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2008年2月25日 (月)

天工銭を空しうする勿れ、時に判例なきにしもあらず

下記エントリーの参考として、戦前の大審院判例を引用しておきます。大審院刑事部昭和8年4月14日判決(刑集12巻6号445頁)です。

これは、民法上の「組合」のケースですが、労務提供者を組合員として事業を行っていた被告が工場法違反として有罪となった事件です。

>本件組合に於いて被告人の個人経営の当時職工30余名と共にその共同事業として浴布製造を目的とする組合を設立すると同時に該組合の事業遂行のため被告人が其の業務執行代表者となり総事業の執行監督利益分配並びに組合員の加入脱退除名に関する全般の事務を司り自余の組合員はすべて被告人の指揮監督の下に組合の工場に於いて工業的作業の労働に従事して労務に応じ月給日給及び製品出来高等の標準により毎月その報酬を受けこれを各人生活の資となし因って以て右組合員たると同時に一面組合に従属して傭使せられおる事実を看取しうべし。然りしこうして工場法にいわゆる職工とは工業主に対し従属的関係に於いて有償に工業的作業に従事する工場労働者を言うものと解すべきを以て如上被告人以外の組合員が各自組合の一員たると同時に一面組合の職工に該当することもちろんなり

彼らは我が組合の組合員ですから工場法の適用はないんですよというやり口はだめだよ、と戦前の大審院は明確に言ってました。

この判決を受けて、同年5月24日、内務省社会局労働部から次のような通達が出されています。昭和8年発労第52号です。

>近時工場法の適用を免れんがために職工間接雇用の方法により或いは職工をして社員若しくは組合員たらしむる等工場経営の組織形態を変更して工業主と職工との間に使用関係なしとなすもの之有候処、工場法に所謂職工とは工業主に対し従属的関係に於いて有償に工業的作業に従事する労働者を言う義に之有り、如上の場合に於いても法規適用の対象たる工業主及び職工間の使用関係を否定するを得ず、従って当然工場法を適用すべき次第に之有り候条、御了知相成りたく候。追って右の解釈は従来より当局のとり来たるところに候所、先般個人経営工場を組合組織に改めたる実際の事例に関し大審院は右解釈と同様の解釈に基づく判決をなしここに之が確定を見るに至り候条念のため

お前の持ち出す判例や通達はいつも戦前のモノばっかりじゃないかと言われそうですが、そっちの方が役に立つモノばっかりなんだから仕方がないんですよ。

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コメント

歴史的問題意識、「自分が関心を持つこのことはなぜこのようになったのか」という問題意識は、最終的には「自分はどういう経緯を経て、現在このようであるのか」という問いにつながるものですね。
先日、教育の中での「労働法教育」の必要性とか、「リーガルリテラシーの教育の必要性」とかの話を別のエントリーでしましたが、複雑化してゆく世の中で、これも必要、あれも必要、と教育課程につっこもうとすると、教えるべきことはやたらに増えてゆく可能性があります。
でも、今、見落とされがちなこと、暗記物のように思われているもの、としての「歴史」は、暗記ではなく、ものごとのそもそもをたどる勉強として、統一的な「日本史」「世界史」のような教科よりも、何か具体的な身近な問題をとりあげての形で、義務教育の中に定着させてほしいものだと思うぶらり庵です。
そういえば、ぶらり庵が何かにつけて、自分の参考図書と思って参照するのは、どっちも歴史の本。日本史で、加藤周一氏の「日本文学史序説」、これは、思想史でもあるので、と、世界史は松岡正剛氏の「情報の歴史」ですが、歴史の参考書でおすすめがあれば是非。

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