登録型派遣は労働者供給なんだが・・・
月曜日のエントリーに、新運転の太田武二さんからコメントが付きました。
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/on_5181.html#comment-23155300
実際に労働組合の労働者供給事業を行っている立場からの御意見で、
>しかし、日々雇用を原則とした労供事業に五十年近く取り組んできたわれわれとしては、派遣会社への責任追及と法改正だけに留まることは許されない。
日雇い派遣への風当たりを絶好の機会として捉え、労働組合による労供事業と供給派遣への追い風にしなければいけない。
というあたりは、まさに面目躍如という感じです。
ただ、実際は戦後60年間、労働組合による労働者供給事業はごく一部の業種で細々と行われてきたのが実態で、そこのニーズを捉えたのが労働者派遣事業だったのでしょう。
このニーズというのは、畢竟するところ、必要なときにすぐに供給してくれて、要らなくなったら後腐れなく切れるという、労働力のジャストインタイム供給であって、そういうニーズが世の中にあることは確かなのだし、それがケシカランと云ってみても仕方がないので、それをできるだけ弊害のない形で(単なるチープレイバー供給ではなく)やれるようにするにはどうしたらいいのか、というのが法政策の課題であったはずです。
その意味で、登録型派遣というのは実は労働者供給そのものであるにもかかわらず、そこを妙な理屈でごまかしてしまったところに混迷の源泉があるように思われます。労供は悪だ!という思考停止をそのままに、派遣は労供に非ずといって、ここまで来てしまったわけですね。本当は、労供は弊害が起こりやすいけれども、しかし世の中のニーズに対応するものでもあるので、民間企業でもきちんとやらせるのだ、というべきだったのだと、私は考えています。
実は、家政婦、マネキン、配膳人といった臨時日雇い型有料紹介事業も、紹介したといいながら紹介所に属したままで、そこから繰り返し「紹介」という形で実質的には供給=派遣されているので、ビジネスモデルとしてはほとんど同じです。これも、そういうニーズがあるからそうなっているわけです。
で、何が違うかというと、労供でも臨時紹介でも、労働者を使用することから生ずる使用者責任は供給先=紹介先にあるという点で、本当は派遣もそうあるべきなのでしょう。もう一つ、いわゆる派遣マージンの話については、労働組合の労供事業の場合、無料ということですが、実質的な費用は組合費で賄っているわけで、言い換えればその分込みの供給労働者の賃金設定になっているわけですし、臨時日雇い紹介の場合は、登録と紹介のつど手数料を取る形で賄っていて、いずれにしても明朗会計になっているわけです。そこが、派遣の場合中間搾取じゃないと言いたいがために却って不明朗になっているように思われます。
まあ、一旦作られてしまった制度設計というのは、なかなか変えるのは難しいものですが、労供は悪だが派遣はいいという変な理屈でここまで拡大した挙げ句に、これだけいろんな問題が出てきたことを考えると、元に戻って、いい労働者供給事業はどういうものだろうか、という観点から、考え直してみる必要性が高まってきているように思われます。
« ドイツ郵便最低賃金に違憲判決 | トップページ | 財金分離 »
コメント