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2008年3月19日 (水)

爆問学問 本田由紀 vs 太田光

昨日のNHKのお笑い系教養番組なんですが、

http://www.nhk.or.jp/bakumon/previous/

>田中:すごく面白い先生だったね。何か強さともろさが同居した感じがあって。すごく可愛い面と、すごく怖い顔する時とあるので。人間としてすごく面白かった。
太田:途中で「ああ、小学生の時にこういう女の子ともめたなあ」って…。
田中:多分子どもの頃に、「太田君!」みたいに言われて、「ちゃんと掃除をやるのがルールでしょ!」とか怒られたりして、それでもめるみたいな…。そういうタイプですよね。だから本当に、我々芸人とああいう東大の受験勉強をガーッとやっていた人というのが、多分すごく対照的。
太田:でも同じところもある。結局おれはあの先生はやっぱりすごくいいなと思ったのは、そうやって自分の経験から発想しているものだから、それが間違っていようが何だろうがいいと思う。その自分の傷ついた経験とか、過去の経験、そこから出発している。で、その思いがすごいべったり乗っかっているから、それ、考えすぎじゃない?ってこっちは思うんだけど、あの先生の思いっていうのが強いから、そういう研究っていうのはおれ、素晴らしいなと思うのね。やっぱり個性なんだよね。
田中:一番悪いことがサザエさんの立ち読みっていうのは笑ったよね。ネタですよね、ほんとに。楽しい先生でした。

そういう「カワイイ優等生」の役割演技に嵌ってしまっていて、そこを(上野千鶴子流に)うっちゃりで投げ飛ばすワザが決められれば、一枚剥けたんでしょうけど。

太田光に、田中が弁当恵んでくれていたからあんたは恵まれていた、と言ってみたって仕方がないんで、「そんな日大ゲージツ学部なんて逝ってる段階であんたは人生捨ててるの!私が相手にしてるのは、まともに就職できると思っておベンキョしてたのに、不景気で就職できなかった人たちなの。」と冷ややかに言わなくちゃいけないんですけどね。

そこが、そう割り切れないから、「テツガクを専攻したんですが、その教育レリバンスはなんですか?」と聞かれて、「ああそう、職業レリバンスのないお勉強をされたのね」と返せないわけですけど。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/04/post_c7cd.html

(追記)

ちなみに、このレリバンスのシリーズ、後続のエントリーも結構面白いですので、並べておきます。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/04/post_bf04.html(職業レリバンス再論)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/04/post_722a.html(なおも職業レリバンス)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/04/post_c586.html(専門高校のレリバンス)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/05/post_8cb0.html(大学教育の職業レリバンス)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/05/post_5804.html(労働法の職業レリバンス)

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コメント

>そこが、そう割り切れないから、「テツガクを専攻したんですが、その教育レリバンスはなんですか?」と聞かれて、「ああそう、職業レリバンスのないお勉強をされたのね」と返せないわけですけど。

ああ、なるほど。どこで線引きをするべきかを瞬時感覚的に判断するのも学者としての才能の一つなのですね。そういう割り切りができない人のそれは、真面目さなのか、弱さなのか、ずるさなのか?傲慢さなのかぁ?。

それは極めて政治的な振る舞いだね。本人は政治的にやりたいのに、学者的良心が邪魔しているというか。
世間一般の感覚としては捨てているように見えても、普通に就職活動をすれば日芸とて、他の学部と大して変わらんだろうし。瞬時に世間の感覚を逆手に取るというのは慣れた人間じゃないと難しい。

ぶらり庵は、職業レリバンスを全く意識しない大学生活を送り(文学部女子)、幸いに資格は問わない試験(知識は問われた)で実業団に移籍でき、移籍後も、日本の組織の特徴であろうところの、自己の希望と無関係な人事異動に従順に従って、ひたすらOJTで現在の職業への「レリバンス」を磨いてきましたね、振りかえってみると。「終身雇用、年功序列」の「日本的経営」にどっぷり漬かった古い世代ですが、周囲の実業団員諸氏もほぼ似た軌跡のような。
つまり、知識は問われるが、資格は問われない(学部要件なども明確には課されない)試験で入団、その後はOJTで、まともな組織なら技術を磨き、けれど、たいていの日本の組織なら「上意下達・保身」技術を主として磨く、とちょっと斜めに一言。
で、「職業レリバンス」のなかった昔々の大学生活を振りかえって悔いはない、どころか、新世代の自分の子ども達にも、「職業レリバンスを考えた選択をしろ」とか言わない、むしろ、「自分の好きなことをやれ」と言い、高校以降は、そもそも門限なし、生活に干渉はしない(家を離れて進学した子に門限や干渉があるわけはない、それと同じ、と、考えたので)の原則だったぶらり庵です。
私は、大学に職業レリバンス、というか、職業訓練を求めたいと、そもそも思っていません。で、これには、「日本では」と留保がつくかもしれませんね。高校までは、選択の幅は昔よりもずっと広がりましたが、その選択は、本人の志向というよりは、入試の多様化に合わせたものに過ぎないと思えます。大学以前の日本の教育には、「自分の選択」=「自分の好きな対象を選んで、自由に調べて考える訓練」、つまり、「人間力」の育成が決定的に欠如している、と思えます。やっと、大学になって、自分の自由な選択が可能になるのに、今や、大学でさえ、「就職レリバンス」重視かな、「自分の好きなこと」よりも、「社会的に評価される職業につく職業レリバンス」を磨く専門学校化しているとすれば、そうですね、「人間力」のない、ヤワで、だけど、なんかやたらキャリア追求だけしていて、そして、「ワーク・ライフ・バランス」の「ライフ」部分なさそう、みたいなのばっかりが増殖するのは当然かも。
大学以前の教育課程の中で「人間力」がついていれば、大学は「職業レリバンス」でいいと思いますが、ぶらり庵は、大学以前の日本の教育に徹底的な不信感を持っています。ここら辺、岡本薫教授におうかがいしたいところです。いや、実は、岡本先生が、「失敗の本質 日本軍の組織論的研究」(わたしも名著と思っている本です)を引用されて、日本の教育の批判をされた講義をうかがったことがありますが、その先、では、どのような教育改革によって、「力」をつけることができるのか、をうかがいたいと思いつつ、果たせていません。

なお、ぶらり庵の受けた大学教育は、実際的な「職業レリバンス」はなかったものの、語学と歴史が中心であったために、現在のワークにもライフにも、有難いことにとても役に立ってはいます。

でも、日本の大学の現在は、「大学教育が本来いかにあるべきか」を考えるよりも、グローバリゼーションの中での評価競争、独法化や少子化の中でのサバイバル、などの経営戦略の方が優先されているのでは?

上記のエントリーに追加で。2008年3月17日(月)日経夕刊15面の「18歳成人 本当に必要か」との、民法改正にかかわり成人年齢をめぐる対談で、辻村みよ子氏の以下のような意見に共感するところがありました。

「日本の若者は教育レベルの高い環境で育ち、能力は十分に高い。ただ、自分が興味のないことには無関心で知識に偏りがある。大学生になって新年度に受講科目を選べずに困る学生がいるなど、自分の考えで物事を決められない学生が目立つ。受験勉強中心の詰め込み型の教育制度を見直す必要がある」
「フランスなど海外では若者の権利要求に突き上げられて資格年齢が下がった。それに比べ日本の場合はきっかけは国民投票法の成立で若者主体の動きでないことは残念だ。」

辻村氏は、憲法学の東北大学教授(法学)とのことですので、氏の見ておられる学生が身近なところの人たちだとしたら、国立大学法学部の学生にしてその状態とのことですね。
また、ここには引用しませんが、日本の義務教育・高校教育の不備を埋めるには、家庭で対策をとるしかないと考えていたぶらり庵同様の対策を、辻村氏もとっておられたようです(たまたま、どちらの場合も子どもは「女」が多いようですが)。

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