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2008年3月 2日 (日)

日仏比較の作法

NTT出版から出されている浅野清編『成熟社会の教育・家族・雇用システム-日仏比較の視点から』という本は、おおむねいい本です。全体の半分くらいを編者の浅野氏が書かれているのですが、第1部の教育システム、第2部の雇用システム、第3部の家族と社会保障システムという3つの領域を貫いて、フランス社会と日本社会の比較という観点から、実に有益な示唆を示しています。私がこの本を読んだのは、第3部の家族手当の関係に最近興味を持って、特にフランスでももともと企業特殊的な制度として始まった家族手当が、やがて事業主団体による家族手当金庫に発展し、さらにナショナルな制度になっていくというあたりを調べていたものですから、その面では確かに有益な本であることは間違いないのです。ですから、おおむねはいい本であることは間違いなのですが、やはり雇用システムに関するところでは、「をいをい」がありました。ケチをつけるのが目的ではないのですが、これはやはり一言コメントをしておく必要があるでしょう。

第2部第6章 階層化社会の雇用形態と賃金格差という章の、「第4節 幹部社員cadreと週労働時間法制」というところです。こういうふうに記述されています。

>日本では労働時間は「工場における定型労働に従事する労働者」を念頭に置いている。つまり、ブルーカラーを念頭に置いた安全基準に基づいている。
 ではフランスではホワイトカラー労働者は週35時間、年間1600時間という労働時間規制の対象になっているのか、と改めて問い直してみよう。ホワイトカラーを含めたすべての賃金稼得者が労働時間規制の対象になっていること、その規制が、非労働時間である「生活時間」「生活空間」を保護していることをここでは明らかにする。
フランスではブルーカラーとホワイトカラーの区分はない。労働法典でも「サラリエ」として一括されているし、INSEEやDARESの労働統計においても、同様である。
日本とは異なり、ホワイトカラーも労働時間規制(週35時間、年間1600時間)の対象となっている。21世紀を迎えた今、先進国では第3次産業従事者が7割を占め、日本のように工場労働者のみを対象にした労働時間規制というものがもはや時代遅れであることは明らかだ。ホワイトカラーのような「非定型的な労働者」は労働時間制度のエグゼンプションとすべきなのか、それともフランスのようにブルーカラーもホワイトカラーも区別しない一律適用がいいのか。

「日本とは異なり、ホワイトカラーも労働時間規制・・・の対象となっている」ですって?浅野氏がフランス事情に詳しいことは、その記述ぶりからよく分かります。しかし、日仏比較というのは、フランスに詳しいだけでできるわけではありません。浅野氏の書斎には分厚いフランス労働法典がおいてあることは窺えますが、日本の労働法典は置いていないようです。
 浅野氏は、フランスにおける労働時間の適用除外が、カードルの中でも経営幹部(カードル・ディリジャン)に限られ、カードルであっても労働単位に組み込まれた幹部社員(カードル・アンテグレ)は一般職員と同様労働時間規制の対象になるというフランス労働法制を詳しく説明した上で、

>フランスでは支店長などの幹部社員ですら、週35時間労働時間規制の対象に組み込まれている。日本では想像を絶する話ではないか。であるとすれば、平のホワイトカラーは当然のこと、週35時間労働の枠組みの中に、すなわち「生活時間と労働時間の峻別」を可能にする生活のリズムの中に住まっている。

あのお、そんなとこで「想像を絶して」もらってはいささか困ります。日本だってほぼ同じです。経営と一体の「管理監督者」でない限り、普通の「管理職」は週40時間労働規制の対象に組み込まれているんですよ。マクドナルドや、コナカや、セブンイレブンがやってることが日本国の労働基準法であるわけではありません。もちろん、実態は「想像を絶する」かもしれませんが、法制はほとんど一緒なのです。

さらにいえば、絶対水準は全く違いますが、日本とフランスには似た現象があります。浅野氏自ら、

>2のカテゴリーの支店長や課長は、「労働単位に組み込まれた」幹部社員であり、職場の始業・終業の「時間」に制約され、週35時間労働の縛りの中に置かれているのは確かであるが、実際は一般労働者よりも朝早く出勤し、また遅く退社することは銀行の支店を見ていればよく分かる。彼らはある意味で「サービス残業」をしているわけだ。週50時間以上、60時間以上働かざるを得ないのが、カテゴリー2の幹部社員である。

そう、実はフランスはヨーロッパ諸国の中で、不払い残業が多いこと、とりわけカードルの不払い残業が多いことで際だっているんですね。

日仏比較に限らず、およそ比較研究というものは、比較する両方について正しい知識を有していることが大前提です。この本で言えば、おそらく教育システムと家族や社会保障システムのところについては、そうなっているのだと思うのですが、残念ながら雇用システムの所については必ずしもそうではなかったようです。

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