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2007年10月29日 (月)

最低賃金引き上げは悪くない

松尾匡さんが「最低賃金引き上げは悪くない 」と論じています。

http://www.std.mii.kurume-u.ac.jp/~tadasu/essay_71029.html

第一の論点は「正社員の雇用が増える」ということですが、松尾さんにとってはこちらは大したことのない論点のようです。

第二の、おそらく松尾さんにとって重要なポイントは、

>でも、正社員の雇用が増えて人手が不足してきたら、正社員の賃金も上がり、結局賃金格差は復活するだろうという反論があるかもしれない。
 この効果はあるだろう。すなわち、貨幣賃金率が全般的に上昇するのである。実は、今日本当に論じたいのは、このことのマクロ経済学的な効果である。

>貨幣賃金率を引き上げることができたならば、物価も上昇するのである。

最賃を上げてリフレしようという主張のようです。

これは、以前ロナルド・ドーア先生が主張していた議論とよく似ていますね。

2001年12月号の『中央公論』に、ドーア先生は「私の「所得政策復活論」―デフレ・スパイラル脱出の処方箋」という論文を寄せ、「財界が音頭をとって賃金“引き上げ”を断行せよ」と主張したことがあります。

正直言って、『近代の復権』のあの教条的市場原理主義的マルクス主義者の松尾さんと労働組合シンパで日本型システムに好意的な資本主義の多様性論者のドーア先生とが頭の中でぴたりと嵌らないのですが、結果的に同じことを主張されていることには違いないのですよね。

(『近代の復権』からすれば、正社員などというのは複雑労働力商品生産の疎外の産物に過ぎないわけでしょうから、それが増えるのがいいという評価にはならないような気がします。)

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コメント

 はじめまして。お取り上げいただきまして、ありがとうございます。また、拙著までお読みいただいているようで、大変恐縮です。
 正社員と非正社員の分立が崩れて、多くの労働者の境遇が同じようなものになっていくのが歴史の流れだと思いますが、放っておけば正社員が減って非正社員に置き換えられる下への標準化でそれが実現されるところを、上への標準化になるよう目指そうというのが年来の主張になっています。
 拙著(特に第2章)で言いたかったことは、複雑労働力生産は疎外であるが、人間を人間の社会的意識的労働で生産するようになったことは人類の進歩なので、資本が複雑労働力を不要とする時代になっても、この側面を破壊されるにまかせることなく引き継ぐべきだということでした。
 日頃、先生のご主張とはあまり遠くないところにいると感じておりますので、以前も、労働法制について専門家を知りたいという市民のかたからのお問い合わせに対して、このブログを紹介させていただきました。

投稿: 松尾匡 | 2007年10月29日 (月) 22時00分

わざわざコメントいただき恐縮です。
私も、松尾さんの御本をきちんと内在的に読んだかと言われると自分の土俵から覗き込んでいるだけというところもありまして、その読み方は違うとご指摘いただけると幸いです。
私も実のところ、産業革命期の単純労働力商品生産が20世紀に複雑労働力商品生産に移行し、複雑労働力商品生産者自身が小商品生産者となり、家父長制が復活したという歴史認識は、(価値判断の方向性は別として)概ね賛成ですし、その20世紀システムが揺らぎつつあるというのもその通りだと思っています。
ただ、では「民営化、規制緩和、グローバル化といった新自由主義路線は歴史の進歩だ」と松尾さんの驥尾に付するかと言われれば、それはご遠慮したいというところがありまして、それはなぜかと言えば、突き詰めて言えば、その先の「共産社会」、本来のマルクスの言う「アソシエーション」の原理によって形作られる社会に対してもいささか懐疑的にならざるを得ないと思っているからです。
「このネオリベの苦痛は、その先の楽園に到達するための不可避の過程なのじゃ、我慢してくぐり抜けよ、そして早く楽園にたどり着け」というお告げを信頼できるだけマルクスに傾倒できていない所以であります。

人類史的に言えば20世紀システムとは、特殊日本的に言えば日本型雇用システムとは、それ自体矛盾に満ちた仕組みであることは言うまでもありません。しかし、そこから一旦地獄に堕ちなければ極楽往生できないという脅しは、いささか私の趣味には合わないところがあるのです。

(言うまでもなく松尾さんは、地獄それ自体を極楽浄土だと言いくるめて哀れな善男善女を連れて行こうとする悪辣なイナゴの親分とは違います。そこは重々承知の上でのコメントですので)

投稿: hamachan | 2007年10月30日 (火) 11時13分

 そうですね。私も必ず一旦地獄に堕ちなければならないと言っているつもりはありません。20世紀システムはそれ自体問題があったし、時代に合わなくなっているので、変わるのは当然で後戻りはできない。新自由主義はその点では20世紀システムより勝っていたのでとられたのだけど、こちら側からの主体的な選択としては、それに賛成するのではなくて、もっと別の方法で時代に合わせた転換を目指さなければならないということが主張になります。
 先日大月書店から出た共著『格差社会から成熟社会へ』では、私はマクロ経済政策に関してそのことを論じていますので、機会があればご覧いただければありがたいです。
 まあ、私は人脈的には協会シンパの流れで、村山内閣時代にみんなもろとも社会党を除名になっていまして、「リベサヨ」なんてどこにいるのという世界で長く暮らしていましたから、旧著執筆当時は周りを「目覚め」させようといささか絶叫的な挑発表現になっていたのかもしれません。

投稿: 松尾匡 | 2007年10月31日 (水) 21時31分

その本は現在注文中ですので、入手次第またこのブログ上でコメントさせていただきたいと思います。

投稿: hamachan | 2007年10月31日 (水) 21時46分

最低賃金のアップについては、兼ねてからしっくりこないままあちこちで議論を読んでいたのですが。
この際先生方にお伺いしたいのです。勉強不足でお恥ずかしいのですが、素朴な疑問ということでお許しいただければと思います。

現在いろいろなタイプの非正規労働者がいると思うのですが、私の知るところでは既婚女性というのが圧倒的多数です。私の職場も彼女達に負うところが大きい。低賃金に甘んじて働いてもらっているのも事実です。
しかし、彼女達が低賃金でも甘んじて働いているのには理由があるわけです。扶養控除枠で働きたい、ということです。最低賃金が上がれば、労働時間数を減らすだけでしょう。
物価が上がることで、世帯収入は相対的に減少します。雇用側にも、労働者確保という負担が生じます。
さらに、この状況で扶養控除枠がなくなるような事態になれば、世帯収入はさらに減ります。既婚女性が労働時間数を増やすためには、転職の必要性や家庭環境の整備等というハードルがでてくるわけです。もちろん雇用側も流動的な労働者に悩まされることになります。
#扶養控除枠排除→最低賃金アップ の場合はもう少しスムーズに移行できると思いますが。

最低賃金のアップは、単純に高賃金を得たい人には歓迎すべきことなのでしょうが、世帯収入という視点で考えたときに、どうもすっきりしないのです。
非正規労働者を抱えた多くの世帯が収入ダウンするかもしれないというのは、杞憂にすぎないのでしょうか?

投稿: taeko | 2007年11月 1日 (木) 12時25分

taekoさん、
まさにそれが、「労働法案の修正協議」のエントリーで述べた

>この問題を本格的に追求していくと、生活を維持するための賃金リビング・ウェイジとそうでない家計補助的労働の賃金を同じ最低賃金という枠組みで論じていていいのかという、大変本質的な論点にぶち当たるのですが、まあそこまで論じるつもりはなさそうですが。(下の赤木さんの本に関わる論点ともつながってくるのです。これは)

という問題です。

実を言えば、今まで最低賃金近辺の人というのは主として家計補助的就労だったため、低くても誰もあんまり問題意識を持たなかったのですが、90年代以降になって、若年非正規就労者が激増して、リビング・ウェイジ問題がクローズアップされてきたわけです。

投稿: hamachan | 2007年11月 1日 (木) 22時01分

最低賃金引き上げに反対する理由として、最低賃金を引き上げたら新たに働きに出る専業主婦がたくさん出て、母子家庭のお母さんやネットカフェ難民が押しのけられてしまうという危惧を目にしますけど、taekoさんのお見立ての通りならば、その危惧は当たらないということになるのですね。
パート主婦世帯の世帯収入がどうなるかは私はまだよく考えていないのでわかりません。単純には、配偶者控除枠にあわせて労働供給時間を調整するならば、増えも減りもしないということになるのでしょうけど。

投稿: 松尾匡 | 2007年11月 1日 (木) 23時02分

>hamachan様
修正協議のエントリー、きちんと読み取れていませんでしたので、再度記事を読ませていただきました。若年非正規就労者が急激に増加している感覚は私にもあります。彼らが望んでいるのは最低賃金が上がることと共に、継続性が保証されることではないかと思っています。多少収入がアップすることと継続性を天秤にかけたら、継続性のある職場を選択する可能性が高いはずです。
また、若年層が希望する職種にも偏りがあって、多少安くても事務系の職場を希望します。製造系や販売系は賃金が高くても応募がないんです。現状で時給が50円から100円程度違うと思うのですが、人手不足の状態が続いています。これ以上アップすれば製品の値上げにつながるでしょう。
若年層は自らの首をしめているとしか思えません。単純に最低賃金をアップするだけでは、解決できない問題がたくさんあると思っているので、改正法案を読んだとき、もやもやした気持ちが残ってしまうのです。

>松尾匡様
専業主婦が大挙して仕事を求めるとすれば、扶養控除枠が撤廃されたときだと思います。また、ネットカフェ難民の希望する職種と主婦が就業する可能性のある職種が違うので、それほど問題にはならないというのが私の感想です。母子家庭の場合には多少の影響があるかもしれませんが、保育園等の社会福祉関連の問題の方が大きいように感じます。

確かに世帯収入は変化しませんが、賃金アップの影響で物価が上昇して生活は苦しくなります。特に子育て世代への影響が大きいのではないかと思います。
控除枠がなくなれば、税金を支払うことになるので、手取額そのものも減ります。すでに職場が時間延長できない状態になっていた場合は、実質世帯収入減になるので、消費が冷え込むような気がします。私が一番気になっている点は、ここなのです。

投稿: taeko | 2007年11月 2日 (金) 07時51分

>彼らが望んでいるのは最低賃金が上がることと共に、継続性が保証されることではないかと思っています。多少収入がアップすることと継続性を天秤にかけたら、継続性のある職場を選択する可能性が高いはずです。

まさに仰るとおりでして、ですから私は繰り返し、低賃金よりも職業キャリアのメインストリームに載せることの方が大事だと主張してきております。

これは『世界の労働』という雑誌の昨年11月号に載せたものですが、

http://homepage3.nifty.com/hamachan/koyounokakusa.html

この中でこう申し上げております。

>フリーターの最大の問題は現在の低賃金自体ではないからである。
 
>今年の労働経済白書が見事に摘出しているように、若年フリーター層の最大の問題は、彼らが中核的労働者に与えられている職業能力開発機会から排除され、いわばどんなに長く働いても技能が向上せず、より高いレベルの仕事に就いていくことがなく、それゆえに将来的に賃金の上昇が見込めないという点にある。欧米と異なり、労働者の教育訓練が主として企業内で行われる日本では、その企業内訓練から排除されるということは職業キャリアのメインストリームから排除されるということに等しい。

>彼ら年長フリーター層を職業キャリアのメインストリームに引っ張り込んでくることこそが最大の政策課題であり、そのために公共政策として何ができるかが論じられるべきであろう。

taekoさんの「もやもや」には立派な根拠があるのです。

投稿: hamachan | 2007年11月 2日 (金) 14時16分

>まさに仰るとおりでして、ですから私は繰り返し、低賃金よりも職業キャリアのメインストリームに載せることの方が大事だと主張してきております。

この点が松尾さんと濱口さんの根本的な対立点のように思います。これは、大学院時代にも松尾さんと随分議論した覚えがあるのですが、松尾さんは資本主義の発展が熟練労働を解体する傾向を強調し、現在もグローバル化によって、それが進行中であると考えていると思いますが、私自身は、企業が正規雇用をするのは、企業が関係特殊的な人的資本を蓄積するためであり、現在、非正規雇用をふやしているのは、それがしたくとも、できないからだと考えています。(この点に関しては松尾さんも同意されると思います。)だとすれば、松尾さんの発言は日本における長期不況への企業の対応を普遍的なグローバル化の結果ととりちがえているように思うのですが、いかがでしょうか。

> そして、こんな境遇の違いがあったら、周辺労働者は中核労働者に移ってこようとするが、そうすると、賃上げの原資が足りなくなる上に中核労働者のライバルが増えて不都合なので、女性なり在日外国人なり被差別部落出身者なりのアイデンティティでもって、最初から中核的正社員になれない集団を作り上げてしまうわけである。こんな境遇におかれた側はたまったものじゃないから、その立場からの異論が出たのは当然だった。
> しかし今日では違う。現代資本主義がもたらした自動化とグローバルな大競争、そしてこのかんの長期不況のために、企業は正社員を削減し、パートや派遣などに取り替えるようになった。このようなもとでは、自分達より弱い立場の者の賃金が安ければ安いほど、自分達の雇用が削減されて取り替えられてしまう危険が大きくなる。これまでとは話が逆になるのだ。

投稿: osakaeco | 2007年12月25日 (火) 01時21分

>企業が正規雇用をするのは、企業が関係特殊的な人的資本を蓄積するため

>資本主義の発展が熟練労働を解体する

それは両方のように思います。また「不況と解雇規制などとが絡む」ことで蓄積への動機が減退するということもあるかと思います。ただ、不況下でそういった規制を緩めるのは、あまり【時期がよろしくない】のかも知れませんね。

投稿: うーん。 | 2007年12月25日 (火) 11時56分

http://d.hatena.ne.jp/himaginary/20130220/wonkblog_on_schmitt_paper

最低賃金引き上げが失業につながらない7つの理由

海外でも言われているようですね。
◎◎は世界の常識、といつも言ってる人が賛同してくれるといいのですが

投稿: ニュース | 2013年3月 7日 (木) 07時47分

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