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2008年12月

ホリエモン、未だ反省の色なし

有名なホリエモン氏がブログをやっているというのを初めて知りましたが、ちょっとこれはひどい。反省してないじゃないの。

http://ameblo.jp/takapon-jp/entry-10178349619.html(ベーシックインカムの話)

>月20万の給料を貰って、実は社会全体は、その労働を作り出すのに月30万のコストをかけている、というような。だったら、ダイレクトに20万渡せば10万円セーブできるんじゃないかと思う。例を挙げるのはここでは控えるが、いくらでもあると思う。

まさにその、仕事なんかしないでいいから、ダイレクトにお金を渡して、これでメシ食ってろ、ってやり方が駄目だってわかったから、ヨーロッパは90年代以来、アクティベーションを一生懸命やってきているんじゃないの。

ここでホリエモンが感心している山崎元氏もそうだが、自分はいままでアメリカ型のシステムを唱道してきて、貧困を持ち出されると安易にベーシックインカムとか口走る。

要するに、有能な俺たちの足手まといになるような低能な奴らはうざったいから出て行け、捨て扶持だけやるから消え失せろ、と言いたいわけだろう。

捨て扶持だけ与えられて社会に貢献しているという誇りをことごとくはぎ取られた人間が、いつまでもおとなしく与えられる餌だけに満足していると思わないほうがいい。

日本はそういう手厚い福祉が完備されていなかったために、この危機の中で緊急的に扶助の必要性が高まっているのは確か。でも、それは当座の手当てであって、解決なんかじゃない。

(参考)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/oecd-dd50.html(OECDアクティベーション政策レビュー)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/post-6c57.html(テレビ東京・ワールドビジネスサテライト)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/activation-dile.html(Activation Dilemma)

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非正規社員の雇用・生活保障

26日のエントリー「大竹先生「企業の内部留保活用を」」に、平家さんがコメントされています。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/post-ab34.html

http://takamasa.at.webry.info/200812/article_5.html(非正規社員の雇用・生活保障)

平家さんの異論は主として、

1「非正規労働者は、正規労働者よりも賃金が低い上に雇用も不安定なのだ。」
8「非正社員が不安定な雇用と引き換えに高い賃金をもらっていたのだろうか。実態は逆である。」

私が刺激を受けたのはこの部分です。特に1と8です。これは私にとっては一つのパズルです。

というところにあります。

>もし、不安定な職にそれなりのリスクプレミアムがついていて、しかも低賃金になっているということであれば、正社員と非正社員の労働の質、仕事に差があるか、正社員たる地位には、例えば拘束性が強いとか不払い残業をしなければならないといったマイナスがあり、そこに別のプレミアムがついていると考えられます。また、・・・生産性運動に(時に賃金の支払いなしで)参加するという義務があった可能性もあります。

>そうであれば9の「正社員と非正社員の不当な格差」は実は不当ではない可能性が出てきます。また、7の「正社員の既得権益」は(暗黙の)契約を結び、その契約上の義務を履行することによって、に入れたものであるということになります。・・・契約に基づいて義務を果たし、それによって得た権利を既得権益と軽々しく呼ぶべきではありません。

まあ、不払い残業だの、賃金なしの生産性運動というのは労働基準法上の問題もあるのでなんですが、正規と非正規の違いを拘束の有無あるいは程度で説明するというのは、労働法学でもよくなされる説明です。ただ、それで説明されるのはあくまでも自発的な非正規労働、余計な拘束を受けたくない上に、首になっても大して痛くない主婦パートや学生アルバイトの低賃金不安定雇用を説明するのに有用ではありますが、そういう就労形態をデフォルトで与えられてそれ以外の働き方のチャンスを与えられない人には必ずしもそれで納得できるわけではないでしょう。

本ブログでも何回も書いているように、非正規労働は昔から存在するわけですが、それが社会問題になったのは戦前の1930年代、戦後の1950年代、そして遙か時間を超えて、2000年代であって、その間のとりわけ1970年代から90年代にかけての時期は、(男女平等の議論のコロラリーとして以外には)あまり社会的関心を呼ばなかったのですね。

>既得権益といった言葉を使った正社員攻撃をすることで、正しい解決策が見つかり、社会的な合意が得られるとは思えません

という意見にはまさに全面的に賛意を表したいと思いますが、ただかつての主婦パートにとって亭主である正社員の「既得権」が、自分にとっても利益のある望ましい維持すべきものであったのに対して、就職氷河期のフリーターにとって、親父である正社員の「既得権」が同じように自分にも利益がある望ましいものである訳ではないという点が、彼我の違いの根底にあるわけで、問題はそのような社会的視座構造のシフトにあると考えるべきでしょう。

その解決の方向が、

>労使の対話を通じて、また、正社員と非正社員の対話を通じてあるべき姿を探っていくべきでしょう

という点にも、また全面的に賛意を表したいと思いますが、現に非正規労働者の利益代表システムがほとんど全く存在せず、機能していないという現状をふまえると、まずはそのメカニズムをどう構築するかという大きな課題が我々の目の前にあることもまた事実であるわけです。

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ナショナリズムは国家を民衆のものにするか

『POSSE』第2号の萱野・高橋対談の続きです。

>その意味でも『蟹工船』のラストは重要ですね。ストライキをやっている蟹工船に軍隊が来て、労働者たちは自分たちを虐げている経営者を捕まえに来てくれたと思うのですが、実は自分たちを取り締まりに来た、というところです。国家は自分たちのためのものだと思ったら違ったわけですね。・・・国家の論理は民衆の論理とは違う。それを何とか一致させようとしたのがナショナリズムです。

戦前の労働運動史を読めば、官憲が経営者の味方をして労働者を弾圧する繰り返しです。それが初めてそうでなくなった時代-官憲が労働運動の味方をしてむしろ経営者を締め付けるようになった時代というのが、まさに大日本帝国がナショナリズムを振りかざして中国に侵略していった時代であるということの深刻さをまじめに考えたことがない人間だけが、脳天気に「自由も平等もnationがベースではないのは自明。《人は皆同じ》というコスモポリタン的平等主義こそ掲げるべき理念だろうに」なんて言えるんでしょうね。ネーションをベースにしないで、「人は皆同じ」をどのように実効あらしめることが可能であり得るのか、まじめに考えたことがあるのでしょうか。『蟹工船』のラストをハッピーエンドに変えたのは日中戦争、まさに「希望は戦争」であったわけで。

本ブログで何回も取り上げてきたテーマです。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_a88b.html(超リベサヨなブッシュ大統領)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_642c.html(昭和8年の三菱航空機名古屋製作所争議)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/10/12_f1d9.html(昭和12年の愛知時計電機争議)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/09/post_f86f.html(日中戦争下の日本)

もちろん、その希望の戦争の果てに待っていたのは死屍累々の焼け野が原であったわけですが。

そして、それをすでに知っている我々は、戦争を希望としない、もっといいナショナリズムのあらわし方を知っていなければならないはずなのです。

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大学だけじゃない もうひとつのキャリア形成

2008mouhitotu この10月に出た本ですが、今こそ読まれるべき内容でありながら、版元が職業訓練教材研究会というマイナーなところなので、普通の本屋さんにはあんまりおいていないと思われるので、紹介しておきます。

http://www.uitec.ehdo.go.jp/~araigoro/2008/mouhitotu/mouhitotu.html

>日本にはさまざまな教育があります。でも、「私は、職業教育を受けた」という人はどれくらいいるでしょうか。職業教育とは「職業に必要な能力を習得するため」の教育です。職業がどのようなものであるか、職業に就くことが大切であるという職業意識を醸成する教育は、それはそれで重要ではありますが、職業能力を習得するための職業教育とは異質な教育です。
職業高校や高専でさえ、進学を目指した教育に内容が変質しています。子供が大人になるとき、必ず職業に就くことになります。職業に就いてこそ大人になったと言えるでしょう。でも現在、日本人のほとんどは、学校教育の中で職業能力を修得することなく、職業に就いているのです。

それはあたり前のことなのでしょうか。現在の日本の学校教育は、企業が採用した労働者に必要な能力を教育することを前提としたシステムです。すでにその仕組みは、一部のエリートに残されているだけで、一般の労働者に対しては崩壊しつつあります。では、どうすればいいのか。
本書で、世界標準の職業教育をかいまみてください。いままであたりまえと思っていた、大学への進学率を良い教育の指標としてきた学校教育が、ずいぶんいびつなものであることに気づくことになるでしょう。

本当は、職業教育と名乗っていない学校教育だって、やがて大人になって職業人になったときに、その仕事に(直接間接に)役立つからこそ行われているはずなんだけど。

その意味では、職業教育でない教育なんてごく一部でしかないはずなんだけど。

だけど、子どもたちも親たちも、先生たちも、そして文部科学省の官僚たちも(ゆとり脱藩官僚であるか反ゆとりビシバシ官僚であるかに関わらず)、そういう風には全然考えていない、というところが最大の問題なんだが。

はじめに
第1章 日本の若者の職業教育
 第1節 企業内教育訓練で学ぶ若者たち
  (1)企業の中の「学校」 (2) 企業の中の技能者養成の仕組み
  (3)企業内教育訓練の特色 (4) 養成生とのキャリア・処遇 (5)企業内教育訓練の課題・可能性

 第2節 公共職業訓練で学ぶ若者たち
  (1)公共職業訓練の状況 (2)東京都の職業訓練受講者の構成と職業訓練への好感度
  (3)職業能力開発短期大学校修了者の意識 (4)山形県立職業能力開発専門校の受講者
  (5)日本版デュアルシステムの受講者 (6)職業訓練修了者の活躍
  (7)職業訓練の意味と教育への誤解

 第3節 専門学校で学ぶ若者たち
  (1)専門学校への進学 -すきな道を選択するということ
  (2)専門学校の生活   -プロになるための教育とは
  (3)自分を解放する喜び -ものづくりの教育の魅力
  (4)モノづくりの現場へ

 第4節 安田工業の熟練工養成
  (1)経営理念と事業戦略 (2)能力主義志向の弊害排除
  (3)組作業組織における陶冶と訓育 (4)おわりに

第2章 先進諸国の若者の職業教育
 第1節 アメリカの若者と現代の徒弟制度
  (1)アメリカの大学生の学業と就職 (2)四年制大学へ進まない、もうひとつの道
  (3)徒弟制度に関わる法律 (4)建設業の徒弟制度-その1
  (5)建設業の徒弟制度-その2 (6)建設業の徒弟制度-その3
  (7)建設業の徒弟制度-その4 (8)アメリカ徒弟制度の問題点
  (9)おわりに

 第2節 イギリスの若者と新たなかたちの「徒弟制度」
  (1)新たなかたちでの「徒弟制度」とその背景 (2)「徒弟制度」での学習内容
  (3)「徒弟制度」の実際-ブリティッシュ・ガスの事例
  (4)徒弟制度型教育訓練機会の政策的な推進と拡がり
  (5)「徒弟制度」の課題

 第3節 フランスの若者と職業教育・訓練
  (1)職業資格と密接な技術・職業教育 (2)多様なコースや専攻を提供する職業高校と技術高校
  (3)カリキュラム編成と技術・職業教育の特色 (4)交互制訓練の展開

 第4節 ドイツの若者の職業的自立
 Ⅰ.デュアルシステム
  (1)義務教育年限終了後の若者たちの進路 (2)デュアルシステムでの訓練
  (3)デュアルシステムと就職 (4)デュアルシステムの課題
 Ⅱ.デュアルシステムに乗ることのできなかった若者
  (1)不利益青年のこと (2)まず、相談と助言が行われる
  (3)職業訓練が始まる (4)生産学校と作業所

第3章 若者のキャリア形成に求められる社会的基盤
 第1節 社会経済システムと若者像
  (1)労務管理と非正規雇用の拡大 (2)若者の雇用状況
  (3)経済社会の現実と若者の求職活動 (4)職業能力を形成することの意味
  (5)雇用流動性と職業資格 (6)職業能力のミスマッチ論

 第2節 職業を忘れた日本の学校教育
  (1)学校給食の方法が意味すること (2)「学習」と「教育」 (3)「学校」の役割とはなにか
  (4)欧米の学習の目標 (5)職業教育の忌避 (6)おわりに

 第3節 雇用形態の多様化とキャリア形成
  (1)非正規雇用の増加状況 -派遣労働と請負労働
  (2)進路指導と自己実現論 (3)キャリア教育

 第4節 大学でのキャリア教育と揺れる大学生
  (1)大学キャリア教育の隆盛 (2)大学でのキャリア教育
  (3)就職に揺れる学生 (4)大学のキャリア教育の問題点
  (5)大学でのキャリア教育の課題

 第5節 熟練形成の社会的基盤
  (1)ゆとり教育が失敗したと誰がきめるのか
  (2)世界史未履修問題が示すもの (3)JABEEが示すもの
  (4)医師の臨床研修が義務化されたとはどういうことか
  (5)日本の教育制度・資格制度の問題点のまとめ
  (6)イギリスの資格制度 (7)アメリカの徒弟制度 (8)フランスの資格制度
  (9)資格制度の基本機能 (10)熟練形成の社会的基盤

(参考)

教育基本法その他

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/04/post_833b.html(教育基本法改正案における「職業」)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/05/post_d5cf.html(教育基本法案)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/05/7_6a5a.html(教育基本法第7条の経緯)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/03/post_345e.html(教育学者の反省)

職業レリバンス

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/04/post_c7cd.html(哲学・文学の職業レリバンス)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/04/post_bf04.html(職業レリバンス再論)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/04/post_722a.html(なおも職業レリバンス)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/04/post_c586.html(専門高校のレリバンス)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/05/post_8cb0.html(大学教育の職業レリバンス)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/05/post_5804.html(労働法の職業レリバンス)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/vs_3880.html(爆問学問 本田由紀 vs 太田光)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/post-2bf9.html(学費 払えない)

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労働時間規制は何のためにあるのか

『情報労連REPORT』12月号に載せた「労働時間規制は何のためにあるのか」です。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/johororenjikan.html

雑誌自体がPDFファイルでアップされているので、そちらで読んでいただいた方が読みやすいかもしれません。

http://www.joho.or.jp/report/report/2008/0812report/p07-14.pdf

>そもそも労働時間はなぜ規制されるのだろうか。ここ数年来労働基準法改正案に加え、ホワイトカラー・エグゼンプションや名ばかり管理職という形で労働時間規制の問題が話題になることが多いが、政治家やマスコミ人に限らず、労使や行政関係者までが、もっぱら時間外割増賃金をどうするかということにしか関心がないように見える。まるで労働時間規制とは長時間労働に対して割賃という形で報酬を与えることが目的であるかのようである。

 一方で、過労死や過労自殺は一向に減る気配を見せず、特に若い正社員層における異常な長時間労働は、非正規労働者の増加と軌を一にしてますます加速している。労働経済白書によれば、25~44歳の男性で週60時間以上働く人の割合は2割以上に達している。週60時間とは5日で割れば1日12時間である。これは、1911年に日本で初めて工場法により労働時間規制がされたときの1日の上限時間に当たる。

 工場法はいうまでもなく、『女工哀史』に見られるような凄惨な労働実態を改善するために制定された。当時、長時間労働で健康を害し結核に罹患する女工が多かったという。労働時間規制は何よりも彼女らの健康を守るために安全衛生規制として設けられたのである。

 ところが、終戦直後に労働基準法が制定されるとき、1日8時間という規制は健康確保ではなく余暇の確保のためのものとされ、それゆえ36協定で無制限に労働時間を延長できることになってしまった。労働側が余暇よりも割賃による収入を選好するのであれば、それをとどめる仕組みはない。実際、戦後労働運動の歴史の中で、36協定を締結せず残業をさせないのは組合差別であるという訴えが労働委員会や裁判所で認められてきたという事実は、労働側が労働時間規制をどのように見ていたかを雄弁に物語っている。

 もっとも、制定時の労働基準法は女子年少者については時間外労働の絶対上限を設定し、工場法の思想を保っていた。これが男女雇用機会均等に反するというそれ自体は正しい批判によって、1985年改正、1997年改正により撤廃されることにより、女性労働者も男性と同様、無制限の長時間労働の可能性にさらされることになった。健康のための労働時間規制という発想は日本の法制からほとんど失われてしまったのである。

 こうした法制の展開が、労働の現場で長時間労働が蔓延し、過労死や過労自殺が社会問題になりつつあった時期に進められたという点に、皮肉なものを感じざるを得ない。その後労災補償行政や安全衛生行政は、過労死認定基準の2001年改正や労働安全衛生法の2004年改正など、長時間労働を安全衛生リスクととらえ、その防止を目的とする政策方向に舵を切ってきた。ところが、肝心の労働時間行政とそれを取り巻く関係者たちの意識はまったく変わらなかったのである。

 それを象徴的に示したのが、2007年に国会に提出された労働基準法改正案とその提出に至るいきさつである。まず、いまなお国会に係属している同改正案は、1か月80時間を超える時間外労働に対して5割の割賃を払えとのみ規定している(中小企業を除く)。お金が欲しければそれ以上残業しろと慫慂しているかのごとくである。そこには長時間労働を制限しようという政策志向はほとんど感じられない。

 一方で、国会提出法案からは削除されてしまったが、それに至るまで政治家やマスコミを巻き込んで大きな議論になったのが、いわゆるホワイトカラー・エグゼンプションであった。ところが、上記のような労働時間規制に関する認識の歪みが、この問題の道筋を大きく歪ませることとなってしまった。そもそもアメリカには労働時間規制はなく、週40時間を超える労働に割賃を義務づけているだけである。したがって、ホワイトカラー・エグゼンプションなるものも割賃の適用除外に過ぎない。一定以上の年収の者に割賃を適用除外することはそれなりに合理性を有する。ところが、日本ではこれが労働時間規制の適用除外にされてしまった。ただでさえ緩い労働時間規制をなくしてしまっていいのかという当時の労働側の批判はまっとうなものであったといえよう

 ところが、この問題が政治家やマスコミの手に委ねられると、世間は「残業代ゼロ法案」反対の一色となった。そして、長時間労働を招く危険があるからではなく、残業代が払われなくなるからホワイトカラー・エグゼンプションは悪いのだという奇妙な結論とともに封印されてしまった。今年に入って名ばかり管理職が問題になった際も、例えばマクドナルド裁判の店長は長時間労働による健康被害を訴えていたにもかかわらず、裁判所も含めた世間はもっぱら残業代にしか関心を向けなかったのである。

 ホワイトカラー・エグゼンプションが経営側から提起された背景には、長時間働いても成果の上がらない者よりも、短時間で高い成果を上げる者に高い報酬を払いたいという考え方があった。この発想自体は必ずしも間違っていない。管理監督者ではなくとも、成果に応じて賃金を決定するという仕組みには一定の合理性がある。しかしながら、物理的労働時間規制を野放しにしたままで成果のみを要求すると、結果的に多くの者は長時間労働によって乏しい成果を補おうという方向に走りがちである。その結果労働者は睡眠不足からかえって生産性を低下させ、それがさらなる長時間労働を招き、と、一種の下方スパイラルを引き起こすことになる。本当に時間あたりの生産性向上を追求する気があるのであれば、物理的な労働時間にきちんと上限をはめ、その時間内で成果を出すことを求めるべきではなかろうか。

 二重に歪んでしまった日本の労働時間規制論議であるが、長時間労働こそが問題であるという認識に基づき、労働時間の絶対上限規制(あるいはEU型の休息期間規制)を導入することを真剣に検討すべきであろう。併せて、それを前提として、時間外労働時間と支払い賃金額の厳格なリンク付けを一定程度外すことも再度検討の土俵に載せるべきである。

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「賃金・雇用関係の個別化」「労使関係の趨勢」

青森雇用・社会問題研究所の『ニューズレター』27号に、標記文章を載せましたので、HPにアップしておきます。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/aomori27.html

これは、冒頭にあるように、先月末(11月27,28日)に、EU財団主催でパリのOECD会議場で開かれた恒例の「EUと他のグローバル・新興経済における労使関係」というワークショップで、私が報告したものの和訳です。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/post-16e7.html(EU財団の労使関係ワークショップ)

もとの英文は上のエントリーにリンクしてあります。

この青森雇用・社会問題研究所というのは、前にも本ブログで紹介しましたが、弘前大学の学生たちの研究グループです。一昨日の朝日新聞青森版にも、

http://www.asahi.com/national/update/1227/NGY200812270005_01.html(「コメだけでは食えぬ」自動車不況、青森出稼ぎ農家直撃)

>青森県の弘前大学の学生グループ「青森雇用・社会問題研究所」が、現地選考会の会場で20、30代の若者に聞き取り調査をした結果、不安定な雇用形態をよく理解しないまま、高い賃金に引かれて応募する人が多かった。

と紹介されています。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_6b8b.html(青森雇用・社会問題研究所ニュースレター)

>これ、実は「弘前大学人文学部社会法研究室の学生を中心とする研究ユニット」で、研究主幹の紺屋先生を除くと、全員現役の美人女子大生です。先の日本労働法学会の懇親会で挨拶して回っていたので、覚えている方も多いでしょう。というとなんだか色物みたいですが、レベルが高い!ただ者ではない!とても学部レベルとは思えない。これはホントです。

研究員の顔写真とかをここに出すと個人情報保護的にまずいと思いますので、メールアドレスだけ載せておきます。

arcess_aomori@yahoo.co.jp

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労働教育研調査

さて、POSSE第2号の調査にコメントした中で、厚労省の労働教育研がやった調査に触れました。これはまだ12月1日の研究会に中間報告が示されただけで、詳細な報告はまだですが、労働者の権利に関する知識だけでなく、勤務先での経験やそれへの対処行動についても聞いています。

http://www.mhlw.go.jp/shingi/2008/12/s1201-8.html

http://www.mhlw.go.jp/shingi/2008/12/dl/s1201-8g.pdf

問10が勤務先の経験で、実際の労働条件が募集時に提示された労働条件と違うが34.8%、就業規則がいつでも確認できるようになっていないが28.2%、労働条件を書面で提示されたことがないが22.6%、残業代が支払われなかったが21.3%、残業時間を過少申告させられたが19.2%、上司・同僚により嫌がらせを受けた15.9%といった数字になっています。

問10-1が対処行動ですが、何もしなかったが41.3%でダントツ。職場の先輩社員・同僚に相談したが24.4%、転職した・辞めたが22.5%、友人に相談したが21.0%という情況です。ちなみに労働組合に相談したはたった2.3%。

問10-2が対処行動後の解決状況ですが、ほとんど解決しなかったが45.8%とダントツ。解決したことの方が少ないが29.7%、ほとんど解決したのはわずか11.5%です。

問10-3はこれの裏側で、対処行動を何もしなかった理由で、どうせ何も変わらないからが50.0%でダントツ。

次回にはもっと詳細なデータが出される予定なので、それがアップされたらまたここで取り上げますが、結構興味深いでしょう。

これ、社会人調査と並んで学生調査もあって、

http://www.mhlw.go.jp/shingi/2008/12/dl/s1201-8h.pdf

問8でアルバイト先での経験も聞いています。

この調査をインスパイアしたのはイギリス政府(事業企業規制改革省雇用関係局)が行っている「職場の公正」プロジェクトの一環の調査で、「Employment Rights at Work –Survey of Employees 2005」(職場における労働者の権利調査2005年)で、これはなんと詳細な調査票をもっていちいち対面調査で回答を得るというすごい調査です。

中身も結構面白いので、興味のある方はリンク先を覗いてみてください。

http://www.berr.gov.uk/files/file27222.pdf

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『POSSE』第2号

Hyoshi02 『POSSE』第2号をお送りいただきました。有り難うございます。ただ、坂倉さん、私は政策研究大学院大学はすでに6月で去っております。事務の人に転送していただくのも大変ですので、宛先を変えておいていただけますでしょうか。

http://npoposse.jp/magazine/no2

>特集テーマは、揃って08年流行語トップ10内に選ばれた、『蟹工船』と「名ばかり管理職」。いずれも08年を代表するトピックになりました。
しかし、これらが着目された背景やそこにある問題は、08年になって初めて現れたわけでもなければ、ブームとして消費されてよいものでもありません。単に「悲惨な労働の現実」の象徴に終わらせるのではなく、現実を変えていくための課題としていくために、『POSSE』ならではの問題提起や政策議論をしています。

目次は次の通りですが、

●「金融危機と派遣切り ―派遣政策の抜本的転換を」
 今野晴貴(POSSE)

●「内定取り消しで泣かない方法」
 川村遼平(POSSE)

―特集1 『蟹工船』ブームの先へ―

■対談「ナショナリズムが答えなのか ~承認と暴力のポリティクス~」
  高橋哲哉(東京大学教授)×萱野稔人(津田塾大学准教授)

■「プロレタリア文学の「手紙」が世界に舞う」
  楜沢健(文芸批評家)

■「「現代の蟹工船」から脱出するために」
  雨宮処凛(作家)×土屋トカチ(映画監督)

■「国会議員に聞く!『蟹工船』ブームの真実」
  小池晃(日本共産党参議院議員)/亀井亜紀子(国民新党参議院議員)

■「若者と『蟹工船』のリアリティ ~ブームを普遍性にするには~」
  『POSSE』編集部

―特集2 名ばかり管理職/労働組合―

■「偽装管理職問題の周辺 ―正社員を追いつめる構造と労働側の戦略―」
 熊沢誠(甲南大学名誉教授)

■「名ばかり管理職」の法律的問題
 棗一郎(弁護士)

■過労死つくる「名ばかり管理職」「名ばかり労組」
 須田光照(NPO法人労働相談センター)

■「「名ばかり管理職」と非正規労働者 ―マクドナルドとSHOP99の現場から―」
 梁英聖(フリーライター)

■「記録をつけて、職場を変える~日本マクドナルドユニオンと『しごとダイアリー』~」
 『POSSE』編集部

■「08年POSSE「若者の仕事アンケート調査」結果 ~やりがいと違法状態の狭間で~」
 今野晴貴(POSSE)

■「POSSE調査の意義と課題」
 本田由紀(東京大学准教授)

■「労働と思想2 グローバル資本主義と不自由賃労働 ―マリア・ミースに寄せて」
 足立眞理子(お茶の水女子大学准教授

ここでは本田由紀先生もコメントしているPOSSE調査についていくつか述べてみたいと思います。

この調査は、POSSEのHPにも掲載されているので、それを見ながら聞いていただきたいのですが、

http://www.npoposse.jp/images/08questionnaire

これは、下北沢、渋谷、八王子、立川といった場所で、街頭対面型アンケートで行われたものです。これについて、本田先生は、無作為抽出法に比べて限界があるが、

>母集団における正確な分布はわからないとしても、「どういう生活をしている人がいるか」「どういう意識を持って生活しているのか」ということについての一定の事実を知ることができる

というメリットを挙げています。

この点は私もまさにそう思うのですが、その点から考えて、正社員を中心的正社員と周辺的正社員に分けて6割と4割だというようなところはあまり意味がないのではないかと思われます。

実は、この中心的正社員と周辺的正社員という区別は、労働法学的にも労務管理論的にも、いささか不明確で、何を浮かび上がらせようとしているかよくわからないところがあります。いわゆる正社員といっても、特に中小零細企業になればなるほど、定期昇給も退職金もない労働者が多いわけで、法律上賃金制度に対してはいかなる規制もされていない以上、昇給・退職金なしの無期契約労働者が結構いることは不思議ではありません。

そういう労働者がより長時間労働をしているにもかかわらず、労働時間よりも賃金の低さに不満を持っているというのも、不思議なことではありません。

中心的正社員と周辺的正社員という言葉をわざわざ設けている意味がどこにあるのでしょうか。これがパート・アルバイト、他の非正社員と並べて比較されているところからすると、同じ職場に、この4類型の労働者が併存していて、こういう格差があると言わんとしているように考えられますが、この調査からはそれは明らかとは言えないように思われます。

違法状態の経験やその内容、対応については、まさに発見的調査としての意味があります。非対応理由も結果も興味深いところです。このあたりについては、実は政府の労働教育研究会でも調査がされているところなので、別エントリーで紹介したいと思います。

使い捨て雰囲気のところも、まあ意識調査ということではあるのですが、中心的正社員とあまり月収が変わらず、より長時間労働している周辺的正社員が、仕事量が多いことよりも賃金が上がらないことに不満を持っていることをどう分析するのか、というか分析できる枠組みになっているのか、ちょっと疑問を抱くところです。

いずれにしても、街頭対面型アンケートという手法をもっと生かせるような調査内容を考えていく方がいいのではないか、という印象を持ちました。数字データに落とし込むことを考えるよりも、「なにがあったの?」「それでどうしたの?」「どう思っているの?」という記述的データを豊富にしていく方が、インプリケーションも引き出しやすいのではないでしょうか。

さて、特集の方ですが、高橋=萱野対談が、ナショナリズムを否定するのなら、国内で格差なんて言っても意味がないというテーマを取り上げていて、なかなか面白い。私からすると、

>格差を問題にするということがすでにナショナリズムの枠組みに乗っかっているということをまずは自覚しなくてはならない。

>格差を「問題」として浮かび上がらせることができるところに、ナショナリズムの肯定的な働きがあるわけです。

という萱野氏の指摘に対して、

>そうした国民のみを問題にするというナショナリズムによって、ヨーロッパでは移民排斥や外国人嫌悪につながっていく回路ができてしまっているわけですよね。あれと同じことを日本は繰り返すのでしょうか。

というような反応はあまりに表層的で、いや同胞皆同じというナショナルな平等主義があるからこそ格差を何とかしなくちゃと思うわけで、チープレーバーな移民をいやがらない精神は国民の間の格差を何とも思わない精神と表裏一体なわけで、そこまで言い切るのなら別ですが(というか、そういう考え方は十分あってしかるべきだと思いますが)、そこまでリバタリアンに徹する気持ちもなくただナショナリズムを批判していればそれでいいというのは、

>ナショナリズムをとにかく批判しなくてはいけないとか、とにかくナショナリズムを避けなければいけないと考える研究者や論客の根底にあるのって、潔癖主義なんですよね。いろいろな危険を持ったナショナリズムからいかに身を引き離すかを競うことで、自分の立場の無謬性を目指しているわけです。でも、それって結局は政治を道徳に還元しているだけなんじゃないでしょうか。

という萱野氏の指摘通りだと思われます。

このあたり、本ブログでも、赤木問題や日中戦争時の労働運動など、何回も触れてきたところです。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/10/post_c3f3.html(赤木智弘氏の新著)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/10/post_2af2.html(赤木智弘氏の新著その2~リベサヨからソーシャルへ)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/09/post_f86f.html(日中戦争下の日本)

それが「希望は戦争」という直截な方向に向かわないようにするためにこそ、萱野氏がいうように、

>ナショナリズムが排外的な性格を強めていく危険性を押さえるためにも、ナショナリズムを活用しなくてはならない

>外国人労働者との過酷な競争にさらされた人たちが排外的なナショナリズムを激化させていくのを防ぐためにも、もうちょっと穏やかなナショナリズムを使って国内の労働市場を保護していくという方法です。いきなり労働市場をオープンにしないで、ある程度国境を通じて労働市場の国際的な流動化をコントロールしましょう

という政策が必要なわけです。アンチナショナリストを自認する高橋氏は「それによって閉ざされた国になっていくというのは、私の意識ではやっぱり抵抗があるんですね」というのですが、問題はまさに萱野氏が言うように

>社会が開かれることによって、逆に意識が閉じられてしまう

ということでしょう。リベサヨがソシウヨを産むというメカニズムが回り始めるわけです。

どこまでそれに自覚的であり得るか。

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年末緊急職業相談・年末緊急労働条件特別相談

すでに一般の官公庁は御用納め済みですが、労働行政はあすとあさって、もう少し頑張るようです。

http://www.mhlw.go.jp/houdou/2008/12/h1219-7.html

ハローワークにおける年末緊急職業相談

ハローワークにおいて、年末緊急職業相談の窓口を開設し、非正規労働者等に対する職業相談を実施します。

〔相談窓口開設日・時間〕

平成20年12月29日(月)及び30日(火)10:00~17:00

〔提供サービス〕

職業相談、求人情報の提供、住宅確保に係る相談

〔窓口開設ハローワーク〕(別紙1(PDF:83KB)を参照)

ハローワーク(全国53カ所)

キャリアアップハローワーク(3カ所)

労働基準監督署における年末緊急労働条件特別相談

労働基準監督署において、年末緊急労働条件特別相談窓口を開設し、解雇、雇止め、賃金不払等が行われた非正規労働者等に対する労働条件相談を実施します。

〔相談窓口開設日・時間〕

平成20年12月29日(月)及び30日(火)10:00~17:00

〔提供サービス〕

解雇・雇止め、労働条件の引下げ等に係る労働契約法の内容や裁判例等についての情報提供

解雇、賃金不払等に関し労働基準関係法令上問題のある事案に対する相談への対応

〔窓口開設労働基準監督署〕(別紙2(PDF:69KB)を参照)

労働基準監督署(全国47カ所)

使える役所は使える限り使い倒しましょう。それが国民の権利です。

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経済同友会のDNAとそれゆえの偏奇

今朝の朝日も、耕論として3人が雇用危機について語るという特集。経済同友会の品川正治氏、全国ユニオンの鴨桃代氏、野宿者ネットワークの生田武志氏の3人です。

後2者については、まあ、いつも通りというか、ほんとは鴨さんには、できれば通り一遍の「派遣法の規制緩和が諸悪の根源」じゃない言い方を期待したいところですが、それはまたの話に。

本日のトピックは品川さんです。

>これまで日本の資本主義には、果実は国民が分けるという実質があった。それが修正主義と批判され、果実は株主や資本家のものという考えが幅をきかせた。いったんは回復した景気の実感さえ得られないまま、リストラという名目で労働者への配分は減らされ、浮いた利益を配当に回すことで経営者の報酬を増す。そういう米国型の経営手法が当然とされてきた。

一見、ここ数ヶ月はやりの言い方をしているだけに見えますが、経済同友会終身幹事の品川さんが言うと重みがあります。

なぜなら、まさにその修正資本主義の思想こそ、終戦直後に結成された経済同友会が掲げた旗であったからです。

戦後経営労務の歴史は、経営側に「経営者よ正しく強かれ!」と叱咤するタカ派の日経連と労使協調を掲げるハト派の経済同友会があり、労働側にタカ派の総評とハト派の同盟が位置し、労使双方のハト派の同盟としての生産性運動が、結果的にタカ派も巻き込みながら、ある時期までの日本のシステムを形作ってきたわけです。

そして、大変皮肉なことに、そういう日本的な修正資本主義システムに対して経営側から攻撃を加えたのも、品川氏の属する経済同友会であったというところに、品川氏の感慨が二重三重に深みを帯びるゆえんでもあります。

http://www.doyukai.or.jp/whitepaper/articles/no12.html(第12回企業白書(1996年))

>・今や日本企業はグローバルに活動する行動主体であり、国際化、自由化の波の中で、市場原理・グローバルな行動基準に基づいた企業運営を行っていかなければならない。

http://www.doyukai.or.jp/whitepaper/articles/no13.html(第13回企業白書(1997年))

>市場主義は世界共通のルール

>グローバル市場の信頼を失った企業は、一国政府がいかにこれを支えようとしても最早支え切れないことが明らかとなり、官主導の護送船団方式は終焉を迎えた。・・・日本以上に労使一体型の経営を行っていると思われていたドイツ企業も、今では市場主義経済の積極的移入に努めている。日本だけが出遅れる訳にはいかない。日本経済と企業は日本的経営と持て囃された過去の成功体験に捕われず、市場主義経済へ思い切って舵を取る必要があると思われる。今こそ自分達に十分ではなかったものを取り入れる絶好のチャンスであると認識すべきである。

>市場主義経済とは何か、そしてグローバル市場で生き残るためにはどうすればよいか。それは各企業が「資本効率重視経営」を行うことであろう。いかにしてそれを実現するかは各企業が、自社の歴史、風土、業態、規模等を勘案しつつ決定すべき問題であるが、そのベースは資本効率を重視することによって利益をあげ、利益をあげることによって企業の価値と人々の企業への投資インセンティブを高め、有利な資金調達で積極的に事業を展開して成長していく、というものであろう。最早市場と直結したサイクルを維持し、強化出来る企業しか生き残れない。歴史が今、それを証明し始めている

これを、単純に経済同友会が変節したのが悪かったと切り捨ててしまっては、問題の本質が見えなくなります。経済同友会がハト派で、改革志向で、市民志向で、リベラルで、そう、とにかく、そういう進歩的知識人から好まれるような体質を持っていたことが、「持っていたにもかかわらず」ではなく「持っていたがゆえに」、こういう市場原理だ、グローバルだという、一見かっこよさげなスローガンに、安易に流されていったのではないのか、と、問いかけてみる必要があります。

市民主義と市場主義の結託という90年代のキーワードが、ここに露呈していると考えるべきではないのでしょうか。

もちろん、品川さんはそれに棹さした人々の中にはいません。しかし、現場で労働組合とつきあっている日経連ではなく、そういう現場から切れた偉い社長さんたちのサロンである同友会がここまで脳天気な市場原理主義を振り回せたというところに、例えば同時代に山口二郎氏ら進歩的な政治学者たちが何の疑いもなく「政治改革」を唱道していたこととのシンクロニティは明らかに現れています。

>日本企業はまだ米国型に100%染まっていない。役員会で労働者を切って配当を確保しようとする財務担当者に対して、雇用を守ろうと必死に主張する人事担当者がいると信じたい

そう、私も信じたい。10年前の経済同友会の市場主義の鼓吹にもかかわらず、日本の企業はそう安易に染まってはいないことを。ね、労務屋さん。

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ジュリスト「労働立法と三者構成原則」

有斐閣の法律雑誌『ジュリスト』の1月1/15日号が発行されましたので、前号(12月15日号)に掲載された標記の論文をHPにアップしておきます。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/juristtripartism.html

冒頭の一節を再度引用しておきます。興味を引かれた方はお読みください。

>昨年来、労働法における規範的立法過程論ともいうべき分野が議論の焦点となりつつある。筆者の2007年労働政策研究会議報告*1や日本学術会議立法学シンポジウム報告*2を嚆矢として、花見・山口・濱口の鼎談*3や神林・大内の研究ノート*4など、ホットな議論が始まったところである。

 最初に問題を提起したのは、2007年5月に内閣府の規制改革会議労働タスクフォースが公表した「脱格差と活力をもたらす労働市場へ-労働法制の抜本的見直しを」と題する意見書であった。福井秀夫氏が中心となって執筆した同文書は、内容的にも解雇規制、派遣労働、最低賃金など労働法のほとんど全領域にわたって徹底した規制緩和を唱道するものであったが、特に注目すべきは労働政策の立案の在り方に対して本質的な疑義を提起した点である。引用しよう。

「現在の労働政策審議会は、政策決定の要の審議会であるにもかかわらず意見分布の固定化という弊害を持っている。労使代表は、決定権限を持たずに、その背後にある組織のメッセンジャーであることもないわけではなく、その場合には、同審議会の機能は、団体交渉にも及ばない。しかも、主として正社員を中心に組織化された労働組合の意見が、必ずしも、フリーター、派遣労働者等非正規労働者の再チャレンジの観点に立っている訳ではない。特定の利害関係は特定の行動をもたらすことに照らすと、使用者側委員、労働側委員といった利害団体の代表が調整を行う現行の政策決定の在り方を改め、利害当事者から広く、意見を聞きつつも、フェアな政策決定機関にその政策決定を委ねるべきである。」

 本稿は、政府部内で公然と打ち出されたこの考え方をどうみるべきか、日本の労働社会政策を歴史的に遡りつつ、また西欧社会における政労使関係の在り方を踏まえつつ、検討を試みる

なお、最近知った興味深い情報。福井秀夫氏率いる規制改革会議の労働タスクフォースに、なんと花見忠先生が参加しておられるようです。

http://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/about/list/professional.html(専門委員名簿(平成20年11月26日現在)

労働タスクフォース

安藤 至大
日本大学大学院総合科学研究科准教授
花見 忠
上智大学名誉教授
松尾綜合法律事務所客員弁護士
和田 一郎
牛嶋・寺前・和田法律事務所 弁護士
石川 和男
新日本パブリック・アフェアーズ株式会社上級執行役員
東京財団研究員

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今頃何を言っているのだ

山口二郎氏が、東京新聞本音のコラムでこういうことを語っています。

http://yamaguchijiro.com/?day=20081222

>このところ、日本を代表する大企業で非正規労働者の解雇が相次いでいる。テレビも新聞もこれを社会問題として大きく報道している。しかし、今頃何を言っているのだという疑問をぬぐえない。そもそも労働の規制緩和は、不景気の時に企業が容易に、合法的に首切りできるようにするために決定された政策である。大企業が遠慮会釈なく首切りをすることこそ、「構造改革」の実が挙がっている証拠である。

今頃何を言っているのだ

それは誰に向けての言葉なのでしょうか。

>水道管にわざと穴を空けておいて、今頃水が漏れていると大騒ぎするメディアは、善意かも知れないが、愚かである。例外なき規制緩和の旗を振った経済財政諮問会議や規制改革会議の連中は現状をどう思っているのだろう。竹中平蔵や宮内義彦にもし会う機会があれば、構造改革の成果が上がって嬉しいでしょうと言ってやりたい。もし政策が失敗したと思うなら、中谷巌のように素直に謝るべきである

その竹中平蔵氏との対談で、山口氏はこう語っていました。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/post-c012.html(山口二郎氏と竹中平蔵氏の対談)

>山口 90年代には竹中さんと同じ課題に仲間として取り組んだという意識が私にはある。すなわち、官僚支配と自民党の族議員政治こそが日本をおかしくしている悪の元凶であると。そこに竹中さんは経済学の立場から、私は政治学の立場から批判の矢を放ち、一定の世論形成に成功した。

竹中 そうですね。

そのエントリーで私が述べたように、

>そこまで分かっているのであれば、「医療費の削減だとか、国民生活に直接影響する施策がたくさん内包されていたのにそれらがまともに吟味されることなく通ってしまった」というような小泉政権下の事態をもたらした責任の一端は、そういう「政治学の立場からの批判の矢」にもあったのではないかとという自省があってもいいように思われます。

まさに山口二郎氏のような「政治学の立場からの批判の矢」が、朝日新聞をはじめとするリベラルなマスコミをも巻き込んで多くの国民を、とにかく極悪非道の官僚を叩いて政治主導のカイカクをやっているんだから正しいに違いないという気分にもっていったのではないかと私は思うわけです。

そういう「改革」の「同志」だった竹中氏に対して、「構造改革の成果が上がって嬉しいでしょうと言ってやりたい」と突き放したような物言いをするのであれば、当然もう一方の片割れに対しても「政治改革の成果が上がってうれしいでしょうと言ってやりたい」と仰るのでしょうね。

>雇用危機も医療崩壊も、政策転換の結果であり、人災である。被害者に対する共感は必要だが、意図的に人災を作り出した連中には怒りが必要である

その怒りは、政治改革を煽りに煽った人々に対しても同様に向けられるのでしょうね。

>>この七,八年を振り返り、そのような厳しい総括をすることこそ、メディアの役割ではないか。政策を決定した人々の固有名詞を挙げた議論こそ必要である。

まさに、固有名詞を挙げた議論が必要だと思いますよ。

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KYはどっちだ?

こういうのは悲しい。

いや、京都府の山田知事は、12日の労働トップフォーラムで挨拶された内容に感動したこともあるので、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/19-4765.html(第19回労働トップフォーラム)

>最初の来賓挨拶で、山田京都府知事が昨今の雇用危機に触れたあたりの語り方は、さすがと思いましたね。

それだけに、こういうことを言われると、世の中の仕組みはわかっているはずの人が、わざとこういうことを仰るのですか?と悲しくなります。

http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/081226/plc0812262049014-n1.htm職安再編「厚労省はKY」 京都・山田知事が批判

>厚生労働省がリストラを目的に昨年度から始めた公共職業安定所(ハローワーク)の再編で、来年度、京都市の千本労働分室や二条労働分室など全国5カ所の削減が検討されていることがわかり、京都府の山田啓二知事は26日の記者会見で、「KY(空気が読めない)な方針。国民に目を向けているのか」と、厚労省の姿勢を強く批判した。

 厚労省は昨年度から、日雇い労働者に職業紹介を行う労働出張所や分室を含むハローワークの再編に着手。昨年度は13カ所、今年度も26カ所を廃止した。

 一方、ハローワークは年末の29、30両日も窓口を開く予定で、山田知事はこの対応を評価したものの、厚労省の方針について「地元に連絡もない。頑張っている職員の気持ちも考えずにいる」と疑問を呈した。

 また、国が運営する職業能力開発大学校・付属短期大学校(ポリテクカレッジ)についても触れ、「今が一番、職業訓練とかそういうものが必要な時。現場感覚というものを持って動いてほしい」と話した。

主語を除けば、すべて正論。

でもね、厚生労働省で労働行政をやっている人々が、現場感覚もなしにやっているとでも仰る?ハローワークをつぶしたくてつぶしてるとでも仰る?

財務省が「いやあ、ハローワークは必要ですからもっと増やしましょう」というのに、厚労省の馬鹿役人が勝手につぶしているとでも?

行政カイカク正義!を掲げる威勢のいい人々に、なんでハロワなんぞ国でやってるんだ、と罵られながら、

失業者の相手なんぞ国がやる必要はない、民営化しろ、という声に必死に抵抗しながら(そうすると、アフォなカイカクマンセーのマスゴミが「抵抗勢力史ね」とか褒めてくださるわけですが)、

せめてカイカク正義の皆様への犠牲の羊として差し出した削減案を、(なんでもっと抵抗しなかったんだ。この弱虫め!といわれるのならまだしも)、KYと言われたのでは立つ瀬がないというものではないですか。

最後の雇用・能力開発機構にしても、もちろん山田知事らは職業訓練機能の重要性を主張していただいたわけですが、結局、労働の現実をかけらも見ようとしないカイカク主義者たちによって廃止に至ったわけであって、「抵抗勢力史ね」といわれ続けた厚労省に「現場感覚というものを持って動いてほしい」というんですか?と思いますが。

(参考)

トピックは異なりますが、似たような話として

http://d.hatena.ne.jp/bewaad/20081023/p1(医療批判と目くそ鼻くその厚生労働省批判)

>厚生労働省批判というのは、たとえば墨東病院事件で墨東病院を批判するようなもので、何ら事態の改善に寄与しないどころか、かえって事態を悪化させるおそれも多分にあるもの。

つまりは医療に割くリソース削減は厚生労働省が推進してきたものでは決してなく構造改革・小さな政府路線の帰結であり、政府内で医療に割くリソース増加を主張する厚生労働省をいくら批判したところで厚生労働省のプレゼンスを低下させるのが関の山、結局はリソース削減を助長してしまいかねないのです。

100%の正論ですが、こういうことを、財務官僚(と噂される方)に言って貰わなければならないところがまた悲しいところです。

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堀有喜衣さんの雑感

JILPTのHPに、堀有喜衣さんの「若年者雇用 雑感」が載っています。

http://www.jil.go.jp/column/bn/colum0114.htm

堀さんはいうまでもなく、小杉礼子さんと並ぶ日本の「学校から仕事へ」の研究者の一人です。

http://www.jil.go.jp/profile/yhori.html

下のエントリー(「現実を見ろ」)で書いた

>つい数年前まで、「近頃の若者は働く意欲もいい加減で、ふらふらフリーターになったり、ニートになったりしている。実に困ったものだ」という言説が、まさに「現実」として横行していた。そういう「現実」認識に基づいて、政治家もマスコミも若者に対する「説教」を繰り返していた。そういう「現実」認識をひっくり返したのは、JILPTの小杉礼子さんをはじめとする地を這うような地道で緻密な社会調査であって、小島氏の言う「数学」ではなかった。

の立役者の一人でもあります。そういう堀さんの味わいのある言葉です。

>急激に雇用情勢が悪化しているとの報道が毎日のようになされている。わたしたちは、バブル崩壊以降の不況のような状況に再び突入しつつあるのだろうか。まだ今回の展開は見えてきてはいないが、前回とは違うと感じられる点もある。そこで若年者雇用に限って、若干の雑感を述べてみたい。

第一に、バブル崩壊以降の不況は、高度成長期以降はじめて、若者の雇用の不安定化や失業の問題を大きく浮上させた。そのため、なぜこんなに若者が不安定化したのか、またそもそも不安定化しているのかということも含めて、なかなか問題の把握が進まなかったように記憶している。また若者への道徳的非難が認識の前提としてあり、「パラサイトだから」「怠けているから」などという風当たりも強かった。こうした状況が、若者支援への取り組みを遅らせたひとつの原因であったことはまちがいない。

しかし今回は、すでに多くの研究者によって積み重ねられた知見がある。これまでの経験から得た見取り図が今回にあてはまるのかどうかはまだわからないが、少なくともこれまでの苦い経験を生かして、今回の不況を乗り切りたいという気持ちは皆おなじだろう。

第二に、若者が自らの状況に対する抗議の声をあげ、それに社会が注目している、という点である。 2005年に起こったパリ郊外での若者の「暴動」は日本でも広く報じられたが、日本では若者の抗議行動は起きにくいだろうという印象をもっていた。しかし今回は違うようだ。日本社会に若者の声をくみ上げる回路が構築されつつあるのだとすれば、大変喜ばしいことである。

第三に、前回の不況の教訓として、企業は景気が回復した時期にも非典型化(非正社員化)、間接雇用化を推し進めていた。しかし今回、渡りに船とばかりにリストラを進めようとしたものの、あちこちで非正社員による抵抗が起きることとなった。これは多くの企業にとって予想外のことであったろう。非正社員、間接雇用であれば、何の障害もなく雇用調整が可能になるわけではなかった。この経験は企業側にどのように受容され、対応がなされていくのだろうか。

そして再び景気が回復したときのために考えておきたいことがある。若者の問題に最も関心が集まったのは2002年ごろであったが、その後の景気回復にともなって、世間の関心は驚くほど急激に薄れた。しかし景気がよいときに、労働政策はより効果を発揮するのではないだろうか。例えば効果を上げているとされるイギリスのNEET対策は景気がよく、失業率も低い時期にはじまっている。景気循環に振り回されない取り組みを考える必要があるのではないかと思う

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EU雇用戦略と社会保障

国立社会保障・人口問題研究所が出している『海外社会保障研究』の2008年冬号が、「拡大EUの社会保障政策と各国への影響」を特集しておりまして、その中に、私も標記題名の論文を寄稿させていただいております。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/kaigaishaho08.html

ちなみに、社人研のHPは、

http://www.ipss.go.jp/

です。海外社会保障研究や季刊社会保障研究のバックナンバーの論文もここから読めますし、いろんなデータもここから得られます。ブックマークしておく値打ちのあるHPです。

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現実を見ろ

小島寛之氏のこの一節に言う「現実」とは何だろうか。

http://d.hatena.ne.jp/hiroyukikojima/20081226/1230274589

>ぼくは、「現実を見ていない」という批判に、「いや、ぼくも現実を見ている」などという反論をするつもりは全くないよ。「現実を見ていない」で結構。ぼくは、「現実を見ろ」という説教をする人を絶対信用しないことにしている。このことは、このブログを読んでいるとりわけ若い人たちに対して、老婆心ながら、人生の先輩としてアドバイスしておきたい。二言めには「現実を見ろ」という人には、多くの場合、裏腹がある。そんな手にはまっちゃいけない。実際ぼくは、子供の頃から、いつも「現実を見ろ」と説教されてきた。まず、父親に、次に教師に、そして、学校の先輩に、はたまた政治活動家に、さらには会社の上司に。でも、あとでわかったことは、そういう人たちのいう「現実」は、その人たちが色眼鏡をかけて見ている彼らに都合のいい「現実」であって、ちっとも本当じゃないってことだ。そういう人々は、人を理詰めで説得して自分の意のままに操縦することに失敗したとき、えてしてこのことば「現実を見ろ」を使う。ぼくは、そういう人々のいう「現実」よりも、むしろ、「数学」のほうを信じている。

ここに出てくる、小島氏の父親、教師、学校の先輩、政治活動家、会社の上司たちが「現実」と呼んでいるものは、彼らが「これが現実だからこれに従え」とおもっているところの「現実」という名の「観念」だ。「教科書を丸暗記して、その通り答案をかけ。それが現実なんだから」。「ここのしきたり通りに行動しろ。ここではそれが現実なんだから」。そんな「現実」くそ食らえ。その点に関する限り、小島氏の意見は全く正しい。

そして、およそ社会現象について論ずるときにも、同じような「現実」という名の「観念」が、同じように「現実を見ろ」という形で押しつけられようとする傾向がよくある。その点についても、小島氏の意見は正しい。まさに「そういう人たちのいう「現実」は、その人たちが色眼鏡をかけて見ている彼らに都合のいい「現実」であって、ちっとも本当じゃない」。小島氏が怒りを感じているのも、まさにそういう「現実」を振り回す連中に対してなのだろう。

だけど、小島氏が正しいのはそこまでだ。

そういう「現実」という名の「観念」を、「これが現実だから言うことを聞け」という押しつけを、本当に押しのけることができるのは、「ふざけるな!これこそが現実だ」というもっと生々しい現実の姿だけだ。観念に観念を対抗させて、何物かを生み出すことができるなんて思わない方がいい。

一番最近のビビッドな例を挙げれば、つい数年前まで、「近頃の若者は働く意欲もいい加減で、ふらふらフリーターになったり、ニートになったりしている。実に困ったものだ」という言説が、まさに「現実」として横行していた。そういう「現実」認識に基づいて、政治家もマスコミも若者に対する「説教」を繰り返していた。そういう「現実」認識をひっくり返したのは、JILPTの小杉礼子さんをはじめとする地を這うような地道で緻密な社会調査であって、小島氏の言う「数学」ではなかった。

小島氏の言葉には確かにとても正しいところがある。「二言めには「現実を見ろ」という人には、多くの場合、裏腹がある。そんな手にはまっちゃいけない」、まさにその通りだ。だけど、その後の処方箋が全くひっくり返っている。そういうエセ現実を振り回す連中に突きつけるべきは、数学なんかじゃなくて、生々しい湯気の出るような、切れば血の吹き出るような現実でなくちゃいけない。

薄っぺらな「現実」認識に基づいて「「現実を見ろ」と説教する人々に投げつけるべきは、「お前こそ現実を見ろ!」でなくちゃいけない、と私は思っている。

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大竹先生「企業の内部留保活用を」

今朝の毎日新聞が「どうする非正規雇用の大量解雇」というオピニオン特集を組んでいて、最近私と労務屋さんとの三つどもえ(?)をされた大竹文雄先生、かつて朝日で対談した関根秀一郎氏、日本経団連の川本裕康氏の3人が意見を述べています。

関根さんは「派遣切りの規制急げ」、川本さんは「景気回復が雇用対策」、そして大竹先生はなんと「企業の内部留保活用を」です。

>不況という負の経済ショックを誰が負担するか、という問題に私たちは直面している。関連する利害関係者は、企業及び株主、正規労働者、非正規労働者の3者である。その中で非正規労働者が集中的に負担しているのだ。

>2002年以降の景気回復期には、企業収益が増加し続け、株価が高騰したにもかかわらず、労働者の賃金は上昇しなかったことを忘れてはならない。好況期に積み上げた内部留保を使って企業が雇用を維持するのが筋であろう。

この辺だけ見ると、連合の要求と見まがうばかりですが、

>しかし、正社員の既得権益を守るために非正社員に負担を押しつけていいだろうか。非正社員が不安定な雇用と引き替えに高い賃金をもらっていたのだろうか。実態は逆である。

>たまたま、就職氷河期に学校を卒業しただけで、非正社員になって、低賃金の上に景気変動の影響を大きく受ける。これほど理不尽なことはない。新規採用の停止や非正社員の雇い止めを企業の解雇回避努力義務として評価している判例法理も問題だ。

と、中高年の正社員層にも反省を求めます。このあたりは、本ブログでも何回か書いてきたように同感するところが多いところです。

ただ、さすがに大竹先生は立派な経済学者であって、現に働いている中高年正社員層をノンワーキング・リッチなどと見当外れに罵るどこぞのインチキな連中とは違います。

同じ労働者の間でのワーキング・プアとワーキング・ミドルとの格差是正を求めるとともに、大竹先生は言葉の正確な意味におけるノンワーキング・リッチにこそ、その原資を求めよと、原点に戻った正論を述べます。

>好況期の過大な内部留保から便益を受けた資本家や高所得層への課税を強化し、低所得層へ所得を再分配するか、公的支出を増やして、職を失った人たちを雇用すべきである。教育・保育・介護等、不足分野は多い。

実際、現代日本の最大の問題は、高齢層に多い言葉の正確な意味でのノンワーキング・リッチがそのリッチさに比してお金を使わずに貯め込んでしまっていることにあると思います。

ワーキング・ミドルは年功制のおかげで何とか生活費を賄えているが、若いワーキング・プアはそれすら賄えないわけで、マクロ的にはどこからどこに移転すべきかは明白でしょう。

(参考)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/post-9759.html(不労不育世代間資産還流の社会的帰結)

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仕事の社会的レリバンス

もう一つ、JILPTの雑誌の紹介。学術的な『日本労働研究雑誌』の方です。

http://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2009/01/index.htm

特集は「派遣社員の適正なマネジメントに向けて」で、

提言 雇用の原則に立ち返る
高木 剛(日本労働組合総連合会会長)

解題 派遣社員の適正なマネジメントに向けて
編集委員会

論文 労働者派遣をめぐる法的問題
皆川 宏之(千葉大学法経学部准教授)

製品開発における派遣技術者の活用―派遣先による技能向上の機会提供と仕事意欲
佐野 嘉秀(法政大学経営学部准教授)

高橋 康二(東京大学大学院人文社会系研究科)

派遣労働者のキャリア形成に向けて―ヒアリング調査による考察
松浦 民恵(東京大学社会科学研究所特任研究員)

製造業務請負の事例に見る業務請負適正化の課題
木村 琢磨(大阪経済大学経営学部専任講師)

紹介 フランスにおける派遣社員への職業能力開発支援の取り組み
中道 麻子(早稲田大学産業経営研究所助手)

と、興味深い論文がてんこ盛りですが、ここでは特集記事じゃなく、

座談会

平成20年版労働経済白書をめぐって―働く人の意識と雇用管理の動向

石水 喜夫(厚生労働省労働経済調査官)

伊藤 実(JILPT統括研究員)

野田 進(九州大学法学研究院教授)

守島 基博(一橋大学大学院商学研究科教授)

の方を紹介したいと思います。

白書の中身はもういいでしょうから、興味深い発言をいくつか。働く目的がお金を得ることというのが多いという白書の記述に対して、守島先生曰く、

>経済要因や金銭要素と働きがい、生き甲斐という対立で考えてはいけないんだろうと考えます。

>私がもっと大きい問題だと思うのは、先ほど議論も出ていましたが、働くということと社会との結びつきというのが、お金といっても、それから生き甲斐を見つけるといっても、どっちにしても失われているように思うんですね。

>つまり、どちらにしても自分個人に対しての価値なのです。働くということが社会の中でどういう意味を持つのか、意義があるのか、自分が働くということは社会にとってどういうインパクトがあるんだろうかと、そこまでいうと少し大げさかもしれませんが、・・・多分、ほとんど考えられていない。

>日本の企業というのは、これまで働く人たちを囲い込み、囲い込みとやってきすぎた。その結果、一つの企業に入って安定的な雇用と収入を得るというのが、すごく大きな目的になってしまう。でも、それが否定されると、今度は、生き甲斐などの自分にとっての非金銭的価値に注目する。結局、どこまで行っても、社会にとってどういう意味やベネフィットがあるのか、というところを考えていない・・・。

>ですから、お金か生き甲斐かという対立は、そんな問題ではないというか、あまり大きな変化ではない。それよりも今いったような社会性のなさというところが、学校教育なども含めて今後は一つの大きな論点になるように感じています。

仕事の社会的レリバンスとでもいいましょうか。すごく本質的なことをずばっと指摘されています。

それがまた、白書でも指摘されている教育の職業的レリバンスの欠如という話につながるのでしょう。

>内閣府「世界青年意識調査」をみると、学校に通う意義として、「職業的技能を身につける」ためと思う者の割合は、日本は先進国で最低の水準にある。(第2 -(1)- 24図)。

http://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/roudou/08/dl/02_0001.pdf(労働経済白書第2章第1節)

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ジョブ型正社員

200901 JILPTの『ビジネス・レーバー・トレンド』1月号が出ました。

http://www.jil.go.jp/kokunai/blt/backnumber/2009/01.htm

特集は「金融危機がもたらす影響と対応―悪化する経済・雇用情勢」と、まさに時宜に適したもので、冒頭に、こういう座談会があります。

座談会「金融危機下の経済・雇用状況とその対応」

<出席者>

草野忠義・連合総研理事長

水野和夫・三菱UFJ証券チーフエコノミスト

宮本光晴・専修大学経済学部教授

<司会>

浅尾裕・JILPT主席統括研究員

水野氏は、例によって、16世紀末以来の利子率革命が起こり云々というお話、宮本先生はサブプライムのモラルハザードの指摘、草野さんは、例の、シカゴ学派がアジェンデ暗殺に祝杯を挙げたという話と、なんだか噛み合っているのかいないのか?という感じで始まりますが、話が雇用対策にいくと徐々に噛み合ってきたような。

読んでいって、目を惹いたのが、宮本先生の次の発言です。

>日本の正規雇用は雇用保障が非常に強いことは間違いない。だから正規か非正規かと言うとき、職能と年功をミックスさせ、段階的に賃金が上昇していくという今までの正規の形態で全部抱え込んでしまうのは確かに難しい。だからよく言われるように、これからは多様な正規雇用を作れるかどうかと言うことだと思う。多様な正規雇用というときに行き着くところは、、一言で言えば、職務(ジョブ)を単位としたものになるのではないか。同一職務である限り、その職務の評価に応じて処遇される。ただし、これまでの雇用システムを転換し、一気にジョブのランクに応じて人を付けていくことは無理であるし、実体経済としての日本の強さもなくなってしまうかもしれない。そうすると、既存の職能を単位とした雇用とは区別して、ジョブを単位とした雇用の制度を企業側が作ることができるかどうかに係っているし、それを従業員が認めた上で、実施していくことが求められる。もしこうなると、これはワークシェアリングと同じだと思う。ワークシェアリングをやれば、現在の正社員の所得は減るわけですが、これまで職能の世界で正社員であった人がジョブとしての雇用になると、これまで享受していた地位は下がる場合があると思います。企業がこうした人事政策をとると同時に、組合がそれに対応できるかが重要です。その移行過程でかかってくるコストを政府が補填できるかどうか。こうした方向が一つあると思います。

これは、実にいろいろな論点が詰まっていて、議論し出すと大変ですね。イメージ的には、かつて日経連が示した「新時代の日本的経営」の「高度専門能力活用型グループ」をふくらませるとともに修正し、そんなに高度でもない専門能力で働く人々をジョブ型正社員として位置づけるという感じでしょうか。で、一方に(今よりもかなり小さくなった)キャリア組としての職能型正社員がいて、他方に(今よりもかなり小さくなった)ボランタリーな雇用柔軟型非正社員がいるという天下三分の計でしょうか。

従来型のパートやアルバイトは雇用柔軟型のままだが、家計維持的な非正社員はジョブ型正社員に移行し、一方いままでの職能型からジョブ型に移行した正社員には公的な社会手当で補填する、と。

単に批判したり叫んだりしているのとは違う、一つの現実を見据えた改革論として興味深いものがあります。「新時代の日本的経営」を書かれた小柳勝二郎氏のご意見を伺いたい気もします。

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労働は神聖なり,結合は勢力なり

0025930 岩波書店の平田賢一さんより、二村一夫氏の『労働は神聖なり,結合は勢力なり-高野房太郎とその時代』を贈呈いただきました。有り難うございます。

http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/00/7/0025930.html

>労働組合,生協運動の先駆者の生涯を,生い立ちから在米時代,運動家時代,運動離脱後まで描いた初の本格的評伝.実業家を志しながら運動家となった高野房太郎(1869-1904)を巡るさまざまな謎を解き,黎明期日本労働運動史の真実を明らかにする.

本書は、ネット系の労働関係者にとっては有名な二村一夫氏のオンライン著作集で長年連載されていたものの紙と活字版です。

http://oohara.mt.tama.hosei.ac.jp/nk/tfcontents.html#vol6

こうして本になってみると、やっぱり紙と活字の本は読みやすいですね。

ネット上には、「相互補完本」として、フォトアルバムや各種史料が、載っています。

房太郎の弟は、高野岩三郎。これまた労働関係者にとっては親しい名前です。房太郎が日本の労働組合運動の出発点ならば、岩三郎は社会政策、労働研究の出発点というわけで、長崎の仕立屋に生まれた兄弟が日本の労働問題の原点のあたりに顔をそろえているというのも不思議な感じです。

せっかくですから、二村一夫著作集のうちで、是非読むべき論文を紹介しておきます。

まずは、第1巻 『日本労使関係の比較史的検討』に収録されている、名著の誉れ高い

http://oohara.mt.tama.hosei.ac.jp/nk/epzunion.htm(企業別組合の歴史的背景)

http://oohara.mt.tama.hosei.ac.jp/nk/hstrlctr.htm(日本労使関係の歴史的特質)

そして、その応用編ともいうべき

http://oohara.mt.tama.hosei.ac.jp/nk/cmptlrjk.htm(日韓労使関係の比較史的検討)

http://oohara.mt.tama.hosei.ac.jp/nk/nakama.html(日本における職業集団の比較史的特質──戦後労働組合から時間を逆行し、近世の〈仲間〉について考える)

は、労働史を勉強する上で座標軸として繰り返し読んだものです。

この英語版が、

http://oohara.mt.tama.hosei.ac.jp/nk/English/index.html#vol15

に載っています。

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労働行政の充実・強化に関する要請

連合が、本日、厚生労働省に対して、標記の要請を行ったということです。

http://www.jtuc-rengo.or.jp/news/rengonews/2008/20081225_1230199233.html

http://www.jtuc-rengo.or.jp/news/rengonews/data/20081225kourou_yousei.pdf

言ってることは、いちいちすべてもっともですが、そういう内容を厚生労働省に要請するのかねえ、という気がしないでもないですが。

少なくとも厚生労働省の人間は、労働行政を充実、強化したいと思っているはずで、そう思っていない人は別の所にいるんじゃないですかねえ。

とりわけ、連合さんが組織的に支持し、票を贈呈されている某政党あたりの中に、労働行政なんぞを充実・強化したくないと思っている人がいないのかどうか、是非精査していただきたいものだと思わないではないですが。

まあ、連合の要請内容を見ましょう。

私ども連合は、全国の各地域において、すべての労働者が職業紹介や能力開発、労働相談等に関する行政サービス・支援を十分に受けられることが、労働行政の基本であると考えております。非正規労働者等の雇用問題への対応が喫緊の課題となっているいま、地域に密着した労働行政機関が全国的にサービスを迅速に提供することの必要性は、ますます高まっています。
このような中で、去る12月8日、内閣府・地方分権改革推進委員会は第2次勧告をまとめました。しかし、その内容を見ると、労働者・国民の立場からは、疑問を抱かざるを得ない内容を含んでいます。
また、緊急の雇用対策はもちろん、各地域における雇用創出を伴う地域産業政策の策定・実行には、地域の関係機関・労使団体の知恵と参加が必要であり、都道府県労働局には連携強化に向けたリーダーシップを発揮することが求められております。
ついては、労働行政の充実・強化をはかる観点から、下記の事項について要請いたします。労働行政に寄せられる期待と役割の大きさをいま一度認識され、今後の労働行政の立案・運営等にあたり、十分に反映いただくようお願い申し上げます。

観念的な地方分権は必ずしも労働者国民の利益になるわけではないということを、ちゃんと伝えてくださいね。

まず、労働局のブロック化について、ブロック化自体は認めるものの、

1.「都道府県労働局のブロック機関化」等について

「第2次勧告」の「都道府県労働局のブロック機関化」については、労働行政の後退とならないよう下記の事項について適切な措置を行う。

(1) 個別労働紛争処理および雇用均等行政

① 都道府県労働局におかれている、紛争調整委員会では個別労働紛争に関するあっせんが行われ、また、機会均等調停会議では男女雇用機会均等法、パートタイム労働法に関する紛争についての調停が行われるなど、個別労働紛争の解決に大きな役割を果たしている。これらの紛争解決システムをブロック単位とすることは、労働行政の後退にほかならないため、都道府県単位に残す。

② 個別労働紛争にかかる相談業務および雇用均等業務についても、すべての都道府県において労働者および事業主が相談できるよう、都道府県単位に機能および必要な体制を残す。

③ 個別労働紛争解決制度の運営状況を、定期的に地方労働審議会に報告する。

(2) 労働保険の適用・徴収等

労働者や事業主の利便性や制度の適正な運用のためには、労働保険の適用および保険料徴収などの機能は都道府県単位で担うものとし必要な体制を残す。

(3) 労働者派遣事業者等に対する指導・監督

① 労働者派遣事業については、偽装請負・違法派遣等の法違反が数多く生じており、2004 年4 月からは、ハローワークではなく都道府県労働局において集中的に指導・監督することとされている。労働者派遣事業者および派遣先、職業紹介事業者など民間需給調整事業者に対する迅速かつ実効性ある指導・監督が今後とも可能となるよう各都道府県単位でその機能を担うものとし、必要な体制を残す。

② 労働者派遣事業適正運営協力員について、労災防止指導員に準じて権限強化をはかるなど、より有効に活用し、法違反の未然防止や優良な事業者の育成をはかる。

(4) 最低賃金の決定

地域別最低賃金を今後とも都道府県単位で決定できるよう、地方最低賃金審議会及びその事務局は都道府県単位に設置し、これまで審議会で使用されてきた調査も引き続き都道府県単位で実施するなど、きめ細やかな運営を行う。

特に重要なのは、

3.「国のハローワークの漸次縮小」等について

(1)「第2次勧告」では、「将来的には、国のハローワークの漸次縮小をはかるべき」とされ、地方分権改革推進委員会の決議では「ハローワークの全職員を削減する」こととされている。しかし、ハローワークは、国が責任を持つべき職業紹介・雇用保険・雇用対策を全国を通じて一体的に実施するものである。全面的に地方に移管すれば、雇用保険制度の全国的運営が損なわれ、例えば、都市部では低い保険料率で給付も充実する一方、雇用情勢の厳しい地域では、保険料率は数倍となり給付も低下せざるを得なくなる。また、全国的に機動的な雇用対策を行うことも困難になるおそれがある。したがって、ハローワークの全国ネットワークは維持すべきである。さらに、現在のような雇用・経済情勢を踏まえれば、その組織体制の拡充・強化をはかるべきである。

(2) 労働基準監督署およびハローワークの再編整理に関する具体的な計画については、労働政策審議会の調査・審議事項とする。

これは、本ブログでも何回か述べたように、地方分権の正義を振りかざして機関委任事務を廃止してしまったことが、かえって地方自治体が関わる形で国の雇用対策を有機的に行うことをできなくしてしまった嫌いがあると思っています。

4.離職を余儀なくされた非正規労働者等に対する公共職業訓練の機能強化

(1) 長期(6ヶ月以上)の職業訓練の実施により、福祉・医療、農業、林業、環境、ものづくり等の分野で安定した職に就けるよう、職業訓練メニューを早急に用意し、充実させる。

(2) ジョブ・カード制度について、訓練中の生活保障制度を含めた制度の周知を徹底するとともに、受入企業の開拓を推進し、利用を促進させる。

(3) 全国ネットワークを活かした機動的な離職者訓練、中小企業等の在職者訓練の実施体制を担保するため、国の責任による都道府県に最低1カ所のポリテクセンターの設置・運営を堅持する。

労働行政に憎悪をたぎらせる方々のお陰をもちまして、雇用・能力開発機構は、めでたく廃止となったわけですが。

最後はやっぱりこれです。

6.労働教育の拡充

労働者の基本的な権利・義務の周知・啓発を行う労働教育施策を、文科省と連携して実施する。また、都道府県が行う労働者教育施策について支援を行う。

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これからの雇用・労働政策の基軸?

本日、都内某所でお話ししたことの最後の部分。

この直前までは、

http://homepage3.nifty.com/hamachan/kijiku.html(これまでの雇用・労働政策の基軸の変遷)

で述べたような、歴史を語ったのですが、さて、今後は?というところです。

>6 これからの雇用・労働政策の基軸?

 こういった個人志向・市場志向の時代は、2005年のいわゆる小泉郵政選挙で頂点に達した後、急速に転換しつつある。社会の雰囲気は構造改革や規制緩和への熱狂から格差社会の恐れによる規制強化に逆転した。例えば、いわゆる「ホワイトカラー・エグゼンプション」は2007年に激しい批判のために失敗した。地域最低賃金は2007年に内閣の介入により大幅に引き上げられた。さらに、三者構成審議会における派遣労働の審議は更なる規制緩和から制限と規制の方向に転換し、2008年には短期派遣の原則禁止、常用派遣労働の促進、派遣労働者の適正処遇などと規定する派遣労働法の改正案が国会に提出されるに至った。

 この突然の「逆流」に直面して、規制改革会議の労働タスクフォースは「脱格差と活力ある労働市場へ」と題する喧嘩腰の文書を発表し、労働市場におけるほとんどすべての規制を激しく非難したが、ほとんど支持を得られず、政府部内で孤立化するに至った。一方、「労働ビッグバン」を掲げて経済財政諮問会議に設置された労働市場改革専門調査会は、ワーク・ライフ・バランスや非正規労働問題を取り上げるなど、時流に棹さす政策を提言しつつ、職務給や職種別労働市場の形成という目標を掲げている。

 ここに現れているように、今日の雇用・労働問題の中心に位置するのが、雇用を保障された正規労働者は拘束が多く、過重労働に悩む一方で、非正規労働者は雇用が不安定で賃金が極めて低いという点、いわゆる労働力の二極化である。これに対して、労働ビッグバンを掲げる経済学者と反主流的立場にある労働運動家が揃って同一労働同一賃金原則に基づく職務給への移行を処方箋として提示していることは興味深い。内部労働市場志向の制度を解体し、もっぱら外部労働市場志向の仕組みに作り替えることが、正規労働者と非正規労働者の格差を究極的になくすことになるという議論である。

 ここには、市場原理主義からの転換の先にいかなるシステムを構想するかという、哲学的な問題が顔を覗かせている。時代区分で言えば、70年代から90年代までの内部労働市場志向の時代に回帰すべきと考えるのか、その前の外部労働市場志向の時代の理想を追求すべきと考えるのか、という問題である。

 企業中心社会への反発が過度な市場志向をもたらす原因でもあったことを考えれば、また労働者の利害の個別化や、差別問題への感覚の鋭敏化といった社会の流れは逆転するどころかますます進行するであろうと考えられることからすれば、単純な内部労働市場志向政策が適切であるとは思われない。一方、職務給や職種別労働市場の形成といった半世紀前の理想がなぜ現実化しなかったのかという問題に正面から取り組むことなく、漫然と外部労働市場中心の社会を掲げてみても、実現への道筋が見えてくるわけではない。

 この問題と密接に関わるのが、集団的労使関係システムの在り方をどのような方向に展望するのか、という問題である。単なる組織率の低下にとどまらず、非正規労働者や管理職といったある意味で集団的利益代表システムをもっとも切実に必要としている労働者層が労働組合から事実上排除されている現状に対して、企業内における包括的な利益代表システムと企業を超えた利益代表システムの両面から真剣に検討していくことが求められよう。

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改めて日本型システムを問い直す年

「あらたにす」で、中央大学の森信茂樹氏が「欧米反面教師に新モデル構築を」というエッセイを書かれています。

http://allatanys.jp/B001/UGC020004820081222COK00195.html

森信氏はご承知の通り、大蔵官僚出身ですが、もちろん奇矯な「脱藩官僚」などではなく、実務家的センスとアカデミックな知性を併せ持った方です。本ブログで紹介した阿部彩さんらと「給付付き税額控除」を出されています。

後述のように、単純に共感すると言うには、私にはいささか思うところもありますが、大きな話の筋として共感するところの多い文章です。

>さて来年は、「改めて日本型システムを問い直す年」ではないかと考えている。戦後の高度成長期に形成された日本型システム(経済・生産システム)は、その後、外圧をテコとした構造改革と称するものによって、我が国で消化できる範囲で、しかし確実に変質を遂げてきた。

 とりわけバブル経済崩壊後の失われた10年を経て、「改革なくして成長なし」というキャッチフレーズのもとで行われた小泉内閣の「構造改革」は、各種の規制緩和策とともに、会社法の制定に代表されるように我が国の会社法制を、英米アングロサクソン型にむけて大きく変革するものであった。年功序列、終身雇用、企業別組合という3種の神器が、過剰雇用、過剰資本、過剰設備のもと機能不全を起こす中で、成果型報酬・米国流コーポレートガバナンス、時価会計等々を取り入れる構造改革が進み、日本型システムは大きく変質していったのである。

このことについて、今になって否定的な見解が多くなっているが、私は当時の我が国のおかれた経済状況の下では、向かわざるを得ない基本路線であったと思っている。これまでの慣性のついたものを正していくには、反対側に大きく曲げていくエネルギーが必要で、中途半端な対応では不十分だからである。必要なことは、変転する経済社会情勢の下、常にシステムを問い直すことで、現下の全く新たな経済社会情勢に応じてあらためてシステムを見直す勇気が求められている。

>金融危機で本質があらわになった強欲資本主義の米国、適正通貨圏でないにもかかわらず作り上げた共通通貨をもてあまし始めた欧州にくらべ、我が国には根本的な問題は多くはない。つまり、アングロ型資本主義・新自由主義や欧州型通貨統合が根本から問い直される今後の世界において、我が国に、自信を持って日本型システムを構築していく絶好のチャンスが訪れたといえるのである。

 これまでのような
受け身の日本型システムの構造改革という呪縛から解き放たれて、アジア諸国をはじめとする世界へ発信できる前向きなモデルとして日本型システムの構築と実践が要請されていのだ。欧米システムを反面教師としながら、地に足のついた改革として、モデルを再構築することは、ある意味で爽快感でもある。

 その場合のヒントは、今日の
資本主義社会で価値を生み出しているのは、人間の知識だという認識である。今日の正規・非正規雇用の問題も、根源をたどっていくと、この問題に行き着く。日本型ものづくり、終身雇用といった語りつくされてきた概念を、勤労者の知識の価値を高めるという見地から再構築していくことではなかろうか。その意味でも、これらを実践する自動車産業をはじめとするリーディング企業に、短期的な業績悪化を乗り越える力を期待したい。

>私の専門分野である税・社会保障の分野で考えると、市場メカニズムに基づく競争を前提としつつも、政府が教育・医療・雇用政策を中心とした公共サービスを責任をもって提供することにより、個人の勤労インセンティブを引き出しつつ教育を通じて生活能力を高めていくという政策が日本型モデルになるべきだろう。

 ヒントとなるのは、英国ブレア政権の政策で、単に弱者の生活を保障する「セーフティー・ネット」を張り巡らせるという大きな政府の政策ではなくて、弱者を再び勤労に戻していくための人的資本価値向上に向けての支援を行うという意味で、「トランポリン」あるいは「スプリング・ボード」と呼ばれる政策である。これにより、個人の市場における競争力を高め、経済の底上げを行なうことにより、失業問題や貧困問題、さらには少子化への対応を図るというものである
。「勤労を通じて経済的に自立し貧困から脱出する」ワークフェア思想、「教育により個人の市場対応力を高め、機会の平等を確保する」という考え方・政策は、日本型雇用・社会保障政策として受け入れられる素地があるのではなかろうか。

 問題はそのような政策を遂行していく我が国の意思決定メカニズムであるが、その点も、日本型システムの問い直しというポジティブな動きと連動させて考えていくことが重要で、そういう意味で来年は、決定的に重要な年だといえよう。

森信氏とはおそらく若干違った意味でですが、私もまた90年代の日本型システムの見直しは不可避であったと考えています。問題はそれが、アメリカモデルを頭ごなしに押しつける形で行われてしまったことでしょう。

私が様々な機会を使って繰り返し紹介してきたように、そのとき(90年代後半)にはすでに欧州ではここで森信氏が「日本型雇用・社会保障政策」と呼びたがっている新たな欧州モデル(私は10年前から、それが日本型モデルと共通する面が多いと述べてきたのですが)を志向する動きが始まっていたにもかかわらず、それから目を背けてきたのがこの「失われた10年」であったのです。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/imply.html(EUの労働・社会政策と日本へのインプリケーション)

>以上述べてきたように、ヨーロッパ社会はいま、これまでの保護と福祉に彩られた社会から、仕事を中心に据えた社会に向けて大きく舵を切ろうとしている。しかしながら、それは単なる否定ではない。根っこにある哲学をしっかりと維持しつつ、その現れ方については抜本的な改革をしようとしているのである。
 変わらないものは連帯の理念である。社会というものを単に個人が競い合うゲームの場としてのみ捉えるのではなく、協同の精神に基づいて成員が協力し合うべき共同社会と捉える視点はあくまでも貫かれている。しかしながら、その連帯のあり方については抜本的な改革をしようとしている。資源の配分に基づく連帯から、機会の配分に基づく連帯へ、消極的連帯から積極的連帯へ、一言でいえば、福祉から仕事へ、連帯のあり方を大きく変えようとしているのである。

>しかしながら、ヨーロッパ社会はあくまでも連帯の理念を堅持しようとする。連帯を解消し、全てを市場に委ねることで事態の解決を図るというアングロ・サクソン流の処方箋はきっぱりと拒否する。新たな連帯の処方箋は、いってみれば、生産の場に福祉の機能を再統合しようとするものと言えるであろう。社会のいかなる成員も、生産の場に何らかの形で参加することを通じて、成員たるにふさわしい公正な所得を獲得できるような社会を目指すことによって、二重社会という福祉国家の病理を解消し、公平で活力のある社会を実現しようとするものである。

>それは、(もとより全面的にではないにしても)ある面ではこれまでの日本社会が無意識のうちに形成してきた社会のあり方に近い面がある。今、日本社会が真に「アングロ・アメリカン・モデルでもヨーロピアン・モデルでもない、日本独自の第3の道」を構築しようとするのであれば、まさにそういうヨーロッパが学ぼうとしている日本社会のあり方をしっかりと踏まえた上で、何が足りなかったのかをじっくり考える必要があろう。おそらく日本社会の欠落は、機会均等の精神と社会的排除への無関心にあるのではなかろうか。インサイダーにのみ仕事を通じた参加と公平な所得を確保していても、そこからこぼれ落ちるアウトサイダーが増大していけば、社会全体の不均衡は拡大する。人権感覚に裏打ちされたマクロ社会政策の観点こそが、今日の日本にもっとも求められているものであろう。

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転換社債みたいな失業扶助?

さて、霞ヶ関に宣戦布告しているらしい脱力官僚の方から「内容があまりにひどい」と酷評されている「生活防衛のための緊急対策」ですが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/post-d00b.html(ひどいのはお前だ!)

その中を見ていくと、いくつか興味深い政策があります。

http://www.kantei.go.jp/jp/kakugikettei/2008/1219taisaku.pdf

特に、

>・住宅・生活支援の資金貸付(本年12 月から適用)
- 最大186 万円(雇用保険受給者の場合は最大60 万円)の貸付、6か月後の時点で就職していた場合には一部返済免除

これは、さらりとよむと、ふむふむ、ですが、よく考えると、なになに、です。

厚生労働省のHPにその案内が載っています。

http://www.mhlw.go.jp/houdou/2008/12/h1219-8.html(解雇等による住居喪失者に対する「就職安定資金融資」事業を開始します)

>非正規労働者等の解雇や期間満了による雇止め等に伴いそれまで入居していた社員寮からの退去を余儀なくされる方々に対して、住居と安定的な就労機会を確保できるよう支援するため、ハローワークを相談窓口として、「就職安定資金融資」事業を実施します。

ここにも資料が載っていますが、既に一昨日から窓口になっている労働金庫のHPに、「「就職安定資金融資制度」の取り扱い開始について」が載っていますので、そちらを見ますと、

http://chuo.rokin.com/info/upimage/00000066.pdf

>中央労働金庫は、2008 年12 月22 日(月)より、「就職安定資金融資」の取り扱いを開始いたします。
本融資は、離職によって住居を喪失した方々に対し、住居と安定的な就労機会を円滑に確保できるよう支援することを目的とし、厚生労働省からの要請を受け、全国13 の労働金庫で取り扱いに至ったものです。
なお、融資のお申込みに際しましては、事前にハローワークでご相談いただき、所定の書類を揃えていただく必要がございます。

1.商品概要
名 称 就職安定資金融資
申込資格
※要件認定はハローワークが行います。
次の1~4のいずれにも該当する方
1.事業主都合による離職に伴って住居喪失状態となった方
2.常用就職の意欲が認められ常用就職に向けた活動を行うこと
3.預貯金・資産がない方
4.離職前に主として世帯の生計を維持していた方
利用対象者
1.ハローワーク証明の「離職・住居喪失証明書」・「住居入居予定証明書」・「就職安定資金融資対象者証明書」を提出できる方
2.満18 歳以上の方(満20 歳未満の方は、親権者の同意書が必要です)
3.最終弁済時年齢満66 歳未満の方
4.当制度に係る日信協の保証基準を満たす方(融資審査があります)
資金使途
1.住宅入居初期費用
①敷金・礼金・前家賃・仲介手数料・火災保険料・入居保証料(上限40 万円)
②転居費及び家具什器費(上限10 万円)
2.家賃補助費(上限36 万円:
6 万円×6 ヶ月
3.生活・就職活動費
常用就職活動費
上限90 万円(
15 万円×6 ヶ月
離職者(雇用保険受給資格者)50 万円
融資限度額
離職者(非雇用保険受給資格者)176 万円
融資金利 固定金利(年利)1%(別途保証料0.5%)
返済期間 据置期間6 ヶ月経過後10 年以内
返済方法 毎月元利均等返済(据置期間中は利息のみのご返済)
担保・個人保証 不要
保証機関 日本労働者信用基金協会
2.取扱開始日 2008年12月22日(月)
3.お問い合わせ
① 申込資格や融資制度・手続きに関するお問合せは、「安定就職コーナー等設置公共職業安定所(ハローワーク)」へお願いいたします。
※詳細は、厚生労働省ホームページ
http://www.mhlw.go.jp/houdou/2008/12/h1212-4.html)をご覧ください。
② ハローワークご相談後の融資手続きに関するお問合せは、中央労働金庫本支店へ。
以 上

これ、よく見ると、雇用保険受給資格者には住宅入居初期費用を融資するだけですが、非雇用保険受給資格者、つまり雇用保険のセーフティネットからこぼれてしまう人々には、6ヶ月間の家賃補助と生活・就職活動費を融資するという仕組みになっていることがわかります。つまり、雇用保険で生活できない人には別口から融資という形で生活費を出しますよ、と。

そして、上の官邸HPの記述からすると、「6か月後の時点で就職していた場合には一部返済免除」、つまり、就職しなければ返さなければならないが、就職すれば返さなくてもよくなるかもしれない。

これって、あんまり大きな声では言えないかもしれませんが、融資という形をとった無拠出制の失業扶助なんじゃないか、それも、扶助という形でわたしてしまうと、ヨーロッパ型のモラルハザードが発生する可能性があるので、就職しなければ「おらおら、貸した金は耳をそろえて返してもらおう」となり、就職すれば「おめでとうございます。貸したお金はプレゼントね」ということになるという、絶妙なインセンティブ設計の、転換社債型失業扶助というものなのではないか、と思ったのですが、いかがなものでしょうか。

まあ、「おらおら金返せ」というためには、しかるべき雇用の場を確保しないといけませんが。

こういうのも、岸博幸氏のような方々から見れば、「弱者救済のためのその場凌ぎのバラマキ」で、「経済成長を引っ張る、成長産業を作り出すといった観点からの対策は皆無」ということになるんでしょうが。

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爆笑問題のニッポンの教養 我働く ゆえに幸あり? 教育社会学

2826251 3月にNHKで放送された本田由紀先生と爆笑問題のあの番組が講談社から本になっていました。

http://shop.kodansha.jp/bc2_bc/search_view.jsp?b=2826259

プロローグ 爆笑問題は、元ニートとフリーター

第1章 「ダメな若者が増えている」論

第2章 何がロストジェネレーションを生んだのか

第3章 こんな状況に置かれて何とも思わないのか!

第4章 変化のきざし

番組についての感想はこちらを、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/vs_3880.html(爆問学問 本田由紀 vs 太田光)

正社員のメンバーシップ・ウィズアウト・ジョブと非正社員のジョブ・ウィズアウト・メンバーシップという話も出てきます。

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規制改革会議第3次答申の正論

昨日、とりあえず「労働分野」だけ紹介した標記答申ですが、「労働分野」以外にも本ブログの関心事項に関わる論点についての指摘がなされていて、しかもおおむね的確な正しい方向で論じられています。

規制改革会議というとけしからんことばかり言うところと脊髄反射しないで、じっくりお読みください。以下、引用するのは具体的施策のところです。

まず、外国人労働者問題、

http://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/publication/2008/1222/item081222_12.pdf

>ア 在留資格「研修」の見直し【平成21 年通常国会に関係法案提出】
研修生に対し、非実務研修(いわゆる座学研修)に加え、実務研修を実施する場合、原則として、実務研修には労働基準法や最低賃金法等の労働関係法令を適用することとし、労働法上の保護が受けられるようにするため、
出入国管理及び難民認定法上の在留資格「研修」を見直し、実務研修への労働関係法令の適用が円滑に為されるようにすべきである

イ 研修生・技能実習生に対する保護措置の整備・拡充
(ア) 母国語による無料ホットラインの拡充
研修生・技能実習生が母国語で実情を率直に相談し、かつ必要な支援を受けることができるよう設置されたホットラインは、現在、中・尼・越の各言語とも平日に週1回、11 時~13 時、14 時~19 時の時間帯と、平成20 年度より、土曜日も13 時~19 時の時間帯で開設されている。しかしながら、研修や実習で時間的に制約されている研修生・技能実習生にとっては、実際に利用できる時間帯は限られていることからホットライン開設時間について、平成20 年度の利用状況を把握、分析した上で、研修生・技能実習生が相談しやすいと思われる時間帯まで拡充していくことを検討し、結論を得るべきである。【平成21年検討・結論】
加えて、上記
相談で得られた情報を関係機関に取り次ぎ、受入れ機関の不正行為の発見及び研修生・技能実習生に対する保護の実効性を高めるべきである。【平成21 年度以降継続実施】

(イ) 研修の開始時点における初期講習の整備
研修生全員に対し、入国後早期に、外国人研修・技能実習制度や
労働関係法令の説明や受入れ機関の不正行為に遭遇した場合の対処方法等、研修生の法的保護に必要な情報の理解を目的とした初期講習を実施する体制の整備を進めるべきである。【平成21 年以降関係法令の施行まで逐次実施】
その上で、当該講習の実施を徹底するため、第1 次受入れ機関が実施する集合研修において、研修生の母語に配慮しつつ、専門的知識を有する外部講師等による講義を実施することを義務付けるべきである。【関係法令の施行までに措置】

雇用・就労分野は、前半は理美容士、保育士といったさむらい業の資格制度の問題ですが、その後で生活保護制度に触れています。

http://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/publication/2008/1222/item081222_06.pdf

>ア 稼働可能世帯の就労促進や保護脱却に資する仕組みづくり
勤労に対するインセンティブ不足や、生活保護からの脱却以降の諸費用負担に伴う所得の一時的減少などが、生活保護からの脱却に向けて就労する意欲を阻害しているとの指摘もあり、より積極的に自立を促進する仕組みとなるよう制度を見直すことが必要である。
また、保護の世代間連鎖を断つために、就労するモデルが身近にあることに加えて、教育の充実が重要であるため、
自助努力により大学等への進学を促進する施策の充実が望まれる。
以上を踏まえ、勤労意欲を高め保護脱却を促進する具体的仕組み及び保護の世代間連鎖を断つ仕組みについて、実証的な検証を行い、勤労控除等について効果的な仕組みを設計すべきである。【平成21 年度検討】

アクティベーションについては、OECDの方々に説明したように、ヨーロッパと状況がかなり異なる面があるのですが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/oecd-dd50.html(OECDアクティベーション政策レビュー)

2006年以来自立支援事業が開始され、まさにヨーロッパ型の「メイク・ワーク・ペイ」(働くことが引き合うようにすること)という問題意識が重要になってきています。

官業カイカク分野では、例によって雇用・能力開発機構が取り上げられていますが、この状況下「ぶっ壊せ」ではなくて、もっとがんばれというものです。

http://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/publication/2008/1222/item081222_22.pdf

>(ア)「ポリテクセンター等」の見直しについて
機構は、「ポリテクセンター」、「職業能力開発大学校」、「職業能力開発短期大学校」(以下「ポリテクセンター等」という)において職業訓練業務を担っており、
我が国の産業を活性化させるための人材を数多く輩出させることが期待されている。
しかし、「ポリテクセンター等」で実施している職業訓練は、必ずしも企業ニーズにマッチしたものになっていない、といった指摘や、グローバル化の進展や技術の急激な進歩等に伴い、企業を取り巻く環境は目まぐるしく変化し、企業が必要とする人材に求められる能力も多様化・高度化している現状にある中、「ポリテクセンター等」で実施している職業訓練は、そうした環境変化に対応できていない、といった指摘もある。「ポリテクセンター等」で職業訓練を受けた者が企業等の就職先で有用な人材として認められてはじめて職業訓練の意義があるのであり、そのためには
「ポリテクセンター等」では企業等のニーズを踏まえた職業訓練を行うことが求められる。また、機構の運営原資は企業等の支払う雇用保険料で賄われていることからも、機構は企業等のニーズを踏まえた運営を行うことが求められる。
したがって、当会議としては、「ポリテクセンター等」について、
企業等の声をストレートに反映できるガバナンスの仕組みを導入することにより、「ポリテクセンター等」で実施している職業訓練を企業ニーズにマッチさせ、我が国の産業活性化に資するものとすべきと考える。

これはもっともな指摘だと思います。労働分野でも「公共職業訓練の充実」を慫慂しており、しかも一部の豊かな地方自治体を除けば、地方自治体の職業訓練行政がきわめて弱体化してきている中で、国が責任を持って行う職業訓練はますます重要です。

もうひとつ、最近話題の雇用促進住宅については、

>(イ)「雇用促進住宅」の見直しについて
雇用促進住宅については、当初の設置趣旨から大幅に歪曲されるとともに制度の趣旨から疑問のある運用も多々あり、「規制改革推進のための3か年計画(改定)」において、「雇用促進住宅については、早期の廃止が決定されていることから、これを着実かつ円滑に推進するため、機構は、民間事業者の知見・ノウハウを活用し住宅の売却方法について常に工夫を行いつつ、住宅の売却を着実に推進し、これを可能な限り前倒しできるよう取り組み、遅くとも平成33年度までにすべての処理を完了する。」とされたことも踏まえ、可能な限り前倒しで売却を行うべきである。

と、廃止という規定方針通りですが、私はこれも考え直していいのではないかと思っています。ただし、住宅だけの話ではなく、労働者の広域移動政策とともにその円滑化策としての雇用促進住宅の活用というのは、今後の政策としてあるのではないかと。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/04/post_97bd.html(雇用促進住宅の社会経済的文脈)

>もともと、雇用促進住宅は、移転就職を余儀なくされた炭鉱離職者向けの宿舎として始まり、その後高度成長期に労働力の広域移動政策が進められるとともに、それを住宅面から下支えするために建設されていったものです。その頃は、労働力流動化政策と一体となって、有意義な施策であったことは間違いないと思います。

ところが、70年代以降、地域政策の主軸はもっぱら就職口を地方に持ってくることとなり、地方で働き口がないから公的に広域移動を推進するという政策は消えてしまいました。これは、もちろん子供の数が減少し、なかなか親のいる地方を離れられなくなったといった社会事情も影響していますが、やはり政策思想として「国土の均衡ある発展」が中心となったことが大きいと思われます。大量の予算を、地方の働き口確保に持ってくることができたという政治状況もあったでしょう。こういう状況下では、雇用促進住宅というのは社会的に必要性が乏しいものとなり、そこに上記のような公務員が入居するというような事態も起こってきたのでしょう。

それが90年代に大きく激変し、地方に働き口がないにもかかわらず、公的な広域移動政策は為されないという状況が出現し、いわばその狭間を埋める形で、請負や派遣のビジネスが事実上の広域移動を民間主導でやるという事態が進みました。こういう請負派遣会社は、自分で民間アパートなどを確保し、宿舎としているのですが、その実態は必ずしも労働者住宅として適切とは言い難いものもあるようです。

このあたりについては、私はだいぶ前から政府として正々堂々と(もう地方での働き口はあんまり望みがないので)広域移動推進策にシフトしたらどうなのかと思い、そういうことを云ったりもしているんですが、未だに地域政策は生まれ育った地元で就職するという「地域雇用開発」でなければならないという思想が強くありすぎて、かえって適切なセーフティネットのないまま広域移動を黙認しているような状況になってしまっている気がします。

一連の特殊法人・独立行政法人叩きの一環として、雇用促進住宅も全部売却するということになり、それはもっとうまく活用できるんじゃないのかというようなことを口走ることすら唇が寒いような状況のようですが、実は経済社会の状況は、雇用促進住宅なんてものが要らなくなった70年代から90年代を経て大きく一回転し、再びこういう広域移動のセーフティネットが必要な時代になって来つつあるようにも思われます。

雇用促進住宅ネタは、例によって例の如き公務員叩きネタとして使うのがマスコミや政治家にとっては便利であることは確かでしょうが、もう少し深く突っ込むと、こういう地域政策の問題点を浮かび上がらせる面もあるのではないでしょうか。もちろん、その前に公務員に退去して貰う必要があるのは確かですが

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働きたい人々が働く機会を持ち得ないという事態に心が痛みます

天皇陛下のお誕生日に際してのご感想

http://www.kunaicho.go.jp/kisyakaiken/kisyakaiken-h20.html

>世界的な金融危機に端を発して,現在多くの国々が深刻な経済危機に直面しており,我が国においても,経済の悪化に伴い多くの国民が困難な状況に置かれていることを案じています。働きたい人々が働く機会を持ち得ないという事態に心が痛みます
  これまで様々な苦難を克服してきた国民の英知を結集し,また,互いに絆を大切にして助け合うことにより,皆で,この度の困難を乗り越えることを切に願っています。

何も付け加えることはありません。もっともらしい言葉を百万言積み重ねるより、この言葉がすべての出発点だと思います。

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大竹先生も参戦

同じ日のほぼ同じ時刻に、同じネタで、同じタイトルで、しかしかなり異なる内容のエントリーを、労務屋さんと私がアップした「お前が言うか、お前が」事件に、大竹先生も参戦です。

http://ohtake.cocolog-nifty.com/ohtake/2008/12/post-a191.html

>12月22日の日経の「領空侵犯」の矢野朝水氏の発言について、濱口先生と労務屋さんが異なる趣旨で批判している。

濱口先生は、趣旨はいいが、株主主権を提唱していた人がいうのはおかしいということだ。労務屋さんは、正社員と非正社員は違うのだ、と矢野氏の発言趣旨そのものに反対で、株主主権を言っていたのに、株価最大化と矛盾しているのでは、という趣旨だと思う。どっちにしても矢野氏の主張には、株主主権との間に大きなギャップがあるということだと思う。

ちょっと違うのです。

3月のエントリーで述べたように、

>これがどこぞのヘッジファンドの人の発言ならば、それで済ませていいのですが、そういうわけにはいかないのです。なぜなら、こういう株主至上主義を得々と説いているこの矢野朝水氏は、厚生省年金局長から厚生年金基金連合会(現在の企業年金連合会)に転じ、その専務理事を務めている人だからです。

そもそも企業年金のエージェントである矢野氏が株主主権を提唱すること自体が、企業年金のプリンシパルである企業従業員総体の利益と相反するのではないか、という認識がまず第一にあります。

もし、矢野氏がヘッジファンドの立場から株主主権を提唱していたのであれば、正規労働者であれ、非正規労働者であれ、労働者などというのは報酬と交換に労務を提供するだけの外部の取引相手に過ぎませんから、その一方のみを優遇することは不当なこととして非難に値するでしょう。

だとすると、

>非正規労働者の待遇を上げるには、正社員の取り分を減らして分配率を変えるしかないでしょう。

という発言はなんら矛盾するものではありません。ここは大竹先生の仰るとおりです。

しかし、企業年金のエージェントとして企業従業員総体の利益を代表すべき矢野氏は、そういう立場から、つまり正規の利益も非正規の利益も、株主の利益に対して同じように優遇すべきではないという立場からものを言っていいの?という疑問があります。

一つの考え方は、企業年金のプリンシパルは主として正規労働者であって、非正規労働者ではないのだから、あくまでも正規労働者の利益を高めるように発言すべきであって、非正規の待遇改善など言うべきではない、という考え方です。

正規労働者と非正規労働者をそもそも相交わることのない別個の社会的有り様だと考えれば、それが正当でしょう。

実際には、主婦パートや学生アルバイトが非正規の中心であった時代には、両者の利益が相交わることがない、というよりも、前者を優遇することがその妻や子どもである後者の利益にもなるという幸福な情況であったために、正規労働者の利益を高めるように発言しておけば良かったのでしょう。

ところが、就職氷河期以降、本来正規で就職するはずであった人々が非正規就労せざるを得なくなったため、これは中高年労働者と若年労働者の間の一種の世代間対立の側面も持つようになりました。そこをいささか単純化して、

>年功賃金制を一種の報酬後払い方式と見た場合の、その後払いとしての高い賃金を受け取っている中高年層の先輩が、その原資を一生懸命稼いでいる若い後輩の利益なんか無視しちゃいけないよ、なぞと偉そうなお説教を垂れるというのは、

と書いてしまったのは、問題をごっちゃにしている嫌いはあります。というか、まさに大竹先生の、

http://ohtake.cocolog-nifty.com/ohtake/2008/12/post-03b1.html(非正規雇用の雇い止め問題)

に対して、年齢差別問題と非正規問題をごっちゃにしていると指摘した舌の根も乾かぬうちに、全く同じようなごっちゃまぜの議論を展開するというのは、お前が一番一貫していないではないかと批判されても仕方がないわけですが。

まあ、私の頭の中では、企業年金連合会というマクロな立場からは、企業年金制度総体の持続可能性という視点からも、本来正規労働者としてその対象になるべき若い人がそこからはずれていくのは望ましくないという判断があるであろうというのがあって、やや短絡的にああいう風に書いた面があります。つまり、本来企業年金のプリンシパルであるべき若年非正規労働者の利益を代表するような発言をすることは、おかしくはないだろうと言うことです。ここはいろんな考え方があるところだろうと思います。

ただ、いずれにしても、そもそもとして矢野氏の立場で株主主権を唱えること自体に私は違和感を感じているので、それが全体の書き方に影響しているのは確かです。

で、実は、ここで改めて、矢野氏がすでに企業年金連合会を去って、日本コープ共済生活協同組合連合会理事長に就任しているという事実に気がつきます。さて、生活協同組合のプリンシパルは誰なんでしょう。少なくとも、正規であれ、非正規であれ、労働者に限られる訳ではないことは確かです。しかしまた、いうまでもなく、株主主権の立場からものを言うことが許される立場ではないことも明らかなように思われます。

もしかしたら、今回の「領空侵犯」の記事は、生協連理事長という新たな立場からの発言だったと解するべきなのかもしれません。だとすると、元のエントリーはかなりとんちんかんであった可能性がありますね。

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連接の長さと権利的優位

kihamuさんのブログに、とても興味深いトピックが書かれていました。「連接の長さと権利的優位」とはどういうことか、まずはお読みください。

http://d.hatena.ne.jp/kihamu/20081221

>ある晴れた日のこと。私は真っ直ぐな歩道を歩いている。すると、100メートルほど前の横路から出てきた中年女性が、同じ歩道を、こちらに向かって歩いて来る。私も彼女も歩道の建物側を歩いており、徐々に近づいている。私はこの道に入ってからずっと建物側を歩いてきたし、彼女もそれを見ているはずだから、そのうち避けてくれるだろう。普通そういうものだし、そうでなければおかしい。

だが、彼女は建物側を歩き続け、一向に車道側にずれる気配を見せない。決して私の存在に気づいていないわけではない。その内に、彼女との距離は10メートルを切った。私は違和感を覚える――場合によってはやや不快感をさえ覚えるかもしれない――けれども、そこは大人である。意地を張っても仕方が無いので、自分が車道側にずれて衝突を回避する。擦れ違う際の気配からして彼女には意に介した風も無い。私としては、まぁそんなものかと歩を進めるしかない。

さて、このような感覚をどれだけ一般化できるのかは分からない。しかし、私は問うてみたい。この時に私が抱いた「そうでなければおかしい」という感じは、どこから来たのだろうか。私はずっと建物側を歩いてきたのだから、「建物側を歩くこと」については私の方が優先されるだろうし、されるべきだという、この「感じ」。これは、どこから生まれたのか。

ずっと同じ道の同じ片側を歩いてきたという事実、つまり時間が重要なのだろうか。しかし、なにゆえに。ある対象を巡るイシューにおいて、当該対象とより長い時間の接触を持った人の方が、優先的な地位ないし権利を得ると(感じると)すれば、それはなぜなのか。哲学的な言葉の使い方をするなら、この「時間」を、より正確に言えば「時間軸の上に位置付けられた事実」を、一種の「功績」と呼ぶことが可能だろう。呼び方が重要なわけではない。肝心なのは、その「功績」が、あるイシューについて然るべき決定を下す際に考慮されるべき条件であると「感じられる」理由なのだが、その点についてはちっとも明らかでない。

この例では、ピンと来ない人が多いかもしれない。同じようなことは他に幾らでもあるので、別段歩道にこだわる必要は無い。スーパーやコンビニのレジに並ぶ場合でも、トイレで順番待ちをする場合でもいい(これは一般化できそうだ)。そこで私たちが律儀に並んで、順番を守ろうとするのはなぜだろうか。早く来た人が先に用事を済ませて、後に来た人はその次の番に回るべきだ、と。そう考えるのはなぜだろうか。横入りなど不当であり、そんな事をするのは許せないという、その「感じ」はどこから来るのだろうか。

直ぐに思い付くところでは、家庭や学校などでそう教わってきたから他の仕方を考えもしないのだ――規律訓練――とか、そうした方が効率的で社会が上手く回るからそう決めたのだ――調整問題――とか、そうすることが皆にとって利益になると誰もが何となく感じているからそうなったのだ――convention――とか、色々と説明を加えることはできる。しかし、ここで私が問題にしたい「感じ」は、そんな在り体の説明ツールで処理可能な範囲を超えたところに在る気がするのだ(ただし、もっとも核心に近づいているのはconvention論だとは思う)。それが何なのかを、知りたい。

一見なにげなさげなこの文章が、何のメタファーになっているかおわかりですね。

そう、長年勤続した労働者の方が、新入りよりも優先的地位を享受すべきだ、という洋の東西を問わぬ感覚の根拠を問題にしているのです。もちろん、誰のクビを先に切るべきかという問題を、どっちが道を譲るかとか、行列に割り込むなといった話と同列にするなという議論はあるでしょうが、問題構造が同型であることは間違いないわけで。

その後で記述される、いささか尾籠なこの話も、

>別の例を出そう。長い行列が出来ているトイレに音速で駆け込んできた男性が、寸分の誇張も無く今にも決壊しそうなんだと切迫した表情で訴えながら、順番を無視して空いた個室に駆け込んだとしても、私たちは彼を強く責め得ないのではないか。その態度は、万一にもカタストロフィに巻き込まれたくないという直接の利害認識にも支えられているのかもしれないが、より中心的な構成要素は、彼が言語的・遂行的に訴えた便意の深刻さへの認識と、彼が置かれた事態に対する一定の共感であろう。つまりそこでは、空いた個室を誰が先に利用するかについての決定においては、単に並んだ順番(功績)のみが考慮されるべきではなく、各人が催している便意の深刻度合も考慮されてよいと考えられたのだし、著しく深刻な事態に対する共感も決定に影響を及ぼす可能性があると示されたのである(もっとも、現実にはこのようなケースは多くないだろうが)。

クビになって路頭に迷う切迫性を、うんちが漏れそうな切迫性で論ずることの当否は別として、問題構造を抽象化して取り出せば同型性があるわけです。

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規制改革推進のための第3次答申

というわけで(何が?)、お待ちかねの規制改革会議第3次答申が、本日ようやく出されたようであります。

http://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/publication/index.html#thirdreport

何はなくとも、福井秀夫氏の担当する「労働分野」を見なければなりません。

http://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/publication/2008/1222/item081222_18.pdf

結構いっぱい書いてありますが、実はその大部分は「問題意識」というところです。つまり、規制改革会議はこういう問題意識を持っているよ!と主張しているだけであって、具体的施策と言うところはあまり刺激的な中身はありません。

>労働政策立案過程の改善【逐次実施】
労働政策の立案に向け、労働者代表及び使用者代表を含む三者構成の労働政策審議会において審議が行われるが、その際には、課題に応じて、組織化されていない労働者や使用者を含む多様な者の見解を各種統計調査の活用等を通じてきめ細かく把握し、政策立案に反映する取組を、一層適切に講じるべきである。
また、新規の立法や法改正、法運用の見直しにあたっては、可能な限り、雇用失業の動向、企業経営への影響等の社会実態、各種の統計、立法等に係る検証結果等も参考にしつつメリットとデメリットを明らかにし、その必要性について国民に十分説明した上で行うべきである。

おっしゃるとおりですけど、何か?という感じに収まっていますな。三者構成原則をぶっ壊すぞ!!!というあの勢いはどこに行ったんでしょうかね。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/05/post_1cda.html(規制改革会議の大暴走)

>行政庁、労働法・労働経済研究者などには、このような意味でのごく初歩の公共政策に関する原理すら理解しない議論を開陳する向きも多い。当会議としては、理論的根拠のあいまいな議論で労働政策が決せられることに対しては、重大な危惧を表明せざるを得ないと考えている。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/05/post_a044.html(三者構成原則について)

>>第三に、労働政策の立案の在り方について検討を開始すべきである。現在の労働政策審議会は、政策決定の要の審議会であるにもかかわらず意見分布の固定化という弊害を持っている。労使代表は、決定権限を持たずに、その背後にある組織のメッセンジャーであることもないわけではなく、その場合には、同審議会の機能は、団体交渉にも及ばない。しかも、主として正社員を中心に組織化された労働組合の意見が、必ずしも、フリーター、派遣労働者等非正規労働者の再チャレンジの観点に立っている訳ではない。特定の利害関係は特定の行動をもたらすことに照らすと、使用者側委員、労働側委員といった利害団体の代表が調整を行う現行の政策決定の在り方を改め、利害当事者から広く、意見を聞きつつも、フェアな政策決定機関にその政策決定を委ねるべきである。

>解雇規制にかかる実証研究の実施【平成21 年検討】
解雇規制についても我が国労働市場を取り巻く規制の一つとして、実証研究や経済理論等も参考としつつ、学術的な検証に耐えうる手法により可能な限り分析し、その結果を国民に十分開示するとともに、解雇規制の在り方の検討に反映していくべきである。

いやまさしくおっしゃるとおり。学術的な検証に耐える実証研究が大事ですな。国際比較の観点も重要です。初等経済学教科書嫁ではなく。

>ア 雇用保険制度の適用についての検討【平成21 年検討】
雇用保険制度は、労働者が失業して所得の源泉を喪失した場合に必要な給付を行うことにより、求職活動を支援する社会保障制度であり、労働市場におけるセーフティネットの柱と位置づけられている。
我が国の労働力人口の減少が予測される中で、経済社会の活力を維持していくためには、若者、高齢者、女性、障害者など、働く意欲と能力があるすべての人が可能な限り働ける社会を構築していくことが必要である。
そのためには、現行の社会情勢に対応した効果的な雇用対策の実施とともに、これらの人が安心して職業生活を営めるように、雇用保険等の社会保障制度を労働市場の環境変化に合わせて見直していくことが不可欠である。
したがって、雇用保険の一般被保険者の適用について、雇用保険が働く者にとって必要なセーフティネットとなるよう、就業形態の多様化等の我が国労働市場の変化に合わせて検討すべきである

いやこれはまさに時宜に適した提言といえましょう。どうしてこんなにまともなことを言うようになってしまったんでしょうか。

>イ 公共職業訓練の充実【平成21 年検討】
我が国の職業訓練は、日本的雇用慣行により内部労働市場の人的資源管理、すなわち企業に委ねられる部分が大きかったため、身に付いた職業能力が他の企業では必ずしも有用ではない場合がある。また、公共職業訓練の実態が、流動化する労働市場における企業及び労働者の現実のニーズに即応しているか否かを含め、その有効性を具体的事例に即して検証した上で、改めて再評価し、これに基づいて公共職業訓練プログラムの内容やその実施手法の改善と充実に生かしていく必要がある。
この意味で、公共職業訓練については、これまで企業が担ってきた所謂OJT を十分尊重しながらも、学校教育や職業教育とも連携しつつ、現在の我が国労働市場の変化にあわせ、フレキシブルに見直していくべきである。
加えて、失業者の再就職等にどの程度貢献しているか、職業能力の向上にどの程度貢献しているのかを含む様々な観点から、その費用、便益を十分検証し、その結果を国民に開示するとともに、その都度職業能力開発政策に反映していくような仕組みを検討すべきである。

せっかく規制改革会議がこう仰ってくださるというのに、政府は何を考えてあわてて雇用・能力開発機構を廃止してしまうんでしょうかねえ。

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おまえが言うか!おまえが!

今朝の日経の「領空侵犯」、矢野朝水氏が登場。例によって例のごとく、株主主権至上主義をぶちまくっているのかと思いきや、

>非正規待遇、労組も責任を

>非正規労働者の待遇を上げるには、正社員の取り分を減らして分配率を変えるしかないでしょう。正社員と非正社員の格差が縮まれば、非正社員を正社員にする道も開けてきます。

はじめに言っておくと、私はまさにそう考えています。しかし、それを矢野氏のような人に言ってもらいたくはない。

なぜなら、矢野氏はこういうことを言い続けてきた人だからです。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/post_bfee.html(企業年金は「モノ言う株主」でいいのか)

>“モノ言う株主”からの提言 日本はあまりに株主軽視の国、見放されて当然だ    矢野 朝水

ここで私が述べているように、

>これがどこぞのヘッジファンドの人の発言ならば、それで済ませていいのですが、そういうわけにはいかないのです。なぜなら、こういう株主至上主義を得々と説いているこの矢野朝水氏は、厚生省年金局長から厚生年金基金連合会(現在の企業年金連合会)に転じ、その専務理事を務めている人だからです。

あなたが預かっている企業年金のカネとは一体どういう性質のものであるのか、それを少しでも考えたら、ここまで脳天気な株主至上主義は語れないはずです。あなたが責任を負っているステークホールダーは、ただカネを増やしてくれといって持ってきた客ではありません。企業年金の掛金は事業主拠出分だといっても、それは企業にとっては賃金と同じ労務コストです。企業年金の使命は、預かったカネを増やすことに専念して、そのカネを預けてくれた企業を潰したり、あるいは労働者のクビを切って、その労働者がもはやその掛金を払えなくしてしまうことにはないはずです。カネは確かに増やしてくれたが、そのもとの給料がなくなりました。めでたしめでたしというのが、企業年金連合会のステークホールダーに対する責任なのでしょうか。

これは「社会的責任投資」などというハイレベルな話以前の問題です。環境も結構、人権も結構、しかし、企業年金にカネを預けている肝心の労働者の利益を無視して、一体どこに企業年金の責任があるのでしょうか。まさか、いま働いている労働者なんかどうでも良い、労働者が引退して企業年金をもらうようになって初めて我々のステークホールダーさまになるんだ、とお考えなのでしょうか。

このエントリーのコメント欄で、さらに

>企業年金というのは畢竟するところ労働者の賃金の後払い分を運用しているわけだから、労働者が株主になっているようなものであって、その運用担当者たる企業年金連合会の専務理事が「労働者がどんな目に遭おうが、カネさえ増やせば」ということ自体が、そのプリンシパルである労働者に対する背任じゃないか、というのが上の趣旨であって。

>既に退職して年金を受け取るだけの人は、もう今更クビになる心配はないから、後輩がどんな目に遭おうが「そんなの関係ねえ」で、ひたすらカネを増やせだけ言ってればいいのか、という話になるわけです。
ここが「連帯」をどう捉えるかということにつながるわけです。

と述べたように、既に退職して労働者を卒業した先輩が、賃金の後払いとしての企業年金を受け取っている自分は株主側なんだから、まだ働いてその原資を一生懸命稼いでいる後輩の利益なんか無視して、ひたすら株主としての自分の利益のみを追求すべきだ、そうしないのはけしからんと論陣を張っていた御仁が、

年功賃金制を一種の報酬後払い方式と見た場合の、その後払いとしての高い賃金を受け取っている中高年層の先輩が、その原資を一生懸命稼いでいる若い後輩の利益なんか無視しちゃいけないよ、なぞと偉そうなお説教を垂れるというのは、正直言って、見るに見かねる醜態としか言いようがありませんね。

中谷さんを見習えとは言わないが(下手に縄文文明まで見習われても困るが)、せめて懺悔の一言二言があってしかるべきではないですか。

(追記)

なんと、本日同じネタを使ってまったく同じタイトルのエントリーを労務屋さんがアップしているではありませんか。

http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20081222

おまえがいうかおまえが

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いえ、大竹先生のご趣旨には賛成なのです

昨日のエントリーに対して、早速大竹先生より「追記」という形でご趣旨の説明がありました。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/post-9a51.html(大竹先生、それは年齢差別問題です)

http://ohtake.cocolog-nifty.com/ohtake/2008/12/post-03b1.html(非正規雇用の雇い止め問題)

追記: オランダの場合は解雇の際の年齢を問題にしているが、これを正社員・非正社員の問題にあてはめた規制をすればどうか、というのが私の趣旨だ。私の説明不足もあって濱口先生から違うという指摘を受けている。同じものを日本で作れという意味ではない。現在は非正社員を解雇することが、正社員の解雇回避努力として評価されており、そうしないと正社員の整理解雇がなかなか認められない。そういうルールのもとで、正社員労働者が、人事構成に発言力をもっていたならば、正社員の解雇確率を最小にするために、非正社員の比率を高めるように企業に要求することが最適な行動になる。もし、非正社員を解雇するためには、正社員を一定の比率で解雇しなければならない、とか、正社員の賃金カットをしなければならないというルールに変更すれば、正社員は非正社員の解雇を必ずしも望まなくなるはずだ。ポイントは、ルールを少し変えるだけで、正社員の非正社員の雇用に対する態度や賃金要求を大きく変える可能性があるということだ。本当に、労働市場の二極化を問題視するなら、そういうルール変更を考える必要がある。特定のグループの解雇規制の強化を続ければ、新たな不安定雇用が生まれるということを、私たちはいやというほど学んだのではないか?

いえ、大竹先生のご趣旨はわかっておりますし、「大竹先生の問題意識は大変よく理解できるところではありますが」と、その旨も申し上げたつもりでありました。ただ、過去の経験に鑑み、オランダじゃないものをオランダモデルとしてもてはやすという傾向も日本のマスコミにはなきにしもあらずなので、オランダのコンテキストはこうですよ、と一言あった方がいいのではないか、と思っただけです。

私自身、前エントリーのリンク先の論文で、

http://homepage3.nifty.com/hamachan/roubenflexicurity.html

>解雇回避努力義務の中に時間外労働の削減が含まれていることが、恒常的な時間外労働の存在を正当化している面があるし*16、配転等による雇用維持を要求することが、家庭責任を負う男女労働者特に女性労働者への差別を正当化している面がある。そして、何よりも非正規労働者の雇止めを「解雇回避努力」として評価するような法理は、それ自体が雇用形態による差別を奨励しているといってもいいくらいである。

>すべての労働者に生活と両立できる仕事を保障するということは、その反面として、非正社員をバッファーとした正社員の過度の雇用保護を緩和するという決断をも同時に意味するはずである。「正当な理由がなければ解雇されない」という保障は、雇用形態を超えて平等に適用されるべき法理であるべきなのではなかろうか。この点は、労働法に関わるすべての者が改めて真剣に検討し直す必要があるように思われる。

というようなことを言って、労務屋さんからもびっくりされたりしていますので、大竹先生と問題意識は共有していると思っています。

http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20080221福井秀夫氏 vs hamachan先生(2)

http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20080310解雇規制に関する一アイデア

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間違っても自律的回復に委ねるといった新自由主義的発想に回帰するようなことがあってはならない

「転向」か「回心」か、いずれにしても大きく改心された中谷巌氏の「正論」が産経に載っています。

http://sankei.jp.msn.com/economy/finance/081222/fnc0812220307000-n1.htm

さすがに、万邦無比の我等が縄文文明(!)は出てきませんで、まっとうな経済政策論議になっております。

>言うまでもなく、今回は戦争による不況克服は望めないし、望ましくもない。そうだとすると、今次の世界大不況を克服するためには、戦争によって発生するであろう軍需に匹敵するくらいの巨大な需要創造が必要になる。その規模がどれくらいになるかは正確にはわからないが、はっきりしているのは米国一国の財政出動だけでは到底不十分だということである。おまけに、米国だけが巨大な財政赤字を続ければ、ドル過剰、ドル暴落という新たなリスクを世界は抱え込むことになる。

 重要なことは、日本を含む世界各国がこのことを深く認識し、協調して大規模な財政出動に踏み切ることである。間違っても自律的回復に委ねるといった新自由主義的発想に回帰するようなことがあってはならない。グローバル資本を国境を越えて自由に動き回らせることが「正義」であるとした新自由主義こそ、今回の危機の主たる原因であることを思えば、それは間違いなく自滅行為である。

 日本を含め、どの国も財政事情に余裕がある国はそう多くないが、今はそんなことを言っている時期ではない。今必要なことは、各国政府が一丸となって大きな財政出動に踏み切り、人々の将来に対する自信を回復させ、前向きに行動させるように仕向けることである。これができなければ、世界経済は長期にわたる大不況を甘受しなければならなくなるだろう。可能ならば、地球環境を劇的に改善できるような分野に重点的に財政資金を使うという国際合意ができれば一石二鳥である。

 将来に向けてもう一つ、避けて通れないより本質的な課題は、「グローバル資本主義」という考え方にどのような「歯止め」をかけるべきかという問題であろう。今回の危機を通じて、グローバル資本という「モンスター」を自由に動き回らせることがいかに危険であるかということをわれわれは学んだ。

>アジア通貨危機は、グローバル資本がちょっとした情勢の変化をきっかけに大量に流出したために発生した。今回も、アイスランドのような小国に分不相応な巨大な資金が流入し、一時期、同国は未曾有の繁栄を享受したが、今度は一転して、それら資本が大挙して流出したため、国の存亡を問われるほどのダメージをうけた。

 このように、グローバル資本という名の「モンスター」に「鎖」をつけないことには世界経済は、今後とも極度に不安定な状態に身を任せざるを得なくなる。しかし、人類が「自由」という禁断の実を食べてしまった以上、人間は「自由」を完全に捨て去ることはできない。「自由」のない計画経済では元も子もなくなる。

 他方、だからといって、資本の側から出され続けるであろうとめどもない「自由」への要請に対して、適度の自制を求めるような強力な国際的取り決めができなければ、世界経済は「自由」によって滅びることになるだろう。

 子供が父親からの厳しい躾(しつけ)なしには健全な大人として育ちえないように、グローバル資本主義が健全な地球市民として成熟するためには、それ相応の厳しい国際的な規制が必要なのである。この点についても、国際協調は待ったなしである。少なくとも、規制などなければないほどよいという「市場原理主義」とはわれわれはもうそろそろ決別しなければならないのである

中谷氏の近著については:

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/post-3779.html(中谷巌氏の転向と回心)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/post-2350.html(中谷巌氏の「回心」再論)

ついでに、以前産経に載った中谷氏の「正論」にも触れた小文:

http://homepage3.nifty.com/hamachan/shain.html(「社員」考)

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ひどいのはお前だ!

ダイヤモンドオンラインに載っている岸博幸氏の「クリエイティブ国富論」(このリチャード・フロリダの駄本をもじったタイトルもひどいが)があまりにもひどい。

曰く、「100年に一度の政治の酷さが日本経済の危機を増幅させる」だと、

http://diamond.jp/series/kishi/10020/

>先週、麻生総理が「生活防衛のための緊急対策」という経済対策を発表しましたが、びっくりしました。内容が余りにひどいからです。

>このような場合は財政出動が必要不可欠であり、今のタイミングで経済対策を講じること自体は正しいと言えましょう。問題は対策の中身です。派遣切り対応の雇用対策、地方交付税の増額など、弱者救済のためのその場凌ぎのバラマキのみで、経済成長を引っ張る、成長産業を作り出すといった観点からの対策は皆無です。弱者救済というボトムアップはもちろん大切ですが、今のような非常時には、経済成長を牽引するところにも政府が関与することは不可欠です。それが皆無である今回の経済対策はいかにも貧弱に見えます。

ふざけるな、この「霞ヶ関に宣戦布告!」男が。

この緊急時に、そういう弱者救済施策を総動員せざるを得ないような事態をもたらしてきたのが、

>1986年通商産業省(現経済産業省)入省。1992年コロンビア大学ビジネススクールでMBAを取得後、通産省に復職。内閣官房IT担当室などを経て竹中平蔵大臣の秘書官に就任。不良債権処理、郵政民営化、通信・放送改革など構造改革の立案・実行に関わ

った挙げ句に、「慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授」兼「エイベックス非常勤取締役」に収まって、「霞ヶ関に宣戦布告!」とほざいているあんたらだろうが。

経済産業省が「未来の成長産業」などと無駄な予算を山のようにつけて煽ってきた産業で役に立ったものが一つでもあるか。愚劣な産業政策の後始末、尻ぬぐいを黙々とやってきたのがどこかわかっているのか。

今朝の朝日で、経済産業研究所の小林慶一郎氏が「医療や介護で雇用を生み出せないか」と言っている。

>中長期的には、少子高齢化に合わせて、社会保障に思い切って国費を振り向けるような財政の構造改革が必要。

>かつて公共事業費を膨らませて雇用を生み出したのと同様、医療や介護、福祉の分野で雇用を創出するするような景気対策も考えられるのではないか。

100%の正論だが、そういう方向をひたすら邪魔し続けてきたのが、「クリエイティブ」な岸博幸氏のような人々だということは忘れるわけにはいかない。

真の「成長産業」は、岸博幸氏のような「クリエイティブ」な人々が脳みその先っちょでこねくり回してでっち上げたような浮ついた話にないことだけは確かだろう。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/post-04f5.html(脱藩官僚、霞ヶ関に宣戦布告 だそうです)

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大竹先生、それは年齢差別問題です

大竹文雄先生のブログで、「非正規雇用の雇い止め問題」というタイトルで、オランダの解雇法制が言及されています。

http://ohtake.cocolog-nifty.com/ohtake/2008/12/post-03b1.html

>非正規雇用の雇い止め問題の解決策。以前紹介したオランダの新しい解雇ルールの導入を、連合が提案するくらいにならないだろうか。もちろん、政党も。

オランダ、若者解雇ルール変更・失業の痛み各世代均等に

 若者の失業問題が深刻なオランダが若者の雇用機会を広げるユニークな制度改革に踏み切った。企業が人員削減で若者を先に解雇対象とする規定を廃止し、各世代から均等に解雇者を指名する新ルールを導入。失業の痛みが若年世代に集中するのを防ぎ、世代間の不公平感を和らげる狙い。(日本経済新聞(2006年4月17日付)

大竹先生の問題意識は大変よく理解できるところではありますが、この記事を引用するのは、いささか話の筋が違うような。

オランダの労働政策の枠組みにおいては、これは非正規労働問題ではなく、年齢差別問題なのです。それまでの長期勤続者ほど守られるというルールが中高年に有利で若者の不利であることから、年齢によって差別しないルールへ、という問題意識であって、非正規雇用の雇い止めとは直接関係はありません。

非正規雇用(有期雇用)については、オランダの法制は簡単明瞭、「総期間は36ヵ月以内、更新は2回まで、間隔3ヵ月以内は反復継続、違反は無期契約とみなす

http://homepage3.nifty.com/hamachan/roujunfixed.html(EU有期労働指令の各国における施行状況と欧州司法裁判所の判例)

というものですから、3年経過ないし2回更新で無期契約として、雇い止めだから解雇じゃないよ、ということができなくなり、本来の解雇規制に服することになります。

> 解雇には職業所得センターの許可又は裁判所の決定が必要である。労働者を解雇しようとする使用者は職業所得センターの地域事務所に解雇の理由と状況を記載した書面で申請しなければならない。労使双方で構成される解雇委員会が正当な理由があるかどうかを審査する。労働者の能力不足又は非行、経済的理由又は労働関係の長期的障害があれば通常認められる。許可を得て初めて使用者は解雇予告を行える。予告期間は勤続に応じて1ヶ月~4ヶ月である。許可なき解雇は無効である。ただし、公務員、教師、家事使用人及び会社役員は除く。また、試用期間中の者、即時解雇、有期契約の場合も許可は不要である。

 整理解雇に関する職業所得センターの許可基準は、最後に就職した者から最初に解雇される、労働市場で弱い立場の者より強い立場の者が先に解雇される、社内年齢構成を維持する、といったものである。

 職業所得センターの許可の代わりに裁判所に重大な理由による雇用契約の解除を請求することもできる。この場合予告期間はないので、裁判所はいつ雇用が終了するかを決定する。解雇手当の額は、勤続期間、賃金月額及び帰責事由に基づき判例基準で定められている。

 解雇が無効の場合、労働者は復職を求めることができるが、使用者は補償額を上積みすることによりこれを拒むことができる

http://homepage3.nifty.com/hamachan/roubenflexicurity.html(解雇規制とフレクシキュリティ)

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人は消費者であり労働者でもあるという人間の二面性

本日の権丈節。短いですが味わい深いですので、じっくりとお楽しみください。

http://news.fbc.keio.ac.jp/~kenjoh/work/korunakare208.pdf

>今年のゼミの4年生の卒論テーマは、全員と言って良いほど労働問題。時代を感じさせてくれる。

彼ら、否、世の中は、ようやく人は消費者であり労働者でもあるという人間の二面性に気づいてきたのであろう。

うちのゼミではそういうことはなかったけど、一昔前の流行は、みんな揃って、生産物市場の需要供給曲線を描いては、規制緩和を行って何事も市場に任せる方が消費者余剰が高まることを、いかに経済学らしく(?)説明するかの技を競い合っていた。

>生産物市場の需給均衡点から派生される労働市場の賃金率が、労働者の最低生活費を保障する機能を市場は必ずしももっていないんだよね。

生産物市場のみを切り離した議論を許す経済学――どこかがおかしいというか、隠れ経済学ファンである僕は、そうした経済学しか学んでいない人がやはり問題なんだよなと言いたい。

>生産物市場での経済政策と労働市場での社会政策、そのつながりに注意を払いながら両政策のバランスをいかにしてとっていくか――社会経済政策というのは、いわばアートであって、作品を仕上げていくのは至難の技のはずなのだが、そのあたりで話が合う人はほんっと少ない。

>人は消費者であり労働者でもあるという人間の二面性、そうした側面をすっかり忘れてしまったここ10 年以上の構造改革ブームの反動が、今の学生の卒論を支配している――彼らが卒論の執筆のためにもがき苦しみながら労働問題を考えている様子を見て、世の中、少しは明るい方向に向かうのではないだろうかとほんの少し希望をもっていたりもしているわけである。まぁ、彼らをもがき苦しませているのは、実は労働問題ではなく僕なんだけどね。。。

この期に及んでも、依然として、ネット界には、この言葉の意味がわからない人々が残存しているようではありますが。

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昨日の経済財政諮問会議

昨日の経済財政諮問会議の与謝野大臣の記者会見要旨がアップされています。

http://www.keizai-shimon.go.jp/minutes/2008/1219/interview.html

現下の雇用経済情勢について、

>議員よりは、1つ、失業給付と職業訓練が日本ではリンクしていないが、オーストラリア、デンマーク、フランスなどではよりリンクしている。これらを有機的に結びつける政策が必要である。
 他の議員からは、製造業は人員過剰、介護現場では人手が足りない、こういうミスマッチ現象が起きている。これを解消するべきである。また、21年度の経済見通し、これは今日発表されたけれども、下振れリスクが大きいのではないか。年央改定もあるが、政府はよく見ていてほしい。
 舛添大臣は、これらの御質問に、御趣旨のとおりしっかりとやりたいと。

というやりとりがあったようです。

正確に言いますと、日本でも失業給付と職業訓練がリンクしていないわけではありません。失業給付受給中に、職業訓練の受講が必要であろうということで受け始めると、(本来短い)失業給付の受給期間が訓練受講中は延長されます。所得保障をして、安心して訓練してもらうという制度は日本にもちゃんとあるのです。ただし、それは失業給付を受給していることが前提なので、そもそも雇用保険の適用対象から除外されている多くの非正規労働者は、その恩恵にあずかれないのです。一番生活保障して訓練をすべき人々が排除されているというのは皮肉ですが、その根源も、かつてパートやアルバイトのような家計補助的な人々が非正規労働者の主力であったことから、そんなの対象にしなくてもいいよね、という風にみんな考えていたところにあります。

製造業は人員過剰なのに、介護現場は人手不足というのは、まさにマクロな資源配分政策の失敗そのものでしょう。それを解消する道筋は明白なように思われます。厚生行政担当大臣としての舛添大臣のお仕事ですね。

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日本政策学生会議の政策フォーラム2008でコメントしてきました

昨日予告の通り、本日、久しぶりに三田の慶應義塾大学に行き、標記会議の労働分科会Aでコメンテーター役をしてきました。

本日の報告は:

明治学院大学西村万里子研究会  非正規労働CSR

早稲田大学須賀晃一研究会  日雇い派遣存続に向けて

慶應義塾大学樋口美雄研究会  派遣労働者の就業環境改善

京都産業大学田中寧研究会  ホームレスの長期・高齢化を防ぐための自立支援について

という4つでした。どういうコメントをしたかは、ヒ・ミ・ツ

(追記)

早稲田大学須賀研究会の皆さん、コメントで言及した朝日紙上での私と関根氏の対談は、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/post_93dc.html(関根・濱口対談)

で読めます。

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経済同友会 on 非正規労働者

経済同友会の桜井代表幹事が、記者会見で雇用労働問題、とりわけ非正規労働問題についてコメントしています。

http://www.doyukai.or.jp/chairmansmsg/pressconf/2008/081217a.html

>Q: 昨日、日本経団連が「経営労働政策委員会報告」を発表し、夕刻には連合が反論会見を開いた。連合は8年振りのベアを要求し、日本経団連はベアは困難との見解を述べ、むしろ雇用に重点を置くとのことだった。今後、賃上げや雇用など来春闘はどうなっていくとお考えか。

桜井:同友会は(経営者個人の団体なので)、例年、雇用や賃金について取りまとめることはしていないため、代表幹事としての個人の意見を述べる。賃上げより雇用の問題に、企業としては重点を置いて慎重に対応を取っていくことが必要だろう。いまの状況では、雇用問題は企業だけの問題ではなく、生活者の収入や居住環境を奪うことにもなるので、ギリギリの線まで熟慮して慎重に行うべきだと思っている。

賃上げは、個々の企業の現状と見通しによるもので、今日明日で変えられるものではないため、各企業の状況によって違う。一般論から言えば、世界経済、日本経済ともに、これから金融システム不安が実体経済にどんどんマイナスの影響を与えてくる。この回復も、「景気定点観測アンケート調査結果」にもある通り、再来年の春頃まで慎重に見ておかなければならない。これらを含めて考えると、賃上げは非常に厳しいと判断せざるを得ない。

Q: 雇用の問題について、「ギリギリの線まで熟慮してほしい」ということは、「企業は雇用調整には慎重にあるべきだ」ということか。

桜井:そうである。

Q: 特に、派遣や請負が切られていることについてはいかがか。

桜井:企業の立場で言えば、雇用の多様化は、いまのようなマイナスのときだけではなく、プラスのときにも、企業経営に柔軟性を持たせるという意味を持つ。ただし背景として、非正規(の働き方)というのは、昔は生活を支える業があるうえでのプラスアルファだったが、今は全体的に雇用環境が限られてきたため働く側にも選択肢が少なくなり、(生活を支える)安定的な収入を得るためであっても非正規(で職に就く)しかない場合もある。このような状態のなかでの非正規社員の解雇という問題なので、企業は、背景を考え、熟慮したうえで、解雇に踏み切るということであれば慎重であってほしい。

Q: 景気の調整弁として派遣や請負が位置づけられているとお考えか。

桜井:基本的にはそうである。雇用の多様化をプラスに考えていただく面も必要であるし、企業経営にとっても、長い目で見た成長と拡大を考えたときの(経営の)柔軟性も大事である。それをベースに、働いている非正規社員の生計を考え、慎重であってほしい、ムードに流されないでほしい、ということである。

Q: 賃金や雇用は内需に響いてくるので、個々の企業としては最適選択としても、全体としては日本経済を冷やすということになる。合成の誤謬のような現象について、総資本の立場から良いとお考えか。

桜井:(総資本の話を)企業にばかり持ってこられても答えにくい。これまで、雇用形態の問題やここまでの経済悪化を想定していなかった。一企業ではできないことが随分あるので、政治と労働側と経営側の3者が、新たな仕組みや制度を作っていくことが必要だと思う。

解雇されたひとたちが生活や住居に困るという状況では、国として、セーフティネットの拡充や、働くチャンスを失ったひとたちが固定化しないよう再チャレンジができる(例えば)訓練制度などが必要である。

また、大きくは産業構造の見直しもある。例えば、二次産業の三次産業化や、一次産業の活性化をどう進めていく。現在の固定概念ではなく、一次産業を二次産業化、三次産業化する、いわゆる六次産業などと言われているが、このようことを国家戦略として後押しし、チャンスを増大させることなどを含めて制度設計を行わなければならない。

Q: 政・経・労の3者による協議や情報交換の場を、(経済同友会として)提案あるいはつくる考えはあるか。

桜井:現時点では(具体的には)持っていないが、改めて、このようなことは絶対に必要であると考えている。

Q: 中長期的に、産業構造を変えたり、雇用の場を創出するなどの取り組みはもちろん重要だが、短期的、緊急避難的な対応として、産業界にできることはないのか。

桜井:個別には、(社員)寮を開放するなどが考えられるだろうが、いま求められている対応はそういうことではないと思う。例えば、十数年前に欧州で試みられ、日本でも一部導入されたワークシェアリング方式などが考えられるが、これも労使間で十分に協議をして進める必要があるので、ある程度時間がかかる。人件費を、個々の解雇によって削減するのではなく、全従業員で抑制(削減)することで雇用を総トータルで守るという手法なので、賃金のカットにつながる。一長一短はあるが、種々個別に打つべき手はあると思う。

Q: 派遣や請負が景気の調整弁になっているとのお話があったが、ここにきて労働の多様性におけるマイナスの面が大きく出てきている。雇用のあり方そのものに対する政策を改める必要はないのか。

桜井:(多様な働き方についての政策を)根本的に改めるということは、やるべきではない。先述の通り、背景として、非正規社員で生計を立てる人が昔と違って主流になってきているので、その点を考慮して、非正規社員はどうあるべきかを考えることが重要である。以前から同友会が主張しているように、また私の海外での経験からも言えることだが、非正規社員と正規社員が同じ仕事をしている場合は、同じ賃金であるべきだ。現在の非正規社員の働き方をふまえて、然るべき改め方が導き出されると思う。単に、非正規社員を正規社員にするという改め方はないと考えている。もしも、そのような形(正社員化の義務付け)になると、企業は、(雇用の市場が)日本が良いのか海外が良いのかを選択することになるだろう。

Q: 同一労働同一賃金は経営者の判断によると思うが、代表幹事の会社での取組みがいかがか。

桜井:自分の会社のことを言う場ではないが、(実現は)難しいことではない。

いろんな意味で、日本経団連というような組織の立場ではなく、一経営者としての発言と言うことで、踏み込んだ発言が見られ、興味深いところです。

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日本政策学生会議の政策フォーラム2008

明日、慶応大学で開催される標記会議の労働分科会Aというのに、ゲストコメンテーターとして出席する予定です。

http://www.isfj.net/forum.html

>ISFJ日本政策学生会議では、学生たちの自由な視点によって紡ぎだされた政策提言を社会に向けて発表し、実現するための場として、 政策フォーラムを開催しています。政策フォーラムでは、各テーマに合わせた分科会ごとにゲストのコメンテーターの方をお招きし、 実際に政策の立案に携わっている方々から、ご意見をいただきます。そして、参加されている学生から提出された政策提言論文の中でも、 特に優秀な論文を優秀論文として表彰します。

http://www.isfj.net/img/forum/1stday.gif

労働分科会Aでは、非正規労働CSR、,日雇い労働存続に向けて、派遣労働者の就業環境整備、ホームレスの自立支援という4つの発表が行われるそうです。

学生の皆さんがどういう発表をされるか、期待して出席したいと思います。

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仁田道夫・久本憲夫編『日本的雇用システム』

03072047 仁田道夫先生と久本憲夫先生の編になる『日本的雇用システム』(ナカニシヤ出版)を御贈呈いただきました。いつも心にお留めいただき、有り難うございます。

http://www.nakanishiya.co.jp/modules/myalbum/photo.php?lid=508

>歴史的形成過程を明らかにし、全貌に迫る。
それはいつどのようにして形成され、どこへ向かうのか
「失われた十年」以後、日本経済の停滞の原因として改革の対象とされてきた「日本的雇用システム」。しかし80年代にはそれは、日本経済の成功の象徴として、広く注目されていた。そもそも「日本的雇用システム」とは何なのか、それはいつどのようにして成立し、今後どうなっていくのか。本書は、通常「終身雇用」「年功賃金」「企業別組合」として語られる「日本的雇用システム」の歴史的形成過程を、雇用の量的管理、賃金制度、能力開発、能率管理、労働組合、人事部の、六つの観点から解明する。「日本的雇用システム」の全貌を明らかにするとともに、今後の展望を占う。

これは、以前に本ブログで紹介した野村正實『日本的雇用慣行』(ミネルヴァ書房)と同じく、「日本的雇用システム」の「全体像構築の試み」といえます。上の紹介にあるように、歴史的形成過程から分析するという点でも共通しており、実に興味深く読めました。

<目次>
序 章 日本的雇用システムとは何か―――――――久本憲夫
 一 雇用システムにおける中核と周辺
 二 時代区分
 三 中核企業の雇用システムの三大要素
 四 中核企業の雇用管理の特徴
 五 本書の構成

第一章 雇用の量的管理――――――――――――仁田道夫
 一 「終身雇用」慣行の形成
 二 雇用調整システムの形成
 三 雇用調整システムの転機
 四 雇用ポートフォリオ・システムの形成――臨時工と社外工
 五 雇用ポートフォリオ・システムの展開――パートと派遣
 六 雇用ポートフォリオ・システムの再編

第二章 賃金制度―――――――――――――――梅崎 修
 一 賃金用語の混乱と賃金理論の枠組み
 二 査定を伴う定期昇給制度
 三 「日本的」賃金制度の発生
 四 「日本的」賃金制度の確立
 五 職能給の問題点
 六 九〇年代以降の制度変容

第三章 能力開発―――――――――――――――久本憲夫
 一 能力開発の分類と方――OJTとOff-JT
 二 能力開発を促進する仕組み――人事処遇制度・労使関係
 三 職場内人材形成――OJTシステムの転換
 四 職場を越えた人材形成――ホワイトカラーを対象に
 五 企業内Off-JT
 六 成果主義化と雇用形態の多様化の影響

第四章 能率管理―――――――――――――――青木宏之
 一 日本企業の能率管理
 二 鉄鋼業
 三 自動車産業
 四 総合スーパー
 五 デパート
 六 能率管理の産業間比較

第五章 労働組合―――――――――――――――仁田道夫
 一 企業別組合とは
 二 企業別労働組合の成立
 三 戦後直後型労働運動の展開と解体
 四 戦後型労働運動の確立――総評主導の時代
 五 戦後型労働運動の変容――同盟・JC主導化の時代

第六章 人事部――――――――――――――――山下 充
 一 問われる本社人事部
 二 近年の理論的アプローチ
 三 人事部の誕生
 四 人事部はどのようにして地位を築いていったのか
 五 人事部の組織と機能
 六 雇用形態の多様化と人事部の展開
 七 人事部の新たな役割に向けて

歴史的形成過程から分析するというのは、日本的雇用システムを生成展開する流れの中でとらえ、単純に日本的雇用システムが崩壊した!!!みたいなことを言わないということでもあります。

もう少し具体的に言うと、例えば、仁田先生の書かれた第1章は、いわゆる「終身雇用」慣行を扱っていますが、これを様々な争議の中で形成され、さらに50年代の一時帰休制や石油危機下の雇用調整などを経て形成された「雇用調整システム」というネガから捉え、さらに、そもそもそれに入らない人々を含めた「雇用ポートフォリオシステム」として捉えるという視角です。

雇用ポートフォリオという言葉自体は、日経連が1995年に打ち出した言葉ですが、そもそも日本的雇用システムはその出発点から本工vs臨時工・社外工という雇用ポートフォリオでなり立ち、それが高度成長期にパート、そしてやや遅れて派遣が登場し、正社員vsパート・派遣という雇用ポートフォリオとなり、それがさらに90年代以降作業請負や契約社員の増大により非正規が拡大して再編されてきた、という風に、歴史的に捉えられるべきであるということですね。

梅崎さんの書かれた第2章も、これはまさに賃金制度の歴史的推移を構造的に描き出した名論文だと思いますが、査定を伴う定期昇給制の形成自体を歴史的段階的に捉えるとともに、その職務給、職能給、成果主義といった変容の姿を決して(たとえば職能給が日本的賃金システムだという風な)静的にとらえるのではなく、制度導入の試みとそれが生み出す問題点の交錯の総体をシステム形成のメカニズムとして捉えようとしているという点で、実にすばらしい叙述だと感じました。

類書にないのは、人事部をあつかった第6部でしょう。歴史的にはむしろ「労務屋」さんの機能というべきかもしれません。企業内の、あるいは財界レベルにおける人事労務部門の位置づけが揺らぎつつある時期であるだけに、ここはむしろこれから分析のメスが様々に入れられるべき領域であるように思われます。

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西谷敏『労働法』

04092 西谷敏先生より、大著『労働法』を御贈呈いただきました。いつもお心に留めていただき、有り難うございます。

http://www.nippyo.co.jp/book/4092.html

>労働法のベーシックな教科書。労働者の権利と自己決定を尊重する立場から一貫した主張で、学生のニーズにも応え、読みやすい。

いうまでもなく、労働法における自己決定といえば西谷先生であり、それゆえに論争の的にもなってきたわけですが、規制緩和の時代をくぐり抜けた今、その思想は、次のように定式化されるに至っています。

>労働法が前提とする労働者は、一面では自己決定する自由で自律的な個人であり、他面では使用者に従属せざるを得ない存在である。市民法は、自律的人間を理想とし、かつ既に存在するものと考えた。これに対して、従属性の認識から出発する労働法にあっては、労働者の自律性はもはや当然の前提ではあり得ないが、しかし空虚な形式と見なされるわけでもない。それは、労働者自身の努力と諸制度の支援によって可能な限り現実化されるべき人間の在り方である。言い換えると、労働法における人間は、使用者に従属しつつもそれを克服すべく主体的に努力する人間でなければならない。

>労働者像における自律性と従属性は、労働法において車の両輪をなしており、両者を統一的に把握することが不可欠である。労働者の自律性の要請を無視する労働法は、労働者を単なる保護の対象と見なすか、使用者の現実的支配を正当化するに終わり、いずれにしても近現代の法原理に合致しない。戦後有力であった学説の一部には、そうした傾向が見られた。他方、労働者の従属性を無視する労働法は、その保護の必要性を否定し、結局は労働法独自の存在根拠を掘り崩すことになる。新自由主義に基づく規制緩和論は、こうした傾向を持つ。

これは、そういう総論のレベルでは、まさにその通りとしかいいようがない正しい認識だと思うのですが、それを具体的な各分野ごとの現実の問題にどのように当てはめるべきかというところで、ある場合はニュアンスの違い、ある場合には明確な立場の違いが浮かび上がってくるのだと思います。とりわけ、「個人と集団」が交錯する局面においては、「個人の自律」と「集団の自律」の関係が大変難しい。集団の自律が個人の自律を抑圧するという現実が存在することは否定しがたいとはいえ、集団の自律なくして個人の自律はあり得ないというのもまた厳然たる事実であるわけです。

第1部 総論

第1章 労働法とは何か
第2章 現行労働法の基本構造
第3章 労働法の当事者――労働者と使用者
第4章 労働者の自由・平等・人格権等の保障
第5章 国際的労働関係
第6章 労働紛争の解決
第7章 労働法の動態

第2部 個別労働関係の成立・展開・終了

第1章 労働関係の成立
第2章 労働条件の決定と変更
第3章 労働者の義務と服務規律
第4章 人事異動
第5章 賃金
第6章 労働時間・休憩・休日
第7章 年次有給休暇
第8章 年少者・母性保護と家族的責任の保障
第9章 安全衛生と災害補償
第10章 非典型労働関係
第11章 労働関係の終了

第3部 集団的労働法

第1章 労働基本権の保障
第2章 団結権と労働組合
第3章 不当労働行為
第4章 組合活動
第5章 団体交渉
第6章 労働協約
第7章 争議行為

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日本は若者が安定した仕事につけるよう、もっとやれることがある

タイミングを合わせたわけではないでしょうが、本日、OECDが「若者の仕事:日本」を公表しております。

http://www.oecd.org/document/5/0,3343,en_2649_34487_41878469_1_1_1_1,00.html

曰く、

>Japan could do more to help young people find stable jobs

日本は若者が安定した仕事につけるよう、もっとやれることがある

>Young people in Japan are finding it increasingly hard to get stable jobs and the Japanese authorities should expand vocational training schemes and increase social security coverage for young non-regular workers in order to help them, according to a new OECD publication.

日本の若者は安定した仕事に就くのがますます難しくなっており、政府は職業訓練制度を拡大するとともに、社会保障の適用範囲を若い非正規労働者に拡大すべきだ

>Young people are severely affected by the growing dualism in the Japanese labour market. In 2007, around one in three young workers aged 15-24, excluding students, were in so-called non-regular work, such as temporary or part-time jobs. These jobs provide low income and social insurance coverage and little potential for people to develop their skills and careers. It is also difficult to move from temporary into permanent work, leaving many young people trapped in precarious jobs.

若者は日本の労働市場の増大する二重構造にひどい目に遭っている。若者の3分の1は非正規労働だ。低賃金で社会保険も適用されず、技能とキャリアを発展させる可能性も乏しい。派遣から常用への移行も困難で、多くの若者が不安定雇用の罠にかかっている。

OECDが求める政策は:

>Reinforce the links between education and the labour market. Schools, especially tertiary education institutions, should set up closer ties with business in order to give students the skills that firms need. Business and industry representatives should help shape the curricula and the skills of graduates. This might be encouraged by, for example, developing a formal structure to promote communication and collaboration between universities and business associations.

来ました。教育、なかんずく大学教育のレリバンス!学生に企業が求める技能を与えるため、実業界と密接な連携を、と。

>Expand public vocational training for young people. The new Job Card system is a promising step forward and should be reinforced by, for example, promoting business participation in providing practical training opportunities and work experience. The government should also work closely with social partners to agree how to share the burden of financing training between firms, workers and the public purse and between the different public funds, such as general budgets and the Employment Insurance fund.

若者向けの公的職業訓練を拡大せよ、と。日本のオピニオンリーダーたちは、能開機構を潰すことが正義だと思いこんでいるみたいですがね。

>Reduce the gap in effective protection between regular and non-regular workers and tackle discriminatory practices in wages and benefits. This would include increasing the employment protection and social security coverage for fixed-term, part-time and temporary agency workers, while easing the employment protection for workers on regular contracts. These measures need to be developed and implemented as a part of comprehensive reform package to enhance both security and flexibility in the labour market.

正規と非正規の間の保護のギャップを埋めて、賃金や手当の格差を是正せよ。すなわち、有期、パート、派遣労働者の雇用保護と社会保障適用を強化するとともに、正規雇用の雇用保護を緩和せよということです。もちろん、あらゆる雇用保護はことごとく根絶せよなどと誰かさんのようなことを言っているわけではありません。

>Strengthen active labour market programmes for young people, with more precise targeting and detailed evaluations. The scale of some existing programmes is far too small to respond adequately to the needs of the high numbers of young people at risk or in precarious jobs. More public resources should be spent on such programmes, with more emphasis on helping people who leave school with weak qualifications.

若者向けの積極的労働市場措置を強化せよ。不安定な若者の数に比べ、あまりにも少なすぎる。もっと公的資金を投入せよ。特に学校中退者に。

というわけで、まさに時宜を得たというか、時宜を得すぎているんじゃない、というぐらい絶好のタイミングで公表されておりますな。

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NHKラジオ10時のニュース

今夜の10時のラジオニュースで、非正規労働者をめぐる問題についてインタビューの形で語っております。

http://www.nhk.or.jp/r-news/

ラジオのスタジオというものを初めて経験しました。

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テレビ東京・ワールドビジネスサテライト

今夜11時に放送される予定のテレビ東京・ワールドビジネスサテライトのトップニュース「世界に広がる若者の雇用危機」にちょびっと顔を出す予定です。

http://www.tv-tokyo.co.jp/wbs/

だいたい下にあるようなことを1時間以上喋ったのですが、どうしてもテレビ局側は現在目前の危機に対してどう対応するかを聴きたがるし、こっちはそもそも日本と欧州の雇用システムの違いから説き起こして、中長期的観点からの若者雇用対策、社会政策の在り方を語りたいわけで、相当にすれ違った感じではあります。

正直言えば、短期的な雇用創出策は、まさにマクロ経済的な財政政策の話なので、それは当然必要でしょうとはいえても、私が語らなければならない話ではない。

取材対応メモ:

・まず、日本と欧州の基本的な違いを認識する必要。欧州は1970年代の石油危機以来、一貫して若者が雇用失業問題の中心。日本は長らく中高年が雇用失業問題の中心で、若者の雇用・失業が問題になったのは90年代後半以降。

・その理由:日本には新卒定期採用システムがあり(あった)、「学校から仕事へ」の移行がスムーズであった。欧州にはそのようなシステムはなく、学校卒業後自力で就職しなければならず、技能の劣る若者は失業しがちであった。

・例外はデュアルシステム(学校=徒弟制)のあるドイツとオーストリアで、両国は若者の失業率が低い。

・もう一つの大きな違い:日本の福祉国家は医療と年金に集中しているが、欧州は一般の所得保障が手厚く、就職できない若者もセーフティネットとして失業手当や福祉給付を受けられる。これは一面メリットではあるが、逆に一旦それに安住すると、なかなかそこから抜け出せなくなるというデメリットもある(「失業の罠」「福祉の罠」)。

・そのため、欧州は1990年代以来、「福祉から雇用へ」とか「アクティベーション」と称して、失業手当や福祉で生活している者に職業訓練等を行って、働かせるようにしようという政策をとってきている。

・日本では、1990年代半ば以降の不況で、学校を卒業しても正社員として就職できない若者が大量に生じた(就職氷河期)。しかし、就職できなかった若者が頼れる公的給付はない(雇用保険は制度上出ない。生活保護は事実上出ない)。そのため、彼らは「フリーター」という名の非正規労働者として就労した。

・日本の非正規労働者はかつては主婦パートとアルバイト学生が主で、低賃金でも問題がなかったし、社会保険に加入する必要もなかった。その枠組みに、本来正社員として就職すべきであった若者が入り込んだため、いくつもの矛盾が生じた。

・先日、OECDのアクティベーション調査団が来たが、欧州にとっては働かない若者をいかに働かせるかが問題であるのに対し、日本は働いているけれどもその働き方が問題である、と説明した。この違いを理解せずに、単純に日欧比較するのは危ない。

・例えば、欧州でも若者の非正規労働が問題になっているが、これは、低技能の若者をいきなり常用雇用できないので、パートや派遣による就労を促進したからである。しかし、低賃金で先の見通しがない仕事なので、じきに辞めて失業や福祉の世界に舞い戻ってしまうことも多い。これを「低賃金の罠」という。

・日本の非正規就労の若者には、舞い戻るべき福祉の世界がない。低賃金で先の見通しのない仕事を転々とするしかない。そして、今回の不況のように本当に職が失われたときに、セーフティネットになるものがない。

・しかし、欧州の経験を踏まえれば、セーフティネットを完備すればいいわけではないということがわかるだろう。それだけでは「失業の罠」「福祉の罠」をもたらすだけである。現在非正規として働いているということを活かして、より高技能、高賃金の世界に移行させていくことが必要。

・欧州では、かつては派遣労働は厳格に制限されていたが、近年はむしろ「失業の罠」「福祉の罠」から脱却して適切な就労に移行するための「踏み石」として、労働政策上推進されている。企業はリスクを負わない一種の「試用期間」として利用し、よければ正規採用に至る。こうして、学校卒業時には失業ないし無業状態にあっても、数年のうちに就職する者も多い。

・日本では派遣労働が本来果たすべきこの役割をあまり果たしていない。そのことに対する問題意識もない。正規雇用の世界と非正規雇用の世界が隔絶されている。

・そのため、政府が日本版デュアルシステムやジョブカード制を導入して、既に非正規として就労している若者が、それとは別に企業で移行期間的な訓練的就労を行い、正規就労につなげようとしている。

・なお、欧州では日本と異なり移民問題が大きな社会問題であり、「怒れる若者」の相当部分は差別される移民の若者の問題である。こちらは本質的な難しさがある。こういう「前車の轍」は、あえて踏む必要はない。

(追記)

ちなみに、漏れ聞くところによりますと、この件、ある方にお願いしたところ、断られてしまい、しかも「濱口さんがいいわよ」という紹介状(?)まで付けられたということで、ふうむ、若者と仕事というテーマであればその方の方がふさわしいのではなどとも思いつつ、やっぱり現下の状況に鑑み「たらい回し」は好ましくないであろうと考えた次第でありました。

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雇用安く、解雇早く…自転車、バイク便

産経に、本ブログでも何回か取り上げてきたソクハイユニオンの話が載っています。題して、「【雇用崩壊~非正規の師走~】(2)雇用安く、解雇早く…自転車、バイク便

http://sankei.jp.msn.com/life/trend/081216/trd0812162233021-n1.htm

>「稼働停止です。来月から来ないでください」

 呼び出されたわけでも、担当者が来たわけでもない。通告は突然、携帯電話にかかってきた。

 バイクや自転車による書類配送の最大手「ソクハイ」(東京都品川区)の自転車便スタッフ、上山(うえやま)大輔さん(31)が、通告を受けたのは9月18日だった。

 業務課の担当者は「受注が落ち込み会社も大変。人減らしの対象になった」と話すだけだった。30人ほどが対象になったようだが、携帯電話で最終通告を受けたのは1人だけ。

なぜこういうことになったかというと、

>会社は認めないが、上山さんは稼働停止になった理由を「業績悪化に加えて、労働組合を立ち上げたから」とみている。

 ソクハイにはバイクや自転車スタッフが約700人いる。大半が「運送請負契約」を交わして、それぞれが配達の仕事を請け負う「個人事業主」となっている。収入は完全歩合制。自転車、バイク(ガソリン代も)は自己負担だ。主幹所長となった上山さんのところには、「もう少し労働条件を改善してもらえないか」といった現場の声が多く寄せられていた。

 労働組合の結成を決意した。19年1月、業界では初となる組合「ソクハイユニオン」を結成し委員長に就任した。スタッフの半分近くが組合に加入した。

で、結局、

>「法にのっとった経営をすべきだ」と訴える上山さんは、解雇撤回と原職復帰を求め東京地裁に提訴した。会社は「係争中でありコメントを控えたい」とだけいう。

 「圧倒的な早さと安さ」をキャッチフレーズに成長してきたバイク、自転車便。上山さんには、そのフレーズがスタッフの雇用状況を比喩(ひゆ)しているかのように思える。

本ブログのエントリーでは、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/10/post_b0e1.html(バイク便ライダー)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/04/post_bc1c.html(ソクハイに労組)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/07/post_6ae7.html(ソクハイユニオン)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/09/post_57e9.html(バイク便ライダーは労働者!)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/post-5512.html(バイク便:労働者としての地位確認など求め初提訴)

また、昨年9月の厚労省の通達はこれです。

http://www.jil.go.jp/kokunai/mm/siryo/pdf/20071003.pdf

訴状と答弁書を見る機会があったのですが、この厚労省通達にもかかわらず、会社側は「被告は個人事業主たるバイシクルメッセンジャーとの間で運送請負契約を締結して運送業務を委託している者であり、原告を含めたバイシクルメッセンジャーの労働者性については全面的に争う」構えのようです。

今後の推移が注目されます。

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2009年版経営労働政策委員会報告

2009年版経営労働政策委員会報告が大きな記事になっていますが、残念ながら、日本経団連のHPでは、目次が載っているだけです。

http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/2008/093.html

2009年版経営労働政策委員会報告

~労使一丸で難局を乗り越え、さらなる飛躍に挑戦を~

序文

概要

第1章 日本経済を取り巻く環境の変化と今後の見通し

1.国内外の経済動向
 (1) 世界経済の動向
 (2) 日本経済の動向

2.国内の雇用動向

第2章 今次労使交渉・協議における経営側のスタンスと労使関係の深化

1.企業を取り巻く危機的状況への対応にみる労使関係の深化

2.今次労使交渉・協議に向けた経営側の基本姿勢
 (1) 雇用の安定を重視した交渉・協議
 (2) 生産性を基軸とした人件費管理
 (3) 課題解決型の労使交渉の重要性

第3章 公正で開かれた人事・賃金システムの実現

1.仕事・役割・貢献度を基軸とした賃金制度の構築・運用
 (1) 人材育成の視点を踏まえた制度設計・運用
 (2) 評価制度の設計・運用の充実

2.広く開かれた雇用機会の提供

3.いきいきと働ける環境の整備
 (1) 人材の育成
 (2) 一体感の醸成、モチベーションの維持・向上
 (3) メンタルヘルス対策の推進

第4章 わが国企業の活力・競争力を高める環境の整備

1.全員参加型社会構築に向けた基盤整備
 (1) 若年者雇用問題への対応強化の重要性
 (2) 就労マッチング機能の強化
 (3) 外国人材の積極的な受入れ

2.自律的・多様な働き方を可能とする法制・インフラの整備

3.中小企業のさらなる生産性の向上
 (1) 厳しさが増す中小企業の経営環境
 (2) 生産性向上への取組みと政府に求められる政策支援
 (3) 最低賃金制度の見直し

4.地域の活性化と道州制の導入による広域経済圏の形成

5.国民の将来不安解消の必要性

あとがき

これだけでは、何ともコメントのしようがありません。「冊子版の購入については、日本経団連事業サービスまでお願いいたします。」ということです。

ところが、労働組合のHPの方には、手回しよく、細かいところまでの反論が掲載されています。これで論評するのはフェアじゃないですが、とりあえず総論を見ますと、

http://www.jtuc-rengo.or.jp/news/kenkai/2008/20081216_1229417679.html

日本経団連「2009年版経営労働政策委員会報告」に対する連合見解と反論

1.総括

 日本経団連は、2008年12 月16日に「経営労働政策委員会報告」(以下「報告」)を発表した。
 今回の「報告」は、経営者団体としていかに日本経済を立て直し、産業社会を強化していくのかという課題に全く応えておらず、何のために社会に対して「経労委報告」を提起するのかと言わざるを得ない。
 現下のマクロ経済の状況からすれば経営者団体として会員企業に対し、非正規を含むすべての労働者の雇用の安定を徹底させ、マクロの観点から積極的賃上げによる内需喚起を促すこと、そして、日本の将来設計、新しい産業構造のあり方について政府に対し、また、世の中に向けて発信していくことが重要であり、日本経団連は財界代表として主導力を発揮すべきである。
 今次労使交渉でどこまで踏み込み、そしてどういった結果を引き出すのかが、今後の日本経済のカギを握る。にもかかわらず、「報告」は、雇用維持については「安定に努める」とだけ、賃上げについても「ベースアップは困難と判断する企業も多い」、定期昇給を含めた「賃金改定の重みを再認識する時期にある」と賃金抑制の姿勢を打ち出すなど「賃上げにも雇用安定にも応えようとしない」会社中心のミクロの論理に拘泥する経営姿勢がみてとれる。
 今こそ日本の労使関係の真価が問われている。これまで日本経済の成長を支え、石油ショックや円高不況、貿易摩擦など、幾度かの危機を乗り越えることができたのは、従業員とその家族の生活を守り、人材の育成を処遇につなげ、信頼に裏打ちされた労使関係を築きあげてきた日本型雇用システムがあったからである。しかし、この間のなりふり構わぬ企業経営は、その良好な労使関係と労使の信頼関係を毀損させた。
 経営者が真剣に「労使一丸となって難局を打開していく」というのであれば、これまでの「雇用のポートフォリオ」にもとづく行きすぎたコスト主義の経営姿勢について反省し、長期勤続雇用を旨とする日本型雇用システムに回帰させるとともに、労使の信頼関係を修復しなければならない。また、同時に、国民経済的見地を踏まえ、企業の短期的利益のみにこだわらず、物価上昇に見合うベアによって、労働者生活の維持・確保に努めなければならない。そして、歪んだ配分を是正し、内需主導型の持続的な経済成長の実現をめざし、責任を果たすべきである。
 いまの日本の企業体質は、残念ながら「報告」のいう「社会の公器」とは程遠い現状にある。「希望の国」どころか、ミクロに埋没し、経営モラルを失った国に陥っている。企業を「社会の公器」として「社会の持続的な発展に尽力する」というのであれば、「わが社さえ生き残れば」ではなく、日本がいま直面している経済的・社会的な閉塞状況と正面から向き合い、社会的責任を含めた新しい意味での日本型コーポラティズムを再構築していく必要がある。

まさにマクロの総論としてはその通りで、「日本型コーポラティズムを再構築していく必要」など共感するところが大きいのですが、ミクロの各論として「雇用も賃上げも」というのがどの程度「現実に足のついたもの」か、「現実にどっぷりつかった」単組がどこまでついてこれるものかは、議論した方がいいと思われます。

新聞報道によると、

http://www.asahi.com/business/update/1216/TKY200812160421.html

>雇用について「極めて重要な課題」として「安定に努力する」と述べたものの、「安定が最優先」とした当初案からは後退した。

のだそうで、ここが経営側にとっても居心地の悪い弱みであることは間違いないわけで、喧嘩は相手の弱みを狙うべきであることを考えると、経済産業省の振り付けで「マクロの観点から積極的賃上げによる内需喚起」という相手のガードの堅いところを攻める戦略が適切であるかどうかは、再考慮の余地があるでしょう。一般的には賃上げによる内需喚起論は間違っていないと思いますが、ことここに及べば、内需拡大の責任はまずは政府に求めるべきものでしょうし。

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地球環境は大事ですが・・・

欧州労連が、12日の欧州理事会で合意された温室効果ガスを20%削減するという合意に対して、「歓迎する」といいつつも、それによって影響を被る労働者に対する措置が十分でないと文句を付けています。

http://www.etuc.org/a/5667

>The European Trade Union Confederation (ETUC) welcomes the European Council’s agreement on the climate change package, while regretting the lack of accompaniment measures for workers affected by the consequences.

>ETUC renews its proposal to put in place a European low-carbon economy adaptation fund to accompany the transitions imposed on workers squeezed out of the workplace due to climate change measures.

ETUC maintains that a genuine social dialogue must get under way. With this aim in mind, it had already requested the creation of an advisory committee on climate change and today renews its call to the European Parliament.

The economic and financial crisis as well as the challenges created by climate change necessitate active employment policies based on the capacity for anticipation, control of social transitions and transparent financing.

These challenges represent a vast realm for social dialogue and negotiations at every level, both territorial and in companies.

そりゃ、地球環境は大事でしょう。でも、そのために職場から追い出される労働者のために、「欧州低炭素経済適応基金」を作って、ちゃんと手当てしてくれなくちゃ困りますよ、と。

地球環境を守れ!と市民団体みたいなことを言っていれば労働組合の責任が果たされるというわけではないのですから。

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中谷巌氏の「回心」再論

「回心」という宗教用語を用いたことがはてぶで批判されているので、そのわけを。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/post-3779.html

http://b.hatena.ne.jp/entry/http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/post-3779.html

前エントリーではあえて言及しなかったのですが、この本、いささかアブない方向に行きかけている面があり、それで「回心」という言葉がふさわしく感じたという面があるのです。

第2章 グローバル資本主義はなぜ格差を作るのか

は基本的にスティグリッツですし、

第3章 「悪魔の挽き臼」としての市場社会

は基本的にポランニーで、

まあ、全部読んだ話だよ、とはいいながら、基本的にはその通り、というところなのですが、

第4章 宗教国家、理念国家としてのアメリカ

第5章 「一神教思想」はなぜ自然を破壊するのか

第6章 今こそ、日本の「安心・安全」を世界に

とくると、をいをい、ロハス系リベサヨ風味のソシウヨ路線ですか、と。

小見出しを並べると、

>「自然は征服するもの」と考える一神教思想、地にまみれたギリシアの神々、「国譲り」によって統一された日本の独自性、縄文と弥生が融合した理由とは、なぜ、縄文時代は一万年も続いたのか、自然に神聖さを感じる日本人、日本文化の中にこそ環境問題への解決の鍵がある・・・・・・・

ああぁぁぁぁ・・・・

いや、「国譲り」といったってタケミナカタは殺されてるし、そもそも神武天皇は軍事力で東征しているんだし、ヤマトタケルや神功皇后は・・・いや、そんな古代史の知識の問題じゃなくって、世界に誇る縄文文明とかいうんですかぁ?とにかく、そういう方面に逝ってしまわれましたか・・・・・・・という雰囲気全開でありましたので、つい「回心」という宗教用語になったというわけです。

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仁田道夫先生の福井秀夫批判

Tm_i0eysjiym42gd2vi_1 季刊労働法の223号(2008年冬号)が出ました。

http://www.roudou-kk.co.jp/quarterly/archives/003423.html

特集は「検証・規制緩和と労働市場改革」ですが、正直言うと、いささか突っ込み不足の感があり、やや散漫な感じになってしまっているような。

目次は次の通り。

■巻頭言■
教育・雇用・社会保障とその接合・連携
新潟青陵大学教授 國武輝久

特集 「検証・規制緩和と労働市場改革」

労働市場改革と労働法
青山学院大学教授 手塚和彰

解雇法制と規制改革論議
東京大学教授 仁田道夫

アメリカ労使関係法における規制緩和と改革
一橋大学教授 中窪裕也

外国人受け入れに向けた制度改革のあり方
 ─日本経団連の基本的考え方─
日本経団連産業第一本部長 井上 洋

規制緩和による労働市場改革の検証
連合副事務局長 逢見直人

■集中連載■比較法研究・中小企業に対する労働法規制の適用除外
中小企業に対する労働法規制の適用除外に関する共同比較法研究
 ─連載を始めるにあたって─
神戸大学大学院法学研究科教授 大内伸哉

中小企業に対する労働法規制の適用除外―中国法―
追手門学院大学非常勤講師 オランゲレル

■新連載■労使が読み解く労働判例
新企画開始に当たって
明治大学法科大学院教授 菅野和夫

日本マクドナルド事件
 (東京地判平20・1・28労判953号10頁)
東京学芸大学教授 野川 忍

■研究論文■
解体か見直しか
 ―労働組合法の行方―(三)
北海道大学教授 道幸哲也

有期労働契約の拘束・保障機能と自動終了機能の相克
 ―判例法理を中心として
北海学園大学教授 小宮文人

■連載■
個別労働関係紛争「あっせんファイル」(連載第6回)
あっせんにおける労契法16条の逆作用
 ―いかにして「解雇させる」か─
九州大学教授 野田 進

アジアの労働法と労働問題?
韓国の最近における労働立法の動向について
 ―非正規職保護立法と複数組合問題を中心に─
韓国外国語大学法科大学教授 李

■神戸労働法研究会■
有期労働契約の反復更新後の雇止めと損害賠償
 ―中野区(非常勤保育士)事件から示唆されるもの―
 (東京高判平成19年11月28日労判951号47頁
 一審:東京地判平成18年6月8日労判920号24頁)
追手門学院大学非常勤講師 オランゲレル

■イギリス労働法研究会■
1998年公益情報開示法をめぐる裁判例の動向と運用状況
北九州市立大学講師 國武英生

■筑波大学労働判例研究会■
NTTグループ企業(年金規約変更不承認処分)事件
 東京高裁平成20年7月9日判決
 (原審・東京地方裁判所平成18年(行ウ)第212号)
筑波大学労働判例研究会 工藤裕徳

■北海道大学労働判例研究会■
丸亀市・市公平委(降任処分不服申立)事件
 市町村合併に際して旧市町村の一般職職員を新設された市が採用する行為の「不利益な処分」該当性
 高松地判平成19年12月26日労判958号39頁
小樽商科大学教授 石黒匡人

ここでは、仁田道夫先生の「解雇法制と規制改革論議」という小論を取り上げましょう。これは、本ブログでも何回も取り上げてきた、例の福井秀夫氏の議論に対して、労使関係論研究者としての立場から、痛烈に批判しているものです。

冒頭、まず、福井氏が「法と経済学というツールを使っている」と自称していることに疑問を呈します。

>しかし、私の素人なりの理解では、「法と経済学」は、まず何よりも、判例を含む現存の法秩序を、経済学の方法を用いて、理解することを追求する学問であるはずである。この論文には、日本の裁判所が築き上げてきた解雇法理が、なぜ、そのような形で生成、発展し、維持されてきたのかをきちんと理解しようとする姿勢が見られない。

まったくその通りです。仁田先生のいわれるような正しい「法と経済学」からの労働問題へのアプローチの例としては、本ブログでも紹介した

http://users.ugent.be/~gdegeest/(Encyclopedia of Law and Economics)

所収の諸論文が挙げられますが、これと読み比べれば、福井氏の「論文」なるものが、初等経済学教科書の概念枠組みのみを頭にはめ込んで、労働の現実は一切見ないまま、書かれたものであることがよくわかります。

そして(仁田先生には同じように映っているかもしれませんが)、実はここが福井秀夫氏と八代尚宏氏を隔てる大いなる「知的格差」でもあります。八代氏の議論は、解雇法理や就業規則法理など日本的雇用システムを支える法理は、かつては有効であったが、今では弊害が多いものとなったというロジックであるので、現実の労働の在り方を踏まえたエンピリカルな議論の対象となり得ます。福井氏の議論は、日本の法の現実は初等経済学教科書に書いてあるのと違うから間違っている!Q.E.D.というものですから、神学論というべきで、経験科学としての法と経済学というべきものではそもそもないのでしょう。

私は、実は、経験科学としての「法と経済学」を法曹になろうとする人々が学ぶことは大変意義深いことであると思いますし、司法試験科目にそういう「法と経済学」が導入されることは寧ろ望ましいことであろうと考えていますが、規制改革会議でそれを主張しておられるのが、上述のような奇矯な「法と経済学」の福井秀夫氏であることを考えると、彼の書いた奇矯なテキストに従って、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/05/post_1cda.html

>一部に残存する神話のように、労働者の権利を強めれば、その労働者の保護が図られるという考え方は誤っている。

>不用意に最低賃金を引き上げることは、その賃金に見合う生産性を発揮できない労働者の失業をもたらし、そのような人々の生活をかえって困窮させることにつながる。

>過度に女性労働者の権利を強化すると、かえって最初から雇用を手控える結果となるなどの副作用を生じる可能性もある。

といった答案を書かないと、司法試験に落ちちゃう危険性が出てきちゃうかもしれません。

なまじ、最近の研究をよく知ってて、いや最低賃金の労働市場への効果についてはこういういろんな実証研究があり・・・てな余計なことを考えると、「初等経済学教科書嫁!!!」と地獄に落とされるというわけです。

それでは、どんなに頭ごなしに怒鳴られても、「はいわかりました入れましょう」とはいわないでしょうね。

http://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/minutes/wg/2008/0916_02/summary0916.pdf

http://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/minutes/wg/2008/1114/summary1114.pdf

そうすると、福井氏が身を引いた方が、「法と経済学」を法曹の基礎教養にする近道ではなかろうかと思うのですが、まあご本人はそうはお考えではなさそうです。

以下では、いかにも仁田先生流の軽妙な想定対話によって論が進んでいきます。まず、「制度の補完性」の関連で、

>もし、日本の企業の経営者が日本の雇用法制についてアメリカやヨーロッパの経営者に愚痴をこぼしたとしよう。彼らの反応は、「お宅の会社は何件の労働訴訟を抱えているの?」というものであろう。その回答を聞けば、諸外国の経営者たちは、表面はともかく、内心は「そんなに少ないの!うらやましい限りだ。それにしても日本の経営者は泣き言が多いな」と考えるに違いない。

もちろん、一部の奇矯な(福井氏と共鳴する)経営者を除けば、日本の経営者はそんな泣き言をこぼしているわけではありません。

次に「解雇法制は賃金を高めているか」に関わって、

>なぜ、福井教授が主張するようにならないのだろうか。労働組合指導者は、経済学の基本を理解せず、有利な交渉条件を活かすすべも知らないのだろうか。そのような疑問を抱いたら、労働組合指導者に質問してみればよい。彼らの回答は、次のようなものだろう。「もし、会社が負担に感じるほどの賃上げを獲得すれば、会社は経営困難になって競争に負けてしまうだろう。そうなると雇用不安が起きる。昇進チャンスもなくなるし、人員整理が起こるようなことになったら大変だ」

つまり、福井氏には、こういう現実の企業の中で賃金も雇用も考えながら長期的視野で交渉している組合や人事部の目線でものを考えるという思考方法が欠落しているわけですね。

「解雇規制が学歴差別を助長しているか」に関わって、

>私なら、このような仮説を抱いたら、まず企業の人事部長に投げかけてみるだろう。私の予想する回答は次のようなものである。「先生、会社を馬鹿にしないでください。何のために人事部がいるんですか。生産性が低いと判断された労働者は、査定が低くなるので、賃金・処遇が下がります。賃金が下がって生活に支障が出たら本人も困るし、奥さんにも泣きつかれます。それだけじゃなく、職場の仲間からの評価が下がってプライドが傷つくし、居づらくなります。だから、だいたいの人は、そういうことにならないように一生懸命働くし、自分の能力向上に努めるものです。そうなるようにすることが、人事部の仕事です」

ちなみに、本ブログでも再三述べているように、私自身は日本の解雇規制の在り方にはメリットとデメリットと両面あり、基本的にはメリットが大きいというべきですが、少なくとも整理解雇4要件については、近年の社会状況を前提にすると見直しの必要が高まってきていると考えています。

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中谷巌氏の転向と回心

9784797671841 中谷巌氏の『資本主義はなぜ自壊したのか-日本再生への提言』(集英社インターナショナル)という本を見つけました。

http://books.shueisha.co.jp/CGI/search/syousai_put.cgi?isbn_cd=978-4-7976-7184-1&mode=1

>「新自由主義経済学」は悪魔の思想だ!!
広がる格差、止めどない環境破壊、迫り来る資源不足、そして金融危機――すべての元凶は、資本主義にあった! 「構造改革」の急先鋒と言われていた著者が、いま、悔恨を込めて書く警告の書。

という内容自体は、実のところそれほど目新しいものではありません。スティグリッツやポランニーを引用して様々に説いている部分も、正直どこかで読んだ内容ばかりです。

目新しいのは著者の名前です。そう、あの「中谷巌」氏が、帯の文句を引用すると、

>リーマンショック、格差社会、無差別殺人、医療の崩壊、食品偽装。すべての元凶は「市場原理」だった。

と主張しているのです。

彼自身、前書きで、

>かつては筆者もその「改革」の一翼を担った経歴を持つ。その意味で本書は自戒の念を込めて書かれた「懺悔の書」である。まだ十分な懺悔はできていないかもしれないが、世界の情勢が情勢だけに、黙っていることができなくなった。

と述べ、また序章で、

>後で詳しく述べるつもりだが、細川内閣、そして小渕内閣において、筆者は規制緩和や市場開放などを積極的に主張し、当時の政府与党の政策の枠組みを作る手伝いをした。中でも、小渕内閣で筆者も参加した「経済戦略会議」の諸提言のいくつかが、後の小泉構造改革にそのまま盛り込まれている。そのことは筆者のうぬぼれではなく、小泉政権の中枢にあった竹中平蔵氏もしばしば言及されている事実である。つまり、私は間接的な形ではあっても、いわゆる小泉構造改革の「片棒を担いだ男」の一人であるのだ。

と述べているとおり、まさに90年代以来の市場原理主義のイデオローグの中心的存在であったのが中谷巌氏であってみれば、その当人が、

>新自由主義に基づく単純な「構造改革」路線で我々が幸せになれるなどというのは妄想に過ぎないということを痛感させられる。

>新自由主義の思想は、私たちが暮らす社会を個人単位に細分化し、その「アトム」化された一人一人の自由を最大限尊重するという思想だから、安心・安全、信頼、平等、連帯などの共同体価値には何の重きもおかない。つまりは人間同士の社会的つながりなど、利益追求という大義の前には解体されてもしょうがないという「危険思想」なのである。

とまで断言するに至っているというのは、知識社会学的観点からも大変興味深いものがあるといえましょう。

第1章は「なぜ、私は「転向」したのか」と題して、アメリカ体験がその原点であると書かれていますが、私にはこの部分は、きわめて重要な要素を隠しているように思われます。

アメリカで近代経済学を勉強したのでアメリカにかぶれた云々というのは、本音を隠した台詞のように思われるのです。なぜそういえるのか。もしそうなら、彼がアメリカから帰国した1974年から、かれは市場原理主義者として行動していたはずです。本書では、大学の講義で市場メカニズムのすばらしさを説いたが学生たちは納得しなかった云々というふうにさらりと書かれています。

しかし、ここ十年来の彼のファンであった人々であれば絶対に読みそうもないような所に、若き日の中谷助教授の論文が残されています。JILPTの前身のJILが出していた『日本労働協会雑誌』の1978年5月号に、「クローズド・ストライキ提案の意義と現実性」、1979年4月号に「労働者自主管理」という論文を書いているのです。そう、若き中谷助教授は労使関係論の若きパイオニアとして颯爽とデビューしていたのです。

特に、後者において、中谷氏はユーゴスラビアの自主管理の実験を引きながら、自らの社会思想をこう語っています。

>労働者自主管理の理想とは、仕事場における民主主義を徹底することによって、人間をあらゆる搾取から解放し、人間の仕事における創造性を回復するということにある。資本主義にせよ、社会主義にせよ、既存の体制の中にあって、このような理想に到達するためには、相当の距離と時間を覚悟しなければならないであろう。

>しかしながら、もし我々が、民主主義にある絶対的価値を認めるのであれば、仕事場における民主主義にも同様の絶対的価値を認めざるを得ない。ユーゴスラビアにおける自主管理制度が、悪質なスタグフレーションの一因であるとしても、それは労働者による民主主義の代償と解釈すべきかもしれないのである。

このまさに本来の意味における「構造改革派」(!)リベラル左翼であった若き中谷氏が、市場原理主義のイデオローグとして颯爽と登場するのが90年代であってみれば、そこには本書があえて語らない「第1の転向」があったというべきでしょう。「構造改革派」から「構造改革派」への転向が。

そして、本書で中谷氏が懺悔して見せているのは、そこからの第2の転向であり、いうならば「回心」とでもいうべき現象であるわけです。

ここで改めて中谷氏についてあれこれ非難がましいことをいうのは無意味だろうと思います。私がむしろ興味があるのは、こういう彼の思想的遍歴の背後にあるものは何かということであり、それは決して個人的なものではなく、おそらく同時代の多くの日本人に共通するある思想の推移を反映しているのではないかと推測するのです。

ただ、その前に、中谷巌氏個人のやや特殊な思想環境に言及しておく必要があるように思われます。彼は、1965年に一橋大学経済学部を卒業して、日産自動車に入社し、4年勤めたあと、ハーバード大学に留学しています。この時期の日産は、塩路一郎氏が絶大な権勢を誇っていた時代です。塩路天皇とまでいわれたその権勢は、ある種の企業別組合との労使協調体制に対する違和感を若き中谷氏に刻印した可能性があるように思われます。

「仕事場における民主主義」という言葉に彼が塩路体制下の日産への批判を込めていたかどうかはもちろん知るよしもありませんが、どこかの時点で、そういうミクロに陣地を構築する方向に向かう社会民主主義的な志向こそが結局塩路体制を作り上げたのではないか、いっそそんなものはことごとく投げ捨て、きれいさっぱり市場原理で行く方がいいのじゃないか、という「回心」が訪れたとしても不思議ではないように思います。

そして、それは実は中谷氏だけの経験ではなく、日本各地のミニ日産のミニ塩路一郎体制を経験していたミニ中谷巌氏らの共通の経験であったのではなかろうか、マクロな日本社会全体として、90年代にあそこまでの新自由主義への熱狂的「回心」が行われた社会的背景には、80年代まであれだけ日本的経営賛美の声が高らかに唱われながら、現場で違和感を禁じ得ない人々が相当の数いたからではないか、と思われるのです。

その結果が日本社会に「悪魔の挽き臼」を呼び寄せることになったのだとすると、皮肉を感じざるを得ません。

(中谷氏より少し後に日産に入り、その後同じく経済学者の道を進んだ神野直彦氏は、マクロな経済民主主義というもう一つのオルタナティブを選んでいます。知識社会学的対比列伝の好事例というべきでしょうか)

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人財じゃなく人債、いや人災だそうで

さすが日経BizPlus、ここまでいいますか。

http://bizplus.nikkei.co.jp/genre/jinji/rensai/camel2.cfm

>グローバルリーダー開発を含めて、タレントマネジメントに焦点があたっていた背景には、「金余り」の状況があった。「金」は当然視されていて、「人」の方がより稀少にみえていた。ところが今はキャッシュがすべてである。他方、「人材」はお荷物である。ついこの間まで、人「財」などといわれて価値の源泉にみえていた人材が、急にコストに見え始めた。「人債」とでもいうのだろうか。いや「人災」とまでいうのだろうか。しばらく息をひそめていた再就職支援企業が息を吹き返したとしても少しも不思議ではない。人材マネジメントの主要テーマも、半年前なら「成長のための人事」だったのが逆回転して「コスト削減のための人事」になりつつある。

 今の状況を直視すれば確かにコストカットは避けて通れない。人件費にもあらためてメスをいれるべきだろう。

みなさま、人は財産どころか、債務、いや災難だそうですぞ。

こういうことを言う方は、どういう方かと思って経歴を見ますると、

>デロイトトーマツコンサルティング株式会社
ディレクター

キャメルヤマモト

東京大学法学部卒。オックスフォード大学大学院中東政治履修、青山学院大学大学院異文化マネジメント修士。

外務省、米系コンサルティング企業を経て現職

学歴と職歴だけは華麗なようですが、社会に有用な財やサービスを提供している人々を「債務」だ「災難」だと言って切り捨てることを称揚することのみを生計の道としておられるらしきこういう方々はいったい社会にとって財産なのでしょうか、それとも債務、もしかして災難?

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第19回労働トップフォーラム

昨日から本日にかけて、関西生産性本部と連合近畿地方ブロック連絡会の共催による「第19回労働トップフォーラム 持続可能な社会の実現に向けて ~労働組合の責任と行動~」に出席してきました。

http://www.kpcnet.or.jp/seminar/index.php?mode=show&seq=61

全体の構成は

12月12日(金)
13:00〈開会挨拶〉
    財団法人関西生産性本部 会長 大 坪   清
    連合近畿地方ブロック連絡会 代表幹事 川 口 清 一

13:20〈来賓挨拶〉

13:30〈特別講演〉「夢を追い続けること」
    北京オリンピック 銅メダリスト 朝 原 宣 治 氏

14:30 休憩

14:45〈問題提起〉「労働組合の責任と行動」
~持続可能な社会の実現に向けて~
    東京大学 社会科学研究所 教授 佐 藤 博 樹 氏

16:10〈分科会〉
   【第1分科会】(組合・組合員の視点)
   「より明るく楽しい、やり甲斐のある職場づくり」
    (ゲスト)
    労働政策研究・研修機構統括研究員 伊藤 実 氏

   【第2分科会】(社会全体の視点)
   「持続可能な社会保障のあり方」
    (ゲスト)
    大阪大学大学院 人間科学研究科 准教授 斉藤 弥生 氏

   【第3分科会】(雇用と労働の視点)
   「持続可能な働き方とは」
~熟壮青、男女、国籍を問わず、働く者が活き活きと
働き続ける社会に向けて~
    (ゲスト)
    労働政策研究・研修機構 統括研究員 濱口 桂一郎 氏

   【第4分科会】(地球環境の視点)
   「地球環境問題に対する労働組合の役割」
    (ゲスト)
    NPO法人奈良ストップ温暖化の会 理事
    奈良県地球温暖化防止活動推進センタースタッフ 井上 雅由 氏

19:00~〈懇親会〉※分科会ごとに行います

12月13日(土)
9:00 1日目に引き続き、分科会による議論を実施

11:30 各分科会により、10分程度の報告と質疑応答
    (進行)
    東京大学 社会科学研究所教授 佐藤 博樹 氏

12:10〈まとめ〉
    「労働組合の責任と行動」~2日間の議論を踏まえて~
    東京大学 社会科学研究所教授 佐藤 博樹 氏

12:50(閉会挨拶)
    財団法人関西生産性本部 労働政策委員会 委員長 本 田 敏 一

私は、上の通り、第3分科会のゲストということでした。

議論は主として、正規と非正規の問題、ワークライフバランスの問題に集まりました。

最初の来賓挨拶で、山田京都府知事が昨今の雇用危機に触れたあたりの語り方は、さすがと思いましたね。

あと、特別講演された朝原宣治さんからいただいた名刺が、

>大阪ガス株式会社

人事部人事サービスチーム

副課長

朝原宣治

(以下会社の住所電話FaxEmail)

となっていて、左上に「大阪ガス」のロゴ、右下に「ウィズガス」のロゴ、といういかにもサラリーマン的名刺でありました。

分科会の議論のまとめとして報告したのは、おおむね次のような話です。

働き方の持続可能性ということで論じられたのは、正規・非正規の間の壁の問題と、正規の中のワークとライフの壁です。

しかしこの二つの問題はつながっています。女性にしろ、若者にしろ、あまりにもディマンディングな正規の働き方に耐えきれずに非正規を選ぶという話がありますが、それだけでなく、50代の男性正社員が早期退職して、同じ職場にアルバイトとして戻ってきたという話がありました。責任が少なくなって楽になったと喜んでいると。

また、かつては近所で葬式があるから休みますというのが結構あった、という話もありました。そういう地域社会の「ライフ」は尊重されていて、会社が「ワーク」を求めると、そんな会社にはいかないと。昔はそういうムラ的なワークライフバランスってのがあったんですね。それが、都市化が進み、個別化が進んで、ライフも会社の中になった。そういう会社的ワークライフバランスが崩れてライフが薄れてきたと。そこで、新たなワークライフバランスが求められているということでしょうか。

アメリカのビッグ3の救済案が、賃金引き下げに組合が反対してつぶれたという報道がありましたが、詳細はわかりませんが、日本なら、会社がつぶれるというときになんだという話です。アメリカの敵対的労使関係文化の問題点でしょうが、しかし、アメリカとは違う意味で日本の組合も問われていることがあります。非正規がどんどん切られているときに正社員の賃金を削って非正規に回そうという話にならないのか。

日本の企業別組合にはいろいろとメリットがありました。会社コミュニティの中でスキルが上がっていくし、精神的安定感が得られる。これが崩れてくると、精神的不安定になってメンタルヘルスにつながるという面があります。一方、会社コミュニティの中で責任感が高い人ほど働き過ぎになる。それが行き過ぎてメンタルヘルスになるという面もある。それが相乗作用となって、会社の中の精神状態がかなり危うくなってきているような気がします。

両者に矛盾があることをふまえてバランス論が必要でしょう。

少し刺激的なことをいうと、解雇にどう対応するかという議論もする必要がある。今まさに、内定取り消しや非正規労働者の打ち切り雇い止めが行われているわけですが、例えば、今大学4年や高校3年の人は内定取り消しに遭っている、今年入社した人は久しぶりの売り手市場でかなり楽に就職している、その一回り上の人たちは就職氷河期で未だに非正規でやっている、というような情況で、たまたま今年入った正社員の雇用(だけ)を守ることが、どこまで「正義」なのかという問題です。

世の中には、およそ解雇規制はことごとく撤廃せよ、というような暴論をはく人たちがいて、そういうばかげた暴論に反論している分には、こちら側の矛盾は露呈しないのですが、しかし誰かに犠牲になってもらわなければならないというときに、むかしの主婦パートやアルバイト学生が非正規の中心であったときと変わらずに、単純に非正規を犠牲にして正規だけの雇用を守れといえるのか、これは再考するべきところでしょう。

持続可能性ということで考えるべきは、労働組合、労働運動の持続可能性でしょう。その際、ポリシーを論じ決める局面と、それを現実に落とし込んでいく局面の違いを念頭に置いた上で、現実に足をつけた、しかし現実に足を取られない的確なポリシーを打ち出していく必要があると思います。ややもすると、現実に足がついていない空論をナショナルセンターで出すけれども、現実にどっぷりつかった単組では全然読まれないという事態に陥りがちで、そこで産別や地域組織の意義があると思うのです。

佐藤博樹先生、この問題に関連して、正社員も非正社員も一律に、勤続期間の短い人から解雇するということにした企業(つまり上の今年入った正社員の方が、永年勤めた非正社員より先に首になる)の例を挙げて、それでその正社員が裁判所に訴えたら、整理解雇法理に従い、「フリーターの首も切らずに正社員を解雇するとはけしからん」ということになってしまうけど、それでいいの?」と問いかけていました。

どこまで話が伝わったかは別として。

(追記)

これって、最近はやりのトリアージの応用問題でもあるんですね。災害医療で資源の制約がある時に、誰の命を優先的に救うべきかが問題となるように、会社が危機的状況でどうしても誰かにやめてもらわざるを得ない時に、誰のクビを優先的に救うべきか。

かつては、男性正社員は女房子どもの生活に責任を負っている一方、パートは亭主に扶養されているから、アルバイトは親に扶養されているから、先に辞めてもらうことが社会的に正当性があると見なされていたわけです(もちろん、シングルマザーのように、そうでない人々はいたわけですが)。それはそれで一定の状況に対応したトリアージの回答であったのでしょう。しかし、正社員の中にも自分の小遣い稼ぎでしかない人もいる一方、非正規で生計を立てている人が多くなってきた情況で、その回答がいつまでも社会的正当性を維持しているのかは、そろそろ見直しの必要があるでしょうということなのです。

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OECDのアメリカ経済評価

さて、そのOECDが、「Economic Survey of the United States 2008」を公表しています。

http://www.oecd.org/document/32/0,3343,en_2649_33733_41803296_1_1_1_1,00.html

もちろん、第一のテーマは金融危機への対応ですが、本ブログとしては当然、もう一つのテーマに関心があります。

>Nevertheless, the fruits of growth have not been evenly distributed in recent decades, raising questions about the social sustainability of such growth. There are also growing concerns about highly unequal financial access to health care in the United States, which may contribute to the mediocre health status of the population by international comparison despite very high levels of expenditure. Health insurance reform to give better financial access to health care to low-income persons would help to overcome some equity and efficiency concerns.

しかしながら、成長の果実の分配はここ数十年不公平になっており、そのような成長の社会的持続可能性に疑問を投げかけている。アメリカにおける保健医療への経済的アクセスの過度の不平等さも、医療費がやたらに高いくせに、他の国よりも健康状態が悪いことに貢献している。低所得者が保健医療に経済的にアクセスできるようにする医療保険改革は、こういった平等と効率の問題を解決するだろう。

特に第3章は、この問題を集中的に扱っています。

>In spite of improvements, on various measures of health outcomes the United States appears to rank relatively poorly among OECD countries. Health expenditures, in contrast, are significantly higher than in any other OECD country. While there are factors beyond the health care system itself that contribute to this gap in performance, there is also likely to be scope to improve the health of Americans while reducing, or at least not increasing spending. This chapter focuses on two factors that contribute to this discrepancy between health outcomes and health expenditures in the United States: inequitable access to medical services and subsidised private insurance policies; and inefficiencies in public health insurance. It then suggests two sets of reforms likely to improve the US health-care system. The first is a package of reforms to achieve close to universal health insurance coverage. The second set of reforms relates to payment methods and coverage decisions within the Medicare programme to realign incentives and increase the extent of economic evaluation of different medical procedures.

一番カネがかかるくせに、一番成果が上がっていない。市場経済のイデオローグであるOECDからここまでいわれるのが、アメリカの医療システムであるわけなんですが、日本をそういう劣等生にしたくてしたくてしょうがない人々がいっぱいいるというのが、日本七不思議の一つでしょうか。

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現下の雇用労働情勢を踏まえた取組み

12月9日付で発出された厚生労働省の通達がアップされています。

まず、職業安定系列で、「非正規労働者、高年齢者、障害者、外国人労働者等の離職等に係る支援等について」(平成20年12月9日付け職発第1209001号)

http://www.mhlw.go.jp/houdou/2008/12/dl/h1209-1b.pdf

>世界的な金融危機の影響等により雇用失業情勢は下降局面にあり、今後更に、派遣労働者、期間工等の非正規労働者等を中心に大量離職の発生や、また新規学卒者の採用内定取消し等も懸念されるところ、これらに対する支援等を適切に行うため、平成20年11月28日付け職発第1128005号「派遣労働者、期間工等の非正規労働者等への支援等について」(以下「平成20年11月28日付け局長通達」という。)により通知したところである。
今般、非正規労働者、高年齢者、障害者、外国人労働者等(以下「非正規労働者等」という。)の離職等に係る支援等の更なる充実・強化を図るため、各都道府県労働局においては、上記の平成20年11月28日付け局長通達に加え、下記の取組を行うこととしたので、その実施に遺漏なきよう万全を期されたい。

このうち、特に興味深いのは、「住居喪失者への支援」です。

>ア 社員寮等入居者に対する配慮の要請
解雇等による離職に伴い、労働者が社員寮等からの退去を余儀なくされる事案を把握した場合には、生活の激変を緩和し求職活動への支障が生じないよう、当該事業主に対し、離職後も一定期間の入居について配慮を求めること。
イ 住居喪失者に対する就労支援
公共職業安定所は、労働市場のセーフティネットとしての機能を果たすため、法令に違反しない限りすべての求職の受理をする責務があるところであり、住居喪失者についても求職受理を拒むことのないよう留意すること。
また、住居喪失者の就労支援については、これまで、主に大都市部においてネットカフェ等に寝泊まりしながら不安定就労に従事する者を対策の対象として念頭におきながら、平成20年3月28日付け職発第0328005「ホームレス及び住居喪失不安定就労者の就業機会確保対策について」等に基づいて推進しているところであるが、大都市部以外において社員寮からの退去等によって住居喪失者となった者であっても、対応の考え方の基本は同じであり、当該通達に基づいて、住居を必要とする求職者に対しては、社員寮付きの求人や住み込み可能求人の情報提供、職業相談及び職業紹介を行うとともに、求職者のニーズに応じ、求人担当部門と連携の上、求人開拓に努める、受講可能な公共職業訓練について情報提供する等、的確に対応すること。
ウ 移転費、広域求職活動費の活用
離職により住所又は居所を喪失した若しくは喪失しそうな受給資格者について、住込みの求人又は住居手当付きの求人(以下「住込みの求人等」という。)に応募するため、広範囲の地域にわたる求職活動が必要であると認められる場合は、移転費や広域求職活動費について周知すること。
また、再就職援助計画及び大量雇用変動届等を含め、当該受給資格者に対し、住込みの求人等の紹介又は実見を指示した場合は、移転費や広域求職活動費の支給申請手続きが円滑に行われるよう、職業紹介部門と雇用保険給付部門が緊密に連携を図ること。
エ 雇用促進住宅への入居あっせん
雇用促進住宅については、社員寮等の退去を余儀なくされた住居喪失者その他の求職者であって、緊急避難的な入居を必要としている者に対して、入居あっせんを行うこととしているため、非正規労働者就労支援センター及び主要な公共職業安定所においては、当該求職者が住居に係る相談をしてきた場合は、廃止決定していない雇用促進住宅を紹介の上、速やかに入居あっせんを行うこと。
なお、詳細については、別途通知するものであること。

これも本ブログで何回か書いてきたことですが、戦後日本では、住宅政策が社会政策の柱の一つとしてきちんと位置づけられなかったことが、いろいろなところで矛盾を招いているように思います。戦前は、内務省社会局が社会政策の観点から住宅政策を所管していたのですが、戦後建設省が、そこに住む人という立場からの住宅政策ではなく、その建物を建てるという建設業界の立場からの住宅政策を所管するようになってしまったのですね。

ヨーロッパでは、社会政策といえばその大きな柱が住宅政策なのですから、この欠落は大きいものがあります。

もうひとつ、労働基準系列で、「経済情勢の悪化を踏まえた適切な行政運営について」(平成20年12月9日付け地発第1209001号・基発第1209001号)も発出されています。

http://www.mhlw.go.jp/houdou/2008/12/dl/h1209-1c.pdf

>経済情勢の悪化等の影響により、平成20 年10 月の有効求人倍率が0.80 倍(前月比0.04ポイント減)となるなど雇用情勢は下降局面にあり、派遣労働者や有期契約労働者等のいわゆる非正規労働者を中心に雇用調整の対象とされ解雇や雇止め等が行われている状況がみられるほか、労働基準監督署(以下「署」という。)に寄せられる申告・相談についても増加基調が続いており、労働者を取り巻く状況は今後一段と厳しさを増すことが予想される。いかなる経済情勢の下においても、労働基準法等で定める法定労働条件が確保されなければならないことは言うまでもないが、加えて、解雇や雇止め、労働条件の切下げ等は、労働者の生活に重大な影響を生じさせる問題であることから、労働基準法等に違反しない場合であっても、労働契約法や裁判例等を踏まえ適切に取り扱われることが重要である。
このため、特に下記の点に留意し、職業安定行政等の関係部署との連携を図りつつ、一層適切な行政運営に万全を期されたい。

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労働組合の賃金・発言効果と未組織労働者の組織化支持

内閣府から、「労働組合の賃金・発言効果と未組織労働者の組織化支持」というディスカッションペーパーが公表されています。著者は、都留 康、吉中 孝、榎 広之、徳田 秀信の4氏です。

http://www5.cao.go.jp/keizai3/discussion-paper/dp084.pdf

>第1に,労働組合の賃金効果は1992 年には観察されなかったのに対して,2007年には男性に関して賃金プレミアムがみられるようになった.ただし,女性に関しては観察されない.第2に,労働組合の発言効果に関しても,1992 年にはみられなかったものが,2007 年には男性の転職希望(および部分的に仕事不満足度)を引き下げるようになった.ただし,女性に関しては,そうした発言効果はみられない.第3に,男性の未組織労働者の間で組合の組織化支持が高まっている.ただし,女性の未組織労働者の組織化支持の上昇は男性に比べてわずかである.しかも,職場に発言型従業員組織が存在すると,女性の組合への支持はほぼ代替されてしまう.

男性組合員にとっては、1990年代から2000年代の不況期を経て、労働組合はあんまり役に立たない存在から役に立つ存在になったということでしょうか。その理由について、

>組合の発言が,雇用調整などの不況対策を容認する一方で,賃金などの既存労働者の労働条件を守る役割を果たしたためと考えられる

と解釈しています。これはなかなか評価の難しいところですね。

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OECDアクティベーション政策レビュー

本日、OECDのアクティベーション政策レビューのためのミッションの方々との意見交換を行いました。

来られたのは、OECD雇用労働社会問題局雇用分析・政策課の研究員の4人で、うちテルガイストさんとは、先月末のEU財団の労使関係ワークショップでお会いしておりました。

アクティベーションとは、厚労省は「就労化」と訳していますが、つまり働いていない人々をいかに働いてもらうようにもっていくか、という政策課題です。ヨーロッパでは、失業給付や福祉給付が寛大であるため、そこの安住してなかなか働こうとしない「失業の罠」「福祉の罠」が大きな問題となり、アクティベーション政策が必要になってきたわけですが、日本はそもそも失業給付の期間が短く、生活保護も事実上就労可能な男性は入れないという運用をしてきたわけで、欧州的なアクティベーション政策とは文脈がまったく異なります。

本日は、そういう文脈が日本と欧州でいかに異なるかという話から始めて、生活保護、シングルマザー、障害者、高齢者、若者、などなど、予定を大幅に超えて議論が弾みました。

これにより、日本の労働社会問題の理解が少しでも進めばうれしいことです。

(追記)

冒頭私からおおむね次のようなことをお話しし、質疑応答で様々なトピックについて議論がされました。

日本における具体的な「アクティベーション」政策について論ずる前に、欧州においてアクティベーションが提起されるに至った社会的文脈と日本の文脈は異なることを述べる必要がある。
 欧州におけるアクティベーションとは、失業給付や公的扶助が寛大でありすぎるため、就労可能な者が「失業の罠」や「福祉の罠」に陥ってしまい、結果的に非生産的な公的支出が増大することに対する対策である。すなわち、給付のような消極的労働市場措置よりも、職業訓練などの積極的労働市場措置に支出を振り向けることにより、これらの者が非就業から就業に復帰することを促進しようとするものである。アクティベーション政策により社会全体の就業率が向上すれば、税金や社会保険料の支払い等により積極的労働市場措置に要したコストも回収することができる。
 もちろん、欧州でも就業率の向上だけが追求されているわけではなく、「モア・アンド・ベター・ジョブ」という形で、仕事の質の向上も追求されているが、あくまでも主力は就業化にある。むしろ、就業化が進む中で、「低賃金の罠」にも関心が向けられるようになってきたといえる。
 これに対して、日本は従前から失業給付や公的扶助が制度的ないし運用上きわめて厳格であり、「失業の罠」や「福祉の罠」はきわめて限定的にしか存在してこなかった。雇用保険の失業給付は、制度設計上、そのカバレッジがきわめて限定的に設計されている(多くの非正規労働者が対象から除外されている)上、給付水準は中程度であるが、給付期間が(欧州諸国と比較すると)きわめて短期間である。若年者の場合3か月、中高年でも1年間に達しない。さらに、多くの欧州諸国に存在する無拠出制の失業手当制度がまったく存在しない。このため、短期間の失業給付の受給が終わると、労働行政機構からの給付は全くなく、職業紹介サービスを受けることができるだけである。
 一方、日本の公的扶助制度は、法律の規定上は無差別平等を唱い、就労可能な者も排除しないこととされているが、戦後長い期間にわたって、事実上就労可能な者(特に男性)は福祉事務所の窓口で受給を拒否されるという取扱いを受けてきた。そのため、ごく最近になるまで、日本における公的扶助の受給者の9割以上は、高齢者、障害者、傷病者、シングルマザーであり、そもそも「アクティベート」すべき人々とは見なされてこなかった。
 これらのため、日本においては、欧州におけると同じ意味において「アクティベート」されるべき人々はあまり存在してこなかったというべきであろう。もちろん、短い失業給付といえども、早期に就職できるにもかかわらず最後まで受給しようとする者は多いし、公的扶助の世界にも(時々マスコミで取り上げられるように)働けるのに福祉に依存する者がある程度存在するが、前者は早晩受給が終了すれば否応なく就職せざるを得ないのだし、後者は欧州と比較すればネグリジブルであろう。
 では、日本の労働者は既にアクティベートされているから問題がないかというと、まったく逆であり、「失業の罠」や「福祉の罠」に安住できないが故に否応なく就業せざるを得ない彼らの多くは、非正規労働者として就職せざるを得ず、「低賃金・低技能・不安定雇用の罠」に陥っている。つまり、適切にではなく、不適切にアクティベートされてしまっていることが、日本の労働市場の問題である。これに対して、ある種の人々はセーフティネットの拡充と称して、失業給付や公的扶助をより寛大にすることを主張しているが、厳格なアクティベーションを伴わなければ、それは欧州が脱出しようとしてきた旧来の姿に向かうことでしかなく、適切な政策とはいえない。
 したがって、日本における労働市場政策の主たる課題は、低賃金の非正規労働者として不適切にアクティベートされてしまっている人々を、そのアクティベートされている状態を維持しながら、税金や社会保険料を払うことのできる正規労働者として適切にアクティベートされた状態に持って行くことにある。

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ジュリスト特集 立法学の新展開

昨日予告した雑誌『ジュリスト』12月15日号が発行されました。

http://www.yuhikaku.co.jp/jurist

「立法学の新展開」という特集を組んでおりまして、私も「労働立法と三者構成原則」という論文を寄せております。

全体は次の通りです。

【特集】立法学の新展開

◇特集にあたって●井上達夫……8

Ⅰ 総論:立法学の課題と方法

◇「より良き立法」へのプロジェクト――ハート・サックス“THE LEGAL PROCESS”再読●高見勝利……11

◇立法をめぐる問題状況とその質・あり方に関する一考察――法と政治の相克と,その折合いのつけ方●川崎政司……23

◇憲法構造における立法の位置づけと立法学の役割●西原博史……32

◇議会における立法者,その人間学的基礎●谷口功一……39

◇科学技術の研究・開発に関する規範定立についての一考察――医療技術を例として●古川俊治……45

Ⅱ 各論:刑事立法と労働立法の諸問題

◇最近の刑事立法をめぐる方法論的諸問題●井田 良……54

◇刑事立法と刑法学●松原芳博……64

◇労働立法と三者構成原則●濱口桂一郎……73

◇最近の労働法における立法学的問題●奥田香子/中窪裕也……80

書店の店頭で手にとってごらんいただければ。

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日本版ステークホールダー円卓会議

こちらは読売の記事です。日本版ステークホールダー円卓会議ともいうべき構想が動いているようです。

http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20081210-OYT1T00478.htm

>政府は10日、政府や経済界、労働団体、民間活動団体(NGO)、消費者団体などの代表が参加する「円卓会議」を来年2月に発足させる方針を固めた。

ヨーロッパ流に言いますと、労使はソーシャル・パートナーといい、政府とあわせて三者構成でソーシャル・ダイアローグになりますが、さらにいろんなNGOや消費者団体などはシビル・パートナーといい、政府とあわせてシビル・ダイアローグとなります。

>景気悪化を受けた雇用問題など喫緊の課題や日本の将来像といった長期的テーマについて独立した立場で政府に提言するのが目的だ。政府は雇用対策など行政だけでは解決できない問題について、各界の意見を政策決定に生かしたい考えだ。

 円卓会議は、名称を「安全・安心で持続可能な未来に向けた社会的責任に関する円卓会議」とし、設立総会では麻生首相や御手洗冨士夫・日本経団連会長、高木剛・連合会長らが設立趣意書に署名する方向だ。

 運営は、政府から諮問を受ける既存の審議会などとは異なり、自主的にテーマを選定し、政府に提言することを基本方針とする。

 具体的には、〈1〉各分野から集めた30人程度の委員で構成する「総会」のもとに、必要に応じて特定のテーマを議論する「部会」を置く〈2〉総会の議決は多数決ではなく出席者全員の同意を得る――を原則とする。

 会議では、当面の課題として雇用危機への対応策などを議論する見通しだ。2010年を目標に日本の将来像に関する総論的な政策提言「安全・安心で持続可能な未来に向けた協働戦略」を取りまとめる案も浮上している。

 英、仏、独などでは、官民一体の円卓会議を活用し、国の将来像など長期的計画に民間の意見を取り入れる動きが広がっている。政府は、福田政権時代の07年秋から導入の検討に着手し、今年5月以降、各界の有識者でつくる準備委員会で制度設計を進めていた。

ここのところの政府の対策が、ほとんど連合の要求の丸呑みに近い状態であることに加え、こういう政策立案メカニズムにおいてもヨーロッパ型のステークホールダーモデルが導入されていくという現象は、ごく最近までそういうあり方を鼻の先でせせら笑い、市場原理主義を謳歌していた連中が横行していたことを考えると、世の移り変わりの早さを感じずにはいられません。

考えてみれば、内閣府の経済財政白書が、「日本人はもっとリスクをとれえ!」と叱咤していたのが、たった4ヶ月前なんですからね。

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求人取り消し、高卒悲鳴

麻生首相が国会で内定取り消しはあってはならないと言ったとかいう話ですが、法制上雇用契約の解除になる内定取り消しのように目立たないけれども、実はもっと影響の大きいのが求人の取り消し。毎日のクローズアップ2008が伝えています。

http://mainichi.jp/select/opinion/closeup/news/20081210ddm003020104000c.html

>景気悪化の影響は、派遣労働者だけでなく、高校生にも広がっている。企業の採用意欲の低下で学校に求人が来ず、就職できない卒業生が大量に生まれつつある。新卒大学生の採用数も幅広い業種で減少していくとの調査結果も出た。労働弱者から始まる雇用環境の悪化が日本全体に広がる恐れがある。

 「8月末から10月に求人を取りやめた企業が10社前後あった。業種はさまざまで、いつもはこんなことはない」(大阪府教委)「求人取り消しがあったという情報が70件も各高校から寄せられた」(神奈川県教委)

就職氷河期再び?

>夏までは求人を出していながら、雇用調整をする企業が急増している。高校生の就職活動は、学校ごとに応募者を選考して1人の生徒が一つの企業を目指すことが多いため、求人の取り消しは生徒の進路を断つ結果となるケースが多い。

 長野県教委は「生徒は考えて進路を決めているので、突然の取り消しは驚いたはず」と話す。

生徒にとっては、事実上内定取り消しに近い効果であるのに、法的には単に申し込みの誘引の撤回にすぎないわけです。

>佐古田博・同組合副委員長は「求人減でこのまま就職先が見つからない生徒も出てくるだろう。かつて求人取り消しは、会社の信用低下にもつながり『あってはならないこと』だった。内定取り消しと同様にひどい対応で、増えている状況に慄然(りつぜん)としたものを感じる」と話している。

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ソシウヨの極北?

本日の産経新聞の正論欄は、何ともはやすさまじい「正論」であります。時々載るソシウヨ系といへばさうなんでせうが、西部邁、佐伯啓思といつたアカデミズムの香り漂ふ方々とはひと味ふた味、いや何味も違う味はひがございますよ。

http://sankei.jp.msn.com/economy/business/081210/biz0812100224002-n1.htm

>≪蔓延る賤民資本主義≫

 強欲資本主義が世界を横行してゐる。悪(あく)の野蠻國(やばんこく)が三つある。

 米國、ロシヤ、シナ。

 三者に共通する野蠻は、他者を際限なく貪(むさぼ)る者を野放しにしてゐる點(てん)にある。これでは、世界は修羅(しゅら)の巷(ちまた)になるほかない。

 「金儲(もう)けは悪いことですか?」と問ふた人が居た。

 悪事に決つてゐるではないか。

 それが目的なら。それがけじめを辨(わきま)へぬなら。

この辺は、表現に違和感を感じつつも「さうだ、さうだ」と思はれる方々も多からうと思ひますが、

>日本は天皇家を宗家とする家中心の安定した社會構造を持つてゐた。それを、占領軍が民法を長子相續(そうぞく)から均分相續に變(か)へた。

 それ以來、家も近隣社會も國民共同體もばらばらに分解した。そこへ慾惚(よくぼ)けと邪魔臭がりに基くやらずぶつたくりの利己主義が蔓延して、今や野蠻國に退化しつつある。

>曾(かつ)て素晴しい共存共榮(きょうえい)の社會を築いた大和民族がかうまで墮落(だらく)した姿を見るにつけ、私は「死んでも死に切れぬ」思ひを禁じ得ない。

 美と崇高への獻身(けんしん)、謙虚で強くて慈愛に満ちてゐたあの立派な日本と日本國民は何處(どこ)へ行つた?

 みそぎによる浄化が必要だと思ふ。臥薪嘗胆(がしんしょうたん)による國民精神の再生が不可欠だと思へてならない。それが日本だけでなく、世界をも救ふ筈である。

と、かう来ますと、をいをい、といふ感じになるのではないでせうか。

で、最後が、

>日本は、慾惚けと邪魔臭がりと引籠りから脱却し、生きる歡びに目覺めるべき秋である。物的欲望は最小限に抑へ、仲間との絆(きずな)に基く聯帯(れんたい)と心の豐かさを求めるべき秋である。

と、「連帯」と「心の豊かさ」の清貧主義といふオチでありますか。ロハスの香りもそこはかとなく漂ふ感じであります。ソシウヨの極北は、リベサヨの極北と見事に一致するやうでありますな。

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労働者派遣法の経緯と動向について

昨日、労委協会主催の労使関係研究会というところで、標記のお話をしてきました。

講演録は同協会発行の『中央労働時報』の来年1月号に掲載予定です。

どんな内容か、レジュメだけ以下に掲げておきます。

1 労働者派遣法の経緯

(1) 労務供給事業の規制
明治期の工場労働の実態
親方請負制の排除と労務供給請負業者への転換
1938年職業紹介法改正
戦前の労務供給事業の法的位置づけ

(2) 職業安定法の制定-労働者供給事業の全面禁止
1947年職業安定法
1948年職業安定法施行規則改正
コレット旋風

(3) 請負4要件の緩和と有料職業紹介事業の対象職種の段階的拡大
請負4要件の緩和
有料職業紹介事業の対象職種の拡大

(4) 業務処理請負業の登場と労働者派遣事業制度の構想
業務処理請負業
1978年行政管理庁勧告
1980年「今後の労働力需給システムのあり方についての提言」-常用限定論
1984年労働者派遣事業問題調査会報告-ポジティブリスト方式
中央職業安定審議会報告

(5) 労働者派遣法の成立
ポジティブリスト方式に最大の特徴
日本の雇用慣行との調和論
派遣元と派遣先の使用者責任の分配

(6) 1999年の派遣法改正
ネガティブリスト方式への転換
ILO第181号条約
規制緩和推進政策
ポジティブリスト方式と並列したネガティブリスト方式
派遣期間制限
派遣労働者自身の直接雇用促進

(7) 2003年の派遣法改正
総合規制改革会議の規制緩和要求
経済財政諮問会議の「構造改革」
派遣期間の3年延長
雇用申し込み義務
物の製造の業務の解禁
紹介予定派遣

2 労働者派遣法をめぐる近年の動向

(1) 労働者派遣法の再見直し始動
規制改革・民間開放推進会議の規制緩和要求
労政審における審議開始
経済財政諮問会議における「労働ビッグバン」

(2) 規制緩和から規制強化へ
格差問題の浮上と規制強化論の拮抗
2007年12月中間報告
日雇い派遣などに関する省令・指針

(3) 労働者派遣事業をめぐる政治的な動き
2008年2月今後の労働者派遣制度のあり方に関する研究会設置
与党新雇用対策に関するプロジェクトチーム提言

(4) 今後の労働者派遣制度のあり方に関する研究会報告
2008年7月報告書
(ア) 雇用形態別のあり方
日雇い派遣、登録型派遣、常用型派遣という雇用形態別に見た派遣事業のあり方
(イ) 待遇確保
均等・均衡処遇
いわゆる「マージン」規制
(ウ) 派遣元・派遣先の責任分担
労災補償責任
(エ) 期間制限等
(オ) 需給調整機能の強化
特定を目的とする行為(事前面接)
紹介予定派遣
グループ企業派遣
(カ) 違法派遣への措置

(5) 労働政策審議会建議
9月末建議
(ア) 日雇派遣
(イ) 登録型派遣の常用化
(ウ) 派遣労働者の待遇の確保
(エ) 雇用契約申込義務
(オ) 労働力需給調整機能の強化
(カ) 法令違反等への対処

(6) 2008年改正案

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新たな雇用対策

本日公表された「新たな雇用対策」が、官邸HPに掲載されています。

http://www.kantei.go.jp/jp/kakugikettei/2008/1209koyou.pdf

>世界金融危機は実体経済にも深刻な影響を及ぼしてきており、倒産件数が10月に5年5か月ぶりの水準を記録する中で有効求人倍率は9か月連続して低下し、雇用状況は悪化しつつある。
このような状況の中で、昨今、派遣労働者等の雇い止め・解雇、新卒者の内定取消など、さらに深刻な問題が生じており、今後、一層の雇用の悪化が懸念される。
このような雇用情勢に対応するため、麻生総理大臣の指示の下、与党において「新たな雇用対策に関する提言」(平成20年12月5日、与党新雇用対策に関するプロジェクトチーム)がとりまとめられた。
政府としても、同提言を踏まえつつ、離職者の住宅の確保も含め、年内に実施できる施策を早急に実施するとともに、今後の2次補正予算及び平成21年度予算の編成等に取り組み、政府が一体となって必要な施策を実施するものとする。
なお、今後3年間実施していく事業については、雇用状況等を踏まえつつ、各年度の予算編成過程において適切に対処するとともに、雇用保険の国庫負担の在り方については、今後、平成21年度予算編成過程において検討する

で、その与党のプロジェクトチームの提言がそのまま載せられています。

>我々は、このような危機意識を持った上で、雇用創出のための産業政策、公共投資をはじめ国の各般の施策を総動員しなければならない。まず、財政出動、政策減税による需要喚起を行い雇用を創出することが求められている。また、新たな成長への道を切り拓いていくという国家的なビジョンに立ち、新たな産業分野の開拓が必要である。さらに、離職を余儀なくされる労働者を、今後労働需要が見込まれるが人手不足状態にある医療・福祉分野に吸収することなどでミスマッチを解消していくこととする。
このような需要喚起等による雇用創出を行った上で、雇用のセーフティネットの万全を期すため、非正規労働者をはじめとした社会的弱者の雇用の下支えを行いつつ、雇用保険制度についても適用拡大や給付改善等の機能の大幅な強化を行っていく必要がある。

きわめてまっとうな現状認識であり、的確な処方箋であるというべきでしょう。最近、すべてが政局みたいな雰囲気が瀰漫していて、こういう政策文書をきちんと読んで、立派なことをいってるじゃないかと評価しようという雰囲気が薄れているような感じですが、どういう政権の状態であろうがなかろうが、的確な政策は的確だと評価する精神は必要でしょう。

>今般、麻生総理より、
①非正規労働者をはじめとする労働者の雇用の維持
②雇用を失った労働者に対する再就職支援
③新卒者への内定取消問題への対応
を中心に雇用の安定に向けた更なる対策について報告するよう指示を受けたところであり、我々は、100 万人を超える雇用の下支えを実施すべく、別添のとおり、対策を取りまとめた。政府においては、予算措置や次期通常国会への改正法案の提出を含め、すみやかな政策実現を求めるものである。

というわけで、その具体的内容は:

現下の厳しい経済状況や雇用失業情勢を踏まえると、雇用の安定に向けた対策を今後3年間実施していくため、雇用保険2事業で1兆円規模、一般財源で1兆円規模、総計2兆円規模の予算を確保するものとする。当面、二次補正及び来年度予算での対応として、以下の対策(雇用保険2事業では3年間で総額1兆円規模、一般財源は二次補正で1500億円)を講じ、雇用創出のための基金額としては過去最大の4000億円を措置すること等により、生活対策による60万人に加え、80万人分の雇用下支え強化を行い、『140万人の雇用下支え』を図ることとし、一般財源の残り8500億円は、雇用失業情勢等を踏まえ適時適切に支出を行うこととする。

1.雇用維持対策(雇止め対策を含む)
派遣労働者等の雇止め・解雇や新規学卒者の採用内定取消しの問題を踏まえ、非正規労働者の雇用維持、派遣労働者の直接雇用の促進、中途解約の防止や再就職についての指導、相談等の対策を抜本的に強化し、企業の雇用維持支援に万全を期す。

2.再就職支援対策(雇止めに係る者の対策を含む)
雇用保険のセーフティネット機能の強化、地域の実情に応じた雇用機会の開発、派遣労働者等へのワンストップによるきめ細かな相談・援助、住宅の確保、職業訓練の拡充等の対策を強化し、円滑な再就職を促進する。

3.内定取消し対策
採用内定取消しは、本人に大きな打撃と失望を与え、社会全体にも大きな不安を与えるものであり、企業指導の強化、悪質企業名の公表、内定を取り消された者への支援、22年3月卒業予定者に対する就職支援対策の強化を迅速に実施し、新規学卒者の雇用の安定を図る。

このうち、雇用保険の改正は、

① 雇用保険制度の機能強化
非正規労働者のセーフティネット機能・再就職支援機能の強化を重点に、以下のような雇用保険制度の見直しを行う。雇用保険の国庫負担については、雇用対策に政府が責任を担うべきであることから、その廃止・削減を行うべきでない。
1) 非正規労働者に関する適用基準である「1年以上の雇用見込み」を「6か月以上」に緩和し、適用範囲を拡大する。
2) 契約更新がされなかった有期契約労働者の受給資格要件(現行1年)を6か月に緩和し、6か月以上1年未満で雇い止めされた労働者も給付の対象とするとともに、特例的に給付日数を解雇等の離職者並みに充実する。
3) 年齢、地域を踏まえ、特に再就職が困難な場合についての給付日数を特例的に60日分延長する。
4) 安定した再就職へのインセンティブ強化のため、早期に再就職した場合に支給される再就職手当等について特例的に給付率を引き上げるとともに、一部受給要件を撤廃する。
5) 育児休業給付の暫定措置(給付率50%と10%引き上げ)を継続するとともに、全額を休業期間中に支給する。
6) 失業給付受給中に職業訓練を受講する者に対する手当を引上げる。

というものですが、はっきりと「国庫負担については、雇用対策に政府が責任を担うべきであることから、その廃止・削減を行うべきでない」と言い切っています。

労働政策に対する見当はずれの攻撃から始まった雇用保険法改正の議論が、雇用情勢の急転で、見事に逆転したようです。

⑦ 住宅・生活支援対策の全国実施
社員寮の退去を余儀なくされた離職者等について、住宅入居初期費用等の貸与を全国で行うほか、廃止決定していない雇用促進住宅を最大限活用する。

昨日も書きましたが、ここ数年来、労働政策に対する憎悪感をたぎらせて雇用・能力開発機構を攻撃しまくってきた方々からすると、ここにきて「雇用促進住宅を最大限活用」というようなまっとうな政策が打ち出されてきたことは切歯扼腕でありましょうな。

⑧ 離職者訓練の実施規模の拡充等
失業者の増大に備え、離職者訓練の訓練定員を大幅に増加する。また、若者が基礎的能力を習得するための訓練等若年者の訓練期間中の生活保障給付を拡充する。

ごく最近まで、同機構の職業訓練機能すら潰せ潰せという声が囂しかったことを考えれば、こういうまともな政策がきちんと政府与党の中枢で明記されたことは、やはり不況は人間を冷静にするということなんでしょうね。

参考までに、「公共職業訓練を守る会」というのがあって、共同アピールというのを出していますので、紹介しておきます。

http://minoaki2001.web.officelive.com/default.aspx

http://minoaki2001.web.officelive.com/chishikijin.aspx

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組合弱体化の原因としての人権的把握

近く発売される『ジュリスト』12月15日号が「立法学の新展開」という特集をしていまして、

http://www.yuhikaku.co.jp/jurist/

そこに、わたしも「労働立法と三者構成原則」という論文を寄せております。発売されたら書店の店頭などで眺めていただければと思いますが、その最後のところで、「人権保障という観点のみで集団的労使関係法制が運営された結果、それが本来めざすべき産業民主制の精神とは次第にかけ離れたものになっていったように思われる」と、いささか刺激的なことを云うております。

人権がけしからんとは何事じゃ!と叱られる前に、虎の威を借りようというのが本エントリーでありまして・・・。

『月刊労委労協』という労働委員会の労働者側委員の人たちの雑誌がありまして、その10月号に、北大の道幸先生が「労働委員会制度を考える~解体か、見直しか~労働委員会制度の行方」という講演を寄せておられます。はじめのマクラは例によって労働教育の話ですが、本題に入ってすぐに、

>組合がなぜ弱体化したかはずいぶん研究されてますから、ここではあまり説明することはないです。ただ、あまり議論されてないけど重要な点は何か。法律システム自体で、日本の憲法とか労組法ゆえに組合を弱体化したという側面がある。

>具体的にはどういうことかというと、団結権の人権的把握方法です。人権だからいいんじゃないかと思いがちなんですけど、実は団結権をどうとらえるかという議論は、憲法ができたときも、組合法ができたときも、本格的な議論はほとんどされていない。・・・

>では、団結権の人権的把握はどこが問題だったかというと、団結とか労働委員会の在り方を議論する場合に、権利である、人権であるということで、政策的な議論は本格的にはなされなかった。その最たるものはいわゆる併存組合問題です。・・・

>労働者間で対立がある場合は、組合員相互間で利害を調整するよりも分裂しがちでした。組合である限り平等な団交権があるということで、利害対立を調整する文化というのは出てこないわけです。

>つまり、嫌な人とは一緒にやらないという文化が出てきました。政治結社的な発想と労働組合運動というのは違ったものです。政治結社というのは、イデオロギーとか意見の一致で結集するものですけれども、組合というのは、意見の一致よりも利害の一致によります。つまり、本来共通の使用者の下で共通の利害があるということで、見解の対立をどううまく調整するかという理念とかテクニックというのはうまく形成・機能していなかったのです。それには、人権的な把握がいろんな形で影響を及ぼしています。人権ととらえたことの大きなメリットもありますけれども、デメリットもあるのではないか。特に、人権としての団交権が組合分裂を助長した点は否定できないと思います。

現代日本で集団的労使関係法の第一人者である道幸先生の言葉は重いと思いますよ。

このあといろんなトピックについて語っておられますが、最後のところ「抜本的な見直し」で云われていることが、実に重要です。こういう問題意識を持っている関係者がほとんどいないと云うことが実は最大の問題なんですが・・・。

>従業員代表制がこれから問題になると思いますけど、それに関連して労働組合が職場代表機能をどのように果たすかが重要です。非組合員も含んだ代表制をどう考えるか、非組合も含んだ組合民主主義という視点です。

>それからもう一つ重要なのは、組合以外の個人の集団志向的な行為も不当労働行為の保護対象にするか。これはアメリカ法で今大きな問題になっています。例えば苦情処理です。個人の苦情でも背景に集団的な意味がある場合が多いですから、その苦情を理由に解雇しますと、集団的行為を理由とする解雇と見なされる。組合ではありませんけど、何らかの形で保護する発想も必要になる。

60年間変わっていない法律にしがみついていればいいという時代では疾うになくなっているのです。

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神奈川県立田奈高校の労働教育

去る12月1日に行われた「今後の労働関係法制度をめぐる教育の在り方に関する研究会」第4回の資料が公開されています。

http://www.mhlw.go.jp/shingi/2008/12/s1201-8.html

中でも興味深いのは、神奈川県立田奈高校の吉田美穂先生のお話でした。この高校、進学、就職、「その他」(=フリーター等)がほぼ3分の一ずつという普通高校ですが、先生方が熱心に進路研究に取り組んでいます。その資料が

http://www.mhlw.go.jp/shingi/2008/12/dl/s1201-8d.pdf

大部ですが、見ていくととてもよく考えられていることがわかります。

(PDFの)27ページからの「フリーターって不利ーたー???」というあたりは、近頃よく見受けるものですが、そのあと30ページから「アルバイター、フリーターの権利を考えよう!」というのがあって、

>1 フリーターは、憲法27条・28条に規定される労働者ではない。

>2 フリーターには、労働基準法は適用されない

なあんてな、ひょっとしたらそこらのおじさんも○を付けかねないような質問項目が並んでいます。

実は、田奈高校、経済的事情から中退する生徒も多く、多くの生徒が経済的理由からアルバイトをしています。アルバイト禁止などと云って済ませているわけには行かない事情があるんですね。高校卒業後の話と云うだけではなく、現に高校生でありつつ労働者でもある彼らの権利を守るには・・・という問題意識を持たざるを得ないということなのでしょう。

そのうち公開される議事録に載るかどうかわかりませんが、同じ神奈川県立高校の教師でも、ほっといても生徒が勝手に勉強してくれて勝手にいい大学に進学してくれるような楽な高校に勤務しても、休日もなく必死に生徒のために奔走しても成果が出ていないとか云われてしまう高校に勤務しても給与が同じというのは・・・・というような話もあったような。

でも、ここ十年来流行しているような、軽薄な成果主義を安直に導入したりすると、レベルの高い生徒の集まる高校の先生方が成果を上げたと評価されて、結局田奈高校の先生方がますます割を食うんでしょうな。

(追記)

これも議事録に載るかどうかわかりませんが、傍聴していて記憶に残ったことですが(あんまり労働教育と関係ないことばかり記憶に残ってるのもなんだかなんですが)、田奈高校みたいな教師の負担の大きい下位校では、みんな(もっと楽な高校に)転出を希望するので、平均3年くらいで教師が入れ替わってしまい、ノウハウが蓄積していかない。また、卒業した生徒が「せんせーい、こんなことがあったんだよお」と学校に駆け込んでこようと思っても、懐かしい先生方はいなくなっている・・・という状態のようです。

こういう実態を見ると、ある種の人々からはけしからんものの代表選手みたいに云われていますが、こういうしんどい仕事への手当ってものには合理性があるんじゃないかという気がしてきます。

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クリームスキマーたちの「実績」

さて、ほとんどの読者の皆さんは疾うにお忘れかもしれませんが、数年前から市場化テストの一環として公共職業紹介事業の民間開放なる話があり、求人開拓事業を公共と民間企業のどっちがうまくやれるか競争してみよう、という事業が行われていたんですね。昨年度の実績が出たようです。

http://www.mhlw.go.jp/bunya/koyou/other27/index.html

http://www.mhlw.go.jp/bunya/koyou/other27/dl/02.pdf

民間企業がやったのが2地域、残りの3地域は手を挙げる会社がなくって職安が自分でやりました。

>2 民間競争入札対象地域
○ 青森東青地域:㈱東海道シグマ(静岡市)
○ 福岡筑豊地域:㈱アソウ・ヒューマニーセンター(福岡市)
○ 北海道旭川、高知中央、長崎県北の3地域:入札不調(*1)

その結果、

3 民間実施地域の実績
(1)開拓求人件数、開拓求人数、充足数
○ 受託事業者が自ら設定した目標、実施要項上の目標に達せず。
○ 比較対象地域(*2)を大きく下回った。
○ 入札不調地域(国が事業実施)は、実施要項上の目標を上回った。

ということになったようです。しかも、

(2)事業に要した経費
○ 事業実施経費(*3)は、比較対象地域を上回り、特に開拓求人数及び開拓求人充足数の1人当たりでは大きく上回った

余計にコストがかかったようです。

まとめると、

○ 民間実施地域と国実施地域の実績に大きな差。
○ 民間実施地域では、事業開始当初からの機動性・即効性が十分でなかったこと。
受託事業者は、事業所の直接訪問を重視し、徐々に事業主からの信頼感を醸成。
○ 入札事業者数が少なく、入札不調地域では事業に空白期間。
○ 国実施地域でもサービスの質の向上、事業の効率化が進展

で、「求人開拓事業を取り巻く状況」にかんがみると、

○ 雇用失業情勢が厳しい地域で行う本事業は、現下の雇用失業情勢の悪化に伴い、雇用対策としての機動的かつ効果的な実施の重要性が一層高まりつつあること。

から、今後の対応としては、

当面の措置として、平成21年度、国が引き続き積極的に民間の人材を登用しつつ求人開拓事業を直接実施することが適当。
その際、より良質かつ低廉な公共サービスの提供に最大限の努力が求められること。
○ 平成22年度以降のあり方は、現在実施している平成20年度の市場化テストの実施結果、これについての民間と国の実績の差異の原因分析等を踏まえて検討する必要。

という結論になっています。

本件については、以前から本ブログでも何回か取り上げてきておりますが、大山鳴動ネズミ一匹、といいますか、まあ当然の結果が出てきたと云うことなんですが、これから雇用失業情勢が風雲急を告げていく中で、何をどう検討していくんだろうか、と・・・。

(参考)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/12/ilo_04e3.html(ハローワークとILO条約)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/12/post_dc26.html(パソナさんはクリームだけ舐めたいようで・・・)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/03/post_dec2.html(クリームじゃなきゃ舐めたくないよ!)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/04/post_e43f.html(ハローワーク市場化テスト)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/04/post_300c.html(日経病)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/04/post_463a.html(日経病の病原体?)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/06/post_6614.html(市場化テストモデル事業の実績評価)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/07/post_fcf0.html(我々としては、得意分野でやらせていただきたい)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/07/post_dee7.html(笛吹けど踊らぬ鳴り物入り民間開放)

とくに赤太字のエントリーが、民間活力な皆様のクリーム好きがよく顕れていて、大変興味深いところです。

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反貧困ネットワークの賄い方

といっても、もちろんEUの方の話です。欧州反貧困ネットワークという貧困問題のアドボカシー団体の費用がどのように賄われているか、同団体のHPにこう明記されています。

http://www.eapn.eu/content/view/18/23/lang,en/

>The way we are funded

我々の賄われ方

Primarily EAPN is funded by a grant from the European Commission to support our running costs.

欧州反貧困ネットワークは、第一に欧州委員会からの運営費補助金で賄われています。

Our funding comes from the Progress Programme which exists “to support the implementation of the objectives of the European Union in the employment and social affairs area” and has as one of its objectives, “to boost the capacity of key EU networks to promote, support and further develop EU policies and objectives”.

その金は、「EUの雇用社会問題分野における目的の実施を支援するために存在する「プログレス」プログラムから来ています。 

This grant from the Commission covers approximately 87% of the core running costs for EAPN (Europe), the additional 13% coming from other sources, such as membership contributions and the co financing of EAPN (Europe) events, etc.  EAPN National Networks raise their own funds, independently of the funds available through the PROGRESS programme.

この欧州委員会からの補助金が欧州反貧困ネットワークの運営費のおよそ87%をカバーしており、残りの13%は会員の拠出やイベント等他の財源から来ています。EAPNの各国のネットワークもプログレスプログラムを通じて入手可能な財源からそれぞれ独立に財源を得ています。

反国家主義、反官僚主義、反パターナリズムの日本的リベサヨ感覚からすると、こういうのは補助金にくっついたタックスイーターの集団で、真っ先に「ぶっ壊す」べき存在ということになりそうですね。

この辺の感覚の違いは、日本の社会問題に関するアドボカシー集団が妙に反政府的な姿勢をとりたがることなど様々な問題につながっていますが、まあ、とりあえず欧州の常識は日本のそれとはかなり違っていそうだということを頭の片隅にでも留めておいていただければ・・・。

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円高は日本経済の実力の反映@社会新報

松尾匡さんのページから、

http://matsuo-tadasu.ptu.jp/essay_81206.html

社会民主党の機関誌「社会新報」にこういう記事が載っていたそうです。

>円高は日本経済の実力の反映であって、悪いことばかりではない。

>円高は原油だけでなく、輸入価格の全面的な値下がり要因だ。海外の輸入消費財も値下げが予想され、輸入食料品にも波及してくる。もちろん、それで国産企業は競争にさらされるだろうが、消費者にとってはプラスである。

>麻生首相は住宅減税に力を入れているが、それは米国のサブプライムローンに傾斜したブッシュ大統領の姿勢に類似している。もっと生活苦に直面している庶民感覚の景気対策が必要だ。景気対策も節度と公正、公平さが何より重要で、与党の選挙目当てのバラマキを許してはならない。厳しい国会審議が望まれる。

松尾センセ、呆れて一言、

>ここは『諸君』か!!

>今とうとう円高の影響は雇用に及び、日経新聞の調査では、製造業主要35社で、派遣・期間社員合計2万1000人が削減された。今年に入ってから12月1日までに正社員の早期・希望退職を実施した製造業の上場企業は20社、応募者は2841人、年末までにさらに増えて07年の3685人を超える可能性が高いと言われる(日経08年12月5日1面)。
 大学の業界人として困るのは、内定取り消しがあちこちで発生していることだ。自分のゼミ生にそんなことが起こるのではないかと気が気でない。それより何より、今の三年生の就職のことを考えると暗澹としてくる。かつて卒業生の半数近くが就職できず、その後の人生をフリーターとして歳を重ねていった暗い思い出が頭をよぎる。
 言うまでもなく、労働者階級にとって雇用の問題は命にかかわる最大の重大事である。「円高は日本経済の実力の反映であって、悪いことばかりではない」などという牧歌的なセリフは、断じて労働者側の者の言うべき言葉ではない。

まあ、社民党の中の方は、「市民」(=消費者)の側であって、労働者の側とはあまり思っていなかったりして。

>さらに、住宅減税政策に対して「サブプライムローンに傾斜したブッシュ大統領の姿勢に類似している」と批判している。しかしそもそも貧しい人がまともな家に住めるようにしようということ自体が間違っているのか。住宅投資は、庶民の生活を直接豊かにし、しかも景気拡大効果が大きい。企業ばかりがもうかる設備投資や輸出に依存した景気回復でない、もっと庶民生活に直結した景気回復のためには、最も効果が期待されるものである。
 もともと日本には住宅金融公庫制度があって、住宅投資を刺激する景気拡大策をとってもアメリカのようにはならなかったはずなのである。それがいつの間にか昔の住宅金融公庫はなくなってしまっていて、アメリカと同じような仕組みに変わっていた。
 社民党はむしろ、多くの貧しい人々にも住宅が行き渡ることを目指し、住宅投資刺激策の必要を訴えることを通じて、住宅金融公庫をなくした小泉改革を批判するべきなのである。「宇野雄」氏はここでも社民党にとっての本当の敵を見逃し、庶民を突き放す立場に立ってしまっている。

住宅問題といえば、ここ何年にもわたって、諸悪の根源とされてきた雇用・能力開発機構の、そのまたもっとも悪行の象徴のごとく叩かれ続けてきた雇用促進住宅が、失業とともに住宅を失う非正規労働者のためのセーフティネットとして、急遽脚光を浴びだしたのも、皮肉といえば皮肉な話ではあります。

その問題、以前にもちょっと言及したことがあるんですが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/04/post_97bd.html(雇用促進住宅の社会経済的文脈)

住宅政策を社会政策として位置づけられなかった戦後日本の問題もありますが。

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国民の豊かさの国際比較 2008年版

例年通り、社会経済生産性本部が「国民の豊かさの国際比較 2008年版」を公表しています。

http://activity.jpc-sed.or.jp/detail/01.data/activity000890.html

http://activity.jpc-sed.or.jp/detail/01.data/activity000890/attached.pdf

>日本の豊かさは第7位(OECD30カ国)、主要先進国の中ではトップ

○日本の豊かさは経済協力開発機構(OECD)30カ国中第7位で、前年と同順位であった。
○1位はルクセンブルグ、2位ノルウェー、3位スウェーデン、4位スイス、5位フィンランドで、ヨーロッパの国々が上位を独占している。
○日本は主要先進国の中ではトップ。米国は12位、英国16位、フランス18位、ドイツ19位。

日本の強みは環境指標(4位)、健康指標(5位)、弱みはマクロ経済指標(23位)

○日本は環境指標の4位が最高で、健康指標5位、労働経済指標9位、文明指標10位であった。
○教育指標は前年の13位から11位と順位を上げたが、マクロ経済指標は前年の22位から23位へ一つランクを下げた。マクロ経済指標が低迷している要因は「1996~2006年の平均経済成長率」の低さ、「国民一人当たり政府累積債務」の多さにある(いずれも最下位(30位))。

個別指標では人口当たりの「医師数」(27位)や「国際観光収入」(最下位)などが下位

○個別指標のうち、日本の「人口1,000人当たり医師数」は27位、「国民一人当たり国際観光収入(受け入れ国際観光客による支出)」は最下位(30位)、と下位に甘んじており、昨今の医師不足や訪日外国人観光客の少なさなど政策課題が浮き彫りになっている。

詳しくは、リンク先をどうぞ。

さて、昨年も同じく紹介した際に、違和感を表明した点ですが、今年版でも変わらずそのままになっています。

>労働経済指標の中で日本が上位になっているのは、「単位労働コスト(低下率)」(1位)、「技術者・研究者数」(6位)、「失業率」(9位)であり、見劣りがするのは、「社会福祉支出」(21位)「労働生産性」(20位)である。

昨年同様、社会経済生産性本部の見解では、単位労働コストは低くなればなるほど「国民の豊かさ」が高まるようです。日本はそれが世界一である。世界一労働者の値打ちが下落している。まことにめでたい限りである、と。

昨年、本ブログで書いたコメントをそのまま引用しておきます。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/12/post_cf6d.html

>働く人の仕事の値打ちが下がることが「国民の豊かさ」なんですか、その「国民」って誰のこと?と、一言いいたくなりますね。

もしかしたら、生産性の向上率といいたいのかも知れませんが、いやだから例えば生産物1単位生産するのに要する労働時間数だとか資本費用だとかでそれを算定するというのであれば判らないではないのですが、生産物当たりの賃金が下がらないと「国民」様は豊かにならないのですかねえ。生産性向上の成果配分は労働者にもきちんと配分すべしというのが生産性三原則であったような気がしないでもないのですが。

も一ついうと、「生産物1単位」というのがいかにも製造業的であって、サービス業についてはどう考えて居るんだろうか、という疑問も湧いてくるわけですが、たとえば、介護サービス1単位当たりの生産性向上ってどうやって測るんだろうか、というようなことを考えると、ますます謎が深まってくるわけでありますね

一方で、医師数や、「初等教育における生徒・教師比率」は、医療サービスや教育サービスの消費者数に対する労働投入量が大きい方が「国民の豊かさ」だということになっているようで、ますます謎は深まる一方であります。

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欧州労連の欧州回復計画決議

昨日、欧州労連は「欧州回復計画決議-不況とデフレから仕事を守り、賃金と団体交渉と年金を守る」を公表しています。

ETUC resolution on a European Recovery Programme

Saving jobs from depression and deflation, defending wages, collective bargaining and pensions

http://www.etuc.org/IMG/pdf_ETUC-resolution-EU-Recovery-Plan-Final-EN.pdf

It is now crystal clear that markets do not solve everything and that, especially in present circumstances, we need a visible public hand to steer the economy and organise solidarity in our society, including strong public services.

今や、市場がすべてを解決するわけではなく、とりわけ現在の情況では、経済を運営し社会の連帯を組織するために、我々は見える公の手が必要だということは水晶のように明らかだ。

以下、たくさんの項目が並びますが、ここでは原文で太字で書かれたところだけを引用します。それぞれ詳しくは原文を参照のこと。

ちなみに、こうやって欧州労連の行動をいちいち紹介しているのは、もちろん日本の労組関係者の皆さんに読んでほしいからですからね。

The economy is going into a downwards tailspin.

経済はきりもみ状態で降下しつつある。

Interest rate cuts and automatic stabilisers are not enough.

金利引き下げと自動安定化装置では十分じゃない。

To avoid negative expectations from becoming entrenched, urgent discretionary fiscal policy action is necessary.

負の期待が確立するのを防ぐために、緊急の裁量的な財政政策が必要だ。

Europe needs to mobilise the power of acting together.

欧州はともに行動する力を動員する必要がある。

A stimulus plan of 2% of GDP to invest in people, innovation and sustainable development.

GDPの2%を人々と技術革新と持続可能な発展に投資する景気刺激計画を。

Preventing the domino of deflationary wages from falling.

デフレ的な賃金下落のドミノ倒しを防ごう。

Distributive justice, tax policy and sustainable public finances.

再分配的な正義、租税政策と持続可能な財政を。

Coherent industrial policy and sustainable development is needed as well.

筋の通った産業政策と持続可能な発展も必要だ。

The re-regulation of financial markets must be accelerated and ensure that the crisis never happens again.

金融市場の再規制を加速し、危機が二度と起きないようにしないといけない。

Ensure workers get a fair deal and upgrading workers rights.

労働者が公平に扱われるようにし、労働者の権利を高めよう。

計11項目です。

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アメリカ思想における「リベサヨ」

本ブログで何回も取り上げてきた「リベサヨ」問題ですが、私はもっぱら日本の文脈でのみ考えてきたので、日本のサヨクな人々の特殊性みたいに考えてきたのですが、わりと普遍的な現象でもあるようです。

たまたまあるブログを見ていたら、仲正昌樹さんの「集中講義アメリカ現代思想-リベラリズムの冒険」が紹介されていて、そこで引用されているローティの著作からのいくつかのパラグラフが、まさに「リベサヨ」現象の指摘だったのです。

http://d.hatena.ne.jp/demian/20081202/p1(Demilog)

>改良主義的な左翼は、差別問題が経済的不平等に起因すると考え、経済面からの事態の改善を試み、一定の成果を上げてきた。それに対して新左翼は、文化闘争にばかり力を入れ、現実的な改革にはあまり関心を持たなくなった。

>ポストモダンの影響を受けた「文化左翼」は、「差異の政治学」とか「カルチュラル・スタディーズ」などを専門とし、差別の背後にある深層心理を暴き出すことに懸命になる。彼らはフーコーの権力批判やデリダの「正義」論など、ポストモダンの言説に依拠しながら、現在の体制の下でのいかなる”改善”にも意味がないことを暗示する。

>彼らが「アメリカを改良することなどはできない」という前提に立って、”差別を構造的に生み出すアメリカ社会”を告発し続ける限り、いかなる現実の改良も生み出すことはできない。彼らは口先だけはラディカルであるが、現実の(経済的)改革には関心を持たないので、実際にはただの傍観者に留まっている

こういう引用の上で、demianさんは

>これはあれかなあ、社会問題に関心を持つ人が経済オンチであるという場合にはまるパターンなのかもしれませんね(例:自分)。勉強しないとなあ。経済に強いとビジネスの役にも立つ?かも?ですし。そもそもものを見たり考えるときに役に立つ道具であることは間違いないんですよ。

一番分かりやすい例では子供の虐待問題を考えるときに貧困の問題を抜きにしてどうするの?と。また正規雇用で就職したいと思っていたらえらい就職氷河期でフリーターになってしまって今に至る、みたいな人が抱える問題やそういう情況の人が多いと社会に対してどのようなインパクトを与えることになるのか?またそんなに不景気がひどくて長続きしちゃったらどうなるの?どうしたらいいの?ということを考える上では景気対策など含めてまず経済(経済政策含む)の問題として考えないといけないでしょうし、労働法制のありようとかいったことも関係してくるでしょう。

そこを抜きにしてポストモダンな思想的な話を持ち出したり、こうしたことについて問題提起している人の心の隅々をつっついて罵るような文芸批評ごっことかしていてもしょうがないのでは?

という風に、話をつなげています。

まあ、日本の場合、本ブログで書いたように、旧サヨク自体の中に「日本はもっと近代化しなくちゃいけない」症候群が濃厚にあったという面があって、それが「日本の集団主義はすばらしい」型保守派と対立していたというより複雑な構造があるので、アメリカ型のシンプルな図式だけでは説明できませんが、構造的同型性があるのは確かでしょう。

(参考)

参考までに、本ブログにおけるリベサヨ論はおおむね以下の通り。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/10/post_c3f3.html(赤木智弘氏の新著)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/10/post_2af2.html(赤木智弘氏の新著その2~リベサヨからソーシャルへ)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/11/post_a90b.html(リベじゃないサヨクの戦後思想観)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/12/post_5af3.html(リベラルサヨクは福祉国家がお嫌い)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/post_dbb1.html(日本における新自由主義改革への合意調達)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/11/post_331d.html(新左翼)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_a88b.html(超リベサヨなブッシュ大統領)

も一つついでに、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/09/post_d06d.html(知の欺瞞は健在)

なお、ヨーロッパでも同じ指摘があることについては、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/post-3b5a.html(1968年がリバタリアンの原点)

で、エマニュエル・トッド氏が語っています。

(追記)

黒川滋さんが、大阪府枚方市茨木市の非常勤職員の一時金返還請求訴訟判決に関連して、

http://kurokawashigeru.air-nifty.com/blog/2008/12/1233731100-ba5a.html

>ここ10年ぐらいの間に、労働問題や貧困問題に鈍感なのに市民派と名乗る議員がとても増えたと思う。

>経歴を見ると、「士」族で食べるに困らないとか、大企業のサラリーマンの妻だったりする。

と語っていますが、「なのに」じゃなくて「だから」なんじゃないですか。

そもそも「市民派」というのですから、反労働者、反貧民なのは歴史的用語法からして当たり前。それが「なのに」という接続詞でつながるところが、リベサヨ市民派イデオロギーがいかに蔓延していたかということでしょう。

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魚ではなく釣りざおを@丹羽宇一郎氏

朝日のbeに、伊藤忠の丹羽宇一郎氏が「定額給付金 魚ではなく釣りざおを」というコラムを書いておられます。

>・・・では、ワーキングプアと呼ばれる人たちなどがもらって喜ぶのか?私はそうは思わない。

彼らが必要としているのは、必死で働いてもぎりぎりの生活しかできない労働条件の改善や安定した雇用だ。

・・・定額給付金も同じだ。国民が求めているのは雇用の安定だ。1年限りでお金をもらっても、仕事がないまま迎える次の年はどうするのか。政府がやるべきことは、魚ではなく釣りざおを「支援」することだ。

いわれていることはおおむね正しいと思います。「おおむね」というのは、世の中には釣りのできない人々もいるわけで、そういう人々には魚を配るしかないからです。子どもの貧困問題はそちらの視点が必要でしょう。しかし、釣りの能力のある人から釣りざおを取り上げておいて、魚を配るというのが不合理だというのはその通りだと思います。

日本社会はかつては釣りのできる人にはみんな釣りざおを与えて、それで魚を釣って生きられるようにしようという社会だったわけですが、そういうのは「護送船団方式」だからけしからん、上手に釣りのできる有能な人間だけが釣りをしてたくさん魚を釣って、釣りの下手くそな無能な連中はさっさと引っ込んで、「セーフティネット」で生きていけばいいと言ったのが竹中平蔵氏をはじめとする人々であったわけで、ここ十年間まさにそういう方向でやってきたことの結果が今の情況なのであってみれば、丹羽氏の「正論」はまさに正論であるだけに、なかなか複雑な思いをもたらすところがあります。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/imply.html

>今日の日本の経済政策、社会政策全般に渉る総合企画書とでもいうべき位置にあるのが、小渕内閣時代に設置された経済戦略会議の答申「日本経済再生への戦略」(1999年2月)であろう。この会議において理論的リーダーシップをとった竹中平蔵氏が、現在経済財政担当大臣兼金融担当大臣として経済の舵取りを担っていることからしても、その重要性はますます高まっていると考えられる。
 この答申は、その冒頭において、「戦後の日本経済の飛躍的な経済成長の原動力となってきた日本的システムの至る所に綻びが生じ、これが日本経済の成長の足枷要因として作用し続けている」という基本認識を明らかにしている。第1に、「日本型の雇用・賃金システムや手厚い社会保障システムが制度としてのサステナビリティー(持続可能性)を失いつつあ」り、「新しいセーフティ・ネットの構築が急がれる」という。第2に、「過度に平等・公平を重んじる日本型社会システムが公的部門の肥大化・非効率化や資源配分の歪みをもたらしている」という。第3に「日本的経営システムを一段と効率的なものに改める必要がある」という。こういった認識枠組みは繰り返し宣伝され、今では常識化してしまったように見える。
 答申は、「これまでの日本社会に見られた『頑張っても、頑張らなくても、結果はそれほど変わらない』護送船団的な状況」すなわち「モラル・ハザード」が「現在の日本経済の低迷の原因の一つ」だと言い、「過度な規制・保護をベースとした行き過ぎた平等社会に決別し、個々人の自己責任と自助努力をベースとし、民間の自由な発想と活動を喚起」せよと述べ、その上で「倒産したり、失業した人たちに対して、相応のセーフティ・ネットを用意」すべきだという。日本型の長期雇用慣行を「モラル・ハザード」(生活保障があるために怠惰になったり、資源を浪費する行動)として批判し、失業者に失業給付を与える方がいいという論理である。こういった診断や処方箋が、今日の労働・社会政策の推進に対して大きな影響力を行使しているのである

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政労会見における連合の要請

本日、連合の高木会長が麻生総理に会いに行ったというニュースですが、

http://mainichi.jp/select/seiji/aso/news/20081205k0000m010095000c.html

>麻生太郎首相は4日、連合の高木剛会長と首相官邸で会談し、雇用問題を中心に意見交換した。首相と連合トップによる「政労会見」は麻生内閣発足後初めて。

 高木氏は、景気後退の影響で非正規雇用労働者の解雇が相次いでいることから「雇用対策に万全を期してほしい」と要請。内定取り消し企業は公表することも求めた。首相は「内定取り消しはもってのほかだ。雇用対策にできるだけ知恵を絞りたい」と応じた。

 また、高木氏は定額給付金については「中低所得者層や生活困窮者の家計援助に限定すべきだ」と求めた。

さすがに、経済産業省の振り付けに乗って、首相相手に賃上げの話をしたりはしなかったようです。やはりここは、正社員の給料よりも、非正規労働者の雇用問題を語らなければいけません。

連合のHPに、要請文とその骨子が載っています。

http://www.jtuc-rengo.or.jp/news/rengonews/data/20081204yousei.pdf

http://www.jtuc-rengo.or.jp/news/rengonews/data/20081204kosshi.pdf

骨子は次の通り。

>1. 緊急雇用・生活対策の強化

○ 緊急雇用対策本部を設置し、派遣労働者、有期契約労働者等の解雇・雇い止めに対する雇用対策を行うこと

○ 雇用保険の国庫負担を堅持するとともに、雇用保険料率および雇用保険二事業の料率引き下げは当面行わないこと

○ 現在政府で検討されている2 兆円規模の定額給付は実行せず、中低所得者層や生活困窮者を対象に、物価上昇分に相当する家計援助に限定し実施する。なお、課税最低限以下の世帯に対する「定額給付金」は、「負の所得税」(給付つき税額控除)の制度創設につなげる方向で検討する。加えて、医療、介護、雇用の社会的セーフティネットの強化に財源を重点配分する。

2. 経済・金融対策の強化

○ 雇用創出、消費回復、地域経済の再生など内需主導型経済につながる予算編成を行うこと

○ 金融機関の貸し渋り対策を行うこと

3. 国民の安心感を高めるための社会保障の機能強化

○ 医療・介護・福祉・年金等の社会保障機能を強化するため、毎年度2200 億円を圧縮する社会保障費抑制を撤回すること

まあ、だいたいそんなものでしょう、という項目ですが、注目すべきは赤字で引用したところで、とりあえず低所得者向けの給付金として創設して、将来的には欧米型の給付付き税額控除制度につなげていこうという考え方です。

これは、私の知る限り、連合としては初めてではないかと思います。今回の定額給付金問題が将来に向けて意味あるものになっていくとしたら、やはりこういう方向の議論を引き出したところにあると言えるのかもしれません。

(追記)

給付付き税額控除については、月曜日のエントリーで紹介した阿部彩さんの『子供の貧困』でも、実効的な処方箋として推奨されています。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/post-7458.html

>子供の貧困削減を目的とした所得保障の制度を考えるとき、給付付き税額控除という手法は有力な候補である。

阿部さんは、元大蔵官僚の森信茂樹氏らと『給付つき税額控除』という本も出しています。これは、霞ヶ関内部の権限争いの枠を超えて真剣に論じる値打ちのあるテーマでしょう。今回の定額給付金騒動でも、所得を把握している税務署がやれば簡単なはずだったわけで。

ただ、私の個人的な思いからすると、阿部さんが提起するような、子供のいる低所得世帯(或いは高齢者や障害者など就労が困難な人のいる世帯)への給付付き税額控除というのは適切な方向だと思いますが、十分就労可能な人々に対しては、就労所得を通じて十分な額の所得を保障していくという方向があるべきではないか、むしろそれを可能にするような経済社会政策を追求すべきなのではないか、働ける人々に対する(就労所得がないまたは足りないがゆえの)所得保障というのは、本来例外的、臨時的なものであるべきではないか、という思いがありますが。

このあたりはいろいろな考え方のあるところでしょう。

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欧州で人種差別主義が拡大

今度はEurActiveが、欧州における人種差別主義の拡大を報じています。

Report: Racism on the rise across Europe

http://www.euractiv.com/en/socialeurope/report-racism-rise-europe/article-177717

>Extremism and racism are on the rise throughout Europe and racist political discourse is increasingly common in mainstream European politics, finds a report published on 1 December by the European Network Against Racism (ENAR).

欧州中で、過激な人種差別主義が広がりつつあると、欧州反人種差別ネットワークのレポートが伝えたと。

According to the data collected, there is "increasing evidence of public acceptance of racist crime and mistreatment of ethnic and religious minorities, including within the police and other relevant authorities". The document draws on 25 national reports prepared by ENAR members across the EU.

大衆が人種差別主義者の犯罪や虐待を容認するようになっていると。

そのレポートはこれです。いろんな実例が挙がっています。

http://cms.horus.be/files/99935/MediaArchive/pdf/Shadowreport2007_ENLowRes.pdf

差別禁止法制が完備している欧州といっても、人の心を一朝一夕に変えるのは簡単ではありません。ましてや・・・

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社会保険料の転嫁問題に関する権丈先生のご助言

今回の勿凝学問の権丈節は、社会保険料の転嫁問題です。

http://news.fbc.keio.ac.jp/~kenjoh/work/korunakare204.pdf

>今日、法律学者と対談をしていたら、
「社会保険料は賃金に転嫁されるのだから、社会保険料負担の議論をすることは経済学的に意味がないと、経済学者から言われるんですよ」
と。
僕は、
「経済学者が間違えているだけですから、気にしなくて良いですよ」
と。

・・・法律学者さんや社会政策学者さん達は、経済学者から「社会保険料は賃金に転嫁されるのだから、社会保険料負担の議論をすることは経済学的に意味がない」と言われたら、「100%転嫁されている証拠を示してもらわない限り、そんなことを言う経済学者の方が間違えている」と権丈が言っていたと言っていいですよ。言ってはならないことは、「社会保険料は転嫁されていない」の一言のみ。そしてもし余力があれば、その経済学者に次のように続けてください。「是非ともそういうことは事業主にいってください。あなたが100%負担しても賃金に転嫁できるんだから、全部引き受けてあげたらいいですよ」と。

ケケケ・・・、

で、最後にキツーイ権丈節が一発。

だいたい、「経済学的に云々」と発言する研究者というのは、まぁ、あんまり大したことはないと思って良いです。現実に存在する政策、制度は一つしかないわけで、経済学から演繹される経済学的な視点と他の学問に基づく視点の説明力の優劣および軽重是非を考慮した上で発言するくらいの慎重さを持たない経済学者は、有害無益ですからね。僕のゼミでは、「経済学的には云々」と発言すると、僕から、「だからなんなんだアホ、降りろっ」と言われて、報告している壇上から下ろされます、ハイ。それと、社会保険料の帰着問題に関する僕の院生への昔からの指導は、「止めとけ。賃金に常時100%転嫁されることを証明できない限り、あの研究の政策インプリケーションはゼロだ」。。。

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欧州労連は迫り来るデフレを警告し、更なる金利引き下げを求める

昨日の欧州労連(ETUC)の声明

ETUC warns for looming deflation and demands deep cuts in interest rates

http://www.etuc.org/a/5629

>The pace of the slowdown in economic activity is alarming and is raising the prospect of strong disinflation rapidly turning into deflation. Expectations of average inflation over the next 10 years, derived from inflation indexed bonds, have already collapsed and are now close to zero (see Graph).

The ECB needs to win the race against disinflation. To prevent inflation from falling to zero and deflation to take hold, interest rates need to be slashed. Failure to do so will trigger a Japanese-style scenario of soaring real interest rates, higher debt burdens, postponed spending and a continuously depressed economy.

こういうところで「Japanese-style」が出てくるのもやなもんですが、「そうしなければ、実質金利の上昇、高債務負担、支出の延期、そして継続する経済停滞という日本型シナリオの引き金を引くことになるぞ」ってのが、脅しになるんですね。

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派遣契約の不更新と雇用維持努力指導

先週末11月28日付で、「現下の厳しい雇用失業情勢を踏まえた労働者派遣契約の解除等に係る指導に当たっての労働者の雇用の安定の確保について」(職発第1 1 2 8 0 0 2 号)という通達が発出されています。

http://www.mhlw.go.jp/houdou/2008/11/dl/h1128-6a.pdf

そこでは、

>昨今の経済情勢による企業業績の悪化等に伴い雇用失業情勢は厳しさが増しており、特に、労働者派遣の役務の提供を受けている事業所においては、労働者派遣契約の期間満了に伴う契約の不更新や契約期間満了前の契約解除等により受け入れる派遣労働者の数を削減する動きも見られる。労働者派遣契約の契約期間満了に伴う契約の不更新や契約期間満了前の契約解除については、それ自体が労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律(昭和60年法律第88号。以下「労働者派遣法」という。)に違反するものではないものの、派遣労働者の雇用の安定が損なわれる恐れがある。

という認識のもとに、

>各労働局においては、労働者派遣契約の契約期間満了に伴う契約の不更新や契約期間満了前の契約解除に係る事案の情報収集に努め、契約期間満了に伴い労働者派遣契約が更新されない事案については、雇用主である派遣元事業主に対して当該派遣労働者の雇用維持に努めるよう求めること

と指示がされています。

これはいろんな意味で興味深い内容です。何よりも、期間途中の打ち切りであれば、直接雇用の有期契約労働者は「解雇」されるわけですから、一般の解雇権濫用法理で保護されるだけでなく、労働契約法第17条によって「やむを得ない事由がある場合でなければ」解雇が許されないので、派遣労働者だって同じように保護すべきではないかというのはもっともな議論だと思うのですが、期間満了に伴う契約の不更新については、直接雇用の有期契約労働者は、契約法の制定過程ではいろいろ議論はありましたけれども、結局「必要以上に短い期間を定めて反復更新しないよう配慮する」というなんだかよくわからない規定に落ち着いて、要は期間満了で更新されないからと言って、誰かが使用者に雇用を維持しろとわざわざ言ってくれるというわけではないという状態なんですが、なぜかこの点に関しては派遣労働者の方が有利な扱いになってしまっているような。

ここで言う派遣労働者とは、当然常用型ではなく、派遣の切れ目が雇用の切れ目という登録型を想定しているはずですから、有期契約労働者ですよね。同じ有期でも、派遣だと期間満了時の不更新に対して、労働局が雇用を維持しろと言ってくれるということを、直接雇用の有期契約労働者との関係でどのように説明するのだろうか、と、いささか疑問が湧かないでもありません。

まあ、これを追求すると、同じ非正規労働者といいながら、パート労働者は雇用均等児童家庭局、有期労働者は労働基準局、派遣労働者は職業安定局と、見事に縦割りになっていいることに行き当たるわけですが。

たまたまここ一両年、もっぱら派遣が悪者役になっているために、雇用の不安定さが問題であるならば同じように問題であるはずの直接雇用の有期は陰に隠れる嫌いがないとは言えないように思います。不安定さゆえに派遣で問題とすべきことがあるのであれば、それは直接雇用の有期でも同じはずですし。派遣だけ叩けばいいというのはいささか安易なような。

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詳説労働契約法

35431 荒木尚志、菅野和夫、山川隆一の3先生の共著『詳説労働契約法』(弘文堂)を贈呈いただきました。いつも心にとめていただき、有り難うございます。

http://www.koubundou.co.jp/books/pages/35431.html

>2008年3月から施行されている労働契約法の制定の意義と経緯、条文の意味内容、今後の課題について、制定に関与した研究者が詳細に解説。
 労働者個人と会社の雇用契約ルールを明確にすることを目指した新法を、労働法研究者を代表する3人の著者が充分に討議を重ね、理論的・実務的に詳論した、まさに「労働契約法」を知るために最適の書です。

この「制定に関与した」という一句には深い意味があります。次の目次をみただけでも、労働契約法研究会報告のあの豊富な内容が、審議会の議論の果てに、ああもやせ細ったものになりはててしまったことに対する著者たちの思いが伝わってくるような感じです。

第1章 労働契約法制定の意義と評価
  I 労働契約法制定の背景
  II 労働契約法の性格
  III 裁判規範としての労働契約法――紛争解決機関にとっての意義
  IV 行為規範としての労働契約法――企業労使にとっての実際的意義
第2章 労働契約法制定の構想と過程
  I「労働契約法」制定の構想
  II 労働契約法案の審議過程
第3章 労働契約法の内容
  I 目的と基本概念
  II 基本原則
  III 労働契約の成立
  IV 労働条件の変更
  V 就業規則の最低基準効、法令/労働協約との関係
  VI 労働契約の継続
  VII 労働契約の終了
  VIII 特例と適用除外
第4章 労働契約法の今後の課題
  I 民法改正の動きと労働契約法
  II 従業員代表法制と労働契約法
  III 労働条件の変更と労働契約
  IV 人事管理と労働契約
  V 労働契約の終了
  VI 有期労働契約

第2章の審議会における経緯の記述にも、

>労働条件の集団的設定における主役であるはずの労働組合側が、労働組合の対応を合理的判断の中核におくことに反対するというやや奇妙な構図となった。

といういささか苦い皮肉の効いた一文もありますが、おおむね淡々とした記述です。

やはり本書の特徴は、第4章の「今後の課題」が充実していることでしょう。特に、従業員代表法制と労働契約法の節は、審議会の議論の過程で全く後をとどめないまでに雲散霧消してしまったテーマであるだけに、

>就業規則の労働契約内容規律効については、従業員の多数を組織する労働組合との合意の法的意義付け、及びそのような労働組合のない企業における従業員の集団的意思の反映の仕方が、労働契約法における今後の大きな宿題として残されていると言えよう。

という研究会報告の立案に関わった著者らの思いがにじみ出る記述になっています。

その他の項目についても、さらりとした記述の裏に、審議会の議論のあれこれが想起されるところも多く、関係者にとっては単なるテキストブックを超えて読んで面白い本です。

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欧州社会党マニフェスト2009

昨日、欧州社会党が2009年の欧州議会選挙に向けたマニフェストを発表しました。

http://www.pes.org/content/view/1457/72

>The PES manifesto “People first: A new direction for Europe” features over 60 concrete proposals including

- A European strategy for smart green growth to create 10 million new jobs by 2020

- New financial market regulation covering all players including hedge funds and private equity

- Climate-changing emission reductions for industries such as transport and construction

- A European Pact on Wages for decent minimum wages in all EU member states

- Stepping up the fight against the trafficking of women and children for sexual exploitation.

題して「人々が第一」。60の提案の主なものは、2020年までに1000万人の新たな雇用を作り出す持続可能な成長、ヘッジファンドなどを含む金融市場規制、EU全加盟国における最低賃金、女性や子どもの性的搾取との戦い・・・などです。

このEU全域における最低賃金というのは、先週のEU財団の会議でも話題になって、「いやもちろんEUのどの国でも同額の最低賃金にしようなんて馬鹿な話じゃなく、どの国にも必ず最低賃金があるようにしようということです」と言ってましたね。

マニフェストの本体はこちらです。

http://www.pes.org/downloads/PES_manifesto_2009-EN.pdf

はじめの方に、保守派は市場を盲目的に信仰してきた云々という悪口が書き連ねてありますが、私の目から見る限り、ヨーロッパの保守派はアメリカの保守派や日本のここ10年ばかりのカイカク真理教の皆さんとは異なり、市場への懐疑を十分に持った人々であるように思われます。

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善意の報酬・・・の社会的帰結

ダイヤモンドオンラインに、おもしろいエピソードが載っていました。

http://diamond.jp/series/yoshida/10001/

>気がついたら「転籍」に…。
上司が仕掛けた「出向」という罠

――不本意な転籍を受け入れざるを得なかった佐藤氏のケース

> 「部下や後輩に仕事を教えてやれ!」――上司からこんなことを命じられたら、あなただったらどうするだろうか。 結論からいえば、絶対に全てを教えてはいけない。あくまで、教えるフリをするだけでいい。

 今回は、上司の魂胆を見抜くことができずに、誠実に部下を育てていった管理職の行き着く先を紹介する。この管理職がみじめな「負け組」となった理由とは――。

詳しくはリンク先をどうぞ。

しかし、日本的労務管理の中心的存在であったはずの、上司や先輩が惜しまずに部下や後輩にものを教えるという「美風」が、こういう見事なまでのしっぺ返しを食らうという事態を目の当たりに見た他の社員たちは、今後は何があってもそういう愚かなことはすまいと心に誓うでしょうな。

それが長期的にこの会社にどのような社会的帰結をもたらすことになるかは、しかしながら現在ただいまこの管理職を追い出したくって仕方がない経営陣には「我が亡き後に洪水よ来たれ」なんでしょうか。

協力ゲームは、自分が協力しても相手がそれにつけ込んで裏切ったりしないと信じられなければ実現しません。いったん裏切り者が得をするという事態を作りだしてしまうと、再び協力を再建するのは至難の業なのですが。

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ワーク・ライフ・バランス関係の2冊

9784326503148 先週のパリ出張中にお送りいただいていた本の紹介ですが、佐藤博樹先生・武石恵美子さんの編による『人を活かす企業が伸びる-人事戦略としてのワーク・ライフ・バランス』勁草書房です。

http://www.populus.est.co.jp/asp/booksearch/detail.asp?isbn=ISBN978-4-326-50314-8

>ワーク・ライフ・バランス支援は、社員の福祉向上の為に実施するのではない。組織の活性化や業績の向上に不可欠な人材活用策である。

企業環境の変化に柔軟に対応できる組織の原動力は、社員一人ひとりの活力にある。市場競争の激しい時代であるからこそ、ワーク・ライフ・バランス支援によって、社員の職業能力や仕事への意欲を引き出すことが企業の生き残りに不可欠である。支援策の具体的効果を人材マネジメントの視点から独自のデータを用いて実証的に解明する。

厚労省の委託を受けてニッセイ基礎研究所が行った両立支援と企業業績に関する研究をもとにした本です。

序 章 企業から見たワーク・ライフ・バランス…………佐藤博樹・武石恵美子
  1 企業組織とワーク・ライフ・バランス
  2 企業にとってのワーク・ライフ・バランスの意義
  3 これまでの研究
  4 研究の枠組み、仮説、調査の概要
  5 各章の概要

第1章 企業の人材戦略としてのワーク・ライフ・バランス支援:両立支援と均等促進の同時推進を………………………………佐藤博樹
  1 両立支援策と均等施策は車の両輪
  2 両立支援策・均等施策と女性の就業実態
  3 両立支援策と均等施策からみた企業類型
  4 企業類型と企業の人材活用戦略
  5 両立支援と均等施策の同時推進を

第2章 制度導入企業の要因分析………………………………………松原光代
  1 定着が進む両立支援策
  2 企業が両立支援に取り組むのはなぜか
  3 両立支援に積極的な企業の特徴
  4 両立支援に取り組む企業の課題

第3章 採用パフォーマンスへの影響…………………………………武石恵美子
 1 人材確保が重要な経営課題に
 2 両立支援策と採用パフォーマンス
 3 女性の雇用への影響
 4 人材確保の条件整備としての両立支援

第4章 女性大卒正社員の定着への影響………………………………松繁寿和
  1 定着への着目の重要性
  2 施策効果の測定は不十分
  3 定着への影響分析
  4 残された課題

第5章 従業員のモチベーションへの影響……………………………天野馨南子
  1 モチベーションの2つの側面
  2 人事戦略とモチベーション
  3 両立支援策とモチベーション
  4 男女均等・女性活躍策とモチベーション
  5 人事戦略と両立支援策、均等・女性活躍施策の最適な組み合わせは?
  6 人材活用戦略としての両立支援策の重要性

第6章 均等度とファミフレ度の関係からみた企業業績…………………脇坂 明
  1 女性活用に関する経営戦略
  2 均等度・ファミフレ度の特徴
  3 企業の4つのタイプ別にみた女性活用、企業業績
  4 労働組合の効果
  5 経営戦略としての可能性
  補論 均等指標、ファミフレ指標作成の課題について

第7章 企業業績への影響……………………………………阿部正浩・黒澤昌子
  1 企業業績への影響のメカニズム
  2 企業業績と両立支援策の内容
  3 制度が先か、利益が先か
  4 両立支援制度と企業業績の関係
  5 両立支援を業績に結びつけるために
  補論 企業業績への影響分析の考え方

第8章 株式投資収益への影響……………………………………………川北英隆
  1 投資家と企業経営
  2 企業の社会的責任と株式投資の関係
  3 ワーク・ライフ・バランス支援策と株式投資収益率の関連分析
  4 CSRに関する企業データの拡充の必要性

310049101002 実は、その前にも佐藤博樹先生の編による『ワーク・ライフ・バランス』というタイトルの本をいただいておりました。

http://www2.gyosei.co.jp/home/books/book_detail.html?gc=3100491-01-002

>企業における両立支援策に焦点を当てています。
昨今社会的関心の高まっているワーク・ライフ・バランスの考え方、両立支援の概略を論じた後、国内外における法整備の動き、現場(企業)の具体的施策(育休取得者の人事評価や男性の育休取得推進等)、自治体・政府における両立支援等を解説します。
また、企業の人事担当者による事例やコラムを複数挿入し、多方向から両立支援策について理解を深めます。

こちらは、

1 総論 ワーク・ライフ・バランス支援と子育て支援

  2 企業における両立支援の取組み
   ・両立支援制度と制度を活用しやすい職場作り
   ・男性の子育て参画の現状と企業の取組み
   ・両立支援制度と企業の人材活用
   ・スウェーデン、ドイツ、フランス企業における両立支援への取組み
   ・英国企業における両立支援への取組み

  3 政府・自治体による企業の両立支援制度の促進策
   ・政府による企業の両立支援促進策:WLB憲章や行動指針、次世代育成支援対策推進法
   ・自治体による企業の両立支援促進策

  4 子育て環境と法的な枠組み:国際比較
   ・子育てに関わる社会環境の国際比較と国内比較
   ・両立支援に関わる法制度
   ・海外における両立支援に関わる法制度の新動向

といった内容ですが、コラムの「男性の育児休業取得」を、本ブログでもおなじみの山田正人さんが書いています。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/10_723c.html(日本をダメにした10の裁判)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_de2a.html(可哀想な山田正人氏)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/post-e6fc.html(経済産業研究所の研究会で)

なお、法制度については、日本の両立支援に関わる法制度をJILPTの内藤忍さん、欧米諸国における両立支援法制の動向を両角道代さんが書かれています。

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阿部彩さんの「子どもの貧困」

4311570 以前本ブログで刊行予定を紹介した阿部彩さんの『子どもの貧困』岩波新書を、先週贈呈いただいておりました。

http://www.iwanami.co.jp/hensyu/sin/sin_kkn/kkn0811/sin_k440.html

はしがきから、

>「子どもの貧困」は決して、ごく一部の特殊なケースに限られた現象ではなく、すべての人の身近にある問題である……。本書の目的は、日本の子どもの貧困について、できるだけ客観的なデータを読者に提供することである。データは、政治を動かす上でパワフルなツールである。これらのデータを精査しながら、「日本の子どもについて、社会が許すべきでない生活水準=子どもの貧困」が何であるかを、読者とともに考えていきたい。

S1157a 最後の第7章で「子どもの貧困ゼロ社会への11のステップ」が挙げられていますが、その前に、第1章の最後のところで、阿部さんのこの問題へのスタンスが明瞭に書かれていますので、そこを引用したいと思います。

>第一に、子どもの基本的な成長に関わる医療、基本的衣食住、少なくとも義務教育、そしてほぼ普遍的になった高校教育(生活)のアクセスを、すべての子どもが享受するべきである。「格差」がある中でも、すべての子どもに与えられるべき最低限の生活がある。・・・これは「機会の平等」といった比較の理念ではなく、「子どもの権利」の理念に基づくものである。

>第二に、たとえ「完全な平等」を達成することが不可能だとしても、それを「致し方がない」と許容するのではなく、少しでも、そうでなくなる方向に向かうように努力するのが社会の姿勢として必要ではないだろうか、ということである。その点で、日本の社会、そして、日本の政府は、子どもの貧困について、今まであまりにも無頓着であった。「一億総中流」という幻想に、社会全体が酔わされていたように思う。

>何割かの子どもが将来に向けて希望を持てず、努力を怠るようなこととなれば、社会全体としての活力が減少する。格差がある中でも、たとえ不利な立場にあったとしても、将来へ希望を持てる、その程度の格差にとどめなくてはならない。子どもの貧困に対処することは、その子自身の短期・長期の便益になるだけではなく、社会全体の大きな便益となるのである。

全体の詳細な目次は次の通りですが、

はじめに
 
第1章 貧困世帯に育つということ
 
1 なぜ貧困であることは問題なのか
貧困と学力/貧困と子育て環境/貧困と健康/貧困と虐待/貧困と非行/貧困と疎外感
2 貧困の連鎖
大人になってからも不利/一五歳時の暮らし向きとその後の生活水準/世代間連鎖
3 貧困世帯で育つということ
貧困と成長を繋ぐ「経路」/さまざまな「経路」/やはり所得は「鍵」
4 政策課題としての子どもの貧困
求めるのは格差を縮小しようという姿勢

第2章 子どもの貧困を測る

1 子どもの貧困の定義
相対的貧困という概念/相対的貧困の定義/貧困率と格差
2 日本の子どもの貧困率は高いのか
社会全体からみた子どもの貧困率/国際比較からみた日本の子どもの貧困率
3 貧困なのはどのような子どもか
ふたり親世帯とひとり親世帯/小さい子どもほど貧困なのか/若い親の増加と子どもの貧困率/「貧乏人の子沢山」は本当か/親の就業状況が問題なのか
4 日本の子どもの貧困の現状

第3章 だれのための政策か―政府の対策を検証する

1 国際的にお粗末な日本の政策の現状
家族関連の社会支出/教育支出も最低レベル
2 子ども対策のメニュー
政府の子育て支援策/「薄く、広い」児童手当/縮小される児童扶養手当/保育所/教育に対する支援/生活保護制度
3 子どもの貧困率の逆転現象
社会保障の「負担」の分配/子どもの貧困率の逆転現象/負担と給付のバランス
4 「逆機能」の解消に向けて

第4章 追いつめられる母子世帯の子ども

1 母子世帯の経済状況
母子世帯の声/一七人に一人は母子世帯に育っている/貧困率はOECD諸国の上から二番目/母子世帯の平均所得は二一二万円/非正規化の波/不安定な養育費
2 母子世帯における子どもの育ち
平日に母と過ごす時間は平均四六分/「みじめな思いはさせたくない」/母子世帯特有の子育ての困難さ
3 母子世帯に対する公的支援―政策は何を行ってきたのか
「母子世帯対策」のメニュー/「最後の砦」の生活保護制度/二〇〇二年の母子政策改革/「五年」のもつ意味/増える出費
4 「母子世帯対策」ではなく「子ども対策」を

第5章 学歴社会と子どもの貧困

1 学歴社会のなかで
中卒・高校中退という「学歴」
2 「意識の格差」
努力の格差/意欲の格差/希望格差
3 義務教育再考
給食費・保育料の滞納問題/「基礎学力を買う時代」/教育を受けさせてやれない親/教育の「最低ライン」
4 「最低限保障されるべき教育」の実現のために就学前の貧困対策/日本型ヘッド・スタートの模索

第6章 子どもにとっての「必需品」を考える

1 すべての子どもに与えられるべきもの
「相対的剥奪」による生活水準の測定/子どもの必需品に対する社会的支持の弱さ/日本ではなぜ子どもの必需品への支持が低いのか
2 子どもの剥奪状態
剥奪状態にある子どもの割合/子どもの剥奪と世帯タイプ/親の年齢と剥奪指標/子どもの剥奪と世帯所得の関係/子どものいる世帯全体の剥奪
3 貧相な貧困観

第7章 「子ども対策」に向けて

1 子どもの幸福を政策課題に
子どもの幸福度(ウェル・ビーイング)/子どもの貧困撲滅を公約したイギリス/日本政府の認識/「子どもと家族を応援する日本」重点戦略
2 子どもの貧困ゼロ社会への11のステップ
1 すべての政党が子どもの貧困撲滅を政策目標として掲げること/2 すべての政策に貧困の観点を盛りこむこと/3 児童手当や児童税額控除の額の見直し/4 大人に対する所得保障/5 税額控除や各種の手当の改革/6 教育の必需品への完全なアクセスがあること/7 すべての子どもが平等の支援を受けられること/8 「より多くの就労」ではなく、「よりよい就労」を/9 無料かつ良質の普遍的な保育を提供すること/10 不当に重い税金・保険料を軽減すること/11 財源を社会が担うこと
3 いくつかの処方箋
給付つき税額控除/公教育改革
4 「少子化対策」ではなく「子ども対策」を

 あとがき

この「子どもの貧困ゼロ社会への11のステップ」は、イギリスの子どもの貧困アクショングループの「10のステップ」に財源を付け加えたものですが、その説明には阿部さんの強い熱情が込められています。

たとえば、最初の「すべての政党が子どもの貧困撲滅を政策目標として掲げること」について、こういう記述があります。国会議員の皆様にはよくよく熟読していただきたいところです。

>与党や政府は、子どもの貧困率の上昇を今までの政策への批判と受け止めずに、新しいチャレンジとして真っ向から立ち向かうべきであり、野党は、これを政府批判の材料とすべきではない。

実際、貧困問題に不感症であったという点において、野党に与党との間になんら違いがあるとは思えません。

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「労働開国」の皮肉

Alter_new_2008_1112EU財団のワークショップでフランスに出張中に、いくつかの本や冊子をお送りいただいていました。

まずは、雑誌「オルタ」の08年11-12月号で、「労働開国-移民・外国人労働者・フリーター」という特集をしています。

http://www.parc-jp.org/alter/2008/alter_2008_11-12.html

はじめに、五十嵐泰正、塩原良和、宣元錫の3氏による鼎談がありますが、その中でも五十嵐氏の発言がなかなか刺激的です。

> 2000年頃までには人件費を変動費的にとらえ、外部労働市場を積極的に活用するという形の経営が日本でも一般化していく。その動きと財界の外国人受入拡大論とは、おそらく密接な関係があると思われます。こうした労働開国論の展開に対して、保守系のメディアやネットなどでは文化やセキュリティといった観点から懸念や反発の声が上がっていて、リベラルと目されるメディアは割と好意的に反応しています。一方で、冒頭にお話があったように、格差やワーキングプアといった話が浮上してきているわけですが、この問題と外国人の受入という二つの問題を前にしたとき、リベラルの中でも、とるわけグローバリゼーションを批判的にとらえるリベラル左派の位置取りというのが微妙になっていく側面がある。ワーキングプアについて考える人たちも、この問題をどこか素通りするというか、なかったことにするようなところがあるような気がします。

さらに、思想的なレベルでも、

>きわめて雑駁な整理として、戦後盛んだった労働運動が少しずつ退潮し、前後していわゆるマイノリティの問題が新左翼の中心課題として浮上してくる。70年代から80年代にかけてそういう経緯があったと思いますが、背景として、高度成長後の一億層中流幻想のような状況において、国内には全域的な階級問題がなくなっていく。そういう中で運動のフロンティアが、差異の承認やネイションの脱構築の方へ向かっていったと。端的に言って、そういう傾向があったように思います。多文化共生といったこともそういう歴史の流れの中から運動のテーマになっていったように思いますが、今につながる話として、やはり2000年頃になると、一転して、政府や財界の方がむしろ先回りして多文化共生という言葉を使うようになっていく。

>ここで問題にしたいのは、バブルの頃と現在とでは社会状況そのものが根本的に変わっていて、国内の格差や貧困があらわになっているわけです。そうなると、極論すれば、日本では一億総中流のような幻想を暗黙の前提として生まれた多文化共生という論点を、格差が前提となる現在の社会状況の中で、どういった説得力のある形で展開できるかが問われてきているように思いますが・・・

問題の本質は、国境に守られた「既得権」をどう考えるかで、次の発言は「リベラル左派」の人々のある意味でのパラドックスをよく示しているように思われます。

>この問題の本質をグローバルな視点から捉えれば、結局のところ既得権だと思うんですよ。いま、国境というのは最大の既得権ですよね。先進国の国境の内側で生活し、仕事ができるというのは、逆の立場から眺めればものすごく大きな既得権ですよね。上げ潮派のような人たちは、これまで様々な規制や社会保障を既得権として攻撃して、切り崩してきたわけで、その延長としてグローバルな労働市場の流動性を阻害する国境線を切り崩せ、という話が彼らから出てくるのは自然だと思います。

>逆に言えば、既得権攻撃のロジックでポピュリスト的な支持を得てきた構造改革がこんな結果をもたらしている以上、彼らの思惑に乗って国境コントロールを緩めることが、一体何をもたらすのかというね。もっとも、先進国の人間は自由に移動できるのに、途上国の人間はできない、その本質的な格差というのは本来容認し得ないわけで、そこから言われたら僕もぐっと詰まってしまうんですが、果たしてその覚悟が本当にあるのかと。そういうことが結果的に問われていると思うんですよ、言っちゃえば。

そこで「ぐっと詰まる」のが「リベラル左派」の良心の証しでもあるのでしょうが、そこでぐっと詰まって、いや確かに俺たちたまたま日本に生まれた人間だけがワーキングプアといえどもこんな高い生活水準を享受しているのは良心にもとるから、それを途上国のレベルまで引き下げてでも博愛平等主義でいこうと思ってしまうと、まさに先進国の労働者がいままで築き上げてきた成果を二束三文でたたき売りするということになってしまうわけです。

いや、引き下げるんじゃなくって、

>日本の国や社会を何とかしましょうというところでつながろうとする際、メンバーシップを「日本人」に限定せずに一緒にやりましょうという形でやっていければ、その先にあるのは違った連帯のあり方なんじゃないかなあと。非常に楽観的な話なんですけれども。

と、これは塩原氏の発言ですが、これはおっしゃるとおりあまりにも「楽観的」というよりも問題の所在を見失っているような。

別に外国人労働者は、「日本の国や社会をなんとかしましょう」と思ってやってくるわけではないわけで、自分の国よりも遙かに高い水準の労働報酬を得ようという一心でやってくるわけですから、「連帯」というのはまさにその母国からすれば遙かに高いが日本の「既得権」からすればかなり低い労働報酬に、「既得権」をもった日本人労働者が喜んで「連帯」できるのかという、まさに唯物論的な「連帯」の話なのであって、多くの外国人にとって関心の外にある社会運動やらの観念論的な「連帯」ではないとおもうのですね。

そういう観念論的な連帯が可能であるのは、実は生活水準の格差がそれほどなく、背に腹が変えられないという状況ではないという唯物論的な担保がある場合に限られるように思います。先進国がたくさん集まっているヨーロッパでは、EU域内と域外とで、対応が違っているわけですが、それも当然でしょう。日本の場合、まずは既に先進国に入っている韓国との関係で、「多文化共生」の実績をきちんと上げてみせることが必要でしょう。現在の社会文化状況から考えると、それすらなかなか難しいように思われますが。

実は、先週のEU財団のワークショップで、夜のワーキングディナーでは、なぜか日本の移民政策が話題になり、いろいろと説明したのですが、インターネット上で外国人に対するヘイトスピーチがあふれているような状況下では、移民の本格的導入は好ましくないと思うと言うと、なるほどというような顔をしていました。

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