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« 荒木尚志『労働法』 | トップページ | 単純な構図化とプロパガンダ »

2009年8月 9日 (日)

日欧の大学と職業―高等教育と職業に関する12ヵ国比較調査結果―

議論が老社会学者氏の「正論」のような糸の切れた凧にならないようにするためには、やはり実証研究の成果をきちんと使う必要があります。ここ数日charisさんとの間でやりとりされている教育と仕事の関係、なかんずく高等教育と仕事の関係についても、まさに「職業レリバンス」という問題意識に基づいて行われた調査研究が踏まえられる必要があると思います。

JILPTは前身のJIL時代からこの問題領域について繰り返し研究を行い報告書をまとめてきていますが、とりあえず一番まとまったものとしては、2001年3月に発表された「日欧の大学と職業―高等教育と職業に関する12ヵ国比較調査結果―」が有用です。

http://db.jil.go.jp/cgi-bin/jsk012?smode=dtldsp&detail=E2001090016&displayflg=1

>日本労働研究機構では、平成10年度より「大卒者の職業への移行国際比較研究会」を設置し、欧州側研究組織と共同で、日欧の大卒者の職業への移行とキャリアについての調査研究を実施してきた。
 本書は、この共同研究として行われてきた「高等教育と職業に関する国際比較調査」の結果を基に、大学教育と職業の接続のあり方を日本側研究者の視点から検討・分析し、国際比較の観点より考察したものである

このうち第4章「大学教育と職業の関係」が、ここでの議論にもっともレリバントです。

http://db.jil.go.jp/cgi-bin/jsk012?smode=zendsp&detail=E2001090016&displayflg=1&pos=138718&num=12224

いくつかの記述を引っ張っておきますと、まず「問題と背景」として、

>日本で大学教育と職業の関連がさかんに論議されるようになった背景について簡単に触れておこう。1992年から始まる18歳人口の急減によって日本の大学は21世紀初頭にもユニバーサル段階に突入することが必至となり、大学教育の質の維持が「問題」として取り上げられるようになった。この問題を議論する過程で従来の大学教育の目的と内容が再検討に付され、大学教育の職業的レリバンスの問題も浮かび上がってきたのである。ヨーロッパの多くの国には、「大学」のみならず、職業人養成を目的とする「非大学型高等教育機関」も高等教育の重要な一角を占めている。したがって、高等教育段階における職業教育のあり方をめぐる議論は、「非大学型高等教育機関」と「大学」との制度的な役割区分を前提にしておこなわれてきた。それに対して戦後日本の高等教育には、「大学」に比肩しうる有力な「非大学型高等教育機関」は存在しない。このため、日本の大学は、急激に規模を拡大して多数の大卒人材を社会に送り出してきたという厳然たる「事実」があるにもかかわらず、その根強いアカデミックな研究志向のゆえに、職業教育の問題を大学教育の目的と関わらせて論議する雰囲気は、医学部や教員養成学部のような専門職業人養成を本来的な目的とする学部を除き、なかなか顕在化しなかった。その雰囲気が、18歳人口の急減とユニバーサル化への趨勢という現実に直面して一変したのである。また、1990年代に入ってからの財政事情の悪化によって、大学投資へのアカウンタビリィ圧力が高まり、大学が社会に大量に送り出している卒業生は、投資に見合うだけの知識と能力を備えた人材として育成されているのか、という社会から大学への問いかけも、大学教育の職業的レリバンスという問題の浮上に一層の拍車をかけた。
 しかし、このような背景の下で1990年代に急速に進行した大学改革が大学教育の目的、とくに学士教育段階での教育のあり方に関する議論の混乱を生み出したことは否定できない。大学設定基準の大綱化によって学士教育段階での「一般教育」と「専門教育」の区分がとりはらわれ、「一般教育」のカテゴリーの中に占めてきた教養教育の位置づけが曖昧になった。また、これをきっかけに国立大学で急速に進行した教養部の廃止によって、教養教育を担う責任主体の組織は弱体化・不安定化した。その結果、学士教育段階において肥大化した専門教育は、その目的を、教養教育との関連よりも、社会的・職業的ニーズとの関連の中に求めるようになった。こうした経緯もあって、大多数の大学は異口同音に「職業人養成」や「職業に直結する専門教育」を唱えるようになった。しかし、この目的に沿って養成したはずの卒業生が、大学で学んだことを十分に活用できる仕事に就くことができる制度的保障はない。日本の大学教育の職業的レリバンスの問題について議論するにあたっては、以上のような背景を念頭に置く必要がある

最初に「日本の大卒労働市場の特性」について、

>日本の大卒労働市場が、医師など特定の専門職を除き、職業別に編成されていないことは周知の事実である。このことは、本調査のデータからも確認することができる。図4-1は、日本およびヨーロッパ諸国における高等教育卒業者の従事している職業(卒後3年時点)について、大学での専攻分野別に、その構成比を示したものである。ヨーロッパの多くの国では、どの専攻分野の出身であっても、専門職と準専門職が高等教育卒業者の就く主要な職業になっている。それに対して、日本では専門職に就く者の比率は相対的に低く、一般事務職、サービス職・販売職従事者の比率が極めて高くなっている。とくに、社会科学、経営、法律を専攻した卒業生の従事している職業分野の構成は極めて類似しており、ほとんど区別がつかないほどである。また、理学系、工学系の出身者も、専門職従事者の比率はヨーロッパとほぼ同じ水準であるが、これ以外の者が準専門職に就く割合は低く、むしろ、一般事務職、サービス職・販売職に従事する者のほうが多い。
 専門職や準専門職は、入職に際して特定の「資格」を必要とするか否かの問題は別にしても、おもに学校のスクーリングを通じて一定程度の体系的な専門的知識を習得していることが前提とされる職業である。この点で日本とヨーロッパの諸国に違いはない。日本の大卒者が卒業後の比較的早い時点で専門職に就いている者が少ないということは、大学で学んだことがなかなか仕事に直結しないことを意味する。つまり、「専攻分野の教育内容が適切であるかどうか」を論じる以前に、そもそも「大学で学んだ知識を活かす場」がすぐには得られない制度的仕組みになっているのである。

ここの3つのグラフ、はじめの人文科学、社会科学、経営系、

E2001090016zu090_2

次の法学、自然科学、工学系、

E2001090016zu091_2

最後の保健系

E2001090016zu092_2

の各国の姿を見比べただけで、日本の社会科学系、経営系、法学系の特異さが際だちます。

その最大の原因は、

>日本では、大学が学部段階において特定の職業に就くことを想定して専攻分野の教育をおこなうために不可欠の前提条件が、労働市場側に整っていないともいえる。

であり、これを別の言い方をすれば、ジョブではなく「ヒト」でのみ労働市場が成り立っていると言うことです。

特に二つめのグラフを見れば分かるように、理科系では日本でもヨーロッパ諸国と同様に専門職に就職しています。上の法学系だけ、ヨーロッパ諸国では大部分専門職に就職しているのに対し、日本では大部分が事務職とサービス・販売職に入っていっているのです。それをほったらかしにして、「ロースクールで専門職養成」などと騒いでいることに、日本の法学教育界はあまり問題意識がないのですねえ。

次に、「大学における専攻分野と仕事との関連性」について、

>このことは、自分の受けた大学での教育が、現在の仕事の内容とどの程度の関連性をもっているかを卒業生に尋ねた質問への回答結果からも裏付けられる。日本の大学卒業生の13.8%は、「大学での勉強は現在の仕事と全く無関係だ」と答えており、「大学で何を専攻したかはそれほど重要でない」と答えている者も27.2%にのぼり、ヨーロッパ諸国に比べて非常に高い数字を示している(図4-2(A))。しかし、専門職に就いている者だけを取り出してみれば、やや高めではあるものの、日本の数字がそれほど突出しているわけではない(図4-2(B))。ヨーロッパ諸国の高等教育卒業者にはあまり縁のない一般事務職、サービス職・販売職に従事する大卒者が日本には大量に存在し、かれらの回答傾向が大卒者全体の数字を引き上げているのである(図4-2(D))。

まさしく、高校普通科就職組と同じ事態がこうした文化系非専門職就職組に起こっているわけですね。

「結論と今後の展望」の中のとりわけ次の言葉は、もう少しかみしめられるべき必要があるように思います。

>日本では今日、たとえば、高度な経営管理能力を備えた人材や法曹実務家への需要の高まりにみられるように、専門職業人養成の担い手として大学院レベルの教育に目が向けられている。しかし、現在の学部教育と大学院教育との制度的接続の関係に手をつけないままに、この方向での制度化が進行していけば、学部教育の一部分は、専門大学院への進学準備教育としての連続性や一貫性を謳わない限り、その専門性や独自性を主張することは難しくなる。これを主張しうる法学系、経営学系の学部を持つ大学は限られているので、それ以外の大学の既存の法学部、経営学部は、どのようにしてその存在理由を示すことができるのであろうか。この問題は、学部編成の再編につながる重要な問題を孕んでいることは確かである。

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コメント

別スレでのcharisさんとの対話を興味深く拝読しています。確かに文学ネタ(英詩の解釈みたいな)を「ここんところよくわからないんだけど教えて。あなた英文科でしょ、勉強したでしょ」といって振ったときの応答が、<「大学での勉強は現在の仕事と全く無関係だ」と答えており、「大学で何を専攻したかはそれほど重要でない」>って感じです(笑)。国文出て何故かSEやってたおかーさんも知ってますしね。

教養課程は不要不急のものとして潰されてしまいました。あの二年間て、例えば医学部の人間にとっては職業と関係なく趣味的に勉強することが公認されている人生最後の二年間だったんですけど。

さて、職業直結な学部の最右翼が医学部でしょう。一方、医学部は医学部で「潰しがきかない」という面があります。留年なしで6年もかかる上、医学士なんて何の社会的価値もないから、何が何でも医師免とらないといけないし、「医者はやはり向かない」と思っても逃げ場がありません。

潰しのきく学科はその点うらやましいなと思うこともありますよ。みもふたもない形而下な話では、これまでひたすら医療費削減に励んできた厚生省が(本当にNew Speakですよね)「やっぱ医者いらね」と元の路線に戻ったら… 

受験と関連して、「ジョブの選択」がどうなされるか、って問題ですね。諸外国特に欧州ではかなり人生の早いうちになされるとは聞きますが、日本の医学部受験生の、18歳そこらで「俺は医者にしかならない」と決断するのも、本当なら結構難しいことじゃないかと思います。

「俺は私は世界の真理を究めたいんだという人間が哲学をやらずに誰がやるんですか」…原理的にはおっしゃる通りなのですが、所謂理系ですら、「人生捨てても打ち込むべき価値が学問にはある。お主は優秀だからドクター(コース)に来い」というのもなかなか言いづらいものがありますよ。バイオ系のピペド問題を見ていると。

エントリと無関係で申し訳ないけど見てたらかき氷食べたくなりました。テンプレートが涼しげでいいですね。
< 夏

ちょうどバブル崩壊から数年の間に卒業した文系学部卒の知人達のほとんどは事務職として一般企業に就職しました。

その後、多くの者は数年後に退職し、
ある者はデザイン専門学校に再入学して工業デザイナーとして再就職、ある者は専門学校と2足のわらじを履きながら医療関連資格を取得し病院に再就職、またある者は社会保険労務士資格を取得し開業、またある者は税理士事務所に転職、現在勉強中、、、

職業的レリバンスの欠如って、人生に多大なロスをもたらすものかもしれません。

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