阿部彩さんの「子どもの貧困」
以前本ブログで刊行予定を紹介した阿部彩さんの『子どもの貧困』岩波新書を、先週贈呈いただいておりました。
http://www.iwanami.co.jp/hensyu/sin/sin_kkn/kkn0811/sin_k440.html
はしがきから、
>「子どもの貧困」は決して、ごく一部の特殊なケースに限られた現象ではなく、すべての人の身近にある問題である……。本書の目的は、日本の子どもの貧困について、できるだけ客観的なデータを読者に提供することである。データは、政治を動かす上でパワフルなツールである。これらのデータを精査しながら、「日本の子どもについて、社会が許すべきでない生活水準=子どもの貧困」が何であるかを、読者とともに考えていきたい。
最後の第7章で「子どもの貧困ゼロ社会への11のステップ」が挙げられていますが、その前に、第1章の最後のところで、阿部さんのこの問題へのスタンスが明瞭に書かれていますので、そこを引用したいと思います。
>第一に、子どもの基本的な成長に関わる医療、基本的衣食住、少なくとも義務教育、そしてほぼ普遍的になった高校教育(生活)のアクセスを、すべての子どもが享受するべきである。「格差」がある中でも、すべての子どもに与えられるべき最低限の生活がある。・・・これは「機会の平等」といった比較の理念ではなく、「子どもの権利」の理念に基づくものである。
>第二に、たとえ「完全な平等」を達成することが不可能だとしても、それを「致し方がない」と許容するのではなく、少しでも、そうでなくなる方向に向かうように努力するのが社会の姿勢として必要ではないだろうか、ということである。その点で、日本の社会、そして、日本の政府は、子どもの貧困について、今まであまりにも無頓着であった。「一億総中流」という幻想に、社会全体が酔わされていたように思う。
>何割かの子どもが将来に向けて希望を持てず、努力を怠るようなこととなれば、社会全体としての活力が減少する。格差がある中でも、たとえ不利な立場にあったとしても、将来へ希望を持てる、その程度の格差にとどめなくてはならない。子どもの貧困に対処することは、その子自身の短期・長期の便益になるだけではなく、社会全体の大きな便益となるのである。
全体の詳細な目次は次の通りですが、
はじめに
第1章 貧困世帯に育つということ
1 なぜ貧困であることは問題なのか
貧困と学力/貧困と子育て環境/貧困と健康/貧困と虐待/貧困と非行/貧困と疎外感
2 貧困の連鎖
大人になってからも不利/一五歳時の暮らし向きとその後の生活水準/世代間連鎖
3 貧困世帯で育つということ
貧困と成長を繋ぐ「経路」/さまざまな「経路」/やはり所得は「鍵」
4 政策課題としての子どもの貧困
求めるのは格差を縮小しようという姿勢
第2章 子どもの貧困を測る
1 子どもの貧困の定義
相対的貧困という概念/相対的貧困の定義/貧困率と格差
2 日本の子どもの貧困率は高いのか
社会全体からみた子どもの貧困率/国際比較からみた日本の子どもの貧困率
3 貧困なのはどのような子どもか
ふたり親世帯とひとり親世帯/小さい子どもほど貧困なのか/若い親の増加と子どもの貧困率/「貧乏人の子沢山」は本当か/親の就業状況が問題なのか
4 日本の子どもの貧困の現状
第3章 だれのための政策か―政府の対策を検証する
1 国際的にお粗末な日本の政策の現状
家族関連の社会支出/教育支出も最低レベル
2 子ども対策のメニュー
政府の子育て支援策/「薄く、広い」児童手当/縮小される児童扶養手当/保育所/教育に対する支援/生活保護制度
3 子どもの貧困率の逆転現象
社会保障の「負担」の分配/子どもの貧困率の逆転現象/負担と給付のバランス
4 「逆機能」の解消に向けて
第4章 追いつめられる母子世帯の子ども
1 母子世帯の経済状況
母子世帯の声/一七人に一人は母子世帯に育っている/貧困率はOECD諸国の上から二番目/母子世帯の平均所得は二一二万円/非正規化の波/不安定な養育費
2 母子世帯における子どもの育ち
平日に母と過ごす時間は平均四六分/「みじめな思いはさせたくない」/母子世帯特有の子育ての困難さ
3 母子世帯に対する公的支援―政策は何を行ってきたのか
「母子世帯対策」のメニュー/「最後の砦」の生活保護制度/二〇〇二年の母子政策改革/「五年」のもつ意味/増える出費
4 「母子世帯対策」ではなく「子ども対策」を
第5章 学歴社会と子どもの貧困
1 学歴社会のなかで
中卒・高校中退という「学歴」
2 「意識の格差」
努力の格差/意欲の格差/希望格差
3 義務教育再考
給食費・保育料の滞納問題/「基礎学力を買う時代」/教育を受けさせてやれない親/教育の「最低ライン」
4 「最低限保障されるべき教育」の実現のために就学前の貧困対策/日本型ヘッド・スタートの模索
第6章 子どもにとっての「必需品」を考える
1 すべての子どもに与えられるべきもの
「相対的剥奪」による生活水準の測定/子どもの必需品に対する社会的支持の弱さ/日本ではなぜ子どもの必需品への支持が低いのか
2 子どもの剥奪状態
剥奪状態にある子どもの割合/子どもの剥奪と世帯タイプ/親の年齢と剥奪指標/子どもの剥奪と世帯所得の関係/子どものいる世帯全体の剥奪
3 貧相な貧困観
第7章 「子ども対策」に向けて
1 子どもの幸福を政策課題に
子どもの幸福度(ウェル・ビーイング)/子どもの貧困撲滅を公約したイギリス/日本政府の認識/「子どもと家族を応援する日本」重点戦略
2 子どもの貧困ゼロ社会への11のステップ
1 すべての政党が子どもの貧困撲滅を政策目標として掲げること/2 すべての政策に貧困の観点を盛りこむこと/3 児童手当や児童税額控除の額の見直し/4 大人に対する所得保障/5 税額控除や各種の手当の改革/6 教育の必需品への完全なアクセスがあること/7 すべての子どもが平等の支援を受けられること/8 「より多くの就労」ではなく、「よりよい就労」を/9 無料かつ良質の普遍的な保育を提供すること/10 不当に重い税金・保険料を軽減すること/11 財源を社会が担うこと
3 いくつかの処方箋
給付つき税額控除/公教育改革
4 「少子化対策」ではなく「子ども対策」を
あとがき
この「子どもの貧困ゼロ社会への11のステップ」は、イギリスの子どもの貧困アクショングループの「10のステップ」に財源を付け加えたものですが、その説明には阿部さんの強い熱情が込められています。
たとえば、最初の「すべての政党が子どもの貧困撲滅を政策目標として掲げること」について、こういう記述があります。国会議員の皆様にはよくよく熟読していただきたいところです。
>与党や政府は、子どもの貧困率の上昇を今までの政策への批判と受け止めずに、新しいチャレンジとして真っ向から立ち向かうべきであり、野党は、これを政府批判の材料とすべきではない。
実際、貧困問題に不感症であったという点において、野党に与党との間になんら違いがあるとは思えません。
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親は子供を育てることによって何らかの利益を得ると考えられていますから、
子供に社会的リソースをじゃぶじゃぶ投入するのであれば、
親の利益を搾り取って例えば孤独老人のケアなどにまわすことを考えなければ、子供を持たない成人の支持を取り付けることが難しくなりますね
投稿: ふるかわ | 2008年12月 2日 (火) 06時11分