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2008年11月22日 (土)

問題はひとを誰がどう育てるか

楠正憲さんの「雑種路線で行こう」が、大変目配りの聞いたまっとうな議論を展開されています。

http://d.hatena.ne.jp/mkusunok/20081122/div

>既得権益批判の先に行くことは大事だが、ちょっと方向が間違ってないか。制度設計如何でこれからも多くの労働者が家庭を持てるようにすべきだし、知的労働は引き続き正規雇用の割合が高いと考えられる。

>問題は正規雇用と非正規雇用との間で能力差を超えた経済格差や機会格差が生じた場合に、婚姻率の低下を通じて少子高齢化を招き、非正規雇用層の人的資本が形成されず、階層間流動性の低下を通じて競争も起こらなくなってしまい、結果として経済全体の生産性を落とし、再投資が進まなくなってしまうことである。

大雑把にいえば欧州は福祉の充実や教育の無償化を通じて出生率を維持して十分な教育を提供し、米国は世界中から才能を集めて機会を提供することで国内格差が常態化しても優秀な人材が途絶えない仕組みとなっている。然るに日本は米国と違って外国人に十分な機会を提供する努力を怠ってきたし、欧州と違って教育を社会的費用として賄う決断もしなかった。結果として高齢化と格差拡大が深刻化し、多くの若者が希望を持てなくなっている。

もちろん幸せのあり方はもっと多様であるべきだし、女性の社会進出は促すべきだけれども、真面目に生きていれば安心して結婚し、子どもをつくり、能力に応じた教育を提供できる福祉は提供すべきだ。それは一部のロスジェネ論者が主張するような個人の権利ではなく、国として生き延びるために必要な投資ではないか。恐らく所得税率を累進化したところで、それほど頭脳流出は起こらない。逆に法外な収入を認めたところで、人間が真面目に働くとは限らない。

>幸せのあり方が多様ということは、報酬は必ずしも金銭に限らないということだ。承認欲求とか使命感とか、人々は様々な動機で、低い報酬で真剣に働くこともあれば、法外な報酬でひとを欺くことだってある。ウォール街で起こったことが何よりそれを証明している。雇用の実態を鑑み、正規雇用と非正規雇用という二重構造は早急に改める必要があるけれども、最も重要なことは人々が仕事を通じて能力開発する機会、次の世代に命を繋いでいく権利を国として保障し、次世代に対する投資を怠らないことではないか

ほとんど付け加えるべきことはありません。

ちなみに、今年の労働経済白書が最後に述べているのも、まさにその点なのです。

http://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/roudou/08/dl/04.pdf

>経済停滞の最中には、どの企業にも存続の危機があり、自分の職業能力形成は自分の責任で行わなければいけなという極端な主張もみられたが、自らが所属する企業の組織的な事業活動を通じて、社会に参加する労働者にとっては、労使の連携と協力のもとに行われる職業能力開発が最も有効であり現実的なものである。長期の景気回復を通じて、企業経営にも自信が回復し、今日ではかつてのような極端な主張の展開は影を潜め、企業も、技能の継承と組織の存続をかけ、新規学卒者の採用拡大に向けた戦略的な取組を強化しつつある。正規従業員の削減傾向に歯止めがかかり、長期雇用慣行の評価が改めて高まってくる中で、今後は、働きがいのある職場を如何に創り上げていくか、また、そのために、賃金制度を含む雇用管理は、どのようなものが望ましいかが、雇用慣行をめぐる主要な検討点となっていくものと予測される。

>長期的に考えてみると、賃金や賃金制度を、労働者の動機付けに直結させることについて、根本から考え直す必要もあると思われる。我が国社会は高度な発展をとげ、人々の意識は、物があふれる豊かさから心の豊かさを求める方向へと進んでいる。こうした意識が深まっていく中で、個性豊かに働く人々を如何に励ましていくかが問われている。確かに、いわゆる仕事のできる人は、その成果をしっかりと企業に認めてもらいたいと思うだろう。しかし、どのような仕事も一人の力だけで実現できるものはなく、多くの人の見えない手助けのもとに、その仕事の成功があることに深く思いを致す必要がある。職務範囲や職務分担を明確にするための取組は、労働者の個性を尊重し、合理的な人事配置とキャリア形成を行っていくため、今後も継続していくものと見込まれるが、労働者の動機付けを、賃金の多寡だけではなく、仕事の内容そのものに求めていくことについて検討を深める必要もあるのではないだろうか。企業は、ある事業を行う目的で人々が集まった組織であり、企業経営者は、その行うべき使命を明確に構成員に伝え、その使命の遂行の中で、働く人々が働きがいを感じることができるような経営を目指していくことが大切である。働く意味について、労使が率直に話し合える企業風土の構築に注力していくことが、今後の我が国企業の発展と健全な雇用慣行の形成にとって極めて重要であると言えよう。
働きがいのある職場、たとえば、それは、職場のリーダーが果たすべき使命を的確に構成員に伝え、働く一人ひとりは個性を生かし、また、互いに協力し合い、その使命の実現に向け積極的に取り組むとともに、そうした中から生まれる優れて人間的で魅力あふれる働きぶりが、若い人々にとっても人生の手本となるような、心から働きがいを感じることのできる職場を創り上げていくことが、今日、我が国に働く全ての人々の課題になっているように思われる。

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