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2008年4月16日 (水)

家族手当の文脈

『賃金事情』2008年4月号の巻頭エッセイ日本の労働システムの第3回目、「家族手当の文脈」 をアップします。

http://homepage3.nifty.com/hamachan/kazokuteate.html

このテーマは、突っ込んでいくと実にディープな話につながっていくんですね。戦前、内務省社会局の監督課長から東大経済学部に転じた北岡寿逸が、1940年に『経済学論集』に「家族手当制度論」というのを書いているんですが、その問題意識がまさに、

>抑も賃金(俸給を含む)なるものは雇主より之を見れば労務の報酬なるが故に、為されたる労務に応じて支払はれるのが原則である。・・・然し賃金は之を受くる労働者(俸給生活者を含む)より之を見れば、生計の手段であつて其の必要額は家族の数に応じて著しく異なる。然るに現代に於ける経済現象の支配者は事業主なるが故に、事業主より見たる必要資源が実際賃金の額を決する。・・・即ち生計の必要は家族に依つて異なるに拘わらず賃金は労働成果に依つて支払われる。斯くの如くにして家族の数に応じて異なる生計費用を、如何にして労働成果に応ずる賃金に適合せしめるやは、個々の労働者に取つては誠に重要なる問題である。

まさにこの問題意識-市場原理と生活原理の矛盾をどう調和させるか-というところから、戦時期の、そして戦後の家族賃金が20世紀の新発明として生み出されてきたのであり、それはまさに一つの社会主義的企てだったのであって、それを「封建的」といった類の悪口で片付けたつもりになっている人は社会とか歴史とかに鈍感な人たちでしょう。

問題はそういうミクロレベルの社会主義による解決が、マクロレベルの矛盾を生み出してしまう危険性なのであって、その意味では、児童手当を社会保障制度として確立しようとしたかつての日本政府(厚生省)の企図が、企業レベルの家族手当の存在自体によって足を引っ張られて、何とか制度は作ってもまともに発達することができず、神話のヒルコのような存在になってしまったという歴史にアイロニーを感じずにはいられません。

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