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2009年2月 5日 (木)

稲葉振一郎先生の「労使関係論」論始まる

私が新聞記者の方との会話から飛び出した素朴な思いを書き殴った

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/post-2ae9.html(どぶ板の学問としての労使関係論)

に対して、稲葉振一郎先生が真剣な検討を加えられようとし始めています。

http://d.hatena.ne.jp/shinichiroinaba/20090205/p2(労使関係論とは何だったか)

私の上記エントリを読まれて、「非常に腹ふくるるものがあり」、佐口和郎先生の「制度派労働研究の現代的価値― 社会政策研究との関連で」(『社会政策』創刊号)を引きながら、

http://www.e.u-tokyo.ac.jp/cirje/research/dp/2008/2008cj192ab.html

・なぜ制度派労働研究は、大企業正規従業員、ブルーカラーの雇用と処遇をめぐる労使関係を焦点とし続け、かつ研究法においてはインテンシブな事例研究を基本としたのか? 

・労使関係論と労務管理論との違いは、いったいどこにあるのか? そもそもそんな違いはあるのか?

という疑問を提起し、さらに興味深い議論に進んでいます。この部分は「願わくば続く」ということなので、まさに議論を敷衍していただくことを強くこいねがいたいと思います。

>私見では佐口氏の言う「制度派労働研究」の中核にあったのは、氏原正治郎の指導・薫陶を受けた、東京大学経済学部ならびに社会科学研究所周辺の研究者たちの仕事

>このいわば「東大学派」――というより「氏原山脈」の研究潮流は米国の労働研究からそれほど大きな影響を受けていないし、また研究対象としても米国はほとんど重視されていない。

>むしろ影響力があったのはウェッブ以来の流れをくむ英国の労働組合・労使関係研究であり、(急激にその影響は薄れてきたとはいえ)戦前来のドイツ社会政策学であり、何よりマルクス経済学――なかんずく宇野弘蔵の学統の段階論である。

>端的にいえば小池和男こそが、もっとはっきりとした宇野段階論の労働問題研究における継承者なのである。

小池理論の位置づけについての認識は、アカデミックな観点からはまったくその通りでしょう。それを労使関係の現場のどぶ板的観点からいうと、高木督夫や小島健司といった人々に代表される「中高年の賃金引き下げにつながる職務給はけしからん」という理論なき総評の職務給批判に、最先端のマルクス主義的装いをもって社会科学的正当化を付与したものだと、(それこそ「機能主義的観点」からは)評価されるのではないかと思います。

やがて、アメリカのドリンジャー・ピオリらの内部労働市場論が(野村正實先生にいわせればゆがめられた形で)輸入されるとともに、小池理論はその原点にあった宇野理論の形跡を徐々に消去し、より普遍的「っぽい」根拠付けに移行していきますが、それはまた別の話。

いずれにしても、「願わくば」ではなく「続」けてください。

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