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2009年5月12日 (火)

清家先生の味わいのある言葉

05017 学生向けの雑誌『経済セミナー』の4/5月号が「制度を考える」という特集をしていて、その中に先日慶應義塾の塾長に選出された清家篤先生が「労働をめぐるトレード・オフを考える」という味わい深い文章を書いています。

http://www.nippyo.co.jp/magazine/maga_keisemi.html

ちなみに、特集の中身は以下の通りです。

●特集=「制度」を考える
青木先生、比較制度分析ってなんですか? 青木昌彦+山形浩生
メカニズムデザイン理論による制度設計 坂井豊貴
インセンティブを考える視点 石黒真吾
政治と制度?メカニズム制度論を超えて 河野勝
自由な市場経済の歴史 中林真幸

今考えるべき5つのテーマ
【雇用制度】労働を巡るトレード・オフを考える 清家篤
【社会保障制度】制度としての社会保障 神野直彦
【金融制度】制度変革の契機としての金融危機 星岳雄
【医療制度】日本の医療保険制度 井伊雅子
【教育制度】質の高い教育はいかに実現されるか 橘木俊詔

まあ、どれもそれなりに興味深い内容ではありますが、やはり穏やかな文体の行間に痛烈な皮肉が盛り込まれた清家先生のが一番。

内容は経済学の基本中の基本概念であるトレード・オフというものの考え方を、労働を題材にわかりやすく説明しているんですが、ケーザイ学者と称して人様に偉そうに指図する人々が、実は全然トレード・オフがわかっちゃいいないことを、行間ににじみ出させる手際は見事で、さすが清家先生というところではあります。

>この「あちらを立てればこちらが立たず」という状況を、経済学ではよくトレード・オフの関係といったりする。そしてトレード・オフがあるということは、問題の解決にただ一つの明快な解などはないということでもある。多くの経済的、政治的な選択問題はこれに当たるといってよい。

その意味で、あまりにわかりやすい政策標語などにはよほど注意した方がいい。例えば「官から民へ」といった単純きわまりない言い方である。

「官から民へ」、「民間にできることは民間に」というのは、ほとんど定義的に正しい表現であるが、それはまた、民間にできないことは政府にやってもらう、ということに他ならない。ところが、官から民へ、民間にできることは民間にというような単純な標語は、ともすると、とにかく民が正しく、何でもかんでも民営化すればよいのだといった話になりやすい。大事なのは、どこまでを官が、どこまでを民が行うかのバランスだ。

このあと、名目賃金上昇率と失業率の間のフィリップス曲線の話、仕事をする時間の価値と仕事以外の時間の価値をめぐるワーク・ライフ・バランスの話、正規と非正規の話、消費者と生産者・労働者の話など、具体的な例が並んでいます。最後の話でも、

>他人を忙しく働かせておきながら、自分だけはゆとりある生活をしたいというのは虫がよすぎる話である。もし自分がゆとりある生活をしたいのなら、例えば商店やコンビニ、あるいは宅急便などサービス業の営業時間規制などにも協力すべきであろう。

といった皮肉が効いていますが、とりわけ最後の節で、ちかごろネット界にはやるインチキな連中を顔色なからしめるような台詞が繰り出されています。

>いずれにしても大切なのは、スパッと割り切れるような正解はないという認識を共有することである。どちらにも理があること同士のトレード・オフなのだから、どこかで折り合いを付けるしかない。その意味で、特に労働に関わる多くの問題の解決策は、わかりにくくて当たり前なのである。

少なくとも唯一方向に進むような議論はおかしいと思うべきである。しばらく前のように、規制緩和をすると世の中何でもよくなるよう議論もおかしいし、逆に最近のように、規制を強化すれば困っている人を皆救えるというような議論もおかしい。

いやあ、いますねえ、どっちの典型も。

>19世紀的なむき出しの資本主義でも、また皆が貧しくなってしまう社会主義でもまずいということを我々は学習してきたはずだ。トレード・オフの両極でないような、中庸で調和のとれた民主的な経済社会を20世紀に築き上げたはずであるのに、またどちらか一方に偏したような社会に戻るのでは、何を学んだのかということになってしまう。その意味で、トレード・オフと向き合うことは、社会の成熟を問うものでもある。

中庸、成熟、いい言葉です。誰がそういう言葉にふさわしい言論を発し、誰がそういう言葉の対極に位置する言論をまき散らしているか、周りをそろりと見渡してみましょう。

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