派遣のリアル
宝島社新書から出た門倉貴史『派遣のリアル 300万人の悲鳴が聞こえる』は、ある意味でなかなか面白い本です。
外見からは、売れっ子エコノミストが、近頃ハケンとやらが流行しているみたいやから、ちょいと勉強して一冊書いたろか、ででっちあげたみたいな印象を受けますが、まあそういう面もなきにしもあらずではありますが、特に派遣労働者や派遣会社に勤務する人々のインタビュー記録が結構切り口がよくって、労働関係者にとっても読む価値大いにありです。
http://tkj.jp/book/book_01602901.html
もちろん、特に本文のところは、派遣の仕組みとか派遣の歴史とか現状とか、労働関係者にとっては今さら的な情報が多いし、いささかどうかと思うような記述もあります。特に、第5章では、2006年11月に経済財政諮問会議が労働ビッグバンを打ち出したので、それの実行として2007年の通常国会に労働関係6法案が提出されたみたいな記述になっており、をいをいという感じですが、まあそのへんはともかくとして。
1番目、2番目は普通の派遣。職場見学という名目で事前面接、とか部署名を半年ごとに変えて派遣期間を半永久的に延ばすとかにも、まあそんなもんでしょうみたいな。
3番目、4番目は派遣会社の正社員。6番目は派遣会社勤務の派遣社員という、いずれも派遣する側からの視点で見た派遣の姿。しかし、派遣会社のコーディネーターが別の派遣会社からの派遣社員というのも、何というか。でも、3番目の人も、派遣スタッフから内勤のアルバイトになり正社員になって1ヶ月で支店長ということですから、まあそんなものかも。この人の言葉はなかなか感動的です。
>三者の関係が公平なバランスだときれいごとを言う気はありません。とはいえ、言いなりではありません。スタッフの声を吸い上げ、派遣先企業に改善を求めることもありますよ。何度も足を運び、派遣の仕組みを説明して派遣先の担当者の意識を変えていく。しかし、その担当者の上司が『しょせん、派遣だろ』といった考えの方の場合、最終的に無駄足になってしまうこともありますが。私個人の考えとしては、心から『このクライアントはひどいな』と感じたときはおつきあいをやめます。休憩が満足に与えられない、免許が必要な危険な作業をさせられる。スタッフさんがそんな扱いを受け、事故が起きるリスクを考えれば、依頼そのものを断りした方がいい。
>人間同士が関わり合う派遣というビジネスには、お金だけで計れないポイントがあるんです。
>この仕事は、確かに人をものとして捉える瞬間が必要だけど、本当にそこまで割り切れるものじゃないですから。
派遣事業をただ悪者扱いするのではなく、こういうヒューマンなビジネスでもあり得るという面も意識しながら、しかし必ずしもそうあり得るわけではないという面も見据えつつ、この問題を考えていかなければならないのでしょうね。
7番目、8番目の製造派遣は深刻な話。募集時は月30万以上とかうまいこといって、片道切符渡して連れてきて、時給は1200円、やめようとすると旅費を返せ、と。今ならキャンペーン中で入社祝い金が2万円出ますとかいって、行ったらキャンペーンは終了しました、とか。なんやこれは、明治の『職工事情』の世界か、という感じですな。小学校の先生していた人が、社労士の勉強しながら派遣で働いて、組合作って活動始めるという、これはもちっと詳しくドキュメンタリーにしたい話です。
最後のドキュメントはライターによるスポット派遣体験記。お前は鎌田慧か?って、今じゃ何のことかわかんないかな。就業条件明示書にはフード系販促作業とあったのに、派遣先のセレモニーホールに行ってみると事務所移転作業で、商品を運び上げて棚を解体する作業、しかも指示するのはほかの派遣会社から来ている女性派遣スタッフで、その理由は「数日前に同じ作業を行ったから」とかこれも凄い話。
あと、いささか気になったのは、一番最初にデカデカと「労働は商品ではない」とILOのフィラデルフィア宣言が書かれていたり、あとがきで突如マルクスの「労働の疎外」がでてきたり(このへんは、思想史系の人は突っ込まないように。「労働の疎外」ではなく「疎外された労働」じゃねえかとか、『経済学哲学草稿』嫁とか、そういう話ではないですので)、ちょいと渋めですが、本文の最後のところで「ロー・ロード」「ハイ・ロード」が出てきたり、ううーーん、まあどうなんだろ。
労働は商品なんですよ。労働市場ってくらいですからね。しかし、生きた人間である労働は単なる商品であってはならない、ということなんであってね。「脱商品化」ってのは、一部福祉国家論の政治学者の方々が思いこんでいるように、国が働かなくていいように金をばらまくこと(だけ)ではないということに、話をつなげられれば一番いいんだけど。いや、ハイ・ロードってのは、まさにそういうことなんであって、それが上の派遣会社正社員の人の言葉にもつながっていくんだけれど。
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