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« 欧州議会は労働時間指令で対立 | トップページ | OECDの「格差報告」 »

2008年10月22日 (水)

休息規制は余計なお世話か?

労務屋さんから「休息規制は余計なお世話」という御異論をいただきました。

http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20081022

もとエントリは小林良暢さんの文章の紹介ですが、

>まさに私と意気投合するような内容です

といっている以上、それは私へのご批判と受け止めるべきでしょう。実際、ここ数年来、EU型の休息期間の「出羽の守」右代表は小林さんというよりむしろわたしであったというべきでしょうし。

労務屋さんの主たる批判点は、

>それこそhamachan先生におたずねしたい

といわれている点ですが、

>論文を執筆していたところ非常に好調で、気がついたら午前2時になってしまっていたとして、ここで中断したら午後1時までの11時間は論文の続きに取り掛かってはいけません、という規制になるわけですよこれは。それで本当によろしいのですかと。少なくとも私はそんな規制はまっぴらです。

という点です。

これは、論文執筆というようなまさにもっとも裁量的な仕事を例に出すともっともらしいのですが、

>こういう規制を万一やるとしても、その範囲はかなり限られたものとする必要があります。これはひいては、かなりの程度自律的でメリハリのついた働き方が望ましいホワイトカラー労働の大半に対しても、工場労働と同様の規制を行っている現行労働法制の欠陥に行き着く問題かもしれません

という風に、ホワイトカラー労働一般ないしその大半にうかつに広げた議論にしない方がいいと思います。むしろ、ホワイトカラー労働の大部分はかなりの程度拘束的であり、工場労働と本質的に異ならないと考えた方がいいのではないでしょうか。

あるいはむしろ、工場労働であっても、それこそ日本が誇る「カイゼン」ってのは、ある種いうところのホワイトカラー的な裁量性の発露であったという面もあるように思いますし。

問題はむしろ、個々の仕事をどうやるかというミクロな裁量性がどれくらいあるかというよりも、トータルな時間的拘束性の問題であって、それが過剰である状況をどのように是正するのがもっとも適切であるかということであるように思われます。

実をいうと、論文執筆というような話であれば、在宅で作業した部分はどういう性質の時間なのかということ自体がなかなか難しいところでしょう。在社時間とか拘束時間には入らないわけですが、ある意味でやや希薄な労働時間性と休息時間性が併存しているように思われますが、この問題を追及していくと、例の在宅勤務の労働基準法上の取扱いというめんどくさい問題が出てきて、なかなかたいへんなわけですが。

いずれにしても、私は1日11時間の休息期間というのは、「毎日育児・家事」という生活という観点からのワーク・ライフ・バランスというよりも、睡眠時間最低6時間プラス最小限必要な生活時間を確保するための、生命という観点からのワーク・ライフ・バランスの問題だと見るべきではないかと思っています。もっとも、これは通勤時間が1時間以上かかるのが当たり前という大都会を前提にした議論かもしれませんが。

もう一つの批判は小林さんの立法への方法論についてです。

>11時間の休息が憲法に明示された勤労条件だというのであれば、まずは憲法で保障された労働三権を行使して、労働組合がそれを要求し、団体交渉を求め、回答を得て労働協約にするというのが労働運動の正論ではないでしょうか。

まあ、それは正論といえばまさに正論ですが・・・、

私が代わって答える話でもありませんが、そういう風になっていないからこういう話になるわけであって・・・。

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コメント

「ホワイトカラー労働の大部分はかなりの程度拘束的であり、工場労働と本質的に異ならない」
労務屋氏はこの点をわかっていないから、ホワエグ推進などの頓珍漢な議論を今もなさっていたり、論文執筆と会社員の仕事を同列に論じて議論を混乱させるかのごとき異論を唱えているものと想像されます。濱口先生の見解のほうが実態をよく表していると思われます。

労務屋@保守おやじです。ご意見ありがとうございました。私の文章がまずくて誤解を与えてしまったようでお詫び申し上げます。私が意図しているのは「かなりの程度自律的でメリハリのついた働き方が望ましいホワイトカラー労働」の「大半」でありまして、一般的に「ホワイトカラー労働の大半」を意図しているわけではありません。「ホワイトカラー労働の大部分はかなりの程度拘束的」という点については基本的に私も同意見であり、私のこれまでのホワイトカラー・エグゼンプションに関する所論も同様の認識にもとづいていることもご承知のとおりです。
ただ、拘束度という点では本質的に同じとしても、工場労働とホワイトカラー労働には他の点で相当の違いはありますので、労働時間規制においても一定の違いはあってしかるべきと考えます。休息時間規制を検討するとしても、こうした違いはしっかり考慮に入れる必要はあるものと思います。
なお、「睡眠時間最低6時間プラス最小限必要な生活時間を確保するためのワーク・ライフ・バランス」に関しては、私のほうに誤解があったようでお詫び申し上げます。まあ、それでも「毎日最低睡眠時間6時間」を法規制で確保しなければならない仕事の範囲というものはある程度限定されてくるのではないかとも思うわけですが。

私も、

>まさに私と意気投合するような内容です

などと言ったので、やや誤解を招いたところもあるかもしれません。小林さんとは休息時間導入論で共通していますが、理屈のところは若干違うと言うべきでした。

私の考えは、以前『ESP』に書いた文章にあるように、

http://homepage3.nifty.com/hamachan/espworklifebalance.html

>あるべき労働時間規制を考えるためには、まず何のための労働時間規制なのかを確認する必要がある。2つないし3つの基準を考えることができるだろう。
 まず第1は労働者の心身の健康を守り、ひいては生命の安全を確保するという目的である。この観点からは、これ以上長く働かせることは危険であるというレッドカードゾーンが設定されなければならない。EU労働時間指令で規定する1日11時間の休息期間と1週間1日の休日はこれに対応する

>第2には労働者の家庭生活や私的生活に使われるべき最低限の時間を確保するという目的である。・・・・・・これは究極的には個人の選択の問題であるので、「生命」の安全が確保される限り長時間働きたいという選択を禁止することはできない。
 しかし、通常の労働者に適用されるデフォルト・ルールは明確に変更すべきであろう。法制的には、36協定により事業所単位で就労が義務づけられる時間外労働には法律上の上限を設定し、それを超える時間外労働は個別に合意した場合に限り認めると言ったやり方が考えられる。

>第3にようやく世間で言われるワーク・ライフ・バランスが来る。通常の男女労働者よりも短い時間の勤務を可能にしたり、一定期間就労を免除したりという特別扱いの世界である。

というようなところにあります。

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