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2008年2月 9日 (土)

北畑次官の講演録

経済産業省のHPに、話題の北畑次官の講演録が掲載されています。

http://www.meti.go.jp/topic/data/80208aj.pdf

まあ、一言で言うと、今までウン十年間通商産業省ないし経済産業省は我らの敵だと思ってきたけれど、次官自らここまで言うのであれば、戦略的に共闘してもいいかな・・・、と。

もちろん、もう少し様子を見たいですがね。

>日本の企業のあり方について私が言うことはどちらかというと少数説です。大半の人、例えば米国のビジネススクールに二、三十年前に留学された方が今、会社の幹部やマスコミ界の論客になっていますが、この方たちの多数説の考え方は、会社は株主だけのもので、株主が究極の実権を持っているという株主万能主義です。それから、日本で言われるところの、いわゆる「アメリカ型」の株式会社制度が世界の普遍的な仕組みであって、日本はそれに合わせていかなければならない。だから、日本はこれをそのまま導入していくべきだとおっしゃるのですが、ほんとうにそうなのかなという気がします。そもそも、アメリカの立派な会社の実像が「アメリカ型」なのかも、定かではありません。
グローバル経済の中で、世界各国は株式会社制度を持っています。大雑把に言って、ヨーロッパ、アメリカ、日本の株式会社制度は核になる大枠の部分は一緒ですが、細部を見ると随分違います。・・・各国それぞれ異なる会社制度があって、世界普遍の部分と独特の部分があって、お互いの立場を尊重しあいつつ、制度のあり方を議論して来ています。その独特の部分に、もし日本の成長力の源泉があるのであれば、そこをどう扱うべきか、真剣に考えなければなりません。このような問題意識で、企業はだれのものか、ほんとうに株主だけのものと言い切っていいのかというのが、きょうのテーマです。

>私の結論は、会社はステークホルダー全体のものだと思います。コーポレートガバナンスについても、株主による監視も必要ですが、それよりも売り先の市場競争によるガバナンスの方が実際はきいていると思います。それから、配当か、内部留保かは、おのずから基準があると思いますが、企業が仮に継続的に存在することが必要として、内部留保をどう考えるかについて議論をしていきたいと思います。
これらが日本の経営の特殊論になってしまうと世界に通用しませんので、〇七年十一月
に調査団を派遣し、アメリカのエクセレントカンパニーを視察しました。その結果、少なくともエクセレントカンパニーは、日本で言われる「アメリカ型」とは違う。むしろ日本の企業に近いような発想であることを発見しました。このことは詳しく後述しますが、日本のよさを生かしつつ、インターナショナルスタンダードとしての会社のあり方が打ち出せるのではないかと思い、調査団の報告も踏まえ、、「会社のかたち」について、省内で具体的な検討をしています。

>では、今の会社を見たときに、利益を生み出しているのはだれだと言えるでしょうか。お金は日本に千四百兆円あるわけですし、世界中に金があふれ返っていて、お金を持っている人が「全部、おれのものだ」というので、ほんとうにいいのでしょうか。むしろ会社は、社長以下、研究者、従業員という、現場で日々、創意工夫、改善をする人たちが利益の源泉のはずであって、株主が全部、それを取っていいというのは、今の会社の実態から言うと納得ができません。
それに加えて、株主は、ほんとうに責任ある株主ばかりでしょうか。普通は所有には責任を伴うのですが、株主は制度上そうともいえません。法律上、株主は有限責任で、かつ、いつでも株式を譲渡して会社を逃げられます。所有と経営の分離とは、経営ノウハウがある他人に経営を任せるということです。そういう人たちが会社全体をおれのものだと断言できるかと言えば、少しおかしいのではないと思います。

>百円ライターの会社がありました。百円ライターは日本では全くの斜陽産業です。その会社が左前になり、事業再生を商社が株主として手がけました。従業員が歯を食いしばって会社再生のため、賃下げに応じるなど、一生懸命頑張った結果、借金を返済して、内部留保が十億円出ました。すると、その瞬間、商社が中国の企業に売り渡してしまいました。会社が利益を生み出すようになったのは、労働者が頑張って賃下げに応じた結果なのですが、商社が全株を持っている以上、そのまま中国に売られても文句は言えません。法律上はそうです。これはさすがに政治的に問題になり、国会でも議論になりました。会社の利益を生み出すもとは、労働者、それから例えばその会社の製品が好きだという取引先、消費者、工場の操業を認めている地域社会が利益を生み出す源泉です。会社の利益を生み出すのは資金を提供する株主だけではなくて、社長以下の社員、取引先、利害関係のある地域住民、その人たちが協力をし合って利益を生み出しているのだと言えるのではないか。これがステークホルダー論ですが、そういう議論が最近盛んになってきました。

>従業員は会社に入ったら、四十年間、会社のことを考えています。この点は、日本の長期雇用の慣行と関連しています。それに対して株主は、そんな長期に考える必要はありません。朝、その会社の株を買って夜には売ってしまうデートレーダーもいます。もちろん、このような売買で利益を上げることは株主の当然の権利として認められています。しかし、デートレーダーが会社の所有者だといっても、実体的には、どうも納得感が得られません。それから、会社が仮に倒産をしそうなときに、普通は会社を倒産させないために、先ほどの百円ライターの労働者のように経営陣以下、借金返済に一生懸命努力をします。しかし株主権利は有限責任で譲渡可能性がありますから、この会社はもうだめだと思ったら、株主は見限って出て行くことが容易です。ですから、よくいわれる経営者のモラルハザードだけではなく、株主にも随分モラルハザードが生じうるのです。

>日本の場合は、例えば最近、企業の不祥事で偽装事件が多く起きていますが、あの中で株主の代理人が告発した事例はほとんどありません。だれがほんとうに実体的に会社のガバナンスをきかせているかというと、極端に言えば、従業員の内部告発です。誹謗中傷的な内部告発もありますが、善良な内部告発もあります。食品の偽装事件では、このようなことをやっていて、長年の会社の信用を傷つけるのではないかという従業員や消費者の告発が発端でした。従業員は三十年、四十年と会社で仕事をしていますから、不正がよく見えますし、見て見ぬふりをすることに良心の呵責が働くのです。一つは従業員がガバナンスをきかせていると言えます。

>以上のように、日本の会社の実態から見ると、会社は株主だけのものではないと結論できるかと思いますが、そのことをあまり言い過ぎると、それは日本の経営の特殊性で国際スタンダードにならないのではと懸念されます。そこでアメリカのエクセレントカンパニーはどうだろうということで、調査団を〇七年十一月に派遣しました。訪問先はジョンソン・アンド・ジョンソン、IBM、デュポン、ゼネラル・エレクトリックです。いずれも百年以上続いている、アメリカではまれな長寿企業です。この人たちと議論をしていると、私が申し上げた日本の会社の経営の考え方と非常に似た部分もあることがわかりました。

いまだに一昔前に流行した株主主権絶対論を(自分では最先端のつもりで)振り回している時代錯誤のあほを征伐する役割を(今までの罪滅ぼしに)経済産業省が買って出てくれるのであれば、それは大変結構なことではあります。

滅多にないことですが、経済産業省を応援してもいいと本気で思いましたがな。

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コメント

最先端というよりも、本義に還れ

オーナー企業や、上場しない会社も存在するのだから、株式会社は株式会社の論理で動けばそれで結構だと思います。
現にそのようなデイトレーダーにとっては手も足も出ない、買っても安定株主に対抗できない「優良企業」は沢山あるではないですか。

百円ライターの会社の例で言えば、商社が株主になった時点で血の通った部分は自ら捨てているでしょう。
賃下げされた上、職場も失い従業員の方にとっては本当に迷惑な話ですね。しかし、事業の再建自体、それが従業員の長期的な利益を目的としたものではないと、あらかじ知らなくてはならない。
役所の仕事にはそういう啓蒙活動も含まれるのではないかと思います。

「正しい株式会社は、そうではない」と教えられたのに、現実では賃下げされ解雇されるなんてあってはならない。

会社の論理、とは、従業員の長期的な利益というか、ごく短期的に、従業員の生活保障を含まない、と考えるのはアングロサクソン型会社論なのでは?
ぶらり庵は、労働法も疎いけれど、会社法はもっとわかりませんが、欧州会社法では、「従業員のポイ捨て禁止」の考え方で、けっこう保護をかけているような気がしますが。

またまた追伸。
北畑次官には、退職後は天下りなどせず、ぜひ「日本CSR(あるいはコンプライアンス)推進会議」などを作って各企業に働きかける活動でもしてほしいものですね。厚生労働行政が担当する「底辺」では、「元次官」炭谷さんが結成された「日本ソーシャル・インクルージョン推進会議」などがあるようですから。

なまじ法律学をよく知らない人ほど、鬼の首を取ったように、「六法全書を見ても従業員は社員だと書いてない」などと偉そうに言いたがるものです。
世界の先進国の過半数では、会社法の中に労働者代表の権限がきちんと規定されています。そっちの方が多数派なんです。日本は、たまたま商法典にそういう規定はなかったが、実質的にはそういうヨーロッパ型に近いコーポレートガバナンスを実現してきました。
そういう暗黙の合意の上に、従業員の協力を引き出しておいて、いざとなったら「いやおまえらは会社にとってはヨソ者だ」というのは、一回目は通用する裏切り戦略ですが、何回も使えるものではありません。

ま、北畑次官自身はともかく、ここ十数年来の通産省、経産省は、まさにそういう裏切り戦略を推進してきた側なんじゃないのかという疑問こそ、マスコミが提起すべきことでしょう。兜町の代弁なんかするよりも。

ちなみに、欧州諸国における労働者参加法制については、

http://homepage3.nifty.com/hamachan/sankachap6.html
(連合総研「日本における労働者参加の現状と展望に関する研究委員会」最終報告書
第2部第5章 EU加盟諸国の労働者参加の制度及び実態 )

労働問題の立場からのコーポレートガバナンスに関するごくごく初歩的な手ほどきとして、

http://homepage3.nifty.com/hamachan/corpgov1.html
http://homepage3.nifty.com/hamachan/corpgov2.html
(『時の法令』「そのみちのコラム」「コーポレートガバナンスを考える」 )

http://homepage3.nifty.com/hamachan/shain.html
(『ビジネス・レーバー・トレンド』2005年7月号「社員」考)

を参照のこと。

> 暗黙の合意の上に

必要なら(会社ごとに?)明示的に合意するといいのではないかと…

古典的な定番の問題であって、新しい話でないという

友人が「面白かった」と勧めてくれた本、平川克美「株式会社という病」(NTT出版、2007.6)、たしかに面白いですが、ここの「会社」はおそらく「日本の」とつけた方が良いのだろうな、と思いました。

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