新運転のあゆみ
11月14日のエントリで紹介した日本最大の労供組合「新運転」の太田武二さんと昨日お会いし、貴重な『30年史』や『45年の歩み』をいただきました。
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/post-722a.html(日々雇用の民間需給調整事業の元祖 )
一通り読ませていただいて、あらためて激動の中を労働者供給事業の労働組合として生き抜いてきた新運転の歴史に感服しました。紹介したいネタはいっぱいあるのですが、やはり、前のエントリで引用した太田論文で
>しかしその後、出る杭は打たれるという諺どおり、急激に勢力を伸ばしていた新運転に対してマスコミを使った反日雇いタクシー運転手キャンペーンが吹き荒れた。曰く「事故多発、無謀運転、乗車拒否などの雲助タクシーの元凶は、日雇い運転手」ということで、1962年に運輸省令の改正によって組合員は一つのタクシー会社に選任運転手として固定的に雇用されない限りタクシー運転が出来なくなったのである。その結果、タクシー組合員の企業内への囲い込みが進み、新運転からの離脱、減少という事態が進行した。
と書かれている一連の動きをめぐる話が中心になります。この話が今日的に大変示唆的であるのは、労働省が許可を与えて日雇い供給の形で適切に事業を行っていた労働組合の労働者供給事業に対し、タクシー事業者や運輸省が「日雇いはいかん!タクシー運転手は常用でなければいかん!」と言いつのって、労働組合主導の外部労働市場システムをぶっ壊そうとしたという点です。
実際は、新運転から供給される運転手は供給先の会社の運転手よりも高い賃金を得ていたので、これは労働者保護のためではないことは明らかです。当時、乗車拒否や無謀運転するのは日雇い運転手だというキャンペーンが産経新聞を中心に張られたようですが、そんな証拠はどこにも示されていないと、当時の新運転は主張していました。
昨年来、日雇い派遣の禁止とか、製造業派遣の禁止とか、主観的には善意に満ちて事業規制をやりたがる意見が溢れてきましたが、労働問題としての本当の問題がどこにあるのかを忘れた議論になっていないかの検証がされてこなかったのは確かでしょう。
もう一つ、この話の示唆的なところは、運輸行政がタクシー事業への事業規制をすることで結果的にトリクルダウン効果で運転手の労働者保護につながるんだ、というようなある種の人々の議論の仕方に、大きな落とし穴があり得るということでしょう。労働者保護は労働政策の立場から労働者保護として行われるべきであって、事業規制でもって労働者保護の代わりにしようなどという発想は、全く逆の結果をもたらすこともあり得るのです。
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