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2008年5月 7日 (水)

日本をダメにした10の裁判

http://www.nikkeibook.com/detail.php?class_code=26004260043

日本経済新聞社から新書版で出た『日本をダメにした10の裁判』を贈呈いただきました。著者は「チームJ」というグループですが、その中身は、

>バブル末期に東京大学法学部を卒業し、その後、検事、企業法務弁護士、官僚と多様な進路を辿ったメンバーで構成されるチーム。現在、各界の最前線で中堅的な役割を担う一方、週末や平日深夜に集まり、過去の裁判の社会的意義や正当性を検証する試みを重ねている。メンバーは、左高健一(アンダーソン・毛利・友常法律事務所弁護士)、西垣淳子(世界平和研究所)、渡辺元尋(元検事、弁護士)、山田正人(経済産業研究所総務副ディレクター)。

という面々。どこかで見た名前だなあ、と思ったあなたはえらい、そう、山田正人氏は、1年間の育児休暇を取ってそれを本にしてしまった経済産業官僚です。そして、西垣淳子氏は、山田氏が育児休業を取ったお子さんを出産された方で、同省の同期です。

この辺は以下の記述の前提となりますので、この辺りで事情をご覧いただくとよろしいか、と。

http://www.amazon.co.jp/dp/4532165512

http://hiog.seesaa.net/article/16360841.html

http://www.cafeglobe.com/career/interview/int_vol89.html

それを前提にして、この本の説明ですが、

>その判決に異議あり! 正社員になれない若者の増加も、企業と政治の癒着も、ムダな公共事業も……その原因に誤った裁判があった。気鋭の弁護士らが、社会に悪影響を与えた判例を選び、明快な論理で厳しく追及する。

で、具体的にやり玉に挙げられている判決は、

>第一章 正社員を守って増える非正社員の皮肉――東洋酸素事件

第二章 単身赴任者の哀歌――東亜ペイント事件

第三章 向井亜紀さん親子は救えるか?――代理母事件

第四章 あなたが痴漢で罰せられる日――痴漢冤罪と刑事裁判

第五章 「公務員バリア」の不可解な生き残り

第六章 企業と政治強い接着剤――八幡製鉄政治献金事件

第七章 なぜムダな公共事業はなくならないか――定数是正判決

第八章 最高裁はどこへ行った?――ロッキード事件

第九章 裁判官を縛るムラの掟――寺西裁判官分限事件

第十章 あなたは最高裁裁判官を知ってますか――国民審査

終 章 法の支配がもたらす個人の幸せ

というものです。

このうち、第1章と第2章が、まさしく本ブログの対象領域に該当していますが、この二つを書かれたのが経産省育休補佐こと山田正人氏です。

第1章は、まさに最近流行の正社員を守る解雇規制が非正規労働者を生み出した、という議論なのですが、一知半解のケーザイ学者とは異なり、狙うべき的を正確に捉えています。とかく一知半解の人は、解雇権濫用法理が諸悪の根源と言いつのりたがるのですが、本書で山田氏が攻撃するのは日本食塩でもなければ高知放送でもなく、高裁レベルの東洋酸素事件なんですね。

日本の解雇規制の特徴は、一般の解雇よりも企業の経済状況に原因する整理解雇をより厳しく規制しようとするところにありますが、その象徴ともいうべき整理解雇4要件を定式化したのが東洋酸素事件です。そして、これがより規制の少ない有期雇用へ、さらには派遣労働へという企業の逃避行動を促し、結果的に正規と非正規の格差を生み出す一つの要因となってきたということは、私もある程度までそうだと思っています。

(ただ、ややマニアックにいうと、この東洋酸素事件というのはそんな単純な事件じゃありません。去年本ブログでも紹介した研究が、最近本になりましたが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/06/post_930e.html

41oukursccl_ss500_ http://www.amazon.co.jp/dp/4535555540

>判例集に載ってる判決文だけ見ていたのでは分からない背景事情がよく分かります。一言でいうと、この裁判を起こした原告たちは、かつて主流派だったが民主化同盟(!!)に組合本部を取られて川崎支部に拠っていた少数派なんですね。組合本部は退職金1000万円+αで決着して、文句あるなら勝手に裁判でもやれ、俺たちは知らんぞ、という典型的な労々対立図式の中の事件だったようなのです。この事件と並行して不当労働行為の訴えも起こしていて、そっちで和解して、何人かが復職するという決着になっているんですね。

というまさしく労労対立事件。これは労働法に限らず、法律学者一般にいえる通弊ですが、ものごとを判決文に書かれたことだけで理解し、というよりほとんど下線の引かれた判旨の部分だけで理解し、ごじゃごじゃとした部分を切り捨てて綺麗な議論を組み立ててしまいがちで、如何なる法理も限りなく複雑な現実に一定の解決を与えるために創出されたものであるにもかかわらず、それをあたかも万古普遍の真理であるかの如く考えて違う現実にむげに当てはめようとするという悪い傾向がないとはいえないわけですが、法理の生み出された現場に帰ってそのごじゃごじゃしたものを見ることで、そういう「法解釈学教科書嫁症候群」からいささかでも身を引きはがすことができるのではないか、と、まあこれは私の独り言ですが、こういう研究が法律学者ではなく労働経済学者である神林龍氏によってなされたということ自体が、法律学者に対する反省を促しているようにも思えますね。まあ、それはともかく、話を戻しましょう)

山田氏がもう一つの「日本をダメにした」労働判決とするのが、東亜ペイントです。高齢の母と保育士の妻と2歳の子供を抱えて、大阪から広島への転勤を拒否して懲戒解雇された事案です。これはやはり、育児休業の山田補佐としては批判しないわけにはいかないでしょう。これともう一つ、時間外労働を拒否して解雇された日立製作所武蔵工場事件を付け加えると、天下無敵のワークライフノンバランス判決ということになります(もっとも、後者は実はとても複雑な事情がありますが)。

ただ、第1章と第2章は二つのロジックでつながっています。そこのところまで書かれているとよかったのではないかと思います。

一つは、そういうワークライフバランスを無視するような判決は、企業経営が傾いてきても雇用は維持せよというインペラティブに対応するものであり、整理解雇法理と表裏一体の関係にあるということです。第1章は、外部労働市場を経由した非正規労働者への影響を中心に書かれていますが、解雇するなら残業を減らせ、配転しろ、パートを先に首切れという形でのより直接的な影響もあるわけです。

もう一つは、にもかかわらず、解雇権濫用法理、あるいは何らかの解雇からの保護は必要であると云うこと。もしアメリカのようなエンプロイメント・アット・ウィルであれば、転勤拒否した莫迦野郎をクビにしようが、残業拒否したド阿呆をクビにしようが、なんの問題もないわけですから、そもそも第2章の議論自体が成り立たない。最低限の解雇規制がなければ、他のすべての労働者の権利は空中楼閣となります。

まあ、そこのところは判っているからこそ、第1章は東洋酸素事件なのです。どこぞのケーザイ学者のように、一切の解雇規制を無くせば労働者はハッピーになるなどと云ってるわけではありません。読者諸氏も、「経産省が解雇規制を攻撃してきた」などと莫迦を露呈するような勇み足的批判をしないこと。

あと、いささか労働法とかかわりがあるのは第5章で、民法の損害賠償であれば本人責任と使用者責任が両立するのに、国家賠償法の場合は公務員本人は責任を負わないという「公務員バリア」の問題です。これは、話を広げると、そもそも公務員は公法上の任用関係で私法上の雇傭関係ではないなどというカビの生えた古めかしい二分論が未だに生き残っていることの弊害の一端ですね。

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コメント

amazonへのリンクは書名を除いた
http://www.amazon.co.jp/dp/****
の形もできますよ

上の本でしたら
経産省の山田課長補佐、ただいま育休中
http://www.amazon.co.jp/dp/4532165512

解雇規制の法と経済―労使の合意形成メカニズムとしての解雇ルール
http://www.amazon.co.jp/dp/4535555540

こんなかんじで書くとエントリがごちゃごちゃしなくなります。はい。

ありがとうございます。なおしました。

> ものごとを判決文に書かれたことだけで理解し

連日・定期的に帰宅が遅かったのは、会社で残業していたからではなくて、外に


がいた場合があって、同僚とかは知っていても裁判で証言はしてくれないみたいですね。

この山田正人さんが、日経ビジネスオンラインに登場しています。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/skillup/20080514/156624/

>「出世を諦めたの?」、育児で「ウツ」に…。
「でも育休を取って良かった」と語る山田正人さん

山田さんの「ウツ」の話を読んで思い出したのは、昨年、産経の「正論」に掲載ということで、hamachanがここで紹介された、長谷川三千子教授の議論。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/07/post_07c1.html

山田さんの「ウツ」は、キャリアの男性が育児に専念したから、ではなくて、母親にもけっこう見られる症状で、パニック障害の一種だときいたことがあります。出産後、仕事をしていなくて、地域での付き合いなども乏しく、1日子供の相手しかしていないのに、パートナーは外で好きなだけ仕事して自由に自分の時間を使っていることに対する不満と家庭を顧みてくれないという思い、保育園に入れて働くお母さんも多いのに、自分には何の価値もないような感覚に陥るようです。

この記事からは話がそれますが、ついでに、男性の育児休業について。毎日新聞の少し前の記事で(4月5日)「男は1日でも育休 「3ヶ月以上」1万人に0.75人 優良企業でも「短期」が大半」というもの。厚労相のファミリー・フレンドリー企業優良賞第1号のベネッセでも、06年12月まで男性の育児休業取得はゼロ。同社では、同月、育休期間の2週間を有給化し、その後、15人が取得しているが、2~3週間がほとんど。育児休業取得者数トップクラスの旭化成(06年の男性取得者236人)は、平均期間7日程度。育児支援に熱心な企業を国が認定する「くるみん制度」で、昨年認定を受けた中堅企業は、男性社員1人が2日間の育休を取得したが、その後はゼロ、といった事例が紹介されています。
で、2日から7日程度、ってこれ、「育児休業」ではなく、「配偶者出産休暇」に過ぎませんね。なお、フランスの法定配偶者出産休暇(有給)が2週間で、日本には、法定の配偶者出産休暇はありません。「育児休業」を流用しているということになるのかな。「管理職」と「管理監督者」じゃないけれど、用語のあまりにテキトーな使い方に少々唖然としますね。

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