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2009年7月13日 (月)

解雇規制とブラック会社の因果関係

mojixさんから即座にリアクションがありました。

http://mojix.org/2009/07/13/chuushou_kaikokisei(中小企業では解雇規制が有名無実になっているとして、それは中小企業と解雇規制のどちらが悪いのか?)

>私はこれまで中小零細企業にしかいたことがないし、むしろ積極的に中小零細企業の立場から発言しているつもり

ということなのですが、そもそもの話の出発点であるブラック会社と解雇規制の問題(社会学的ないしミクロ政治学的問題)と、整理解雇規制とマクロ的セーフティネットという経済学的問題がいささかごっちゃになっている感があります。

もちろんこれは今日の日本における議論が混乱していることの反映なのですが、ここをきちんと仕分けしないと、どこかの誰かさんみたいに「他人には解雇自由を主張している当人が、自分のことでは不当解雇を訴える」という一見奇怪な事態を招くことになります。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/05/post-b14a.html(3法則氏が、遂に解雇権濫用法理と整理解雇4要件の違いに目覚めた!)

ヨーロッパ諸国では解雇規制とは金銭補償がデフォルトですから、解雇自由とは金を払わずに解雇できることを指します。そういう解雇自由のもとでは、ブラック会社はどんなひどい扱いを労働者にしようが、文句を言えばコストゼロでクビにできるのですから、(労働市場が逼迫しているのでない限り)ブラックなやり方をやめるインセンティブは働きません。ここでは、解雇規制は労働者の「voice」を担保する機能を果たしています。

これは、どんなにセーフティネットを張り巡らせようが、それとは別の話です。ブラック会社自体がコストを払うメカニズムが必要です。これに対して、社会的セーフティネットは、ブラック会社とかホワイト会社とかといったミクロ社会的な問題ではなく、労働市場における需給のアンバランスをマクロ的に支えようという仕組みであって、そこを個別企業に押しつけすぎるとかえってマイナスになるという点は、最近指摘されているとおりです。しかし、そもそも中小零細になればなるほど解雇回避の余地など限りなく少なくなるわけで、整理解雇法理なるものがそれほど効果を発揮できるわけでもありません。

一言でいえば、解雇規制があるために正面から解雇できないのでいじめたりして退職に追い込む、というブラック会社モデル自体がかなりの程度大企業型であって、中小零細分野ではもっと単純に、文句を言う奴を解雇してもコストがほとんどかからないから過酷低劣に扱う、という古典的ブラック会社モデルの方が当てはまるケースは多いのです。

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コメント

解雇の金銭解決は、解雇規制の緩和として賛成する向きも多いと思う

いや、実態は両方あります。というか、中小零細になればなるほど、本当にビジネスの存続が懸かる情況では労働者が辞めるしかないわけです。そういう意味では、中小企業の労働者は物わかりはいいのです。

実際に結構多いのは、経営不振と称してクビ切っておいて、すぐにハロワに求人出してたとかいうパターン。偽装整理解雇ですね。それで「ふざけるな」と駆け込んでくるというケースが結構あります。

http://b.hatena.ne.jp/entry/damesapiens.blogspot.com/2011/07/blog-post.html

”ブラック企業による正社員搾取や、派遣契約社員搾取が存在するのは、彼らが鬼畜だからではありません。簡単な需給の問題です。”

Voice and exit論を

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