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「労働開国」の皮肉

Alter_new_2008_1112EU財団のワークショップでフランスに出張中に、いくつかの本や冊子をお送りいただいていました。

まずは、雑誌「オルタ」の08年11-12月号で、「労働開国-移民・外国人労働者・フリーター」という特集をしています。

http://www.parc-jp.org/alter/2008/alter_2008_11-12.html

はじめに、五十嵐泰正、塩原良和、宣元錫の3氏による鼎談がありますが、その中でも五十嵐氏の発言がなかなか刺激的です。

> 2000年頃までには人件費を変動費的にとらえ、外部労働市場を積極的に活用するという形の経営が日本でも一般化していく。その動きと財界の外国人受入拡大論とは、おそらく密接な関係があると思われます。こうした労働開国論の展開に対して、保守系のメディアやネットなどでは文化やセキュリティといった観点から懸念や反発の声が上がっていて、リベラルと目されるメディアは割と好意的に反応しています。一方で、冒頭にお話があったように、格差やワーキングプアといった話が浮上してきているわけですが、この問題と外国人の受入という二つの問題を前にしたとき、リベラルの中でも、とるわけグローバリゼーションを批判的にとらえるリベラル左派の位置取りというのが微妙になっていく側面がある。ワーキングプアについて考える人たちも、この問題をどこか素通りするというか、なかったことにするようなところがあるような気がします。

さらに、思想的なレベルでも、

>きわめて雑駁な整理として、戦後盛んだった労働運動が少しずつ退潮し、前後していわゆるマイノリティの問題が新左翼の中心課題として浮上してくる。70年代から80年代にかけてそういう経緯があったと思いますが、背景として、高度成長後の一億層中流幻想のような状況において、国内には全域的な階級問題がなくなっていく。そういう中で運動のフロンティアが、差異の承認やネイションの脱構築の方へ向かっていったと。端的に言って、そういう傾向があったように思います。多文化共生といったこともそういう歴史の流れの中から運動のテーマになっていったように思いますが、今につながる話として、やはり2000年頃になると、一転して、政府や財界の方がむしろ先回りして多文化共生という言葉を使うようになっていく。

>ここで問題にしたいのは、バブルの頃と現在とでは社会状況そのものが根本的に変わっていて、国内の格差や貧困があらわになっているわけです。そうなると、極論すれば、日本では一億総中流のような幻想を暗黙の前提として生まれた多文化共生という論点を、格差が前提となる現在の社会状況の中で、どういった説得力のある形で展開できるかが問われてきているように思いますが・・・

問題の本質は、国境に守られた「既得権」をどう考えるかで、次の発言は「リベラル左派」の人々のある意味でのパラドックスをよく示しているように思われます。

>この問題の本質をグローバルな視点から捉えれば、結局のところ既得権だと思うんですよ。いま、国境というのは最大の既得権ですよね。先進国の国境の内側で生活し、仕事ができるというのは、逆の立場から眺めればものすごく大きな既得権ですよね。上げ潮派のような人たちは、これまで様々な規制や社会保障を既得権として攻撃して、切り崩してきたわけで、その延長としてグローバルな労働市場の流動性を阻害する国境線を切り崩せ、という話が彼らから出てくるのは自然だと思います。

>逆に言えば、既得権攻撃のロジックでポピュリスト的な支持を得てきた構造改革がこんな結果をもたらしている以上、彼らの思惑に乗って国境コントロールを緩めることが、一体何をもたらすのかというね。もっとも、先進国の人間は自由に移動できるのに、途上国の人間はできない、その本質的な格差というのは本来容認し得ないわけで、そこから言われたら僕もぐっと詰まってしまうんですが、果たしてその覚悟が本当にあるのかと。そういうことが結果的に問われていると思うんですよ、言っちゃえば。

そこで「ぐっと詰まる」のが「リベラル左派」の良心の証しでもあるのでしょうが、そこでぐっと詰まって、いや確かに俺たちたまたま日本に生まれた人間だけがワーキングプアといえどもこんな高い生活水準を享受しているのは良心にもとるから、それを途上国のレベルまで引き下げてでも博愛平等主義でいこうと思ってしまうと、まさに先進国の労働者がいままで築き上げてきた成果を二束三文でたたき売りするということになってしまうわけです。

いや、引き下げるんじゃなくって、

>日本の国や社会を何とかしましょうというところでつながろうとする際、メンバーシップを「日本人」に限定せずに一緒にやりましょうという形でやっていければ、その先にあるのは違った連帯のあり方なんじゃないかなあと。非常に楽観的な話なんですけれども。

と、これは塩原氏の発言ですが、これはおっしゃるとおりあまりにも「楽観的」というよりも問題の所在を見失っているような。

別に外国人労働者は、「日本の国や社会をなんとかしましょう」と思ってやってくるわけではないわけで、自分の国よりも遙かに高い水準の労働報酬を得ようという一心でやってくるわけですから、「連帯」というのはまさにその母国からすれば遙かに高いが日本の「既得権」からすればかなり低い労働報酬に、「既得権」をもった日本人労働者が喜んで「連帯」できるのかという、まさに唯物論的な「連帯」の話なのであって、多くの外国人にとって関心の外にある社会運動やらの観念論的な「連帯」ではないとおもうのですね。

そういう観念論的な連帯が可能であるのは、実は生活水準の格差がそれほどなく、背に腹が変えられないという状況ではないという唯物論的な担保がある場合に限られるように思います。先進国がたくさん集まっているヨーロッパでは、EU域内と域外とで、対応が違っているわけですが、それも当然でしょう。日本の場合、まずは既に先進国に入っている韓国との関係で、「多文化共生」の実績をきちんと上げてみせることが必要でしょう。現在の社会文化状況から考えると、それすらなかなか難しいように思われますが。

実は、先週のEU財団のワークショップで、夜のワーキングディナーでは、なぜか日本の移民政策が話題になり、いろいろと説明したのですが、インターネット上で外国人に対するヘイトスピーチがあふれているような状況下では、移民の本格的導入は好ましくないと思うと言うと、なるほどというような顔をしていました。

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コメント

>既に先進国に入っている韓国との関係で、「多文化共生」の実績をきちんと上げてみせる

規制で損をしている人が規制緩和を求めるのは当然であって、
自然な流れは「互いに規制緩和する」ことであるのは当たり前

投稿: tamtam | 2008年12月 2日 (火) 08時56分

はじめまして。
いくつかトラックバックを送ったものです。

すでに少なくないフィリピン人のお母さんや中国から移住してきた人たちが、あるいは南米からの日系人が日本で暮らしています。
日本語を母語としない子どもも少なくありません。

しかし、移住してきた彼女や彼に対する施策はまだまだ不十分で、ネット上にはヘイト言説が飛び交っています。

まず、いまいる移住してきた人たちの教育や医療、あるいは住宅という具体的な権利を十分に保障する政策を、という道筋はどうしても必要なことだと思います。

また、人身売買と言われても、しょうがないような研修生制度も早急に大幅に改める必要があります。


1,000万人受け入れるというのであれば、まず、そこに着手すべきだと思うのです。

そして、介護や看護、あるいは3kと呼ばれていたような仕事に人が集まらないというのであれば、どうして、こんなに不安定雇用が多い現状であるにもかかわらず、そこに人が来ないのかということを見直すべきでしょう。

また、彼や彼女が出稼ぎに向かわざるを得ないという不平等な世界の状況がこのままでいいとも思えません。

日本の労働力が不足するから、移住労働者が必要だという問題の建て方も納得できません。

しかし、だからといって、「先進国」の特権が守られなければならないのか、という思いはぼくにもあります。どのようにヘイトを抑えて、受け入れを進めることができるのかは、真剣に検討されなければならない課題だと思います。

とはいうものの、まず、いまいる移住労働者の権利を保障せよ、いびつな研修生制度を改めよ、という緊急な課題をなんとかして欲しいと思います。

ぼくは移住労働者の問題と国内の貧困問題が必ずしも対立しない問題の建て方はありえると考えています。例えば、沖縄の反基地運動でグァムの反基地運動を進めている先住民の人たちを出会い、基地をグァムに持っていけばいいというふうには言わなくなっています。人は知ることができれば、目の前の利害だけに動かされるわけではない、というのは甘いといわれるかもしれませんが、そういう人の可能性を信じたいと思っています。

投稿: tu-ta | 2008年12月 6日 (土) 08時37分

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