池田信夫氏の熱烈ファンによる3法則の実証 スウェーデンの解雇法制編
>私の尊敬する、池田信夫上武大学大学院教授の出演されたテレビ番組、桜プロジェクト「派遣切りという弱者を生んだもの、第2弾」のテキスト起こしです。
と、3法則氏への尊敬を隠そうともしない奇特な御仁が、わざわざ池田信夫氏がいかにインチキを喋っているかを、その発言を正確に再現するという見事なまでに忠実な行為によって、満天下に晒すという結果的に大変世のためになる貢献をしていただいております。
http://teinengurashi.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/2-ea0e.html
>池田信夫
「いいやアメリカのシステムじゃないんですよ。それは。例えばね、これは僕の言っているのに一番似ているのはスウェーデンなんですよ。スウェーデンてのは基本的に解雇自由なんです。ね、いつでも首切れるんです、正社員が。その代わりスウェーデンはやめた労働者に対しては再訓練のそのー、システムは非常に行き届いている訳ですよ。だからスウェーデンの労働者は全然、そのー失業を恐れない訳ですよ。」
なお、本ブログの読者には今更ながら、スウェーデンの解雇規制については、このエントリおよびそのリンク先をどうぞ。
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/02/post-26ec.html(これがスウェーデンの解雇規制法です)
>純然たる事実問題について、その主張の誤りを指摘されても、事実問題には一切口をつぐんだまま、誹謗と中傷を投げ散らかして唯我独尊に酔いしれるという御仁に何を言っても詮無いことですが、事実問題に何らかの関心をお持ちであろう読者の皆様のために、スウェーデンの解雇規制法のスウェーデン政府による英訳を引用しておきます。
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/02/post-ffc2.html(スウェーデンの労働法制は全部ここで読めます)
>さて、某一知半解無知蒙昧氏の「北欧は解雇自由」とかいう馬鹿げた虚言はともかく、解雇規制に限らず北欧の労働法制はどうなっているのか興味を持たれた方もいるかもしれません。
また、スウェーデン以外の北欧諸国については、
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/02/post-1311.html(これがノルウェーの解雇規制法です)
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/02/post-c511.html(デンマークの解雇規制はこうなっています)
>誹謗中傷の後始末もしないまま、平然とフレクシキュリティとか知ったかぶったかしているようですが、念のためデンマークの解雇規制についてもEUの資料を引用しておきます。
なお、池田信夫氏の所業については、本ブログにおいてもっともよく読まれ、多くのブログ等に引用されたこのエントリをどうぞ。
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/12/3_a7ad.html(池田信夫氏の3法則)
池田信夫氏の第1法則:池田信夫氏が自信たっぷり断言していることは、何の根拠もない虚構である蓋然性が高い。
池田信夫氏の第2法則:池田信夫氏がもっともらしく引用する高名な学者の著書は、確かに存在するが、その中には池田氏の議論を根拠づけるような記述は存在しない蓋然性が高い。
池田信夫氏の第3法則:池田信夫氏が議論の相手の属性(学歴等)や所属(組織等)に言及するときは、議論の中身自体では勝てないと判断しているからである蓋然性が高い。
(追記)
というわけで、議論の中身で絶対に勝てないときには、「これは意味論的な問題にすぎない」となにやら哲学的めいた台詞を口にして去っていくと、いかにも偉そうに見えるので、皆さんも是非見習いましょう。
ここでいう「意味論的問題にすぎない」というのが現代哲学とは何の関係もない、単なる「事実への軽侮」のユーフェミズムにすぎないことは、本ブログの読者には疾うにご了解されているところではありますが。
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/12/post_a9de.html(池田信夫症候群-事実への軽侮)
>池田氏やイナゴさんたちの書き込みを読んでいると、彼らには共通して「事実への軽侮」という特徴があるように思われます。
労働問題であれ、何であれ、およそ社会に生起する現象について論じようとするときに、最も重要なことはそれが事実に立脚しているという点であるはずです。
事実に立脚しない、つまりそれが事実ではないのではないかと指摘されても何ら反論できないような虚構の上に百万言を費やして壮大な理論を構築しても、それはテツガク作品としては意味を持つこともないとは言えませんが、少なくとも社会を対象とする学問としては無価値であるといわざるを得ないでしょう。
今回の池田氏の行動は、自分から、私の論文中の独自の意見にわたるところではなく、労働問題を知っている人間にとっては常識に類する程度の前提的な部分にのみ噛み付いて、罵倒した挙げ句、間違いを指摘されると何ら反論もせずに人格攻撃のみを繰り返している点に、最大の問題があるわけです。
どんなトピックを取り上げても、同じパターンを繰り返すところが、池田信夫氏流というものなのでしょうが。
(再追記)
なんでもいいけど、ある具体的な国の法制について、その国の政府の英語サイトを証拠に引いて、おまえのいってることは嘘つきだといわれているときに、極東某国の誰も知らない「人事コンサルタント」氏の文章を葵の印籠よろしく自慢げに突き出すその神経が、およそ社会現象を実証的に研究する人間にはおよそあり得ないと、まともな研究者の目に映るということがわからないのですねえ。
外国法をめぐって熱っぽく論戦を戦わせている学会でそういうことをやったらそのとたんに学者生命は終わりでしょう。(現に終わってるじゃない、とまぜっかえさないように)
スウェーデンが労働者にとって解雇されてもあんまり痛くない社会であるということと、スウェーデンの労働法制が解雇自由とか解雇が容易だとかいうこととは論理的に全く別のことです。世界的に見て、法律の条文上は大変解雇規制が厳格なスウェーデンが、解雇がそれほど(日本みたいに)大きな問題にならない社会であることが理解できないんですね。
逆に言えば、日本も解雇規制がどうであれ、今のように解雇されることが大変きつい社会であることも、解雇されても大して痛くない社会であることも、どちらも可能です。それは法律上の解雇規制の厳格さではなく、解雇されたときのセーフティネットがどのようになっているかという問題ですから、
そういうものの筋道がわからずに、ただひたすら解雇自由を唯一の「最終解決手段」としてあがめ奉る異常な神経が批判されているということがわからないところが、池田信夫氏の池田信夫氏らしいところであるわけですが。
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hamachan先生が取り上げておられるエントリから一つずれて
>しかし経済学は臨床医学みたいなものだから
この先のブログの展開の不穏さが予測される一文ですな;
投稿: 通りすがり | 2009年6月14日 (日) 20時07分
とりあえず、「雇用終了」を全て解雇と表現するのが池田さんの口癖なんではないだろうか…
投稿: てん | 2009年6月15日 (月) 21時03分
> 意味論的問題にすぎない
雇用終了を解雇と表現する口癖は、池田氏に限らないようなんで
雇用終了には解雇以外にも定年退職、期間満了、自己都合などなど、色々あるわけで、一緒くたに解雇だと言うのはミスリーディングですぜ
って説明から始めるのが吉かと。
投稿: てん | 2009年6月15日 (月) 21時18分
リストラで待遇が悪くなったので【退職】したという場合、一般人の感覚としては、「リストラ=事実上のクビ=解雇」というのはそれなりに一般的だと思うんですが。でも、法律用語としては間違っている訳で。そこら辺りの溝をどうすんのか、ってのも問題としてあるのでは…
投稿: てん | 2009年6月15日 (月) 21時46分
ここでも「雇用の終了」→「解雇など」→「解雇」というように言葉が狭い意味にスライドしているように見えるんですが
>雇用の終了も厳しく制限してしまえば、これは死ぬまで雇用するという文字通りの終身雇用となろうが、さすがにそれは現実的ではあるまい。となると、企業はなんらかの別の基準、具体的には能力の減退などによって解雇などを行わざるを得なくなる。65歳、70歳まで雇用される人がいる一方で、「定年まで」を目標とした企業の努力は行われなくなり、55歳、50歳で解雇されざるを得なくなる人も多く出てこよう。
http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20090615
法律の話ではなくて、実務の話ということで、言葉の意味は緩く解釈しておけばいいのかもしれませんが…
投稿: てん | 2009年6月16日 (火) 00時09分
>スウェーデンが労働者にとって【雇用終了】になってもあんまり痛くない社会であるということと、スウェーデンの労働法制が解雇自由とか解雇が容易だとかいうこととは論理的に全く別のことです。
と変えた方が、分かり易くないですかね?
どうしても、まぜかえしたくなる。池田信夫は法学者じゃないじゃない。何の学者か、知らないけど。レベルは違うが、野依何某氏が、委員会で変なことを言ったから学者生命が終わった訳でもなかろう。学会のコメントで変なこと言うてる先生でも、論文はちゃんとしていることはありうるし。
投稿: てん | 2009年6月17日 (水) 01時20分
会社を辞めてもあまり痛くない制度になっていれば、企業はちょっと待遇を悪くするとか、早期退職をちょっと優遇するとかで、労働者を自己都合退職に誘導することが容易になる訳です。そういうのも含めて「解雇規制緩和」と言うのはそれ程、変な言い方ではないでしょうが。変ではないが、ミスリーディングだから表現に注意した方がいいとは思いますけど。例えば、雇用終了規制緩和とか言えばいいのでは
投稿: てん | 2009年6月17日 (水) 01時41分
「労働者にとって解雇されてもあんまり痛くない社会である」という表現ではなくて、【雇用終了になっても痛くない】という表現に拘る理由は、例えば法律的に解雇だと痛くなくて、法律的に自己都合だと痛い社会では、労働者が辞めようとする場合には、法律的に解雇になるように使用者に仕向けるという妙なことになってしまうからです。
ところで、池田氏を腐すことを目的とするエントリーのコメントはその目的に沿ったものしか許されないのでしょうかね?素人のブログ相手に何をムキになってるのやら。
投稿: てん | 2009年6月17日 (水) 03時44分
解雇という言葉ひとつを取ってみても世間では色々な意味で実際に使われているんだから、「スウェーデンの現在の法律では解雇の意味はこうなっいるから、池田は間違ってる」という感じで文句を言っても用語の「多義性」云々と返されてしまう訳でしょう。それより
世間ではそういう風に使われることもあるのだろうが、そういう使い方はこういう理由で良くない
と率直に言った方がいいと思う
投稿: てん | 2009年6月17日 (水) 05時45分
好きにしなさい
投稿: hamachan | 2009年6月17日 (水) 06時56分
1.池田さんがいいこと言っているかどうか、というのは分野による。
2.経済学系の記述はおそらくかなりまだ信頼性の高い記述がもおおい。というか、この分野はわたしがよく知らない。
3.技術系の記述は、まあ、主張を信じるのは話半分でよい。
4.哲学・倫理系の記述は、だめだめでもないけどそれほどよくもない。まあ、こんなもんか。
5.上司とするには、やめてほしい。この点については、池田氏とこれまで仕事で関わってきた諸氏からの情報で総合的に判断。私怨で人を困らせすぎる。暴れん坊。思い込みが激しい。
6.仕事人として付き合いたいかどうかはともかく、優秀な人ではあるだろう。
7.学者は間違ったことを言う、のは当然。間違ったことを言わない学者などいない。学問はそもそも常に仮説でしかない。学問とは、より妥当な議論を可能にする知識の継承、発展のフレームワークなのであって、間違ったことをいわないことが学問なのではない。
投稿: 補足 | 2009年6月17日 (水) 10時56分
>それは法律上の解雇規制の厳格さではなく、
>解雇されたときのセーフティネットがどのようになっているかという問題
「それ」とは「解雇されることが大変きつい社会か大して痛くない社会か」と解釈して良いでしょうか?
そう解釈して良いとして、「解雇されることが大変きつい社会か大して痛くない社会か」は
>解雇されたときのセーフティネットがどのようになっているか
という問題では必ずしも無いと思います。
なぜならば、公的なセーフティネットが無くても、仮に再就職が容易な社会であれば「解雇されることが大して痛くない社会」だからです。それこそセーフティネットの範囲や定義にもよるかとは思いますが。
池田氏がテクニカルタームを無定義なまま無自覚的に通俗的(?)な用い方をした事について軽率の謗りは免れないと思いますが、ただ労働問題に関する池田氏の過去のブログを読む限りでは、法律上の解雇規制が緩やかな社会ほど再就職のし易い社会という部分が彼の主張の根幹らしいですし、それに関しては終始一貫してる様子なので、自分のような素人が読む限りそんなに論理の破綻した議論を展開しているようにも見えません。(その部分の主張が妥当かどうかは議論の余地は当然あると思いますが)
とはいえ池田氏は以前の山形氏との論争の中でも相手の真意を汲む事に余り熱心ではなく、また専門用語を正しく使うことの重要性も切々と説いていたはずですし、門外漢による誤った経済議論に対しても専門用語の誤用を含め手厳しく指弾してきたはずなので、今回のhamachan先生の指摘に対する反論はいささか不誠実であるとの印象が否めません。
投稿: magu | 2009年6月17日 (水) 20時50分