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2009年9月 9日 (水)

お待ちかね、労務屋さんの書評

「まあ、しゃあないわな」などといいつつ、労務屋さんが「キャリアデザインマガジン」に書かれた拙著の書評をアップされています。

http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20090909

「辛口に心がけたつもりです」とのことですが、もう少し辛めの批評が来るかと思っておりました。「hamachanはいつの間にか八代尚宏さんの陣営に行っておられたようですね」とか。

実は、まさにそういう批評をもらいたかったので、あえて労務屋さんには「辛口の批評を」リクエストしたという面があります。

ここで労務屋さんが語られているように、拙著各章で私が提示している具体的な政策論については、私たちの考え方は非常に近いのです。ではどこに「違和感」を感じられるのかというと、

>メンバーシップ型を基軸とした雇用システムには、たしかに功罪があろう。著者はその「罪」を強調するいっぽうで、「功」にはいささか冷淡な感がある。たとえば長期雇用・内部昇進制について「労働者は仕事に全力投球することを求められ、これが長時間労働のような弊害を伴いながらも、企業の発展に貢献したことは間違いありません」という記述が第3章にあるが、著者は企業の発展が労働条件の向上につながり、雇用の増加をももたらしたことには口を閉ざす。その雇用システムゆえにありふれた労働者が郊外のマイホームと一家に一台のマイカー、月に一度の外食や年に2回の宿泊旅行を手に入れることができたという「功」の部分は語られない。「部分部分の改善は全体像を常に意識して行わなければならない」「全体としての現実適合性を担保する」という理念との整合性にかすかな疑念を感じざるを得ない。

労務屋さんは「かすかな疑念」と言われていますが、実はかすかどころか、これがわたくしに対する大きな疑念であることは、

>しかしながら、日本の過小評価、EUの過大評価によるものか、違和感を禁じえない提言もある。たとえば、第1章の「普通の労働者に適用されるデフォルトルールは」「男女労働者とも家庭生活とのバランスが取れる程度の時間外労働を上限と」「明確に変更すべき」との提言である。そもそも特定のワークライフバランスを行政がデフォルトとしてセットするというのが余計なお世話なわけだが、それは別としても、なお「それで本当に日本は国際競争に勝てるのか?」という懸念はぬぐいがたい。もちろん健康を害するような働き方はよくないにしても、故飯田経夫先生は「日本という国の特色は(「人の上に立つ人」だけではなく)「ヒラの人たち」もまた非常に真面目に働くということにある」と言っておられたではないか?橋本久義先生は、「日本には報われることの少ない分野で、おそらく、一生報われることのない汗を流しつづけている従業員がたくさんいる。そういう「普通」の従業員が、素晴らしい力を発揮して、素晴らしい製品を生み出してきた」と述べているではないか?私が著者のこの提案に強く抵抗を感じるのは、これは結局「国の発展のためになる高度な仕事に没頭するのはエリートに任せて、『普通の労働者』はほどほどに働いて帰宅して家事・育児をやっていなさい」と言わんがばかりの印象を持つからだ(もちろん、著者はそんなことは一切考えていないと思うので、言いがかりに過ぎないのだが)。一定の要件を課され、審査をパスした人でなければ仕事に没頭することが許されないということになると、それは新たな社会階層の形成につながるのではないか、とまで考えるのは大げさかも知れないが…。

まさに予期したとおりの的確な批評です。そう、私の議論は、そういうインプリケーションをまさに持っています。「言いがかり」ではありません。

細かいことを言えば、「普通の労働者」でないのは一部の評論家や政治家が好みそうな「国家戦略エリート」とかいう極端な議論ではなく、むしろアメリカ式に言えばエグゼンプトとノンエグゼンプト、フランス式にいえばカードルとノンカードルといった感覚をある程度(二極分化型ではなく)取り入れた方がいいのではないか、男性正社員はみんな総合職でバリバリ24時間働けますかがデフォルトルールというのは、考え直した方がいいのではないでしょうか、くらいの穏健な議論のつもりですが、それにしても、「ほどほどに働いて帰宅して家事・育児をやっていなさい」をデフォルトにして、「私はもっと頑張る!」という人がオプトアウトするという提案は、まさに労務屋さんが懸念するような「新たな社会階層の形成」とまったく無関係ではないと、私も思っています。

日本型雇用システムを作り上げたのが、戦時中の皇国勤労観と終戦直後の急進的な労働運動による工職身分差別撤廃であり、それが「ヒラの人たち」が「上の人」以上に一生懸命働く社会を作り上げた、という歴史認識を、まさに私も持っています。

それがかつては日本の経済社会の発展に大きく貢献したけれども、そこには無視し得ないマイナス面もあり、それがもはやそのままの形では維持しがたくなってきている、というのが拙著の基本認識であり、こういう風にまとめてみると、これはまさしく八代尚宏さんの議論とまったく同型であることが分かります(細部はもちろん異なりますが)。

まあ、だから「hamachanはいつの間にか八代尚宏さんの陣営に行っておられたようですね」というのが来るか、と思っていたのですが、もちろん労務屋さんはそう思いながらあえてそこまで書かれなかったのでしょう。その代わり、

>このように、本書は現実的な政策を標榜しつつ、その目指すところはかなり大胆であるといえそうだ。案外「現実的を装った抜本改革の書」なのかもしれない。

と、なかなか渋い「評価」をされています。同じことを裏から言えば、抜本改革というあんこを何重もの現実的施策の皮でくるんだ書物ということになるのかも知れません。

実は、そこのところが、抜本改革を市場主導で進めようとされる八代尚宏さんや、同じような理想の実現をユニオン運動に託そうとする木下武男さんたちと、一番異なるところだと思っているのです。

(念のため)

上でカードルとかエグゼンプトとかいったので、あたかも欧米のようにジョブで階層を分ける発想かと誤解されるかも知れないので一言。もちろん、日本のようなジョブのない社会ではジョブでは分けられません。だから、本人がオプトアウトするかどうかでしか決められないと思います。ブルーカラーでもオプトアウトする人はあり得るし、逆もあり得る。ただ、どんな仕事であれ、「ほどほどに働いて帰宅して家事・育児をやる」正社員をデフォルトにして、バリバリしたい人はオプトアウトということです。拙著でも述べたように、多分、大部分の男性正社員はオプトアウトするでしょうが。

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コメント

 亀レス申し訳ありません。拙評を取り上げていただきありがとうございました。
 「まあ、しゃあないわな。」はご承知のとおり稲葉先生のお言葉ですのでご容赦を。まあ私も「御意」とは言っているので同じことではありますが。
 八代先生との類似については、右と左をずっと伸ばしていくと実は環状につながっている…というのは歴史上もよくあったことで、面白がるにはいいでしょうが、あちこちで言い回ったので少々飽きました(笑)。まあ、類似してはいても自由主義と社民主義の「陣営」まで同じになったわけでもないでしょう。
 申し上げるまでもありませんが、私も「無視し得ないマイナス面」があるとの認識は持っています。ただ、それは合目的的な個別の政策(非正規労働へのキャリア形成支援とか、一定以上の長時間労働に対する医学的チェックとか)で対応可能であって、「ありふれた『ヒラの人たち』」ががんばって高度な熟練工となっていく雇用システムを変更すべきではないと考えているわけです。ですから、政策提言についても共通する部分は多いとは思うものの、「メンバーシップ」と「ジョブ」の違いを共通にするような政策、たとえば評では触れませんでしたがたとえば「期間比例原則」のような政策には反対です。
 いずれ、私のブログで個別政策についての意見も書いていきたいと思います(いつになるやら)のでよろしくお願いします。

> いずれ、私のブログで個別政策についての意見も書いていきたいと思います

期待して待っております。

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