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2009年3月14日 (土)

島田陽一先生の「正社員と非正社員の格差解消の方向性」

経済産業研究所の短期集中連載「雇用危機克服の処方箋」ですが、水町先生の次はいよいよ島田陽一先生の登場です。

http://www.rieti.go.jp/jp/projects/employment_crisis/column_07.html

問題認識から処方箋の方向性に至るまで、きわめて私と一致しているので、あんまりコメントすることもないんですが、まず、なぜこういう問題が生じてきたのかについて:

>なぜ正社員と非正社員の格差が生じ、かつ是正されずにきたのか。

それは、高度成長期を通じて形成された日本型雇用慣行とそれを前提とする社会制度そのものが原因である。日本型雇用慣行は、企業という内部労働市場が一種の共同体として閉じた世界を形成する中で、新卒者を採用して企業が実際の就労を通じて職業訓練を施し、とくに長期雇用の対象である男性正社員にこの共同体の成員としての資格を与え、一方で長時間労働も単身赴任も厭わぬ働き方を要求し、他方で、家族を含めた長期にわたる経済生活の安定を保障するものであった。また、労働組合も企業別に組織されたため、内部労働市場における労働条件の形成が主たる活動であり、外部労働市場の規制には関心を示さなかった。そして、国は、企業が展開する日本型雇用慣行に依存して、外部労働市場における失業補償や職業訓練などを整備することを怠ってきたのである。

新卒者がとりあえず正社員として就職ができ、かつ、長期的には男性正社員が家計を支え、女性が家庭責任を負うことを前提として専業主婦または家計補助的な収入を目指して非正社員として就労するということが一般的である時期においては、この社会構造もそれなりの合理性を示していた。

しかし、このモデルが崩壊し、シングル・マザーやフリーターなどの主たる生計費を非正社員としての就業によって得ようとする労働者の割合が無視できなくなると、この社会構造の限界が顕になった。経済状況が悪化すると非正社員がまずリストラされるが、とくに単身者の非正社員は、雇用を喪失すると同時に生活の根拠である住居をも失うという層が少なくないことが昨年の暮れからの事態のなかで明らかとなった。これは、乱暴なリストラの結果であると同時に、安定した雇用を得ることのできない非正社員の社会的自立を確保するためのセーフティ・ネットが張り巡らされていない社会構造の欠陥を示すものであった。塀なかの企業とその外が完全な分断状況にあるのだ。

今年初め頃、朝日の竹信記者らと懇談したとき、この「それなりの合理性」をもった仕組みを、「日本型フレクシキュリティモデル」と表現したところ、「それはいい」と受けました。オランダやデンマークのモデルとは違いますが、いつでも解雇や雇い止めができる低賃金の主婦パートやアルバイト学生のフレクシビリティと、彼らをその夫や父親の高賃金と雇用の安定性によって保護するセキュリティを組み合わせたモデルというような意味ですね。もちろん、この「幸福な日本型フレクシキュリティ」が全ての人々に及んでいたわけではありません。最大のマイノリティは、雇用が保護された正社員の夫を持たないにもかかわらず自分と子供たちの生活を支えるために働かねばならず、しかも子供の世話をするために正社員としての働き方が難しいシングルマザーたちでした。彼女らは家計維持的に就労する非正社員として、今日のワーキングプアの先行型ということができるでしょう。90年代に本来であれば正社員として就職するはずであった若者たちが就職できなかったために、彼らは日本型雇用システムが主婦パートや学生アルバイト向けに用意した枠組み-会社共同体から排除された低賃金の非正社員-の中で、自分の生計を立てていくことを余儀なくされたわけです。

>誰もが雇用を通じて生計を立て、かつ自己の職業能力の向上を図ることができるような社会を実現するためには、従来の企業社会ともいうべき社会構造の変革が必要である。具体的には、企業が正社員に対してのみ保障してきた利益を雇用者全体に広げるために、社会が担うように改変し、正社員が雇用者における一種の特権的な地位であることを解消することを通じて、どのような雇用形態も雇用者の条件に応じた良好な雇用であることを実現しなければならない。

もっとも、正社員と非正社員との格差問題を両者の対立の構造とのみとらえることは適切ではない。正社員にとっても現状は満足できる雇用環境というわけではない。これまでの長時間労働も単身赴任も厭わぬ働き方は、これまでは、女性が長期的なキャリアを形成する上で大きな壁になってきた。ワーク・ライフ・バランスの実現は程遠い状況にある。正社員の状況を解決する鍵を、非正社員の雇用の改善策のなかに見つけ出していくという姿勢こそが肝要だろう。もっとも、その道筋は平坦とはいえない。社会構造の転換は、一朝一夕に実現するわけではない。相当に長い過渡期があるだろう。だからこそ、しっかりとした見取り図を社会が共有することが必要なのだ。

ここのところにちゃんとまなざしが届いているかどうかが、労働問題を論じる人の本物と偽物を見分ける一番いい物差しになります。そもそも、日本の正社員が諸外国に比べて異常なまでの長時間労働を強いられている一つの原因は、時間外労働の削減を雇用調整の手段として活用するという確立された規範にあり、そのため、いざというときに削減できるように恒常的に残業するという行動様式が一般化した面があります。会社共同体のメンバーである正社員には残業や休日出勤を断ることができないという面もありました。雇用が保障される代償として生活のための時間、家族とともに過ごす時間を供出することは、現在の中年世代までにとってはそれなりに合理的であったのでしょうが、若い世代にとっても同様に合理的であるかどうかは疑問です。中長期的に、正社員のワークライフバランスを改善することと非正社員の待遇を改善することとを車の両輪として進めなければならないのです。

>正社員と非正社員との待遇の格差は、大きく分けると(1)賃金などの労働条件格差、(2)社会保険などの社会制度に係る格差、および(3)キャリア形成における職業教育機会の格差がある。正社員の労働組合は、これらの待遇格差の是正を展望しながら、自らの要求を組み立てていくべきであろう。

(1)賃金などの労働条件格差については、賃金が職務に応じて決定される仕組みを整備することによって、正社員と非正社員との均等の均等待遇が実現する社会的基盤を形成することが必要である。また、(2)社会制度に係る格差については、一方で、税・社会保険の仕組みを正社員をモデルとするものから雇用形態に中立的な制度に改変する必要があり、また、他方で、これまで企業が担ってきた家族手当や安価な住宅の提供などの福利厚生的な部分を社会が担うようにして、正社員という地位に付属する諸利益を軽減する必要がある。そして、(3)職業教育機会の格差についても、企業がその雇用する社員にのみ行うのではなく、社会が提供する仕組みを築く必要がある。このような条件が整うならば、現在の正社員と非正社員との待遇格差が徐々に解消し、勤務地限定社員、短時間正社員などのワーク・ライフ・バランスに適合的な多様な正社員制度の実現も夢ではないだろう。

正社員の生活給的賃金制度のもとでは、結婚して子供が生まれ、成長して教育費がかかるようになり、また子供部屋など住宅費もかかるようになるというライフサイクル上の生活コストを、基本的にその賃金で賄うことが原則でしたが、その正当性が揺らいできているわけです。正社員同士の夫婦の場合、そのいずれもが家計維持的な高賃金を稼得するのに対し、非正社員同士の夫婦の場合、そのいずれも家計補助的な低賃金しか稼得しえないのですから。
 かつて日本型雇用システムの中で例外的少数者であったシングルマザーには、少額とはいえ児童扶養手当という補助がありました。これからの社会では、このような社会手当の発想を重視すべきでしょう。具体的には、低賃金労働者向けに子供の教育費や住宅費を教育手当や住宅手当として支給する仕組みを考えていく必要があります。このあたり、先の『世界』論文でも強調したところです。

と、考えてみたら、前回の水町先生も、今回の島田先生も、ここ数年の『世界』で労働関係の論文を書かれているんですね。伊藤さんの趣味でしょうか。

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