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高原基彰『現代日本の転機』

32298824 現代史の解釈として、わたしが労働政策の視点から考えた歴史認識と大変共通するものがあり、興味深いところです。

>今日、すべての人が被害者意識を抱え、打ちひしがれている。現代日本を覆うこの無力感・閉塞感はどこから来たのか。石油危機に端を発する「七三年の転機」を越えて「超安定社会」というイメージが完成した七〇年代から、バブル景気を謳歌した八〇年代を経て、日本型新自由主義が本格化する九〇年代、二〇〇〇年代まで。政治・経済システムの世界的変動を踏まえながら、ねじれつつ進む日本社会の自画像と理想像の転変に迫る。社会学の若き俊英が描き出す渾身の現代史、登場。

内容は、

>序章 左右の反近代主義のねじれ
第1章 「七三年の転機」とは何か—官僚制からグローバリゼーションへ
第2章 「超安定社会」の起源—高度成長・日本的経営・日本型福祉社会
第3章 多幸感の背後で進んだ変化—外圧・バブル・迷走
第4章 日本型新自由主義の展開—バブル崩壊後の日本社会
終章 閉塞感の先へ

ですが、序章で要約されているように、日本では「1973年の転機」を境に、それまでの近代主義から左右の反近代主義が主流になり、そのすきまに1990年代になって新自由主義が出てくるというストーリーを、労働、地方経済、消費などさまざまな領域に目をやりながら語っています。

私にとっての最大の違和感は、70年代半ば以降政労使その他社会の主流派をすべて巻き込み、90年代半ばまで日本社会の公定イデオロギーであった「右バージョンの反近代主義」と、たかだか反体制的ディアスポラが人文系出版物に立てこもって散発的に打ち上げていたに過ぎない「左バージョンの反近代主義」とが、まるでこの20年間対等の立場で争っていたかのように聞こえるこの表現自体です。「右」「左」という言い方自体、その内容とは必ずしも即応していないようにも思われます。そこでいう「左」とは、本ブログで何回もペジョラティブな文脈で使ってきた「リベサヨ」であって、高原氏自身

>それは、右バージョンの圧倒的な影響力のもとで、あくまで非主流の対抗運動や思想として現れた。この思考は、1950~60年代から存在する「自国のファシズム化、軍国主義化への反省」という問題関心が、国家や賃労働そのものを否定するまでに前衛化したものであり、政治・法・経済といった「近代的」な「大きな物語」に依拠することをやめ、少数者(マイノリティ)や女性(フェミニズム)など、多様な利害を個別的に追求することを是とするアイデンティティ論などへとつながってゆく。特に、当時既に年長だった論者からは、政治への関心の退潮と見なされた「消費主義」の進展を、こうしたラディカルな関心の実現に資するものとして評価し始めたことが重要である。こうした左バージョンのラディカルな反近代主義は、現在まで存続しているが、ほぼ信頼を失墜している「自由」のイメージの原型なのではないだろうか。

と述べているように、社会を現実に動かすようなものではなかったように思います。あえていえば、「サヨク」な人々がこういう白昼夢に没頭していたために、この企業主義の時代の次の時代の社会のあり方をマクロに構想するようなイメージが、遅れてやってきた新自由主義以外には90年代には(とりわけ西欧の社会民主主義勢力に対応すべき人々の間においては)完全に払底してしまっていたという消極的な意味合いでしか、その存在意義は語れないのではないでしょうか(まあ、未だにその白昼夢の中に生きてる人々もいるようですが)。

逆に、高原氏が「右バージョン」という企業主義とは、ある意味で労働者の包摂という先進社会共通の社会的課題をいささか特殊な形で遂行しようとしたという面で、当時の「ソーシャル」な関心に対応していたとも言えるのです。その歪みが拙著の一つのテーマでもあるわけですが、それはともかく。

私の『労働法政策』では、70年代初頭までの「近代主義の時代」が終わった後の20年間は端的に「企業主義の時代」であり、90年代半ば以後は「市場主義の時代」であって、問題はその次の時代をどう構想するかではないか、と思うわけですが、これはマクロ社会学者でないわたしの性急さかも知れません。

わたしの歴史観について、最近書いた簡単なものを引用しておきます。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/hitotokokudo.html

>2 近代主義の時代
 
 1950年代半ばから1970年代半ばまでの20年間は、日本も先進欧米諸国と同様に、マクロレベルではケインジアン福祉国家をめざし、ミクロレベルでは生産性向上と賃上げの交換によるフォーディズム的労使妥協が確立した時代である。雇用政策においてこの時代を特徴付けるのは、終身雇用慣行や年功賃金制度、企業別組合に特徴付けられる日本的システムの閉鎖性を打破し、職種別に賃金が決定される欧米型の外部労働市場中心のシステムの確立が目指されていたことである。当時、そうした「職業能力、職種を中心とした労働市場」は「近代的労働市場」と呼ばれていた。日本社会の「近代化」が時代の課題であったわけである。
 奇妙に思えるかも知れないが、当時「同一労働同一賃金」を掲げていたのは経営側であり、労働側は中高年の賃金引き下げにつながる職務給導入には否定的であった。政府は企業横断的労働市場の確立を目指して、公的職業訓練や技能検定制度、職種別中高年雇用率制度、広域的労働移動の促進とそのための住宅整備などに取り組んだ。また、臨時工や社外工といった不安定雇用問題が大きな関心の対象となっていた。
 
3 企業主義の時代
 
 1970年代半ばから1990年代半ばまでの20年間は、それまで前近代的と批判されてきた日本的雇用慣行が「近代的」な雇用システムよりも効率的と評価されるようになった時代であり、企業レベルの共同性が雇用政策の中心となった時代であった。使用者は職務給への移行をもはや語らなくなり、労働側も産別中心化をもはや語らなくなった。そして、雇用政策もそれまでの外部労働市場中心から内部労働市場中心に180度の転換を遂げた。企業内部における雇用維持を目的とする雇用調整給付金がその典型である。アカデミズムにおいても終身雇用や年功制を評価する内部労働市場論が一世を風靡し、日本社会全体で肯定的な「日本人論」が流行した。
 公的職業訓練の政策的位置づけは著しく下げられ、企業内の教育訓練なかんずくOJTによる企業特殊的技能の修得が政策目標とされた。中高年問題は雇入れに着目する雇用率制度から継続雇用を求める定年延長政策に転換した。ちょうどこの時期に国連の影響で男女平等政策が進められたが、諸外国のように同一労働同一賃金から出発するのではなく、あえてそれを回避する形で、男女正社員の雇用管理におけるコースの平等が追求された。その裏側で、パートタイマーなど非正規労働者に対する政策的関心は顕著に失われた。
 
4 市場主義の時代
 
 1990年代半ばから今なお継続中の20年間(あるいはもっと短いか?)は、英米で猛威を振るっていたネオリベラリズムが日本にも輸入され、構造改革というスローガンの下、余計な規制は撤廃して市場に委ねるべきというイデオロギーが展開している時代である。
 日本で内部労働市場志向の政策がとられていた時期は、世界的には新自由主義政策をとるアングロサクソン諸国と従来の福祉国家路線を維持するヨーロッパ諸国が対立していた時代であるが、日本はいずれよりもパフォーマンスの優れたシステムとして自らを誇っていた。ところが1990年代にバブルが崩壊すると、日本型システムを全否定し、アングロサクソンが他市場経済を唯一のモデルとする論調が一世を風靡するようになった。
 そういう政策が進歩的なものとしてプラスに受け止められた一つの理由として、労働者の利害の個別化が進んでいたにもかかわらず、それへの対応が遅れ、とりわけ性別や年齢による差別といった人権課題への労働関係者の対応が鈍かったことが指摘できる。そのため、主観的には市場主義ではないつもりの進歩的知識人たちが、企業中心社会や会社人間を批判することによって、結果的に職場に根ざした連帯を突き崩すことに貢献した。この時期、自己決定という言葉が美しい言葉としてもてはやされたが、それが組織の中で守られることによって生きてこられた弱い立場の人々にどのような事態を帰結するかには、必ずしも敏感ではなかったようである。
 雇用政策の基調は規制緩和と労働市場の流動化におかれた。派遣労働は累次の改正で規制緩和され、労働時間の弾力化も進んだ。助成金の主力は労働移動の支援に移行し、雇用調整助成金のウェイトは顕著に低下した。「自己啓発」の美名の下、職業能力開発政策の中心は企業内教育訓練から企業外に移行した。とはいえ、公的職業訓練施設のウェイトが高まったわけではなく、労働者個人が自分で専門学校を選び、その費用を教育訓練給付で負担するという仕組みが設けられた。その帰結がNOVAのような英会話学校やパソコン教室の公費による隆盛であったことは皮肉である。
 
5 市場主義の時代の終焉
 
 こういった個人志向・市場志向の時代は、2005年のいわゆる小泉郵政選挙で頂点に達した後、社会の雰囲気は構造改革や規制緩和への熱狂から、格差社会への恐れによる規制強化に逆転した。例えば、一定の労働者を労働時間規制から除外しようとする「ホワイトカラー・エグゼンプション」は2007年に激しい批判のために失敗した。地域最低賃金は2007年、2008年と、内閣の介入により大幅に引き上げられた。さらに、三者構成審議会における派遣労働の審議は更なる規制緩和から制限と規制の方向に転換し、2008年には短期派遣の原則禁止、常用派遣労働の促進、派遣労働者の適正処遇などと規定する派遣労働法の改正案が国会に提出され、さらに規制を強化する方向の修正が議論されている。
 また、2008年秋以来の金融危機による雇用不安の拡大の中で、これまで収縮の一途をたどっていた雇用調整助成金の適用が緩和され、その利用が急激に拡大している。公的職業訓練への無理解から「ムダ」の代表とフレームアップされ、廃止が決定された雇用・能力開発機構が、廃止が決定されたとたんにその重要性がクローズアップされ、全面廃止されるはずであった雇用促進住宅が派遣切りされた労働者たちの住居として活用されだしたのは象徴的といえよう。
 この突然の「逆流」に直面して、規制改革会議の労働タスクフォース(座長:福井秀夫)は2007年5月、「脱格差と活力ある労働市場へ」と題する喧嘩腰の文書を発表し、「一部に残存する神話のように、労働者の権利を強めれば、その労働者の保護が図られるという考え方は誤っている」と、労働市場におけるほとんどすべての規制を激しく非難した。しかしながらこのような市場原理主義はほとんど支持を得られず、政府部内で孤立化するに至った。一方、「労働ビッグバン」を掲げて経済財政諮問会議に設置された労働市場改革専門調査会は、ワーク・ライフ・バランスや非正規労働問題を取り上げるなど、時流に棹さす政策を提言しつつ、職務給や職種別労働市場の形成という近代主義の時代に掲げられた目標を提示している。
 
6 市場主義の時代の次に来るのは何か?
 
 今日の雇用問題の中心に位置するのが、雇用を保障された正規労働者は拘束が多く、過重労働に悩む一方で、非正規労働者は雇用が不安定で賃金が極めて低いという点、いわゆる労働力の二極化である。これに対して、労働ビッグバンを掲げる労働経済学者と反主流的立場にある労働運動家が揃って同一労働同一賃金原則に基づく職務給への移行を処方箋として提示していることは興味深い。内部労働市場志向の制度を解体し、もっぱら外部労働市場志向の仕組みに作り替えることが、正規労働者と非正規労働者の格差を究極的になくすことになるという議論である。
 ここには、市場主義からの転換の先にいかなるシステムを構想するかという、哲学的な問題が顔を覗かせている。時代区分で言えば、70年代半ばから90年代半ばまでの企業主義の時代に回帰すべきと考えるのか、その前の50年代半ばから70年代半ばまでの近代主義の時代の理想を追求すべきと考えるのか、という問題である。
 これは雇用政策だけでなく、社会保障政策や教育政策、住宅政策など国民生活に関わる広範な政策領域に影響を与える大きな社会的意思決定である。企業主義に立脚するのであれば、労働者の生活保障の相当部分は企業に依存することになり、国の社会保障制度は相対的に手薄になるが、近代主義を再建するのであれば、企業の責任は相対的に薄くなり、その分国の責任が重要になる。住宅政策でいえば、企業の社宅や持ち家援助制度に重きを置くのか、公的住宅の供給や公的な住宅手当の創設という方向に進むのかという問題である。
 企業中心社会への反発が過度な市場志向をもたらす原因でもあったことを考えれば、また労働者の利害の個別化や、差別問題への感覚の鋭敏化といった社会の流れは逆転するどころかますます進行するであろうと考えられることからすれば、単純な内部労働市場志向政策が適切であるとは思われない。一方、職務給や職種別労働市場の形成といった半世紀前の理想がなぜ現実化しなかったのかという問題に正面から取り組むことなく、漫然と外部労働市場中心の社会を掲げてみても、実現への道筋が見えてくるわけではない。
 この問題と密接に関わるのが、集団的労使関係システムの在り方をどのような方向に展望するのか、という問題である。単なる組織率の低下にとどまらず、非正規労働者や管理職といったある意味で集団的利益代表システムをもっとも切実に必要としている労働者層が労働組合から事実上排除されている現状に対して、企業内における包括的な利益代表システムと企業を超えた利益代表システムの両面から真剣に検討していくことが求められよう。

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コメント

内容と関係ない投稿で失礼します。いつも携帯サイトから楽しみに拝見している者です。最近トップの画像が葡萄に変わって以降、本文の表示色も変わり、引用部分が赤地に赤字ないし赤地に紫の字で表示されるため、読みづらくなり残念です。他の機種からはどうなんでしょう?この携帯がボロいだけかも知れませんが、ご一考頂けると幸いです。失礼しました。

投稿: ブログ読者 | 2009年9月10日 (木) 22時24分

ちょっと気が早いですが、もみじにしてみました。いかがでしょうか。

投稿: hamachan | 2009年9月11日 (金) 22時17分

ご丁寧に対応下さりありがとうございました。今度のデザインは地色が淡いので、文字色とのコントラストが効いて読みやすくなりました。これからも楽しみに拝読いたします!

投稿: ブログ愛読者 | 2009年9月12日 (土) 00時39分

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