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2009年7月

阿久根市長、人件費張り紙はがした職員を懲戒免職

まあ、零細企業の親父なんかにはたまにいますけどね。「オレに逆らう奴はクビだ」ってのが。

それにしても、なんともはや、

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20090731-OYT1T00559.htm

>鹿児島県阿久根市の竹原信一市長は31日、市役所内に掲示していた職員人件費の張り紙をはがしたとして、40歳代の男性職員を懲戒免職にした。

こういう市長さんを圧倒的に支持しておられる阿久根市民の皆様は、ご自分もそういう目にあっても別段文句を言われるつもりはないと言うことなのでしょうか。

(念のため)これは地方公務員の人件費をどうすべきかという政策論の是非は全然別の問題ですよ。

(追記)

素晴らしき阿久根市長のお言葉シリーズ、「裁判官は自治労と同じ公務員の仲間」

http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/kagoshima/news/20090729-OYT8T01076.htm

これは、例の市庁舎内組合事務所使用許可取消訴訟ですが、そもそもの中身で言えば市側が組合にただで事務所を貸してあげる義務があるわけではなく、必ずしも自治労側が有利とばかりは言えない面もあるわけですが(攻めるとすればやり方論)、竹原市長はまっとうな議論を正々堂々と展開するなどという愚かな道は選ばないということのようで、

>市側は全面的に争う姿勢を見せながらも、「裁判費用に税金が使われることや、裁判官も公務員であり、公平な立場に立てない」などを理由にして出廷しなかった。

>小川正弁護士は、市側が出廷しなかったことについて、「実質的に市側が裁判を放棄した」と述べ、勝訴に自信を見せた。自治労県本部の高橋誠書記次長は「庁舎内に組合事務所を設けることは双方にとって都合が良い。我々が期待する結果が出ると聞いてほっとしている」と話した。

そりゃ、自治労さんも「ほっと」するでしょうなあ。

市長さんはますます意気軒昂

>この日、取材に応じた竹原市長は「裁判官は自治労と同じ公務員の仲間。負けると分かっている裁判に税金を無駄遣いさせるつもりはない」と語った。

はあ、「裁判官は自治労と同じ公務員の仲間」ですか。しかし、今からもう、裁判には負けるつもりですか。裁判に負けたら、日本国の国家権力を相手に回して闘うのでしょうか。労働法学、行政法学、訴訟法学等々を股にかけて、ますます興味の尽きない話題を提供していただく市長さんでした。

(再追記)

竹原市長さんの有名なブログなるものをちょっと覗いてみましたが、

http://www5.diary.ne.jp/user/521727/

最新の記事は、

>団体交渉の結果、給料から組合費の天引きをさせない事については、そもそも当たり前の手続きを経ずにやってきた事であったためしぶしぶ認めた。

このように一つ一つをとると実は市長側にそれなりの理がある話もあるようですね。組合事務所問題もそうですが、そもそも使用者側には労働組合に便宜供与する義務など無いわけで、筋道立てて議論をすれば裁判所も味方をするような話もあるように思われるのですが、

>自治労事務所問題で公務員仲間の裁判官に判断させれば結論は明らか。
市民の税金を使って、公務員の舞台で踊るようなマネはできません。

ここでも言うてますな。

勝てるかも知れない裁判を、「裁判官も自治労と同じ公務員や」と言うて、わざわざ不戦敗に持ち込みたがる神経というのも不思議なものですが、自治労側からすると、これはいいチャンスですな。チェックオフ廃止も、何も「しぶしぶ認め」ずに、勝手にチェックオフを中止させて、裁判に持ちこめば、まともに争えば難しくても、市長さん側が勝手に裁判をボイコットしてくれて、勝てたかも知れませんぞなもし。

こういう市長さんがわざわざリンクを張っているブログ仲間とはどういう素晴らしき人々であろうかと思って、左側をちらりと見たら、・・・・・・・・・

ありましたがな。

http://www.pavc.ne.jp/~ryu/cgi-bin/jiji.cgi(太田龍の時事寸評)

こないだ亡くなられた、日本のトロツキストの草分けにして、3大げばりすたの一人、近年はとびきり上等の陰謀論者として有名だった太田龍先生の信奉者であらせられましたか。いやはや。

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インドネシア労働移住省幹部への講演

本日、14時15分から17時15分までの3時間・・・・・のつもりが、質問続出で18時近くまで、インドネシア労働移住省の幹部(局長・課長クラス)12名のみなさんに、日本の労働政策についてお話をしました。質問がいっぱい出るだろうと思って、最後の1時間を質問の時間にとったのですが、次から次に質問続出で、大幅に時間超過となりました。

実はみなさん、帰国後それぞれ自分の所管分野についての日本の動向を大臣に報告しなければならず、そのために一生懸命だったということです。これはいいですね。

これから地方の労働行政機関や労使、企業を視察するそうですが、みなさん大臣にちゃんと報告できるように一生懸命吸収しようとするのでしょう。

話は少しずれますが、最近議会の海外視察がとやかく言われていますが、変に自粛してしまって海外の動向に学ぼうというのが薄れてしまうのも困った話で、一番いいのはタウンミーティングか何かで、国民の前できちんと報告させて、どんな質問にもちゃんと答えさせるようにすることが、まじめに海外視察するインセンティブになるんじゃないでしょうか。

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現代日本の暴君階級

「ひどいいじめ」で思い出したので、ついでに一言。

現代日本のいろんな事業主のうち、一番雇用関係を身分的な主従関係と考えているのは、間違いなく個人診療所の開業医でしょうね。解雇事案でも、いじめ嫌がらせ事案でも、ひときわそれを感じます。

いわば、現代日本の暴君階級。

そのあたりと、病院勤務医の過重労働が裏腹になっているというあたりに、現代日本の医療問題なるものの本質が垣間見えるような気がしないでもありません。

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パワハラと職場の隅に隠れる『ひどいいじめ』」

本日、日経BizPlusにアップされた丸尾拓養氏の「法的視点から考える人事の現場の問題点」、今回は「パワハラと職場の隅に隠れる『ひどいいじめ』」なんですが、

http://bizplus.nikkei.co.jp/genre/jinji/rensai/maruo2.cfm

たぶん、日経の責任なのでしょうが、ごくはじめの方で

>厚生労働省は、2009年4月6日付で「心理的負荷による精神障害等に係(かか)る業務上外の判断指針」を改

・・・・・・・途切れちゃっています。

是非読みたいテーマであるだけに、残念ですね。早く修復して欲しいですが、その間の座持ちとして、一言二言。

ご承知の通り、昨年度の労働局における個別紛争解決制度では、いじめ・嫌がらせ関係は、相談が32,242件で12.0%、助言指導が997件で12.7%、あっせんが1,340件で15.2%と、年々増加してきています。

http://www.mhlw.go.jp/houdou/2009/05/h0522-4.html

そして、内容的に見ても、解雇や労働条件引き下げのような「何が起こったか」自体は割と単純明快な事案と違い、そもそも職場で何が起こったのか自体が労働者側の言い分と会社側の言い分が天と地ほどに食い違っていることが多い事例が多いのです。ほとんど「藪の中」。

丸尾氏は冒頭、「特別な事情がある場合に対人関係でのトラブルを理由に労災が認定されるにすぎず、上司の部下に対する一般的な指導が違法となるものではありません。むしろ、上司が部下とのコミュニケーションに過度に慎重となるような誤解は正されなければなりません」と言われているのですが、そもそもひどいいじめだったのか、一般的な指導だったのか自体が外部からは窺い知りにくいわけです。

これは、現にこれだけ多くなっているというだけではなく、これからますます増えていき、しかも解決の方法論がいまだ必ずしも確立しているわけではない、という意味で、これからの大きな課題であることは間違いありません。

(追記)

下のコメントにもあるように、本日未明に修復されていていたようです。

個別紛争事案をいろいろと見てくると、丸尾さんのいう

>現場では「パワハラ」を主張する側に問題があることも少なくありません。自分勝手なことを言ったり、仕事を満足にしていない労働者が、上司から正当な指導を受けているにもかかわらず反抗して、その中で「パワハラ」を口にします。

というのにまさに当てはまる話だなあ、というもありますし、一方、

>実際に起きた事件を見ると、職場の周縁部で「ひどいいじめ」が生じているように思われます。地方の小さな営業所や、比較的高齢の係長がいるような職場です。

というのは大企業の話ですが、中小零細になると、社長、会長御自身が「地方の小さな営業所」長や「比較的高齢の係長」みたいなところもありましてね。

なんにせよ、

>近年は「学校のいじめ」世代が管理職になる時期となり、職場でも同じようなことをしている例もみられます。このような現場では、上司の側に問題行動を起こしているという自覚がないことが少なくありません。

まあ、学校のいじめ自体、いじめが社会問題になるずっと以前から脈々と存在していたわけですから、世代の問題ではないと思いますが、学校のいじめみたいな職場のいじめというのは確かでしょうね。

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山下ゆの新書ランキング

「山下ゆの新書ランキング」というブログで、拙著が書評されておりました。

http://blogs.dion.ne.jp/morningrain/archives/8609468.html

>ブログでは、宿敵の池田信夫氏と同様、口の悪いところがあるので、いい印象がない人もいるかもしれませんが、・・・・・・

はあ、やっぱり「咆吼」しているように見えるんでしょうか・・・。でも、

>ここ最近、数多くでている労働問題に関する新書の中でも出色の出来。今後、労働問題を語る上で必読の本と言ってもいいのではないでしょうか。

と評価していただいております。とりわけ、

>労働問題に関しては、一方に正社員の既得権を攻撃し規制緩和を主張する池田信夫、城繁幸などがいて。その対極に「小泉改革はすべて悪」みたいな左翼がいて、さらに、若い非正規雇用の人びとの声を代弁するとしている「ロスジェネ」論壇の一陣がいる状況です。
 規制緩和派は正社員の既得権の廃止、特に「整理解雇四要件」を撤廃すれば、雇用が流動化され、非正規雇用の若者にもチャンスが生まれると説きますし、一方、左の人びとは製造業への派遣解禁をはじめとする小泉改革が今の若者の苦境を生んだと主張します。
 そうした対立の中で若者そして多くの労働者は、なかなかこの問題の処方箋を見出し難いというが今の現状でしょう。

 そんな状況に対して、問題を歴史的に分析し、過去からのボタンの掛け違いをきちんと説明してくれているのがこの本

という評価は、まさにわたしが意図していたことそのものですので、ありがたいです。

10点満点で9点頂きました。ありがとうございます。

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最低賃金:35県「引き上げゼロ」も 中央審小委

本日、最低賃金審議会の目安小委員会が開かれ、目安が決まりました。上記標題のように「35県で引き上げゼロ」ともいえますし、「12都道府県で若干の引き上げ」ともいえます。

http://mainichi.jp/select/today/news/20090728k0000e040040000c.html

その差は、生活保護を下回っているかいないかで、法律上の要請はいくらなんでもフルに働いて生活保護を下回るのはやめようよ、ということですから、まあ理にかなっていると言えば言えるわけです。

厚生労働相の諮問機関「中央最低賃金審議会」の小委員会は28日、最低賃金(現行時給平均703円)の引き上げ目安額について、生活保護費の給付水準を上回る35県で5年ぶりに「現行水準の維持」とした。これにより、引き上げ額がゼロになる可能性も出てきた。給付水準を下回る12都道府県については2~30円の引き上げを示した。全国平均は7~9円引き上げとなる見通し。【東海林智】

 審議は、昨秋以降、経済情勢が厳しくなる中で「最低賃金の引き上げは難しい」とゼロを主張する経営側と、「生活の底上げに引き上げは譲れない」とする労働側が厳しく対立した。最低賃金が、時給に換算した生活保護費を上回る35県については目安を「0円」とはせず、現行水準維持となった。最低賃金は、目安を元に各地方で審議されるが、過去には現行水準の表現で1~2円の引き上げが各地で行われたケースがある。最新データに基づいて比較した結果、12都道府県で生活保護費給付水準を3~66円下回り、2~4年で解消する方向が示された。

 経済情勢が厳しいことから、昨年度からの2年で解消予定だった6府県で、解消までの期間を1年延ばすとした。東京都については最低賃金の引き上げによる影響が少ないことから、「20~30円」と幅をもたせた表現とした。

 12都道府県の最低賃金と生活保護費給付水準の乖離(かいり)額と、最低賃金引き上げの目安とは次の通り。

 北海道・乖離額47円(引き上げ目安10円)▽青森・9円(3円)▽宮城・20円(10円)▽秋田・3円(2円)▽埼玉・23円(12円)▽千葉・5円(3円)▽東京・60円(20~30円)▽神奈川・66円(22円)▽京都・23円(12円)▽大阪・26円(13円)▽兵庫・16円(8円)▽広島・16円(8円)。

そこから先は政策論ですから、こんな不況のさなかに中小企業の経営のことも考えろよ、といわれれば、それは考えるしかないわけです。

ただ、前から思っているのですが、どうして都道府県によってこんなに逆転が大きかったりしなかったりするのか、いささか不思議です。

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金子良事さんの批判

金子良事さんから拙著に対する批判をいただきました。

http://ryojikaneko.blog78.fc2.com/blog-entry-43.html(『新しい労働社会』の提唱する新しい職場からの産業民主主義について)

戦前から戦時下にかけての労務の実態についての議論はブログ読者の関心からはいささか外れるでしょうから、第4章でのわたしが提示している政策方向についての批判が重要です。

>私はそもそも労働組合の形態としてユニオン・ショップに反対です。理想主義と言われようが、原理主義といわれようが、労働組合の理想は労働者の自主的活動にあると考えているからです。

>私は断然、中村圭介流の古風な産業民主主義を支持します。

>私が問題提起したいのは、いったい、新しい労働者組織を作って、誰が運用していくのか?ということです。言い換えれば、リーダーをどうやって育てるのか?ということです。現実的には、濱口案が実現すれば、既存の組合のリーダーの力が必要になるはずですが、何れにせよ労働者代表組織観を変えてもらわなければならない。それはどうやってやるのか?ということです。

実は、第4章での私の議論は本質的に矛盾を抱えています。「186ページの挑発」というのは、詰まるところ、「労働者代表組織は労働組合であってはならないが、労働組合でなければならない」ということなんですね。この論理的矛盾を論理的に解決するのは簡単で、どっちかに身を寄せてしまえばいいのです。

それをあえてしないで、労働組合を労働組合のままで包括的労働者代表組織にしてしまおうという論理的矛盾をわざと晒しているのが第4章なので、だからこそ、(世間で流行っている労働の議論からすると「地味」に見えますが)これほどコントロバーシャルで炎上しやすい議論もないはずだと、私は思っているわけです。論理的に二律背反のはずなのにあえてそういう議論を提示しているところに、わたしのリアリズム観があると考えていただければ。

細かい議論は、2年前に連合総研で出した『労使コミュニケーションの新地平-日本における労働者参加の現状と可能性』 の中の「労働者参加に向けた法政策の検討」で若干やっています。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/sankachap5.html

また、昨年『労働法律旬報』に書いた「過半数組合論の必要性」でもちょっと違う観点から述べています。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/roujunkahansuu.html

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だから、解雇自由は公正な市場原理じゃないんだってば

やっぱり、ほんとのところは分かってなかったんだね、という感じ。

http://mojix.org/2009/07/27/uk_labour_old_new(イギリス労働党の「オールド・レイバー」と「ニュー・レイバー」)

いや、イギリスの労働党の話とか、ギデンスの話は適切に理解しています。できるだけ市場を活用しつつ社会全体の公正を確保していこうというのが「第三の道」とか。

問題は、それを安直に解雇規制に話につなげたがること。イギリスは不公正解雇をきちんと規制しているのであって、解雇自由などではない。不公正な解雇を規制するのは、別段「市場に対する余計な介入」ではない。そんなことはちょっと調べればすぐ分かることなんだが。

そして、日本でも、中小零細企業になれば、本当に経営不振で首を切らざるを得ないという事態で首が切れないなどということはほとんどない。

労働相談に次々に飛び込んでくるのは、社長のいうこと聞かないからクビだとか、そういうたぐいの話ばかり。たまに「整理解雇」でもめてるというのがあっても、よく見ていくと、「経営危機で辞めてもらうといわれて解雇を受け入れたら、同時にハロワに同額の賃金で求人出していやがった、この野郎」というような話で、ほんとの人員削減じゃない。

その辺を、「この手の議論は、(自分がいた)大企業を日本社会のすべてだと思いこんで、中小零細企業の実態が頭から欠落しているところに特徴があります」と言ったんですがね。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/post-fb88.htmlクビ代1万円也

ちょっと前のエントリですが、こういうのも参考になります。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/05/post_586b.htmlベンチャー社長セクハラ事件

いうまでもなく、法律用語で「解雇自由」というのは、こういう解雇も正当であり、びた一文払う必要はないということを意味します。

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大石玄さんの書評

大石玄さんにブログ「博物士」で拙著を書評していただきました。

http://d.hatena.ne.jp/genesis/20090725

>昨今 hamachan といえばネットの世界で咆哮する論客として名が知られておりますが,

はあ、咆えているように見えましたか。まあ、自分でもホエザルの一種じゃないかという気はしていたのですが・・・、やっぱり。

それはともかく、

>ただ,読みやすいし分かりやすいからといって,どのように対処すれば良いかは難問揃いなわけで,簡単に答が出るわけではありませんけれど。その点,本書では問題の所在(とその成因)を解き明かすところまでは明快に行いますが,解決案の提示については慎重な態度を示します。ヨーロッパ諸国の労働事情についてはお詳しいのに,安易に「××国では~」というありがちな論法(通称:ではの守)を採りません。

という評価は、まさに私が意図したところでもあります。認識論はラディカルに、実践論はリアリズムで、というのがこの本を書くときのモットーでもありました。出羽の守を一冊追加するようなものにはしたくないと思ったからです。

興味深かったのは、

>それに対して第4章「職場からの産業民主主義の再構築」ですが…… ホットな(炎上しやすい)話題が目白押しな本書の中に置かれると,実に地味なんですよね。

という評価です。実は、別の観点からすると、第4章ほどコントロバーシャルなテーマはなく、火がつきやすいのではないか、とも言えるんですが、現在のマスコミの労働問題に対する主たる関心からすると確かに「地味」なのかもしれません。

私にとっては、第3章まではいままでマスメディア等で示してきた内容の集約でもあり、第4章を「民主主義のあり方」という切り口から論じてみたところが一番世に問うてみたい点でもあったりします。

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荻野進介『サバイバル副業術』

4797355246_m 荻野進介さんから、近著『サバイバル副業術』(ソフトバンク新書)をお送りいただきました。ありがとうございます。

http://www.sbcr.jp/books/products/detail.asp?sku=4797355246

版元の宣伝文句に曰く;

>「給料」だけに依存した生き方はもはや限界だ。終身雇用は今や過去のもの。また、会社自体の存続も怪しい時代、正規・非正規の雇用形態にかかわらず、サラリーマンは新たな収入源を確保するべきだ。
とはいえ、「やれるものならやりたい」と思っても、現実的にどうやって探せばよいのか、副業でいくら稼げるのか、生活がどう変わるか、意外とわからないことだらけ。本書では、副業先駆者やWワーカーの職場を徹底取材。普通の人にできるリアルな副業ライフを明らかにする。副業志望者の疑問と不安を解消する、大減給時代の生活防衛術。

これだけみると、あたかもみんな副業やろうぜ万歳みたいな本に見えますが、けっこうきちんと副業の落とし穴についても詳しく記述していますし、法律上の気をつけるべきところなども目配りされています。ある意味で、この本を読んでどう考えるか、読者の判断に委ねられている面があります。

荻野さんご自身が、大学卒業して入社し10年務めた会社を辞めてリクルートのワークス研究所で編集者をした後、フリーのライター、編集者として活躍、昨年から「ニッチモ」(海老原嗣生さんの会社)に所属しているという、働き方の多様化を実践している方です。

著者紹介
荻野進介(おぎの しんすけ)
1966年埼玉県生まれ。89年一橋大学法学部を卒業し、PR会社の知性アイデアセンター入社。01年リクルートに移り、ワークス研究所にて人事専門誌『ワークス』編集業務に携わる。04年 同社を退社、フリーのライター、編集者として活動。08年7月より、人事関連の編集業務とコンサルティングを行うニッチモに所属。著書に『ダブルキャリア 新しい生き方の提案』(共著、NHK生活人新書)、『サラサラの組織』(共著、ダイヤモンド社)がある。

私がリクルートの『Works』のインタビュー記事に出たときのインタビュワをされたのが私との接点ですが、そのときにはフリーだったんですね。

第1章 副業解禁の時代
第2章 あなたにできる副業とは
第3章 副業で生活はどう変わるのか
第4章 気になるあの副業の「極意」
第5章 副業「就活」のやり方
第6章 副業を続けるコツ

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『経営法曹』創立40周年記念特別号

経営法曹会議より、標記雑誌の特別号をお送りいただきました。毎号ありがとうございます。

この特別号は特別に分厚くて、いままでの経営法曹会議の活動実績が細かに載っております。なかなか興味深いものです。

実質的な内容としては、昨年11月に行われた創立40周年記念シンポジウムの記録が載っておりまして、基調講演を水町勇一郎先生がされておられます。

中身はまさしく私も参加していた連合総研のイニシアチブ2009(当時は2008)の報告書に盛り込まれたものでして、世界的な労働法の潮流(プロセス重視と集団的「voice」の強調)を総論として、労使関係法制、労働契約法制、労働時間法制、差別禁止法制、労働市場法制についてそれぞれ展開しています。

これに対して経営法曹のみなさんが、割賃引き上げ、名ばかり管理職、マクドナルド事件、ホワイトカラーエグゼンプション、偽装請負、松下PDP、派遣法改正、改正パート法、有期契約の更新、同一キャリア同一賃金・・・・・・・といったトピックをめぐって論議を戦わせています。

世間の虚なるマスコミの議論に踊らされていると、労働法政策をめぐって労働側と経営側が真っ向から対立しているように思いこまされてしまいますが、レベルの低いマスコミでウケてる議論は相当程度ナンセンスなのであって、まっとうな議論は連合総研でやっても経営法曹会議でやっても、だいたい同じようなところに落ち着いてくるのです。労働問題が分かってない輩ほど人前で居丈高に喋りたがるという傾向がある限り、なかなかそれが伝わらないのが残念なところですが。

それを世間向けにわかりやすく書いたのが先週発売の拙著『新しい労働社会』(岩波新書)です、というと、宣伝がすぎましょうか。発売5日目ですが、早速お買い求め頂いた皆様には心より感謝申し上げる次第です。

ちなみに先日、ここにも書いたように、わたくしも経営法曹会議に呼ばれて喋ってきました。その内容も、そのうち『経営法曹』誌に掲載される予定です。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/post-2bbb.html(経営法曹会議で)

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大学の「職業的」有用性

労務屋さんにもコメントいただきました。

http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20090723大学の有用性

http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20090724大学の有用性その2

話は下に参考資料としてリンクを張っておいた3年前のれりばんすシリーズのときと大して変わっていないのですが、結局、大学を全部十把一絡げに論じようとするからおかしくなるのだと思うのですね。

まず、理工系の大学教育は技術系の職業の基盤であり、それをきちんと修得することが技術者としての職業生活の出発点のはずですから、それを妨害するような就職活動を規制すべきというのは当然のことだろうと思います。昔は理工系の場合、教授の推薦でというのが就職のメインストリームだったのが、ルールのない形で自由市場化してしまったという実態でしょうから、どういう形が望ましいかは別として、大学教育を妨害しない就職活動の秩序を作り上げていく必要があるでしょう。

逆に、ブンガク系の大学教育にはそもそも職業レリバンスなどという下賤な発想は無いのでしょうから、

http://blog.tatsuru.com/2009/07/21_1120.php(反省しない人々)

学生が大学の授業内容とは関係のない自分の将来の人生のために就職活動を行いそのために大学の授業に出られなくなるという事態があっても、特段文句は仰らないのでしょう。この場合、大学とは一種のカルチャーセンターとして一人の大人が自らの教養を深めるために希少資源としての可処分時間を振り向けるべき一つの選択肢ということになりますから、その選択に国であれ大学であれ、よけいな介入をするなどというのは、まことに不適切ということになりましょう。

で、3年前と同じく、やはり問題の焦点は法学部、経済学部といった「一見」実学風で、実はどこまでレリバンスがあるのかよく分からない、そして現在の大学生の相当量を占めている非ブンガク系文化系学部ということになります。いったい、こういった学部で教えている中身というのは何なのか?という本質に関わる問いを回避して、この問題に答えることはできないのです。

これは、労務屋さんが言う

>もうひとつは、企業は法学部や経済学部を好んで採用し、教育学部や文学部はそれほどでもない、という傾向が明らかに見られることです

という現象の規定要因は何なのか、ということとも絡みます。

法学部や経済学部で実際に勉強したことなのか、というと多分そうではなかろう。労務屋さんは「リーガルマインド」「実証研究の考え方」といわれるわけですが、本当にそうなのか。それとも(大学入学時点で、ブンガク部などではなく)法学部や経済学部を選択したという事実に示される人生への姿勢なのか?

と、書いてくればくるほど、これは3年前のレリバンス論の二番煎じ三番煎じだなあと痛感します。

(参考)

本ブログにおけるレリバンス論の経緯は、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/04/post_c7cd.html(哲学・文学の職業レリバンス)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/04/post_bf04.html(職業レリバンス再論)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/04/post_722a.html(なおも職業レリバンス)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/04/post_c586.html(専門高校のレリバンス)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/05/post_8cb0.html(大学教育の職業レリバンス)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/vs_3880.html(爆問学問 本田由紀 vs 太田光)

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今年の経済財政白書

昨年は「日本人はもっとリスクとれ!ゴラァ」と叱咤したとたんに、サブプライム危機がどっと押し寄せるという皮肉な展開となった経済財政白書ですが、今年はどうだったのでしょうか。

本日の閣議に、平成21年度年次経済財政報告、通称「経済財政白書」が提出されました。

産経新聞の記事をみると、

http://sankei.jp.msn.com/economy/business/090724/biz0907241059009-n1.htm【経済財政白書】格差拡大「非正規雇用の増加が主因」

>林芳正経済財政担当相は24日の閣議に、平成21年度の年次経済財政報告(経済財政白書)を提出した。白書は非正規労働者の増加によって「賃金、家計所得の格差の拡大傾向が続いている」と指摘し、格差の拡大傾向を明確に認めた。白書はその原因を「非正規労働者の増加」としており、高齢者だけでなく、若年層にも効率的に所得を再分配する制度が必要と結論づけている。

 白書を作成した内閣府は、所得格差を示す代表的な指標である「ジニ係数」を分析した。その結果、雇用者のジニ係数は昭和62年以降は一貫して上昇。直近のデータがある平成19年も高水準で推移していた。

 さらに白書は昨秋以降の世界的な景気後退に伴い「『派遣切り』などの形で雇用調整が行われた」と非正規労働者の雇い止め問題を指摘。実際に5月の完全失業率は5・2%と急速に悪化しており、内閣府は「仮に20~21年のジニ係数を推計すれば格差はかなり拡大しているだろう」(幹部)と失業者の増加が格差の拡大を加速させることに懸念を示している。

 こうした状況を受け、格差拡大の要因についても「非正規雇用の増加が主因」と言い切った。1~3月の非正規労働者は全雇用者の3分の1を占めている現状を踏まえ、「正規と非正規との間には生涯所得で約2.5倍の格差がある」とのデータをあげ所得格差を問題視している。

 さらに、非正規雇用が増加した背景として初めて、高齢化以外に「労働法制の改正」を原因にあげた。麻生政権はこれまで「小泉構造改革」で生じた“ほころび”の修復を掲げてきたが、白書の表現ぶりは「行き過ぎた規制緩和が格差拡大を助長した側面もある」と暗に認めた形だ。

 来月の衆院選では自民、民主両党とも「格差の固定化」を防ぐため、低所得者に配慮した「給付付き税額控除」などの施策をマニフェスト(政権公約)に盛り込む方針で、今回の白書は格差をめぐる議論の根拠にもなりそうだ。

 一方、白書は今回の景気後退について「過去にない『速さ』『深さ』で、『長さ』も過去の平均に達した可能性がある」と指摘。「(2007年までの)米国の景気拡大はバブルの要素を含み、わが国の収支改善も制約される」として日本の景気がピーク時の水準に戻ることは難しいとの見方を示した。その上で個人消費を中心とする内需と輸出など外需の「双発エンジン」で回復する姿が望ましいと結論づけている。

内閣府のHPには、まだ白書の全文はアップされていませんが、説明資料というのが3つのPDFファイルに分けてアップされています。

http://www5.cao.go.jp/keizai3/whitepaper.html

第1章が「急速な景気後退に陥った日本経済」、第2章が「金融危機と日本経済」で、まあ私にあれこれコメントする資格はあまりないでしょうから、第3章の「雇用・社会保障と家計行動」だけ見ていきますと、

http://www5.cao.go.jp/keizai3/2009/0724wp-keizai/setsumei03.pdf

まず、第1節の労働市場の構造変化と家計行動のうち、「非正規雇用化が進んだ労働市場」として、

>•非正規雇用者はすう勢的に増加し、その比率は3分の1に上昇した。2002年から2007年にかけて、製造業などで、正社員を削減し、派遣社員を増加させる動きが目立った。

•派遣社員等の非正規雇用者は失職のリスクが高いなど大きなリスクに直面している。

•2000年以降、失業給付受給者の伸びが失業者数の伸びを下回るなど、セーフティネットのあり方につき注意を要する点も見られる。

と、適切なことをいっているように見えます。

次に「雇用形態の変化と家計」で、

>•非正規化の動きは、先進国で共通の動きであるが、雇用保護規制が厳しいと、非正規雇用への依存が高まる傾向にある。もっとも、我が国は雇用保護規制の度合いは緩めであるが、非正規化が進んでいる。

•雇用保護規制が厳しい国では、平均失業期間が長期化する傾向がある。

•我が国のデータによると、世帯主が非正規雇用者の場合、家計貯蓄率が相対的に高くなる傾向がある。

ここは、原文で何をどういっているか要チェックですが、「我が国は雇用保護規制の度合いは緩めであるが、非正規化が進んでいる」というのは、なかなか重要な点ではないかと思います。解雇規制が厳しいから非正規が増えるんや、解雇自由にすればみんなハッピーや、という単純なロジックでスパスパ切れるわけではないと、内閣府さんも認めざるを得ないようです。

次の「雇用形態の変化と雇用調整」では、

>•非正規雇用比率が高まるほど、雇用調整速度は速くなり、解雇規制が強いほど、雇用調整速度は遅くなる傾向が見られる。

•多くの国で、非正規雇用の増加や雇用保護規制の緩和により、経済にショックが生じたときの雇用調整が速まっている。我が国の雇用調整速度は国際比較の観点からは依然低い。各国で雇用調整が進む中、GDPの減少率との対比で失業率の動きを評価すると、我が国はドイツ等よりは調整が早いが、アメリカ等と比べ遅いようである。

第2節の「賃金・所得格差と再分配効果」の、まず「賃金・所得格差の現状」では、

>•賃金、家計所得(再分配前)の格差の拡大傾向は続いている。

•賃金格差の拡大には、非正規化が寄与したと見られるが、家計所得に関しては、引き続き高齢化等の人口動態要因が格差拡大方向に寄与している。

といいつつも、

次の「景気後退と所得格差」では、

>• 所得格差拡大や相対的貧困率に対し、失業の増加は大きな影響を与える。失業を加味した所得格差を見ると、景気回復局面で格差は縮小した。

•長期失業はキャリアの中断により中長期的な賃金格差の拡大につながる。景気回復こそが最大の格差対策であると考えられる。

と、正しいことを言っていますね。

さらに、「税・社会保障による所得再分配」では、

>• 所得再分配が格差縮小に果たす役割は高まっている。税については再分配機能が低下しているが、高齢化の影響から社会保障による再分配は見かけ上、高まっている。

• 再分配の様子をやや詳しく見ると、高齢者以外の年齢層では再分配後もほとんど格差は変わらない。再分配効果が低下する中で、公的年金中心の現行の再分配制度は現役世代の格差是正という観点からは限界がある。

と、きわめて適切な指摘に踏み込んでいます。そういうことをもっと前から書いていればよかったんですけどねえ。

第3節の「不確実性、社会保障制度と家計行動」では、まず「家計を取り巻く不確実性と貯蓄」で、

>• 家計の貯蓄動機を尋ねると、「病気などへの備え」「老後の生活資金」と答えるものが多い。

• 我が国のマクロ貯蓄率はすう勢的に低下してきた。これは高齢化の影響が大きく効いており、その要因を除くと2000年以降緩やかな上昇傾向となっている。実際、30歳代、40歳代に着目すると、貯蓄率は上昇傾向にある。

• 雇用環境の不透明さが貯蓄率の上昇に寄与している可能性がある。

と、(昨年の経済財政白書みたいに「リスクとれぇ」といわれても)そうリスクをとれない状況にあることを指摘しているようです。

次の「社会保障制度の現状と国民の意識」では、

>• 国民経済に占める社会保障給付の割合は、高齢化等のため一貫して増大してきている。これは先進国共通であり、各国で給付の抑制等を通じて制度の持続可能性を高めるための改革が進められている。

• 我が国の世論調査によれば、現在の社会保障制度に対する国民の満足度は必ずしも高くない。一方、欧州における年金への信頼に関する世論調査を見ると、北欧諸国など信頼感の高い国もあるが、ドイツ、フランスなどは信頼していない者が非常に多くなっている。

うーむ、これはどういう趣旨なんでしょうか。

最後の「社会保障制度と家計貯蓄」で、

>• 年金に対する信頼感が高い国ほど、高齢化要因を調整した貯蓄率が低い傾向がある。

• 一方、我が国のデータからは、老後の生活不安や年金に対する不安が、老後の必要貯蓄額を引き上げるという関係が確認できる。また、医療費の負担増への不安が強い家計は、消費を抑制気味になるという結果も得られている。

• 社会保障制度に対する国民の信頼感を高めていくことが、過剰な貯蓄を削減し、個人消費の下支えに資すると期待される。

年金への信頼感を高めましょう、ということ?

最後のむすびの中から、この第3章に対応するところを引っ張り出すと、

>最後に、雇用の保護、所得再分配による格差是正が重要だ、という主張はどうか。賃金、家計所得の格差は、非正規化や高齢化等から緩やかな拡大傾向が続いてきた。しかし、やや詳しく分析すれば、以下のような見方も可能である。

第一に、失業は、賃金として受け取る所得がゼロであることを意味する。景気後退によって失業が増加すれば、それを加味した賃金格差は拡大、貧困率は上昇する。したがって、「景気回復は最大の格差対策」である、ということができる。また、就業形態の多様化は、需給のマッチングが効果的に行われる場合、失業を低下させる要因ともなる。

第二に、特に失業期間の長期化は、人的資本の損耗をもたらし、中長期的な賃金格差の拡大につながることである。それゆえ、失業者に対するセーフティネットの拡充とともに、訓練や就業への誘因を高める仕組みが求められる。また、一般に、雇用保護規制の厳しい国ほど、平均失業期間が長くなる傾向が示唆された。我が国は先進国の中では必ずしも厳しいというわけではないが、規制のあり方を考える際には重要な視点である。

第三に、所得再分配による格差改善効果は、年々、高まってきている。だがこれは、高齢化によって現役世代から高齢者への購買力の移転が増えたことによる。このことは、社会保障に対する国民の信頼感を高めることにはつながらなかった。現役世代がこうした信頼感を持てるようになれば、老後の必要貯蓄額を引下げ、消費の下支えにも資すると考えられる。

大きな所得変動リスクを抱えている非正規雇用者へのセーフティネットの充実などを含め、上記の諸課題の克服に取り組むことで、安心社会に立脚した景気回復の姿を展望することがきよう。

なかなか読み解くのが難しい文章ですね。言いたい本音を無理にねじ曲げたような跡がいくつも見られます。おそらく、与謝野大臣の「安心社会」路線に沿って書かなければならないという組織論的制約と、昨年の白書に見られるような執筆担当者のネオリベラルな本音とが絡み合って、こういうやや意味不明的な感じの漂う文章になったのではないかと推察されます(間違っていたらごめんなさい)。

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フレクシキュリティについて知りたいなら・・・・・

最近、フレクシキュリティについて知りたいという問い合わせが多いのですが、まずはこれを「嫁!」というのをここで紹介し、リンクしておきますから、しっかりぶくましておくように。

もちろん、EUレベルのフレクシキュリティの動向については、わたしがかなり早い時期に解説していますが(下記参照)、各国レベルの動きについては、国会図書館の調査及び立法考査局の方々がきちんとフォローしてまとめていますので、それも読まずして勝手なことをいわないように、というのがこれです。

http://www.ndl.go.jp/jp/data/publication/refer/200905_700/070006.pdf

今年退職された柳沢房子さん、本ブログでも「ぶらり庵」さんという名前でいっぱいコメントをちょうだいしておりましたが、彼女の「卒業論文」であるこの「フレキシキュリティ―EU 社会政策の現在―」は、デンマークとオランダという2大フレクシキュリティモデル国について詳しく解説しています。まずはこれを熟読玩味するように。

それから、彼女のお弟子さんに当たる(と称している)鈴木尊紘さんが、フランスのサルコジ政権のフレクシキュリティの動きを「フランスにおけるフレキシキュリティ法制」の中で、手際よくまとめています。

http://www.ndl.go.jp/jp/data/publication/legis/240/024005.pdf

こちらには、2008年に制定された労働市場現代化法と求職者の権利義務法の抄訳もついています。

無知が役に立った試しはないのですから、まずはきちんと知りましょう。知ったかぶりは怪我のもと。

(参考)

EUレベルについては、もう2年前に書いたのでいささか古くなっていますが、

http://homepage3.nifty.com/hamachan/roubenflexicurity.html『季刊労働者の権利』2007年夏号「解雇規制とフレクシキュリティ」

がまだ役に立ちます。

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見識疑う文科相の平日就活禁止 by 労働新聞

一昨日のエントリ(日本型雇用システムにおける人材養成と学校から仕事への移行)の関連で、興味深い記事を紹介しておきます。

ジョンイルさんちじゃない方の『労働新聞』(昨日も引用しましたが)の7月20日号の「主張」という欄です。これはネット上にはアップされていないので、以下に引用しますと、

>一般紙によると、塩谷文部科学大臣がぶら下がり取材で学生(大学生)の就職活動が、長期化、早期化して学業に影響が出ているとの指摘に対して、「少なくとも平日は、企業も就活の会合をしてはいけないとか、それぐらいのルールを最低限作ってもらいたいと思っている」と答えていた。・・・・・・一見正論と見まがうが、こんなとんちんかんな指摘に主管大臣が大まじめな意見を述べたことに、文科省の病巣を見たような感じだ。

>・・・学業を優先して、平日には会合に応じるなと企業に要請するのか勝手だが、実態からずれた連中が、税金を使ってこんな珍問答を続け、それに主管大臣が大まじめに答えるというのが情けない。じゃあ平日以外の就活は、いつするのか。会社休日に玄関前で立ちんぼせよ、というのと同じである。空理空論。笑止千万である。文科省というところは、学問だけを所管し人間つくりは関係ないと考えているらしい。・・・・・・

わざと過激な言い方をしていますが、たぶん企業人の本音を正直にぶちまければこういうことになるのでしょう。

ここにくっきりと表されている考え方は、大学の「お勉強」は「人間つくり」とは関係のない趣味の手すさびであるという考え方でしょう。だから、そんなもの就活のために潰してたって、「人間つくり」には何の影響もない。そんなつまらないもののために、一生の選択を潰されてたまるか、というところでしょう。

しかし、考えてみれば、そういう「人間つくり」とは何の関係もない手すさびのために、膨大な税金を注ぎ込んで大学を養っていことになるわけで、その発想の根源自体が実はまことに奇妙な、これ以上ない究極の無駄遣いを平然と認めていることになるわけです。見識疑うといえば、こんな不見識もないというべきでしょう。

ところが、大学側の発想がこれと大して変わらない地平だから話が全然噛み合わない。なぜ平日に就活をやられることのために授業やゼミがつぶれると困るのか。大学生の「人間つくり」の観点からきちんと説明できるのか。大学教師のエゴを超えたロジックをきちんと示せるのか。それこそが問題のはずなんですが。

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問われているのは、民主主義の本分だ

S1194 というのが、本日発売された拙著の宣伝文句です。

左の写真の帯に曰く、「問われているのは、民主主義の本分だ」「派遣切り、雇い止め、均等待遇 混迷する論議に一石を投ずる

http://www.iwanami.co.jp/hensyu/sin/sin_kkn/kkn0907/sin_k479.html

岩波書店さんによると、

>労働や雇用の問題を題材にした既刊書の多くは、格差や貧困の実態を明らかにするところで留まっていました。本書の一番の特長は、その一歩先に踏み込んで、具体的施策までも論じている点にあります。一人ひとりの利害状況を考えたうえで、だれも排除することなく、「ひとりはみんなのため、みんなはひとりのため」という原理にもとづいて問題解決をめざしていく感覚。その感覚にささえられた著者の現状分析と政策論は、きわめて明快で説得力があります。著者は自身のブログでも活発に問題提起をしています。ご興味のある方は、本書とあわせて読まれることをおすすめします。

ということであります。

このブログもリンクされております。

是非書店の店頭で手にとってみてください。ぱらぱらと中身を一瞥されると、かならずや興味を引かれることと思います。

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経済危機に立ち向かう包摂的社会政策のために

去る6月25日付で、日本学術会議の社会学委員会経済学委員会合同包摂的社会政策に関する多角的検討分科会が、標題のような提言を発表しています。

http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/Kohyo-21-t79-1.pdf

この分科会のメンバーは次の通りです。

委員長 古川 孝順(連携会員)
東洋大学ライフデザイン学部教授、同大学院福祉社会デザイン研究科委員長

副委員長 大沢 真理(第一部会員)
東京大学社会科学研究所教授

幹 事 岩田 正美(連携会員)
日本女子大学人間社会学部教授

幹 事 小杉 礼子(連携会員)
労働政策研究・研修機構 統括研究員

井上 英夫(連携会員)
金沢大学大学院人間社会環境研究科教授

木下 秀雄(連携会員)
大阪市立大学大学院法学研究科教授

笹谷 春美(連携会員)
北海道教育大学札幌校教授

武川 正吾(連携会員)
東京大学大学院人文社会系研究科教授

橘木 俊詔(第一部会員)
同志社大学経済学部教授

二木 立(連携会員)
日本福祉大学副学長・教授

具体的な提言は次の通りですが、これから始まる選挙戦ではどの政党もこういうしっかりとした政策提言をきちんとふまえて論戦を戦わせてほしいものですね。

>(1) 社会政策の総合的な立案に資する調査審議機関の設置

社会保障を継続的かつ包括的に調査審議し、改革の道筋を明らかにするために、内閣総理大臣の下に、新たに恒常的な調査審議機関を設置する必要がある。その際に、旧社会保障制度審議会がその設置法によって、諮問によらず調査審議を行う任務・権限を与えられていたこと、国会議員や関係省庁の職員を含む委員構成となっていたことは、参考になるであろう。同時に、年金受給者や福祉サービス利用者といった当事者の参加を得ることも、模索するべきである。

(2) 総合的な政策立案の情報インフラとなる統計の整備

国勢調査をはじめ多くの指定統計等が存在しているが、社会政策を総合的に立案あるいは評価していくためのデータ整備が十分ではない。上記の調査審議機関は、集積されたデータの多角的な分析に基づいて審議することが必要である。データが迅速に公開され、研究者の独自の検証(二次分析)も可能にすることが望ましい。

(3) 行政機関のより緊密な連携の必要性

中央政府においては、厚生労働省の局間のより緊密な連携や部署の再編、また国土交通省の住宅関連部局や文部科学省などと厚生労働省との連携が不可欠となる。
地域に展開する第一線機関(労働基準監督署、社会保険事務所、公共職業安定所(ハローワーク)、福祉事務所、保健所、消費者センターなど)のより緊密な連携も検討されるべきである。
緊急対策においてさまざまに設けられた相談窓口を整理し直し、市民にわかりやすく利用しやすい形態にすることが重要であり、民間機関との連携のあり方についても再検討が必要であろう。

(4) 包摂的社会政策の焦点となる具体的な留意点

「失業―雇用政策」「子ども―教育政策」といった単線型の対応では効果は限定的であり、多様な生き方を前提とした「組み合わせ型」が基本となるべきである。「組み合わせ型」とは、最低生活費(現金・現物のフロー)と住宅の保障(現物のストックと現金フロー)を土台とし、その上に必要に応じて就業支援や教育支援、保健医療・介護サービス、福祉サービスなどを積み上げるようなものである。
最低生活費保障では、社会保険に税方式の社会扶助を組み合わせることで、制度からの脱落を防ぐことができる。たとえば、雇用保険と求職者扶助、年金保険と最低保障年金、医療保険と医療扶助、介護保険と介護扶助のような組み合わせが考えられる。
社会扶助には一定の給付条件(資産制限や訓練受講など)は必要であるが、資格要件や手続きをできるだけシンプルにする必要がある。
なお給付ではなく貸付的方法(とりわけ有利子)は、借金を増やして生活再建にマイナスの効果を与えるため、生活費や就業訓練費、教育費にはより適切な方法が工夫されるべきである。

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だから、日々紹介はもともと労供なんですって

首領様、将軍様じゃない方の『労働新聞』の最新号(7月27日号)に、「有料職業紹介 常用を「日々紹介」と偽る――栃木労働局が職安法違反で指導」という記事が載っています。

http://www.rodo.co.jp/periodical/news/7202737.php

>ホテルに配ぜん人を「日々紹介」していた有料職業紹介事業者3社が、栃木労働局(安藤俊一局長)から職業安定法違反で是正指導を受けていたことが関係者の話で分かった。同3社は紹介状の発行など書面上の手続きがないにもかかわらず、数年にわたり日々紹介を実施し、求人受付手数料などを徴収し続けていた。賃金が間接払いだったため、労働者供給事業に当たる疑いもある。

これを見て、私の主張をご存じの方はニヤリとしたと思います。だって、そもそも看護婦家政婦とか、マネキンとか配膳人といった臨時日雇型の有料職業紹介事業というのは、ビジネスモデルとしては労働者供給事業、登録型派遣事業とまったく変わりのないものを、法形式の上でだけ職業紹介という形にしたものだからです。そうした理由は大変簡単で、占領下で労供を認めるなどまかりならんという時代だったから、有料紹介ということでくぐり抜けたから。

形を整えるために、毎日紹介して毎日雇い入れてます、それ故に毎日紹介手数料を払ってくださいね、という風に(就業の実態とはかけ離れた形で)やってきた、こなければならなかったものを、怠けたことを咎められたということなのでしょうが、そもそもビジネスモデルの本質と異なった法形式をいつまで続けなければならないのか、という問題の建て方もあるはずですね。

世の中には、派遣はけしからん、労供なんてもってのほか、と息巻く方々はたくさんおいでなのですが、それとまったく同じビジネスモデルが表面だけ違う法形式を身に纏うと、とたんに無関心になるようで、臨時日雇型紹介事業を同じぐらいけしからんという人は見かけたことはありません。これも不思議なことではあります。

(参考)

第117回日本労働法学会ミニシンポ発言メモ「請負・労働者供給・労働者派遣の再検討」

http://homepage3.nifty.com/hamachan/gakkaihoukoku.html

>もう一つ、実態として極めて登録型派遣に近いのが、家政婦、マネキン、配膳人といった臨時日雇い型の有料職業紹介事業です。これらにおいても、求職者は有料職業紹介所に登録し、臨時日雇い的に求人があるつど就労し、終わるとまた登録状態に戻って、次の紹介を待ちます。ところが、こちらは職業紹介という法的構成を取っているため、就労のつど紹介先が雇い入れてフルに使用者になります。実態が登録型派遣と同様であるのに、法的構成は全く逆の方向を向いているのです。これは、占領下の政策に原因があります。
 もともと、これらの職種は戦前は労務供給事業で行われていました。ただし、港湾荷役や建設作業のような労働ボス支配ではなく、同職組合的な性格が強かったと思われます。ところが、これらも職業安定法の労働者供給事業全面禁止のあおりを受けて、弊害はないにもかかわらず禁止されてしまいました。一部には、労務供給業者が労働組合になって供給事業を行うケースもありました(看護婦の労働組合の労働者供給事業など)が、労働組合でなくてもこの事業を認めるために、逆に職業紹介事業という法的仮構をとったのです。
 しかしながら、これも事業の実態に必ずしもそぐわない法的構成を押しつけたという点では、登録型派遣と似たところがあります。この関係で興味深い裁判例として、日本土地改良・日本エアロビクスセンター・東横配膳人紹介所事件(東京地裁昭62.1.30労判498-77)があります。配膳人紹介所から「紹介」されて就労していた労働者が就労先の事故で死亡したことについて、紹介所の安全配慮義務違反を理由に損害賠償を求めた事案で、「被告東横は・・・雇用関係の成立を斡旋したに過ぎないものといわざるをえず、亡茂及び被告滝本と被告東横の間に雇用契約が成立し、あるいはその間に実質的に見て雇用関係と同視しうるような支配関係が存在したものと認めることはできない」とその請求を退けました。これは法律の規定からして当然でしょうが、むしろこういう訴えを起こしたくなるような実態が「紹介所」と「紹介」労働者の間に存在していたことを物語っています。それはまさに労働組合の労働者供給事業や登録型派遣の場合と同様のメンバーシップ関係であったと思われます。
 最近の浜野マネキン紹介所事件(東京地裁平20.9.9労経速2025)は、「紹介所」といいながら、紹介所がマネキンを雇用して店舗に派遣したという事案です。こちらは、実態の姿に即した形で法律関係を形成していたようで、それを前提にして解雇予告手当の支払いを求めた原告に対して、就労停止の告知は解雇予告に当たらないとしてその請求は認めず、その代わりに紹介所の責めに帰すべき事由により就労できなかったことを理由として賃金の支払い請求を認めています。結論はともあれ、マネキンの紹介もマネキンの派遣も、法律構成上はまったく異なるものでありながら、社会的実態としては何ら変わりのないものであるということが明らかです。その社会的実態とは労働者供給事業に他なりません。
 以上をまとめると、弊害のない労働者供給事業であるから認めるのだという打ち出しができない中で、社会実態として労働者供給であるものを、あるものについては供給事業者との間の唯一の雇用関係の存在を根拠として正当化し(登録型派遣)、あるものについては供給先との間の唯一の雇用関係の存在を根拠として正当化する(臨時日雇い型紹介)という法的仮構をとったといえるのではないでしょうか。

今では派遣事業もフルに認められているのですから、毎日紹介状を発行するのがめんどくさいのだったら、浜野マネキン紹介所のように端的に派遣にすればよかったんでしょうけど。

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日本型雇用システムにおける人材養成と学校から仕事への移行

本日、日本学術会議 大学教育の分野別質保証の在り方検討委員会 大学と職業との接続検討分科会において、標題の報告をしてきました。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/setuzoku.html

中身は、昨年4月に岩波の若者政策研究会で喋った中身とだいたい同じようなものですが、最後のところで、大学生の就職活動についてよけいな一言二言を付け加えています。

>1970年代以降は急速に大学進学率が上昇していき、かつて高卒者が就いていた下級ホワイトカラー層だけでなく、ブルーカラー的職業にも大卒者が進出していきます。大卒者については、教授による紹介や先輩-後輩関係といったインフォーマルな採用システムはあるものの、基本的には自由市場におけるマッチングが行われます。しかし、それは欧米のようなジョブに基づく求人求職の結合ではなく、全く逆に企業へのメンバーシップを付与するかどうかの選抜という形で構築されたのです。それ故、その選抜は労働者の一生を規定するほどの重大事と社会的に見なされるようになります。

 かつての中卒者のように職安が介在しているわけでもなく、高卒者のように高校が介在しているわけでもないのに、企業は学生の採用基準を具体的なジョブに対応する職業能力ではなく、大卒者としての一般的能力に求めました。新規高卒採用制度とともに確立した単一職能資格制度のもとにおいては、もはや大学で具体的に何を学んだかは大して意味を持たず、大学の銘柄に示される大学入学時の学業成績こそが、入社後の教育訓練に耐えうる「能力」を指し示すものとして主たる関心対象となったのです。このことが、逆にまた大学進学競争を激化させるとともに、入学後の学生が勉強しないという風潮をはびこらせることにもなりました。いわゆる「学歴社会」現象とは、このように教育界の実業嫌いがそれに適応した企業行動を誘発することによって自らに跳ね返ってきた社会的ブーメラン現象と言えましょう。

 戦後、新規大卒就職市場をめぐって議論の焦点になってきたのは就職協定なる半自主的な「規制」でした。それは、戦前の少年職業指導から始まり、戦後の新規中卒採用制度によって確立し、高度成長期に新規高卒採用制度によって完成された、一定のジョブに向けた職業教育を前提とせず、入社後の教育訓練に耐えられる人材を会社メンバーとして1年に一度同時に一括採用するという「学校から仕事へ」の枠組みが、国や学校という規制主体の監督の下ではなく、自由市場におけるマッチングによって行われることによって不可避的に発生する矛盾に対し、その原因に遡ることなく当事者の紳士協定によって対症療法的に対処しようとすることから生ずるいたちごっこの繰り返しであったといえるでしょう。

 職業的レリバンスのない教育を行っている大学(とりわけ文科系学部)の学生をその潜在能力(「官能」)に基づいてその卒業とともに永続的メンバーとして採用しようとする企業の立場からすれば、(かつての新規中卒者や新規高卒者と同様)大学なりゼミの教授が学生の潜在能力を保障する形で紹介してくれるのであれば、(レリバンスのない)大学教育を妨害するような採用活動を行うインセンティブは乏しいでしょうが、自由市場のマッチングに委ねられているのであれば、他社に抜け駆けされる危険を冒してまで大学教育を尊重しようというインセンティブは働きにくいでしょう。

 さらに、戦前であれば大学卒から小学卒までに相当する広範なレベルに分布する新規大卒者を、一律に本来エリート層であった大卒者として取り扱わなければならないことから、新規大卒市場は偽善的な建前と潜在する本音の絡み合う領域となってしまいました。

 そもそも労働政策の観点からすれば、高等教育を受けるような成人エリート層の労働市場におけるマッチングが当事者同士の自由な交渉によって行われる以上、それが一方当事者の学習課程にどのような影響を与えようが与えまいが、そのプラスマイナスを両者が考慮して行動すべき問題であって、国が介入すべき問題ではありません。もし採用活動によって当該教育課程を十分に受けられないことが当該労働者の職業能力に顕著な悪影響を与えるのであれば、高い職業能力を求める企業側はそのような愚かな行動はしないでしょうし、あえて行うような愚かな企業は優秀な学生から相手にされないでしょう。

 ところが就職協定は、大学や文部省サイドの大学教育の保持という目的から作り出されたものであるため、企業と学生の側には常にそれを抜け駆けすることによって協定をまじめに守っているものを出し抜くインセンティブが発生してしまいます。1981年に、それまで就職協定に関与してきた労働省が撤退を宣言したのも、「ルールは遵守すべきであるとして、まじめに採用活動や就職活動を続ける企業や学生は不利益を被」るという実態に耐えられなくなったためでしょう。

 今日直ちに大学教育(とりわけ文科系学部)の内容を抜本的に改め、企業や学生が教育課程を尊重せざるを得ないような職業的レリバンスのあるものにしていくといっても、現実には極めて困難である以上、どうしても大学教育を妨害するような採用活動を抑止したいのであれば、かつての新規中卒者の採用活動と同様に、新規大卒者の採用と就職を厳重な国家統制のもとに置くしかありませんが、それは新規大卒者をかつての新規中卒者並みに扱うことを意味します。かなりの程度それは実態に即しているように思われますが、「学術の中心」という建前との矛盾は極大化せざるを得ません。

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『新しい労働社会-雇用システムの再構築へ』岩波新書が明日発売です

4311940 今まで何回か予告してきました拙著『新しい労働社会-雇用システムの再構築へ』岩波新書が、明日いよいよ発売です。

皆様お誘い合わせの上、お買い求めいただきますよう、心よりお願い申し上げます。

http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/43/2/4311940.html

■新赤版 1194
■体裁=新書判・並製・カバー・208頁
■定価 735円(本体 700円 + 税5%)(未刊)
■2009年7月22日
■ISBN978-4-00-431194-2 C0236

正規労働者であることが要件の,現在の日本型雇用システム.その不合理と綻びはもはや覆うべくもない.正規,非正規の別をこえ,合意形成の礎をいかに築き直すか.問われているのは民主主義の本分だ.独自の労働政策論で注目される著者が,混迷する雇用論議に一石を投じる.

ちなみに、詳しいコンテンツは次の通りです。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/iwanamimokuji.html

はじめに
 
序章 問題の根源はどこにあるか-日本型雇用システムを考える
 1 日本型雇用システムの本質-雇用契約の性質
  職務のない雇用契約
  長期雇用制度
  年功賃金制度
  企業別組合
 2 日本の労務管理の特徴
  雇用管理の特徴
  報酬管理の特徴
  労使関係の特徴
 3 日本型雇用システムの外側と周辺領域
  非正規労働者
  女性労働者
  中小企業労働者
 
第1章 働きすぎの正社員にワークライフバランスを
 1 「名ばかり管理職」はなぜいけないのか?
  マクドナルド裁判
  管理職と管理監督者
  スタッフ管理職
  (コラム)組合員資格と管理職
 2 ホワイトカラーエグゼンプションの虚構と真実
  ホワイトカラーエグゼンプションの提起
  政府の奇妙な理屈付けと経営側の追随
  労働側のまともな反論
  「残業代ゼロ法案」というフレームアップ
  (コラム)月給制と時給制
 3 いのちと健康を守る労働時間規制へ
  消えた「健康」の発想
  過重労働問題と労働政策の転換
  まずはEU型の休息期間規制を
 4 生活と両立できる労働時間を
  日本型「時短」の欠落点
  ワークライフバランスの登場
  普通の男女労働者のための基準
  (コラム)ワークシェアリングとは何をすることか?
 5 解雇規制は何のためにあるのか?
  恒常的時間外労働と整理解雇法理
  遠距離配転や非正規労働者と整理解雇法理
  生活との両立を守る解雇規制こそ必要
 
第2章 非正規労働者の本当の問題は何か?
 1 偽装請負は本当にいけないのか?
  偽装請負追及キャンペーン
  「偽装請負」とはそもそも何か?
  経団連会長の指摘
  請負労働の労働法規制
 2 労働力需給システムの再構成
  登録型派遣事業の本質
  労働組合の労働者供給事業
  臨時日雇い型有料職業紹介事業
  労働力需給システムの再構成
  (コラム)日雇い派遣事業は本当にいけないのか?
 3 日本の派遣労働法制の問題点
  「派遣切り」の衝撃
  EUの派遣労働指令
  業務限定の問題点
  「ファイリング」の無理
  製造業派遣禁止論の無理
 4 偽装有期労働にこそ問題がある
  登録型派遣事業禁止論の本質
  EUの有期労働指令
  有期労働契約をどう規制すべきか
 5 均衡処遇がつくる本当の多様就業社会
  均衡処遇の必要性
  職能資格制度における「均衡処遇」
  期間比例原則の可能性
  賃金制度改革の社会的条件
  (コラム)職能資格制度と男女賃金差別
 
第3章 賃金と社会保障のベストミックス-働くことが得になる社会へ
 1 ワーキングプアの発見
  ワーキングプアの発見
  プアでなかった非正規労働者像
  生活できない最低賃金
 2 生活給制度のメリットとデメリット
  生活給制度はいかに形成されたか
  生活給制度のメリット
  生活給制度のデメリット
  日本的フレクシキュリティのゆらぎ
  (コラム)家族手当の社会的文脈
 3 年齢に基づく雇用システム
  年齢差別問題の再登場
  年長若年者への年齢差別問題
  学卒一括採用システム
 4 職業教育訓練システムの再構築
  公的人材システム中心の構想
  企業内教育訓練体制の確立
  職業指向型教育システムに向けて
  日本版デュアルシステムの可能性
  (コラム)教育は消費か投資か?
 5 教育費や住宅費を社会的に支える仕組み
  生計費をまかなうのは賃金か社会保障か
  二つの正義のはざま
  教育費や住宅費を支える仕組み
  (コラム)シングルマザーを支えた児童扶養手当とその奇妙な改革
 6 雇用保険と生活保護のはざま
  雇用保険と生活保護の断層
  日本型雇用システムに対応した雇用保険制度のほころび
  (コラム)登録型プレミアムの可能性
  トランポリン型失業扶助
  生活保護の部分的失業給付化
  働くことが得になる社会へ
 
第4章 職場からの産業民主主義の再構築
 1 集団的合意形成の重要性
  「希望は戦争」という若者
  誰が賃金制度を改革するのか
  非正規労働者も含めた企業レベルの労働者組織の必要性
 2 就業規則法制をめぐるねじれ
  労働条件の不利益変更は個別労働問題なのか?
  合理性の判断基準としての労使合意
  労働契約法の迷走 
 3 職場の労働者代表組織の再構築
  労働者代表組織のあり方
  過半数組合と労使委員会
  新たな労働者代表組織の構想
  (コラム)労働NGOとしてのコミュニティユニオン
 4 新たな労使協議制に向けて
  整理解雇法理の再検討
  日本型労使協議制の光と影
  (コラム)フレクシキュリティの表と裏
 5 ステークホルダー民主主義の確立
  三者構成原則への攻撃
  三者構成原則の現状と歴史
  ステークホルダー民主主義の確立に向けて

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アーベルスハウザー『経済文化の闘争』

4130402463 三連休のじっくり読書用の本。大きくいえば、「資本主義の多様性」の一環なんですが、著者はドイツの経済史家で、ドイツ型経済モデルを中世にさかのぼる歴史的パースペクティブの中に位置づける手際がとても興味深いものがあります。

http://www.utp.or.jp/bd/978-4-13-040246-0.html

>経済文化の闘争 資本主義の多様性を考える

ヴェルナー・アーベルスハウザー, 雨宮 昭彦 訳, 浅田 進史 訳

>内容紹介

19世紀後半にドイツとアメリカで誕生したニュー・エコノミー.ライン資本主義(ドイツ型団体調整的市場経済)の特質を,アメリカ型自由主義市場経済と比較しながら紹介する.自由主義市場経済への収斂化に警鐘を鳴らし,「資本主義の多様性」の必然性を論じる

>主要目次

I 生きている過去
1 「歴史の終わり」を超えて
2 ライン資本主義の栄光と悲惨
II ポスト工業的経済制度の温室
1 自由主義的生産体制から団体調整的生産体制へ
2 ドイツ経済の社会化モデル――イギリスとの比較
3 二つのコーポラティズムのはざまの利害政治
III フォーディズムの試練――20世紀の団体調整的市場経済
1 団体調整的市場経済の生産体制
2 アメリカの挑戦
3 共同決定――エージェンシー問題解決への独自な道
4 生産的秩序政策としての社会的市場経済
IV 21世紀への多様な道
1 目標への多様な経路
2 「経済の奇跡」という時代錯誤
3 団体調整的生産体制の強みと弱み
ライン資本主義と経済文化の闘争――訳者解説

アーベルスハウザーにとっては、戦後西ドイツの経済成長は、アメリカ流のフォーディズムを押しつけられながらもそれに抵抗してドイツ流を維持したから達成されたものであり、これからもますますドイツ流で行かなければならない、という強い信念がこの本を彩っています。

私にとっては、いわゆるライン型資本主義モデルが中欧の中世社会に起源をもち、19世紀末の新産業革命期に始動したものであるという歴史観は、大変納得のいくものでした。

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「淫」という字をなくせば淫行が無くなるのか

労働とは直接関係ないけど、黒川滋さんのぼやきにあまりにも共感したので、

http://kurokawashigeru.air-nifty.com/blog/2009/07/718-c6d2.html

>「淫」「呪」「艶」「賭」などの文字を常用漢字に追加することをとりやめする方向と。学校現場から反対があったため(読売)。

不道徳な文字を無くせば、この社会から良くないことは無くなるのか。「学校現場」は、そういう言霊による呪術で子どもたちに接しているのか。全くもって情けなくなる。

この世の中には良いことも悪いこともあって、それはみな言葉で表現されなければならないのではないか。それなのに文字がないなんて話にならない。ひらがなでもよいが、漢字のもつ成り立ちと構造が、その言葉の本質を表すのではないか。そういうことを教えるのが教育ではないのか。

こんなことに興奮して、文化審議会にクレームつけている学校現場は、イデオロギーばかりやって、教育をしていないことの証拠である。あるいは子どもたちから「淫」の字をつきつけられてヒヒラ笑いされるのが怖いのか、どちらにしても情けない。

いやあ、日本の教育界というのは、本気で「言霊信仰」にどっぷり浸っているんでしょうかね。

まともな「教育問題」をそっちのけにして、イデオロギーの空中戦ばっかりやってきた脳内右翼と脳内左翼の最後の生息地にふさわしいというべきか。

41nzzdf0m0l_ss500_ おーーい、岡本薫さん、古巣に何か言ってよ。

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欧州医療部門労使が注射針等による事故の予防に関する協約を締結

去る7月17日(金曜日)、欧州公共サービス労組(EPSU)と欧州病院医療事業者協会(HOSPEEM)が、注射針等の鋭利物による傷害を予防するための労働協約を締結しました。

http://ec.europa.eu/social/main.jsp?langId=en&catId=89&newsId=558&furtherNews=yes

これは欧州委員会雇用総局のニュースです。

今後夏明けには、欧州委員会がこの協約を指令化する提案を提出する予定です。

EPSUのサイトでは両団体首脳の署名している写真入りで大きく取り上げています。

http://www.epsu.org/a/5500

Welcoming the agreement, Karen Jennings stated that; “this represents tremendous progress for the European Hospital social dialogue process, but most importantly it makes a clear and positive contribution to the working lives of Europe’s healthcare workers”.

Godfrey Perera said that; “this deal is in the interest of the Hospital and Healthcare Sector Employers, who have a moral obligation to protect their workers’ health and safety. It also benefits both employers and employees because a proper risk assessment carried out reduces risks and improves employees health and safety, thereby decreasing the number of days lost of these highly trained staff, thus reducing costs”.

労働側曰く「これは欧州の医療労働者の職業生活への積極的な貢献だ」

経営側曰く、「これは医療労働者の健康と安全に道徳的責任を負っている病院・医療部門の使用者の利益だ」

EPSU President, Anne-Marie Perret stated that; "Through this agreement, the European social partners in the hospital sector have demonstrated that it was possible to influence the EU policies and, according to their respective roles, to take the interests of workers and employers, jointly focusing on the interests of patients into account".

「本協約を通じて、欧州病院部門の労使はEUの政策に影響を与えることができることを示した」

日本の医療界の労使はどうでしょうかね。そもそもそないな発想がない、こりゃまた失礼。

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事業主の死亡による雇用終了は「解雇」か?

7月16日付でいくつか興味深い欧州司法裁判所の判決と法務官の意見が出されています。

まずは、ロドリゲス・マジョルさんほか6名が訴えた事件の法務官意見。

http://curia.europa.eu/jurisp/cgi-bin/form.pl?lang=en&newform=newform&Submit=Submit&alljur=alljur&jurcdj=jurcdj&jurtpi=jurtpi&jurtfp=jurtfp&alldocrec=alldocrec&docj=docj&docor=docor&docop=docop&docav=docav&docsom=docsom&docinf=docinf&alldocnorec=alldocnorec&docnoj=docnoj&docnoor=docnoor&radtypeord=on&typeord=ALL&docnodecision=docnodecision&allcommjo=allcommjo&affint=affint&affclose=affclose&numaff=&ddatefs=&mdatefs=&ydatefs=&ddatefe=&mdatefe=&ydatefe=&nomusuel=&domaine=PSOC&mots=&resmax=100

彼らはラファエル・デ・ラス・ヘラス・ダビラさんという事業主に雇われて働いていたんですが、2004年5月1日にダビラさんが亡くなり、職場は閉鎖されてしまいました。ダビラさんの相続人の誰も、ダビラさんの事業を引き継ごうとしなかったからです。

労働者たちは違法な解雇だと訴え、勤続1年につき45日分ずつの補償金を要求しました。下級審は「解雇じゃない」と退けたんですが、控訴されたスペインの最高裁はこれを欧州司法裁判所に持ち込んで、今回法務官意見が出たわけです。

>The concept of ‘redundancy’ used in Article 1 of Council Directive 98/59/EC of 20 July 1998 on the approximation of the laws of the Member States relating to collective redundancies does not cover cases of termination of employment contracts brought about by the death of the owner of the undertaking, whose lawful heirs decline to accept his estate, where such death gives rise to complete cessation of business activity and no provision of the legal order of a Member State appoints a public authority to replace the employer and fulfil his obligations under the directive.

事業主が死んで、相続人が誰も継ぎたくないといってて、法律上公的機関がその権利義務を代行するようになっていない以上、そりゃやっぱり「解雇」じゃない、と。

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学校用務員さんの飲酒運転で懲戒免職は行き過ぎ

いうまでもなく飲酒運転はいけません。いけませんが、だからといって、何でもかんでも一緒くたにして厳罰!厳罰!という「世間」の「空気」にうかつに乗ってはいけませんよ、という頂門の一針として。

http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20090717090103.pdf

懲戒免職処分取消請求事件(大阪地方裁判所平成21年07月01日)(平成20(行ウ)31)

>市立高等学校の管理作業員が公務外の飲酒運転(酒気帯び運転)で検挙されたことが信用失墜行為(地方公務員法33条)に当たるとしてされた懲戒免職処分(地方公務員法29条1項1号,同項3号)が裁量権を逸脱濫用しているとして取り消された事例

この管理作業員さんの仕事はこういうものでした。

>(ア)学校園内外の美化・清掃に関する業務
a) 学校建物内部の清掃
b) 校舎屋上(屋根)平面部の清掃
c) 校舎建物周辺及び屋外運動場の清掃
d) じん芥処理
(イ)施設・設備の維持管理及び補修等営繕業務
a) 校舎等建物・屋内設備関連
b) 屋外施設・設備関連
(ウ)園芸業務
a) 樹木等の管理全般
b) 花壇等草花の管理全般
(エ)幼児・児童・生徒の安全にかかる業務
a) 登校時の校門の開閉並びに施解錠
b) 登下校時の幼児・児童・生徒の安全確保
c) 来校来園者の受付確認
d) 校園内外の巡視
(オ)休業期間中の合同作業に関する業務
(カ)校務運営上,必要な連絡,公文書等搬送業務
(キ)学校園行事の準備及び後片付けに関する業務
(ク)その他校園長が校務管理運営上特に必要と認める業務

大阪市教育委員会は、こういう「懲戒処分に関する指針」を出していました。

>ア 飲酒運転で人身事故,又は物損事故を起こした教職員は,免職とする。

イ 飲酒運転をした教職員は,免職とする。ただし,酒気帯び運転をした教職員について,一定の情状が認められるときは,停職とする場合がある

この管理作業員さんは酒気帯び運転で捕まり、免停処分を食らってます。それは当然ですが、大阪市教育委員会は、こう言って彼を懲戒免職処分にしたんですね。

>原告の行為は,本市学校に勤務する職員としての職の信用を著しく傷つけ,学校教育に寄せる生徒・保護者及び市民の信頼を大きく裏切るものであることから,地方公務員法33条が規定する信用失墜行為の禁止に違反するものであり,全体の奉仕者たるにふさわしくない非行であると言わざるを得ない。
よって,地方公務員法29条1項1号及び同項3号に該当するので,本処分を行う。

判決の重要部分に曰く、

>しかし,原告は,本件酒気帯び運転により人の生命,身体及び財産に対して損害を与えたことはない。原告は,本件高校に勤務していたものの教員ではなく,「管理作業員」という現業職の職員であって,生徒に対する教育指導を主たる職務内容とする教員とは地位及び職責が異なり,求められる資質も自ずと異なっていた。また,本件酒気帯び運転によって直接原告の業務や本件高校の業務に支障が出たり,学校園の管理作業員としての適格性に直ちに疑義が生じたものでもない。そして,同運転は公務上のものでもなく,職場の同僚との会合等公務に関係するものでもなく,私的行為としてなされたものである。

>原告に対して職員の身分を失わしめるという本件処分を科すことは過酷というべきであって,重きに失し,社会的相当性を逸脱しているというべきである

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奈良県(医師時間外手当)事件評釈

本日、東京大学の労働判例研究会において、標記事件の評釈を行いました。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/narahospital.html

本ブログでも何回か取り上げた県立奈良病院の産婦人科医師が提起した事件です。

世間や医療界にとっては、病院の当直が労基法の宿日直(監視断続労働)に当たらないといわれること自体が驚愕的な事態であったようですが、労働法学的にはこれは半世紀前から当たり前のことであって、皆さん今さら何を騒いでいるの?的な話で、実はほとんど改めて論ずるような論点はありません。

労働法学的に大きな問題をはらんでいるのは宅直の労働時間性のところで、ここはいろんな議論が出ました。やはり、大星ビル、大林ファシリティときた最高裁の指揮命令下一元説の見直しがそろそろ求められて来つつあるという感じです。

最後の労基法の地方公務員への適用関係を、奈良県の法務担当職員が知らないだけでなく、原告側弁護士も知らず、あまつさえ裁判官も知らなかったという本判決のオチは、いささかもの悲しいものがありますね。

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鷲尾悦也『共助システムの構築』明石書店

本日、鷲尾悦也元連合会長の旭日大綬章叙勲を祝う会がありました。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/04/post-4256.html(春の叙勲労働編)

こういう会合では、帰る際におみやげを渡してくれるのですが、鷲尾さんのおみやげはなんとご自身の著書でした。『共助システムの構築-新たなる公共性の創造』。版元は、私も何かとおつきあいのある明石書店。腰巻きの文句は、「<格差と貧困>の時代から<社会連帯>の未来へ」「社会保障再生のためのグランドデザインを描く」です。

まだ明石書店のHPには載っていないので、コピペできないのですが、第1章が「公共性とは何か」と大きく広げ、以下租税、社会保障、社会保険、公的年金、医療保障ときて、最後が「共助システムの担い手」と題して、「共同体の再構築」「新たな中間集団としての協同組合」「ILO・国連の協同組合政策」となっています。

連合会長を辞められてからここ10年ほど全労済関係のお仕事をしてこられたので、どうしても話が社会保障関係に近づくのは当然なのでしょうが、できれば骨太の労働論などものしていただければよかったなあ、などと思ったりもします。

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ホリエモン氏によれば最低賃金を上げれば働く意欲がなくなるんだそうな

ホリエモン氏のたまわく、

http://ameblo.jp/takapon-jp/entry-10298690710.html(民主「最低賃金千円」、マニフェストに明記へ)

>隔世の感がありますな。私がライブドアの起業のきっかけとなった、コンピュータ会社でのアルバイトの最初の時給が900円でした。なんだか、最低賃金がどんどん高くなって生活保護支給金も高くなったら、がんばって働いて生活水準を上げていこうとかそういうモチベーションは、なくなるんじゃないのかなあ。

それが目標なのかもしれないけどさ。既に「生きられる」というレベルじゃなく、大してきつい労働しなくとも、努力しなくとも「豊かな」生活が送れるというレベルに設定すると、「上」は目指さなくなる人が沢山出てくる気がするね。いい意味でのハングリー精神というのかな。

そういう社会がどうなっていくだろうか?
ぬくぬくと、ゆとり社会?
そういう社会って停滞していく気がする。あんまり底上げしすぎるのもどうかな、と思うよ。

いやまあ、最賃1000円というのは、今すぐという話としてはいささか無茶ですが、それは中小零細企業の支払い能力との関係で漸進的に行かなければいけないというリアリズムな話であって、最低賃金を上げれば上げるほど働く意欲がなくなるなんてトンデモ理論を振り回すおっさんがいるとは思わなかったですね。

ホリエモン氏にとっては、働かないで生活保護で生活する方が豊かな生活ができて、フルタイム精一杯働いても生活保護の水準にも達しないという現状の方が、働く人の方が働かない人よりもたくさん稼げる社会よりも、人々の働く意欲をかき立てるんだそうです。なんと倒錯した素晴らしき世界でしょうか。

こういうのを見ると、ホリエモン氏が国会議員になってなくってよかったなあ、と本当に思いますね。

http://www.chunichi.co.jp/s/article/2009071401000772.html(12都道府県で生活保護が高額に 千葉なども最賃を逆転)

>北海道や神奈川県など全国12都道府県で、最低賃金が生活保護の水準を下回る逆転現象が起きていることが14日、厚生労働省の調べで分かった。昨年秋に実施した2008年度の最低賃金改定後、逆転は9都道府県だったが、生活保護などの最新データを使い調査した結果、青森、秋田、千葉の3県が加わった。

 中央最低賃金審議会(厚労相の諮問機関)で09年度の最低賃金改定額の目安を協議中で、どの程度解消されるかが焦点。政府は7月中に引き上げ額の目安を提示することを目指すが、労使対立が激しく、協議難航は必至だ。

 逆転現象は、厚労省が同審議会の小委員会に提出した資料で判明。同省が08年度改定後の地域別最低賃金と、07年度の生活保護水準を比べた。

 最も差が大きいのは神奈川県で、逆転解消には最低賃金を時給で66円引き上げることが必要。必要額は東京都60円、北海道47円、大阪府26円と続く。

 青森、秋田、千葉の3県は08年度改定でいったん逆転を解消したものの、最新データでは最低賃金が生活保護を下回った。是正に必要な額は青森県9円、千葉県5円、秋田県3円。

(追記)

山崎元氏もやはり、自分ではミクロ未満のケーザイ理論を振り回しているつもりで、現代世界のまともな雇用戦略から置いてけぼりを食らっていることに気がついていないようです。

http://diamond.jp/series/yamazaki/10088/(民主党の労働政策がはらむ大きな危険)

はじめに断っておきますと、確かに民主党の労働政策の中には製造業派遣や登録型派遣の禁止などという本当に批判しなければならないものも含まれていますので、その点はこの標題は正しいのですが、山崎氏の主眼は最低賃金1000円がけしからんというところにあるようです。

上でも書いたように、今すぐいきなり1000円になどできないのは分かり切ったことですが、しかし働かないよりも働く方が得になるようにするというのがどの国でもまともな考え方をする人の共通理解であって、最低賃金を目の敵にしてベーシックインカムを賞賛しまくるホリエモンとか山崎元とかいう人々が未だに一部でもてはやされる日本というのも不思議な社会としか言いようがありませんね。

(追記)

うーーん、こういう人だったんだ。あんまり正面からまじめに論じてしまって自分が馬鹿みたい。

http://www.zakzak.co.jp/gei/200907/g2009071621_all.html(ホリエモンついにAV界へ…まずはヌード撮影に挑戦 )

(再追記)

はてぶで、こういう正しい批判を受けました。

http://b.hatena.ne.jp/entry/eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/post-46db.html

> bluefield ホリエモンの発言は酷いけど、AVの仕事をしたからって理由で全否定してしまうのも酷いんじゃないですかね。

全くその通りです。これでは、AV女優が何かまっとうなことを言っても、AV女優だからという理由で否定していいことになります。ホリエモンに対する憤懣が変な形で出てしまったようで、赤面の至りです。撤回したいと思いますが、誰かさんみたいにこっそりと書き換えたりせずに、きちんと反省の意を表しておきます。

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「身体を張る」ということ

労務屋さんが『POSSE』第4号について連投でいろいろコメントしておられます。

格差論壇MAPに「これだけ?」という感想は実はまあもっともなんですが、そこからあれだけいろんなネタが引き出せるということで。

大変興味深かったのは、例の「なんともはや」の鼎談です。

労務屋さんはどちらかというと杉田・増山コンビにシンパシーを感じておられるような。

http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20090714「POSSE」第4号続きの続き

>杉田さんと増山さんにはすでに相当のリアルな活動の実績がある。言論活動だけでなく、実際に身体を動かしての活動もかなり実践してきているわけです。もはや彼らはそうした人生を歩んでいくほかの道はなかなか見出しにくいし、それでいくしかないとの覚悟もできているでしょう。

それに較べると、後藤さんはまだ実践が乏しく、政策提言、経済学や労働法の世界で世の中をなんとかしようとしているわけです。

>ところが、杉田さんや増山さんにしてみれば、それはとっくに乗り越えちゃった過程で、おそらくいくら政策提言をしてみてもなんの影響力もない、なんらかの実践、影響力を持った上で発言していかないと経済学や労働法の世界は動かないということを、たぶん身をもって知っている。彼らにとってみれば、政策を勉強して提言をまとめることも必要だけれど、しかしそれはすでに誰かが何度もやっていることであって、自分たちがやってきたような、それを実現に結びつけるパワーになるような実践活動のほうが大事だと思っているのでしょう。

うーーん、わたしの率直な感覚では、

>杉田さんや増山さんは身体を張ってきたことで相当程度深く問題の「当事者」になっている

といえるのだろうか、と感じるわけです。それこそ、

>精神の貧困がヘチマとかオルタナティブが滑った転んだという議論

をしている人が

>一朝一夕には解決しないから、根本なのだ。本当の関係者は、一歩ずつ解決策の積み重ねを、地道に模索している。

というタイプなのでしょうか、逆なんじゃないの?と。

率直に言って、空疎な理屈だけが空回りしているような印象を受けました。これでは、湯浅さんや雨宮さんの「身体を張った」活動のように、世の中を動かすのは少し難しいのではないでしょうか。

(追記)

同じ『POSSE』第4号のインタビューで、私はいわゆるロスジェネ論壇についてこう語っています。

>今野:濱口さんから見て、ロスジェネとか、今注目を浴びている人たちは、このマップで分析することはできるでしょうか?

濱口:この中で位置付けるというというよりは、どちらかというと彼らは問題提起をしているだけであって。それは問題提起をすること自体に意味はあるけれども、それが今後の社会のあり方をどういう方向を目指すのかというところまでの反省の次元になっているわけではないと思います。しかし、それを彼らに要求するべきなのかという問題もあるわけですね。
私はそこにある種の議論の分業があってもよいと思います。しかし、分業するためにはきちんと問題提起を受けとめて、議論を整理する人がいなければなりません。赤木さんの議論も同じようなもので、要するにあれは「叫び」です。叫びは叫びとして意味があるのですが、彼の思考では、自分の客観的な位置付けそのものがかなり危ういんですね。雨宮さんも含めて、「運動型」、「叫び型」の人々に共通の問題です。叫びそのものに意味があるのだけれども。

赤木さんや雨宮さんは「叫び」だといっても、その叫びはちゃんと心に届く言葉になっているわけです。湯浅さんはもう一段上で、「叫び」を人々の心に上手く届かせるように見事に捌きを見せています。

後藤さんは自分は「叫び」なんかにとどまってなるものかと思っているのでしょうが、私はそこは、「叫び」にもちゃんと社会的な意味がある、大きな意味があると思っています。

私がそれなりに評価している「ロスジェネ論壇」というのは、そういうちゃんと心に届く「叫び」なのです。杉山さんや増山さんは何かを叫んでいるらしいことは窺えるのですが、何を言わんとしているのかがさっぱり分からない。要するに、「叫び」が人の心に届く言葉になっていないのです。それこそ、労務屋さんではないけれど、ヘチマが転んだという以上のメッセージが届かない。

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日本と韓国では、労働市場制度と職場慣行は、母親の就業を制限し、低出生率の一因となっている

39659764bigbb2007 昨日紹介した『国際比較:仕事と家族生活の両立 OECDベイビー&ボス総合報告書』ですが、もちろん全部読むべきところばかりなんですが、あえて1カ所だけ読みどころをピックアップするとすれば、やはりBOX(コラム)7.1の「日本と韓国では、労働市場制度と職場慣行は、母親の就業を制限し、低出生率の一因となっている」でしょうか。

>・・・日本と韓国では、男性パン稼ぎ人の考え方が、交渉による雇用条件の対象となっている正規従業員についての長期雇用関係(企業の交渉システムの中で今なお生きている(Araki,2002))の二分された労働市場システムに移植された。非正規従業員は団体交渉の対象となっておらず、その雇用条件は一般被用者のものほどよくない。・・・

>・・・非正規従業員は、特定の仕事・職務を行うために、1日単位から1年単位の更新可能な契約で雇われ、相対的に低い賃金であることが多い。正規従業員は会社(仕事ではない)に雇われ、こうした労働者には、使用者との間に長期の雇用関係がある。正規従業員は、会社内部で訓練されて、配偶者、子ども、ないしは住宅に関する手当を受け取る。これらの手当は、男性従業員の家族の幸せのために寄せる使用者の伝統的な関心を反映している。・・・

>代わりに、長期雇用のために、正規従業員は労働条件の「フレキシブル」な調整を受け入れる。サービス残業を含み長時間労働を行うことや、与えられた権利より少ない休暇を取ることによって、使用者と職業障害への忠誠のシグナルを送る。・・・子育てに時間の一部を捧げたいと願っている母親(さらにいえば、父親)にとって、こうした仕事のあり方は魅力的なものではない。

>男女間の就業機会の違いは全生涯に渡って続く。それは、社会政策が職業生涯を維持したいと考えている女性に焦点を当てているという事実にもかかわらず、日本と韓国の多くの使用者は、女性は、学歴にかかわらず、結婚ないし出産によって労働力から引退する(少なくとも一時に)ことを当然のことと思っている。このため、使用者は女性労働者とその職業生涯の将来展望に投資しようとはしない。・・・

>その上、「再就職の母親」、つまり子育てのために労働市場を離れた後仕事に戻る女性たちは、(パートタイムの)非正規従業員になるという結末を迎える(これは日本の社会保険システムによって「奨励され」ている。・・・)いったん非正規労働者になった場合には、正規従業員になる(復職する)ことは難しい。入職に対する年齢障壁が時には生ずるからである。例えば、いくつかの自治体において正規の公立保育労働者として応募する場合は28歳より若くなければならない。そうでなければ、非正規としての雇用契約のみ締結できる。大きな賃金格差がある。平均的には、女性の非正規従業員は同じ女性の正規従業員の33%以下しか稼げない。これらの条件のもとでは、職業生涯を追求したいと願う女性が子供を作らないと決めることが多いのは驚くことではない。・・・・・・

ほぼ1ページ半のコラムの中に、現在の日本の雇用システムの問題点が的確に盛り込まれています。こういうのを読むと、さすがOECDは優秀だなあ、と。

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奈良県立病院の「医師に関して有効な労働基準法41条3号に基づく宿直許可申請書および許可書」

「新小児科医のつぶやき」さんのブログは、医師の労働時間問題を繰り返し取り上げておられ、かつそのコメント欄で多くの方々の大変熱心な議論が繰り広げられているすばらしいブログですが、最近例の奈良県立病院の「宿日直」事件判決について突っ込んだエントリをアップしておられます。

http://d.hatena.ne.jp/Yosyan/20090706奈良産科医時間外訴訟判決文・前編

http://d.hatena.ne.jp/Yosyan/20090713奈良産科医時間外訴訟判決文・後編

前編が病院における「宿日直」問題、後編が自宅等での「宅直」問題です。

ここで紹介したいのは、その本論ではなくて、後編のコメント欄に書かれたこれです。

>奈良県立奈良病院に対して
1) 平成15年度から平成21年度の労働基準法36条に基づく労使協定(特別協定を含む)
2) 医師に関して有効な労働基準法41条3号に基づく宿直許可申請書および許可書
3) 平成15年度から平成21年度の病院長および事務長氏名
を情報公開請求いたしました。

1) 情報非公開 (理由:当該文書の作成又は取得をしていないため)
2) 情報公開決定 
3) 情報公開決定

2)について「情報公開決定」と回答してくるということは、公開されるべき文書があるということですね。どうも当局側は、本件において「医師に関して有効な労働基準法41条3号に基づく宿直許可申請書および許可書」が存在していると本気で思っているようです。

判決文からは、そのような文書の存在はうかがい知れないのですが、いったい何を出してくるつもりなのでしょうか。まさか奈良県の勤務時間規則をそのまま出してくるつもりとか。

奈良県にまともな法務担当職員はいないのでしょうか。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/post-3bfa.html(奈良病院「当直」という名の時間外労働裁判の判決)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/04/post-0100.html(医師の当直勤務は「時間外労働」)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/12/post_355a.html(医師 増える過労死 「当直」違法状態)

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OECDベイビー&ボス総合報告書

39659764bigbb2007 明石書店から、『国際比較:仕事と家族生活の両立 OECDベイビー&ボス総合報告書』が刊行されました。高木郁郎先生監訳で、熊倉瑞恵さん、関谷みのぶさん、永由裕実さんの3人で翻訳されています。

まだ明石書店のHPには載っていないので、左の写真はOECDの原本です。向こうで赤ちゃんを抱いた夫婦が何か喋っていて、こっちではお姉さん(?)らしき女の子がまじめな顔でペンを咥えながらコンピュータに向かってなにやらお仕事をしていますね。

2091_2  この「ベイビー&ボス」シリーズ、3カ国ずつまとめた報告書が4冊出され、そのうち2つめの「日本・オーストリア・アイルランド」編は、すでに2005年に同じ明石書店から翻訳が出されています。

こちらも高木郁郎先生監訳で、翻訳は麻生裕子さん@連合総研、久保田喜美さん、松信ひろみさんでした。

これも、スーツにネクタイしめた坊やがなにやらメモをもってコンピュータに向かってますね。これは各国版4冊共通のデザインです。全体版は女の子に変わったわけです。

てな話はどうでもいいんですが、

仕事と家族生活の適切なバランスを見出すことはすべての親たちにとっての課題である。 OECD諸国の多くの親たちは、いまある仕事と保育の状況について幸運な状況にあるが、他の多くの親たちはあれやこれやのかたちで、深刻な緊張感にとらえられている。一部の親たちは、(もっと多くの)子どもをもちたいと思っているが、そのための責任と就業とをマッチさせる方法を見出せないでいる。ある親たちは、家族のなかに何人かの子どもをもっているという点では幸せであるが、できるならもっと働きたいと思っている。しかし家族の状態では満足している親も、いまとは異なった時間帯で働きたいとか、労働時間をもっと短くしたいと思っているかもしれないが、実際にはそうしてはいない。それには、賃金の引き下げを受け入れる余裕がないとか、自分の職業上の未来を危険にさらしたくないといった理由がある。

親たちが自分たちの望む仕事と家族生活のバランスを達成できない場合には、本人の福祉が低下するだけでなく、親たちの労働供給が減少するために経済発展もまた阻害される。出生率の低下は将来の労働力供給に影響を与えるし、社会保護システムの財政面での持続可能性に影響を与える。親としてのあり方は子どもの発達と、その結果としての将来の社会の形成に決定的な意味をもっているから、政策担当者たちは親がより良い仕事と家族生活のバランスを発見できるよう支援したいと思う多くの理由がある。

ベイビー&ボスの検討では、これまでにオーストラリア、デンマーク、オランダ(OECD, 2002)、オーストリア、アイルランド、日本(OECD, 2003)、ニュージーランド、ポルトガル、スイス(OECD, 2004)、カナダ、フィンランド、スウェーデン、イギリス(OECD, 2005)の政策と家族の状況を分析してきた。シリーズの最終版であるこの報告書は、従来の事実発見を総括するとともに範囲を広げて他のOECD諸国をも検討の対象としている。この報告書では、OECD諸国全体の指標にもとづき、親の労働市場と家族の形成についての決定を支援するための税・給付政策、親休暇制度、学童保育支援、それに職場慣行について検証している。

熊倉瑞恵さんは過去数年間わたしが日本女子大学で何回かお話しをさせていただいたとき、そのアレンジ役をしていただいたこともあります。昨年から今年にかけてデンマークに留学されて、日本に戻られたんですね。これからのさらなるご活躍を期待しております。

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『現代の理論』09夏号

まだ明石書店のHPでは更新されてませんが、昨日送られてきました。

特集は「転換点に立つ世界」というものですが、そこでは恒例の小林良暢氏の「21世紀型世界大失業の時代」が、

>これまでの雇用格差に関する論調は、もっぱら格差・貧困告発型の「格差本」が主流で、具体的政策はほとんど無きに等しく、その主張は「入り口規制」に偏向してきた。

と述べているのは、まさに私の感想と同じです。

小林さんとしては、そこでご自分の本を、となるわけですが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/post-f522.html(なぜ雇用格差はなくならないのか)

私としては来週、衆議院解散の直後に発売予定の『新しい労働社会-雇用システムの再構築へ』(岩波新書)を是非どうぞ、という宣伝につなげたく・・・。

そのほか、興味深い記事が多いのですが、エントリをあたらめて。

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呉学殊さんのコミュニティユニオン研究

JILPTのHPに、呉学殊さんの『労働紛争発生メカニズムと解決プロセス―コミュニティ・ユニオン(九州地方)の事例―』がアップされました。

http://www.jil.go.jp/institute/reports/2009/0111.htm

>近年、個別労働紛争が増加しています。以前から個別労働紛争の解決に取り組んできたのが企業の外に組織されている労働組合であり、その代表といえるのが「コミュニティ・ユニオン」(地域社会に根をもった労働組合として、パートでも派遣でも、外国人でも、だれでも1人でもメンバーになれる労働組合)です。

本調査研究では、個別労働紛争の解決・予防において、コミュニティ・ユニオンがどのような役割を果たしているのかを明らかにするために、九州地方の3つのコミュニティ・ユニオンと組合員に対するヒアリング調査(19事例)を実施しました。

この結果、紛争の予防・解決におけるコミュニティ・ユニオンの存在意義として下記のような知見が明らかになりました。

(1)コミュニティ・ユニオンは、紛争に巻き込まれた労働者の慰め役を担っている。

紛争を抱えている労働者は、どうすればいいのか分からず、自分の主張が認められないことに対する焦燥感や虚脱感を持っている。その時に、親身になって相談に応じるユニオンの存在そのものに対して、多くの労働者は「ありがたい」「救われた」との感謝の意を表し、紛争当事者は沈着に紛争解決に向かうことができる。このような機能を担う機関は他にはなかなか見当たらない。もちろん、解決能力は高い。

(2)コミュニティ・ユニオンは、労働者の尊厳を取り戻し、紛争当該労働者が再び仕事に戻り、頑張ろうとする蘇生力を与えている。

労働者は自分の主張がユニオンにより認められ、納得のいく形で紛争が解決すれば、意欲を持って次の仕事に取り組んでいくことができる。

(3)コミュニティ・ユニオンは団交の際に紛争の発生につながった会社の人事・労務管理・コミュニケーションの問題を指摘する。

会社が指摘を前向きにとらえることが出来れば、人事・労務管理・コミュニケーションの改善、紛争の予防にもつながるだけではなく、労働者の労働意欲を高めることにもつながる。

(4)どの企業・組織も少なからぬ労働紛争の種をもっている。

企業は、企業内労働紛争をもっぱら抑え込むべき回避の対象とみなさず、働き甲斐のあるよりよい職場環境を作るきっかけと前向きにとらえてもいいのではないか。コミュニティ・ユニオンは、企業の外から、そのような機会を提供しているといえる。

呉さんの研究については、本ブログでもいままで、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/post-d597.html(働く者の尊厳を取り戻す労働組合活動)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/post-657b.html(個別労働紛争相談は成長産業?)

などで紹介してきましたが、その決定版ということになります。

わたしは実は、コミュニティユニオンの個別紛争解決における活躍ぶりはたいしたものであるという認識とともに、それはそもそも労働組合法が予定する労働組合の機能とはいささか違うのではないかという考えもあります。

Hyoshi04_2 その点については、最近の『POSSE』第4号のインタビューの中でもちらりと触れていますし、

>ですがそれは横から突っついているだけです。私の労使関係のイメージは割と古典的で、現場レベル、職場レベルでものごとを規制できなかったらしょうがないというものです。そこで現に働いている人たちがそこのルールを作っていくべきだと思っています。

来週発売される『新しい労働社会-雇用システムの再構築へ』(岩波新書)の第4章のテーマでもあります。

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解雇規制とブラック会社の因果関係

mojixさんから即座にリアクションがありました。

http://mojix.org/2009/07/13/chuushou_kaikokisei(中小企業では解雇規制が有名無実になっているとして、それは中小企業と解雇規制のどちらが悪いのか?)

>私はこれまで中小零細企業にしかいたことがないし、むしろ積極的に中小零細企業の立場から発言しているつもり

ということなのですが、そもそもの話の出発点であるブラック会社と解雇規制の問題(社会学的ないしミクロ政治学的問題)と、整理解雇規制とマクロ的セーフティネットという経済学的問題がいささかごっちゃになっている感があります。

もちろんこれは今日の日本における議論が混乱していることの反映なのですが、ここをきちんと仕分けしないと、どこかの誰かさんみたいに「他人には解雇自由を主張している当人が、自分のことでは不当解雇を訴える」という一見奇怪な事態を招くことになります。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/05/post-b14a.html(3法則氏が、遂に解雇権濫用法理と整理解雇4要件の違いに目覚めた!)

ヨーロッパ諸国では解雇規制とは金銭補償がデフォルトですから、解雇自由とは金を払わずに解雇できることを指します。そういう解雇自由のもとでは、ブラック会社はどんなひどい扱いを労働者にしようが、文句を言えばコストゼロでクビにできるのですから、(労働市場が逼迫しているのでない限り)ブラックなやり方をやめるインセンティブは働きません。ここでは、解雇規制は労働者の「voice」を担保する機能を果たしています。

これは、どんなにセーフティネットを張り巡らせようが、それとは別の話です。ブラック会社自体がコストを払うメカニズムが必要です。これに対して、社会的セーフティネットは、ブラック会社とかホワイト会社とかといったミクロ社会的な問題ではなく、労働市場における需給のアンバランスをマクロ的に支えようという仕組みであって、そこを個別企業に押しつけすぎるとかえってマイナスになるという点は、最近指摘されているとおりです。しかし、そもそも中小零細になればなるほど解雇回避の余地など限りなく少なくなるわけで、整理解雇法理なるものがそれほど効果を発揮できるわけでもありません。

一言でいえば、解雇規制があるために正面から解雇できないのでいじめたりして退職に追い込む、というブラック会社モデル自体がかなりの程度大企業型であって、中小零細分野ではもっと単純に、文句を言う奴を解雇してもコストがほとんどかからないから過酷低劣に扱う、という古典的ブラック会社モデルの方が当てはまるケースは多いのです。

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『DIO』7・8月合併号

まだ連合総研のHPにアップされていませんが、連合総研の機関誌『DIO』の7・8月合併号が今日届きました。

まだコピペできないので、ごく簡単に。

特集は『非正規労働者の「声」と労働組合に求められる役割』で、佐藤厚さんの「非正規労働者の声をくみ上げる」、本田一成さんの「労働組合は本当に非正社員を「仲間」にしなくてよいのか」というエッセイと、UIゼンセン同盟JSGUの木村徳太郎さんの「派遣労働者の声を聞く」という報告の3本立てです。

本田さんの文章の最初のところと最後のところは必読です。

>筆者が参加したある研究期間の研究会が実施したあるアンケート調査票をチェックしていたときの話。労働組合役員に対して、非正社員の組合員か(組織化)が困難な理由を尋ねた自由記述欄に、次のように書き込まれていたのを見てがっかりした。

「非正社員なんかを組織化する理由が分からない」

・・・・・・・

>しかし、だからこそ、非正社員のことを組合員に投げかけ、組合全体でじっくり議論すべきである。正社員にとってマイナス影響があるから非正社員を仲間はずれにするのか、それとも仲間になってマイナス影響をなくすのか、そのいずれがよいのだろうか。組合がどちらを選ぶかが、非正社員のみならず正社員の働き方の将来を左右する。

早々に非正社員の苦情や意見をきちんと吸い上げるシステムを作らないと、職場の大きなリスクを放置することになろう。結局、非正社員と一緒に働く正社員が困ることになるのに気づくべきだ。

労働組合に改めて問いたい。「本当に、非正社員を「仲間にしなくてもよいのですか」と。

外部のなんとかユニオンではなく、職場に根ざした労働組合こそがそこで働く非正規労働者の声を代表していかなければならない、というのが、まさに私が繰り返し主張してきていることでもあるわけです。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/20_7076.html(連合総研設立20周年記念シンポジウム記録集その3)

>濱口/私は徹底して世俗的にお話をしたいと思います。宮本さんからは、職場を超えたコミュニティというテーマをいただいたのですが、むしろ逆に、職場のコミュニティを再建すべきではないかというお話をしたいと思います。

なぜ世俗に徹するかというと、本日のような会合で、あまりにも高邁で美しい話を聞くと、これは徳の高い高僧のお説教を聞いているのと同じで、たいへん素晴らしい話を伺いました、ありがとうございました、では現実に返りましょうということになってしまうのですね。ですから、私はもっと現実的な、生々しい話をしたいと思います。

パートだから先にクビでいいのかこれはフロアからいただいた質問ともかかわります。私が先ほど正社員の解雇規制の問題を取り上げたことについて、それは労働ビッグバン論者の言っていることと同じではないかという質問がおそらく出るだろうと思いましたが、案の定ご質問をいただきました。結論的には、私の主張は労働ビッグバン論者とかなり近いところにあります。

ただし、ここで考えていただきたいのは、職場のコミュニティ、職場の連帯というときに、それはどの範囲の労働者までを想定しているのか、ということなのです。解雇規制を議論するときにも、同じ職場にいるパートさんのクビのことまで考えてその議論をしているのでしょうか、ということです。この点を捨象して、どこか遠くにあるコミュニティの話-本当はコミュニティというのは遠くにあるはずはないのですが-にしてしまってはいけない。

いま必要なのは、むしろある意味で空洞化しつつある職場のコミュニティ感覚、連帯感覚をもう一度復活させること、そこにいる一人ひとりを組み込むような形での連帯をつくり出していくことだと思います。この問題には様々な側面があると思います。例えば、報酬をどのように分け合っていくかということもあるでしょうし、場合によっては、会社経営が厳しくなったときに、だれがその不利益を受けるのかということも問われるでしょう。「あなたはパートなんだから当然先にクビになっていい」ということで、本当によいのだろうか、ということです。このように、一人ひとりの利害状況を考えた上で、誰も排除することなく、「ひとりはみんなのため、みんなはひとりのため」という原理に基づく問題解決をめざしていくという感覚、すなわち包括的・普遍的な連帯感覚の再構築が必要ではないかと思うのです。

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クビ代1万円也

いまだに、「解雇自由が日本を救う」というたぐいの議論がネット界を横行しているようですね。

http://mojix.org/2009/07/09/why_black_company(なぜ日本ではブラック会社が淘汰されないのか 日本は雇用の流動性が低いから、労働者の価値が低い)

http://d.hatena.ne.jp/JavaBlack/20090710/p1(ブラック企業と解雇規制は無関係)経由で

この手の議論は、(自分がいた)大企業を日本社会のすべてだと思いこんで、中小零細企業の実態が頭から欠落しているところに特徴があります。

そういう実態が一番分かるのは、実は労働行政の現場です。実際に中小零細企業の労働者がどれだけ簡単に「おまえはクビだ」といわれているかは、その中の一部(とはいえ、裁判に訴えるなどというとんでもないウルトラレアケースに比べればそれなりの数に上りますが)の人々が労働局や労働基準監督署の窓口にやってきて相談している状況を見れば分かります。

それらのうちかなり少数のケースが助言指導や斡旋に移行するのですが、それで解決にいたったケースでも、その水準というのは大企業の人々からするとびっくりするくらい低いものです。

20万円、30万円なんてのはまれなケースで、大都市あたりでも6万円、8万円といった解決金がごく普通に見られます。月給の一月分にもとうてい届きません。

一番ひどいのはクビの代金1万円というのもありました。それも何件か。

しかもそういうのに限って、クビの原因が限りなくブラックだったりするわけです。解雇規制をなくせばブラック企業が淘汰されるどころか、現実に限りなく解雇自由に近い状態が(労働者保護面における)ブラック企業をのさばらせている面もあります。

こういう実態をみてくると、やはり解雇の金銭解決問題をもう一度きちんと議論し直す必要があると痛感します。不当解雇は無効だからいつまでも地位確認で給料払えでやるべきで、金銭解決はけしからんというのは、大企業バイアスなんですね。

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日経社説に電機連合の賃金政策

本日の日本経済新聞の社説が、電機連合の賃金政策を取り上げています。

http://www.nikkei.co.jp/news/shasetsu/20090711AS1K1000511072009.html(正規、非正規社員の壁を崩す電機連合)

>パートなど非正規社員の処遇を公正な仕組みにし、正社員と均衡させるにはどうしたらいいか。電機連合が定期大会で決定した新しい賃金政策はその手立ての一つになる。

 賃金を仕事内容や社員の能力に応じて決める方式にし、パートなどにも適用する。非正規社員の賃金制度を正社員に近づけ、両者の壁を崩そうという案だ。非正規社員のやる気を引き出し、企業の生産性向上にもつながる。労組が投じた一石を電機はもちろん、他業界の経営者も受け止め、均衡処遇に取り組む時だ。

 電機連合は8年ぶりに刷新した賃金政策のなかで、「同一価値労働、同一賃金」の立場から正規、非正規社員の均衡処遇を打ち出した。派遣や請負社員を除き、パート、契約社員など雇用契約を企業が直接結ぶ非正規社員が対象になる。

 傘下労組に労使で協議する際の材料として新しい賃金制度のひな型を示し、製造現場、設計開発などの職種ごとに、求められる能力や役割に応じて5つの等級を設けた。非正規社員の多くは「担当業務の知識や技術の習得段階」とした「レベル1」や、「上司の指導で業務を遂行できる」などとした「レベル2」に位置づけられると想定している。

 仕事の中身を基準にすることで非正規社員の納得を得やすくなる。流通、サービス業界などの労組から成るUIゼンセン同盟も均衡処遇を目指し、パートの賃上げに力を入れているが、電機連合の案は賃金の決め方がより合理的といえるだろう。

 業種の性格上、非正規社員が傘下組合員の45%に上るUIゼンセン同盟などを除けば、大部分の労組は均衡処遇の実現に消極的だった。念頭にあるのは組合員の大半を占める正社員の処遇改善だった。

 今回の電機連合の方向転換は、労働形態の多様化という時代の変化を直視した結果である。これを呼び水に均衡処遇を目指す動きが産業界でさらに広がることを期待したい。

 総人件費が限られるなか、非正規社員の処遇の向上は正社員の待遇切り下げにつながる可能性もある。均衡処遇の実現は簡単ではない。

 だが非正規社員の士気を高める効果は大きい。電機連合の案のように等級ごとに求められる能力を明確にすれば、パートや契約社員が自ら能力開発に励む際の目安にもなる。

 非正規社員を含め人材の力を引き出すことで、企業はより多くの付加価値を生み出せる。それが新たな雇用創出につながる。そうした中長期的な視野に立って経営者は均衡処遇に取り組んでほしい。

現時点では、電機連合のHPには関係資料はアップされてません。

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人材派遣協会の署名活動

財団法人日本人材派遣協会が、「派遣労働を守るための署名活動」に乗り出しています。

http://www.jassa.jp/syomei/index1.jsp

>みんなで【派遣という働き方】を守りましょう!あなたの署名が、大きな力になります。

派遣労働を守るための署名活動にご協力をお願いします!

>労働者派遣は、フレキシブルでかつワークライフバランスを保つ選択的な働き方です。事実、労働者派遣は、約130万人の雇用を生み出しました。その一方で、今回の不況により多くの方が人員削減の対象となり、仕事を失ったのも事実です。しかし、それでもなお、約100万人の方が今も派遣で働き、仕事を求めて登録に来られます。これだけ多くの方が必要としている派遣という働き方を守って行きたいと考えています。
社団法人 日本人材派遣協会は労働者の雇用を喪失させ、経済活動の停滞を招くような規制強化に対し反対していきます。
是非、派遣スタッフ、派遣先、派遣元、あらゆる皆さんのご賛同の署名をいただきたいと思います。

うーーん、正直いって、いまの派遣労働がそのまま「フレキシブルでかつワークライフバランスを保つ選択的な働き方」になっているかというと、必ずしもそうとは言えないと思います。ただ、政府案にもある日雇い派遣の禁止とか、野党法案の製造業派遣の禁止やら登録型派遣の禁止やらといった労働者保護をほったからして事業禁止のみを指向する愚劣な法政策が批判されるべきであるということは、本ブログでも繰り返し述べてきたところです。

いまのやり方は、頭痛がするから何とかしてくれと駆け込んできた患者に、アホな医者が腹を切って胃を取り出さないといけないとメスを振り回しているようなところがあって、胃を切らせるな、という人材派遣協会の主張にはまことに賛成できるのですが、では頭痛をどうするのかという処方箋がないという問題もこれあるわけです。

(世の中には頭痛であろうが腹痛であろうが、一切医療などという介入は許されない、「神の見えざる手」によって、人間の身体は常に最適状態にあるはずだから、すべて自然にゆだねよ、というなにやら新左翼好みのオルタナ系っぽい市場原理主義者もいるので、これはこれで困ったものですが、まあそれは別の話として)

まあ、総選挙が近づく中で、野党法案がほんとに通ってしまう可能性が高まってきたという判断がこの署名運動の背後にあるのでしょうね。

でも、本当に大事なのは、与党にせよ野党にせよ、政治家の方々に、大事なのは頭痛を治す薬を調合することであって、悪くもない胃を切除することではないときちんと説明することでしょう。

(「運動」と「活動」のニュアンスの違いなど何も考えずに標題をつけたので、人材派遣協会の使ってる言葉通り、「署名活動」に修正しました。

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ドイツ解雇予告手当法制は年齢差別か?

先日グラーツ工科大学の技手の事件の判決を紹介しましたが、今回はドイツ民法の解雇予告手当の規定が年齢差別だという訴えに対して、欧州司法裁判所の法務官が「そのとおり、そいつぁ年齢差別だ!」という意見を言ってます。

http://curia.europa.eu/jurisp/cgi-bin/form.pl?lang=en&newform=newform&Submit=Submit&alljur=alljur&jurcdj=jurcdj&jurtpi=jurtpi&jurtfp=jurtfp&alldocrec=alldocrec&docj=docj&docor=docor&docop=docop&docav=docav&docsom=docsom&docinf=docinf&alldocnorec=alldocnorec&docnoj=docnoj&docnoor=docnoor&radtypeord=on&typeord=ALL&docnodecision=docnodecision&allcommjo=allcommjo&affint=affint&affclose=affclose&numaff=&ddatefs=&mdatefs=&ydatefs=&ddatefe=&mdatefe=&ydatefe=&nomusuel=&domaine=PSOC&mots=&resmax=100

ドイツ民法622条により、解雇の際の予告期間(予告手当)は勤続年数に応じて2年までは1ヶ月分、5年までは2ヶ月分、8年までは3ヶ月分、10年までは4ヶ月分、という風になっています。

それはいいのですが、25歳未満の勤続年数はそれにカウントされないということになっているんですね。その理由は、中高年になると家族を養わないといけないし、転職も難しくなるのに対して、若者は容易に転職できるんだからええやないかと。

本件の原告の Seda Kücükdeveci さんは1978年2月生まれ。いま31歳ですね。彼女は1996年6月、18歳でスウェデックス社に就職、2006年12月に28歳で解雇されました。

普通で行けば勤続10年で2007年の4月まで予告期間になるはずが、25歳未満切り捨てで1月末までになるのはおかしい、と会社を訴えたわけです。

この法務官の意見書、英文がなくって仏語版で読んでるのでよく分からないところもありますが、要は結論を言うと、

>L’article 6, paragraphe 1, de la directive 2000/78/CE du Conseil, du 27 novembre 2000, portant création d’un cadre général en faveur de l’égalité de traitement en matière d’emploi et de travail, doit être interprété en ce sens qu’il s’oppose à une législation nationale, telle que celle en cause au principal, qui prévoit, de manière générale, la non‑prise en compte des périodes d’emploi effectuées avant l’âge de 25 ans pour le calcul des délais de préavis en cas de licenciement.

そんな法律はEU指令に違反すると言っています。

アメリカの年齢差別禁止法が40歳以上にしか適用されないのに対して、EUの一般均等指令はすべての年齢層に適用されますので、こういう若者差別も当然射程距離に入ってくるわけです。

これが判決として確定したら、ドイツは法改正しなければなりません。

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『文藝春秋』渡辺恒雄 ・宮本太郎対談

今月の『文藝春秋』の読みどころは、世間的にはもちろん「鳩山邦夫 大いに吼える」でしょうが、わたくし的に興味深かったのは、読売新聞の渡辺恒雄主筆と宮本太郎先生の対談です。

http://www.bunshun.co.jp/mag/bungeishunju/

ほとんど意気投合してます。

安心社会実現会議の最終報告について、わたしは「読んでいくと、ほとんど宮本太郎先生の論文じゃないかとすら思われる記述が頻出するのも、感慨深いものです」と述べましたが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/post-50bf.html(安心と活力の日本へ)

ナベツネ氏も同様の見解のようです。

お二人とも、社会保障に関しては「大きな政府」を追求する社会民主主義者なんですね。そして与謝野馨大臣も同じラインであるという認識です。

宮本先生は、宮本顕治もと共産党議長の息子とばかりいわれるのはあまり愉快ではないようなんですが、、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/04/post-2cb1.html(安心社会実現会議)

冒頭、ナベツネ氏は東大時代共産党で査問に遭ったときの思い出を延々と語っていますね。まあ、宮本顕治氏だけは冷静だったと褒めてますが。

(参考)

宮本太郎先生の近著については

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/post_8dc6.html(福祉政治)

を参照のこと。

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第2法則または事実への軽侮 2回目は喜劇

興味深い記事を見つけました。

http://d.hatena.ne.jp/satohhide/20090708/1247059247(池田信夫blogと北朝鮮との類似性について)

>地球上でこんな屁理屈が通るのはいまや北朝鮮ぐらいなものでしょう。あの国では自国に都合の悪い地球上での事実はすべて存在しないか悪質な反北朝鮮キャンペーンで北朝鮮臣民には知らされていません。池田信夫人民共和国の臣民も同様の立場であるみたいで気の毒な気はしますけど。

ちなみに池田さんがはてブを忌嫌う理由も分かりますね。コメント欄やトラックバックと違って自分で情報を制御できないメディアは敵なんですよ。時々はてなの社長さんに短距離ミサイル飛ばして圧力かけているみたいですけど、威力がないのか効いてないみたい(笑)。まあ、北朝鮮が外国からのラジオ放送に妨害電波飛ばしているのと似たようなものかと。

よほどメンツが汚されるのが怖いみたいで、この性格も情報統制する共産圏の独裁者そっくりだから、とにもかくにも面白い人であることは間違いありません。なにせ一応市場自由化論者ですから。

なにせ一応市場自由化論者ですから・・・、か。

むしろ、居丈高な市場原理主義者にはこの手の権威主義者、全体主義者が結構多いような気がします。

第3法則のような攻撃の仕方しかできないのも、その言説ではなく所属組織や身分でしか人間を判断できない貧困なる精神のゆえでしょうし。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/12/post_a9de.html(池田信夫症候群-事実への軽侮)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/12/3_a7ad.html(池田信夫氏の3法則)

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若者問題への接近-誰が自立の危機に直面しているのか

去る6月6日に日本学術会議とJILPTの共催で開かれた標記シンポジウムのフル動画がアップされております。全部視聴すると相当タイムコンシューミングではありますが、それだけの値打ちはありますので、今週末の空いた時間にでもどうぞ。

http://www.jil.go.jp/event/ro_forum/eforum/090606/index.html

ちなみに、資料はこちらです。

http://www.jil.go.jp/event/ro_forum/resume/090606/index.htm

第一部 問題提起・報告

自立困難な若者の研究動向

太郎丸 博 京都大学大学院文学研究科准教授/日本学術会議特任連携会員

地域の労働市場と職業教育

小杉 礼子 JILPT統括研究員

家族と福祉から排除される若者

岩田 正美 日本女子大学人間社会学部教授

自立の困難な若者の実態と包括的支援政策

宮本 みち子 放送大学教養学部教授

第二部 パネルディスカッション

不可視化される、女性の、「若者問題」

金井 淑子 横浜国立大学教育人間科学部教授/日本学術会議連携会員

若者問題への接近 誰が自立の困難に直面しているのか―家族社会学の立場から―

渡邊 秀樹 慶應義塾大学文学部人文社会学科教授/日本学術会議連携会員

置き去りにされる若者たち

大津 和夫 読売新聞東京本社編集局社会保障部記者

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『POSSE』第4号さらにつづき

Hyoshi04 さらに、『POSSE』第4号の話題を続けます。

「なんともはや」の鼎談の次にくるのは、阿部真大氏の「『やりがい』は間違っちゃいない」です。

阿部氏は『搾取される若者たち』などで、不安定な就業形態のもとで仕事にのめり込んでいく姿を批判的に描き出したわけですが、ここでは「やりがい」をポジティブに捉えています。

それはいいのですが、なんというか、「今の日本の状況だと、『やりがい』を求めてフリーターを選ぶとずっと『底辺』のままで這い上がることすらできなくなってしまう」という言葉に示されているように、「やりがい」は不安定な仕事にこそあって、安定した仕事は「やりがい」のないつまらない仕事であるかのような二分法が裏に感じられます。

しかし、日本的雇用システムというのは、ある意味で会社のメンバーとしての安定感とともに、会社の運営に参加しているという「やりがい」を感じさせながら、協同的自発的に「搾取」するシステムであったわけで、それが果てしない長時間労働の源泉ともなってきたことを考えれば、そして、資本主義的企業に対するオルタナティブを称するある種の事業体が、まさにそういう「やりがいの搾取」の仕組みとなっていることを考えれば、実は問題は大変複雑に入り組んでいるのであって、あまり単純な図式に押し込めない方がいいのです。

先に紹介した『情況』7月号で、パルシステムと生活クラブの2生協の方が対談していますが、高度成長期に新左翼の活動家だった方々が、党内闘争に敗れて地域運動に入り、生協活動をやってきたんですね。それがその後の高度消費社会にうまく対応するところがあって、事業が拡大されてきたのだと思いますが、それは実は日本的雇用システムを再上演しているところもあるように思われます。

http://homepage3.nifty.com/rouso/

こんにちは。
私たちは生活クラブ生協神奈川で働く労働者による労働組合です。

生活クラブ生協は、「安全・健康・環境」を原則とした共同購入の他、
地域福祉・まちづくりにも積極的に関わる生協として知られていますが、
私たち職員にとっては、昼休みも充分に取れず、
サービス残業を含む長時間の時間外労働を前提としたような業務形態、
成果主義に基づく新賃金体系導入による大幅な生涯賃金の減額、
トップダウンの決定機構など、
変えていかなければならない問題が山積しています。

当たり前のことですが、生協の中でも経営側と私たちとでは
立場の違いが存在します。
私たち労働組合は生協から自立して自らの労働条件と労働環境を改善し、
いきいきと働ける職場づくり、
働く者の自治領域の拡大のために闘っています。

日本的雇用システムの問題が難しいのは、それが欧米型の雇用システムのようにやりがいの薄い仕事をやらせる代償として高い労働条件を保障するという社会的交換ではなく、やりがいのある仕事をやらせる分、労働条件にあまり文句が言えないという社会的交換になっている面があるからです。生協の仕事も同じでしょう。確かに「やりがい」は間違っちゃいません。しかし、「やりがい」のやりすぎには注意した方がいいのは、株式会社でも協同組合でも変わるところはないはずです。

ものごとを論ずるなら、ここまで踏み込んで論じないといけないでしょう。

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正規・非正規二元論を超えて

Koyou_style001 リクルートワークス研究所の「雇用の在り方に関する研究会」が、去る7月7日に「正規・非正規二元論を超えて-雇用問題の残された課題」と題する報告を出しています。

http://www.works-i.com/flow/survey/koyou_style001.html

座長は佐藤博樹先生、他の委員は、

大内 伸哉 神戸大学大学院法学研究科 教授
神林 龍  一橋大学経済研究所 准教授
野田 稔  明治大学大学院グローバルビジネス研究科 教授
山田 久  (株)日本総合研究所 ビジネス戦略研究センター所長・主席研究員
本原 仁志 (株)スタッフサービス・ホールディングス代表取締役社長 社団法人日本人材派遣協会理事長
大久保幸夫 (株)リクルート ワークス研究所所長

です。

15頁ほどの割と薄いものですが、内容は

テーマ1
 臨時・非正規雇用者向けセーフティネット
 ~所得保障と職業訓練をセットとした仕組みの構築~

テーマ2
 常用・非正規雇用者の処遇
 ~新たな正規社員モデルと能力開発プログラム~

テーマ3
 非正規雇用者の契約更新と終了に関するルール
 ~予見可能な雇止めルールの構築~

テーマ4
 登録型労働者派遣制度
 ~労働者派遣の位置づけの見直しと派遣元・派遣先責任の明確化~

テーマ5
 不安定就労者に対する支援
 ~自立を目指したアクティベーションと生活保障の整備~

と、広範です。

「はじめに」にあるように、

>一般的に、正規雇用と非正規雇用の二極化が進んだと理解されている。しかし、「正規雇用」、「常用・非正規雇用」、「臨時・非正規雇用」と三層化していると考えた方が、雇用構造の現状と変化をよく理解できる。

という認識から、

>こうした雇用の多様化を前提として、それぞれの働き方を選択した人々が、より安心でき、能力向上やキャリア形成など将来に希望をもてる雇用社会を構築していくことを目指した。従来の正規雇用・非正規雇用の両者内の多様化と重複化を前提とし、正規・非正規の二元論的な区分を解消し、両者が連続的に接続された新しい雇用社会の実現を目指した。新しい雇用社会の下では、正規・非正規という言葉も死語になるだろう。

具体的には、①非正規雇用から、従来型の正規雇用や本提言による新しい正規雇用への移行の円滑化(テーマ2、4)、②非正規雇用(有期雇用、登録型労働者派遣)の雇用機会の安定化(テーマ2、3、4)、③非正規雇用における能力や処遇の向上を可能とする仕組みの整備(テーマ2、4)、④雇用の多様化に即した新しい所得保障の仕組みや自立支援の整備(テーマ1、5)などである。

といった提言を示しています。

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『POSSE』第4号つづき

Hyoshi04 ようやく『POSSE』第4号が届きました。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/posse-fb68.html

日曜日のエントリのつづきです。

木下武男さん作成の論壇MAPをめぐるインタビューは、これはほんとにおもしろいですから是非お読みください。

で、その次には、

C1a90adae4aa784b160293a53c6e2304 座談会「「ニート論壇」って言うな! ~「セカイ系」化する論壇か、論客の「精神の貧困」か~」

杉田俊介(有限責任事業組合フリーターズフリー)×増山麗奈(超左翼マガジン『ロスジェネ』編集委員)×後藤和智(『おまえが若者を語るな!』著者)

が載っていますが、これがなんともはや。

POSSEのHPでは、

http://blog.goo.ne.jp/posse_blog/e/5c4a8ed976fc659a41d7a17400c45180

>そしてもう一つ、座談会「「ニート」論壇って言うな! ~「セカイ系」化する論壇か、論客の「精神の貧困」か~」も要注目です。本企画では、超左翼マガジン『ロスジェネ』から増山麗奈さん、『フリーターズフリー』から杉田俊介さん、そして「俗流若者論」批判で著書をいくつか出されている後藤和智さんにご参加いただき、批評的・思想的な立場から「格差論壇」を論じていただきます。

とさらりと書いていますが、全く噛み合わないどころか、スノーじゃないけどこりゃもう「二つの文化」かという感じ。最後はもう完全に喧嘩モードです。

正直いって、30代半ばの杉田氏と増山氏には、全然言葉が通じない感覚。20代半ばの後藤氏の言ってることがすっと入ってくるのと好対照。

こんな具合です。

>後藤:・・・というのも社会問題の原因や対策を実存やアイデンティティの問題に求めすぎて、結局そのような問題を設定した人間が、自分こそが現実を知っている、若者を理解しているという態度になってしまうという傾向は以前にも見られたわけです。具体的には宮台真司さんですね。経済だとか構造的な問題をどう解決するのかというところには触れないで、アイデンティティ的な対策ばかりを講じるわけです。

後藤:いま、格差をめぐる議論に求められているのは、ある程度最大公約数をとれば労働法や制度、経済学的な側面の問題というところにあると思います。

増山:今出てきている話は労働とか福祉の話だけど、お金さえあれば生きていけるのかっていうとそうではなくて食うものが今後なくなりそうだという話があるじゃないですか。たとえば、もし国から毎月15万円もらったとしても、18万円でりんごが売ってたら生きていけないわけですよ。・・・だからまず。正社員でお金持ってて家があって車があって庭があってっていうそういう生活が一番豊かだという感覚をまず捨てないとあかん。

増山:あと宗教について話したいんです。現世欲ばかり膨らませて消費させるのが今の資本主義ですよね。

後藤:オルタナティブとかいろいろな話が出た中で申し訳ないですが、お二人の言っていることに、制度的・経済的な側面の具体的な像というのが私のはあまり見えてこないんです。そのような問題意識を持たないような人たちに、今おっしゃられたような理念をどう働きかけていくのでしょう。

こういう調子でやりとりしているうちに、ついに杉田氏がキレかけます。

>杉田:だから他人へ要求ばかりせず自分で戦略的に働きかけろって。お勉強して政策提言だけしていればあとは何もしなくていいわけ?同時に問え、と僕は繰り返すしかない。一つ言えるのは、生存に必要な金や住居の再分配を政府に要求することはもちろん大事だけれども、富裕層のみならず、当事者こそが権利意識の増長や要求感覚にうんざりしている面もある。

後藤:新しい「何か」を創造する必要性は分かります。しかし、そもそも既存の手法を活用できているのかと思います。たとえば労働法です。まずはその適切な運用を企業に求めたり、学校に知識、実践のための教育を求めていくべきではないかと私は思うんです。

杉田:どうも最初から最後まで後藤さんの議論の背景がよく分からないな。僕は他人じゃなく自分の議論が取りこぼす盲点が気になる。自分の足下を顧みずに、他の誰かを排除しながら饒舌にお喋りできているんじゃないか。・・・ある問題を「経済学」や「実証性」の許容範囲でしか考えたくない傾向、人生の無限に多様な諸問題を軽蔑し切りつめる傾向には、抵抗し迎撃せざるを得ないだろう。

後藤:私はどこかで切りつめていくことが必要じゃないかと思います。むしろ経済学とか労働法とかの側面でできることを考えた方が問題解決には効果的でしょう。

杉田:さっきから後藤さんは執拗に「全く見えてこない」と繰り返すけどさ。それは君が「見ようとしない」「見たくないものを見ない」だけじゃないのか。・・・繰り返すけど、そうやって他者の現実を切りつめて恥じないこと、自分の言動の自己矛盾を自覚すらできないこと、それこそが絶対的な「精神の貧困」じゃないのかい?

こうなると、後藤さんはもはやつきあってられないと撤収準備にかかります。

>後藤:すみません、私は精神も貧困ですし、出版界や同人界の隅っこで皆さんが客観的に物事を考えられるための手がかりやそういうツールを皆さんに細々と提供し続けていきます。それで皆さんがある程度政策を構築していただくときにお役に立てれば幸いです。 精神は「貧困」なままでいさせてください。以上。結局みなさんとは認識はあまり共有できないと言うことが分かりました。

杉田:悲しいよ。いや、後藤さんとも何かを共有できる。いつか君も僕も自分に必要なやり方で「精神の絶対的貧困」を少しはましにできるって信じるよ。

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大学と職業との接続検討分科会

本日、都内某所で某検討委員会。

いや、「某」とかいわずに明かすと、

http://www.scj.go.jp/ja/info/iinkai/daigaku/syoku.html

日本学術会議に設置された「大学教育の分野別質保証の在り方検討委員会」の「大学と職業との接続検討分科会」というところです。

審議事項は

http://www.scj.go.jp/ja/info/iinkai/daigaku/pdf/teian3.pdf

○ 「就活」の現状が象徴する大学と職業との接続に関する問題状況と、その背後に存在する、より本質的な諸問題についての検証(若年労働市場全体の構造的な問題等)
○ 大学の側において改善できること、すべきこと
○ 企業や政府に対する問題提起と要請 等

で、メンバーは、

http://www.scj.go.jp/ja/info/iinkai/daigaku/pdf/kousei3.pdf

委員長 高祖 敏明 学校法人上智学院理事長 特任連携会員
副委員長 久本 憲夫 京都大学大学院経済学研究科教授 連携会員
幹事 児美川孝一郎 法政大学キャリアデザイン学部教授 特任連携会員
幹事 本田 由紀 東京大学大学院教育学研究科教授 特任連携会員
樋口 美雄 慶應義塾大学商学部教授 第一部会員
逢見 直人 日本労働組合総連合会副事務局長 特任連携会員
駒村 康平 慶應義塾大学経済学部教授 特任連携会員
田中 萬年 職業能力開発大学校名誉教授 特任連携会員
濱口 桂一郎 労働政策研究・研修機構労使関係・労使コミュニケーション部門統括研究員 特任連携会員
籾井 勝人 日本ユニシス株式会社代表取締役社長 特任連携会員
矢野 眞和 昭和女子大学人間社会学部教授 特任連携会員
唐木 英明 東京大学名誉教授 第二部会員
室伏 きみ子 お茶の水女子大学大学院人間文化創成科学研究科教授 第二部会員
唐木 幸子 オリンパス株式会社研究開発センター研究開発本部基礎技術部部長 特任連携会員
北村 隆行 京都大学大学院工学研究科教授 第三部会員

本日は、田中萬年先生と本田由紀先生の報告と討論。

田中先生の報告は、著書『働くための学習』に沿ったものです。

http://www.geocities.jp/t11943nen/tyosyo.htm

本田先生の報告は近々出される原稿をもとにしたもので「未定稿・引用不可」と書かれているので引用できませんが、とても興味深いものでした。

最後のあたりで、矢野先生が就活を断固規制せよ、と発言され、わたしが経済合理性に反する規制をしても脱法されるだけ、と応える一幕が。

いや、これはなにか規制をしようとするたびに必ず経済合理性に反する云々と叩かれ続ける労働関係者のボヤキみたいなものでして。そういうことを気にせず言える福祉(厚生)や教育(文部)の人々って楽だなあ、と。

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苅谷剛彦『教育と平等』

102006 中公新書の新刊で、苅谷剛彦氏の『教育と平等』がでていました。

http://www.chuko.co.jp/new/2009/06/102006.html

>戦後教育において「平等」はどのように考えられてきたのだろうか。本書が注目するのは、義務教育費の配分と日本的な平等主義のプロセスである。そのきわめて特異な背景には、戦前からの地方財政の逼迫と戦後の人口動態、アメリカから流入した「新教育」思想とが複雑に絡み合っていた。セーフティネットとしての役割を維持してきたこの「戦後レジーム」がなぜ崩壊しつつあるのか、その原点を探る。

ということで、実際、辛気くさいほど緻密な教育財政の歴史分析が続く本で、新書だと思って軽く読めると思うと間違います。ハードカバーの新刊の方が軽く読めます。

しかし、文部省が主導した日本的な「面の平等主義」を中央集権化だ、画一化だ、と批判した戦後進歩派のロジックが、そのまま格差を容認し促進するロジックにつながっていったアイロニーは、他の様々な領域でも演じられてきたわけです。

コーゾーカイカクが褒め言葉から叱り言葉に移行した今日ただいまにおいてすら、チホーブンケンが依然として正義の旗印であるらしいこの日本で、この本のメッセージがどのように受け止められるのかも興味深いところです。

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『POSSE』第4号

Hyoshi04 まだ発行はされていないようで、私のところにもきていませんが、ホームページ上ではすでに詳しい内容紹介がアップされているようなので、ややフライング気味ですが、こちらでも紹介しておきます。

http://www.npoposse.jp/magazine/no4.html

【特集1】労働組合の新時代

◆「労働組合が社会をつくる ―市民社会からグローバル化へ―」
田端博邦(東京大学名誉教授)
◆「大失業時代における労働組合のヘゲモニー戦略」
木下武男(昭和女子大学教授)
◆座談会「立ち上がる新世代の若者ユニオン ―最前線の現場から―」
河添誠(首都圏青年ユニオン)×菅野存(東京東部労組)
○全国に広がるコミュニティユニオンの活躍
   ◆1:「前例がないからやるんだ! ~コミュニティユニオン30年の闘い~」
 高井晃(東京ユニオン)
 ◆2:ルポ「山形・福岡で広がるユニオン ~相談とネットワークが地方の運動をつくる~」
 梁英聖(ライター)
◆「なぜ外国人労働者のユニオンが成功したのか ―文化の壁と不安定性を超えて―」
ウラノ・エジソン(上智大学講師)
◆「使い捨て」正当化の法的根拠をめぐって―ユニオンの期間工裁判の歴史的意義―」
今野晴貴(NPO法人POSSE)
◆「労働組合の歴史と役割がわかるミニブックガイド」
本誌編集部
◆コラム「ユニオンのここがすごい!」
本誌編集部

【特集2】「格差論壇」の座標軸

○特別企画 「格差論壇」MAPのゆくえ
 ◆「「格差論壇」MAPとは何なのか」
  木下武男(昭和女子大学教授)
 ◆「私は「格差論壇」MAPをどう見たか①」
  五十嵐仁(法政大学大原社会問題研究所教授)
 ◆「私は「格差論壇」MAPをどう見たか②」
  濱口桂一郎(独立行政法人労働政策研究・研修機構統括研究員)
◆座談会「「ニート論壇」って言うな! ~「セカイ系」化する論壇か、論客の「精神の貧困」か~」
杉田俊介(有限責任事業組合フリーターズフリー)×増山麗奈(超左翼マガジン『ロスジェネ』編集委員)×後藤和智(『おまえが若者を語るな!』著者)
◆「「やりがい」は間違っちゃいない! ―若者の力を生かすセーフティネット論―」
阿部真大(甲南大学講師)

◆「金融危機後の雇用対策はなぜ問題なのか」
本誌編集部
◆「労働と思想④ サルトル ―ストライキは無理くない!―」
永野潤(大学非常勤講師)
◆書評 今野晴貴『マジで使える労働法』

先日ちょびっと予告したように、この特集2の「格差論壇の座標軸」ではわたしも登場しています。

これについては、同じPOSSEのブログで詳しい予告が書かれていますので、それをそのまま引用しておきますね。

http://blog.goo.ne.jp/posse_blog/e/5c4a8ed976fc659a41d7a17400c45180

>若者の格差をめぐる言説はここ数年で非常に大きな盛り上がりを見せている。
しかし、なかには格差を「消費」するだけのメディアや言説も少なくはない。
また、一見格差を是正するとみせかけて、貧困を生み出してきた構造やその転換の必要性から眼をそらすような議論や政策も出されている。
さらには、自己満足の言説に陥り、若者にとどかない、あるいは社会を現実的に変えることのできない抽象論・理想論になっているとの批判もある。

もちろん、格差への批判そのものは今後もますます強まっていくだろう。
しかし、だからこそ、いま立ち止まり、この論壇を見渡す必要があるのではないか。 
格差社会をどのようなシステムに変えていくのか。
そしてそのヴィジョンを実現するためには、どうやって社会の構造へ、そして 「当事者」へとはたらきかけていけばいいのか?

今回の文化特集のテーマは、格差をめぐる「論壇」そのものである。

本特集の目玉のは二つ、「格差論壇」MAPのゆくえ」座談会「「ニート論壇」って言うな! ~「セカイ系化」する論壇か、論客の「精神の貧困」か」です。

「「格差論壇」MAPのゆくえ」では、格差論壇を政策の観点から4つの象限に分類するという木下武男さん考案の「「格差論壇」MAP」をもとに、

五十嵐仁さん
(ブログ
http://igajin.blog.so-net.ne.jp/

濱口桂一郎さん
(ブログ
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/

のお二方に登場していただき、それぞれの分析を披露していただいています。

さて、本誌4号に掲載している「格差論壇」MAPですが、問題提起として本ブログでもご紹介致します。(図参照)
今後「格差論壇」で政策を語るうえで、外すことの出来ない図になるのではないでしょうか。

Ef409dd006967b9a147c14ff5ab2eb82_4   この図は、以下の2つの座標軸で構成されており、
縦軸にジョブ派―年功派、
横軸に規制緩和派―規制強化派(第一象限側に国家・ユニオン、第四象限側に慣行・社会的規範)があります。

そして以下の4つの象限、
第一象限が福祉国家派、
第二象限がジョブ型競争社会派、
第三象限が「構造改革」派、
第四象限が既存労組・諸政党となっています。

この木下マトリクスをもとに「格差論壇」をマッピングしていきます。
いったいどんな論点が提起されているのか。
ここでは、それぞれのインタビューの見出しをご紹介します。

■「「格差論壇」MAPとは何なのか」
木下武男(昭和女子大学教授)


・戦略としての動態的MAPへ
・濱口ブログと「派遣村」 ~マトリクスをつくった契機~
・全く違う福祉国家論 ~第1象限と第4象限の差異~
・非正社員は日本型雇用に戻せない ~既存労組の可能性~


■「私は「格差論壇」MAPをどう見たか①」
五十嵐仁(法政大学大原社会問題研究所)


・「格差論壇」の転換と議論の交通整理 ~論壇MAPの意義~
・日本的経営の打破をめざして規制緩和を支持した旧左派の一部
・誰が敵で、誰を味方につけるのか ~戦略としてのマッピングの意味~
・ジョブよりも「メンバーシップ」 ~「就職」対「入社」~
・中谷巌は「懺悔の値打ちもない」
・日本型雇用は必ずしも全否定されるものではない ~ステークホルダー論として~
・「派遣村」以降の政策案をどう評価するか


■「私は「格差論壇」MAPをどう見たか②」
濱口桂一郎(独立行政法人労働政策研究・研修機構(JILPT)統括研究員)


・視覚的わかりやすさ ~木下マトリクスの意義~
・国家の規制とユニオンの規制は違う
・社会運動による国家規制か、ポピュリズムの危険性か
・職場を基盤にしたシステムを
・再分配する国家≒ジョブ派、再分配しない国家≒年功派
・日本のジョブ型と既存労組は再分配をしない
・「新時代の日本的経営」・「構造改革」派こそ隠れ年功派
・八代尚弘は福祉国家派か? ~ジョブ派の論客図~
・濱口桂一郎の位置づけ ~「理念」と「短期戦略」の軸~
・「ロスジェネ論壇」の座標軸 ~「叫び型」の問題提起~
・自覚的に年功派を選んだ日経連
・企業別組合をどこに入れるのか ~木下マトリクス最大の「問題点」~


ぜひご覧下さい

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働くルール作り足踏み

朝日で毎週やってる「変わる働き方 選択のとき」のシリーズも、そろそろ大詰めで、今朝は「ルール作り」がテーマ。

これは、一昨年の労使関係研究協会のシンポ以来、私が取り組んできているテーマでもあります。

記事中の発言をピックアップすると、

>中村圭介東大教授(労使関係論)は「少数意見を政策に反映させるため、労使のより一層の努力が求められている」

>経団連の元幹部は「労働側の影響力が低下したことで、経営側は対話に力を注がなくなった。労使間の議論を深めるには、労働側の復権が欠かせない」

>笹森清前連合会長は「これからは、正社員と非正社員の利害が相反する『労労対立』を乗り越えることが課題だ」「非正社員の立場に立った政策を実現するには、労政審の人選を考え直す時期ではないか」

>労働政策研究・研修機構の濱口桂一郎統括研究員は「法的に義務づけることを含め、企業別組合が非正社員を組織せざるを得ないような仕組みを作るのが現実的ではないか」

過去の私の発言や論文にはこんなものがあります。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/jilzoukan.html(『日本労働研究雑誌』2008年特別号 「労働立法プロセスと三者構成原則」)

http://homepage3.nifty.com/hamachan/teidan.html『季刊労働法』222号座談会「労働政策決定過程の変容と労働法の未来」

http://homepage3.nifty.com/hamachan/juristtripartism.html(ジュリスト2008年12月15日号(立法学特集)「労働立法と三者構成原則」)

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『情況』7月号

51eeh1vvfnl__ss500_ 『情況』7月号が「反貧困:連帯社会の創造」という特集。

http://situation.main.jp/

>・神野直彦 所得再分配国家の終焉
・湯浅 誠 社会活動家を増やせ
・斎藤縣三 障害者も労働権を持つ
・山田 實 いま釜ヶ崎では 社会的労働を作り出せ
・武 洋一 関西地区生コン支部 ハードボイルドだ、Go! Go!
・若森資朗 地域へ・NPOへ・共同性へ
・高井 晃 全国ユニオンは「明るく・激しく・楽しく」闘い続ける
・下山 保・柏井宏之 生協は格差社会の共犯者か
・木村三浩 「改革」という破壊で共同体と人心をズタズタにした経済マフィアに反撃の狼煙を!
・筆坂秀世 新自由主義・貧困・共産党
・蔵 研也 貧困問題のための新しいネットワークをリバタリアニズムはどう構想するか
・境 毅  社会的企業・社会的事業所の促進に向けて
・龍井葉二 労働組合運動から社会運動へ
・藤井敦史 「社会的企業」とは何か(上)社会的企業に関する二つの理論的潮流をめぐって
・山口素明・伊倉秀知・菅原秀宣 [座談] 今、労働の問題に向かうために

このメンツがなかなかすごいです。はじめの神野先生、湯浅さんといったあたりは、いかにもいかにもという感じですが、釜ヶ崎反失業連絡会、全日本建設運輸連帯労組関西生コン支部と武闘派が続き、全国ユニオンを経て、パルシステム生協連と生活クラブ生協の人、と思いきや、次にくるのは真正右翼の一水会、元共産党幹部、挙げ句の果てはアナルコキャピタリストのリバタリアンという具合で、いやはやジェットコースターに乗せられているようで、ようやく連合非正規センターの龍井葉二さんにたどり着く頃には、すでに目が回っています。

最後の鼎談はあんまり深い話にはなっていないですが、司法修習生になったばかりの伊倉さんのこの発言がメモに値するかも・・・。

>菅原 労働弁護士というのは、実際、収入ではどうなんですか。

伊倉 労働弁護だけでは食えないそうですよ。法律事務所では、上の人が大きい民事で事務所を回して、労働弁護を若手にやらせる。一番やっているところで労働弁護を5割くらい。上が一生懸命民事をやって、5割労働弁護をやってる事務所は東京で3件くらいです。一般的に2割を超えると経営が成り立たないと言われているようです。

・・・

伊倉 ええ(苦笑)。こないだ月8万円しか稼げない若手先輩弁護士の発言というのもありましたが・・・。

菅原 ワーキングプアだね。

山口 ワープア弁護士・・・。フリーター労組の組合員にならないかな。

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岩波新書『新しい労働社会』予告

岩波書店のHPに、標記の予告が載っています。

http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/43/2/4311940.html

>新しい労働社会
―― 雇用システムの再構築へ ――

■新赤版 1194
■体裁=新書判・並製・カバー・208頁
■定価 735円(本体 700円 + 税5%)(未刊)
■2009年7月22日
■ISBN978-4-00-431194-2 C0236

>正規労働者であることが要件の,現在の日本型雇用システム.その不合理と綻びはもはや覆うべくもない.正規,非正規の別をこえ,合意形成の礎をいかに築き直すか.問われているのは民主主義の本分だ.独自の労働政策論で注目される著者が,混迷する雇用論議に一石を投じる.

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労働法、守られないのは日本だけ

朝日の記事ですが、舛添大臣が連合相手にこうぼやいたそうです。

「労働法、守られないのは日本だけ」舛添厚労相が嘆き節

http://www.asahi.com/national/update/0702/TKY200907020211.html

>舛添厚生労働相は2日、政策要望に訪れた連合の内藤純朗副会長らとの会談で、「日本では労働法が順守されていない」と嘆いた。労働法が守られているか監視するのは労働基準監督署を抱える厚労省の重要な仕事だが、「連合の大きな目標として、労働法を国民に意識させて」と逆注文する場面もあった。

 舛添氏は労働法の現状について、「スピード違反は捕まるからみんな順守する。労働はもっと大事なのに、労働基準法も(労働者)派遣法も、みんな目をつぶっている部分が相当ある」と述べた。

どっちの責任かと言い出せばきりがないわけですが。

それにしても、

>労働法軽視の背景には旧労働省の力不足があったとした上で、「最大官庁の厚労省になり、前みたいに弱くなくなった」と自賛。労働法の定着に向け、連合にも組織率の向上などの努力を呼びかけた。

というのはほんとかしらね。厚労省になったから医療機関もようやく労働基準法なんてものが世の中にあるようじゃわいと少しは意識するようになったとか?なんだか違うような。

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今年度版労働経済白書のもう一つの読みどころ

一昨日公表された平成21年度版労働経済白書ですが、もちろん、第3章第3節の雇用システムに関するところが一番力が入り、かつ注目を集めるところでもあるわけですが、もう一つ、あまり認識されていませんが、労働経済白書としてはかなり踏み込んで書かれたところがあります。それはマクロ経済に関する記述です。石水さんによれば、労働経済白書がここまでマクロ経済に踏み込んで書いたのは空前絶後だそうで。

たとえば、第2章「賃金、物価の動向と勤労者生活」第1節「賃金、物価からみた我が国経済の展開」の最後のところですが、

>(求められる賃金停滞と総需要停滞からの転換)
今までみてきたように、1990 年代後半以降の賃金、物価の停滞は、我が国における総需要の伸びの弱さによるものであり、貯蓄過剰から生じるところの供給過剰が生じていることによるものと考えられる。企業の積極的な投資環境を整えることで、投資支出が回復してくることが期待されるが、同時に、賃金の拡大に支えられた消費の拡大によって、過剰貯蓄自体の解消に努める必要もあると思われる。さらに、こうした賃金上昇の環境を整えるためにも、雇用情勢の改善に向け雇用対策に積極的に取り組むことが重要であり、雇用、賃金の底堅さを創り出しながら、消費、投資の拡大を通じて、さらなる拡張的な経済循環を生み出していくことが求められる。

とかははっきり賃金上昇による総需要拡大を打ち出していますし、、あるいは同じ第2章の第3節「物価の動向とマクロ経済」の半ばにある

>一方、2008年の動きをみると、貿易サービス収支が急激に減少し赤字となる一方、為替レートは、上述の分析の因果関係とは逆に急激に円高方向へ動いている。このような為替レートの動きは、各国の中央銀行が協調しつつ過去に例のない金融緩和を実施している中で、我が国は金融緩和の余地が限られており、その結果、各国通貨に対する円の価値が相対的に高まったことを反映し急激な円高が生じたと考えられる。このような急激な円高は、輸出主導による経済成長を困難なものとし、我が国の産業の中で比較優位の位置を占める輸出産業に打撃を与え、ひいては我が国経済の生産性を低下させることも懸念される。

とかは、ほとんど「日銀、ゴラァ」の気持ちがにじみ出ています。

そういう読み方もできる今年の白書です、ということで。

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経営法曹会議で

本日、経営法曹会議の「座談会」に出て参りました。「座談会」と言っても、わたしが1時間半ほど喋って75名ほどの経営法曹の皆様からご質問をいただくというものです。

テーマは「正社員および非正規労働者の労働契約の終了にまつわる法的問題の現状と展望」というものでしたが、そんな大それた話ができるはずもないので、戦前以来の歴史的経緯が中心となりました。

経営法曹会議とは、

http://www.keieihoso.gr.jp/what_houso.htm

>経営法曹会議は、昭和44年10月、経営法曹の連携協力を図り、労使関係の健全正常な発展に寄与することを目的として設立されました。

なお、本日の会場は、先日オープンした新経団連会館ビルでした。初めて入りましたが、中に入ってからたどり着くのが大変ですね。

ここは実は、わたしが旧労働省に入省した年の夏まで労働省が存在した場所なんです。

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平成21年版労働経済白書

本日、平成21年版労働経済白書が閣議配布され、厚生労働省のHPにもアップされました。

http://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/roudou/09/index.html

石水白書も早いもので今年で4年目です。昨年は同日発表された経済財政白書との見事な衝突ぶりが話題を呼びましたが、今年はどうでしょうか。

今回の白書の要約を要約版の最後の「まとめ」からピックアップしておくと、まず次のようなマクロ経済的認識を示した上で、

>我が国経済は、2002年以来、長期の景気回復を続けてきたが、2007年に景気の踊り場的な状況を迎え、2008年秋にはアメリカを中心とした世界的な金融不安の高まりとともに世界規模の経済減速が始まると、景気回復の牽引力を外需に依存していたが故に、他の国々にもまして大きな経済収縮に直面することとなった。
今回の景気後退局面の深刻化は、二つの局面が重なり合うことから生じている。まず第一は、2007年央から始まった大きな消費者物価の上昇である。物価の上昇は、実質でみた所得を目減りさせ、消費を抑制する。2002年からの景気回復過程は、輸出の増加をてこにして始まったものであったが、その成長の成果を、勤労者家計の所得向上につなげ、消費をはじめとした内需の拡大へとバトンタッチしていくことが課題とされてきた。しかし、その課題を実現する前に、実質賃金は低下に転じることとなった。
これに加え、さらに事態を深刻化させたのが第二の局面である。すなわち、すでにサブプライム住宅ローン問題として懸念されてきたアメリカ中心の金融不安の高まりが、2008年秋には、世界的な金融不安へと拡大し、世界規模の経済減速を引き起こした。我が国経済の唯一の成長牽引力として残されていた外需の拡大という経路が断たれるとともに、それに依存していたが故に、我が国の経済収縮は、他の国々にまして深刻なものとなった。
このように、今回の景気後退は、2007年秋以降と、2008年秋以降の二つの局面からなっているが、その底流には、景気回復そのものの弱さがあった。経済成長の成果を勤労者生活へと行きわたらせることができず、内需の停滞を招くとともに、外需の縮小が、そのまま我が国経済の収縮へと直結した。
雇用の安定を基盤に仕事の働きがいを通じて経済・産業活動を活性化させるとともに、経済活動の成果を適切に分配し、豊かで安心できる勤労者生活を実現することのできる雇用システムを構築していくことが重要である。このような優れた雇用システムは、我が国社会の活力を養い、経済の健全な成長を生み出し、持続性をもった経済と社会の発展を実現することができる。
我が国社会は、雇用の安定を基盤とした長期雇用システムのもとで、豊かな勤労者生活を実現していくために、①大きな経済収縮のもとにあっても政労使の一体的な取組により雇用の安定を確保し、長期雇用システムの基盤を守ること、②職業能力の向上に支えられたすそ野の広い所得の拡大を実現すること、③産業・雇用構造の高度化に裏付けられた内需の着実な成長を目指すこと、といった課題に取り組むことが求められている。

以下のような「石水節」が続きます。本文ではこれがもっと詳しく書かれていますので、是非リンク先もご覧ください。

>(雇用安定機能と人材育成機能を備えた雇用システムの意義と今後の展望)
バブル崩壊以降の我が国社会は、景気後退が長引いたこともあり、総じて自国の経済・社会慣行に自信を失っており、長期雇用や年功賃金など我が国企業に定着していた雇用慣行についても、見直すべきだとする意見が強まった。長期雇用については、雇用安定機能と人材育成機能を備えていることから、それそのものを否定する意見は多くはなかったが、長期雇用のもとにある正規労働者を絞り込むとともに、その職業能力開発も、労働者の自己責任を重んじるものへと切り替えるべきと考える傾向が強まった。さらに、賃金制度についても、個々の労働者の業績や成果を明確に賃金へと反映させるべきとの考えが強まり、大企業を中心に業績・成果主義的な賃金制度を導入する傾向が強まった。しかし、このような対応はまた、様々な課題を生み出してきた。
今後の雇用システムを展望する場合、長期雇用と年功賃金の関係を改めて考察しておく必要があろう。高度経済成長期にみられた年功賃金は、年齢、勤続年数に応じて賃金を引き上げる年齢賃金に近いものであったが、高度経済成長から安定成長に移行するに伴い、年齢や勤続年数を同じくした集団に同一の賃金・処遇を適用することは難しくなった。集団主義的な労働関係に見直しがなされ、そこで導入されたものが職能資格制度であった。長期雇用慣行を堅持する中で、労働者の職務遂行能力をじっくりと評価判断し、能力評価システムを強化することによって、長期雇用のもとで労働関係を個別化する方向を目指したのである。しかし、労働者の潜在的能力を把握し、じっくりと育てることは、決して容易なことではない。1990年代に人件費抑制の要請が特に強まると、即効性があるようにみえた業績・成果主義を導入する企業が増加した。ところが、近年では、業績・成果主義を納得性のあるものとして運用するために、評価基準を明確化したり、評価者の研修などに取り組まなくてはならないという課題が明らかになるにつれ、長期雇用のもとでじっくりと職務遂行能力の向上に取り組むことの意義が再認識されるとともに、組織・チームの成果を賃金に反映させることも大切であるというように、人事担当者の認識も変化してきた。
賃金制度においても、職務遂行能力の評価を重視する傾向が出てきているが、そうした対応が賃金制度の年功的運用につながることのないよう、人事考課による昇進、昇格の厳格化を図る方向が模索され始めている。今後は、一人ひとりの職務遂行能力の向上を通じて、組織・チームのバランスのとれた成長・発展を実現していくとともに、人事考課を重視し、その組織・チームの果たすべき使命を的確に導きうる優れたリーダーを育て、選抜していくことが、我が国企業の人事・処遇制度において中心的な関心事になっていくものと考えられる。

(雇用の安定を基盤とした安心できる勤労者生活の実現に向けて)
雇用の安定を基盤に仕事の働きがいを通じて経済・産業活動を活性化させるとともに、経済活動の成果を適切に分配し、豊かで安心できる勤労者生活を実現することのできる雇用システムを構築していくことが重要である。このような優れた雇用システムは、我が国社会の活力を養い、経済の健全な成長を生み出し、持続性をもった経済と社会の発展を実現することができる。
我が国社会は、雇用の安定を基盤とした長期雇用システムのもとで、豊かな勤労者生活を実現していくために、次の課題に取り組むことが求められている。
まず、第一に、大きな経済収縮のもとにあっても政労使の一体的な取組により雇用の安定を確保し、長期雇用システムの基盤を守ることである。次の景気回復とそのもとでの着実な経済成長を期し、優れた技術・技能を有する人材を組織の中に確保しておくことは、企業経営としても経済活動としても合理的なことである。また、こうした雇用維持の努力からくる雇用の安定は、所得と消費の崩落を防ぎ、人々の心理的不安を払拭することによって、経済の底支え機能を発揮する。このような取組の一つとしてワークシェアリングを進める労使の対応を社会的に支援していくことが求められる。非正規労働者も含めた雇用維持に向けワークシェアリングの取組を強化するとともに、セーフティネットの整備による職業紹介、職業訓練等、再就職の促進に向けた対応が重要である。
また、第二に、職業能力の向上に支えられたすそ野の広い所得の拡大を実現することである。今後の経済成長に向けた中長期的課題は、所得増加と格差縮小を通じたすそ野の広い消費の拡大であり、将来の成長に期待できる環境から生まれる企業の投資活動の活発化であり、交易条件の改善によって国内の実質所得の目減りを防ぎ、国内経済活動に盤石の備えを持つことである。これらの取組にあたり、最も重視しなくてはならないのが、すそ野の広い技術・技能の蓄積と人材育成である。より多くの人々に支えられた労働生産性の向上は、人々の所得を底上げ、消費を力強くし、企業の将来予測を改善させ、さらに交易条件を改善させる方向へと作用する。このような視点から我が国社会は、長期雇用システムのもとで、雇用の安定と人材育成を推し進めるとともに、不安定就業者の正規雇用化を通じて、雇用安定機能と人材育成機能を備える雇用システムのさらなる拡張を図っていくことが大切である。組織の活性化をもたらすことができる人事・処遇制度のもとで長期雇用システムを積極的に充実・拡張・発展させていく労使の取組が期待されるところである。今後、雇用システムの中での非正規労働の位置づけは検討課題であり、近年、増加を続けてきた派遣労働についても、製造業派遣、登録型派遣のあり方を中心に検討を深める必要がある。
さらに、第三に、産業・雇用構造の高度化に裏付けられた内需の着実な成長を目指すことである。我が国の今後の成長の鍵を握る労働生産性の向上は、労使の信頼関係に基盤を持つ長期雇用システムが基本となるが、同時に、高い生産力を担う新たな産業分野を展望し、高度な産業・雇用構造を実現することで、社会全体として、労働生産性の向上と質の高い雇用の創出に努めていくことが必要である。このような取組が、人々の将来の成長に対する確信を高め、高い生産力に裏付けられた力強い内需の成長を導くことができる。新たな産業・雇用構造を展望し、それを担う人材の育成を計画的に進めるとともに、新たな産業・雇用分野を創出するため総合的な支援施策を展開していくことが求められる。将来の成長分野で質の高い雇用創出を行うことで高い生産力と内需の拡大を生み出していくことが今後の課題として重要である。
これらの課題に積極的に取り組むことにより、新たな経済成長を目指す我が国社会の姿が次第に浮かび上がってくることとなろう。

なお、白書執筆責任者の石水喜夫氏が自らの思想を存分に披瀝した近著については、半月前のエントリで紹介しておりますので、こちらもご参考に。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/post-6b3c.html(ポスト構造改革の経済思想)

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