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2008年10月

欧州労連曰く:日本型デフレに陥るな

本日、欧州労連が

Do not let the real economy down!

実体経済を落ち込ませるな!

と訴えておりますが、

http://www.etuc.org/a/5506

その中で、ここまで言われておりますぞ。

>The autumn 2008 report from the European Trade Union Confederation (ETUC) on the economic situation sounds the alarm regarding the real economy. The economy will continue to decline over next year and unemployment will rise further. With inflation expected to start falling rapidly, policy should be extremely careful in avoiding to get trapped into a Japanese-style deflation. ETUC therefore calls for a different policy mix: both fiscal and monetary policies need to turn expansionary; robust investment programmes need to be set up to modernise the economy and this is to be accompanied by deep interest rate cuts.

日本型のデフレに陥ることのないように

ときたものです。

さらに、ヨーロッパの政策決定者は日本がしでかした政策の過ちを避けろ、とまで。

>ETUC warns European policymakers to avoid the policy mistakes Japan has made:

monetary policy must win the race against deflation. Interest rates need to be cut fast and deep before inflation would turn to zero;

downwards wage flexibility needs to be avoided; if not, the deflationary process gets a major boost;

precarious work, thus weakening workers’ bargaining position, is another accelerator for deflation;

pro-cyclical tightening of fiscal policy is to be avoided and a rise in public liability, thereby offsetting the decline in private indebtedness, is to be accepted.

デフレとの戦いに勝つ金融政策を、インフレ率がゼロに達する前に利率を徹底して下げろ、

賃金の下方への柔軟性を避けろ、さもないとデフレが昂進するぞ、

不安定雇用も労働者の交渉力を弱めることによってデフレを加速するんだ、

という風に、本来的な意味での労働者側や社会民主主義勢力が主張すべきことを適切に主張しております。

反労働者的な揚げ塩さんたちにリフレの旗を独占させて平気なこの日本のねじれを嘆くのももう幾年月という感じですが。

>Says John Monks, ETUC General Secretary: ‘Europe faces the danger of a triple D-scenario: Debt reduction leading to depression, leading to deflation, and from there back to excessive debt and deleveraging

トリプルDのシナリオですって。債務削減が不況をもたらし、それがデフレをもたらし、それがまた過剰債務を生み出していく・・・

なるほど、欧州労連は確かに「他人の経験」に学ぼうとしています。

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法律時報11月号

04098 法律時報の11月号が「新たな労働者保護のかたち」を特集しています。

http://www.nippyo.co.jp/magazine/4098.html

特集の中身は:

>「雇用破壊」がすすみ、「ワーキングプア」や「格差社会」が深刻な問題となっている今日、労働法学は時代に即した労働者保護の形を打ち出すことができるのだろうか。経済学、社会学、憲法学、民法学など広い視点から検討するとともに、制定された「労働契約法」の可能性を徹底的に議論する。

ということで、実際、労働法学者の論文は和田先生のものだけで、あとは労働経済学者2名、憲法学、民法学各1名です。その後に、菅野・土田・根本の3巨頭に労使法曹から井上・木下という豪華メンバーによる労働契約法をめぐる対談が載っています。

雇用形態の多様化と労働法政策 和田 肇
経済学から見た雇用形態の多様化の現状と課題 樋口美雄
格差問題に取り組むために必要なこと 玄田有史
労働者保護と憲法27条 葛西まゆこ
労働契約と人格的価値――労働契約法に寄せて 吉田克己
《座談会》
労働契約法制定の意義 菅野和夫・土田道夫・根本 到・井上幸夫・木下潮音・小畑史子

このうち、注目は玄田先生の論文、ご自身の玄田ラジオで既にご紹介されていますが、

http://www.genda-radio.com/2008/10/post_400.html

>2007年春のことだ。K先生からメールをいただいた。日本を代表する経済学者のK先生は、私の師匠だった石川経夫が学部生のときにゼミに参加していた先生である。その議論の切れ味の鋭さから「カミソリのK」という異名をとり、論敵や一部の政策関係者からおそれられてきたK先生。私自身これまで特別なお付き合いもなかったが、K先生からの突然のお便りにちょっと身震いした。
 拝読すると、最近の格差に関する論議に違和感がおありだという。メールには、その理由が語られた数ページに及ぶファイルが添付されていた・・・(本文より)

>実は1990年代の前半まで格差問題について考えたり論文を書いたりしていた。それが90年代末から格差論ブームが起こった頃から、あまのじゃくか、へそまがりか、わからないけれど、格差について真正面から書いたりするのを、ちょっとやめていたフシがある。格差論議に違和感があったのは、実はK先生(バレバレか)だけでなく、自分だったのだ。

 それを、今回、労働法学者の小畑史子先生から、実に心のこもった丁寧なご依頼をいただき、思い切ってこれまで感じていたことを書いてみた。

というものです。

(余計な一言を日本評論社さんに。玄田先生はあくまでも幅広い活動をされる労働経済学者であって、「社会学者」ではなかったはずですが・・・)

いくつか重要なところを引いておきますと、

>重要なのは、真の格差は、労働市場の法律や行政による規制によるのではなく、企業が自ら選択した結果として生じていることである。真の格差の解消には、高賃金を払うのとは別の手段によって、雇用者のやる気と能力を引き出し、その内容を労使で同意するメカニズムを個別の職場で構築することこそ、唯一の方策なのである。

>本来、日本の労使慣行は、能力評価の問題に真正面から取り組んできた歴史を持つ。・・・・・・職場における能力評価に関する議論の仕方に、40年前と現在で、それほど新しい展開がなされていないようにすら見えるのはなぜだろうか。・・・・・・バブル経済崩壊後の不況対策として「成果主義」「雇用ポートフォリオ」「即戦力」などが理論のみならず実践的な合意を欠いたまま流行した。そのアドホックな過程こそ、能力と報酬の関係についての冷静な議論を失わせ、処遇の差についての混乱や不安を助長させる原因となったのである。

実は、改めて日経連の『能力主義管理』をじっくり読み返すべきだと思っていたところです。

あと、特集とは別ですが、

憲法理論の再創造(5)
人権論㈽・生存権論の理論的課題――自己決定・社会的包摂・潜在能力 西原博史

が興味深い論点を示していました。

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本日の名言-丹羽宇一郎氏

日経ビジネスオンラインで伊藤忠商事の丹羽宇一郎会長がサブプライム問題について語っています。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20081030/175796/

以下、「本日の名言」に値する言葉をいくつか引用します。まず、

>今回の金融危機で破綻した海外の金融機関を買い取った日本の金融機関が、おそらく最も困っているのは、社員の報酬でしょう。彼らは高度な金融工学の知識を持ち、新しい商品を生み出してきたことに自尊心を持っている。

 本当は、これだけのリスクを残したことをまっさきに反省し、その報いも受けなくてはならないのに、いまだに高い給料をもらおうとしているわけですよ。私だったら即刻、「給料を半分にしてしまえ」と思うんだけど、そうするとその社員は逃げてしまう。そうなると、人が資産の会社だから、何を買ったのか分からなくなってしまう。

 私だったら、逃げる者は逃げても構わないと思う。本当に、彼らの能力で儲かったとは思いません。リスク分析に甘く、イケイケどんどん環境だったからで、知能が優れていたわけでも、どこそこのMBA(経営学修士)を持っていたからでもない。

バブルで踊って儲ける「能力」に馬鹿高い給料を払う愚劣さ。それは、

>リスクを置き去りにし、儲けのみで評価する成果主義がはびこっていたからでしょう。本来、リスクのない商売などありません。儲けと共にリスクを最小化する努力を怠っていなかったか、総合的に評価しなくては不十分なのです。

>サブプライム問題は、儲けだけで評価する成果主義の下、CDS(クレジット・デフォルト・スワップ)という保険もあるのだから、リスクはあっても目先の利益を実現すると、人々を駆り立てたことから起きたのです。

「成果主義」がどういう「成果」を追い求めていたのか、という問題ですね。

そのあげく、

>経済格差、所得格差をますます拡大させた。米国の企業ではトップと一般社員の給与の差が1000倍、500倍と広がった。中間層はどんどんワーキングプアの方に落ちてきた。そして今回も、おそらくこの中で儲かる時は金持ちが儲かる、損をする時は貧乏人が損をする。

そこで、今回の追加経済対策に対しても、

>こんな状態で、お金をばらまいたって誰も喜びませんよ。ワーキングプアで、所得が年間200万円以下の人々が求めているのは、お金ではなく、自尊心を持って働ける場です。「働きたいのに働く場がない」。だから怒っていたり、困っているわけです。

そう、まさに「いい仕事(decent work)」こそが最大のセーフティネットでなければならないわけです。

正直、こういう立派な方が経済財政諮問会議の民間議員を退かれてしまったのは残念です。

(追記)

と、人をほめてばかりではhamachanらしくないといわれるかもしれないので、ついでに余計な一言、

バブルに踊って儲ける能力を「リスクテイク」と称して、

http://www5.cao.go.jp/j-j/wp/wp-je08/08b00000.html

>「日本企業はリスクを取らないから収益力が弱い」「日本の企業や家計がリスクを取らないから日本経済の成長力が弱い」

>以上のとおり、伝統的な「日本型」の企業特性は企業のリスクテイクを抑制している可能性が示された。また、先にみたように、リスクを積極的にとる「ハイリスク企業」は平均的にみるとROAが高くなっている。今後、日本企業が収益力を高めていくためには、個々の企業の実情に応じ、雇用面や資金調達・株主構成面において、リスクテイクを促進するような企業特性への移行が課題となっていると考えられる。

>「リターンが低いからリスクを取らない」のか、「リスクを取らないのでリターンが低い」のか。答えは、「両方」である。こうした状況から抜け出すには、都合の良い近道があるわけではない。いわば「構造的」な問題であるから、その処方箋も日本の経済システム全体を見直すことで解決しなければならない。
 家計が投資したリスクマネーが収益機会を的確に捉え、収益を家計に還流させる仕組みをどう構築するか。ここで鍵となるのは「ガバナンス」である。投資先を選別し、企業活動に適切な動機付けを与え、必要に応じてこれに介入する「ガバナンス」機能の確立がこうした好循環を生む前提条件となる。
 金融資本市場を通じた「ガバナンス」の担い手として、本章では特に機関投資家に注目した。機関投資家は、家計の資金をプールしてリスクをコントロールする一方、企業に適切なリスクテイクを行わせ、リターンを確保する役割を果たしうる。もちろん、「ガバナンス」の担い手は機関投資家に限らない。銀行や個人投資家など、様々なプレーヤーがそれぞれの特徴を活かして、役割を果たしていくことが期待される。

と、「日本人はもっとリスクとれ、コラァ!」と叱咤されていた本年度の経済財政白書サマはいかがお考えになっていらっしゃるのか、たいへん興味深いところではあります。

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権丈節二題

権丈先生の味わい深い言葉が連日投下されております。

http://news.fbc.keio.ac.jp/~kenjoh/work/korunakare189.pdf(「乏しきを憂えず等しからざるを憂う」ようなできた人間じゃないよ、僕は)

>不平等・格差は問題だ、貧困問題は深刻だと言うくらいで、世の中動くもんじゃない。18 世紀の半ばに産業革命が起こってすぐから、深刻な貧困問題を訴える社会運動家は、ずっといた。だけどな、格差問題、貧困問題を解決するためには、所得の再分配が必要なわけで、その再分配政策が大規模に動きはじめるのは、高所得者から低所得者に所得を再分配するその事実が、成長や雇用の確保を保障するということを経済理論が説明することに成功したときからだ。現状の所得分配に対する固執はいつでもどこでもとてもおそろしく強く、格差は問題だ、貧困問題は深刻だと言うくらいで、所得分配のあり方が大きく動くほど、世の中は甘くないんだよ。

まさしく。

>福祉国家の歴史をいろいろみてみると、社会保障というのは成長手段、雇用確保手段という経済政策手段として利用され、拡充されてきたのが分かります。決して、乏しきを憂えず等しからずを憂えて、社会保障が充実されてきたのではないんですね。

>小さな政府と自助努力からなる上げ潮戦略という成長政策は、終わったんじゃないですか。わたくしは、上げ潮派の政策を内需主導型成長抑制政策と呼んでいるんですけど、内需を抑制する政策を継続することはもう無理でしょう。次は、成長政策として、積極的社会保障政策が上げ潮政策に取って代わる・・・云々。

そう、社会保障は社会保障として意味があるだけではなく、経済成長と雇用拡大に役立つわけで、このあたりをEUでは「生産要素としての社会保障」といったりします。

も一つ、次の日は、

http://news.fbc.keio.ac.jp/~kenjoh/work/korunakare190.pdf(「地方を活性化する」とか「中産階級を生む」とかというのは意図的にやらないとできっこないんです)

>社会保障素人の経済学者と社会保障研究者の相違は、ミーンズテストとスティグマという言葉、および生活保護と社会保険の歴史的経緯を知っているかどうかにあるんですね。

>もうはっきり言って、「地方を活性化する」とか、「中産階級を生む」とかというのは、意図的にやらないとできっこないんです。中産階級をこの国でつくるぞとか、地方に雇用をつくるぞということを意図的にやらないとできるわけがない。それを意図的にやるということはある意味規制をすることなんですけれども、規制をどんどんと撤廃していったりすると、中央に資本や人とかいろいろなものが集まった社会になり、その一方で地方分権という形で財政の負担を地方に回すというのは、私はちょっと理に合わない動きがここ数年というか、ずっと続いているのを感じております。

規制を撤廃して「地方分権」をやると、地方は活性化するどころか・・・・・・・。

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経済産業研究所の研究会で

昨日、経済産業研究所の鶴光太郎さんに呼ばれて、その労働市場制度改革研究会で喋ってきました。中身は労働時間制度で、EU労働時間指令を踏まえて日本の制度を考えるというもので、このブログの読者の皆さんには耳たこのテーマですから、下に参考資料をリンクするだけにしておきます。

昨日はそれよりも、あの(!)霞ヶ関の育児休業男(!)山田正人さんと初めてお会いすることができました。なんだか前から見知っているような感じですが、面と向かってお会いしたのは昨日が初めてです。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/10_723c.html(日本をダメにした10の裁判)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_de2a.html(可哀想な山田正人氏)

さらに、その奥さんの西垣淳子さんともお会いできました。彼女は世界平和研究所主任研究員でありつつ兼ねてご主人のおられる経済産業研究所の上席研究員もされておられるんですね。

http://www.rieti.go.jp/users/nishigaki-atsuko/index.html

実は私は山田さんよりも先に彼女にお会いしていたのです。

もう20年近く前になりますが、労働省を官庁訪問しにきた西垣さんとお会いして、いろいろと話をさせてもらったことがあります。たいへん鮮烈な印象を受けたことが、記憶に新しいところです。(ちなみに、いうまでもなく彼女は労働省を選びませんでした)

(参考資料)

http://homepage3.nifty.com/hamachan/espworklifebalance.html(労働時間短縮とワーク・ライフ・バランス『ESP』2007年6月号)

http://homepage3.nifty.com/hamachan/euovertime.html(EU諸国の時間外労働『電機連合NAVI』2008年1・2月号)

http://homepage3.nifty.com/hamachan/warimashi.html(時間外割増賃金をめぐる法と政策『労働法学研究会報』2008年9月1日号)

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1968年がリバタリアンの原点

今朝の朝日に、久しぶりにエマニュエル・トッド氏が登場し、例によってトッド節をうならせています。「米国は解決ではなく問題をもたらす」「人類史上これに匹敵するひどい詐欺があっただろうか」「社会全体を考えずに自分のことばかり大事にする自己愛、自己陶酔の意識」と、さんざんに叩いていますが、とりわけ興味深かったのは、次の歴史認識です。

>40年前、フランスでは5月革命が起きた。英米でも、ポップス音楽や性の解放といった側面がより強かったが、同様の運動があった。当時の大スローガンは、「禁じることを禁じる(自由がすべて)」だった。

こんな考え方が経済の世界にも広がっていった結果が現状だ。経済を動かす連中が好き勝手に振る舞う。国家はもう動かない。暴力装置を独占し、社会を秩序立て、物事を禁止したり許可したりする国家が動かない。金融や経済の危機の背後には、こうした文化の変化があると思う。

本ブログでも何回か述べてきたことがありますが、やはり、「1968年」というのがリバタリアンの原点なのでしょうね。新左翼の活動家が今やネオリベのイデオローグというのは日本ではよく見られる現象ですが、そもそも思想の構造自体がきわめて相似的であったということなのでしょう。

最後のところで、今頃になって知ったかぶりするプロのエコノミストたちに皮肉をかませています。

>事態を予言する経済学者もいたが無視された。解決策は複雑ではない。だが、ほかのプロのエコノミストたちがそれを考えようとしなかったのは、考えないことで給料をもらっていたからだ。今回の危機で、そんな連中の高慢さも最初に破壊された。

訓練された無能ってやつですか。

(追記)

このあたりの事情を、日本の動きに即して見事にまとめているのが政治学者の大嶽秀夫さんです。NHKの視点・論点で語られた記録がありますので、引用しておきます。実に的確な認識だと思います。

http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/400/3191.html(視点・論点 「新左翼とその遺産」)

>新左翼と言いますのは、1960年代、つまり、現在定年退職を迎えておられる方々が、学生時代、大学生の頃に、世界で同時多発的に発生した社会運動と言っていいと思いますがこの新左翼と言いますのは、それまでの左翼、つまり共産党、あるいは共産主義国家、社会主義運動、労働運動、ケインズ型福祉国家と言われる、西欧の社会主義政権のもとで生まれた国家、そういうものに対して異議を申し立てるといった運動でありました。

>そういう意味で、それまで国家に対して、国民や、あるいは市民を守ってくれていると思われていたリベラル勢力というものが、実は、もう既得権益になってしまったと。
 あるいは、パターナリズムと言いますが、市民や国民に代わって、その利益のために行動しているという、非常にお前のためにやってやってるんだから俺の言うことを聞けという態度を見せた。それに対する非常に強い反発でありますね。
 これは当時、管理社会、あるいは管理国家に対する反対という形で登場したわけです。

>これが新左翼の第二の柱でありまして、先ほどの管理社会、管理国家というのと比べて、それに対して、むしろ大衆自身が加害者であると。
 そしてマイノリティ、在日韓国人、あるいは同和、部落の人、さらには女性といった、そういうマイノリティの人たちのアイデンティティを大事にしなければいけないという発想が登場して来たわけです。

>最初に現れたのが、全共闘世代の人たちが親になった段階ですが、親として丸刈りの強制、あるいは制服の強制というものに反対する。
管理教育に対する反対運動というのを、親の立場から起こし始めるということになります。
 これは第二臨調という、ネオ・リベラリズムと言われる、新自由主義の考え方と共鳴して、それまでの左翼に対しても、右翼に対しても反対するという運動として展開されます。

>小泉内閣というのは、非常にネオ・リベラル的、新自由主義的な、小さい政府を目指した政権でありますけれども、それが同時に、新左翼的な流れを汲む、こういった改革運動というものを取り込んでいたということを、良く示していると思います。

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日本労働研究雑誌11月号

日本労働研究雑誌11月号が出ました。

http://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2008/11/index.htm

目玉はもちろん「ディアローグ労働判例この1年の争点」で、今年からは島田陽一先生と土田道夫先生です。

話題を呼んだ松下プラズマディスプレイ事件(高裁判決)や日本マクドナルド事件も取り上げられています。実に穏当な評釈といえましょう。

ちなみに、私の松下PDP評釈は、『NBL』に載せましたがいささか喧嘩を売ってるような書き方になっていますな。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/nblhyoushaku.html

なおついでに、こちらは派遣法改正の動向解説。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/hakendoukou.html

このあと、解散が遠のき、法案を労働政策審議会に諮問するということになりましたが。

その他の記事としては、やはり玄田有史先生の

http://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2008/11/rb02.htm(前職が非正社員だった離職者の正社員への移行について)

でしょう。

>本稿の最も重要な発見として、非正規雇用としての離職前2年から5年程度の同一企業における継続就業経験は、正社員への移行を有利にすることが明らかとなった。その事実は、非正規から正規への移行には、労働需給要因に加え、一定期間の継続就業の経歴が、潜在能力や定着性向に関する指標となっているというシグナリング仮説と整合的である。正規化に関するシグナリング効果は、労働市場の需給に関与する政策と並び、非正規雇用者が短期間で離職を繰り返すのを防止する労働政策の必要性を示唆している。

というのはたいへんおもしろく、かついかにもそうだろうなあ、という感想を与えます。

具体的に求められているのは、

>フリーターを含む非正規雇用者の就職後1年未満での退職を極力抑制するため、仕事内容や人間関係等、就業後の職場の悩みについて、非正規雇用への個別相談体制がより整備されるべきだろう。

>加えて、非正規雇用政策は、労働者側への働きかけのみならず、企業側にも向かわなければならない。立場の弱い非正規雇用者が短期間で離職せざるを得なくなるような、使用者側による賃金や処遇等に関する不当な取扱いを厳に慎ませるべく、就業条件の明確化のほか、労働監督行政の強化も非正規雇用の安定就業に向けた政策課題である。

なお、細川良さんのフランスのフレクシキュリテ労使協定の紹介は興味深く、是非論文にまとめてほしいものです。

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消費者教育の方は立法措置だそうで

日経ですが、

http://www.nikkei.co.jp/news/seiji/20081028AT3S2801728102008.html

>自民党調査会、消費者教育普及へ立法を検討

>自民党消費者問題調査会(会長・岸田文雄前消費者行政担当相)の消費者教育に関するワーキングチームは28日、党本部で初会合を開き、消費者教育を普及させるための立法措置を検討する方針を決めた。学校教育で契約や金融などに関する知識を学べるようにして、悪徳商法など消費者被害を未然に防ぐ。今年度中に具体策をまとめる。(23:38)

まあ、これだけ消費者問題がマスコミを騒がせているので、学校で必ず教えろという話になるわけですか。

労働教育はどうなんだろう。

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EU貧困対策閣僚会議

欧州反貧困ネットワークの記事から、

http://www.eapn.eu/content/view/606/29/lang,en/

10月16日に、フランスのマルセイユで第1回目のEU貧困対策閣僚会議が開かれたという記事です。

>The first informal meeting of the European ministers responsible for poverty was held in Marseilles on 16 October, following on from the 7th European round table on poverty and social exclusion. This meeting was an important new initiative which should help to deliver greater political impact for the recommendations developed in the Round Table and the EU fight against poverty.

第7回欧州貧困と社会的排除円卓会議の勧告を受けてのものでしたが、

While what was behind this meeting was the stated objective of supporting the European Commission’s proposals on the active inclusion of these people who are the furthest from the labour market, the French presidency took pains to tackle the issue of targeted objectives for the reduction of poverty.

議長国フランスの数値目標を設定しようという働きかけはあんまりうまくいかなかったようです。

Although 9 countries have stated that they are in favour of these objectives, another 15 have yet to take a position and three (Germany, Luxembourg and Sweden) have come out in strong opposition, stating that it is “too early” to set these figures. Nonetheless, the French presidency has suggested that “interested states” may commit to joint work on appropriate indicators, with the support of the Social Protection Committee.

9カ国は数値目標に賛成したけど、残りの15カ国は反対で、特にドイツやスウェーデンが時期尚早と強く反対したみたいですね。フランスは、それならやりたい国だけでやるよという姿勢のよう。

EAPN will be responding to these proposals and pressing for strong implementation and action in the December Council.

欧州反貧困ネットワークは12月の閣僚理事会で実現することを期待している、と。

ちなみに、この団体は欧州各国の社会的NGOから構成されていますが、主として欧州委員会の補助金で運営されています。

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EU、職場の全面禁煙を検討中

EUObserver紙の報道です。

http://euobserver.com/9/27002

>Brussels wants EU-wide smoking ban in pubs and cafés

記事のタイトルは「パブ」と「カフェ」ですが(まあ、世間的にはそっちの方がマスコミ的関心が高いのでしょうが)、本ブログからすると、やはり重要なのは職場の禁煙です。

>The European Commission is planning to start consultations on a possible EU-wide ban on smoking in all work places, but any legislative proposal on the issue is unlikely to happen during the term of the current commission, the EU executive said on Monday (27 October).

"[EU social affairs] commissioner Vladimir Spidla would like to see a ban in all work places on smoking, for both health and safety reasons. At this very early stage of discussion, we are planning to consult social partners on this issue, meaning employers and trade unions," Chantal Hughes, a spokeswoman for Mr Spidla told journalists in Brussels.

職場の安全衛生という観点から、あらゆる職場における喫煙禁止措置について、労使団体への協議を行うことを検討している。んですが、現在の欧州委員の任期中ではなさそうです。

>She explained, however, that if Brussels were to have a legislative proposal on this topic, this would only occur after the next European Commission is appointed, which will be in autumn next year.

来年の秋に新たな欧州委員会が任命された後ということですね。

>The scope of the possible commission proposal has not been determined yet, but "clearly one of the areas we would like to see covered is bars, restaurants, pubs and so on, where workers are exposed on a daily basis to passive smoking," the spokeswoman added

で、バー、レストラン、パブなんかも対象にはいる、と。

>According to commission figures, smoking is "the single largest cause of avoidable death in the EU," accounting for over half a million deaths per year in the 27-member bloc alone, and over a million deaths in Europe as a whole.

Additionally, passive smoking kills some 80,000 people every year in the EU, and "it is estimated that 25 percent of all cancer deaths and 15 percent of all deaths [in the EU] could be attributed to smoking," Brussels says.

たばこで年間50万人も死んでいるんだぞ、受動喫煙で年間8万人も死んでいるんだぞ、と。

しばらくは積極的な動きはないでしょうが、今後の動向を注意深く見ていく必要があります。

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日経病的脊髄反射?

例によって権丈先生の勿凝学問から、

http://news.fbc.keio.ac.jp/~kenjoh/work/korunakare187.pdf

社会保障国民会議医療介護分科会が10 月23 日に発表した「医療介護費用シミュレーション」に対する日経新聞社説(おそらくは大林尚氏執筆)が、

>ところが改革ケースをみると費用はより増える結果になっている

と書いていることについて、

>この文章の中には、「改革」という言葉は費用削減という意味なのに、どうして増えてしまっているんだ!?という驚きとも、憤りともつかぬ感情が込められているように感じられなくもない。

と、カイカク真理教にとらわれた発想をからかっています。

もちろん、権丈先生自身のまっとうなご意見は、

>この国では、医療も介護も、そして教育も、あるべき姿を求めて改革するとなれば費用が増えることは、当たり前だったんですね。この10 年ほど、改革と言えば費用削減という考えが世の中で支配的であり、それが常識にまでなっていたことが、この国の今の不幸をもたらしただけなんですよ。

とちゃんと述べられています。

そろそろ、ちゃんとお金を使うべきところにしっかりお金を使うようにすることを、本来の用語法に従って、「構造改革」と呼べるようなまともな世の中にしたいものですねえ。

あと、こういう言葉を聞くと官僚たちは目頭が熱くなるでしょう。

>ここ何十年間、厚労省をはじめとした官僚は、戦の殿のような辛い仕事をしてきたわけだけど、久しぶりに打って出る仕事がでましたね。介護保険以来でしょうかね

参考までに、現役財務官僚と噂される方のご発言ですが、

http://d.hatena.ne.jp/bewaad/20081023/p1

>救急医療等が現場の懸命な努力で保たれてきたように、負担に対する比率としては国際的にもトップクラスである医療へのリソース配分は、厚生労働省が構造改革主義者やら財務省やらと必死に戦って勝ち取ってきたものです。そんな厚生労働省の努力を認めもせず、たとえば上記引用にてリンクの張ってある本田先生のように構造改革主義に加担するようでは、医療に関するメディア報道への批判などする資格はないとしか、webmasterには見えません

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「株主様第一経営」から「社員様第一経営」へ

日経BPオンラインの新連載「新しい「日本型経営」の時代がやって来る」で、永禮弘之氏がそういうことを言っています。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/pba/20081020/174525/

ていうか、ほとんど岩井克人氏の言っていることそのまんまなんですが、まあ日経病の治療薬としては手頃かと・・・。

>どうも、日本人は働く意欲を失ってしまっているようです。人事・組織コンサルティングを世界各国で行っているタワーズペリンが2005年に世界各国で実施した調査によると、「働く意欲が低い」と答えた割合は、日本では回答者全体の41%です。これは、調査対象16カ国中、インドに次いで2番目に高い値です。2008年度版の「労働経済白書」では、「仕事のやりがい」や「雇用の安定」に対する労働者の満足度が長期的に下がっていると指摘されています。メンタルヘルスに問題を抱える人も、特に、20代、30代で増えています。

 かつて、日本は「働き蜂の国」として世界で有名でした。ジョークで、「日本人の幸福とは、食事をさっさと終えて再び働き始めた時」と言われるくらいです。しかし、今では多くの人が先の見えない不安と競争に疲れて、すっかり働く意欲を失っています。こんな元気のない社員たちがあふれる日本の職場に、活気は戻ってくるのでしょうか?

ところで、そもそも何が「働き蜂」日本人から働く意欲を奪ったのでしょうか?

 過去を振り返ってみると、日本で金融危機が起こった1997年がターニングポイントでした。金融危機をきっかけに、それまで護送船団に守られていた金融機関でさえ倒産するのを目の当たりにして、「このままでは日本全体がダメになってしまう」という不安が日本を覆いました。

 そこで、日本企業は、それまでの新卒正社員中心、終身雇用、年功序列、企業内組合という独特の雇用・人事慣行を捨て、リストラ(人員削減)、非正社員の増加、成果主義人事制度の導入と、なりふり構わずそれまでの慣行や暗黙の約束を反故にした「平成の徳政令」を敷きました。あたかも社員と企業が運命共同体であるようなこれまでの慣行をやめ、競争原理を唐突に取り入れたのです。

バブル経済崩壊後の日本企業の緊縮財政、成果主義、株主優先の経営によって、早急で付け焼き刃的な対応がなされ、多くの副作用をもたらしました。差別的扱いを受け、正社員の6割という低賃金に甘んじる非正社員が、就労者全体の3分の1を超える水準にまで増えました。一方で、正社員は、人員削減のしわ寄せによる仕事量の増大と成果主義の導入による目先ばかりの社内競争で、心も身体も疲れています。

 かつてチームワークや協調が重んじられた日本の職場は、雇用形態の違いや成果主義による競争で、互いに無関心で、時には足の引っ張り合いをする殺伐とした空間になってしまったのです。

>今起こっている世界規模の金融危機は、これまでの企業経営の考え方も変えるきっかけになるでしょう。アングロサクソン(英米)型の短期利益追求至上主義が限界にきたことが、今回の金融危機の根本原因だと思えるからです。

今回の金融危機は、利益を増やし株主に短期に資金を還元することを優先するアングロサクソン型株主至上主義の企業経営と、実体経済の裏打ちがなくお金がお金を生み出す金融資本主義が限界に達し、引き起こされたと思われます。

>「資金力」を重んじ株主を優先する「株主様第一経営」は、大量生産大量販売のために大規模な設備や人員を必要とし、大量の資金調達が至上命題だった20世紀の産業資本主義の時代には、合理的でした。一方で、人の知恵や技が勝負の知的資本産業では、製造業のように大規模な土地や設備は不要なので、必要な資金も少なくてすみます。

 産業革命以来、製造業中心の産業資本主義の時代には、設備増強が会社や国を豊かにする一番の近道でした。どちらかと言うと、人は人件費という「コスト」としてとらえられ、安い人件費のところで生産することが、当たり前になりました。しかし、21世紀の先進国では、製造業中心の時代から、IT(情報技術)、コンテンツといった知的資本が重んじられる「知的資本主義」の時代になっています。

「知恵や技を持った人」が勝負の知的資本主義の21世紀には、社員の頭脳をフル活用して、新しい価値を生み出す「人材力」が、国や企業の発展のカギです。18世紀にフランス革命が起きた時に、君主制をとっていた他国の人たちは、「愚かな民衆」に政治を委ね、民衆の意思を最優先する民主主義など、うまくいくはずはないと考え、理解に苦しんだことでしょう。

ところが、民主主義はその後世界中に広まり、今では世界最強の国、米国の大統領ですら、直接選挙で選ばれる時代になりました。

 国の政治では民意を第一にするのに、企業経営では、一握りの経営者と株主(君主制時代の地主、貴族といったところでしょうか)にばかり目を向けることが、今後も当たり前であり続けるのでしょうか。これからは、社員を人件費という「コスト」と見なすのではなく、顧客や社会に「バリュー」を生む起点として生かす「社員様第一経営」が主流になるのではないでしょうか。

最後のあたりは、かつて王侯の私有財産としての国家から「国民国家」への転換になぞらえて資本家の私有財産としての会社から「社員会社」への転換という議論もありましたな。

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陰謀説と「理性の狡智」

田中宇という人がいて、相当にトンデモな陰謀説をいろいろかましているんですが、例えば最近で言うと、

http://tanakanews.com/081021bank.htm(金融と革命の迷宮)

>ネオコンが米国を革命に導いた?

>米本土に米軍を駐留させて、テロリストの疑いがある国民(貧乏人)を取り締まれ、と最初に言い出したのは、911からイラク泥沼化まで、ブッシュ政権内で力を持っていた「ネオコン」であるが、その元祖的存在であるアービン・クリストルらは、かつてニューヨークでトロツキストとして活動していた。トロツキスト(トロツキー派)は、ロシア革命に参加した勢力の中で、革命をロシア一国だけでなく、世界に拡大すべきだと主張していた革命家たちで、ユダヤ人が多かったが、ロシア第一主義のスターリンは、トロツキストの国際主義に疑いを持ち、政権から追放した。

(トロツキーは革命に参加する前、ニューヨークに滞在しており、革命に参加するとすぐに指導者となり、ソ連の初代の外務大臣になって国際共産主義運動を指揮し、中国などへの革命の拡大を図った。トロツキーらは、ニューヨークの資本家から支援され、国家資本主義の効率をさらに上げるための世界革命を起こそうとした疑いがある)

トロツキストがネオコン(新保守主義)になり、表向きは「保守」を掲げて米単独覇権主義を標榜しつつ、実際には重過失的にイラク戦争とテロ戦争の大失敗を引き起こし、結果的に、左翼革命家が果たせなかった米資本主義の崩壊を、内側から実現した。「資本家」と「左翼」は敵どうしのはずだという常識を外して考えると、そのような推測が成り立つ。

これが超一級のトンデモである説明は不要でしょうが、これをただトンデモと却下するだけでは、社会分析のおもしろい側面を見ないですませることになってしまいます。

田中氏の議論がトンデモであるのは、アクターの行為やその結果をすべて明確に意識された意図的なものであり、あらかじめ仕組まれた意図が必ず顕現するという本質顕現思考に縛られているからですが、それを取り除いて事態を眺めれば、たしかに(もともとマルクス主義から派生した)トロツキスト的急進主義が急進的市場原理主義に転じて(過去の大恐慌の失敗に懲りていた)穏健保守的な資本主義の縛めを取り外してしまい、結果的に再び資本主義の失敗をもたらして、マルクス主義の復活に資する結果となっている、ことは確かなわけです。

それを、本心を隠したトロツキストが・・・という三流スパイ小説風の陰謀説で説明しようとするからトンデモになるわけですが、世の中には「理性の狡智」というより的確な言葉があります。

本ブログで繰り返し語っている「リベサヨが云々」という話も、いうまでもなく自分では大まじめに左翼も左翼、最左翼のつもりだった人々の行動がネオリベラリズムの興隆に貢献したという「理性の狡智」話なのであって、じつは彼らは最初からそのつもりのスパイだったなんて田中宇氏みたいな話ではありませんので念のため。

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自己責任の人倫的基礎と社会的帰結

Hyoshi_l155 本屋の店頭に、高崎ケン『ザ・ドロップアウト-偏差値70からの転落』アルファポリス文庫なる本が積んであったので、買ってみました。

http://www.alphapolis.co.jp/index_books_list.php?ebook_id=1061915

>こんな会社辞めてやる!しかしその後に待ちうけていたのは厳しい下流ライフだった!ドラマAD、ホスト、AV男優、バーテン、そして地獄の派遣生活。「ホスト裏物語」の高崎ケンが、自らの転落人生を綴った青春物語。

>一流大学を出て、一流企業に就職するもいとも容易く十ヶ月で退社! しかしその後に待ちうけていたのは厳しい転落人生だった! 偏差値70の元ガリベンが歩んだ屈辱と再生の道。「ホスト裏物語」の高崎ケンが、自らの転落人生を綴った青春物語。

第一章 入社十ヶ月で退職! 隣の席のオヤジにはなりたくない! 9

第二章 夢の先に待ち受けていたボロ雑巾生活! 35

第三章 目指せ!東大!ハーバード! 伝説のガリベン少年 73

第四章 夢断念!! 流れ流され下流なフリーター・ライフ 85

第五章 ガリベン崩壊! AV監督に憧れ奈落の底へ 117

第六章 鬱病勃発! 搾取搾取のハケン地獄 161

第七章 まさか、ホストにスカウト!?  ドンぺリと夢の香り 181

第八章 終わらないパーティとゲストハウスライフ 211

第九章 ロンドンへの逃避行! そこで待ち受けていた無一文生活 241

第十章 そして再び、満員電車の日々。挑戦は続いていく  281

エピローグ ~天国の口、アムステルダム~ 297

という内容で、特にAVのADやってて男優までやらされるあたりは「えぐっ!」ですが、読んでてあまり同情が起きないのは、やはりこれは自己責任だろうという感覚があるからでしょうね。

自己責任というのは、詰まるところ、「自分の因果が自分に報いているんだろ、だったら自分で始末しなよな」、という感覚でしょう。これは、おそらく社会を成り立たせている基本的人倫感覚の一つであると思われます。

問題は、どこまでが「自分の因果」なのかというところで、高崎ケン氏のドロップアウトはどうひっくり返してみても「自分の因果」以外の何者でもありませんが、私立高校の助成金を減らされる高校生が私立高校なんぞに進学したことも、全く同様に「自分の因果が自分に報いている」だけなのかどうかについては、必ずしもそうとばかりは言えないのではないかという意見があるでしょう。

>橋下知事、高校生にマジ反論

http://www.nikkansports.com/general/news/f-gn-tp0-20081023-422116.html

>大阪府の橋下徹知事は23日、府が財政再建の一環で私学助成を削減したことに反対する府内の私立、公立の高校生グループと府庁内で意見交換した。

 生徒らに橋下知事は「私学はあなたが選んだ」「日本は自己責任が原則」と厳しい態度で持論を展開。涙を見せる女子生徒もおり、予定の20分を大幅に超え、約1時間半の大激論となった。

 橋下知事は、男女12人の生徒を前に、冒頭から「僕も反論します」と本気モード。母子家庭の私立高男子生徒が、助成削減による学費負担増の不安を訴えると「いいものを選べば、いい値段がかかる。条件を比較して、あなたが選んだのでは」とやり返した。

 生徒「公立に行ける人数は限られている」

 知事「保護されるのは義務教育まで。高校からは壁が始まる」

 生徒「そこで倒れた子はどうなる」

 知事「最後は生活保護がある」

 知事が「高校は誰でも入れる仕組みになっていない」と畳み掛け、女子生徒数人が「そんな簡単に言わないで」などと泣きだす場面も。知事は「今の日本は自己責任が原則」と強調する一方「何でもかんでも自己責任はおかしい。だから私学助成はゼロにしていない」と理解を求めた。

リバタリアンの世界には子どもという存在はありえず、すべて一人前の大人として存在を始めるわけですが、現実の社会はもちろん「親の因果が子に報いる」ようになっているわけで、どの年齢層をどこまで大人扱いしどこまで子ども扱いするべきなのか、というのは、社会のあり方を考える上でのもっとも基本的な事項なのでしょう。

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EU労働者派遣指令成立を報じたのは赤旗だけ?

先日のエントリーで伝えたEU労働者派遣指令の成立ですが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/post-8fde.html(EU労働者派遣指令が遂に成立)

昨年来あれだけ派遣労働の報道に力を入れてきたはずの日本のマスコミが、見る限り全然報道していないようです。

あったのはしんぶん赤旗のこの記事だけ。

http://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2008-10-24/2008102401_03_0.html(派遣労働者も均等待遇 EU議会採択 27カ国実施へ)

書かれていることはすべて間違いではありません。でも、EU派遣指令にはもう一つ、派遣事業に対する事業規制や禁止を見直すべきという規定も盛り込まれています。

事業規制は緩和し、労働者保護は徹底するというのがEU指令の政策方向なので、そこのところをきちんと報じないと、いささかミスリーディングになる危険性があります。

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規制改革会議第3次答申に向けた重点分野と課題

昨日、規制改革会議が標記文書を公表しました。

http://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/minutes/meeting/2008/4/item08_04_02.pdf

労働分野はどうなったのかと見ていくと、

Ⅰ 医療分野

Ⅱ 保育分野

Ⅲ 農業分野

Ⅳ 官業改革分野

Ⅴ 運輸分野

おや、労働分野は規制改革しなくていいんでしょうか。

世間が労働規制緩和が格差拡大の元凶だなどと愚か極まりない妄想に耽っているからといって余計な摩擦を起こさないようにと日和っているなんてことはないですよね。

せっかくですから、昨年来の正論に基づき、労働分野の規制改革案をどーんとぶちあげていただければ、甘利規制改革担当大臣との間で大変楽しい会話ができたのではないかと想像するのですが。

http://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/minutes/meeting/2008/4/item08_04_outline.pdf

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バック・トゥ・ザ・ケインズ by サミュエルソン

今朝の朝日にサミュエルソン氏のインタビューが載っています。サミュエルソンといえば、私の世代にとっては分厚い『経済学』の教科書の著者というところですが、ここでは、真正ケインジアンの本領を発揮しています。

>ブッシュ大統領が掲げた「思いやり保守主義」は、結局のところ、億万長者に対して優しい政治だった。億万長者を作り出すには役だったが、中流以下の人々には優しくなかった。その結果、米国の人々の生活は厳しさを増した。

>規制緩和をやりすぎた資本主義は、壊れやすい花のようなもので、自らを滅ぼすような事態に陥ってしまう。

>この危機を終わらせるためには何が有効なのか。それは大恐慌を克服した「赤字をいとわない財政支出」だろう。

1915年生まれのサミュエルソン氏は93歳。世界恐慌を経験した数少ない世代ですね。

上の世代の経験も、結局愚者にとっては「他人の経験」でしかない、こうやって「自分の経験」になるまでそれを理解することはない、ということなんでしょうね。

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歴史の転換点にあたって~希望の国日本へ舵を切れ~

昨日、連合がまとめた宣言(と言っていいんでしょうね)です。

http://www.jtuc-rengo.or.jp/news/rengonews/2008/20081024_1224809754.html

歴史の転換点にあたって
~希望の国日本へ舵を切れ~

1.情勢認識
(世界同時危機の様相)
 米国の住宅バブル崩壊に端を発したサブプライムローン問題が引き金となって、世界は同時金融危機の様相を呈している。
 今のところ日本経済への影響は限定的との見方もあるが、世界経済と日本経済は連動しており、世界経済の停滞が長期化・深刻化すれば日本経済への影響も計り知れない。

(暴走する市場原理主義の罪)
 1980年代レーガン政権のとった「小さな政府」をめざす新保守主義的な政策は、市場原理主義を台頭させ、公正さよりも効率性に重きを置く風潮を強めた。1990年代以降のアメリカ経済の高成長も手伝って、多くの国々がこのアメリカの風潮に追随し、市場原理主義的な政策はグローバル・スタンダードであるという固定観念が作られてしまった。加えて、金融資本主義(カジノ資本主義)によって、実体経済を超えるマネーがさらに富を求めて暴走するようになった。
 その結果、社会的公正や安心・安全という社会の岩盤が揺らいだ。この間格差は拡大し、貧困が増加した。投機マネーが株式市場を席巻し、株主主権主義が蔓延、企業は必要以上に株主利益への対応を求められるようになった。そして、従業員、地域、取引先などのステークホルダーと企業との絆が弱まった。労働分配率も低下した。競争は熾烈を極め、個人に必要以上の責任を負わせ、ゆとりのない不安と不信の社会を招来、コミュニティーも崩壊した。

(市場原理主義の終焉)
 しかし、世界を混乱の渦に巻き込んだ常軌を逸した投機行動は、自ら破滅の道を辿った。今回の「ウォール街の崩壊」は、グローバル・スタンダードと言われてきた市場原理主義の終焉を意味するものである。
 今、企業のあり方も問われている。

(世界は変わろうとしている)
 日本は、世界は、今後どこに向かって進んでいくのか。そして、時代の潮目の中で連合はどのように役割、責任を果たしていくべきなのか。
 今年、日本で開催されたG8レイバーサミットでは、世界中を席巻した市場原理主義が社会の基盤である中間層を崩壊させてしまったことへの危機を相互に再確認し合った。そして、世界中に広がる貧困や失業の問題に対処していくため、世界の労働組合が連帯してディーセントワークの実現に取り組むことについてコンセンサスを得た。
 アメリカでは「チェンジ」を掲げるオバマ大統領の誕生への期待が高い。世界は、アメリカは変わろうとしている。日本は変われないのか。

2.希望の国日本の構築に向けて
(今こそパラダイムシフトを)
 今、歴史的な転換点を迎えている。
 今こそ、これまでの価値観を転換すべきである。むきだしの競争社会では人は生きていけない。「連帯と相互の支え合い」という協力原理が活かされる社会、ぬくもりのある思いやりの社会とするため幅広い国民的な合意を形成していく必要がある。ゆとりのある社会が大切だという価値観へ、株主主権主義からステークホルダー主義への転換をはかり、効率と競争最優先の価値観から公正と連帯を重んじる日本をめざして大きく舵を切るべきである。

(連合の社会的責任と使命)
 これからの日本には、安定した雇用システムや安心できる社会保障の仕組みの再構築、内需主導型の経済システム、経済・財政運営への転換が不可欠である。もう一度厚い中間層を取り戻し、安全と安心、そして信頼の日本、希望の国日本を実現しなければならない。
 グローバル化が進んだ今、もはや自国のみが発展する社会モデルを構築することはできない。世界中の貧困や失業などを共通の問題として捉え、世界の全ての国において、労働の尊厳、公正・公平な社会の実現にむけた国際的な枠組みの構築を進めなければならない。「一部の貧困は、全体の繁栄にとって危険である」(ILOフィラデルフィア宣言)の精神を今こそ実現すべきである。
 連合は、労働組合の社会的責任を自覚し、この歴史的な転換点に当たり、今こそパラダイムシフトをはかるべく、広く国民合意の形成に努めていく。そして、「労働を中心とした福祉型社会」の実現に向け、その運動の牽引者としての役割を果たしていく

せっかく昂揚しているところへ水を差すようで申し訳ないのですが、

>アメリカでは「チェンジ」を掲げるオバマ大統領の誕生への期待が高い。世界は、アメリカは変わろうとしている。日本は変われないのか

って、その連合の組織的に支持している民主党が、下手したら自民党より遙かに「「小さな政府」をめざす」「効率性に重きを置く」「市場原理主義的な」「個人に必要以上の責任を負わせ」る人々で、「安心・安全という社会の岩盤」を軽視し「「連帯と相互の支え合い」という協力原理」や「ぬくもりのある思いやりの社会」を馬鹿にし、「ステークホルダー主義」なんかアフォとちゃうかとうそぶいておられたんではないんでしょうか、などとほんの数年前の過去のことをほじくるようなことを言うのは営業妨害ですよね、はいやめます。

(追記)

はいやめます、といっといて、ぐだぐだ書くのも何ですが、やはり一言。

なんで日本で、90年代から2000年代にかけて「カイカク」真理教が猛威をふるったのかというと、

「チェンジ」を掲げる細川首相、から始まって

「チェンジ」を掲げる小泉首相、に至るまで、

マスコミから知識人から、みんな「チェンジ」真理教に染まっていたからなんじゃないの?

>世界は、アメリカは変わろうとしている。日本は変われないのか

こういう「チェンジ」するってんだからいいことだ、ってな感じのものの言い方は、少なくとも日本のここ数十年の文脈で言うと、ろくでもない結果をもたらしてきたことの方が多いような気がしますね。

日本の民主党が「バスに乗り遅れるな」的なうつろな焦燥感に駆られて、観念的な「カイカク」競争に熱を上げていたのはつい2,3年前までのことであるわけで。

パラダイムシフト」だの「歴史的な転換点」だのといったご大層なキャッチフレーズに対しては、まずもって眉に唾をつけてみる健全な保守性こそが必要だったんではないでしょうかね。

上で連合が述べている「希望の国」のビジョンはおおむね賛成ですが、それはカイカク狂騒の中でうかつにも品定めもせずに買い込んでしまった「パラダイムシフト」やら「歴史的な転換点」を、使ってみたら相当な欠陥品だったから返品しようという話であるようにも思われます。

もちろん、アメリカの民主党のオバマ候補の「チェンジ」を批判しているわけではありません。念のため。

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職務給の研究

八代尚宏氏のグループと『世界』10月号の提言のグループが、外部労働市場中心の職務給システムを志向する点においてよく似ているのだ、ということは、本ブログで何回も繰り返してきているところですが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/post_7b90.html(『世界』10月号)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/post-3645.html(労働市場改革専門調査会最後の議事録)

その職務給システムというのが戦後日本において高度成長期終了時まで労働世界でもっとも熱心に議論されたトピックであったということをご存じの方は、世代の交代とともにだんだんと少なくなっていきつつあるように思われます。

1955年に出された日経連の『職務給の研究』は、500頁にも及ぶ大冊で、歴史的考察、労使関係、諸外国の状況など学問的な分析から、具体的な職務給実施の手順に至るまでさまざまな領域にわたって検討を加えており、50年以上経った今現在読んでも、改めて考えさせられるところが実にたくさんあります。

そして、今日再びその職務給システムを唱道しようとするのであれば、なぜその日経連が14年後には『能力主義管理』に転換したのか、いかなる現実が職務給の実現を阻んだのか、というところをきちんと見据える必要があるでしょう。

歴史研究というのは一見現実の政策課題とは切り離された好事家の仕事のように見えるかもしれませんが、実は成果主義だ役割給だと表層的な目先の動きばかりを追っていたので判らない本質論が、過去の堆積物の中から浮かび上がってくることもあるのです。

政策研究に専念するのだから歴史研究はやらないなどというのは、社会科学の本質をわきまえない単細胞な発想だと、私は思っています。

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賃上げこそが景気対策

と、連合が言うております。

http://sankei.jp.msn.com/economy/business/081023/biz0810232322012-n1.htm

>連合は23日、東京都内で中央執行委員会を開き、平成21年春闘の基本構想を決めた。定期昇給に相当する賃金カーブ維持分に物価上昇分を加えた「ベースアップ(ベア)」を8年ぶりに求めるとともに、非正社員の処遇改善などを目指す。

 要求水準を盛り込んだ基本方針を、12月初めにまとめる。高木剛会長は「物価上昇による賃金の目減りを取り返さなければならない。賃上げこそが最大の景気対策だ」と述べた。

 また構想は、金属産業の賃上げ交渉が全体の交渉をリードする交渉の在り方が限界にきていると指摘。来春闘から「流通・サービス」「交通・運輸」など、業種が近い産業別労組ごとに共闘する連絡会議を設置し、賃上げ相場の形成や連携を図る。

 パートら非正社員の時給引き上げを求める「パート共闘」や中小企業労働者の賃金改善を図る「中小共闘」などの共闘は21年春闘でも継続する

かつてドーア先生が唱え、近くは松尾匡さんが唱えた賃上げリフレ論でありますな。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/10/post_7d29.html(最低賃金引き上げは悪くない)

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欧州議会は労使決定モデルを守る

昨日、欧州議会は「労働協約への挑戦」というオウンイニシアチブの決議をしたようです。欧州議会のHPに見あたらないので、欧州労連のHPから引っ張っておきます。

http://www.etuc.org/a/5475

>The European Parliament (EP) voted yesterday with a large majority, including votes from the European People’s Party (EPP), a report drafted by Jan Andersson (European Socialist Party) on challenges to collective agreements in the European Union. With this own initiative report, the EP expresses deep concerns about the rulings of the European Court of Justice in the Viking, Laval, Rüffert and Commission versus Luxembourg cases.

The EP underlines that economic freedoms, such as the freedom to provide services, are not superior to fundamental rights, such as the right of trade unions to take collective action. Furthermore, it emphasises in particular the right of the social partners to ensure non-discrimination, equal treatment, and the improvement of living and working conditions of workers. The EP therefore calls on the Commission to prepare the necessary legislative proposals which would assist in preventing conflicting interpretation in the future. A partial review of the Posted Workers Directive could be envisaged, after thorough analysis of its current impact in Member States.

The EP also calls for a re-assertion in primary law of the balance between fundamental rights and economic freedoms, in order to help avoiding a race to lower social standards. In particular, the exercise of fundamental rights as recognised by the Member States and the Charter of Fundamental Rights should not be put at risk.

この話も本ブログで結構何回も取り上げてきましたが、突き詰めると、サービス提供の自由という経済的自由権(リベラル・ヨーロッパ)と、労働基本権という社会的権利(ソーシャル・ヨーロッパ)のどっちが大事なのか?という話に行き着くわけで、現在のところ、EU条約上は前者はEUの大きな柱として位置づけられているのに対し、後者はあえて条約の適用範囲から除外されている、そのバランスをとれというのがここ数年来の労働側の要求であったわけですが、欧州議会ははっきりとそっち側に肩入れすると宣言したようです。

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EU労働者派遣指令が遂に成立

過去4年間なかなか袋小路を抜け出せなかったEUにおける派遣指令案ですが、昨日、欧州議会で可決され、これで共同決定者の閣僚理事会と欧州議会がともに賛成したので、めでたく指令が成立の運びとなりました。

欧州議会のプレス:

http://www.europarl.europa.eu/news/expert/infopress_page/048-40237-294-10-43-908-20081021IPR40236-20-10-2008-2008-false/default_en.htm

これを歓迎する欧州委員会:

http://ec.europa.eu/social/main.jsp?langId=en&catId=89&newsId=410&furtherNews=yes

同じく歓迎する欧州労連:

http://www.etuc.org/a/5471

同じく歓迎する欧州派遣事業協会

http://www.euro-ciett.org/index.php?id=113&tx_ttnews[tt_news]=59&tx_ttnews[backPid]=15&cHash=712f17f26a

この最後の欧州派遣事業協会の声明は、指令成立をきっかけに、なお残存する派遣事業への規制を見直すよう各国に求めています。

Looking at the next stage, Eurociett calls on the EU Member States to use the implementation of the Directive to:

1 Review the prohibitions or restrictions that apply to the use of temporary agency work and lift the ones that are not justified or proportionate, such as bans on the use of temporary agency work in the public sector in Belgium, France and Spain. Other restrictions to be lifted could include maximum contract duration and limitations on the use of temporary agency work.

2 Consult the sectoral social partners when transposing the equal treatment principle in order to take account of the specificity of national labour markets.

イギリスの労働組合会議(TUC)は:

http://www.tuc.org.uk/newsroom/tuc-15507-f0.cfm

'Now agency workers will now finally have a fair deal and be entitled to the same pay as permanent staff doing the same job, and receive much stronger legal protection from exploitation.

今や派遣労働者は常用労働者と同じ賃金を得、搾取から守られるのだ・・・。

一方イギリス経団連(CBI)は:

http://www.cbi.org.uk/ndbs/press.nsf/0363c1f07c6ca12a8025671c00381cc7/9c641416de929a18802574ea00592205?OpenDocument

“This directive will not be welcomed by employers, but it is less damaging than previous proposals as key flexibilities that underpin UK competitiveness have been protected.

“More than half of agency assignments last less than 12 weeks and will be unaffected. And while pay is included, occupational benefits that recognise the long-term relationship permanent staff have with an employer, like sick pay and pensions, are rightly excluded.

あんまり歓迎できなけれども、原案よりダメージが少ないからね。均等待遇っていうけど、最初の12週間は差別してもいいんだし、病気休暇中の手当や年金は別だし・・・。

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働く者の尊厳を取り戻す労働組合活動

労働政策研究・研修機構のホームページの名物コラム、今回は労使関係部門の呉学殊(オ・ハクス)さんです。

http://www.jil.go.jp/column/bn/colum0110.htm

>「現代版奴隷市場」、「江戸時代だったら刀をもっていって社長の首をはねてやりたい」、「とにかくダメージを与えたい」、「にっちもさっちもいかなくて、本当に路頭に迷っていただろう」、「もう死んでしまうかも知れない可能性がある」、「女性30歳高齢者」等々の言葉を、労働者のヒアリング調査の際、耳にし、労働現場は今大変だと心配していた矢先、尊い7人の市民が犠牲になったあの痛ましい秋葉原事件が起きてしまった。

私は、昨年末から最近増加し続けている個別労働紛争(労働者個人と会社との間で発生するトラブル)がなぜ起きているのか、また、労働組合がその紛争解決や予防にどのような役割を果たしているのかを調べるためにその分野で大きな成果を挙げているコミュニティ・ユニオンを訪問し調査を行っている。コミュニティ・ユニオンとは、「地域社会に根をもった労働組合として、パートでも派遣でも、外国人でも、だれでも1人でもメンバーになれる労働組合のこと」を言う。紛争の発生メカニズムと解決プロセスを具体的に解明するために、ユニオンを通じて紛争を解決した労働者に直接会い2~3時間かけてお話を拝聴している。上記の心痛む言葉はユニオンの組合員の方々から聞いたのである。具体的な内容とユニオンによる解決内容を略記すれば次の通りである。

「現代版奴隷市場」は、ある市が住民票入力作業を民間に委託していたが、それが偽装請負と指摘されて労働者派遣に切り替える際に、競争入札をかけた。それにより、入札価格が下がり、また下がる可能性がある中で、「5人の労働者が安く売られてしまう」その非人間的な風景から名付けられた。ユニオンの無期限ストライキで直接雇用を勝ち取った。

「江戸時代だったら刀をもっていって社長の首をはねてやりたい」は、「あれ(労働者のこと)辞めさせろ、あれ捨てろ」と理由も分からず首切られる同僚たちの姿を見て、「底辺にいる私たちはみんな死刑囚なんです、みんなが。いつ死刑の執行日があるかわからんというやつです」と地方の荒廃した労働現場を告発するものであった。退職金の不支給が心配でユニオンに加入したが、幸い支給されてユニオンが具体的な行動を起こさず済んだ。

「とにかくダメージを与えたい」は、大好きだったパン屋の仕事をしていた時に、社長の子供(専務)に胸を触られる等のセクハラを受けた女性社員が、退職後セクハラ被害の仕返しをしたいという報復を現す言葉であった。行政でも解決できなかったが、ユニオンを通じて、謝罪と110万円の慰謝料をもらった。

「にっちもさっちもいかなくて、本当に路頭に迷っていただろう」は仕事中、労災(現在も手首が自由に使えない、右眼の完全失明)に遭ったが、会社が労災を認めてくれなくて莫大な治療費を自分で支払うことになったら、20年以上働いて手にした家屋敷を売らなければならないことを想定した結末を言い表したくだりであった。ユニオンを通じて労災を認めさせて治療費を払わずに退院した。また、障害年金も受給することになり、路頭に迷わずに余生を送っている。

「もう死んでしまうかも知れない可能性がある」は、大動脈弁不全症という重い病を持っている従業員が深夜まで働かせられた。実際、タイムカードを調べてみたら、月100時間以上の残業をさせられた。そのような過酷な労働の中で、いつ死ぬか分からない切迫した状況を現した言葉である。手術のために休職しユニオンの交渉を通じて2年間の未払い残業代等を含めた解決金として約750万円を支給されるとともに残っている同僚の職場改善(休日増加)を獲得した。

「女性30歳高齢者」は、大手製紙メーカーの職場慣行となっていて、実際、30歳を過ぎていたある女性社員が退職勧奨された時に、職場の実態を告発してくれた言葉である。素早くユニオンに相談した。ユニオンの交渉を通じて、解決金として490万を支給されるとともに、同僚のために退職勧奨の再発防止策を講じてもらい退職した。

以上のような解決を見た労働者たちは、ユニオンを「労働者の頼もしい組織だ」、ユニオンの幹部を「神様みたい、救世主である」と表現してくれた。

こうしたコミュニティ・ユニオンの活動が働く者の尊厳を取り戻す結果につながっていると思う。会社とトラブったら解決を求め、コミュニティ・ユニオンに相談したら生きる道が見つかるだろう。ちなみに、私のヒアリングに快く応じてくれた多くの方々にこの場を借りて心より感謝申し上げる。

呉さんは、私のすぐ隣のボックスに席がありますが、しょっちゅう日本中のユニオンをあっちこっちと飛び回っています。

彼が今書いている報告書の原案は様々な事案が詳しく書かれていてたいへんおもしろいのですが、まだ公表前ですので、ここでは既に以前雑誌に彼が書いた記事をリンクしておきます。

http://www.jil.go.jp/kokunai/blt/bn/2008-07/018-025.pdf(労働組合の労働紛争解決・予防への取り組みに関する研究―コミュニティ・ユニオンの事例を中心に『ビジネス・レーバー・トレンド』 2008年7月号)

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小児科医の過労自殺訴訟高裁判決

http://www.asahi.com/national/update/1022/TKY200810220188.html

>過労自殺、小児科医遺族の控訴棄却 損害賠償訴訟

>判決は、一審・東京地裁判決の認定を改め、中原医師がうつ病を発症して99年8月に死亡したことと、当時の業務が過重だったこととの間に因果関係があったと認めた。一方で、健康状態に対する配慮などの注意義務を怠ったとはいえないと結論づけた。

判決文を見ていないので、断言しない方がいいのかもしれませんが、要するに労災補償でいうところの業務起因性はあるとした上で、民事損害賠償における安全配慮義務違反を成り立たせる予見可能性を認めなかったということであろうと思われます。

つまり、小児科医が不足する中で過重労働による心理的負担により自殺に至ったという意味では「過労自殺」を認めているわけで、そうはいっても本人が責任感のあまり病院に相談することもなく働き続けたため、病院の責任を追及することはできないといっているわけでしょうね。これは、民事損害賠償である以上完全に結果責任主義にするわけにはいかないという面があります。

こんな長時間労働を強いられていたんだから、安全配慮義務違反を認めてしかるべきだという考え方ももっともな感じもしますが、そうすると下手をすると、全国の病院の小児科医、産婦人科医についてはみんな安全配慮義務違反の状態にあるということになってしまうかもしれません。実際そうじゃないか、という気もしますが、例えばぎりぎりでやっているところに救急車で搬送されてきて、もう無理ですと受け入れを拒否したらマスコミに「またもたらいまわし!」と叩かれるからとそこをなんとかと無理に受け入れて診療したあげくその医師が過労死したら、その病院は過労死の予見可能性があったのに無理に受け入れたのだから安全配慮義務違反をみとめるべきでしょうか、とか。なかなか難しいところです。

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OECDの「格差報告」

41489225gucoverfromkappae 21日、OECDが「Growing Unequal? Income Distribution and Poverty in OECD Countries」(格差拡大?OECD諸国における所得分配と貧困)を公表しました。

http://www.oecd.org/document/25/0,3343,en_2649_201185_41530009_1_1_1_1,00.html

>The gap between rich and poor has grown in more than three-quarters of OECD countries over the past two decades, according to a new OECD report.

豊かな者と貧しい者の格差は過去20年間、OECD諸国の4分の3で拡大している。

>Countries with a wide distribution of income tend to have more widespread income poverty. Also, social mobility is lower in countries with high inequality, such as Italy, the United Kingdom and the United States, and higher in the Nordic countries where income is distributed more evenly.

所得格差の大きい国ほど貧困者も多い。イタリア、イギリス、アメリカのように社会的モビリティが低い国ほど、格差も大きい。一方、所得分配が平等な北欧諸国ほど社会的モビリティも高い。

誰だい、アメリカは格差は大きいがモビリティが高いからいいんだとか嘘ついていた奴は。

OECDのグリア事務局長曰く:

>“Growing inequality is divisive. It polarises societies, it divides regions within countries, and it carves up the world between rich and poor. Greater income inequality stifles upward mobility between generations, making it harder for talented and hard-working people to get the rewards they deserve. Ignoring increasing inequality is not an option.”

格差拡大は社会を分極化させる。所得不平等は世代を超えた上向移動を窒息させ、有能で一生懸命働く人々がそれにふさわしい報酬を得られることを困難にする。格差拡大を無視するなんて選択肢はあり得ないのだ!

>Children and young adults are now 25% more likely to be poor than the population as a whole.  Single-parent households are three times as likely to be poor than the population average.

子どもと若者は全体より25%も貧困に陥りがちだ。単親家庭は平均よりも3倍も貧しい。

さて、ではどうするか、再びグリア事務局長:

>“Although the role of the tax and benefit system in redistributing incomes and in curbing poverty remains important in many OECD countries, our data confirms that its effectiveness has gone down in the past ten years.  Trying to patch the gaps in income distribution solely through more social spending is like treating the symptoms instead of the disease.”

いやもちろん、所得再分配における税と給付制度は大事だ。しかしその有効性は下がりつつある。それは病気よりも症状に対処しているようなものだ。

じゃあどうするんだ、という声に答えて

>“The largest part of the increase in inequality comes from changes in the labour markets. This is where governments must act. Low-skilled workers are having ever-greater problems in finding jobs. Increasing employment is the best way of reducing poverty,” he said.

格差の原因は大部分労働市場にある。政府が行動すべきところはここだ。貧困削減にはまずなにより雇用促進だ。

>Better education is also a powerful way to achieve growth which benefits all, not just the elites, the report finds. In the short-term, countries have to do better at getting people into work and giving them in-work benefits to provide working families with a boost in income, rather than relying on unemployment, disability and early retirement benefits.

教育はエリートのためだけのものじゃなく、みんなのためのものだ。政府は失業給付、生涯給付、早期退職給付なんかに頼るよりは、働く家族の所得を増やすために在職給付を与えるべきだ

OECD流のワークフェア論ですが、ディーセントワークフェアとでもいうべき平等主義的ワークフェア論になっています。

この期に及んで、なお格差社会は幻想だとかほざく輩が平気で蠢いているのですから、日本はほんとにいい国ですね。

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休息規制は余計なお世話か?

労務屋さんから「休息規制は余計なお世話」という御異論をいただきました。

http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20081022

もとエントリは小林良暢さんの文章の紹介ですが、

>まさに私と意気投合するような内容です

といっている以上、それは私へのご批判と受け止めるべきでしょう。実際、ここ数年来、EU型の休息期間の「出羽の守」右代表は小林さんというよりむしろわたしであったというべきでしょうし。

労務屋さんの主たる批判点は、

>それこそhamachan先生におたずねしたい

といわれている点ですが、

>論文を執筆していたところ非常に好調で、気がついたら午前2時になってしまっていたとして、ここで中断したら午後1時までの11時間は論文の続きに取り掛かってはいけません、という規制になるわけですよこれは。それで本当によろしいのですかと。少なくとも私はそんな規制はまっぴらです。

という点です。

これは、論文執筆というようなまさにもっとも裁量的な仕事を例に出すともっともらしいのですが、

>こういう規制を万一やるとしても、その範囲はかなり限られたものとする必要があります。これはひいては、かなりの程度自律的でメリハリのついた働き方が望ましいホワイトカラー労働の大半に対しても、工場労働と同様の規制を行っている現行労働法制の欠陥に行き着く問題かもしれません

という風に、ホワイトカラー労働一般ないしその大半にうかつに広げた議論にしない方がいいと思います。むしろ、ホワイトカラー労働の大部分はかなりの程度拘束的であり、工場労働と本質的に異ならないと考えた方がいいのではないでしょうか。

あるいはむしろ、工場労働であっても、それこそ日本が誇る「カイゼン」ってのは、ある種いうところのホワイトカラー的な裁量性の発露であったという面もあるように思いますし。

問題はむしろ、個々の仕事をどうやるかというミクロな裁量性がどれくらいあるかというよりも、トータルな時間的拘束性の問題であって、それが過剰である状況をどのように是正するのがもっとも適切であるかということであるように思われます。

実をいうと、論文執筆というような話であれば、在宅で作業した部分はどういう性質の時間なのかということ自体がなかなか難しいところでしょう。在社時間とか拘束時間には入らないわけですが、ある意味でやや希薄な労働時間性と休息時間性が併存しているように思われますが、この問題を追及していくと、例の在宅勤務の労働基準法上の取扱いというめんどくさい問題が出てきて、なかなかたいへんなわけですが。

いずれにしても、私は1日11時間の休息期間というのは、「毎日育児・家事」という生活という観点からのワーク・ライフ・バランスというよりも、睡眠時間最低6時間プラス最小限必要な生活時間を確保するための、生命という観点からのワーク・ライフ・バランスの問題だと見るべきではないかと思っています。もっとも、これは通勤時間が1時間以上かかるのが当たり前という大都会を前提にした議論かもしれませんが。

もう一つの批判は小林さんの立法への方法論についてです。

>11時間の休息が憲法に明示された勤労条件だというのであれば、まずは憲法で保障された労働三権を行使して、労働組合がそれを要求し、団体交渉を求め、回答を得て労働協約にするというのが労働運動の正論ではないでしょうか。

まあ、それは正論といえばまさに正論ですが・・・、

私が代わって答える話でもありませんが、そういう風になっていないからこういう話になるわけであって・・・。

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欧州議会は労働時間指令で対立

EurActivの記事から、

http://www.euractiv.com/en/socialeurope/meps-set-clash-working-time-directive/article-176560

6月に閣僚理事会で政治的合意が成り立った労働時間指令の改正案ですが、欧州議会では依然波高しという状況のようです。

>The European Parliament's employment committee yesterday (20 October) rejected a hard-fought compromise among member states, saying it failed to include any of MEPs' amendments.

Socialist rapporteur Alejandro Cercas particularly criticised the fact that the Council's common position still contains opt-out provisions allowing the UK and other countries to go beyond the agreed weekly 48-hour working cap.

Cercas tabled 18 amendments to the text, calling for an end to those opt-outs, but also on including on-call-time for medical staff as working time.

そのセルカスさんの提出した修正案はこれですね。

http://www.europarl.europa.eu/meetdocs/2004_2009/documents/pr/743/743989/743989en.pdf

なるほど、確かに、欧州中の医療機関が困っている待機時間の扱いについても、

>The entire period of on-call time, including the inactive part, shall be regarded as working time.

待機時間は不活動時間も含めすべて労働時間と見なす

理由は、

>As co-legislators, the Council and Parliament must abide by the Court of Justice case and respect the dignity of the work of persons who are on call.

理事会と欧州議会は司法裁判所の判決に従い、待機している労働者の労働の尊厳を尊重すべきだ

それはその限りではまことにもっともなことながら、それをそのまま実行しようとすると欧州中の病院は人員不足でつぶれてしまう。それで背に腹を変えられずにオプトアウトを使って急をしのいでいるわけです。こういう風に理想主義を高く掲げられてしまうと、現実のシステムが動かなくなるという一つの実例なのですが・・・。

オプトアウトについては、

>Member States may decide not to apply Article 6 during a transitional period to end 36 months after the entry into force of Directive 2005/.../...

オプトアウトは改正後3年間だけ猶予期間として認めてあげるが、その後はだめよ、と、こちらも厳しい。

>To do away with a provision that undermines worker health and safety protection and the inalienability of fundamental rights and to maintain the force of ILO agreements and the social legislation and agreements between the two sides of industry in the Member States.

労働者の安全衛生と基本的権利の奪うことのできない性質からして云々・・・といちいちもっともではあるのですが、せっかく加盟国政府の間で何とか合意したのに、という気持ちも一方にはあるわけです。

欧州議会がこれで貫くと、閣僚理事会と欧州議会の間で意見がまとまらず、結局改正案は廃案で、現状のオプトアウトが続くということになるのですが、それでもいいのですか?という問題でもあるわけです。

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左翼は社会に無関心だった

今まで本ブログで何回も取り上げてきた「リベサヨ」問題を、「世に倦む日々」という真正左翼系ブログが取り上げています。言ってることはおおむね同感なので、引用しておきます。

http://critic5.exblog.jp/9698003/#9698003_1

>10年前、現実の経済危機に対する感性と認識において、右側の方が状況を鋭く受け止め、問題の捕捉が正確であり、対応策においても社会科学的な説得力が旺盛だった。左側には危機に対して社会科学的に対応する論壇がなく、それを期待されたアカデミーは、米国資本による日本侵略にも無頓着で不感症であり、全く関心を払っていなかった。左側(岩波系)のアカデミーは何をしていたかと言うと、脱構築主義の神への奉仕に夢中であり、毎日毎日、「反近代」と「反国民」の経文を唱え、近代主義と国民主義を撲滅するために、死んだばかりの大塚久雄と丸山真男に唾を吐き石を投げていた。彼らの関心は一にも二にも脱構築であり、アカデミーを脱構築教の神殿にして浄めることであり、「近代知の解体脱構築」のために血道を上げ、だから、米国資本による侵略や新自由主義の跳梁には何の痛痒も感じることはなかったのだ。ジェンダーとマイノリティと言っていれば、それで日本社会の問題は全てかたづいた。国民大衆が左側のアカデミーの言論能力を疑い、左側の社会科学の説得力を疑ったのは無理もない。左側は経済や国民の生活に関心が無かった。山之内靖、酒井直樹、子安宣邦、姜尚中、上野千鶴子、小熊英二。

左側(岩波アカデミー)の脱構築言説は、単に思想オタクが趣味で遊興するための薀蓄玩具となり、現実の社会問題や経済問題に対応する有効な社会科学の実質と性格を失い、そのため、一般大衆は現実問題に向き合ってメッセージを届ける右側の説得力に包摂された。これが石原都政と小泉改革を媒介した日本の思想的真実である。左翼は社会に無関心だった。「保守のマジョリティ」は10年前に出来上がっている。戦後教育をそれなりに受け、戦後の教育課程の社会科を小中高校で受けてきた者たちが、なぜこれほど右傾化し、新自由主義を支持し、石原都政や小泉改革の靖国参拝や社会保障削減を熱狂的に支持する日本人になったのか。10年前、右翼の方が現実に対して社会科学的に対応し、大衆に向かって有効な情報発信をしていたからだ。「構造改革」という言葉が、本来は左側の言語であるにもかかわらず、それを右側に奪われて、新自由主義のシンボルに置き換えられてしまった問題についても、こうした点に真相があるように思われてならない。石原慎太郎と小泉純一郎はラディカルな社会変革の指導者として自己を演出したのであり、共産党や社民党が旧態依然たる顔と看板とメッセージで組織の保身に汲々としていたコンサバティズムとは対照的だった。

10年経ち、舞台は一回りして、新自由主義は経済的にも思想的にも没落しようとしているが、アカデミーが現実問題や国民生活に関心を失った状態は現在でも続いている。また、
左側の脱構築の思想、すなわち近代主義否定と国民主義否定の言説が、戦後日本の達成であった終身雇用の日本型経営システムや国民国家による社会福祉制度を否定する論理的根拠を与え、戦後日本的な公共社会システム一切を否定する気分と思想的正当性を与えたことも忘れてはいけない。「総力戦体制の否定」という目標の下に、左の脱構築主義と右の新自由主義は見事に癒着し、左右共闘の連携作戦で、戦後日本のシステムを解体すべく襲いかかったのである。脱構築アカデミーの罪は本当に大きい。

個々の固有名詞への個別評価についてはいろいろあるとして、全体的な評価としてはおおむねそんなところでしょう。赤木智弘氏が何に対していらだちを覚えていたのかが、明確に析出されています。

(追記)念のため、上記引用部分、とりわけ赤字強調部分についてはまったく「異議なしっ!」なのですが、他の部分や、当該ブログの他の記事等については、いささか党派性が強く感じられます。それらの部分についてまで私が同意しているという趣旨ではありません。

参考までに、本ブログにおけるリベサヨ論はおおむね以下の通り。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/10/post_c3f3.html(赤木智弘氏の新著)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/10/post_2af2.html(赤木智弘氏の新著その2~リベサヨからソーシャルへ)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/11/post_a90b.html(リベじゃないサヨクの戦後思想観)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/12/post_5af3.html(リベラルサヨクは福祉国家がお嫌い)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/post_dbb1.html(日本における新自由主義改革への合意調達)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/11/post_331d.html(新左翼)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_a88b.html(超リベサヨなブッシュ大統領)

も一つついでに、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/09/post_d06d.html(知の欺瞞は健在)

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総論ありて各論なし

民主党が恥をかかなくてすんだようです。

http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20081021-OYT1T00547.htm?from=top

>民主党は21日、同意人事検討小委員会を開き、政府が提示した、日銀副総裁に山口広秀理事を昇格させる人事案を含む8機関27人すべてに同意することを決めた。

中央労働委員会委員に旧労働省出身の広見和夫、藤村誠両氏を再任する案には「官僚OBが再就職を繰り返す『渡り』だ」として反対論があったが、前回同意したことや、既に労使双方の同意を得た人事案であるとして、賛成とした。

おそらく、支持団体の連合から、馬鹿なまねはやめてくれというインプットが入ったのでしょうが、こういうところに民主党という政党が抱える最大の問題点、すなわち方向性がどうとか言う前に、まずもってそもそも各論がなんにもわかっておらず、頭の中には総論しかないという病弊がよくにじみ出ているように思われます。

官僚出身というところでもう思考停止。労働委員会という組織がどういう仕事をしてるところで、公益委員という人々は具体的にどういう役割を果たしているのか、などということはかけらも考えることもない。

ましてや、頭の中には労働組合法とか労働関係調整法といった、中学校の公民や高校の現代社会や政治経済では必ず習う法律も全然入っていないのでしょう。

労働法教育は国会議員にこそ必要なのかもしれませんね。

念のため申し上げれば、集団的労使関係紛争の解決という法目的に照らして、労働官僚出身者は一方に偏するおそれがあるので不適当であるというような理屈を述べたのであれば、それは間違ってるよ!!!とは言いますが、上のような物の言い方はしません。総論のみありて各論なしが見え見えだから、こういう言い方になるのです。

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東洋経済の大特集「家族崩壊」

Tsuri_2 東洋経済の10月25日号が、「家族崩壊-考え直しませんか?ニッポンの働き方」という大特集を組んでいます。

http://www.toyokeizai.co.jp/mag/toyo/2008/1025/index.html

最近、時々ものすごい勢いでソーシャルな記事を産出している東洋経済誌ですが、今回はタイトルは「家族崩壊」ですが、ほとんど労働社会問題の集大成という感じです。

34
「家族崩壊」
考え直しませんか? ニッポンの働き方
 
SUMMARY
「家族」をキーワードに雇用問題や少子化、教育・介護を再考。新たな視点を浮き彫りにする。
36
総論問題はすべてつながっている!
37
図解|「家族崩壊」の4つの側面
39
図解|日本の家族はこうなっている
41
図解|これですべてわかる 家族崩壊の連鎖
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Part 1
忍び寄る下流家族の拡大
42
低所得の非婚・底辺夫婦が急増
就職氷河期世代の「中流壊滅」
46
被害続出! 住宅「貧困ビジネス」の強欲
52
INTERVIEW
しりあがり寿/漫画家
「目まぐるしく変わる世の中、確かなものが何もない」
54
日本政府が認めたがらない
この国の貧困と子どもの未来
60
Part 2
押し潰される中流家族
60
人員削減、長時間労働の末…
史上最悪「過労死」の最前線
64
「QC」を業務と認めるトヨタ過労死裁判の波紋
66
子育ても仕事もあきらめないシングルマザーの奮闘
69
COLUMN
働く女性に優しい福井、子育て先進県の秘密
72
INTERVIEW
安冨 歩/東京大学東洋文化研究所准教授
「『選択の自由』という考え方がいかに人を不幸にしているか」
74
残業ゼロ、テレワーク… ユニクロ、パナソニックの挑戦
79
COLUMN
宮崎アニメの家族観、血縁よりも「擬似家族」
80
毎日18時退社を実現した2人子育てビジネスマン
82
INTERVIEW
大竹文雄/大阪大学社会経済研究所・教授
84
「遠距離介護」が働き盛りを襲う
88
家族を持たないことがむしろプレッシャー
アメリカの家族の実像
90
Part 3
家族の絆が壊れるとき
90
悲鳴を上げる学校、イチャモン保護者はなぜ増えた?
93
COLUMN
どう対処すればいい? 子どものケータイ問題
94
妻子に暴力や心の傷も 実は深刻な「お受験離婚」
97
COLUMN
団地は忘れていたものを思い出させてくれる
98
働く女性をバックアップ、拡大する家事代行サービス
 
海外比較
50
(1)働き方・雇用
EUが目指す「黄金の三角形(フレキシキュリティ)」
58
(2)貧困対策
日本の歪んだ所得再配分
70
(3)働き方・雇用
英国式 「トランポリン型福祉」
87
(4)高齢者介護
多様な選択肢を持つ欧州の介護
100
急増する独居高齢者、独りで生きる老後の現実

最初に出てくるのが、本ブログでも取り上げた経済産業省から現在経済産業研究所に出向している山田正人さん。その後、介護施設で働くワーキングプアな人々、などの姿が描かれ、「氷河期世代はやがて大規模な貧困集団に」「将来は日本から中間層が喪失する」・・・

この辺、中川グループや日本経団連の1800万人移民構想と読み合わせるとなかなかシュールな未来が思い描けます。

貧困ビジネスのゼロゼロ物件の話から始まる日本の住宅政策の貧困の問題は、労働問題で大いにミソをつけた福井秀夫氏の(建設省時代からの)もともとの専門領域ですが、これも情報の非対称性だけが問題なのでしょうかねえ。

デンマークとオランダのフレクシキュリティのところには、権丈英子さんが登場しています。

子供の貧困問題では山野良一さんが「日本の学力低下の背景には貧困の拡大がある」と一刀両断

貧困対策では阿部彩さんが登場して、子育て世帯を対象にした給付付き児童税額控除を主張しています。

さらに過労死問題、シングルマザー、などなどときて、そろそろ理論編をと思った頃に、安富歩さんの「選択の自由という考え方がいかに人を不幸にしているか」がたいへん興味深い洞察を示してくれます。

これだけ詰め込んで690円はお値打ちでしょう。

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EU経団連はESOPがおすすめ

EUサミットに併せて開催されたEUの政労使トップによる三者構成社会サミットでの、EU経団連のセリエール会長のスピーチです。

http://212.3.246.117/docs/1/HNLDMPMBAJHJOABCPCMHGOIGPDBW9DWW7Y9LTE4Q/UNICE/docs/DLS/2008-01891-E.pdf

もちろん金融危機への対処の話が中心なんですが、こういうところは欧州労連に対する牽制ですね。

>We must also look at the social consequences of the crisis. We need to find the right response to deal with concerns about purchasing power. The answer is not spiralling wage increases in the current economic environment. We know that this would only lead to higher prices, less employment and greater anxiety. Inflation can wipe out companies’ pay efforts.

いやもちろん購買力の維持は大事だけど、賃金を上げればいいってもんじゃない。物価が上がってインフレになるだけだ。

では、欧州経団連のおすすめは何か?というと、意外なものを出してきます。

>In these uncertain times, we need to look for win-win solutions. We think that a good way to reconcile wage policies and companies’ competiveness is the development or further improvement of financial participation schemes which give employees a stake in the success of a business.

こういう先の見えない時期には、労使双方が得をするようなやり方をしなければ。それは何かと尋ねたら・・・・・・事業がうまくいけば従業員も得をするような財務参加制度である、と。いわゆるESOPですな。

4311230 これ、岩波新書から出ている本山美彦さんの『金融権力』の中で、生産を軽視する金融ゲームを終わらせるために、グラミン銀行とかと並んで推奨されているものですね。

http://www.iwanami.co.jp/hensyu/sin/sin_kkn/kkn0804/sin_k406.html

もともとは、会社意思決定への参加と並ぶ労働者参加制度というコンテクストで論じられてきたものですが、こういう話の流れで出てきますか、というところです。

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小さな政府のなれの果て

OECDが15日に公表したデータによると、

http://www.oecd.org/document/9/0,3343,en_2649_201185_41498313_1_1_1_1,00.html

http://www.oecd.org/dataoecd/48/27/41498733.pdf

日本は先進国倶楽部のOECDの中で、租税収入の対GDP比がしたから数えて4番目なんですね(日本は2008年データがないのですべて2007年で見ると)。で、下にはどんな国があるかというと、1位メキシコ、20.6%。2位トルコ24.5%。3位韓国26.8%。で、日本が4位で27.9%というわけです。5位のアメリカの28.0%を抜いてしまいました。まことに小さな政府を実践するすばらしき国でありますな。このまま上位を目指して、まともな先進国を引き離そうというわけでしょうか。

一方、大きな政府で国民が重税にあえいでいるはずなのはデンマークとスウェーデンの49.1%ですが、市場主義を宣揚するOECDがどんなに口を極めて非難しているかというと、

>Tax-to-GDP ratios are a reflection of government choices in fiscal policy, which can play a redistributive role that evens out inequalities. Despite Denmark’s high tax-to-GDP burden, surveys regularly report a high level of contentment among Danish citizens with the nation’s egalitarian society. By contrast, Mexico’s low tax-to-GDP ratio reflects a lack of redistributive policies and hinders the government’s ability to invest in the physical and social infrastructure that is required for a sustainable growth path.

租税の対GDP比率は不平等に対する再分配という役割を果たす財政政策における政府の選択を反映している。デンマークの高い対GDP租税負担にもかかわらず、デンマーク国民はその平等主義的な社会にとても満足しているようだ。対照的に、メキシコの低い対GDP租税率は再分配政策の欠如を反映しており、政府の持続可能な成長経路に必要な物質的社会的なインフラに投資する能力を妨げている。

まことに「カイカク」とは、日本をメキシコみたいなすばらしい国にしようという一大プロジェクトであったわけでありますな。

ようやく、昨日の経済財政諮問会議で、

http://www.keizai-shimon.go.jp/minutes/2008/1017/interview.html

>今後、中福祉・中負担の持続可能な社会保障制度への道筋や安定財源のあり方など、具体的な議論を進める

ということになったようで、リバタリアンな方々は逆上しておいでではないかと陰ながら心配しております。

(追記)

多くの読者にとっては何を今更な話ですが、はてぶを見るとわかってないヒトも世の中にはいるようなので、念のため。

ここでいう租税には、いうまでもなく社会保険料も含まれます。これ常識。

http://www.oecd.org/dataoecd/48/27/41498733.pdf(Table C)

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読売提言の医師計画配置、厚労省課長が前向き発言

読売に早速、

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20081018-OYT1T00510.htm

>厚生労働省の佐藤敏信医療課長は18日、秋田市内で講演し、医師の計画配置について「結論から言うと、計画配置をする考えはある。よい規制だ」と導入へ前向きな考えを示した。

佐藤課長は、医師の計画配置には、職業選択の自由や官僚統制などを理由に批判があるとしながらも、「今はハコ(病床数)の規制があるのに、人の規制はできない」と現状に疑問を投げかけた。講演後の質疑に答えた。

 医師の計画配置を巡っては、読売新聞は16日に発表した医療改革の提言で、医師不足解消を図るため、若手医師を地域・診療科ごとに定員を定めて配置するよう求めている。

という記事が出ています。

この手回しの良さを見ると、あらかじめ示し合わせた連係プレイ?という感じもしますが、それはともかく、医療システム全体は規制のもとにありながら、ヒトの配置だけはレッセフェールになってしまっていることの矛盾を解決するには、医療システム全体をレッセフェールにして、シッコの世界にしてしまうか、ヒトの配置にも公的な規制をかけるかなんでしょうね。もちろん、シッコの世界のどこが悪いというリバタリアンな人々からすれば、答えは前者なんでしょうが、それはさすがにご免被るというのであれば、何らかのヒトの配置の規制は導入するしかないのではないでしょうか。

そもそも、かつては医局という「良心的な手配師」があって、そこが本来は公的機関が果たすべきマクロ的視点からの医師の適正配置を「私的権力」として行っていたわけです。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/post_46de.html(良心的な手配師)

>自見氏が手配師として良心的であったことを疑うわけではありません。自見氏以外にも、各医局には良心的な手配師の方々がいらして、まさにパブリックな観点から医療人的資源の適正配分に尽力されてこられたのでしょう。そのことを疑うわけではありません。

しかしながら、医局の人的資源配分が何らかの法律に基づく公的な労働力需給調整システムとしてではなく、医局という名の私的権力の「事実上の支配関係」に基づくものであったこともまた事実でしょう。

自見氏が「良心的な手配師」であったとしても、すべての手配師が良心的であったということにはなりません。むしろ、公的な規制に束縛されない私的権力であるが故に、「俺の云うことを聞かねえ奴は許さねえ」的な親分子分関係が蔓延していたというのもまた事の反面であろうと思われます。「白い巨塔」を始めとする医局モノ小説があれだけいっぱい書かれているというのは、医者の世界にそれだけトラウマが溜まっていると云うことを意味するのでしょう。

医局という私的権力が日本の医療を守ってきたのに、それを潰しやがって、という自見氏の反発には、医療を金銭評価された私的利害の市場による調整のみに委ねていいのかという意味においては、大いに聞くべき内容があるように思いますが、それが「昔はよかった」的なノスタルジーになってしまうとすれば、肯定するのは難しいでしょう。

公的な利益実現のために適確な人的資源配分をしなければならないというのであれば、その権限行使の在り方自体が公的なものでなければならないでしょう。身分が国立大学医学部教授だから「公的」なんてことはないわけで、民主性と透明性が欠如しているのであれば、主体が公務員であろうが何であろうがそれは私的権力なのです。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/10/post_af6a.html(医師の派遣緩和へ ときた)

>この大学医局のやっていた事実上の派遣行為は、厳格に解釈すると限りなく労働者供給事業に近い実態であったわけですが(だって、医局のボス教授は、若い医師たちに対してまさに「実力的な支配関係」を振るっていたんでしょうから)、そこは無料の職業紹介であるという理解のもとでやってきたわけですが、まあ一部に弊害もあったようですが概ね医師の適正配置に貢献してきていたと言えるのでしょう。

それがうまくいかなくなってきて、それに代わるべき労働力再配分システムが必要になってきたというのが大きな状況なのだとすれば、やはり抜本的に制度の在り方を考え直すべき時期ではないかと思われます。

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自治体臨時・非常勤等職員の実態調査

自治労のホームページに、標記の調査結果(中間集約)が掲載されています。

http://www.jichiro.gr.jp/jichiken/sagyouiinnkai/32-rinsyoku.hijyokin/tyukan.pdf(自治体臨時・非常勤等職員の実態調査中間集約)

http://www.jichiro.gr.jp/jichiken/sagyouiinnkai/32-rinsyoku.hijyokin/tyukan-gaiyo.pdf(概要:求められる臨時・非常勤職員制度の改革)

>自治労は、2008 年6 月1 日全自治体を対象に臨時・非常勤等職員の実態調査を実施した。調査には、986 自治体(都道府県23、市区町村963)で全自治体の53.1%の回答があり、調査対象自治体の臨時・非常勤等職員数は297,571 人。全職員の27.8%、政令市を除く一般市と町村では平均で3 割を超え、その総数は50 万人を超えると推定される。臨時・非常勤の6 割以上はフルタイムかそれに近い状態で業務に就いており、3 割は勤続3 年を超えている。すでに自治体行政は常勤職員と臨時・非常勤等職員の混合で担われている実態にある。とりわけ、特定の職種ではほとんど全員か(各種相談員、学童指導員)、半数以上(保育所、学校給食、図書館、公民館)が臨時・非常勤という実態にあり、欠くことのできない戦力となっている。

賃金は、全体の6.5 割が日給・時給型で、その半数が900 円に届かない。月給型では5.5割が16 万円に届かない。臨時・非常勤の多くは年収200 万円以下であり、いわゆるワーキングプアに該当する労働者が多く含まれている。

雇用の法的根拠は、任期付短時間職員は極めて少なく(0.6%)、22 条=臨時職員がほぼ半数、特別職非常勤が3 分の1、一般職非常勤が6 分の1 で、その区分は自治体ごとで恣意的・便宜的に運用されている。

臨時・非常勤等職員がここまで増大した背景には、自治体が直接供給するサービスの総量に対して、職員定数や人件費が削減され、安価で入手しやすい労働力でそれを補わなければならなかったからである。しかし、すでに自治体全職員の3 割前後を占め、基幹的労働力の一部となっている臨時・非常勤等職員が、その役割にふさわしい法的位置付けと処遇が与えられていないことは、自治体行政サービスの質を維持していく上で障害となっている可能性が強い。臨時・非常勤等職員の雇用の安定とディーセントワークの実現、常勤職員とのベスト・ミックスによる行政運営が求められる。

その「臨時・非常勤等職員の雇用の安定とディーセントワークの実現」のために、自治体正規職員の側はいったい何をするつもりなのか?という問いが、言うまでもなくその次に待ちかまえているわけです。

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労働市場改革専門調査会最後の議事録

ちょうど1ヶ月前の9月17日の標記専門調査会の議事録がアップされています。

http://www.keizai-shimon.go.jp/special/work/24/work-s.pdf

すでに、経済財政諮問会議の民間議員は全員入れ替わっており、八代会長も席を降りていますので、これは同専門調査会の最後の議事録ということになります。

「労働ビッグバンを解読する」以来述べてきているように、この専門調査会は福井秀夫氏の牛耳る規制改革会議とは異なり、労働問題について適切な認識をもった専門家たちがこれからの労働市場のあり方を議論した場として、日本の労働政策上重要な意味を持ったものであったと思います。

以下、議事録を見ていきましょう。

『現代の理論』の記事で引用した小林良暢さんの発言:

>全体として正規と非正規の処遇の均等化に向けた重要な点を指摘しているのではないかと思う。

例えば「非正社員の雇用安定化」の中で、雇止めのルールということをいっている。今まで余り議論されてこなかったことではあるが、雇止めが発生したときに、有期だから仕方がないというのではなく、一定のルールの下で雇止めが伝えられた時にそれに対して申し立てをするとき、有期契約だと言われると何も主張できないという弱点があったと思う。そこをルール化すれば、おかしな点は主張できる。

また、職業訓練について、ここの点が正規と非正規を隔てる非常に重要なところであろうかと思う。例えば高校を卒業して、どこかの大企業の正社員として就職した人の初任給と、私はバイクに乗るのが好きだからということで、バイク便ライダーになった人と、時給に換算すると大体同じぐらいである。日本でも、高卒、大卒でも初任給は社会的に決定されているので、派遣社員になっても、時給換算すると正社員と同じというところで社会化されているわけである。

ところが、そこから 10年、15年経ってくると、片や賃金が正社員の場合は上がってくるのに、もう一方は仕事が変わらないと時給は上がらない。片方が社内教育訓練の中でキャリア形成ができるのに対して、非正規労働者の場合はそこにとどまっただけで、訓練の場がない。そのような若者に対して、一定の職業訓練の場を社会的に提供していくことは重要である。

その点で、どういうキャリアを積んだかということを記録した公的なジョブ・カードの活用が非常に重要なことと思う。

私は9ページで中間的労働市場という提起をしていることが非常に重要だろうと思う。今の労働市場というのは、片方に正社員がいて、他方に非正規がいて一番典型的なところに日雇い派遣がいる。今、その一番端っこだけが問題になっている。それはおかしなわけで、やはり正社員から日雇い派遣までいる一連の労働市場の中で、どういう全体像を描いていくかということが、これから5年後、10年後のこの国の労働市場の在り方を構想していく上で重要だと思う。

この調査会では、正規と非正規の間に非常に大きな壁があることを指摘してきた。我が国の労働市場は、大きくいうと長期の雇用契約の労働市場と短期の労働市場、また月給をもらっている月給労働市場と時給労働市場、労働市場が歴然と分断されて存在していて、その間に大きな壁がある。その壁を乗り越えろと言っても、壁が高くて、いくら飛びついても飛びつけないほどの高さであるというのが現状だろうと思う。そこに飛びつけるようなはしごをかけるとか、中間的な踊り場をつけて、ステップを踏んで一歩ずつ上がれるようにすることが必要ではないかと思う。今回の報告書に中間的な労働市場が書き込まれたことは非常に重要な意味があろうかと思う。

日雇い派遣から登録型派遣へ、また常用型の派遣労働者へと順番に上がっていって、さらには直雇いの契約社員という中間的な労働市場をつくり、正社員登用のルールを明確化すれば、上のステップに上がれる可能性がでてこよう。

また同じく小林さんの賃金論:

>非正規労働市場がこれだけ比重を増してきた中で、賃金を社会化するということは職種、ジョブしかないと思う。

日本の大企業では、職務遂行能力という企業内キャリアでもって格付けしている。社内的には合理性があるわけだが、社会へ出た場合には、通用性のないもので格付けしているということになるので、そこを社会化していく努力が必要になる。

そのためには、やはり職種別の賃金相場を、どうやってつくっていくかということが重要なので、経団連は役割給ということを言っているが、役割では正社員と非正社員でははじめから違うではないかとなる。成果を反映した公正な賃金といったとき、一体何の成果だというと、正規、非正規が共通に納得性が得られるのは、やはり仕事=職種しかないと思う。今後、それをどうやってつくっていくかということだろうと思う。

日本でドイツのような賃金決定機構にしろといこうことではないが、労働組合が企業内交渉の中で職種別賃金要求をきちっと掲げて、それを 35歳のシステムエンジニアだとか、30歳の営業職だとか、そういう相場を社会的に明らかにして、それに非正規のシステムエンジニアや営業マンにも時給レベルで連動させていくということしかない。

このように、八代研の考え方は『世界』の共同提言と大変近いところにあるわけです。

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休息時間なくしてワーク・ライフ・バランスなし

以前OECDの高齢者雇用の本を翻訳出版した明石書店さんから、雑誌『現代の理論』08秋号が送られてきました。

特集は「地球環境危機への挑戦」ということで、ここではコメントはご遠慮させていただいて、取り上げたいのは小林良暢さんの標記文章です。

「休息時間」なくして「ワーク・ライフ・バランス」なし-なぜ日本では実現できないのか?EU指令の重要性

という、まさに私と意気投合するような内容です。

生活時間の国際比較調査によると、日本人の在社時間はドイツはいうまでもなく、チェコ、スロバキア、エストニアといった東欧諸国と比べても、そして中国よりももっと長いという、ワーク・ライフ・インバランスな状態にあることを指摘し、EU指令に沿って休息時間規制を導入すべきことを訴えています。

興味深いのは、休息時間規制は労働基準法にはないけれども、

第二十七条  すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ。

2  賃金、就業時間、
休息その他の勤労条件に関する基準は、法律でこれを定める。

と、憲法にははっきりと明示されていることを指摘していることです。

そして、

政府がワーク・ライフ・バランス推進官民トップ会議を再招集して、そこで「休息時間を1日最低11時間以上とする」ということを、新総理、御手洗さん、高木さんの3人でトップ合意することである。

国会が立法府本来の責務として、憲法に規定された「休息時間」を労働基準法の中に「1日最低11時間以上」を企業に義務づける条文を追加する改正案を、議員立法で提案して成立させることである。

等と述べています。

上の憲法に「休息」時間規制の根拠規定があるというのは、労働省の大先輩に当たる田中清定さんの指摘ですが、その田中さんも同じ『現代の理論』08秋号に「労働契約法から労働関係基本法へ-労使対等の協議システム確立が急務」という文章を寄せています。こちらも意気投合する内容です。

(追記)

参考までに、英文でいうと、

Article 27.

   All people shall have the right and the obligation to work.
   Standards for wages, hours,
rest and other working conditions shall be fixed by law.
   Children shall not be exploited.

レスト(休息)であって、ブレイク(休憩)ではありませんね。

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読売新聞の医療・介護改革案

昨日の読売新聞は、10頁近くを使って同社の医療・介護改革案を提言しています。

http://www.yomiuri.co.jp/iryou/news/iryou_news/20081016-OYT8T00224.htm

何よりも重要なのは、日本最大の部数を誇る新聞が、明確に社会保障について構造改革路線を否定しきった点でしょう。今日の同社社説でも

http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20081016-OYT1T00743.htm

>社会保障財源 「削減路線」とは決別する時だ

>財政再建を最優先する政府は、社会保障費の伸びを、自然増のうちから毎年2200億円ずつ機械的に削減する予算編成を続けてきた。

 その結果、診療報酬や介護報酬も抑え込まれ、医療や福祉の現場に大きな歪みが生じている。

 医師や介護職員の不足、高齢者医療の混乱、健保組合財政の苦境など、今日の状況を招いた原因を煎じ詰めれば、小泉政権以来の構造改革が、社会保障にまで一律に「小さな政府」路線を当てはめたことに尽きよう。

 日本はイギリスの失敗に学ぶ必要がある。

英国では1980年代、サッチャー政権の財政改革路線によって医療費も厳しく抑制された。GDP(国内総生産)に占める国民医療費の割合は主要7か国中で最低の状況が続き、何か月も待たなくては手術が受けられないほど、深刻な医療の劣化を招いた。

 2000年代に入ってブレア政権が医療関連予算を倍増させ、ようやく事態を改善した。英国は国民医療費水準の最下位を返上し、代わってその座についたのが日本である。このままでは同じ轍を踏むことになるだろう。

 行政の無駄をなくし、財政再建に取り組むことは当然だ。だが、必要な社会保障に財源投入をためらってはならない。

と、明確に社会保障に関しては大きな政府をめざすべきという立場を明らかにしています。

昨日の提言は、単に社会保障費を惜しむなというだけではなく、社会保障分野については自由市場原理に委ねるのではなく、国家が適切に関与せよという意味で、ある種の社会民主主義的志向を明確にしています。

>まず緊急に取り組むべきなのが、医師不足対策だ。

 医師不足が問題化したのは、2004年度に始まった医師の新たな臨床研修制度(義務研修)がきっかけだ。研修先として、出身大学ではなく、都市部の有力病院を選ぶ新人医師が増え、地方の大学病院などの人手不足が深刻になった。医師が、勤務する診療科や地域を自由に選べるため、偏在につながっている。

 そこで、医師の研修先を自由選択に任せるのではなく、地域・診療科ごとに定員を定め、計画的に配置するよう制度を改める。対象は、義務研修を終えた後、専門医を目指して3~5年間の後期研修を受ける若手医師とする。そのため、地域の病院に医師を派遣してきた大学医局に代わり、医師配置を行う公的機関を創設する。

医師配置を公的機関が行うということは、いわば一種の医療社会主義であり、規制緩和万歳を唱えてきた人々から見れば悪夢のようなものかもしれませんが、レッセフェールの帰結が現状であってみれば、それも一つの必然といえるのかもしれません。

>産科、小児科など医師不足が深刻な分野では、病院の医師は当直明けで日勤をこなすなど厳しい勤務を強いられている。医師を増やすなどで過重勤務を緩和することが必要だが、開業医に比べて勤務医の給与が低いことも問題だ。激務に見合った報酬を得られるよう、緊急に診療報酬を改定して待遇を改善すべきだ。

この点に関しては、紙の方には非常勤の医師が日給制で年収が300万円程度にとどまりローンも組めないという話も書かれ、病院の正規職員として雇用を進めるべきと述べています。

>妊婦ら救急患者が何か所もの病院で受け入れを断られる「たらい回し」の背景には、救急病院の人員が不十分なことがある。地域の開業医が交代で病院に詰めて救急医療に参加する体制を、早急に整えるべきだ。中長期的には、救急病院「ER」を全国400か所程度に整備する。

我が身を投げ捨てて「1年365日24時間診療」に邁進する女医を褒め称えるテレビドラマよりも、ずっと適切な視点でしょう。

>高齢化で、認知症や寝たきりの患者が急増し、重い介護負担に苦しむ家族は多い。だが、介護サービスに対する報酬が抑えられた結果、介護職員の給与は低く、離職者が相次ぎ、人材不足が深刻だ。介護施設の経営も悪化している。

 介護報酬を緊急に引き上げて職員の待遇と施設経営を改善し、介護を受けられない「介護難民」が出るのを防ぐべきだ。簡単な介護サービスを行う高齢者向けのケア付き住宅を今後10年で倍増させる必要もある。

介護という「中度人材」にうかつに外国人労働者を導入するということは、この切迫した必要性を将来の社会的統合対策という見えない予算に押しつけて知らん顔をするということを意味するわけです。

そして結論、

>医療、介護の現場が危機に直面しているのは、社会保障費について、政府が予算編成で、高齢化による自然増分(年約8000億円)を毎年2200億円抑制してきたことが一因だ。不必要な歳出を削ると同時に、超少子高齢社会に必要な施策には財源を投入すべきであり、やみくもな抑制路線は改めなくてはならない。

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丸尾拓養氏の労働時間論

日経BizPlus連載の丸尾拓養氏の「法的視点から考える人事の現場の問題点」、今回のテーマは労働時間です。

http://bizplus.nikkei.co.jp/genre/jinji/rensai/maruo2.cfm

その論ずるところは、私の考えるところとほとんど類似しています。ただ、言葉遣いがだいぶ違うのですが。

>「労働時間」という場合、割増賃金など労働基準法の適用で問題となる労働時間と、過労死認定など労災補償保険法の適用で問題となる労働時間とでは、概念が異なり得ます。労働時間か否かを法論理的に決定できるという考え方から離れて、実態を直視する時期に来ています。

うーん、割増賃金をどうするかという銭金に関する労働時間の話と、過労死しないようにしなければという健康に関する労働時間の話をきちんと分けましょうね、という点で、全く意見は同じです。

ただ、丸尾氏の言い方では、労働基準法というのはもっぱら銭金のことだけを規定していて、労働者の生命と健康の問題はもっぱら労災保険法の領域であるかのように読めますが、それはいささか違うのではないか、と。

そもそも労災保険は労働基準法の使用者の労災補償責任を担保するためのものですし、労働時間規制自体、工場法以来まさに労働者の生命と健康を守るためのものであったわけですから。

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アングロサクソンのモデルに賞味期限は来たか?

日経ビジネスオンラインの「焼鳥屋で語る金融危機」で、倉都康行さんが放談気味にいろいろと語っています。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/money/20081014/173831/

私はもちろん、金融について何事かを語れるような資格はまるでないので、おもしろかったところを引用するだけです。ただ、マクロ歴史社会学的な観点から、似たような感覚はありますが。

>倉都 ディーラーは本当に、朝から晩までそういう感覚で生きていますから。自分の金じゃないし、元手を貸してと言ったら、実績さえあればすぐ貸してくれるし、それでうまくいけば自分にもどーんとお金が入ってくるし、これはもうやめられないエンドレスのゲームです。

Y やめられないでしょうね。

倉都 麻薬みたいなものです。

Y 人の金でばくちをするんだったら、すごくリスクのあるところに賭けますよね。

倉都 それで失敗して会社が倒産しても、今まで儲けた金を返せ、とは言われないしね。

Y 夢みたいな商売ですね、考えてみると。

>倉都 こっちも別に素人じゃないですから、20年、30年やってきているわけですから、その感覚でやっぱりおかしいというものが本当におかしかったんだなと。

 その感覚で無責任に言っちゃうと、一番初めにおっしゃいましたけれども、アングロサクソンのモデルはもうだめなのかどうか。特に金融においてですけれども、たぶん、だめですね。

Y おおっ、爆弾発言ですね(笑)。

倉都 しばらくだめですね。しばらくという言い方がいいか分からないですけれども、僕はシティーとニューヨークの地盤はかなり低下すると思います。

>Y アメリカの没落は、何を呼び込むと思いますか。

倉都 EUによる、米国からの金融覇権の剥奪ですよ。イギリスからアメリカに行ったのを、今度はEU、ユーロ圏が取り戻すと。イギリスじゃなくてね。

 ドイツ、フランスがどこまでできるか分かりませんけれども、ある意味での社会主義的な金融モデルというのが出てくる可能性があるんじゃないでしょうか。何年後かは知りませんし、僕の勝手な推測で、別に根拠はないですよ。

Y 感覚でおっしゃっているにしても、感覚には感覚なりの土台があると思うのですが。

倉都 やっぱり歴史です。15~16世紀からの歴史を自分の趣味としていろいろ見ていると、2007~2008年というのは、すごく大きな変わり目です。これは間違いなくアメリカの地盤沈下ですが、それで次は中国、ロシアが、というシナリオはちょっと難しいと思うんですよ。そうすると社会民主主義型の伝統を持つヨーロッパ型が揺り戻しで主役に出てくる。たぶんシナリオとしてはそういう方向なのかなという感じはしますね。

>Y アングロサクソンモデルは賞味期限を迎えつつある、とすると、アメリカの人たち自身はどう感じているか、が気になりますね。「これはやっぱりヤバいぞ」と心底思っているのでしょうか、それともあっさり忘れて元の路線に戻ろうとするのか。こんな話こそ、感覚的にしか言えない問題だと思うのですが、いかがでしょう。

(続き)

昨日に引き続き、日経ビジネスオンラインで倉都さんが喋っています。引き続き、マクロ歴史社会学的におもしろかったところを引用します。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/money/20081015/173965/

>倉都 分からないですよ。ただ今回の法案審議の過程で、金融救済に対してあれだけ激しい嫌悪が噴き出したことはね。

Y 金融の経営者はグリード(強欲)だという批判ですね。

倉都 あそこまでもめると思わなかったですね。何だかんだ条件は付けるだろうけど、そうは言っても法案は通すよなと思っていたら、大反発が待っていた。いや、そこまで大変なのかと。いかに金融に対する嫌悪感がきついのか。

 批判とか、非難じゃないですよ。もはや生理的嫌悪感ですよ、これは。成功者をポジティブに捉える米国では今までなかなか言えなかったことだけど、そういうものがぼーんと噴きだしてきた。ということは、金融の連中は昔みたいには戻れない。もちろん金融という機能は残るんですけれども、金融収益にGDPの3割、4割を依存するような、ああいう経済構造というのはまず、当面、復活はしない。少なく見ても5年、10年は復活しないでしょう。

Y そもそも資金の貸し手が出てこないでしょうね。

倉都 そういうことです。

Y しかし、米国は金融系に産業をシフトすることで、実業をどんどんつぶして国外に追い出してきました。金融がNGなら、どうすればいいんだという話になりますよね。

倉都 おっしゃる通りです、没落です。もう農業をやるしかないんじゃないですか。一応、農業国ですから。

Y そうなりますか。

倉都 まあ、半分冗談ですけれども、本当にアメリカは次が何、というのがないと思うんですよね、今。

Y 先が見えないですよね。

倉都 次にどういう産業をコアにするのというと、ないですよ。これはアメリカの悩みでもありますけれども、世界経済の悩みでもあるでしょうね。

同じ資本系列の日経新聞が昨日のシンポジウムが、この期に及んでなお「金融立国論」というのと何ともいえない対比の妙ではあります。

日本を製造業だけの国にしていいのか」とのたまわれた中川秀直氏は、アメリカにならって実業を国外に追い出した後、何を日本の基軸産業にされるおつもりなのでしょうか。アメリカにならって農業?まさかね。

そもそも何が悪かったのか?という、稲葉先生の御疑問には、

http://d.hatena.ne.jp/shinichiroinaba/20081004/p3

>Y お話を戻してしまいますが、そうして覇権を奪われそうなアメリカはどこを「反省」するのが正しいんでしょうか。

 というのは、いま悪の根源のように言われる投資銀行とか、金融の仕組みというのは、偏在している行き場のない力としてのお金というやつと、同様に偏在している、お金があればいろいろなことができるという実業の部分を、お互いに納得できるリスクを取ってやりとりしましょうよ、というのが本来の姿ですよね。

 だから、なくなっていいわけでもないし、その機能自体が公正な市場という形で表れてくるのは必要かくべからざるものだし、そこで勝ち残るスキルなり、野心なりを持った方が出てくるのも、全然悪いことじゃない。

倉都 悪くないですよ。

Y だとすると、ここで言う「反省する」というのは、具体的にはレバレッジを効かせすぎた取引の自粛、よりはっきりいえば、返す当てのない借金を止める、ということだと思うのですが。

倉都 ええ、そうですね。やっぱり借金は借金なんですよ。

Y 借金は借金、その心は。

倉都 借金というのは人様からお金を借りて、返さなきゃいけないという、まずその意識があるべき行為ですよね。

Y そうか。サブプライムローンって、「ローンの借金をこつこつ返そう」ではなくて、「物件の値上がり益で次のローンに借り換えよう」という話ですもんね。

倉都 おっしゃる通りです。収入の中から元本を返すという発想がないんです。収入がない人に家を売る商品ですから。

Y 考えてみると恐ろしいですね。「米国には家を欲しがる人がぞくぞくと増えていくから、住宅価格は実需によって上がり続ける」という理屈が少なくとも4年か、5年の間は機能しちゃったんですもんね。

倉都 していたんですね。

Y 実は、米国に比べて、こつこつ30年ローンを返す日本人はなんだかばかみたいじゃないかと、思ったことが何度かあるんですけど(笑)。

倉都 それはばかでも何でもないですよ、いかにまっとうかという話。

そろそろまっとうな資本主義にもどりましょう、と。

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日経病健在

本日の日経新聞が、28,29頁と見開きを充てて、パネルディスカッションの記録を載せています。講演が宮内義彦氏と中川秀直氏、パネラーが高橋洋一氏と福井秀夫氏等々という面子ですので、読まなくても中身はわかるという感じですが、今この時期において、こういうご発言をなさっているというのは、記録にとどめておく値打ちがあるかと・・・

まずオリックス会長宮内義彦氏:

>1990年以降、ほとんどの国が、グローバリズムの中で市場原理に基づく競争を通じて成長を目指すようになった。・・・競争の結果、アングロサクソンの国々が勝ち組として残り、日本は後塵を拝してきた。

ふーん。事実認識の問題ですので、コメントはしません。

次に「上げ潮派」中川秀直氏:

>二番目は金融に対する敵意を放置したままにしていいのか。米国発の金融危機の中で、金融を国家戦略として重視することへの批判が高まっているが、日本を製造業だけの国にしていいのか。

こちらは価値判断の問題ですが、むしろ、アメリカみたいに製造業の競争力が乏しい国にしていいのかという問いこそが焦点では(言うまでもなく、無形のソフトも「ものづくり」であって、カネ転がしではありません。その競争力が弱いのであれば強化する必要があるでしょうが、「金融立国」とは別問題)。

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欧州労連の金融危機への声明

14日付で、欧州労連が金融危機への声明を発表しています。

http://www.etuc.org/IMG/pdf_Annex_141008_Finan_crisis.pdf

>SAVING THE BANKS FROM THE PROFITEERS AND THE SPECULATORS

銀行を暴利屋と投機屋から守ろう

>SAVING THE REAL ECONOMY FROM CASINO CAPITALISM AND FROM ‘BEGGAR-THY-NEIGHBOUR’ POLICIES

リアル経済をカジノ資本主義と近隣窮乏化政策から守ろう

>SAVING WAGES FROM THE CENTRAL BANKERS AND THE COURTS

賃金を中央銀行と法廷から守ろう

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賢者は他人の経験に学ぶ

昨日のエントリーで紹介した日本経団連の移民提言ですが、後ろに「欧州先進諸国の移民政策が与える示唆と課題」というのがついています。

>日本経団連では、外国人材の受入れ推進に向け、欧州各国における移民政策の現状を把握することを目的に、本年7月、ドイツ、オランダ、ベルギー(欧州委員会を含む)、英国に調査団を派遣し、政府、経済界関係者と意見交換を行った。

ということで、そのまとめですが、欧州の実情が的確にまとめられており、日本経団連事務局の仕事のレベルの高さがよくわかりますし、こちらをきちんと読めば、自ずから適切な外国人政策が浮かび上がってくるようになっています。

>高度人材の積極的受入れは、訪問した各国に共通する政策であった。他方、各国で考えが大きく異なるのは、単純労働者の受入れである。

高度人材については、ポイント制のイギリス、職種限定型のドイツ、所得基準のオランダ、ベルギーがありますが、いずれにしても、経済成長に貢献する高度人材の受入に異論のある国はありません。問題は高度人材でない人々で、この報告は、こういう発言に飛びついているのですが、

>後述するが、ドイツの政府・経済界は過去の経験から単純労働者の受入れに消極的である一方、高度人材は積極的に受入れるべきとの考えをとっている。ただし、高度人材のみならず、中程度の技能を持った人材(以下、中度人材)も受入れていくべきとの意見が経済界では聞かれた。

こうした中度人材の受入れという考えは、「高度人材」または「単純労働」という一律の区分けをしている日本の現行制度に、新たな概念を提供するものであり、注目される。

「中度人材」という言葉に飛びつくのはいいのですが、その人たちに一体どういう処遇をするつもりなのかということを抜きに、ただ「中度」という言葉を使ってもどれだけ意味があるのか・・・。

少なくとも、ドイツから学ぶべき「他人の経験」は、

>ドイツの経験から学べる点はいくつかある。まず単純労働者については、強制的な帰還制度を整備しない限り、有期滞在を前提としたローテーション型の受入れは機能しにくいということである。ドイツの場合、2国間協定により受入れたゲスト・ワーカーは当初、数年で母国に帰ることとなっていた。しかし、単純労働者として入国した彼らは、母国に帰っても生活する糧はなく、母国に帰る場所もなかった。加えて、帰還制度やその責任の所在が不明確であったため、これらのゲスト・ワーカーはドイツに違法に滞在し続ける結果となってしまった。この反省からドイツでは、特例措置として認められている季節労働者の受入れ制度において雇用者に帰還責任を課す仕組みを採用するとともに17、母国での生活環境や、家族を呼び寄せる計画がないことなどを受入れ前に審査している。
また、今回の調査では、無秩序な単純労働者の受入れが、その後のドイツ経済にマイナスの影響を与えたとの分析も紹介された。
ドイツでは、ゲスト・ワーカーを労働力の不足した造船、繊維、金属などの産業分野で積極的に受入れたが、これは結果的に、当該分野の合理化を遅らせることとなった。70年代以降、これら合理化の遅れた産業では多くの企業が倒産し、多くの外国人労働者が失業した。他方、安価な労働力に頼らなかった日本は、産業のオートメーション化などを通し、労働集約型産業を技術集約型産業に脱皮させ、国際競争力を高めたというのがその分析結果である。
ドイツのこうした経験は、単なる労働力の穴埋めとしてのみ外国人労働者を捉えることに警鐘を鳴らしているのかも知れない。

かつて労働力不足で外国人労働力を導入した「造船、繊維、金属などの産業分野」は、単純労働とはいえないのではないでしょうか。外国人問題で「単純労働」という言葉が使われるときは、普通の労働問題で使われるとき(清掃雑役など)よりもかなり広いコノテーションで使われる傾向がありますが、これらは、「高度」ではなくてもまさに勤続による技能の向上が重要な「中度」人材で、ドイツの経験はまさにそういう中度人材分野にうかつに導入するとこういうことになるよという「他人の経験」なのではないでしょうか。

移民の経済的影響についても、ちゃんとこう指摘されています。

>ただしここで注意が必要なのは、一口に移民とは言っても高度人材と単純労働者とでは、経済成長への貢献度が異なるということである。ドイツでは、高度人材1人の受入れが、5人の新規雇用を生み出すとの認識が示された一方、単純労働者の受入れは、短期的な労働市場の補完となりえるものの、長期的には移民の失業等による社会的コストの増大を招くとの指摘があった。

このことはつまり、平均的な国民よりも生産性の高い高度人材を受入れれば、国全体の生産性が増大し、1人当たりのGDPは増加することを意味している。

裏返せば、平均的な国民よりも生産性の低い外国人を受け入れれば、国全体の生産性が低下し、1人あたりのGDPは減少することを意味しているわけです。

そして、それよりも遙かに深刻なのは社会的影響です。

>ドイツのゲスト・ワーカーと呼ばれる移民は、ドイツ社会の価値観を共有しようとせず、閉鎖的なコミュニティを形成して、ドイツ社会への統合が遅れたとの指摘は先述の通りである。また、移民2世の中には、移民1世の両親が失業したために、ドイツ国内で十分な教育を受けることができず、社会への適応が進んでいない層があると言われている。このような理由から、移民を受入れてきた欧州諸国では移民の失業率が深刻になっており、例えば、ドイツでは自国生まれの成人男性の失業率は9.1%であるのに対し、外国生まれは15.7%となっている。

もひとつ、英語を母国語とする国とは異なるこういう条件があります。

>英国では自国生まれと外国生まれの成人では失業率に大きな差はないが、オランダではその格差は3倍強となっている。この要因の一つは、言語の違いにあると言われている。英国では英語という国際言語が公用語とされ、移民でも多くの層が英語をある程度話すことができる。しかし、オランダ語は英語に比べ広く普及しておらず、その言語教育もオランダ語圏域外では限定的である。これによって、外国人のオランダ語習得が進まず、就職の障害となっているという見方である。こうした反省に立ち、オランダやベルギーのオランダ語圏では、言語教育を社会統合政策の根幹に位置づけている。

そして、社会統合政策はたいへんなお金がかかります。

>移民に関する問題の顕在化を受け、欧州各国は外国人やその子どもに、語学やその国の習慣、歴史などを学ばせ、社会への適応を促す統合政策を推進するようになった。中でも社会統合を積極的に進めているとされるオランダでは、中央政府だけで、毎年5億8,000万ユーロを社会統合政策に拠出している。しかも、これだけの額を外国人である移民のために費やすことについて、国民から大きな批判はないと言う。その理由は、社会統合のコストが「未来に対する投資」であると一般に捉えられ、統合プログラム自体には少なからざる費用はかかるものの、むしろ社会統合を行わないことによる損失よりは安く済むとの認識が国民の間に根付いているためである。
ドイツでも連邦政府が負担する社会統合のための費用は、2億5,000万ユーロといわれている。実際には、社会統合政策は各地方政府が主体となって運営することから、地方の支出も含めると非常に多額の費用がかかっている。ドイツでは、これまでの外国人の受入れ政策が失敗であったとの認識があり、こうした失敗を繰返さないためにも、巨額の公費を使ってでも社会統合を進めなければならないとの認識があるようである。なお、社会統合政策は開始が遅くなればなるほど、そのコストが高くなるとの指摘もあった。ドイツのこうした経験は、外国人を受入れるにはまず、社会統合の基盤を整える必要があるとの教訓を示すものである。

ほとんど付け加えるべきことはありません。昨日紹介した移民政策の提言に、こういう的確な欧州の実情紹介をちゃんとつけて発表するというのは、日本経団連事務局の良心の現れと見るべきなのでしょうか。

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日本経団連の「日本的移民政策」

本日、日本経団連が「人口減少に対応した経済社会のあり方」と題する政策文書を公表しました。

http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/2008/073.pdf

我が国の人口の展望から始まり、人口減少が経済社会に及ぼす影響、中長期的な経済社会の活力維持に向けた方策ときて、その具体的内容についても、

まず、成長力の強化、未来世代の育成、ともっともな話から始まり、経済社会システムの維持に必要な人材の活用・確保という項目でもまずは女性の社会進出等の促進と、正しい政策をこれでもかこれでもかと並べた上で、

15ページからいよいよ本命の国際的な人材獲得競争と日本的移民政策というテーマに入ります。これが本命であるのは、ほかの項目が1ページ足らずなのに、この項目だけは3ページにわたって詳しく書かれているからですが、

この項目もまずは、「ITや研究開発部門、金融、商品開発、海外事業展開等の分野で活躍が期待される高度人材」といった正真正銘の高度人材の話から始まります。

この分野については、EUでもブルーカードといった新たな制度を作って、人材獲得に力を入れようとしていますので、適切な提言なのですが、その後にいかにもさりげなさそうに「一定の資格・技能を持つ外国人材の受入れ」という小項目があって、ここが実は大変な問題をはらんでいるんですね。

>中長期的に経済社会システムを維持するという点や、すでに労働力不足に直面している産業分野が存在していることも鑑みれば、適切な管理の下、一定の資格や技能を有する外国人材の受入れを図っていくことが求められる。当面は、地域経済および国民生活の維持・強化の観点から、とくに労働力不足が予想される分野(製造業、建設業、運輸業、農林水産業、介護等)での技能を有する労働者を、労働需給テストの導入を前提として、在留資格の拡大、要件緩和等を通じ、積極的に受け入れていくことが必要である

ここにあげられている業種がなぜ労働力不足なのか、ということを考えれば、これはつまり労働条件が良好ならざる分野に、それに耐えられる外国人労働者を持って充てようということになる蓋然性がかなり高いわけです。それを「一定の資格や技能」という曖昧な要件でやってしまうの?という問いですね。

とりわけ、

>例えば、看護師・介護士については、現在、経済連携協定のスキームを通じて部分的に受入れが進められている。しかし、医療や介護を必要とする高齢者が今後ますます増えていくことを考慮すると、経済連携協定の枠組みにとどまることなく、必要な人材を柔軟に受け入れることができるような制度設計を進めるべきである。

これからの日本の労働需要の相当部分を占めるであろうと思われる生身の対人サービス業務を、あえて低賃金のままに据え置いて外国人労働力を活用するという方向が、本当に今後の日本の労働市場政策として適切なものであるのか、もっとマクロ社会的な観点から議論がされるべきでしょう。

先日あるところで喋ったことですが、生身の対人サービスはその性質上、外国人労働力を意識的に導入しない限り、国内でサービス提供と同時に消費されるしかないので、国内労働力需要として増大こそすれ減少することのない貴重なものですから、あまり目先の銭金勘定で国家百年の大計を誤ることのないようにしたいものだと思います。

いかにもこれとは別物であるかのように、

>なお、単純労働者の受入れについては、今回実施した欧州先進諸国における現地調査でも明らかになったように、過去の移民政策の失敗によって生じた失業問題や、閉鎖的なコミュニティの形成等、様々な問題もあり、今後さらに議論を深めていくべき課題である

と書かれていますが、まさに今その労働条件の劣悪さゆえに労働力不足になっている「製造業、建設業、運輸業、農林水産業、介護等」(の一部)に安易に外国人労働力を導入することが、それら分野を単純労働力の集団にしてしまう危険性があるのではないでしょうか。これら分野がそうならないようにすることこそが必要なのだと思われます。

なお、具体的な受け入れ人数については、

>国連の試算10では、2050年時点で総人口のピーク時(2005年)の水準を維持するために必要な外国人流入数は、累計で1,714万人(年平均38万人程度)と推計されている。また、経済産業省の試算11でみても、生産年齢人口のピーク(1995年)を維持するためには、単純計算で2030年までに約1,800万人(年平均50万人程度)もの外国人を受け入れる必要が生じるとしている。

と、国連や経産省の試算を引用する形で1700~1800万人というイメージを提示していますが、それが将来大量の失業者と共存することにならないか、まさに高度成長期以来のヨーロッパ諸国の経験に学ぶ必要があるでしょう。少なくとも、

>例えば、医療・介護において、現在と同水準のサービスを維持するために必要となる就業者数を試算すると、2055年時点で約180万の人材が不足することとなる

というその180万人を、なぜ同じ日本人によって調達することができないと思うのか。そこにはやはり、現在のなかなか日本人が寄りつかない労働条件をそのまま将来に延長して考えようとするからではないのでしょうか。もちろん、それは国民負担率をどこまで上げるかという議論と裏腹ですが、税金や社会保険料を払いたくないから低賃金の外国人で、というのは持続可能な社会のあり方とは言い難いように思われます。

少なくとも、この日本経団連の提言には、例の中川秀直グループの提言にあったような、外国人と内国人との差別禁止均等待遇という項目が見られません。それがあったとしても、なかなかそれは実行困難なものですが、はじめからそれすらなければ、底が抜けてしまうのではないでしょうか。

なお、後ろに「欧州先進諸国の移民政策に関する現地調査」が載っています。

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第116回日本労働法学会大会

昨日、東洋大学白山キャンパスにて日本労働法学会第116回大会に参加。

http://wwwsoc.nii.ac.jp/jlla/contents-taikai/116taikai.html

統一テーマ「企業システム・企業法制の変化と労働法」
司会:
石田 眞(早稲田大学)、 山田 省三(中央大学)
報告内容:
本久 洋一(小樽商科大学)「親子会社と労働法──企業組織・企業法制の変化と解雇法制」
有田 謙司(専修大学)「合併・会社分割・事業譲渡と労働法」
河合 塁(中央大学)「企業買収と労働法――『物言う株主』時代の労働者保護法理」
新谷 眞人(日本大学)「倒産法制における労働者代表関与の意義と課題」
米津 孝司(中央大学)「企業の変化と労働法学」
コメント:
上村 達男(早稲田大学)「商法・会社法学からのコメント」

実をいうと、聞きながら一番「そうだそうだ!」と感じたのは、商法の上村先生のご発言だったりする・・・。

めんどくさかったこともあり、わたしは会場では何も発言しなかったんですが、多くの弁護士会員の方々から、「立法論に走りすぎだ」「もっと解釈論をきちんとやれ」という批判が集中したのに対しては、法律実務家としてはそういう感想を持つだろうなあ、と思いつつも、それではせっかくの発展の芽を摘んでしまわないか、立法をリードする法律学は大事ですよ、と言いたくなったところもあります。

判例評釈で立法論を並べ立てるのは論外ですが、こういうまさに会社法、企業法の世界で猛烈な規制緩和立法が行われてきたただ中で、労働法学からの「応戦」で立法論を自分から縛らない方がいい、と。

(余談)

「白山」というのは近くの白山神社からきているんですが、これは石川県の白山ひめ神社を本家とする全国白山神社ネットワークの一つで、そもそも小石川という地名自体、石川からきているんだそうな。

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第2回今後の労働関係法制度をめぐる教育の在り方に関する研究会資料

去る10月3日に開催された標記研究会の資料が公開されています。

http://www.mhlw.go.jp/shingi/2008/10/s1003-10.html

これは、私も一傍聴人として傍聴しておりましたが、特に静岡の人財フォーラムの鯉渕さんが各高校を回って労働法の出前授業をしておられるビデオ映像が映し出されまして、大変興味深いものがありました。

残念ながら、ここには紙の配付資料しかアップされていません。

労働法教育活動に取組むNPOからのヒアリング

[1] NPO法人 職場の権利教育ネットワーク
代表理事 道幸哲也氏

[2] NPO法人 人財フォーラム
理事 由比藤準治氏、鯉渕浩美氏

http://www.mhlw.go.jp/shingi/2008/10/dl/s1003-10a.pdf(ワークルールを生かす-NPO「職場の権利ネットワーク」の立ち上げ(道幸氏資料))

http://www.mhlw.go.jp/shingi/2008/10/dl/s1003-10b.pdf(ろうどう法律基礎講座について(1)(由比藤氏、鯉渕氏資料)

http://www.mhlw.go.jp/shingi/2008/10/dl/s1003-10c.pdf(ろうどう法律基礎講座について(2)(由比藤氏、鯉渕氏資料)

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ノーベル賞は理科系に限る

久しぶりに日本人and/or日系人のノーベル賞受賞で世間が湧いています。

やっぱり、ノーベル賞は理科系に限りますね。素直に受賞した先生方の偉業を賞賛できて。

これで文学賞とか平和賞とかとってたら、裏にどんな政治的思惑が・・・と言う話になりそうで。

で、そうなると久しぶりに権丈先生のお言葉が聞きたくなるところで、ご自身、4年前に書かれた昔の勿凝学問第20番をアップされています。

そもそもノーベルの意志に反して40年前に作られたスウェーデン中央銀行賞について、例によって痛烈な権丈節が炸裂しています。

http://news.fbc.keio.ac.jp/~kenjoh/work/korunakare20.htm

>ここ数年来、「ノーベル経済学賞とは、経済学者に食い扶持を与えた数で決まる賞にすぎない」とわたくしは言いつづけており、かなり多くの人から、そうかもしれないとの賛同のお言葉を頂いてもいる

>ノーベル経済学賞は、お神輿需要の強さが決めるのであり、自然、その考え方で何人が飯を食ってきたかを示すことにはなるが、必ずしもノーベルが遺言した「人類の福祉のために最大の貢献をした人たちに賞として授け」られる賞ではない

>ノーベルが遺言に記した賞は、物理学賞、化学賞、医学生理学賞、文学賞、平和賞の5部門であり、ノーベルは、経済学賞を設けるなど考えてもいなかった様子である。

>「人類の福祉のために最大の貢献をした人たち」に賞を与えることを考えていたノーベルの視野には、経済学は入っていなかった。

>経済学に物理学や化学と同種の普遍性とか科学性というようなあまり無理なことを期待してはいけない。経済学とは、そういうものなのであるし、だからと言って経済学の価値が下がるわけでもなんでもない。数年前に講義を終えた時、ひとりの学生が訪ねてきて、「先生はものの考え方とか方法論を重視されているように思えますが、経済学の方法論について何か良い本はないでしょうか?」と問われたとき、とっさに「日蓮や親鸞の伝記でも読んでおきな」と答えて帰ってきてしまった。それは正直な回答だったのである。先に、「aさんが捻出した考え方Aをお勉強した信者グループαがあるとする」という譬え話をしているが、一流派の経済学の誕生、成長のプロセスではたす教祖と信者の関係、およびそこで生まれてくるお神輿需要のはたす役割などを知るには、本当に宗教家の成功物語とそのライバル達の失敗物語を知れば済む話なのであるし、そっちのお勉強の方が経済学方法論の堅苦しい本――その多くは大天才の考えを凡人たちが矮小化したつまらない本――を読むよりも、よほど面白い。こうした考えをいだきはじめて既に10年以上も経ったいま思うことは、社会科学の有り様というものは、あくまでも、そしてどこまでも宗教の有り様に似ているということである。質問をしてきた学生に対して良いアドバイスをしたと自分では思っているのであるが、その学生は、どれほど分かってくれたことか――ほんの少しではあるけど心配していたりもする。

>人として最も崇高な知的行為である価値判断を経済学に支配されないように注意するようにとか、経済学を自分の思いに従属させることができるように自分の意識や心を磨く訓練を経済学学習と並行するようにとかを、わたくしが言いつづけているのも、それなりに理由があるのである・・・誰も分かっちゃいないだろうけど。

なお、参考までに過去の本ブログの記事から関連ある話題を(以下は権丈先生の「勿凝学問」とは別の話です、念のため。)、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/02/post_54bc.html大瀧雅之氏の金融立国論批判

>特に、近頃ブログ界に流行るインチキ連中への痛罵とも言うべき次の一節が拳々服膺すべき内容を含んでいるように思われました。

>・・・そうした中、まことに単純で杜撰な想定に基づく計算から導出された証券価格やリスク評価を盲信し金融経営の中心に据えることは、経営の怠慢に他ならず、背筋に寒いものを感じる。筆者が文科系学生の数学・理科教育が何にもまして重要と考えるのは、こうしたプリミティブな「数学信仰」そして同じコインの裏側であるファナティシズム・ショーヴィニズムを抑止し、広く穏やかな視野で論理的な思考を涵養せねばならないと考えるからである。彼らが数理科学の「免許皆伝」となることは残念ながらまったく期待できないが、組織・企業の要として活躍するには、そうした合理精神が今ほど強く要求されているときはない。

>筆者の理想とする銀行員像は、物理・化学を初めとした理科に造詣が深く、企業の技術屋さんとも膝を交えて楽しく仕事の話ができる活力溢れた若人である。新技術の真価を理解するためには、大学初年級程度の理科知識は最低限必要と考えるからである。そうした金融機関の構成員一人一人の誠実な努力こそが、日本の将来の知的ポテンシャルを高め、技術・ノウハウでの知識立国を可能にすると、筆者は信じている。

付け加えるべきことはありません。エセ科学を的確に判別できる合理精神は、分かってないくせに高等数学を駆使したケーザイ理論(と称するもの)を振り回して人を罵る神経(極めて高い確率でファナティシズムと共生)とは対極にあるわけです。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/post_8368.html(理科が大事!)

>大学入試の仕組みのために、いわゆるヘタレ文科系インテリに一番欠けているのは理科の教養なんですね。理科の大事なところは、理屈が通っていることと、経験的事実に即していることの両方が絶対に大事だというところで、事実に即さない屁理屈をこねくり回すだけでは理科にならないし、理論抜きに個別の事実をもてあそぶだけでも理科にならない。多分、その辺がヘタレ文科系って奴の最大の弱点なんじゃないかと思うわけです。エセ科学にころりとやられる。

(追記)

いやあ、スウェーデン銀行賞は実に「政治的」ですねえ。この時代の空気にジャストミートというか・・・。

突如として以下のエントリーが読まれ出したようです。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_887a.html(ソーシャルなクルーグマン)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_ce3c.html(ソーシャルなクルーグマン2)

(追記の追記)

というわけで、権丈先生も、素直に(!)クルーグマンのスウェーデン銀行賞受賞を喜んでおられます。

http://news.fbc.keio.ac.jp/~kenjoh/work/korunakare184.pdf

>これで、わたくしが学生によく紹介する、3人の経済学者、アマーティア・セン、スティグリッツ、そしてクルーグマンは、皆そろって、ノーベル記念経済学スウェーデン銀行賞の受賞者になったわけである。

すばらしいではないかぃ。

センは1998年、スティグリッツは2001年、クルーグマンは2008年に受賞している。彼らが受賞した年の前年、すなわち1997年にヘッジファンドの破綻を機にしたアジア通貨危機が発生し、2000年にネットバブルがはじけ、2007年にはサブプライム問題が露見しその影響で2008年10月、大恐慌を超えると言われる危機的な経済状況の中で受賞が発表されている。そうした事実が、わたくしがお薦めする経済学者の受賞となにか関係があるのだろうかなどと言わずに、素直に言祝いでおこうと思う。

実に、素直な言祝ぎで・・・。

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山口二郎氏と竹中平蔵氏の対談

今日発売の『中央公論』で、山口二郎氏と竹中平蔵氏が「新自由主義か社会民主主義か」というタイトルで対談しています。

もし、ここ10年あまりの対立軸が、本当にそういう軸であったなら、なんとよかったことでしょうか。

そうでなかったことを今になって嘆いてみせる山口二郎氏が、そうではなかった最大の原因がなんであったかを、自らこう語っています。

>山口 90年代には竹中さんと同じ課題に仲間として取り組んだという意識が私にはある。すなわち、官僚支配と自民党の族議員政治こそが日本をおかしくしている悪の元凶であると。そこに竹中さんは経済学の立場から、私は政治学の立場から批判の矢を放ち、一定の世論形成に成功した。

竹中 そうですね。

そこまで分かっているのであれば、「医療費の削減だとか、国民生活に直接影響する施策がたくさん内包されていたのにそれらがまともに吟味されることなく通ってしまった」というような小泉政権下の事態をもたらした責任の一端は、そういう「政治学の立場からの批判の矢」にもあったのではないかとという自省があってもいいように思われます。

五十嵐さん、和田先生の本のエントリーでも述べたことですが、もしカイカクがもっぱら竹中氏らの(新古典派)「経済学の立場から」の議論だけであったとしたなら、ああいう国民全体を巻き込むような熱狂的な「カイカク正義」万歳の大渦にはならなかったでしょう。

まさに山口二郎氏のような「政治学の立場からの批判の矢」が、朝日新聞をはじめとするリベラルなマスコミをも巻き込んで多くの国民を、とにかく極悪非道の官僚を叩いて政治主導のカイカクをやっているんだから正しいに違いないという気分にもっていったのではないかと私は思うわけです。

ちなみに、この対談にはこういう注目すべき発言もあります。

>竹中 法律の問題もあるのですが、労働監督が現場で機能していないというのも大きいんですよね。ここがしっかりしていれば、サービス残業なんて許されないはずなのに。

山口 監督署が人手不足に陥っているという実態もあります。レフェリーが絶対的に足りない。

竹中 おっしゃるとおり。他方、地方農政局なんかには何もやらないでぶらぶらしているような人がごまんといるんです。例えばそこを削って仕事のあるところに回す。それが我々の言う改革ですよ。改革が不十分だからこんな状態になっている。山口先生がご指摘のファクトはすごく正しい。一緒に「改革を推進せよ」よいっていただけませんか(笑)。

あのう、笑ってる場合ではないんですけど。竹中大臣が在任しておられた5年間、経済財政諮問会議で、そういうご発言をいただいたという記憶は残念ながらないのですが、本当にそうお考えであったのであれば、是非小泉首相をはじめとする皆様の前でご発言いただきたかったところです。

とりわけ、労働基準法なんかいらない、労働基準監督署なんかいらない、労働行政なんかいらないと、政府の中枢ではっきり断言されたあの奥谷礼子氏の面前で、はっきりと「馬鹿なことを言うではない」と叱りつけていただきたかったところですね。

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和田肇『人権保障と労働法』日本評論社

516465 名古屋大学の和田肇先生から、『人権保障と労働法』をお送りいただきました。ありがとうございます。和田先生には、以前JIL雑誌で拙著『労働法政策』に」過分な書評をいただいたこともあり、重ね重ねお礼を申し上げます。

https://sslserver.sbs-serv.net/nippyo/books/bookinfo.asp?No=3419

「石流れ木の葉沈む日々に」のような現在の理不尽な雇用破壊に抗するため、憲法の人権保障に照らした労働法の再編を力強く描く。

目次は次の通りです。

第1章 採用の自由論再考

第1節 三菱樹脂事件の事実と判決
第2節 採用の自由と制限法規
第3節 契約の自由vs思想・信条の自由
第4節 労働者の個人情報保護の動き
第5節 企業観・労働関係観について
第6節 まとめ

第2章 憲法14条1項と労働契約の公序

第1節 岡谷鋼機事件地裁判決
第2節 均等法制定以前の判例における公序論
第3節 1990年代以降の裁判例に見る公序論
第4節 再び民法の公序論について
第5節 労働法における公序論
第6節 違法な差別の救済
第7節 まとめ

第3章 労働法における平等と保護

第1節 均等法の制定と改正
第2節 労働時間に関する女性保護規定の改正過程
第3節 1990年代の国際動向
第4節 女性の雇用実態と労働時間規制の撤廃
第5節 女性保護規定撤廃による影響
第6節 憲法学説について
第7節 検討

第4章 雇用形態の多様化と均等処遇

第1節 雇用の多様化の実態
第2節 1993年パート労働法の意義と限界
第3節 均衡処遇から均等処遇へ
第4節 2007年パート労働法改正
第5節 21世紀型雇用モデル
第6節 まとめ

第5章 労務指揮権と労働者の自己決定

第1節 業務命令権に関する判例法理
第2節 判例法理を支えてきた伝統的な労務管理論
第3節 労働者の私的生活重視の流れ
第4節 業務命令と家庭生活の調和の理論
第5節 まとめ

第6章 解雇法理と憲法27条1項

第1節 裁判例における整理解雇法理の見直し論の登場
第2節 整理解雇法理の再整理
第3節 整理解雇法理の規範的意味
第4節 解雇無効の効果
第5節 検討

第7章 労働法の規制緩和と憲法

第1節 憲法学における規制緩和に関する議論
第2節 伝統的モデルの展開(1970年代まで)
第3節 伝統的労働法の変容(1980年代)
第4節 労働法の本格的再編(1990年代以降)
第5節 労働市場・雇用の現状
第6節 労働法改革と憲法的価値
第7節 まとめ

第8章 憲法の人権保障と労働法の再編

第1節 憲法と現行労働法規
第2節 労働法の新たなパラダイムの模索
第3節 労働法の規制原理を求めて
第4節 憲法27条2項と労働保護立法
第5節 憲法27条1項と雇用立法政策
第6節 憲法14条1項と雇用平等法のあり方
第7節 まとめ

各論ももちろん興味深いのですが、やはり7章、8章の総論が注目です。

7章は、最近盛んな「規制緩和と憲法」の議論(ジュリストでも特集がありましたね)を概観するところから始まり、安念氏の「信仰告白」を一蹴した上で、良質な問題提起として平松氏や棟居氏の消費者の自己決定を強調する消費者主権の主張を取り上げて、

>しかし、こうした消費者主権には危険な面が含まれている。つまり、そこでの消費者はあたかも良識的・合理的に判断する市民が想定されているが、多くの市民は専門知識を必ずしも有しているわけではないし、良識的に行動しているわけでもない・・・。

と、この辺はやはり法的人間像の問題ですね。

以下、70年代までに形成された「伝統的モデル」の内容を分析し、80年代におけるその変容、90年代以降の再編と記述していきますが、231頁から「労働立法プロセスの特徴」として興味深い叙述があります。まず最初に、

>この間の立法政策について注目されるのは、1980年代から1990年代前半までは当時の通産省を中心とした、そして1990年代後半からは内閣府を中心とした政治主導のプロセスである。

これは、和田先生、少なくとも前半はまったく違いますよ。その頃、労働省内でまさに法政策に携わっていた私が言うのですから間違いはありません。通産省が労働立法を主導していたことなんかまったくありませんから。

中小企業が困るからといって時短に反対してじゃましていたかと思ったら、いつの間にか世間の風向きを見てある日、日経新聞の1面トップに、通産省主導で時短法を制定するとか下手なリーク記事が載ったりするとか、土俵の外で騒がしかったのは確かですが、意思決定プロセスに関与していたわけではありませんから。

後半は、かなり正しいのですが、若干修正が必要です。内閣府は2001年にできていまして、90年代後半にはまだ存在しません。それはまあ形式論ですが、21世紀になってからのまさに内閣府主導体制からかえりみると、90年代後半はたしかに規制改革会議が土俵設定してそれが閣議決定してから労働省に降りてくるというやり方が裁量制や派遣労働などに現れてくる時期ですが、まだシステムとして全面化していたわけではないと、私は認識しています。ただ、21世紀以降は確かにそうですね。

最後の方で、例の規制改革会議の「脱力」的第二次答申に対する厚生労働省の反論を取り上げて、

>この間の政治プロセスを見ていると、厚労省見解のように物事が進むかは予断できないが、この間規制緩和政策に協力してきた厚労省が労働法の基本原則を再確認していることは注目に値する。

いやそれは、労働法の基本原則は片時も忘れていないわけで。ただ、それこそリベラルな政治学者や政治評論家の皆様のおっしゃるように、国民の圧倒的な支持のもとに政治主導でカイカクをおしすすめようとしているところに、諸悪の根源の官僚ごときが下手に逆らったらどういうことになるかということでありまして。

これは、昨日紹介した五十嵐さんの本についてもいえることですが、民主主義が進めば進むほど、マスコミに代表される「国民の声」というものの政治過程に対するパワーはきわめて大きなものになります。90年代以降の労働法の収縮現象が、そういう国民的な「改革志向」が一方に加勢する形で進んだという事実を捨象して、単なる経営側やネオリベ学者との力関係だけでとらえると、いささか違うのではないか、と。

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五十嵐仁『労働再規制-反転の構図を読み解く』

9784480064509 五十嵐仁さんの『労働再規制-反転の構図を読み解く』ちくま新書を贈呈いただきました。ありがとうございます。

http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480064509/

>緩和から再規制へ。労働を巡る政治状況は逆流をはじめた。格差と貧困の増大のため…だけでない。そこにはある勢力の逆襲があったのだ。その転機になったのは――。

序章  「官の逆襲」には二面性がある
第1章 変化の始まり
第2章 反転の背景
第3章 財界内での攻防
第4章 変化の広がり
第5章 反転を生みだした力
第6章 「官の逆襲」の開始
第7章 労働タスクフォースの暴走
第8章 規制改革会議の孤立と弁明
終章  「アメリカ型」でも「日本型」でもなく-日本の進路をめぐる対抗

ここ数年の労働規制緩和(ディレギュレーション)と再規制(リレギュレーション)の推移を政治学者らしい様々な勢力の間の権力闘争として描き出したもので、いくつか解釈に異論のあるところもありますが、たいへん見事にまとめておられると思います。

異論というのは、このブログでも何回か書きましたが、90年代以来の「改革」は80年代の臨調行革の単なる延長線上ではなく、むしろ反官僚主義、反パターナリズム、反国家主義で彩られる「市民」志向の左派イデオロギーが新自由主義改革への同意調達に貢献したのではないかという点です。

それゆえに、対立の構図は規制対規制緩和というふうにシンプルではなく、財界や与党、野党、マスコミなど、それぞれのただ中を「改革」志向とそれへの懐疑の綱引きが複雑に横切る複雑な対立図式になるわけです。ここ二年間の「再規制」の波も、ネオリベラルな改革に「まだ足りない」とハッパをかけていた市民的改革派がワーキングプアでおとなしくなったり転身したりしたことで、全体のバランスが大きく変わったということがあります。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/11/post_a90b.html

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/post_dbb1.html

いずれにせよ、経済財政諮問会議、規制改革会議、厚生労働省、自民党雇用・生活調査会等々のこの間の動きについては、私自身若干関わったところもないわけではないので、読みながら実に興味深く感じました。そろそろ3年近くなるこのブログの歴史と重なり合うんですね。

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国際労働運動の財務大臣への公開状

OECDの労働組合諮問委員会(TUAC)のサイトに、国際労連(ITUC)、欧州労連(ETUC)及びTUACの連名で、G7財務大臣への公開状が掲載されています。

http://www.tuac.org/en/public/e-docs/00/00/03/38/document_news.phtml

>The global economy is teetering on the edge of a precipice. The coordinated interest rate cuts announced by six central banks are necessary but the G7 Finance Ministers meeting with Central Bank Governors in Washington on 10 October must initiate a major recovery plan to stabilise global capital markets, stave off the risks of a global recession and get back on the track to the creation of decent work..

6中銀による利下げは必要だが、明日のG7財務相中銀総裁会合ではさらなる回復プランを示せ、と。

>The G7 Finance Ministers and Central Bank Governors must put in place a coordinated recovery plan targeted at stimulating the real economy in the G7 and beyond. There should be further coordinated interest rate cuts as necessary. Governments should bring forward infrastructure investment programmes as well as measures to create “green jobs” through alternative energy development and energy saving and conservation. Direct tax and expenditure measures should be introduced to support purchasing power of median and low income earners.

さらなる協調利下げに加え、インフラ投資や代替エネルギー開発、中低所得層の購買力を維持するための減税や支出をやれ、と。

さらに、ここ20年間の規制なき「新たな金融アーキテクチャー」を批判した上で、

Beyond the immediate action, the G7 governments must work to ensure that a crisis of this scale does not happen again. Work on a new regulatory architecture must begin that covers not just banks but also the parallel financial system - hedge funds, private equity and what is left of the investment banking sector. In the future excessive leverage must be limited through counter-cyclical capital requirements applied to all financial institutions. There must be transparency and disclosure and the use of a “precautionary principle” for the prohibition of risky financial products. Tax rules should be changed to provide a level playing field for debt and equity financing of corporations. There must be a capping of executive compensation and an ending of the perverse incentives that have fuelled the destructive speculation of recent years. The remuneration and incentives of management must be re-linked to interests of the real economy and in reasonable proportion to employees as a whole. In short the new regulatory structure has to ensure that the financial system serves the real economy.

ヘッジファンドだのプライベートエクイティだの、こういう連中をちゃんと規制する仕組みを作れ、と。

最後のパラグラフですが、

>Cooperation must be extended at all levels G7, G8, Europe, OECD and at the International Financial Institutions to avoid regulatory arbitrage and ensure global reach. A meeting of G8 Leaders, with Labour and Finance Ministers should be held in the weeks ahead to map out the details of an emergency recovery plan for the G8. But working people require a seat at the table in these fora. They have little confidence that bankers and governments meeting behind closed doors will get it right this time – there must be full transparency, disclosure and consultation. The Global Union organisations are ready to play their role in this process.

G8の首脳、労働相及び財務相の会議を開け、と。そしてその席に労働組合も呼べ、と。銀行と政府だけでやるのは信用ならない、と。

われらが連合はITUC及びTUACの主要加盟組合ですが、残念ながら現時点では、そのHP上にこの問題への関心を窺わせる記事は見あたらないようです。

http://www.jtuc-rengo.or.jp/index.html

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欧州議会が派遣労働指令案を承認

昨日、欧州議会の雇用社会問題委員会が、7月に閣僚理事会で政治的合意された派遣労働指令案を賛成多数で可決したようです。

http://www.euractiv.com/en/socialeurope/meps-back-stronger-rights-temporary-workers/article-176125

>The European Parliament's employment committee yesterday (7 October) approved a controversial directive putting temporary workers on equal terms with their 'regular' colleagues regarding pay and working hours from their first day of employment.

31 MEPs voted in favour, three abstained and only one voted against the text, which had been blocked since 2002, mainly due to reservations from the UK government over granting full equal rights to temporary employees before they have been in the job for 12 weeks.

http://www.europarl.europa.eu/news/expert/infopress_page/048-38811-280-10-41-908-20081006IPR38810-06-10-2008-2008-false/default_en.htm

>MEPs won an undertaking that equal treatment must apply from the first day. Furthermore, any exceptions to this principle will be limited, and must be governed by agreements between the social partners, collective negotiations or agreements reached by the social partners at national level.

日本の派遣法改正の行方は、政局の行方に揺られてよく分かりませんが、EUの派遣指令案の方は、早いうちに正式の成立に至りそうです。

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カイカク正義人間の発想法

たまにはいい内容が載ることもある産経の「コラム・断」ですが、今日の横田由美子氏の「文科省の強気」には呆れるを通り越しました。

http://sankei.jp.msn.com/culture/academic/081008/acd0810080329003-n1.htm

>世の中が自民党総裁選だとか、やれ解散総選挙だとか騒いでいる間に、文部科学省の「裏口要求」がこっそりと通過しそうだ。

 8月、自民党の「無駄遣い撲滅PT(プロジェクト・チーム)」は、文科省の28事業を点検し、約160億円のムダを指摘した。ところが文科省の来年度予算要求では、全く「節約の意志」がないことが河野太郎衆議院議員の報告で明らかになった。ムダ施策のほとんどについて、増額要求が行われていたからだ。

 中でも見過ごせないのは、非常勤講師の2万人増員だ。小泉内閣時の行革推進法や閣議決定には、「5年間で1万人の〈正規職員〉削減」が明記されている。これに対して文科省は、「非常勤講師は非正規職員で、正規定員ではないので、行革推進法違反にあたらない」と主張している。

 さすがに、政府の「行政支出総点検会議」からも「裏口入学ならぬ『裏口要求』だ」とあきれる声が上がった。「官僚」だけあって、法の抜け穴探しのうまさには感心するが、尋常な神経ではできない芸当だろう。

 しかし、彼らが強気になるのも当然かもしれない。

 ここのところ、政権の中枢には「文教族」と呼ばれる議員が跋扈(ばっこ)していた。今回の麻生新内閣では、ますます文教色が強まっている。最大派閥の首領も、新旧官房長官もみな文教族。閣僚も文科大臣経験者が目につく。彼らの部屋や事務所を詣でる文部科学官僚の姿があちこちで目撃されている。さながら「我が世の春」を迎えている気分なのであろう。(ルポライター)

まともな感覚からいえば、正規職員を削減する分非正規職員を増やしてしのごうという文科省のやり方自体批判の対象となりうるわけですが、そこはそれ、ギョーカク推進は異論を許さぬ絶対正義である以上、文言上は行革推進法違反にならないように、かつ、教育現場の何とかしてくれという悲鳴に何とか応えようとする文科省官僚の絞り出した知恵として温かく見守って欲しいなあ、と、怒り狂う教育界をなだめてあげたいところであるわけですが、このルポライター氏にとっては、事態はまったく逆様に見えるようです。

正規職員どころか、薄給かつ身分不安定の非常勤職員を教育現場に送ろうとすることすら、「裏口要求」であり、「無駄遣い」であり、「法の抜け穴探し」であり、「尋常な神経ではできない芸当」だというのですから、まあ、なんともはや。

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物流業界の人の「日雇い派遣議論のタブーに迫る」

昨日紹介したロジラボ通信副編集長の延さんが、関根さんとの対談や日雇い派遣体験記の前に連載した「日雇い派遣"の原則禁止を問う」という記事の最後の回で、結構ディープなテーマに迫っています。

http://logi-labo.jp/sun2/post-117.html

延さんは、

>日雇い派遣労働者のなかには、人材難の物流業界からも、直接雇用などのオファーが無く、尚且つ、"日払い"の仕事を余儀なくされる人が存在するという事実である。そして、この点は、全てのメディアが正面から向き合うことを避けている点でもある。端的に言えば、"日雇い派遣労働者自身の資質について"というタブーの議論である。


 昨今の"日雇い派遣"議論において、この点に触れるメディアや関係者は皆無である。しかし、この点は、本当に、大手メディアが喧伝するイメージのような日雇い派遣労働者の問題があるとするならば、不可避な論点であると考える。


 尚、予め、誤解を招かないように言及しておくが、本回で述べることは、押しなべて日雇い派遣労働者について述べているものではなく、日雇い派遣労働者の一つの断片について検証することであり、そのことが、日雇い派遣労働者の抜本的な待遇改善に向けた原因究明に繋がると思いから、愚直に、真実と向き合ってみたい。また、当然のことながら、日雇い派遣労働者を切り捨てる主旨も、蔑ろにする主旨も毛頭無い。

と断った上で、次のように述べていきます。

>2ヵ月ほど前、とある日雇い派遣元事業主から、次のような話を聞いた。「日雇い派遣労働者の財布の中には、総じて、消費者ローン会社のカードが何枚も入っている。つまり、日雇い派遣という制度以前の問題として、日雇い派遣で"日銭"を稼がざるを得ない自身の状況がある」と。その日雇い派遣元事業主では、カード(ローン)地獄に陥った日雇い派遣労働者の借金返済支援のため、日雇い派遣労働者とともに返済計画を立て、ある一定額をプールして返済に充てる手助けをしているとのことだった。


 結論から言えば、「日雇い派遣から抜け出せない日雇い派遣労働者には、借金がある割合が高いのではないか」との仮説を実証する術は無い。何故ならば、そのような調査資料は公式にも非公式にも存在しないからである。


 後日、その日雇い派遣元事業主に、同社所属する日雇い派遣労働者の借金調査の依頼をしてみたが、諸々の点から難しいとの回答であった。同様の仮説を、他の日雇い派遣元事業主にぶつけてみると、明確に否定する回答は皆無だった。また、同様に、詳細に実態を把握した資料を有してはおらず、現時点では、この点について断定的な発言をすることはできない。


 しかしながら、筆者は、この仮説には、一定の合理性があるのではないかと見ている。ワーキングプアが社会問題化した当初から、「お金がないため住居を借りられず、正社員になることができない」という大手メディアが描くストーリーに違和感を覚えていた。


 何故ならば、日銭で暮らす生活を強いられているとは言え、都内にも、風呂無しトイレ無しで2~3万円(=月額では、ネットカフェ暮らしと同程度かそれ以下の賃料)の物件はあり、最近では、仲介手数料は必要となると思われるものの、探せば、「敷金礼金ゼロ」という不動産賃貸物件は存在し、また、ブラックリストにでものっているか、よほどのことが無い限り、何らかのカードを作り、定住生活の最低限のスタートアップ資金となる5~10万円程度のキャッシングをすることは可能だからである。


 つまり、逆説的に、「消費者ローンから借金をできない立場である可能性が高い」との仮説が成り立つのではないだろうか。無論、推論の粋を出ない仮説ではある。日雇い派遣の問題を本質的に議論するならば、「何故、消費者ローンから借金ができないのか?」という点を明らかにする必要があるように思う。万が一、そこに原因があるとするならば、仮に、日雇い派遣を禁止したところで、大手メディアが喧伝するところの"日雇い派遣"労働者の苦しい生活実態は変わらないからである

ここで厚労省のネットカフェ難民調査の数字を出して、「こと若年層に限って言えば、「借金」と「(仕事の形態はともかくとして)一ヵ月以内の短期労働」との相関関係が、顕著に見えてくると言えるのではないだろうか」というのですが、ここはそう読める数字なのかどうかいささか疑問があります。

で、最後に、

>無論、「借金」と「1ヵ月以内の短期労働」との相関関係には、鶏と卵の議論、即ち、どっちが先かという議論が存在することは承知している。さりながら、日雇い派遣労働者の労働状況、並びに、生活改善という日雇い派遣議論の本来の主旨に鑑みれば、「短期労働を行なう一因に、借金がある」という可能性を否定できない以上、この点を、より詳細に調査していくことが、日雇い派遣労働に限らず、非正規の短期労働に顕在する抜本的な解決策へと繋がるのではないかと思えてならない。


以下、次号に続く

とあるのですが、なぜか次号に続いていません。タブーに触れてやばいと思ったから続かなかったのか、説得力がないと思い直したから続かなかったのか、そこのところは不明です。ただ、少なくともこの問題を「日雇い派遣労働者自身の資質」という形で問題にすることには大いに疑問がありますが、不安定就労と多重債務の関係というのは、まさに社会的排除の議論でよく取り上げられるテーマであることも確かです。資質に問題がある奴だから日雇いになったり借金漬けになるんだ、という冷笑的なスタンスではなく、いったん何らかの理由で不安定就労に落ち込んでしまうことにより、不安定就労と多重債務のスパイラルが昂進していってしまうというメカニズムも考えられるわけです。こういう問題を妙にタブー視するのはかえって有害でしょう。

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子供の貧困…親から続く「負の連鎖」

本日の読売新聞に、標題の記事が載っています。筆者は「置き去り社会の孤独」の大津和夫記者です。

http://www.yomiuri.co.jp/iryou/kyousei/security/20081007-OYT8T00386.htm

>働く貧困層が社会問題となるなか、「子供の貧困」がクローズアップされている。経済協力開発機構(OECD)のデータによると、日本では、17歳以下の子供の7人に1人が貧困状態にある。貧しい家庭環境が健康や教育に及ぼす影響はもちろん、親から子に伝わる「負の連鎖」を懸念する声も強い。

最近、やたらに子どもの貧困を取り上げているんじゃないかとお思いの方もいるかもしれませんが、現在子どもの貧困は先進国共通の重要な政策課題になっていて、日本の無関心がむしろ目立ちます。

>子供が貧困に陥るのは、親が働いていないか、働いていても収入が低いことなどが考えられる。

 30年間、福祉事務所で働く自治体職員は、「非正規雇用が増え、不安定な親の生活の影響を受ける子供が増えてきた」と感じている。そうした子供たちは、衛生的な生活環境や、早寝早起きなどの生活習慣を得られず、頼れる親類もいないことが多い。

 「そもそも、人生のスタートラインに立てていない」とこの職員は解説する。

 戦後の貧しかった時代を経て、高度経済成長を成し遂げた日本では、「貧困」の明確な基準がなく、統計もない。だが、OECDの調査(2000年)によると、日本の子供の貧困率は14・3%と、平均より2・2ポイント高い。10年前と比べ、2・3ポイント増となっている。

「可哀想なはこの子でござい、親の因果が子に報い」は、今現在の日本の現実でもあrます。

>もちろん、家庭の成育環境が子供の人生のすべてを決めるわけではないが、様々な調査からは、その影響の強さがうかがえる。

 その一つが、学歴との関係だ。大阪市が04年3月にまとめた「大阪市ひとり親家庭等実態調査報告書」によると、希望する子供の最終学歴を「大学」とした割合は、年収600万円以上の世帯では半数以上だったが、同200万円未満の場合は25%を切った。約20年前から有志で、生活保護家庭の子供に無料で勉強を教えている東京都江戸川区の職員、徳沢健さんは、「家の事情や親の学歴を考えて、自ら進学をあきらめる子も多い」と指摘する。

EUの話も出てきます。

>欧州では、10年以上前から子供の貧困が注目され、対策に力を注いできた。家庭の問題として放置すれば、子供を社会から孤立させるだけでなく、将来の社会コスト増にもつながりかねないためだ

若者弱者論の宮本みち子さんはこう語っています。

>「国はまず、貧困状態にある子供の実態をきちんと把握すべきだ」と、放送大学の宮本みち子教授(社会学)は訴える。そのためには、医療、福祉、教育、雇用など、関係機関が個別に所有する子供の情報を一元的に把握し、共有できるシステムを作ることが不可欠だと提唱する。

 また、最低賃金を引き上げて働く親の所得水準を上げるほか、生活が厳しくなりがちな一人親家庭への支援を充実すること、さらに、子供の授業料の減免措置や奨学金の拡充なども提案する。

来月岩波新書からこのテーマで本を出される阿部彩さんもこう語っています。

>一方、国立社会保障・人口問題研究所の阿部彩・国際関係部第2室長(社会政策)は、「日本では、低所得者向けの現金給付や税制上の控除が不十分な半面、税負担や社会保険料負担が重い。このため、生活保護や児童手当などを受けても、現実には貧困の救済になっていない」と指摘する。

 こうした状況をなくすためには、配偶者控除の縮小などで財源を確保したうえで、低所得者に配慮した税制上の見直しや、児童向けの各種手当の拡充などにより、所得保障を強化することが必要だという。

このあたりは、雇用、福祉、教育、住宅などさまざまな政策領域をまたがって総合的な政策構想が必要なところです。それこそ、省庁官僚制ではなかなか対応できないところなのですから、総論だけの薄っぺらなナンタラ改革に熱中するよりも、はるかに政治家の実行力が求められるところだと思います。

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物流業界の人が日雇い派遣を体験すると

物流業界のニュースなどを伝える「ロジラボ通信」で、副編集長の延嘉隆さんが日雇い派遣の問題についていろいろと書かれています。関根秀一郎氏とのかなり長めの対談もおもしろいのですが、

http://logi-labo.jp/sun2/vs.html

延さん自身が、物流現場に日雇い派遣労働者として潜入した体験記録が実におもしろいのです。

http://logi-labo.jp/sun2/post-161.html

>先日、東京ベイエリアにある某大手路線会社のターミナル拠点に、日雇い派遣労働者として潜入してきた。以下、数回に分けて、当日の様子をレポートしたい。

最後の7回目で、延さんはこういう感想を明らかにします。

>日雇い派遣現場への潜入は、多くのことを考える貴重な機会となった。そして、改めて、メディアや官僚、学識経験者が行っている「日雇い派遣禁止議論」に疑問を感じている。法制度議論である以上、致し方ない側面はあるものの、日雇い派遣労働の現場を経験することなく語られる「~べき論」に空虚ささえ感じる。

 日雇い派遣潜入の主旨に鑑みれば、率直に、派遣事業法自体の矛盾を感じる。その矛盾の最たる点は、派遣元事業主(派遣会社)だけに労働者の安全・衛生管理責任を負わせることである。こと物流業界に限って言えば、たとえ、派遣事業者が労働者の地位向上等に努めたとしても、労働者を受け入れる企業の意識が変わらなければ、法改正が行われたとしても、仏作って魂いれず、そんな気がしてならない。真に、労働者の地位向上を考えたとき、派遣事業法により、派遣先・派遣元という概念から脱することができず、元請責任を問われない企業が現存することに、苛立ちさえ覚える。

 一方で、休憩時間や作業時間に交わす日雇い派遣労働者との会話から、企業への常態雇用を求める声はなく、寧ろ、複数の現場に入ることを希望する現実があった。それが、様々な企業の現場を体験することで、自身のキャリアを模索しているのか、それとも、現実から逃げているのか、うかがい知るよしもない。ただ、一点だけ、言及するならば、「日雇い派遣」に限らず、「日雇い」の仕事(含む、直用のパート・アルバイト)を求める労働者の声は確実にあるという事実が存在することである。

 また、物流企業における一般論として、派遣労働者よりも直用のパート・アルバイトの作業効率が高いと言った声があるが、専用センターなどのルーティーン且つ専門性の高い現場ならまだしも、作業の汎用性が高い現場においては、必ずしも、そうではない一面があることは発見だった。端的に言えば、"現場慣れ"ゆえの"手抜きの効率化"である。そのことは、雇用形態を問わず、労働者の教育・訓練の重要性を赤裸々に示しているとも言える。

 ゆえに、物流現場で働く全ての労働者(日雇い派遣社員・パート・アルバイト)に対して、教育・訓練を行うことこそ、唯一、真に、現場で働く労働者の地位向上に寄与するものではないかと痛感する。

 そんななか、悪の権化のごとく評される日雇い派遣事業者のなかに、労働者の教育訓練に力を入れ、派遣先である物流企業にコンプライアンスの重要性を説く姿が見られ始めたのは、大手メディアが語らない、光明であると言える。お世辞にも、労働現場の意識が高いとは言えない物流業界において、派遣事業者に改革の一歩先を行かれていることを、多くの物流企業は猛省すべきである。

 しかしながら、極めて残念なことに、多くの物流企業には、労働者を集めるノウハウはない。何故ならば、物流現場への派遣が解禁されて以降、そのことをおざなりにしてきたからである。だとするならば、未だ、物流業界に多段階構造(多重構造)という致命的な構造的要因が残されてはいるものの、人を集めること、労働者を教育訓練すること、コンプライアンス遵守に努めることに尽力してきた派遣事業者の叡智を活かす形で、新しい、物流現場の労働の在り方を、派遣事業者ともに模索していくべきであろう。

 最後に、嘗て、業務改善のコンサルティング会社に所属した身として、労働者の心情を推し量ることもなく、「ABC分析」、あるいは、「行動分析」などを語っていた自身を恥ずかしく思う。そして、真に、物流企業の業務改善(現場改善)を行うとするならば、物流現場で働く社員の教育・訓練、人格形成は不可欠な要因であり、そのことを考慮せずに、机上の空論だけで"改善"を語っていたことを省みる機会となったことは、自身の視野を広げる意味でも、大いに意義深い経験となった。

 今後、秋の臨時国会において、日雇い派遣の原則禁止を柱とする派遣事業法の改正が行われるが、政治家、官僚、学識経験者、大手メディア...。関係する一人でも多くの人に、自ら日雇い派遣労働の現場に足を運び経験してもらいたい。事実を直視することからしか、本当の解決策は見いだせない。

たいへん真摯な姿勢だと思います。

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日雇い派遣がなくなると・・・

先週金曜日、厚労省がフルキャストに事業停止命令を出したことに関連して、土曜の日経に「日雇い労働者 雇用に不安 厚労省は禁止の方針 労組「救済策が先」」という記事が載っています(webにはなし)。

>「仕事を確保できなくなったら生活はどうなるの」フルキャストへの事業停止命令を受け、派遣労働者らで作る労働組合「派遣ユニオン」には相談が相次いだ。特に仕事の選択肢が少ない地方の日雇い派遣労働者からの電話が多いという。

>ユニオンは日雇いなど短期派遣の禁止には賛成の立場。だが、関根秀一郎書記長(44)は「十分な雇用対策もないまま、事業停止命令を出せば追い込まれるのは労働者側」と指摘。「救済策を整えることが最優先。企業の処分だけ行う手法は間違いだ」と話す

労働組合とは、そこらで演説することが目的の政治結社とは違い、労働者の権利利益を守り抜くことが何よりの目的なのですから、まったくその通りだと思うのですが、まさに派遣ユニオンが昨年来日雇い派遣の禁止を最大の政治目標として運動してきたことが、今に至る事態を招いた一つの要因でもあるのではないかと、私には思われます。

もちろん、過去十年来、規制改革のかけ声ばかりが勇ましく、労働市場法制についてはひたすらな事業規制緩和が進められる一方、労働者保護はなおざりにされてきたことは確かですので、そういう中で日雇い派遣の禁止というのが世間へのアピール戦略として有用であったことは確かでしょう。実際、一方では、例のザ・アールの奥谷さんのような言説が垂れ流されていたわけで、中途半端な印象を与える主張ではなかなかインパクトがないというのはよく理解できるところです。とはいえ・・・、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/post_93dc.html(関根・濱口対談)

これは、関根さんたちを批判しているというわけではなく、労働問題の解決策がそういう大向こう狙いの政治戦術に頼らざるを得なくなってきているという今日の大状況自体をどう考えるべきかという問題にもなるわけですが。

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立場の弱い労働者の権利を守るフォーラム報告

イギリスの事業・企業・規制改革省雇用問題局が近年手がけてきた立場の弱い労働者の権利を守るフォーラム(Vulnerable worker enforcement forum)の報告書と政府の結論が、去る8月に公表されています。

http://www.berr.gov.uk/files/file47317.pdf

このフォーラムは政公労使からなり、昨年6月に設置され、職場の労働者の権利の不当な扱いの実態を探り、これにいかに対処していくか、また使用者の法遵守をいかに図っていくかを議論してきました。

各章ごとに政府の結論が書かれていますので、それを引用していきたいと思います。

まず弱い立場の労働者の観点から、

Vulnerable workers (and those who are on the verge of entering potentially vulnerable employment) need to have an awareness of their employment rights to know when they are being abused. They need to know what to do when they suspect that these rights are being breached and they need to be encouraged to complain about their employer where they have just cause.

立場の弱い労働者(およびそういう雇用に入ろうとしている者)は、不当な扱いを受けたときに彼らの権利を知る必要がある。彼らの権利が侵害されているのではないかと思ったときに何をすべきかを知り、正当な理由があれば使用者に不服を申し立てることを奨励される必要がある。

この後に、全国的なキャンペーンをやるとか、バーミンガムの学校で10歳の子どもに職場の権利を教えるパイロット計画とか、「福祉から雇用へ」プログラムでも職場の権利を教えるとか、いろいろ書いてあります。

Government takes a direct role in the enforcement of a number of basic employment rights and related legislation, but vulnerable worker access to these enforcement options is complicated because five separate bodies are involved, each with their own helpline. Government will simplify and streamline access to these bodies by:

政府は基本的な職場の権利の実行に直接責任があるが、5つの機関にわかれてそれぞれにやっているので、アクセスを簡素化する必要がある、

といっても、ワンストップというわけにもいかないので、電話窓口を一本化しましょうというはなし。

次に使用者の観点から

A minority of businesses are fully aware that they are breaking the law. The enforcement bodies need to target and crack down on these employers. Others want to comply, but need help and guidance to meet their obligations. Action to improve advice and guidance for employers and the accessibility to this advice is a priority for government. There is also work to be done to increase the visibility and deterrent effect of the enforcement bodies so that disreputable employers take notice, and modify behaviour.

違反を重々承知で法違反している企業も少数ながらある。法施行機関はそういう使用者を叩く必要がある。しかし法を守る気はあるが、よく知らない企業には援助と指導が必要だ。法施行機関が目立って、抑止効果を示すことも必要。

第三者の観点から

The task of enforcing the law and raising levels of compliance with workplace rights cannot be the job of government alone. Unions, advice bodies, business groups, local authority inspectors and others come into contact with vulnerable workers as well as potentially non-compliant businesses on a regular basis. They have a vital part to play.

職場の法遵守の水準を上げるには、政府だけじゃなく、組合、助言機関、事業団体、地方なども立場の弱い労働者や法を守らない使用者と恒常的に接触する必要がある。

で、政府としてはこの報告書を受けて、雇用関係担当大臣を議長に公正雇用実現会議(Fair Employment Enforcement Board)を設置して、さらに検討を加えていくということです。

日本にとっても大変参考になる政策の動きです。引き続き動きを追っかけていく必要がありますね。

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阿部彩『子どもの貧困』岩波新書

垣田裕介祐介氏(お名前を間違えてしまい、申し訳ございません)の「こんな本が出る/出たそうです」によると、11月20日に岩波新書から、阿部彩氏の『子どもの貧困』がでるそうです。

http://www.h3.dion.ne.jp/~kakita/newbook.htm

阿部彩氏といえば、国立社会保障・人口問題研究所の研究員で、

http://www.ipss.go.jp/pr-ad/j/soshiki/kozin/abe.html

近年、貧困と社会的排除関係の研究で日本をリードされている一人です。

特に、EUの社会的排除指標にならって、日本の貧困と社会的排除の実態を分析した論文とか、母子世帯や子育て世帯の子どもの貧困を分析した論文など多数あり、まさにこのテーマにうってつけの方です。

社人研の『季刊社会保障研究』は公開されているので、昨年6月の社会的排除特集号の阿部さんの巻頭言と論文にリンクを張っておきます。

http://www.ipss.go.jp/syoushika/bunken/data/pdf/18429201.pdf(「社会的排除」に関する実証研究の成果を届けるにあたって)

http://www.ipss.go.jp/syoushika/bunken/data/pdf/18429204.pdf(日本における社会的排除の実態とその要因)

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欧州労連 カジノ資本主義に終止符を

「ねじれ」ってなあに?

と思われた方に、同じ欧州労連のモンクス事務局長がフィナンシャルタイムズ紙に寄せた文章を。

http://www.ft.com/cms/s/0/255b23b2-909e-11dd-8abb-0000779fd18c.html?nclick_check=1

>‘1979 moment’ for casino capitalism

>European Trade Union Confederation resolved   to expose “casino capitalism” and short-termism and press for them to be fought by taxation, regulation and worker involvement. Now, as the subprime crisis unravels around the world, casino capitalism has exposed itself. Everyone is learning that a powerful financial sector has crowded out other industries and made the economy dependent on short-term, fast buck-making deals that are rarely in the interest of sustainable business or improved long-term growth.

カジノ資本主義と短期主義を暴露し、税金と規制と労働者の関与で闘うぞ、金融界が他の産業をクラウドアウトし、経済を短期志向で手っ取り早いぼろ儲けに依存させたんだ、そんなのは決して持続可能なビジネスや長期的な成長に役立ちやしない・・・

こういう立場の人(組織)が

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/post-45e1.html(欧州労連は欧州中銀の利下げせずとの決定を遺憾に思う)

と主張するのが「ヨーロッパでは何の不思議もない光景」なのですが、なぜか日本ではそれが入れ替わってしまうわけで、そのねじれの隙間に構造改革にリフレ粉を振りかけただけの自称リフレ派がはびこるわけです。

ところで1979年ってなあに?

これはイギリス労組出身のモンクスさんにとっては痛恨の年なんでしょう。

>But make no mistake, just as 1979 was a turning point for British trade unions when the accusations of over-mighty unions stuck in the public mind to devastating political effect, so will 2008 be seen as a turning point for those in the banking system who have contributed to the present mess.

組合のやり過ぎで国民の批判を受けてサッチャーに敗れ、その後の30年をもたらした敗戦の年というわけで、今度はおまえらの1979年だ!というわけです。

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産休の延長指令案、社会的排除勧告

と思ったら、今日付で労働関係の政策文書が発表されました。

まず、産前産後休業期間の最低期間を14週間から18週間に延長する母性保護指令の改正案

http://ec.europa.eu/social/main.jsp?langId=en&catId=89&newsId=402&furtherNews=yes

>Millions of women throughout Europe will be entitled to longer and better paid maternity leave under proposals unveiled on October 3 2008 by the European Commission.

それから保育施設の現状がまだまだ足りないという報告書

http://ec.europa.eu/social/main.jsp?langId=en&catId=89&newsId=404&furtherNews=yes

>There is a direct link between childcare provision and access for parents to paid employment. Across the EU, more than 6 million women aged 25-49 say they are forced into not working, or can only work part-time, because of their family responsibilities. For more than a quarter of them, lack of childcare facilities – or their cost – is the main problem. Access to good quality, affordable childcare operating at hours to suit parents and children is thus key to facilitating women's access to the labour market.Allowing parents to work can also help avoid in-work poverty and reduce poverty in single-parent households, which suffer a much higher poverty rate (32%) than that for all households with a child (17%).

最後に貧困と社会的排除関係で、「労働市場から排除された人々のアクティブな統合に関する勧告」です。

http://ec.europa.eu/social/main.jsp?langId=en&catId=89&newsId=401&furtherNews=yes

>The Recommendation is based around three key aspects: adequate income support, inclusive labour markets and access to quality services. National governments will be encouraged to refer to these common principles and define policies for 'active inclusion' on this basis so as to step up the fight against exclusion from society and from the labour market.

To make minimum income schemes more effective and to support national efforts to fight poverty, the Commission is putting forward a Recommendation on 'active inclusion'. It aims to reintegrate into the labour market all those who can work while providing the necessary resources to live a dignified life to those who cannot.

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労働社会相理事会プレス(仏語版)

昨日開催されたEUの雇用・社会政策・健康・消費者相理事会のプレスリリースの仏語版だけが公開されています。議長国フランスなので、英語版は後回しということで、とりあえずざっと見ると、

http://www.consilium.europa.eu/ueDocs/cms_Data/docs/pressData/fr/lsa/103169.pdf

雇用以外一般均等指令案、フレクシキュリテ(ですね、フランス語では)、欧州企業委員会(になるんですね、フランス語では)などの項目が並んでいますが、決まったものは大してありませんね。せいぜい、2010年を欧州貧困と社会的排除と戦う年にすることが決まったくらいです。

>Le Conseil a adopté formellement et à l'unanimité une décision déclarant l'année 2010 comme l'Année européenne de lutte contre la pauvreté et l'exclusion sociale (doc. 16600/07).

L'année européenne de lutte contre la pauvreté et l'exclusion sociale a pour but de

• reconnaître le droit des personnes en situation de pauvreté et d'exclusion sociale à vivre dans la dignité et à prendre une part active à la société

• accroître l'adhésion du public aux politiques et action d'inclusion sociale

• promouvoir une société vouée à la cohésion

• réitérer l'engagement politique ferme de l'UE à lutter contre la pauvreté et l'exclusion sociale.

Les actions destinées à atteindre ces objectifs consistent notamment en des rencontres et manifestations, des campagnes informatives, promotionnelles et pédagogiques ainsi qu'en la réalisation d'enquêtes et d'études.

Les actions de portée communautaire peuvent être subventionnées à hauteur de 80 %, celles de portée locale, régionale ou nationale peuvent être cofinancées sur le budget général de l'Union européenne à concurrence de 50 % au maximum des coûts admissibles totaux.

La décision adopté prévoit dans le budget communautaire un cadre financier de 17 Mio Euro pour les actions.

Le Président du Conseil a rappelé que l'année 2010 coïncidait avec l'échéance de la stratégie de Lisbonne.

Le Conseil et le Parlement européen étaient parvenus à un accord en première lecture au mois de juin dernier.

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欧州労連は欧州中銀の利下げせずとの決定を遺憾に思う

毎度同じはなしですが、

http://www.etuc.org/a/5387

昨日欧州労連の声明、

>The European Trade Union Confederation (ETUC) regrets the European Central Bank’s (ECB) decision not to cut interest rates.

With the economy already in recession and with the financial sector balancing on the edge of a cliff, this is defying logic. With short-term interest rates higher than long-term interest rates, an already cracking financial system is being stressed even further.

Says John Monks, General Secretary of ETUC, ‘The ECB is still fighting the inflation of the past. It is time for them to wake up to reality and see the urgency of the situation, even if this means admitting that the June rate hike was a mistake’.

いつまでも過去のインフレにこだわるんじゃねえ、現実を見ろ、6月の利上げは間違いでしたと認めろ、と。

とまあ、ヨーロッパでは何の不思議もない光景なんですが、こなた極東の島国に持ってくると、なんだかねじれが・・・。

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10月1日の欧州委員会議

やや専門馬鹿的な話題ですが、EU日程表によると10月1日の欧州委員会議(閣議)で、労働関係のいくつかの提案が採択される予定だったはずで、この10月1日のアジェンダにもちゃんと載っているんですが、今日一日すぎても何の発表もない。

http://ec.europa.eu/atwork/collegemeetings/docs/ojcomm_en.pdf

こんなんじゃだめだと却下されちゃった?それとも、金融危機への対応が先だということで、先送りされたのかな?

いずれにしても、こういう議題が審議される予定でした。

Item 10: Recommendation from the Commission on the active inclusion of people excluded from the labour market

Item 11: Communication from the Commission to the European Parliament, the Council, the European Economic and Social  Committee and the Committee of the Regions - A better work-life balance: stronger support for reconciling professional, private and family life

Item 12: Proposal for a Directive of the European Parliament and of the Council amending Council Directive 92/85/EEC on the introduction of measures to encourage improvements in the safety and health at work of pregnant workers and workers who
have recently given birth or are breastfeeding (tenth individual Directive within the meaning of Article 16(1) of Directive 89/391/EEC)

Item 13: Proposal for a Directive of the European Parliament and of the Council on the application of the principle of equal treatment between men and women engaged in an activity in a self-employed capacity and repealing Directive 86/613/EEC

Item 14: Report from the Commission on implementation of the Barcelona objectives concerning childcare facilities for pre-school-age children

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規制改革会議のタクシー公開討論

去る9月29日に、規制改革会議が国土交通省とタクシー会社(エムケイ)、関係労働組合を呼んで公開討論を開いていました。

http://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/minutes/wg/2008/0929/agenda.html

労働条件の維持と事業規制の是非という興味深い論点がどう議論されたのか、現時点では議事録は公開されておらず、4者の提出した資料がアップされているだけですが、それだけでも大変おもしろいものがあります。

まず、規制改革会議ですが、

・新たな雇用の創出に加え、待ち時間の短縮、多様な運賃・サービスの導入等消費者利益の向上に貢献してきたという規制緩和のメリットを考慮すべきではないか。
・事故率低下への対応は、参入・増車を抑制するのではなく、悪質な事故を発生させた運転手や会社に対する行為規制で対応すべきではないか。
・タクシー運転手の労働条件改善は、基本的にはタクシー事業者自身が経営課題として取り組むべき課題である。また、より広い社会政策を通じて実現されるべきものであり、タクシー事業のみの問題として対処すべきではないのではないか。
・規制緩和により顧客獲得を進め経営改善を実現したタクシー事業者の実例もある中で、参入・増車抑制は、経営努力をしてこなかった事業者を利する一方で、優れた事業者の創意工夫や新規参入事業者の事業拡大を不当に制約する恐れがある。運転手の適正な労働条件の確保や積極的な経営改善には、むしろ一層の規制緩和を検討すべきではないか。

参入・増車抑制措置が、法律や政令ではなく、一府省内の手続きによって発出可能な通達によって措置されたことは、極めて不適切であり、速やかに見直されるべきではないか

と、前に本ブログで紹介したような議論を展開しています。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/08/post_fe70.html

そこでも書きましたが、あながち全く間違ったことを言ってるわけでもないように思われます。

これに対する国土交通省の反論です。まず現状認識、

○タクシー運転者の賃金等の労働条件は、長期的に悪化傾向にあり、他産業に比べて、極めて低い水準となっている。
○賃金の低下は、収入を確保するための長時間労働等を通じて、安全性やサービスの低下の要因となる。
○低賃金の結果、若年者がタクシーの運転者として家計を支えることが困難になっており、若年労働者の参入が乏しくなるなど運転者の平均年齢は年々上昇している。このため、将来における安定的なサービスの維持や持続的な事業運営に不安が生じる状況となっている。

○他方、現実に行われている運賃競争においては、必ずしも全体としての需要拡大は達成されておらず、低運賃による他社との旅客の奪い合いや運転者の賃金の低下がもたらされ、さらにそれに対抗するための運賃設定が行われることにより事態が深刻化している事例が多い。こうした競争の結果、その地域全体として、適切な賃金の確保等健全な経営を維持するための収入の確保が困難になっている場合や、そのために必要な運賃改定を見送らざるを得ない場合も多い。

○また、事業所外労働が中心であるというタクシーの特性から、タクシー事業においては、多くの場合、歩合制賃金がとられている。さらに、タクシー事業においては、その費用の70%以上が人件費であり、費用削減は人件費削減という形をとりやすい。その結果、供給の拡大や運賃引き下げに伴うリスクを相当程度運転者が負わされ、供給過剰や過度の運賃競争を促し、さらにそれが労働条件の低下等につながるという現象が生じている。

そこで、

○供給過剰の状態にある地域においては、一層の供給の増加により更なる労働条件の悪化など問題の深刻化を防止するため、供給の増加、すなわち新規参入や増車を、必要な限度で、かつ、有効に抑制する必要がある。
○また、既に相当の供給過剰により労働条件の悪化が深刻になっている地域にあっては、状況の悪化を防止するのみならず、一定の改善を図る必要があり、積極的な減車など供給過剰の解消のための方策を講じることが必要である。

また、

○過度な運賃競争が生じている地域にあっては、更なる労働条件の悪化や事業の収益基盤の悪化を防止することが必要である。このため、適切な運賃制度の構築により、過度な運賃競争の解消を図り、健全な経営を行うことのできる環境を整えることが必要である。また、一般的に、その予防のための措置も検討する必要がある。
○運賃競争の著しい地域においては、労働条件の悪化やそれを通じた安全性・サービスの低下が生じないよう、違法・不適切な事業者を排除するための方策も必要である

全自交労連の資料は数字ばかりなので、何を喋ったのかは議事録を見ないと分かりませんが、賃金・労働条件について論じているはずです。

タクシー会社代表としてエムケイの青木さんを連れてきたところがいかにも規制改革会議ですが、その資料を見ても、賃金や労働条件に触れたところはありません。

賃金・労働条件の悪化に対して、労働規制ではなく事業規制で対応することがどこまで認められるかという問題意識に直ちに対応する議論がなされたのかどうかはよく分かりませんが、規制緩和路線が見直しの機運にある時期であるだけに、そう言う議論をきちんとしておく必要は間違いなく高いはずだと思います。

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時価主義会計原則は修正せよ サルコジ流

これも直接労働社会問題とは関係ありませんが、10年前に日本が金融危機に陥ったときに、どういうたぐいの議論が世間を席巻していたかを考えると、いろいろと考えさせるものがあります。フィナンシャルタイムズ紙から、

http://www.ft.com/cms/s/0/3c9a904c-8f1a-11dd-946c-0000779fd18c.html?nclick_check=1

>Sarkozy seeks EU accounting change

>Mr Sarkozy seeks agreement to fresh regulations including changes to the mark-to-market accounting rules that have been blamed for aggravating the crisis.

サルコジ大統領は、金融危機を悪化させた時価主義会計原則の修正への合意を求めている。

>The Fre­n­ch leader, who holds the EU’s rotating presidency, wants the German, Italian and British premiers to back moves to inject flexibility into EU fair value standards. Banks and insurers have complained that so-called mark-to-market rules – a snap shot of value – forced them constantly to write down the value of their assets, putting them under further financial pressure. France wants amendments “giving time to banks to smooth the effects” of the mark-to-market standard, said an official in Paris, with a longer-term review of the whole system.

時価主義会計のために銀行はさらなる資産価値の下落を余儀なくされているので、全システムの長期的観点から、そんなものはやめちまおう、と。

もちろん、会計原則のあるべき姿についてはその道の専門家はいろいろと言うべきことがあるでしょうし、私のような門外漢は中身についてあれこれ論ずる資格はまったくありませんが、議論の外形だけの問題としていえば、日本のアメリカ帰り知識人や改革マンセーのマスコミや政治家が10年前にしめした姿との対比がまことに鮮烈です。

労働問題へのインプリケーションは、読者の皆さんがそれぞれにお考えいただければ、と。

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国境を越える政策実験・EU

9784130342629 明治学院大学の網谷龍介先生から、『政治空間の変容と政策革新 第2巻 国境を越える政策実験・EU』(東大出版会)を贈呈いただきました。ありがとうございます。

http://www.utp.or.jp/bd/978-4-13-034262-9.html

>本シリーズは,政治学の各分野を学融合し,新しい方向・アプローチを創成することによって,政治の世界の深部で一体何が起きているのかを探索することを目的とする.2003-2007年度にかけて実施してきた21世紀COEプログラム,「先進国における《政策システム》の創出」(東京大学大学院法学政治学研究科)の研究成果をまとめるもの

で、この第2巻は

>地域統合の先駆的事例として注目されるEUでは,ヨーロッパ,国家,地方の各レベルにわたり,政治が重層的に展開されている.加盟国とEUとの間で,また多様性と統一との間で,どのように調整が図られているのか.国境を越える政策実験の諸相を描き出す.

という趣旨でまとめられています。

網谷先生はこのうち、第2章の「「社会モデル」言説の定着とその制度的基盤――EUレベル専門家ネットワークの機能」を書かれています。

ここでは、90年代以来のEUの社会政策において「ヨーロッパ社会モデル」という言説が、どのように形成され、展開されていったかが、政治家レベル、EU官僚レベル、専門家・研究者レベルについて細かく分け入って分析されています。

わたくしにとっては、まさに政策の内容をずっとフォローしてきた分野について、政治学的な鋭利な分析のメスが入れられたという感じで、読みながら興奮を感じ続けること頻りでした。

基本的な問題意識は、ヨーロッパの政治情勢が左派優位になったり右派優位になったりしているにもかかわらず、社会政策については政策の継続性が強く見られるのはなぜかというもので、社会総局官僚の一定の連続性とともに、第三の道路線の中道左派系政策専門家たちが常設や特別の諮問機関や議長国主催の学術会議などにおいて、議論を一定の方向に誘導しているというのが網野先生の答えということになります。

私の感覚からすると、それは確かに強く存在しますが、そもそも社会政策分野でそういう一種の自律性が進展してきた背景には、とりわけ労働政策に関する労使自治が90年代に強調されたことがあるように思われます。

また、そもそもヨーロッパの右派が、イギリス保守党を別にすると、社会政策に対してシンパシーの強い温情主義保守派であることも重要でしょう。コミュニタリアン的な傾向の強い第3の道路線は、そういう保守派にとって受け入れやすいものであることは確かです。

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可哀想なはこの子でござい、親の因果が子に報い

労務屋さんが、日経新聞の耳塚さんのコラムについて書いておられます。

http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20080929

タイトル自体が「対話が難しい」なんですが、読んでますますその感を強めました。

耳塚氏はこういいます。

>人々の社会的成功と失敗の個人責任化が進む中で、高学歴高所得層は、ただでその地位を子供に世襲させようとしているのではない。将来を見据えて選択し、代価を払い、親子とも努力という代償をいとわない。合理的かつ正当な手段で学力・学歴獲得競争に勝負を挑む。

 彼らが主張するだろう主観的正当性にあらがい、その選択権を奪って、実質的な機会均等社会に転換させることは可能だろうか。この隘路から逃れ出る道はあるのか。我が身、我が子の行く末のみならず、私たちと子供たちが住むこの社会の行く末を見据えること。その想像力に期待するほかない。

これを、労務屋さんはこう理解します。

>耳塚氏は、「高学歴高所得層」が「代価を払い、親子とも努力という代償を」払って(他人より多く)「学力・学歴」を「獲得」しようとする「選択権を奪って、実質的な機会均等社会に転換させる」ことを主張します。

上の文章は、そういう単純な主張と読むべきなんでしょうか。「合理的かつ正当な手段」とはっきり書いていることからも分かるように、そして「この隘路から逃れ出る道はあるのか」と問うていることからも分かるように、そういう粗野な結果平等主義には正当性がないと認識しているが故に、しかしながらその正当性をそのまま是認してしまったら、実質的な機会均等が失われてしまうと、的確に認識しているが故に、この書き方になっているように、わたしには思われました。

少なくとも、耳塚氏は「思うに、耳塚氏は、いかなる子どもも、同じようにお金をかけて同じように教育すれば同じように伸びるはずだ(というか、そうあるべきである)、という根拠のない信念をお持ちなのではないでしょうか」というような粗野な発想はないのではないでしょうか。ただ、労務屋さんが言うような「経済的背景が厳しい子どもには、奨学金などの支援を充実させて、おカネもちの子どもに劣らぬ教育を受けられるようにすること」(それも近年縮小の動きもみられますが)によって、貧しい家庭の優秀な子どもがその才能を十全に発揮できるだけの教育を受けられるようになると言えるかに対して、必ずしも然りとは言えないと考えているのではないかと思われるのです。その点については、わたしもやはり同様に感じます。

労務屋さんが省略された耳塚氏の一節を、引用しておきます。

>教育意識は社会的分裂を映し出す鏡である。子供にどんな学歴を期待し、どういう学校で教育を受けさせるのか。親の教育戦略の分化が鋭さを増すほどに、社会的地位は次世代へと相続される度合いを強め、社会の分断化が進む。

親の意思決定により能力があるにもかかわらず勉強できなかった子供がその故に社会的に低い地位に甘んじざるを得ないことを、自己決定に基づく自己責任と呼べるか?という問題に、日本人はもう少しまじめに向かい合った方がいいように思われます。業績主義原理は、「可哀想なはこの子でござい、親の因果が子に報い」を肯定するのか、否定するのか、という哲学的問題でもあります。

子供の貧困がOECDやEUで社会政策の中心課題になっていることとも密接に関連する問題です。

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