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2008年11月 6日 (木)

医療介護費用シミュレーション結果は最低ラインの見積書にすぎない

例によって、権丈先生の名調子です。

http://news.fbc.keio.ac.jp/~kenjoh/work/korunakare193.pdf

>まず第1点目は、この国では、医療も介護も、そして教育も、あるべき姿を求めて改革するとなれば費用が増えることは、当たり前だったんですね。この10 年ほど、改革と言えば費用削減という考えが世の中で支配的であり、それが常識にまでなっていたことが、この国の今の不幸をもたらしただけだと、わたくしは思っています。
Aシナリオの現状投影シナリオと言いますか、その下でも、例えば過去、政策的には診療日数を減らしましょう、平均在院日数を減らしましょうということをやっていた。だけれども、平均在院日数を政策的に減らす中で、病床当たりのマンパワーを増やすということをやっていなかったので、とんでもなく医療供給者側が忙しい状況になってきて、過重労働、マンパワー不足が噴出していた。そこに今回のシミュレーションでは、平均在院日数を減らすという方向性は間違えていないだろうと考えて、しかしその際にマンパワーをしっかりあてがおうとしている。

>そして、今回のシミュレーションで、医療費全体を100%として考えた場合のその中の配分ががらりと変わったことを示したというところに、私は大きな意義を見出しております。・・・・・・外来・訪問診療費のほうから入院のほうにお金の配分量というのが随分と変わっていくことになる。こういう全体の費用を100と考えた中での配分を明示したというのは、これは評価されるべきことだと思うんですね。

>Bシナリオでは、救急医療、急性期、産科医とかいうようなところに医療費が回ると思いますので、65歳以上の医療費というのは全然変わらなくても、分母の若い人たちの医療費が大きくなって、65歳以上の人の医療費の65歳未満の人の医療費の比率が小さくなると思いますし、私はその比率というのは分母、つまり若い人たちの医療費を大きくして、小さくすべきだというのをずっと言っております。今回のシミュレーションは、その方向に変わっていると思います。ですから、このシミュレーションで想定されていることは、望ましい改革の方向に向かっているのではないかと思います。

>それからもう一つの問題は、今、医療費全体を100%としてと表現しましたけれども、実は社会全体から医療費をどれだけ先取りするか、介護費にどれだけ使うかというのは、単価が決定的に大きな意味を持つんですね。・・・・・・医療介護従事者の相対賃金が上昇しないまま、全産業にしめる医療介護の従事者割合を増やすことはできないと思います。医療介護マンパワーの単価をしっかりと上げていかないと、人をちゃんと確保することができない。

>医療介護マンパワーの価格、賃金を上げるためには、税であり、あるいは社会保険料とかの負担増を実行できるかどうかという、そういうところの戦いになるんですね。医療介護が市場で供給されているのでしたら、マンパワーの賃金には価格メカニズムが機能するのですけど、公的サービスとして提供される医療介護では、そうはいかず、負担増の問題がどうしてもでてくる。・・・・・・その部分を頑張っていかないと、ここに書かれてある改革シナリオという望ましい医療、望ましい介護の供給体制、量的に表現された供給体制を実現することはできない。価格を引き上げないと、人は医療介護分野に吸収されない。このシミュレーションでは、今、看護師、介護労働者の離職率の高さや福祉大学みたいなところで定員割れしているという状況への配慮が全然なされていないと思います。

>あるべき医療、あるべき介護をイメージしたこのシミュレーションに基づいて改革を進める場合、医療介護費用の配分を変える際に直面する壁、もしくは敵と、医療介護資源を他の経済領域から先取りする際に重要な役割をはたす単価引き上げの壁、もしくは敵という、2つの壁、2つの敵を意識することになると思います。そして必要とされるマンパワーを確保するために、ここで仮定されている以上に価格は上げなければならないでしょうから、このシミュレーションは最低ラインの見積書にすぎない、そういうふうに解釈させていただいております。

毛沢東じゃないけれど、「人民内部の矛盾」と「敵対的矛盾」という奴ですか。

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コメント

この国では「ダイエット」といえば体重を減らすための食事制限という考えが世の中で支配的であり、それが常識にまでなっていた。

・・・・ほんとうは違うんですけれどね

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