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2009年3月

2009年3月31日 (火)

サービスの生産性ってなあに?

なんだかこのネタも本ブログで何回か取り上げたネタだったような気がしますが、社会経済生産性本部が「同一サービス分野における品質水準の違いに関する日米比較調査」という大部の調査結果報告をまとめていますので、二番煎じ的ですがまた取り上げます。

http://activity.jpc-sed.or.jp/detail/01.data/activity000911.html

>1. 多くの分野で日本のサービス品質は米国よりも高いと評価されています(日本人調査では19種類、米国人調査では16種類)。

 特に地下鉄、タクシー、航空旅客のような交通手段関連サービスで、日本の品質は日本人・米国人双方から高い評価を得ています。

2. 反面、多くの分野で日本のサービス価格は米国より高いと評価されています(日本人調査・米国人調査とも、病院を除く17種類)。また、米国人は、日本のサービスは品質に対して割高と感じています(12種類)。

 日本人・米国人とも、病院を除いた17種類のサービスで、日本のサービス価格は米国より高いと感じています。また、日本のサービスについて、米国人は12種類のサービスで、品質に対して割高感があると感じています(日本人は5種類)。日本のサービス産業には品質競争力はあると考えられますが、海外での事業展開に当たっては価格競争力を強化する必要があると言えそうです。

3. 日本のサービスは、多くの分野で必要水準以上の品質を提供していると評価されています(日本人調査ではすべて、米国人調査では18種類)。

 日本のサービス品質に割高感があるのは、消費者が求める水準以上の過剰な品質を提供していることも一因のようです。今後は、適正な品質水準のサービスも検討することが必要と考えられます。

4. 日本のサービスは、消費者が重視する品質評価ポイントに沿った対応をしているという点で、米国のサービスより強みがあります。

 サービス品質の評価で重視するポイントは日米で大きく異なります。日本人は「信頼性」「正確性」を特に重視し、米国人は「設備等の見栄えの良さ」「迅速性」など多様なポイントで評価しています。日本では消費者が重視する評価ポイントに沿ったサービスが提供されており、この特性は、日本のサービス産業が海外展開をはかる際の強みになると考えられます。一方で、対人接触を通じた品質のアピールにやや弱みがあります。

いや、サービスの「品質」という観点から比較すれば、まあだいたいそんなところでしょうね、という感じの納得のいく結果ですが、これを発表しているのが「サービス産業生産性協議会事務局」で、日米サービスの生産性という言葉が入ってくると、とたんにわけわかめになります。上記プレスリリース用の文章には生産性という言葉はないのですが、報告書本体を見ると、

http://activity.jpc-sed.or.jp/detail/01.data/activity000911/attached2.pdf

>サービス産業においては、コストの多くの部分を人件費が占めており、それが価格に反映されている。日本のサービスが高コスト体質であることは、取りも直さず労働集約的であることを示している。高品質のサービスを提供するために、より多くの労働力を投入しているのである。その意味では日本のサービスの労働生産性は米国より低いと言わざるを得ない。

いや、それは物的労働生産性の定義からすればそうですが、低品質のサービスを提供するためにより少ない労働力を投入するマクドナルド方式の方が生産性が高いからいいのかというのはそれはまた別問題で。

いや、過剰サービス問題というのは、それはそれとして議論すべきテーマではありますし、中長期的に減少する労働力をいかに有効に活用していくかという問題意識からすれば、サービスの労働生産性を高め(て品質をある程度我慢す)る必要性も考えるべきだとは思いますが、製造業的感覚で生産性をあんまり不用意にもてあそぶのは如何なものかと思うのですが。

そもそも、価値生産性でいえば、サービス生産に投入される労働者の賃金が高いことがすなわち生産性の高さであるわけで、それを高コストといえば高コストなんでしょうが、言い方を変えれば高級サービスということなわけで。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/02/post_b2df.html(労働市場改革専門調査会第2回議事録)(本文ではなく、コメントでの「とま」さんの紹介による生産性論争(らしきもの)をめぐるその後のコメントのやりとりが面白いです)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/02/post_01ff.html(生産性加速プログラム)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/09/post_aa9e.html(研究開発の生産性ってなあに?)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/04/post_0d9d.html(第1回介護労働者の確保・定着等に関する研究会)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/12/post_cf6d.html(国民の豊かさの国際比較)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/post-9edd.html(国民の豊かさの国際比較 2008年版)

(参考)上記エントリのコメント欄に書いたことを再掲しておきます。

>とまさんという方から上のコメントで紹介のあったリンク先の生産性をめぐる「論争」(みたいなもの)を読むと、皆さん生産性という概念をどのように理解しているのかなあ?という疑問が湧きます。労働実務家の立場からすると、生産性って言葉にはいろんな意味があって、一番ポピュラーで多分このリンク先の論争でも意識されているであろう労働生産性にしたって、物的生産性を議論しているのか、価値生産性を議論しているのかで、全然違ってくるわけです。ていうか、多分皆さん、ケーザイ学の教科書的に、貨幣ヴェール説で、どっちでも同じだと思っているのかも知れないけれど。

もともと製造業をモデルに物的生産性で考えていたわけだけど、ロットで計ってたんでは自動車と電機の比較もできないし、技術進歩でたくさん作れるようになったというだけじゃなくて性能が上がったというのも計りたいから、結局値段で計ることになったわけですね。価値生産性という奴です。

価値生産性というのは値段で計るわけだから、値段が上がれば生産性が上がったことになるわけです。売れなきゃいつまでも高い値段を付けていられないから、まあ生産性を計るのにおおむね間違いではない、と製造業であればいえるでしょう。だけど、サービス業というのは労働供給即商品で加工過程はないわけだから、床屋さんでもメイドさんでもいいけど、労働市場で調達可能な給料を賄うためにサービス価格が上がれば生産性が上がったことになるわけですよ。日本国内で生身でサービスを提供する労働者の限界生産性は、途上国で同じサービスを提供する人のそれより高いということになるわけです。

どうもここんところが誤解されているような気がします。日本と途上国で同じ水準のサービスをしているんであれば、同じ生産性だという物的生産性概念で議論しているから混乱しているんではないのでしょうか。

>ていうか、そもそもサービス業の物的生産性って何で計るの?という大問題があるわけですよ。
価値生産性で考えればそこはスルーできるけど、逆に高い金出して買う客がいる限り生産性は高いと言わざるを得ない。
生身のカラダが必要なサービス業である限り、そもそも場所的なサービス提供者調達可能性抜きに生産性を議論できないはずです。
ここが、例えばインドのソフトウェア技術者にネットで仕事をやらせるというようなアタマの中味だけ持ってくれば済むサービス業と違うところでしょう。それはむしろ製造業に近いと思います。
そういうサービス業については生産性向上という議論は意味があると思うけれども、生身のカラダのサービス業にどれくらい意味があるかってことです(もっとも、技術進歩で、生身のカラダを持って行かなくてもそういうサービスが可能になることがないとは言えませんけど)。

>いやいや、製造業だろうが何だろうが、労働は生身の人間がやってるわけです。しかし、労働の結果はモノとして労働力とは切り離して売買されるから、単一のマーケットでついた値段で価値生産性を計れば、それが物的生産性の大体の指標になりうるわけでしょう。インドのソフトウェアサービスもそうですね。
しかし、生身のカラダ抜きにやれないサービスの場合、生身のサービス提供者がいるところでついた値段しか拠り所がないでしょうということを言いたいわけで。カラダをおいといてサービスの結果だけ持っていけないでしょう。
いくらフィクションといったって、フィリピン人の看護婦がフィリピンにいるままで日本の患者の面倒を見られない以上、場所の入れ替えに意味があるとは思えません。ただ、サービス業がより知的精神的なものになればなるほど、こういう場所的制約は薄れては行くでしょうね。医者の診断なんてのは、そうなっていく可能性はあるかも知れません。そのことは否定していませんよ。

>フィリピン人のウェイトレスさんを日本に連れてきてサービスして貰うためには、(合法的な外国人労働としてという前提での話ですが)日本の家に住み、日本の食事を食べ、日本の生活費をかけて労働力を再生産しなければならないのですから、フィリピンでかかる費用ではすまないですよ。パスポートを取り上げてタコ部屋に押し込めて働かせることを前提にしてはいけません。
もちろん、際限なくフィリピンの若い女性が悉く日本にやってくるまで行けば、長期的にはウェイトレスのサービス価格がフィリピンと同じまで行くかも知れないけれど、それはウェイトレスの価値生産性が下がったというしかないわけです。以前と同じことをしていてもね。しかしそれはあまりに非現実的な想定でしょう。

要するに、生産性という概念は比較活用できる概念としては価値生産性、つまり最終的についた値段で判断するしかないでしょう、ということであって。

>いやいや、労働生産性としての物的生産性の話なのですから、労働者(正確には組織体としての労働者集団ですが)の生産性ですよ。企業の資本生産性の話ではなかったはず。
製造業やそれに類する産業の場合、労務サービスと生産された商品は切り離されて取引されますから、国際的にその品質に応じて値段が付いて、それに基づいて価値生産性を測れば、それが物的生産性の指標になるわけでしょう。
ところが、労務サービス即商品である場合、当該労務サービスを提供する人とそれを消費する人が同じ空間にいなければならないので、当該労務サービスを消費できる人が物的生産性の高い人やその関係者であってサービスに高い値段を付けられるならば、当該労務サービスの価値生産性は高くなり、当該労務サービスを消費できる人が物的生産性の低い人やその関係者であってサービスに高い価格をつけられないならば、当該労務サービスの価値生産性は低くなると言うことです。
そして、労務サービスの場合、この価値生産性以外に、ナマの(貨幣価値を抜きにした)物的生産性をあれこれ論ずる意味はないのです。おなじ行為をしているじゃないかというのは、その行為を消費する人が同じである可能性がない限り意味がない。
そういう話を不用意な設定で議論しようとするから、某開発経済実務家の方も、某テレビ局出身情報経済専門家の方も、へんちくりんな方向に迷走していくんだと思うのですよ。

>まあ、製造業の高い物的生産性が国内で提供されるサービスにも均霑して高い価値生産性を示すという点は正しいわけですから。
問題は、それを、誰がどうやって計ればいいのか分からない、単位も不明なサービスの物的生産性という「本質」をまず設定して、それは本当は低いんだけれども、製造業の高い物的生産性と「平均」されて、本当の水準よりも高く「現象」するんだというような説明をしなければならない理由が明らかでないということですから。
それに、サービスの価値生産性が高いのは、製造業の物的生産性が高い国だけじゃなくって、石油がドバドバ噴き出て、寝そべっていてもカネが流れ込んでくる国もそうなわけで、その場合、原油が噴き出すという「高い生産性」と平均されるという説明になるのでしょうかね。
いずれにしても、サービスの生産性を高めるのはそれがどの国で提供されるかということであって、誰が提供するかではありません。フィリピン人メイドがフィリピンで提供するサービスは生産性が低く、ヨーロッパやアラブ産油国で提供するサービスは生産性が高いわけです。そこも、何となく誤解されている点のような気がします。

>大体、もともと「生産性」という言葉は、工場の中で生産性向上運動というような極めてミクロなレベルで使われていた言葉です。そういうミクロなレベルでは大変有意味な言葉ではあった。
だけど、それをマクロな国民経済に不用意に持ち込むと、今回の山形さんや池田さんのようなお馬鹿な騒ぎを引き起こす原因になる。マクロ経済において意味を持つ「生産性」とは値段で計った価値生産性以外にはあり得ない。
とすれば、その価値生産性とは財やサービスを売って得られた所得水準そのものなので、ほとんどトートロジーの世界になるわけです。というか、トートロジーとしてのみ意味がある。そこに個々のサービスの(値段とは切り離された本質的な)物的生産性が高いだの低いだのという無意味な議論を持ち込むと、見ての通りの空騒ぎしか残らない。

>いや、実質所得に意味があるのは、モノで考えているからでしょう。モノであれば、時間空間を超えて流通しますから、特定の時空間における値段のむこうに実質価値を想定しうるし、それとの比較で単なる値段の上昇という概念も意味がある。
逆に言えば、サービスの値段が上がったときに、それが「サービスの物的生産性が向上したからそれにともなって値段が上がった」と考えるのか、「サービス自体はなんら変わっていないのに、ただ値段が上昇した」と考えるのか、最終的な決め手はないのではないでしょうか。
このあたり、例の生産性上昇率格差インフレの議論の根っこにある議論ですよね。

2009年3月30日 (月)

舛添大臣 on 愛育病院

医療政策と労働政策の両方の責任者である舛添厚生労働大臣が、愛育病院の件について、次のように語っています。

http://www.mhlw.go.jp/kaiken/daijin/2009/03/k0327.html

>これはまさに私が厚生労働大臣として両方、つまり医師不足の問題への対応と労働者の権利を守るということをやっております。労働基準法に基づいて休日の労働の扱い等をどうするかという三六協定がありますが、やはり病院の方、経営者というのはこういうのはちゃんと管理者として知った上できちんと協定を結んでいただければ違法にならない。まずそこから始まって、そしてこれは、医療の現場が不足しているから違反をやるということを続けていけば決して良くなりません。やはりお医者さんも生身の身体でやっているわけですから。一所懸命いろんな手を使って医師不足に対応してきましたが、これもまさに側面射撃としてこの問題を解決しないといけません。たまたま労働大臣と厚生大臣を一人がやっておりますから、あらゆる手を使って過酷な勤務医の状況を改善する。そこは「お医者不足だからそんなこと言われても」ではないのです。皆困った状況の中で頑張っているのだから、医者不足にも対応します。しかし、現場でお医者を辞めないといけないくらい疲弊しきっている勤務医を助けないといけません。ですから、良い方向への第一歩で、そこから先は、それぞれの病院と、例えば東京都がよくお話をして私たちもいろんな点でお支えするし、例えば、弾力運用というようなことも考えてくれというのは、聞く耳を持たないわけではありません。それは病院だけではなくて、あらゆる企業に対して三六協定を結んでいなければ指導をやっております。いつも私が言うように、労働法、労働法制というものを社会の中にきちんと定着させる必要がある。三六協定と言って「普通の人は分からない、お医者さんが分かるはずない。」では駄目なのですやはり働く人の権利はきちんと守るということを礎にするような社会にしないといけないと思っております。そういうことを含めて全力を挙げて勤務医の待遇を良くする、そして職場環境をよくする、そして医師不足に取り組むと、総合的にやるための一歩と思って前向きにこれを捉えていただきたいと思っておりますので、一所懸命頑張って解決したいと思っております。

これは正論です。

少なくとも、

>医師の激務の実態を報じるのはいいが、そこに労基法など持ち出しては百害あって一利なしだ

とか、

>医師が労基法をたてにして、病院に権利主張ができるとでもいうのか

とか、

>万一、医師が労基法の適用を求めだしたら、現場はたいへんな混乱になる

とか平然と語る方々が未だにおられる医療界であることを考えれば・・・。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/04/post_6cc3.html(医師に労基法はそぐわない だそうで)

その他、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/post-2b65.html(医療と労働基準法)

のリンク先も参照。

RIETI労働市場制度改革

04478 鶴光太郎、樋口美雄、水町勇一郎編著『労働市場制度改革-日本の働き方をいかに変えるか』(日本評論社)を贈呈いただきました。有り難うございます。

http://www.nippyo.co.jp/book/4478.html

本書は、表紙の右上に「RIETI」のロゴがあることからもわかるように、経済産業研究所が開催してきた労働市場制度改革研究会のシンポジウムの報告をもとにした本です。

鶴氏が、そのシンポのご案内として書いたこの文章が、本書の「はじめに」の4つのポイントとしてそのまま使われていますので、それをリンクしておきます。

http://www.rieti.go.jp/jp/columns/a01_0234.html

>そのねらいは、まず、第一に、日本の労働市場制度(labor market institutions)の新たな「かたち」、その改革の方向性、考え方を提示することである。ここで、我々が目指しているのは「労働市場制度改革」であり、通常使われる「労働市場改革」ではないことに注意が必要である。「労働市場改革」という言葉の中には、「労働市場をより効率的にし、市場メカニズムを働かせるために必要な改革」というニュアンスがある。一方で「労働市場をモノが取引される通常の市場と同じ次元で考えてもらっては困る」という意見も根強い。我々のアプローチは、むしろ、どのような市場であれ市場がうまく機能するためにはそれを土台から支えるインフラストラクチャーとしての制度が重要であり、その制度も民が自発的に形成する私的秩序(ソフトな制度)と官が法律・規制などで強制する公的秩序(ハードな制度)のインタラクション、連携が重要であるとの「比較制度分析」の基本認識に立脚している。

第二は、「労働市場制度」の新たな「かたち」を考えるため、法学、経済学、経営学など多面的、学際的な立場から、理論・実証的な研究が組織されていることである。今回のシンポジウムのスピーカーは労働法学者5名、経済学者7名、経営学者1名となっており、それぞれのセッションでは基本的に法学者と経済・経営学者が組み合わさって発表を行うこととなっている。個々の労働者の権利や公正性に着目する法学者と市場全体や資源配分の「効率性」を重視する経済学者。また、既存の制度を出発点に改革を考える法学者と経済学的な最適状態を到達点に改革を考える経済学者。双方とも立場は異なるが、制度に着目するということで両者の間に接点が生まれ、コラボレーションが可能となっている。労働者、雇用形態の多様化、格差問題の深刻化といった難しい問題を扱うためにはこうした複眼的な見方が不可欠となっているのである。

第三は、「労働市場制度」全般に目を向けながらも、それぞれの構成要素の相互関係や制度補完性に目配りし、特に、縦割り・垣根を越えた見地から包括的な労働法制のあり方について考察することである。この問題は改革の中身だけでなく、改革を生み出していく政策決定プロセスまでも見直すことにも繋がる。たとえば、非正規雇用についても、その形態によりパートタイム労働法や労働者派遣法などに分かれており、共通ルールの設定が重要な課題となっている。このように、「木を見て森を見ず」ではなく「広角レンズ」の視点で制度改革を考えていく必要がある。

第四は、諸外国の経験や分析から学ぶことである。もちろん、労働市場は国毎に制度や歴史的背景も異なり多様である。しかし、そうした差異を考慮に入れても政策や改革を考える際に諸外国の経験から学ぶことは大きい。日本の場合、何かとアメリカの例が引かれることが多いがむしろ労働市場や雇用システムに関してはヨーロッパの経験が参考になる。たとえば、正規雇用、非正規雇用の格差問題、労働市場の二極化も有期契約労働の規制緩和が進展したスペインやフランスでは既に90年代から大きな問題となっている。また、ヨーロッパがアメリカと比べて企業家精神やイノベーションで遅れをとっているのはむしろ労働市場に問題があり、解雇規制が強すぎることが企業のリスク・テイキングを抑制しているからだという認識も強まってきている。このようなヨーロッパでの経験や分析の日本への政策インプリケーションは大きいといえよう。

どんな方々がどんなことを書かれているのかというと、

第1部 問題提起

第1章 日本の労働市場制度改革:問題意識と処方箋のパースペクティブ/鶴 光太郎
第2章 労働市場改革の課題/八代尚宏
第3章 労働法学は労働市場制度改革とどう向き合ってきたか/諏訪康雄

第2部 働き方・働き手の多様化と求められる労働市場制度改革

第4章 労働市場改革と労働法制/小嶌典明
第5章 エイジ・フリーの法政策/森戸英幸

第3部 正規雇用を巡る問題:解雇規制と長時間労働への経済学的接近

第6章 雇用保護は生産性を下げるのか/奥平寛子・滝澤美帆・鶴 光太郎
第7章 長時間労働の経済分析/大竹文雄・奥平寛子

第4部 労使間コミュニケーション円滑化を目指した労働市場制度改革

第8章 労働法改革の基盤と方向性:欧米の議論と日本/水町勇一郎
第9章 紛争解決制度と労使コミュニケーション:解雇規制の視点から/神林 龍

第5部 企業の中からみた労働市場制度改革

第10章 今、公平性をどう考えるか:組織内公正性の視点から/守島基博
第11章 企業組織の変容と労働法学の課題/島田陽一
終 章 法と経済学の視点から見た労働市場制度改革/樋口美雄

総じて、私の問題意識と響き合うところが多いのは確かなのですが(異論ももちろん山のようにありますが)、最近の私の関心からすると、鶴氏のいう「インサイダー重視型からマクロ配慮型へ」というその「マクロ配慮」が労働市場に限られているという意味でミクロに過ぎるのではないかという感想が湧くところです。

つまり、労働法学者と労働経済学者と経営学者「だけ」では十分マクロ配慮になっていないのではないか、労働市場改革の問題は、社会保障制度、教育政策、住宅政策等々、その広がりを追いかけないといけないのではないか、というふうに感じるようになったもので。

まあ、それはいささかあと知恵的な難癖の嫌いがありますが、一つの提起として大変面白いものになっていることは間違いありません。

ちなみに、今週木曜日(4月2日)に、この一環で「労働時間改革:日本の働き方をいかに変えるか」というシンポジウムを開くようです。

http://www.rieti.go.jp/jp/events/09040201/info.html

その第3部が「世界経済危機の下での雇用・労働政策のあり方」というパネルディスカッションで、その出演者が

モデレーター

樋口 美雄 (慶應義塾大学商学部教授)

パネリスト(五十音順)

大竹 文雄 (大阪大学社会経済研究所教授)

小川 誠 (厚生労働省職業安定局雇用政策課長)

長谷川 裕子 (日本労働組合総連合会 (連合) 総合労働局長)

輪島 忍 (社団法人日本経済団体連合会労政第二本部労働基準グループ長)

です。どう噛み合いどう噛み合わないのかが興味深いところです・・・、ね。

2009年3月29日 (日)

家が広けりゃ成績がいい

社会経済生産性本部が「公共・行政サービスの生産性 ~都道府県・市区町村別にみた生産性指標~」というのを発表しています。

http://activity.jpc-sed.or.jp/detail/01.data/activity000910.html

正直言って、「公共・行政サービスの生産性」ってなんで測るの?というところに重大な疑問があるので、「生産性」ばなしとしてはいささかどうかという代物ではあるんですが、「生産性」という概念をとりあえず括弧に入れて、示された結果を素直に見ると、これがなかなか面白い。

まず、「教育分野の生産性」で、「生徒あたり教員数・教育費などに対する学力テストの成績」を生産性と定義しているようで、そこはいささかですが、興味深いのは

>都道府県別の小学校及び中学校教育における全国学力テストの平均点は、世帯所得や(予備校代等が含まれる)補助教育費ではなく、住宅床面積と高い相関関係がみられた。これは、広い家に住んでいる都道府県ほど学力テストの成績がよくなる傾向にあることを示唆している。

というところです。住宅が教育の成果に影響しているわけですね。子どもの学力を上げるには、まずは子ども部屋が持てるような住宅の確保から、ということですか。

次が「警察サービス(犯罪予防)の生産性」で、「刑法犯の検挙率・犯罪発生率・窃盗犯発生率について、警官数と交番数から効率性(生産性)を測」っているんですが、当然のごとく、

>最も効率性(生産性)が高いのは岩手県と秋田県であった。一方、三大都市圏の都道府県が下位に並んでおり、警官数や交番数が多くいる割に刑法犯の発生率や窃盗犯の発生率、検挙率の点で厳しい状況にあることを示している。

そりゃ、警察官や警察組織自体の生産性じゃなくて、警察がその中で活動する社会の共同体的性格というか犯罪に対する社会的雰囲気の問題でしょう、と思いますが。大都会に住むというのは、そういう社会的圧迫感なしに「名無しさん」として住めるというメリットがあることじゃないんですかね。そういうのを「生産性」という言葉で分析してみて何か意味があるんでしょうか。

2009年3月28日 (土)

BLT4月号は非正規特集

JILPTのビジネスレーバートレンド、4月号の特集は「非正規雇用をどう安定させるか-セーフティネット、支援策のあり方」です。

http://www.jil.go.jp/kokunai/blt/backnumber/2009/04.htm

<有識者アンケート>「非正規労働者の雇用安定化に必要なこと」

大橋 範雄 (大阪経済大学教授)
奥谷 禮子 ((株)ザ・アール代表取締役)
奥西 好夫 (法政大学教授)
権丈 英子 (亜細亜大学准教授)
玄田 有史 (東京大学教授)
佐野 嘉秀 (法政大学准教授)
龍井 葉二 (連合非正規労働センター総合局長)
鶴 光太郎 (経済産業研究所上席研究員)
永瀬 伸子 (お茶の水女子大学教授)
仁田 道夫 (東京大学教授)
橋本 陽子 (学習院大学教授)
メアリー・ブリントン (ハーバード大学教授)
古郡 鞆子 (中央大学教授)
村松久良光 (南山大学教授)
樋口 美雄 (慶應義塾大学教授

奥谷禮子氏は例によって、派遣村の連中は自治体の臨時職募集に応じないのだから「彼らはまだ仕事を選ぶ余裕のある人らしいことが、この一件で明らかになった」とか(仕事を選べるようにすることがセーフティネットの役割なんですが・・・)、手持ち金が300円しかない人に「派遣でいつ期限が切れるか分かっていて、なぜ自分の安全保障のために少しずつでも貯金をしておかなかったのか」とか、いつもの奥谷節を快調にとばしていますが、一方で「しかし、雇用見込み期間にかかわらず、労災保険と同様にすべての雇用者に雇用保険の適用がなされることが望ましい」と、それなりにセーフティネットの必要も分かっているようで、また「問題は、事業所によっては労働者と折半で払う雇用保険に未加入の所があることである」と責任がどちらにあるかも分かってもいるようですが、とはいえ「費用負担に関しては6ヶ月までは国が負担するということも考えられる」と、ザ・アール社としては保険料負担はあまりご希望ではなさそうではありますな。自分の会社が払うより国が面倒見てくれた方が安上がりですからね。

そうすると、結論は「日本の場合、失業保険と生活保護の隙間を埋める施策が求められている」と、政労使与野党合意してやることになった例の訓練受講中の生活保障の話にボールを投げるようですが、いやもちろんどんなに制度設計を細かくしてもこぼれ落ちるのは出てくるのでそれは重要ですが、まずは労使が負担する雇用保険があっての話で。

その次は、

<座談会>ロスジェネ世代は何を経験してきたか?―1971年から81年生まれからのメツセージ

<コーディネーター> 堀 有喜衣・副主任研究員

登場するのは、NPO法人育て上げネットの人(♂)、派遣ユニオン執行委員(♂)、労働専門誌記者(♀)の3人。

なかなか面白いです。

医療と労働基準法

ここ数日、愛育病院に三田労基署が、日赤医療センターに渋谷労基署が是正勧告を出したというニュースが流れていますが、私がよく見る「天漢日乗」さんとこに、いろんな情報が載っていますので、リンクしておきます。

http://iori3.cocolog-nifty.com/tenkannichijo/2009/03/post-deb9.html (首都圏産科医療崩壊 皇族もご出産 御三家の一つ愛育病院が周産期医療センター返上か 原因は労働環境の是正の必要性 他の病院も労基の勧告を受けたとの噂)

http://iori3.cocolog-nifty.com/tenkannichijo/2009/03/1-446d.html発足したばかりの東京都「スーパー総合周産期センター」の1つを担う日赤医療センターにも渋谷労基から是正勧告

http://iori3.cocolog-nifty.com/tenkannichijo/2009/03/post-187d.html(愛育病院、周産期医療センター返上を撤回 都の言い分はバリバリの労基法違反→「返上撤回」は条件付き@院長記者会見)

本ブログでも何回か取り上げてきた問題ですが、医療関係の方々は労働基準法などという法律が世の中にあることにようやく気がつき始めたところなのかもしれません。

>都は25日、「労基署の勧告について誤解があるのではないか。当直中の睡眠時間などは時間外勤務に入れる必要はないはず。勧告の解釈を再検討すれば産科当直2人は可能」と病院に再考を求めた。

いや、だから、夜中中フル回転しているようなのは「宿直」じゃないんですって。

この問題を分かりやすくまとめた東大政策ビジョン研究センターの中島さんのエッセイと私のコメント:

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/post-8a42.html(医師を増やせば医療崩壊は止まる?)

一方、未だに根強い「医師は労働者にあらず、労働基準法なんてとんでもない」という発想の典型:

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/04/post_6cc3.html(医師に労基法はそぐわない だそうで)

この話からぶらり庵さんとのやりとり:

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/02/post_515a.html(世の中の問題の多くは労働問題なんだよ)

読売のよくまとまった記事と関連条文等:

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/12/post_355a.html(医師 増える過労死 「当直」違法状態)

2009年3月27日 (金)

労働教育の復活

わたくしの勤務先である労働政策研究・研修機構(JILPT)のホームページに、わたくしのコラムが載っております。

http://www.jil.go.jp/column/bn/colum0119.htm

せっかくですから、ほかの記事などもご覧いただければ幸いに存じます。

昭和48年労働白書

今頃になって「賃金と社会保障のベストミックス」なんて大したこといってるような顔でいうんじゃないよ!と自分に対する警告という意味で、

http://wwwhakusyo.mhlw.go.jp/wpdocs/hpaa197401/b0059.html

昭和48年、1973年の労働白書(労働経済の分析)で、ちゃんとこう述べています。全然新しくも何ともない話なんですね。むしろ、石油ショックの衝撃で雇用政策が一気に企業中心主義になって以来、40年以上にわたって、労働行政のかつての問題意識が忘れられてきたということが改めて認識されるべきことでしょう。

>〔4227〕以上のように,国によって,年齢に応じて増加する支出項目はやや異なるが,どの国でもライフサイクルによる家計消費支出格差は,ほぼ似通つた形で存在している。しかしながら年齢別の賃金は,国によって大きな相違があり,アメリカ,イギリス,西ドイツなどでも職員層については賃金の年齢別格差がかなりみられるが,労務者層については,生計費がピークに達する年齢階層についてみても,若年層との賃金格差は極めて小さく(第109図),我が国の賃金制度とは著しく異なっている。

〔4228〕欧米においては,年齢別賃金と生計費の対応が我が国とは異なった動きをしているが,そのギャップは税制や社会保障関係給付などによってうめられる実情にある。

例えば,児童手当制度が最も発達しているフランスでは,第2子について基本賃金月額(415.50フラン)の22%,第3子および第4子についてはそれぞれ37%,第5子以降についてはそれぞれ33%が支給される(1972年現在)。なお,支給対象児童のうち10歳以上15歳未満については9%,15歳以上については16%の加給がある。

このため,フランスにおいては,同一職種で同一賃金を得ている労働者でも,社会保険料や税金を差し引き,家族手当を加えた可処分所得は,その労働者の家族の構成によって異なり,単身者の可処分所得を100とすると,妻と子供2人の家族をもつ労働者の可処分所得は125となっており,さらに子供の数が多くなると,家族手当の額が多額となるため,同一賃金の労働者でも単身者と子供5人の労働者では約70%もの可処分所得の格差がみられるなど,我が国では企業が支えている労働者の生活の側面の一部を公的な制度が支えているなどの事情がみられる(第110図)。また,フランス以外についても,ヨーロッパの多くの国々において似通った公的制度の機能が働いている。

〔4229〕勤労者にとって,長期生活設計の大きな課題である老後の生活の安定についてみると,西欧各国では年金の果している役割が大きい。例えば西ドイツの家計の収入構造をみると,世帯主勤め先収入がほとんどなくなる65歳以上の家計では,公的年金収入が6割強を占めており,家計の消費支出の大半がそれによってまかなわれている。

また,住宅取得について西欧諸国の住宅政策をみると,国や時代により政策の重点は異なっているが,いずれの国においても,財政支出,補助金,住宅手当,金融制度などによって住居取得費用や家賃の軽減をはかっている。

例えば,イギリスにおいては,公的住宅の建設助成のために財政援助を行うほか,持家取得援助のための税控除または金利補助,公的住宅入居者に対する家賃補助,民間住宅借家人に対する住宅手当制度によって住宅費の軽減をはかっている。

〔4230〕西ドイツにおいては,一定の条件付きで公的援助を受ける社会住宅とそれ以外の一般住宅があるが,前者については建設資金の貸付けが行われ,家賃や借入金返済の割賦金に対して住宅手当が支給され,利子補給がなされるなど直接的援助が行われるほか,税制上の優遇を受けるなど間接的援助もなされる。一般住宅についても財産形成制度による建設貯蓄割増金や特別償却など一般助成措置が適用されている。

〔4231〕なお,我が国については児童手当の制度化が行われたし,また税制についても世帯構成の変化に伴う生計費の増高に対応して可処分所得が増加する仕組みになっている。年齢別の家族構成を想定し,賃金から税金や社会保障費を差し引いた可処分所得の年齢階級別格差を試算してみると,現行税制下では累進課税制度のため,そのままでは賃金が上昇する中高年齢層での負担が高くなるが,一方,配偶者控除や扶養控除によって,家族人員が多くなることによって生計費が増大する事情は,ある程度考慮されている形となっている(付属統計表第118表参照)。

例えば,40~49歳層の夫婦と子供二人の家計での税負担は,同年齢の夫婦のみの家計より軽くなっており,前者の可処分所得は,20~24歳層の100に対して182.6と賃金格差より大きくなっているが,後者の場合は170.8と賃金格差をかなり下回るものとなっている。しかしその影響は児童手当を含め相対的に小さい。

〔4232〕ヨーロッパ諸国において労働者の家計を公的な制度が支えている基礎には,我が国と異なった費用の負担構造が存在している。

まず,国民経済全体としての費用の負担の状況を租税の面からみると,1971年における税負担(国民所得に対する直接税・間接税の割合)は,日本の20%に対し,諸外国では,スエーデン(45%),イギリス(40%)などで極めて高いほか,西ドイツ,アメリカ,フランスなどでも3割前後の負担となっている。つぎに,社会保障費の負担率をみても,日本の5%に対し,フランス(20%),西ドイツ(16%)などを初めとする諸外国の負担は,いずれも日本を上回っている。租税と社会保障費の負担の関係は,各国の制度の違いなどを反映しているが,両者を合わせた負担率は,日本の25%に対し,スエーデンでは55%,西ドイツ,フランス,イギリスでは46~48%といずれも我が国の2倍程度となっている(第111図)。

〔4233〕以上のような状況は,企業などの負担も含めたものであるが,つぎに個人や家計の負担の程度をみてみよう。給与所得,営業所得,配当所得などの個人所得に対する税負担率をイギリスと比較すると,イギリスでは納税者の所得に対する租税の比率が18.7%であるのに対し,日本は6.8%となっている。また,家計の収入に対する租税や社会保障費の負担をみても,日本の1割弱に対し,西ドイツやイギリスでの負担率は,ほぼ2倍となっている。

〔4234〕このような状況を基礎に,欧米各国では,社会保障制度や社会資本の整備がすすみ,フロー面では社会的な児童手当や年金等が,またストック面では社会的な資産や社会,生活環境等が,企業から支払われる賃金,フリンジ・ベネフィットとともに労働者生活を支える仕組みとなっており,我が国との対比でみると,租税や社会保障費の負担は,国民経済全体としても,また,個人や家計の所得や収入に対する比率でみてもかなり高いものとなっている。

〔4235〕我が国においても,住宅取得,老後の生活など賃金上昇のみによっては解決が困難な問題や,賃金制度の変化,大企業と中小企業の間の格差などの問題に対処しつつ,労働者の福祉を高めていくためには,社会保障制度や社会資本の整備等が今後ますます要請されることとなろう。それによって勤労者のライフサイクルに応じた基礎的な生活条件の社会的な整備がすすめば,長期生活設計についての勤労者の努力とこれに対する企業の援助もより効果的なものになるといえる。その場合これらの社会的な条件整備については,租税や社会保障費の負担の程度を見直す必要が高まろう。

〔4236〕ヨーロッパ諸国とは著しく異なって,我が国の賃金制度は,生計費の年齢間格差を強く反映した構造的特色をもち,その意味では勤労者の長期的生活設計上の課題の実現についても企業内の制度に強く依存するという特色をもってきたといえる。

〔4237〕このような賃金制度については,昭和30年代の後半以降,労働力不足,技術革新による労働態様の変化の影響などを通じて部分的に修正がすすむ動きが生じ,年齢間賃金格差については,相当の縮小がすすんできたところである。今後についても,賃金決定において年功的,属人的要素を修正しつつ職務,能力あるいは労働の質,量を一層重視した賃金制度に向うことの重要性が強いといえる。その点については,企業内における今後の技術革新の進展に伴う労働面の変化などとの関連ばかりではなく,例えば,中高年齢層の雇用の安定,定年の延長などの福祉充実の観点からも賃金制度面での情勢への適応の重要性が指摘されているところである。

〔4238〕一方,30年代後半以降大企業を中心におこってきた年齢間賃金格差の縮小の動きは,最近では,ほとんどみられず,格差は保合いとなっており,これまでとは異なった動きが生じてきた。それにはつぎの二つの要素があると考えられる。,

その第1は,これまでにおいてすでに相当大幅に年齢間賃金格差が圧縮されてきた結果,最近の年齢間格差自体が小さいものとなってきた効果である。規模1,000人以上の大企業についてみると,特別給与を含めた男子賃金の年齢間格差は,20~24歳層を100として40~49歳層では2倍強(47年)の水準にあるが(付属統計表第117表参照),定期給与だけをとつてみれば1.8倍であり,昭和33年当時の2.4倍に比べれば縮小が著しい。また,この数値は職員層を含むものであり,製造業男子労務者層に限ってみれば1.7倍(48年)と年齢間格差は一層小さくなる。このような状況からすれば,生計費との対応からみて,年齢間賃金格差を一層圧縮しうる余地は,現状のもとではあまりなくなってきていると考えられる。

〔4239〕特に中小企業関係ではその状況が強いと判断される。中小企業における年齢間賃金格差は,30年代の中頃には縮小する動きもみられたが,30年代未頃から最近までの間においてほとんど変化がみられないのには,その分野では大企業に比べ賃金水準にかなりの格差があるなかで,年齢間賃金格差がもともと小さく,勤労者の生活面において企業内制度への依存が強いという構造のもとで,年齢間格差をさらに圧縮する余地がなかったことを現していると考えられる。規模100人未満の企業の年齢間賃金格差は,年齢間消費支出格差に極めて似通った形態となっている。

〔4240〕第2は,物価上昇が勤労者の長期生活設計に強い影響を及ぼしてきていることが賃金制度に対して与える効果である。消費者物価や地価の上昇が貯蓄の減価を通じて,勤労者の長期生活設計をおびやかし,例えば住宅の入手をストック(貯蓄)の形成を通じて実現することが困難となり),頭金についても借入れに依存して取得し,借金を月々の賃金で補てんしなければならなくなったり,また,子弟の教育や老後の生活など長期的な目的がかなり大きな比重を占める貯蓄の減価を毎月の賃金から積み増すことによって補うなどの動きが生じ,それらが生活面から賃金上昇圧力となっているといえる。

〔4241〕最近の大企業分野における年齢間賃金格差の変化の動向には,このような要因が背景に作用しているとみられる。

なお,最近多くの組合によって掲げられてきた個別賃金要求は,年齢の比較的高い層の賃金引上げを強く意識している面があるが,このような要求の背景には,以上述べたような長期生活設計の困難の増大ということが一つの要因として存在しているとみられる。

〔4242〕勤労者の生活面の課題実現と企業内制度との関連については,二つの大きな問題点がある。第1は,中小企業の問題である。中小企業においては,すでにみたように企業内福利施設は相対的に少なく,賃金制度も大企業とかなり異なっている。今後についても,中小企業の生産技術水準等からみて,それらを生計費に対応して大きく変えていくことが適切な方向かという問題点がある。第2は,企業内の諸制度なかんづく賃金制度が,生活面の要素によって一層強く影響を受けるかたちで決定されることになれば,賃金制度における年功的要素の修正と労働の質量対応への方向が後退するおそれも生じるという問題である。

年齢別賃金格差がかなり大幅に縮小した現在,長期生活設計を含めて勤労者の生活上の要請をみたしつつ,労働の質量対応という機能をも充足する賃金制度をどのようにして実現していくかは,賃金制度自体としてみても今後の重要な課題である。

〔4243〕このような諸要因を考慮に入れれば,勤労者の長期生活目標の実現,福祉充実については,全般的な実質賃金の改善がすすむなかで労働者のライフサイクルに応じた生活の必要と賃金制度とのギャップを,一つは公的年金その他の社会保障の充実等によって社会的に負担することであり,一つは労働者の資産の形成,保有の努力を企業や国が制度的に援助促進することが重要である。両者が相まって真に充実した労働者の長期生活設計が可能になるといえよう。したがつて勤労者福祉の充実は,個人,企業,社会の関連について,費用負担のことを含め,いかなる実現形態を選択するかが問題であり,勤労者の組織体としての労働組合あるいは使用者の真剣な検討が望まれるところであって,それらの役割に期待されるところが大きいといえよう。

まとめとして、

>年齢別の生計費格差は,我が国とヨーロッパ諸国では似かよっているが,賃金制度には大差がある。ヨーロッパ諸国では,中高年齢層における生計費の増高や引退後の生計費などについて,社会的な給付に依存するところが大きく,勤労者の資産保有に対する社会的な援助についても拡充される方向にある。年齢別賃金格差がかなり縮小してきた現在,賃金制度の機能として労働の質,量対応と生計費対応をどのように調和させていくかは,企業にとって重要な課題となってきているが,我が国についても賃金制度の機能のうち公的制度で充足することが適切であるものについては,公的制度の役割を強めることによって,勤労者福祉の充実をはかっていく方向が考えられる。

〔5115〕社会保障制度の充実など公的制度の拡大には,負担増大を伴うという問題がある。諸外国においては,福祉充実に対する社会の役割が大きいが,同時に,我が国に比べその費用負担も大きい。我が国の現状では費用負担に対する抵抗感が強いことが考えられるが,今後,公的制度の拡大については,費用負担の問題が生じよう。

〔5116〕勤労者福祉を充実し,長期生活設計の目標実現をはかるためには,社会保障制度のほか,公的賃貸住宅の供給などその基礎的条件である公的施策を充実することが必要であると同時に,勤労者生活が真にゆとりあるものとなるためには,長期生活設計に対応した資産を勤労者がもつ必要がある。そのためには,勤労者の自己努力を積極的に援助する企業や国の役割が重要といえる。特に,中小企業などのように,企業内制度のうえで恵まれていない勤労者の場合には,その面についての国の役割に対する期待が大きいとえいよう

なぜ雇用格差はなくならないのか

314473 小林良暢さんから『なぜ雇用格差はなくならないのか―正規・非正規の壁をなくす労働市場改革―』(日本経済新聞社)をお送りいただきました。有り難うございます。

http://www.nikkeibook.com/book_detail/31447/

>「正社員vs非正規労働者」の感情的な議論では、雇用格差の問題は解決しない。格差の正体を解明し、中間的労働市場の創設、均等待遇へのアプローチ、的を射た社会保障制度への改革など、実現可能な処方箋を提示する。

小林さんはいうまでもなく、長く電機労連で活躍された労働界の(一風変わった)論客で、昨年まで経済財政諮問会議の労働市場改革専門調査会に参加されていました。その説くところは、いわゆる「いかにも組合側っぽい」建前論はみじんもなく、いささか露悪的すぎるんじゃないのと、(私でさえ)つい心配してしまうような思い切った議論であふれていますが、今回の本は、そんな小林ぶしが全開です。

>まえがき  深まる「混迷」の原因を探る

第1章 激震〝非正規リストラ〟
第2章 迷走する派遣・請負問題
第3章 「非正規一八〇〇万人」時代の雇用改革
第4章 積極的な雇用政策の展開
第5章 均等待遇へのアプローチ
第6章 公的職業訓練と就業支援サービス
第7章 ソーシャル・セーフティーネットとしての雇用保険改革
第8章 派遣・フリーターももらえる年金制度改革
第9章 グローバル雇用危機のなかの日本

エピローグ 究極の雇用制度改革

もちろん意見の違うところは結構あるのですが、基本的な認識や発想の枠組みがかなり近い感覚がありますので、是非、多くの方々に読んでいただきたい本です。

ちなみに、本ブログが214ページに登場しますが、どういう文脈かというと、例の朝日新聞で伊東光晴氏が「派遣なんて日本と韓国くらいしか存在しない」とぼけたことを喋ったのがそのまま紙面に出てしまった時のエントリの紹介です。うーーむ、もすこし格好いいエントリもあるんですけど・・・。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/post-5ae1.html(ケインズに派遣を語らせるなかれ)

欧州議会 on 下請連鎖の労働条件

昨日(3月26日)、欧州議会が下請連鎖の労働条件について検討するよう求める決議を採択しました。

http://www.europarl.europa.eu/news/expert/infopress_page/047-52631-082-03-13-908-20090325IPR52630-23-03-2009-2009-false/default_en.htm

これについては、即日欧州労連が歓迎する声明を発表していて、そっちの方がわかりやすいので、そっちを引用しますね。

http://www.etuc.org/a/6013

>The European Parliament confirmed the urgent need for more social responsibility in subcontracting chains. The European Trade Union Confederation (ETUC) strongly supports the resolution adopted by the European Parliament today. ETUC welcomes in particular the call on the European Commission to take urgent action at EU level, including to draft a legal instrument introducing joint and several liability to deal with the cross-border dimensions of subcontracting.

下請連鎖が国境を越えてつながっていくと、どの会社にどういう責任があるのか曖昧になってくるわけで、元請と下請の責任分配あるいは共同責任の法的仕組みが問題になってくるわけです。

Subcontracting has experienced a boom in recent decades that has benefited a great number of enterprises; however, it also means that labour is externalised to subcontractors and employment agencies. Subcontracting is increasingly misused by main contractors to circumvent their legal and financial obligations with the aim of reducing labour costs. Evidence points out that a great number of social fraud cases exist in long and complex chains of subcontracting.

労組の立場からすると、下請連鎖が労働コストの削減の目的に濫用されていることが問題であるわけです。この文章からすると、派遣会社も下請とともに労働の外部化になるんですね。

As mobility of workers and services in the EU increases, the issue of subcontracting becomes even more problematic: companies that are interconnected in the same subcontracting chain are subject to different rules, depending on the country where they are established. ETUC strongly supports the idea of having clear rules in terms of social responsibility of undertakings in subcontracting chains that cover the whole chain. This can only be achieved by introducing an instrument on joint and several liability at European level.

下請連鎖における責任分配の法制が国によって異なるのはまずいので、EUレベルできちんとしたルールを作れ、と。

ETUC Confederal Secretary Catelene Passchier stated: ‘This issue is very important as one element of a package to ensure that the internal market for services is developing in a context of social responsibility. Providing for clear rules that prevent unfair competition on wages, working conditions, taxes and social security is not only in the interest of workers, but also of companies and especially of small and medium-sized enterprises who are currently suffering from such unfair competition. We urge the Commission now to take the necessary action’.

これは労働者のためだけではなく、賃金労働条件税制社会保障の不公正競争に泣く中小企業のためでもあるんだよ、と。

2009年3月26日 (木)

国民の税金を使ってクリームスキミングをするのか

労務屋さんの「吐息の日々」が、先日の政労使合意に関する日経と毎日の社説を取り上げていまして、それ自体については、私の考えもありますが(そのうち新聞紙面にも出るでしょう)、ここでは、日経社説の余計な一言に関する労務屋さんのコメントにコメントしておきたいと思います。

http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20090325

日経の社説は

>だが、ハローワークが行っている職業紹介事業を民間企業に委ねるのは長年の懸案だ。とかく役所仕事に陥りがちな職員に緊張感を持たせようと、08年には官民併存を可能にする市場化テスト法案が国会に提出されたが成立しなかった。

 職業訓練や紹介業務は民間のノウハウが生きる分野だ。「雇用の危機」を理由にした、役所の勢力拡大につながってはならない。

というもので、これに対する労務屋さんのコメントは、

>さて、この社説、後半部分の大半は「ハローワークへの期待があまりに強調されている」ことに対する批判に費やされています。ずいぶんな熱の入りようですが、もともと公共職業安定所については市場化テストのみならず、地方分権のほうでも縮小が検討されていて、日経としてみればそうした流れに逆行することは看過しがたいということでしょうか。まあ、現在の雇用失業情勢を考えれば、いますぐにハローワークを縮小するというのは無謀でしょうが、いっぽうで中期的にみれば、それなりに民間のほうが効率的な部分もあるでしょうし、政府が行うにしてもその仕事をする人が必ずしも全部公務員でなければならないということもないでしょうし、最悪の状態にあわせた規模を常時維持しなければならないということもないわけで、市場化テストも地方分権もいまはポストポーンしておいて、雇用情勢が安定した段階でまたそのあり方を考え直せばいいのではないでしょうか。

ただ、現状の雇用失業情勢はといえば、業種でいえば製造業が、雇用形態でいえば非正規労働がとりわけ問題になっているのが実情なわけです。仮に社説のいうように一般論として「職業訓練や紹介業務は民間のノウハウが生きる分野」であるとしても、製造業の非正規労働が民間のノウハウが生きる分野かどうかには疑問もあります。このあたり、経団連と連合でどういう調整があったのかはわかりませんが、経団連は当然人材ビジネス業界の利益も代表しているでしょうから、合意がこうしたものになったということは、人材ビジネス業界もこれにはあまり関心を示さなかったことの反映ではないでしょうか。私はhamachan先生のように民間がクリームスキミングをすることには別に抵抗はなく、むしろそれが当然ではないかと思っていますし、民間がやるところは民間にやらせて、民間がやらない部分を公的部門がやるというのが自然ではないかと考えていますが、それにしても今回はどちらかというと民間がやらない部門が主体ではないかという感じがして、まあ建前としては日経の言わんとすることもわからないではないですが、ここまで力む場面でもないのではないかと。

全体の趣旨はまったくその通りだと思うのですが、一点、「クリームスキミング」という言葉を具体的にいかなる行動に適用して用いているかについて、若干私と食い違いがあるようです。

わたしは、職業紹介事業それ自体について、事業運営の適切さの確保さえきちんとされれば、事業経営自体への規制はないのが原則だと考えています。その結果、民間紹介事業者が自分たちの得意分野だけで紹介事業を行い、やりにくい分野をハロワに任せるという結果になるのは当然のことであって、何ら非難されるべきことではないでしょう。

私は民間が民間の得意分野のクリームを自助努力で掬うことをクリームスキミングと呼んで批判しているわけではないのです。

本ブログで何回か書いてきたように、市場化テストなるものは、国が国の責任において行わなければならない無料のユニバーサルサービスとしての職業紹介を、国のカネ(国民の税金)で民間企業にやらせろという話なんですね。

もちろん、無料のユニバーサルサービスを国のカネでやるにしても、それを身分が保障された国家公務員がやらなければならない理由はありませんから、国の委託を受けた民間企業がやるということも十分あり得ます。それを批判しているわけでもない。

しかしながら、そういう無料のユニバーサルサービスを国のカネでやらせろという話の中に「得意分野でやらせていただきたい」はないでしょう、という話なのです。

実のところ、私は無料のユニバーサルサービスとしてのハロワの現場の運営を、就職困難者の支援活動などをやっている民間団体やNPOなどに委託していくという方向は十分ありだと思っていますし、それこそ「とかく役所仕事に陥りがちな職員に緊張感を持たせ」ることにもなりうると思っていますが、はじめからおいしいところだけやりたいといってる企業に国民の税金をプレゼントするというのは納得を得られないのではないでしょうか。

JIL雑誌4月号

JIL雑誌4月号が出ました。

http://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2009/04/

特集は「その裏にある歴史」。何はともあれ、目次を見ると、いろいろと面白そうなネタが並んでいます。

なぜ労基法では1日8時間・時間外割増率25%となったのか
小嶌 典明(大阪大学大学院高等司法研究科教授)

なぜ年次有給休暇の計画的付与があるのか
小倉 一哉(JILPT主任研究員)

なぜILOは三者構成なのか
吾郷 眞一(九州大学大学院法学研究院教授)

なぜ従業員全員が加入している組織が労働組合とならないのか
原 昌登(成蹊大学法学部准教授)

なぜ退職金や賞与制度があるのか
大湾 秀雄(青山学院大学国際マネジメント研究科教授)・
須田 敏子(青山学院大学国際マネジメント研究科教授)

なぜ賃金には様々な手当がつくのか
笹島 芳雄(明治学院大学経済学部教授)

なぜ日本型成果主義は生まれたのか
宮本 光晴(専修大学経済学部教授)

なぜ内職にだけ家内労働法があるのか
橋本 陽子(学習院大学法学部教授)

なぜ「名ばかり管理職」が生まれるのか
八代 充史(慶應義塾大学商学部教授)

なぜ国家公務員には労働基準法の適用がないのか
渡辺 賢(大阪市立大学大学院法学研究科教授)

なぜ公立学校教員に残業手当がつかないのか
萬井 隆令(龍谷大学法科大学院教授)

なぜ労働法は強行法なのか
米津 孝司(中央大学大学院法学研究科教授)

なぜ退職すれば違約金を支払わせることは禁止されているのか
深谷 信夫(茨城大学人文学部教授)

なぜ内定式は10月1日に多いのか
小杉 礼子(JILPT統括研究員)

なぜ職業紹介は国が行うのか
神林 龍(一橋大学経済研究所准教授)

なぜ労働者派遣が禁止されている業務があるのか
佐野 嘉秀(法政大学経営学部准教授)

ただですね。日本労働法政策史研究の第一人者(だって、第二人者がいないもんで・・・)の私から見ると、テーマ設定をもう一ひねりしたいところではあります。

たとえば、労働時間規制にしても、まあ世間的には「割賃25%になったのはなあぜ?」が関心の的でしょうが、実は、「36協定という世界的に大変珍しいやり方をとったのはなあぜ?」という方が大きな問題でしょうし、

有給にしても、「なぜ計画的付与があるのか?」よりも、「なぜ計画付与が原則じゃなくって、好き勝手にとれる人だけとりなさあいになっちゃったのか?」の方が実は大問題なんですね。

という風に、標題になっている設問自体を問い直しながら読んでいくと、一粒で二度も三度もおいしいエッセイになります。

2009年3月25日 (水)

権丈英子先生が会場に

本日、派遣・請負問題検討のための勉強会で講演をしてまいりましたが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/post-747c.html(日本の雇用のあり方を考える)

ふと見ると、会場に権丈英子先生が聞きに来られていました。実はお会いしたのは初めてなんですが、すでに本ブログで勝手に引用してコメントしたりしておりました。失礼の段、ひらにお許しください。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/02/post-748e.html(権丈先生の労働者派遣論)

ちなみに、このシリーズ、次回は島田陽一先生が講演されるそうです。

先週の春闘関係記事

先週木曜日(19日)の東京新聞の9面の春闘関係記事に、私のコメントが載っていたようです。

『雇用優先』賃金犠牲に 消費へ懸念残す 景気悪化続けば失業増も

http://www.tokyo-np.co.jp/article/economics/news/CK2009031902000073.html

電機連合の労使共同宣言についての記事に続いて、

>ただ、労働政策研究・研修機構の浜口桂一郎統括研究員は「昨年末からの非正規従業員の削減で、正社員を守れた面もある」と指摘。「今後二段、三段と景気悪化が進んだ場合は、正社員の雇用に波及する可能性もある」と先行きを警戒する

Work-share plan must save nonregular staff, too

本日のヘラルド朝日の「POINT OF VIEW」に、私の先日の「耕論」のインタビュー記事が英訳されて載っています。

http://www.asahi.com/english/Herald-asahi/TKY200903250089.html

出先機関改革に係る工程表への連合談話

昨日、政府の地方分権改革推進本部は「出先機関改革に係る工程表」を決定したようです。ようですというのは、推進本部のHPにはまだその工程表なるものがアップされていないからですが、報道によると、労働局をブロック機関にするとか、ハロワの人員を大量削減するといった事項は入っていないようです。

本ブログの方針として、新聞報道だけであれこれ書かないことにしているのですが、連合が昨日早速事務局長談話を発表しているので、それを紹介しておきます。

http://www.jtuc-rengo.or.jp/news/danwa/2009/20090324_1237890166.html

>昨年12月8日に地方分権改革推進委員会がまとめた「第2次勧告」は、ハローワークの漸次縮小および地方への移管、都道府県労働局をブロック機関化し地方厚生局と統合することを求めていたが、今回の工程表にはこれらは盛り込まれなかった。厳しい雇用・失業情勢が続き、労働行政の役割の重要性が高まる中で、当然の判断である。

これはもう、誰が考えても、いまこの時期にそんなもの打ち出したらどうなるか、常識のある人ならわかるはずのものです。

ちなみに、地方分権改革推進委員会でも、昨年12月8日の会合で、西尾勝委員長代理が、こういう発言をされていたわけですが、

http://www.cao.go.jp/bunken-kaikaku/iinkai/kaisai/dai69/69gijiroku.pdf

>(猪瀬委員) 少し実態的に言うと、まずハローワークに1万2,000 人いる。ILO条約の問題がありますが、ILO条約に関してはネットワークの脊椎があればよいのですから、基本的に地方に移管するという方向性を明示すればよいと思います・・・・

(西尾委員長代理) 私は、それには絶対反対です。今、ここにわざわざ「現下の厳しい経済・雇用情勢にかんがみ」と書いてあるとおり、本当にそういう状況であるわけです。今、ハローワークの窓口に来ている失業者等は、従前の倍以上になっています。大変な人数が各地のハローワークに押し掛けている状況です。麻生政権が、目下最も力を入れているのは雇用対策であり、雇用対策をめぐって次々に総理から指示が出ているわけです。新聞報道によれば、そういう一環として、都道府県単位に雇用基金を設けるとか、総額何兆円のお金を使おうかという話まで出てきているわけです。全体に都道府県が協力してでも、国も膨張して、この分野を何とかしなければならないという時勢なのです。
そのことは上には書いてあります。そのときに、何行か下ると、幾ら「将来的に」と書いてあっても、1万2,000 人は無くすのだという話が、今、受け入れられると思いますか。それは恐ろしく政治の現実から外れていますよ。

結局「恐ろしく政治の現実から外れた」第2次勧告を出して、予定通り工程表にはいらなかったわけです。

その理由は、まさに連合談話がいうように、

>工程表は、「出先機関の統廃合、地域との連携やガバナンスの確保の仕組みなど、第2次勧告で示された出先機関の組織の改革の方向性に沿って検討を進め、改革大綱に盛り込む」としている。しかし、「第2次勧告」は、ハローワークなど労働行政の最大ユーザーである労使の声を踏まえたものとはなっていない。また、「第2次勧告」は、ブロック機関化した場合に、都道府県労働局が担っている労働者派遣事業の指導監督や個別労働紛争処理などの機能をどのようにして維持するのかという点も検討されていない。今後、地方分権改革大綱を定めるにあたっては、労働行政の後退とならないよう「第2次勧告」ありきではなく、慎重に検討すべきである。

全国の各地域において、すべての労働者が職業紹介や能力開発、労働相談等に関する行政サービス・支援を十分に受けられることが、労働行政の基本である。その視点に立てば、「第2次勧告」は、労働者・国民の立場からは疑問のある内容である。連合は、昨年12月には厚生労働省に対して「労働行政の充実・強化に関する要請」を行い、[1]都道府県労働局のブロック化により、労働行政の後退とならない体制整備、[2]ハローワークの全国ネットワークの維持及び体制の拡充・強化などを求めた。また、労働政策審議会においても、その旨を繰り返し主張してきた。

地方分権そのものは否定されるものではない。しかし、国民生活への影響を顧みずに、削減や統廃合ありきの改革では、何のための地方分権なのか、その目的を失したものとなる。連合は、今後のわが国の経済・社会のあり方も見据え、国民のくらしを豊かにするための地方分権を求めていく。

まあ、現実の具体的な中央省庁の出先機関がどれだけきちんと仕事をしていて、あるいはしていないか、というところから出発するのではなく、チホー分権という絶対真理を実現することが自己目的化した方々が多すぎたということでしょうか。

各分野の出先機関の統廃合の是非はそれぞれにそれぞれの分野ごとに吟味して、必要があれば断行すればよいのであって(まさに必要がある分野もあるのでしょうから)、これをもって、脊髄反射的に「骨抜き」とか書いてしまう一部マスコミの単細胞も猛省が必要ですが。

ちなみに、西尾委員長代理は、問題の構造をよく理解した上で、なんとか地方分権という理念と折り合わせたいと考えておられることが、同じ議事録の次の一節からもよくわかります。

>(西尾委員長代理) この委員会の場でこれまで何度も厚生労働省とここで議論をしてきたわけです。その結果を踏まえると、やはり都道府県労働局の廃止ということは考えられない。一つは、委員長は終始、今でも御異論があるのですが、ILO87 号条約についてもこれは国の責務であると、外務省の国際法局まで出てきて、政府としては国の責務と解釈せざるを得ないと答弁したわけです。国内法についての内閣法制局の解釈に相当する、条約の解釈について政府解釈をする権限を持っている外務省が、そういう解釈を示したわけです。そうすると、これは国の責務であるということになると、少なくとも全国的なネットワーク、基幹的な部分は最低限国の責務としてやっていますということを言わなければいけない国際上の義務を負っているというのが、厚生労働省の考え方であるわけです。この委員会は、その壁を突き崩せなかったということが、一つです。
それから、雇用保険とも一体的に運用されている事務である。雇用保険を都道府県単位に解体するわけにもいかない。全国一元的に運営されている保険というものと密接にリンクしているということです。また、求人情報の全国的なネットワークを誰かが維持管理し続けなければならないという意味もあるようです。そういうことから言うと、厚生労働省職業安定局以下の国の役所がやらなければいけないものは、依然として残らざるを得ないわけです。それを全面的に都道府県に移譲するということはできない。
そうなると、どうやってこれから都道府県の役割を拡大し、国のやってきた役割を縮小していくかということが課題となります。そのことについて種々議論してきた結果、要するに、民間事業者と同じような無料職業紹介事業者として都道府県を位置付けているだけではだめである。国と都道府県が全く対等、同列な関係で公共職業紹介事業に従事する必要がある。両方が協働してやっていくのだという理念をまず明確にしなさいということです。また、求人情報等は、ハローワークで使っているものと全く同じものを都道府県等に使わせようということです。そして、雇用保険の窓口は、都道府県の窓口では受け付けられないということになると、失業者にとっては大変不便ですから、その受付業務はやれるようにしてくれと言っています。これらの「そこはやります」と答えた結果は、すべてここに書いてあるわけです。
そこまでやってきたら、これから徐々に都道府県のハローワークというものを拡大していって、順次国に入れ替わっていくというのが、私は妥当なやり方だと思います。現在、確かに都道府県でどんどん就労関係の仕事を担い始めました。中でも、大阪府、東京都、京都府など幾つかの県では、かなり熱心に取り組み出しています。それらのところでは、我々にやらせればできるという自負をもう持っているでしょう。しかし、それはまだ47 都道府県の中では数えるほどです。他の府県は全くそのようにはなっていません。そういう状態からこれからやっていくのです。そのときに、47 都道府県が直ちに国に代わってやれと言っても、そんな性急にできるはずがありません。徐々に都道府県の役割を拡大して、実績を示しながら変えていくという途をとるのが、私は順当な経過だと考えています。

雇用対策が地方行政と密接不可分であることも確かなのですから、問題はなんで「国と都道府県が全く対等、同列な関係で公共職業紹介事業に従事する必要がある」のかというところに行き着くんですね。地方分権改革の出発点のボタンの掛け違いはそこにあると思うのですが。

やらないことが許されないことを、やるもやらぬも俺様の胸先三寸にしなければいけないとこだわるから、やらないことがあり得るんならおまえにやらせられないんだよ、ということになるわけで。

2009年3月24日 (火)

子供の教育費は親の責任?

日経ビジネスオンラインの本日の記事は、最近私が考えてきていることと大変共通しているので、紹介しておきます。筆者はフィナンシャルプランナーの内藤真弓氏で、この間はをいをいだったのでちょいとからかいましたが、本日の記事はきわめてまっとうです。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/money/20090323/189696/

>日本に住んでいると、当たり前のように「子供の教育費は親の責任」と思ってしまいます。でも、先進諸国では教育費は公費で賄われる割合が高く、親の負担は全くないか、あってもわずかというのは珍しくありません。

 たとえば、スウェーデンでは大学の学費は誰もが無料であるばかりでなく、返済不要の教育手当が年間48万円程度支給され、必要に応じて年間最高85万円程度の学生ローンが受けられます。このローンは定年まで借りられます。

 そのため、日本のように高校を卒業してそのまま大学入学というコースだけでなく、一度就職した後に入学するとか、市の成人高校で学習をし直してから入学するコースがあります。私の知人は昨年からスウェーデンの大学に留学していますが、外国人も学費は無料で、生活にかかるお金も少なくて済むので、安心して勉強に励めるそうです。

 ドイツやフランスの大学も学費無料、英国は年間19万円程度かかりますが、4割の学生が学費免除を受けているそうです。米国は47万円くらいですが、奨学金の制度が発達しているようです。日本は国立大学の初年度納入金が82万円程度、私立大学が131万円程度ですから、親の負担の重さは断トツです。しかも金利が低い国の教育ローンは縮小されており、親の所得制限があります。

重要なのは、教育費の問題は文部省的な意味での教育問題ではなく、すぐれて社会保障問題だということです。

>ある公立高校の教師の方から、「今年の卒業生の中に、とても成績優秀だったのに家庭の事情で進学がかなわず、就職を選んだ生徒がいるんです」とお聞きしました。教育費が賄えないだけではなく、一家の収入の担い手として期待されたという事情もあったようです。就職できればまだよいのですが、高卒での就職は大変厳しい状況です。進学がかなわず、就職もできないとなれば、将来にわたって安定した労働市場から排除される可能性が高まります。

 社会保障と言えば一部の弱者のためのものといったイメージを持ちますが、海外では賃金プラス社会保障で暮らすのが当たり前という感覚のようです。税金や社会保険料として払ったものを、保育、教育、介護、医療など、必要に応じてすべての人が無料もしくは低い負担でアクセスできる形で還元すれば、勤労世帯にも分配が広く行き渡ります。国力の向上や社会の安定という点からも、勤労世帯にこそ教育をはじめとする社会保障給付を行うべきでしょう。

そして、それは可哀想だからお恵みをするのではなく、国家の将来にとって必要だから行う公的投資だということが重要です。

>国は少子化対策に頭を悩ませているようですが、子供の教育を親の責任に押しつけている限り、子供が増えるはずはありません。まして、せっかく育てた子供が社会から大切にされないと思えばなおさらです。

 海外で教育費や職業訓練などを公費で負担しているのは、親切だからではなく、それが国益になると判断しているからでしょう。親の経済力にかかわらず、平等に教育を受ける機会が与えられ、能力に応じてさらなる高等教育へのアクセスが確保されることは、国全体の基礎力を底上げすることにつながるはずです。

 社会全体で子供を育てる政策を実現し、「子供の教育費は親の責任」からの転換を望みます。

このあたりの感覚を世の中に伝えるのがなかなか難しいわけですが。

2009年3月23日 (月)

両陛下、産業殉職者をご慰霊

Imp0903231113001p1 本日、天皇皇后両陛下が高尾みころも霊堂を訪れ、建設現場などで死亡した産業殉職者を慰霊されました。産経より

http://sankei.jp.msn.com/culture/imperial/090323/imp0903231113001-n1.htm

>両陛下がこの霊堂を訪問されたのは、平成になってから初めて。

 霊堂には22万3305人が合祀(平成19年末現在)されている。両陛下は午前10時半過ぎに車でご到着。霊堂内の拝殿で白菊を供花し、一礼された。

 宮内庁によると、両陛下は昭和47年の開堂慰霊式に出席後、5年ごとに合祀慰霊式に臨まれていた。

 平成に入ってからは皇太子さまに引き継いでいたが、今年がご即位20年の節目に当たることから、訪問されることになった。

この高尾みころも霊堂というのは、厚生労働省の外郭団体である労働者健康福祉機構が建立運営する施設です。

http://www.rofuku.go.jp/kanrenshisetu/mikoromo.html

>高尾みころも霊堂は、産業災害により殉職されたかたがたの尊い御霊をお慰めするため、労働者健康福祉機構(労働福祉事業団)が、昭和47年6月に労災保険法施行20周年を記念して建立したものです。開堂以来、毎年秋に各都道府県の遺族代表をはじめ政財界、労働団体の代表等をお招きし、産業殉職者合祀慰霊式を挙行するほか、多彩な行事を催し、御霊をお慰めしております。

>1 拝 殿
 中央の拝殿は、この霊堂のシンボルゾーンであって、ここには産業殉職者のかたがたの霊位 が奉安され、永遠の灯がともされて、殉職者の御霊を光明の世界に導いています。
 また、拝殿の裏側には、「天地」像、「日光」「月光」の両像が安置されており、絵画「静進(あゆみ)」と「曙光(あけぼの)」が掲げられております。
 天地像は、日本芸術院会員晝間弘先生の作、悠久の宇宙を象徴しております。
 日光、月光像は、二紀会審査員滝川毘堂先生の作、絶えることのない慈悲を象徴しております。
 絵画「静進(あゆみ)」は「曙光(あけぼの)」とともに院展会員月岡栄貴画伯の作品、  「静進(あゆみ)」は現在を、「曙光(あけぼの)」は過去を象徴しております。

2 祭祀室
 祭祀室は、御遺族のかたがたが慰霊を行われる場合の利便を考えて設けられたものです。
 仏教のかたがたのために、「釈迦如来」と「阿弥陀如来」の二つの仏壇が設けられています。
 神道のかたがたのために、神殿を設けてあります。
 キリスト教の祭壇は、キリスト誕生にちなみ馬小屋がデザインされ、正面 には鉄製の十字架が、壁には鳩が表されています。

およそ「霊を慰める」という感覚自体がすぐれて宗教的なものである以上、こういう宗教的な施設であることはなんら不思議ではないわけで、これをもって政教分離という憲法の原則を踏みにじる許し難い暴挙だなどと非難する方はあまりおられないと思います。

そういえば、むかし本ブログで、EUとも労働とも全然関係ない雑件として、こういうエントリを書いたことがありましたが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/07/post_5ca4.html(法政策としての靖国問題)

>・・・今頃は厚生労働省社会・援護局所管の独立行政法人靖国慰霊堂という風になっていたと思われますが、その道を選ばなかった。

もちろん、靖国神社が今のような道をあえて選んできたのはそれなりの理由のあることですから、よそからとやかく言うことではありませんが、その結果、産業殉職者は天皇皇后両陛下に慰霊していただけるのに対し、戦争による殉職者はそうしていただけない状態になっているわけで、そのことの利害得失はよく考えてみる値打ちはあるように思われます。

朝日大阪版の記事でのコメント

3月18日(水曜)の朝日新聞大阪本社版の30面に「泣き寝入りゴメンや 怒りのメール「同期」結集」という東新住建の内定取消にかかる記事が載っていまして、そこに私と脇田滋先生のコメントが載っています。

>独立行政法人労働政策研究・研修機構の濱口桂一郎統括研究員は「内定取消は解雇に当たるが、正当性は個別事案ごとに判断され、一概には言えない。ただ、民事再生手続をしていることは正当性を補強する要素になる」と話す。

>一方、龍谷大学法学部の脇田滋教授(労働法)は「民事再生手続に入ったからといって従業員を直ちに解雇できないのと同様に、内定者も取り消しできないと考えるべきだ。今回は会社側が一方的に取消を通告しただけで、明らかに要件を満たしておらず、説明責任を果たしていない」と批判する。

まあ、最高裁判例により内定期間中もジョブなき観念的なメンバーシップという意味で雇用関係にあることは確かですが、とはいえ現に就労している労働者を解雇するのとまったく同じ基準で判断されるべきとはいえないと私は思います。

現実問題としては、こんな会社に無理に入っても仕方がないでしょうし。会社からなにがしかのお詫び金をとらないと気が済まないというのはよくわかりますが、そのためにも金銭解決スキームが必要なのでしょう。

アナルコ・キャピタリズムまたはリバタリアンの原点

稲葉先生が拾ったネタから・・・

http://d.hatena.ne.jp/shinichiroinaba/20090323/p2

>新自由主義者はソマリアを見習うべき。

見ろよ、あの国の経済活動の自由な事('∀`)

いや、もちろん、ネタです。

2009年3月22日 (日)

外国人労働者はバッファー(雇用の調整弁)に過ぎない

読売新聞が、「雇用に保護主義台頭、英・米・豪・アジアで「外国人排除を」」という記事を書いています。

http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20090322-OYT1T00171.htm?from=top

EUでの動向は本ブログでもいくつか紹介していますが、世界的な動向をよくまとめた記事ですので、是非リンク先を読まれることをお勧めいたします。

>世界規模で働く場が加速度的に失われる中、各地で外国人労働者を排除する世論が拡大している。英紙フィナンシャル・タイムズが欧米6か国で3月上旬にかけて行った調査では、英国やイタリア、スペインなどで8割近い人が「失業した外国人は出て行ってほしい」と答え、「仕事を奪う外国人」への警戒感が強まっている。

>(豪州の)エバンズ移民相は「自国民に優先的に雇用機会を与えるのは、ラッド政権の明確な方針だ」と強調した。

>(マレーシアの)サイドハミド内相は本紙に対し、「外国人労働者は汚い(dirty)、危険(dangerous)、困難(difficult)の3Dに限定する」と言ってはばからなかった。

>「外国人労働者はバッファー(雇用の調整弁)に過ぎないと認識している」 シンガポールのリー・シェンロン首相は昨年12月、外国人特派員との会合で言い切った。

景気のいいときには外国人歓迎でも、いざ不況になると労働市場ナショナリストになるのが、国民の福祉を最優先にする大衆民主主義社会の政治家としては必然なんでしょうね。

2009年3月21日 (土)

EUサミットの結論文書

19,20日と欧州理事会(EUサミット)が開催されました。その結論文書がこれです。

http://www.consilium.europa.eu/uedocs/cms_data/docs/pressdata/en/ec/106809.pdf

新聞紙上ですでに報じられている金融規制とか300億ユーロを支出するとか、消費税率を引き下げるとかの経済政策はそちらに任せて、労働社会政策関係をみていきます。

Tackling the social impact of the crisis

19. The rapid increase of unemployment is a cause of great concern. It is important to prevent and limit job losses and negative social impacts. Stimulating employment, in particular by promoting the acquisition of the new skills required by new jobs, is also a priority. Building on solidarity and allowing social protection systems to fully play their role as automatic stabilisers are key to restoring and strengthening confidence and help pave the way for recovery. Mobility has also proven to significantly contribute to economic growth. Particular attention should be given to the most vulnerable and to new risks of exclusion.

失業の急増に対して、新たな仕事で必要とされる技能を身につけることによって雇用を刺激する、というのがどこまで有効なのかは、まあいろいろ議論のあるところではあります。その次の自動安定化装置としての社会保障の役割が重要です。それによって信頼を回復強化し、景気回復への道をつけることができるということですね。実のところ、こういう時期には、職業訓練自体が一種の社会保障であり、訓練生という地位を社会の中で確保できることが自動安定化装置の一環なんだと思うのです。

20. The Employment Summit to be held in May 2009 will allow for an exchange of experiences on the extent to which the recovery measures taken have succeeded in supporting employment. It will examine in particular issues such as maintaining employment levels through flexicurity and mobility, upgrading skills and anticipating labour market needs, with a view to identifying concrete orientations. It will also be an opportunity to look at strengthening and restructuring the labour market so as to prepare it for the future. The Summit will be prepared in cooperation with all relevant stakeholders, including the social partners.

この5月に雇用サミットを開くわけですが、フレクシキュリティとモビリティを通じて雇用水準を維持するというのがテーマのようですね。

リーガルクエスト労働法

L17904 両角道代先生、森戸英幸先生、梶川敦子先生、水町勇一郎先生共著の『Legal Quest労働法』(有斐閣)をお送りいただきました。

>労働法を学ぼうとする学生向けの教科書。基本的な事項の解説や重要判例の紹介に加え,コラムで現代的テーマに触れるなど,多角的な理解ができるよう工夫した。章末の練習問題で,学習内容の確認をすることも可能。労働法の基本を適確に学べる信頼のテキスト。

で、内容は以下の通りです。

第1編 労働法総論
 第1章 労働法とは何か
 第2章 労働関係の当事者
 第3章 労働契約
第2編 雇用関係法
 第4章 労働基準法・労働契約法の基本構造
 第5章 労働者の人権保障
 第6章 雇用平等
 第7章 労働関係の成立
 第8章 就業規則
 第9章 賃 金
 第10章 労働時間
 第11章 休暇・休業
 第12章 安全衛生・労働災害
 第13章 人 事
 第14章 服務規律と懲戒
 第15章 労働関係の終了
 第16章 労働関係終了後の法律関係
第3編 労使関係法
 第17章 労働組合
 第18章 団体交渉
 第19章 労働協約
 第20章 団体行動
 第21章 不当労働行為
第4編 労働市場法
 第22章 労働市場と法規制
第5編 労働紛争解決法
 第23章 労働紛争の処理

学部向けのスタンダードなテキストです。

練習問題からいくつか・・・

・3歳の子どもを保育園に預けながら東京本社で総合職社員として働いてきた黒川さん(女性)は、営業強化策の一環として佐賀支店に配転を命じられた。この命令に従うと、東京の別の会社で働いている夫と別居して働かざるを得なくなり、子どもを佐賀の保育園に転園させことも考えなければならない。黒川さんはこの配転命令に従わなければならないか。黒川さんが要介護状態にある親と同居している場合はどうか。

・ハード社の従業員であった吉田さんは、半年前に新たに配置された商品企画室での仕事になかなかなじめず、長時間の残業が積み重なって精神的にもストレスがたまっていた。上司である田中室長はその状況を認識し、「大丈夫か。少し休んでもいいぞ」と声をかけていたが、元来まじめで頑張り屋の吉田さんは「大丈夫です。頑張ります」と答えて、仕事に励んでいた。ある日、勤務中に吉田さんの言動がおかしくなり、勤務を続けられない状況になったため、田中室長は勤務途中で吉田さんを帰宅させた。吉田さんはその日帰宅直後に自室で自殺した。吉田さんの遺族である妻・良子さんは、どのような法的救済を求めることができるか。

・佐倉さん(男性)は、派遣会社であるアットホーム社に登録し、高輪社に1年間の予定で派遣され、秘書として勤務していた。ところが、高輪社は「秘書はやはり女性の方がいい」という社長の意向で、、佐倉さんの派遣中止を求め、アットホーム社との労働者派遣契約を打ち切った。これにより仕事を失った佐倉さんは高輪社に対してどのような主張をすることができるか。

2009年3月20日 (金)

職場における心理的負荷評価表の見直し

昨日、厚労省の職場における心理的負荷評価表の見直し検討会が、いわゆる過労自殺の労災認定基準の見直しを了承したようです。今のところまだ昨日の資料はアップされていませんが、2月の検討会に示されたたたき台が載っていますので、各紙の記事からするとほぼその形で了承されたものと思われますので、そちらをみていきます。

http://www.mhlw.go.jp/shingi/2009/02/s0206-8.html

具体的な新規追加事項を見ると、

http://www.mhlw.go.jp/shingi/2009/02/dl/s0206-8a.pdf

・違法行為を強要された

・自分の関係する仕事で多額の損失を出した

・職場で顧客や取引先から無理な注文を受けた

・達成困難なノルマが課された

・研修、会議等の参加を強要された

・大きな説明会や公式の場での発表を強いられた

・上司が不在になることにより、その代行を任された

・早期退職制度の対象となった

・業務を1人で担当するようになった

・同一事業場内での所属部署が統廃合された

・非正規社員のマネージメント、教育を担当した

・ひどい嫌がらせ、いじめ、又は暴行を受けた

といったものが挙がっています。

職場のストレス、いじめ・嫌がらせの問題が、いよいよ労災補償政策で正面から取り上げられるようになってきたわけで、今後これが安全衛生政策などの実体的政策にどうつながっていくか興味深いところです。

2009年3月19日 (木)

住宅政策のどこが問題か

32214177 平山洋介さんの『住宅政策のどこが問題か』(光文社新書)を、光文社の黒田剛史さんよりお送りいただきました。ありがとうございます。

正直言って、わりと最近になるまで、住宅政策が労働問題にこれだけ深く関わってくるとはあまり思っていませんでした。ワーキングプアと並んでハウジングプアという言葉が聞かれるようになったのもごく最近ですし、やはり昨年来の非正規労働者の雇用危機によって、いままであまり見えていなかったものが一斉に見えるようになったのですね。

>借家から持家へ、小さな家から大きな家へ、マンションから一戸建てへ…。戦後日本では、住まいの「梯子」を登ることが標準のライフコースとされ、政府・企業はこのような「普通の家族」を支援し、そこから外れた層には冷淡な保守主義の姿勢をとってきた。ところが、時代が変わり(経済停滞、少子・高齢化、未婚と離婚の増大…)、さまざまな人生のかたちが現れ、「持家社会」は動揺し始めた。さらに、90年代末から住宅システムが市場化され、住宅資産のリスクは増大した。ローン破綻があいつぐ事態が、これから日本で起こらないとも限らない。本書は、グローバルな潮流をふまえたうえで、住宅システムの変遷を検証する。そして、日本社会が新自由主義から何処へ向かうべきかを考察する。

『世界』の3月号に派遣の話を書いたときに、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/02/post-3cc9.html

公的な住宅手当という方向を提起したところ、同じ号で岩田正美先生がやはり住宅問題を取り上げておられました。

その伏線として、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/post-af45.html

早稲田のシンポでの岩田先生の発言があったわけですが。

まあしかし、どうしてもいままでは住宅政策はよその分野という感じが強くて、いままでの経緯にしてもよく分からないところが多いので(まさに一知半解)、本書のようなしっかりしたデータに基づき的確にまとめられた本はとても有り難いです。

なんといっても、

>1958年生まれ。神戸大学大学院人間発達環境学研究科教授。’88年、神戸大学大学院自然科学研究科博士課程修了、2003年より現職。生活空間計画を専攻。東京市政調査会藤田賞、日本都市計画学会計画設計賞ほか受賞

という建設工学系の方が、きわめて社会的な視点から書かれているというところが重要です。

全編にわたって興味深い記述がいっぱいですが、特に「おわりに」の次の一節が心に残りました。

>日本では住宅に関わる社会的な再分配の経験が乏しい。しかし、経済成長の減速、人口の少子・高齢化、結婚と家族の変化、労働市場の変容などが住宅システムの環境を再編する中で、社会次元の再分配の必然性と合理性が増すと考えられる。

>ここで述べているのは、住宅政策を広い意味での社会政策の一環として位置づけ、再分配の経路を社会化する方針の必要性である。しかし、政府は住宅政策を建設政策の要素として運営し、経済政策に従属させてきた。経済の調子が落ちるたびに住宅金融公庫の融資が拡大し、景気刺激の手段として使われた。金融公庫は廃止になった。しかし、景気が低迷するたびに、住宅ローン減税の必要が主張される。住宅建築の「スクラップ・アンド・ビルド」によって景気を刺激するというパターンは依然として残っている。しかし、住宅ストックが増え、空屋率が上昇する中で、住宅建設の大量化政策は「住宅余剰」を過度に膨らませるだけである。そして、景気刺激のための住宅政策は、強引な持ち家取得を奨励し、住宅ローンのリスクを増大させる。家賃補助をはじめとする「対人補助」は、社会的な再分配を促す技術である。しかし、住宅政策を建設投資の拡大策として運営する政府は、「対物補助」に傾き、「対人補助」に踏み出さない。経済政策に従属する住宅政策は、合理性を欠いているだけでなく、新たな展開の可能性を奪われている。住宅政策を経済次元から自立させ、そのあり方を社会政策の問題として検討し直すことが必要である。

また、あとがきの次の一節は、住宅問題が建設系の研究者にもっぱらになわれ、社会政策系の研究者があまり関心を寄せなかった状況をよく示しています。

>住宅研究は、国際学会ではますます発展しているのに対し、国内では低調なままである。日本では建築分野の研究者が主に住宅研究を担った。この分野では、住宅それ自体に関する分析は多く見られるが、住まいの問題をより広い社会・経済・政策の文脈に関連づける仕事が十分ではない。社会科学の諸分野では住宅研究の蓄積が少ない。社会階層、人口と家族、社会政策、社会保障、福祉国家・・・などの議論が住宅論をほとんど含まずに展開しているのは日本くらいである

歴史的なところでは、戦前の日本は民間借家中心の社会だったのが、地代家賃統制令で借家供給を潰してしまったため、持ち家志向になってしまったというあたりも興味深いところです。

日本経団連の「今後の財政運営のあり方」

日本経団連が標記政策文書を公表しています。

http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/2009/024/honbun.pdf

>今は、足もとの経済危機から一刻も早く脱却することを最優先に、政府も前面に出て、即効性のある需要創出策、雇用のセーフティネットの拡充など、大規模な経済対策を中心に政策を総動員して対応しなければならない

という現下喫緊の課題と、

>政府には、財政健全化に対する姿勢を明確に示しつつ、経済状況が改善した後の中期的な財政健全化目標を設定し、中長期的な財政規律を維持することが求められる

という中長期的課題を、どう整理するかについての、財界としての見解です。

まず、基本的考え方として、

>わが国においても、経済の危機的状況への対応、将来に向けた成長基盤の整備、国民の安心・安全確保のための社会保障の機能強化を中心に、政府の果たすべき役割が再認識されている。とりわけ、雇用や社会保障において十分なセーフティネットを整備することによって、はじめて国民は安心・安全でいきいきとした暮らしをすることが可能となる。これにより、国民の意欲と活力が存分に発揮され、中長期的な経済の活性化が図られるという好循環が働くこととなる。
今後の財政運営にあたっては、そうした政府に期待される役割が果たせるよう、十分な予算と税制措置を講じる必要がある

と、雇用・社会保障のセーフティネットには十分な予算と税制が必要としつつ、

>中長期的な財政規律を維持するため、国・地方を通じた歳出・歳入構造の改革を推進すべきである。これまでの財政健全化、行政改革の取組みを踏まえ、政策資源の「選択と集中」を行いつつ、必要となる政策には財源を十分確保し、政府が適切に対応することが求められる

つまり、政府が予算を「選択・集中」すべきは雇用・社会保障分野であるということですね。

社会保障費を毎年2200億円ずつ削減するツケは雇用保険の積立金を回そうとかいうような、どっかの脱藩官僚氏とは、意見を異にしていることは確かです。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/post-0b38.html(「霞ヶ関の埋蔵金男」いまだ懺悔なし)

真の敗者は・・・

各紙ともそろって「ベアゼロ」を見出しに掲げていますが、読売では

http://job.yomiuri.co.jp/news/jo_ne_09031808.cfm

>春闘相場をリードする自動車や電機などの主要企業は18日、労組の要求への回答を一斉に示した。組合側は、物価上昇を受け、前年を大きく上回るベースアップ要求を掲げたが、急激な景気落ち込みの影響で、軒並み4年ぶりの「ベアゼロ」回答となった。日立製作所が定期昇給の半年程度の先送りを労組に提案するなど、電機各社には事実上の賃下げとなる定昇凍結に向けた動きが広がっている。

http://job.yomiuri.co.jp/news/jo_ne_09031807.cfm

>物価上昇を大義名分に組合側が掲げたベースアップ(ベア)要求は、世界的な不況の渦にのみこまれ、藻くずと消えた。今春闘で自動車、電機大手の集中回答日となった18日、各労組の事務所のボードには、「ベアゼロ」回答を示す文字がずらり。事実上の賃下げ提案が予想される労組もあり、各企業の社員からはあきらめの声も漏れる。

まあ、しかし、これだけ急激な不況の波が襲いかかってくる中で、金融危機前の経済産業省の暢気な賃上げ論に乗ってても、今さら応援はしてくれないでしょう。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/post-f96c.html(最大の景気対策は賃上げ@経産省)

ただ、まあ、先日北海道新聞で語ったように、結局

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/post-1ebe.html(北海道新聞のインタビュー)

>ベア要求はマクロ経済的には正しいがミクロ的にはできやしないので、それに当たるところは国がやるしかないよ

ということなので、これを労働側の敗北という風に語るのはいささか違うのではないかと思います。

実を言うと、真の敗者は、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/post-fe7d.html(経済同友会代表幹事の正論と財務省の陰謀)

雇用保険料率を来年度0.4%も引き下げるから、その分で賃上げしてよね、と首相自ら経済界にお願いして、結局賃上げなし、雇用保険料率は原案通り引き下げで可決、ということになった雇用保険制度自体であったような気が・・・。

ミクロの労使には困難な労働者の購買力維持拡大を政府がマクロにやる原資をまさにこれから削るという見事なまでに経済合理性に満ちた政策になったわけですから。

霞ヶ関でもっとも優秀と言われる財務省と経産省が労働問題をいじくると、こういうすばらしい結果が帰結するという後世に残る実例といえましょう。

2009年3月18日 (水)

労働時間指令依然合意ならず

さて、例の労働時間指令改正案の行方ですが、欧州議会がオプトアウトはやっぱり廃止しろ!という修正案を採択してしまったので、閣僚理事会と欧州議会の調停委員会で決着をつけるしかない状況になっていたのですが、昨日それに失敗したようです。

EurActiv紙によると、

http://www.euractiv.com/en/socialeurope/meps-slam-commission-working-time-conciliation-fails/article-180406

>The European Parliament has openly criticised the inactivity of the EU executive as MEPs and the European Council yesterday failed to resolve long-running disagreements over the Working Time Directive.

失敗したのは欧州委員会の責任だととがめているようですね。

>Both sides met in conciliation talks yesterday evening (17 March) in Brussels, and despite the meeting running into the night, "no agreement could be reached on the main controversial aspects" of the directive, according to German Socialist MEP Mechtild Rothe, who chaired the Parliament's delegation to the conciliation committee.

Launching conciliation talks, which are effectively the 'last-chance saloon' of Council-Parliament negotiations, became necessary after the Parliament voted against national opt-outs to the directive in December 2008

夜になっても合意に至らなかったと。

>The next conciliation meeting takes place on 1 April. Any final agreement will need to be approved or rejected at the Parliament's plenary session in Strasbourg on 4-7 May.

次回は4月1日の予定。そこでどんな結論になろうと、4月4-7日の欧州議会総会で承認される必要があります。もお、ええかげんええやないけ、というふうにはいかないんですかねえ。

希望のもてる社会づくり研究会にて

昨日、全労済協会が開催している「希望のもてる社会づくり研究会」という会合にお呼びいただき、日本型雇用システムの今後の方向というテーマで小一時間ばかりお話しさせていただいて参りました。

この研究会は、主査が神野直彦先生、委員が阿部彩、植田和弘、駒村康平、高端正幸、広田照幸、藤井敦史、水野和夫、宮本太郎の各先生方というそうそうたるメンバーで、日頃と違って身を縮めてお話しして参りましたが(嘘つけ!)、印象的だったのは、私ができるだけミクロ的な企業の雇用システムという話よりもマクロ的な社会システムの話の方向にもっていこうとしたのに対して、先生方がむしろミクロな雇用システムの問題に関心を示されたことです。

労働問題から見ると、ようやくここにきてセーフティネット問題が前面に出てきたという感じなのですが、あちら側から見るとようやくここにきて労働問題が前面に出てきたという感じなのでしょうか。いろいろ感じるところがありました。

2009年3月17日 (火)

雇用以外の差別禁止指令案の動向

EUObserverによると、欧州議会の市民的自由委員会が本日、雇用以外の分野(教育、社会保障、医療、財、サービス、住宅)に関する年齢、障害、性的指向、信条及び宗教に基づく差別を禁止する指令案を、34対7の多数で可決しました。

http://euobserver.com/9/27786

>A bill banning discrimination against people on the basis of age, disability, sexual orientation, belief or religion in the areas of education, social security, health care and goods and services including housing has sailed through the European Parliament's civil liberties committee.

In a 34-to-seven vote, with four abstentions, the law, a directive proposed by the European Commission last July, was endorsed by the MEPs.

Since 2000, the European Union has prohibited these forms of discrimination at work, but legal protection in the realms of public services, buying products or making use of commercial services was not covered.

そうか、雇用労働分野以外の差別問題だから、雇用社会問題委員会ではなくて市民的自由委員会になるんですね。

この指令案、提案までにいろいろ紆余曲折があったようですが、わりとスムーズに動いているようですね。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/07/post_5b9f.html(労働以外の差別禁止法制の提起)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/04/eu_fa8f.html(EUの新差別禁止指令は障害者だけに?)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/eu_7cd2.html(EU反差別指令案やっぱり全部やる)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/07/post_76c1.html(雇用外一般均等指令案)

2009年3月16日 (月)

日本の雇用のあり方を考える

講演の案内がネット上に公開されていることに気がつきましたので、私のブログでも紹介しておきますね。

http://npo-jhk-support119.org/upload/20090325seminar3/20090325seminar3annai.pdf

~派遣・請負問題検討のための勉強会~
日本の雇用のあり方を考える
主催:NPO法人 派遣・請負会社のためのサポートセンター

アメリカ発金融恐慌は、今や、実体経済まで大きく揺るがし、100 年に1 度といわれる世界同時不況による雇用不安を引き起こしています。特に、製造業の大規模な減産により、派遣社員などの非正規労働者の多くが、雇用を失うという事態をまねいています。こうした状況の中で、規制緩和により拡大してきたといわれる派遣労働の日雇い派遣原則禁止を建議した労働者派遣法改正案に対して、改めて更なる規制強化(製造業派遣への禁止など)の声が取り沙汰されています。
派遣制度が広く社会に定着しつつある現在、派遣で働くことを直接雇用などの他の働き方に比べ否定的なものと捉えず、“その本来の社会的役割を発揮しつつどう派遣で働く人の保護(セーフティネット)をしていくべきか”という観点で活動を進める当NPO法人としては、こうした現象面の感情に流された論調の広がりを大変危惧しています。
こうした状況を踏まえ、当NPO法人としては、派遣法改正について現実を見据えた冷静な論議が進むことを期待し、その一助として各界から講師を招き、派遣問題を様々な角度から考えるための問題提起を頂く場として、この派遣・請負問題検討のための勉強会を継続して開催していくことと致しました。
今回は、労働法政等の専門家でEU の労働法政等にも詳しく、派遣・請負問題も含め日本の雇用、労働問題のあり方に対し幅広い知見を提起されている労働政策研究・研修機構統括研究員の濱口桂一郎氏(前政策研究大学院大学教授)をお招きし、表記テーマでご講演頂きます(“派遣規制問題”、“セイフティーネットの問題”に触れていただきます)。是非ご参加頂きますよう下記の通りご案内いたします。(なお、次回は5 月下旬開催予定です、決定次第ご案内いたします。)

ということです。

ちなみに、これは第2回目で、第1回は八代尚宏先生が講演されたようです。

http://npo-jhk-support119.org/upload/20090219seminar/20090219seminar2annai.pdf

糾弾されるべきはお前だ!

またまた、今度は経済産業省出身の脱藩官僚氏の妄言です。曰く、「糾弾されるべき与謝野大臣の妄言

http://diamond.jp/series/kishi/10031/

まあ、与謝野大臣も時たま変なことをいうので、何かトンデモ発言でもしたのかな?と思いきや、なんと岸博幸氏の目に「糾弾されるべき」と映ったのは、

>与謝野大臣がとんでもない発言を国会で連発しました。一つは、「(規制改革会議に関連して)規制緩和はすべて善という信心がはやったが、間違った信心だ」

ほほおお、つまり、脱藩官僚氏にとっては、「規制緩和はすべて善」というのが唯一の正解であって、「規制緩和の中には善でないものもある」という考えは糾弾すべきものなんですねえ。まさしく与謝野大臣のいわれる「信心」という用語がふさわしい狂信の徒の発想といえましょう。

>与謝野大臣は小泉政権の後半に自民党政調会長、経済財政政策担当大臣といったポジションに就いていました。規制改革について言えば、その間も規制改革会議は活発に活動していたのに、何故そのときは何も言わず、今になって規制改革を非難するのでしょうか。

おそらく、小泉政権の間は怖い総理に逆らうのが恐ろしくて黙っていただけなのでしょう。それが、怖い小泉さんの重石がなくなったので、安心して好き勝手を言い出したとしか思えません。

なるほど、プロレタリア文化大革命が猛威をふるっているときに、内心を隠して「毛沢東思想万歳!!!」と叫んで生き残りを図り、毛沢東が死んだとたんに走資派の本性をむき出しにするような輩は許せない!糾弾されるべきだ!というわけですな。

お前は守旧派だ!と人に三角帽子をかぶせて悦に入っていた紅衛兵の生き残りにふさわしい発言と申せましょう。自分のこれから行く末を想像すると、ますます糾弾したくなりますねえ。

第2法則の証明

いや、熱力学の方ではありませんので・・・。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/12/3_a7ad.html(池田信夫氏の3法則)

労務屋さんのブログに本日、「池田信夫先生による英Economist誌記事のご紹介」というエントリがアップされましたが、一知半解氏による「英文の和文要約」を、原文と照らし合わせて検証するという労多い作業をされています。

http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20090316

まあ、エコノミスト誌の記事ですから、おおむねOECDの雇用戦略の線に沿った記事であることは想像できるわけですが、一定のバイアスのかかった眼鏡越しで読むと、なかなか愉快な「和訳」がでっち上げられるわけで、是非、リンク先をご覧いただき、大学入試の英文の和文要約問題でこういう答案を提出したら、何点もらえるだろうか、などと想像してみてはいかがでしょうか。

一つだけ典型事例を挙げますと、

>Europe’s governments, at least so far, are trying hard to avoid the mistakes of the 1970s and 1980s. As Stefano Scarpetta of the OECD points out, today’s policies are designed to keep people working rather than to encourage them to leave the labour force.

が、

>社内失業者を飼い殺しにする「労働保持」を奨励する政策は、短期的には労働者の救済に役立つが、長期的には労働生産性を低下させて構造的失業率(自然失業率)を高める。各国政府は70年代の失敗を繰り返すまいと政策を修正している。

に化けてしまうのですな。

OECDの雇用戦略の最重点課題が、手厚すぎる福祉給付により非労働力化した人々を「アクティベート」することにある、なんてことは、この分野をちょっとでもかじれば常識のはずなんですが、まあ、こないだ初めて「フレクシキュリティ」という言葉を教わって得意満面の方には難しすぎたのかも知れません。

北海道新聞のインタビュー

3月11日付の北海道新聞に、私のインタビュー記事が載っていました。ネット上には出ていませんので、やりとりだけ、

-連合側はベア要求を崩していません。

「ベアの根拠として連合が主張する『内需拡大による景気回復』はマクロ経済的な論理としては正しいでしょう。使える金が減れば、消費が縮小しますから。とはいえ各企業がベアを実現するのは今の経済情勢では難しい。双方の主張がねじれ、解きほぐせないことが今春闘の最大の問題です」

-このままではベアゼロが濃厚です。

「厳しい雇用情勢の中で、組合側がベア獲得で『勝った』『負けた』と論ずるのは意味がない。不況の時には雇用を守るのが昔からの日本の企業別組合の基本的パターンだったはずです」

-雇用危機を打開する具体策は。

「日本は以前からワークシェアリング(仕事の分かち合い)に取り組んでおり、雇用維持では重要な方法です。企業に休業手当を助成する雇用調整助成金の対象はすべてワークシェアリングといってもいいと思います」

「日本は雇用保険の適用範囲が狭く、こぼれ落ちると生活保護になってしまいます。日本経団連と連合は共同提言で、雇用保険の適用外の人が職業訓練を受ける際の生活を保障する制度の創設を掲げました。こうしたセーフティネット(安全網)機能の確保のため、労使が協調して積極的に国に提言すべきでしょう」

-雇用対策で国に望むことは。

「労使ができるのは現場レベルでの雇用維持であり、セーフティネット機能や雇用創出は国が担うべきです。ただし『百年に一度』といわれる経済危機に端を発する雇用問題を、労働政策の視点だけで考えるのは無理があります。例えば、経済財政諮問会議のメンバーに連合の代表が入り、経済政策と労働政策を一体で考えるといったことも必要ではないでしょうか」

1時間喋った中身をこれだけに縮めているので、若干意を尽くしていないところもありますが、まあそういうことです。

ベア要求はマクロ経済的には正しいがミクロ的にはできやしないので、それに当たるところは国がやるしかないよ、という趣旨だったんですが、紙面で伝わっているでしょうか。

2009年3月15日 (日)

権丈先生の『社会保障の政策転換』

15960 ということで、権丈先生から「再分配政策の政治経済学」シリーズ第5巻,『社会保障の政策転換』をいただきました。ありがとうございます。

http://www.keio-up.co.jp/np/isbn/9784766415964/

>社会保障重視派こそが、一番の成長重視派に決まっているだろう!
今回の舞台は社会保障国民会議。気づいてみれば、すべての分科会に登場し、「社会保障を充実させて、内需主導型の経済へと体質改善を!」と説いてまわる。
崩壊する医療介護に、不信高まる年金に、疲弊する地方に、そして手付かずの少子化に、この処方箋が効く!

▼年金財政/医療・介護費用シミュレーションを巡る攻防、公的保険と私的保険をめぐる激論など、著者が委員を務めた社会保障国民会議での議論の様子を克明に描写。
▼経済不況、医療の崩壊、地方の疲弊・・・。ますます混迷を深める日本社会に「積極的社会保障政策」という内需主導型の新たな経済成長論を展開する。

今回は、細野真宏氏の推薦付きです。

ミリオンセラー『経済のニュースがよくわかる本』の細野真宏氏 推薦!
権丈さんとは、総理直轄の「社会保障国民会議」で初めて出会ったのですが、権丈さんが中心になったこの会議は本当に画期的な成果を残したと思います。年金、医療、介護など、間違いだらけの社会保障の現実が、会議の模様を通して、この本で初めて明かされます!ここまで論理的に正しい本は、世の中にほとんどないと思います。

目次は、

第1部 社会保障国民会議 親会議のことなど
 第1話 社会保障国民会議はどうなると思う?
 第2話 もし福澤諭吉の租税論を伊藤博文たちが打ち消していなければ
 第3話 社会保障財政シミュレーションについて
 第4話 この国の民主主義が一歩前進か
     ――前原民主党前代表の民主党マニフェスト批判
 第5話 社会保障重視派こそが一番の成長重視派に決まっているだろう
     ――積極的社会保障政策という景気対策
 第6話 いま、政界で何が起こっているのか?
     ――衆参二院制否定論者たちによる二院制の問題点の最大活用
 第7話 一九九七年不況の原因は、本当に消費税率引き上げなのか?
 第8話 度を超えた官僚叩きという小泉路線の一番の後継者は小沢民主党だろう
       ――小泉氏引退表明の日
 第9話 この状況で負担増のビジョンを示さない政党には拒否権を発動するべし
       ――GDPに占める租税社会保障負担割合がアメリカより小さくなったらしい
 第10話 「乏しきを憂えず等しからざるを憂う」ような、できた人間じゃないよ、僕は
 第11話 首相の「三年後の消費税増税」発言を野党が批判すればするほど面白くなる
       ――将来の負担増路線という陣地を先に与党にとられた野党の運命
 第12話 日本は小さすぎる福祉国家であり、中福祉国家ではない
       ――社会保障国民会議での最後の発言

第2部 雇用・年金分科会のことなど
 第13話 社会保険方式論者ねぇ、まぁ、悪くはないけど違和感はあるね
     ――プロと素人の見解の相違としての基礎年金財源方式と混合診療問題
 第14話 次期総裁候補が「基礎年金を全額税負担に」と言ったというけど
      ――それがどうした?
 第15話 年金が政争の具になった国、日本
      ――間違えたことを信じ込まされてきた犠牲者としての『日経新聞』
 第16話 偉くなるための報道と、世のため人のための報道
      ――年金シミュレーション報道が解禁されて後
 第17話 『日経』の言う「小さな税方式」を『読売』の記者に解説してもらうと?
      ――「小さな税方式」が抱える問題を解決しようとすれば 「大きな税方式」になるジレンマ
 第18話 日本は世界初「保険方式から租税方式に移行する国」になるのでしょうか?
      ――それは政治家に負担がかかりすぎるのでは・・・
 第19話 両論併記の是非に触れた雇用・年金分科会の印象深いワンシーン
 第20話 「地方を活性化する」とか「中産階級を生む」とかいうのは、意図的にやらないとできっこないんです
 第21話 基礎年金租税方式についての国民的議論はすでに終わっているよ

第3部 医療・介護・福祉分科会のことなど
 第22話 医療崩壊阻止には「見積書」が不可欠
 第23話 この期に及んでも「医療に無駄がある」論の根強さの原因は?
 第24話 さて、社会保障国民会議のメンバーを辞めるとするか
 第25話 医療・介護費用シミュレーション前提と日医
 第26話 医療経営と消費税改革――消費税に対する自民・民主の具体的方針
 第27話 「ところが改革ケースをみると費用はより増える結果になっている」
        ――医療・介護費用シミュレーションに対する『日経』社説の反応
 第28話 医療・介護費用シミュレーションは最低ラインの見積書にすぎない

第4部 少子化・仕事と生活の調和分科会にて
 第29話 シミュレーションは使い方で役割が変わる

第5部 社会保障国民会議、その後
 第30話 どう考えても、年金で最大の問題は第一号被保険者に被用者が四割以上いることなんだよなぁ
 第31話 人は消費者であり労働者でもあるという人間の二面性について
 第32話 逃げ切れると思っている団塊世代のちょっとした勘違い
 第33話 さて、この問題をどう解く?――医療・介護の機能強化の道筋
 第34話 目を疑った『日経新聞』のある記事
      ――消費税を前倒しで引き上げて国民が安心できる社会保障制度の再構築を急ぐ手もある
 第35話 足りないのはアイデアではなく財源である
      ――財源の裏付けなき社会保障の会議など、ガス抜きの意味しかなし
 第36話 さて、彼ら上げ潮派は次、どういう理由をつけて
     中負担、中福祉路線に反対するのだろうか
 第37話 リベラル・自民党と保守・民主党の兆し?
     ――二〇一一年度からの消費税上げを三二%も評価しているらしい

〈コラム〉
 「心の快楽を買う代金」を払ってもらうためには?
 どの世界にもいるはずの気概のある異端たちへ
 民主主義的意思決定とメディア
 最低保障年金と最低所得保障とは似て非なるもの・・・
 やはりメディアは政策提言なんかやめておいたほうが世のため人のためだろう
 社会保険料の転嫁問題に関する経済学者の誤解
 捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ
 「主体的浮動層」とキャプテン・ジャック・スパロウ
 医療・介護費用シミュレーションは「専門家の復権」
 少子化対策に効こうが効くまいが、子育ての社会化は最重要課題
 一つの大きな懸案――社会保障個人会計
 生産と支出と分配は三面等価
 医療における公費と私費の違いの意味

内容はいうまでもなく、勿凝学問シリーズの最新版です。

この中のどこかにhamachanが出てきます。

労働契約の理論と実務

32209783 野川忍、山川隆一両先生の編になる『労働契約の理論と実務』(中央経済社)をいただきました。ありがとうございます。

内容は以下の通りですが、

第1部 多様化する雇用の理論(法からみた「雇用」の意義
労働契約の法規整―採用から解雇までの契約ルール
労働実定法による労働契約の規整
類似型にみた労働契約の法理)

第2部 紛争時の対応と手続(各種の紛争解決手続
各種の紛争類型と対応)

第3部 最新判例の動向(就業規則
賃金
成果主義賃金制度
配転
安全配慮義務
セキハラ・いじめ
懲戒
競合会社への転職
解雇(普通解雇・整理解雇))

[要旨]
労働契約の基本理念を明らかにするとともに、労使関係における諸問題の解決を実践的に解説。平成20年12月労基法改正をフォロー。

序や第1部第1章の野川先生が書かれたところが、「雇用は契約である!」ということを強烈に主張していて、いろんな意味で興味深いところです。もちろん、雇用契約が契約の一つであることは当たり前なので、そういうことをいっているのではなく、

>ところが従来の日本社会においては、企業における疑似家族的かつ集団主義的な人事管理やいわゆる終身雇用慣行の影響もあって、むしろ「雇用とは、労働者が企業という組織に従業員という身分で組み込まれることであり、企業組織の一要素となることである」という誤解が蔓延してきた。

ことに対するアンチテーゼを打ち出しておられるわけです。

で、本ブログの読者にはおわかりのように、私はむしろその考え方には懐疑的です。企業主義的雇用観を否定することが直ちに民法的個人主義的契約的雇用観に直結するわけではないのではなかろうか。むしろ、「雇用」よりも「労働」という観点からは、労働の本質的集団性を強調すべきではないのか、というふうに感じておりまして、雇用は確かに契約かもしれないが「労働は契約じゃない!」とむしろいいたいところです。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/heigai.html(労働法における契約論的発想の弊害)

という風な話は別にして、本書は編者のほか、桑村裕美子、根本到、原昌登といった若手労働法学者、丸尾拓養、中井智子といった経営法曹が執筆していて読み応えがあります。

労供労連集会にて

昨日、全国労供事業労働組合連合会(労供労連)主催の「労働組合の労供事業法制定に向けて」という集会にお招きを受け、お話をしてまいりました

この団体は、労働者供給事業を行っている労働組合の団体で、本ブログでも新運転の太田武二さんの論文などに触れて、何回か取り上げてきたことがあります。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/on_5181.html(毎日の社説 on 日雇い派遣)(コメント欄)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/post_4a8d.html(登録型派遣は労働者供給なんだが・・・)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_7b0f.html(日雇い派遣を自粛)(コメント欄参照)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/post-ff7f.html(泰進交通事件の評釈)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/post-722a.html(日々雇用の民間需給調整事業の元祖)

私の意見は、登録型派遣と組合労供と臨時日雇い型紹介はビジネスモデルとしては同じものなのだから、むりに派遣元がフルに使用者だからいいんだという派遣に押し込めたり、無理に紹介先がフルに使用者だからいいんだという紹介に押し込めたりするより、全部素直に労供事業であるという原点に戻って、それにふさわしい規制のあり方を考えていくべきではないかという点にあります。

その点でいうと、組合労供にも、事業主体が労働組合であるがゆえに事業者性が認められないという妙なゆがみが生じており、労働組合法上の労働組合との関係を法的にもういっぺん再検討すべき時期に来ているようにも思われます。

「霞ヶ関の埋蔵金男」いまだ懺悔なし

人事コンサルタント失格の城繁幸氏と同じく、同じVoice誌に自称「霞ヶ関の埋蔵金男」こと高橋洋一氏のひどい論考が載っています。

http://news.goo.ne.jp/article/php/world/asia/php-20090314-06.html(“給料半減”時代の経済学)

>いまセーフティネットの議論が盛んに行なわれている。定額給付金をセーフティネットとして位置付ける議論もある。ならば、たとえば、まさに国家のセーフティネットである雇用保険制度のなかに埋め隠されて眠っている埋蔵金を一大セーフティネットとして活用することを提言したい。

そもそも、雇用保険の特別会計のなかに眠りつづける埋蔵金は国が保険料を徴求しすぎた結果のものである。セーフティネットが必要ないまこそ、雇用保険の対象を広げて余剰資金を広範に世の中に散布すべきではないか。

この期に及んで、いまだに雇用保険の積立金に「埋蔵金」などというレッテルを貼って恬として恥じないこの神経が信じられません。

もっとも、さすがに世の中の動向に無神経ではないと見えて、「一大セーフティネットとして活用」と正しいことをいっています。それはそうでしょう、だって、雇用保険はそもそも「まさに国家のセーフティネットである」ことははじめから明らかなんだから、セーフティネットとして積み立てていたものをセーフティネットとしてつかえというのはトートロジー。

どうして、こういう訳の分からないことをいわざるを得ないのかというと、この高橋洋一という御仁、ちょっと前には、こういうことを書いていたのです。去年の9月の時点で同じVoice誌に書かれたものですが、すでに金融危機の影響がこれから日本に押し寄せてきて、失業状況がどうなるかと心ある人々が心を痛めていたときに、

http://72.14.235.132/search?q=cache:IJ09Xk3VwtAJ:http://news.goo.ne.jp/article/php/world/php-20080912-03.html+%B9%E2%B6%B6%CD%CE%B0%EC%20%CB%E4%C2%A2%B6%E2%20%B8%DB%CD%D1%CA%DD%B8%B1&ie=euc-jp(埋蔵金6兆円で好景気に)

>もう1つは、労働保険特会である。先に指摘したとおり、雇用保険料が高すぎるのか、0.8兆円もカネが余っている。にもかかわらず、一般会計から毎年0.2兆円が投入されている。

すき焼き三昧の離れに、粥をすすっている母屋から仕送りをする必要はなく、すぐ停止すべきだ。「骨太2006」では、社会保障費の自然増分を年に2200億円ずつ抑制するとされ、それは難しいと厚生労働省は文句をいっている。だが、自分たちがもっている労働保険特会の埋蔵金だけで解決できる。さらに、労働保険はストックベースでも4兆円以上余っているので、それらを取り崩しながら、長期的に維持可能な社会保障システムを考えたらいいだろう。

こうしたお金をうまく使わなければ、無駄なお金といわれてしまうだろう。

失業急増を目の前にして、雇用保険がいざというときのセーフテイネットであるということにはまったく何の配慮もなく、「雇用保険料が高すぎる」とか「無駄なお金」とか書いていたことには何の反省も懺悔もなく、上のようなことを書ける神経というのは、私には信じられないのですが、日本のある種の人々には。こういう方を崇拝する向きもあるようですね。

この埋蔵金男氏、財務省出身でありながら財務省に睨まれているというのがマスコミ向けの「売り」のようですが、そもそもそのカネが何のためのカネであるかという本質論には何の顧慮もないという点では、本質的には財務省的な体質を濃厚にお持ちのようではあります。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/post-fe7d.html(経済同友会代表幹事の正論と財務省の陰謀)

2009年3月14日 (土)

島田陽一先生の「正社員と非正社員の格差解消の方向性」

経済産業研究所の短期集中連載「雇用危機克服の処方箋」ですが、水町先生の次はいよいよ島田陽一先生の登場です。

http://www.rieti.go.jp/jp/projects/employment_crisis/column_07.html

問題認識から処方箋の方向性に至るまで、きわめて私と一致しているので、あんまりコメントすることもないんですが、まず、なぜこういう問題が生じてきたのかについて:

>なぜ正社員と非正社員の格差が生じ、かつ是正されずにきたのか。

それは、高度成長期を通じて形成された日本型雇用慣行とそれを前提とする社会制度そのものが原因である。日本型雇用慣行は、企業という内部労働市場が一種の共同体として閉じた世界を形成する中で、新卒者を採用して企業が実際の就労を通じて職業訓練を施し、とくに長期雇用の対象である男性正社員にこの共同体の成員としての資格を与え、一方で長時間労働も単身赴任も厭わぬ働き方を要求し、他方で、家族を含めた長期にわたる経済生活の安定を保障するものであった。また、労働組合も企業別に組織されたため、内部労働市場における労働条件の形成が主たる活動であり、外部労働市場の規制には関心を示さなかった。そして、国は、企業が展開する日本型雇用慣行に依存して、外部労働市場における失業補償や職業訓練などを整備することを怠ってきたのである。

新卒者がとりあえず正社員として就職ができ、かつ、長期的には男性正社員が家計を支え、女性が家庭責任を負うことを前提として専業主婦または家計補助的な収入を目指して非正社員として就労するということが一般的である時期においては、この社会構造もそれなりの合理性を示していた。

しかし、このモデルが崩壊し、シングル・マザーやフリーターなどの主たる生計費を非正社員としての就業によって得ようとする労働者の割合が無視できなくなると、この社会構造の限界が顕になった。経済状況が悪化すると非正社員がまずリストラされるが、とくに単身者の非正社員は、雇用を喪失すると同時に生活の根拠である住居をも失うという層が少なくないことが昨年の暮れからの事態のなかで明らかとなった。これは、乱暴なリストラの結果であると同時に、安定した雇用を得ることのできない非正社員の社会的自立を確保するためのセーフティ・ネットが張り巡らされていない社会構造の欠陥を示すものであった。塀なかの企業とその外が完全な分断状況にあるのだ。

今年初め頃、朝日の竹信記者らと懇談したとき、この「それなりの合理性」をもった仕組みを、「日本型フレクシキュリティモデル」と表現したところ、「それはいい」と受けました。オランダやデンマークのモデルとは違いますが、いつでも解雇や雇い止めができる低賃金の主婦パートやアルバイト学生のフレクシビリティと、彼らをその夫や父親の高賃金と雇用の安定性によって保護するセキュリティを組み合わせたモデルというような意味ですね。もちろん、この「幸福な日本型フレクシキュリティ」が全ての人々に及んでいたわけではありません。最大のマイノリティは、雇用が保護された正社員の夫を持たないにもかかわらず自分と子供たちの生活を支えるために働かねばならず、しかも子供の世話をするために正社員としての働き方が難しいシングルマザーたちでした。彼女らは家計維持的に就労する非正社員として、今日のワーキングプアの先行型ということができるでしょう。90年代に本来であれば正社員として就職するはずであった若者たちが就職できなかったために、彼らは日本型雇用システムが主婦パートや学生アルバイト向けに用意した枠組み-会社共同体から排除された低賃金の非正社員-の中で、自分の生計を立てていくことを余儀なくされたわけです。

>誰もが雇用を通じて生計を立て、かつ自己の職業能力の向上を図ることができるような社会を実現するためには、従来の企業社会ともいうべき社会構造の変革が必要である。具体的には、企業が正社員に対してのみ保障してきた利益を雇用者全体に広げるために、社会が担うように改変し、正社員が雇用者における一種の特権的な地位であることを解消することを通じて、どのような雇用形態も雇用者の条件に応じた良好な雇用であることを実現しなければならない。

もっとも、正社員と非正社員との格差問題を両者の対立の構造とのみとらえることは適切ではない。正社員にとっても現状は満足できる雇用環境というわけではない。これまでの長時間労働も単身赴任も厭わぬ働き方は、これまでは、女性が長期的なキャリアを形成する上で大きな壁になってきた。ワーク・ライフ・バランスの実現は程遠い状況にある。正社員の状況を解決する鍵を、非正社員の雇用の改善策のなかに見つけ出していくという姿勢こそが肝要だろう。もっとも、その道筋は平坦とはいえない。社会構造の転換は、一朝一夕に実現するわけではない。相当に長い過渡期があるだろう。だからこそ、しっかりとした見取り図を社会が共有することが必要なのだ。

ここのところにちゃんとまなざしが届いているかどうかが、労働問題を論じる人の本物と偽物を見分ける一番いい物差しになります。そもそも、日本の正社員が諸外国に比べて異常なまでの長時間労働を強いられている一つの原因は、時間外労働の削減を雇用調整の手段として活用するという確立された規範にあり、そのため、いざというときに削減できるように恒常的に残業するという行動様式が一般化した面があります。会社共同体のメンバーである正社員には残業や休日出勤を断ることができないという面もありました。雇用が保障される代償として生活のための時間、家族とともに過ごす時間を供出することは、現在の中年世代までにとってはそれなりに合理的であったのでしょうが、若い世代にとっても同様に合理的であるかどうかは疑問です。中長期的に、正社員のワークライフバランスを改善することと非正社員の待遇を改善することとを車の両輪として進めなければならないのです。

>正社員と非正社員との待遇の格差は、大きく分けると(1)賃金などの労働条件格差、(2)社会保険などの社会制度に係る格差、および(3)キャリア形成における職業教育機会の格差がある。正社員の労働組合は、これらの待遇格差の是正を展望しながら、自らの要求を組み立てていくべきであろう。

(1)賃金などの労働条件格差については、賃金が職務に応じて決定される仕組みを整備することによって、正社員と非正社員との均等の均等待遇が実現する社会的基盤を形成することが必要である。また、(2)社会制度に係る格差については、一方で、税・社会保険の仕組みを正社員をモデルとするものから雇用形態に中立的な制度に改変する必要があり、また、他方で、これまで企業が担ってきた家族手当や安価な住宅の提供などの福利厚生的な部分を社会が担うようにして、正社員という地位に付属する諸利益を軽減する必要がある。そして、(3)職業教育機会の格差についても、企業がその雇用する社員にのみ行うのではなく、社会が提供する仕組みを築く必要がある。このような条件が整うならば、現在の正社員と非正社員との待遇格差が徐々に解消し、勤務地限定社員、短時間正社員などのワーク・ライフ・バランスに適合的な多様な正社員制度の実現も夢ではないだろう。

正社員の生活給的賃金制度のもとでは、結婚して子供が生まれ、成長して教育費がかかるようになり、また子供部屋など住宅費もかかるようになるというライフサイクル上の生活コストを、基本的にその賃金で賄うことが原則でしたが、その正当性が揺らいできているわけです。正社員同士の夫婦の場合、そのいずれもが家計維持的な高賃金を稼得するのに対し、非正社員同士の夫婦の場合、そのいずれも家計補助的な低賃金しか稼得しえないのですから。
 かつて日本型雇用システムの中で例外的少数者であったシングルマザーには、少額とはいえ児童扶養手当という補助がありました。これからの社会では、このような社会手当の発想を重視すべきでしょう。具体的には、低賃金労働者向けに子供の教育費や住宅費を教育手当や住宅手当として支給する仕組みを考えていく必要があります。このあたり、先の『世界』論文でも強調したところです。

と、考えてみたら、前回の水町先生も、今回の島田先生も、ここ数年の『世界』で労働関係の論文を書かれているんですね。伊藤さんの趣味でしょうか。

2009年3月12日 (木)

公的扶助とワークシェア?

季刊労働法224号がもうすぐ発売されます。労働開発研究会のHPに案内がアップされています。

http://www.roudou-kk.co.jp/quarterly/archives/003505.html

特集は「中国労働契約法の理論と実践

特集の趣旨について
 九州大学 山下 昇

中国における労働市場政策の法
 ─就業促進法の制定
 西南学院大学教授 菊池高志

中国における書面労働契約制度と労働契約論の課題
 久留米大学講師 キョウ敏(キョウは龍の下に共)

中国における懲戒権
 中華人民大学副教授  ホウ 光華(ホウは月のない膨)

中国における労働契約の解約・終了の法規則
 九州大学准教授 山下 昇

中国における労働者派遣の法規制とその課題
 九州大学大学院法学部博士後期課程 鄒 庭雲

中国における労働紛争の裁判外解決システム
 九州大学教授 野田 進

第2特集は「企業再編・倒産と雇用を考える」、これは北海道グループですね。

特集の趣旨について
 北海学園大学 小宮文人

企業・事業の売却と労働関係
 日本アイ・ビーエム(会社分割)事件の理論的検討
 小樽商科大学教授 本久洋一

会社倒産と解雇
 北海道大学大学院 戸谷義治

企業再編・企業買収と雇用終了
 北海道大学大学院/日本学術振興会特別研究員 南 健悟

さらに「比較法研究・中小企業における労働法規制の適用除外

中小企業に対する労働法規制の適用除外―アメリカ―
 神戸学院大学准教授 梶川敦子

中小企業に対する労働法規制の適用除外―イギリス―
 駿河台大学講師 石田信平

中小企業に対する不公正解雇法理の適用除外―オーストラリア―
 首都大学東京准教授 天野晋介

と盛りだくさんです。加えて、

■判例研究■

劇場合唱団員の労組法上の労働者性
 国・中労委(新国立劇場運営財団)事件
  東京地裁平成20年7月31日判決
  労判967号5頁、労経速2013号21頁
  同志社大学司法研究科教授 西村健一郎

■研究論文■

フランスにおける障害者への所得保障
 東京大学大学院博士課程 永野仁美
 
構内請負と韓国労働法
 韓国労働研究院研究委員 朴  済晟

労働組合法上の労働者
 最高裁判例法理と我妻理論の再評価
 弁護士 古川景一

■連載■

労働法の立法学(連載第19回)公的扶助とワークシェアの法政策
 労働政策研究・研修機構研究員 濱口桂一郎

アジアの労働法と労働問題4
 台湾の労働法制の近況と発展
 弁護士・台湾行政院労働委員会法規委員 劉 志鵬

■イギリス労働法研究会■

雇用平等法の最近の動向について
 島根大学教授 鈴木 隆

■神戸労働法研究会■

イタリアの新しい雇用差別禁止法
 ―イタリアは差別禁止法をいかに受容したのか―
 早稲田大学法学学術院助手 大木正俊

■北海道大学労働判例研究会■

行政救済法理の独自性
 JR北海道(配転差別)事件・東京地判平成20.12.8
 北海道大学教授 道幸哲也

■筑波大学労働判例研究会■

人員削減を目的とした変更解約告知への不同意と解雇の効力
 関西金属工業事件 大阪高裁 平成19年5月17日判決、労判943号5頁
 筑波大学大学院 特定社会保険労務士 亀岡明雄

と、山のような内容ですが、この中で、私の論文のタイトルが、「公的扶助とワークシェアの法政策」となっているんですが、それはいくら何でも意味不明でしょう。生活保護の人と仕事を分け合う?

確かに年明けからこっち、膨大な数の新聞やテレビ等にワーク「シェ」アの話をしてきましたが、それにしても、ここで書いているのはワーク「フェ」アですので。

この発言は人事コンサルタント失格でしょう

城繁幸氏が、Voice誌に「労働組合は社員の敵」という記事を書いています。

http://news.goo.ne.jp/article/php/business/php-20090310-04.html

その中には、一面の真理も書かれていることは確かです。特に、

>「派遣さんがかわいそうだから派遣なんてなくしてしまえ」というのはきわめて頭の悪い対症療法

というのは私も主張しているところですし、

>では抜本的な原因療法とは何か。それは、正社員と非正規雇用労働者のダブルスタンダードを解消すること

というのも、中長期的な観点からは間違いではありません。

しかし、次のような発言を軽々しくするというのは、人事コンサルタントを名乗っている立場としてはあまりにも問題でしょう。これが他分野の人が一知半解で放言しているというのならまだ許せますが、人事労務の専門家というのであれば、きちんと実証していただく必要があります。

>そもそも日本の正規雇用は、「解雇権濫用法理」と「労働条件の不利益変更の制限」によって事実上いかなる解雇も賃下げも不可能

現在、都道府県労働局には年間100万件の労働相談が寄せられていますが、その多くは解雇、労働条件の不利益変更等です。非正規の雇い止めも多いですが、正規の解雇も山のようにあります。裁判所まで訴えるといういささか特別なケースに、結果的に裁判所が適用した規範だけで日本の正規雇用の実態を考えてはいけません。そんなもの年間1000件程度です。その背後には、山のようなはした金による解決があり、その背後にはさらに多くの泣き寝入りが埋もれています。そのあたりの感覚がない人間が、軽々しく日本の労働法制の実態を語るのは、正直言って怒りを感じます。

まさか、自分の在職していた富士通だけが日本の正規雇用だと考えているのではないでしょうが。

ついでながら、「年齢給から職務給へ」というのも、中長期的課題としてはそれなりに理解できるところですが(短兵急にやろうとすると社会的に大変なことになります)、どうもこの人事コンサルタント氏は、職務給の意味がよく分かっていないようです。その証拠に、

>具体的には、まず正社員の労働条件に関する規制を外し、非正規雇用側の代表を交えるか、あるいは立法によって“同一労働同一賃金”の実現を促すのだ。これによって両者の中間点に適正な労働相場が形成され、特権的な年齢給から職務給へとシフトする。欧州において同一労働同一賃金が実現できたのは、賃金体系が職務給であったためで、日本において同じことを可能とするためには、まず賃金体系の見直しが必須である。

じつは日本においても同様のことを何十年も前から普通に実現している職業は存在する。プロ野球がそうで、労働組合選手会は最低賃金や減額幅の上限といった大枠は交渉するものの、個別の賃金交渉については横並び一律のような基準は求めず、個々の選手と球団に一任している

職務給というのは、ヒトではなく椅子に値段が付いている賃金制度です。誰がその仕事をしようが、同じ仕事なら同じ賃金ということであって、まさに同一労働なら「横並び一律」こそが職務給の神髄です。個々の労働者ごとに賃金が異なるというのとは原理的に正反対の思想です。職務給にプロ野球を持ち出すところでアウトでしょう。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/post_73ad.html(そういう二項対立ではないのです)

これは、金融論の専門家であって労働問題には全くの素人である深尾光洋氏だから。許される・・・というわけにはいきませんが、まあしゃあないな、とあきらめがつく話なのです。それにしても、日経BIZPLUSでこういう妄言を吐かれては大変迷惑であることには変わりありませんが。

こんな一番基本のキがひっくり返っている人が人事コンサルタントなんですかねえ、と、悲しくなってしまうのですが。

リストラされた100人貧困の証言

416yo2bddrql 例によって、門倉貴史さんのグループのルポ新書です。

>雇い止め、内定取り消し、正社員の大量整理…待ち受ける衣食住の危機、貧困ビジネスの魔手。大不況の最底辺でどんな悲劇が起きているのか?突き落とされた人々、100人の生の声

殺伐とした雰囲気が漂ってくる一冊です。リストラの実態は山のように書かれているわけですが、本書が面白いのはそれによって歪められる生活の臭いが漂ってくる記述です。派遣の寮にいたため布団も何もなく、県営住宅には入れたけれども畳の上に段ボールを敷き、雨合羽を着込んで何とか眠った、屋根のついたホームレスみたいなもんだ・・・とか。寮を追い出されて雇用促進住宅に入ったが、家財道具は粗大ゴミを拾おうと考えていたら、当てが外れて、何もない部屋であるだけの服を着込んで畳の上で寝た・・・とか。

解雇通告書を妻に見せたら、ビリビリに破り投げ捨てられ、面接で落とされて帰って妻を殴り、離婚された・・・というのも悲哀を感じさせます

最後の方になると労働問題を超えてブラックな世界に限りなく近づいていきます。このあたり、どうやって取材したんだろうという感じですが、ワーキングプアを詐欺の名義人として使うとか、盗品売買のために古物商免許を取得させるとか、部屋で大麻を育てる仕事とか、障害者を斡旋してその手数料を稼ぐとか、果ては臓器のドナーにしてしまうとか・・・すさまじい。

2009年3月11日 (水)

農業は底ぢからを発揮するか?

昨日の経済財政諮問会議では、前回の人「財」力、コンテンツに続いて、農業と観光が底力発揮として議題に上がっています。

http://www.keizai-shimon.go.jp/minutes/2009/0310/agenda.html

正直、アニメとかゲームとかのコンテンツ話はスルーするしかありませんが(笑)、農業は連合や日本経団連の提言でも大きく取り上げられており、世間的にも介護育児等と並んで雇用吸収の期待できる労働集約的産業という期待を一身に集め始めているようなので、全然わかっていない素人談義であるということを始めに明確にお断りした上で(つまり、私は農業については一知半解を通り越して無知蒙昧ですよ、ということです。知ったかぶりはいたしません)、ちょっと考えてみたいと思います。

というのは、日本経団連の提言についてのエントリーに、「地方に住む人」さんからこういうコメントがついたからです。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/post-8ece.html#comment-55258933

>農業の現実をわかっていないと思います。
新規就農は並大抵の大変さではありません。
耕作放棄地というのは経済的に成り立たなくなって放棄地になっているわけです。面積が狭い。利水問題。農地の集約の問題、いくつも問題が重なって放棄しているわけです。特に中山間地の放棄がひどいわけです。
 いい農地は手に入りずらい。まとまった面積を買うにはそれなりのお金が必要。まして機械代が高い。
 正直、新規就農には最低数千万いると思うのですがそうしないとまともな農業ができないと思います。
 戦後の集団開拓を思い起こさせます。

これはその通りだと思うのですね。工場で働いていた人であれ、オフィスワークしていた人であれ、「新規就農」が簡単にできるはずはない。ただ、それは、日本の農業がもっぱら農家という個人経営の形態でのみ行われてきたためで、つまり自営業者たる「農家」になろうとしてもそんな簡単ではないという話なのではないでしょうか。

いい農地を手に入れるとか、機械代を払うとか、つまり自営業者としてのイニシアルコストであって、農業労働者として労務を提供する「就農」であれば、そんなに難しいわけではないでしょう。

ただ、そうすると問題は農業分野に雇用労働力を活用する企業経営を導入するのかという農政上の大問題が出てきて、むしろそっちの方が大論争になるのではないかな、という感じで書いたのですが。

この点について、2月3日に提出された有識者議員のペーパーで、

http://www.keizai-shimon.go.jp/minutes/2009/0310/item9.pdf

>(1) 「農業経営体(農場、農園)」の支援の総合化
農業が産業として持続し、成長していくためには、政策も、これまでの「農家」対策ではなく、「農業経営体(農場、農園)」が伸びていけるような環境をつくることが必要。「農業経営体」とは、規模の大小ではなく、農地、労働力、資本(農業金融)、技術(農業技術、経営技術)、ノウハウ(販売ネットワーク、マーケティング)等の総合力を駆使し、自らの経営感覚と創意工夫をもって、高い付加価値、収益力のある農業経営を行おうとする主体である。こうした「農業経営体」が力を発揮できる環境を整備する政策を実行すべき。
このため、例えば、以下の取組が必要である。

• 農業経営に関する施策の体系化
現行の各種施策は農業経営体の創意工夫や自由な経営展開と両立し、促進するものとなっているか。こうした観点からすべての施策を抜本的に見直し、体系化すべき。

• 法人化の推進
農家の法人化は、事業リスクを家計から遮断することを可能とする点で、農業経営上メリットがある。経営の意欲と能力のある農家の法人化と企業の参入により、消費者ニーズを踏まえた農産物を低コストかつ安定的に供給できる体制にすべき。特に、米作など土地利用型農業については、これにより大規模化を推進すべき。

というような記述がされていることと、実は話はつながっているのだと思うのです。家族経営の農家を前提にしては農業への雇用吸収なんてできるはずがないから、逆にこの雇用危機の中で農業分野に大量の労働力を吸収できるようにするために、大規模化、法人化を進めて、彼らを雇用できる農業経営体を形成していくのだというイメージではないのでしょうか。

だから、「これは農水省というより、農協や農業関係議員の皆様がどういう対応をされるのか、興味深いところ」なんだと思うのですが。

2009年3月10日 (火)

日本経団連の「経済危機からの脱却に向けた緊急提言」

昨日、日本経団連が標記の緊急提言を発表しています。

http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/2009/019.html

第1の「即効性のある需要創出策」は、まあ、グリーンなニューディールですなあ、という感じですが、第2の「雇用のセーフティネットの拡充と労働移動の円滑化」は、本ブログの関心事項です。

>(1) 官民一体となってのセーフティネットの拡充
1.雇用調整助成金制度の一層の拡充
2.「ふるさと雇用再生特別交付金」により創設される地域の雇用創出に向けた基金の積極的活用と企業等の協力
3.雇用保険等の給付を受給できない者が職業訓練を受講する際の生活安定を確保するための「就労支援給付制度(仮称)」の創設(一般会計により拠出)

(2) 労働移動の円滑化(定住外国人を含む)
1.幅広い業種の求人・求職に対応可能なワンストップの総合就業支援拠点の整備
2.公的職業訓練プログラムの拡充
3.ジョブカード制度の活用促進・ICカード化

(3) 雇用の創出・拡大が期待できる分野の振興
1.介護・保育分野等における人材の大幅増員・待遇改善
2.耕作放棄地の再生、新規就農の促進、農商工連携の推進
3.行政文書のデジタル化推進、高度ICT人材の育成

労使一体となった「就労支援給付」(連合のやつではちょっと違う名前だったような気もしますが)は、もはや実現が秒読みに入ったということですか。

一点、「ワンストップの総合就業支援拠点」というのが、どうもハローワークとは別に作ろうという話のようですが、そういう無駄こそ無駄ゼロの対象にすべきでしょう。むしろ、国だ地方だという下らぬ区分けをご破算にして、ハロワのネットワークを中心に地方のいろんな機関を集約すればいいのではないかと思いますが。

雇用創出については、介護・保育分野はまさに大幅増員・待遇改善で、対財務省共闘態勢ということですか。

次の農業関係は、これは農水省というより、農協や農業関係議員の皆様がどういう対応をされるのか、興味深いところです。石破農水相も減反の見直しに積極的なようですし、これは、もしかしたら、雇用対策から出た駒で農業政策が大きく変わっていくかも知れませんね。

2009年3月 9日 (月)

カトリック社会政策

ロベール・コタン著、小林珍雄訳の『カトリック社会政策』という本を見つけました。昭和26年に中央出版社というところから出ています。

400ページ近いかなりの大冊ですが、

序論

第1章 社会問題

第2章 社会問題に対する教会の使命

第3章 人格

第4章 労働

第5章 賃銀

第6章 私有財産

第7章 国家の社会経済的役割

第8章 職業団体

第9章 道義の改革

第10章 教会の社会運動

という構成で、このうち第4章の「労働」では、「労働の目的」として、目次を書き写すと、

(a)労働は生活に必要なものを、人々に得させるものでなければならない。

(b)労働は人間の発達を助けるものでなければならない。

(c)労働は第一位の社会的役割を演ずる。

(d)労働はキリスト教徒にとっては成聖の手段である。

(e)労働の品位

と、また「労働条件」については、

(a)労働は家庭生活を援助するものでなければならない。

(b)労働環境は道徳的環境をなさねばならない。

(c)労働は労働者の力に応じて調節されなければならない。

(d)労働者はどんな場合にも人格として扱われねばならない。

(e)労働生活は神聖でなければならない。・・・

と書かれています。「適正賃金の決定基準」のところは、

(a)賃銀は、労働者とその家族を生活させるものでなければならない。

(b)賃銀は、労働者が相続財産を作れるようなものでなければならない。

(c)賃銀は、企業の状況と考え合わせて決定されなければならない。

(d)賃銀は、一般経済の状況と考え合わせて決定されなければならない

と、これがキリスト教的賃銀論ですね。

国家の役割については、「公益の番人としての国家」と呼んでいます。

(a)国家は国法によって基本的人権を擁護しなければならない。

(b)国家は私有財産を保護しなければならない。

(c)国家は労働争議を予防しなければならない。

(d)国家は階級闘争をやめさせるように努力しなければならない。

(e)国家は労働者が搾取されないように注意しなければならない。

(f)国家は国法によって婦人及び子供の労働を保護しなければならない。

(g)国家は日曜の安息を遵奉させなくてはならない。

(h)国家は労働者が適正賃金を受けるようにしなければならない。

(i)国家は至る所で正義を尊重させなければならない

キリスト教的な「ソーシャル」の感覚ですね。こういうのが、ヨーロッパにおけるキリスト教民主主義のバックボーンとして存在するわけです。社会民主主義とはひと味もふた味も違ったものですが、しかし市場原理主義的な感覚に対する抵抗の基盤としてはかなり力強いものであるのも確かでしょう。

2009年3月 8日 (日)

65歳定年制は年齢差別ではない、とECJ判決

3月5日、欧州司法裁判所がまた一つ、年齢差別に関する判決を下しました。今度はイギリスから上がってきた案件です。

http://curia.europa.eu/jurisp/cgi-bin/form.pl?lang=en&newform=newform&Submit=Submit&alljur=alljur&jurcdj=jurcdj&jurtpi=jurtpi&jurtfp=jurtfp&alldocrec=alldocrec&docj=docj&docor=docor&docop=docop&docav=docav&docsom=docsom&docinf=docinf&alldocnorec=alldocnorec&docnoj=docnoj&docnoor=docnoor&radtypeord=on&typeord=ALL&docnodecision=docnodecision&allcommjo=allcommjo&affint=affint&affclose=affclose&numaff=&ddatefs=&mdatefs=&ydatefs=&ddatefe=&mdatefe=&ydatefe=&nomusuel=&domaine=PSOC&mots=&resmax=100

これは、エイジ・コンサーン・イングランドという市民団体がイギリス政府を相手取って訴えた裁判で、イギリスの規則が65歳定年制を認めているのはEU指令違反だというもの。具体的な事例に基づく訴えではないんですね。

1.      National rules such as those set out in Regulations 3, 7(4) and (5) and 30 of the Employment Equality (Age) Regulations 2006 fall within the scope of Council Directive 2000/78/EC of 27 November 2000 establishing a general framework for equal treatment in employment and occupation.

2.      Article 6(1) of Directive 2000/78 must be interpreted as meaning that it does not preclude a national measure which, like Regulation 3 of the Regulations at issue in the main proceedings, does not contain a precise list of the aims justifying derogation from the principle prohibiting discrimination on grounds of age. However, Article 6(1) offers the option to derogate from that principle only in respect of measures justified by legitimate social policy objectives, such as those related to employment policy, the labour market or vocational training. It is for the national court to ascertain whether the legislation at issue in the main proceedings is consonant with such a legitimate aim and whether the national legislative or regulatory authority could legitimately consider, taking account of the Member States’ discretion in matters of social policy, that the means chosen were appropriate and necessary to achieve that aim.

3.      Article 6(1) of Directive 2000/78 gives Member States the option to provide, within the context of national law, for certain kinds of differences in treatment on grounds of age if they are ‘objectively and reasonably’ justified by a legitimate aim, such as employment policy, or labour market or vocational training objectives, and if the means of achieving that aim are appropriate and necessary. It imposes on Member States the burden of establishing to a high standard of proof the legitimacy of the aim relied on as a justification. No particular significance should be attached to the fact that the word ‘reasonably’ used in Article 6(1) of the directive does not appear in Article 2(2)(b) thereof.

これはどういう意味なの?という質問が来そうな曲がりくねった表現ぶりですが、要するに、雇用政策、労働市場、職業訓練に関係する合法的な社会政策目的によって正当化されるのなら65歳定年も指令違反じゃないよ、といっているわけなので、実質的には政府側が勝訴と読むのが適切でありましょう。

なお、本件の法務官意見段階でのエントリーは

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/post-3135.html(イギリス年齢差別規則に関する法務官意見)

2009年3月 7日 (土)

『世界』誌3月号の拙論文

岩波の『世界』誌の4月号が本日発売されたので、3月号に掲載されたわたくしの「派遣法をどう改正すべきか」をアップしておきます。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/sekaihaken.html

これはすでに、経済産業研究所のHPで、大竹文雄先生が書かれた「景気悪化と非正規雇用」の中で引用されるなど、それなりに影響を及ぼしているようです。

http://www.rieti.go.jp/jp/projects/employment_crisis/column_05.html

>製造業への派遣が認められているのは日本だけだという誤解も多い。しかし、労働政策研究・研修機構の濱口桂一郎氏が『世界』(2009年3月号)の論説で書いているように、EUにおいても、現在では派遣は業務限定がなされていないどころか派遣で業務限定をすることが違法になっているのである。つまり、派遣先の業務が問題なのではなく、派遣先の労働条件や技能の向上を促進するような制度作りを考えることが重要なのである。

同趣旨は朝日の「Globe」でも書かれていました。

また、4日のエントリで書いたように、3日の経済財政諮問会議に出された「人財力戦略」(労務屋さんからこの言葉のセンスに痛烈な皮肉が投げかけられていましたが)の中でも、拙論文で紹介した「フランスの派遣労働者訓練基金を参考として」「優良な派遣事業者の訓練主体としての活用」という項目が上がっていました。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/post-fca4.html

789 なお、本日発売の4月号は「人を裁くとは?――裁判員制度実施を前に考える」という特集ですので、本ブログとは直接関係ありませんが、ひとつ、朝日の竹信記者の「真のワークシェアリングとは何か」が載っています。

http://www.iwanami.co.jp/sekai/2009/04/directory.html

>大量解雇が相次ぐ中で、ワークシェアリング論議が盛り上がってきた。「前例がない」といわれるほどの経済危機の中で、「働き手が仕事(ワーク)を分け合って(シェア)して失業を防ぐ」という社会連帯の雇用創出策に人々が夢と期待を託すのは当然かもしれない。だが、現在のワークシェアリングは、連帯に必要な条件を検証することないまま「賃下げを伴う雇用維持」が一人歩きし、上滑りと空洞化への道をたどり続けているように見える。助け合いの精神を基盤にしたワークシェアリングが、その本来の意味を取り戻すためには、いまのワークシェアリング論が抱える問題点を検証し、真のワークシェアリングのための条件整備を進める必要がある。

この中でも、私が2002年頃某所で喋り、近頃またマスコミの皆様に喋ってきている話を引用していただいております。

連合総研シンポジウム「イニシアチヴ2009」のご案内

きたる4月22日に、連合総研主催の標記シンポジウムが開催されますので、ここでも宣伝しておきます。

http://rengo-soken.or.jp/event/2009/03/post-3.html

1.開催趣旨
  労働を取り巻く状況が急速に変化するなかで、個々の課題に都度対処する対症療法的な対応ではなく、新しい労働ルールについてのグランドデザイン(全体構想)を提起することが急務となってい ます。
  連合総研は、2007年4月に「イニシアチヴ2008―新しい労働ルールの策定に向けて」研究委員会(主査:水町勇一郎・東京大学社会科学研究所准教授)を発足させました。
 (その後、「イニシアチヴ 2009」に改称)。
 そして、労働法制についての歴史研究や最先端の理論研究を踏まえながら、「労使関係法制」「労働契約法制」「労働時間法制」「雇用差別禁止法制」「労働市場法制」を柱とする新しい労働ルールのグランドデザインの提起に向けて検討を重ねてまいりました。
  このシンポジウムでは、研究委員会におけるこれまでの成果を踏まえ、水町主査による「労働法改革のグランドデザイン」を提起するとともに、実務家・研究者等の皆様との意見交換を通じて、労働法改革のあり方について一緒に考えたいと思います。
  ふるってご参加いただきますようお願い申し上げます。

2.日 時    2009年4月22日(水) 13:30~16:30

3.場 所    東京・日暮里「ホテルラングウッド」2階・飛翔(裏面の案内図参照)
            東京都荒川区東日暮里5-50-5  電話03-3803-1234(代表)

4.参加対象   労働組合の政策担当者、経営者団体・企業の人事・労政担当者、政府関係政策担当者、国会議員・政党政策担当者、研究者・研究機関、記者クラブ・労働ペンクラブ、労働法制に興味をお持ちの方

5.参加費    無料

6.プログラム
13:30~13:35  主催者代表挨拶
13:35~14:25  基調報告 :水町勇一郎(東京大学社会科学研究所 准教授) ・
コーディネーター:鈴木不二一(同志社大学ITECアシスタントディレクター)
14:25~14:40  コメント1:山川隆一(慶応義塾大学大学院法務研究科 教授)
14:40~14:55  コメント2:鶴光太郎(経済産業研究所 上席研究員)
14:55~15:10  コメント3:岡崎淳一(厚生労働省 高齢・障害者雇用対策部長)
                        (15:10~15:30 休憩)
15:30~16:30  フロアーとの意見交換・質疑応答 

7.担当:連合総研 山脇・宮崎(TEL:03-5210-0851)

「イニシアチヴ2009―新しい労働ルールの策定に向けて」研究委員会(2007年4月~2009年2月)
主 査:水町勇一郎 東京大学社会科学研究所准教授
委 員:大石  玄 北海道大学大学院法学研究科博士後期課程
〃   飯田  高 成蹊大学法学部准教授
〃   太田 聰一 慶應義塾大学経済学部教授
〃   神林  龍 一橋大学経済研究所准教授
〃   桑村裕美子 東北大学大学院法学研究科准教授
〃   櫻庭 涼子 神戸大学大学院法学研究科准教授
〃   濱口桂一郎 労働政策研究・研修機構統括研究員
〃   両角 道代 明治学院大学法学部教授
アドバイザー:荻野 勝彦 トヨタ自動車株式会社人事部担当部長
〃             杉山 豊治 情報労連政策局長



お申し込みはリンク先からどうぞ。

ちなみに、わたくしは当日同じ時間に公共政策大学院の授業が入っているため、残念ながら出席できません。

当日配布されるディスカッションペーパーでの紙上参加ということになりますのであしからず。

雇用調整助成金と教育訓練給付

玄田ラヂオで、雇用調整助成金と教育訓練の話が出ています。

http://www.genda-radio.com/2009/03/post_447.html

>雇用調整助成金への期待が大である。

>最近の報道によれば助成金の申請が昨年の数十倍どころか、数百倍なのだそうだ。

>そんな期待大の雇用調整助成金は、ほんのつい最近まで「完全な過去の存在」になりかけていた、忘れられた存在だった。また覚えている人がいても、それは過去の悪しき政策という理解のほうが強かったように思う。

>将来性のない低生産性部門に属する雇用者の雇用維持は日本経済の長期成長にとってマイナスであり、それを後押しする雇用調整助成金は大転換の時代において愚の骨頂といわれていたのである。

このあたりは、日本の労働法政策の基軸の転変ということで、何回か書いてきたことです。

>雇用政策として重視されたのが、自己責任と歩調を合わせた、労働者本人への支援である。その象徴が教育訓練給付金制度である。

>ただ、一ついえるのは、ちょうど一年前に大問題となった駅前留学のNOVAは、教育訓練給付金制度の一つの徒花(あだばな)である。

90年代以来の「市場主義の時代」の一つの象徴ですね。

いま、再び話題になっているワークシェアリングとは、まだ市場主義の勢いが強烈であった2002年当時、護送船団方式だという非難を避けるためにわざわざカタカナ語を持ち出して偽装した日本型雇用調整方式という面があります。このあたり、ここ2ヵ月間、記者の方々に繰り返しお話ししてきたことですが。

玄田先生はこのあと、

>この際、不況をきっかけに教育や訓練の機会を公的に支援することは大賛成だ。

といいつつ、

>そして教育や訓練の制度が充実したとき、そこに参加しない無業者への社会の風当たりは、想像を絶するほど厳しいものになるだろう。

現在、非正規は問題になっても、働く希望を失い、就職を断念したニート状態の人々は、ほぼ完全に無視されている。何度でもいうけれど、ニートは裕福な家庭から生まれる傾向は弱まり、むしろ貧困とニートの関連が強まっているのだ。

という方向に議論を傾けます。

そこが重要な論点であることは確かです。彼らを丁寧に労働市場に連れてくるいい仕組みを工夫していかないと、

「俺たちにベーシックインカムを!」

「ふざけるな、この怠け者が!」

という見るに堪えない憎しみあいが生まれるだけでしょうから。

2009年3月 6日 (金)

本日の朝日「ワークシェア すれ違い」

本日の朝日新聞の13面に「ワークシェア すれ違い」という記事が載っています。その中に

>労働者の3人に1人にまで増えた非正規社員の削減が進むなか、正社員の雇用だけが優先されるワークシェアについて、労働政策研究・研修機構の浜口桂一郎統括研究員は「非正社員を『仲間はずれ』にし、自分たちだけで雇用を維持しようする正社員に対し、社会の反発の目が向かいかねない」と指摘する。

というコメントが載っていました。

ちなみにそのあとには、

>労働問題に詳しい慶応大の樋口美雄教授は、「不況をしのぐ手段ににとどまらず、日本社会の持続可能性を念頭に置いたあり方を議論すべきだ」と話す。

という樋口先生のコメントも。

『週刊金曜日』のベーシックインカム礼賛

090306_741 『週刊金曜日』が「貧困脱出の切り札 ベーシックインカム」とか言ってます。

http://www.kinyobi.co.jp/

>ベーシック・インカムというはじまり
 あるいは「銭ゲバ」=新自由主義からの決別
 白石 嘉治


「ベーシック・インカム」を知っていますか?
労働と関係なく、すべての人に、無条件で保障する所得である。
夢物語? そうだろうか。働きたくても職がない。
職があっても、選択肢がないから、低賃金・重労働を余儀なくされる。
いま必要とされているのは、そんな社会を根底から見直すための
全く新しい考え方ではないだろうか。

いや、だから、ベーシックインカムという発想こそが、新自由主義と親和的なんじゃないのか?という反省はないのですかね。

金曜日な皆様は、法人税廃止、公的年金廃止、職業免許廃止、教育バウチャーとか主張するたぐいのとってもフリードマンな人と共闘するつもりか知らん。

あえていえば、田中康夫氏の新党日本以外の野党がこの問題については(適当なリップサービスはするものの)本気では考えていないことが窺われ、安心しました。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/03/post_a922.html(ベーシックインカムについて)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/09/post_cda3.html(冷たい福祉国家)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/09/post_ad7c.html(ベーシックインカムと失業)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/11/post_48ae.html(労働中心ではない連帯?)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/post_0a8b.html(ナショナリティにも労働にも立脚しない普遍的な福祉なんてあるのか)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/post-9e09.html(ホリエモン、未だ反省の色なし)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/post-900f.html(大前研一氏の診断は正しいが処方箋は間違い)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/post-93bb.html(希望の社会保障改革)

2009年3月 5日 (木)

本日の赤旗の派遣労働に関する記事

本日の赤旗の第6面に「派遣労働者を守る ドイツの制度と運動 全員に失業給付」という記事が載っています。大変ためになる記事ですので、共産党のHPにはアップされていないのですが、引用しますね。

>世界的な景気後退の中、ドイツでも派遣労働者の雇用が問題になっています。しかし、日本と大きく違うのは派遣労働者が失業した場合のセーフティネットです。

この前振りは正しい。現在、ドイツでもフランスでも、常用労働者についてはいわゆる緊急避難型ワークシェアリング(もっともそういう言い方はしませんが。ドイツではクルツアルバイト(短縮労働)、フランスではショマージュ・パルシャル(部分失業)といいます。)をやる一方で、ズバズバ派遣切り、非正規切りをやっているわけで、その点では日本とたいして変わりないんですね。ただ、切られた方がそれで路頭に迷うということにはならない。

>派遣先の仕事がなくなり派遣元からも解雇された人は、まず雇用保険給付(失業手当Ⅰ)を受け取ります。ただし、雇用保険料を過去2年以内に12ヶ月間払った場合という条件がつきます。

>雇用保険給付の期間を終えても就職できなかった人は、基準給付(失業手当Ⅱ)を受け取ります。失業手当Ⅱは税金で賄われます。保険ではありません。

ジョブセンターでは、雇用保険の期間に職に就けなかった人だけでなく、学校中退後に就職できないなどの理由で雇用保険を払ってない人にも失業手当Ⅱを支給します。

>加えて住居費(家賃補助)を支給します(暖房費も含む)。

失業手当Ⅱの受給者の医療、年金、介護の保険料は行政が払います。ですから決して無保険にはなりません。

以上の措置で、物価の安いベルリンでは暮らしていけます。家賃を払えなくなってホームレスになることはありません。

本日の赤旗のほかの面を見ると、例によって「派遣切りを許さない」とか「派遣法抜本改正必ず」とかの記事が載っていますが、まあそれはそれとして、本記事は実にいいところを報じていると思います。

東大のオープンコースウェア

東大で行われた講義の資料とビデオ映像を公開するUTオープンコースウェアというのがあって、私が昨年10月22日に行った講義の資料とビデオがアップされております。

http://ocw.u-tokyo.ac.jp/courselist/609.html?teachcat=2

これは、学部・研究科横断型教育プログラムの一つのジェロントロジー「高齢社会の社会システムと生活環境」の一環です。秋山弘子先生のイントロの後、白波瀬佐和子先生、わたくし、岩本康志先生、武川正吾先生・・・とオムニバス形式で行われているもので、今のところ、わたくし以外に秋山先生、岩本先生のがアップされているようです。

ビデオは5つに分かれ、リアルプレイヤーで見られます。

第1回 有期労働契約研究会

去る2月23日に開かれた有期労働契約研究会の第1回目の会合の資料がアップされています。

http://www.mhlw.go.jp/shingi/2009/02/s0223-12.html

まずこれは何が目的の研究会かというと、

http://www.mhlw.go.jp/shingi/2009/02/dl/s0223-12a.pdf

>本研究会においては、次に掲げる事項を中心として調査・研究を行う。
・有期契約労働者の就業の実態
・有期契約労働者に関する今後の施策の方向性

労働契約法の時に積み残しになった形の有期契約に関する議論をやるわけです。どういう方々が検討するのかというと、

http://www.mhlw.go.jp/shingi/2009/02/dl/s0223-12b.pdf

阿部正浩獨協大学経済学部教授
あべまさひろ
荒木尚志東京大学大学院法学政治学研究科教授
あらきたかし
奥田香子京都府立大学公共政策学部准教授
おくだかおこ
鎌田耕一東洋大学法学部教授
かまたこういち
佐藤厚法政大学キャリアデザイン学部教授
さとうあつし
橋本陽子学習院大学法学部教授
はしもとようこ
藤村博之法政大学大学院イノベーション・マネジメント研究科教授
ふじむらひろゆき
山川隆一慶應義塾大学大学院法務研究科教授

労働法学系5人、労働経済・経営系3人というバランスになっています。いうまでもなく、いずれもこの分野の立派な研究者です。年齢的には中堅クラスですね。

具体的な論点として示されているのは、

http://www.mhlw.go.jp/shingi/2009/02/dl/s0223-12o.pdf

1 有期労働契約に係る施策の在り方
(1) 契約期間(上限制限)
(2) 有期労働契約の範囲、職種ごとの期間制限
(3) 契約締結時の労働条件等の明示
(4) 通常の労働者との処遇の均衡等
(5) 契約の更新、雇い止め
(6) その他有期契約労働者の待遇の改善対策
2 その他
必要に応じ、適宜論点を追加

となっていますが、大きく分ければ雇い止め関係と処遇関係の二つでしょう。

スケジュールとしては、

http://www.mhlw.go.jp/shingi/2009/02/dl/s0223-12n.pdf

>平成22年夏頃目処
・報告書取りまとめ

ということですので、だいたい1年強ほどかけて議論するということのようです。

興味深いのは、実態調査に関する案の中で、有期契約労働者の類型分けをしているところです。

http://www.mhlw.go.jp/shingi/2009/02/dl/s0223-12p.pdf

>事業所における呼称により分類することとした場合、多様な労働者が同じ就業形態中に混在することとなり、実態の把握が困難となるため、就業形態ごとに定義を与え、それに基づき労働者を分類することが適当ではないか。

ということで、

Aタイプ: 正社員と職務の内容が異なる者(その内容が正社員に比べ高度な者)
Bタイプ: 正社員と職務の内容が異なる者(その内容が正社員に比べ高度とはいえないが専門的な者)
Cタイプ: 正社員と職務の内容が異なる者(その内容が正社員に比べ軽易な者)
Dタイプ: 正社員と職務の内容が同様である者(その内容が専門的な者)
Eタイプ: 正社員と職務の内容が同様である者(その内容が非専門的な者)

という5つのタイプに分けています。

このわけ方がいいのかどうかも議論の対象でしょうが。

やや情緒的なマスコミ報道主導で急激に盛り上がって急速に醒めていった派遣の議論とは違い、この有期契約の問題は労働市場のあり方を根本から議論するものですから、じっくりと丁寧な議論をしていただきたいと思います。

2009年3月 4日 (水)

人財力分野の成長戦略

昨日、経済財政諮問会議において成長戦略の3つの分野が議論されました。

http://www.keizai-shimon.go.jp/minutes/2009/0303/interview.html

健康長寿、人財力、コンテンツという三題噺だそうですが、このうち人財力は本ブログの所轄範囲ですので、有識者議員提出資料を覗いてみましょう。

http://www.keizai-shimon.go.jp/minutes/2009/0303/item6.pdf

>戦後我が国は、人的資源の活用により「ものづくり立国」として発展し、世界をリードしてきた。しかし、近年、団塊世代技術者の一斉退職や十分な教育訓練機会に恵まれない非正規労働者の増加等の事態に直面し、技術力・国際競争力が低下しかねないとの懸念が生じている。我が国が「底力」を発揮するためには、日本経済の将来にとって戦略的に重要である分野を支えるための「人財力」、技術力を高める観点から、非正規労働者を含め、若手・中堅を中心とした人材育成の強化や、新しいフロンティアを生み出す研究基盤の整備に官民あげて取り組むべきである。

まことに適切な問題意識といえましょう。

まず最初の論点は「企業等における人材育成の強化、特に非正規労働者の能力開発を社会全体で支援していく取組を強力に進めるべきではないか」です。

>人材育成で重要な役割を担っている企業による教育訓練は、90年代に減 少した後最近は増加傾向にあるものの、中小企業の教育訓練投資水準は依 然として低く、また、正規労働者と非正規労働者との間に大きな格差がみ られる。

そこで、具体的な推進方策として、

・企業の人材育成支援(人材投資促進税制の活用、中小企業支援)
・ジョブカード制度(現在2000社以上が参加表明)を活用した、非正規労働者を対象とする企業内実習の機会拡大
・離職者に対する生活費支援付きの職業訓練システムや非正規労働者等を対象とする教育訓練施策の抜本的拡充
※イギリスのトランポリン型支援=「若者ニューディール・プログラム」の成果
※フランスの派遣労働者訓練基金を参考として検討
・優良な派遣事業者の訓練主体としての活用(派遣事業者が持つ人材育成システムの機能を訓練主体として活用すべき)

前半は今までもいわれてきたことですが、後ろの方の派遣事業を訓練主体として活用する、というのは政府関係の文書としては目新しいですね。

実は、これは私が『世界』3月号に書いた派遣の論文の最後のところで紹介したものです。まだ4月号が出ていないので全文は公開できませんが、最後の節だけ引用しておきますね。

>もう一つ、忘れてはならないのが派遣労働者の能力開発である。日本では特に高度成長期以来、企業内部のオンザジョブトレーニングによって正社員の教育訓練を行ってきたため、そこからこぼれ落ちる人々に対する公的職業訓練システムはかなり貧弱である。しかも、昨年末の雇用・能力開発機構の廃止決定に見られるように、公的職業訓練の必要性に対する政治家やマスコミの意識もきわめて低い。しかしながら、企業内教育訓練から排除されている非正規労働者がこれだけ増加する中で、公的職業訓練機関の抜本的拡充が不可欠である。
 ただし、派遣労働者の場合、派遣の合間の期間が生じうることから、これを教育訓練に充てることが合理的であるので、上記で提案した登録型派遣労働者待機期間給付の支給と併せて、派遣業界の共同出資により教育訓練施設を設け、訓練を行うというやり方も考えられる。言うまでもなくこういった費用は派遣労働者にではなく、派遣先に転嫁されなければならない。フランスでは中央労働協約により、派遣会社が義務的に賃金の2.15%分を拠出して派遣労働者職業訓練基金等を設立し、職業訓練を行っている。これは1972年のマンパワー社との協約に由来するという。

2つめの論点は「世界最先端の研究を支えるハード・ソフト両面にわたる研究体制の刷新を進める必要があるのではないか」ですが、これはパス。文科省と経産省あたりにお任せします。

3つめの論点は「人材育成を強化するため、理数・英語教育、キャリア・職業教育の充実、世界をリードする大学としての機能強化を推進すべきではないか」です。これを教育関係者だけに任せていると、話があらぬ方向にたゆたうていくので、ちゃんと実業方面から手綱を締めてかからないといけないわけですが、推進方策は、

・小学校の理科、算数、英語の教育の強化のための人材確保(含む外国人)
・退職したものづくり技術者(実務家教員)、社会人、大学院修了者の活用
・スーパーサイエンスハイスクールの拡充、英語教科書・授業の充実
・専門高校・大学と産業界の連携による職業教育、キャリア教育の充実
・国立大学運営費交付金や私立大学助成金の成果に応じた配分
・海外の有力大学等との複数学位制の拡大、優秀な外国人研究者の招聘・定着に向けた研究環境の国際化の推進、優遇ビザ制度の創設
・日本国内への「頭脳循環」のための海外在住研究者データベースの整備

前にも「金融立国論批判」の文脈で大瀧雅之氏を引いて述べたことですが、理科系の人だけに理科系の知識が必要なんじゃないんですね。文科系で知ったかぶりするお馬鹿さんを撲滅するためにも、理科系教育はみんなに必要なんだと思うのです。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/02/post_54bc.html(大瀧雅之氏の金融立国論批判)

>特に、近頃ブログ界に流行るインチキ連中への痛罵とも言うべき次の一節が拳々服膺すべき内容を含んでいるように思われました。

>・・・そうした中、まことに単純で杜撰な想定に基づく経産計算から導出された証券価格やリスク評価を盲信し金融経営の中心に据えることは、経営の怠慢に他ならず、背筋に寒いものを感じる。筆者が文科系学生の数学・理科教育が何にもまして重要と考えるのは、こうしたプリミティブな「数学信仰」そして同じコインの裏側であるファナティシズム・ショーヴィニズムを抑止し、広く穏やかな視野で論理的な思考を涵養せねばならないと考えるからである。彼らが数理科学の「免許皆伝」となることは残念ながらまったく期待できないが、組織・企業の要として活躍するには、そうした合理精神が今ほど強く要求されているときはない。

>筆者の理想とする銀行員像は、物理・化学を初めとした理科に造詣が深く、企業の技術屋さんとも膝を交えて楽しく仕事の話ができる活力溢れた若人である。新技術の真価を理解するためには、大学初年級程度の理科知識は最低限必要と考えるからである。そうした金融機関の構成員一人一人の誠実な努力こそが、日本の将来の知的ポテンシャルを高め、技術・ノウハウでの知識立国を可能にすると、筆者は信じている

付け加えるべきことはありません。エセ科学を的確に判別できる合理精神は、分かってないくせに高等数学を駆使したケーザイ理論(と称するもの)を振り回して人を罵る神経(極めて高い確率でファナティシズムと共生)とは対極にあるわけです

4つめの論点は「博士課程修了者が十分に活用されていない問題について、大学や産業界等の関係者で、原因の分析とともに解消策を検討すべきではないか」です。

ここで推進方策としてあげられているのが、

・大学や産業界等関係者の間の人材養成・活用に関する情報交換・協議の強化による産業界等社会のニーズと大学院教育のマッチング
・社会のニーズも踏まえた、博士課程入学定員・教育内容・組織の見直し
・博士号取得者の企業への就職促進(日本は米国と比較して半分程度、より長期のインターンシップ、産学連携の一環として就職に結びつけるトライアル雇用の積極的な取組支援、研究テーマと事業との関連の議論を促すなど定期的なジョブカフェの開催支援、大学における就職情報窓口一本化、データベース整備等)
・初等中等教育における理数教育を支援する外部人材としての活用

であることからもわかるように、問題意識は理科系の博士にあります。産業界が活用すべきであり、また活用できるはずの、最先端の科学技術を身につけた彼らを活用しないのはまさにもったいない話です。それにひきかえ(以下略)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/post-2f36.html(知ったかぶりより懺悔が先)

2009年3月 3日 (火)

雇用安定・創出の実現のための労使共同要請

本日、日本経団連と連合が、標記共同要請を行いました。

http://www.jtuc-rengo.or.jp/news/rengonews/2009/20090303_1236073874.html

要請文書は:

http://www.jtuc-rengo.or.jp/news/rengonews/data/20090303yosei.pdf

共同提言は:

http://www.jtuc-rengo.or.jp/news/rengonews/data/20090303teigen.pdf

今日の午前中も、某大新聞の記者の方とこのあたりのことをお話ししていたのですが、なかなか工夫された表現であります。

>有期雇用者を含めた企業の雇用維持に向けた一層の取組を可能とする雇用調整助成金の拡充・強化を行うこと。

というのが、先日の朝日の「耕論」等でも触れた非正規を含めたワークシェアリングに相当するわけですが、もちろん、ワークシェアリング自体は個別労使の自発的に行うものですから、ここでは政府への要望としてそのための制度拡充を求めるという形になっているわけです。

この辺、共同提言を見ますと、

>企業の経営環境が日を追うごとに急激に悪化している中、個別企業では、配置転換や、休業、時間外労働の削減や時短、さらには雇用情勢の厳しい分野の労働者を例えば出向等により一時的に雇用機会のある分野に企業間レベルでつなぐ等、失業がない形での産業間労働移動の取り組みなど、「日本型ワ-クシェアリング」とも言える雇用維持に向けた様々な方策が考えられるが、労使が十分に話し合いを行い、合意の上で進めなければならない。

と、大変微妙な表現ぶりになっています。このあたりの微妙さが、分かるかどうかが、労使関係感覚を測るいい物差しなんですよ。

ここ数日来、急激に進展しているトランポリン型失業扶助的給付ですが、

>雇用保険等の給付を受給できない者が職業訓練を受講する際の生活安定を確保するため、「就労支援給付制度(仮称)」を暫定的に創設し、一般会計により拠出すること。

と、労使共同して政府への要請となりました。これはもう財務省も認めるしかありませんな。

なお、こういう時期ですからいうまでもなく、

>公共職業訓練メニューのさらなる充実・長期化を図るとともに、ハローワークの全国ネットワーク機能を抜本的に拡充・強化すること

というのも入っています。こっちについても、懺悔していただく必要のある方々が結構いそうですね。

雇用、政労使で緊急協議 安全網整備へ足並み

本日の日経ですが、

http://www.nikkei.co.jp/news/main/20090303AT3S0201P02032009.html

>政府、日本経団連、連合は景気の急激な悪化を受け、政労使3者による緊急の雇用対策協議の検討に入った。経団連と連合が3日午後、舛添要一厚生労働相に共同で協議を申し入れる。雇用調整助成金制度の拡充や地域の雇用創出に向けた基金の活用などが検討の柱になる。雇用不安が広がるなか、ワークシェアリング(仕事の分かち合い)も課題で、働き手の安全網の整備に向け、政労使が約7年ぶりに足並みをそろえる形になる。

 経団連と連合の申し入れについて、政府関係者は「雇用情勢が悪いため労使の要請を拒否する理由はない」としている。3者による協議の枠組みや頻度はこれから詰めるが、雇用維持に主眼を置いた緊急の話し合いは前回の景気後退期の2002年に、オランダを参考にワークシェアリングの定義で合意して以来。オランダも正社員の短時間勤務導入など政労使の協議で成果を挙げている

最後のあたりがいささか歴史認識が怪しげ(「雇用維持に主眼」で「オランダを参考」に「成果を挙げた」んですか、そうですか・・・)ですが、まあ、検討の柱は「雇用調整助成金制度の拡充や地域の雇用創出に向けた基金の活用」と、政府のやるべきことの要求のようなので、それは当然合意するでしょうね。この事態を前にしては、財務省も反対はできないでしょうし。

ネットに載っていない紙の記事では「これまでの雇用の安全網から漏れてしまう離職者を対象とする生活保障制度の創設」が検討課題と書いてあります。昨日のエントリにも書いたこの失業扶助型セーフティネットが、中心課題でしょう。現在の所、日本経団連も連合も、職業訓練の受講を条件とする生活費支給という方向のようですが、私はそれだけでいいのか、いささか疑問もあります。雇用保険が切れたあとの給付は訓練受講を条件付けるのはいいと思いますが、こぼれ落ち組にまで一律に訓練受講を義務づけるべきなのかは一考を要するでしょう。

ちなみに、マスコミが大好きな(いまだにほとんど毎日取材があります・・・今日も)ワークシェアリングですが、「個別企業の労使間の合意を基本的条件に挙げ、議論を深める」んだそうです。ナショナルセンターレベルでは同床異夢にならざるを得ないのですから、そういう言い方しかできませんよねえ。

2009年3月 2日 (月)

失業手当終了後も生活費支給検討、職業訓練条件に

いよいよ、失業扶助制度の実現が射程距離内に入ってきたようです。なんだか、ものすごい勢いですね。

http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20090302-OYT1T00639.htm

>政府・与党は、失業手当の給付期限が切れた失業者に、職業訓練中の生活費を支給する制度の検討を始めた。Click here to find out more!

 昨年から月10万円の貸付制度を始めているが、利用者が少ないため、より使いやすい制度の創設を目指す方針だ。

>新制度について、与党では関係法を整備し、一般会計を財源とした恒久的な制度を創設する案が出ている。欧州では、ドイツなどがこうした制度を設けており、連合(高木剛会長)も制度創設を求めているためだ。

正確に言えば、EUのほとんど全ての国がそういう制度を設けています。ただ、逆にそれが悩みの種にもなっているのですが。

 ただ、法案審議に時間がかかることから、政府では当面、現在の貸付制度を変更する形で対応するべきだという声が強い。その場合でも、貸し付けではなく、返済を求めない支給制度とし、倒産した自営業者ら雇用保険に加入していない人も対象とする方向だ。

 制度の詳細は今後、与党の「新雇用対策プロジェクトチーム」(座長=川崎二郎・元厚労相)で調整する。

こういう制度については、必ず、

>「長期間、生活費が支給されることになれば、結果的に離職者の就労意欲を減退させる可能性もある」(厚労省幹部)という指摘も出ており、支給額や期間は慎重に検討する考えだ。

というモラルハザード問題がついて回るので、いかにトランポリン的なメカニズムを制度の中につくっておくかが重要になります。職業訓練の受講を条件にするというのは一つのやり方ですが、それだけでいいのかというのは議論のあるところでしょう。

>一方、民主党も、失業手当の受給を終えた失業者に、職業訓練を受けている間、2年間を限度に月10万円程度の手当を支給する「求職者支援法案」を今国会に提出する方針だ。

もとは連合の要求からですから、そういう意味では昨年末以来の連合の政策実現力は大変なものといえましょう。

(追記)

ちなみに、本日の読売が

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20090303-OYT1T00015.htm(生活保護申請6割増、「非正規」失職響く)

>厳しい雇用情勢が続く中、生活保護の今年1月の申請数を、読売新聞が17政令市と東京23区を対象に調べたところ、前年同月比で約6割増えたことがわかった。Click here to find out more!

 増加したのは計40市区のうち39市区。管内や周辺に製造業の工場がある自治体の増加率が高い傾向にあり、非正規雇用の労働者の失業が申請増の一因になっているとみられる。

と報じています。事実上、生活保護が失業扶助臨時代理を務めているわけです。

昨日の記事に「日本オワタ」などと揶揄する向きもあるようですが、生活保護の手前で受け止める仕組みがなければ、(今までみたいな水際作戦がもはや不可能になってしまった以上)生活保護でお世話しつづけることになるわけで、その方が望ましいのか?という問題であるわけです。

もちろん、労働中心主義が気にくわない人々、とりわけベーシック・インカム論者などからすると、無差別平等主義で生活保護を支給する方がいいのかも知れませんが。

希望の社会保障改革

Kibousyakai 旬報社から出版された駒村康平+菊池馨実 編『希望の社会保障改革』は必読の書です。以上。

といっただけではあまりにもぶっきらぼうなので、旬報社のHPからコピペしながら紹介しますね。

http://www.junposha.com/catalog/product_info.php/products_id/506

本書は、『世界』の昨年12月号に掲載された「新しい社会保障像の構想」を総論として冒頭におき、そのあとにこの研究会のメンバーの各分野ごとの論文を載せた形になっています。

現在、バブル崩壊後に日本経済を立て直すために採用されたいわゆる「構造改革」により、雇用システムは不安定になっている。また、小さい政府路線により、社会保障制度も脆弱なものとなっている。こうした状況で、2008年後半に発生したアメリカ発の金融危機が実体経済に深刻な影響を与えつつあり、多くの国民を不安に陥れつつある。戦後、今日ほど社会保障制度の立て直しが求められている時期はない。」
「こうした混迷の時代にあってこそ、いわば原点に立ち返って、新たに社会保障の理念を構築し直し、既成の枠組みにとらわれることなく、中長期的視点に立った社会保障像を描くことが求められているように思われる。しかも、「社会保障の持続可能性」をたんに財政面からとらえるだけでなく、社会保障制度を支える社会的ないし市民的基盤の再構築という側面からとらえることも重要である。このことは、社会保障に限定されない「社会」のあり方そのものへのビジョンをもつということでもある。

『世界』誌に載ったときの本ブログのエントリはこれです。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/post-2f7e.html

編者以外の執筆者は以下の通り:

石崎 浩(読売新聞社)
今井博久(国立保健医療科学院)
齋藤純一(早稲田大学)
関ふ佐子(横浜国立大学)
西村 淳(厚生労働省)
沼尾波子(日本大学)
原田啓一郎(駒澤大学)
福田素生(埼玉県立大学)
本田達郎(医療経済研究機構)
山田篤裕(慶應義塾大学)

いろんな意味で、私と問題意識を共有する人々です。あえていえば私が労働サイドからものを考えるのに対し、このかたがたは厚生サイドからものを考えるということでしょうが、今日その両者がきわめて密接に入り交じってきていることは、本書の論述を読んでもよくわかるところです。

かなり細かい目次が載っていますのでそのまま引用しますね。

提言 新しい社会保障
Ⅰ 総論
 1 社会保障の目的と理念
 2 社会保障制度の基本的な考え方
 3 社会保障の基盤整備
 4 社会保障の財源政策
Ⅱ 社会保障制度の各論
 1 定義・構成
 2 所得保障制度
 3 就労支援制度―労働政策(人的能力開発、労働市場・雇用関連制度の整備)
 4 医療保障制度―医療費保障、医療提供体制
 5 介護保障制度
 6 子育ち・子育てを支援する制度
 7 住宅保障制度―住宅手当、住宅サービス保障
Ⅲ 改革に向けての議論の進め方
 1 議論の目標
 2 議論の現状
 3 望ましい議論の進め方
第1章 新しい社会保障の理念―プロテクションからプロモーションへ…………齋藤純一
 1 貧困と社会統合
 2 社会統合と制度への信頼
 3 プロテクションからプロモーションへ
 4 自律を支援する社会保障
第2章 社会的排除の克服に向けて…………西村 淳
 1 自立と社会への参加
 2 社会的排除克服のための施策―就労・生活・所得支援の一体的提供
 3 社会的排除克服のための人的資源と体制の整備
 4 ポジティブな社会保障へ
 5 社会的包摂の理念と社会モデル
 6 社会連帯の再構築と社会保険
第3章 分権型社会保障制度の構築…………沼尾波子
 1 社会保障制度における国と地方
 2 現行制度にみる国と地方の役割分担
 3 社会保障財源の確保
 4 分権型社会保障制度の確立に向けて
第4章 所得保障政策に関する提言…………駒村康平
 1 所得保障制度の現状と課題
 2 所得保障制度見直しの視点
 3 具体的な政策提言
 4 望ましい所得保障イメージ
第5章 雇用政策への提言………山田篤裕
 1 雇用が直面している現状について
 2 問題の背景
 3 政策的視点
 4 望ましい就労支援・労働政策
第6章 医療提供体制の進むべき方向…………今井博久
 1 医療の普遍平等性
 2 医療供給体制の基本構造の改革
 3 新しい医療提供体制を築くために
第7章 市民参加による医療費保障制度…………福田素生
 1 市民参加による開かれた医療費保障制度に向けて
 2 医療費保障制度の現状と課題
 3 医療費保障制度の改革
第8章 普遍的介護保障システムの確立…………関ふ佐子
 1 普遍化が必要な背景
 2 シンプルで普遍的な介護保障
 3 改革の前提条件
第9章 児童家庭福祉から家族政策、子育ち支援へ…………福田素生
 1 日本に家族政策を
 2 育児支援策の現状と課題
 3 家族政策、子育ち支援策の確立と実効ある具体策の推進
第10章 社会保障における住宅保障………… 本田達郎
 1 住宅保障の重要性
 2 住宅保障の現状
 3 今後の住宅保障を考えるに当たって
 4 社会保障における住宅保障の将来像
第11章 求められる超党派での合意形成―公的年金改革を中心として…………石崎 浩
 1 先送りが不安を生む
 2 繰り返された先送り
 3 官僚主導
 4 インクリメンタリズムの傾向
 5 医療、介護でも問題先送り
 6 消費税の議論も進まず
 7 対立型政策決定の問題点
 8 超党派合意が望ましい
第12章 新たな持続可能性の視点―社会保障を支える市民的・社会的基盤の再構築…………菊池馨実
 1 社会保障改革の視点
 2 社会保障制度審議会五〇年勧告
 3 社会保障制度審議会九五年勧告
 4 社保制審後の提言
 5 社会保障国民会議
 6 新たな議論の場を

どれも興味深い論点がいっぱいですが、とくに、第5章「雇用政策への提言」の最後のところで、ベーシックインカム論に反論しているところがおもしろかったです(p115~116)。

>本提言のような雇用の保障・再分配によってではなく、広く全ての市民に基礎的所得保障を行うベーシック・インカムを導入することによって、人は自由に労働市場に参入・退出できるようになるという見方もある。・・・むしろベーシック・インカム導入により、あらゆる労働保護規制を撤廃でき、労働市場を完全競争市場にできるという見方もあり、我々は、実質的に低いベーシック・インカムで労働保護規制撤廃につながることを恐れている。

>しかし、ベーシック・インカムに対するもっとも強い違和感は、ベーシック・インカムにより、人々は「真に自由」になり、「やりたい仕事」をするようになるという理想的な労働観、すなわち、自分自身の適性や「やりたい仕事」を人々ははじめから知っているという前提である。しかし、逆にベーシック・インカムにより、人は、さまざまな職業を経験する機会がなくなるのではないか。さまざまな職業との出会いと挫折、技能の蓄積・修練に伴うさまざまな試練の意義について、ベーシック・インカムを支持する論者は、楽観的な労働者像をもっているのではないか。むしろ我々は、ディーセントな労働の保障により、人々が社会と関わり、さまざまな経験をすることにより、社会連帯が強くなると考えている

水町勇一郎先生の「非正規問題の本質はどこにあるのか?」

経済産業研究所(RIETI)が、「短期集中連載 雇用危機:克服への処方箋」というシリーズをHP上で公開しています。

すでに、大竹文雄先生なども書かれていますが、今回は満を持して(?)水町勇一郎先生の登場です。

http://www.rieti.go.jp/jp/projects/employment_crisis/column_06.html

題して、「非正規問題の本質はどこにあるのか?」

>「派遣切り」、「期間工切り」、さらにはその背後にある「ワーキング・プア」など非正規労働者をめぐる社会問題が一気に顕在化している。これに対し政府は、日雇い派遣の原則禁止、雇用保険の被保険者資格の拡大、雇用促進住宅の提供などの対策を講じようとしている。しかし、問題の本質にさかのぼって考えると、これらの対策はいま起こっている問題に対する弥縫策に過ぎず、問題を根本的に解決しようとするものとはいえない。

これら非正規労働者(さらには正規労働者を含む雇用システム)をめぐる問題の本質は、さしあたり次の3点にあるように思われる。

まず第一は「雇用の不安定さ」です。問題は「入り口規制か? セーフティネットか?」

>第1に、雇用の不安定さとそれに対する対処法である。2008年の秋以降「派遣切り」の問題が浮上し、政府は日雇い派遣を原則として禁止する方針を打ち出している。しかし、雇用の不安定さは派遣労働者に限られた問題ではなく、期間を定めて雇用される直接雇用労働者(有期契約労働者)にも共通する問題である。

有期契約労働者も含めた雇用の不安定さに対処する法律政策としては、1)期間の定めのある労働契約の締結や労働者派遣の利用に法律上限定を加えるという「入り口規制」と、2)入り口では規制を加えず不安定さに対処するための「セーフティネット」を整備するという大きく2つの選択肢がある。いまの政府の対応は、1)労働者派遣に一定の入り口規制(日雇い派遣の原則禁止)をかけつつ、有期契約労働者の利用には限定を加えないという点で一貫性がなく、2)雇用保険の被保険者資格という点でも「1年以上の雇用見込み」の要件を「6カ月以上の雇用見込み」に改めるだけの中途半端なものとなっている。これでは、6カ月未満の雇用見込みの短期契約労働者は雇用が不安定なままセーフティネットも整えられていない状態にとどまることになる。

今後の政策の方向性としては、上で述べたように、「入り口規制」型と「セーフティネット」型の2つがありうる。このうち前者は、これまでヨーロッパでとられてきた方法(たとえば有期労働契約の締結や労働者派遣の利用を合理的な理由がある場合に限定する)である。しかしこの方法には雇用全体の硬直性をもたらすという弊害があることが広く指摘されている。これに対し、後者を日本でとるとすれば、雇用労働者であれば短時間労働者であっても有期契約労働者であってもすべて雇用保険加入義務を課すことによって使用者の保険料負担回避行動を抑制しつつ、労働者のモラルハザード(短期の就労と保険受給を繰り返す行動)を防ぐために自発的離職者には一定の受給要件(たとえば離職前6カ月間に3カ月以上就労していたこと)を設定するという制度にすることが考えられよう。また、「セーフティネット」の整備を図る際には、職をもたない(失った)者が長い間そこにとどまらないようにきめの細かい積極的な支援(「アクティベーション」)を講じていくことも重要な課題となる。このような具体的な政策のあり方を念頭に置いた冷静で着実な議論が求められる。

異議なし。ほとんど私が『世界』で述べたことと同じだと思います。

2番目は「処遇の低さ」です。問題は「「同一労働同一賃金」原則か?」

>第2に、処遇の低さ(「格差問題」)とそれに対する対処法である。ヨーロッパ(EU)ではすでに、パートタイム労働者、有期契約労働者、派遣労働者に対する差別的取扱いを原則として禁止する指令が定められ、フルタイム・無期契約・直接雇用労働者(いわゆる「正規労働者」)との処遇格差の改善が図られている。

しかし日本では、非正規労働者の処遇はなお低いままである。雇用を切られた者が同時に住宅を失うという問題は、低い賃金では自分で住宅を借りるのも難しいという処遇の低さと結びついたものである。最低賃金と生活保護との逆転現象は、最低賃金に近い非正規労働者の賃金では「最低限度の生活」を送ることが難しいことを示している。非正規労働者の処遇が低すぎることは、コスト削減競争によって非正規労働者のさらなる増加をもたらし、正規雇用の減少や過剰労働問題の深刻化にもつながっている。

このような状況を改善するために、日本でも「同一労働同一賃金」原則を打ち出すべきであるとの主張がみられる。これは、労働の内容が同じであれば契約の形態にかかわらず同じ賃金を支払うことを法的に義務づけることで、非正規労働者の処遇の改善を図ろうとするものである。この原則は、労働(職務)と賃金がリンクした職務給をとっているところではうまく機能するかもしれない。しかし日本では、狭い意味での労働(職務)ではなく、中長期的なキャリアを念頭において処遇を決定していること(職能給)も少なくない。企業がそれ以外の処遇方法(たとえば年功給、生活給)をとることも考えられる。ここで重要なのは、非正社員の処遇改善のために「同一労働同一賃金」の実現を可能とする職務給を押しつけることではなく(職務給を押しつけて中長期的な労働者の育成が必要な企業でそれができなくなってしまったら元も子もない)、それぞれの処遇方法にあった形で差別の禁止(処遇の改善)を進めていくことである。処遇の実態にあった柔軟な差別の禁止の制度化は法的に可能であるし、望ましい

これもよく聞かれることですが、いまの日本で直ちに職務給を導入するとか同一労働同一賃金原則を適用するなどと言うことができるはずがないわけで、それができないから処遇格差がそのままでいいといったら、何も解決するはずがないわけです。こういう現実に足をつけつつ理想を追求するというものの発想がいまほど必要な時期はないはずなのですが。

第3は「対話からの排除」です。問題意識は「労働組合か? 労働者代表制か?」

>第3に、労使の対話から排除された非正規労働者をコミュニケーションの輪のなかに取り込んでいくことである。雇用の継続・終了の問題にしても、賃金等の処遇の問題にしても、関係する人びとと十分なコミュニケーションを行い、その納得度を高めることが重要になる。社会が複雑になり人びと利益状況が複雑に絡みあうようになると、これらの多様な利益を調整するプロセスの役割がより重要になってくる。労働者の意見を聞きそれを調整・反映させる基盤を作っていくことは、労働者のやる気を高めるだけでなく企業の利益にもつながる。

問題は、このコミュニケーションの場をどこに求めるかである。近年では労働組合も非正規労働者の組織化を進めている。労働者が自発的に組織する労働組合がその役割を担うことは望ましいことであり、労使が協力してコミュニケーションの輪を広げていくことをこれからも期待したい。しかし現実には、日本では労働組合が存在していない企業・事業場の方が圧倒的に多く、労働組合の自主的な取り組みによって非正規労働者を含むコミュニケーションの輪が裾野まで広がっていくことは難しいかもしれない。

そこでもう1つの選択肢として考えられるのが、各企業・事業場において非正規労働者を含むすべての労働者によって民主的に代表を選出する労働者代表制を制度化することである。制度化にあたっては、労働組合と労働者代表が相互補完的・相乗的に機能するように権限を設定すること、労働者代表と協議・協定することを企業にも促すような法的インセンティヴを与えることが重要になる。このような法制度改革によって、非正規労働者をも包摂したコミュニケーションの基盤を作り上げていくという方法も考えられる

これも、重要なポイントですが、往々にして抜け落ちてしまう傾向にあります。

とにかく、水町先生が最後に言われるように、

>以上のような政策を一体として講じていくことによって雇用システムや労働市場全体のバランスをとっていくこと、そのための冷静で着実な議論を積み重ねていくことが、昨今の問題を解決するための一番の近道のように思う。

まさに、バランスのとれたcool head and warm heart な議論が必要な時でしょう。

2009年3月 1日 (日)

年功賃金制と生活費構造

舟橋尚道氏の『転換期の賃金問題』(日本評論社)は、いまから40年近く前に出された本ですが、その論の射程はなお現代に十分届いています。

小池和男氏、高梨昌氏らの「年功賃金=独占段階一般論」への批判が中心的論点ですが、この点についてはすでに遠藤公嗣氏の詳細なフォローがされていますので、いまさら紹介するまでもありませんが、今回再読して次の一節(p165)が未だに日本の賃金構造と社会システムの関係を的確に捉えた記述として有効であることを再認識しました。

>制約条件の第二は、我が国の場合に特殊な生活費構造である。すなわち、国民生活研究所の行った調査によって我が国の生活費構造の特質を一言で言えば、いわゆる年功的生活費構造であるといってよい。なぜならば我が国の場合、20歳代で住宅問題を解決することは困難であり、家族員数が増加するにつれて狭い借間生活から抜け出すために、年齢が高まるにつれて住宅費が増加してくる。次に中高年齢層になると、子どもが高等教育課程に進み、教育関係の出費がかさみ、次いで子どもの結婚期を迎えると結婚式その他の費用負担が多額に上ってくる。・・・

>例えば住宅問題について言えば、我が国における社会的資本の決定的立ち後れが、国民の住宅費負担を大きくしており、さらに教育費の問題にしても、学生の3分の2が私学に委ねられているという状況のもとで、負担はすべて国民の方に転嫁されている。・・・従って、我が国においてもし職務給が実現して、賃金がフラットな形になった場合には、現在の生活費構造上の矛盾が大きく露呈することは間違いないであろう。逆に言えば、我が国の社会の制度的条件に根ざした生活費構造が、職務給の導入を制約する大きな条件となっており、その意味においては社会資本の立ち後れ、すなわち住宅政策、教育政策、その他の社会保障が改善されない限りは、賃金の近代化にも限界があると考えて良いのである。

本ブログで以前取り上げた湯浅誠氏の指摘と40年の時を隔てて響き合っていることが分かります。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/post-ed5e.html(湯浅誠氏のまっとうな議論)

>>――非正規労働者の生活の厳しさが指摘されて久しい。

 非正規労働者の賃金は30代で290万円くらいで頭打ちになり、40~50代になっても増えない。一方、正社員の賃金は、40~50代で急激に伸び、退職手前で落ちるというカーブになっている。

 日本では教育費をすべて、家計が持たなければいけない。子どもが育つに従って家計の支出は増えるという高コスト生活になっている。そのため、収入もそういうカーブを描かない限り、結婚もできないし子どもも産めないということになる。

 対してヨーロッパは、19世紀以来の福祉国家型の社会を目指すなかで、低コスト社会をつくってきた。だから、ヨーロッパでは賃金カーブは40~50代になってもフラット。なのに、なぜ生活できるのかというと、学費がタダであるとか社会保障で家計がカバーされているから。

――日本もヨーロッパ型の福祉国家を目指すべきということか。

 そうではなく、まずは賃金と社会保障をセットで考える必要がある。今は、経営者は賃金は上げられない、国は社会保障の財源がないというどっちつかずの状態。

 だが、両者でうまく 日本型 のすり合わせを模索しながら、少しずつでも賃金が上昇していき、今より多少は低コストの社会をつくっていくしかない。

「すり合わせ」という漸進的感覚が適切です。

>――正社員の給料を下げ、非正規の給料に振り向けろという意見がある。

 そんなところに解決策があるとは思えない。生計の賃金依存度がきわめて高く、そのなかで子どもの教育費を支払いながら高コスト社会を生きているという点では、正社員も非常に厳しい環境にいる。

 彼らは子どもにただまともな教育を受けさせたいだけで、高い賃金でゆとりのある暮らしをしているという実感など、一般の正社員レベルではないだろう。

 ろくに仕事をしていない40~50代の賃金を下げろというが、そんなことをすれば彼らの子どもは進学できなくなる。結婚できない貧困と、子どもがいることによる余裕のなさは、裏腹の関係になっている。

――中間のサラリーマン層も納得できる解決策はあるか。

 賃金や雇用に手をつけるのなら、先に言ったように、同時に学費を無料にするなど社会保障も変えていかないと無理だろう。

ここで、その学費を無料にすべき「まともな教育」の職業レリバンスはあるのか?という何回も出てくる問題が顔を出すわけです。職業的自立のための教育訓練であれば、まさに公共投資として社会的移転の対象とする合理性がありますが、快楽のための消費財であればそれは難しい。シグナリング効果が欲しいのだとすると、もっと社会的コストの少ないやり方があるのではないかという話になる。しかし、それは何回も触れてきたように、大学教師の労働市場に多大な影響を与えます。

アメリカ政府に批判されるかよ!

毎年恒例のアメリカ政府国務省による世界各国の人権状況報告ですが、今年はEU加盟国も批判の対象になっているようですが、その中身というのが・・・

http://euobserver.com/9/27689(US criticises EU countries for human rights abuses)

>Ethnic discrimination on the Belgian labour market, neo-Nazi extremism in Austria and abuses against Roma in nine EU countries are some of the findings of the 2008 US government report on human rights.

The report, issued on Wednesday (25 February) by the State Department for each country of the world, says that the Belgian government "generally respected the human rights of its citizens," but found several problems, such as overcrowded prisons, lengthy pre-trial detention, poor detention conditions prior to expulsion and "ethnic discrimination in the job market."

このベルギーの人種差別ってのの実例は、

>"On July 10, the European Court of Justice ruled that a manufacturer of automatic garage doors had discriminated when he refused to hire a Moroccan applicant under the pretext that his clients would object to having a Moroccan worker in their homes. The case was referred to a labour court for sentencing under the antidiscrimination law," the report states.

と、本ブログでも紹介した欧州司法裁判所の判決なんですが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/post_678e.html(モロッコ人は採用しない!と公言するのは差別)

>ベルギーで持ち上げ式・ユニット式ドアの販売設置業を営むフェリン社のフェリン氏が、広告や新聞インタビュー等で、「モロッコ人なんか雇わない。うちは客商売なんだ。客の家に入り込むんだ。お客は怖がるだろう。モロッコ人が行ったら、そんなドアいらない、と言われるよ」てなたぐいのことを公言したんですね。

いかにもフランデレンの中小企業のオヤジという感じですが、これに対して、反差別法に基づき設置された均等反差別センターが、ブリュッセルの労働法バンクに訴えたんですが、労働法バンクは「被害者がいないじゃないか。つまりまだ差別行為は起こっていないじゃないか」と、これを退けたのです。

そこで均等反差別センターがブリュッセル労働裁判所に訴えたのが本件、同労働裁判所は欧州司法裁判所に付託したというわけです。

こういう事案をわざわざ政府の反差別機関がほじくり返してきて差別を糾弾しているということの方が、ベルギーの人権状況をよく物語っているようにも思えるんですが。

知ったかぶりより懺悔が先

3法則で有名な池田信夫氏は、かつて

http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/9edbf325d17cc62254dcf71ecc6395f1労働組合というギルド

という一知半解の記事を書き、私に

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/09/post_a4ee.html(半分だけ正しい知識でものを言うと・・・)

と批判されたのに逆上して、もっぱら彼の第3法則、すなわち「池田信夫氏が議論の相手の属性(学歴等)や所属(組織等)に言及するときは、議論の中身自体では勝てないと判断しているからである蓋然性が高い」を、かれの忠実なイナゴの子分たちとともに実践したことはご存じの通りです(そのあまりにも醜悪な誹謗中傷の数々はいちいちリンクしませんが)。

その彼が、(企業のメンバーシップという外在的要因に立脚した非ギルド的な日本の企業別労働組合とは異なる)まさに本来的意味におけるギルド的性格をもった北欧の労働組合を賞賛しているのですから、いったい頭の中はどうなっているのか不思議でなりません。知ったかぶりより懺悔が先ではないでしょうかね。

http://agora-web.jp/archives/486539.html「民主党2.0」のためのコンセプト

北欧諸国は人口数百万人の小国で、労組の組織率が80~100%と非常に高く、それが労働移動の仲介機関になっています。それを日本に輸入できるかどうかは疑わしいという留保はありますが、こうした国々の相対的な効率が、1990年代以降のグローバル化の中で上がったことは重要です。東欧からの移民が大量に流入した欧州では、労働力を単純労働から熟練労働に移動する必要に迫られました。北欧型の手厚い労働者保護が、結果的には柔軟な労働移動を可能にして、グローバル化への対応を容易にしたといわれています。

これは日本にとっても手本になりうるでしょう。世界最大の工場である中国を隣に控えた日本は、欧州以上に強いグローバル化の圧力を今後もずっと受け続けます。中国でつくれるような工業製品をつくっている部門から、それと競合しないサービス業に労働人口を移動しないと、長期停滞は避けられません。こうした産業構造の調整を英米型の市場志向の労働市場で行なうよりも、北欧型の積極的労働政策によって行なうほうが効果的だとすれば、労組は労働移動のインフラとして新たな役割を果たせるかもしれない。

集票基盤の弱い民主党が労組の組織力に頼らざるをえない一方で、過度に依存すると「労組べったり」だと批判されるジレンマを解決し、真の国民政党として生まれ変わるためには、労組の役割を労働者の再チャレンジのための非営利組織として再定義する必要があるのではないでしょうか

それこそが、日本の非ギルド的正社員組合とは異なる、言葉の正確な意味でのギルド的性格を有する労働組合なんですがね。

(参考)

>つまり労組は「正社員」による独占を守る組織なのだ。

ではありえない。逆であって、「組合員による独占を守る組織」なのである。

組合へのメンバーシップがキモなのであって、企業へのメンバーシップとはまるで方向が正反対。

これに対して日本の企業別組合というのは、企業へのメンバーシップ(これを「正社員」という商法上奇妙な言葉で称する)に立脚したものであって、まさに「正社員による独占を守る組織」なのである。この性格は先日のエントリーでも書いたように、戦間期から生じていたわけだが。

池田氏の見解そのものも

>若年層に非正規労働者が増えていること・・・を解決するには、労働組合の既得権を解体し、正社員を解雇自由にするしかない。

>解雇自由にする代わり、職業紹介業も自由化して中途採用の道を広げれば、みんな喜んで会社をやめるだろう。

と、まことに乱暴だが、賛成反対以前に、「労働組合の既得権」を標題に掲げるギルドとしての既得権とは全く正反対の企業メンバーとしての既得権という意味で使っている論理矛盾への意識がまるでないという点で既にしてアウト。

ギルド的労働組合は解雇規制などではなく、入職規制がキモであって、その点において「職業紹介業の自由化」と対立する。

とにかくこういうなまじ半分だけよく分かったような議論が一番始末に負えない。

いや「ギルド」などと知ったかぶりをせず、初めから現代の企業別組合の話だけしているんですといえば、賛成反対は別としてこういう苦情を言う必要はないのだが。

(追記)

ギルド的組合と正社員組合は違うんだよと云っているのにそれが判らないひとだな。企業別組合以外の組合を想像したこともないのだろうが

(追記)

というわけで、一知半解氏はものの見事に3法則を実践してくれました。

http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/009708ed4ea1e61288e892a3288ac88c

>「天下り」や「低学歴」をバカにされたのがよほどくやしいようだから何度でもいってやるけど、官庁の権限をバックにして大学にもぐりこむような人物が雇用問題を論じるのは、泥棒が刑法を論じるようなもの。彼の肩書きをバカにするのは、その内容が論評に値しないからです。

これについて、小倉秀夫弁護士は、

http://benli.cocolog-nifty.com/la_causette/2009/03/post-e2fe.html

>いやまあ,池田さんが時折,濱口桂一郎・独立行政法人労働政策研究・研修機構統括研究員に向ける学歴差別的な言辞を見ても,・・

と言われていますが、いやまあ、別にいいんですよ、彼にとってはその博士号(ただし、悲しいかな、経済学博士ではなく、メディア博士だそうですが)がこの世のあらゆるものに優越する史上最強の武器なんでしょうし、私が博士号はおろか修士号もない一回の法学士にすぎないことは隠れもない事実ですから。

ただ、一知半解氏にとってまことに残念なことは、事実問題は語っている人間が博士号を持っているか学士に過ぎないかによって解答が変わらないということなんですね。

一知半解氏に博士号があるからといって、解雇規制を有する北欧諸国が解雇規制のない国に(あら不思議)早変わりしてしまうということは残念ながらありませんし、私が学士に過ぎないからと言って、北欧がギルド型の労働組合で、日本の企業別組合が正社員組合であるという事実がひっくり返るというわけでもない。

一知半解氏の偉大なる博士号の魔法のお陰で、偉大な労働経済学者である小野旭先生の著書の中に、書いたはずのない「昭和初期に臨時工は全然可哀想な存在ではなかった」などという記述が、(あら不思議)いつの間にか出現するなどということもないわけです。

私の低学歴を百万回罵倒しても(いや、お好きなだけ罵倒されればよろしいが)、一知半解氏の博士号の魔法で事実はひっくり返らないというだけのことでしょう。

まあ、だから、第3法則を実践するしかないわけです。心から同情いたしますよ。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/12/3_a7ad.html(池田信夫氏の3法則)

池田信夫氏の第1法則:池田信夫氏が自信たっぷり断言していることは、何の根拠もない虚構である蓋然性が高い。

もし根拠のあることをいっているのであれば、批判されればすぐにその中身そのもので反論できるはずでしょう。できないということは、第1法則が成り立っているということですね。

池田信夫氏の第2法則:池田信夫氏がもっともらしく引用する高名な学者の著書は、確かに存在するが、その中には池田氏の議論を根拠づけるような記述は存在しない蓋然性が高い。

もしそういう記述があるのであれば、何頁にあるとすぐに答えればいいことですからね。

池田信夫氏の第3法則:池田信夫氏が議論の相手の属性(学歴等)や所属(組織等)に言及するときは、議論の中身自体では勝てないと判断しているからである蓋然性が高い

ここのところ、池田信夫氏があちこちで起こしてきたトラブルにこの3法則を当てはめれば、いろいろなことがよく理解できるように思われます。

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