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2008年10月16日 (木)

アングロサクソンのモデルに賞味期限は来たか?

日経ビジネスオンラインの「焼鳥屋で語る金融危機」で、倉都康行さんが放談気味にいろいろと語っています。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/money/20081014/173831/

私はもちろん、金融について何事かを語れるような資格はまるでないので、おもしろかったところを引用するだけです。ただ、マクロ歴史社会学的な観点から、似たような感覚はありますが。

>倉都 ディーラーは本当に、朝から晩までそういう感覚で生きていますから。自分の金じゃないし、元手を貸してと言ったら、実績さえあればすぐ貸してくれるし、それでうまくいけば自分にもどーんとお金が入ってくるし、これはもうやめられないエンドレスのゲームです。

Y やめられないでしょうね。

倉都 麻薬みたいなものです。

Y 人の金でばくちをするんだったら、すごくリスクのあるところに賭けますよね。

倉都 それで失敗して会社が倒産しても、今まで儲けた金を返せ、とは言われないしね。

Y 夢みたいな商売ですね、考えてみると。

>倉都 こっちも別に素人じゃないですから、20年、30年やってきているわけですから、その感覚でやっぱりおかしいというものが本当におかしかったんだなと。

 その感覚で無責任に言っちゃうと、一番初めにおっしゃいましたけれども、アングロサクソンのモデルはもうだめなのかどうか。特に金融においてですけれども、たぶん、だめですね。

Y おおっ、爆弾発言ですね(笑)。

倉都 しばらくだめですね。しばらくという言い方がいいか分からないですけれども、僕はシティーとニューヨークの地盤はかなり低下すると思います。

>Y アメリカの没落は、何を呼び込むと思いますか。

倉都 EUによる、米国からの金融覇権の剥奪ですよ。イギリスからアメリカに行ったのを、今度はEU、ユーロ圏が取り戻すと。イギリスじゃなくてね。

 ドイツ、フランスがどこまでできるか分かりませんけれども、ある意味での社会主義的な金融モデルというのが出てくる可能性があるんじゃないでしょうか。何年後かは知りませんし、僕の勝手な推測で、別に根拠はないですよ。

Y 感覚でおっしゃっているにしても、感覚には感覚なりの土台があると思うのですが。

倉都 やっぱり歴史です。15~16世紀からの歴史を自分の趣味としていろいろ見ていると、2007~2008年というのは、すごく大きな変わり目です。これは間違いなくアメリカの地盤沈下ですが、それで次は中国、ロシアが、というシナリオはちょっと難しいと思うんですよ。そうすると社会民主主義型の伝統を持つヨーロッパ型が揺り戻しで主役に出てくる。たぶんシナリオとしてはそういう方向なのかなという感じはしますね。

>Y アングロサクソンモデルは賞味期限を迎えつつある、とすると、アメリカの人たち自身はどう感じているか、が気になりますね。「これはやっぱりヤバいぞ」と心底思っているのでしょうか、それともあっさり忘れて元の路線に戻ろうとするのか。こんな話こそ、感覚的にしか言えない問題だと思うのですが、いかがでしょう。

(続き)

昨日に引き続き、日経ビジネスオンラインで倉都さんが喋っています。引き続き、マクロ歴史社会学的におもしろかったところを引用します。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/money/20081015/173965/

>倉都 分からないですよ。ただ今回の法案審議の過程で、金融救済に対してあれだけ激しい嫌悪が噴き出したことはね。

Y 金融の経営者はグリード(強欲)だという批判ですね。

倉都 あそこまでもめると思わなかったですね。何だかんだ条件は付けるだろうけど、そうは言っても法案は通すよなと思っていたら、大反発が待っていた。いや、そこまで大変なのかと。いかに金融に対する嫌悪感がきついのか。

 批判とか、非難じゃないですよ。もはや生理的嫌悪感ですよ、これは。成功者をポジティブに捉える米国では今までなかなか言えなかったことだけど、そういうものがぼーんと噴きだしてきた。ということは、金融の連中は昔みたいには戻れない。もちろん金融という機能は残るんですけれども、金融収益にGDPの3割、4割を依存するような、ああいう経済構造というのはまず、当面、復活はしない。少なく見ても5年、10年は復活しないでしょう。

Y そもそも資金の貸し手が出てこないでしょうね。

倉都 そういうことです。

Y しかし、米国は金融系に産業をシフトすることで、実業をどんどんつぶして国外に追い出してきました。金融がNGなら、どうすればいいんだという話になりますよね。

倉都 おっしゃる通りです、没落です。もう農業をやるしかないんじゃないですか。一応、農業国ですから。

Y そうなりますか。

倉都 まあ、半分冗談ですけれども、本当にアメリカは次が何、というのがないと思うんですよね、今。

Y 先が見えないですよね。

倉都 次にどういう産業をコアにするのというと、ないですよ。これはアメリカの悩みでもありますけれども、世界経済の悩みでもあるでしょうね。

同じ資本系列の日経新聞が昨日のシンポジウムが、この期に及んでなお「金融立国論」というのと何ともいえない対比の妙ではあります。

日本を製造業だけの国にしていいのか」とのたまわれた中川秀直氏は、アメリカにならって実業を国外に追い出した後、何を日本の基軸産業にされるおつもりなのでしょうか。アメリカにならって農業?まさかね。

そもそも何が悪かったのか?という、稲葉先生の御疑問には、

http://d.hatena.ne.jp/shinichiroinaba/20081004/p3

>Y お話を戻してしまいますが、そうして覇権を奪われそうなアメリカはどこを「反省」するのが正しいんでしょうか。

 というのは、いま悪の根源のように言われる投資銀行とか、金融の仕組みというのは、偏在している行き場のない力としてのお金というやつと、同様に偏在している、お金があればいろいろなことができるという実業の部分を、お互いに納得できるリスクを取ってやりとりしましょうよ、というのが本来の姿ですよね。

 だから、なくなっていいわけでもないし、その機能自体が公正な市場という形で表れてくるのは必要かくべからざるものだし、そこで勝ち残るスキルなり、野心なりを持った方が出てくるのも、全然悪いことじゃない。

倉都 悪くないですよ。

Y だとすると、ここで言う「反省する」というのは、具体的にはレバレッジを効かせすぎた取引の自粛、よりはっきりいえば、返す当てのない借金を止める、ということだと思うのですが。

倉都 ええ、そうですね。やっぱり借金は借金なんですよ。

Y 借金は借金、その心は。

倉都 借金というのは人様からお金を借りて、返さなきゃいけないという、まずその意識があるべき行為ですよね。

Y そうか。サブプライムローンって、「ローンの借金をこつこつ返そう」ではなくて、「物件の値上がり益で次のローンに借り換えよう」という話ですもんね。

倉都 おっしゃる通りです。収入の中から元本を返すという発想がないんです。収入がない人に家を売る商品ですから。

Y 考えてみると恐ろしいですね。「米国には家を欲しがる人がぞくぞくと増えていくから、住宅価格は実需によって上がり続ける」という理屈が少なくとも4年か、5年の間は機能しちゃったんですもんね。

倉都 していたんですね。

Y 実は、米国に比べて、こつこつ30年ローンを返す日本人はなんだかばかみたいじゃないかと、思ったことが何度かあるんですけど(笑)。

倉都 それはばかでも何でもないですよ、いかにまっとうかという話。

そろそろまっとうな資本主義にもどりましょう、と。

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