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2007年12月17日 (月)

『世界』1月号について

『世界』1月号が「貧困とたたかう」という特集をしています。

http://www.iwanami.co.jp/sekai/

いくつかの論文が、このブログの問題意識と響き合っているのでちょっとコメントしておきます。

まず、後藤道夫氏の「ワーキングプア増大の前史と背景――戦後日本における貧困問題の展開―― 」は、ある一点を除いて相当程度正しい認識を示していると思われます。曰く、

>現今、社会の強い関心を集めている「ワーキングプア」問題とは、これまで忘れられてきた存在の再発見であるといえよう。日本における貧困問題の展開を歴史的文脈にそって総括し、高度経済成長期において政府・財界の貧困問題への認識が変質してきたことを明らかにしたうえで、働く人びとが賃金と社会保障とによって生きていく生活保障システム――福祉国家へのイメージを架設する。

1950年代から1960年代までの日本では、「ワーキングプアの大量存在という認識は・・・ごく普通のものであった」ことは、当時の政府関係文書を見れば明らかです。私の文脈で云えば、これは「近代主義の時代」の認識枠組みにいたということです。

>1960年代の政府部内では、労働市場のあるべき姿として、相当額の社会手当に支えられたヨーロッパ型の「職種別労働市場」が考えられていた。後進的な存在とされた日本型雇用は、企業間、産業間の労働移動を妨げ、貿易自由化の進展に対応する企業努力の足かせになるという理解である。児童手当などは本来は社会保障で対応すべきものだが、、年功賃金に含み込まれた格好になっている。それを社会保障に純化して取り出すことで、職種別労働市場への移行が促されるという主張であった。(p121)

それが、そういう方向に行かなかったのはなぜか、ここのところで、後藤氏はいささか陰謀史観的な立場に立ってしまいます。

>「第二次適正化」によって。勤労世帯の生活保護制度からの締め出しの方向が定着し・・・

>1970年代初頭には、勤労世帯も賃金と社会保障で暮らすという、それまでのヨーロッパ型社会保障理念からの自覚的な転換(「活力ある福祉社会」論)が行われるに至った。・・・「ワーキングプア」は。少なくとも大規模な社会政策の対象という水準では、認識の彼方に追放されたのである。

これでは、認識というしっぽが現実を振り回しましたとさという観念論史観そのものではありませんか。

いうまでもなく、認識論的転換は現実社会の転換をおいかけるものであったのです。

伍堂卓雄・電産型生活給思想が社会の隅々にまで行き渡り、大企業と中小企業の格差はあるものの、少なくとも学卒男性労働者は生涯にわたる生活保障給システムの中におかれるようになっていったこと、非正規労働者はかつての臨時工のような社会的排除者ではなく、正社員の妻の家計補助的パートであったり、正社員になるべき学生の小遣い稼ぎ就労であったりするようになったこと、もちろん社会の周辺部には山谷や釜が崎の様な日雇い労働者の群れがあったことは事実ですが、社会の圧倒的大部分にとって、もはや「ワーキングプア」が現実感のないものになっていったことが、ヨーロッパ的な社会政策の枠組みでものを考えていた官僚たちを(世間の後を追いかける形で)日本型モデルに追随せしめたのであってその逆ではありません。

ミネルバのフクロウの法則は、このトレンドが逆転するフェーズでも働きますから、「ワーキングプア」の再発見が遅れたのはある意味で当然のことであったと言えます。

問題は、ようやく認識が現実に追いついてきたいまこの時点で、どういう将来展望を描くかなのであって。

(参考)

なお、昨年11月30日のエントリーで、後藤氏の『戦後思想ヘゲモニーの終焉と新福祉国家構想』(旬報社)を取り上げて論評しています。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/11/post_a90b.html

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