ソーシャルなクルーグマン
今朝の朝日に、クルーグマンのインタビューが載っています。
まだネット上には載っていないようですが、平等の上にゆたかな社会をめざすニューディール政策の伝統に共和党が背を向けたことが賃金停滞と不平等拡大を招いたという主張です。
>英国でサッチャー時代に拡大した貧富の格差がブレア政権下で縮小したように、政府の役割は大きい。米国ではレーガン以降の共和党政権かで、企業は労組に攻撃的姿勢をとっていいと考えるようになった。組合を作ろうとした労働者を企業が次々に解雇した。それが組合つぶしの空気と賃金停滞、格差拡大につながった。・・・
共和党のイデオロギーは、
>裕福な人々の税金を軽減し、社会保障のプログラムを減らすことをめざす動きで、基本的に不平等を拡大するものだ。
処方箋も、アメリカの特殊な状況に対応して、
>米国のセーフティネットは他の先進国に比べて極端に弱いから、強化すべきだ。とりわけ重要なのは、国家的な医療保険制度を持つことだ。底辺の不平等を改善し、貧困の削減に大いに役立つ。一方、労働政策を変更し、労働者が労働組合を組織しやすいようにすることも必要だ。
こういうことを主張している彼の近著が『リベラルの良心』だというのだから、頭が痛くなります。いや、アメリかっぺ方言の世界では、上に見たような、まさしく正統的な「ソーシャル」な考え方を、本来その正反対の考え方を指す「リベラル」という用語で指し示すという社会言語学上の変異現象のためであるわけなんですが、その題名のままヨーロッパで売られれば、誰の目にも全く正反対のネオリベを主張した本だと思われてしまうでしょう。
クルーグマンが呼びかけているのは、まさにアメリカをもっと「ソーシャル」にすること、そしてアメリカの真似をしてきたここ十数年の日本にその道行きを見直すことです。
>米国モデルは90年代に成功したが。もはやうまくいっていない。何でも米国の真似をしたいなどと思うべきではない。
こういう真摯に日本のことを思ってくれる真の友人の声がどこまで日本の政策形成回路に届くのかが問題ですが。それが歪んでしまう回路があるだけに心配です。
実は、日本に特殊な現象ですが、上に見たような「ソーシャル」なクルーグマンの主張とは全く正反対のイデオロギーを振り回し、ハイエクとフリードマンを教祖と仰ぎ、竹中平蔵を父と敬い、高橋洋一を兄と慕う一群の連中が、ただ次の一節についてのみクルーグマンと見解が一致しているからといって、
>日本経済はまだデフレの崖っぷちにある。経済をさらに上向かせるには、日銀が2%強の物価上昇率を目標に掲げるよう私は提案してきたが、いまも同じだ。
自分たちを「リフレ派」と称し、なんと、構造改革派vsリフレ派の対立こそが経済政策のすべてであるかの如く言いつのるという奇怪な現象があるのですね。
リフレさえすればあとはまったく市場原理ごりごりに構造改革をやれやれと喚くこういう連中がクルーグマンを振り回すために、あたかもクルーグマン自身までが、そういうネオリベ軍団別働隊リフレ小隊の一員であるかの如き誤った印象が日本で流布されてしまっていることはまことに残念なことで、そういう誤解を払拭する上でも、本日のインタビュー記事はまことに時宜を得たものといえましょう。
(参考)
こういう特殊日本的ネオリベ系リフレ派の生態については、このエントリーのコメント欄で観察することができます。
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/09/post_b2d6.html
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