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歴史の転換点にあたって~希望の国日本へ舵を切れ~

昨日、連合がまとめた宣言(と言っていいんでしょうね)です。

http://www.jtuc-rengo.or.jp/news/rengonews/2008/20081024_1224809754.html

歴史の転換点にあたって
~希望の国日本へ舵を切れ~

1.情勢認識
(世界同時危機の様相)
 米国の住宅バブル崩壊に端を発したサブプライムローン問題が引き金となって、世界は同時金融危機の様相を呈している。
 今のところ日本経済への影響は限定的との見方もあるが、世界経済と日本経済は連動しており、世界経済の停滞が長期化・深刻化すれば日本経済への影響も計り知れない。

(暴走する市場原理主義の罪)
 1980年代レーガン政権のとった「小さな政府」をめざす新保守主義的な政策は、市場原理主義を台頭させ、公正さよりも効率性に重きを置く風潮を強めた。1990年代以降のアメリカ経済の高成長も手伝って、多くの国々がこのアメリカの風潮に追随し、市場原理主義的な政策はグローバル・スタンダードであるという固定観念が作られてしまった。加えて、金融資本主義(カジノ資本主義)によって、実体経済を超えるマネーがさらに富を求めて暴走するようになった。
 その結果、社会的公正や安心・安全という社会の岩盤が揺らいだ。この間格差は拡大し、貧困が増加した。投機マネーが株式市場を席巻し、株主主権主義が蔓延、企業は必要以上に株主利益への対応を求められるようになった。そして、従業員、地域、取引先などのステークホルダーと企業との絆が弱まった。労働分配率も低下した。競争は熾烈を極め、個人に必要以上の責任を負わせ、ゆとりのない不安と不信の社会を招来、コミュニティーも崩壊した。

(市場原理主義の終焉)
 しかし、世界を混乱の渦に巻き込んだ常軌を逸した投機行動は、自ら破滅の道を辿った。今回の「ウォール街の崩壊」は、グローバル・スタンダードと言われてきた市場原理主義の終焉を意味するものである。
 今、企業のあり方も問われている。

(世界は変わろうとしている)
 日本は、世界は、今後どこに向かって進んでいくのか。そして、時代の潮目の中で連合はどのように役割、責任を果たしていくべきなのか。
 今年、日本で開催されたG8レイバーサミットでは、世界中を席巻した市場原理主義が社会の基盤である中間層を崩壊させてしまったことへの危機を相互に再確認し合った。そして、世界中に広がる貧困や失業の問題に対処していくため、世界の労働組合が連帯してディーセントワークの実現に取り組むことについてコンセンサスを得た。
 アメリカでは「チェンジ」を掲げるオバマ大統領の誕生への期待が高い。世界は、アメリカは変わろうとしている。日本は変われないのか。

2.希望の国日本の構築に向けて
(今こそパラダイムシフトを)
 今、歴史的な転換点を迎えている。
 今こそ、これまでの価値観を転換すべきである。むきだしの競争社会では人は生きていけない。「連帯と相互の支え合い」という協力原理が活かされる社会、ぬくもりのある思いやりの社会とするため幅広い国民的な合意を形成していく必要がある。ゆとりのある社会が大切だという価値観へ、株主主権主義からステークホルダー主義への転換をはかり、効率と競争最優先の価値観から公正と連帯を重んじる日本をめざして大きく舵を切るべきである。

(連合の社会的責任と使命)
 これからの日本には、安定した雇用システムや安心できる社会保障の仕組みの再構築、内需主導型の経済システム、経済・財政運営への転換が不可欠である。もう一度厚い中間層を取り戻し、安全と安心、そして信頼の日本、希望の国日本を実現しなければならない。
 グローバル化が進んだ今、もはや自国のみが発展する社会モデルを構築することはできない。世界中の貧困や失業などを共通の問題として捉え、世界の全ての国において、労働の尊厳、公正・公平な社会の実現にむけた国際的な枠組みの構築を進めなければならない。「一部の貧困は、全体の繁栄にとって危険である」(ILOフィラデルフィア宣言)の精神を今こそ実現すべきである。
 連合は、労働組合の社会的責任を自覚し、この歴史的な転換点に当たり、今こそパラダイムシフトをはかるべく、広く国民合意の形成に努めていく。そして、「労働を中心とした福祉型社会」の実現に向け、その運動の牽引者としての役割を果たしていく

せっかく昂揚しているところへ水を差すようで申し訳ないのですが、

>アメリカでは「チェンジ」を掲げるオバマ大統領の誕生への期待が高い。世界は、アメリカは変わろうとしている。日本は変われないのか

って、その連合の組織的に支持している民主党が、下手したら自民党より遙かに「「小さな政府」をめざす」「効率性に重きを置く」「市場原理主義的な」「個人に必要以上の責任を負わせ」る人々で、「安心・安全という社会の岩盤」を軽視し「「連帯と相互の支え合い」という協力原理」や「ぬくもりのある思いやりの社会」を馬鹿にし、「ステークホルダー主義」なんかアフォとちゃうかとうそぶいておられたんではないんでしょうか、などとほんの数年前の過去のことをほじくるようなことを言うのは営業妨害ですよね、はいやめます。

(追記)

はいやめます、といっといて、ぐだぐだ書くのも何ですが、やはり一言。

なんで日本で、90年代から2000年代にかけて「カイカク」真理教が猛威をふるったのかというと、

「チェンジ」を掲げる細川首相、から始まって

「チェンジ」を掲げる小泉首相、に至るまで、

マスコミから知識人から、みんな「チェンジ」真理教に染まっていたからなんじゃないの?

>世界は、アメリカは変わろうとしている。日本は変われないのか

こういう「チェンジ」するってんだからいいことだ、ってな感じのものの言い方は、少なくとも日本のここ数十年の文脈で言うと、ろくでもない結果をもたらしてきたことの方が多いような気がしますね。

日本の民主党が「バスに乗り遅れるな」的なうつろな焦燥感に駆られて、観念的な「カイカク」競争に熱を上げていたのはつい2,3年前までのことであるわけで。

パラダイムシフト」だの「歴史的な転換点」だのといったご大層なキャッチフレーズに対しては、まずもって眉に唾をつけてみる健全な保守性こそが必要だったんではないでしょうかね。

上で連合が述べている「希望の国」のビジョンはおおむね賛成ですが、それはカイカク狂騒の中でうかつにも品定めもせずに買い込んでしまった「パラダイムシフト」やら「歴史的な転換点」を、使ってみたら相当な欠陥品だったから返品しようという話であるようにも思われます。

もちろん、アメリカの民主党のオバマ候補の「チェンジ」を批判しているわけではありません。念のため。

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コメント

おっしゃることはいちいちごもっともです。それでも、漸く連合も今どういう立場にいるのか分かりはじめてきたんじゃないでしょうか。hamachanもご指摘のように、先のG8財務大臣・中央銀行総裁会議にあたってのグローバル・ユニオンの公開状に際しては、何の反応もありませんでした。(小生もhamachanのブログで知ったくらいで)しかし、今回のG20緊急サミットに対するグローバル・ユニオン「ワシントン宣言」については、早速高木会長も記者レクをやりましたし、連合HPには早々と「仮約」も出てますね。ただ、実態はというと、いま連合で論議をしている「政策制度要求」にグリーンジョブのグの字もないので、「何でやねん」と訊いたら、グリーンジョブで雇用が増えるというイメージが湧かない、移民に農業でもしてもらうくらいか、というお話でした。ほんと、そういう認識では困るので、卑近な例として、風力発電の風車をギョウサン作る、するとJAMで作ってる軸受けが売れる、そこに設備投資をしたら雇用も増えるんよ、ってな事例を紹介したら、すごくイメージが湧いてきたみたいで、ともかく「政策制度要求にグリーンジョブ」という文言は入ることになりそうです。
ま、それはともかく、ワシントン宣言には私も大賛成ですが、「グローバル市場のガバナンスに向けて、より包括的で公正かつ民主的な制度作りに着手」というとき、いっそブレトンウッズの時代に発想を戻して(今回のサミットをブレトンウッズⅡという人もいるようですが)、ケインズが起草した?といわれる「ハバナ憲章」を再考してみるべきじゃないでしょうか。ここで構想されていたITOはILOとの関係も明確にされていますし、いまでいえばWTOにUNCTADその他もひっつけて、「環境問題」や「NGOの参加」など今風の課題も取り込んで、ばっちり社会条項の入った機関を設立したらいいんじゃないでしょうか。いまから全く新しいものを作るというのも大変だし、先人の知恵を拝借して、迅速に危機に対応するというのもひとつの手かななどと思う今日この頃です。

ITOについては下記のような論文もあるようです。
http://www.diplo.jp/articles07/0701-3.html

投稿: JAM早川 | 2008年11月16日 (日) 11時53分

まあ、私はどっちかというと、今世間受けのするグリーンとかいった方が通りがいいから、グリーンジョブとか言ってみる私・・・というのにはあんまり感動しない方なんですが、何色にせよ、積極的な財政政策でジョブを創り出していく必要性は強調されるべきだろうとは思っています。

も一つ、上のエントリーで言いたかったのは、「ぶっ壊す」「抜本改革」のかっこよさに押し流されて、「修正主義」のかっこ悪さにじっと腰を据えていられない感覚なんです。
日本で「修正主義」がほめ言葉であった試しは一度もないわけで。

投稿: hamachan | 2008年11月17日 (月) 13時30分

ていうか、もともとは「修正主義」のユーフェミズムであった「構造改革」が、換骨奪胎されると「ぶっ壊す」になってしまったという悲喜劇・・・。

投稿: hamachan | 2008年11月17日 (月) 15時43分

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