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2009年7月23日 (木)

見識疑う文科相の平日就活禁止 by 労働新聞

一昨日のエントリ(日本型雇用システムにおける人材養成と学校から仕事への移行)の関連で、興味深い記事を紹介しておきます。

ジョンイルさんちじゃない方の『労働新聞』(昨日も引用しましたが)の7月20日号の「主張」という欄です。これはネット上にはアップされていないので、以下に引用しますと、

>一般紙によると、塩谷文部科学大臣がぶら下がり取材で学生(大学生)の就職活動が、長期化、早期化して学業に影響が出ているとの指摘に対して、「少なくとも平日は、企業も就活の会合をしてはいけないとか、それぐらいのルールを最低限作ってもらいたいと思っている」と答えていた。・・・・・・一見正論と見まがうが、こんなとんちんかんな指摘に主管大臣が大まじめな意見を述べたことに、文科省の病巣を見たような感じだ。

>・・・学業を優先して、平日には会合に応じるなと企業に要請するのか勝手だが、実態からずれた連中が、税金を使ってこんな珍問答を続け、それに主管大臣が大まじめに答えるというのが情けない。じゃあ平日以外の就活は、いつするのか。会社休日に玄関前で立ちんぼせよ、というのと同じである。空理空論。笑止千万である。文科省というところは、学問だけを所管し人間つくりは関係ないと考えているらしい。・・・・・・

わざと過激な言い方をしていますが、たぶん企業人の本音を正直にぶちまければこういうことになるのでしょう。

ここにくっきりと表されている考え方は、大学の「お勉強」は「人間つくり」とは関係のない趣味の手すさびであるという考え方でしょう。だから、そんなもの就活のために潰してたって、「人間つくり」には何の影響もない。そんなつまらないもののために、一生の選択を潰されてたまるか、というところでしょう。

しかし、考えてみれば、そういう「人間つくり」とは何の関係もない手すさびのために、膨大な税金を注ぎ込んで大学を養っていことになるわけで、その発想の根源自体が実はまことに奇妙な、これ以上ない究極の無駄遣いを平然と認めていることになるわけです。見識疑うといえば、こんな不見識もないというべきでしょう。

ところが、大学側の発想がこれと大して変わらない地平だから話が全然噛み合わない。なぜ平日に就活をやられることのために授業やゼミがつぶれると困るのか。大学生の「人間つくり」の観点からきちんと説明できるのか。大学教師のエゴを超えたロジックをきちんと示せるのか。それこそが問題のはずなんですが。

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