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2007年10月 9日 (火)

福井先生の対談録その5-荒木尚志先生

続く第7回は労働弁護団との丁々発止のはずですが、なぜかいまだに議事録が準備中ということで、一つ跳ばして6月12日の荒木尚志先生のラウンドです。

http://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/minutes/wg/2007/0612/summary0612.pdf

荒木先生は実にバランスのとれた方ですので、そのご説明のところを読むだけで現代労働法の的確な要約になっているのですが、対話のところから面白いやり取りを引用しますと、

>○ 福井主査 ありがとうございました。大変詳細に御説明いただき、勉強になりました。
それでは、あとは御質疑ということでよろしくお願いします。
特に解雇のところでお示しになられたアメリカ、ドイツモデルと比べた日本モデルの特徴ですけれども、先生のお考えは、どちらかというと、雇用量についてある程度雇用保障を踏まえた上で、労働条件の柔軟性というそこを生かしていくべきだということてすね。
○ 荒木教授 雇用システムの中核としては、それが私は適切だろうと考えております。
○ 福井主査 その場合の、アメリカモデル、ドイツモデルと比べた日本モデルの特質、更にもうちょっと細かくアメリカと比べた利益・不利益、ないしドイツと比べた利益・不利益などについて、更に御知見がいただけるようでしたら教えていただけますでしょうか。例えばアメリカよりは、この点ではうまくいっているけれども、この点ではうまくいっていない。あるいはドイツよりはこの点ではうまくいっているとか、もしそういったことがございましたら。
○ 荒木教授 アメリカモデルとの違いは、1 つは、外部労働市場が整備していない結果、用保障が、交渉力の非対象性を補完する機能を営んでいるわけです。いやだったら首だぞと言われますと、どんどん労働条件の低下をのまざるを得ないという状況で、交渉力を下支えしているという機能ですが、労働者によっては、それだったら転職するぞと言えた方が交渉力を強くする労働者もいる可能性があります。そういう人にとっては、むしろ自分は転職する。アメリカの大学教授などは典型ですけれども、給料上げなかった別の大学に行くぞといえる。そういう転職ができることが自分の労働条件を引き上げにつながるような労働者にとっては、より外部市場が整備された転職しやすい市場があった方が、自分にとっては有利だということになるでしょう。
しかし、問題はそういう人はどの程度いて、大多数の労働者はどういう状況があるかという点で、このことを踏まえた議論をするのが大事だという点です。
それから、ドイツモデルとの比較で言いますと、日本モデルは労働者本人がイエスと言っていないのに、使用者が変えた就業規則で労働条件が変えられる。これはおかしいではないかという議論があります。
実はそれが雇用保障を支えてきた裏面になりますので、そこをよく考えないと、労働条件を変更してはいけないということであれば、雇用面での保障も一定程度下げざるを得ないということになろうかと思います。
ただし、これからは自分で自分の労働条件を決めたい、自分はこの地域でずっと住んでいきたいから、転勤は困りますという勤務地限定社員のように、労働条件を個別契約で特定する労働者が増えてきます。その場合に、就業規則で自由に変えられるかというと、実はこれまでは余りはっきりしていなかったんです。この点、今回の労働契約法の就業規則法制は、自分で、契約で決めた労働条件については就業規則では変えられませんよということを明らかにしております。
つまり、自分で自分の労働条件を決められるという点では、ドイツモデルと比べてデメリットと見られていた点について、今、あたらしい対応がなされようとしているということだろうと思います。
そういう自分で労働条件を決められる、逆に言うと内的な柔軟性が少なくなった方については、それに応じてある程度、雇用保障の程度は下がるということも必然的に生じるということだろうと思います。
言うなれば、労働者自身がセキュリティーとフレキシビリティーの多様なバランスからなる雇用モデルを選べるというようにしていくことが大事だと思います。

アメリカの解雇自由についても、

○ 荒木教授 モンタナ州だけが解雇は自由にできない、解雇に正当事由が必要だという州法を持っております。
アメリカで労働法学者か中心に、モンタナ州のように、ほかの州でもそういう雇用保障を立法化すべきだという運動を盛んにいたしましたが、ほかの州には広がりませんで、現在ではやはり解雇は自由という底流は変わっておりません。
しかしながら古典的な解雇自由は本当にひどい自由でありまして、使用者のために裁判で偽証しろと言ったのに、偽証しなかったので解雇した、これもよろしいというふうな極端な解雇の自由でした。そういうのはさすがにおかしいということで、公序良俗に反するものとか、信義に反するものについては、少し解雇の自由を修正するという状況にあります。それだけでもアメリカでは大騒ぎでしたが、日本やヨーロッパに比べると、依然としてかなり自由だというのはそうです。

と親切な説明をしています。

アメリカ型だとどういうことになるかというと、

○ 荒木教授 それはそうですね。しかし、国の政策として考える場合に、大事だと思うのは、教育訓練インセンティブを使用者に与えるような政策かどうかということです。アメリカの制度では要するに労働者は短期にどんどん流動化していきますから、使用者が教育費用を投資して育てようというインセンティブを持ちません。そうすると、志のある上層の人たちは自分でM B A とか取って、出世していきます。しかし、大多数の労働者は必ずしもそういう努力はしない。不況が来るたびにまず解雇されるといったことが格差の拡大につながっていく可能性はあると思います。

解雇を自由にするのが「脱格差」というわけにはいかないのですよ、みんなが修士号や博士号目指して自力で勉強するわけではないということですね。普通の労働者の姿が目に入っているかどうかと言うことでしょう。

ちなみに、規制改革会議の側からも、

○ 有富委員 そこですけれど、私は雇用法制については、かなり制限をしているヨーロッパ型の方が少しいいのではないかという感じがします。ただし、条件設定が悪平等だと問題だと思います。例えば、わかりやすく言うと、仕事の遅い人が夜遅くまで残業すると、深夜残業手当が出て給料が多くなるわけです。一方で、生産性の高い人は、早く仕上げて帰ってしまうと、残業代が付かないですね。これは何かどこかで悪平等な感じがします。
こういった点を直す仕掛けは、だからと言って性急に基準の基になるところまで変えようというのではなくても、プラス・アルファの部分ぐらいはもう少し柔軟にするという制度を取り入れて工夫すると、日本の労働法制はもっと労使双方にとってお互いに使い勝手がよくなるような気がします。
○ 福井主査 いかがですか。
○ 荒木教授 まさにそういう能率の悪い人の方が残業して給料が高くなるという矛盾に対して対応しようというのが裁量労働制だったのです。ですから、これをどういう場面にどれだけ適用するのかという、そこの場面。
○ 有富委員 さっきの話しのように、対象業務のポジティブ・リストみたいな形で、なんでもかんでもお役人がO K する制度ばかりではなくて、日本では労働組合というのもわりとしっかりしていますから、やはり実態がわかっている労働組合等とよく話して、そういう制度を取り入れるべきだという気がします。
○ 荒木教授 そのために、手続がちゃんとしているからいいというためにこそ、その手続の担い手というのをきちんとしたものとして、設計することが大事ですね。
○ 有富委員 非常に大事だと思います。企業側の恣意的な形が出てくると、それもよくないと思います。いろいろ教えていただきまして、ありがとうございました。

まさにそういう話だったのですよ、ホワイトカラーエグゼンプションもね。今さら『世界』の3月号を読んでくれとは言わないですが。

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