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2007年9月26日 (水)

まっとうな方々もたくさんいらしているようです

当初やってきたのがいかにも「イナゴ」って感じでしたので、つい池田ブログから来られた方々を等し並みに「イナゴ」呼ばわりしているかのような言い方をしてしまい、申し訳ありません。その点は取り消します。コメントの中にはまっとうな、というか、真摯に労働問題を考えようという発言が多く見られるようになりました。

下にも書きましたし、リンクした私の文章を読めば判ると思いますが、会社に入る前にギルド員かそうでないかという身分の違いがあるギルド組合制と、会社に入る前は違いはなく、会社に入る段階で初めて身分の違いが生ずる会社組合制とが正反対の概念であること、それゆえ、

>彼は、私が「労組は『正社員』による独占を守る組織なのだ」と書いたのに対して「ありえない」と批判しているのだが、その直後に「日本の企業別組合というのは[・・・]まさに『正社員による独占を守る組織』なのである」と自分で書いている。一つの記事の中で矛盾したことを書くのは、先日の山形某と同じく頭がおかしいと思われてもしょうがないが

などというのが粗雑極まる思考であることは、ここに来られた方々にはかなりご理解いただけたようです。

非ギルド員は会社の中でどんなに頑張ってもギルド員にはなれませんが、臨時工を本工に登用するというのは日本の労働史上多く見られた現象ですし、むしろ高度成長期にこれが進んだため、いったん臨時工という言葉は死語となり、代わって差別待遇など(主観的にも客観的にも)問題とはならないパートやアルバイトという形で非正規労働者が増えたわけですね。

その枠組みの中で90年代以降、労働の場における排除が社会的排除につながるような労働者層が拡大してきたことが、今日の非正規労働問題の根源にあるわけですから、それを解決するためには会社という枠組みの中でどこまでをインサイダーとしてインクルードするかという制度設計の問題として論ずるのがもっとも現実的なやり方であるわけです。

もちろん、世の中には会社という枠組みの中で保護を与えるという枠組みそのものをぶっ壊して、悉くばらばらの個人に分解してしまえば、正社員と非正社員の区別もなくなる等と論じる人もいます。池田氏もその一党であるわけですが、万人が等しくプロレタリア化するのが至高の幸福だとお考えの一部左翼の方々を除けば、多くの普通の人々にとってはあんまりぞっとしない将来像だと思いますね。

ここでの分かれ目は、問題がギルド的組合にあるのであれば、会社レベルでどうやったって解決なんか出来るはずはないのだからそもそも会社を超えた社会的身分構造をぶっ壊せと云うことになるのに対し、問題が会社の中の身分設定にあるのであれば、そのレベルで(といっても当然マクロレベルからの働きかけが不可欠ですが)解決可能な問題だということです。

ギルドかそうでないかというのは、政策の方向性を決定づける大きな認識論的分かれ目なわけで、それが理解できないのは労働問題に対する意識がいかに低いかをよく物語っていると云えます。

(反論するなら、日本の組合が会社の中ではどうすることも出来ないギルド型であることを論証するか(できるわけないが)、ギルド型ではないかも知れないがいずれにしても労働者は全部裸のプロレタリア化するのがいいのだと主張するか、でしょうね)

ちなみに、下記リンク先の文章でも触れているように、私は一般的な解雇規定は維持しつつ、整理解雇法理における正規労働者の解雇規制は一定の緩和が必要ではないかと考えています。会社という枠組みを基本的に維持しながら、その中で現在の不合理なレベルに達した身分差別の弊害をどう緩和していくかを考えるのが、労使関係者とも共通するリアルな実務家の発想だと思っています。

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コメント

ギルド型と言っても教育訓練と関係があるでしょう。
開業医と勤務医の差のようなことは確かに問題になりますが、もし病院の株式会社化のようなことがあればその差もあまり大きくなくなるのでは、と思います。

このコメントが削除されなかったら、こやつ骨があるのう~。

池田氏のブログ(コメントを含む)を見て、hamachanが前に書いておられた「リベサヨとネオリベの結託」話がフラッシュバックしました。
腐敗した既得権に対する怒りはもっともですが、冷静さを欠くと産湯と一緒に赤子も流す羽目になりそうです。

池田氏のサイト・ブログを見ましたが酷いです。労働問題をいかにいようとも説得力はまったくありません。私にというより地方に住むものにとっては酷すぎるの一言です。地方の文化・コミュニティを崩壊させろというのと同義ですから
 地方は大都市に人を供給する装置としか思っていないのです。 地方を馬鹿にする人なんですよ。あのような方は根本的にいろいろいっても差別が無意識に根底にあるのですから。あまりに酷いです。
 人間を数字に置き換えられると思っている。なんでも教科書どおりになるとしか思っていないと思います。また、学歴の問題はなんて馬鹿な話でしょうか。いろいろな博士号を持ってる人たちと付き合っていますがこんな人を馬鹿にする人を見たことはありません。
 長くなりました。濱口先生の話は無学な私には大変勉強になります。これからも勉強させていただきます。

こんにちは
池田氏は私のコメントから逃げ出しました。(笑)
私のコメントを出さないのですよ。(あのブログは公開するか
は選択できますから。私は地方を馬鹿にすることにたいして
批判をしました。)
で今日の池田氏の書き込みはそれを受けてでしょう。
数字でごまかしてみる。(笑)けど、現実地方に住んでいる人間に
とってこれほど馬鹿にしていることはないし、中核市のことなんて
付け焼刃が現れています。私は都市問題を人口から見ていますから
(東北地方を社会移動を常に見ています)全然、あさっての議論
なんです。池田氏は本当にひどい人です。

中核市のインフラとか書いておられますが、笑っちゃいます。
私は地方中核都市で小泉内閣がやった公共事業について
コメントしましたがそれを載せませんね。すごいことが
わかってきたんですから。

私自身、官僚にだっていい人いれば、変な人もいます。度量が狭い人もいます。
けど、濱口先生は本当に実務をやってきて研究されているのが良くわかります。
濱口先生、これからの労働問題について勉強をさせてください。

それにしても博士号の話を持ち出したときはびっくりしましたよ。
東大の博士号とか東北大の博士号とか持っている人いくらでも付き合ってきましたが
あからさまに博士号を威張ることなんていう人を始めてみました。(笑)

なるほど、そういう仕組みですか。
どおりで、世界が崇める池田大先生のブログのコメント欄は、池田大先生を褒め称える言葉であふれているわけですね。

>このコメントが削除されなかったら、こやつ骨があるのう~。
投稿 天下り教授氏ね | 2007年9月26日 (水) 21時24分

なんてのがそのまま載ってる低レベルなブログとは品質が違うわけです。

まあ、それは各ブログのポリシーですから、どれが良くてどれが悪いというような話ではないでしょう。自分を批判するような文章は人目にさらしたくないと思うのは、人間心理として不思議ではありません。

ただ、いささか奇妙な感じがするのは、自由だ市場だ、すべてを市場の見えざる手に委ねよと主張するような人に限って、言論のマーケットに対しては大変猜疑的で、自分を批判するような言論は金輪際許さないのですね。

私は経済社会については市場原理には大変懐疑的ではありますが、こと言論のマーケットについては基本的に信頼しておりまして、どんなイナゴの落書きであろうが、全部晒して冷静な目で見てもらえば、理性を持った読者はおのずから適切な判断を下すはずだと思っています。

もちろん、世の中には中身はともかく博士様が書いた文章は有り難くって、低学歴のたたき上げ官僚が書いた文章は読むに及ばないと思う人もいるでしょう。別にそれはそれでいいわけです。最終的に言論のマーケットで生き残っていくのは、読む人の理性にきちんと訴える文章であるはずですから。

私の文章がそうであるなどと、生意気なことをここで云うつもりもありません。実務経験をもとに労働問題について論ずるというやり方がどこまで通用するのかを決めるのも、それを読む人々ですから。すべてはこれからの時代の流れの中でおのずから判断が下されるはずです。

池田氏のところからやってきたイナゴです。(笑

私は彼の知ったかぶり加減が面白くて、覗いているのですが・・・。非常に粘着気質の強い人物だと思っていますし、常連だと思われる人々も同様の気質を持っているように観察しています。
労働生産性、労働市場流動化、地球温暖化、慰安婦、農業補助金などは、過去論破しきれなかった命題ですのでたびたび取り上げますし、若干修正した自説を折に触れ展開しています。
労組、就職氷河期、フリーターについても、今回の一件がありますから、今後何度も取り上げることだろうと推察しています。粘着気質なので、書かずにはいられないでしょう。

彼の文章を読んで想像するに、おそらく彼は地方中都市に長く住んでいたのではないでしょうかね。根底にはルサンチマンがあるように思われますので、農村(農家)には冷淡、大都市やその象徴には羨望が内在されているが全面肯定できない。要するに恵まれているものは許せないということですね。その割には体制派なのが面白いとところ。(笑 ネオリベってヤツですか?

彼の場合、論理構築については優れているのですが、命題の設定に欠陥があることが多くて、致命的なんです。論理構築が優れていればいるほど、結果が歪んでしまうということですから・・・。取り巻きの人々も似たタイプの人が多いようです。
論理構築が優れているので、結果を間違えていることに気づくことなく賛美しているのでしょう。

観察するには非常に面白いのですが、かかわると時間を浪費するのでやっかいだと思いますよ。手を出せばすぐに噛み付いてきますので、退屈しのぎにはなると思いますが・・・。

話はかわりますが、労働問題について勉強させていただきたいので、今後ときどきお邪魔させてください。よろしくお願いいたします。

地方の住人さんへ

たぶん今は(内容から判断すると)コメントが出てます。お気づきかもしれませんが。
ただし、池田信夫氏がここのコメントを読まずにそのまま載せたのか、それともここを読んで公平性のために(もしくは、「私は公平性を保っている」という保身の為に)載せたのかはわかりませんが。

morike様
ありがとうございます。
私の書き込みはあまり文章がうまくないため
ああなっています。
けど、2文章ほど掲載されていません。
それに反論はまったくなっていません。
こっちは東北の統計は山のように調べつくしている
特に仙台関係は数十年分本棚二つ分蓄積しています
から。

地方僻地住民ですが、池田氏の言説を支持します。

昨今の格差是正論者の言うことは地方から自立を奪い、活かさず殺さずってなもんかと思ってます。

人数もだいぶ落ち着きましたが、それでも騒ぎの前より常時だいぶ多い方が来られています。その中には、taekoさんのように、池田大先生にいかれて跳んできたイナゴというわけではなく、冷静にこのブログやHPを読まれていかれる方もそれなりにいるようで、その結果として労働問題について詳しく勉強してみようというお気持ちになられたとすればまあ、けがの功名という奴でしょうか。

別に私のような低学歴者のいうことをすべて真に受けろなどと申しませんので、労働問題を勉強する素材として役立てていただければ幸いです。そういう意味では結構役に立つはずですよ。

議論の筋道と全く関係ない部分に突っ込んで勝利宣言
しているようにしか見えません。
罵倒するのではなく論理的に筋道立てて議論することを心がけないと多数のROMに嫌悪感を先に持たせる
だけの効果しかないですよ。

私は地方に住んでいますが、池田さんの文章と
問題提起の方が分かりやすく説得力を感じます。
ギルドの歴史がどうこう言われてもそんなこと
どうでもいい人だって多いんだから。

人間の働いてきた歴史なんて「どうでもいい」、労働者の既得権は全部はぎ取って引きずり下ろせという池田氏の主張が「分かりやすく説得力がある」という方には残念ながら処方箋はありませんね。

実はブログというのは、初めからある種の議論を目の敵にしているような人を説得するのにふさわしいメディアではありません。その意味では凝り固まった池田信者を説得するつもりは初めからありません。

ただ、結構多くの方は、池田氏があれほど激高しているhamachanとやらは一体何を主張しているのだろうという好奇心で来られているようで、そういう私の書いたものを冷静に読む精神状態にある方々にとっては、参考になりうる素材は提供しているつもりです。

おそらく、最大の対立点というか交わらない点というのは、私は労働に関する学問はまず何よりも労働の現場から出発しなければならず、労働現場の感覚から乖離してはならず、労働現場の人々がなるほどと思って使えるようなものでなければならないと思っている点でしょう。

そして、彼らのために役立つ知識として研究者が提供すべき知識とは、形式美を極めた精緻な理論やら、アクロバティックな鬼面人を驚かす議論ではなく、労働現場の先人たちが何を成し遂げてきたかという歴史研究の知識であり、海外の労働現場が何を成し遂げつつあるかという国際状況の知識であると思っている点でしょう。

そんなのは学問の名に値しない下らぬものだと考える人々が日本社会に一定数存在していることは重々承知しています。そういう人を説得しようなどと考えてはいません。そういう方々は、そういう方々が考える正しい学問のパラダイム、ピンの先で天使が何人踊れるかといった学問に専念されればよろしいだけのことです。

>労働現場の人々がなるほどと思って使えるようなものでなければならない

ちょっと微妙なのは、国が行う労働政策というものは専ら労働者のために行われるべきことなのか、ということですね。国民のために行うのが前提のように思う

労働運動が労働者のために行われるとか、組合運動が組合員のために行われるというのは、まあいいんですが…

「労働者」と「国民」を対立概念と考える必要はありませんよ。むしろ国民の大多数は労働者ないし(自営業者や経営者を含めた)勤労者でしょう。
その利益に反した政策が行われることの方が問題。

て云うか、上のコメントの文脈を見てよ。「労働に関する学問とはいかにあるべきか」の話をして居るんでね。労働者の既得権をことごとく剥奪して路上に放り出せと云うような主張が、あたかも経済学的に正当なものであるかの如く行われていることを問題にして居るんであってね。しかし、それは表面的に労働者に利益になるようなことばっかり主張せよと云うこととはまったく違います。私は「労働現場」に根ざした議論をしなければならないといっているのです。

このブログで何回も取り上げた問題について云えば、ホワイトカラーエグゼンプションはまさにその典型でしょう。労働時間規制を無くせば自由な働き方ができて、仕事と育児が、生活と両立できるなんてな学者の机上の虚構の議論と、とにかく残業代がゼロになるからケシカラン、残業代ピンハネ法ハンターイという週刊誌的単細胞的議論ばかりがまかり通る中で、歴史的見地と比較法的見地のごく初歩的なところを使って、そもそもホワエグとは何であり、何でないかを現場の感覚でよく分かるように説明したのは、おそらく私の論考が初めてだったように思います。

そういうのが上で云う「労働現場で役に立つ学問」であると、私は思っています。

洞察力とポリシーでhamachan先生が池田氏を圧倒しています。学問は自己顕示のためにあるのではありません(だから池田氏一派の皆様は洞察を誤るのですよ)。

もちろん、文脈をあえて外して言葉尻を捕らえて見た訳ですが。

ただ、労働者と国民が対立概念ではないように、消費者と国民も資本家と国民も対立概念ではないと、私は考えています。もしかしたら、外国資本と国民は対立するかもしれませんけれども。

>そういうのが上で云う「労働現場で役に立つ学問」であると、私は思っています。

それはそうだと思うのですが、「それを判断するのは結局は個々の労働者(個々の労働の現場にある者)であって…」と私なんかは思ってしまうんです。

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