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いちいち叩いていたら身が持たないが

マスコミ界でやたらに威勢がいいらしい人がブログでこんなことを

http://blog.tatsuru.com/2007/09/21_1501.php

『文藝春秋special』に書いたものらしい。

>ある年代から上にとって、「やりがいのある仕事」というのは、「どこかで誰かの役に立っている仕事」のことを意味している。おのれ労苦の「受益者」がどこかにおり、その笑顔や感謝を想像することが労働のモチベーションを担保する。それが「やりがい」という語の意味だったはずである。
だが、この定義は若い世代にはもう適用できない。というのは、今ではどうやら個人の努力がもたらす利得を「私ひとり」が排他的に占有できる仕事のことを「やりがいのある仕事」と呼ぶ習慣が定着しているようだからである。
「受益者が私ひとり」であるような仕事を「やりがいのある仕事」と呼ぶ不思議な労働観が生まれたのにはもちろん理由がある。それは「受験勉強」の経験が涵養したものである。
受験勉強では努力と成果の間に「正の相関」があり、個人的努力の成果は本人が100%占有する。一生懸命勉強をして入試で高得点を取ったので、あまり勉強していなかった隣席のヤマダくんもその「余沢」に浴していっしょに合格できた、というようなことは受験勉強の場面では絶対に起こらない。
けれども、私たちの日々の仕事の現場ではむしろそちらの方が常態なのである。仕事のほとんどは集団の営為であり、利益は仲間の間で分配され、リスクはヘッジされる。人間的労働は集団的に行われることで効率を高め、危機を回避するメカニズムだからである。
受験勉強は将来の労働者を類別・序列化するためのシステムではあるが、それ自体は労働ではない。それを同一視して、受験勉強をする気分で労働の現場に踏み込んでくる若者は仰天してしまうのである。どうして、ここでは自分の努力の成果が自分に専一的にリターンされないのか?受験勉強的「成果主義」になじんだ子どもは、自分の努力が固有名での達成としてはカウントされず、集団で(それもろくな働きをしていない人間も含めて)分配しなければならないという「不条理」が理解できない。

>成人の労働の本質は、個人の努力が集団の達成に読み替えられる変換のうちに存する。自分の努力の成果が、できるだけ多くの他者に利益として分配されることを求めるような「特異なメンタリティ」によって成人の労働は動機づけられている。それが納得できないという人は成人の労働には向かない。事実、多くの若者たちが「三年で辞める」のはそのせいである。

>私たちが労働するのは自己実現のためでも、適正な評価を得るためでも、クリエイティヴであるためでもない、生き延びるためである。成人の労働ができるだけ多くの他者に利益を分配することを喜びと感じるような「特異なメンタリティ」を私たちに要求するのは、それが「生き延びるチャンス」の代価だからである。この代価は決して高いものだと私には思われない。

まず、集団のために個人が努力することが当該個人の「生き延びるチャンス」につながるような労働社会の在り方が必ずしも普遍的であるわけではないと云うことを理解していない。ここにも労働史に無知なまま好き勝手に書き殴るヒョーロン家氏。

大体受験勉強が激しかったのはより集団主義的労働観が普遍的であった時代、今の若者なんかより内田氏より年長の世代であろう。それだけ受験勉強的「成果主義」になじんだかつての若者たちが、それほど受験勉強に追われていない今の若者たちよりも、そういう「特異なメンタリティ」になじんでいったのはなぜなのだろうか?といった問いかけをする気もないらしいし。

こういうのが平然として通用するのが今の日本の論壇なるものなんですかねえ。

(追記)

そのすぐ下を見ると、自分でこう書いていた。判ってるじゃない。

http://blog.tatsuru.com/2007/09/20_2227.php

>さらに問題を困難にしているのは、(あまり大きな声では言われないが)「働くことの意味」を教えねばならない大学教師たちの過半は学生たちがこれから参入することになる会社組織というところで働いた経験がないという事実である。

>実は私もないのである。

判ってないことが判っているくせに知ったかぶったか・・・。

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コメント

内田さんのは、エンターテイメント系与太話なんで…

投稿: 逢坂 | 2007年9月26日 (水) 00時21分

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