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2009年1月23日 (金)

湯浅誠氏の正しいところと間違っているところ

NHK「視点・論点」で昨年末の天皇誕生日に放送された湯浅誠氏の発言がアップされています。的確な事実認識と、制度に対するいささか不正確な判断が混在していますので、整理しておきたいと思います。

http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/400/15457.html#more

まず、的確な事実認識の方から。これは今まで繰り返し述べてきたことですが、

>たしかに昔から、不況期には非正規労働者が雇用の調整弁として使い捨てられてきました。そしてこれまでは、「家族を養わなければならない正社員とは違う」「非正規は地元に帰れば家族があり、生活基盤がある」「正社員はそれだけの仕事をしている」という理屈で、企業経営者によって正当化され、正社員も黙認してきました。
 しかし近年明らかになってきたのは、放り出されているのが親がかりのフリーターや夫に十分な収入のある主婦パートばかりではなく、働く貧困層、ワーキング・プアの人たちだということです。夫婦ともにパートで働いて、どちらが欠けても家計が立ちいかない。年老いた両親のわずかな年金に自分の収入を加えて、なんとか介護費用を捻出している。たとえばそんな人たちです。この人たちは、仕事を失えば生活ができなくなります。家族一人一人にさまざまな負担とストレスがのしかかり、家族の平穏が失われることもあるでしょう。その意味では、クビになれば「一家全員路頭に迷う」という正社員と変わりありません。

非正規労働者がかつての家計補助的から家計維持的になってきたのに、セーフティネットがそれに応じて適切に対応できていないというのはその通りです。しかし、その例として湯浅氏が挙げているのはいささか見当外れの感があります。

>失業時に生活の支えとなるべき雇用保険も、今失業者の10人に2人しか受給していません。この数年間、支給期間の短縮や支給要件の厳格化など、給付のハードルが引き上げられてきたからです。

違います。支給期間や支給要件は安易に緩和すると、モラルハザードの原因になります。一月働いただけで何年も雇用保険を受給していいとは思わないでしょう。

そうではなくて、問題は適用要件なのです。はじめから入れてくれない、もし入り口で入れてくれていたら、更新を繰り返した結果、受給要件を充たしていたはずの人が、入り口で1年の雇用見込みがないからと入れない、というのはモラルハザードとは関係がありません。

この点は実は多くの人が勘違いしている点でもあります。先日、テレビ東京のワールドビジネスサテライトに出たとき、その次に登場した樋口美雄先生が、雇用保険の適用を拡大するとモラルハザードの恐れがあるから慎重に、というようなことをおっしゃっていた記憶があります(深夜の記憶なので不正確ですが)が、適用を拡大してモラルハザードというのは変です。給付を拡大すると確かにモラルハザードの恐れがありますが。

むしろ、適用を絞ってきたのは、まさに上で湯浅氏が述べているように、かつての非正規は家計補助的であって、クビになっても亭主や親が面倒見てくれるから雇用保険をもらう必要がない、だから保険料を払うのももったいない、会社の方も保険料を払うのはもったいない。だから適用しないでおきましょう、という話なんですね。

>雇用契約期間と雇用保険適用範囲の整合性を図るべきです。たとえば「6ヶ月以上の雇用見込み」のある者にしか雇用保険を適用しないのであれば、6ヶ月以下の有期雇用を禁止すべきです。政府は今国会に提出している労働者派遣法の改正案では「1ヶ月未満の日雇い派遣を禁止する」ことを提案していますが、1ヶ月の有期雇用を認めるなら、1ヶ月以上の雇用見込みに対しては雇用保険を適用すべきです。そうして両者の整合性が図られなければ、制度の狭間に落ち込んで保障なく放り出されてしまう人たちが後を絶ちません。

ある意味において正しいのですが、だとすると、現に日雇(1か月未満の雇用契約)に対応する日雇雇用保険が存在する以上、日雇派遣を禁止するのはナンセンスということになります。逆に、1か月を超え、1年間(6か月)未満の者は雇用保険に加入できないのだから、その部分の雇用契約だけ禁止するのか、ということになります。

実は、この部分が適用除外されているのはパートと派遣であって、直用有期、むかしの臨時工は除外されているわけではありません。雇用契約が切れ目なく存在しうる以上、雇用保険法自体は、切れ目なく適用されるようになっていたのです、もともと。家計補助的と見なされた人々がそこから排除(というか本人たちの意をくんで入れないであげていたというべきか)されていただけです。

これは湯浅氏の活動を非難しようという趣旨のものではありませんが、せっかく正しい事実認識に基づきながら、不正確な制度認識に基づいて発言されると、いささか説得力が落ちるのではないか、と。

(注)

就職する気のないもと主婦パートに雇用保険を給付するのはモラルハザードだとおっしゃるかも知れませんが、それは結婚退職して就職するきもないのにしゃあしゃあと雇用保険を受給するもと正社員女性もまったく同じです。

それなら女は雇用保険から適用除外しますか?(終戦直後の立法案ではそうなっていたこともありますが)馬鹿な。

これはびしばし紹介して、就職する気がなければ支給を停止するといったやり方しかないのです。

(参考)

「湯浅誠」で検索してこのエントリに来られた方々に、本ブログにおいて湯浅誠氏を取り上げたそのほかのエントリをご紹介しておきます。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/post-9f6e.html(湯浅誠氏が示す保守と中庸の感覚)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/post-ed5e.html(湯浅誠氏のまっとうな議論)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/post-6d5f.html(地方分権という「正義」が湯浅誠氏を悩ませる)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2010/02/post-01db.html(地方分権という「正義」が湯浅誠氏を悩ませる 実録版)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-d0a6.html(『プレジデント』誌のフレクシキュリティ)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/post-2d66.html(年功賃金制と生活費構造)

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コメント

初めまして。
「モラルハザードがどういう時に起きるか」という点で異論があります。
モラルハザードの起きる状況とは、そこから抜け出して、生活水準を向上させることが不可能か、ほとんど困難という諦めや開き直りの精神状態時にもっとも起こりやすいのではないでしょうか(それとヤクザ屋さんとかが絡んでいる場合)。

たとえ、失業給付を受けて今日明日はしのげても、「無職」であるということへの「世間の目」や内的プレッシャー、コンプレックス、将来不安などは、通常の感覚を持ち合わせた人間ならば誰しもが強く感じ、なんとか脱出したいと思うものではないでしょうか?

>これはびしばし紹介して、就職する気がなければ支給を停止するといったやり方しかないのです。

釈迦に説法ですが、例えばデンマークのフレキシキュリティでは失業給付の給付期間は4年間(低所得者には生活を維持するために高額給付)、一方で、失業手当を受け取るための条件として、職業訓練プログラムへの参加を義務づけ、失業者のスキルを高めて、低賃金不安定労働者から高賃金安定労働者(安定納税者)への転換のシステムができていると聞きます。
給付を受けながら腰を落ち着けて職業訓練を受け、キャリアアップできるシステム。失業を恐れなくてもいい社会。
なんのスキルの向上もなく、次から次と仕事を「びしばし紹介」されても、歳をとるごとにどんどん厳しい条件の仕事しか見つからなくなり、将来に対する希望も持てないと思えばモラルハザードが起きて当然ではないでしょうか?
そういう視点から見ると、失業者がモラルハザードを起こすのは失業者の自助努力の欠如・自己責任ではなく、失業者を包摂できない社会のシステムの不整備に起因するとも言えないでしょうか?

実際、社会保障受給者のモラルハザードがもっとも問題視されているのがまともな社会保障制度が生活保護しかなかったアメリカやイギリスで、セーフティーネットの張り巡らされ、失業給付の額も機関も長い大陸ヨーロッパではモラルハザードが大きな問題になっていないというのは示唆的ではありませんか?(ここでは敢えて移民労働者の問題にはふれませんでしたが)

http://www.toyokeizai.net/business/international/detail/AC/46b495508efcce5bb693cacbc9529b4e/page/1/

http://www.jil.go.jp/foreign/jihou/2006_4/denmark_01.htm

財源として雇用保険は5,6兆円ありますよね。こうした政策にブレーキをかける人たちは、「自分はこんなに苦労してるのに甘えてる」といった感情論だったりするのでしょうけど、結果として低所得労働者が無年金高齢者となり生活保護受給者となれば、そのコストは自分たちやその子孫に帰ってくるのですよね。

いうまでもなく、就職するのに訓練が必要な人には訓練をするのが先です。本ブログをちゃんと読めば、そういうことを山のように言っていることが分かるはずですが。
(注)で言っているのは、いつでも就職できるのにあえてしない人の話です。かつて、日本の失業保険ではその問題が大問題になったことがあるのです。それもHPに収録してありますから、お読みください。

えっと、誤字脱字だらけのコメントにご丁寧なレスをいただきありがとうございます。誤解の無いように、私は先生の御説に真っ向から反対しているのではなく、むしろ大筋で賛成で敬服もしているのですが、細部でどうにも腑に落ちない点がありコメントを差し上げました。

>支給期間や支給要件は安易に緩和すると、モラルハザードの原因になります。

>いつでも就職できるのにあえてしない人の話です。

>就職する気がなければ支給を停止するといったやり方しかないのです。

食い下がるようで申し訳ないのですが、それでは、日本より支給期間が長く、要件も緩いデンマークや同様のシステムのあるオランダなどで、「いつでも就職できるのにあえてしない人」が大量発生しているのでしょうか?
(もちろん全く存在しないとは私も思いません。完璧な制度などありません。)

上に引用した表現に、社会システムの問題を個人の問題に帰してしまう安易な発想とリンクしてしまうものを感じたのです。

こうした発想は生活保護制度などにも波及して、
「働けるのに働かない」と「判断」されて、生活保護を門前払いされたり、打ち切られた人間がどれだけいるのでしょうか?

モラルハザードが起こるから、つまり、ズルをするやつがいるからNO!という説明は情緒的には分かりやすいのですが、数値的・実証的なデータの裏付けで相対化したとき果たしてどうなのよ?とどうしても眉に唾をつけてしまいたくなります。

>かつて、日本の失業保険ではその問題が大問題になったことがあるのです。

それもやはり個人の問題ではなく、システム上の欠陥ではありませんか?

システムを変えなければ、括弧付き「就職する気がないひと」の大部分は、ニートや生活保護受給者やホームレースに形態を移行していくだけで、勤労者、納税者に復活するとは思えなせん(確かに統計上の「失業者」ではなくなりますが)。

なぜなら現状のシステムには、勤労意欲や希望やプライドを回復するプログラムが無いからです。

私の知る限り、日本には本来必要とされる職業訓練のノウハウと体系的なプログラムというものが存在していないと思います。そこには自己啓発的なプログラムなども当然必要になってくると思います。

例えば、東大法学部卒、霞ヶ関キャリア官僚40歳(ジェネラリスト)が失業したときハローワークに行けば「いつでも就職できる」でしょうか?(きっとマイクロソフトのアプリケーションは上手に使いこなせるでしょう)
受けるべき職業訓練プログラムはあるでしょうか?
霞ヶ関では起こっていなくとも、民間企業では起こっていることです。

ものつくり大学、ジョブカフェ、私の仕事館… 何だったのでしょうか?

支離滅裂になってきました。申し訳ありません。

少し長くなりますが、参加させてください。上記のQ&Aとはちょっとずれるかもしれませんが、北欧について、ぶらり庵の見聞と感想を。

労働・雇用政策については、「仕事をしたい人を仕事に就けてゆく現場」が一番だいじで、そこをどのように支えてゆくかが行政の仕事だと思いますが、実際にはそういう小さい現場の設計まで考えずに、「大きな政策」だけ論じる方が多いように思います。

ぶらり庵が「なるほどなあ」と思ったのは、コペンハーゲンのハロワにうかがったときでした。ハロワには、求職者のためのカウンターはありません。小さい事務室がいっぱいならんでいます。ハロワ職員二人が組んで一つのオフィスを持っており、一人が求職者との面談にあたっているときに(ですので、面談は「個室」)、もう一人が街に仕事を探しに出ている(つまり、ハロワの営業活動、というか、マッチング用の仕事を、ハロワ職員が事業所をまわって探してくるわけです)そうです。
フレキシキュリティで有名になったデンマークには、ゴールデン・トライアングル、つまり、フレキシブルな労働市場(解雇・転職が容易)、手厚い失業保険制度、積極的労働市場政策、があると言われますけれど、これを現場でみると、身近なハロワで、ハロワ-求職者-事業所(使用者)との間のゴールデン・トライアングルが成立している、とぶらり庵には思えました。
そのトライアングルのキーとなるハロワは、失業者の相談に当たり、仕事を探してくるだけでなく、求職者に失業保険を給付し、それから、公的職業訓練への導入もしています。コペンハーゲンのハロワの所長さんは、「じゃ、職業訓練センターにも行ってみましょうか」と電話一本でぶらり庵を連れて行って下さったのですが、そのセンターの職員さんも、訓練中の人のために「街に仕事を探しに行ったり、心当たりに電話して仕事がないかどうか聞いてみる」のだということでした。
職業訓練の現場も見せて頂きました。その前に日本で見ていた「アビリティセンター」の起業応援プログラムは、はっきり言って「何これ、使えないじゃん」という感じのものでした(これについては、別にどこかで書かせていただきます)。ぶらり庵は、公的職業訓練の必要性は認めますが、ハロワと全く別系統のナントカ機構のこうした「就業支援」とか「職業訓練」については、悪いけどhamachanほど信用してないです。
繰り返しますけれど、コペンハーゲンのハロワでは、失業保険を給付するハロワの職員が、職業訓練も紹介しますし、街で仕事も拾って来るわけです。

ただし、たいそう感心したぶらり庵ですが、だから、デンマークの政策に日本が見習うべきだ、と単純に思ったわけではありません。

「北欧幻想」と言いますか、社会福祉もそうですが、雇用政策では、オランダ・デンマークなどの北ヨーロッパの小さい国を「すばらしい」と持ち上げる傾向が今あるように思いますけれど、コペンハーゲンで思いましたけれど、こういう北欧の国々って、とっても小さくて、そして、中小企業が多いし、日本と、そうとう条件が違うように思います。
デンマークは、国の人口が500万、コペンハーゲンが50万で日本ならやっと政令指定都市、東京で言えば杉並区、というところでしょうか。

で、こういう小さい地域で、お互いけっこう顔見知り状態で生活している人々は、かつ、とても頑健な北欧人です。「かぜ薬のない国 デンマーク」という本を読んだことがありますが、デンマークに限らず、ヨーロッパでは風邪くらいでは薬など出ないのが当然、で、風邪を引いたら暖かくして休むのが常識、もちろんりっぱに病休、と聞いています。これで「解雇」とか言われたら、労基署に「こんなことが!なんとかならないでしょうか」と駆け込むのではなく、「不当労働行為だ」と労働裁判所に訴える、のがヨーロッパの労働者、なかでも、北欧は、労組が強い、のですよね。つまり、「労働法によって守られている」のではなく、「自分達を守る労働法を作っている」のが北欧だし、「社会保障によって守られている」のではなく、「高い税金を払って、自分達を守る社会保障を作っている」のが北欧だと思います。こういう「連帯」は、地域内の住民のことはほぼ想像がつくような小さい地域だからこそ、有効に機能しているようにぶらり庵には思えます。北欧では、英仏独のような大国と違って、平等意識もとても強いですし、実際に人々と話していて、大国のような格差を感じません。国王でさえ平民的、と言われるのは北欧ですし、教育制度も、大国のようにエリート校で幹部養成、というのではなく、普通の市民がけっこうみな知的、というのが北欧、というのがぶらり庵の印象です。

ぶらり庵は、こういう北欧のあり方を、そのまま日本の国のあり方に持って来ることには疑問を持っています。おそらく、国ではなく、地方のレベルで参考にするべきでしょう。日本のような規模の国政ですと、やはり参考にするのは、大国のあり方だと思います。

ただし、「労働法によって守られている」のではなく、「自分達を守る労働法を作ってゆく」市民、というのは、小国でも大国でも、ヨーロッパでは変わらないし、日本が一番学ぶべきなのは本当はそこだろうと思っています。

すみません、結論部分が、上のQ&Aと全然かみ合わなくなってしまったような気もしますが、hamachanに交通整理をお願いできたら、と思います。

初めまして、勉強がてら拝見していましたが思うところがありましたので、参加させて頂きます。
>システムを変えなければ、括弧付き「就職する気がないひと」の大部分は、ニートや生活保護受給者やホームレースに形態を移行していくだけで、勤労者、納税者に復活するとは思えなせん(確かに統計上の「失業者」ではなくなりますが)。
これについては、『当事者個々の理由で判断するしかない』に尽きるでしょう。私が知ってるケースだと心理面で疲弊してしまい長期の勤務に耐える状況に無い、本人が希望する待遇と実際の求職内容がマッチしないケースが該当すると思われますが、前者はともかく後者が問題で、希望と実態が合わないケースを『本人のわがまま』と取るか否かではないか?と考えます。
これについては、求職者のスキルが通常求められるレベルに該当しないようなら適切な訓練を薦め、それを拒むand既にその域にあるなら雇用保険解除か就職を選ばせるべきだと考えます。
確かに求職意欲の喚起について、社会と行政があまりに個人任せにし過ぎている感は私も感じますが、だからこそ冷静に何を成すべきで何を想定するか?を思慮深く判断すべきです。
もちろん社会のサポートは整備されるべきとは思いますが、それと同時に背信的悪意で制度を悪用しようとする者を拒む厳正さはやはり必要であるべきと考えます。

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