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2008年11月

2008年11月30日 (日)

EU財団の労使関係ワークショップ

しばらく日本を留守にして、EUの欧州生活労働条件改善財団が主催する「EU及び他のグローバル・新興経済の労使関係」というワークショップに参加してきました。場所はパリのOECD本部の会議場です。

http://www.eurofound.europa.eu/events/2008/workshopparis271108/index.htm

27,28日の両日をフルに使って、今年のテーマは賃金でした。このプログラムにあるように、私は第3セッションの「賃金の個別化、雇用関係の個別化」と、第5セッションの「労使関係の趨勢」で報告をしてきました

http://homepage3.nifty.com/hamachan/individualisation.html

http://homepage3.nifty.com/hamachan/trends.html

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2008年11月25日 (火)

欧州労連の経済再生計画

欧州労連が昨日、「Action for recovery! - A European plan to relaunch the economy」というのを発表しております。

http://www.etuc.org/a/5589

本ブログで、欧州労連の声明を取り上げるのもかなりの回数ですが、今回のはいささか目新しいところがあります。

その前に、全体でどういうことを言っているかというと、

>To ward off the recessionary tide that is sweeping in and to avoid the economic depression from becoming entrenched, European policymakers need to invest in:

people and productivity to keep the economy going in the very short term. A rapid and massive deployment of labour market policies aimed at getting money to those who need it most, while also providing more security to workers. From January 2009, each Member State should invest an additional 1% of GDP in order to strengthen unemployment benefit systems, provide training and lifelong learning and to set up social economy employment programmes;

innovation and the environment to climb out of the crisis.

リセッションの波を防ぐため、GDPの1%を失業給付、教育訓練、社会的経済に振り向けよ、

>Each Member State should prepare an investment package worth 1% of GDP – such a package should kick in no later than mid 2009. Priority should be given to those areas of investment that also strengthen the long-term potential of the economy, for instance sustainable development, social housing and European networks.

GDPの1%を環境関連開発、社会的住宅、交通ネットワークの建設に振り向けよ、

ということなんですが、詳細版を見ると、なかなか面白いことを言っています。

http://www.etuc.org/IMG/pdf_TACKLING_THE_CRISIS.pdf

まず、有期雇用の不安定労働者について、

>increasing security for the most flexible workers – The crisis once again reveals that labour markets in Europe are already highly flexible: from the moment the economic activity stalls, this is immediately followed by a massive restructuring of employment. However, the security dimension is lacking. In particular, workers with short-term employment contracts, such as agency workers and fixed-term workers, are being severely hit by the economic slowdown. At the same time, workers on such contracts tend not to benefit of full social security rights and only have little access to company training measures. It is only fair that these workers would be compensated for the huge flexibility they are showing by giving them additional unemployment benefits in the form of a one-off payment. This can also be considered to be an ‘employment’ bonus which the unemployed people concerned could use to finance their search for a new job;

このあたり、日本で言われていることとよく似ています。欧州は均等待遇は法定されていますが、こういう雇用の不安定さは日本と同様で、その埋め合わせに追加的な失業給付とか休職活動用の「雇用ボーナスを」と言っています。

もっと興味深いのはこれです。

>supporting internal flexicurity – By keeping existing workers engaged during the downturn, internal flexicurity provides businesses the benefit of disposing of skilled and trained workers when the next upturn arrives. These models of internal flexicurity are promoted, on the one hand, by robust job protection systems and, on the other hand, by social security financing ‘technical’ unemployment. In this case, workers keep the job and work part of the time with part-time wages being topped up by unemployment benefits. Member States wishing to do so can devote (part of) the 1% of labour market policy investment aimed at developing or strengthening internal flexicurity.

内部的フレクシキュリティとは、まさに日本的な企業内部で労働力を保蔵するというやり方ではありませんか。しかも、「技術的な」失業をファイナンスする社会保障によって・・・って、まさしく日本の雇用調整助成金ではないですか。

賃金の下方スパイラルを止めるために国が介入せよ、というのもあります。

>To take out additional guarantee against deflation and to prevent the domino of close to zero wage growth from falling, the Commission should base itself on this European integrated guideline in order to propose a new policy process. Member States, together with the national social partners, should be invited to formulate policies establishing or strengthening a downwards floor in wage developments of at least 2% in all Member States.

デフレに陥らないための保障として、欧州委員会は最低2%の賃上げを指針として示し、各国はそのための政策を実行せよ、と。

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個別労働紛争相談は成長産業?

日本労働研究雑誌の12月号は「労働紛争の解決システム」が特集で、いろいろな論文や記事が載っています。

http://www.jil.go.jp/institute/zassi/new/index.htm

JILPTの呉学殊さんは、ここにも

http://www.jil.go.jp/institute/zassi/new/rb06.htm

コミュニティユニオンの話を書かれています。ビジネスレーバートレンドと連合総研のDIOと、JILPTのwebコラムを入れれば、一粒で何回もおいしいということですか。

それはともかく、ここに来て、行政と労働組合以外の団体も、個別労働紛争というのはこれからの成長産業だと見込んだのか、参入を図っているようです。

もちろん、日本労働弁護団は90年代初め頃から電話相談をやっていますし、社会保険労務士会も特定社労士制度ができて本格的にやり始めていますが、これにはびっくりしました。

http://www.shiho-shoshi.or.jp/(日本司法書士連合会)

http://www.shiho-shoshi.or.jp/association/info_disclosure/info/info_detail.php?article_id=23(平成20年度「全国一斉労働トラブル110番」の実施について)

司法書士といえば、最近電車の中で、サラ金の借金整理の広告を出しているのが目立ちますが、いよいよ労働問題にも参入ですか。

>(相談例)
 ○会社が赤字なのか、給料が遅れています。
 ○残業手当を支払ってもらえません。
 ○突然社長に、明日から来なくていいと言われ…。

こういう小粒の相談は司法書士にどうぞ、というわけですか。まあ、でも労働問題は奥が深いですから、かなり労働法規を勉強しておかないとつっこんでいくと大変では?と思いますが。

も一つ、こっちは政党ですが、

http://www5.sdp.or.jp/event/branch/081117_kiyozuri.htm(社民党労働相談、開催します)

確かに福島党首は弁護士ですから労働相談できるのでしょうが、その様子をニコニコ動画で生放送というのは、どちらかといえば、政治的パフォーマンスの気がしないでもないですね。

http://blog.goo.ne.jp/hosakanobuto/e/70d4445b2f6901ad68097ef8618b75c7(保坂展人のどこどこ日記)

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高学歴代替の戻り現象

JILPTの「ビジネスレーバートレンド」12月号が、「高校生の就職とキャリア形成支援-日本的就職システムの行方と課題」という特集をしています。

http://www.jil.go.jp/kokunai/blt/bn/2008-12/index.html

10月6日に開催された労働政策フォーラムの報告とディスカッションがメイン記事ですが、その中の、筒井美紀さんの報告が興味深いものがあります。

資料はここにアップされていますが、

http://www.jil.go.jp/event/ro_forum/resume/081006/tsutsui.pdf

こういうお話をされたようです。

>ある企業は97年の時点では「高校生の採用を止める」としていました。「高校生はすぐやめるし、仕事を教えても覚えないし、資質が下がっていてだめだ」ということで、実際に大卒採用(正社員+契約社員)に切り替えて、「すごくうまくいっています」と97年時点で話していました。しかし、07年に「10年経ちましたが、どんな感じでしょうか」と伺ったところ、「実は高卒採用を復活することにしました」との回答でした。

>その理由については、まず「高等教育大衆化のインパクト」があります。その企業の言葉を借りると。「専門学校にせよ、大学にせよ、今のように進学が容易になってしまうと『おいおい、大丈夫なのか?』という学生も多くいる。ならば、高校卒業時点で採用して育てた方がよいのではないか」と。

>このように、事後的にあと知恵で振り返れば、企業も試行錯誤していることに気づきます。ある採用行動をとったからといって、それを一時点だけで評価するのではなく、やはり経過を見なければいけないということがとてもよくわかるわけです。

>だとすれば、採用言説は労働需給の状況で変わっていくのではないか。人手が要らないときには、「最近は仕事が高学歴化したので(高卒採用は)無理だ」などの言説が流布し、人手が居るようになったら「これからは高卒を育てていかねばならない」という言説が広まり、それに影響されたりします。

これは、実に深遠なまでのインプリケーションのある言葉というべきでしょう。こういう言葉を軽々しく読み捨ててはいけません。

なお、本ブログでかつてこのあたりについて書かれたエントリーにこんなものもあります。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/02/post_384b.html(職業能力ってなあに?)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/02/post_29c6.html(職業教育はペイするか?)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/04/post_c586.html(専門高校のレリバンス)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/12/vs_e20a.html(本田由紀vs濱口?)(コメント欄参照)

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2008年11月23日 (日)

不労不育世代間資産還流の社会的帰結

昨日の朝日新聞日曜版「be on Saturday」に、大変興味深い記事が載っていました。「60歳超で循環するマネー 都市部の団塊世代に相続が集中」というタイトルで、要するに高齢化のために親が死んで相続する年齢が30年前より15歳以上も上昇し、60代後半で相続するに至っているというのです。

この記事自体はマネー記事なので、資産運用的観点からしか書いていませんが、実はこれはマクロ社会的に見ると、労働もしなければ育児もしない消費性向の低い引退世代の間でのみ、膨大な資産がやりとりされてしまい、実際に労働し、子どもを育てている世代はそのマネーの流れに入れなくなっているという深刻な事態を意味します。言うまでもなく高齢層ほど格差は大きくなりますから、そういうマネーの還流をしている階層と、そんなものに縁のない階層との格差は大きいわけです。

そうすると、運良くじいさんの資産を親父が受け継いだ分をトリクルダウンでもらえる若年層と、そういうのに預かることのできない若年層の格差も自ずから拡大するということになり、後者はオレオレ詐欺でもやって、カネの余っている高齢層からカネをふんだくろうということになったりするのかもしれません。

なんにせよ、カネが不労不育世代間でのみ行ったり来たりしているというのは、マクロ経済的に見てもいかにも不均衡な事態でしょう。お金のかかる世代はお金がない、お金のかからない世代にお金がある。これを血のつながりを超えたマクロなメカニズムで還流しないと、お金をかけなければならない世代はお金がないからお金を使わない。お金が余っている世代はお金を使う必要がないからお金を使わない。という悲しい事態に陥ってしまうわけです。

年金制度のあり方を考えるにあたっては、こういうファクターも考慮に入れないと、トータルな社会システムとして問題が出てくるんでしょうね。

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2008年11月22日 (土)

問題はひとを誰がどう育てるか

楠正憲さんの「雑種路線で行こう」が、大変目配りの聞いたまっとうな議論を展開されています。

http://d.hatena.ne.jp/mkusunok/20081122/div

>既得権益批判の先に行くことは大事だが、ちょっと方向が間違ってないか。制度設計如何でこれからも多くの労働者が家庭を持てるようにすべきだし、知的労働は引き続き正規雇用の割合が高いと考えられる。

>問題は正規雇用と非正規雇用との間で能力差を超えた経済格差や機会格差が生じた場合に、婚姻率の低下を通じて少子高齢化を招き、非正規雇用層の人的資本が形成されず、階層間流動性の低下を通じて競争も起こらなくなってしまい、結果として経済全体の生産性を落とし、再投資が進まなくなってしまうことである。

大雑把にいえば欧州は福祉の充実や教育の無償化を通じて出生率を維持して十分な教育を提供し、米国は世界中から才能を集めて機会を提供することで国内格差が常態化しても優秀な人材が途絶えない仕組みとなっている。然るに日本は米国と違って外国人に十分な機会を提供する努力を怠ってきたし、欧州と違って教育を社会的費用として賄う決断もしなかった。結果として高齢化と格差拡大が深刻化し、多くの若者が希望を持てなくなっている。

もちろん幸せのあり方はもっと多様であるべきだし、女性の社会進出は促すべきだけれども、真面目に生きていれば安心して結婚し、子どもをつくり、能力に応じた教育を提供できる福祉は提供すべきだ。それは一部のロスジェネ論者が主張するような個人の権利ではなく、国として生き延びるために必要な投資ではないか。恐らく所得税率を累進化したところで、それほど頭脳流出は起こらない。逆に法外な収入を認めたところで、人間が真面目に働くとは限らない。

>幸せのあり方が多様ということは、報酬は必ずしも金銭に限らないということだ。承認欲求とか使命感とか、人々は様々な動機で、低い報酬で真剣に働くこともあれば、法外な報酬でひとを欺くことだってある。ウォール街で起こったことが何よりそれを証明している。雇用の実態を鑑み、正規雇用と非正規雇用という二重構造は早急に改める必要があるけれども、最も重要なことは人々が仕事を通じて能力開発する機会、次の世代に命を繋いでいく権利を国として保障し、次世代に対する投資を怠らないことではないか

ほとんど付け加えるべきことはありません。

ちなみに、今年の労働経済白書が最後に述べているのも、まさにその点なのです。

http://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/roudou/08/dl/04.pdf

>経済停滞の最中には、どの企業にも存続の危機があり、自分の職業能力形成は自分の責任で行わなければいけなという極端な主張もみられたが、自らが所属する企業の組織的な事業活動を通じて、社会に参加する労働者にとっては、労使の連携と協力のもとに行われる職業能力開発が最も有効であり現実的なものである。長期の景気回復を通じて、企業経営にも自信が回復し、今日ではかつてのような極端な主張の展開は影を潜め、企業も、技能の継承と組織の存続をかけ、新規学卒者の採用拡大に向けた戦略的な取組を強化しつつある。正規従業員の削減傾向に歯止めがかかり、長期雇用慣行の評価が改めて高まってくる中で、今後は、働きがいのある職場を如何に創り上げていくか、また、そのために、賃金制度を含む雇用管理は、どのようなものが望ましいかが、雇用慣行をめぐる主要な検討点となっていくものと予測される。

>長期的に考えてみると、賃金や賃金制度を、労働者の動機付けに直結させることについて、根本から考え直す必要もあると思われる。我が国社会は高度な発展をとげ、人々の意識は、物があふれる豊かさから心の豊かさを求める方向へと進んでいる。こうした意識が深まっていく中で、個性豊かに働く人々を如何に励ましていくかが問われている。確かに、いわゆる仕事のできる人は、その成果をしっかりと企業に認めてもらいたいと思うだろう。しかし、どのような仕事も一人の力だけで実現できるものはなく、多くの人の見えない手助けのもとに、その仕事の成功があることに深く思いを致す必要がある。職務範囲や職務分担を明確にするための取組は、労働者の個性を尊重し、合理的な人事配置とキャリア形成を行っていくため、今後も継続していくものと見込まれるが、労働者の動機付けを、賃金の多寡だけではなく、仕事の内容そのものに求めていくことについて検討を深める必要もあるのではないだろうか。企業は、ある事業を行う目的で人々が集まった組織であり、企業経営者は、その行うべき使命を明確に構成員に伝え、その使命の遂行の中で、働く人々が働きがいを感じることができるような経営を目指していくことが大切である。働く意味について、労使が率直に話し合える企業風土の構築に注力していくことが、今後の我が国企業の発展と健全な雇用慣行の形成にとって極めて重要であると言えよう。
働きがいのある職場、たとえば、それは、職場のリーダーが果たすべき使命を的確に構成員に伝え、働く一人ひとりは個性を生かし、また、互いに協力し合い、その使命の実現に向け積極的に取り組むとともに、そうした中から生まれる優れて人間的で魅力あふれる働きぶりが、若い人々にとっても人生の手本となるような、心から働きがいを感じることのできる職場を創り上げていくことが、今日、我が国に働く全ての人々の課題になっているように思われる。

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2008年11月21日 (金)

トルコがEUに加盟しても、トルコ人労働者は入れてやらないって

EurActivの独占インタビュー、語るはEUの拡大担当レーン委員、

http://www.euractiv.com/en/enlargement/interview-eu-considers-safeguards-turkish-workers/article-177363

>Cultural resistance and fear of integrating a large Muslim minority are leading Brussels to consider imposing restrictions on the free movement of Turkish workers when the country eventually joins the EU, Enlargement Commissioner Olli Rehn told EurActiv in an exclusive interview.

トルコが最終的にEUに加盟したとしても、トルコ人労働者の自由移動には制限を課すことを考えざるを得ない、と。

レーン委員自身はそれに賛成ではなさそうですが、フランス人がうるさいんだよ、と。

>"For instance in France, Turkish EU accession is seen through the lens of certain problems related to the integration of the Muslim minority

スカーフを脱げといっても脱がない連中はごめんだ、的感覚ですか。

>"Concerning the free movement of workers, we may consider transitional periods and even permanent derogations," Rehn told EurActiv. "This is in order to alleviate fears among our citizens about problems related to the labour market and immigration."

一定の移行期間を設定するとともに、恒常的な適用除外も設ける、と。労働市場や移民問題に係る市民の懸念を和らげる必要があるから。

>Such measures, if they are imposed, are likely to fuel resentment within Turkey

しかし、そりゃトルコ人は怒り心頭でしょう。俺たちはヨーロッパ人じゃないのか。いや、本音はそうなんですよ、実は。

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最大の景気対策は賃上げ@経産省

JR関係の雑誌「WEDGE」の12月号に、興味深い、というか、何だかなあ、という記事が載っていました。

>経済産業省が日本労働組合総連合会(連合)との接触を強めている。連合に対し、来春の賃上げを獲得するよう水面下で働きかけている。今冬のボーナス支給額が6年ぶりに減少するなど労働分配率が低下する中、経産省は「最大の景気対策は企業の賃上げ」(幹部)と判断しており、連合の尻を叩き始めた。

今週改訂された「新経済成長戦略」の中でも経産省は、「大企業を中心とした賃金引き上げが必要」と指摘、内需低迷の元凶は大企業の賃金抑制と見る。

「定額減税など小手先の対策では消費を刺激しない。賃上げこそが即効薬」(幹部)。日本経団連など親密な経済団体への要請が一般的だが、煮え切らない経営者側ではなく、ターゲットを労働者側に転換。事務次官ら幹部が連合に日参し、異例の要請を繰り返している。

この関係は、以前本ブログでも取り上げました。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/post-1232.html(小林慶一郎氏の労働市場規制強化論)

それにしても、労働省の長い歴史の中でも、労働官僚が労働組合に賃上げの尻を叩いたなどということは聞いたことがありません。入省時から、(最低賃金のような最低条件は別として)賃金決定は労使交渉で決めるべきもので、政府は介入してはならないのだ、という格率を叩き込まれてきているので、こういうのを見ると、ほんとに経産省って何でもありなんだなあ、と感心してしまいます。

一般論としていえば、現在の状況下で賃上げが景気対策というのは確かでしょうが、経産省の言い方ではそれをもっぱら既に高賃金の大企業分野で行えということになり、より消費性向の高い低賃金層は後回しでいいと読めないこともなく、なんだか格差拡大を呼びかけているように見えないこともないところがいささか痛いところのようにも思われます。

連合としても、正社員だけの利益代表ではなく、非正規労働者のために活動するのだといいだしたところで、そう簡単に大企業だけ賃上げせよ!と乗れないでしょう。

とはいえ、こういう不況下で中小企業に大幅賃上げを要求するのは会社をつぶせということか、と反発を食らうでしょうから、それはいえないということなんでしょう。やはり、ここは労働市場内部だけではなく、社会全体の再分配政策をどう構想するか、という問題意識に裏打ちされることが不可欠のように思われます。雇用保険財政を通じた、中小企業への賃金補助などもその一環でありうるはずですが、ここ十数年の「構造改革」で見る影もなくなってしまいましたしねえ。

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2008年11月20日 (木)

こういうことを言うのが社会民主主義政党です、もちろん

例によって、本日付の欧州社会党の声明。

http://www.pes.org/content/view/1443/1700098

>Yesterday the choice was fiscal stimulus or not, today the choice is what sort of fiscal stimulus

昨日、選択は財政刺激か否かにあった。今日は選択はどういう種類の財政刺激かだ。

>After the G20 and EU summits there is no debate on whether or not to invest in fiscal stimulus to counter the recession - every government is planning its investments. Today the real debate is the scale of the investment and who benefits

G20とEUサミットの後では、財政刺激の是非の議論は存在しない。今日真の議論はその規模と誰が利益を受けるかだ。

>We social democrats have a warning - beware conservatives presenting tax cuts for the rich as a stimulus package. We are looking for social fairness - for serious action to keep our employment and jobs.

我々社会民主主義者は警告する。保守派は金持ちへの減税を主張する。我々は社会的公正を求める。我々の雇用と仕事を守るための真剣な行動を。

>We are looking for investments to create jobs in future needs such as renewable energies, energy efficiency, public transport, training and education, child care and services for the elderly.

我々は、将来のニーズへの雇用を創出するための投資を求める。再生可能エネルギー、エネルギー効率、公共交通、教育訓練、保育、介護といったものだ。

こういうことを言うのが社会民主主義政党です、もちろん。こんな当たり前すぎることを、繰り返し書かなければならないほどひっくり返った逆さまの国に住んでいる皆さんには、こういうのはいつまでたっても新鮮なんでしょうね。

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勤労者短観-低収入者ほど権利に無知

恒例の連合総研の勤労者短観の第16回目が公表されています。

http://rengo-soken.or.jp/%2316%E7%9F%AD%E8%A6%B3%E3%80%80%E7%B5%90%E6%9E%9C%E6%A6%82%E8%A6%81.pdf

今回は、物価上昇感、失業の不安、長時間労働、不払い残業、仕事のストレスなど盛りだくさんですが、久しぶりに労働者の権利の認知状況が取り上げられています。

>法律で労働者の権利として定められていると思うものをたずね、認知状況を測る目安としてその結果を得点化したところ、中・高校卒、個人賃金年収が200 万円未満の層や、労働組合に加入していない層などで比較的低い値(図表Ⅲ-1)。セーフティネットの脆弱な層で権利認知が進んでいないおそれ。

点数でいうと、年収800万円以上が5.8点、年収200~600万が5.0点、年収200万円未満が4.2点と、だいたいひどい目に遭いそうなところがひどい目にあってもそれがひどい目だとわからない傾向があります。

>労働者の権利に関わる知識の情報源としては、新聞・テレビ等の情報から得たとする者が最も多く、会社の教育訓練・講習がこれに次ぐ(図表Ⅲ-2)。

特に権利認知得点が低い、「知る機会はなかった」とする者は、20 代、中・高校卒、労働組合に加入していない層などで多い(図表Ⅲ-3)。権利認知の必要性の高い、セーフティネットの脆弱な層で「知る機会」に乏しい可能性。

そういう人は、誰も教えてくれなかったんですね。中学高校では。

>雇われて働いていく上で、労働者の権利を知っておくことが不可欠だと思うかどうかたずねたところ、20 代や労働組合に加入していない層においては、他と比較すれば不可欠と感じる度合いが低い(図表Ⅲ-4)。

しかも、そういう人ほど、そういうことを知っていなければならないということすら知らない。知らないからひどい目に遭っているとも思わない。という、悪魔のサイクルに陥ってしまうわけです。

あと、やはり注目すべきは、失業の不安を感じる人が、半年前の18.2%から、一気に23.8%に跳ね上がっていることでしょう。これはすさまじい。実際、最近電車に乗るたびに、人身事故で止まってますというアナウンスを聞くように思いますが、その一つ一つの背後にどんな事情があったのかと思うと、迅速な生活対策の必要性を痛感します。

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2008年11月19日 (水)

欧州議会が男女同一賃金規定の全面見直しを要求

昨日、欧州議会は男女均等指令の同一賃金条項の全面見直し案の提出を欧州委員会に要求する報告を採択したようです。

http://www.europarl.europa.eu/news/expert/infopress_page/014-42149-322-11-47-902-20081117IPR42147-17-11-2008-2008-false/default_en.htm

>The European Parliament adopted a legislative initiative report recommending a revision of existing legislation on equal pay. In the European Union, women earn on average 15% less and up to 25 % less in the private sector. In spite of the legislation in force for more than thirty years, the pay gap between women and men has been persistent, still varying between 4 and 25 % among the Member States with no narrowing trend, states the report adopted by 590 votes four, 23 against and 46 abstentions.

圧倒的多数で可決したので、これは欧州委員会を拘束するようです。

>The report was adopted under a special procedure (rule 39 of the rules of procedure) where the European Parliament calls on the Commission to bring forward a legislative proposal and where the report must obtain an absolute majority to be adopted) MEPs request the Commission to submit to Parliament by 31 December 2009, a legislative proposal on the revision of the existing legislation, following different recommendations

来年末までに提案しろと。

上にあるように、法律上は男女同一価値労働同一賃金が規定されているわけですが、実態は4%から25%の格差があるということで、

>The report suggests the introduction of obligatory regular pay audits for enterprises and the publication of their results. Recommendations also include a clear definition of concepts such as gender pay gap and direct and indirect discrimination as well as establishing job evaluations complying with the principle of equality between men and women available for all stakeholders.

企業に対する強制的な定期的賃金監査を導入せよといっているようです。

ブツはこれですね。

European Parliament resolution of 18 November 2008 with recommendations to the Commission on the application of the principle of equal pay for men and women

http://www.europarl.europa.eu/sides/getDoc.do?pubRef=-//EP//TEXT+TA+P6-TA-2008-0544+0+DOC+XML+V0//EN&language=EN#BKMD-18

>1.  Requests the Commission to submit to Parliament by 31 December 2009, on the basis of Article 141 of the EC Treaty, a legislative proposal on the revision of the existing legislation relating to the application of the principle of equal pay for men and women , following the detailed recommendations annexed;

その具体的な勧告は、

>DETAILED RECOMMENDATIONS ON THE CONTENT OF THE PROPOSAL REQUESTED

Recommendation 1: DEFINITIONS

Directive 2006/54/EC contains a definition of equal pay, by copying the provisions of Directive 75/117/EEC. To have more precise categories as tools for dealing with the gender pay gap (GPG) it is important to define the different concepts more precisely, such as:

  - GPG, the definition of which must not cover gross hourly pay alone;
  - Direct pay discrimination;
  - Indirect pay discrimination;
  - Remuneration, the definition of which should cover any net wages and salaries as well as any work-related financial entitlements and in-kind benefits;
  - Pension gap - in different pillars of pension systems, i.e. in pay as you go systems, occupational pensions (as a continuation of the pay gap after retirement).

Recommendation 2: ANALYSIS OF THE SITUATION AND TRANSPARENCY OF RESULTS

2.1.  The lack of information and awareness among employers and employees about existing or possible pay gaps within their company weakens the implementation of the principle enshrined in the Treaty and in existing legislation.

2.2.  Acknowledging the lack of accurate statistical data and the existing lower pay rates for women especially across professions traditionally dominated by women, Member States should take full account of the gender pay gap in their social policies and treat it as a serious problem.

2.3.  It is therefore essential that regular pay audits, as well as the publication of their results, are made compulsory within companies (e.g. in companies with at least 20 employees). The same requirement must also apply to information on remuneration in addition to pay.

2.4.  Employers should provide employees and their representatives with results in the form of wage statistics, broken down by gender. This data should be compiled at sectoral and national level in each Member State.

2.5.  Member States and the Commission should improve statistics and add comparable data on the part-time gender pay gap and the gender pension gap.

2.6.  Those statistics should be coherent, comparable and complete aiming at abolishing discriminatory elements in pay connected with the organisation and classification of work.

Recommendation 3: WORK EVALUATION AND JOB CLASSIFCATION

3.1.  The concept of the value of work must be based on interpersonal skills or responsibility emphasising quality of work, with the aim of promoting equal opportunities between women and men and should not be marked by a stereotyped approach unfavourable to women, for example putting the emphasis on physical strength rather than on interpersonal skills or responsibility. Women must therefore be provided with information, assistance and/or training in wage negotiations, job classification and pay-scaling. It must be possible for sectors and companies to be asked to examine whether their job classification systems reflect the gender dimension in the required manner, and to make the necessary corrections,

3.2.  The Commission's initiative should invite Member States to introduce job classification complying with the principle of equality between women and men, enabling both employers and workers to identify possible pay discrimination based on a biased pay-scale definition. Respecting national laws and traditions concerning industrial relations system remains important. Such elements of work evaluation and classification should also be transparent and be made available to all stakeholders and to labour inspectorates and equality bodies,

3.3.  Member States should carry out a thorough assessment centred on professions dominated by women,

3.4.  A gender-neutral job evaluation should be based on new systems for classifying and organising staff and work and on professional experience and productivity assessed above all in qualitative terms, for use as a source of data and assessment grids for determining pay, with due regard to the principle of comparability.

Recommendation 4: EQUALITY BODIES

Equality promotion and monitoring bodies should play a greater role in diminishing GPG. The bodies should be empowered to monitor, report, and, where possible, enforce gender equality legislation more effectively and more independently. Article 20 of Directive 2006/54/EC should be revised so as to enhance the bodies' mandate by:

  - supporting and advising victims of pay discrimination;
  - providing independent surveys concerning the pay gap;
  - publishing independent reports and making recommendations on any issue relating to pay discrimination (direct and indirect);
  - legal powers to bring wage discrimination cases to court;
  - providing special training for the social partners and for lawyers, judges and ombudsmen based on a toolbox of analytical instruments and targeted measures to be used either when drawing up contracts or when checking whether rules and policies to address the pay gap are being implemented.

Recommendation 5: SOCIAL DIALOGUE

Further scrutiny of collective agreements and applicable pay scales and job classification schemes are necessary, mainly concerning the treatment of part-time workers and workers with other atypical work arrangements or extra payments/bonuses including payments in kind (more often given to men than women). Such scrutiny should cover not only primary but also secondary working conditions and occupational social security schemes (rules on leave, pension schemes, company cars, childcare arrangements, flexible working time, etc.). Member States, while respecting national law, collective agreements or practice, should encourage social partners to introduce gender-neutral job classifications, enabling both employers and employees to identify possible pay discrimination based on a biased pay-scale definition.

Recommendation 6: PREVENTION OF DISCRIMINATION

Specific reference should be made to pay discrimination in Article 26 (on prevention of discrimination) of Directive 2006/54/EC, with a view to ensuring that Member States, with the involvement of the social partners and equal opportunity organisations, adopt:

  - specific measures relating to training and job classification, aimed at the vocational-training system and designed to remove and prevent discrimination in training and classification and in the economic valuation of skills,
  - specific policies to make it possible to reconcile work with family and personal life, covering childcare and other care services, flexible work organisation and hours, and maternity, paternity, parental and family leave, with specific provision for paternity leave and the protection thereof and for parental leave with financial cover for both parents,
  - concrete affirmative actions (under Article 141(4) of the EC Treaty) to redress the pay gap and gender segregation, to be given effect by the social partners and equal opportunity organisations at various levels, both contractual and sectoral, such as: promoting pay agreements to combat GPG, investigations in relation to equal pay, setting of qualitative and quantitative targets and benchmarking, exchange of best practice,
  - a clause in public contracts requiring respect for gender equality and equal pay.

Recommendation 7: GENDER MAINSTREAMING

Gender mainstreaming should be enhanced by including in Article 29 of Directive 2006/54/EC precise guidelines for the Member States concerning the principle of equal pay and closing the gender pay gap. The Commission should gear itself to providing assistance to the Member States and to stakeholders as regards practical measures to bridge the gender pay gap by means of the following:

  - devising reporting schemes for the purposes of assessing pay gaps between men and women,
  - creating a data bank containing information concerning changes to the systems for the classification and the organisation of workers,
  - collating and disseminating the results of experiments relating to the reform of work organisation,
  - devising specific guidelines for the monitoring of pay differentials within the context of collective bargaining, to be made available on an internet site translated into various languages and accessible to all,
  - distributing information and guidelines on practical means (particularly for SMEs) of redressing the pay gap, including national or sectoral collective agreements.

Recommendation 8: SANCTIONS

8.1.  The legislation in this field is for different reasons evidently less effective and, bearing in mind that the whole problem cannot be solved by legislation alone, the Commission and Member States should reinforce the existing legislation with appropriate types of sanctions.

8.2.  It is important that Member States take the necessary measures to ensure that infringement of the principle of equal pay for work of equal value is subject to appropriate sanctions according to the legal provisions in force.

8.3.  It is recalled that under Directive 2006/54/EC, Member States are already obliged to provide compensation or reparation (Article 18), as well as penalties (Article 25) which are "effective, proportionate and dissuasive". However, these provisions are not sufficient to avoid infringement of the equal pay principle. For this reason, it is proposed to conduct a study on the feasibility, effectiveness and impact of launching possible sanctions such as:

  - compensation or reparation, which should not be limited by fixing a prior upper limit;
  - penalties, which must include the payment of compensation to the victim;
  - administrative fines (for example in the event of failure of notification or of compulsory communication or unavailability of analysis and evaluation of wage statistics disaggregated by gender (according to Recommendation 2)) requested by labour inspectorates or the competent equality bodies;
  - disqualification from public benefits, subsidies (including EU funding managed by Member States) and public procurement procedures, as already provided for by Directives 2004/17/EC(1) and 2004/18/EC(2) concerning the procurement procedure.
  - identification of offenders, which should be made public.

Recommendation 9: STREAMLINING OF EU REGULATION AND EU POLICY

9.1.  One area for urgent action concerns the fact that a wage penalty appears to be linked to working part-time. This requires an evaluation and possible revision of Council Directive 97/81/EC of 15 December 1997 concerning the Framework Agreement on part-time work concluded by UNICE, CEEP and the ETUC - Annex: Framework agreement on part-time work(3) , which prescribes equal treatment between full-time and part-time workers as well as more targeted and effective actions in collective agreements.

9.2.  A concrete target for reducing the pay gap should be introduced urgently in the Employment Guidelines, inter alia regarding access to vocational training and a recognition of women's qualifications and skills

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2008年11月18日 (火)

EUで右翼拡大の兆し

Ivsm9qEUobserverから、

Crisis likely to bolster far right in EU parliament

http://euobserver.com/9/27072

>Extreme right parties, from anti-immigrant and xenophobic populists to outright neo-fascists, are almost certain to increase their presence in the European Parliament after the 2009 elections unless the European Union and mainstream parties wake up to the threat and take action, long-time monitors of far right activities are warning.

反移民主義や排外的ポピュリストから露骨なネオファシストまで、極右政党がほとんど間違いなく2009年の欧州議会選挙で勢力を拡大しそうだ。EUと主流政党がこの脅威に目覚めて行動を起こさない限り。

ヨーロッパの右翼を、この記事は筋金入りの「Fascist Right」と移民出て行け福祉は俺たちのものだの「Fascist Lite」に分けています。Liteって、むかしのたばこの名前みたいですが、LeftとRightの中間という意味なんでしょうか。景気が悪化して失業率が高まってくると、あいつら移民どもがいやがるから俺たちはまともな仕事に就けないんだという(たとえそれが事実に反するスケープゴートに過ぎないとしても)不平不満が溜まってくるのは当然の摂理というものです。

>"With the global financial crisis, and the growing unemployment, this disaffection will only grow," he told EUobserver. "They will begin to look for scapegoats for the crisis and look outside the mainstream, but these groups will deliver nothing but chaos."

グローバル金融危機とともに、失業が増大し、この不満は高まるばかりだ。彼らはこの危機へのスケープゴートを探し始める。しかし混乱を招くばかりだろう。

最後のところで、左派の責任が書かれています。

>Mr Atkinson has strong words for the social democratic parties as well when he explains why this is happening.

"The mainstream left bears a responsibility for this as it's moved right to the centre, moving away from their natural constituency of working people. These people, who are disillusioned, disenchanted, abandon their traditional allegiance to the social democratic or even communist parties and vote for these vehicles of protest with their easy answers about Muslims, Roma or immigrants."

社民党の責任は大きい。その支持基盤の勤労者層は幻滅し、伝統的な社民党や共産党とのつながりを捨て、その抗議の声を載せる手段としてイスラム教徒やジプシーや移民たちへの安易な回答を選んだのだ。

ここから現在の日本の雇用労働政策に対してどういう教訓を得るべきかは、ここで改めて書く必要のないことでしょう。

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失業給付受給者が増加

読売から、

http://job.yomiuri.co.jp/news/jo_ne_08111803.cfm

>雇用保険の9月の失業給付受給者が前年同月比2・6%増の60万6114人となり、2007年5月以来、1年4か月ぶりに増加に転じたことが17日、厚生労働省のまとめでわかった。政府・与党は09年度予算案で、失業給付への国庫負担廃止を検討しているが、景気悪化に伴って給付増が予想されるため、実現できるかどうかは不透明だ。

そんなの、景気後退に少し遅れて失業者が増加していくというのは常識でしょうに、サブプライムが破裂しているさなかに「埋蔵金」を山分けにしようという議論が横行していたんですから、この国って・・・。

>政府・与党は、09年度に社会保障費の伸びを2200億円抑制する方針を達成する柱として、国庫負担金と保険料からなる失業給付金への国庫負担(約1600億円)を廃止する方向で調整していたが、失業給付が増加すれば、将来の給付に備えた積立金(07年度末で4兆9000億円)の減少が予想される。

 このため、与党内では「失業者が増えれば、積立金はすぐに底をつく」(厚生労働相経験者)と廃止に慎重な意見が強まっている。

「埋蔵金」がすぐに底をつくことが見え始めていたころに山分けを主張していた人々は、現実に減りだしてもなお主張されるんでしょうか。

去る11月11日に労政審の雇用保険部会が審議を開始したところですが、さすがに三者構成の審議会ですから、適切な結論を出していくことと思われます。

ちなみに、「埋蔵金」が底をつきかけると、こういうどたばた劇を演じる羽目になります。ほんの7年前の話です。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/koyouhoken.html(季刊労働法202号)

>(7) 雇用保険料率の見直し

・失業等給付に係る雇用保険率を1.6%とする。ただし、平成17年3月31日までは1.4%とする。(労働保険徴収法第12条第4項・附則第9条)
・弾力条項による保険料率の変更幅は現行通り±0.2%とする。(労働保険徴収法第12条第5項)

 今回の改正の直接の動因は前述したように、雇用保険財政の急激な悪化に対する対処の必要性である。基本手当日額の見直しから所定給付日数の見直し、各種給付の縮減など上述してきた全ての面について、雇用保険財政の持続可能性のために給付を絞り込むという色彩が極めて強い。
 他方、拠出制度としての財政的持続可能性という観点からは、当然保険料負担の引き上げによる対応という処方箋が考えられる。今回の改正のうちで、もっとも議論を呼び、労働政策審議会の枠を超えて政府与党の関係者をも巻き込んだ形で展開したのが、この負担のあり方であった。

 労働政策審議会では、雇用保険財政において、弾力条項による保険料率引き上げの発動基準が、積立金が失業等給付費に相当する額を下回った場合とされていることから、必要な積立金水準を達成するまでの間は基本的には単年度黒字となるような収支構造を目指し、必要な積立金水準の確保を図るとともに、将来、積立金が必要な水準に達した後もその水準を堅持することを中期的な雇用保険財政の運営方針とすべきではないかという観点から審議が行われ、平成14年7月の中間報告の段階で、可能な限り早急に(10月を目途)、制度上可能な0.2%の引き上げを発動することをやむを得ないものと認めた。
 これに基づいて、翌8月、厚生労働省は直ちに雇用保険料率を変更する告示(厚生労働省告示第275号)を行い、10月1日から適用した。これによって、失業等給付に係る一般の雇用保険料率は1.2%から1.4%に引き上げられた。農林水産業、清酒製造業及び建設業については、1.4%から1.6%への引き上げとなる。
 その後、11月になって厚生労働省当局が審議会に提示した議論のたたき台では、さらに現行の保険料率を1.4%から1.6%に引き上げることを打ち出すとともに、弾力条項による保険料率の変更幅を±0.3%又は±0.4%とすることも検討するとした。
 そして、一旦は労働政策審議会の結論として、労使の反対意見を添付しつつ、「雇用保険制度の安定的運営を確保するために必要な負担として、失業等給付に係る本来の雇用保険料率を1.6%とし、1.4%から1.6%に改めることはやむを得ない」と書き込む寸前まで行ったのであるが、この案がまとまる予定であった11月22日の審議会の直前に、20日の経済財政諮問会議において、
塩川財務大臣が「失業手当の給付を見直して保険料を上げずに済むようにすべきだ」と発言し、21日の記者会見では補正予算での財政措置の積み増しを検討する考えを示した。これを受けて、22日、坂口厚生労働大臣が「一般財源から国庫負担をいただけるのであれば、保険料率の引き上げは行わなくてもよくなる」と発言し、厚生労働省と財務省の事務当局は大混乱に陥ったと報じられている。
 このため、結論は先送りになり、保険料引き上げは凍結されることとなった。その後、この問題は与党間で政治レベルの話し合いが行われ、補正予算で基金を設ける案が浮上、2500億円の早期再就職支援基金を平成16年度までの時限事業として創設することでまとまり、12月5日、与党3党の幹事長・政調会長間で合意された。保険料率は平成17年3月まで1.4%に据え置かれたが、状況によっては与党3党の了解を得て0.2%の範囲で増率変更することも認められた。
 このように、政治レベルで決着が付いた後、12月18日の審議会で合意された報告では、「失業等給付に係る法律本則の雇用保険料率を1.6%とすることはやむを得ない」と書いた上で、「ただし、平成15年度及び平成16年度は法律附則において1.4%とする」となった。

 この問題については、既に政治的には決着が付いた問題ではあるが、拠出制社会保険制度としての雇用保険制度として、失業率の急激な上昇による財政の悪化に対して、どのように対処すべきかという根本問題について理論的な結論が出されたとは到底言えず、今後も不良債権処理が進められ、大量の離職者の発生が予測される中で、同様の問題は繰り返し起こってくることが予想される。その意味で、この問題の論点を整理しておく意義は大きいと考えられる。
 その際、旧失業保険法制定当時の保険料率は2.2%であり、その後経済成長とともに失業率が低下するにつれて1.3%まで引き下げられてきたが、高度成長が終了して失業率が上昇し始めた後もなお引き下げの一途をたどり、平成5年から13年初頭までは0.8%という空前の低い水準であったことを想起する必要がある。いわば、連帯の精神に基づく拠出制度として、趨勢的な失業率の上昇に合わせて引き上げられるべきであったにもかかわらず引き上げられなかった部分のツケという面がある。また、同様の制度設計であるEU諸国では保険料率が5~9%台と高めに設定されている。

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Activation Dilemma

Bh016 なんだか、OECDの中の人がやってきて、アクティベーションについて意見交換するとかしないとかいう話もこれあり、今年出版されたこんな本を読んでいるのですが、なかなかおもしろいです。

https://www.policypress.org.uk/catalog/product_info.php?products_id=1412

The activation dilemma - Reconciling the fairness and effectiveness of minimum income schemes in Europe

Amilcar Moreir

内容はおおむね、

>The activation of social welfare recipients has been, and still is, a central issue in the development of social and employment policies in Europe. This ambitious book explores the employment effectiveness of minimum income schemes, and provides the first comprehensive examination of its dependency on how the rights and obligations of the recipients are defined.

The book argues that the right to a minimum income can only be adequately justified with reference to the individual's right to personal development. Combining political theory and policy analysis, the author draws on evidence from eight different European countries to illustrate how it is possible to combine higher levels of employment effectiveness with the respect for recipients' right to personal development.

Exploring the balance between fairness and effectiveness in the activation of minimum income recipients and acknowledging that individuals have both rights and obligations, this book will provide a useful reference tool to students, researchers and policy-makers with an interest in the work versus welfare nexus.

Amilcar Moreira is a research fellow at The Irish Longitudinal Study of Ageing (TILDA), Trinity College Dublin. His work has concentrated on the 'work versus welfare' nexus and explores the connection between political theory and policy analysis.

ということなんですが、

ミード流の「働けよこの野郎、ただ飯食おうなんて思うんじゃねえぞ」理論と、ファン・パレイス流の「仕事っていう希少な資産をもっている君たちが僕たちを養うべきだよ」理論の中間に、アクティベーション付きの最低所得保障制度を正当化するもっとまともな理論を構築しようという第2,3章のあたりが、社会哲学的にはおもしろいでしょう。

>Contents:

Introduction;

The right to a minimum income: between Mead and Van Parijs;

Justifying a minimum income guarantee: the right to personal development;

The activation dilemma: a comparative study;

Measuring respect for the right to personal development;

The employment effectiveness of minimum income schemes;

The employment effectiveness of minimum income schemes and their respect for the right to personal development;

Conclusion.

パーソナル・デヴェロップメントへの権利って、なんて訳したらいいんでしょうかね。人間の発達、個人の成長、自己啓発、うーーむ、まあ、でも要するに、人間が自分の中の可能性をエクスプロイット(「搾取」=「発揮」)して、社会に貢献できるような活動をする権利なんですね。

だから、賃金労働に限らず、そういう社会に役立つ仕事をしたり、そのための教育訓練を受けることを最低所得保障を受給できる条件にしようという考え方です。

第4章以下は、欧州各国における実態分析。上の枠組みから各国の制度や運用が批判されています。最後のあたりでフレクシキュリティに言及していますが、やや生煮えの感あり。

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2008年11月17日 (月)

連合、非正規労働者等の緊急雇用対策について厚生労働省に要請

連合が13日に非正規労働者等の緊急雇用対策について厚生労働省に要請したということです。

http://www.jtuc-rengo.or.jp/news/rengonews/2008/20081117_1226915629.html

http://www.jtuc-rengo.or.jp/news/rengonews/data/20081113yousei.pdf

1.派遣労働者等の契約停止に伴う就労・住宅・生活支援策の拡充

(1) 輸出型製造業が集積し、派遣労働者等の雇用問題が深刻な地域(東海、中国、中部、北関東等)においては、都道府県労働局に対策本部を設置するとともに、管轄のハローワークにおいて相談窓口を開設する。

(2) 「非正規労働者就労支援センター」の設置箇所を大幅に拡大し、就労・住宅・生活に関する総合的な支援を行う。

(3) 労働者派遣の契約停止等についての全国的な状況を早急に調査する。

(4) 労働者派遣契約の停止、打ち切りおよびそれに伴う派遣労働者の雇用契約の中途解除について、不適切な事案は派遣元・派遣先指針に基づき、厳正に指導を行う。

(5) フリーターや契約停止の派遣労働者等を対象に、①緊急措置として、雇用促進住宅の活用、公営住宅の借り上げ等による住宅支援を行うとともに、②「住居喪失不安定就労者等の就職安定資金貸付事業」について、対象地域を輸出型製造業の集積地域(福岡、広島、静岡、群馬等)に拡大し、前倒し実施する。

(6) 外国人労働者の雇止めなど雇用・労働に関わる相談窓口をハローワークや総合労働相談コーナーに開設し、通訳を配置するとともに、母国語によるリーフレットを出入国管理局や市町村の窓口等を通じて周知をはかる。

2.雇用・就業形態の多様化に対応した雇用保険制度への改革

(1) 雇用保険制度がすべての労働者にとってのセイフティネット機能を果たすものとなるよう、以下の改革を行う。

(2) 雇用保険の国庫負担を堅持し、速やかに本則の4分の1に戻す。

(3) 現下の厳しい雇用失業情勢を鑑みて、雇用保険料率および雇用保険二事業に関する料率は当面引き下げを行わない。

(4) 雇用保険の基本手当の受給資格要件である被保険者期間については、特定受給資格者以外も「離職の日以前1年間に6か月」とする。

(5) 雇用保険の加入について「1年以上の雇用見込み」は要しないものとする。

(6) 雇止めに伴う失業者は、特定受給資格者とする。

(7) 基本手当について、所得再分配と生活保障の観点から「最低保障手当額」(仮称)を創設する。水準は、人事院勧告の標準生計費(単身世帯)を参考とし(2008 年4 月97,900 円)、基本手当日額3,263 円程度とする。

(8) ヨーロッパ諸国の失業扶助制度も参考に、未就業者や長期失業者等を対象とした職業訓練中の生活保障制度の抜本拡充をはかる。

3.企業の雇用維持に対する支援

(1) 雇用調整助成金については、要件の緩和および支給日数の延長を速やかに実施する。

(2) 非正規労働者の休業等も雇用調整助成金の対象とする。

4.採用内定取り消し問題への迅速な対応

(1) 文部科学省と連携し、採用内定取消に関する状況を速やかに調査・把握する。

(2) 「新規学校卒業者の採用に関する指針」(平成5 年6 月24 日付け労働事務次官通達)に沿い、採用内定取消しを実施した企業に対して厳正に指導するとともに、使用者団体等を通じて企業に対し、採用内定取消を極力実施しないよう要請する。

(3) 厚生労働省のホームページ等において、大学・学生等向けに採用内定取り消しに関する相談窓口や法律関係等についてわかりやすい情報提供を行う。

(4) 都道府県労働局、ハローワーク等において、採用内定をめぐる相談への丁寧な対応など、積極的に対処する。

この要請に対する厚生労働省側の反応は、

>太田職業安定局長は、「基本的にできることはすべてやりたいと考えている。『派遣労働者等の契約停止に伴う就労・住宅・生活支援策の拡充』に関しては、できるだけ早く予算を確保し対応につなげていきたい。また当然のことながら、そもそも不適切な契約解除等がないよう、指針に基づいて厳正に指導していく。『雇用・就業形態の多様化に対応した雇用保険制度への改革』、『企業の雇用維持に対する支援』に関しても、一部難しい点もあるが、しっかりと関係者との調整を図っていきたい。また『採用内定取り消し問題への迅速な対応』については、現在調査をかけている段階だが、そもそもこのような場合には企業が労働局に届出を出さなければならないので、必要に応じ指導や経営者団体への要請を行う」との見解を示した。

というものだったようです。まあ、現行法制下でやれることはすべてやるというのは当然のこととして、法改正を伴う事項についてもかなり積極的なニュアンスのようですね。

連合としても、非正規労働者のための運動を掲げて初めての本格的な不況ですから、ここで一つでも二つでも非正規労働者のための改善を勝ち取って見せたいところでしょう。

ちょうどこれから不況に向かうという情勢の中ではあまり筋のよろしくない雇用保険法の改正の議論が審議会で始まったところでもあり、それをどういう風にいい結果につなげていけるか、政局がらみは別として、連合としては一つの正念場ですね。

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リベサヨ的感覚の経済的帰結

大竹文雄先生のブログで興味深いやりとりがありました。

http://ohtake.cocolog-nifty.com/ohtake/2008/11/post-d27c.html

まず大竹先生が、

>定額給付金をめぐる議論にメリットがあったとすれば、低所得者に所得の再分配をしたくても、日本では再分配することが非常に難しいということを明確にしてくれたことだ。負の所得税や勤労所得税額控除といった再分配制度が望ましいということを多くの経済学者は同意していると思う。しかし、それが有効に機能するためには、所得の捕捉が正確にされることが必要だ。そうでないと低所得だと偽って給付金を受給する人が増えてしまう。納税者番号がすべての国民に割り当てられていて、即座に所得が把握できるシステムになっていたなら、今回の定額給付金の支給ももっとスムースだったはずだ。それに、消えた年金問題も発生することはなかっただろう。

と言われたのに対して、コメント欄で、

>納税者番号は遅くとも1980年代に議論されていたはずです。番号制があれば、高所得者が対象になるであろうキャピタルゲイン課税もすんなりといくはずです。財務省/国税庁はどうして何年も導入をしないのでしょうか。それは住基ネットで反対意見が散々出たように、いわゆる反体制派の人々が世論を誘導したからだと思っています。どうでしょうか

いや、もちろん反対したのは「反体制派の人々」だけじゃなく、時の政権与党の実力者であったりしたわけですから、その責任を全て「反体制派の人々」に押しつけるのはいささか筋違いの面もありますが、にもかかわらず、もし日本にソーシャル派なるものが一大勢力としてちゃんとあって、納税者番号で所得をことごとく把握して福祉国家を作ろうとかきちんと主張していれば、少しは事態は違っていたはずで、ここのところにも、反国家主義、反官僚主義のみをレーゾンデートルと心得るリベサヨ的感覚が濃厚だった「反体制派の人々」の問題が露呈しているように思われます。

国家は個人に介入するな!!!国家権力ハンターーイ!!!ですべてが解決するならば、もちろん再分配など考える必要はないわけですから。・・・ていうか、そういうリベサヨな人は金持ちにも金を一律にばらまけというベーシンクインカムとかいうんでしょうな。そこもまたネオリベとの至福の野合の地であるわけですが。

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湯浅誠氏のまっとうな議論

週刊ダイヤモンドの特別リポートに、もやいの湯浅誠氏が登場しています。そのいうところはきわめてまっとうであり、物事の本質を見据えながらも妙な急進主義に走らず、「穏健さ、均整の感覚、限界の認識という姿を取」ったリアリズムの感覚がきちんと示されていると感じられました。

http://diamond.jp/series/dw_special/10038/

>――非正規労働者の生活の厳しさが指摘されて久しい。

 非正規労働者の賃金は30代で290万円くらいで頭打ちになり、40~50代になっても増えない。一方、正社員の賃金は、40~50代で急激に伸び、退職手前で落ちるというカーブになっている。

 日本では教育費をすべて、家計が持たなければいけない。子どもが育つに従って家計の支出は増えるという高コスト生活になっている。そのため、収入もそういうカーブを描かない限り、結婚もできないし子どもも産めないということになる。

 対してヨーロッパは、19世紀以来の福祉国家型の社会を目指すなかで、低コスト社会をつくってきた。だから、ヨーロッパでは賃金カーブは40~50代になってもフラット。なのに、なぜ生活できるのかというと、学費がタダであるとか社会保障で家計がカバーされているから。

――日本もヨーロッパ型の福祉国家を目指すべきということか。

 そうではなく、まずは賃金と社会保障をセットで考える必要がある。今は、経営者は賃金は上げられない、国は社会保障の財源がないというどっちつかずの状態。

 だが、両者でうまく 日本型 のすり合わせを模索しながら、少しずつでも賃金が上昇していき、今より多少は低コストの社会をつくっていくしかない。

「すり合わせ」という漸進的感覚が適切です。

>――正社員の給料を下げ、非正規の給料に振り向けろという意見がある。

 そんなところに解決策があるとは思えない。生計の賃金依存度がきわめて高く、そのなかで子どもの教育費を支払いながら高コスト社会を生きているという点では、正社員も非常に厳しい環境にいる。

 彼らは子どもにただまともな教育を受けさせたいだけで、高い賃金でゆとりのある暮らしをしているという実感など、一般の正社員レベルではないだろう。

 ろくに仕事をしていない40~50代の賃金を下げろというが、そんなことをすれば彼らの子どもは進学できなくなる。結婚できない貧困と、子どもがいることによる余裕のなさは、裏腹の関係になっている。

――中間のサラリーマン層も納得できる解決策はあるか。

 賃金や雇用に手をつけるのなら、先に言ったように、同時に学費を無料にするなど社会保障も変えていかないと無理だろう。

ここで、その学費を無料にすべき「まともな教育」の職業レリバンスはあるのか?という何回も出てくる問題が顔を出すわけです。職業的自立のための教育訓練であれば、まさに公共投資として社会的移転の対象とする合理性がありますが、快楽のための消費財であればそれは難しい。シグナリング効果が欲しいのだとすると、もっと社会的コストの少ないやり方があるのではないかという話になる。しかし、それは何回も触れてきたように、大学教師の労働市場に多大な影響を与えます。

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2008年11月16日 (日)

素人裁判員と労働委員会

ちょっと前のニュースですが、最高裁の司法研修所が、「控訴審は1審の裁判員判決尊重」すべきとの報告書を公表したという話がありました。

http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/081111/trl0811112313041-n1.htm

いやまあ、裁判インコさんの判断が「国民の視点や知識、感覚、社会常識が反映されることから」控訴審は「できる限りこれを尊重して審理に当たる必要がある。破棄相当として審理を差し戻すケースは例外的なものに絞り込まれる」というのは、一つの考え方としてもっともな面もあるとは思いますが、別段刑事司法に何の見識もない一般国民を引っ張ってきて「国民の視点や知識、感覚、社会常識が反映」とまでおっしゃるのですから、労働問題の専門家としてキャリアを積んできている労働委員会の委員たちの判断に対しても、労働問題の「視点や知識、感覚、社会常識が反映されることから」取消訴訟に当たっては裁判所は「できる限りこれを尊重して審理に当たる必要がある」という風にはならないのか、何とも不思議な感じもしないではないですね。

いやいやそっちは、一からプロフェッショナルの裁判官が判断するのじゃ、というのであれば、労働委員会の委員が労働問題に関して有している見識よりも高いとは言い難い一般国民の裁判員の刑事事件に対する判断は「できる限りこれを尊重して審理に当たる」というのはどうしてなのか、どこかでご説明いただいた方がいいような気がしないでもないですね。

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2008年11月15日 (土)

シュタインマイヤー独外相の「雇用協定」提唱

ドイツのシュタインマイヤー外相(社民党)の提唱した「雇用の未来のための欧州協定」という提唱の英訳文が、欧州社会党のHPに載っています。

http://www.pes.org/downloads/European_Pact_for_the_Future_of_Employment_EN.pdf

>The basic philosophy behind this Pact is simple: we have to take vigorous action to protect jobs and prosperity.

協定の基本哲学はシンプルだ。我々は雇用と繁栄を守るために力強い行動が必要だ。

>1. Jobs must be our top priority. All European programmes should be examined to see how employment opportunities can be safeguarded or created in the short term.

第1,雇用が我々の最優先課題でなければならない。あらゆる欧州のプログラムは、いかに短期間に雇用機会を維持し創出しうるかで再検討されるべきだ。

>7. We are calling for an intensive dialogue between the social partners and use of comanagement.
For also at European level, it will only be possible to safeguard jobs if employers and employees face this challenge together.

第7,我々は労使間の集中的な対話と共同経営の活用を要求する。使用者と従業員がともにこの課題に向かい合うことでしか雇用を守ることができない。

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社会全体への労働教育?

労務屋さんが大内先生の本をネタにして、労働教育について持論を語っておられます。

http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20081114大内伸哉『君たちが働き始める前に知っておいてほしいこと』

>ただ、この内容だけでよいのかといえば、もとより十分は期することが難しいわけではあるが、不満も残らないではない。その最たるものは「企業内での解決」という観点が欠落していることで、実はこれは最初に紹介した「今後の労働関係法制度をめぐる教育の在り方に関する研究会」でもそうした傾向がみられる。

>さらに言えば、「今後の労働関係法制度をめぐる教育の在り方」という観点からは、労働者の権利の拡大が経済や労使関係の発展段階に応じてどのように実現されてきたのか、ということの理解をはかることが大切ではないかと思う。もちろん、不屈の労働運動によって権利の獲得が進んでいった時代もあるが、国家経済の発展、労使関係の安定・成熟にともなって、政労使の三者による話し合いで問題の解決や権利の拡大がはかられたり、労使協調による生産性向上の成果を労働条件の向上を通じて権利の拡大に結び付けていくという枠組みも整えられてきた。わが国でもほんの20年前にはまだ週休1日、法定週48時間労働が一般的だったが、現在では週休2日、法定週40時間が広く定着している。こうした大きな成果が実現できたのは、国の政策的支援もさることながら、個別労使が生産性向上と労働時間短縮にそれぞれ努力したことの積み上げに他なるまい。権利の実現をはかるということは、実は労使がよい職場、よい会社を作るために努力することに他らないということは、しかし現実の職場、会社においてでしか教育できないことなのだろうか。だとすれば、今後の労働関係法制度をめぐる教育の在り方におけるOJTの意義と労使の役割はまことに大きい。

現在の労働教育論議が個別労働者の権利という視角に局限され、企業内における好ましい労使関係の枠組みという観点が抜け落ちているのではないかという疑問は、確かにある意味で的を射ている面があります。私自身、労使関係の個別化ということばかりを強調して、集団的労使関係を忘れたような風潮には疑問を持っています。

とはいえ、現に労働者がその権利を損なわれているような状況下で、まずは枠組み作りからというのは正論ではあっても、臨床的政策論としては迂遠といわざるを得ないのでしょう。この厚労省の研究会の立ち上げに若干関わった立場からは、とりあえずそういうことではないかと。

そして、労務屋さんの言われる企業内の枠組みということについて言えば、個別労働者にはいかんともしがたいマクロな流れの中で、そういう集団主義的なあり方がここ十数年、否定され続けてきたということがもっとも大きな問題で、それは労働者側の問題と言うよりも、使用者側の問題であったように思われます。

実を言うと、終戦直後から1950年代にかけての頃も労働教育というのが政策課題であったのですが、そのころの最大の課題は労働組合に対する教育、つまり、やたらに闘争するよりも協力的な労使関係を作っていくことが結果的にメリットがあるということを教育していくという点にありました。その効果があってかどうか、日本の労働組合運動は良好な労使関係の意義をよく認識するようになったわけですが・・・。

90年代以来の流れの中で、どうも使用者側にそういう良好な労使関係のメリットの理解が乏しくなってきたのかなという感じもします。もちろん、使用者個人の問題と言うよりは、株主主権論によるコーポレートガバナンス論がはびこり、労働者を大事にするようなけしからん会社の格付けは下げてやるんだこの野郎、みたいな風潮が、マスコミも巻き込んで吹き荒れたことが背景にあるのでしょうが、何にせよ、使用者側が「なんで労働者の権利なんか守ってやる必要なんかあるんだ、コストだけかかって無駄じゃねえか、使い捨てでいいじゃねえか、それでどこが悪いんだ」という風に考えざるを得ないような流れがあったことは確かで、それはマクロ的に長い目で見たらそうではないんだ、ということこそが本当の労働教育ではないか、というのはまさにその通りだろうと思うのですね。

今、労働者の側に「良好な労使関係の構築こそがマクロ的、長期的に労使双方にメリットがあるのだ」ということを教えていって、目の前の問題がすぐに解決するかといえば、そういう訳のものでもないので、現時点の労働教育としては権利教育という形にならざるを得ないと思うのですが、もちろんそれだけで話がすむわけではありません。

その先に、主としては使用者や使用者となろうとする人々に対して、そして国民全体に対して、そういう枠組みの重要さをきちんと教えていくという意味の「労働教育」という課題が待っているのだろうと思います。

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2008年11月14日 (金)

日々雇用の民間需給調整事業の元祖

労働組合による労働者供給事業に関する判例評釈を紹介したので、そのつながりで、日本最大の労供組合「新運転」の太田武二さんの論文を紹介します。

これは、連合の関連団体の教育文化協会の「私の提言」の今年(第5回)の入賞論文です。

http://www.rengo-ilec.or.jp/event/ronbun/index05.html

これの佳作賞に、太田さんの「日々雇用の民間需給調整事業の元祖 労働組合による労働者供給事業法の制定を!」が載っています。

http://www.rengo-ilec.or.jp/event/ronbun/no05_03.html

>私は、来年の春、結成50周年を迎える新運転という労働者供給事業(略称、労供事業)を行う労働組合に30年近く在籍している者として、今こそ、日雇い派遣や非正規労働者の諸問題解決の一助として、派遣法の下で埋もれていた労働力の需給調整事業の原石のような古くて新しい制度を研き直す法制化運動を提案したい。

太田さんは、第2回の私の提言でも優秀賞をとっています。

http://www.rengo-ilec.or.jp/event/ronbun/no02_01.html(型破りの事業展開を!)

>私は、新運転の組合員になって25年になる。「新運転?」領収書に書き入れてもらう時や電話や直接話して相手方に所属を説明する時、最初から了解してくれる人は殆どいない。「新しいに運転手の運転で、新運転。」と丁寧に、ゆっくり教えてあげて、何とか領収書になったりするが、電話や話での所属説明は中々難しい。「元々は新産別所属の労供事業をする労働組合なんです。」というと、「労供事業?」と更に訳が分からなくなるらしい。「正式名称は、新産別運転者労働組合といって設立から46年になり、職業安定法第45条で、唯一労働組合にだけ認められている労働者供給事業をしているんですよ。」なんて言おうものなら、殆どの相手は理解の限界を超えているという顔を見せてくれる。

 そうした迷路に迷い込んでしまった人に一番効く助け舟は、「つまり派遣事業の元祖みたいなことをしている労働組合なんです。」という説明。すると相手は途端に明るさを取り戻して、「派遣なんですか!」と一変するのだ。

先の評釈でみた運輸省の日雇運転手禁止の話についても、今回の論文にこう書かれています。

>新運転は、正式名称を新産別運転者労働組合といい、1959年に僅か数人のタクシー運転手が集まって新産別に加入し、労供事業の許可を受けた労働組合である。結成当初から多くのタクシー会社と一日当たりの営業収入に対する高い歩率の労働協約を締結し、高度成長期の人手不足と相俟って急テンポで組織拡大を実現した。当時のタクシー組合員は、個別企業に就職することなく、労働条件の良い職場を選択する自由があった。つまり日雇い運転手として人手不足、売り手市場の中で高い賃金、労働条件を謳歌したものだった。
 しかしその後、出る杭は打たれるという諺どおり、急激に勢力を伸ばしていた新運転に対してマスコミを使った反日雇いタクシー運転手キャンペーンが吹き荒れた。曰く「事故多発、無謀運転、乗車拒否などの雲助タクシーの元凶は、日雇い運転手」ということで、1962年に運輸省令の改正によって組合員は一つのタクシー会社に選任運転手として固定的に雇用されない限りタクシー運転が出来なくなったのである。その結果、タクシー組合員の企業内への囲い込みが進み、新運転からの離脱、減少という事態が進行した。

疾風怒濤の中を生き抜いてきたわけです。

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泰進交通事件の評釈

本日の労働判例研究会での評釈です。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/taishinkotsu.html

労働組合の行う労働者供給事業をめぐる事件です。労供については、まともな研究もほとんどなく、裁判例もこれを含めて3件あるだけですが、いろんな意味でおもしろいネタがいっぱい詰まっているように思います。

うしろに引いてある昭和42年の参議院運輸委員会の議事録は、日雇運転手を禁止しようとする当時の運輸省と、組合労供の日雇は悪くないじゃないかという当時の社会党議員のやりとりが載っていて、楽しめます。

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リアリズムは穏健さ、均整の感覚、限界の認識という姿を取る

雪齋こと櫻田淳氏のブログに、とても心に響く一節が引用されていたので、ここにも引きます。

http://sessai.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/post-3370-1.html

>コンドンの著作の中に印象深い記述があった。
 「ケナンにとっては、リアリズムとは、穏健さ、均整の感覚、限界の認識という姿を取るものであった」。
 ここでいう「均整の感覚」(SENSE OF PROPORTION)というのは、ただ単に「二つの間で平衡を保つ」というものとは比べるべくもない複雑さを受け容れることを求めている。様々なファクターの中で、どれか一つや二つの価値を過剰に重んじないということが、具体的な姿勢である。

もちろん、元の文脈は外交安全保障に関わるものですし、雪齋氏のエントリーもその文脈で引用しているのですが、私は様々な社会問題、とりわけ労働をめぐる問題もまさにこの「穏健さ、均整の感覚、限界の認識」に基づく「リアリズム」が求められる領域なんだよな、という風に思うわけです。

そのアナロジーを頭に置いてこのエントリーを読むと、いろいろと考えさせるものがあります。

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2008年11月13日 (木)

リストラ予防で助成金拡充へ

朝日の記事です。

http://www.asahi.com/politics/update/1113/TKY200811120393.html

>厚生労働省は12日、企業に従業員の休業手当の一部を支給する「雇用調整助成金」を拡充する方針を固めた。助成率を2分の1から3分の2に引き上げる。景気後退で失業者の増加が懸念されるなか、休業制度を使いやすくして、リストラを防ぐのが目的。必要経費を第2次補正予算案に盛り込む予定だ。

 企業は従業員を休業させる際、休業手当(賃金の6割以上)を支払う必要がある。

 今回の拡充策は、助成金の支給要件を「最近6カ月で生産量が前年比10%以上減少した企業」から、「最近3カ月で5%以上減少」などに緩和。助成率は2分の1(中小企業は3分の2)から3分の2(同5分の4)に、支給限度日数も3年間で150日から200日(同300日)に拡充する。

 休業中の教育訓練経費の助成についても、すでに1次補正予算で、1人1日1200円から中小企業に限り6千円に増額している。

 助成金の支給実績は雇用情勢の悪化に伴い増えており、今年4~9月だけで約2億4千万円と、すでに昨年度の実績(2億4700万円)に近い利用があった

これなんか、まさに労働政策における市場主義の時代が終わりつつあることの表れでしょうか。実を言えば、雇用調整助成金とは、70年代半ばから90年代半ばまでの内部労働市場志向の労働政策を体現するものなのです。90年代後半に、護送船団だ、産業転換を妨げる、労働移動こそ促進すべきだ、等々と批判を受けて、縮小の一途をたどり、細々と継続していたのですが、ここに来て再び復活の勢いですね。

(参考)

http://homepage3.nifty.com/hamachan/kijiku.html(これまでの雇用・労働政策の基軸の変遷)

>1974年雇用保険法が導入した雇用調整給付金は、経営状況が厳しい中でも失業を出さずに雇用を維持することを政策目標とするという意味で、まさに内部労働市場志向政策のシンボルである。同制度のもとになったドイツでは、これは解雇規制立法と組み合わされたものであったが、日本ではその代わりに判例法理として整理解雇法理が形成され、両者相俟って社会全体としての失業予防政策が形成された。この政策は1976年の第3次雇対計画以来、1995年の第8次雇対計画で「失業なき労働移動」が打ち出されるまで、ずっと日本の雇用政策の中心であり続けた。

>一般雇用政策においても、1995年の第8次雇対計画は「失業なき労働移動」を掲げた。同年の特定不況業種関係労働者雇用安定法改正は、出向や再就職斡旋によって失業を経ずに労働者の送り出しを行う事業主、労働者の受け入れを行う事業主に、労働移動雇用安定助成金を支給した。これは雇用維持から再就職支援への転換点にあたる。2001年には雇用維持等計画を規定する同法が廃止され、代わって雇用対策法に再就職援助計画が規定された。助成金も労働移動支援助成金となった。雇用調整助成金も個別事業所に対する特例的な助成に変化し、重要性が下落した

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権丈節・・・ではなく

本日は、権丈節ではなく、権丈先生経由で伊藤元重氏のお言葉を。

http://news.fbc.keio.ac.jp/~kenjoh/work/

http://news.fbc.keio.ac.jp/~kenjoh/work/08/11/081112nrs.pdf

>そうした中で景気を支えるような需要を作ることが求められている。そのためには年金・医療・介護などの社会保障を充実させることが有効である。当然増税が必要となるだろうが、増税によって入った税収をすべて社会保障や教育・育児などに使い切れば、需要にはプラスに働く。増税しても、それを全部歳出に回せば景気にはプラスに働くという、均衡財政乗数の考え方である。

権丈先生自身、

>上記記事を教えてくれたメール
> 権丈さんと同じこと言ってます。
> よく知りませんが、伊藤元重さんって、こんなこと言う人でしたでしょうか?

僕もよく知りません。

といささか身を離した感じではありますが、何にせよ、正しい方向にシフトしてくることは結構なことであります。

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全員の雇用をうたった野村が旧リーマン社員を解雇する理由

ダイヤモンドオンラインの記事です。

http://diamond.jp/series/inside/08_11_21_001/

>経営破綻したリーマン・ブラザーズのアジア・太平洋部門を買収した野村ホールディングスが、旧リーマン日本法人の社員の一部を解雇する方針を固めたことが、本誌の取材でわかった。

 野村が解雇を決めたのは、旧日本法人の20人前後。日本法人の債券セールス部門を中心に、日本国内で債券業務に携わる社員が対象となっている。

この人たちについてはこういういきさつがありました。

>今回のリーマン買収において野村は、リーマンの不動産や有価証券といった資産や負債は引き継がず、「人材」に絞った買収であることを強調してきた。

 そのため、買収を決めてすぐに日本法人の社員全員に対して雇用の維持を約束。昨年と同水準の報酬も合わせて確約していた。

ところが、

>それからわずか1ヵ月しか経っていないにもかかわらず、野村が人員整理に踏み切る意向を固めたのは、「国内であれば野村も債券業務は強く、人員は足りている」(野村関係者)と判断したため。

加えて債券市場の低迷がある。・・・・・・これ以上の社員は要らないといった事情もあった。

しかし、実は同じダイヤモンドオンラインに、つい先日こういう記事が載っていたんですね。

投資銀行マンのもらい逃げを防げるか?
リーマン社員を厚遇する野村の本当のリスク

http://diamond.jp/series/inside/08_11_07_002/

>野村は今後、「出身母体に関係なく、より成果に応じた人事・報酬制度へとシフトしていく」(関係者)という。旧リーマン社員にはそれまでの報酬を保証したため、野村社員たちとの平均年収の差は摩擦を生みかねないからだ。しかしながら米国では、その成功報酬制度についてまさに今、批判がなされている状況だ。少なくともこれまでのように単年度の利益で評価する報酬制度では、社員だけが潤い、会社に巨額の損失が発生する事態は避けられない。

こういう法形式上は立派な雇用契約ではあるけれども、実態からするとどこを保護する必要なんかあるの?といいたくなるような「労働者」の扱いも、先日来の労働者性の話とはまったく逆の方向から、やはり労働法のカバレッジを提起する問題ですね。

まあ、正直言って、今までさんざん人様のカネでうまい汁吸ってきたんだから、そろそろ世間の冷たい風に当たっても罰は当たらないんじゃないか、という感想をお持ちの方も多いことでしょう。

この辺、2000万プレーヤーのモルガン・スタンレー社員の時間外手当請求をめぐる裁判というおもしろいケースがあります。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/02/post_a51a.html(モルガン・スタンレー証券事件判決について)

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2008年11月12日 (水)

バイク便:労働者としての地位確認など求め初提訴

毎日の記事から、

http://mainichi.jp/select/biz/news/20081106k0000m040039000c.html

>自転車などで書類を運ぶバイク便の仕事をしていた東京都内在住の上山大輔さん(31)が5日、個人請負契約を解除して解雇したのは不当などとして、バイク便大手のソクハイ(東京都品川区)を相手取り、労働者としての地位確認や不払い賃金の支払いなどを求め東京地裁に提訴した。

 バイク便で働く人については、個人事業主だとする見解もあったが、厚生労働省が昨年9月に労働者として扱うべきだとする通達を出しており、バイク便で働く人の労働者性が争われる初の裁判と見られる。

この通達は、これです。

http://www.jil.go.jp/kokunai/mm/siryo/pdf/20071003.pdf(バイシクルメッセンジャー及びバイクライダーの労働者性について)

>訴状などによると、上山さんは04年8月にソクハイと運送請負契約を結んだ。05年には営業所の所長となり、他のメッセンジャーの管理業務や採用面接も行った。個人請負では労災が適用されないことなどから07年、労働者として扱うことを求め労組を結成し、委員長に就任した。

 ところが、08年1月に所長を解任され、同9月に無期限稼働停止とされ仕事ができなくなった。ソクハイから指揮命令を受け、時間拘束もされる就労実態などから、厚労省の通達にある労働者で、契約解除は解雇権の乱用、不当労働行為に当たるとして地位確認などを求めた。

 上山さんは「厚労省の通達をまったく無視した不当な解雇だ」と訴えている。ソクハイは「訴状が届いていないのでコメントできない」と話している。【東海林智】

さて、裁判所は契約形式を重視する民法的判断をとるか、実態を重視する労働法的判断をとるか、興味深いところです。もっとも、請負じゃなく労働契約だと認めたからと言って、解雇を無効と認めるか、不当労働行為を認めるかはまた別の判断ですが。

なお、このメッセンジャーを経験した労働法研究者のエッセイとして、

http://www.jil.go.jp/column/bn/colum079.htm(メッセンジャーの労働組合)

筆者の内藤忍さんはJILPTの研究員です。

こちらは就労者自身が自分は労働者じゃなくてプロフェッショナルだと思っているわけではなく、利用しやすい低価格労働力として「個人請負」という形をとっているという面が強いのだろうと思いますが、昨日のエントリーのメディア業界のフリーランサーとはまた違った意味で、労働者性が問題になる一つの断面ですね。

本ブログの過去のエントリーから、参考までに、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/10/post_b0e1.html(バイク便ライダー)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/04/post_bc1c.html(ソクハイに労組)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/07/post_6ae7.html(ソクハイユニオン)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/09/post_57e9.html(バイク便ライダーは労働者!)

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ニートを基幹社員に育成するには

「人間力っていうな!」

では、そういう対人コミュニケーション能力、「官能」の乏しい若者はどうしたらいいのか。

ジョブ型の労働市場で、個人の職務能力を武器に生きて行く方がいいのか、それとも・・・。

もちろん単純な答えなどありませんが、一つの興味深い事例があります。

厚生労働省の委託で産業社会センターが実施した「若年者の雇用機会の確保等についての企業等からの好事例の収集に係わる調査研究報告書」の中に、

事例2(ビルメンテナンス業A社)
ニートを自社の基幹社員に育成した“適性を活かす”人材育成プロセス

というのがありました。

http://www.mhlw.go.jp/bunya/koyou/jakunensha06/dl/houkoku.pdf

>同社では、取引先の紹介で2003年に、無職で、かつ、職業経験がない、22歳と、23歳の男性2名を面接、採用した。
この2名の男性は、仕事をせず、学校にも行かず、自宅でゲームやインターネットばかりして暮らしている、いわゆる「ニート」であった。面接をしたものの、極度に緊張したり、話の内容が偏るなど、コミュニケーションに難があることが一目でわかる状態であった。但し、不器用ながらも何とかして仕事をしようという熱意のようなものが感じられたため、採用を決定した。

>同社では、この2名については、「仕事ができないことを前提として、その中でできることを見出す」という方針で配置と教育を行った。
具体的には、社内の各管理職に預け、各部署にローテーションで配置、本人の興味を見るとともに、各管理職からの評価を集め、適性を見極めたという。同社が最初にこの2人の適性を見極めようとしたのは、同社が過去に何度も求人難を経験していたことが背景にある。「とりあえず来てくれる人間を確保し、その後に本人の資質を見てできる仕事をやらせるというような経験を何度もしていた」ことが、職務経験のない人間を育てる場合に有効だという経験則があったからだ。
結果として、一人はITに関係する仕事に熱意を見せたため、社内システムの構築と、事業に関するインターネット上からの情報収集の業務に配属した。もう一人は、自社保有の不動産管理(補修の手配等)の業務に配属した。

>コミュニケーションに難があり、直接顧客と交渉するような仕事は不向きだった二人だが、それぞれ興味や適性が合う仕事や職場で、仕事に慣れ、徐々に自信をつけてきた。一旦自信が付くと、不得意だったコミュニケーションについても、業務に支障がない程度にこなせるようになり、外部の取引先、協力会社ともやりとりできるようになるまで成長した。

>2003年に採用された当時「ニート」の2人は、2008年現在も同社で正社員として、それぞれの業務に精力的に取り組んでいる。「ニートといわれる方は、コミュニケーション力に難がある分、自分を理解してくれ、自身の居場所と感じた場合には高いロイヤリティを示す傾向がある。」「2人は我が社での仕事を自身の居場所と感じている様子で、突出した企業ロイヤリティを持ち、そのことが仕事への責任感の強さにつながっているようだ」と、それぞれの業務において、他の社員と比較しても高いロイヤリティと責任感を見せ活躍する2人を、同社では高く評価している。

ジョブとメンバーシップということでいえば、完全なメンバーシップ型の雇用管理です。少なくとも彼らにとっては、それが有効であったことは間違いありません。

そういうやり方をニートの若者全てにできるのか、とかいろいろと議論の余地はもちろんあるのですが、一つの示唆的な事例として。

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労働条件の不利益変更なんですけど

ときどきトンデモ、たまにまっとうな産経のコラム断!ですが、本日は久しぶりに久坂部羊さんです。

【断 久坂部羊】医師の辞意は是か非か

http://sankei.jp.msn.com/culture/academic/081112/acd0811120312002-n1.htm

> 大阪府阪南市の市立病院は、昨年7月に医師9人が相次いで退職し、内科の診療を休止せざるを得ない状況になっていた。そのため、市は医師の平均収入を1200万円から2000万円に引き上げるなどして、新しく医師を雇用し、今年9月からようやく内科診療の再開にこぎつけていた。

 ところが先月の選挙で、この方針を決定した市長が敗れ、新しい市長が医師の給与引き下げを示唆する発言をした。

 これに反発した医師8人が辞意を表明したと、新聞に報じられた。

 この状況をどう見るか。意見は二つに分かれるだろう。

 市立病院は市民の治療に責任を負う立場にある。それを給与が引き下げられるからといって、すぐ辞意を表明するなど、医師の使命感にもとる行為だと見る向き。

 今ひとつは、給与を上げると言ったから就職したのに、来たら1カ月で引き下げるなんて、詐欺も同然だ、辞意の表明は当然であるという見方。

 医師も生活があるから、不当な賃下げを押しつけられれば、職場を去るのも当然かもしれない。しかし、病気の市民を見捨てるのかという批判もあるだろう。市の財政が苦しいという新市長の言い分も、私利私欲から出た発言ではあるまい。

 医師が泣くか、患者が泣くか、市が泣くか。みんなが笑顔になれる状況などあり得ない。それが今の日本ではないか。いつ自分が痛みを引き受ける立場になるか、わからないのが恐ろしい。(作家・医師)

年収2000万円という条件で雇用したんでしょう、既に。それを、株主総会で社長が解任されて、新しい社長になったから、給料を下げるというわけで。

立派な労働条件の一方的不利益変更なんですけど。社長の私利私欲の問題ではない。

それでやめたら「使命感にもとる」ですか。意見が二つに分かれるような話ではないはずですが。さすが、医師は労働者にあらず、ですねえ。

(参考)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/04/post_6cc3.html(医師に労基法はそぐわない だそうで)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/04/post_2109.html(ご自分の診療報酬は大事だが・・・)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/post_acc3.html(久坂部羊氏の介護労働論)

念のため、久坂部羊氏のミステリはいずれも大傑作で、まだお読みでない方は是非お読みになることを強くお薦めします。ミステリ作家としての偉大さと、こういう問題に口を挟むときの見識とはまた別問題ということですから。

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2008年11月11日 (火)

ソシウヨの時代?

617uexdgx6l__ss400_ いや、こういうのが出てくるだろうな、とは前から思っていましたが、やはり出てきましたな、という感じです。

http://www.amazon.co.jp/dp/477551279X/

縦軸にリベとソシをとり、横軸にウヨとサヨをとると、計4つの象限が得られますが、そのうちこれまでの日本で一番論者が少なくて市場としてニッチが狙えるのはソシウヨですからね。

まあ、西部邁氏を取り巻く人々はある意味でその一角を占めていたといえるのですが、いささか高邁な議論になりすぎるところがあり、むくつけなまでに劣情を刺激するようなイデオロギー操作にはリラクタントな風情がありましたが、このムックはそこはスコッと抜けていて、何でもありの感じですな。

「21世紀大恐慌は資本主義の崩壊か」とか「金融大恐慌が証明した小泉=竹中路線の大罪」とかタイトルだけ見ると、『情況』かという感じですが、その後に控えるのは「経済ナショナリズムが日本を救う」ですからね。両方に文章を寄せているのが経済産業省の中野剛志氏ですが、気分は商工省の革新官僚ですか。

興味深いのは、「超格差社会と昭和維新」という昭和初期の話がでてきていることで、これは本ブログでも取り上げましたが、まさにソシウヨが勝利した典型的な事例であるわけで、この筆者は現代日本でもそれをやろうと思っているわけですが、それはいささか問題ではないかと思う人々にとっても、等しく学ぶべき歴史の教訓であることは間違いないと思いますよ。

参考までに

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_a88b.html(超リベサヨなブッシュ大統領)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/09/post_f86f.html(日中戦争下の日本)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_642c.html(昭和8年の三菱航空機名古屋製作所争議)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/10/12_f1d9.html(昭和12年の愛知時計電機争議)

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メディア産業のフリーランス労働

昨日のエントリーで紹介した『世界』12月号は、特集は金融危機ですが、まあ言われ尽くしていることが多くて・・・、フランス高等師範学校のダニエル・コーエン氏のインタビューは頭の整理に役立ちますが。

それより興味深かったのは、林香里さんの「メディア産業のフリーランス労働」です。

>世界規模でマスメディア産業の業績不振が進む中、「フリーランス」として働くジャーナリストたちが増加している。一握りのメディアによる言論・表現空間の画一化と平準化が進むなかで、個人のフリーランスたちによる創造的活力への期待は大きいはずだが、彼らが劣悪な労働条件の下で働いていることは否定しがたい。「ジャーナリスト」という職業について、「労働かプロフェッショナルか」というこれまで続けられてきた論争を越え、「自営労働」として把握することを提唱。文化産業の担い手たちが新しい連帯を広げていく可能性を探る

林さんはジャーナリズム研究者のようですが、フリーランス問題を追及していくと、近年労働法の世界で議論の焦点になってきている労働者性とか、経済的従属労働の問題にはまりこんでいくのです。

彼女も引用している労働政策研究・研修機構の次の報告書などが役に立ちますので、リンクしておきます。

http://www.jil.go.jp/institute/reports/2005/018.html(「労働者」の法的概念:7ヶ国の比較法的考察)

http://www.jil.go.jp/institute/reports/2006/067.htm(「労働者」の法的概念に関する比較法研究)

最後の展望のところが、林さんのジャーナリズム業界に対する辛辣な批評になっていますので、若干引用。

>これまで、ことあるごとに「公共性」や「公益性」を主張してきたメディア産業側は、内部の超長時間労働慣行や前近代的因習の是正を推進し、現場を社会に向けて透明化していくことが急務であろう。調査によれば、メディア関連職は生活費を稼ぐためには休みどころか睡眠時間もままならない職業というイメージが定着しつつあり、既に多くの若者たちは魅力を失い始めている。メディア界は、足下のアカウンタビリティをおろそかにしたままでは、世間の常識から乖離して社会的信頼を失い、最終的には言葉(そして映像)の力をいっそう弱体化させていくことは想像に難くない。

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2008年11月10日 (月)

『世界』12月号

785 『世界』12月号に、新しい社会保障像を考える研究会の「提言 新しい社会保障像の構想」が載っています。

http://www.iwanami.co.jp/sekai/2008/12/directory.html

>1990年代後半以降、日本の社会保障制度は、長期的な視点を欠いたまま、場当たり的な制度改革が繰り返されてきた。政府内の議論も、もっぱら給付抑制を狙いとした財政面の議論が中心であり、しかも省庁の縦割り組織の枠組みのなかで社会保障像を考える傾向が強かった。しかし、「社会保障の持続可能性」について、単に財政面のみから考えるのではなく、社会保障制度を支える社会的基盤の再構築という側面から考えることも重要ではないか。いまこそ原点に立ち返り、既成の枠組みにとらわれることなく、社会保障の理念を構築し直し、中長期的視点に立った社会保障像を描くことが求められている。
 社会保障のあり方に関心をもつ中堅・若手の研究者、実務家たちが、専門分野を越えて結集し、討議を重ねてきた成果をここに公表する

報告書執筆者は、菊池馨美、駒村康平、斉藤純一をはじめとする各氏です。

さらに、神野直彦、宮本太郎の両氏を加えて「提言をどう読んだか」という座談会も載っています。

私からすると、実に多くの点で共感するところの大きい提言だと感じました。

まず哲学のレベルで、

>この社会統合を達成するためには、事後的に最低限度の生活水準を保障するだけでは十分ではなく、各人のライフチャンスをひらき、実質的な機会の平等を保障することを通じて、誰もが社会的な共同に積極的に関与できるよう促しうるものでなければならない

生産性の低い奴はとっとと失せろ、うぜえんだよ、死なない程度のカネはやるから(竹中流「セーフティネット」)、余計なことに手を出さずにすっこんでろ!とは考えないということです。

最低所得保障制度としては、

>現在の生活保護制度を見直し、現役期と高齢期それぞれのリスクや可能性を考慮した最低所得保障制度に組み直し、現役期では就労支援政策と組み合わせた短期の失業保険、失業扶助を中心とし、高齢期においては、年金保険とそれを補完する最低所得保障機能を中心とした仕組みにする

大変入りにくいがいったん入ったら一生モノというのではなくする必要があるのです。

もう一つ、これも私が強調していることですが、

>低所得者に重点を置いた、資力調査を伴わない社会手当を導入する。この制度は、低所得世帯における家族の扶養、住宅確保を目的とする。

ここは、後の座談会でも議論になっていて、駒村さんがこう言っています。

>現実問題として非正規労働者、ワーキングプアといわれる人たちを今の日本の企業の中で正規労働者に均等待遇することが直ちに可能なのかどうか。・・・・・・非正規・ワーキングプアの人たちに、家族や住宅に着目した手当を直ちに保障していこうというものです。

この提言の各論自体が、今の社会保障の体系にこだわらず、所得保障制度、就労支援制度、医療保障制度、介護保障制度、子育ち・子育てを支援する制度、住宅保障制度という建て方になっていること自体、重要な意味があると思います。どうしても、既存の社会保障の枠組みに囚われると、年金、高齢者医療、介護と老人周りの問題にばかり目がいってしまい、若者の社会保障という視角が薄れてしまいます。

この提言はあくまでも中間報告で、詳細は近日中に別途出版予定ということなので、それを期待したいと思います。

ちなみに、今年初めの私の小論とどこまで共通しているか、一瞥していただければ・・・。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/seroukakusa.html(格差社会における雇用政策と生活保障『世界の労働』2008年1月号)

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2008年11月 9日 (日)

EUにおける建設下請の元請責任について

下のエントリーのついでにEUにおける状況を見ておきましょう。ちょうどこれにぴったりの研究があります。EU財団の「Liability in subcontracting processes in the European construction sector」というものです。

http://www.europarl.europa.eu/meetdocs/2004_2009/documents/dv/eurofoundstudylialibity_/eurofoundstudylialibity_en.pdf

各国法制における状況が細かく書かれていますが、15ページに「発注者」という項があって、

>Client
The liability provisions concerning subcontracting also include the client in Finland and France. In Finland – in the case of building activities – the liability provisions of the Liability Act and the Penal Code also apply to clients acting as builders. In Germany, the liability for tax also applies to the client, except where it is the building owner. In Italy, the liability for wages and social security contributions – in accordance with Legislative Decree No. 276/2003 – applies to the client with regard to the contractor and any subcontractors. In the Netherlands, the liability rules for social security contributions and wage tax under the WKA do not apply to the client. However, a specific type of client is considered equivalent to a principal contractor: the so-called ‘self-constructor’ (eigen-bouwer). A characteristic feature of the ‘selfconstructor’
is that the realisation of the subcontracted work belongs to its ordinary course of business, so that it could have carried out the work itself. A ‘self-constructor’ is, for instance, a manufacturer that subcontracts a part of the manufacturing process to another company. In this case, the manufacturer is considered to be both the client and the principal contractor.

フィンランドでは建設者たる発注者に元請責任を適用。ドイツではビルオーナーの場合を除き発注者に適用。面白いのはオランダで、原則は発注者には適用しないとしつつ、元請負人と同等と考えられるもの-いわゆる「自己建設業者」には適用するとなっていて、まさに日本で問題になっている建売住宅を自ら企画して建設販売する業者のことですね。そういう業者は、発注者であると同時に元請負人でもあると見なされると言うことです。

労働法の精神からすれば、そういう風に適用するのが自然でしょう。

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セックス格差社会

32159418 門倉貴史さんの新刊です。

>拡がるばかりの格差。その影響を大きく受けているのが、実は出会い、恋愛、セックス、結婚、少子化問題です。結婚適齢期にある男女の4人に1人は結婚できない境遇に置かれ、「貧乏人の子沢山」も今や昔の話となりました。少子化現象の背後でいったい何が起きているのか?中年童貞、負け犬女の経済的背景にも言及した「性」の格差にまつわる画期的リポート!人気アナリスト最新刊!!

内容的には、以前本ブログで紹介した玄田有史先生の論文とほぼ同じラインを、よりジャーナリスティックに描いたというところでしょうか。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/06/post_913c.html(二極化とセックス格差)

「中年童貞」とかいかにも受けねらいのフレーズを出したりして、一見際物ネタに見えますが(ていうか、実際そういう面はありますが)、実はこういうところが少子化の一番根っこにある下部構造であるはずで、そういうところをスルーしたかっこつけの少子化対策では、一番肝心の孕ませたり孕んだりする能力の高い世代にまで届かないと思うんですがね。

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建売住宅の労働保険料は誰が払うべきか?

さて、いささかマニアックな労働法の話です。

まずはじめに、先日の個別紛争研修で喋った以下の部分を読んでください。これが前提になります。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/jirrakenkyu.html

> これを理解するためには、まず労働基準法第87条からみていく必要がある。
 
(請負事業に関する例外)
第八十七条  厚生労働省令で定める事業が数次の請負によつて行われる場合においては、災害補償については、その元請負人を使用者とみなす。
 
 これは、戦前の労働者災害扶助法にさかのぼる規定で、重層請負を常態とする建設業においては、下請けや孫請けの雇用する建設労働者も同じ建設現場で入り交じって作業することから、そういう元請け企業が直接雇用しない建設労働者についても、元請け企業を使用者と見なして労災補償責任を負わせるという仕組みである。いうまでもなく、労働者ではない請負職人はその対象ではない。
 
 これを受けて、労働保険の保険料の徴収等に関する法律第8条では、
 
(請負事業の一括)
第八条  厚生労働省令で定める事業が数次の請負によつて行なわれる場合には、この法律の規定の適用については、その事業を一の事業とみなし、元請負人のみを当該事業の事業主とする。
 
と定めている。建設業については、労災保険にかかる部分については元請け企業が下請けや孫請けの雇用する労働者の分まで含めて、全額保険料を払わなければならない。これも、戦前の労働者災害扶助責任保険法にさかのぼる規定である。

この「請負」という言葉の意味が問題になったのが、この裁判です。

http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20081107131706.pdf(平成20年04月17日東京地方裁判所判決)

この戦前にさかのぼる規定が前提としている建設業の姿は、建設業者ではない注文者がいて、それが大手の建設業者に建物を建ててくれと発注し、その発注を受けた(つまり第一次請負人たる)建設業者が、その仕事を中小の建設業者に下請けに出し、そこがさらに零細の建設業者に孫請けに出し・・・・・・・という麗しい重層請負の世界ですね。だから、災害補償責任を負うのも、またそれに基づき労働保険料の納付責任を負うのも、「元請負人」と規定しているわけです。注文者というのは、普通の住宅だったら一般家庭だし、会社の社屋だったら(建設業者ではない)一般企業のはずだから、そういうことで別に問題はない。

ところが、戦後建売住宅という仕組みが発達してきました。これは、誰か別に建設業者ではない注文者がいて、建設業者がその元請負人になるのではなく、大手建設業者が自らの発意で住宅建設をするんですね。そしてそれを中小業者に下請けに出す。そして、その中小業者がさらに零細業者に孫請けに出す。厳密な民法の法理論上から言うと、「元請負人」というのは大手建設業者ではなく、第一次下請けの中小業者ということになります。だって、建売住宅を企画した大手建設業者は別に誰かから請け負ったわけではないのですから。

とはいえ、社会的実態から言えば、この大手建設業者が(元請負人として)注文住宅の建設を請け負って、それを下請けに、さらに孫請けにと請け負わせている姿と、建売住宅を自ら企画して下請けに、さらに孫請けにと請け負わせている姿に、何か実体的な違いがあるかというと、ほとんどないわけです。あるのはもっぱら民法理論上の法的構成の違い。

さあ、ここで、法的構成こそがすべてに優越するという民法的思想と、そんなものなんじゃい、実態こそがすべてじゃ、という労働法的思想がぶつかるわけです。

後者に立つ厚生労働省は、こう主張します。

>徴収法8条1項,徴収規則7条が,建設の事業が数次の請負によって行われる場合において,請負関係を一括して元請負人のみを事業主とする規定を設けた趣旨は,建設の事業においては,工事を請け負った元請負業者が仕事の全部又は一部を下請負業者に請け負わせ,元請負業者がこれらを指揮監督し,数次の請負が有機的関連をもって行われているのが通常であり,このような場合には,資力が乏しく補償能力の十分でない下請負業者でなく元請負業者に災害補償の責任を負わせることが保険適用の確保のために相当であり,また,数次の請負それぞれについて保険料の納付義務者や保険料額を確定して保険料を徴収することが技術的に困難であって,元請負業者に一括して保険料を負担させることにより事務処理の簡素化が図られることから,数次の請負を一つの事業として把握して,元請負業者から労働保険料を徴収することとしたものである。

そうすると,このような趣旨に基づく徴収法8条1項の「元請負人」の意義については,他の者から工事を請け負っているか否か等の形式面のみに着目するのではなく,有機的関連をもって行われる一体の工事を統括して施工管理する立場にあるか否かという実質面に着目してこれを解釈し,そのような立場にあると認められる者は,たとえ法形式的には請負人ではなく注文者であったとしても,同条項の「元請負人」に当たると解すべきである。また,同条項にいう「数次の請負」とは,建築業者が建築主として注文者となる建売住宅の場合でも,注文者から請け負った請負業者がさらに下請負契約をすれば,そこに「数次の請負」が生じ,仮に注文者から請け負った者が下請けに出さずに自ら工事を完成させたとしても,上記のとおりその注文者が「元請負人」に当たると解される以上,「数次の請負」があるといえる。

そして,原告は,建売住宅の建築工事を多数の業者に注文して請け負わせ,これらの工事を統括して施工管理しており,有機的関連をもって行われる一体の工事を統括して施工管理する立場にあったから,原告は,徴収法8条1項にいう「数次の請負」の「元請負人」に当たり,当該工事に係る事業の事業主として保険料の納付義務を負う。

民法の試験でこういう答案を書いたら不合格になるのかもしれませんが、労働法の世界ではまことになじみやすい発想なんですね。

これに対して、原告は

>原告が建築主として建売住宅の建築を注文する場合には,原告は注文者であって請負人ではないことは明らかであるから,原告から請け負った者が「元請負人」になることはあっても,原告が「元請負人」になることはあり得ない。また,原告から請け負った者は自分で仕事を完成しても構わないのであるから,そこに「数次の請負」関係があるとはいえない。そうすると,被告の主張するような解釈はその文言の解釈として不可能であり,法的安定性,予測可能性を著しく害するものであって許されない。

民法理論からすると、まことにもっともでありますな。

で、本件判決は全面的に民法的発想に立ち、ばっさり労働法的発想を切り捨てております。

>まず,「数次の請負」についてであるが,ここにいう「請負」については,民法632条以下に定める「請負」のいわゆる借用概念であり,徴収法8条1項にいう「請負」を民法632条以下の「請負」と別異に解釈すべきであることを窺わせる規定は,徴収法上,何ら存在しないのであって,民法にいう「請負」と同義であると解するのが相当である。そして,その
文言からするならば,「数次の請負」とは,請負契約が,元請けから下請け,下請けから孫請けというように,複数の段階を経て行われているものをいうと解するのが相当であり,また,「元請負人」とは,そのような複数の段階を経て請負契約がされた場合における最先次の請負契約の請負人のことをいうと解するのが相当である。・・・

建売住宅の販売業者のように,自ら建築主として建物の建築を請負業者に注文する者は,およそ民法上の請負契約関係において,あくまで注文者であって請負人に当たらないことは明らかであり,このような請負契約において請負人の相手方である注文者を「請負人」であると解することは,前記のように租税法規の解釈と同様に法的安定性及び予測可能性を重視して行うべき文言の解釈としては,困難であると言わざるを得ない。

また,被告は,同条項にいう「数次の請負」に関して,建築業者が注文者となる場合であっても,注文者からの請負人がさらに下請負契約をすれば,そこに「数次の請負」が生じる旨主張するが,そのような場合には,数次の請負の「元請負人」は,あくまで注文者である建築業者から最初に請け負った請負人であって,注文者が「元請負人」となるわけではないことはいうまでもない。

さらに,被告は,仮に注文者から請け負った者が下請けに出さずに自ら工事を完成させたとしても,注文者が徴収法8条1項の「元請負人」に当たると解される以上「数次, の請負」関係があるといえる旨主張するが,そのような場合には請負は「数次」にわたっておらず,また,前記のとおり注文者は「元請負人」とならないから,被告のこの主張は失当であると言わざるを得ない。

そして,被告は,「元請負人」に当たるか否かは,有機的関連をもって行われる一体の工事を統括して施工管理する立場にあるか否かという点により決すべきであると主張するが,事業が有機的関連をもって行われる一体の工事といえるか否か,あるいは,いかなる実態があれば工事を統括して施工管理を行う立場にあるといえるのかについては,いずれも客観的に判断することが困難な場合が少なくないのであって,このような明確とは言い難い基準により,当該事業についての保険料の納付義務の有無を判断することになれば,徴収法上,保険料の申告を義務付けられ,その申告した保険料の額に不足があれば,追徴金を課せられることになりかねない適用事業の事業主の立場を,著しく不安定なものにし,労働保険料の納付に関する事業主の予測可能性を著しく損なうものであるから,実質的な見地から見ても,このような被告の主張する解釈を採用することはできない

うーーむ、法律というのは一定の政策目的を実現するために制定されるものであり、法律の解釈もその政策目的に照らして行われるべきだという発想は、受け入れられないようであります。そういうことがやりたければ、

>なお,たしかに,被告が主張するように,建売住宅業者の場合でも,その業者から一括して保険料を徴収できるならば,保険料の徴収の確保及び徴収事務の簡素化を図るという趣旨を実現するためには望ましいことは容易に推察されるところであるが,徴収法の解釈としてこれを行うことは上記のとおり困難であると言わざるを得ないのであって,仮に被告の主張するような趣旨を実現する必要があるというのであれば,別途立法措置を講ずることによってその目的を達成すべきことになろう。

ちゃんと立法しなさい、と。

ただですね、本件ではもっぱら労働保険徴収法の解釈のみが問題とされ、それが「租税法規の解釈と同様に法的安定性及び予測可能性を重視して行うべき」とされているわけですが、そもそも徴収法の当該規定は労働基準法の定める使用者の災害補償責任の特例に基づいているものであるところ、労働基準法上誰が災害補償責任を負うべきかという問題については、租税法規と同様の解釈をするというのはおかしいはずです。それこそ、労働基準法の制定の根本精神に反する。契約書上でいやあ、これは請負契約だからな、雇用契約なんかじゃないからな、どんなに指揮命令してたって、契約で請負といってるんだから請負なんだぜ、というわけにはいかんぜよ、おまえが指揮命令していて労働者が怪我したんだからおまえがちゃんと補償しろというのが、労働基準法の根本精神であるわけで、その考え方からすれば、こっちの災害補償責任の特例の方も同じではないかということになるはず。ただそれが、労働保険料の徴収という租税徴収に類似する形になると、なかなか難しい話になるわけですが。

なんだかどこかで似たような話があったな、と思って

http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20071112151712.pdf

例の混合診療の判決と同じ発想ですね。で、よく見たら、やはり定塚さんの判決でした。

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2008年11月 8日 (土)

欧州社会党の宣言

5日付で、欧州社会党の党首たちが集まって宣言を出しています。

Taking Europe out of financial and economic crisis: An Urgent European Plan of Action

http://www.pes.org/downloads/PES_leaders_declaration_51108_EN.pdf

>This crisis is the great defeat of neo-liberal capitalism . Unfortunately, millions of innocent, working families are paying the price. This is totally unacceptable – the European Union and all Member States must act now. We must act on the basis of our way- the socialist and the social democratic way – not for a market society but for the well regulated social market economy.

この危機は新自由主義の大敗北だ。不幸にも何百万という罪のない働く家族たちがその代価を払っている。これは全く受け入れがたい。EUと加盟国は直ちに行動しなければならない。我々は、我々のやり方-社会民主主義のやり方で-市場社会のためではなくよく規制された社会的市場経済のために行動しなければならない。

以下ずらずらとこの手の思想宣言的文章が続いて、

>Europe needs energetic and coordinated action from the EU and its Member States simultaneously on two fronts:

1. Economic policies to defeat a recession and create new jobs and growth;

2. An EU regulatory framework to a better financial market;

景気後退を打ち破り雇用と成長を作り出す経済政策と、

よりよい金融市場への規制枠組み

の両面で精力的に共同行動が必要だと。

前者については、「green growth and jobs」「green investments」という言い方で、環境保護分野での大規模な投資を「European green bonds at a zero interest rate」ゼロ金利でやって、雇用機会を作り出そうと言っています。まあ、失業対策事業としての土木建設工事の今日風の(緑の党との連携にも役立つ)洗練された表現とも言えますが。

後者については、

>Our long-term goal is a new global financial market regulation – a new WFO with competences corresponding to the WTO. We are cooperating with the US democrats for converging roadmaps.

我々の長期目標は新たな世界的金融市場規制-WTOに対応する権限を持つWFO(世界金融機構)だ。我々はアメリカ民主党と協力していく。

>A real Bretton Woods II reform is essential.

真のブレトン・ウッズⅡが不可欠だ。

>For far too long the conservatives have dictated that the market should do it alone, in Europe and in America. Now it’s time for change and a new direction for Europe as well as for the USA.

あまりにも長く保守派は市場にすべてを委ねてきた。今やアメリカと同様ヨーロッパも新たな方向に向けてチェンジのときだ。

・・・・・・

ってねえ、ちょっと「政局」的台詞が過ぎるような気がしますが。もっぱら市場原理主義のアメリカ保守派に比べて、ヨーロッパの保守派はそれなりにソーシャルであったと、よそからは見えますがね。

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労働教育の復活

全国労働基準関係団体連合会の機関誌『らいふ』の11月号の巻頭言に、労働教育の話を書きました。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/gekkanlife.html

>「労働教育」という言葉は、現在ではほとんど死語となっているが、かつては労働省の課の名称として存在したれっきとした行政分野であった。終戦直後に占領軍の指令で始まり、労働省設置時には労政局に労働教育課が置かれ、労働者や使用者に対する労働法制や労使関係に関する教育活動が推進された。また、その諮問機関として労働教育審議会も設置された。地方労政行政でも、労働教育に精力が傾注された。
 その後、労使関係が安定化するとともに、労働教育は行政課題から次第に薄れていく。1950年代末には労働教育課が廃止され、代わって日本労働協会が設立されて労働教育事業を引き継いだが、高度成長期には労使協調による生産性向上で労働者の生活水準が上昇していき、石油ショック後の低成長期にも労使は雇用の安定を第一として協力し、労働者の権利をいかに教えるかといった問題を正面から取り上げる状況になかった。
 ところが1990年代末から、パート、フリーターなど非正規労働者の激増の中で、労働者自身が労働法制を知らず、自分の権利が侵害されていてもそのことに気がつかないといった状況が拡大しているとの指摘がされるようになった。一方、労働組合組織率の低下傾向の中で、労働者が個人で自らの権利を守らなければならない状況は拡大している。
 こういった指摘は、近年政府の諮問機関からもされるようになった。今年3月には国民生活審議会が、「学校教育段階から社会に出てからの教育を含め,働くことの意味や労働関係法令,働くことの権利と義務など働くことに関する教育の充実等のための取組を進めることが必要」と述べているし、4月には経済財政諮問会議労働市場改革専門調査会が、「労働を巡る権利・義務に関する正しい知識を教える学校教育の充実が図られ、そうしたなかで、就職・転職時における職業選択もよりスムーズに行われるようになる」と指摘している。半世紀間死語となっていた「労働教育」が、再び政策課題として浮かび上がってきたのである。
 地方レベルでは既に動きがある。北海道労働審議会は2006年5月に「若年者の労働教育について」という報告をとりまとめ、学校教育における働く際の権利・義務に関するルール教育の重要性を強調している。同審議会の道幸哲也会長は、職場の権利教育ネットワークというNPOを立ち上げ、学校におけるワークルール教育への専門家派遣等を始めている。
 こうした中、去る8月8日に厚生労働省は「今後の労働関係法制度をめぐる教育の在り方に関する研究会」を立ち上げた。今後、関係者からのヒアリング等を行い、来年初めには提言をまとめる予定である。半世紀ぶりに復活しようとしている労働教育が、労働市場に出て行く全ての若者に均霑されていくことを期待したい。

この厚生労働省の研究会は、現在まで3回開催されています。その1回目の議事録と2回目までの資料はアップされています。

http://www.mhlw.go.jp/shingi/2008/08/txt/s0808-1.txt

http://www.mhlw.go.jp/shingi/2008/08/s0808-11.html

http://www.mhlw.go.jp/shingi/2008/10/s1003-10.html

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民営化・外部委託と労働基本権

黒川滋さんが高梨昌先生のお話を伺ったそうです。

http://kurokawashigeru.air-nifty.com/blog/2008/11/117-4681.html

>つい数日前、上司に連れていかれて、高梨さんと面談する機会があった。

折から、自治体の臨時職員や非常勤職員の問題で整理つかないもやもやした考えがあって、それを整理する補助線となる考え方をいただいた。

労働組合として言うべきことはあるだろう、という叱咤激励もいただいた。

●印象的だったのは、国鉄分割民営化の7年もさかのぼり国労に委託研究されてやった成果を、国労が受け入れられずに、結果としてその論文を国鉄改革派の人たちが発見して、分割を書き加えたのが、あの国鉄改革だったということだったと語る高梨さんの言葉。出発点では国労と問題意識を共有していたことであり、不幸なかたちで、労組弾圧として分割民営化が進められた。間際に社会党が高梨さんのそもそもの案と共通する分割なし民営化として国労を説得しようとして失敗する。

●最近、公共サービスの民営化に疑義が呈せられるようになってきたが、少し前までは何でも民営化した方がいいという考えが蔓延していた。
その成功例がJRということだが、そもそも高梨さんが民営化の話を持ち出す問題意識として、第一に労働基本権を回復させるための手段という考え方があった。それが国鉄民営化の出発点である。

このあたりは、公共部門の労働基本権問題を時系列的に見てくると、よくわかることなんですね。

コンパクトにまとめたものとして:

http://homepage3.nifty.com/hamachan/komurodo.html公務労働の法政策

>これを受けて、翌1974年5月、閣議決定で公共企業体等関係閣僚協議会が設置され、7月には専門委員懇談会が発足しました。同懇談会は1975年11月意見書を提出しました。意見書は争議権について、適切な代償措置によって労働条件の改善が確保される限り、公共の利益の見地から争議行為を禁止・制限することは許されるという基本的考え方に立ち、三公社五現業等の賃金決定が争議行為を背景とした労使の団体交渉のみに基づいて行われることは妥当でないとした上で、「争議行為の問題は当事者能力と深いつながりがあり、当事者能力と経営形態とは切り離せない問題であることから、争議権の問題は経営形態とともに検討すべきであるといわねばならない」と問題を転じ、「現在の三公社五現業等によっては、その事業内容から民営ないし民営に準じた経営形態に変更し、自主的な責任体制を確立するのが望ましいものがある」と述べて、いわば経営形態変更によるスト権付与の道を示したのです。
 これに対し、公労協は意見書の出された11月26日にいわゆるスト権ストに突入し、国鉄がほぼ全面的にストップするなど大きな混乱を生じました。結果的に見ると、このスト権ストによって官公労は自ら墓穴を掘った感があります。直後の12月1日、政府は「三公社五現業等の労働基本権問題に関する政府の基本方針」を閣議決定し、その中で「法を守ることは、民主主義の国家の根幹をなすものであり、本問題の解決には、このことを確認することが必須の前提となる」と強硬な態度を示した上で、専門委員懇談会の意見書の要旨を尊重し、その内容の具現化につき検討すること、三公社五現業の経営の在り方や当事者能力の強化の方途を検討する、公労法等を全般的に検討することとしています。

ちなみに、その次に黒川さんが書かれている

>今年の3月、尼崎市役所に派遣されている住民票入力オペレーターがストライキを打ったことを紹介したが、この間の民営化、外部委託を進める文脈の中で、ストライキに入った労働者は、民営化の思想の基本を忠実になぞって行動した、ということである。それを行政改革が大事でけしからん、という論理だけの当時の市長は、民営化の思想について不勉強だったということなのだ

という点も、実は現在の公務労働法制の隠れた論点なのです。

上の論文の最後のところで、こういう指摘をしておいたのですが・・・。

>この最後の点は、じっくり考えていくと大きな問題になりそうです。2006年5月に競争の導入による公共サービスの改革に関する法律(「市場化テスト法」)が成立し、同年7月から施行されています。これによると、政府が対象となるサービス等を定めた公共サービス改革基本方針を策定し、これに基づいて官民競争入札を実施し、対象公共サービスの質の維持向上、経費の削減の面でもっとも有利な書類を提出したものが実施者となります。民間事業者が落札した場合には、国の行政機関の長は落札した民間事業者と契約を締結し、対象公共サービスの実施を委託することになります。

 この場合、対象公共サービスを実施するのは落札した民間事業者に雇用される民間労働者ですから、当然労働基本権はフルに享受することになります。市場化テスト法上、秘密保持義務と刑事法規の適用上の公務員への見なしは規定されていますが(第25条)、労働基本権についてはなんら制限されていません。  落札事業者の労働者は憲法上保障され法律により制限されていない団体交渉権、争議権をフルに有しているのですから、それを公契約や行政行為によって制限できるはずがありません。仮に、公共サービスの実施に関する契約において、契約期間中労働協約により賃金を上げないこととか、争議行為を行わないことといった条件を付し、これに反した場合には契約を解除するというようなやり方を想定しているとすれば、それは公序良俗に反する契約としてその部分は無効といわざるを得ないでしょう*12

*12既に刑務所については市場化テストが行われており、団結権すら有しない公務員たる刑務所職員と、争議権まで有する民間委託企業の労働者が同じ刑務所内で就労するという事態になっています

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学費 払えない

読売の記事から、

http://job.yomiuri.co.jp/news/jo_ne_08110704.cfm

>景気の後退で、学費や生活費に窮する学生が増えている。大学の中には、新たに奨学金を設けるなど支援の動きも出始めた。

 「父親がリストラされそうで、とても学費は払えない。それでも何とか卒業したい」。平均株価がバブル後最安値を更新した10月27日。明治学院大(東京・港区)が「金融危機に対する緊急奨学金」の募集を始めると、1人の男子学生が窓口にそう訴えてきた。

 学生の父親は東海地方の自動車関連会社に勤務しているが、仕事が急激に減って、収入の見通しが立たないという説明だった。

 この奨学金は上限50万円で返済不要。これまでに30人近くが相談に訪れた。父親が米国の企業で働いているため、「間違いなく解雇されてしまう」と不安がる学生もいた。

 「切迫しているのは1人や2人じゃない」。川上和久副学長は「想像以上に困っている学生は多い。この状態が続けば、相談はもっと増えるのではないか」と表情を曇らせた。

まあ、母子家庭の私立高校生ですら自己責任なのですから、ましてや大学生であればすべて自己責任というのが筋ではあります。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/post-2a1a.html(自己責任の人倫的基礎と社会的帰結)

とはいえ、現代日本社会において、大学卒業が良好な雇用機会を得る上での一つの条件となっているということもまた事実であることを考えれば、そう割り切ってしまうのもなかなか難しいところでもあります。

ただ、この問題をつっこんで考えると、一昨年に本ブログで何回か取り上げた大学教育の職業的レリバンスの問題を抜きに語れない面もあります。つまり、良好な雇用機会を得るための条件である大学教育が、当該良好な雇用機会に対して有している意義はいったい何なのか?当該大学において受けた教育内容が当該良好な雇用機会において遂行されるべき労働内容に対して不可欠の意義を有しているのか、それとも単に一般的に成績優秀で能力があるというシグナリングに過ぎないのか、という問題です。もしシグナリングに過ぎないのであれば、そのために社会的に資源の移転をあえてする必要があるのか、資源の移転は、もっと直接的に労働内容に有用な教育訓練に対して行われるべきではないのか、という議論があってしかるべきでしょう。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/04/post_c7cd.html(哲学・文学の職業レリバンス)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/04/post_bf04.html(職業レリバンス再論)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/04/post_722a.html(なおも職業レリバンス)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/04/post_c586.html(専門高校のレリバンス)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/05/post_8cb0.html(大学教育の職業レリバンス)

とはいえ、この問題の解決がそうたやすくないのは、

http://www.keizai-shimon.go.jp/special/work/15/work-s.pdf(経済財政諮問会議労働市場改革専門調査会「年齢の壁について」)

>民間の「年齢の壁」が徐々になくなっていくとすると、これまで年功制が担っていた生活保障機能、つまりある時期まで年齢とともに増加する生計費を公的にどう賄うかという問題に対応する必要が出てくる。
1 つ目は、子どもの養育・教育コストについてである。少子化対策の関係で、非常に幼い、ヤングチャイルドの問題については結構最近議論されてきているが、それを超えたところに大きい問題がある。特に日本は世界的に見ると、中等・高等教育コストは私立学校が大幅に担っており、そのコストも実は私的に負担している部分が非常に多い。なぜそのようなことが可能かというと、私学に通う子どもたちの親が、それなりに年功的に上がっていく給料をもらっていたから成立していたという面がある。つまり、社会的な前提を変えるとなるとこの部分を当然何とかしなければいけない。
先述の入口の話とつながってくるが、親が年功制で高い給料をもらっているから余裕があって、中等・高等教育に支出できるということは、実は子どもの将来の職業人生に対する投資というよりも、一種の消費財的な性格が強くなってしまう。
それゆえに、先ほど言った職業的なレリバンスがだんだんなくなって、大学で学んだことを全部忘れて、これから会社の中で一から覚えなさいというような、ある種の制度的補完性が成り立っていたのだろう。
そうすると、そういったところまで含めて変えるとなると、これは大変大きな社会的影響があると思う。

具体的に言うと、職業的レリバンスの乏しい学問分野の先生方の労働市場に対して、かなり壊滅的な影響を与える可能性があるわけです。

>それでは、夫婦が共働きをすれば子ども2人を十分養えて、それなりの広さの家に住んで、子どもをある程度高等教育まで出させて、なおかつその高等教育は非常に実務的で役に立つもので、それを基に子どもが労働市場に入っていくことができるというすばらしい世界が形成されるかというと、そこに何らかのもうワンプッシュが必要だと思う。
私の印象では、むしろ先ほど樋口委員が指摘されたように、やはり親と子の年齢差が開いてきていることで、中等教育から特に高等教育レベルのところの費用負担が非常に大きくなっていることが一番大きいだろうなという感じがする。親のすねをかじるのではないと口で言っても仕方がないとなると、やはりそこは実学系に対して一定の公的なコスト負担をするという方向に誘導していくことしか、実際にfeasible (実行可能)な道はないのではないかと思っている。

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2008年11月 7日 (金)

欧州議会、労働時間指令共通の立場を拒否

さて、6月にようやく加盟国政府間で微妙な妥協が成り立って共通の立場が採択されたEU労働時間指令改正案ですが、欧州議会の雇用社会問題委員会はあっさりそれをひっくり返し、オプトアウトは3年で全面廃止し、待機時間は不活動時間も含めて全部労働時間だという強硬姿勢で修正案を可決してしまったようです。

欧州議会の発表

http://www.europarl.europa.eu/news/expert/infopress_page/048-41251-308-11-45-908-20081103IPR41250-03-11-2008-2008-false/default_en.htm

>The maximum working time in the EU should be 48 hours a week, and the opt-outs from this rule should removed within three years, according to the majority of MEPs in Wednesday’s second reading vote at the Employment and Social Affairs Committee.

By adopting a co-decision report from Alejandro Cercas (PES, ES) with 35 votes for, 13 against and 2 abstentions, the committee made clear its disagreement with the Council (where a common position was adopted on 9 June 2008) notably regarding the non-participation clause, more commonly known as the “opt-out”, and on on-call time, an issue of particular importance for the health sector.

No opt-outs

The committee confirmed its first reading position by adopting an amendment stipulating that the non-participation clause should lapse three years after the reformed directive enters force.

The Council had proposed that the working week in the EU should continue to be limited to a maximum of 48 hours, except where a Member State invoked a non-participation clause.  This would have allowed workers to agree to work longer, subject to certain limits: no more than 60 hours on average a week when calculated over a period of three months or 65 hours where there is no collecting agreement and “when the inactive period of on-call time is considered as working time.”

On-call time considered working time

On-call time means “any period during which the worker has the obligation to be available at the workplace in order to intervene, at the employer's request, to carry out his activity or duties."  This issue principally concerns medical staff.

For the Council, the inactive period of on-call time should not be considered as working time unless national legislation, a collective agreement or an agreement between the social partners provides otherwise.  This “inactive period” is when the worker is on-call but no in fact called upon to carry out his or her duties.

In their vote, MEPs in the committee recognise that there is a difference between active and inactive on-call time, and that the latter can be calculated in different way, but they nevertheless insist that the full period of on-call time, including the inactive period, should be counted as working time.

これはそれを喜ぶ欧州労連の記事、初めての勝利だとうれしがっています。

Working time directive: first victory

http://www.etuc.org/a/5529

>The European Trade Union Confederation (ETUC) welcomes the adoption by the European Parliament Committee on Employment and Social Affairs, by a large majority, of the Cercas report on the Working Time Directive. The Cercas report disavows the decision taken by the Employment, Social Policy, Health and Consumer Affairs Council (EPSCO) last June, which was a disastrous move for European workers.

ETUC General Secretary John Monks commented: ‘The European trade unions cannot but welcome this vote, which represents an important victory on this issue. We now call on the European Parliament to adopt a firm position with regard to the Commission and Council at the vote in plenary on 17 December. The European trade union movement will demonstrate on 16 December in Strasbourg to ask the European Parliament to reject the Council’s decision and to confirm its position adopted at first reading.

The ETUC will develop these points at its press conference on 6 November, held in collaboration with Mr Cercas and the European Federation of Public Service Unions.

一方、経営者側のビジネス・ヨーロッパは失望を隠しきれません。せっかくの壊れやすい妥協をぶっ壊すつもりか、と。

EUROPEAN PARLIAMENT EMPLOYMENT COMMITTEE POSITION ENDANGERS FRAGILE COMPROMISE ON WORKING TIME

http://212.3.246.117/docs/3/IEMNDELBFKHDGLHNEMGBKAGHPDBW9DPYB69LTE4Q/UNICE/docs/DLS/2008-02103-E.pdf

>BUSINESSEUROPE is concerned that the wide ranging changes proposed by the European Parliament’s Employment Committee will put in danger the fragile compromise agreed between member states. The changes proposed by the Employment Committee would significantly hamper the flexibility that is necessary for workers and companies to operate in today’s global economy and therefore negatively affect Europe’s competitiveness at a time where Europe can simply not afford to put further breaks on growth and employment. The main concerns are the following:
1. BUSINESSEUROPE is alarmed that despite a number of safeguards introduced by the Council, the Employment Committee voted to delete the opt-out provision. The opt-out is a vital tool for companies and many individuals value the opportunity it offers to earn more money by working additional hours.
2. European employers are also critical of the Employment Committee’s decision to count inactive on-call time as working time. The Council provided a sensible solution to problems arising from various cases in the Court of Justice. This decision will have negative budgetary implications across member states in the private but also public sector.
Ernest-Antoine Seillière, President of BUSINESSEUROPE said: “The vote of the Employment Committee of the European Parliament has put in danger the pragmatic solution agreed between member states and the possibility of finally adopting an amended directive. We believe that MEPs should think twice and support the Council’s common position at the plenary vote.”

さらに、欧州公共企業センター

Why break the package deal? Working Time Directive once more jeopardized!

http://www.ceep.eu/media/right/press/press_releases_2008/why_break_the_package_deal_working_time_directive_once_more_jeopardized

>The European Parliament’s Employment Committee endorsed today Mr Cercas’ recommendation for the second reading on the working time directive. CEEP is surprised that the Committee was not able to use the sense of responsibility and cooperation for the best solution, often shown in the past.
“By this vote, said Rainer Plassmann, Secretary General of CEEP, the Committee paved the ground for the failure of the difficult compromise reached by the Council in June. This was only reached after many years of hard debates. Therefore we hope that the EP plenary vote in December will take its responsibility for the well-functioning of many essential services”.
Public services employers are concerned that, once again, the debate in the Committee was nearly monopolised by the issue of the opt –out, and that the crucial, but politically less “attractive”, issue of inactive on call time suffered from the “monolithic” approach of the Committee.
The Council deal safeguarded the flexibility of 24 hour public services, while at the same time protecting workers from possible abuse. This is all what public services employers asked for since years, as the ability not to count the inactive part of on call time as working time will greatly improve the effective provision of key SGIs all over Europe.
After the EP Committee vote, CEEP can only recommend its members to keep doing what they are doing since the SIMAP and JAGER rulings. Namely: “as clarity to the uncertainties brought by these ECJ rulings is not provided by the EU legislator, you will have to keep bringing clarity yourself”.
“However, said Rainer Plassmann, Secretary General of CEEP, as representative of public services employers at European level, CEEP would like Europe to be able to find the appropriate solutions too. And therefore we call on the EP plenary to reverse today’s’ vote.”

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職能資格制は海軍兵学校が源流?

佐藤博樹先生からご教示をいただいて、早速むかしの『能力主義管理』ハードカバー版の巻末の匿名座談会を読んでいるんですが、これが想像以上におもしろいんですね。皆さん本音をぶつけ合って、侃々諤々。

>この間年功制の欠点からの脱皮ということについて議論が出た。年功制というのは一セットになっているのじゃないか。年功制の欠点からの脱皮ということは、結局年功制を是認することにならないか。欠点だけ取ればいいのか。欠点と長所を分けられるのか。

だから年功制からの脱皮と年功制の欠点からの脱皮とは、いわんとしているものは同じようであっても違うのではないか。本質的な問題だと思う。

欠点を是正すればどうなるか。それは年功制を強化することなんですね。欠点を是正すれば全てそうなるはずです。

自動車がパンクしたから、タイヤを取り替えたら立派な自動車になったということですね。飛行機になったということじゃないと思うのですよ。我々は年功制を強化するために能力主義をやろうとしているんじゃないでしょう?

これは年功制という自動車からパラダイムシフトして飛行機に乗り移ることだというイメージですね。

しかし、

>私はそれを捨てるというのもまずいと思うんです。やはり修正というべきだと思う。

なぜかというと我々最近能力主義管理ということを盛んにいっていますが、果たして本当に能力があるかどうかの評価把握が、実際にできているのか。現在、そして将来はどうなのか。この辺がはっきりしない形で、しかも年功序列のいい面、悪い面それもはっきりした形で解決つかないままで、まるきり年功制を否定して、能力主義管理で行け、という言い方で進んでいっていいのか。非常に危険ではないかと思う。ですから年功制のまずい点は是正しなければならないけれども、さりとて抜本的にまったく変わった、新しい形の人事管理を考えるといってはならないと思う。

うーーーむ、まさに自動車のタイヤを付け替えるようなやり方で『能力主義』をやってきて、それが年功的だからだめだといって『成果主義』という飛行機に乗り換えようとして、そもそも「評価把握ができるのか?」というスフィンクスの問いが依然としてそびえていて『非常に危険ではないか』を地でいってしまったという話なのか・・・。

なんだか、この40年間というのは、この匿名座談会の掌の中でしかなかったかのような錯覚さえ覚えますね。

あと、大変興味をそそられたのは、職能資格制についてのこのやりとりです。

>我々の職能的資格制度、私は旧陸・海軍の階級制というのはまさにそれじゃなかったかと思うんです。

少尉、中尉、大尉という階位は職能的でしたよ。

>これは本当のアウトプットを中心とした、業績を中心として、それから将来を類推して昇級が決まりました。同年度に陸士や海兵を卒業しても、10年経ってもまだ中尉の人ももう少佐の人もいた。卒業年次や年齢が下で階級が上の人はいっぱいいた。

>しかも、それに加えて同じ少尉でも中隊長もいるし、大隊長もいた。完全なツー・ラダーですね。しかも少尉という資格を与えるのも、中隊長という役職を与えるのも両方とも能力主義ですね。しかも、資格と役職の結びつけ方も、我々の強調するレンジ型だ。

>我々がやろうとしているのとまったく同じじゃないか。

>どうもこの研究会には海兵出がそろっちゃったものですから。

あぁ、そうだったんだ!

というか、職能資格制が軍隊の階級制と似ているというのはわかっていたんですが、海軍兵学校出身者が集まって作ったからそうなったという歴史秘話は目から鱗ぼろぼろ・・・。

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欧州労連「金融機構に構造改革を!」

明日の欧州理事会に向けた、欧州労連のサルコジ大統領およびバローゾ委員長への公開状です。

http://www.etuc.org/a/5530

>Deep structural reform of the financial architecture: The financial sector is too important to be left to myopic bankers and greedy hedge fund managers. Instead of technical and piecemeal adjustments, we need reforms which fundamentally change the structure and the incentives of the financial architecture:

「構造改革」という言葉が出てきましたよ。それも、規制緩和するのが構造改革という歪んだ奴じゃなく、こういう事態をしでかした金融機構をきちんと規制しろという本来的意味における「構造改革」です。なぜなら、金融部門は近視眼的な銀行家や貪欲なヘッジファンドに委ねるにはあまりにも重要だから・・・。

そして、そういう連中の「投機のために借りる」というモデルを作り上げ、「アメリカ産毒入り」の資産を世界中にばらまくのに重要な役割を演じたのがアメリカ基盤の格付け機関なのだから、そういう連中に従属しない欧州の格付け機関を作れ、と。

>A European Ratings Agency – Rating agencies, mainly based in the US, have played a key role in constructing the ‘borrow to speculate’ model and distributing ‘US-toxic’ assets throughout the world. A European Ratings Agency, not dependent on the banks for its funds, is necessary to ensure that this does not happen again.

というような調子でいろいろと要求しています。もちろん、実体経済を悪化させるな、とも。

>Do not let the real economy down: The crisis in the real economy risks to deepen the financial crisis and to turn disinflation into a deflationary trap. Policymakers urgently need to address the recessionary tide that is rolling into Europe:

そして当然、労働者の扱いも。金融規制緩和とともに労働者の地位の低下こそがこういう事態の原因だと。不安定雇用や貧困が広がる中で需要と成長を維持しようとしたから、バブル主導消費に頼ることになり、資産価格の上昇、ひいては過剰債務を引き起こしたのだ。

>Ensure workers get a fair deal: Whereas financial deregulation is the facilitator of the ‘borrowing to speculate’ model, the underlying fundamental driver is the weakening of the position of labour in many countries over many years: inequalities have grown, economic progress failed to translate into real wage increases for everyone, precarious work and poverty wages are spreading. To sustain demand and growth in such a context, policy has resorted to ‘bubble-driven consumption’, thereby triggering exuberant asset price booms while pushing households into excessive debt.

This model can no longer work. ‘Speculation and bubble-driven growth’ have caused this mess. Fair wages and good jobs now need to become the new drivers of demand and growth:

こんなモデルはもう持続できない。「投機とバブル主導の成長」が混乱を引き起こしたのだから、公正な賃金といい仕事が新たな需要と成長の原動力となる必要がある・・・。

まことに、フリードマンが大好きなどこぞの国の自称「りふれは」さんとは対照的な、正しい意味でのケインジアン的な「需要と成長の経済モデル」ですね。

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2008年11月 6日 (木)

適切な定年退職

いや、あの作文みたいなものの中身については何も言うつもりはありませんが、そういえば、似たようなことをマスコミで発言してやめろと言われて裁判に訴えた事件があったなあ、と。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/07/post_ad43.html(鈴鹿国際大学事件)

こっちは私立大学の教授ですので、航空自衛隊の幕僚長とは立場は違いますが、それにしてもまあ似たようなことで所属する組織を困らせるという点では似たようなものかと。鈴鹿国際大学は、「本件発言は学生募集や大学経営に深刻な影響を及ぼす可能性があるものであり,本件大学は現在廃校の危機に直面しているといっても過言ではない」という状況にあったようですし、こっちは・・・まあ言うまでもありませんな。

それでも、懲戒処分とかして裁判になると、最高裁判所は「客観的に合理的と認められる理由を欠くものといわざるを得ないから,懲戒権を濫用するものとして無効というべきである」ということになるわけですから、まあ定年退職というのは政治的にもっとも適切な判断であるというべきではないでしょうかね。

黒川滋さんも同じ意見のようです。

http://kurokawashigeru.air-nifty.com/blog/2008/11/115-1aa8.html

ちなみに、一番同感したのは次の一節

>私なんか、民主党が大好きな財務省の高橋洋一の方がよっぽど国賊だと思うが、しかしだからと言って、彼の退職金を今になってはぎ取ろうなどとは思わない。彼の主張は今財務省で影響力が少ない、それで十分だ。

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身分差別と階級格差の区別もつかないって・・・

こんなことは、社会科学のもっとも基本のイロハのイに当たるようなことのはずなんですが、ある種の人々には理解されていないんでしょうか。

いうまでもなく、インドのカースト制度とか日本の部落差別とかは身分差別です。そういう生まれによる差別というのは、近代社会の原理とは反するものですから、資本主義が進展すれば薄れていく傾向があるのは当然です。

一方、法律上では対等な契約関係でありながら現実の社会的力関係が隔絶していることから生ずる格差は、それが差別に基づくものでないがゆえに近代法上は正当でありながら、それをそのままにしておくと社会が不安定にならざるを得ないがゆえに、ある種の介入が要請されてくるわけです。

こんな、高校の現代社会で学ぶようなレベルのことが、リバタリアンな人々には見えなくなってしまうんだなあ、ということを改めて感じましたね。

http://d.hatena.ne.jp/kurakenya/20081105

>モン・ペルラン・ソサイエティでのランチ・トークに

ベッカーが、フリードマンが指摘したように、

資本主義の発達は、必然的に階級差別を否定してゆくというものがあった。

ベッカーはフリードマンの指摘の通り、

インドの経済発展に伴う差別の減少を指摘したのだ。

経済活動が少なければ、自分以外の階層との交わりは限定される。

しかし、資本主義は能力のある個人を、階層にかかわらず評価する。

これこそが、すべての不合理な差別を市場が減じる理由なのだ。

フリードマンはもういないが、彼の洞察は今も生きている!!

「階級差別」って何?階級って、対等な人間同士の問題ですよ。物事を理解してますか?

まさか、「階級」って言葉をカーストとか部落差別みたいなものだと思いこんでいるって?あぁ・・・

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訓練された無能

別に何かへのコメントとかいうのではありません。一般論として、

近頃はやりのマルチ商法にしたって、いずれ行き詰まるとわかっていながら、いずれ行き詰まると認めないインセンティブを持つことが、行き着くところまで行き着かないと終わらない理由でしょう。

より正確に言えば、将来のどこかの時点で行き詰まるかもしれないが、それが自分がうまく儲けられる間ではないに違いないと考えるインセンティブを持つというべきかも。原理的には地球上の全ての人を巻き込むまでは「持続可能」ですから。

で、そういうインセンティブを持っている人にとっては、マルチ商法で売買される効能があるという謳い文句の商品そのもの(実体経済)は本質的意味を持っていないわけで。

マルチで儲かっている間は、そういう先を見通せる有能さは儲けられないという制裁を受け、あえて見えない訓練された無能さが報酬を受けるわけです。

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医療介護費用シミュレーション結果は最低ラインの見積書にすぎない

例によって、権丈先生の名調子です。

http://news.fbc.keio.ac.jp/~kenjoh/work/korunakare193.pdf

>まず第1点目は、この国では、医療も介護も、そして教育も、あるべき姿を求めて改革するとなれば費用が増えることは、当たり前だったんですね。この10 年ほど、改革と言えば費用削減という考えが世の中で支配的であり、それが常識にまでなっていたことが、この国の今の不幸をもたらしただけだと、わたくしは思っています。
Aシナリオの現状投影シナリオと言いますか、その下でも、例えば過去、政策的には診療日数を減らしましょう、平均在院日数を減らしましょうということをやっていた。だけれども、平均在院日数を政策的に減らす中で、病床当たりのマンパワーを増やすということをやっていなかったので、とんでもなく医療供給者側が忙しい状況になってきて、過重労働、マンパワー不足が噴出していた。そこに今回のシミュレーションでは、平均在院日数を減らすという方向性は間違えていないだろうと考えて、しかしその際にマンパワーをしっかりあてがおうとしている。

>そして、今回のシミュレーションで、医療費全体を100%として考えた場合のその中の配分ががらりと変わったことを示したというところに、私は大きな意義を見出しております。・・・・・・外来・訪問診療費のほうから入院のほうにお金の配分量というのが随分と変わっていくことになる。こういう全体の費用を100と考えた中での配分を明示したというのは、これは評価されるべきことだと思うんですね。

>Bシナリオでは、救急医療、急性期、産科医とかいうようなところに医療費が回ると思いますので、65歳以上の医療費というのは全然変わらなくても、分母の若い人たちの医療費が大きくなって、65歳以上の人の医療費の65歳未満の人の医療費の比率が小さくなると思いますし、私はその比率というのは分母、つまり若い人たちの医療費を大きくして、小さくすべきだというのをずっと言っております。今回のシミュレーションは、その方向に変わっていると思います。ですから、このシミュレーションで想定されていることは、望ましい改革の方向に向かっているのではないかと思います。

>それからもう一つの問題は、今、医療費全体を100%としてと表現しましたけれども、実は社会全体から医療費をどれだけ先取りするか、介護費にどれだけ使うかというのは、単価が決定的に大きな意味を持つんですね。・・・・・・医療介護従事者の相対賃金が上昇しないまま、全産業にしめる医療介護の従事者割合を増やすことはできないと思います。医療介護マンパワーの単価をしっかりと上げていかないと、人をちゃんと確保することができない。

>医療介護マンパワーの価格、賃金を上げるためには、税であり、あるいは社会保険料とかの負担増を実行できるかどうかという、そういうところの戦いになるんですね。医療介護が市場で供給されているのでしたら、マンパワーの賃金には価格メカニズムが機能するのですけど、公的サービスとして提供される医療介護では、そうはいかず、負担増の問題がどうしてもでてくる。・・・・・・その部分を頑張っていかないと、ここに書かれてある改革シナリオという望ましい医療、望ましい介護の供給体制、量的に表現された供給体制を実現することはできない。価格を引き上げないと、人は医療介護分野に吸収されない。このシミュレーションでは、今、看護師、介護労働者の離職率の高さや福祉大学みたいなところで定員割れしているという状況への配慮が全然なされていないと思います。

>あるべき医療、あるべき介護をイメージしたこのシミュレーションに基づいて改革を進める場合、医療介護費用の配分を変える際に直面する壁、もしくは敵と、医療介護資源を他の経済領域から先取りする際に重要な役割をはたす単価引き上げの壁、もしくは敵という、2つの壁、2つの敵を意識することになると思います。そして必要とされるマンパワーを確保するために、ここで仮定されている以上に価格は上げなければならないでしょうから、このシミュレーションは最低ラインの見積書にすぎない、そういうふうに解釈させていただいております。

毛沢東じゃないけれど、「人民内部の矛盾」と「敵対的矛盾」という奴ですか。

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竹内裕『日本の賃金』

ちくま新書から竹内裕さんの『日本の賃金-年功序列賃金と成果主義賃金のゆくえ』という本が出ています。

http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4480064575.html

2004年に成果主義に対する反撃が突発してから4年、高橋伸夫氏はおそらくいささか偽悪的に「日本型年功制」といっていたのだと思いますが、それを日本の賃金制度を歴史的に振り返りつつ、実は職能給が一番いいんだよという本が出てくるのは、まあそろそろそういう時期なんだろうな、というところでしょうか。

職能給といっても、年功的運用になってしまったものではなく、本来の職務遂行能力に基づくものに立ち返るべきだ、というあたりも、そもそも職能給のもとになったといわれる日経連の『能力主義管理』が今日思われているのよりも結構「職務」遂行能力に重きを置いたものであったということを考えると、原点回帰的な思想ですね。

90年代後半以降広まった「役割給」なるものの位置づけについても、111頁で、左側の「人基準」の中で「年功基準」から「職能基準」にシフトし、右側の「仕事基準」の中で「職務基準」から「役割基準」にシフトする絵は、わかりやすいですね。

ただ、実はこういう企業の人事面からまことに穏当に見える賃金論の盲点も一方にはあります。それは、よく似たタイトルの新書本、もう9年前に出た木下武男氏の『日本人の賃金』(平凡社新書)の論点でもあるのですが、そういう企業内部的にはまことに望ましい賃金制度のマクロ社会的帰結をどう考えるのかという問題です。木下氏の本は成果主義華やかなりし頃にむしろアンチ成果主義的職務給を唱道したものですが、その考え方は『世界』10月号の共同提言の中に流れています。

竹内氏の本でも、職務給のデメリットとしてチームプレーにマイナスとか人事異動が制約されるとかありますが、逆に言うと、職能給だから長時間労働になり転勤を余儀なくされるという言い方もできるわけで、ワークライフバランスというなら効率は落ちても職務給にせよという議論もあり得るわけです。さらに、膨大な非正規労働者の賃金制度をどうしていくのか、という問題意識を踏まえると、問題は二元連立方程式になってくるのですね。私は、就職後ある時期までは職能給的な枠組みが保障されることが望ましいと思っていますが、その先についてはなかなか難しかろうという気がします。というか、本当に「職務遂行能力」ってみんな上がっていってるの?それって、単にそういうポストに就いているからじゃなくって?というあたりも、突っ込むとなかなか悩ましい。

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2008年11月 5日 (水)

ドーア先生 on 金融化

連合総研の『DIO』11月号に、ドーア先生の「社会の金融化と労使関係」という講演録が載っています。ちょうど、一昨日のエントリーで紹介したジャコビー先生の「金融と労働」と似た領域を扱っていて、読み合わせるといっそう興が湧きます。

http://rengo-soken.or.jp/dio/pdf/dio232.pdf

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/post-53c8.html

金融化の社会的帰結についての次のような一節は、熟読玩味に値しましょう。

>金融化の結果として、金融業に携わっている人たちの収入と、実経済に携わっている人たちの収入のバランスが変化しました。この点を見るには、アメリカの国民所得統計が便利です。法人の利益総額中に占める金融業法人の利益の割合は、1946 − 50 年の期間平均で9 . 5%でした。その後、金融業法人のシェアは漸進的に増加し続けますが、1980 年代からは加速的な増加をとげ、2002 年には45%に達します。
 金融業の分け前が増大する二つの要因があります。その第1 は、実経済に生きる人( 実業家)のニーズである「資本調達、将来の不確実性へのヘッジ、貯蓄への高利回り」を媒介する「虚業家」の信用操作の経費が増大することです。経済学者の神話では、資本の自由化、グローバル化は、余っている資金がもっとも利益を上げることができるところに投資され、資金効率を確保するための一番いい方法であるといいます。ケインズは、これに対して、「
一国の資本形成の発達がカジノの副産物となる時、その機能が効率的に果たされる可能性は少ない」と述べ、別の評価を与えています

しかしながら、この講演の一番面白いところは、日本における株主主権論の横行に関わって、経済産業省って役所は何を考えているの?と皮肉っぽく問いかけているところでしょう。話は本ブログでも何回か取り上げた例の北畑次官の話から始まります。

>最後に、株主主権論(「会社は株主のもの」)思想の普及というイデオロギー的変化も無視できません。
 経済産業省の事務次官だった北畑さんが、今年1 月の講演で「デイトレーダーは浮気で無責任でバカなものばかり」と言ったことが、新聞にもれて大騒ぎになりました。しかし、その馬鹿騒ぎとは別に、彼の講演は非常に面白い。ですが、矛盾に満ちているとも思います。北畑さんは、一方で、「会社法では、会社は株主のものです。会社法の大枠は、国際スタンダードで出来上がっていて、これを変更する事はできません」といいます。ですが、これは国際スタンダードではありません。たとえばドイツは、監査役会に従業員代表が半分入っているような法的制度を持っています。「会社は株主のもの」という思想に基づく制度は決して普遍的なものではありません。

この点は、私は何回もあちこちで繰り返し書いたり喋ったりした気がするのですが、何かというと法律学を馬鹿にして経済学万歳と言いたがる輩に限って、ことこの問題になると法匪もかくやと思われるほど、「六法全書をよく読めこの馬鹿、会社は株主のものに決まってるやろうが」と一国法律主義に凝り固まるという不可思議な現象が見られます。ドーア先生はドイツの例を挙げておられますが、北欧諸国では従業員代表は取締役会にはいっていて、こういうのがEUの主流派なんですが、そういうのは目に入らないと。ま、それはともかく、

(追記)いうまでもなく、これはお馬鹿な「法律を馬鹿にしているつもりで実は一国の法律の枠組みに囚われているだけの連中」をからかっているだけの一節です。多くの方には今更でしょうが、一応念のため。

 
 しかし、北畑さんは、法的な「株主主権論」の強調と同時に、まるで逆のことも主張しています。すなわち、世の中では会社は株主のものであるということに決まっているけれども、自分はそうではなくて、少数派として、ステークホルダー論にこだわっている、といいます。そして、東京高裁の裁判官のことばを借りて、「会社は・・・一個の社会的存在であり、対内的には従業員を抱え、対外的には取引先、消費者等との経済的活動を通じて利益を獲得する存在であるから・・・企業価値について、もっぱら株主利益のみを考慮する考え方には限界がある」と。

 北畑さんが事務次官をしている役所で、2004 年に発足した企業価値研究会というのがあります。そのメンバーは、製造業出身が当初は6 人でしたが、今年の春にはそのうち3 人が解雇されて、代わりに金融業代表者を2 人加えました。結局、製造業3 人、金融業13 人、学者が7 人、そして弁護士が4 人という構成になりました。この研究会が今年6 月に発表したガイドライン(『近時の諸環境の変化を踏まえた買収防衛策の在り方』)は、ステークホルダー論をまったく否定するような内容のものとなっています。例えば、「取締役会は、株主共同の利益の確保・向上に適わないにもかかわらず、株主以外の利害関係者の利益に言及することで、買収防衛策によって保護しようとする利益を不明確としたり、自らの保身を目的として発動要件を幅広く解釈してはならない」と述べています。「発動」とは、買収者に対しての防衛策の発動を意味します。これは非常にこんがらがった文章で、分かりにくいのですけれども、要するに取締役会はなによりも株主利益に奉仕しなければならない、従業員の利益など考慮に入れてはならない、と主張しているわけです

経済産業省(の一部)に金融立国論的な傾向があることは確かなのでしょう。その先に何か視界が開けるような展望があると思っているのかな?と不思議な思いがしますが。

で、ドーア先生は、この流れをどう変えていくのかという問題提起をします。

>労働組合は、このような支配的思想潮流を変えていけるのか。これが、非常に重要な問題ではないかと思います。経営者が「株主主権論」に異議を唱えようとすれば、たちまち自分の株主が逃げてしまって株価が下がってしまいます。だから経営者は、そういうことは言えません。ですから、「株主主権論」への異議申し立ては、学者やジャーナリストや労働組合の指導者が言わなければならないと思います。

これは、まさにUIゼンセン同盟のいう「使用者を支配する資本と対峙する「労資関係」を構築する必要」というやつですね。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/post-d78b.html

>グローバル化と市場主義化はどんどんと進行し労働市場に混乱を招いてきているのはご承知の通りです。プライベート・エクイティーファンドに象徴されているように、株主資本が絶大な権力を持って経営者を支配する構図が出来上がってしまっています。この現実に対して企業別労働組合は使用者性を持たない株主資本、持ち株会社に対抗する力が非力なのです。
こうした動きに対して我々は早急に対抗策を立てていかなければなりません。それは企業の枠を超えた交渉力を創り上げることにあります。UIゼンセン同盟本部も外国資本に対抗する為にも5つの国際産別との連携はもとより、各国の友誼産別との連帯を一層深めていく必要があります。すなわち、従来の企業別労使関係の上に、使用者ではなく、使用者を支配する資本と対峙する「労資関係」を構築する必要があります。

(参考)北畑次官関係のエントリー

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/02/post_6c4f.html(バカで浮気で無責任)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/02/post_fee4.html(北畑次官の講演録)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/02/post_2f1c.html(おまえは批判しているのか)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/post_bfee.html(企業年金は「モノ言う株主」でいいのか)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/04/post_bef3.html(留保利益の横取りを許すな)

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今、公正性をどう考えるか:組織内公正性論の視点から

経済産業研究所のHPに、守島基博先生のディスカッションペーパーが掲載されています。

http://www.rieti.go.jp/jp/publications/dp/08j060.pdf

>現在多くの企業や組織で、資源分配の格差を低く保つことで、公正性を確保しようとする平等原則(準平等原則)から、組織や企業への貢献度に応じて資源を分配する(つまり、報酬を払う)衡平原則の考え方に大きく移行している。だが、実際は衡平原則による公正性の確保には多くの困難が伴う。そのため、衡平原則がもたらす不公平に対して、事後的にどう対応していくかに関する議論が盛んになってきた。
なかでも、企業場面においては、補完的に「過程の公正性」の考え方を活用し、資源分配を不衡平だと従業員や組織成員が認識する場合の救済を行う場合が多くなってきた。衡平原則によって分配結果の公正性を確立することが難しいことを前提として、分配を受ける人(労働者)が、分配決定過程に部分的に参加したり、事後的な紛争処理を行ったりすることで確立される公正性である。
本稿ではまず、準平等原則から衡平原則への移行の困難さを解説し、衡平原則の問題点を部分的に補完する、「過程の公正性」の考え方を解説する。さらに04 年と05 年に行われたアンケート調査を、企業業績データと組み合わせて分析し、過程の公正性施策が、労働者の納得感だけではなく、企業業績にも貢献する可能性があることを示す。特に労使協議のための常設機関や、働く人が苦情を申し立てる仕組みなど、企業レベルでの過程の公正性確保のための仕組みを導入することが、企業業績との関連ではで重要なことが示唆される

「衡平性原則による公正性の確保には多くの困難な意思決定が伴う」のはなぜかというと、

>1)誰を比較対象に選ぶのか、2)何を基準として個人の貢献を評価するのか、3)何を報酬と考えるのか、そして4)どこまでの不衡平を許容するのかである。特に最初の3点について合意がえられないと、衡平原則によって公正性を確保することはできない。また第4点目は、不平等が不衡平に変わる境界が雇用システム外の要素も含めて多くの要素に依存するために一義的に決定するのが難しい。だが、衡平原則はこれらの点について合意がえられないと、分配が公正であるかの判断ができないし、またこれらの点に関する合意の難しさにより、何が公正かについての混乱を招きかねない。

からです。

このうち、労働法政策との関係が深いのは、とりわけ「正規労働者―非正規労働者間での分配原則」でしょう。

>ところが、ここで注意しなくてはならないのは、現状では正規従業員と非正規従業員の間では、仕事自体の格差(雇用機会、単位あたり賃金の格差など)だけではなく、さらに学習機会の格差が目立っていることである。例えば、・・・・・・

正規従業員と非正規従業員間で、学習機会についての平等化は進んでいない。
もちろん、実際問題として、育成機会については、衡平原則の適用も合理性を欠くため、難しいと考えられる。衡平原則の前提は、なんらかの基準で同じ価値を提供しているのであれば、資源分配が同じでなくてはならないという基準である。その意味で、教育機会という長期的な人材価値に影響を与える資源の配分は、もともと短期的で臨時的な雇用を前提とする非正規従業員の場合は難しいだろう。長期雇用が前提となっている正規従業員の場合は、企業にとっての人材のもつ価値を長期的に評価できるが、短期雇用を前提とした非正規従業員の場合は、長期的な価値が同等であることを主張するのが難しいからである。
したがって、教育機会の衡平原則に基づいた分配は難しいと考えられる。
将来的に雇用機会に関して進展する平等と、学習や育成の機会に関するアクセスに関する不平等が公正性という観点からは問題になるかもしれない。正規になるキャリアを用意しておきながら、また正規になったら処遇は均衡しているとしても、そのための学習機会を制限しているからである。

このあたり、改正パート法第10条の教育訓練の努力義務をどう考えるかとつながってきます。

パート法とも関わって、2)の評価基準についても、

>さらに、今もうひとつの基準が導入されはじめている。職務価値である。これまでわが国では、一般的に賃金などの処遇に関する評価は人にかかわる基準によって決定され、仕事自体の価値を考えることは少なかった。多くの場合、勤続年数、年功、能力、学歴など、ヒト基準であった。だが、近年、ひとつには男女や正規労働者―非正規労働者間における公正性判断の目的で、またもうひとつには人件費管理の目的で、職務や役割などの基準を、賃金決定のために使用するケースが増えている。
このことが最も端的に表されているのが、前述の改正パート労働法における均衡処遇を目的とした職務内容の同等性であり、これは職務内容が同等であるという限定がついているが、同一労働同一価値賃金へのむけての第一歩である。純粋な同一価値労働同一賃金の原則は、職務内容が異なる場合でも、価値が同一または同等ならば、賃金に均衡を求めることになるのでより射程は広くなるが、改正パート労働法は、少なくとも職務のもつ価値を公正性判断の基準とした意味で新たな発展であった。

これがまさに、40年前の『能力主義管理』の巻末匿名座談会で侃々諤々やっていた問題点でもあるわけですね。

守島先生は、「企業レベルでの過程の公正性確保のための仕組み」を「労働側のボイスに関する新たな考え方だと捉えることもできる」、「ボイスを中核とした公正性確立の考えかた」と述べています。

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2008年11月 4日 (火)

個別労働紛争解決研修応用研修(立法・判例の動向)

日本労使関係研究協会の個別労働紛争解決研修でお話ししたものです。今年は労働契約法が施行された元年ということもあり、裁判例と立法を組み合わせる形でお話をしました。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/jirrakenkyu.html

裁判例で問題になっていることとはかなりかけ離れた論点に無理矢理に持って行っている嫌いがなきにしもあらずですが、まあ読み物としてさらりと読んでいただければ。

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2008年11月 3日 (月)

医師を増やせば医療崩壊は止まる?

東京大学政策ビジョン研究センターのHPに載ったコラムが、問題の本質をよくとらえていると思いますので、リンクしておきます。

http://pari.u-tokyo.ac.jp/column/column02.html

筆者は、政策ビジョン研究センター准教授の中島勧さんです。

>昨今、医療政策上の問題として、医療崩壊という現象が取り上げられることが多くなっています。医療崩壊とは、主に病院に勤務する医師が退職したことをきっかけとしてある地域の医療体制が維持できなくなる現象を指しています。原因としては、若い医師がきつい医療現場を避けるようになったためとか、医療訴訟が増えているからとか、医療事故を原因として逮捕された医師がいたためなどと言われています。しかし崩壊していると言われる医療機関や診療科を見ると、上記の原因以上に、時間外診療体制の運営が不適切であること、具体的には当直制度により維持されていることの方が大きな原因になっているようにも思えます。そこで今回は医師の当直制度について問題提起させていただきます。

当直とは労働基準法では宿日直と呼ばれています。一般的に宿直という言葉で想起されるのは、「非常事態に備えて、職場に泊まって手持ち無沙汰に時間を過ごす役回り」であり、日直は休日日中の当直に相当します。これが労働基準法の宿日直に相当する業務です。正確に言えば、労働者が通常の勤務終了後、引続き翌日の所定始業時刻まで、事業場内の定時的巡視、文書および電話等の収受、非常事態の発生に備えて勤務するものであり、勤務時間中に相当の睡眠時間が設定され、常態としてほとんど労働する必要のない勤務を指しています。回数も宿直が週に1回まで、日直が月に1回までと制限があるため、宿日直合わせて1ヶ月に5~6回以下でなくてはなりません。

それでは医療の世界ではどうなっているかと言えば、「宿日直」すなわち「当直」は、通常の勤務時間終了後から朝の始業時までに生じるすべての業務を担当しています。もちろん通常の勤務が免除されることはありませんから、当直を担当する日には、朝の勤務開始から翌日の勤務時間終了までの1日半が勤務時間と言うことになります。さらに日中の通常業務に加えて、救急外来の診療も含まれています。時間外に受診される患者さんは、状態が不安定な場合が多い上に、診療体制が限定されていることから、診療を担当する医師にとっては大変な負担となります。また回数制限が有名無実化している医療機関も少なくありません。

実際、このコラムを読んでいる方の中にも、「当直医」の業務は夜間診療だと思っていた方も多いかもしれませんし、医師の間でもそういう認識が一般的だと思います。その証拠として、非常勤医師の求人情報では「当直医募集、救急外来5~10名、救急車2~3台、病棟管理」というようなものが多く見られます。常勤医の募集でも、民間病院ならまだしも公立病院常勤医でさえ、当直回数が月に10回以上あることが明示されている場合があります。少し前まではテレビや新聞の報道でも、当直医が夜遅くまで通常業務を続けながら救急外来の患者を診察して朝を迎えたとか、家に帰った途端に呼び出されて朝日を見ながら家に帰ったなどというものを見ることができましたが、特に問題視されていませんでした。

そうは言っても、勤務時間外に医療が必要な緊急事態があれば、医師が対応することは当然のことであるため、止むを得ない場合に限り法律上も時間外手当の支給を要件として実施可能とされています。しかし実際には、時間外診療が行われた場合でも、時間外手当が支払われないことが多く、さらに深夜に呼び出された時の交通費さえ払ってもらえないことが多かったのです。最近では、そのような医療機関は報道されなくなりましたが、それは問題点が解消されたためではなく、その状態自体が違法であることを自覚しているため、報道されることで労働基準監督署から睨まれることを恐れて、医療機関が取材を受けなくなったためと言われているのです。時間外診療が当直医により維持される状態を放置して来た厚生労働省が、労働基準法に基づいて当直医による時間外診療の提供を禁じているというのであれば、一体誰がこの状態を改善するのでしょうか

近年、医療崩壊と呼ばれる現象の報告が多数あり、その原因として前記のように訴訟の増加や医療事故に対する逮捕などが挙げられていますが、これは急激に進行する医療崩壊の説明としては不十分です。実際には医師達は、これまで時間外の奉仕的労働、特に当直制度の名を借りた夜勤体制に何とか耐えて来たものの、その上、民事訴訟ばかりか逮捕までありうるという現状に耐えられなくなって来た可能性が高いと思われます。実際に医療崩壊が起こっているのは、診療科としては小児科や産婦人科が多く、それ以外の診療科でも都市部以外の基幹病院を中心に多数報告されています。いずれにおいても時間外診療の需要が高いために当直医の負担が過大になりがちであり、時間外診療の負担が過大な医療機関(多くは地元の基幹病院)の医師が次々と退職しているのです。

そうは言っても、当直制度を適切に運用することは、現在の診療体制や医師数では全く不可能です。最近になって医師養成数を増加させるという方針が政府により立てられるようになっていますが、その目的は、漠然と医師が足りないからというだけで、時間外診療体制の整備とか当直制度の適切な運用とはされていません。慢性疾患を中心とした日常診療と、緊急対応を要することの多い時間外診療を一緒にして医師数の過不足を語るべきではありません。医師数が足りないかどうかという問題はスケジュールの立て方や評価方法によって変わる可能性がありますが、当直医による現状の時間外診療体制は明らかに労働基準法違反であり、患者さんにとっても、疲れて判断力の低下した医師に診療を受けることになってしまうのです。時間外診療体制の問題は、医師・患者の双方のために早急に解消されなくてはならない問題であり、医療政策の現場においては最優先で取り上げていただくことを期待しています。

何も付け加えることはありません。

この期に及んでなお医療業界内部のリソースの取り合い合戦的にしか物事を見られないような議論が続くことは破壊的だと思います。

ちなみに、「労働基準法違反」というのはたしかにそうなのですが、上のような要件は通達で書かれているもので、具体的な規定のあり方は以下の通りです。

労働基準法施行規則第二十三条  使用者は、宿直又は日直の勤務で断続的な業務について、様式第十号によつて、所轄労働基準監督署長の許可を受けた場合は、これに従事する労働者を、法第三十二条 の規定にかかわらず、使用することができる。

病院の宿直が問題となった裁判例(正確には宿直の許可を出した行政を訴えた)に

中央労基署(国民健保南部診療所)事件(東京地判平成15年2月21日)

がありますが、その判決文に通達が要領よくまとめてあるので引用します。

>施行規則23条に基づく断続的な宿直又は日直勤務の許可基準として,昭和22年9月13日発基第17号,昭和63年3月14日基発第150号の各通達(以下「17号及び150号通達」という。)が存在し,特に,医師,看護婦等の宿直については,昭和24年3月22日基発第352号の通達(以下「352号通達」という。)が存在し(以下,17号及び150号通達並びに352号通達による看護婦に関する許可基準を「本件許可基準」という。),これらの通達は,次のとおりの内容である。
(17号及び150号通達)
ア 勤務の態様
(ア)常態として,ほとんど労働をする必要のない勤務のみを認めるものであり,定時的巡視,緊急の文書又は電話の収受,非常事態に備えての待機等を目的とするものに限って許可するものであること。
(イ)原則として,通常の労働の継続は許可しないこと。したがって始業又は終業時刻に密着した時間帯に,顧客からの電話の収受又は盗難・火災防止を行うものについては,許可しないものであること。
イ 宿日直手当
 宿直又は日直の勤務に対して相当の手当が支給されることを要し,具体的には,次の基準によること。
(ア)宿直勤務1回についての宿直手当(深夜割増賃金を含む。)又は日直勤務1回についての日直手当の最低額は,当該事業場において宿直又は日直の勤務に就くことの予定されている同種の労働者に対して支払われている賃金(労働基準法(以下「法」という。)37条の割増賃金の基礎となる賃金に限る。)の1人1日平均額の3分の1を下らないものであること。
(イ)宿直又は日直勤務の時間が通常の宿直又は日直の時間に比して著しく短いものその他所轄労働基準監督署長が(ア)の基準によることが著しく困難又は不適当と認めたものについては,その基準にかかわらず許可することができること。
ウ 宿日直の回数
 許可の対象となる宿直又は日直の勤務回数については,宿直勤務については週1回,日直勤務については月1回を限度とすること。ただし,当該事業場に勤務する18歳以上の者で法律上宿直又は日直を行いうるすべてのものに宿直又は日直をさせてもなお不足でありかつ勤務の労働密度が薄い場合には,宿直又は日直業務の実態に応じて週1回を超える宿直,月1回を超える日直についても許可して差し支えないこと。
エ その他
 宿直勤務については,相当の睡眠設備の設置を条件とするものであること。
(352号通達)
ア 医師,看護婦等の宿直勤務については,次に掲げる条件のすべてを満たす場合には,施行規則23条の許可を与えるように取り扱うこと。
(ア)通常の勤務時間の拘束から完全に解放された後のものであること。
即ち通常の勤務時間終了後もなお,通常の勤務態様が継続している間は,勤務から解放されたとはいえないから,その間は時間外労働として取り扱わなければならないこと。
(イ)夜間に従事する業務は,一般の宿直業務以外には,病室の定時巡回,異常患者の医師への報告あるいは少数の要注意患者の定時検脈,検温等特殊の措置を必要としない軽度の,又は短時間の業務に限ること。従って下記イに掲げるような昼間と同態様の業務は含まれないこと。
(ウ)夜間に十分睡眠がとりうること。
(エ)上記以外に一般の宿直の許可の際の条件を満たしていること。
イ 上記によって宿直の許可が与えられた場合,宿直中に,突発的な事故による応急患者の診療又は入院,患者の死亡,出産等があり,あるいは医師が看護婦等に予め命じた処置を行わしめる等昼間と同態様の労働に従事することが稀にあっても,一般的にみて睡眠が十分にとりうるものである限り宿直の許可を取り消すことなく,その時間について法33条又36条による時間外労働の手続をとらしめ,法37条の割増賃金を支払わしめる取扱いをすること。従って,宿直のために泊まり込む医師,看護婦等の数を宿直の際に担当する患者数との関係あるいは当該病院等に夜間来院する急病患者の発生率との関係等から見て,上記の如き昼間と同態様の労働に従事することが常態であるようなものについては,宿直の許可を与える限りではない。

同判決は、これをふまえて、以下のように判決を下しています。

>本件診療所の宿日直時間帯における看護婦の勤務態様は,次のようなものであったと認められる。すなわち,〔1〕本件診療所の宿直勤務においては,1時間ないし3時間ごとに,1晩数回の定時巡回,及び定時の検温,検脈が行われていたこと,〔2〕平成9年4月から同年10月の間の17時15分から翌日8時30分までの宿直時間帯において,月平均約1.5人のペースで来院する外来患者に対し,投薬,切創縫合,消毒等の作業が,月平均約38回行われており,このような外来患者がそのまま点滴治療を受け,入院したケースも存したこと,〔3〕上記期間中,産科を除く入院患者に対し,一定以上の処置をした日数(同一の患者に複数の処置を行っても1日とカウントし,同日に2人の患者それぞれに処置を行った場合には2日とカウントする。)は,月平均約25日に及んだこと,〔4〕上記期間における産科入院延べ日数は,月平均で約10日以上であったこと,〔5〕平成9年4月1日から同年10月7日までの間における小児科の入院患者38名のうちのほぼ全員が点滴治療を受けていたこと,〔6〕産科の入院患者に対しても,点滴治療,マッサージ等が行われていたこと,〔7〕夜間の点滴の場合,通常二,三時間に1回は患者の観察に行くものとされていること,〔8〕平成9年4月から同年9月の間にこのような入院患者が概算で月の3分の2は存在し,月の半分は2人以上入院していたこと,〔9〕日直勤務においては,洗濯等の業務が加わっていたこと,〔10〕平成9年4月から同年9月の間の23時15分から翌日6時30分までの間に,6時間以上の仮眠がとれたと推定される日が10回であり,また,同時期において,1か月のうちで一定程度の処置がなされなかった日が1日ないし6日であり,処置回数が96回ないし359回であったこと,〔11〕本件申請以前において,夜間又は休日の勤務をし得る看護婦は五,六名であって,1名当たりの回数は,夜間勤務については平均週1回以上に及んでいたこと,〔12〕上記業務を,入院患者の付添いとして家族がいることが多いものの,基本的には,医師不在の中看護婦1名で行っていたことが認められる。これらの事実に照らせば,本件申請における宿日直員の勤務態様が「ほとんど労働をする必要がない勤務」であって「昼間と同態様の労働に従事することが稀」であったとは到底認められないし,点滴等の一定程度以上の作業については本来複数の看護婦でチェックするのが安全対策上望ましく,これを1人で定期的に行うことは精神的負担が大きいことを考えると,継続した睡眠が十分にとれる状態にはなかったと認められる。
 そして,前記認定事実に,証拠(原告)及び弁論の全趣旨を合わせると,〔1〕本件診療所における看護婦の宿日直時間帯における上記のような勤務の態様は,宿日直時間帯が勤務時間として取り扱われていた平成9年3月以前ころから本件申請のあった同年9月まで変化がないこと,〔2〕平成9年3月以前から本件申請のころまでの間,宿日直時間帯に本件診療所に来る患者数についても,入院患者数についても,特に変化がないこと,〔3〕大島町は,本件申請に当たり,看護婦に対し,入院患者については検温するだけでよいなどといった,業務内容を変化させるような指示は一切出していないこと,〔4〕また,大島町では,本件申請に対する許可がされたならば,本件診療所における看護婦の数を増員するとの計画もなかったことが認められ,これらの諸点からすると,大島町は,本件申請に当たり,宿日直時間帯における看護婦の勤務態様について,本件申請に対する許可がなされた以降の勤務態様を,本件申請以前の勤務態様から改めることを予定していなかったことが認められる。
 したがって,本件申請は,申請段階において,申請に係る宿日直員の勤務態様が,法41条3号,施行規則23条及び通達352号などの定める本件許可基準を満たさないものであって,これを許可した本件許可は違法であるというべきである。

本件は看護婦が訴えたものですが、肝心の医者がこんなのはおかしいと訴えた例は一つもないというところが医療界の空気をよく示しているような。

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2008年11月 2日 (日)

ジャコビー先生の「金融と労働」

比較労働法政策雑誌の秋号が、大変面白い特集をしています。

http://www.law.uiuc.edu/publications/cll&pj/index.html

サンフォード・ジャコビー先生の「金融と労働:リスク、不平等、民主主義の展望」という大論文をめぐって、サイモン・ディーキン先生はじめとする方々のコメントが並び、最後にジャコビー先生のリプライが載っています。

ジャコビー論文の最後の一節:

>The present does not repeat the past but it rhymes. The New York Times says that we are in the midst of a new Gilded Age and a new populism. The current financial crisis is putting government intervention and regulation back on the political agenda with a level of urgency not seen since the 1930s. Financialization also has brought the labor movement back, not like the 1930s, but nevertheless with a political and public relevance that make premature the claims of its demise. Today finance is the master. Will it once again become the servant? The outcome depends on the politics of the double movement.

今日、金融はご主人様である。それは再び召使いになるだろうか?その結果は「二重の運動」の政治にかかっている。

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2008年11月 1日 (土)

「他人の経験」に学ぼうとする欧州労連

昨日のエントリーの詳細版です。

http://www.etuc.org/IMG/pdf_DO_NO_LET_THE_REAL_ECONOMY_DOWN_Oct_08.pdf

>Four lessons from Japan : How to avoid getting trapped into deflation

日本からの4つの教訓:いかにしてデフレの罠を避けるか

>At the beginning of the 1990s, Japan was facing a similar situation. An asset price bubble had developed and the Japanese private sector had massively built up debt to finance this bubble.

1990年代初頭、日本は似たような状況に直面していた。資産価格バブルがふくらみ、日本の民間部門はバブルをまかなうのに巨額の債務を積み上げていた。

After the Japanese central bank tightened monetary policy and had pricked the bubble, households were left with high debts and banks were facing bad loans in their portfolios.

日本銀行が金融政策を引き締め、バブルをつぶした後、家計には巨額の債務が残され、銀行は不良債権に直面した。

In the process of driving down debt back to reasonable levels, Japan made several policy mistakes. Its economy rapidly fell into deflation and got trapped in a situation of continuing low growth for more than a decade.

債務を適正な水準に下げる過程で、日本はいくつもの政策的な過ちをした。経済は急速にデフレに落ち込み、10年以上にわたる低成長状況に陥った。

Here are a number of lessons to learn for European policymakers from the Japanese debt deflation process.

ここにはヨーロッパの政策決定者が日本の債務デフレ過程から学ぶべきいくつもの教訓がある。

まず第1は、

>Make sure monetary policy wins the race against deflation. To drive down debt, the private sector starts to save more and to invest less. The slowdown in domestic demand drags down overall growth and creates overcapacity. Disinflation follows. If left uncontrolled and if interest rates are not cut in time to stabilise the economy and stop this trend, disinflation eventually turns into deflation. From that moment, the zero bound on nominal interest rates bites. Real interest rates start increasing again and monetary policy loses much, if not all of its power to stimulate the economy.

金融政策がデフレとの競争に勝てるようにすること。債務を減らそうとして民間部門は貯蓄を殖やし投資を減らすので、国内需要は減退し過剰設備となり、ディスインフレになる。それをそのままにして利子率を適切に下げなければ、ディスインフレはデフレとなり、名目利率がゼロ近くなっても実質利率は上昇し、金融政策は経済を刺激する力を失ってしまう。

>Japan indeed got stuck in such a liquidity trap (see Figure 2). From 1992 onwards, the Japanese central bank did cut interest rates from what had been extremely high levels – 8% interest rate with inflation running at less than 4%. Meanwhile, however, inflation started falling as well. Two years later, nominal interest rates were still at 2%, while inflation had turned to zero and then negative. By reducing interest rates too slowly, Japanese monetary policy had missed out on the opportunity to stabilise the disinflation process in time. Against this background, negative real interest rates were no longer possible and the Japanese economy paid the price for this outcome in the form of continuing slow growth.

日本はまさにこの流動性の罠にはまってしまった。

>Lesson No. 1:

The lesson to learn is to avoid inflation reaching zero before nominal interest rates can do so.

With the ongoing credit crunch triggering a standstill in the real economy, a strong disinflationary process can be expected. European central banks therefore need to engage in the race against disinflation and win this race by deciding deep and fast cuts in interest rates.

第1の教訓は、名目利子率がゼロになる前にインフレ率がゼロになるのを避けることだ。

第2は賃金の下落。

>Downward wage flexibility deepens and prolongs the deflationary trap. Depressed economic activity in itself weakens the bargaining position of workers and trade unions. In Japan, however, this weakening of workers’ bargaining position was exacerbated by the widespread existence of bonus systems at company level topping up regular or
conventional wages. Confronted with lacklustre demand for their products and services,
Japanese companies started to cut on workers’ bonuses. As a consequence, deflation got prolonged because both domestic demand and cost-push inflation were absent

賃金の下方弾力性はデフレの罠を深く長くする。日本の場合、ボーナス制度がこれを悪化させた。

>Lesson No. 2:
Today, many European economies are characterised by a downward wage rigidity from the moment at which wage growth reaches 2% (see Figure 3). This is actually a good thing: it provides a downward floor to the process of disinflation and thus contributes to maintaining price stability. European policymakers would therefore do well not to attack and dismantle those wage formation institutions delivering this downward rigidity in the form of minimum wages, sectoral collective agreements, legal extension of collective bargaining agreements and limitations at company-level opening clauses. If European policymakers decide otherwise and try to compensate for the lack of competitive devaluations of national currencies by engaging in competitive cuts of nominal wage levels, deflation processes would be made stronger
.

ヨーロッパ諸国を特徴づける賃金の下方硬直性は実にいいことだ。なぜならそのおかげでディスインフレに(それ以上下に行かない)「底」ができ、価格の安定に貢献するからだ。こういう有り難い賃金の下方硬直性を、攻撃したりなくそうとしたりしてはいけませんぞ。国際競争とか称して賃金を切り下げたりするとデフレが恐ろしいぞ。

第3は事態を悪化させる「構造改革」、またも日本が反面教師です。

>Some structural reforms make matters worse. Japan also responded to the continuing
slowdown by degrading its tradition of permanent and highly secure jobs. New entrants in the labour market, mainly women, were forced to accept so-called part-time jobs. This type of jobs, however, needs to be understood in the Japanese context: in Japan, a part-time job means a full-time working schedule paid at a part-time rate
.

日本もまた景気停滞に対して長期安定雇用を崩すことで対応しようとした。労働市場への新規参入者はパート労働を強いられた。日本の「ぱあとたいまあ」はパートの賃金で働くフルタイム労働者だ。

>This increase in precarious work also undermined the macroeconomic transmission channels. Any initial positive demand shock to the economy turned out to be weak and feeble since the benefits of the demand shock immediately went into profits and not into wages. Because of workers in precarious employment relationships having no bargaining power whatsoever, the multiplying effect of more jobs creating more purchasing power for workers and their households was no longer functioning.

不安定雇用の増加もマクロ経済に悪影響をおよぼす。

>Lesson No. 3:
The Japanese experience regarding precarious work also holds an important lesson for Europe. Indeed, in Europe, the use of precarious work is spreading in many different ways: jobs paying poverty wages, series of fixed-term contracts, agency workers paid unequal wages for equal work, involuntary part-time employment and fake self-employed people. Moreover, ongoing reforms – such as a backward revision of the Working Time Directive and misguided flexicurity reforms using the six weeks ‘grace’ period in the draft Temporary Agency Work Directive to organise a ‘revolving door effect’ – may be abused to accelerate precarious work practice in Europe. If this were to happen, the depression would be prolonged and the process of disinflation/ deflation would be prolonged.

ヨーロッパでも不安定雇用が拡大しつつある。このままではデフレが長引くだけだ。

>Avoid pro-cylical fiscal policy tightening and allow the public sector to compensate for private sector de leveraging. An economy going through a process of driving down private sector debt needs to compensate this by accepting a certain increase in public debt. If it does not accept such compensation, economic activity will suffer substantially. In the absence of public investments supporting aggregate demand, private sector efforts to increase savings and cut investments will undermine overall growth. In turn, depressed growth and rising unemployment will push deficits upwards. Fiscal policy turns procyclical if it tries to cut these deficits, thereby prolonging and deepening the slowdown. Japan again provides a telling illustration such a process. To cut the deficit and to keep public debt within limits, Japan decided to hike TAV rates in 1998. The results were catastrophic: the economic recovery was lost, economic growth decelerated sharply again and the Asian financial crisis was triggered.

景気循環に沿った財政引き締めを避け、公的部に民間部門を穴埋めさせよ。公共投資がなければ、民間の貯蓄増加と投資減少は経済成長を台無しにする。その代わりに、成長低下と失業増加が財政赤字を増大させる。日本はこの点でも反面教師だ。

>Lesson No. 4:
In Europe, the Stability Pact lays the foundations for another potentially vicious circle.
Depression pushes deficits up, fiscal policy reacts and more depression follows. Therefore, utmost care must be made when applying the Stability Pact. Certainly, in the present situation in which governments have rightly saved the banking system from collapsing by injecting massive amounts of capital, there is a high risk for policymakers to resort to pro-cyclical fiscal tightening. Instead, the Stability Pact needs to be applied with a high dose of flexibility to avoid such fiscal tightening.

ここはEUの文脈で「安定成長協定」の話です。

という風に、まだまだ続きますが、欧州労連、さすがに日本という「他人の経験」をよく学ぼうとしています。

しかし、「労働者の側に立つ」とか「社会民主主義」とかいうのは、経済政策においてこういうケインジアン的立場に立つことなんだよ、と未だに(それに反する思いこみ(とはいえ、日本においては知識社会学的現実でもある)に対して)説明しなければならないということ自体が徒労感ですが。

(追記)

なお、上記を読んでこられた方には言うまでもないことですが、理解の乏しい方もおられるようなので念のため一言。

こういう欧州労連の考え方は、言葉の正しい意味における「リフレ派」と呼ぶことは可能ですが、もちろんどこぞの国のネット上ではびこっているような、最低賃金の意義を否定し、積極的労働政策を馬鹿する、リフレ粉をちょいと振りかけただけのフリードマン教徒の揚げ塩さんたちとはその本質において正反対であることは言うまでもありません。「リフレ」というおまじないを唱えれば、みんな仲間というわけではないのです。

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ソーシャルな産経新聞

10月30日の産経新聞の「主張」(他紙の「社説」に相当)

>医師不足 協力体制強めて解決せよ

http://sankei.jp.msn.com/life/body/081030/bdy0810300304000-n1.htm

>脳内出血の妊婦が受け入れを拒否されて都立墨東病院で死亡した問題を受け、厚生労働省が全国の「総合周産期母子医療センター」に対する緊急調査を実施したところ、多くの医療センターで常勤の産科医が足らず、当直も回らない実態が判明した。

 妊婦や新生児の緊急治療に対応できる病院でさえ、このありさまだ。明らかに産婦人科の勤務医が不足している。

 今年6月にまとまった医師不足を解消するための厚労省の「安心と希望の医療確保ビジョン」では、これまでの医師養成の抑制方針を百八十度転換し、医師の増員を打ち出した。

 しかし、単純に医師を増やしても問題は解決しない。増やした医師がビル診(オフィス街の診療所)などの開業医に流れるようでは意味がない。不足している病院の勤務医を計画的に増やして配置していかなければならない。

 そのためには第一に勤務医の待遇改善が求められる。開業医の年収は勤務医の1・8倍にも上る。診療報酬を勤務医に手厚く配分し、勤務医の収入を引き上げ、その分開業医の診療報酬を引き下げる。これには医師会の協力が欠かせない。勤務医を支援するためには医療クラーク(事務員)を増やし、看護師や助産師らの能力を向上させることも必要である。

 勤務医のなかで産婦人科医と同様に小児科医や救急医、外科医も不足している。勤務がきついからだ。この診療科ごとの偏在をなくすためにも労働環境の改善が求められる。医師が診療科を自由に名乗れる自由標榜(ひょうぼう)制にある程度制限を加え、一部の診療科への集中を防ぐことも検討したい。

 地方の医師が不足する地域的偏在も問題だ。開業する条件に地方の病院での一定年数の勤務を求めることも必要かもしれない。

 今回の問題では地元医師会が今年2月の時点で東京都に墨東病院の産科医の人数を増やすよう要望していた。しかし、要望するだけではなく、医師会に所属する産科の知識を持った開業医が交代で墨東病院の勤務に就くことも可能だ。そうした協力こそ人の命を救う医師の使命である。

 責任の所在をめぐって厚労相と都知事が対立する場面もあった。国、自治体、医師会、病院が力を合わせ、医師不足を解消し、安心して治療の受けられる社会を作っていかねばならない。

その言うところはほぼ賛成ですが、読売といい産経といい、あまり世間的にソーシャル派だと思われていないマスコミの方が、しっかり医療ソーシャリズムになっているところが面白いと言えば面白いところです。たぶん、リベサヨな感覚が少ない分だけ、「医師の自由万歳」にとらわれずに素直に事態を見ることができるということでしょうか。

finalventさんが、

http://d.hatena.ne.jp/finalvent/20081030/1225322736

>社会主義にするとよさげ。

とコメントされているのは、おそらく皮肉なのでしょうが、医療保険がかなり厳格な社会主義システムである以上、医療提供体制そのものも「社会主義にするとよさげ」なのはある意味で必然でしょう。

もちろん、それとは逆の方向で、医療保険の方を自由市場経済に委ねてしまうというシッコ型選択肢もあるわけで、要は制度的補完性のある医療関係の制度をどのように制度設計するかという問題でしょう。

患者の人権ゆえに医療保険は社会主義にして、医者の自由のために医療提供体制は市場原理にするというリベサヨ的選択肢が現状を招いたのであれば、リベでいくのかサヨでいくのかどちらかにしないといけません。

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