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モリタク先生 JILPTを援護射撃

年収300万民衆の味方モリタク先生が、JILPTを潰そうとする悪だくみに対し敢然と立ち上がりました。

http://www.jil.go.jp/seisaku/column/morinaga01.htm

前にこのブログで紹介した雇用政策研究会で語った言葉をさらにパラフレーズしています。

>政府部内で独立行政法人の整理合理化が検討されている。労働政策研究・研修機構(以下JILPT)についても、整理合理化の対象として審査が行われていると聞く。しかし、JILPTの機能縮小は、財政の無駄遣いをむしろ拡大すると私は考えている。以下にその理由を記す。

まず銘記しておかなければならないことは、完全雇用の達成は、政府の果たすべき最大の責務であるということだ。失業者の存在は、資源の無駄遣いであるだけでなく、失業者の生活は雇用保険制度を通じて、他の国民が費用を負担しなければならないからだ。しかも、就業形態は多様化してきており、単に就業状態にあるからと言ってそれでよいということにはならず、不完全な就業者についても政策的対応が必要になっている。

そのなかで、いたずらに雇用対策を行うことは、財政の不効率な支出に直結する。例えば、フリーターやニートといった新しい階層が社会問題化したときに、彼らがどのような属性や意識を持っており、どのような対策を講じれば就業できるのかを知らずに、雇用対策予算を編成しても、ほとんど意味はない。しかし、有効な雇用対策を検討するためには、フリーターやニートの実態にとどまらず、これまで行われてきた類似の雇用対策の費用と効果、海外での雇用対策の状況など、労働政策全般にわたる高度な知見が必要なのだ。

そうしたなかで、残念ながら日本には、そうした政策研究を行いうる労使から中立の民間研究機関は存在しない。民間シンクタンクのなかに、主として労働問題を扱っている研究員も、その人数は一桁にとどまる。

私自身も民間シンクタンクで労働経済を専門に20年近く仕事をしてきたが、労働問題の研究員が民間シンクタンクで育たない理由は、シンクタンクの経営構造にある。大手の民間シンクタンクは、主として銀行、生保、証券、商社などによって設立されている。その多くは、親会社の創立記念事業の一環として設立されている。しかし、長引く不況で親会社の経営環境が厳しくなり、子会社のシンクタンクに与える補助金はほとんどなくなっている。加えて近年の国や地方自治体による緊縮予算の定着や調査研究業務に対する競争入札の導入強化で、シンクタンクの経営は急速に厳しくなってきている。

その結果、総合研究開発機構によると、民間シンクタンクの数は2001年の337から2006年には271に減り、研究者数は同じ期間に7359人から5840人に減少している。

そのなかで、労働関係の調査研究は、元々発注主が労働省と関連団体に限られ、ODAや地域開発といったテーマに比べると市場規模が極端に小さく、しかも発注が安定しないため、シンクタンクの研究員が継続的に労働関係の調査に携われる可能性は小さい。民間シンクタンクは存続のために収益を獲得する必要があるため、最近では労働問題を扱おうとする研究員も調査研究活動の主体を労働以外の分野に求めざるを得なくなっている。継続的に労働問題に携わることができるJILPTの研究員と民間の研究員の間に大きな研究能力の格差が生じるのは当然の帰結なのだ。

民間のシンクタンクに継続的に労働問題の発注をすればよいという考え方もあるが、調査研究全体を設計管理できる研究員を育てるには最低10年かかるし、同じ研究機関に随意契約で長期間契約を継続できるかどうかについても大きな疑問がある。

結局、効率的な労働政策を支える調査研究活動を確保するには、現在のJILPTの機能を活かし、JILPT自体の効率的運営を図ることが、唯一の方法なのだ。

労働問題の研究は、労働という現象に対する的確なセンスを必要とします。それが欠如した人間が、判ったつもりで自分のパラダイムをそのまま労働に当てはめて適当に論ずると、労働を知らない人間には一見まともな議論に見えるけれども、労働を知っている人間にはとても話にならないトンデモ議論になってしまうのです。

その実例はこのブログ上でもいやと言うぐらい上演されてきていることは、このブログを長く読んでいただいている方々には言わずもがなのことではありますが。

ただ、全面的にそうだそうだとばかり言っていても仲間内のフラッタリみたいに思われるので、一言だけ辛口のコメントも。

JILPTの研究員がみんな小杉礼子さんみたいに活躍していればいいんですけれどもね。

いや、成果を上げている人はいっぱい居ることは居るんですけど、目立っちゃうと本田由紀先生のように大学に吸い上げられてしまうのが辛いところ。

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労働法案の修正協議

世間は福田・小沢会談に関心が集中しているようですが、当ブログはそれよりなにより労働法案の行方です。

今朝の朝日ですが、

http://www.asahi.com/politics/update/1030/TKY200710300353.html

>衆院厚生労働委員会で継続審議中の最低賃金法改正案について、民主党と与党が修正協議に入っていることが30日、わかった。民主党が対案で打ち出していた「全国一律の最低賃金の創設」を断念。政府案の修正案を示したことで、与党側も協議に応じた。与野党とも今国会での成立を目指し、調整している。

 民主党は、支持団体の連合が最賃法の早期改正を強く求めていることもあり、与党との歩み寄りを優先。かわりに、最低賃金の決め方について「労働者が人たるに値する生活を営むための必要を十分に充(み)たすこと」との文言を政府案に加えるよう求めている。最低賃金の大幅引き上げを図る根拠を明確に打ち出す狙いだ。

 また、同様に対案を出していた労働契約法案の修正案も示し、派遣やパートといった就業形態にかかわらず「均等な待遇の確保が図られるべきだ」との原則を明記。有期契約労働者についても賃金などで正社員との差別禁止を盛り込んだ。

 一方、労働基準法改正案は、何時間の残業から賃金の割増率を引き上げるかをめぐって両者の隔たりが大きく、成立は困難な見通しだ。

大体、想定していたようなところに落ち着きつつあるようですね。

現に生活費に大きな地域差があり、生活保護額にも大きな地域差がある以上、全国一律最低賃金などというのは筋が悪いことは判っていたわけです。一方で、「労働者が人たるに値する生活を営むための必要を十分に充たす」ってのは、リビング・ウェイジの思想を法律上に明記しようということで、興味深いところですね。

この問題を本格的に追求していくと、生活を維持するための賃金リビング・ウェイジとそうでない家計補助的労働の賃金を同じ最低賃金という枠組みで論じていていいのかという、大変本質的な論点にぶち当たるのですが、まあそこまで論じるつもりはなさそうですが。(下の赤木さんの本に関わる論点ともつながってくるのです。これは)

労働契約法案の方も、審議会で最後の最後まで入れるか入れないかで揉めに揉めて、最終的に答申の直前に落ちた均等待遇原則を復活させるというのは、妥協として一番筋がいいことは間違いありません。

労働時間については、私は個人的に今回は潰すのが一番いいと思っています。割増率などというおまけみたいな話ばかりにかかずりあうのではなく、労働時間法制はそもそもいかにあるべきかという本質論を正面から議論し直して貰いたいと思っています。

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赤木智弘氏の新著その2~リベサヨからソーシャルへ

昨日の続きです。

赤木さんは第3章「丸山真男をひっぱたきたいができるまで」で、ご自分の思想遍歴を語っているのですが、これがまさに昨日の話とつながります。

彼は、自分が「いわゆる左派」だったというのですが、その「左派」ってのは何かって言うと、最初に出てくるのが、オウム真理教バッシングに対する批判なんですね。

それが左派かよ!そういうのはプチブル急進主義って言うんだぜ!

と、昔風の左翼オヤジはいうでしょう。

オウムだの幸福の科学だの、そういう大衆をだまくらかすアヘン売人どもに同情している暇があったら、その被害者のことを考えろ!

と、ゴリゴリ左翼はいうでしょう。

でも赤木さんにとっては、そういうリベリベな思想こそが「左派」だったんですね。このボタンの掛け違いが、この本の最後までずっと尾を引いていきます。

彼が、「このような左派的なものに自分の主張をすりあわせてきました」という、その「左派的なもの」というリストがp131にあります。曰く、

>平和を尊び、憲法9条を大切にする。

>人権を守る大使から、イラクの拉致被害者に対する自己責任論を徹底的に否定する。

>政府の有り様を批判し、労働者の立場を尊重する。

>男女はもちろん平等であり、世代や収入差によって差別されてはならない。

ここにはいかにもリベサヨ的なものから、一見ソーシャルなものまで並んでいますが、実は、その一見ソーシャルなものは赤木さんにとって切実なものではなかったことがそのすぐあとのところで暴露されています。

>男性と女性が平等になり、海外での活動を自己責任と揶揄されることもなくなり、世界も平和で、戦争の心配が全くなくなる。

>で、その時に、自分はどうなるのか?

>これまで通りに何も変わらぬ儘、フリーターとして親元で暮らしながら、惨めに死ぬしかないのか?

をいをい、「労働者の立場を尊重する」ってのは、どこか遠くの「労働者」さんという人のことで、自分のことじゃなかったのかよ、低賃金で過酷な労働条件の中で不安定な雇傭を強いられている自分のことじゃなかったのかよ、とんでもないリベサヨの坊ちゃんだね、と、ゴリゴリ左翼の人は言うでしょう。

>ニュースなどから「他人」を記述した記事ばかりを読みあさり、そこに左派的な言論をくっつけて満足する。生活に余裕のある人なら、これでもいいでしょう。しかし、私自身が「お金」の必要を身に沁みて判っていながら、自分自身にお金を回すような言論になっていない。自分の言論によって自分が幸せにならない。このことは、私が私自身の抱える問題から、ずーっと目を逸らしてきたことに等しい。

よくぞ気がついたな、若いの。生粋のプロレタリアがプチブルの真似事をしたってしょうがねえんだよ、俺たち貧乏人にカネをよこせ、まともな仕事をよこせ、と、あんたは言うべきだったんだ、と、オールド左翼オヤジは言うでしょう。

もちろん、半世紀前の左翼オヤジの論理がそのまま現代に通用するわけではありませんが、リベサヨに目眩ましされていた赤木さんにとっては、これは「ソーシャルへの回心」とでも言うべき出来事であったと言えます。

問題は、赤木さんの辞書に「ザ・ソーシャル」という言葉がないこと。そのため、「左派」という概念がずるずると彼の思考の足を引っ張り続けるのです。

彼の主張は、思われている以上にまっとうです。「俺たち貧乏人にカネをよこせ、まともな仕事をよこせ」と言ってるわけですから。そして、戦争になればその可能性が高まるというのも、日中戦争期の日本の労働者たちの経験からしてまさに正しい。それこそ正しい意味での「ソーシャリズム」でしょう。

ところが、「左派」という歪んだ認識枠組みが、自分のまっとうな主張をまっとうな主張であると認識することを妨げてしまっているようで、わざとねじけた主張であるかのような偽悪的な演技をする方向に突き進んでしまいます。

自分が捨てたリベサヨ的なものと自分を救うはずのソーシャルなものをごっちゃにして、富裕層がどんな儲けても構わないから、安定労働者層を引きずり下ろしたいと口走るわけです。安定労働者層を地獄に引きずり下ろしたからといって、ネオリベ博士が赤木君を引き上げてくれるわけではないのですがね。

赤木さんはあとがきで、こう言います。

>ええ、わかっていますよ。自分が無茶なことを言っているのは。

>「カネくれ!」「仕事くれ!」ばっかりでいったい何なのかと。

それは全然無茶ではないのです。

そこがプチブル的リベサヨ「左派」のなごりなんでしょうね。「他人」のことを論じるのは無茶じゃないけど、自分の窮状を語るのは無茶だと無意識のうちに思っている。

逆なのです。

「カネくれ!」「仕事くれ!」こそが、もっともまっとうなソーシャルの原点なのです。

それをもっと正々堂々と主張すべきなのですよ。

無茶なのは、いやもっとはっきり言えば、卑しいのは、自分がもっといい目を見たいというなんら恥じることのない欲望を妙に恥じて、その埋め合わせに、安定労働者層を引きずりおろして自分と同じ様な不幸を味わわせたいなどと口走るところなのです。そういうことを言えば言うほど、「カネくれ!」「仕事くれ!」という正しい主張が伝わらなくなるのです。

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赤木智弘氏の新著

41ad8n5htal_ss500_ 双風舎の谷川茂さんから赤木智弘氏の新著『若者を見殺しにする国』をお送りいただきました。有り難うございます。

前にこのブログで、目次だけでコメントした部分について、もう少し詳しく見てみましょう。「第2章 私は主夫になりたい」です。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/10/post_89ec.html

>格差社会の一つの要因は、強者同士の結婚です。年収500万の男性と年収300万の女性が結婚すれば、年収800万の世帯が生まれます。その一方で、強者男性女性と結婚できない弱者男性は、年収130万程度の世帯を維持するほかありません。これでは、平等を達成することはできません。(p108)

>私は、こうした経済格差のありように対抗するため、男女という性差に社会責任(男は仕事、女は家事)を付与するのではなく、経済の強弱に於いて社会責任を付与(強者は仕事、弱者は家事)することを考えます。(p113)

>この構図を税金でたとえれば、「累進課税の強化」となります。直間比率の是正などと言う論理によって、裕福な人間の税金ばかりが安くなり、経済弱者に重い税負担がのしかかっている。こうしたネオリベラリズムな経済体制を批判する左派ならば、強者に対する思い社会責任の付与については、きっと賛成して貰えるはずです。

>とはいえ、「女性」というフィルターがかかると、なぜか「男性に対する負担増ならまだしも、女性に対する負担増はおかしい」などと、平等の軸がぶれてしまう。

なぜか、

>これまでの「弱者」概念というものが、「女性」「肌の色」「人種」「生まれた場所」などという、人間が自身の力であとから変えようのない「固有性に対する差別」による弱者を示しました。すなわち「平等を求める行為」というのは、そうした固有性によって人を差別しない社会を目指すと言うことです。

>一方で、右肩上がり経済社会における「経済弱者」というのは、あくまでも一時的な格差で発生した弱者だと考えられます。つまり、「努力すればやがて報われるような一時的な弱者」と言うことです。そうした状況は、バブル崩壊後の低い経済成長の社会になってからは変化し、「努力をしても報われない弱者」、すなわちワーキングプアを生み出しました。

>にもかかわらず、「固有性に対する差別」にこだわる左派の多くが、こうした状況をちゃんと把握しておらず、いまだに「努力すれば何とかなる」とか「一緒に労働運動をすれば何とかなる」などと主張しているのを知るにつけ、開いた口がふさがらなくなります。

>つまり、左派の人たちは。「固有性に対する差別」とたたかうことを強調するあまりに、「固有性でない差別」に対する理解が浅くなっています。それと同時に、彼らの主張は「自己責任論に対する親和性」が高いのです。(以上p114~115)

私はこの部分を読んで、赤木さんの社会に対する認識能力の高さを改めて確認しました。現在の様々なアクターに対する理解はかなり的確です。この文章で文句をつけるべきところは、「左派」という概念に対する通り一遍さくらいです。それは、やや耳にいたいかも知れませんが、歴史的知識の乏しさゆえではないかと思われます。

赤木さんにとっては、左派というのはいまの社民党みたいなものなのでしょうね。福島瑞穂さんみたいなのが「左派」の典型なのでしょうね。それは、年齢から考えれば、生きてきた時代状況の中ではまさにそうだったのですから、やむを得ないところがあります。

しかし、それは高度成長期以後のここ30年くらいのことに過ぎません。

それまでの「左派」というのは、「固有性に対する差別」を問題にするのはブルジョア的であり、まさに「努力しても報われない弱者」働いても働いても貧しさから逃れられない労働者たちの権利を強化することこそが重要だと考えるような人々であったのです。リベラルじゃないオールド左翼ってのはそういうものだったのです。赤木さんとおそらくもっとも波長があったであろうその人々は、かつては社会党のメイン勢力でもあったはずなのですが、気がつくと土井チルドレンたちが、赤木さんの言う「「固有性に対する差別」とたたかうことを強調するあまりに、「固有性でない差別」に対する理解が浅くなってい」る人々、私のいうリベサヨさんたちが左派の代表みたいな顔をするようになっていたわけです。この歴史認識がまず重要。

リベじゃないオールド左翼にとっては、「経済の強弱に於いて社会責任を付与」することは当然でした。当時の状況下では、これは、「女房子供の生活費まで含めて会社に賃金を要求する」こととニアリー・イコールでした。終戦直後に作られた電産型賃金体系が一気に日本中に広まったのは、そのためです。

しかし、やがてそういうオールド左翼のおっさんたちが、保守オヤジとして指弾されるようになっていきます。彼らに「固有性に対する差別」に対する感性が乏しく、「左翼は女性差別的」と思われるようになったからです。

ここまでの歴史が、おそらく赤木さんの認識の中には入っていません。その後の、オールド左翼が消えていき、社民党とはリベリベなフェミニズム政党であるとみんなが思うようになるのは、せいぜい80年代末以降です。そして、その後の彼らに対する認識は、赤木さんの言うとおりです。

リベサヨとネオリベが紙一重であるということは、実はこのブログでも何回も繰り返して述べてきたことです。そこを「左派」という言葉で括ってしまうと、せっかくの赤木さんの的確な認識が全然生きなくなります。むしろトンデモな言葉に聞こえてしまうのです。

この部分以外にもコメントすべきところは多いのですが、とりあえず今日のところはこの程度にしておきましょう。

なお、いくつか参考となるかも知れない文章をリンクしてきます。まず、「時の法令」という雑誌に載せた「差別と格差の大きな差

http://homepage3.nifty.com/hamachan/sabetutokakusa.html

あと、お時間があれば、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/11/post_a90b.html(リベじゃないサヨクの戦後思想観)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/12/post_5af3.html(リベラルサヨクは福祉国家がお嫌い)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_a88b.html(超リベサヨなブッシュ大統領)

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/09/post_0a5d.html(雇用平等はソーシャルか?)

最後に、このブログで赤木さんを最初に評論したエントリーです。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/05/post_3f06.html(フリーターが丸山真男をひっぱたきたいのは合理的である)

(追記)

私の単純な書き写しミスで、男と男が結婚するかしないかというわけわかめな話になってしまいまして申し訳ありません。「強者女性と結婚できない弱者男性」です、もちろん。

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最低賃金引き上げは悪くない

松尾匡さんが「最低賃金引き上げは悪くない 」と論じています。

http://www.std.mii.kurume-u.ac.jp/~tadasu/essay_71029.html

第一の論点は「正社員の雇用が増える」ということですが、松尾さんにとってはこちらは大したことのない論点のようです。

第二の、おそらく松尾さんにとって重要なポイントは、

>でも、正社員の雇用が増えて人手が不足してきたら、正社員の賃金も上がり、結局賃金格差は復活するだろうという反論があるかもしれない。
 この効果はあるだろう。すなわち、貨幣賃金率が全般的に上昇するのである。実は、今日本当に論じたいのは、このことのマクロ経済学的な効果である。

>貨幣賃金率を引き上げることができたならば、物価も上昇するのである。

最賃を上げてリフレしようという主張のようです。

これは、以前ロナルド・ドーア先生が主張していた議論とよく似ていますね。

2001年12月号の『中央公論』に、ドーア先生は「私の「所得政策復活論」―デフレ・スパイラル脱出の処方箋」という論文を寄せ、「財界が音頭をとって賃金“引き上げ”を断行せよ」と主張したことがあります。

正直言って、『近代の復権』のあの教条的市場原理主義的マルクス主義者の松尾さんと労働組合シンパで日本型システムに好意的な資本主義の多様性論者のドーア先生とが頭の中でぴたりと嵌らないのですが、結果的に同じことを主張されていることには違いないのですよね。

(『近代の復権』からすれば、正社員などというのは複雑労働力商品生産の疎外の産物に過ぎないわけでしょうから、それが増えるのがいいという評価にはならないような気がします。)

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人権擁護法案再提出?

産経が、「人権擁護法案提出の動き再燃 法相が強い意欲」という記事で、大変批判的な観点から同法案再提出の動きを報じています。

http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/071028/stt0710281848003-n1.htm

>過去に自民党内の反対を受けて頓挫した人権擁護法案を、来年の通常国会に提出しようとする動きが政府・与党内で再燃している。鳩山邦夫法相が国会答弁で再提出への強い意欲を表明したためだ。しかし、2年前には人権侵害の定義があいまいなどの理由で自民党内の保守勢力が反発し、党を二分する騒動に発展した経緯があるだけに、すんなりと再提出できるかどうかは微妙だ。

 鳩山法相は24日の衆院法務委員会で「さまざまな問題点をクリアできる方法を考え、人権擁護法案は国会に再提出したいと考えている。日本に人権擁護法案がないというのは実に情けないことではないか」と答弁した。

 鳩山氏は19日の同委員会では「国会への再提出を目指すべきだが、与党内にもさまざまな議論があることから、真摯(しんし)に検討を進める」と述べるにとどまっていただけに、一歩踏み込んだ格好だ。

 鳩山氏は周辺に「自民党が人権擁護法案を通せば、選挙にも有利だ」と漏らしているという。これに連動するかのように「自民党内の人権擁護法推進派が水面下で再提出へと動き出している」と同党関係者は指摘する。

 鳩山氏が描く具体的な議論再開の時期や法案の修正内容は不透明だが、鳩山氏の「意欲」に対し自民党内では「新たな人権侵害を生む可能性をはらんだ法案には賛成できない」(中堅)と早くも警戒感が広がっている。

政府は平成14年3月、出生や国籍などを理由にした差別や人権侵害の防止と救済を目的に人権擁護法案を国会に提出した。だが、メディア規制も対象にしていることから自民党の保守派勢力などから反発が沸騰したため、15年10月の衆院解散に伴って廃案となった。

 17年には、自民党の現選挙対策委員長を座長とする与党の「人権問題等に関する懇話会」が中心となって修正案を提示したが、法務省の外局に新設する人権擁護委員会に令状なしの強大な調査権を与えることへの批判は収まらず、提出を断念している。

 与党懇は昨年8月にも、あいまいとなってい人権侵害の定義に「違法性」を加える修正を検討した。しかし、9月に法案反対派の安倍晋三前首相が政権トップの座に就くと、党内には前首相の思いを忖度(そんたく)する空気が強まり、法案を議論する党人権問題等調査会の会長ポスト自体が空席となった。調査会は現在も活動を停止している。

 ところが、福田政権が発足してから事態は急展開。党役員には推進派の古賀氏と二階俊博総務会長が名を連ね、逆に反対派の中川昭一氏が政調会長を退任した。反対派の議員連盟「真の人権擁護を考える会」を結成した平沼赳夫元経済産業相は郵政民営化反対で党を離れたままとなっている。

 もっとも、自民党内には、「法案再提出の動きが、退潮著しい保守勢力の結集のきっかけになりうる」(若手)との見方もあるだけに、展開次第では再び自民党内が混乱に陥る可能性もある。

混乱に陥って欲しいという産経新聞の願望が窺えますが、それはともかく、拙著『労働法政策』でも述べたように、私はこの法案は「これまでほとんど性別に基づく差別や嫌がらせに限られていた労働分野の人権法政策が、一気に人種、民族、信条、性別、社会的身分、門地、傷害、疾病または性的志向といった領域にまで拡大することとなり、労働人権法制と称すべき広範な分野が姿を現すことになるという点」で、是非とも実現に漕ぎ着けて貰いたいと思います。

その点で、産経の記事も意識的にか無意識的にかは判りませんが、この法案の適用対象を歪曲しているところがあるのが気になります。

この法案は、

http://www.moj.go.jp/HOUAN/JINKENYOUGO/refer02.html

を見れば判るように、「人種、民族、信条、性別、社会的身分、門地、障害、疾病又は性的指向」が対象で、どこを見ても「国籍」などという文字は出てこないのですが、なぜか「出生や国籍などを理由にした差別や人権侵害」などと言われて、排外主義的感情のおもちゃにされてしまっているのですね。

いうまでもなく、国籍に基づく異なる取扱いはどの先進国であっても行われていることですし、EUでもEU域内国民は差別してはいけませんが、EU域外の第三国民は原則として差別してもいいのです。主権国家体制である以上、それは当然というか、やるなら相互主義でやるしかない領域ですね。

問題は日本国民の間に、上記のような理由による差別をいつまでも残していっていいのかという問題のはずなのですが、この辺がいわゆるネットウヨ諸氏のよく判らないところです。

私は『季刊労働法』218号で「外国人労働者の法政策」について論じた際に、日弁連が先の雇用対策法改正で導入された外国人雇用状況報告制度を人種差別だ民族差別だと言って批判していることについて

>国籍と人種・民族をごっちゃにするなど論理的に齟齬があるのは言うまでもありませんが、それだけでなく現行日本法制が人種・民族差別を包括的に禁止する規定を有していないことがその原因となっているように思われます。

と述べました。外国人政策を適切に議論するためにも、それを人種・民族差別とは切り離して議論できるようにしておく必要があると思います。

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君たちに明日はない

51eljayqhl_ss500_ 軽い小説ですが、ちょいと塩味が聞いていてなかなか。

まあ、まったく労働法に関係がないわけではないので、雑件扱いですがご紹介しておきます。

垣根涼介

君たちに明日はない

新潮文庫

http://www.shinchosha.co.jp/book/132971/

>リストラ請負人、村上真介は今日も行く。彼を待ち受けるのは、部下に手をつけるセクハラ上司、管理能力ゼロのオタク主任、お上に楯突くキマジメ社員……。山本周五郎賞受賞作。

>「私はもう用済みってことですか!?」リストラ請負会社に勤める村上真介の仕事はクビ切り面接官。どんなに恨まれ、なじられ、泣かれても、なぜかこの仕事にはやりがいを感じている。建材メーカーの課長代理、陽子の面接を担当した真介は、気の強い八つ年上の彼女に好意をおぼえるのだが……。恋に仕事に奮闘するすべての社会人に捧げる、勇気沸きたつ人間ドラマ。山本周五郎賞受賞作。

「労働基準法により解雇が禁じられている」とかのいささかな記述もあって、をいをいですが、まあ読んで面白い小説であることは間違いありません。筑波大卒という真介の設定は著者の自画像?

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権丈先生 年金租税論を轟沈

勿凝学問シリーズ、111巻と112巻が一気に配達されました。

http://news.fbc.keio.ac.jp/~kenjoh/work/korunakare111.pdf

http://news.fbc.keio.ac.jp/~kenjoh/work/korunakare112.pdf

まず前者は「もはやコミカルな年金租税方式論者たち」と題して、先日(10月25日)の経済財政諮問会議でのやりとりを取り上げています。

>基礎年金を消費税で賄うべしという論を、再分配政策の政治経済学からみると、(良かれ悪しかれ)その本質は、企業による社会保険料負担を消費者による消費税に移転する政策ということになってしまう。この点、10月25日の経済財政諮問会議の中でおもしろいやりとり・・・否、コミカルなやりとりがあったようなので、今日は、それを紹介。

意気込み勇んで、有識者(?)議員とかいう人たちが「持続可能な基礎年金制度の構築に向けて」なる報告で、基礎年金財源を100%租税にする案を提出したらしい。

彼らの報告の中の「企業が負担してきた分(約3.7兆円(平成19年度内閣府試算値))」が目に留まった閣僚からは、「企業負担がなくなって、国民の負担というのは、議論は、耐えられないのではないか」とのなかなか本質を突いた発言があったとのこと。当たり前のことで、今のご時世、企業負担を減らして(巷間言われる)庶民増税で賄おうという魂胆丸見えの政策を掲げたら、票をいくら失うか分かったものじゃない。

ここで、有識者であるらしい財界側の諮問会議議員の答弁が、笑える(記者会見発言要旨より)。

税方式というのは安心できる年金への一つの選択肢であって、企業の負担の軽減ということは、全く思いもしていないと。これが目的ではないと。具体的な制度の議論がないまま、企業負担がなくなるから、軽減されるから、企業が税方式を主張するという議論が多くて戸惑っていると。

あっ、そう。「企業の負担の軽減ということは、全く思いもしていない」わけか。お志ご立派なことです(笑)。さらにはこの前まで「税方式でやった方がいい」とおっしゃっていた財界代表たちは「わたしたちは、租税方式を支持しているわけではない」とかのたまわられたらしく、租税方式論者たる経済学者の有識者議員の梯子はいずこ?――いやはや、もはやコミカル。

最初から権丈節が炸裂していますな。

これに続いて、「租税を基礎年金の財源にすれば未納未加入問題が解決するという彼らの錦の御旗も危ない」という話ですが、これが展開されているのが112巻「年金財政シミュレーションという研究について 朱に交わっても赤くなるなよ」の方です。

>世にはかわいそうなことがしばしば起こるようで、数年前に、当方の大学院講義に出席していた、今や立派な社会人となった昔の学生が、ある学会に報告希望を出す際に、まぁ、取りあえずと、第2志望のコメンテイターにわたくしの名前を書いていたらしい。そうすると、あろうことか第1志望の先生が他の人のコメントをすることになったらしく、彼のコメンテイターには第2志望の人物が決まってしまった。彼の報告テーマは「年金財政シミュレーション・・・」。彼はひょっとすると厄年かもしれない――。

学会報告でのそのセッションでは、第1報告も、第2報告も・・・公的年金を民営化したり保険方式から租税方式に変更したりする年金財政シミュレーションの研究であり、コメンテイターやフロアーからの質問者も、シミュレーションの技術的な話で盛り上がっていた。そんな中、わたくしの出番となり、かつての当方の講義の学生に次の質問をした。

質問

•制度移行問題について、同じような研究をしている人たちの間でどのような議論をしているのか?

•他の制度、たとえば、年金受給年齢以前の生活保護制度との整合性について、同じような研究をしている人たちの間でどのような議論をしているのか?

•制度移行後の年金受給要件について、同じような研究をしている人たちの間でどのような議論をしているのか?

会場は、シーンとする。最後に、司会者が「なにか質問、ご意見はありませんか」と問うても、水を打ったような静けさ――そして終了。

これまでこの国でなされた年金財政シミュレーションでは、たとえば、現行制度から財源を消費税にするばあいには、いますぐ全員に基礎年金の満額が給付されることが仮定されてきた。そのとき彼らは、「租税方式の下では、未納未加入問題が解消され、結果、無年金低年金問題も解消されるメリットがある」と言いつづけてきた。不思議なことに、未納未加入問題があり、ゆえに無年金低年金問題があるために、租税方式に切り替えることが難しくなるという側面を、彼らは考えたことがないようなのである

この「シーン」「水を打ったような静けさ」が、この世のどこにもない空理空論を操ることばかりにかまけ、時間と空間の中に実在する現実社会の制度をまともに考えることを怠ってきたスコラ的お学者センセどもの姿を見事に晒していますね。

社会保障について真実であることは労働についても真実なのが悲しいところです。

>学会終了後、報告者と、あとひとりの若い研究者とともに喫茶店に行く。 「生きていくのにいろいろと大変だろうけど、朱に交わっても赤くなるなよ」――と、本当のコメントをして、本日の仕事を終了。

でも、権丈先生の弟子としてこういうコメントをして貰えるだけ、この方は幸せだと思いますよ。

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僕も非正規社員スタート

読売の記事ですが、

http://job.yomiuri.co.jp/interview/jo_in_07101901.cfm

Jo_in_07101901 >龍井 葉二(たつい・ようじ)さん

連合の非正規労働センター総合局長に就任
>「非正規社員というだけで低い労働条件に置かれる労働者がいるのに、黙って見ていていいのか。とりあえず一緒に声をあげていこう。それがセンターの役目です」

 連合は先ごろ開いた大会で、非正規社員の労働条件向上を第一に取り組むことを決めた。結成20年目を前にした大転換で、その象徴と目される部署の初代責任者に座った。

 企業の業績こそ好転したものの、年収200万円以下の人が増え続けている。国税庁の調査では昨年、とうとう1000万人を超えた。パート、派遣労働者が急増したためとみられる。今や3人に1人が非正規社員の時代になった。

 ところが、連合傘下の労働組合はこれまで、同じ職場に非正規社員がいても「知らん顔」だった。正社員の権利確保を優先してきたからだ。

 そんな連合が、どこまで本気で突き進めるのか。

 「大言壮語はせず、身近の非正規社員と手をつなぐことから始めたい。そこで足元を固めたら、パソコンや携帯のネットを活用して連帯の輪を広げていきたいですね」

 団塊最後の世代で、学生運動が過ぎて最初に入った大学は中退。別の大学へ入り直し、大学院に進む予定が単位不足で留年した。組合ニュースを各加盟労組に配信する旧総評の“子会社”に職を得たのは30歳手前になってから。

 「僕も非正規社員から社会人をスタートさせた。奇縁でしょ」。ふっと笑った。

私より年長の組合の人って、わりと人生いろいろという感じの人が多い気がします。いい意味で人間の幅があるって言うか。時代の激動の中を生きてきましたという感じで。

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正社員と非正社員の関係性をめぐり、重要なターニングポイント

このブログでも何回か紹介してきているJILPTのコラム、ときどきいいエッセイが載ります。今回は渡辺木綿子さんの「最近のヒアリングで感じること」という小文ですが、

http://www.jil.go.jp/column/bn/colum087.htm

>この間、パート労働者をはじめとする非正社員の、待遇改善に係る企業・労組ヒアリングを多数手がけたが(注2)、調査当初は、企業側のアレルギー反応だけでなく、正社員vs非正社員の利害対立もあり、協力を請うのも一苦労であったことを思い出す。

しかし最近になって、正社員と非正社員の均衡待遇や、非正社員から正社員への登用・転換に、自主的に取り組む動きが急速に拡がってきた(注3)。改正論議が始まった頃を思い起こせば、隔世の感がある。

と感慨深げに語っています。

彼女が挙げるのは、例えばある企業の人事担当執行役員

>「率直に言って、正社員を減らしすぎたという反省がある」――。その弁は、ここ数年進めてきた効率化に、行き過ぎがあったのではないかという思いをストレートに表現したものだった。

また、フリーターを活用したローコスト経営で有名な、あるメーカー

>「フリーターのままでは結婚すらできないという、悩みを聞き続けてきた。弊社の急成長を支えてくれたそんなフリーターに、いま報いたいという思いだ」――。

さらに、

>一方、労組の側の意識にも、この数年で着実に変化の兆しがみえる。職場の8割を占める非正社員を徐々に組織化し、正社員と合わせ7万人を超える大所帯に成長した、ある労組にインタビューした時のことだ。

>「利益成長を求めつつも、ある程度は一定の原資の中で、それぞれ(正社員、非正社員)がいかに仕事や働き方に比べ、納得して共生できるかを考える必要がある」――。

彼女の云うように、「いま、正社員と非正社員の関係性をめぐり、重要なターニングポイントに差し掛かっている」のは確かでしょう。

ただ、それが「改正パートタイム労働法を追い風にして」なのかについては、わたしはいささか懐疑的です。パートという言葉で非正規労働者がくくられている間は見えてこなかったものが、見えるようになってきたということが重要だったように思われます。

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職工事情の紹介

私は労働法政策の授業では最初に『職工事情』全3冊を持って行って、こういう状況の中から労働政策というのは生み出されてきたのだよ、と説明するんですが、まあ、じゃあ全部読んでみようかという人はそういません。ていうか、そんな悠長なことしてる暇ありませんよね。

たまたま、うえしんさんの「考えるための書評集」というブログで、最近この本が取り上げられていたので、ちょうど手頃な長さの解説でもあり、リンクを張っておきます。

http://ueshin.blog60.fc2.com/blog-entry-866.html

http://ueshin.blog60.fc2.com/blog-entry-868.html

http://ueshin.blog60.fc2.com/blog-entry-873.html

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御手洗会長の講演

日本経団連HPに、10月23日に行われた御手洗会長の講演が載っています。

http://www.keidanren.or.jp/japanese/speech/20071023.html

「「希望の国、日本」の実現に向けて」というタイトルですが、はじめに「成長力の強化」、「地域経済の活力向上」について語ったあとは、もっぱら労働・社会問題が中心です。

3つめの「働き方の改革」では、ワーク・ライフ・バランスと就職氷河期の若者を取り上げています。

まずワ・ラ・バラですが、

>ワーク・ライフ・バランスの実現のためには、労働時間規制の強化などによって進めるべきとの声もありますが、あくまで労使の自主的な取り組みを基本として、政府がそうした取り組みを支援するという形を作ることが必要であると考えております。ワーク・ライフ・バランスが広く実践されるためには、国民の働き方に対する意識改革が必要になります。

>こうした点などを踏まえますと、やはり鍵となるのは経営トップの役割ではないかと思います。経営者が強い変革意欲を持ちながら、企業文化の改革に努めていく必要があります。経営トップがメリハリのある働き方の実現を目指し、長時間会社にいたかどうかなどの「仕事の過程」を評価するのでなく、「仕事の成果」に対する評価を徹底していくことにより、無駄な残業を減らし、上司や同僚が職場に残っていると帰りにくいといった企業風土の払拭につなげていく必要があると思います。

この点は、私はその通りだろうと思っています。正確に言えば、健康に関わるような長時間労働は労働時間規制の強化で対応すべきですが、ワ・ラ・バラはある意味で個人の選択の問題であり、しかしマクロ社会的に一定の方向に誘導すべき問題でもあるわけですから、まさに経営トップの責任が重大になるわけです。

次に就職氷河期の若者ですが、まず

>二つ目のポイントは就職氷河期の若年者の雇用問題、とりわけ職業能力の向上をいかに図っていくかということであります。

という問題認識が適切です。

>90年代後半からはじまった、いわゆる就職氷河期において、思うように就職ができなかった若年者は、年長フリーターなどといわれておりますが、そういった層が約90万人おります。この人たちが固定化することはわが国の経済成長にとって阻害要因となると危惧しております。

「俺たちは経済成長の阻害要因かよなどとふてくされるのではなく、だからこそ経済界が積極的に取り組む必要があるのだという意思表示ととるべきでしょう。

では具体的には何をしろというのかというと、

>具体的には、政府は成長力底上げ戦略の一環として、「ジョブカード構想」を提唱し、職業能力の開発の機会に恵まれなかった層を対象に、「座学と企業でのOJTを組み合わせた実践的な職業訓練」を2008年度からスタートさせるべく、現在、詳細な制度設計に着手しております。
しかしながら、こうした取り組みも、企業がOJTの機会を提供していかなければ、実現することはできません。もちろん、企業の置かれた状況はさまざまでありまして、一律に割り当てというわけにはまいりませんが、ジョブカード構想を、東北地方を含めて全国的に普及させていくためにも、今日お集まりの企業におかれましては、ぜひ積極的なOJT機会の提供をお願い申し上げたいと思っております。

と、ジョブカード構想への協力が最初に来るわけですが、労務屋さんみたいに

>具体論が「ジョブ・カード」だけというのはいささかみすぼらしい(失礼)感じはありますが…。

http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20071023

とまで言う気はありませんが、ちょっとそれだけではね・・・。

いやもちろんそれだけではありません。

>また、雇用の多様化が進み、皆様の会社では、長期雇用の社員だけでなく、さまざまな従業員を雇用していることと思います。意欲と能力がありながらも、不本意な形でパートやアルバイトといった働き方をしている若年者がいるのであれば、そうした人材を長期雇用へ転換していく仕組みを整備していくことも、選択肢の一つとして検討していただきたいと考えております。

ともちゃんと語っています。下にも書いたように、ここは一種のポジティブアクションが必要なところだろうと私は思っています。

次の社会保障制度のところもいろいろ語っていますが、例の基礎年金全額税方式についてはいささか引いた姿勢になっています。

>また、基礎年金が本当の基礎としてセーフティネットをなすものであるならば、全額を税でまかなうということも考えられるわけです。こうした観点から9月に「税方式も含めて選択肢を広く議論すべきである」という問題提起をさせていただき、新聞等に大きく報道されることになりました。しかし、税方式への移行には企業負担のあり方をどうするか、既に支払った保険料をどうするのか、生活保護との関係をどう理解するのか、といったさまざまな問題がありますので、日本経団連の社会保障委員会で専門的に研究しているところであります。

研究中ということです。

最後の少子化のところでも、経営トップの責任を強調しています。

>しかしながら、職場の雰囲気などに気兼ねするなど、制度を利用しづらいという従業員の声はまだまだ多いのが現状です。こうした状況を改めていくには、各企業において、男性を含めて働き方を根本的に見直し、効率的に仕事を進めていくことが必要となります。
そのためには、経営トップがリーダーシップを発揮して、職場の雰囲気を変える旗振り役となるとともに、各職場において、管理職と従業員が日頃からコミュニケーションを積み重ねることが重要であります。働き方の見直しが進めば、30代・40代の子育て世代の男性従業員に多い長時間労働が是正され、夫婦で無理なく家事や育児を分担できるようになり、女性が社会参画しやすくなるものと期待されます。

本気で「経営トップがリーダーシップを発揮」するかどうか、御手洗会長の手腕が問われるところです。

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藤川恵子氏の年齢差別論

リクルートワークス研究所の藤川恵子さんが、同研究所のHPに「募集・採用における年齢制限禁止についての一考察―改正雇用対策法施行を目前に控えて 」という文章を書いています。

http://www.works-i.com/special/employment_laws/report_1.html

今回の雇用対策法改正による年齢制限の禁止について、まずこういう懸念を呈します。

>1つは、例外事由において若年者に限った募集・採用が比較的容易に認められる点だ。中高年の再就職を促進することが、募集・採用における年齢制限禁止の目的である。例外事由が拡大解釈されて運用されると、中高年が再就職の際にぶつかる年齢制限という障壁は低くならないのではないか。

>若年者の失業やニート・フリーター化が社会問題化している現状を考えると、職務経験のない若年層の雇用促進が重要な政策課題である点ではコンセンサスがとれている。しかし、雇用対策法における年齢制限禁止の目的が中高年の再就職促進である以上、目的に矛盾するような例外事由は最小限に留めるべきではないか。若年者の雇用促進は別の施策として行う方が、整合性を保つ上でも、本来の目的を完遂するという点でも、望ましいと思われる。

ここは藤川さんの年齢差別論が主として中高年を焦点に当てて考えていることが、昨年から今年にかけての年長フリーター問題を中心とする議論の展開との間でずれを生じているように見えます。

「雇用対策法における年齢制限禁止の目的が中高年の再就職促進である以上」というのは、2001年の雇用対策法改正時の問題意識であったのは確かですが、今回の改正はかならずしもそうではなかったのですね。その辺、立法経過をもう少しきちんとフォローされた方がいいように思われます。

藤川さんは最後のところで、

>今回の改正の目的は中高年の雇用促進であり、募集・採用における年齢制限禁止は、これまで「35歳位まで」といった求人票や求人広告により再就職活動を妨げられてきたミドルエイジ層を支援すべきである。本来の目的に即して、ミドルエイジを優遇する募集や採用については、認める方向で議論してもよいのではないか。でなければ、今回の改正がもたらす利益が限定的なものになってしまうと危惧せざるをえない。

とも言っているんですが、それこそ赤木君たちからすれば、若者対策は別にしろとか、ミドルエイジを優遇しろとかいうのは、「ひっぱたきたい」議論になってしまうのではないかと・・・。

私はむしろ逆で、たまたま就職の時期に氷河期にぶち当たってしまった年長フリーター層に対してはポジティブ・アクションが大いに認められて良いのではないかと考えています。

それに対してミドルエイジの問題は、単なる入口の年齢差別の問題ではなく、年功的処遇システムをどう考えるのかという問題です。若者から見れば、自分たちより3倍も4倍も価値の高い労働をしているとは思いがたい中高年者がなんで3倍も4倍も高い給料を貰って居るんだというのも「年齢差別」の一環であるわけで、入口だけではなくシステムとして議論する必要があるでしょう。

(ホワイトカラーエグゼンプションにも実は同様の問題が伏在しています。年功制で上がっていって時給4000円になった奴が時間外したから5000円払えっていうかよ、俺は時給1000円だぜ、ってのはしかし出ませんでしたがね)

入口の年齢差別ばっかりに気をとられると、

>アメリカの制度を真似せよとはいわないが、10月1日の改正法施行以降も、企業が履歴書や応募書類上に年齢や生年月日の記載を求めるなら、年齢制限を禁止する実際的な意義は小さくなる。募集において年齢制限をしなくても、提出された応募書類上の年齢をもとに、求人側があらかじめ設定した「(未公表の)望ましい年齢層」に該当する応募者だけを抽出することは可能だからだ。

>求人側による黙示的な年齢制限が可能となれば、年齢制限禁止の義務化は求職者にとってマイナスとなりかねない。この点について政府は、改正法が施行される前に、明確なガイドラインを示すべきである。

「真似せよ」といってるような・・・。

いや、もちろん、「年齢差別禁止の立法化は世界的トレンド」です。私も繰り返しあちこちで紹介してきているように、

>1960年代に年齢差別禁止法を制定したアメリカは先駆者といえるが、少子高齢化を背景に募集・採用段階を含む雇用における年齢差別禁止を立法化する動きが世界的に広がっている。EUは2000年に雇用平等に関する指令(2000/78/EG)を採択し、同指令のなかで年齢を理由とする雇用差別を禁止する。同指令をうけて、これまでにフランス、ドイツ、イギリスを含む加盟国が雇用における年齢差別禁止法を制定している2
日本における今回の年齢制限禁止の義務化も、少なからず世界的な流れを受けたものだと考えられる。もっとも、日本と欧米では、雇用慣行、労働市場の需給構造、労働者の意識などが異なるので、年齢差別禁止政策を導入するうえで、相違点を考慮する必要がある。

どの「相違点」に着目して、そういう政策をとるべきかという判断のところなのですね。

実は、来月某日、某所でこの問題について報告を致します。内容はその後ここにアップします。

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EUブルーカード指令案

一昨日の10月23日、欧州委員会は移民に関する二つの指令案を提案しました。その一つが高資格移民の受入れに関する指令案、通称ブルーカード指令案です。

http://europa.eu/rapid/pressReleasesAction.do?reference=MEMO/07/423&format=HTML&aged=0&language=EN&guiLanguage=en

EUの移民政策というと、周辺国からの低技能者の流入をいかに阻止するかというのが中心的な課題であったわけですが、一方で高い技能を有する移民をいかに惹き付けるかという課題も重要なものになってきました。

対象となるのは最低賃金の3倍の報酬を雇用契約で明記した第三国民です。彼らについてはファストトラックの手続がとられ、特別の居住・労働許可が出されるということです。当初は2年間1カ国における許可ですが、その後同等以上の賃金の就労先を見つけたらそっちに移って良いとされています。

保守系も社会民主系も概ねこの提案を歓迎しているようです。低技能はいらんけど高技能は欲しいというのは、まあ究極の先進国エゴとも言えますがね。

http://www.euractiv.com/en/migration+mobility/blue-card-proposal-unanimously-welcomed/article-167869

こちらは欧州労連の反応ですが、

http://www.etuc.org/a/4157

>the ETUC has doubts about splitting off ‘those we want’ and ‘those we do not want’, which can in practice be difficult to define.

「あの子が欲しい」「あの子じゃ判らん」「この子が欲しい」「この子じゃ判らん」

まあ、だから最低賃金の3倍というところで線を引こうというわけなんでしょう。

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EU労働法グリーンペーパー協議結果

24日、欧州委員会は昨年行われた労働法の現代化グリーンペーパーによる一般協議結果をまとめたコミュニケーションを発表しました。

http://ec.europa.eu/employment_social/news/2007/oct/labour_law_en.pdf

つい先日の北の大地の講演会でも労使立法システムの変容にかかる最近の動きとしてご紹介した労働法グリーンペーパーですが、本文書の4頁でもこういう記述があります。

>労使団体、とりわけ労働組合にとっては、協議は条約138条に基づくEU労使団体への公式協議の形式をとるべきであった。彼らはグリーンペーパーという手段による労働法に関する公開協議の行為を、労使対話及び彼らの使用者と労働者を代表する枢軸的役割を引きずり下ろすものだと受け取った。欧州議会及び欧州経済社会評議会も欧州委員会の一般協議というやり方に留保を表明した。しかしながら、加盟国及び社会的NGOの大多数は協議過程の公開性を積極的に歓迎した。

これは、労使立法システムが加盟国から立法権限を奪うとともに、労使団体以外の市民社会団体を依然として無力な存在に置くものであることからすれば当然の反応とも言えますが、しかし、労働法がいかにあるべきかという議論において、最大のステークホルダーであるべき労使団体がその他大勢と同じ扱いでいいのかというのは大変疑問のあるところでしょう。

中味にはいると、労働組合と社会的NGOとは似たような反応を示しています。ただ、社会的NGOの主たる関心は、公正で十分な所得を保証するための労働法制、とりわけ最低賃金ということになります。貧困対策としての社会保護と並ぶ最低賃金という問題関心ですね。

労働組合や労働法学者は、個別雇用関係のみに着目して集団的側面がおろそかにされていると批判しています。これは、まさに最近の日本における議論の風潮とも共通するもので、水町勇一郎先生ではないですが『集団の再生』が必要なところですね。この辺は、日本のコンテクストでも重要なところです。

雇用労働と自営業の間をめぐる問題については、EUレベルで「労働者」の定義を設けることには賛否両論のようです。ただ、ILO198号勧告(雇用関係)をベースにすることは賛成が多いようです。両者の中間に「経済的従属労働者」という第3のカテゴリーを設けるという方向は、多くの加盟国や労使団体が反対しています。この道は難しそうですね。

派遣・請負などの三者間雇用関係については、派遣指令案を早く採択しろという意見が多いのは当然として、請負については意見は分かれているようですね。欧州議会といくつかの加盟国は、下請やアウトソーシングにおける悪用を防ぐために注文企業の共同責任を規制すべきだと主張するのに対し、他の加盟国は反対のようです。欧州労連はユーザー企業の「連鎖責任」を主張するのに対し、使用者側は反対です。ここも、日本におけるコンテクストとも絡んでたいへん興味深いところです。

今後の日程ですが、今年末の欧州理事会でフレクシキュリティの共通原則が採択され、来年さらに議論を進めるといっています。最後に5つの分野が挙げられていますが、ヤミ就労、生涯訓練、労働法と社会保護、雇用関係の性質、そして下請連鎖に関わる当事者の権利と義務の明確化というのが今後の課題だということのようです。

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集団カルト経済学

はてぶでこのブログの評判を見ていたら、右欄にAdd by google。 そこに「格差社会で日本は勝つ」とかいう本が出てくるのでクリックしてみたら、こんなサイトに飛ばされました。

http://www.irhpress.co.jp/detail/html/P0165.html

============================

P0165 格差社会で日本は勝つ
「社会主義の呪縛」を解く 

  鈴木真実哉
2007-03-30発行
ISBN9784-87688-571-8
定価 1,575円(税込)

「格差社会」は悪ではない。むしろ、今後、日本が繁栄していくためには「努力が報われる社会」としての格差社会を肯定すべきだ―。
「金持ち=ズル」「大企業=悪」「地価上昇=バブル」という社会主義の呪縛から、日本人を解き放ち、真の経済大国へと導く注目の書。

まえがき 1

第一章 格差社会は本当に悪なのか 13
 ───今こそ「社会主義の呪縛」を解け!

・ 戦後、日本は社会主義だった
・ マルクスの思想は経済学じゃなかった!?
・ 「不労所得は悪」という人は「分け前を俺にもよこせ」と言っているだけ
・ 「大企業は悪」と言ってもあなたの会社は大きくならない
・ ビル・ゲイツを否定する者はビル・ゲイツになれない
・ 今こそ学ぶべき精神1~本多静六
・ 今こそ学ぶべき精神2~二宮尊徳
・ 今こそ学ぶべき精神3~上杉鷹山
・ 「勝ち組」が自分の成功を堂々と語れない理由
・ 働かざる者の富が文化を創る
・ 社会主義は「俺の買えないものをおまえが買うのは許さん」という思想
・ 「他人のせい」にする考え方にイノベーションを

第二章 貧困の克服は国家の役割なのか 53
 ───企業家こそが世界を救う

・ 元々哲学の一部だった経済学
・ 「利益を求める」のではなく「幸福を求める」のが経済学の前提
・ 「労働価値説」は、本来「金銀価値説」への打ち返しとして生まれた
・ 「結果主義の経済学」から「動機とプロセスの経済学」へ
・ マルクス最大のミスは企業者能力を見落としたこと
・ 欲求は無限なのに資源は有限。だから経済学は生まれた
・ 世の中に正義を実現することも経済学の目的
・ 貧困の克服は国家でなくてもできる
・ お金持ちの騎士道精神が弱者を救う
・ 騎士道精神は格差社会から生まれる
・ 格差社会を乗り切るための「少欲知足」と「自助努力の精神」

第三章 いつまでデフレ問題で騒ぐのか 93
 ───間違いだらけの経済学
・ 「預金量日本一」を誇った銀行は「借金日本一」と言っていただけ
・ 日本の銀行の資金運用能力は江戸時代レベルだった?
・ 銀行の担保主義は江戸時代の高利貸しもビックリの裏技
・ 冷戦終結で人類史上初めて地球は一つの市場になった
・ デフレは津波。高台に登るしかない
・ 日本の金利は低すぎて、もはやナノテクノロジー
・ 黒船襲来で日本の銀行は甦る
・ デフレではヒット商品の賞味期限が短くなる
・ プリウスは発売の三〇年前から開発に着手していた
・ デフレは不況どころか、むしろ経済の大発展をもたらす
・ グレート・デプレッションがもたらした今日の「組織社会」
・ 今起きている変化が次の一〇〇年の人類の生活様式となる

第四章 経済学は本当に役に立っているのか 135
 ───教科書では教えない経済史

・ 人類はどうやって世界を知ったのか
・ 経済発展をもたらした世界三大事件
・ 産業革命の真の意義は「技術革新」ではなく「知識革命」だった
・ 教育の差が格差を生んでいる原因
・ 五〇年間先進国のメンバーは不変。一度ついた教育の差は取り戻せない
・ 経済学は人々を豊かにしてきたか
・ アダム・スミス~自由と分業の理論は神の御心にかなっていた
・ リカード~保護貿易では豊かになれないことを証明した
・ 限界革命~「価値は日々変化する」と言って経済学に革命を起こした
・ マーシャル理論~今や空気のように当たり前になった
・ ケインズ~深刻な失業問題を解決して二〇世紀経済学の主流となった
・ ハイエク~自由と自助努力の精神こそ不況克服のカギ
・ シュンペーター~企業家の輩出こそ豊かさをもたらす
・ 貧乏人の考えた経済学は使えないが、金持ちの考えた経済学はやっぱり効く?

第五章 日本は世界一の経済大国になれるのか 187
 ───すべては「教育」から始まる

・ 企業家を生み出すことこそ教育の目的
・ 自由放任でも教育がしっかりしていれば秩序と発展がもたらされる
・ 保護は自由の敵~檻の中で餌をもらう猿は幸福か
・ 政府の規制は官僚の自己満足以外の何ものでもない
・ リスクがあるからこそ人生は幸福になる
・ 「世間の常識」という見えない束縛からも自由になる
・ 社会主義は「プールで浮き輪」の楽しさ、自由主義は「自力で力強く泳ぐ」喜び
・ 自助努力の精神と騎士道精神で貧困は克服できる
・ 「捨てる」「残す」「創る」~未来志向で現状打破するための三つの方法
・ 日本が世界一の経済大国になる三つの条件~使命感と責任感と愛国心

あとがき

イナゴさんが涙を流して喜びそうなこの本、出版元は、

Rogo

だそうです。

(追記)

この鈴木真実哉さんという経済学者は、この宗教団体と大変お付き合いが深いようですね。

http://www.irhpress.co.jp/article/cgi-bin/list.cgi

まあ、経済学者にも思想信条の自由はありますから、それ自体がどうこうということはありませんが、この団体とネオリベさんとは肌合いが合うという面はあるのでしょうね。なにしろ、福井秀夫先生も登場しています。

http://www.irhpress.co.jp/detail/html/N0143.html

本の中味を説明している鈴木さんのインタビューがここにあります。なかなか飛ばしていて凄いです。

http://www.irhpress.co.jp/interview/index.shtml

(再追記)

はてブで、kechackさんが、

>カルトとネオリベの近似性。そういえばオウムが作った真理党の政策もバリバリのネオリベラリズムだったことを覚えている人はいるか?

http://b.hatena.ne.jp/entry/http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/10/post_8643.html

というコメントをつけています。

いや、実は私も覚えていませんでした。

ガネーシャでしたっけ、ぞうさんのぬいぐるみをきて踊っている姿とか、麻原尊師のむくつけき顔写真のお面をつけて踊っている姿とか、ショコ、ショコ、ショコショコショコというあの歌声の印象が強すぎて、残念ながら真理党の政策は全然記憶に残っていません。

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労災保険審査会もいじめ自殺を労災認定

16日のエントリーで、東京地裁がいじめ自殺の事案を労災認定したことを取り上げましたが、

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/10/post_212e.html

その後すぐに、労災保険審査会も同様の事案について労災認定したようです。

http://www.jil.go.jp/kokunai/mm/gyousei/20071019.htm

>盛岡市の自動車部品販売会社「日産部品岩手販売」に勤務していた男性=当時(31)=が自殺したのは、過重なノルマや上司の強い叱責などが原因として、労働保険審査会は 18日までに、盛岡労働基準監督署長などが出した遺族補償給付の不支給処分を取り消した。審査会は「売り上げ目標も高く、叱責による心理的負担はパワーハラスメント(職権を背景とした嫌がらせ)を受けているような状況」と認定した。

>記者会見で男性の父親(69)は「半分以上あきらめていたが、認められうれしい」と語った。

>裁決書などによると、男性は 1996年に入社。 99年 8月に盛岡営業所に配属されたが、営業経験がないにもかかわらず厳しいノルマが課され、休日出勤も強いられた。さらに上司の営業部長から、ノルマ不達成などを理由に、毎日のように「辞表を書け」「やる気があるのか」などと叱責され、重度のストレスが原因で、同年 12月に自殺した。

>家族は 2001年に労基署に労災申請したが認められず、03年3月に審査会に再審査を申し立てていた。

行政・司法とも、いじめは労災になりうると明確になったことになりますね。ただ、もちろんのことながら、

>日産部品岩手販売の話  詳細を把握していないのでコメントできないが、こうしたことが起こらないよう社内管理に努めている。

「こうしたことが起こらないよう」にするのが一番なわけです。

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よみうり入試必勝講座

>問題 次の文章を読み、「ワーク・ライフ・バランス」という考え方にはどのような意義があるか、またその実現にあたっては誰のどのような取り組みが重要かについて、あなたの考えを800字以内で述べなさい。

http://www.yomiuri.co.jp/education/kouza/syoron071001.htm

という問題に対する解説です。

http://www.yomiuri.co.jp/education/kouza/syoron071002.htm

受験生向けですが、なかなか高度なことをいってます。

これが解答例ですが、

http://www.yomiuri.co.jp/education/kouza/syoron071003.htm

>「格差」が大きな問題になっているが、労働の面では雇用形態における正規・非正規の二極化が進んでいる。いまではパートや派遣などの非正規雇用が全労働者の3分の1を占めている。とくに女性や若年層の場合、不安定雇用・低賃金によって、一生懸命働いても生活が十分に成り立たないという人が多く、「ワーキングプア」が話題になっている。それでは正規雇用なら問題がないかというと、必ずしもそうではなく、高い売り上げ目標が設定され、挙げた成果に応じて賃金が決定されるために、長時間労働が常態化しており、中には売り上げ目標を達成したかのように装うために、自腹を切って自社製品を買う(これを「自爆」という人もいる)場合さえあるという。雇用の二極化とは、一方の極だけでなく、両方の極ともに深刻な問題を生んでいるのである。
 こうした状況を「ワーク・ライフ・バランス」という観点からとらえるならば、不安定雇用・低賃金層の極には、ワークによってライフの基礎を支えられるように現状を改善することが求められている。非正規雇用は企業の都合によって短期・細切れの契約が多いが、一定の期間は安心して働けるように法によって保護すべきだし、社員と同じ程度の仕事をしているならば、それなりの賃金を企業は保証すべきだろう。社会保険の適用も課題である。 
 他方、正規雇用の極では、ワークの長さによってライフの実質が成り立っていないという状況を改善する必要がある。時間外労働の賃金割増率を上げて規制するとか、1週間の労働時間の上限を守らせるとか、行政の方でも検討しているらしい。しかしもう1つ重要なことは、EUが「1日のうち少なくとも11時間の休息時間をとる」と定めているように、「長時間」だけでなく、「連続」という点を規制することではな