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« 今、公正性をどう考えるか:組織内公正性論の視点から | トップページ | 竹内裕『日本の賃金』 »

2008年11月 5日 (水)

ドーア先生 on 金融化

連合総研の『DIO』11月号に、ドーア先生の「社会の金融化と労使関係」という講演録が載っています。ちょうど、一昨日のエントリーで紹介したジャコビー先生の「金融と労働」と似た領域を扱っていて、読み合わせるといっそう興が湧きます。

http://rengo-soken.or.jp/dio/pdf/dio232.pdf

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/post-53c8.html

金融化の社会的帰結についての次のような一節は、熟読玩味に値しましょう。

>金融化の結果として、金融業に携わっている人たちの収入と、実経済に携わっている人たちの収入のバランスが変化しました。この点を見るには、アメリカの国民所得統計が便利です。法人の利益総額中に占める金融業法人の利益の割合は、1946 − 50 年の期間平均で9 . 5%でした。その後、金融業法人のシェアは漸進的に増加し続けますが、1980 年代からは加速的な増加をとげ、2002 年には45%に達します。
 金融業の分け前が増大する二つの要因があります。その第1 は、実経済に生きる人( 実業家)のニーズである「資本調達、将来の不確実性へのヘッジ、貯蓄への高利回り」を媒介する「虚業家」の信用操作の経費が増大することです。経済学者の神話では、資本の自由化、グローバル化は、余っている資金がもっとも利益を上げることができるところに投資され、資金効率を確保するための一番いい方法であるといいます。ケインズは、これに対して、「
一国の資本形成の発達がカジノの副産物となる時、その機能が効率的に果たされる可能性は少ない」と述べ、別の評価を与えています

しかしながら、この講演の一番面白いところは、日本における株主主権論の横行に関わって、経済産業省って役所は何を考えているの?と皮肉っぽく問いかけているところでしょう。話は本ブログでも何回か取り上げた例の北畑次官の話から始まります。

>最後に、株主主権論(「会社は株主のもの」)思想の普及というイデオロギー的変化も無視できません。
 経済産業省の事務次官だった北畑さんが、今年1 月の講演で「デイトレーダーは浮気で無責任でバカなものばかり」と言ったことが、新聞にもれて大騒ぎになりました。しかし、その馬鹿騒ぎとは別に、彼の講演は非常に面白い。ですが、矛盾に満ちているとも思います。北畑さんは、一方で、「会社法では、会社は株主のものです。会社法の大枠は、国際スタンダードで出来上がっていて、これを変更する事はできません」といいます。ですが、これは国際スタンダードではありません。たとえばドイツは、監査役会に従業員代表が半分入っているような法的制度を持っています。「会社は株主のもの」という思想に基づく制度は決して普遍的なものではありません。

この点は、私は何回もあちこちで繰り返し書いたり喋ったりした気がするのですが、何かというと法律学を馬鹿にして経済学万歳と言いたがる輩に限って、ことこの問題になると法匪もかくやと思われるほど、「六法全書をよく読めこの馬鹿、会社は株主のものに決まってるやろうが」と一国法律主義に凝り固まるという不可思議な現象が見られます。ドーア先生はドイツの例を挙げておられますが、北欧諸国では従業員代表は取締役会にはいっていて、こういうのがEUの主流派なんですが、そういうのは目に入らないと。ま、それはともかく、

(追記)いうまでもなく、これはお馬鹿な「法律を馬鹿にしているつもりで実は一国の法律の枠組みに囚われているだけの連中」をからかっているだけの一節です。多くの方には今更でしょうが、一応念のため。

 
 しかし、北畑さんは、法的な「株主主権論」の強調と同時に、まるで逆のことも主張しています。すなわち、世の中では会社は株主のものであるということに決まっているけれども、自分はそうではなくて、少数派として、ステークホルダー論にこだわっている、といいます。そして、東京高裁の裁判官のことばを借りて、「会社は・・・一個の社会的存在であり、対内的には従業員を抱え、対外的には取引先、消費者等との経済的活動を通じて利益を獲得する存在であるから・・・企業価値について、もっぱら株主利益のみを考慮する考え方には限界がある」と。

 北畑さんが事務次官をしている役所で、2004 年に発足した企業価値研究会というのがあります。そのメンバーは、製造業出身が当初は6 人でしたが、今年の春にはそのうち3 人が解雇されて、代わりに金融業代表者を2 人加えました。結局、製造業3 人、金融業13 人、学者が7 人、そして弁護士が4 人という構成になりました。この研究会が今年6 月に発表したガイドライン(『近時の諸環境の変化を踏まえた買収防衛策の在り方』)は、ステークホルダー論をまったく否定するような内容のものとなっています。例えば、「取締役会は、株主共同の利益の確保・向上に適わないにもかかわらず、株主以外の利害関係者の利益に言及することで、買収防衛策によって保護しようとする利益を不明確としたり、自らの保身を目的として発動要件を幅広く解釈してはならない」と述べています。「発動」とは、買収者に対しての防衛策の発動を意味します。これは非常にこんがらがった文章で、分かりにくいのですけれども、要するに取締役会はなによりも株主利益に奉仕しなければならない、従業員の利益など考慮に入れてはならない、と主張しているわけです

経済産業省(の一部)に金融立国論的な傾向があることは確かなのでしょう。その先に何か視界が開けるような展望があると思っているのかな?と不思議な思いがしますが。

で、ドーア先生は、この流れをどう変えていくのかという問題提起をします。

>労働組合は、このような支配的思想潮流を変えていけるのか。これが、非常に重要な問題ではないかと思います。経営者が「株主主権論」に異議を唱えようとすれば、たちまち自分の株主が逃げてしまって株価が下がってしまいます。だから経営者は、そういうことは言えません。ですから、「株主主権論」への異議申し立ては、学者やジャーナリストや労働組合の指導者が言わなければならないと思います。

これは、まさにUIゼンセン同盟のいう「使用者を支配する資本と対峙する「労資関係」を構築する必要」というやつですね。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/post-d78b.html

>グローバル化と市場主義化はどんどんと進行し労働市場に混乱を招いてきているのはご承知の通りです。プライベート・エクイティーファンドに象徴されているように、株主資本が絶大な権力を持って経営者を支配する構図が出来上がってしまっています。この現実に対して企業別労働組合は使用者性を持たない株主資本、持ち株会社に対抗する力が非力なのです。
こうした動きに対して我々は早急に対抗策を立てていかなければなりません。それは企業の枠を超えた交渉力を創り上げることにあります。UIゼンセン同盟本部も外国資本に対抗する為にも5つの国際産別との連携はもとより、各国の友誼産別との連帯を一層深めていく必要があります。すなわち、従来の企業別労使関係の上に、使用者ではなく、使用者を支配する資本と対峙する「労資関係」を構築する必要があります。

(参考)北畑次官関係のエントリー

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/02/post_6c4f.html(バカで浮気で無責任)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/02/post_fee4.html(北畑次官の講演録)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/02/post_2f1c.html(おまえは批判しているのか)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/post_bfee.html(企業年金は「モノ言う株主」でいいのか)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/04/post_bef3.html(留保利益の横取りを許すな)

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コメント

うーん、「EUの主流派だから」というだけでは、「グローバル・スタンダードだから」というネオリベ的主張と目くそ鼻くそのような気が。

重要なのは、株主主権主義とステークホルダー重視主義のどちらが、社会や経済にとってパフォーマンスが優れているかであって、先生のご説明ですと、そこの分析が弱いのではないかと。

個人的な経験上、「船頭多くして船山に登る」ではないですが、決定権(権力)が分散すればするほど、集団のパフォーマンスは落ちる傾向があるような気がします。たとえば大学にもよく入っている、ステークホルダー主権の代表格と思える生協は、品揃えが酷い店舗が多く、しかも取り立てて価格が安いわけでもなく、市中のコンビニエンスストアと対等に競争して勝てるとはとても思えません。

松下幸之助氏をはじめ、ステークホルダーを大切にして事業を大成功させた偉大な経営者はたくさんいますが、しかし、そういった経営者の多くは独裁的な経営を行っており、「民主主義的」な経営でうまくいった例をほとんど聞いたことがありません。

その意味では、ステークホルダー重視派の経営者が株主主権によって選ばれる、というのが理想なのではないかと思いますが、なかなかそうは行かないのが難しいところなのかもしれません。

> 企業別労働組合は使用者性を持たない株主資本、持ち株会社に対抗する力が非力なのです

欧州だと『労働者代表は…非力なのです』になるのかな…
まあ、欧州では、それこそ「企業別でない組合が主流」だから、そっちで対抗できる…

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