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2009年9月18日 (金)

「不寛容なリベラル」というパラドクス

『時の法令』巻頭の「そのみちのコラム」は私も一昨年担当しましたが、今年は千葉大学の水島治郎先生が執筆者の一人となっています。水島先生はオランダ政治研究の第一人者で、いろいろとお世話になっているのですが、9月15日号に掲載された標題のエッセイが大変おもしろいので紹介したいと思います。

>「ヨーロッパで移民批判の右翼が台頭」と聞けば、日本ではネオナチなどの極右を思い浮かべ、反ユダヤ主義、暴力行動や反民主主義といったイメージを持つ人が多いだろう。

しかし、近年躍進したオランダや北欧の新右翼政党に着目すると、そのようなネオナチや極右とのつながりはなきに等しい。そして彼らの主張する論理が、従来の「極右」とはむしろ正反対であることに気づく。彼らの移民批判の論理は、リベラルな論理を徹底したところから出発しているのだ。

具体的にはどういうことかというと、

>彼らの主張のポイントは、リベラルな立場からイスラムの「非リベラル」なあり方を批判するところにある。つまり、自由・人権・民主主義・男女平等・政教分離といった西欧近代の築き上げてきた価値を積極的に強調した上で、返す刀で「個人の自由を抑圧し、人権を無視するイスラム」「女性を差別するイスラム」「政教分離を拒否し、政教一致に固執するイスラム」の後進性を徹底して批判するのである。特にフォルタインは、自らが同性愛者であることを公言した上で、イスラム社会やイスラム移民における同性愛者差別を糾弾した。

この立場からすれば、「後進的」価値観に彩られたイスラム移民が、ヨーロッパ社会の進歩的価値観を受け入れることなく大量に流入することは、許されることではない。ヨーロッパの啓蒙の伝統を守り、人権や民主主義という普遍的な価値観を発展させるためにも、イスラム移民の流入は阻止しなければならない。

人権を守るようなふりをしてかっこよさげにイスラム移民を擁護する「多文化共生主義者」こそ自由と人権と民主主義と男女平等の敵である、と。

>「真のリベラル」は自分たちであるという「自負」があるかのようだ。

>「リベラル」であるがゆえの「不寛容」。いわば「啓蒙主義」と「排外主義」が一貫したロジックのもとでつながっているところに、現代ヨーロッパの抱える矛盾が潜んでいるといえよう。

このロジックがそのまま日本に応用できるかというと、日本で排外主義をあおっている右翼な人々の国内政策における主張が自由と人権と民主主義と男女平等と政教分離を断固守れと強調しているとはいささか言いがたい面があるので(むしろ逆のケースが多い)、そのまま持ってこれるとは到底いえませんが、一般市民レベルにおける隠微な支持感情の背後には、中国やとりわけ北朝鮮の非民主性や人権レベルの低さが働いている面もあるかも知れません。ただ、韓国も一緒にして「特定アジア」への敵意をあおっているのを見ると、それは意識的なものではないのでしょうが。

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コメント

>特にフォルタインは、自らが同性愛者であることを公言した上で、イスラム社会やイスラム移民における同性愛者差別を糾弾した。

このフォルタイン氏は右翼なのでしょうが、普通は右翼ってホモフォビアです。軍隊を見れば分かりますが・・。ホモバッシングに走る人は必ず右翼だと思っておりましたので、このエントリのような話になると、なんだか党派性と己の趣味と私怨がこんがらがっていますね。ゲイやダイクへの差別自体は万国共通でして、右翼がイスラムを糾弾する根拠にするのも妙な因縁という感じがします。

かなり面白く読みました。
なるほどね。

実は、ヨーロッパ戦前の反ユダヤ主義ってのはそれ以前の反ユダヤ主義と違う側面があるって指摘があるんですよね。
http://d.hatena.ne.jp/Mukke/20090920/1253461859
日本の場合、一方でグローバリズムへの反感とその反動による"日本的なるもの"への回帰がある一方で、人権や自由があまり進んでいないアジア諸国という政治的な対比がアマルガムになっちゃってるだけ、始末が悪いってことなのではないかと。

ちなみに、同じトピックを右翼な方々が描くとこうなるという典型例を「西尾幹二のインターネット日録」から『SAPIO』に載った文章を引用しますと、

http://www.nishiokanji.jp/blog/?p=862


>オランダはEU域外の外国人への地方参政権付与からトラブルが始まって、やがて内乱に近い状態になった。外国人は都市部に集中してゲットーに居住し、別国家のような観を呈した。そこにオランダ人が足を踏み入れると敵意を示す。外国人はオランダの生活習慣や価値観を嫌い、祖国のやり方を守るだけでなく、オランダの文化や仕切りを自分たちの流儀に切り換え、変革しようとさえする。時刻(ママ、「自国」の誤りか)の宗教や文化を絶対視し、若い狂信派を育てて、オランダの社会システムを破壊し、つくり変えようとする。
 オランダ政府はいろいろ手を打ったが、すべて手遅れである。外国人が一定数以上を超え、政治発言力を持ち始めると、取り返しがつかなくなる先例をオランダに学ぶべきである。

読めば判るように、ここに書かれていることはあながち間違いではありません。同じ桜チャンネル出演仲間の池田信夫氏と同様、「半分だけ正しい」議論なんですが、書き方によって、ここまでショービニズム全開のイデオロギッシュなプロパガンダに使えてしまうわけです。

さらに話が複雑なのは、このリンク先の主張は、

> 参政権を認めれば、予想される事態は、韓国人や中国人が過疎地の自治体に計画的に集団移住するなり、住民登録を移すなりして、小さな市や町の議会を合法的に占領する可能性がある。すでに土地が韓国企業に買い占められている対馬や国境の島の沖縄・与那国島などは真っ先に狙われるだろう。侵略は国境の内側から合法的に始まるのである。「実害」がないどころではない。

というほとんど妄想的なファナティズムなんですが、それがそれでも一定の説得力を

>全体主義の国は私たちの常識の及ばない怖さがある。

という正しい事実から調達している面があるからなのでしょう。

時刻の宗教

自国の宗教
でしょうか

(本コメントは削除してください)

>hamachan様
そのレトリックで思い出すのが企業城下町の例なんですよね。特に大企業の大工場が立地していると、そこに勤務する従業員とかその関係者が大勢住む訳で、労組とかを通じて地方議会更には国政にまで影響力を及ぼしたりしちゃう。
でも企業が政治を壟断しているなんて批判は、外国人参政権で外国人が移住して云々と言われているほど聞かないんですよね。現実には公害問題とかが挙げられる様に、少なからず弊害を齎すこともあるのに。

彼らの言う全体主義か民主主義か(あるいは未開か文明か)って線引きって、案外御都合主義なんじゃないかと思うのですよ。企業でも(極端な話)カルト集団でも「日本的なもの」であれば受け入れるけど、幾ら民主化していても在日韓国人は認めない訳なんですから。

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