモ宜シイノデアリマス」(『法典調査会民法議事速記録四』)と述べている。穂積の言う「習業者ニ対スル世話」はまさに本件における研修に相当しよう(明治23年の旧民法では「習業契約」として独立の契約類型であった)。
4 従って、「賃金についての合意がないから、本件契約は労働契約ではない」し「雇用契約ではない」との判断には疑問がある。本件契約は労働契約であり、雇用契約であるというべきであろう。
Ⅲ 1 しかしながら、現行法上本件のような契約が正当と認められるかどうかは別である。民法上は明らかに予定されている雇傭契約類型の一種であるといえるが、労働基準法上はこのような労務の提供と「習業者ノ世話」との双務契約は、通貨払いの原則(24条)及び最低賃金法に違反する可能性が高い。通貨払い原則は「法令若しくは労働協約に別段の定め」があれば適用除外が可能であり、また最低賃金法は、試の試用期間中の者及び認定職業訓練受講者については、都道府県労働局長の許可を受けて適用除外とすることを認めている(8条)が、本件には該当しない。さらに、そういう契約類型自体、「徒弟、見習、養成工その他名称の如何を問わず、技能の修得を目的とするものであることを理由として、労働者を酷使してはならない」(69条)に違反する可能性もある。
2 そうすると、通常の労働法学の考え方では、本件労働契約においては「原則無給」との合意は無効であり、Xは少なくとも就労期間について一定額(少なくとも最低賃金額)の賃金請求権を有するという結論になりそうである。これはこれなりに筋の通った考え方ではあるが、現実妥当性に問題があると思われる。労働経済学的に言えば、通常の企業内訓練においては、訓練期間中の訓練コストや生産性の低い労務提供と(相対的に高い)賃金水準との差は企業側の持ち出しとなるが、訓練終了後の生産性の高い労務提供と(相対的に低い)賃金水準との差によって埋め合わされると考えられる。この場合、訓練終了後も長期継続雇用することへの期待がこのような長期的な取引を可能にしているが、労働力が流動化してこのような期待が一般的に持てなくなるとすれば、別途の訓練コスト負担方式を考える必要が出てくる。今後の労働市場の動向を考えると、その必要性は高いと考えられる。しかも、本件はピアノ調律師という高度の(芸術的センスを含む?)技能を要する職種であり、訓練終了後に生産性の高い労務提供が可能であるとは必ずしも言えないことも考慮に入れる必要があろう。原則無給の「研修生契約」を禁止してしまうことは、当初から有給で採用することは困難な限界的労働者に対して、雇用の道を閉ざしてしまうことにもなりかねない。
Ⅳ その意味では、これは本来、立法的解決を図るべき問題であろう。現行民法上認められている労務の提供と「習業者ノ世話」との双務契約は、昭和47年の労働基準法では一定の技能職種について「技能者養成契約」として構成され、契約期間、賃金の支払い、最低賃金、危険有害業務等について別段の定めをすることができることとされ(70条)、これが職業訓練法(現在の職業能力開発促進法)に基づく認定職業訓練(同法24条)に変わって現在に至っている。しかしながら、認定職業訓練の基準は公共職業能力開発施設における職業訓練基準と同一であり(同法19条)、製造業を主に念頭に置いたもので、ピアノ調律技術のようなものは含まれていない。
 公共職業訓練の存在を前提としてそれと同等の訓練を使用者が行う場合にのみこういった契約を認めるという法的枠組みを前提とすると、公共職業訓練の手に負えない技能についての技能者養成は、①完全な労働契約として一定期間使用者側のコスト負担を求めるか、②労働契約ではないとして本来与えられるべき労働者保護を失わせるか、という選択にならざるを得ない。①が労働法学的には正しい解決であっても、労働経済学的には問題があること、労働力が流動化すれば①がますます困難になることは前述の通りである。その意味でも、公共職業訓練とは切り離した形での一般的な「研修生」契約を概念化する必要性が高まってきていると思われる

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ETV特集 作家 重松清が考える 働く人の“貧困”と“孤立”のゆくえ

11月8日(日)放送予定のNHK教育のETV特集「作家 重松清が考える 働く人の“貧困”と“孤立”のゆくえ」にちょびっと顔を出す予定です。

http://www.nhk.or.jp/etv21c/update/2009/1108.html

>去年暮れから年始にかけて開設された「年越し派遣村」。仕事とともに寝る場所までも失う派遣など非正規労働者の現実を目に見える形で示した。政府は、講堂を宿泊場所として提供し、補正予算に失業者への緊急対策を盛り込むなどして対応。野党3党が派遣法の抜本改正に動くなど、政治を動かす原動力となった。
作家 重松清さん(45歳)は、普通の人が、仕事場や学校、家庭で、「孤立」し、時に自分自身や他人を傷つける事件に追い込まれてしまう様を、小説やノンフィクションで見つめ続けてきた。重松さんは派遣村に、「長く働いても何の技術も身につかない仕事と働き方があふれ、簡単にクビを切られる」現実にショックを受けるとともに、「孤立」を抜け出す希望を見たという。
派遣村には、派遣切りにあうなどして失業した505人とともに、1692人のボランティアが集まった。実行委員会は、連合、全労連、全労協という労働組合のナショナルセンター、路上生活する人たちを支援するNPOや弁護士、非正規の労働者が個人で加盟するユニオンなど。重松さんは、垣根をこえて生まれた、人と人とのつながりに、「孤立を脱する物語」の可能性を見いだすという。派遣村から10ヶ月、関係した人々は今どのように現実と向き合っているのだろうか。
番組では、重松清さんとともに、「派遣村」を担った弁護士やユニオンの活動現場を訪ね、いま働く人たちの直面する「貧困」と「孤立」の現実と、そこを抜け出す道を考える。

わたくしは、派遣法や最賃法の歴史を語る役回りのようです。

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求職と生活保護、ハローワークで一括申請へ

読売の記事から、

http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20091015-OYT1T01418.htm

>政府は15日、年末に向けた緊急雇用対策の一環として、全国のハローワークで、職業あっせんのほかに生活保護の手続きなど複数の制度申請を行えるようにする「ワンストップサービス」を実施する方向で検討を始めた。

 16日に初会合が開かれる緊急雇用対策本部(本部長・鳩山首相)が月内にもまとめる雇用対策に盛り込む考えだ。

 菅国家戦略相は15日、国家戦略室の政策参与に内定している湯浅誠・反貧困ネットワーク事務局長、細川律夫厚生労働副大臣、山井和則厚労政務官らと雇用対策について協議した。菅氏らはワンストップサービス実施の必要性で一致し、厚労省に検討を急ぐよう指示した。

 ハローワークで新たに申請が可能になる制度としては、生活保護のほか、全国の社会福祉協議会で受け付けている失業者への生活費貸し付け、住まいを確保するための入居の初期費用の貸し付けなどが検討される見込みだ。年末に間に合うように開始し、実施期間は今後、検討する。

 湯浅氏はこのほか、政府が住宅確保対策をとるよう求めているが、厚労省では民間住宅の仲介に消極的な意見もあり、さらに協議する方針だ。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/post-ef59.html

の続報ですね。

わたしは「政府が住宅確保対策をとる」ことに積極的であっていいと思いますし、そもそも戦前は内務省社会局で社会政策として住宅政策を担当していたのですし、なんで厚労省が消極的な意見を言う必要があるのかと思いますが。こういう時期なんだから、別に住宅政策は国土交通省さんの所管ですなどと遠慮することもないのでは。

この際、あれほどボロカスに言われ続けた雇用促進住宅の位置づけも改めて再検討してみる値打ちもあるでしょうし。(現時点では、政府の姿勢としてはなおこんなくだらんものはすべて廃止せよということになっているはずですが)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/04/post_97bd.html(雇用促進住宅の社会経済的文脈)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/1546-b7d2.html(雇用促進住宅への入居1546件)

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労働委員会と個別と集団と

マシナリさんが「紛争になってからではもう遅い」というエントリで、労働委員会が個別労働紛争処理に熱を上げていることに皮肉を効かせています。

http://sonicbrew.blog55.fc2.com/blog-entry-349.html

>「人事労務管理の個別化、労働組合組織率の低下」って労働委員会が言っちゃっていいんでしょうか? 排他的交渉権を認めず複数組合に個別の労働基本権を認めてきた労働委員会が、同じ企業内で正社員中心の利益団体と少数派正社員による思想集団とに分断され、それらに包摂されない非正規社員は企業外の地域ユニオンがまとめ上げるという、職場単位ではちっとも団結しない労働組合を作りだしたのではなかったですかね? 集団的労使関係構築の支援を本来の使命とする労働委員会が個別労働関係紛争処理の広報活動に力を入れるというのは、とうとう行き着くところまで行ってしまったなあと感慨深いものがあります。

もちろん、労働委員会は地方自治体の自治事務ですから、個別紛争処理をどうやろうがあるいはやるまいが基本的に自由です。問題は、

>労働委員会が個別労働関係紛争処理にうつつを抜かしているうちに、本来の使命である円滑な集団的労使関係構築支援の機能が崩壊してしまっているように思われるわけです。

>集団的労使関係に存在意義を有する労働委員会が、自らのその役割を見失っているようにしか見えないのが絶望的ではあります

というところなのですが、これを突き詰めていくと、昨年わたくしが『ジュリスト』に書いたように、

http://homepage3.nifty.com/hamachan/juristtripartism.html

>しかしながら、人権保障という観点のみで集団的労使関係法制が運営された結果、それが本来目指すべき産業民主制の精神とは次第にかけ離れたものになっていったように思われる。具体的には、まず第一に、護るべきは労働者が労働組合という結社に加入する権利である団結権であるとされたため、事業場労働者の圧倒的大部分を組織する労働組合も、たった一人や二人で頑張っている労働組合も、全く同等の権利を有することとされた。いわゆる複数組合平等主義である。
 この原因として、第二に団結権や団体交渉権が個別労働者レベルで捉えられたため、団体交渉によって締結される労働協約についても個別労働者の労働条件を団結した力によって決定するものと捉えられ、一つの労働社会の法規範を集合的に設定することを目的とした制度であるとは認識されてこなかったことが挙げられよう。すなわち、多数組合が締結した労働協約は当該多数組合の組合員のみに適用され、少数組合が締結した労働協約は当該少数組合の組合員のみに適用される。
 その結果、第三に集合的な規範設定の能力が労働協約から薄れ、労働組合加入を問わず一定の労働条件を設定するためには、労使自治に基づく労働協約ではなく、使用者が一方的に決定変更しうる就業規則を活用せざるを得ないという大変皮肉な事態をもたらした。ある労働社会に属するすべての労働者の労働条件を民主的に決定するメカニズムが否定され、意思決定への参加が特定の結社に属することとリンクされる一方、規範設定は専制的メカニズムに委ねられてしまったのである。
 第四に、労働組合自体の意思決定メカニズムの民主性自体が必ずしも担保されていない。労働組合の正統性が自発的な結社への参加に求められたため、内部の意思決定は全く私的自治の領域となり、組合員であると組合員でないとを問わず、その意見を意思決定過程に適切に反映させていくことは必ずしも求められなかった。とりわけ、管理職や非正規労働者といった非組合員の利益を擁護することは労働組合の任務ではないと考えられ、これら労働者の増大に伴い、労働組合の正統性も次第に失われて行くに至ったのである。
 このように人権保障のみに専念した日本的な集団的労使関係法解釈のあり方のもとでは、二者構成労使自治による規範設定自体を産業民主制の現れとして捉える視点は極めて希薄であった。従って、それを国家の規範設定権力と結びつけた三者構成原則が戦後日本社会で適切に位置づけられてこなかったことも不思議ではない。

という戦後労働法学の根本的問題点に行き着いてしまうわけで、その枠組みの中で集団的労使関係法制を運用してこざるを得なかった労働委員会が今日の状況に陥っていることもまたその延長線上にあるわけです。

だからこそ、拙著第4章ではあえて論理矛盾を犯しながら全員加入の労働者代表型労働組合の事実上の強制設立というような一定の方向を提起してみたりもしているわけですが、まあなかなか難しいなあというのが正直なところでしょうね。

とりあえずは、公務員制度改革で公務員に団体交渉権と労働協約締結権が付与されるという方向に行きそうなので、そっちで一息つくというのが当面の生き残り策かと。

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大学体育会の職業的レリバンス

いやまあ、はてブ風に一言で言えば、

http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20091013大学体育会の役割

授業やゼミに出るより、体育会で頑張ることの方がはるかに職業的レリバンスが高かった、ってことでしょう。

それはまさしく、

>「体育会運動部での活動が、身体的能力はいうまでもなく、競技を通じて培われる状況分析能力や対応能力の向上、戦略戦術眼の鍛錬、そして様々な人間関係を通じたコミュニケーション能力の育成に資する」から

であって、それ自体は好き嫌いの対象ではあり得ても、否定しがたいところでしょう。

さらにいえば、ワーカーズ・コレクティブやソーシャル・エンタープライズの専門家である柳沢敏勝氏がこれに肩入れするのは当然で、だってそういう社会的経済というのは(株式会社では慣行としては存在しても法的には無根拠である)労働者メンバーシップ制を法的に実行しようというものなのですから、まさに企業メンバーとして頑張る人間力を養成する体育会に共感するはずです。

という話は話として、まあこのエントリは労務屋さんの現時点での業務上の問題関心からくるものだなあということは踏まえて読みましょうね。

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第2回個人請負型就業者に関する研究会資料

去る10月5日に開催された個人請負型就業者に関する研究会第2回の資料がアップされています。

http://www.mhlw.go.jp/shingi/2009/10/s1005-9.html

わたくしの説明資料が3つ載っていますが、

http://www.mhlw.go.jp/shingi/2009/10/dl/s1005-9b.pdf(EUにおける「経済的従属労働者」の法政策)

http://www.mhlw.go.jp/shingi/2009/10/dl/s1005-9c.pdf(労働法グリーンペーパー中「経済的従属労働者」に関する反応)

http://www.mhlw.go.jp/shingi/2009/10/dl/s1005-9d.pdf(経済的従属労働者に関するEU諸国の法制と労使関係(EU財団調査等による))

その後に行われた某求人情報会社の資料と某NPO法人の資料は委員限りということでアップされていません。

ちなみに、今後の進め方は現段階のイメージとしては、

第3回研究会 11月上旬 調査委託について、ヒアリング等
第4回研究会 12月上旬 ヒアリング等
第5回研究会 2月頃 調査委託研究の速報を受けて議論
第6回研究会 3月頃 報告書案について

ということのようであります。

なお、第1回の議事録も同時にアップされています。

http://www.mhlw.go.jp/shingi/2009/08/txt/s0828-8.txt

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『POSSE』第5号のお知らせ

『POSSE』第5号が来週発売の予定だそうです。

http://blog.goo.ne.jp/posse_blog/e/2f54417118b9c9a31a351d8bc11ce9b0

>大変長らくお待たせしました!
雑誌『POSSE』vol.5がついに発売です!
今回のテーマは「どう変わる?ニッポンのセーフティネット」です。
サブ特集は「Jポップは格差社会と闘えるか?」です。

実をいうと、今朝方メールでゲラが来て、修正を入れて送ったところです。さぞかし編集部は鉄火場でしょうな・・・。

内容は次の通りだそうです。

■特集:どう変わる?ニッポンのセーフティネット


濱口桂一郎
日本型システムにおける労働とセーフティネット

日本型セーフティネットからの転換を提言する

白川一郎
企業にこびた「即戦力」教育より英米型の職業訓練を
各国の職業訓練制度を紹介!正社員化ではなく、セーフティネットを


本誌編集部

就職できない職業訓練
―訓練学校民営化の罠―

訓練学校が派遣労働を勧める?
日本の職業訓練制度の矛盾に迫る

川村遼平

失業者を助けられない雇用保険
―POSSEハローワーク前調査報告―

企業の横暴で雇用保険が使えない!
500人の声が明らかにした制度的欠陥

本誌編集部

生活保護行政がつくるハウジングプア
~無料定額宿泊所という「あきらめ」の牢獄~

生活保護窓口が自立を阻む?
貧困ビジネスと行政が連携する理由とは


山森亮
ベーシックインカムが生活保護よりも現実的な理由

ベーシックインカムの意義と歴史的背景とは
そして日本での実現可能性は?


岩田正美
日本型雇用が生んだ若者の「社会的排除」とは

社会保険で格差は是正されない―
若者のが「排除」される社会に必要な福祉政策とは

斎藤幸平

『コモンウェルス』におけるベーシックインカムの位置づけ
アントニオ・ネグリ/マイケル・ハート著「コモンウェルス」書評

『帝国』『マルチチュード』のアントニオ・ネグリ/マイケル・ハートの新刊『コモンウェルス』がついに刊行! 3部作完結編が示した転換とは?

本誌編集部
セーフティネット論がわかるブックガイド10
職業訓練、住宅問題から日本型雇用、ワークフェア、そしてベーシックインカムまで

ここまでがセーフティネット論で、次がJポップ論だそうで、

■サブ特集:Jポップは格差社会は闘えるか?

毛利嘉孝
パンクは新自由主義に敗北したのか

パンクは市場や国家から「自由」になれるのか?
福祉国家が弱体化し、新自由主義が拡大する中、
オルタナティヴな音楽はどこへ向かうのか


烏賀陽弘道
Jポップは格差と闘えるのか

渋谷文化、バンドブーム、カラオケ……
Jポップを生んだ産業構造と消費文化とは?
そしてインターネットと格差社会の影響は?

阿部真大×坂倉昇平
企業主義vsJポップの30年
実はJポップは労働問題を歌っていた!
尾崎豊からミスチル、GReeeeNまで一気に検証!

本誌編集部
ゼロ年代の「労働歌」50選
ゼロ年代に労働はどう歌われたのか?
歌謡曲、アイドル、ロック、HIPHOP……
あらゆるジャンルから選び抜いた50曲。

ふむ、Jポップは労働問題を歌っていたという阿部真大さんの言い分は聞いてみたいですね。

あと、

本誌編集部
検証 民主党マニフェスト ――労働政策の新しさと矛盾点―
非正規雇用対策、派遣法、セーフティネット……
どこが画一的で、どこが危ういのか?

これは、是非、出たばかりの『現代の理論』秋号にわたくしが書いた「労働政策:民主党政権の課題」と読み比べてみたいところです。

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日本型雇用システムの複層的「変容」と若者への自己矛盾するメッセージ

某所でのメモ。突っ込みどころ満載。

 日本の雇用システムは企業メンバーシップに特徴付けられる日本型雇用システム(正社員システム)とその外側に広がる周辺システムからなるが、高度成長期に確立したトータルな社会システムにおいては、職業レリバンスの乏しい教育システムと職業教育訓練を企業内で遂行する日本型雇用システムを新規学卒一括採用システムが連結するという精妙なメカニズムが機能していた。
 このメカニズムが働いている限り、教育界は実社会のニーズから切り離されたアカデミズムに遊びながら、その成果物たる卒業生を厳しい企業内教育訓練に耐えうる優秀な素材として社会に送り出すことでその責任を全うしているといえたし、企業もそれ以上を教育界に要求する必要もなかった。
 1990年代以降の日本の雇用システムの変化はこの麗しき調和の世界に大きな打撃を与えてきたが、その様相は複層的であり、それゆえにその矢面に立たされた若者に自己矛盾するメッセージを送る結果となっている。
 この雇用システムの変化は1995年の日経連の「新時代の日本的経営」の3項目のそれぞれに対応する。
 第1に雇用柔軟型と呼ばれる企業メンバーシップのない非熟練型労働力の拡大であり、言い換えれば正社員システムの量的「縮減」である。これまで新規学卒一括採用システムによって自動的に「学校から仕事へ」の移行が可能であった若者たちが、否応なく一定部分そこから排除されることとなった。しかしながら教育界は、もはや手厚い企業内教育訓練を受ける見込みのない彼らに対しても、これまでと変わらず職業レリバンスの欠如した教育を施して社会に送り出している。学校でも企業でも、誰からも職業教育訓練を受けることのない彼らに対して、自己責任や自己啓発を求めても、それを可能とする基盤は存在しない。
 第2に長期蓄積能力活用型と呼ばれるこれまでの正社員システムのさらなる凝縮である。凝縮というのは、量的に縮減されるとともに、質的にも要求水準が高められたということであり、その要求水準の高度化がこれまでの正社員システムの前提となっていた条件を却って掘り崩す面があるという含意もある。少なくともこれまでの正社員システムにおいては、若者に求められるのは鍛え甲斐のある素材としての優秀性であって、直ちに高度な仕事をこなすことができるなどと期待されていなかった。ところが、少数精鋭の掛け声の下、成果主義の対象が管理職から中堅、さらに若手にまで及んでくるとともに、未だ「能力」を「長期蓄積」していないのにその「活用」を求められるようになったのである。しかも、要求されるのはジョブ型の「高度専門能力」の「活用」ではなく、(正社員として多くの仕事を経験する中で身についてくるであろうはずの)メンバーシップ型の「人間力」の発揮である。かくも矛盾に満ちた要求に対応しようとしても、教育界に「人間力」を教授する人的資源があるわけではない。
 第3に高度専門能力活用型と呼ばれる非メンバーシップ型のハイスキルジョブ型正社員モデルが鳴り物入りで喧伝されながら結局実現しない儘に終わったことである。教育の職業的レリバンスの強化がもっとも意味を持つのはこのモデルに対してである以上、産業界にその気がないのになまじ専門能力を身につけた若者を社会に送り出しても需要とのミスマッチによる失業ないし不本意就業が待っているだけである。
 このように、日本型雇用システムの変容は、非正規労働力の拡大、正社員への過剰要求、専門職の未形成といういずれの側面からも、若者に対して相矛盾するメッセージを発しており、彼らに結果の見えない努力を課している状態にある。

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eurociettの『より多くの人々に雇用機会を』邦訳

フジスタッフホールディングスが設立したグローバルスタッフィングリサーチセンターから、『より多くの人々に雇用機会を-人材派遣業界が労働市場の機能改善に貢献するために』という冊子が送られてきました。

これはネット上でも公開されていますので、ダウンロードして読めます。

http://www.fujistaff-holdings.jp/gsrc/index.html

>これは、国際人材派遣事業団体連合(Ciett)で欧州地域を統括するEurociettが、2007年に発行した調査レポートを日本語に翻訳したもので、EUにおいて人材派遣業界が果たしてきた経済成長や雇用創出への貢献などを客観的な視点から報告しています。また、業界が成せる一層の貢献を妨げる規制や根強い誤解を明確にし、それらの撤廃に向けた取り組みと規制当局への要請事項についてまとめています。今後、わが国における派遣制度や労働市場そのもののあり方について再考する際、参考資料としてご活用いただきたい冊子です。

もとの英文の冊子はeurociettのサイトで入手できます。

http://www.euro-ciett.org/index.php?id=155&MP=155-170

http://www.euro-ciett.org/fileadmin/templates/ciett/docs/20071126_strategic_report.pdf

この冊子を熟読玩味すべきは、まず第一には派遣という働き方自体を極悪非道と思いこみ、製造業派遣を禁止することが労働者のためになると信じ込んでいる人々であることはいうまでもありませんが、実は本当にこの冊子のメッセージをきちんと読まなければいけない人々は、「派遣を禁止したら労働コストが跳ね上がって産業が空洞化するぞ!」などと脅迫めいたものの言い方を平然として恥じない人々ではないかと思います。

派遣業界も、そういう安易なチープレーバー論者を味方だと思って使っていると、「なるほど、派遣業界も派遣労働者は安く使えるからと売り込んでいるのか」と思われて、却って逆効果になりますよ。正直言って、人件費が安いだけが取り柄の派遣事業をわざわざマニフェストに逆らってまで擁護しなければならない義理はないわけで、いい加減にした方がいいと思います。

今の日本の派遣論議は派遣というフレクシブルな働き方をいかにしてセキュリティと結びつけていくかという発想はなく、一所懸命でない働き方はひたすら悪だとして禁止を叫ぶか、労働者保護はことごとく悪であるという信仰告白の道具にされるかなので、均等待遇原則の確立したヨーロッパからのメッセージはきちんと読まれる意味は大きいと思います。

(ついでに)

先日某誌から新政権の派遣禁止に異論を書けという依頼が来たのですが、私の考えを説明し、「製造業派遣禁止なら海外移転で日本から雇用は消える」という所与のテーマ設定での書き方はできないということでお断りしました。派遣禁止批判といえばそういう枠組みの安易なチープレーバー礼賛論しか思い浮かばないというのが最大の問題だと私は思うのですが、なかなか通じないのですね。

まあ、そういうチープレーバー礼賛論はいくらでもほいほいと書く人がいるので、別に困らないのでしょう。

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公開シンポジウム「大学教育の分野別質保証に向けて」

昨日も日本学術会議で「大学と職業との接続分科会」があり、いろいろと議論しました。これは年内にも報告としてまとめられていくことになると思いますが、この関連で、日本学術会議と朝日新聞主宰の公開シンポジウムが開催されるということなので、こちらでも宣伝しておきます。

http://www.asahi.com/edu/sympo/

>昨年12月に出された中央教育審議会の答申「学士課程の構築に向けて」は、現在の日本の学士課程教育が、本質的な意味での立て直しを必要としている状況にあることを指摘し、そのための重要な柱として、分野別の質保証の枠組みづくりを促進すべきことを提言しました。
 日本学術会議では、文部科学省からの審議依頼を受けて、昨年来よりこの課題について検討を進めてきましたが、これまでの審議結果について広く公開の場で報告し、多様な方々からのご意見をいただくために、朝日新聞社とともに、公開シンポジウム「大学教育の分野別質保証に向けて」を開催いたします。大学関係者の方々はもとより、日本の大学教育の在り方に対して関心を持つ各方面の方々のご参加をお待ちしています。

ということで、リンク先にあるように11月23日に東大の安田講堂でやるようです。

パネリストは、

「分野別質保証のための参照基準について」 広田照幸(日本大学教授)
「今日的な教養と学士課程教育」 小林傳司(大阪大学教授)
「大学と仕事との接続を問い直す」 本田由紀(東京大学教授)
「大学教育についての産業界の考え」 籾井勝人(日本ユニシス代表取締役)
「質保証システムを如何に構築するか」 北原和夫(国際基督教大学教授)

の各氏です。

リンク先から申し込めるようなので、関心のある方はどうぞ。

(参考)

http://www.scj.go.jp/ja/info/iinkai/daigaku/syoku.html

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すっきりしない読後感

「転がる石 Rolling Stone」さんのブログで短評。

http://kuuu20042004.blog104.fc2.com/blog-entry-6.html

これが、先日の毎日新聞の伊東光晴さんの書評と通じるある感覚をよく現しているように思います。

>元労働省官僚の本。

「過度に保守的にならず、過度に急進的にならず、現実的で漸進的な改革の方向を示そうとしたものです」とあるように、そんな感じの本。

個々には、いろいろ勉強になって肯けるところあるけれど、全体としてはすっきりしない読後感。
全体を通しては、現状追認という印象。

ユニオンなどをあまり積極的は評価せず、現実的には、企業内組合での改革と考えておられるようだ。「同一労働同一賃金」も、現実的ではないようだ。

「すっきりしない読後感」というのは、一体お前は保守派なのか急進派なのかはっきりしろい!という感じなのでしょうね。

なまじ帯の文句に「問われているのは民主主義の本分だ」とか「派遣切り、雇い止め、均等待遇 混迷する論議に一石を投じる」なんてあるものだから、さぞかし格好いい急進的な議論を展開しているのかと思いきや、ぐずぐずとしたどっちつかずの中途半端な議論ばっかり展開しやがって、という腹膨るる思いが湧いてくるのでしょう。そこの気持ちはよくわかります。

当方としては、まさにそういう右か左かはっきりしやがれ症候群が世の中の諸問題を却ってもつれさせてきただけだという思いもありますし、それを単純に「現状追認」とばっさり言われるとどっと疲れが出るところもありますが、まあそういう反応も十分予想していた、というよりは実はそういう反応の方が多いのではないかと内心思っていたので、今までいただいた書評の多くが必ずしもそうではなかったことが却って意外だったりもします。

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政府の審議会、「休眠」相次ぐ 「政治主導」で金縛り ただし労働関係は別よ

ちょっと前になりますが、9月28日の日経に「政府の審議会、「休眠」相次ぐ 「政治主導」で金縛り 」という記事が載ったようですが、

http://www.nikkei.co.jp/news/past/honbun.cfm?i=AT3S2700E+27092009&g=MH&d=20090928

>民主党による政権交代を受け、政府の審議会が相次いで「休眠状態」に陥っている。「政治主導」を掲げる民主党政権が、官僚主導による政策決定の「隠れみの」との批判が多い審議会に距離を置いているためだ。新しい政策の導入や中長期的な政策プランについて有識者らのお墨付きを得て、利害関係を調整してきた従来の「審議会方式」は曲がり角を迎えている。

休眠どころかまさに今ふたたび動き出した審議会が労働政策審議会です。

http://www.mhlw.go.jp/shingi/2009/09/s0928-4.html(雇用保険部会)

http://www.mhlw.go.jp/shingi/2009/10/s1007-1.html(職業安定分科会)

http://www.mhlw.go.jp/shingi/2009/10/s1015-2.html(労働力需給制度部会)

官僚主導の隠れ蓑である審議会と産業民主主義に基づく三者構成原則とがちゃんと区別できているかどうかのいい試金石です。

逆に言えば、官僚主導の隠れ蓑はやめろと言われてあっさりやめてしまえるような審議会はもともとただの隠れ蓑であってということでしょう。そんなものはさっさと廃止してしまえばいいのですがね。

これは拙著第4章の最後のところの議論につながります。

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“リアル”な政策を作れ!

情報労連の機関誌『情報労連REPORT』10月号が「暮らしに安心を作る」という特集をしていて、そこにわたくしが標題のようなタイトルでインタビューを受けています。インタビュワは、このたび連合に行かれた前政策局長の杉山豊治さんです。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/johororen0910.htm

短いインタビューですが、要点は盛り込まれていますので、政治家向けの説明ペラにはいいかもしれません。

なお、この特集にはほかに山田昌弘さんや中村圭介先生も登場しています。

まだアップされていませんが、

https://www.joho.or.jp/report/report/index2009.html

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これまでの拙著に対する書評一覧

去る7月22日に拙著『新しい労働社会-雇用システムの再構築へ』(岩波新書)が発行されてから約2ヶ月半、その間に多くの書評をいただきました。その一覧はわたくしのHPにまとめてありますが、ここで、本ブログの方にも示しておきます。いずれも大変深く読み込んで真摯な意見を提示していただいており、心から感謝申し上げる次第です。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/bookreviewlist.html

○新聞・雑誌等(ネット上を含む)
 
8月24日:東洋経済
 
8月28日:日経ビジネスオンライン NBO新書レビューby 荻野進介
http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20090825/203259/(政治ではなく、組合から組み立て直すべき)
 
8月30日:信濃毎日新聞
 
9月4日:社会新報
 
9月10日:連合総研『DIO』2009年9月号
http://rengo-soken.or.jp/dio/pdf/dio241.pdf(非正規労働者を包摂する職場ルールの形成について問題提起 by 麻生裕子)

 

9月20日:『賃金事情』産労総合研究所

 

9月27日:毎日新聞
http://mainichi.jp/enta/book/hondana/news/20090927ddm015070004000c.html(日本の労働市場の法的特質とは by 伊東光晴)
 
10月1日:人材ビジネス 2009年10月号
 
10月:ELDER 2009年10月号
 
10月5日:労政時報クラブ 人事パーソン要チェック! 新刊ホンネ書評 by 和田泰明(和田人事企画事務所)
 
 
○ブログその他個人ホームページ
 
7月25日:博物士 by 大石玄
 
7月26日:memo/diary by nohalf
 
7月27日:社会政策・労働問題研究の歴史分析、メモ帳 by 金子良事
http://ryojikaneko.blog78.fc2.com/blog-entry-43.html(『新しい労働社会』の提唱する新しい職場からの産業民主主義について)
 
7月27日:山下ゆの新書ランキング Blogスタイル by morningrain
 
7月27日:迷跡日録 by BIBI
 
7月27-28日:不動の動
 
7月28日;慢性疲労、ふらふら日記
 
7月31日;紙魚の目
 
8月1日:machineryの日々 by マシナリ
http://sonicbrew.blog55.fc2.com/blog-entry-329.html(歴史と制度と雇用慣行)
 
8月2日:きょうの日記 by たか@神戸
 
8月3日:極東ブログ by finalvent
 
8月4日:アマゾンレビュー by お気に召すまま(=下記植村恒一郎氏)
http://www.amazon.co.jp/review/R1HAYEWT2ZAJPG/ref=cm_cr_rdp_perm(根本から問題を捉え返す力作)
 
8月4-6日:charisの美学日誌 by 植村恒一郎
 
8月5日:toad at office
 
8月5日:godmother's ミニブログ
 
8月7日:浜辺のねじまき鳥
 
8月9日:アマゾンレビュー by まーたろう
http://www.amazon.co.jp/review/R1OJO4BVR8SS8H/ref=cm_cr_rdp_perm(労働問題の本質を分かりやすく説き起こす!)
 
8月10日:企業法務マンサバイバル by tac
http://blog.livedoor.jp/businesslaw/archives/51871925.html(日本の雇用契約を“職務のある雇用契約”に変えていく)
 
8月10日:かいてはけしてのくりかえし
http://d.hatena.ne.jp/kaite-ha-keshite/20090810/1249906158(「新しい労働社会」が面白くて一気に読んだ)
 
8月11日:葛飾の社労士のいつものとおり
 
8月13日:アマゾンレビュー by きよし
http://www.amazon.co.jp/review/R1X4KPZY2SI5XQ/ref=cm_cr_rdp_perm(本書で広く議論してほしい)
 
8月13日:Kouzy Home
 
8月13日:アマゾンレビュー by 深見
 
8月14日:文藝散歩・読書ノート・随筆 by 千田孝之
 
8月15日:Yahoo!掲示板 無党派の存在について by 国道134号鎌倉
 
8月16日:いい国作ろう!「怒りのぶろぐ」
 
8月16日:久保由仁の読書録
 
8月17日:無題日記
 
8月18日:就職情報研究所Blog by 夏目孝吉
http://bcpsjk.exblog.jp/12150876/(夏の終わりには、混迷する雇用情勢と新卒採用のあり方を考えるために読書をしよう)
 
8月19日:Curiosity Diary by  mcguinness
 
8月19日:雪かきブログ
 
8月19日:きょうも歩く by 黒川滋
http://kurokawashigeru.air-nifty.com/blog/cat1727336/index.html(非常勤職員だからと残業代を払わないことに是正勧告)
 
8月20日:オベリスク備忘録
 
8月21日:水紋鏡~呪詛粘着倶楽部~
 
8月22日:tu.mada? on Marketing
 
8月23-24日:Cafe Esquisse
http://wyeth.jugem.jp/?day=20090823(アカデミズムとプレカリアートの断絶の深さを思い知る)
http://wyeth.jugem.jp/?day=20090824(アカデミズムとプレカリアートの断絶の深さを思い知る2)
 
8月24日:未来の読書ノート
 
8月24日:海洋戦略研究
 
8月24日:後藤和智の雑記帳
 
8月24日-9月2日:女子リベ 安原宏美--編集者のブログ
 
 
8月26日:こげちゃひぐまの本を片手に  by こげちゃひぐま
http://kogechahiguma.blog61.fc2.com/blog-entry-11.html(複雑な労働問題の「問題の所在」が確認できる本)
 
8月27日:コバヤシユウスケの教養帳
 
8月28日:未来のD・グロール
http://next-d-g.cocolog-nifty.com/blog/2009/08/post-2c3b.html(「新しい労働社会」なんて読んでみた)
 
8月28日:インタラクティヴ読書ノート別館の別館 by 稲葉振一郎
http://d.hatena.ne.jp/shinichiroinaba/20090812/p2(まあ、しゃあないわな。)
 
8月30日:ソウル・ヨガ by イダヒロユキ
http://blog.zaq.ne.jp/spisin/article/1064/(「同一価値労働同一賃金」への賛否、その手前)
 
8月30日:読んではいけない by 池田信夫
http://www003.upp.so-net.ne.jp/ikeda/hamaguchi.HTML(厚生労働省の家父長主義を解説したパンフレット本)
 
8月30日:アマゾンレビュー by さくら
 
8月31日:アマゾンレビュー by Tom
http://www.amazon.co.jp/review/R20MJI3CUV3KHT/ref=cm_cr_rdp_perm(頭が整理される会心の書物)
 
9月1日:毎週評論
 
9月2日:木っ端役人(技術士)の図書館
 
9月3日:水谷 綾ブログ:手帳の余白
 
9月5日:on the ground by kihamu(松尾隆佑)
http://d.hatena.ne.jp/kihamu/20090905/p1(ステークホルダー民主主義の射程)
 
9月6日:眠る開発屋blog
 
9月8日:順風ESSAYS
http://blog.goo.ne.jp/beforethewind/e/fb91d6fed35f0ac4c53c9732de8b4a95(新しい労働社会/ジョブ型雇用契約の並行導入)
 
9月9日:吐息の日々~労働日誌~ by 労務屋(荻野勝彦)
 
9月9日:NOBUの独り言
 
9月9日:concretism by Gelsy
http://d.hatena.ne.jp/Gelsy/20090909/1252509309(雇用システムは「混ぜるな危険」)
 
9月9-11日:Spare time by idora
 
9月13日:夜明け前の独り言 by 水口洋介
 
9月13日:JC-NET(ジョブコーチネットワーク) by 志賀利一
http://www.jc-net.jp/outCts.tsv?no=6350(発達障害者の就労支援研究を調査・評価しました(その2))
 
9月14日:中央線で読む新書
 
9月14日:債券市場の片隅から by ドラめもん
http://www.h5.dion.ne.jp/~bond7743/doramemon0909.html#090914(お休みしている間に読んだ本ですが)
 
9月17日:kisaの備忘録
 
9月19日:アマゾンレビュー by takokakuta
http://www.amazon.co.jp/review/R1G1W54HUD43K3/ref=cm_cr_rdp_perm(日本社会全体の仕組みを大改革しなければ、明日は見えてこないのではないかと考えさせられる)
 
9月19日:緑の森と図書館(上記アマゾンレビューと同一)
 
9月20日:アマゾンレビュー by Saradin "SARA"
http://www.amazon.co.jp/review/R24OW3R06RE5Q5/ref=cm_cr_rdp_perm((日本の経営者の98.5%が)社会人失格)
 
9月21日:モンドの読書記録
 
9月23日:kino-e-にっき
 
9月25日:シジフォス(水谷研次)
 
9月26日:KUIS 仲野ゼミ
 
9月27日:屈託庵書肆
 
9月27日:障碍を持った人の雇用
 
9月27日:よもやま読書
 
9月27日:ニュース・ワーカー2 by 美浦克教
 
9月27-29日:Kousyoublog by 山野光正
http://kousyoublog.jp/?eid=2409(日本の『クソ労働環境』成立の歴史的背景と諸悪の根源 )
 
9月29日:アマゾンレビュー by モチヅキ
http://www.amazon.co.jp/review/R2F1CGZ6B2Y1FL/ref=cm_cr_rdp_perm(非正規雇用の増加に対応した社会の構築)
 
9月29日:テニスおやじの古本屋
http://blog.livedoor.jp/greymouthtetsu/archives/51400422.html(あめもよう?あまもよう?)
 
9月30日-10月1-2日:志村建世のブログ
 
9月30日:アマゾンレビュー by S/H
 
9月31日:ここが世界の真ん中(世の中の流れを掴もう)
 
10月1日:アマゾンレビュー by birdsong
http://www.amazon.co.jp/review/R3E6PV5PRY3MQ6/ref=cm_cr_rdp_perm(いのちと健康を守る労働時間規制)
 
10月4日:コールセンター スーパーバイザー ブログ『養壷』
http://yanghu.blog23.fc2.com/blog-entry-76.html(最近労働と社会保障について本を読んでいる)
 
10月6日:佐藤孝弘、怒涛の読書日誌@東京財団
 
10月6日:チャウ子のそれでも本を読むのだ
 
10月6日:気がつけば 図書館日記も 6限目
http://sun.ap.teacup.com/kodamac/684.html(せんせいのおしごとについて)
 
10月8日:COCO2のバスタイム読書
 
10月8日:アモーレと労働法 by 大内伸哉
 
 
○twitter
 
7月29日 by makonabe
http://twitter.com/makonabe/status/2912388023(正社員既得権益・ロスジェネ論・派遣村の衝撃などなど、真面目に労働問題について語るなら必読の書だと思いました。現状分析もすごいのに、氏の答えもまたすごい。完全に頭を抱った感じです。労働問題は奥深い。人の世だからこそかな)
 
8月5日 by kanrifu
http://twitter.com/kanrifu/statuses/3122153822(finalvent氏の濱口桂一郎本の書評がまったく支離滅裂としか読めず、釣られて濱口本を購入)
 
8月8日 by udonkun
http://twitter.com/udonkun/status/3193087472(確かに労働問題の見方がかなり明瞭になる本。著者のブログは約3年前から読んでいて、東大の公開講座に行ったりもしたけど、いろんな重要トピックが筋を通してまとめてある。おすすめ)
 
8月30日 by aNmiNreNtaN
http://twitter.com/aNmiNreNtaN/status/3645857424(理想論を押しつけるのでなく、いかにして理想の状態に近づけるかというプロセスを提示しているのがいい)
 
9月5日 by kuma_asset
http://twitter.com/kuma_asset/status/3780370608(表題にもなっている「(日本的)雇用システム」の定義と輪郭が、やや曖昧かつ画一的印象)
http://twitter.com/kuma_asset/status/3780372052(あと、最後の「啓蒙専制主義」と産業民主主義との対比し、前者を批判する姿勢。(リフレ派含む)経済系の議論では、啓蒙、専門知重視が頻繁に語られるが、このあたりが、この人の手続き(システム)重視の姿勢と対立する中心軸か)
 
9月9日 by kousyou
http://twitter.com/kousyou/status/3864902295(未読だけど労務屋さんはTヨタ幹部だけあって日本最強大企業の視点だな、とはおもた)
 
9月10日 by nakameP
http://twitter.com/nakameP/status/3900180417(おお、レビューが熱いなぁ。これは確かに政治に興味がある人必読っぽい)
 
9月10日 by oishi
http://twitter.com/oishi/status/3897716894(話題(?)の「新しい労働社会—雇用システムの再構築へ」 (岩波新書)はもう読まれましたか?読んでおかないといけない一冊ですね。といっても私は引っ越してからの予定なんですが…。)
 
9月10日 by makonabe
http://twitter.com/makonabe/status/3898283888(「新しい労働社会」こそ政治家に読んで欲しい一冊だな。ポピュリズムに流されず(というよりすでに時間が経っているから安易なアイデンティティ・ポリティックスからなる言説では軽く見られてしまうだろう)、少しでも現実主義的にこの問題に向き合おうとする誠実さがあるならば、やはり読むべき一冊)
 
9月23日 by takahashim
http://twitter.com/takahashim/status/4334589266(良い本なので興味あれば序章だけでも一読を勧めます)
 
9月26日 by sasakitoshinao
 
9月26日 by moni_a
http://twitter.com/moni_a/status/4411548006(いまウチにあります。ぱらぱらと見る限り、違和感な部分もいくつか)
 
10月4日 by gaitifujiyama
https://twitter.com/gaitifujiyama/status/4619357343(モリタクもどうかと思うところがあるが、今回の池田信夫の反論も反論になっていない。そもそも欧州の解雇規制の事を何も知らないで書いているのが・・・。濱口桂一郎の本でも読めばいいのに。)
 
10月5日 by K_y0ne1
http://twitter.com/K_y0ne1/status/4626888092(濱口センセの『新しい労働社会』読了。職務でなくメンバーシップで雇用される日本社会では,図書館職制が確立しないのも納得(納得しちゃいかんのですが……)。)
 
 
○読書メーター
 
 

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わたしは経済学者でもエコノミストでもないのですが

私は自分で経済学者と名乗ったこともなければエコノミストと称したこともないのですが、なぜか

>08年夏以降から今日までの日本の経済論壇における主要な経済学者、エコノミストたちの主張を総点検していき独自の評価を与えていきます

という「現代エコノミスト、ここだけの総点検」の対象にされているようです。

http://synodos.livedoor.biz/archives/1060374.html田中秀臣「イイ経済学、ダメな経済学 ― エコノミストぶった斬り!」

もっとも、そこに並んでいるメンツを見ると、

小林慶一郎、金子勝、野口悠紀雄、榊原英資、水野和夫、池尾和人、リチャード・ク―、小野善康 、松原隆一郎、岩井克人、副島隆彦、浜矩子、小幡績、神田秀樹、増田悦佐、吉川洋、竹中平蔵、佐伯啓思、東谷暁、岩田規久男、原田泰、飯田泰之、若田部昌澄、伊藤元重、森永卓郎、浜田宏一、野口旭、竹森俊平、宮川努、勝間和代、嶋中雄二、高橋洋一、池田信夫、濱口桂一郎、武者陵司、高橋進、西部邁ら。   

たしかに、政策・メディア博士と並んでいますので、労働法政策担当の役人上がりでもいいのかもしれませんが(笑)、別段特定の経済学を振りかざして物事を論じているわけでもないので、私の議論を「イイ経済学」か「ダメな経済学」かといわれても反応のしようがないように思います。

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ハローワークで住居紹介、生活保護も

日経の記事から、

http://www.nikkei.co.jp/news/keizai/20091012AT3S1100P11102009.html

>政府は11日、今月下旬にまとめる「緊急雇用創造プログラム」で、民間社宅の借り上げやハローワークでの物件紹介などを柱とする失業者向けの住居対策を盛り込む方針を固めた。年内に開始する予定。財源は今年度補正予算で計上した基金や今年度当初予算の予備費などを充てる。

 政府の緊急雇用対策本部(本部長・鳩山由紀夫首相)を指揮する菅直人副総理・国家戦略担当相は11日のテレビ朝日番組で、住まいがないため就職が難しい失業者への住居提供について「会社の寮などは全国的に余っている。公的施設もある。今から準備を始める」と強調した。

 職業を紹介するハローワークの機能に関しても「なかなか住居や生活保護の(手続きの)あっせんはしてくれない」と指摘。ハローワークを拠点に、住居情報や生活保護の窓口機能も含めた「ワンストップサービス」を検討する考えも示した。

ようやく、まともな方向の「ワンストップ」に向かい始めたようです。

「労働を中心とする福祉社会」は、仕事の紹介を中心に住宅や生活保障をワンストップで提供するものでなければならないはずですから。

読売でも、

http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20091011-OYT1T00547.htm

>菅国家戦略相は11日、テレビ朝日の番組で、緊急雇用対策の一環として、職業あっせん、住居の確保、生活保護の手続きなど、複数の制度申請をハローワークで行えるようにする「ワンストップサービス」を導入することを表明した。

戦略相は「国の政策としてやるために準備を進めている」と明言、当面は県庁所在地や政令指定都市で実施する方向だ。

 また、「研修や実習を受けた人が介護施設でそのまま正職員として働けるようにすることも考えている」とも述べた。

最後の話は介護報酬の見直しを意図しているのでしょうか。

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労政時報クラブの書評

労政時報クラブで、「企業で人事部長を務め、現在は独立して人事・賃金コンサルタント、社会保険労務士として活躍されている和田人事企画事務所の和田泰明氏」による「人事パーソン要チェック!  ホンネ書評」というのが9月から始まっておりまして、第1回が大久保幸夫さんの『日本の雇用―ほんとうは何が問題なのか』、第2回が経営法曹の石嵜信憲さんの『実務の現場からみた労働行政』、そして、第3回目に拙著が書評されております。

https://www.rosei.or.jp/contents/detail/20771

>労働問題をめぐる議論は、規制緩和論と規制強化論の対立図式になりがちですが、本書では労働問題を個別的・表層的にとらえるのではなく、国際比較と歴史的経緯という大きな構図の中でとらえようとしています。

面白いのは書評マップというのがついていまして、硬い-柔らかいの軸と、教養-実務の軸でマトリックスになっています。拙著はこうだそうです

20771detail9409_2


 

> 著者は旧労働省の官僚を経て研究者になった人で、EU諸国の労働法にも詳しく、その分“EU礼賛”傾向もややみられるものの、現行の労働法制の成立過程を追い、その矛盾や実態との乖離を指摘している点は参考になります。また、雇用システムというものが、法的、政治的、経済的、経営的、社会的などのさまざまな側面が一体となった社会システムであることを踏まえたうえでの論の展開は、「現実的・漸進的改革の方向」(著者)を示したものといえるでしょう。

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労使関係法研究会報告の「臨時工と労働組合」

今は昔、労働省なる役所に労政局なる部局がまだあった頃、労使関係法研究会なる学者の集まりがあり、そこが報告書を出したことがある、というくらいのことは、まだかすかな記憶が残っているかも知れませんが、その中でどんなことが言われていたのかなどということはもはやおぼろなる太古の昔のそのまたいにしえの物語という感じでしょうね、現役の人にとっては。

集団的労使関係が多くの研究者の興味の対象ではなくなり、労使関係といえば個別問題だけという今現在、そんないにしえの古文書を持ち出してどうするつもりだと非難がましい目つきで見られるかも知れませんが、いやいや、古びた古文書なればこそ、現在の視点から見て興味深いところもまた浮かび上がってきたりするのです。

何回かここでも述べたように、1970年代半ば以降日本の労働行政は内部労働市場中心の企業主義の時代に入り、それ以前の近代主義の時代の感覚のかなりの部分を忘れてしまいました。1967年-42年前になりますが-に出された労使関係法研究会報告「労使関係法運用の実情と問題点」は、その時代の感覚をそのまま出しているので、「我ら失いし世界」がどのようなものであったかを改めて確認することができます。

ここでは、「第一 労働組合の組織と運営」の「(五)臨時工と労働組合」の「問題点」を引用しておきましょう。(189~190頁)

>(2) 臨時工に関する組織問題の中心は、「臨時工という名の常用工」として常用労働者と実質的に同一の作業に従事し、あるいは少なくとも常時必要な補助的作業に従事している労働者が、ただ雇用形式上「臨時」とされているために労使関係においてもいわゆる本工・常用工という名の労働者と区別して取り扱われていることから生じている問題である。

イ 補助的作業に従事している臨時工については、その作業は、いわゆる社員である職員や行員の従事している業務とは質を異にしている面があるという見方もあろう。しかし、そうであるとすれば、現在の労働組合の組織が職員と工員との混合組織となっていることとの関連が問題になる。いずれにせよ、このように作業そのものは恒常的に必要なものであるのに、雇用形式上「臨時」とし、しかも実質的には契約更新によって常用化するということが、会社の労務政策であるにしても、企業別の労働組合がこのような臨時工を組織から除外し、結果としてこのような労働者の低労働条件を看過する形となっているところに、我が国の労働組合が単に企業別組合であるというよりは企業別本工組合であるとされるゆえんがある。

ロ 雇用調節上の必要による臨時工を組織から除外している企業別組合の態度は、まさに本工組合としての性格を明らかにするものといわざるを得ない。このような労働組合の態度は、この種の臨時工の存在そのものが企業にとってのみならず本工にとっても景気変動の際の安全弁として本工の雇用の安定に役立つものであることに由来するといわれる。しかし、これと類似の効果は米国で広く採用されている先任権制度によっても得られるところであり、米国では、このような先任権順位による差別はあるが、労働組合の組合員資格の面における差別はなく、また賃金その他の労働条件の面でも格別差別はない。ところが、わが国では、臨時工という名において、企業における身分保障のみならず広く賃金その他の労働条件も使用者によって差別され、労働組合も、いわゆる本工組合としてこのような差別をむしろ助長していることは問題である。この原因には、種種根深いものがあろうが、本工自身の身分差別意識やエゴイズムもその原因の一つであるといえるであろう。

(4)このように、臨時工の労働組合およびこれと一般労働者の労働組合との関係は、労使関係法の観点から見る限り、法律上の問題というよりはむしろ労働者の意識の問題、臨時工の制度を採用する使用者の労務対策の当否の問題であり、より深くはわが国の労使関係がおかれている経済的、社会的環境の問題である。しかし、労使双方の意識中に存する封建的残滓が、多かれ少なかれ、このような制度の残存を許す一因となっているとすれば、近代的労使関係を確立するためには、当事者自らもこのような制度の改革に努める余地があるといえるであろう。

出ました、「近代的労使関係」!

このころは、政府の文書でも「近代的」が流行だったのです。雇用慣行や労使関係をもっと「近代化」しようというのが政策の主流だったのです。

それが1970年代からは、近代主義は全然はやらなくなるのですね。「近代を超えて」ってのが時代の最先端になっていくのです。そうなると、上で書かれたような問題意識もどこかへ雲散霧消していってしまったのです。

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雑誌『ELDER』の書評

高齢・障害者雇用支援機構の雑誌『ELDER』の10月号で拙著『新しい労働社会』が書評されています。

http://www.jeed.or.jp/data/elderly/elder/download/2009_10-20.pdf

>日本型雇用の本質解明からこれからのあるべき姿を描出

>現下、派遣をはじめ労働問題を対象とする論議が盛んだ。しかしそれは、往々にして労働規制緩和論と労働規制強化論の対立になりがちで、問題の本質を剔抉していないと著者はいう。

本書は、日本型雇用システムの本質を明らかにして、働きすぎにはワークライフバランスが、非正規労働者には有期契約労働であっても期間の定めのない労働契約だと見做し、雇用形態の異なったものにも均等処遇を実現することが、真の多様就業社会を構築することになる、と説く。

また、公的機関を中心とする職業教育訓練システムの再構築や非正規労働者も含めた企業レベルの労働者組織で産業民主主義を再構築すべきといった方向性も指し示す。

本書は、著者自らが「現実適合性を担保してくれるものは、国際比較の観点と歴史的パースペクティブである」といっているように、わが国法制面を工場法の時代までさかのぼり、また欧米のシステムと比較するといった具合に、大きな広がりのなかで日本の現在の位相を捉え直している。それにしても、日本の雇用システムの本質を職務の概念が希薄なメンバーシップにあると喝破したのには瞠目させられる

評者の名前はありません。「国際比較と歴史的パースペクティブ」はまさに私の意図ですが、最後の「日本の雇用システムの本質」を「メンバーシップ」と「喝破」だの「瞠目」だのはいささか大袈裟すぎて、労使関係論の専門家に読まれると恥ずかしく、そこまでの話じゃないですよと言いたくなりますが。

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岩波『自由への問い』

本ブログで前に紹介した『自由への問い』の案内が岩波のHPに載っています。

http://www.iwanami.co.jp/moreinfo/028351+/top.html

>編集にあたって
 日本の社会は近年の格差と貧困の拡大に敏感に反応しています.規制緩和などの思想に沿った自由の解釈は,相互の自由を可能にしてきたのではなく,自由のかたよったあり方をうみだしてきたのではないか.自己責任や自立を過度に強調する自由の主張は,社会の問題を個人の問題として受けとめさせることにより,一人ひとりの生に重すぎる負荷をかけてきたのではないか.
 本シリーズは,自由をキー・コンセプトとして現代社会の問題状況を具体的に明らかにするとともに,私たちが自由を相互に享受することを可能にする規範や制度のあり方を探求する試みです.もちろん,自由という概念はきわめて論争的な概念であり,多様な解釈を避けられません.このシリーズも,自由の一義的な考え方を示そうとするものではありません.そのうえで,社会統合,社会保障,公共性,コミュニケーション,教育,労働,家族,生という八つの問題領域において,どのような規範や制度が誰のどんな自由を可能にし,逆に誰のどんな自由を制約し奪っているのかを具体的に問い返しながら,同化や排除のない,より公正な自由はどのように考えられるべきかを構想するものです.
 各論考が,読者の皆様ご自身による「自由への問い」に少しでも資することを願います.
 2009年8月
編集委員一同

総目次も載っています。

http://www.iwanami.co.jp/moreinfo/028351+/top2.html

このうち、本ブログと関係があるのはいうまでもなくまず第6巻の『労働』(責任編集:佐藤俊樹)ですが、

>労働と自由は近代社会を支える最も基幹的な仕組みだが,二つをどう接続するかは曖昧にされてきた.働くことと自由の複雑なからまりあいを,制度と現場の両面から照らし出す.

I 【対論】
 働くことの自由と制度 佐藤俊樹・広田照幸

II 【考察】「働くこと」と自由
 働くことと自由――異質なものの異質な接続 佐藤俊樹(東京大学)

 「会社からの自由」の両義性 高原基彰(日本学術振興会特別研究員)

 正社員体制の制度論 濱口桂一郎(労働政策研究・研修機構)

III 【問題状況】労働と自由の歴史的編制
 仕事と価値と運動と――1830年代における「労働」の誕生 宇城輝人(福井県立大学)

 労働における自由とジェンダー 金野美奈子(神戸大学)

 就職空間の成立 福井康貴(東京大学大学院博士課程)

IV 【構想】現代的な労働の現場から
 コンビニエンスストアの自律と管理 居郷至伸(横浜国立大学)

 ケア労働の組織――今後のあり方を考える 三井さよ(法政大学)

 社会に「出る」/「出ない」――学校と社会の間で 貴戸理恵(関西学院大学)

ですが、同じくらい重要なのが第2巻の『社会保障』(責任編集:宮本太郎)です。

>新自由主義の諸政策のもと,社会保障と信頼の衰退は社会に不安とリスクを増大させた.監視や安全保障によるセキュリティ強化ではなく,自由のための新たな社会保障へ

I 【対論】
 セキュリティの構造転換へ 宮本太郎・齋藤純一

II 【考察】社会保障理念の再構築
 生活保障としての安全保障へ 山口二郎(北海道大学)

 福祉・自由・連帯 川本隆史(東京大学)

 社会保障の法理念としての「自由」 菊池馨実(早稲田大学)

III 【問題状況】矛盾はどこに,いかにあるか
 自由と生存を引き換えにするな 雨宮処凛(作家)

 最低保障改革の動向と自由――包摂の名による排除 布川日佐史(静岡大学)

 財政は信頼をつくり出せるか 井手英策(慶應義塾大学)

IV 【構想】自由のための社会保障制度
 ベーシック・インカム,自由,政治的実行可能性 田村哲樹(名古屋大学)

 「二つの自由」への福祉国家改革 宮本太郎(北海道大学)

このラインナップはすごい。これは楽しみです。ちなみに、『日本の論点2010』に「ベーシックインカムの落とし穴」について書きましたので、出たら見ていただけるとうれしいです。

あと、第5巻の『教育』(責任編集:広田照幸)も興味をそそるものがいくつかあります。

>教育には子ども,親,教師,行政,地域,市場等々,数多くのアクターが関わる.変動する社会のなか,誰にとってのどのような自由が考慮,議論されねばならないのかを探る.

I 【対論】
 せめぎあう「教える」「学ぶ」「育てる」 広田照幸・佐藤俊樹

II 【考察】市場・選択・教育
 教育の公共性と準市場――多様な個人のために機会を創造すること 卯月由佳(ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス)

 教育・子育てにおける選択の自由の地位 田原宏人(札幌大学)

III 【問題状況】対立・葛藤する教育の自由
 自由を/自由に育てる――「教育の私事化」と公共性の隘路 宮寺晃夫(筑波学院大学)

 教師の教育の自由と親・地域・行政 大桃敏行(東北大学)

 教師の〈教育の自由〉と子どもの思想・良心の自由 西原博史(早稲田大学)

IV 【構想】教育の自由の条件
 〈シティズンシップ/教育〉の欲望を組みかえる    

――参加・社会保障・確率論的自由 仁平典宏(法政大学)

 社会変動の中の「教育における自由」 広田照幸(日本大学)

そして、最後の第8巻『生』(責任編集:加藤秀一)、

>生きることと自由の関係とはどのようなものであり,生き方の自由とは何を意味するのか.「生存」「生き方」「生命」という三つのテーマから,自由とは何かを逆照射する.

I 【対論】
 生存・生き方・生命 加藤秀一・岡野八代

II 【考察】人間的生と自由
 「自由」がなぜ問題か 彦 坂 諦(作家)  

 自由と暴力,あるいは〈関係の暴力性〉をめぐって 藤 野 寛(一橋大学)

III 【問題状況】生と死のあいだで
 生む/生まない自由と生まれる/生まれない自由    ――新(リベラル)優生学をめぐって 加藤秀一(明治学院大学)

 「生存の自由」をなしくずしにするものとたたかうために 杉田俊介(ヘルパー,ライター)

 「性」をめぐる自由 石 田 仁(横浜市立大学他非常勤講師)

 「死にゆく過程と生の意味 奥山敏雄(筑波大学)

IV 【構想】自由な生とは
 自由か幸福か,あるいは別の考え方か 大屋雄裕(名古屋大学)

 自由な生と自由な社会 立岩真也(立命館大学)

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百花斉放百家争鳴と反右派闘争

いや、単にむかし読んだ中国現代史を思い出しただけです。

毛沢東が、「何でも言いたいことを言えばよい、百花斉放、百家争鳴だ」と言ったものだから、それを真に受けた愚かな連中が本当に共産党批判をやったら、とたんに反右派闘争が開始され、馬鹿な連中が軒並み手ひどい弾圧に遭ったというお話です。

こういう歴史の教訓を学ばない愚か者こそが嘲笑されるべきなのでしょう。

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政権交代と労働運動 by 宮本太郎

さて、雇用ニューディール以外の『DIO』10月号の記事ですが、わたくしの問題意識からすると、やはり宮本太郎先生の「政権交代と労働運動」が面白かったです。

http://rengo-soken.or.jp/dio/pdf/dio242.pdf

特にその最後の一節の、

>次に、政策決定のための制度について考えてみよう。政権移行期の現在、メディアは民主党が官邸主導の政策過程のための設置する国家戦略局(室)のスタートに注目をしている。また民主党は、各省庁に対して総計100人規模の国会議員を送り込んで、官僚主導体制を転換していくことも約束している。ここでも官僚との対決が前面に出ている。

 しかし、思い返してみると、各省庁はこれまでの「支配の連鎖」をとおしてであれ、様々なかたちで民間の利益を汲み上げてきた。農業団体、医師会、建設業団体などの団体は、各々が担当省庁、担当部局と強くむすびついてきたし、審議会や私的諮問機関も活用された。かつて政治学では、このように族議員を介しつつ官僚制をとおして民意が集約されていく仕組みを、「日本型多元主義」と呼んでいた。

 これに対して、政治家が官僚制を抑え込んでいくことが民主主義の成熟とみなされるのは、政治家が官僚制よりも、民意を広く、かつ歪めることなく集約していくことが期待されるからである。したがって、そのような新しい民意集約の回路がつくりだされなければならない。

 近年のメディアでは、労働組合などの中間団体が民主主義にとって不純物であるかのように論じられることが多い。しかしそれは間違いである。中間団体がすべて溶解してしまって、有権者が巨大なひとかたまりのマグマのようになって流動化するというのは、民主主義のあるべきかたちではない。人々がそれぞれの抱える利益を確認し、反省し、そしてアピールする場としての中間団体は、民主主義に不可欠の構成要素である

 大事なことは、労働組合などが、透明度の高い政策形成のプロセスのなかで、堂々と討論に参加し発言していく場を得ていくことである。こうした回路の形成によって、政治家の民意集約能力が高まってこそ、新政権は「日本型多元主義」に置き換わる政治主導の民主主義を打ち出せる。後者の点では、連合総研でも新しい政策形成過程についての研究プロジェクトが立ち上がると聞いている。まさに時宜を得た研究主題といえよう。同時に、労働組合を含めた中間団体が、閉じた「利益集団」ではなく、開かれたアソシエーションとして、自ら多様な利益をまとめあげていく能力も問われる。この点で連合は、非正規労働者との連帯などをすすめ、利益集約能力を高めてきている。

 政権交代は、このように労働運動にとって新しい課題を提示すると同時に、労働運動が市民社会のなかで地歩を得て強化されていく、新しい条件も提供していくのではないであろうか。

拙著『新しい労働社会』第4章の最後でおぼつかなげに述べた「ステークホルダー民主主義」を明晰に語っていただいていると思います。

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暴力の定義について

http://d.hatena.ne.jp/kihamu/20091009/p1(暴力の定義について)

いろいろといきさつのある話のようですが、それはとりあえず括弧に入れて、労働現場における実務的な「暴力の定義」の一つの例として、EUの労働安全衛生諮問委員会の「職場の暴力」の定義を見ておくのも役に立たないわけではないでしょう、ということで。

>Violence can be defined as a form of negative behaviour or action in the relations between two or more people, characterised by aggressiveness, sometimes repeated, sometimes unexpected, which has harmful effects on the safety, health and wellbeing of employees at their place of work.
Aggressiveness may take the form of body language indicating intimidation, contempt or disdain, or of actual physical or verbal violence.

暴力は、時に繰り返され、時に予期せざる、職場における労働者の安全、健康および福祉に有害な影響を与える攻撃性によって特徴づけられる2またはそれ以上の人々の間の関係における否定的な形式の行動または活動として定義されよう。

攻撃性は脅迫、侮蔑または軽蔑を示すボディランゲージや実際の物理的または言語的暴力の形式を取りうる。

>Violence manifests itself in many ways, ranging from physical aggression to verbal insults, bullying, mobbing and sexual harassment, discrimination on grounds of religion, race, disability, sex or, in any event, difference, and may be inflicted by persons both outside and inside the working environment.

暴力は物理的な攻撃から言語的な侮辱、いじめ、セクハラ、宗教、人種、障害、性別その他何らかの違いに基づく差別に至るさまざまなやり方で現れ、労働環境の外部と内部の双方の人々によってなされうる。

>psychological violence, and mobbing in particular, is more difficult to describe. Let us just say that mobbing is a negative form of behaviour, between colleagues or between hierarchical superiors and subordinates, whereby the person concerned is repeatedly humiliated and attacked directly or indirectly by one or more persons for the purpose and with the effect of alienating him or her. This behaviour may take the form of sarcasm, criticism and gossip or lead to limitation of freedom of opinion or reduction of social prestige. The final outcome, which is not necessarily intended, is isolation from the working environment or alienation from the workplace or even the employment relationship.

精神的暴力とりわけいじめは定義が困難である。いうならば、いじめは被害者を疎外する目的でかつその効果をもって直接または間接に繰り返し屈辱を与え攻撃することによる同僚間または上司と部下の間の否定的な形式の行動である。この行動は嘲笑、批難、ゴシップの形式を取り、意見を言う自由の制限や社会的威信の失墜に至りうる。必ずしも意図されていない最終的帰結は職場環境からの疎外、そして場合によっては雇用関係からの追放である。

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連合総研『雇用ニューディール研究委員会報告書』

連合総研から標記報告書が発刊されたということですが、現時点ではまだ報告書自体はアップされていないようなので、『DIO』10月号の記事からその内容を見ていきたいと思います。

http://rengo-soken.or.jp/newdeal_dio242.pdf

この研究委員会は、「「現下の経済不況の構造的特色を明らかにするとともに、国民・住民の生活と雇用の安心・安定を確保するために緊急に必要な雇用対策、社会保障策の具体的内容ならびに今後中長期的に必要な雇用創出策、社会保障強化策、新産業育成策などの『ニューディール政策』を検討」することを目的に設立された」ということで、そのメンバーは次の通りです。

主    査:神野 直彦 関西学院大学教授
委    員:埋橋 孝文 同志社大学教授
   〃  :禿 あや美 跡見学園女子大学准教授
   〃  :駒村 康平 慶応大学教授
   〃  :小峰 隆夫 法政大学教授
   〃  :玄田 有史 東京大学教授
   〃  :久本 憲夫 京都大学教授
委    員:水町勇一郎 東京大学准教授
   〃  :宮本 太郎 北海道大学教授
   〃  :薦田 隆成 連合総研所長

まず、「雇用対策・ニューディールの原則」として、

>第一の基準は、普遍性の原則、つまりユニバーサルの原則である。つまり、デザインされる雇用対策は、すべての社会の構成員を排除することなく適用されなければならない。もちろん、正社員だけではなくすべての雇用される者が包括される。相違のある対応も適用についてはユニバーサルで、かつ相違のある対応が平等な処遇に結びつく限りにおいて認められる。

 第二の基準は、体系性の原則である。個々の対策がパッチワーク的に打たれるのではなく、相互に関連づけられ、有機的に体系づけられなければならない。しかも、雇用保障と生活保障も相互に関連づけられた対策でなければならない。

 第三の基準は、包括性の原則である。つまり、サービス給付を重視し、現金給付による保障から現金給付とサービス給付をセットで保障する包括的保障が提供されなければ
ならないという原則である。

 新しい職務に就くため職業訓練に従事している者には、その生活を保障する職業訓練手当という現金給付と、職業訓練サービスをセットで給付して雇用を保障する。もちろん、こうした現金給付もサービス給付もユニバーサルに提供されなければならない。しかも、雇用保障とともに生活保障が関連づけられて体系化されている必要がある。

 こうした3つの基準の背後には、すべての社会の構成員が掛け替えのない存在であるという相互確認を前提にしている。そうした相互確認を前提にすれば、雇用保障についても、社会の共同責任となるはずである。

 そうだとすれば、こうした「雇用ニューディール」の立案、執行、評価のプロセスに雇用形態にかかわりなく、すべての働く者に参加が保障されなければならない。しかも、そうした参加には労働組合が基軸的な役割を演じなければならないのである。”と指摘している。

すべてについて異議なしであります。

「新しい雇用・社会政策の具体的提言」として、①全ての人々の生活を保障する雇用保険、社会保障制度への改革および最低賃金引き上げの提言、②積極的労働市場政策の推進と非正規雇用労働者の格差是正の提言、③雇用創出策、新産業・社会的事業の振興策の積極的な推進を提言しています。

>(1)全ての人々の生活を保障する雇用保険、社会保障制度への改革と最賃の引き上げ

 現在の雇用保険や社会保障制度においては一部の人々が適用除外となる事例が生じている。これを改め、全ての人々がこれら制度の対象者となる(普遍性の原則)制度に改定し、また雇用保険と社会保険の連携をはかって(体系性の原理)、雇用不安と生活不安の解決をはかる必要がある。加えて、人々に安心を与える生活保障とするには、金銭給付にとどまらずに人々の社会参加を支援する社会的サービス給付を伴うことが重要になっている(包括性の原理)。

そして、この3つの原則を進める具体的対策として、以下の対策を進める必要がある。

 ①全ての雇用者の雇用保険加入と受給資格の付与

 ②全ての子供に対し、児童手当と保育サービスをセットとした育児支援給付、および介護サービスの普遍的給付などの社会的サービスの普遍的支給の実施

 ③全ての人々をカバーした医療保険への改革

 ④最低保障年金付きの年金制度への改革

 ⑤全ての人々に最低生活所得を保障する生活保護制度への改革

 そして、これらの制度・政策の改革では、派遣、契約などの非正規雇用労働者および無就業者についてもそれぞれの制度の対象者とし、それらの人々の就労など社会参加に対する積極的な支援サービスが伴われなければならない。そのためには、育児・保育サービスの抜本強化や介護サービスの普遍化を進めることが極めて重要になっていると報告書は指摘している。

 また、現況の生活の先行き不安の高まりや勤労貧困者(ワーキングプア)の増大には、日本における低賃金層の存在が影響を与えている。この生活困窮問題を改善するため、「最賃法」2008年改正の「生活保護との整合性も考慮する」という決定基準を重視し、全ての地域において法定最低賃金を生活保護単身者生活扶助額水準以上に引き上げることを報告書は提起している。

(2)積極的労働市場政策の推進、非正規雇用格差の是正の提言

 第二に強化すべき政策として、就職支援(アクティベーション)策、労働時間短縮の積極的な実施による雇用維持・創出および均等待遇ルールによる非正規雇用労働者の格差の是正の対策を報告書は提起している。

 日本における高度成長期以降の雇用対策では企業活動の活性化が前提とされ、景気対策によって雇用回復を図るとの考え方が基調とされてきた。これに対して、報告書は、この危機の時代にはむしろ雇用対策によって社会の活性化をはかる必要があること、したがって「社会改革」を促す積極的な雇用対策を行うことが必要だと論じている。そして、その具体策として以下の対策の実施を提言している。

 ①全ての職業紹介所に責任ある相当数の就職支援員を配置する

 ②職業訓練付き失業扶助制度を創設し、公的職業訓練サービス給付を希望者全てに提供するよう抜本拡充する

 ③休業日数の増、時間外労働削減によるワークシェアリングを推進する

 ④所定労働時間を短縮して雇用の維持・創出をはかる

 ⑤雇用保険二事業・雇用調整助成金制度を全ての労働者、全ての事業所に適用して雇用維持をはかる

 また、現況の失業増大や生活の不安の高まりには、非正規雇用労働者の不安定な雇用・労働条件、社会・労働保険の未適用などの問題が大きく影響している。この問題を解決するため、①均等待遇ルールの社会的確立などにより非正規雇用労働者の雇用・労働条件格差を是正すること、および②「準正規雇用」区分の創設による非正規雇用の雇用格差の改善をはかることを報告書は強調している。

ここまでが狭い意味での雇用社会政策事項ですね。拙著で述べたこととも大幅に重なります。

3つめはむしろ広い意味での産業政策になりますが、特に④の職業教育の重視は今後の教育政策の根幹となるべきものでしょう。

(3)雇用創出策、新産業・社会的事業の振興策の積極的な推進

 現在の高い失業率、雇用不安、生活不安を解消していくには、政府自らが雇用創出、持続可能な社会保障制度改革、雇用を生み出す産業への振興策の実施など、以下の新しい社会的事業を積極的に進める必要があると報告書は提言している。

①医療・介護・保育の労働環境改善策と人材育成事業の実施

 医療、介護、保育サービス事業では雇用が着実に増えている。しかし、これら産業・事業では離職・転職者も多く、深刻な人手不足も指摘されている。政府は、医療、介護、保育事業のそれぞれについて、その人材不足を生み出す長労働時間、低賃金、損害責任の厳しさなどの改善策を早急に実施し、これら産業における雇用増を実現する。

②環境保全・省エネに関わる技術開発人材の育成、環境事業の振興

 政府は、民間企業や生活部門が進めている環境保全、省エネ促進などの環境保全に対する振興策を強化する。また環境関連の事業・研究技術者などの人材育成、環境教育を進める。交通分野における低炭素交通機関の振興策を強める。農業、林業、さらに再生エネルギーの生産に貢献している産業の振興を強め、地域における環境保全、再生エネルギー技術の育成・振興をはかる。

③就労支援など社会的支援サービス事業の拡充と非営利・社会目的の社会的事業体(NPO・ソーシアルエンタープライズ)の振興

 政府および地方自治体は、人々の生活改善ニーズを受けとめ、家族、住居、子育て、介護・医療など生活諸分野において、これら社会的支援サービス事業を積極的に推進する。またこれら事業に関わる人材の育成事業を進める。その際には、これら社会的支援サービス提供目的の非営利団体、社会的福祉団体などに対して、その事業化や事業拡大について積極的に助成し、非営利事業による社会支援サービス提供の条件を整える。

④職業教育、生涯教育など教育体制の強化と教育事業での地域雇用創出

 政府は、職業専門教育、一般教育での職業教育を抜本的に強化する職業教育の計画的推進を行う。また職業教育を担う人材育成を大規模に実施し、これら職業教育に関わる分野における雇用、職業の増大をめざす。また、生涯教育に対する人々のニーズに応え、若年・青年期のみでなく、生涯のあらゆる段階で教育が受けられる生涯教育制度を整備し、その人材育成・確保をはかる。

⑤地域における就業・雇用創出事業に対する政府支援の強化

 地域における就業・雇用減に歯止めをかけるため、政府、自治体は「地域事業興し」や地域産業構造の6次産業化による雇用創出、また地域人材育成事業を強化する。

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日本経団連社会保障委員会企画部会で

本日、また日本経団連に行ってきました。社会保障委員会の企画部会というところに呼ばれて、若干のお話をして参りました。「また」といっても、旧経団連サイドに呼ばれていくのは初めてです。旧日経連の皆様とは結構長いおつきあいになりますが、労働問題は旧日経連の専管事項ということで、旧経団連とはおつきあいさせていただいたことはなかったんですね。

社会保障問題は日本経団連では経済政策本部の担当になるのですね。いまさらながら、ですが。

本日のお話の概要が、「日本経団連タイムス」にも載るそうなので、その時にまたアップします。

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『現代の理論』09秋号

『現代の理論』の09秋号が発行されました。

特集は「民主党”革命”-日本は変わる」です。

ここに、わたくしは「労働政策-民主党政権の課題」という文章を寄せています。

この雑誌は普通に書店で買えますので、3ヶ月間はHPにアップしませんので、是非お買い求めいただければと存じます。内容は以下の通りです。

>去る8月30日の総選挙で民主党は空前絶後の大勝利を収め、社会民主党、国民新党と新たな連立政権を形成した。民主党は総選挙に向けて「マニフェスト」を公表し、政権交代後はこれに基づいて政策を実行していくと明言している。本稿では、「マニフェスト」とそれをさらに詳しくした「民主党政策集INDEX2009」に示された民主党の労働政策の是非を検証しつつ、民主党政権がこれから実行すべき労働政策課題を提起していきたい。

1 労働政策評価の基軸となるべき認識枠組み

2 子ども手当と教育費補助

3 3層の雇用セーフティネット

4 最低賃金と均等待遇原則

5 非正規労働者の待遇改善

6 いのちと生活のための労働時間政策

7 年齢差別と新規学卒一括採用システム

8 重要なのは恣意的な解雇やいじめの規制

9 労働政策決定システムと三者構成原則

わたくし以外の論文としては、駒村康平先生の「年金制度の何が改革されるべきか」、小林良暢さんの「民主党政権に代わって「成長戦略」をつくる」があります。

そのほか、住沢博紀、早野透、橘川俊忠、山家悠紀夫、高原孝生、飯田哲也、千本秀樹、松田博、沢井勝、鈴木英生、濱口金也の諸氏が書いています。

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ゼミテキスト

nohalfさんがブログで、拙著をゼミテキストにすると書かれていました。

http://d.hatena.ne.jp/nohalf/20091007/p1

>基礎ゼミテキスト決定。前半は湯浅本、後半は濱口本を検討。後半は初学者には少し難しい内容も含まれるが、文章を吟味する作業に向いているテキストと思い決定。台風は去った。

ありがとうございます。多分、後半の「少し難しい内容」というのは第4章だと思います。それはそうなんですが、逆にそこの難しさがわかるにはある程度わかってないとわからないというところがあって、初学者にはかえってわからなさがわからないためにするりと読めてしまうのではないかとも思っています。

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道幸哲也『ワークルールの基礎』

32321087 道幸哲也先生から、『ワークルールの基礎-しっかりわかる労働法』(旬報社)をお送りいただきました。いつもお心に留めていただきありがとうございます。

http://www.junposha.com/catalog/product_info.php/products_id/560

さて、道幸先生は、大内伸哉先生と並び、一般向けの労働法の本をたくさん出されている双璧ですが、本書は帯の文句に「労働力ではなく生身の人間として働き続けるために必要な法的知識を身につける」というように、学部学生から実際に職場で働き始めた若者が主な読者層のようです。

前に出された『15歳のワークルール』のシニア版で『20歳のワークルール』といったところでしょうか。全然関係ないけど、こないだ本屋に行ったら『二十歳の原点』が復刊されてましたね。懐かしいなあ、とか言うようになったら立派な中高年です。

閑話休題。内容は:

パート1 法的な世界・考え方
 1章 なぜ法律は身近なものにならないのか
    -労働法が前提としている人間像・社会像を知る
 2章 労働法の研究の仕方
    -判例研究のコツを知る
 3章 この気持ち分かって欲しい
    -労働相談の仕方を知る
パ-ト2 働き始める
 4章 労働条件はどのように決まっているか
    -賃金観や解雇についてのトラブルの解決基準を知る
 5章 労働者でなければ私はなに
    -労働契約上の労働者概念を知る
 6章 だれが使用者か
    -企業組織再編と労働者派遣を知る
 7章 採用内定を出したのがマズイと思ったら
    -採用内定、試験の法律問題を知る
パ-ト3 働き方
 8章 イヤな配転命令を拒否できるか
    -業務命令権の根拠と制約法理を知る
 9章 私用メ-ルを見るなんて
    -職場におけるプライヴァシー権を知る
10章 二次会のトラブルまで会社の責任か
    -職場におけるいじめ、セクハラの法理を知る
11章 弁償しろなんてひどい
    -使用者からの損害賠償を制約する法理を知る
12章 過労死は絶対イヤだ
    -労働災害、安全配慮義務の法理を知る
パ-ト4 労働条件の確保
13章 賃金は仕事のどの部分に対し支払われているか
    -労務提供と賃金に関する法理を知る
14章 自分のことを知って欲しい
    -人事考課の法理を知る
15章 退職金を支払わないことはできるか 
    -賃金、退職金の法理を知る
16章 いつからいつまでが労働時間か
    -労働時間の法理を知る
17章 突然の残業でドライブにいけないなんて
    -時間外労働義務の法理を知る
18章 研修中は年休をとれないの    
    -年次有給休暇の法理を知る
パ-ト5 労働条件の変更
19章 労働条件の一方的不利益変更は許されるか
    -就業規則の法理を知る
20章 組合を信頼したのに
    -公正代表義務の法理を考える
パ-ト6 雇用の終了
21章 「やめます」「やめてやる」「やめさせてください」の違いは
    -退職をめぐる法理を知る
22章 こうなったら転職だ
    -就業避止義務の法理を知る
23章 突然の解雇とは理不尽だ
    -解雇過程をめぐる法理を知る
24章 病気で退職させるなんて
    -私傷病を理由とする解雇、休職の法理を知る
25章 余剰人員とはあんまりだ
    -整理解雇の法理を知る
26章 雇用期間に意味があるの
    -短期契約更新拒否の法理を知る
パ-ト7 労働組合の役割
27章 組合員であることを保障する
    -不利益取扱い禁止の法理を知る
28章 組合を通じて労働条件を決める
    -団交・労働協約の法理を知る
29章 労働委員会はどんなところ
    -不当労働行為の調査・審問手続を知る
30章 労働組合に未来があるのか
    -労働組合法の今後を考える

といったところですが、各章の冒頭におかれた設例ならぬボヤキみたいな相談例(?)が面白いです。自分だったらどう答えるだろうかと思いながら読んでみてください。

最初の第1章;

>どうしても法律家は好きになれません。会議での議論も揚げ足取りが多く、理屈のための理屈としか思えません。相手の論理が弱いと見るとバンバン攻撃してきます。私のようにいい人は法律家に向きません。労働法なんて勉強する必要もわかりません。

第7章;

>採用面接では真面目な学生だと思ったのに、その後の折衝では驚くほど時間にルーズだとわかりました。どうしたら内定を取り消すことができますか。そういえば、試用研修の期間中にまったく仕事ができず、漢字も読めないものもいました。大学ではどのような教育をしているのですか。

第10章;

>女性が多い職場なので労務管理に苦労しています。同僚がさっぱり飲み会に誘ってくれないのはいじめだとか、逆に、会社の飲み会で上司にデュエットを強要されたことがセクハラだとかの苦情が出ています。自分たちで自主的に解決できないんですかね。

第11章;

>人は誰でも間違いがあります。居酒屋でバイトをしていたときに誤って皿を落としたら、それを弁償しろと言われました。額は3000円で大したことはありませんが、疲れて落としたときにも弁償しなければならないのですか。タクシー運転手をしている友達も、客の乗り逃げ分の弁償を求められています。もう働くのがいやになりました。退職させたいので会社はこのような嫌がらせをしているのでしょうか。

第14章;

>あいつがA査定なのになぜオレがB査定なのか。会社は成果主義を強調しているけれど、あの課長だったらどんなずさんな評価するかはわかったもんじゃない。営業職ならば成果はそれなりに客観的だろうが、事務職ならばまったくはっきりしない。ゴルフもしないし、アフターファイブのつきあいが悪いからかも知れない。そんなに成果、成果というのなら役員や課長も成果を上げて欲しい。

第20章;

>会社がヤバイことはうすうす感じていましたそれでも組合があるので安心していましたが、その組合が基本給を下げるという労働協約を締結しました。一律1割の減額で、僕の賃金も1割下がります。50歳以上の組合員の賃金を3割下げるという案の方がよかったと思います。僕は50歳までこの会社にいるつもりもありません

第21章;

>私はある会社で営業課長をしていますが、最近の若いサラリーマンは、何を考えているのかわかりません。あまりにやる気を見せないので、部下のAに、「お前に箱の仕事向いていないのではないか。自分にあった仕事に再チャレンジした方がいいのでは」といったところ、翌日から出社してきません。うわさでは、不当に解雇されたとして訴訟を準備しているとのことです。親切なアドヴァイスのつもりだったんですけど。

最後の第30章はなかなか重いです。この30章だけでも本屋で立ち読みでもしてみてください。

>労働条件の切り下げ、仕事のアウトソーシング化、さらに近いうちに企業分割があるといううわささえあります。ところが、我が社の企業別組合はこれといった抗議行動や交渉をする気配さえありません。「組合費を返せ」といいたいぐらいです。このような労働組合に未来があるのでしょうか。

集団的労使関係システムに対するイメージという点で、わたしは道幸先生の発想に共感するところが大きいのですが、そこは人によって様々なのでしょう。

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大内伸哉先生の簡評

大内伸哉先生の「アモーレと労働法」で、拙著が経済産業研究所の『労働市場制度改革』と山田久さんの『雇用再生』と並んで簡評されています。

http://souchi.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/post-bf00.html(読書ノート(労働編))

これは、大内先生の労働法ゼミにおける夏休みの課題図書だったようです。学生さんたちがどういう感想を述べたのか、大変興味がありますが、とりあえず大内先生の簡評は以下の通りです。

>濱口さんの御著書は,何か新たな発見があったというわけではありませんが,新書でもあり,わかりやすい啓蒙書としての価値は大きいと思いました。

山田久さんへの短評は辛口で、

>山田さんの御著書は,読み物としては面白いのですが,個々の論点のツッコミがいま一つかという印象を受けました(辛口でゴメンなさい)。私が,どうしても気になるのは,同一労働同一賃金の原則です。山田さんは,これを普及すべきと主張されているのですが,結局,これは,日本を欧米のような職務給型の賃金体系にしろという主張と同じになっているように思えます。どうして,日本の賃金システムを変えなければならないのでしょうか。そこまでして,均衡を実現する必要があるのでしょうか。このあたりが,私にとって引っかかるところです。

ある意味ではその通りなのですが、ここは、以前大内先生を某所でお呼びしてお話を伺ったときに申し上げたことですが、だから均衡なんて無意味なものを実現する必要なんかないんだ、といってしまうとこれまたまずいんですよ。それは、この問題が狭い意味での労働の世界のロジックだけでは話が完結せずに、生活保障とか社会政策という話と全部つながってくるからで、労働法の世界の中だけできれいな議論を作ってすむ話でもないからだと思うのです。「法的根拠がはっきりしないし,日本への導入可能性にリアリティがない」というのは労働法的には確かにその通りなのですが、ここはいろんな領域に目配りしながら進めないといけない。狭い労働法の世界だけで論理を完結させて、それをはみ出す生活保障はえいやっとベーシックインカムみたいなものに投げ出してしまうと、それが跳ね返ってきて労働法の世界の根拠を揺るがすのです。

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『世界』11月号

797 本日発売の岩波の雑誌『世界』に、先日予告したように宇野裕さんの「残された途は「福祉立国」しかない――成熟社会の成長戦略―― 」が掲載されています。

http://www.iwanami.co.jp/sekai/2009/11/directory.html

特集は「「対等な日米関係」とは何か――核密約と日米関係」で、いろいろと面白そうな記事も載っていますが、本ブログとしては「新政権への提言」として載っている宇野論文に注目してほしいところです。

>民主党はマニフェストに「内需主導型経済への転換」を掲げた。今後は環境関連など成長産業を育てていくことが欠かせない。「生産誘発・雇用創出効果は公共事業よりも高い」といわれる福祉はとりわけその有力な分野である。しかし、わが国では介護・医療を成長産業としてとらえる発想は乏しかった。「モノづくりに比べて生産性が低い」「医療・介護は付加価値を生まない」といったこれまで見られた誤解を解きほぐしながら、「福祉立国」への転換の必要性を説く。

宇野さんは、

うの・ひろし 1953年生まれ。東京大学法学部卒業。厚生省 (現・厚生労働省) 入省。現在は、日本社会事業大学専務理事。著書に『職業としての福祉』(中央法規出版)、『介護の経済学』(共著、東洋経済新報社) など。

わたしは旧厚生系の人と旧労働系の人が勉強し合う集まりで彼の議論を何回も聞かされてきたのですが、こうして一般向けの雑誌に載ることで、より広い人々にその議論が伝わっていくことが期待されます。

最後のところで、こう述べています。

>「福祉立国」は、日本経済のバランスある発展を保障する。第一に、国民は国内に住んでいるから、国民を中心に据える限り、内需主導の経済を構築することができる。第二に、福祉が提供する各種サービスは、利用者が居住している地域でしか提供できない。従って、雇用、所得、付加価値が、それぞれの地域で生まれ、地域経済の均等ある発展に貢献する。医療・介護は人間の知恵と実践に基づく知的産業であり、環境負荷が小さい成長産業としても最有力である。

>「福祉立国」とは、国の存在理由の原点に立ち返り、国民を中心に据える経済社会を建設しようとするものである。どんな時代にあっても、国民は、よりよく生きようとすることを止めることはないであろう。したがって、国民の願いを見極め、国民の望むものを提供する産業を持った社会こそが確実に成長できる社会なのである。

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小中学校で労働教育を@連合

本日の産経に、標題の記事が載っています。ネット上にはないようです。

>日本労働組合総連合会(連合)が小中学校に労働教育を導入し、今後10年間で組合員数を約325万人増やして1000万人とすることを目指す最終報告書をまとめたことが7日わかった。8日に開かれる連合定期大会で特別報告し了承される見通し。

>報告書は古賀伸明事務局長らがまとめた。「義務教育段階から労働教育を教育課程に位置づける」と記載。「公務員の労働基本権の回復」も盛り込まれる。

もしかして産経さん、「労働組合が日本を侵略する日」とかのイメージで記事書いていたりしません?

http://www.jimin.jp/jimin/kouyaku/pamphlet/pdf/pamphlet_jittai.pdf

労働教育は、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/02/post-9708.html(今後の労働関係法制度をめぐる教育の在り方に関する研究会報告書)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/08/post_44c0.html(今後の労働関係法制度をめぐる教育の在り方に関する研究会)

政府部内でもその必要性がつとに指摘され、各地で取り組みが始まっているもので、別に連合の組織拡大のためにやるわけのものではないでしょう。結果的にそうつながるかも知れませんが。

この研究会に若干関わった立場からすると、政権与党の最大の支持団体として連合がこの政策を強力にプッシュしていくことは望ましいことだと思います。文部科学大臣も異論のないところでしょう。

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佐藤孝弘さんの「怒涛の読書日誌@東京財団」での書評

「佐藤孝弘、怒涛の読書日誌@東京財団」というブログで拙著の書評をいただきました。

http://blog.canpan.info/satotakahiro/archive/246

まずこの「東京財団」ですが、

http://www.tkfd.or.jp/aboutus/

先日行政刷新会議の事務局長に決まった加藤秀樹さんが会長をされている団体で、

>問題の本質を突きとめ、現場感覚を大切にしながら、実現可能な具体策を世の中に、はたらきかけていきます

とその使命を明らかにしています。「問題の本質」「現場感覚」「実現可能な具体策」と、まさにわたくしのモットーが三拍子そろっていますね。

問題の本質を取り違えているくせに、現場感覚も欠如しているくせに、どう考えても実現不可能な抽象論をもてあそぶ人々とは違うということでしょう。まったく同感です。

その東京財団の研究員である佐藤孝弘さんの拙著書評です。

>元厚生労働省の労働法研究者による労働社会論。日本型経済システムを前提とした労働に関する諸ルールについて、どこが時代に合わなくなってきているか、今後どういった解決の方向性があるかを丁寧に解説しています。現行制度の経緯まで合わせて書かれているので、政策を考える者にとっては非常に重宝します。

派遣や労働者代表の問題に触れた後、

>労働制度改革にご興味のある方はぜひお読みいただければと思います。

と推薦していただきました。ありがとうございます。

この佐藤さんが派遣法審議開始という記事に寄せて、連立政権合意書に対して

http://blog.canpan.info/satotakahiro/archive/248

>こうした規制強化が本当に派遣労働者のためになるのか、しっかりと検討してほしいと思います。民主党がもともと「派遣を禁止すれば派遣労働者だった人は正社員になるだろう」といった発想でこの案を作っていたとしたら…恐ろしいですが、そうでないことを祈ります。今度の臨時国会で拙速に改正を行うのではなく、通常国会でという方針は良かったと思います。

よく言われるのは、こうした規制強化で雇用が失われ、失業は増えてしまうという批判です。もちろん、こうした面もあると思いますが、個人的には別な不安を感じます。結局形だけは規制強化して、実際には様々な抜け道があって、これまでと何も変わらないのでは?という点です。

専門職制度にしても、ある仕事が「専門職」かどうかなど、どう判断するのでしょうか。かつての派遣法が「ファイリング」などという専門業務を作り、現実には一般事務の派遣の抜け道を作っていたことからすれば、同様の問題が起こらないとも言えないでしょう。また、偽装請負のようなことが別な形で行われるかもしれません。より本質的には、派遣法の規制強化が行われたとして、その分これまで派遣で起こっていたことが直接の有期雇用で起こるだけではないのかという疑問もあります。日雇いのような仕事でも、派遣はダメで、直接雇用なら良いのでしょうか。このあたりもよくわかりません。

また、望んで派遣という道を選ぶ労働者と、望まないがやむを得ず派遣という道を選んだ労働者に分かれるわけで、前者の立場の方々をどう考えるかという議論もあわせてしなければならないと思います。

これらの答えは容易ではないですが、予想外の弊害が起こらないよう、民主党にはしっかり議論してほしいと思います。東京財団でもこうした点を含めて検討をすすめているところです。

と述べておられます。ある意味で新政権に最も近いシンクタンクなのでしょうから、是非そういう議論を深めていただきたいと思います。

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「せんせいのおしごと」の雇用システム論的説明

「気がつけば 図書館日記も 6限目」というブログで、拙著『新しい労働社会』の序章の枠組みを使って、学校教師の職務内容について面白い説明がされています。

http://sun.ap.teacup.com/kodamac/684.html(せんせいのおしごとについて)

メンバーシップ論を説明した後、

>日本の教師の仕事内容が学校に関するあらゆることであるのは、「聖職」観だとか教授の自由とかいう文化的側面もあるけれど、こういう日本型の労働慣行によるところも大きいように思う。非常勤講師という「調整弁」が子育てするお母さん先生や大学院生が多かったりしたことも、同じ構図だと思われる。
 ためしに自分の仕事を「職務」という概念に基づいて分解して、それぞれをアウトソーシングしてみたと考えよう。はたして、今の自分1人と比べたとき、費用対効果はどちらが高いのだろうか?

「授業する人」+「クラブ顧問する人」+「担任する人」+「掃除の指示する人」+「保護者との連絡する人」+「進路相談する人」+「カウンセリングする人」+「校務運営の会議する人」+「会議の資料つくる人」+「プリント印刷する人」+「試験問題つくる人」+「採点して集計する人」+「試合の引率して審判する人」+「京都や近畿の役員する人」+・・・・

 要するに、学校という組織に所属する正規教育職員、というのが「教師の仕事」なのであろう。そして、これを時間労働問題として計算しようとすることが問題解決にはならないということだろうし、だからといってホワイトカラーエグゼンプションの導入というのも根源的な解決策ではないような気もする。

そうなんですね。学校教師というもっともジョブ型に親和的に見える職業が、実は「学校が必要とすることを適宜適切にこなすのが仕事」なわけです。

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日本労働法学会誌114号

インフルエンザウィルスの攻撃を受けて幻に終わった(笑)第117回日本労働法学会で報告される予定であったミニシンポと個別報告が、学会誌という形でお目見えしました。

http://www.hou-bun.co.jp/cgi-bin/search/detail.cgi?c=ISBN978-4-589-03189-1

ミニシンポ用の報告すべてと、個別報告のうち桑村裕美子先生の「労働保護法の現代的展開-労使合意に基づく法規制柔軟化をめぐる比較法的考察」が収録されています。

ミニシンポの3つめの「偽装請負・違法派遣と労働者供給」については、

萬井先生の「労務提供に関わる三者間関係の概念について-労働者供給・派遣・出向の概念と相互の関連」と、

わたくしの「請負・労働者供給・労働者派遣の再検討」が掲載され、

野川先生の「シンポジウムの趣旨と総括」というまとめがはじめに載っています。

うむ、「趣旨と総括」と言っても、現実にシンポをやっていないので、もしやっていたら当然山のように投げかけられたであろうはずの疑問や異見が載っていないので、多くの皆様には大変寂しい印象を与えてしまっているかも知れませんね。

あと、高齢法のシンポの趣旨と総括(根本先生)で、原稿をアップロードしたら柳澤武先生から「公法的な労働立法の私法的効力論全般」という大きなテーマの問題提起を受けたとあり、根本先生の若干のコメントが付されていますが、これはこれだけでシンポジウム一つ立てられるぐらいの大テーマかも知れませんね。

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「COCO2のバスタイム読書」さんの書評

「COCO2のバスタイム読書」さんの書評です。

http://coco2.cocolog-nifty.com/coco2book/2009/10/post-b296.html

>旧労働省出身の研究者が、「現実」を見据えて説く雇用問題の処方箋。

「派遣切り」「雇い止め」…。まるで根本から間違っているかのように語られがちなニッポンの雇用も、ある時点では合理性があり、多くの普通の人が恩恵を受けていた。著者はまず冷静に、前提が変わったことを確認した上で、今足もとで何ができるのか、そして将来、どこを目指すべきなのか、を考察していく。

雇用は雇用だけで論じられる「制度」ではなく、社会保障や産業構造や、様々な意思決定システムと密接に絡まっている。その広がりの大きさを思うと、気が遠くなるほどだ。だからこそ、単に諸外国の事例などをひき写すのではなく、叡智を集めて考え抜くべきテーマなのだということを確認させてくれる一冊

こういうふうに、さりげなく「判ってくれている」書評を見ると、やっぱりうれしくなります。

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「今後の労働者派遣制度の在り方について」の諮問

本日、厚生労働大臣から労働政策審議会に対して標記の諮問がされたとのことです。

http://www.mhlw.go.jp/houdou/2009/10/dl/h1007-1a.pdf

>労働者派遣制度については、労働力の需給調整を図るための制度として、我が国の労働市場において一定の役割を果たす一方で、近年、日雇派遣など社会的に問題のある形態が出てきているほか、やむを得ず労働者派遣を選択する者の存在や法違反事案の顕在化などが課題となってきた。

このような状況を踏まえ、貴会における調査審議を経て、昨年11月4日に「労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律等の一部を改正する法律案」を国会に提出したところであるが、同法案は、本年7月21日、衆議院の解散に伴い廃案となったところである。

同法案提出後、我が国の雇用情勢は急激に悪化し、いわゆる派遣切りが多く発生し、社会問題化するなど、派遣労働者をめぐる雇用環境に大きな変化が生じたところである。

このため、上記の法律案において措置することとしていた事項のほか、製造業務への派遣や登録型派遣の今後の在り方、違法派遣の場合の派遣先との雇用契約の成立促進等、派遣労働者の雇用の安定その他福祉の増進のために追加的に措置すべき事項についても検討を行い、改めて法律案を提出する必要が生じている。

以上を踏まえ、厚生労働省設置法(平成11年法律第97号)第9条第1項第1号の規定に基づき、今後の労働者派遣制度の在り方について、貴会の調査審議を求める。

平成21年10月7日

厚生労働大臣 長妻 昭

今後、具体的な審議は、職業安定分科会労働力需給制度部会で行われることになります。

現時点での部会の委員は

http://www.mhlw.go.jp/shingi/2009/05/s0528-6.html

公益代表

鎌田(かまた)  耕一(こういち)    東洋大学法学部教授

柴田(しばた)  裕子(ゆうこ)    三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社政策研究事業本部政策研究業務企画室長

○ 清家(せいけ)  篤(あつし)     慶應義塾長

労働者代表

市川(いちかわ)  佳子(よしこ)    JAM政策・政治グループ長

長谷川(はせがわ)  裕子(ゆうこ)  日本労働組合総連合会総合労働局長

古市(ふるいち)  良洋(よしひろ)    全国建設労働組合総連合書記長

使用者代表

秋山(あきやま)  桂子(けいこ)    山陽印刷株式会社代表取締役社長

市川(いちかわ)  隆治(りゅうじ)    全国中小企業団体中央会専務理事

遠藤(えんどう)  和夫(かずお)     (社)日本経済団体連合会労働政策本部主幹

です。

三者構成審議会の意味は、政党が労使の声を聞かずに自分たちだけで作ったマニフェストに縛られる必要がないということですから、きちんと原点に立ち戻った議論を期待したいと思います。

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公務員の労働協約の法的性質

さて、仙谷大臣の所管は「行政刷新」のほかにも、規制改革や公務員制度改革などがありますが、その公務員制度改革の動きがどうなっているかを見ると、内閣におかれた国家公務員制度改革推進本部労使関係制度検討委員会の資料と議事録が

http://www.gyoukaku.go.jp/koumuin/kentou/kaisai.html

ワーキンググループの資料と議事録が

http://www.gyoukaku.go.jp/koumuin/kentou/working/index.html

に載っています。

ここでは、総選挙後の9月7日の委員会に提出されたワーキンググループの検討状況報告を見てみます。

http://www.gyoukaku.go.jp/koumuin/kentou/dai12/siryou5.pdf(制度骨格に係る論点について)

いろいろな論点が上がっていますが、わたしが気になったのは、

5 協約の内容を勤務条件に反映させる仕組み

③ 協約の効果についての選択肢の整理

のところです。

>協約の効果としては、理論的には、次の三つの選択肢が考えられる。
A案:紳士協定
B案:債務的効力(実行義務)
C案:規範的効力(直接的効力)

>○ A案については、現行とあまり差異がないことから適当でない。

○ ①職員の勤務条件を非組合員も含めて統一的に定めることが適当との考え方に立つならば、協約の効果は非組合員には及ばないことから、協約の内容が適用される組合員と協約に反する規程が適用される非組合員とで勤務条件が統一的に定まらず問題があること、また、②公務員の任用は行政行為であるとの現行法に関する伝統的な考え方を採り、あるいはそれを維持すべきという立場に立つならば、民間労働法制のように労働協約が労働契約を通じて勤務条件を決定する構成とはならないことなどから、B案が適当であると考えられる。ただし、公務員の勤務関係について契約的要素を含むという立場あるいは契約的要素を導入することが可能であるとの立場に立つならば、C案の規範的効力の付与という選択肢もありうる。この場合、公務員の勤務条件の統一性という観点から、拡張適用などの仕組みを構想する必要がある(協約の拡張適用については12ページ参照。)。

○ いずれにしても、公務員における協約は、民間労働法制における労働協約とは法的性格が異なるところがあるものとして位置付けるべきであり、また、協約の内容を履行する義務の具体的内容と、義務に違反した場合の措置については、今後検討する必要がある。

この最後の「公務員における協約は、民間労働法制における労働協約とは法的性格が異なる」というのは、本当なのでしょうか。現に今でも国有林野事業では公務員が労働協約法制の下にありますし、かつては郵政職員はみな労働協約法制の下にある公務員であったわけですが(昔の「5現業」)、その「労働協約」は、公労法の規定による制限(国会の予算審議権との調整)を受ける点を別にすれば、そもそも「法的性格が異なる」ものとは位置づけられていなかったはずだと思います。

この点に疑問を呈さないまま議論が進んでしまうと、戦後日本の実定労働法体系に反する公務員改革になってしまいかけないように思われますが、誰も指摘しないのでしょうか。

このような仕組みを考えている理由としては、複数組合の場合に問題があるからだというのですが、

>A:「規程」は制定しない(協約そのものが直接適用され、勤務条件を決定する。)。
B:協約の内容を規程で定めることで、規程の適用によって勤務条件を決定する。

※ この場合の「規程」は、民間労働法制における就業規則に対応するものであって、使用者として定めるものを意味する。なお、規程の制定根拠や規定事項等については、法律に根拠を置く必要がある。

しかしながら、A案については、協約を締結した職員団体の構成員に限っては協約の規範的効力が及ぶとしても、次のとおり全体決定、統一性確保の観点から問題があり、協約の内容を「規程」で定めることで勤務条件を決定するB案によって、職員全体の勤務条件の統一性を確保することが適当と考えられる。

・ A案の場合、協約の拡張適用の仕組みを導入すれば、協約を締結していない職員団体の組合員(以下「他組合員」という。)や非組合員を含むすべての職員の勤務条件が協約の内容に基づき統一される可能性はあるが、協約の拡張適用が行われるための要件を必ずしも満たすとは限らない(民間労働法制においても、他組合員に対する拡張適用には否定的見解がある。)。
このことから、A案では全体決定、統一性確保という検討の前提条件を満たさない可能性が残る。

・ さらに、労使交渉の結果、協約の締結に至らない場合もあり得るため、いずれにしても、職員の勤務条件を協約以外の方法によって決定する仕組みを導入することが不可避である。

しかし、それは民間労使関係でもまさに同じことであって、規範的効力を有する協約とは別に就業規則に対応する「規程」を設ける必要があるということと、協約に規範的効力を否定することとは次元が違うと思われます。

おそらく、複数組合への対応云々という表面の理由の背後には、そもそも公務員は任用であって雇用契約ではないのだから、民間の労働協約と同じになるはずがないという根拠のない公法私法二分論が潜んでいるようにも感じられます。

戦後日本の実定労働法体系は、そのような発想で作られなかったし、現になおそうなっていないということを、改めて認識していただく必要がますます高まったいるのではないかと思います。

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行政刷新会議のメンバー

本日の朝日によると、

http://www.asahi.com/politics/update/1005/TKY200910050439.html

>鳩山内閣が税金の無駄遣いを洗い出すために新たに設置した「行政刷新会議」の陣容が固まった。仙谷由人行政刷新相は5日、民間企業出身の主要メンバーとして、稲盛和夫・京セラ名誉会長(77)と茂木友三郎・キッコーマン代表取締役会長(74)を起用する方針を固めた。首長経験者としては、前鳥取県知事の片山善博・慶応大教授(58)を起用する意向だ。

>民間枠には、このほか労働問題に詳しい元連合事務局長の草野忠義・連合総研理事長(65)も起用。事務局長兼議員として、民間シンクタンク「構想日本」の加藤秀樹代表(59)の起用も決まっている。

ふむ、経営側2人、労働側1人、過去官僚2人(自治省1人、大蔵省1人)というわけですね。

テーマからすると、まあそんなところでしょうか。行政「刷新」というのは、今までのしがらみにとらわれず、不必要なところは思い切って切り、必要なところを思い切って拡充するということのはずですから、労働者の立場から何が必要で何が必要でないかをきちんとインプットしていく必要があることは言うまでもありません。

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残された途は福祉立国しかない

毎日新聞によると、

http://mainichi.jp/select/today/news/20091006k0000m010031000c.html

>長妻昭厚生労働相は5日、内閣府で菅直人国家戦略担当相と会談し、厳しい雇用情勢を踏まえた緊急雇用対策の策定に着手する方針で一致した。近く菅氏が窓口となり、関係省庁と協議を始める。

ということで、それは当然なんですが、それに続く長妻大臣の言葉:

>長妻氏は会談後、記者団に「介護はこれまでコストととらえていたが、むしろ投資。雇用も作れる」と語り、介護など社会保障分野を柱にした雇用拡大策を打ち出す意向を表明。

はあ、「これまではコストととらえていた」んですかねえ。

この問題については、厚生労働省(旧厚生省)出身でいまは社会事業大学におられる宇野裕さんが、もうすぐ10月8日発売の雑誌『世界』に、「残された途は福祉立国しかない」という力作を書かれていますので、是非お読みいただきたいところです。

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birdsongさんのアマゾンレビュー

11件目の拙著アマゾンレビューです。

http://www.amazon.co.jp/review/R3E6PV5PRY3MQ6/ref=cm_cr_rdp_perm(いのちと健康を守る労働時間規制)

冒頭から、

>ネットで声高に「正社員のクビを切れば切る程世界はハッピー」というようなことを書く「学者」がおられます。ちょっと考えれば、「隣のおじさんがクビになっても俺が雇われるわけじゃない」「俺がクビになったら、この仕事ごとポストも消えるんだろうな」と思うのですが、この本を読むと「ちょっと考えた」以上のことがわかります。

と、誰かさんを念頭に置きつつ、

>序章で日本型雇用システムの特徴を歴史的な背景とともにてきぱきと説明し、以降日本型雇用システムの特徴を軸に論を展開、最後に現実的な妥協点を探るための提案を出すという、とても判りやすい論述スタイルです。首切り族の「学者」が切って捨てる日本的雇用システムには、然るべき歴史的背景があるのであって、ただただ潰せばそれで済むようなものではないことが具体例を交えて示され、従って問題の解決は漸進的なものにならざるを得ないのだという筆者の主張には説得力があります。

と、総体的に評価していただいておりますが、おそらくbirdsongさんの心に一番響いたのは、

>冷静な論を心がけている筆者の内心が垣間見えるのが、第一章の3から4節にかけてでしょうか。男女とも健康な家庭生活が送れるようなワークライフバランスが望まれるというだけではなく、そのデフォルトがこれまでの「女性正社員と同じ働き方」である、というのです。

というところだったようです。

>不況時にクビにならないために、(主に男性の)労働者は目一杯過重労働せざるを得ない。でも労働者のもつ唯一の「資本」は自分の体なのですから、健康を害するような労働は体の切り売りのようなものです。それを「生温い」とか、「死ぬまで働け」とかいう風潮がある限り、「いのちと健康を守る労働時間規制」の重要性は減ることがないでしょう。その意味で、この二節についてはもっと具体例を挙げて強く論じて欲しかったと思います。

そこはむしろ他の章の問題と密接な関係にあるからこそ雇用システム全体でトータルに論じられなければならないという考えです。それも新書本約200ページの中で。

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第2回個人請負型就業者に関する研究会で報告

本日、厚生労働省の個人請負型就業者に関する研究会にお呼びいただき、EUにおける経済的従属労働者の法政策について報告してきました。

EUレベルではいくつか法政策への試みがされているだけで、いまだ具体的な法制度に進んだものはないのですが、EU加盟国レベルではいくつかの国で興味深い進展が見られ、EU財団の調査研究に基づき、そちらを主にお話ししてきました。また、労働法グリーンペーパーに対する労使その他の反応も興味深いものがありますので、それもまとめました。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/keizaijuzoku.html(『生活経済政策』6月号 EUにおける「経済的従属労働者」の法政策 )

http://homepage3.nifty.com/hamachan/edw.html(経済的従属労働者に関するEU諸国の法制と労使関係(EU財団調査等による) )

http://homepage3.nifty.com/hamachan/llgp.html(労働法グリーンペーパー中「経済的従属労働者」に関する反応 )

この問題に関心のある方々には少しは有用ではないかと思います。

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覚書程度に

先週末、都内某所新御茶ノ水方面(笑)で公平・公正な処遇なんたらプロジェクトに出席。

お久しぶりにお目にかかった高木郁郎先生のお話しもわたくしと通ずるところ多いのですが一点。

>自立型パートと被扶養型パート、その間で区分を設けるかどうか。(→最低賃金のあり方にもかかわる。2段階最低賃金制度。・・・・・・

というのは、わたくしも考えたんですよ。でも、やっぱり無理。イギリスの年齢別最賃は若者のスキルレベルの想定からなので、家計維持と家計補助を最賃基準にはもってこれない。そこは社会手当制度でやるしかない、と思います。

久本憲夫先生の業務限定正社員構想というのもわたくしの発想と極めて近いのですが、わたくしはむしろ、ジョブ限定、時間限定、場所限定を正社員のデフォルトにして、無限定に働きますっていう今までの男性正社員モデルをそこからの自らの意思によるオプトアウトにしたい。実態は大して変わらなくて、当面は大部分の男性正社員はオプトアウトになるんでしょうけど、原則はそっちじゃない、ということが重要だと思うのです。

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建設業におけるメンバーシップ型とジョブ型

拙著『新しい労働社会』を書評していただいたGelsyさんが、わたくしのメンバーシップ型、ジョブ型というコンセプトを応用して、建設業の雇用構造について考察しておられます。

http://d.hatena.ne.jp/Gelsy/20091004/1254609019ゼネコンがザ・メンバーシップ型雇用である件 )

http://d.hatena.ne.jp/Gelsy/20091005/1254670703(建設業全体で見るとメンバーシップ型とジョブ型の二層構造である件 )

>前回、濱口桂一郎氏の「新しい労働社会―雇用システムの再構築へ」について書いたんですが、ご本人から感想をいただきました。ありがとうございます。しかし、岩波新書の著者から直接感想文に返事もらえる時代ってすげーな!お礼にもう一回載せときます。

という前口上から始まって、

>さて、この本の中で示されている「メンバーシップ型雇用」と「ジョブ型雇用」というのは、日本の建設業界を語る上で避けては通れない概念だと思うんです。なぜなら、建設会社の内部に土木・建築の施工部門のみならず、設計部門や研究部門などを抱え込む「ゼネコン」という企業形態は、メンバーシップ型雇用という日本に特徴的な雇用システムがあって初めて成立するものであるように感じるからです。

>メンバーシップ型雇用というのは、大工さんの徒弟制度の発展型であり、その最大の利点は社員教育にあるといえます。ジョブ型雇用システムのアメリカ建設業界では、例えば積算→購買→現場監督→監理、と渡り歩くことは、少なからず転職することを意味しますが、日本だったらゼネコンの中でおおよそ全部可能です。建設技術に限って言えば、ジョブ型よりも日本のメンバーシップ型ゼネコンの方が、効率的に、かつ生活にリスクを生じさせることなく習得できる環境にあると言え、現に日本の建設技術が非常に高いレベルにあることは、これを裏付けていると思います。

ところが一方、

>ここで無視できないのは、多重下請構造の存在です。建設業では、多重下請は違法でも脱法でもなく、建設業法第2条で公然と謳われたものです。建設業法はその名の通り、建設業にしか適用されません。受注状況がめまぐるしく変わる建設業において、ゼネコンがメンバーシップ型雇用を維持できるのは、「特例的に」多重下請構造が認められているからであり、一方で下請となる専門業者の多くはメンバーシップ型ではなく、ジョブ型雇用であり、ジョブを求めて複数のゼネコンと取引しているのが普通です。つまり、ゼネコンだけを見れば典型的なメンバーシップ型雇用ですが、一方、建設業全体を見るとメンバーシップ型とジョブ型が層を成す、特殊な2層の産業構造を持つといえるのです。

>なぜ、建設業においてこのような、チートと言える様な産業構造が許されているのかというと、一つには先述の通り受注状況が変化するという特徴が勘案されたという面もあるとは思いますが、最も大きいのは、不況のときに雇用の受け皿となる使命を負わされている、否、いたからであり、国は財政政策として自ら発注者となって建設工事を起こすつもりであったからです。国はただ漠然とそのような使命を期待していたわけではなく、建設業法のほか、労働安全衛生法など、システムの整備を行っており、たとえば、現場の労災保険はゼネコンのお金で入りますし、足場や手すりなどの安全設備もゼネコンの社員である統括安全衛生責任者の責任で設置しなければなりません。つまり、急に襲ってくる不況時に、労働者が建設業になだれ込んだとしても、それが十分であるかという議論はさておき、労働者保護が図られるように予めシステムを用意していたわけです。

そこまで建設業とそれ以外の産業をきれいに分けて論じられるかはいささか問題もあるように思われます。むしろ、高度成長以前には製造業でも臨時工や社外工という存在が大きな問題であったわけで、メンバーシップ型とジョブ型が成人男子の労働市場としても別れていたのだと思います。しかし、高度成長期に建設業以外ではジョブ型の中心は主婦パートと学生アルバイトに移行し、ジョブ型労働者は社会問題としての注目点ではなくなってしまった点が大きいのではないでしょうか。そこが拙著の強調点でもあったわけですが、建設業ではそうではなかった、つまり多重下請構造の中で、成人男子労働力の吸収機構としてジョブ型労働者が建設労働力の中心であり続け、それに対する対策が建設労働対策の中心であり続けたという点が違いなのではないかと感じました。

いずれにしても、Gelsyさんは、

>そこで、正社員のメンバーシップはそのまま、経営者の「これはまずい」の声に押されて、規制緩和の錦の御旗の下、ジョブ型雇用の下請構造を持つことが建設業以外にも認められるようになった。つまり、最初に中途半端に真似してしまったメンバーシップ型雇用を、完全に建設業の真似、すなわちメンバーシップ型とジョブ型の2層構造へと移行させようとした。これが、派遣労働者やフリーターといった非正規労働者の増加に対する私の解釈です。

しかし、上で見てきたように、建設業は特殊な産業構造をとるために、雇用の受け皿となることや、労働者保護の仕組みを守ることなど、さまざまな代償を払っていました。しかし、こうした代償を払っていない「規制緩和」には、法的に不備な面が多々あるように感じます。不安定な「受注産業」という特徴をさらにプラスしたIT産業は、その中でも厳しいクソ労働環境となることは必然といえます。

国が雇用を生み出すことについては、そう簡単にいいアイディアが浮かぶとは思えませんが、非正規労働者のいるすべての産業に税金を注ぎ込むことが不可能であるのは明らかです。今できることは、少なくとも建設業や労働安全衛生法で建設業に求められているような労働者保護政策を、建設業以外の非正規労働者の雇用者にも求めることでしょう。でなければ、法のバランスが取れません。

こうして見ていく中で、他産業が建設業の轍を踏んでいくものだとすれば、他産業においても建設業と同じく、ジョブ型雇用システム層において、技能の求められる仕事の割合が増すのではないでしょうか。専門的技能の身に付かない、応用性の低い単純作業について、ジョブ型雇用システムで雇用を行うことについては、慎重であるべきでしょう。

と論じていかれます。必ずしもすべての認識に同意するわけではないのですが、建設業界からみたマクロ的な構造図として、大変示唆的であり、参考になります。

振り返ってみれば、労働者派遣法制定にあたって重要な役割を果たされた高梨昌先生は、建設業の雇用構造を研究され、労務下請のようなその特殊な在り方を摘出していました。そして、その問題意識から派遣請負などの法的整備の必要性を説かれるようになったと回顧しておられます。現在ではほとんどそのつながりは意識されていませんが、建設業の雇用システムは日本の雇用システムの研究への鍵であるというべきなのかもしれません。

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コールセンター スーパーバイザーの「養壷」さんの書評(予告)

コールセンター スーパーバイザーの「養壷」さんが、拙著への書評(の予告)をされています。

http://yanghu.blog23.fc2.com/blog-entry-76.html最近労働と社会保障について本を読んでいる

>「契約更新をきっかけに、交渉をするために労働の仕組みを知ろう」と本を読み始めて数ヶ月。

その間に読まれた本が、拙著のほか、いくつか並んでいます。

拙著については、

>現在の労働社会を知るための本。
・現在の労働社会がどのように成り立っているのか
・その労働社会が抱える問題は何か
この二点が本当に丁寧に語られている。このような本にはじめて触れる無知な僕にも理解が得られ、なにより知的好奇心をかきたててくれたことがうれしい一冊。
違う機会にエントリーを書いてみたい。

と仰っています。書かれた際には、ぜひ、そのエントリーを読ませてください。

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モリタク先生のフレクシキュリティ批判の的はずれ

モリタク先生こと森永卓郎氏がフレクシキュリティを「財界が仕掛ける・・・新しい罠」と批判しています。

http://www.nikkeibp.co.jp/article/sj/20090929/184436/

しかしながら、残念ながらその批判は、日本の文脈における日本の財界や財界寄りのエコノミスト批判としてはそれなりに理解できる面もありますが、ヨーロッパに行ってそういう発言をすると社会民主派や労働組合からも「わかってない」と思われる危険性がありますので、もうすこし世界的な文脈を理解してから喋ったり書いたりした方がいいと思われます。せめて、欧州社会党の10原則くらいは目を通しておいてほしいところです。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/01/10_7fc9.html(欧州社会党の10原則)

確かにごく最近になって竹中平蔵氏がフレクシキュリティを持ち出して偉そうに解説しているのはあまり愉快な姿ではないでしょうが、それは彼が権力の中枢にいた5年間に全然見向きもしなかったものであり、その解雇規制緩和以外の要素である「手厚い失業中の生活保障」「手厚い教育訓練などの積極的労働市場政策」は、むしろ彼の在任中は、言うところの自己責任論でもって否定しつづけたものなのであってみれば、「どの面下げて、今頃フレクシキュリティだって?」と批判するべきものであって、竹中憎しでフレクシキュリティまで全否定しようというのは、むしろその思う壺というべきでしょう。

さらに、拙著でも一項目当てて解説したように、デンマーク型フレクシキュリティとはマクロレベルの労使合意でもって政策を作り動かしていくというコーポラティズムの極地ともいうべきシステムを前提としており、フレクシキュリティという言葉を労使決定システム抜きに語ること自体が詐欺師的行為というべきなのですが、そういう真に批判すべき点がすっぽり抜け落ちてしまいます。

経済財政諮問会議や規制改革会議から労働者の代表を排除し、「ソーシャル」な政策を憎悪し続けた竹中平蔵氏にデンマークモデルを口にする資格があるのか、というのが真に問うべき彼の罪であって、そこのところを見逃すような責め方は、一見全否定でかっこよさげに見えますが、実は竹中氏の真の罪を免責するものと言うべきでしょう。

なぜなら、モリタク氏の批判を読んだ読者は、竹中氏は(本当はセキュリティのないフレクシビリティという一方的に労働者に過酷な政策をやったがゆえに批判されるべきであるにもかかわらず)はじめからフレクシキュリティ路線だったかのような虚像をまとうことができるからです。

この手の一見一番苛烈に批判しているように見えて実は味噌も糞も一緒にすることによって論敵の後ろめたさをやわらげてやってしまうたぐいの議論は、私に言わせれば竹中氏に密かに塩を送っているのと同じです。

モリタク氏が世界の潮流を理解しないでフレクシキュリティを全否定しても、結局中長期的にはそういう方向に進んでいくことになるのですから、その時に、竹中氏が「俺も最初からフレクシキュリティ論者だったんだぞ」というような顔をしてしゃしゃり出てきたときに、ぴしりと「そうじゃないだろ!」というためには、モリタク氏のような真の的を外した批判は百害あって一利なしでしょう。

(追記)

早速、竹中平蔵氏と同様、フレクシキュリティの「キュリティ」部分に対しては憎悪感しか抱いていないような反ソーシャル思想に充ち満ちた捏造常習犯の奴隷制論者が、モリタク氏の味噌も糞も一緒くたの軽率な議論を鬼の首を取ったかのように喜んで、攻撃し始めていますな。

http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/3a2a6ca1227997527c4cb9887cd20acc

こういうインチキ学者のブログだけしか読まないようなうかつな人間は、デンマークが労使が交渉ですべてを決めるコーポラティズムの国だなどということはつゆ知らぬまま、労働組合を諸悪の根源と叩まくるのがフレクシキュリティだという完璧に間違った信念を強化していくわけです。

そういう嘆かわしい事態を引き起こす原因の一つに自分のうかつな文章が貢献しているのかも知れないと、モリタク先生には真剣に自省していただかなければなりません。

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『人材ビジネス』誌10月号特集「新政権と派遣法」

人材派遣業界の情報誌である『月刊人材ビジネス』の10月号は「新政権と派遣法」という特集を組んでいます。

http://www.jinzai-business.net/gjb_details200910.html

>総選挙は民主党が歴史的な大勝を遂げ、9月16日に社民党、国民新党との3党連立による鳩山内閣が発足した。政権交代に伴う新たな「政治システム」の基盤づくりが急ピッチで進む中、注目はマニフェストに並んだ各種政策の優先順位とその法案審議の行方に移っている。

その特集の目玉が、

[特集・新政権と派遣法]

民主党など連立内閣でどうなる派遣法?
政権交代がもたらす法改正への影響
与党改正法案に野党と業界、次の一手は

 「“禁止”は問題のすり替え」 労働政策研究・研修機構 濱口 桂一郎 氏

です。

業界情報誌ですので、発行とともにわたしのHPでも公開します。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/jinzai0910.html

私のこの問題に関する見解は本ブログ等でも繰り返し述べてきていますので、なじみの皆様にはそんなに目新しいことは言っていませんが、昨晩からまた増えだした池田信夫blogから飛んできた方々は、池田氏のトンデモぶりをじっくり鑑賞するついでに、まっとうな労働政策論とはどういうものであるかもご覧になってゆかれるとよいでしょう。

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IFRSでは有給休暇の未消化は粉飾決算

以前拙著の書評をしていただいた「企業法務マンサバイバル」さんで、これまた大変興味深いエントリが投下されました。

http://blog.livedoor.jp/businesslaw/archives/51902886.html(IFRS(アイファース)適用により、有給休暇を付与せず残業手当を支払わない日本の多くの企業が粉飾決算となるようです)

>IFRSでは有給休暇の未消化分も評価して負債計上することになるのだそう(P48)。この発想でいくと、有給休暇をそもそも付与していない会社や残業手当を支払わない日本の多くの会社は、負債を正しく計上しない粉飾決算会社として制裁を受けることになります。

うーん、これは労働行政が厳しく監督する必要が無くなるぐらいの効果が期待できるんではないでしょうか?だって、放っておいても監査役や会計士が有給休暇の付与状況や残業手当の未払いがないかを毎期毎期チェックしてくれるんですからね。しかもそんなものは従業員にヒアリングすれば一瞬でバレるので隠しようもないというw。相当なプレッシャーのはず。

まったく新しい切り口で、日本企業の悪しき人事慣習が一掃されるチャンスになりそうな予感がしてきましたよ。

私は会計学には全く無知蒙昧なので、ここに書いてあることの労働法的インプリケーションしか理解できませんが、その観点だけでも大変興味深いことであることは間違いありません。

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マルクス主義同志会機関誌『海つばめ』で書評されたらしいです

例によって「俺に関する噂」を検索していると、

http://www.mcg-j.org/japan/petrel/1104.html

マルクス主義同志会という団体の機関誌の『海つばめ』で拙著『新しい労働社会』を書評していただいたらしいです。目次だけ載っていまして、

>【四面書架】濱口桂一郎著『新しい労働社会』――労働社会の一側面描くが…

一側面は描くが・・・肝心の本質を描いていないからだめだ、というふうに続くのか、中身を読みたくなりますが、まあ、リンク先のほかの記事の文章からすると、あんまり高い評価を期待しない方がよさそうですね。

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日本における労働者代表制の構想

本日、田町の連合東京会議室で開かれた経営民主ネットワーク主催の「労働者代表制の法制化に向かって」というシンポジウムで基調講演。

私の次には、連合の長谷川裕子さんが「労働者代表制と労働組合の役割」を特別報告、そしてJAMの早川行雄さんがコメント。

なかなか面白いシンポだったと思います。やりとりはいずれ『経営民主主義』誌で再現されるでしょうから、そのときにお読み下さい。

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雇用調整助成金のピンハネ

毎日新聞から、

http://mainichi.jp/life/job/news/20091002dde041040024000c.html(休業補償:企業ピンハネ 社内失業者悲鳴、未払い相談続出)

>依然過去最悪の水準にある失業率。「企業内失業」とも言える現状を生み、正社員をも苦しめている。労働問題の相談に応じるNPO「労働相談センター」(石川源嗣所長)によると、最近、失業率の悪化に歯止めをかける国の雇用調整助成金(雇調金)を企業が悪用し、休業補償を支払わないという内容が目立っているという。

>休業補償は最低でも賃金の6割が補償される。しかし会社が4割しか支払わなかったり、全く支払わないとの相談も寄せられている。

これはさらっと読むとけしからん事業主だというだけですが、実はこういう失業予防的助成金制度の制度設計上の問題点が浮かび上がる事例でもあります。

雇用調整助成金と同じ発想の政策はドイツやフランスにもありますが、これら諸国ではお金は労働者に払われるのに対して、日本の制度は企業に払われます。いや、企業を通じて労働者に賃金として払われるのだから経済的には同じといえばそうですが、上のニュースのように必ずしもそうではないわけですね。

これは、去る総選挙で論点になった事業を通じた助成か直接国民への助成かという問題ともつながりますね。

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そもそも、多重債務問題の本質的背景は貧困問題

ひさしぶりにまっとうな言葉を経済学者の口から聞いたのでメモ。

http://agora-web.jp/archives/763918.html(エンフォースメントに関する補足--池尾和人)

>そもそも、多重債務問題の本質的背景は貧困問題だから、金融制度をいじったくらいで片がつくような軽い問題ではない。そうしたことには到底思いが至っていないだろうね。

エセ学者の池田信夫氏と共著を出しているからといって、同類だと思いこんではいけないという貴重な実例。この前後のエントリも秀逸。

ついでにいうと、池田信夫氏に知的誠実性のかけらでもあるならば、ここまで言ってる池尾和人氏に対して、

http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/88e388648e53401a39d8651525f79743濱口桂一郎氏の家父長主義

>池尾和人君、パターナリズムってわかる? これ、ほめてるんじゃないよ。日本語では「家父長主義」と訳し、君のように「かわいそうな貧乏人を助けてあげよう」という善意で規制を強化して、結果的には日本経済をだめにすることをいうんだよ。(固有名詞のみ入れ替え)

と罵倒しなければいけませんね。

もちろん、池尾氏の勤務先大学や著書の出版元に対する見当はずれの罵詈讒謗までは必要ありませんが。

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教育・訓練研究の視界

JILPTのコラム、今回は小杉礼子さんです。

http://www.jil.go.jp/column/bn/colum0132.htm(教育・訓練研究の視界)

>教育・訓練は、投資をすればすぐに成果が上がるものではない。少し考えただけでも、まず、実行してから成果が見える水準になるまでにタイムラグがある。第2に、教育・訓練を行う側が、教育プログラムを適切に設計していなければならないし、教育できるだけの力を持った人がいなければならないし、適切な設備・教材が必要である。第3に、教育を受ける側が適切に選ばれ、さまざまな面での学習する準備が整っていなければならない。第4に、学習成果が適切に測られフィードバックされなければならない。

>公共職業訓練で養成訓練(中学卒業者対象)の指導員をされていた方から話をうかがったことがある。中学校で授業にきちんと参加してこなかったような生徒が少なからずいたという。一人ずつと向き合い、できたことをほめ続けて、やっと口を開くようになってくれる。自信、自尊心を取り戻す過程を経て、技能訓練が身につくようになるという。・・・

>メアリー・C・ブリントン(2008)は日本の若者へのヒアリング調査をしているが、そこで、常軌を逸した労働条件で働かされていた若者が同僚の自殺をきっかけに会社を辞め、その際、離職を自分の失敗と考え、同僚の死がその人物の性格ゆえであると考えていたことに愕然としたという。アメリカ人の目から見れば、会社が責任を感じるべきなのに、辞めた若者が自己肯定観を失っている。

>次への一歩のために、整えなければならない課題は複雑である。教育・訓練の現場は、技能訓練と平行して、こうした意識にまで降りた相談や生活を支える手立てが必要だったりする。教育訓練を提供する側にもここまでの視野が必要だし、理論と経験を備えた指導担当者が要る。教育・訓練とはそうした蓄積の上に成り立つものだと思う。

特に解説は不要でしょう。あえていえば、教育訓練を論じるには、こういう目線の低さが不可欠であって、挫折したエリート意識からくるねじけた高慢さでものを語るとろくなことにはなりません。

なお、その小杉さんのまとめた資料シリーズとして、「若年者の就業状況・キャリア・職業能力開発の現状」がアップされています。

http://www.jil.go.jp/institute/chosa/2009/09-061.htm

このうち、興味深いのは

>(3)平成19年調査で新たに加わった「初職」に関する項目を利用して、<初職+前職+現職>からなる職業キャリア類型を作成し、キャリアの視点から若者就業の現状を明らかにする。とりわけ、非典型雇用から正社員への移行の実態を明らかにする。

というところで、PDFファイルでは65ページあたりから職業キャリアの類型のパノラマが展開します。資料シリーズなので、データが並ぶだけで解釈はおあずけですが、どういう風に料理されていかれるのか楽しみです。

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日本学術会議大学と職業との接続検討分科会資料

日本学術会議の大学教育の分野別質保証の在り方検討委員会 大学と職業との接続検討分科会の第1回から第6回までの配付資料が学術会議のHPにアップされています。議事要旨はまだです。

http://www.scj.go.jp/ja/info/iinkai/daigaku/syoku.html

以下、第2回からの各委員の資料です。

http://www.scj.go.jp/ja/info/iinkai/daigaku/pdf/d-2-1.pdf(「キャリア教育の推進は、学校教育の職業的レリバンスを高めるか?」(児美川孝一郎 幹事))

http://www.scj.go.jp/ja/info/iinkai/daigaku/pdf/d-2-2.pdf(「大学と就社の接続について」(久本憲夫 副委員長))

http://www.scj.go.jp/ja/info/iinkai/daigaku/pdf/d-3-1.pdf(「教育における職業的イレリバンスの十大要因」(田中 萬年 委員))

「日本の大卒就職の特殊性を問い直す ―QOL 問題に着目して」(本田 由紀 幹事)

http://www.scj.go.jp/ja/info/iinkai/daigaku/pdf/d-4-1-1.pdf(「日本型雇用システムにおける人材養成と学校から仕事への移行」 (濱口 桂一郎 委員))

http://www.scj.go.jp/ja/info/iinkai/daigaku/pdf/d-4-2.pdf( 「教育と労働と社会 ― 教育効果の視点から」(矢野 眞和 委員))

http://www.scj.go.jp/ja/info/iinkai/daigaku/pdf/d-5-1.pdf( 「専門分野別評価と職業教育」(北村 隆行 委員))

http://www.scj.go.jp/ja/info/iinkai/daigaku/pdf/d-5-2.pdf(「労働教育と就職活動について」(逢見 直人 委員))

http://www.scj.go.jp/ja/info/iinkai/daigaku/pdf/d-6-1.pdf(「日本社会における学校と企業との大きな隔たり~個人の能力開発への積極性を引き出せる学業から職業への移行システム」(樋口 美雄 委員))

http://www.scj.go.jp/ja/info/iinkai/daigaku/pdf/d-6-2.pdf(今まで出された論点)

http://www.scj.go.jp/ja/info/iinkai/daigaku/pdf/d-6-3.pdf(今後の分科会審議に関する論点の例)

議論はそろそろまとめの段階に入りつつありますが、上の各委員の資料は(わたしのは別にしても)それぞれに大変ためになります。

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悪者退治の三流政治学

非国民通信さんの興味深いエントリ

http://blog.goo.ne.jp/rebellion_2006/e/279c4dc3bc88d45cfc7d85d9bf5ff74a(私は「新しい自民党」が嫌いなんです)

>小泉以降に政治に関心を持ったニワカ左翼の私からすれば、小泉以降の「新しい自民党」こそが最も否定すべき存在なのです。反対意見を持つ人々との合意形成に力を注ぐよりも、相手の意見を「毅然と」突っぱねること、そして意に添わない人々を抵抗勢力だの既得権益だの腐敗~だのと呼んでは悪役に見せかけることで、自らは「悪い奴らと戦っている改革者」を演じようとする、そうした唯我独尊の「リーダーシップ」を是とする政治の在り方にこそ、強い疑問を感じてきました。そりゃ話の通じないバカも多々いるわけで結果的に合意が得られない場合もあるのですが、そうではなく最初から対立を目的化している、相手を「退治」することを目指すかのごとき政治姿勢には、やはり問題が多いと思うわけです。しかるに、左派と呼ばれる人々も含めた世論の大勢が否定しようとしているのは「古い自民党」であり、決して小泉以降の自民党ではないように見えます。

定義上「邪悪」であるものとの妥協は論理必然的に「悪徳」であり、「退治」「殲滅」のみが唯一許されるわけですね。

もちろん「古い自民党」政治は、社会に存在する様々な「利害」の調整の仕方として必ずしも立派であったとはいえませんし、特定の「既得権」が他の権利利益よりも優先される硬直的な利害調整方式の「構造改革」は必要かつ必然であったとも思いますが、それが政治のあるべき姿を「利害の公平な調整」としてではなく「利害を超越した聖人君子」による「悪者退治」として描き出そうとする三流政治学を世に瀰漫させたことの弊害は大変大きかったと思います。

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