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2007年6月13日 (水)

日本経団連は規制改革会議に反対

規制改革会議のHPに、労働タスクフォースの議事録がいくつかアップされています。

http://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/minutes/index.html

第1回(3月8日)は経営法曹の和田一郎氏、第2回(4月24日)は東京商工会議所の橋本部長ら、第3回(5月8日)は日本経団連の紀陸専務理事ら、第4回(5月9日)は労働弁護団の鴨田哲郎氏です。

この中で特に面白いのが日本経団連の紀陸氏との対話です。福井秀夫氏がこれこそ正しい政策に違いないと思いこんで繰り出すあれこれが、ことごとくいかがなものですかねえという感じでいなされています。

http://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/minutes/wg/2007/0508/summary0508.pdf

まずは三者構成原則について、

○福井主査 ありがとうございました。
労働政策審議会についてですが、今の労政審は、言わばあらかじめ意見を定めてこられて、実質的な議論をするというよりは、立場を開陳する場として機能することも見受けられるように思います。政策論を交える場として妥当かという問題意識を持っています。それについてはどう思われますか。
○紀陸専務理事 三者構成の論議の進め方について、非常に論議のスピードが遅いとか、あるいは解決策としても、問題によりますけれども、足して2で割るような中途半端に終わっている。機能が役割として十全に果たしていない。それがゆえに、例えばいろんな法改正が遅れるという御批判もあります。それは認めます。
ただ、1つ考えておかなければいけないのは、例えば、これはどこが主導して進めるのか。お役所とか、あるいは第三者の機関が主導で進めることによって、やはり企業の現場の声がきちんと反映される、本当に担保されるやり方がほかにあるなら、それは考えておかなければいけないと思うのです。
また、労使共にいろんな意見がある中で、どうやったら円滑に意見を集約していけるか、むずかしいところです。
○福井主査 組合は、労働者全員が組織しているわけではないですね。要するに、全労働者が組織されて、その代表たる立場で何か意見が開陳されるならともかく、労働者すべてに関わる法律について、組織率が必ずしも高くない組合関係者が事実上、かなりの程度、政策の拒否権を持っていることになります。それ自体問題をはらんでいると思います。利害関係者が議決するという構成を見直す余地があると思われます。
○紀陸専務理事 基本的には、確かに組合員であろうが、非組合員であろうが、組合の認識というのは要するに働く者の代表という認識です。だから、遅ればせながらパートも組合員化しようとか、今は2割を切っておりますけれども、これは2割の意見だけではない。彼らが言うのは、ほとんど全部の、特に働く者の立場を我々は代弁しているという認識です。
○福井主査 組織化された人たちは組織化された人の代表であって、手続き上ほかの人の代表ではあり得ませんから、幾ら本人たちがそのつもりでも、それが客観的に代表だということにはならないのではないでしょうか。
○紀陸専務理事 例えば、いろいろな、労働相談110 番等で、彼らはいろんな働く人から意見を聞いているわけです。それを出していくわけです。ここは組合員の枠とかそういうものは関係ないわけです。
○福井主査 それは組合を通じないで出していただいた方がバイアスのない意見を把握できます。
○紀陸専務理事 例えば、委員の構成を、組合ではなくて、それでは、組合ではないところ、一般の従業員の中かどこかから選んで、要するに代表制の問題ですね。それでは、どこが本当の意味で非組合員の代表なのか。
○福井主査 代表というよりも、実態がよくわかればいいわけですね。実態がよくわかって、それをフェアに判定するような政策決定機関であればいいわけです。
○紀陸専務理事 しかも、それがある程度、政策の決定の過程と、終わった後のフォローをきちんとやれるか。担保がないとまずいですね。だから、それをどういうふうにやるか。そこを見た上で、結局、運用の問題もありますからね。政省令とか、法律とかがいっぱいありますね。それが一つのものをつくっておかないと連動していなければいけないわけでして、そこはかなりきめ細かく、現場の労使の実態等を聞かなければいけないと思っています。
○福井主査 参考人として来ていただければ足りるのであって、政策の実質的な審議機関の構成員になっていただくのはまずいといえる。
○紀陸専務理事 だけれども、職場の当時者でない人たちが机の上で絵を描くわけです。例えば、現在でも政策の新しい仕掛けをつくる場合がそうです。
○福井主査 そちらを工夫すべきです。政策決定ができる、言わば政策決定の効果のシミュレーションがフェアにできる方が取捨選択の絵を描いて、利害関係者はそれに対して真実の詳細な情報を提供するという構図ではないでしょうか。
○紀陸専務理事 そこのところが、人にもよりましょうけれども、第三者の方が、基本的には学識経験者になるのでしょうけれども、そういう方がどのくらい、本当の意味で労使の実態がわかった絵が描けるかです。

労働組合なんか政策決定に入れなくていいじゃないかという言質を取りたい福井氏に対して、紀陸氏は「職場の当時者でない人たちが机の上で絵を描く」ことに不信感を表明し、「そういう方がどのくらい、本当の意味で労使の実態がわかった絵が描けるか」とまで紳士的にやんわりと言ってるのですから、「何を言われているか気がつけよ」というところですね。

次は解雇規制です。

○福井主査 ああいう要件がない方がいいということですね。言わば、その場の状況で臨機応変な判断が可能な方がいいという御意見ですか。
それから、これも立法の中には入っていますけれども、前から基準法の中にあって、今度は契約法に行く、普通解雇の解雇権濫用法理、解雇が社会通念上、相当な理由を欠いて云々という基準ですが、それについてはどうですか。今、あの条文で何かお困りとか、あるいは問題点だと感じられることはありますか。
○紀陸専務理事 あれも、前の基準法改定のときにかなり論議がありまして、先生が一番御存じでしょうけれども、使用者側も相当、今、労側と公益側とかなりいろいろやった結果、ああいう文言に落ち着きまして、それが今度、契約法に移されて、企業としてはいろんな意味で、あの法案だけではなくて、問題にならないような運用をしているのだと思います。そういう意味で、今のところ、そんなに大きなデメリット・不都合が出ているという声は余り聞きません。
○福井主査 条文があるので、本来は解雇したい労働者を解雇できないでいるということはないですか。
○紀陸専務理事 それはないでしょう。
○福井主査 逆に、解雇したいときに解雇しているということですか。
○紀陸専務理事 勿論、合理的な事情がある限りはそうです。
○福井主査 裁判で、後で争われたときに、中には泥沼化した判例もありますね。非常に微妙なところで、長い間かけて争って、結局は企業が負けているというケースがありますが、裁判事例になったときの言わば勝敗の帰趨が読みにくい傾向は、今の判例法ではないですか。
○紀陸専務理事 一番問題なのは、予見可能性を、そういう法律をつくることによってどこまで担保できるか。それは非常に難しい問題だと思います。どういう字句表現にすれば予見可能性が高まるか。実は、それが非常に難しいわけです。判例自体もかなりさまざまですし、下級審、上級審で違うでしょうし、それから、流れによって変わってくるし、まして個別事由ですから、それを全部、最大公約数的にやったにしても、それは本当に企業によって予見可能性を高める担保になり得るかというと、そこは非常に難しいだろうと思います。
○福井主査 法律に何と書いてあっても、結局はそれについての解釈問題が出てきますね。
例えば、労使自治ということとも関連するのですが、労働契約、ないし労働協約の中に、整理解雇にせよ、普通解雇にせよ、解雇の場合にはどういう手続と、どういう実体上の要件でもって解雇がなされるのか、ということを、使用者側と労働者側が合意する形で基準を書き込んでおくということについてはどう思われますか。
○紀陸専務理事 労使が本当の意味で納得することがかけるでしょうか。
○福井主査 例えば、後で、言わば裁判所が今の解雇権濫用法理のような形で、もし超契約的な介入をしないこととなっていて、単純に裁判所は労使で決めた契約どおりの履行を担保し、債務不履行があったときの賠償なりを命じるにとどまるという仕組みがもしあったとするならば、労使、特に使用者側から見た整理解雇なり普通解雇の、後で争いになりにくくて、透明で公平な基準としては、例えばどういうことを書いておけばよさそうだと思われますか。
○紀陸専務理事 非常に難しいです。
○福井主査 もし、労働契約に自由に書かせてくれるとすれば、使用者の側としては、例えばこういう要件のときには解雇してもやむを得ないということについて、労働者にあらかじめ納得させたいというようなことが、もしイメージとしてあればということです。
○紀陸専務理事 整理解雇の場合とか、懲戒解雇の場合といろいろ要件が違いますので、あるいは手順とか、そこのところをどうやって書き分けるかです。しかも、その場合に、経過の裁量性、当然、裁量の下にやるわけですけれども、それがある程度、覊束されるようでは困るわけです。
ただ、問題は、今、先生がおっしゃったように、そういうような、言ってみれば私人間の契約で、そこの是非の判断を公側の方でとどめるという立法は可能なのかどうなのかです。そもそも、労側が争うときには、協約とか就業規則とかに記するにしても、実はこんな事情があって、我々は無理やりこういうものをやらされてしまったとかということを絶対言ってきます。
そうすると、根っこのところから、これは本当の意味で、協約として、あるいは就業規則としての妥当性がありや否やというところから恐らく論議が始まると思うのです。そうすると、どういう内容を定めていれば介入しませんというようなことが言えるかどうかです。そこは、私、そこの法的な理論はよくわかりませんけれども、かなり難しいようなことになるのではないでしょうか。
○福井主査 民法の一般条項に触れる場合はともかくとして、それ以外は契約を尊重するという立法は可能です。それはほかの契約法の中にはあります。
○紀陸専務理事 労働法で定めるわけですね。
○福井主査 今は解雇権濫用法理的なものを条文にしてありますし、判例についても、言わば立法の想定外の判例法がいっぱいあります。判例法を縛るのは立法の役割です。もっとも、例えば、公序良俗とか、権利濫用とか、民法の一般条項は当然残るわけです。それ以外のところは契約自由の原則に委ねるということを、仮に民法なり労働法令の中に書き込んでしまえば、そこは変わりません。
○紀陸専務理事 そうでしょうか。
○福井主査 そうです。裁判官は法律に基づいて判決を書かないといけないわけですから。
○紀陸専務理事 だから、権利濫用とか、公序良俗とか、やはり足がかりがあるわけですね。例えば限定列挙でやっても、それ以外の要素でもって、これは基準に当たらないけれども、そのほかの公序良俗に反するとかという判断というのはあり得るわけです。○福井主査 一般条項は当然に仕方がない。しかし、一般条項を使って判決を書くのは最後の手段ですから、普通は、もし当事者の決めた契約の担保をやれと書いてあったら、裁判官はそれ以外のことは考慮しにくくなる。
基本的に、裁判官に労働現場の契約の有効無効とかを、特に経営判断を代置して判断させることに問題があります。裁判官にはもともとそんな能力も、トレーニングの経歴も期待されていないわけです。裁判官は法の当てはめ、契約条項の当てはめに関する解釈に徹することが必要な領域があります。
○紀陸専務理事 でも、裁判官としては、申立てがあったら、それに判断しなければいけないわけでしょう。
○福井主査 裁判官が判断するのは、法の定めに反しない限り、本来契約の中身の達成です。労使の自由な合意で、どういう場合に整理解雇ができる、どういう場合には普通解雇ができると書いてあったときに、その合意にのっとって行われた解雇かどうかだけを契約条項の解釈問題として判断するという枠組みがありうるならば、その際に何を求めるか、を伺っているのです。
○紀陸専務理事 先生、それでスムーズにいきますか。
○福井主査 それは我々が考えることです。要するに、使用者としてそういう仕組みになったときに何か困ることがあるのかどうかということです。裁判官にあえてファジーな領域を残して判断させたいとお考えになるか、あるいは労使の言わば具体的で、客観的で、あらかじめ書き込んだ事由によってのみ裁判所に判断させるという方法を好まれるか、使用者の理解としてはどうでしょうかということなのです。
○紀陸専務理事 私ども、実は、さっき申し上げましたように、労使自治といいながらも、実際は、戦後、今日までいろんな労使紛争がありましたね。その中には、労がおかしいということも、使もおかしいというところもあったわけです。それで両方とも、いわゆるレベルを上げてきて、ようやく今の日本みたいになってきた。
でも、それはある程度の企業が成熟してきたという背景もありますけれども、労使協議が未成熟な企業も実はまだたくさんあります。そのような場合には、労使の交渉力格差ということも出てくるわけです。
○福井主査 労働者がだまされるというような感じですか。
結局、労働契約も、一種の契約に合意する意思表示の任意性というものが非常に重要です。ちゃんと選べる、選択し得る状況で選んだのか。あるいは詐欺的・脅迫的要素がなかったのか。十分な納得をもって選んだか。しかも、納得の中には、こんなはずではなかったというような、意表をつくようなトリッキーなことが起こらないということについて、ちゃんと納得していることも含まれなければなりません。一種の情報の非対称がちゃんと解消されているのか。その辺りは非常に重要です。
○紀陸専務理事 そういうものがきちんと前提になっていれば、その上でならば、その論議はわからないわけではないですけれども、それを実際にあまねく通用するようなことは非常に難しいのではないかと思います。

何とかして経営側に「解雇規制で困ってるんや」といわせたい福井氏。紀陸氏が思ったように喋ってくれないので困っている姿が臨場感溢れる姿で活写されています。

ここで両者が論じているのは、まさに雇用契約の本質的特性としての不完備性を認識できているかどうかという所なんですね。労務のプロである紀陸氏にはくっきりと見えているそのことが、「職場の当時者でない」くせに「机の上で絵を描く」のが大好きな福井氏には、見えていないわけです。

○紀陸専務理事 先生、それでスムーズにいきますか。

○福井主査 それは我々が考えることです。

スムーズに行かなくて困るのは現場の労務担当者なんですけど。

金銭解決の所も笑えます。

○福井主査 どうしても解雇したいときにお金を払いたいというわけではないでしょう。できれば使用者としては払いたくないわけでしょう。

○紀陸専務理事 そうではありません。解雇規制の強さや柔軟性の問題です。

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コメント

福井先生が訴えるとすれば「非正規雇用者」でしょう

もしくは中小企業かベンチャーか。あるいは、投資家さんか…

大企業(組織)にとっては解雇規制は有利なんでない

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