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日本型雇用システムにおける人材養成と学校から仕事への移行

本日、日本学術会議 大学教育の分野別質保証の在り方検討委員会 大学と職業との接続検討分科会において、標題の報告をしてきました。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/setuzoku.html

中身は、昨年4月に岩波の若者政策研究会で喋った中身とだいたい同じようなものですが、最後のところで、大学生の就職活動についてよけいな一言二言を付け加えています。

>1970年代以降は急速に大学進学率が上昇していき、かつて高卒者が就いていた下級ホワイトカラー層だけでなく、ブルーカラー的職業にも大卒者が進出していきます。大卒者については、教授による紹介や先輩-後輩関係といったインフォーマルな採用システムはあるものの、基本的には自由市場におけるマッチングが行われます。しかし、それは欧米のようなジョブに基づく求人求職の結合ではなく、全く逆に企業へのメンバーシップを付与するかどうかの選抜という形で構築されたのです。それ故、その選抜は労働者の一生を規定するほどの重大事と社会的に見なされるようになります。

 かつての中卒者のように職安が介在しているわけでもなく、高卒者のように高校が介在しているわけでもないのに、企業は学生の採用基準を具体的なジョブに対応する職業能力ではなく、大卒者としての一般的能力に求めました。新規高卒採用制度とともに確立した単一職能資格制度のもとにおいては、もはや大学で具体的に何を学んだかは大して意味を持たず、大学の銘柄に示される大学入学時の学業成績こそが、入社後の教育訓練に耐えうる「能力」を指し示すものとして主たる関心対象となったのです。このことが、逆にまた大学進学競争を激化させるとともに、入学後の学生が勉強しないという風潮をはびこらせることにもなりました。いわゆる「学歴社会」現象とは、このように教育界の実業嫌いがそれに適応した企業行動を誘発することによって自らに跳ね返ってきた社会的ブーメラン現象と言えましょう。

 戦後、新規大卒就職市場をめぐって議論の焦点になってきたのは就職協定なる半自主的な「規制」でした。それは、戦前の少年職業指導から始まり、戦後の新規中卒採用制度によって確立し、高度成長期に新規高卒採用制度によって完成された、一定のジョブに向けた職業教育を前提とせず、入社後の教育訓練に耐えられる人材を会社メンバーとして1年に一度同時に一括採用するという「学校から仕事へ」の枠組みが、国や学校という規制主体の監督の下ではなく、自由市場におけるマッチングによって行われることによって不可避的に発生する矛盾に対し、その原因に遡ることなく当事者の紳士協定によって対症療法的に対処しようとすることから生ずるいたちごっこの繰り返しであったといえるでしょう。

 職業的レリバンスのない教育を行っている大学(とりわけ文科系学部)の学生をその潜在能力(「官能」)に基づいてその卒業とともに永続的メンバーとして採用しようとする企業の立場からすれば、(かつての新規中卒者や新規高卒者と同様)大学なりゼミの教授が学生の潜在能力を保障する形で紹介してくれるのであれば、(レリバンスのない)大学教育を妨害するような採用活動を行うインセンティブは乏しいでしょうが、自由市場のマッチングに委ねられているのであれば、他社に抜け駆けされる危険を冒してまで大学教育を尊重しようというインセンティブは働きにくいでしょう。

 さらに、戦前であれば大学卒から小学卒までに相当する広範なレベルに分布する新規大卒者を、一律に本来エリート層であった大卒者として取り扱わなければならないことから、新規大卒市場は偽善的な建前と潜在する本音の絡み合う領域となってしまいました。

 そもそも労働政策の観点からすれば、高等教育を受けるような成人エリート層の労働市場におけるマッチングが当事者同士の自由な交渉によって行われる以上、それが一方当事者の学習課程にどのような影響を与えようが与えまいが、そのプラスマイナスを両者が考慮して行動すべき問題であって、国が介入すべき問題ではありません。もし採用活動によって当該教育課程を十分に受けられないことが当該労働者の職業能力に顕著な悪影響を与えるのであれば、高い職業能力を求める企業側はそのような愚かな行動はしないでしょうし、あえて行うような愚かな企業は優秀な学生から相手にされないでしょう。

 ところが就職協定は、大学や文部省サイドの大学教育の保持という目的から作り出されたものであるため、企業と学生の側には常にそれを抜け駆けすることによって協定をまじめに守っているものを出し抜くインセンティブが発生してしまいます。1981年に、それまで就職協定に関与してきた労働省が撤退を宣言したのも、「ルールは遵守すべきであるとして、まじめに採用活動や就職活動を続ける企業や学生は不利益を被」るという実態に耐えられなくなったためでしょう。

 今日直ちに大学教育(とりわけ文科系学部)の内容を抜本的に改め、企業や学生が教育課程を尊重せざるを得ないような職業的レリバンスのあるものにしていくといっても、現実には極めて困難である以上、どうしても大学教育を妨害するような採用活動を抑止したいのであれば、かつての新規中卒者の採用活動と同様に、新規大卒者の採用と就職を厳重な国家統制のもとに置くしかありませんが、それは新規大卒者をかつての新規中卒者並みに扱うことを意味します。かなりの程度それは実態に即しているように思われますが、「学術の中心」という建前との矛盾は極大化せざるを得ません。

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